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初恋、濃厚みるく味   by.うずら 

「初恋、濃厚みるく味」

挿絵:桐山マチ

 昼休み。窓際の席で外を見ながらパックのジュースを飲む彼女。なんでもないことなのに、その姿がなぜか忘れられなくて、気がつけば目で追いかけてしまっていた。
 すらっとした美人だから。陽光で輝いて見えたから。それとも、パッケージが印刷されていない不思議なパックだから。色々考えられることはあるけど、けっきょくどうしてかなんてわからない。
 わかっている。いつまで経っても男らしくならない俺となんて、釣り合うわけがない。背も低いし、顔もガキみたいだし、声変わりもしたのかしてないのかわからないし。
 ただ、そう、叶わなくたっていい。これはきっと俺にとっての初恋だから。

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 チャイムが鳴った。次が体育ということで、みんな昼休みから着替えに行ってしまっている。残っているのは体調不良という彼女と、それを知ってさぼった俺のふたりきり。保健のレポートを書かないといけないけど、それよりもいっしょに居られることがうれしかった。

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 ちぅとストローに吸いつく音。さやさやと風が吹きこむ。横目で様子をうかがうと、ふいに目があってしまった。
 彼女がこっちを見ている。このままでいるのも、目をそらすのも変な気がして、俺も彼女の方を向く。いつも追いかけているだけの視線が交わって、ひどく気恥ずかしい。
「あの」「ねぇ、いつも私を見てるよね」
 気づかれていた。嫌な汗が出て、顔が熱くなる。変に思われていたら、どうしよう。嫌われたりしていたら――。
「どうして?」
「どう、って、あ、俺は」
 喉が張り付いてどうしようもない。掠れた声で、それでもちゃんと応えたいのに、まともな言葉にならない。なんとか落ちつかないと、と唾を飲み込む。だが、その音がやけに大きく聞こえた気がして、余計に冷静さが失われていく。
「喉、かわいてるの?」
 差し出されるパック。少し太めのストローは刺さったままで、それは、つまり、先ほどまで彼女が飲んでいた、そのままで。
 汗ばんだ手で受け取る。これに彼女の唇がついていて、間接的にだとしても、それを味わえるなんて。
「も、らいます」
「あ、私のつばついちゃってるから、汚いかな」
 あまりにストローを見つめすぎていただろうか。そんなことを言われてしまう。情けないが、そんなことないと否定する単語すら出てこない。だから、代わりに行動で示すことにした。
 しかし、くわえた瞬間に異臭を感じて、勝手に口が離れる。なんだ、これ。中身がどう考えても普通の飲み物じゃない。ジュースや牛乳といった、ありふれたものではありえないにおい。あまりのことに、彼女との関節キスの感動すら消え去ってしまう。
「どうかした? あ、ちょっと固いから飲むのは大変かも」
「これ」
 言葉に詰まる。当たり前のように飲んでいる相手に、なにか変なものが入っているのかとか、腐っているのかとか訊けるわけがない。それ以前に、このにおいってまるで――。
「うん?」
 首をかしげて微笑みを浮かべる彼女。せっかく、話をする機会なんだ。唯一の共通点が出来るチャンスかもしれないんだ。それを逃していいのか。それは、いやだ。
 意を決して、再びストローをくわえる。悪臭に耐えながら、力をこめて吸い上げる。どろりとした粘着質の、少し塩気と苦みのある液体が流れ込んできた。ねばついて、なかなか喉を通らない。初恋の味はほろ苦いとかいうこともあるけど、絶対こういう意味じゃない。
「おいしい?」
「そ、そう、だね」
 もらったものを、それも憧れの相手が俺を気遣って渡してくれたものを、否定できるわけがない。たぶんひきつっているだろうけど、笑みを浮かべて彼女に応える。
「よかった。それじゃあ、全部飲んでいいよ」
「え、そんな」
「いいから。ね?」
 遠慮だと思ったのか、差し出したパックを押し返される。指が柔らかい。両手で包み込まれて、胸元まで押し戻されては何も言えない。だけど、これを飲む、のか。
 彼女は先ほどより喜びの色を強くして、こちらを見ている。自分のお気に入りを他人がおいしいと言ったことがうれしいのか、それとも別になにかあるのだろうか。
 色々と気にはなるけど、このまま飲むしかない。半ば吐きそうになりながら、時間をかけて、それでもなんとか飲み干した。その間中、彼女はレポートも書かずに、こちらをずっと見つめていた。
「くは……ごちそう、さま」
「あは、全部飲んだの? ねぇ、どうだった?」
 嬉しそうというか、興奮しているというか。荒い息遣いまで聞こえてきそうな不自然さを感じる。惚れた弱みというか、それでも本当のことは言えなくて、おいしかったよと答えるのが精いっぱいだった。
「ふぅん、そうなんだ。男のくせに精液飲んで、おいしいんだ」
 せい、えき。やっぱりという思いと、なんでそんなものをという疑問が交差する。
「変態?」
 他人の精液を好きな人の前で飲んだ変態、と言われたらそれまでだ。でも、なんだってそんなものを勧めてきたんだ。
 それに、すでに半分ぐらいはなくなっていた、と思う。ということは、彼女もずっと飲んでいたとうことだ。もし、もしも彼女に俺のも飲んでもらえたら……そんなことを想像して、異常な状況にもかかわらず下半身が反応してしまう。
「あれ、ねえ、もしかして」
 ふいに立ち上がった彼女が手を伸ばしてくる。呆気にとられていると、むぎゅりと股間を掴まれた。少し痛みを覚えるぐらいの力で、揉みほぐされる。
「あはは、やっぱり変態ね。精液を飲んで、おいしいって言って、こんなに大きくしてるなんて。けっこうかわいい顔立ちだしさ、背も低いし、そーいうの、もともと好きだったりするの?」
 いくらなんでもおかしい。こんな人だとは思わなかったし、知っていたらそもそも好きにだってならなかったのに。百年の恋も冷める、というのはこういうことだろうか。
「な、やめろ! 意味分かんないんだよ!?」
 立って距離を取ろうとした。腕をあげて突き飛ばそうとした。だが、そのどちらも現実になることはなかった。うそみたいな話だが、まったく身体が動かない。自由になるのは首から上だけだ。
「あれ、抵抗するんだ。できないよね。できないでしょ? あは、怖い? それとももっとなぶってほしい? あははっ」
 普段は優等生としての物静かな印象しかない。それなのに、まるで狂ったように嗤っている。楽しくて、嬉しくてしかたがない。そういう風情だ。だが、なんだ、この豹変ぶりは。
「こんなことして、何がしたいんだよ!?」
「なに、何って決まってるじゃない。あなたのペニスが欲しいだけよ」
「ふ、ふざけるな!」
「ばかね。あなたの意思なんて、関係ないに決まってるでしょう」
 ズボンが下ろされ、反り返ったものが飛び出てくる。もしかして、本当に飲んでくれるのか。明らかにおかしいのに、それでも男の性というのは一度興奮してしまうとなかなかおさまるものではない。
 整った顔が近づいていく。そのまま何の躊躇もなく口にふくまれた。ねっとりと熱く、舌がうごめく。なんだ、なんだこれ。
「あ、ぁあっ、これ、すご、あぁあっ」
 だが、その感触を楽しめたのはせいぜい数秒だろうか。ただ舌先で入口をつつかれただけで、自分の意思とは関係なしに射精が始まった。奥からどんどん出て行ってしまう。
「んぁあっ、はぁ、はぁ……そん、な、なんで……」
 ぺろりと唇についた白濁液をなめる彼女は、妖艶で、見とれてしまうほど美しい。
 呆けていると、アゴを掴まれた。そのまま抵抗もできないまま、上を向かされる。もう片方の手で鼻をつままれ、彼女が覆いかぶさってきた。
 どうしようもできなくて、少しでも息をするために口を開く。そこに、自分の精液が流し込まれた。さっきのと同じ匂い、同じ味。べっとりと喉に張り付き、息がつらい。どうしても、飲まざるを得ない。
「んくん……えほっ、けほっ」
「あはは、自分の飲んじゃった。でもほら、出したばっかりなのに、さっきより元気になってるじゃない。やっぱりこういうの、好きなんでしょ」
「あぐぅっ」

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 ごりんと音がしそうな力で、玉ごと握りしめられた。あまりの痛みに肺の空気が一気に出て行ってしまう。
 だが、痛みはそれだけではなかった。さらにそのままの状態で引っ張られる。身体もいっしょに動けばいいのだろうが、それができない。まるで椅子にくっついたように、びくともしない。結果として、今まで味わったことがない強烈な痛みに襲われた。
「ぃ、ぐっ、あがっ!?」
「あは、はははっ、ほらー、このままだと取れちゃうよー、いいのかな、なにもしないで」
「やめ、て、あ、ぎぃっ」
「やっぱり泣き顔もかわいい。でもなにもしないみたいだし、このままいっちゃうね? えい」
 ブチン――

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「おーい、起きてよ。いつまでも寝てたら帰れないじゃない」
「え、あれ、わたしいつ寝たんだっけ」
 見回すとすでに夕暮れで、少しだけ暗くなってきていた。教室にはわたしたち以外だれもいない。いつもなら、なんだかんだで人が残っているものなのに。
「もう、ほんとに私がいないとダメなんだから」
 脚が少し寒い。短いスカートに違和感。あ、昨日やり方を教えてもらって短くしたんだっけ。なんだか違うような気もするけど、明日からはなにかで対策をしないとだめかもしれない。
「ほら、いくよ。今日は私の家にくるんでしょ」
「う、うん、ごめんね」
 ノートや教科書を鞄につめる。体操服も忘れずに持って帰らないと。あ、れ。今日の体育って何をやったっけ。あれ?
「もー、まだ寝ぼけてるの?」
 そんなことはないはず。もうすっかりいつもどおり。たぶん。
 荷物を持って立ち上がる。なんだろう。やっぱりいつもと違う。並んで立つと、頭一個分、ううん、もっと差がある。わたしの方が小さかったけど、こんなに違ったかな。
「ほーら、置いてくよー」
「あ、待ってよ!」
 気がつくとすでに彼女は教室から出かけていた。考えていたら置いて行かれちゃう。それが怖くて、慌ててその後に続いた。
 追いつくために、がんばって脚を動かす。長さのせいか、それでも追いつけなくて、離れて行って、いつの間にか見失ってしまった。不安で仕方がなくて、少し涙が出てきてしまう。
「あはは、やっと来た、って、きゃっ」
 下駄箱で待っていてくれたのがうれしくて、走る勢いのままとびつく。大きな胸。ああ、いいにおい。だいすき。

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「さっきは急に抱きついてくるから、びっくりしたじゃない」
「だ、だって、いきなりいなくなるから不安で」
 今思うとかなり恥ずかしい。いくら小柄で貧相な体型だとはいえ、急にとびつかれた女の子が立っていられるはずもない。
 ひっくり返っても離さず、子供のように縋りついていた。それも、帰りがけのクラスメイトに声を掛けられて我に返るまで。見られたことを思い出すだけで顔が熱くなる。
 でも、いつものこと、という反応がすごく気になった。あわあわしていると小動物みたいでかわいいよねって。わたし、いつもあんなに子どもっぽいんだっけ。
「ちょっと、ちょっと、どこまで行くの」
「え、あ、ここだっけ」
「もう何回も来てるのに。今日はなんか変ね」
 そう、いつも遊びに来ている家、のはず。豪邸なんかではなく、普通の、ありふれた一軒家。強いて言うなら、三階建てってことだけど、最近はそう珍しいわけでもない。
 そうだ。三階が彼女の部屋と物置になっていて、家族が来ないから自由にって――。あれ、なんで知っているんだろう。って、いつも来ているんだからそんなの当たり前だよね。

「それじゃ着替えちゃうね」
 わたしの至福の時間。一枚一枚脱いでいく様子をじっくり見ていられる。きれいな肌。うらやましいメリハリのある体つき。今日は黒の大人っぽい下着。それが全部わたしだけのもの。
 カットソーに軽やかなワンピース。悩むそぶりを見せて、カーディガンも羽織る。たしかに少し肌寒い感じはあるかもしれない。
「ごめんね、私だけ」
「ううん、大丈夫」
「そう、じゃあ、あなたにはこれね」
 するりと首に手を回される。かちゃりと小さく金の音がして、首が軽く圧迫された。え、なにこれ?
「いつもよりがんばってたしね、それに思ってた以上にかわいくなってくれたから。今まではもらったらそのままだったけど、たまにはペットにしてもいいかなぁなんて思っちゃったの」
「ぺ、っと……あ、あああ!?」
「あれ、思い出したんだ。へぇ……普通なら勝手になじんじゃうのに」
 たしか、股間を掴まれて、それで――。なんで、なんで? たしかに男だったのに、男だったはずなのに。

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 見上げるほどの身長差、襟元の大きなリボン、だぼついて指まで隠れそうなジャケット、裾からわずかに覗くスカートに、細く白い頼りない脚。こんなの、俺じゃない。俺なわけがない。
「ねぇ、どう? 小さな女の子にされて、下着が見えそうな短いスカート履かされて、おまけに首輪までつけられる気分って? ねぇ、どうなの?」
「あ、あああ……」
「もう……それじゃわかんない、でしょ!」
「あぐっ」
 リードを引かれて床に倒される。四つん這いで見上げる彼女がすごく大きくみえて、自分の小ささとかひ弱さとか、そういったものを実感してしまう。
「そうね、もっと気分を味わえるように、コレつけちゃおうか」
「い、嫌だ、俺はそんなの」
「そんなに嫌なの?」
 犬の耳を模したカチューシャを手に、彼女がしゃがみ込んでくる。必死に首を縦に振る。ただでさえわけのわからない状況なのに、これ以上そんな辱めをうけるなんて、耐えられない。
「そっかぁ、じゃあ、仕方ない」
「ゆ、ゆるしてくれるの、か?」
「あはっ、嫌がる顔がすごいそそるから、つけてあげる。外したらどうなるか、わかるよね?」
「ひ、ぁ」
 にたぁと悪意のこもった笑顔をつきつけられる。何をされるかなんてわからないけど、今以上に酷い目にあわされることは確実だった。か細い悲鳴が口からもれる。
「ほら、こっち」
 リードで身体の向きを変えさせられる。大きな姿見に、今にも泣きだしそうな弱々しい少女が映っている。これが、今の俺……。
 せめて見ないようにしようとするが、きつく紐を引かれた。目を閉じるなと、反らすなということか。逆らうに逆らえず、この状況を直視するしかなかった。
「いい子ね。それじゃ、ちゃんと見るのよ」
 返事はしない。向こうも求めていないのだろう。焦らすかのようにゆっくりと降りてくる。カチューシャの先端が頭皮をやわらかくこすり、同時に心が抉られる気がした。
「はい、できた。ほんとに犬みたいね。あは、不安そうな目をしちゃって、かわいいんだから」
「うる、さい。こんなことして、ただで済むと」
「思ってるよ。だってあなたは私のペットだもの。でも、ほんと不思議。今までの子だったら、もいじゃったら男のときの意識なんてなくなっちゃってたのに。飲んじゃったからかな」
 今まで、ということは何人もこんな風になっているということか。でも、誰が。失踪したとか、転校したとか、そんな話は聞いたことがない。
「だって、元から女の子だったことになってるもの。本人も家族も、世界中のみんなが男だったことを忘れるの。そういう風に私がしてあげてるから」
 クラスでも、学校でも女子の比率が多い、けど、もしかして、それも全部――。
「そう。男なんて精液だけ作れれば、あとはいらないしね。今も隣の部屋でペニスだけが働き続けてるの。いつものパックも、そのおかげ。ふふふ、おいしかったんでしょ?」
 唇を舐める様は普段の振る舞いとはまるで違う。そのギャップのせいだろうか、背中が震えるほど美しく感じる。こういうのを傾国というのだろうか。
「ねえ、おもしろいって思わない? ずらっと並んだペニスが、たまに思い出したように射精するの。あ、そうそう、心配しないでね。あなたのもちゃんと仲間にしてあげるから」
「なんで、なんでこんなこと」
「なんでできるのかって聞いてるの? それとも、なんでこんなことをするのかってこと?」
「どっちもだ、この変態」
「男なのに精液すすっておいしいって人に言われたくないけど。私が淫魔で、精液がエネルギーになるからって言えば、分かりやすいかな」
 ふざけるな、なにが淫魔だ。なにがエネルギーだ。馬鹿にしているのか。
 さっきまでは無性に恐怖心が強かったけど、怒りの方が上回ったのか、冷静になってきた。よく考えたらただの女じゃないか。体格は違うかもしれないけど、だからってそこまでの力の差はないはずだ。本気で暴れる人間を、ひとりで止められるわけがない。
 こうなったら噛みついてでも、何をしてでも逃げて――あ、れ、動かない。身体が、ぴくりともしない。
「だめね。今ある現実がちゃんと受け止められないなんて」
「――――――」
 声すらでない。息ができない。これも全部、彼女がやっているのか。苦しい、いやだ、死にたくない、死にたくない。助けてくれるように、必死に願う。
「ぁ、かはっ、はぁ、はぁ」
 それが伝わったのかどうかは分からないけど、急に身体の拘束が解かれた。手足の力が抜けて、床にくずれる。時間にすればものの一分にも満たなかっただろう。それでも吸うことはおろか、吐くことすらできないのが、こんなにつらいだなんて思ってもみなかった。
「ねぇ、わかった? あなたぐらい、どうにでもできるの。ほら、答えは?」
「あ、わか、った」
「わかりました、でしょ?」
「わ、かりました」
 逆らえない。指一本も動かさずに、簡単に殺される。こんなのむちゃくちゃだ。覗きこまれて、余計に身体が強張る。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。上下関係をはっきりさせたかっただけだから。あなたが私のかわいい子犬で居る限りは、変なことはしないしね」
「ほ、ほんとに?」
「うん、けど、裏切ったりしたら、ね?」
 ぞくりと背中が冷える。本気の目だ。さっきまでの、悪意がこもっていてもにこやかだった表情とは違う。本気で、殺すと言っている。
「で、あなたかわいいから、これもつけちゃおうか」
「ひっ、それ、や、嫌だ、待って、それは」
 どこから取り出したのか犬の尻尾が握られていた。根本は先の細くなった円錐に近い円柱。どこに差し込むものかは、一目でわかってしまった。
「ほら、ちゃんと四つん這いになって」
「う、ぁ、はい」
 命令には従わないと、何をされるか分からない。言われた通りにすると、パンツがずり下ろされた。鏡にはローションを先端に塗りつける彼女の姿。
 裂けたらかわいそうだしね、と俺のお尻にも同じようにねばねばする液体がたらされた。押し当てられ、ぐりぐりと動かされることで、恐怖がどんどん増してくる。
「な、なんでもするから、それは、怖いから」
「なんでも、ねぇ。それじゃあ、わんこらしく、鳴いてみて」
「……わん」
「あはっ、かわいい! ねぇ、もっと、もっとやって」
「わん、っ、わん」
 つらくて恥ずかしくて、顔が熱い。それでも、彼女の要求に逆らうことはできない。少しでもご機嫌を取ろうと、縋るように、甘えるように鳴くしかなかった。
「目が潤んじゃって、ほんと子犬みたい。あぁ、もう、かわいい……だから」
「ゆるして、くれるのか?」
「ううん、もっとちゃんと、犬みたいにしてあげるね」
「え、ひぐぅぅっ」
 油断していたせいか、一気に奥まで押し込まれてしまった。さっきとは違う意味で、一瞬息が止まる。
「ほら、鏡見てよ。お尻だけ高く上げて、ほんとにわんこになっちゃったね。あははっ」
「あ、ぐ、鳴いたら、ゆるしてくれるって……」
「私は鳴いて、って言っただけよ。誤解するのはあなたの勝手だけど、ね」
「ひぁあ!?」
 彼女が言葉を切った途端、お尻の尻尾が揺れ出した。まるで喜んでいるように、左にぱたん、右にぱたん。一回動くごとに、まるで射精しているかのような快感に襲われてしまう。
「あっ、ひっ、んぁっ、あぁっ」
「嫌がる割にうれしそうじゃない。あ、もともと自分でしてたとか。それとも誰かに開発されちゃってた?」
「ちが、ん、そ、な、ふぁあっ」
 刺激の嵐に今にも腰が抜けそうになる。いつまで経っても打ち寄せる快楽の波は止まらない。自然となにかを求める様になってしまう。
「そういうけど、腰、動いちゃってるよ。ほら、欲しいものがあるんじゃないの?」
 言ってしまいたいわたしと、言いたくない俺が拮抗する。今でも十分すごいのに、もしかしたらこれ以上気持ちよくなれるのかもしれない。けど、それを受け入れてしまったら、もう本当に戻れないんじゃないだろうか。
「もう、見た目と違って強情ね。素直になっちゃえばいいのに」
 うぃん、うぃんとモーターの音が強くなり、尻尾が激しく動き出す。さっきのでもおかしくなりそうなのに、今は断続的に意識が飛びそうになる。こんなの、こんなのむり……。完全にイきそうになったところで、不意に刺激がなくなってしまう。
「え、ぁ、なん、で」
「良い子にしか、エサ、あげたくないなぁ」
 自分の口でちゃんとねだれと言っている。でも、俺は、男なのに、そんなの。
「男? どこが? 鏡見てみなさいよ。どこに男がいるの?」
 鏡。よだれを垂らして、顔を真っ赤にして、目を潤ませて、耳と尻尾をつけて、発情しきった少女しかいない。
 男なんて、いない。だから、わたしは――。
「くだ、ください、ご主人さまぁ」
「よしよし、良い子ね。で、なにが欲しいの?」
「う、ぁ、おちんちん、おちんちんがほしいです!」
「どこに?」
 じゅくりと液が溢れる。すっかり充血し、ゆるくなった股間。ここに――。
「おまんこ、わたしのおまんこにください!」
「よくできました。それじゃあ、せっかくだし、あなたからもらったのでやっちゃおうか」
「はい、はい! ください、『俺』ので、わたしをおかしくしてください!」
 もういちどそれじゃあと呟いて、わたしを服従のポーズにさせる。あおむけになるとしっぽが奥の方をごりごりとこすって、よけいに切なくなる。
 おおいかぶさってきたご主人さまについている、見なれたもの。そり返ったそれが、いっきにわたしの中に入りこんできた。
「んぁああ!」
「あ、は、これ、思った以上に……」
「うごいて、ごしゅじんさまぁ、うごいてぇ」
「もう、我がままなペットね。でも、そのぐらいの方がかわいい、かな」
 ぐちゅり、ぐちゅりと出入りする。かきまわされる。おしつけられる。だんだん速くなって、いっしょに息もあらくなって。
「く、ぁ、すごいにゅるにゅるしてる、あなたのナカ。何回かやったことあるけど、こんなにすごいの、はじめて、んんっ、うそっ、こんなに吸いつくなんてっ」
「あっ、ごしゅじんさまぁ、ぁあっ」
「だめ、我慢できない!」
「きてくださ、いっ、もっと、おくで、おくでぇっ!」
 大きくふくらんで、いちばんおくにどくんどくんとなにかが入ってくる。はなれようとしたご主人さまの首に手を回してだきつく。ぜんぜん力は入らないけど、ぜったいはなさない。
「はぁ、ふぅ……もう、ほんとわがままな子ね」
 そう言いながらも抱っこするように座らせてくれる。もちろん、おちんちんは入ったまま。ご主人さまのぬくもりを全身でかんじる。だいすきなひと、いとしいひと。こいびと、おもちゃ、ぺっと、なんでもいい。ご主人さまから、ぜったい、ぜったいはなれない。
「ぜったい……むにゅ……」
「あは、なに笑ったまま寝ちゃってるのかな、この子は」

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「だ、だから、こんな恰好で授業を受けられるわけないだろ!?」
 耳に尻尾、最後に首輪。朝、迎えに行くなり三点セットが装着させられた。首輪をつけられるまで、主導権が『わたし』にあったから、文句を言うことすらできなかった。
「えー、周りは私がなんとかするから大丈夫よ。そ、れ、に、昨日はあんなにうれしそうだったじゃない」
「あ、あれは俺じゃない! きっと二重人格みたいなアレで!」
「ふぅん、それじゃあ、尻尾動かしてあげよっか。そしたら、また女の子になるから大丈夫ってことよね」
「ぇっ、ま、まって」

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 にやぁとうれしそうに笑うご主人さま。ぶーんと低いモーター音がして、ぱたぱたと尻尾がゆれる。スカートがめくれて、お尻が空気にさらされる。
「んぁっ、ごしゅ、ごしゅじんさまぁ」
「あはっ、かぁいい。ほら、遅刻しちゃうから、行くよ」
「やぁ、まって、まってくださいぃ。そんなにヒモ、んぁ、ひっぱらないでぇっ」
「だめ。あなたは私のペットなんだから、ちゃんと言うこと聞きなさい」
「そ、そんなぁ、ひぅうんっ」
「がんばったら後で好きなだけミルク飲ませてあげるから、ほら、はやく!」
 たのしそうにリードを引いてくれるご主人さま。カバンから取り出したパックのミルクをふりふりする。今日からはご主人さまの分と、わたしの分。
 だいじなだいじなわたしのご主人さま。ねぇ、そんなひとといっしょになれて、しあわせだよね? わたしのなかのあなた?

<FIN>

『トイレの……』 後編 by.うずら

 明日のことは明日決める、ということで、その日は早々にベッドにもぐりこんだ。ホントなら一夜漬けして、少しでも点数は上げたかったんだけど、仕方がない。正直、机に向かう体力も、教科書を見直す気力もなかった。
 うとうとしたかと思うとあの煙が思い出され、目が覚める。ずっと布団の中に居るのに、とても休まる気がしない。
 何度か寝て起きてを繰り返していると、汗がひどいことになってきた。パジャマ代わりのTシャツが気持ち悪いぐらいに湿っている。まだふらふらするけど、一回、汗を拭いた方がよさそうだ。
 階段を下りて洗面所に至る。電気をつけて、タオルを取り出す。鬱陶しい髪を払いながら水でぬらして……びしょびしょのままのタオルを取り落としてしまった。鏡に映るはずの俺ではなく、昼間の幽霊がそこにいた。
 なんでそこにいるのかとか、そういった問題を棚上げにするほど、エロい。なにがって、胸に張り付いたシャツとか、透けて見えそうな肌とか。疲労困憊って感じだけど、湯上りっぽく見えるのもいい。
 そして、あのもやみたいな状態ではなくなっていることに、少し安心もしてしまう。というか、またあの姿で出てきたとしたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。それにしても、鏡の中に現れるなんて、凝った出現方法だ。
 と、見るばかりで謝っていなかったことを思い出した。ていうか、相手もこっちを観察しているみたいだし、お互い様なのかもしれないけど。
「その、昼間は悪かったよ。ほら、うるさかったからちょっとからかいたくなって、出来心ってかさ」
 かすれた声で謝罪したものの、相手は何も言わない。そんなに怒っているのだろうか。反応すらしてくれないのは、どうすればよいだろう。
 目の前に手をかざして、振ってみる。それと全く同じタイミングで、相手も。なにか、おかしい。テレビでやってた芸人の決めポーズをとってみる。向こう側でも同じ仕草が繰り返される。これって……。
 思い切って下に視線をやる。覗きこまないと真下が見えないほど、巨大な塊がひっつている。先ほど自分がエロいと思った、そのものが。
 両手で余るほどの重厚感。興味本位で揉んでみるが、そんなにすぐにすぐ気持ちよくなるものでもないようだ。真依子だったら……個人差があるのか、開発しないといけないのか、それとも演技、いや、変な考えはやめよう。
「だいたい、そんなことを気にしている場合じゃないだろ。落ち着け、落ち着いて……」
 深呼吸して、股間をまさぐる。どこをどう触っても、慣れ親しんだ突起は見当たらない。見た目といい、タイミングといい、昼のあの幽霊が原因としか考えられない。そうでもないと、こんな非現実なこと……。
 ふと置時計を見ると、午前2時。嫌な時間だ。けど、アイツに会いに行くにはちょうどいいのかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられなくなってきた。
 そのまま玄関に向かう。かけてあったコートを適当に羽織り、スニーカーに足を突っ込んだ。すっかりバランスが取りづらくなった身体で学校へと急ぐ。
 胸が弾むたびに、よろけそうになってしまう。踏ん張らないといけないから、あまり強く蹴りだせない。本来の目的とは違うところに体力が浪費されてしまう。速く走るにも、長く走るにも、向いていない気がして仕方がない。

 喉が張り付くような、吐きそうな感覚に見舞われながら、なんとか学校までたどり着いた。最後はよろよろしていたから、結局、最初から歩いても変わらなかったかもしれない。
 さて、勢いで来たものの、校門は当然のように閉まっているし、誰もいそうにない。やっぱり塀を乗り越えるしかないか。
 普段だと簡単そうな壁が異様に高く思える。いや、実際に高いのか。校庭が見えていたはずが、今は見えない。十センチぐらい低くなっているだろうか。
 悩むのは後だ。とりあえず、手をかけて身体を持ち上げる。が、渾身の力を込めても、なんとか奥を覗き込むのが精いっぱいだった。そのときは徒労だと考えるのに、やけに時間がかかった。
 他に方法はないものだろうか。ぐるりと回っていると、路上駐車している車があった。周りに人は……いないようだ。これを踏み台にしよう。ボンネットからだと、今の体力では心許ない。ルーフに這いあがり、そのまま塀を踏み越える。
 着地に失敗したものの、なんとか侵入は成功した。これ、帰るときに困りそうだけど……それはそのとき、考えよう。
 薄暗いを通り越して、ほとんど真っ暗な校庭を突っ切る。懐中電灯とか、せめてケータイを持ってきておけばよかった。と、いまさら後悔してもどうしようもない。頼りになるのは月明かりと、所々に付いている非常灯ぐらいだ。
 一応上履きに履き替えようと思って、そこではじめて気がついた。靴が、小さい。道理で今まで脱げなかったわけだ。ピンクのラインが入っていて、かわいらしいデザインだ。下駄箱から取り出したスリッパも、当然のように女子用で。これも全部、あの幽霊のせいだとでもいうのだろうか。

 薄気味悪い校舎を、なるべく意識しないように進む。ただ特別棟には生物室とか音楽室とかがあるせいで、つい怪談話を思い出してしまう。別にうちにそういう話があるわけでもないのに、どうしてこうも恐怖心があおられるのだろう。
 窓に映る自分自身も怖いし、なるべく教室側を見ないようにして通り過ぎる。ホルマリン漬けとか、生々しすぎて動き出しそうだし。
 帰りたくなる気持ちを奮い立たせて、問題のトイレまでたどり着いた。本当にアイツはいるのだろうか。気がつくと、辺りを走る車の音さえ聞こえなくなっていた。唾を飲み込む音が嫌に耳に残る。
 深く息を吸い込んで、乗りこむ。電気をつけるまでもなく、そこに人がいるのはわかった。だけど、昼とは明らかに形が違っていた。黒いもやでもなく、女性でもなかった。
足を組んでふわふわと浮いている姿は、まぎれもなく俺だった。
「案外、遅かったわね」
「……気持ち悪いから、女言葉はやめてくれよ」
「それはお互いさまじゃない」
 意気込んでいたのに、文句を言うべき相手がまるでオカマみたいでがくりときた。でも、こんなところでくじけてたまるか。
「それより、コレ、どういうことだよ」
「さあ? 私はただ、呪ってやるって思っただけだし」
「俺なんかより、死んだ原因を呪えよ!」
「生きてた時の記憶なんて、ないから」
 ふっと寂しげな目をする幽霊。てか、俺の顔でそんな切なそうな表情しないでほしい。ちょっと迂闊な言い方だったかもと思っても、謝る気が失せてしまう。
「……でも、ま、自縛霊なんて、そんなものじゃないの?」
「いや、知らないし。で、コレはお前のせいってことなんだよな。戻せよ」
「どうしようかなー。戻せるとは思うけど、ほら、やっぱり呪いなんだから、それなりのことはしてもらわないと」
 そりゃ昼の件は俺が悪かったかなとも思ったし、だからこそ謝りもしようと考えてた。けど、なんだ、この態度。
「うっさいんだよ。うだうだ言わずに、何とかしろよ!」
「もう、私の顔でそんな下品な言葉使わないでよね。ああ……そっか、まだ立場が分かってないのね」
「立場って、うわっ!?」
 泳ぐように後ろに回り込んだかと思うと、組伏せられてしまった。まさか触れると思っていなかっただけに、なんの準備もできていなかった。振りほどこうにも、強い力で締めあげられる。
「うん、なんか腹が立ったから、ちゃんと女の子にしてあげようと思って」
「なんの、あっ!」
 ハーフパンツが膝まで降ろされる。体勢を変えられ、お尻を突き出すようにされる。屈辱的な状況なのに、何の抵抗もできない。
「なんだかんだ言いながら、かわいいショーツなんて履いちゃって……それとももともとそういう趣味?」
「違う、それは勝手に変わってて!」
 はいはいと空返事が返ってくる。要は俺がいたぶれればいいのかもしれない。そのまま、執拗に股間や内股が撫でられる。
「ん、やめろよっ」
「嫌。それにこうやって恨みを晴らしていれば、もしかしたら勝手に戻るかもしれないじゃない。このままじゃ私、戻す気になんてならないし」
「そんな、むちゃくちゃな」
「私の存在を簡単に受け入れているあなたに、そんな風に言われるのは心外なんだけど? それにこのままより、少しでも可能性があった方がいいんでしょ? それじゃあうさばらにし付き合ってよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
「じゃ、同意ももらったことだし、本気でいくから」

幽霊b
挿絵:蒼都利音 http://2st.jp/rionoil/

 本気というその言葉にウソはなかった。たかが片手の愛撫だけで、何度意識が飛びそうになったことか。下着も気持ち悪いぐらいに湿っているし、すでに押さえつけられなくても、反抗する気力すら湧いてこない。ふぬけた状態で、なすがままだ。
「さて、それじゃあ、そろそろ……」
 股間を覆っていた布地が強引に取りはらわれる。さっきまでは直接ではなかったけど、それじゃあ、次は? 恐怖と期待がぐちゃぐちゃになった状態で身構える。
「最初だけど……たぶん痛くないから」
「え、それって、あ、はい、入って、やめ、ろぉ」
 微塵の躊躇もなく、挿入ってきた。この身体が小さいのか、それとも単に慣れていないのか。吐き気がしそうな、違和感がある。奥まで行ったかと思うと、入口まで戻り、そして再び奥まで。それが何度も何度も繰り返される。俺が真依子にいつもやってること。まさか自分が体験するなんて思っていなかったけど、気持ちいいのに、気持ち悪い。
「どう、気持ちいい?」
「んあっ、きくなぁ」
「意外に強情ね……それじゃあ、ほしいって自分から言うまで、続けてあげる」
 その言葉通り、喘いでも泣いても懇願しても、動きが止まることはなかった。キモチイイに頭が支配され、イきそうでイけない状態がしばらく続いて、もどかしくてたまらなくなった。
 ようやく止まったかと思うと、身体の中のモノが取り除かれた。出口付近が抉られて、ちょっと気持ちいい。けど、そのまま触ってすらくれない。
「ぁっ、あ、なん、で」
「なにが?」
 ずるい。もともとコイツの身体だ。イきそうになって、寸止めされて、苦しいのなんてわかっているはず。それを分かっていて……。どうあっても、俺に言わせたいらしい。睨みつけても、にやにやしているだけだ。
「なんで、止めるんだよ」
「続けてほしいの? 男なのに、後ろから突っ込まれて、あんあん喘いで、イかせてほしいの?」
 悔しい。でも、肯定しないと、こいつはこのまま終わらせる気がする。そんなの、ひどい。
「そ、そうだよ!」
「じゃあ、ちゃんと女言葉でお願いしてみて」
 唇をかみしめて、怒りをこらえる。そんな素振りすらも、楽しそうに眺めている。なんで、こんなことに……。
「お、お願い、イかせて」
「うーん、まあ、最初だし、そんなものかなぁ」
 不満そうに言うが、次なんてあってたまるか。ただ、ちゃんと約束は守る気みたいで、再び入口付近に棒があてがわれる。
「あれ、さっきよりぬめってない? じらされて、恥ずかしいこと言わされて、感じちゃったとか? そんな変態さんなの?」
「ちが、んあぁっ」
 深く貫かれて、反論は言葉にならない。それに、最初に入れられた時より気持ちいいと思ってしまったのも、事実だった。
「ぁっ、ん、くぁんっ」
「そうそう。言い忘れてた。イかせてあげるのに条件があるんだけど、いい?」
「なん、ぁあ、いいかりゃ、あぁっ」
「あのね、私、もう一回人間として生きたいの。わかる?」
 そんなに激しく動かされたら、考えられるわけない。それなのに、なにか大事な決断が迫られているというのは、肌で感じる。でも、あたま、とける……。
「うん。だから、あなたの大事な人、ちょうだい」
「だいじ、ああっ、そこ、だめぇっ」
「聞いてる? 返事は? 返事しないと、止めちゃうよ?」
 言葉通り、動きが止まる。また、せっかく高まっていたのに。いや、だからこそ、今のままの状態というのがつらくて仕方がない。口が勝手に言葉を紡ぐ。
「だめ、だめぇ、あげるから、あげるから、やめちゃだめぇ!!」
「そ? じゃあもらうね。マイコちゃんだっけー、漢字は、ふんふん、じゃあ、真ん中を取って、依ってのがいいかな」
「よ、りぃ」
「そ、依。これからあなたの飼い主になる人の名前だから、ぁ、ちゃんと覚えてね?」
 刻み込まれるように、奥にぐりぐりと押し付けられる。名前、なまえ、よばないと。
「あぁっ、よりぃっ」
「本当に聞いているのかな? まあ、いいか。ちゃんとした肉体になったところで、んっ、く、感覚が戻ってきたし……えいっ」
「あ、だめ、いっ、や、あああぁぁっ!」
 頭が真っ白になって、意識が一瞬トんでしまう。さっきまでなんとか支えられていたのに、力が完全に抜けて、便器にへたり込む。これが女の、イくって感覚……。
「ひどいなぁ、私がやっと気持ちいいって思いだしたところで。まあ、いっか、このまま使うね?」
「へ、や、いま、ぁあんっ!」
「きつ……私が出すまで、だから、ん、がんばってね」
「やめ、ろぉっ、そんな激しく、やぁあっ」

- ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ -

 並んで校門を出る。あれから何度も出されて、シャツも汗と精液でべとべとしているし、ノーパンだし、ほんと、どうにかしないと。
 本当ならずる休みしたいけど、試験日ともなるとそういうわけにもいかない。浪人ならともかく留年はシャレにならない。
 東を向くと、細く赤い朝日がまぶしい。と、こんなキラキラした笑顔の、すごく大切に想っていた人がいたような、妙な錯覚に襲われた。恋する乙女でもないのに、なんだかずきずきする。しかも、どんな顔だったかも、どんな性格だったかも、それどころか名前すらもわからない。
「どうかした?」
「いや、なんか、大事な人を忘れているような気がしてさ」
「男言葉。気をつけてよね、りょーちゃん?」
「おま、依だって、そうじゃない。そっちの方が、オカマっぽいんだから」
「そうだな。で、大事とか言いながら、忘れるぐらいなんだろう。どうでもいいってことじゃないか?」
「そう、かな」
「そうそう。お前は――を選んだんだから」
「なに、なんて言ったの?」
 ちゃんと聞き取れなかったけど、なにか、すごく核心的な言葉だった気がする。それがわかればすべて思いだせそうな、そんな……。だけど、はぐらかすように笑って、彼は先に行ってしまう。何歩か進んでから、くるりと振り返った。
「それより、次、どこでスる?」
「ば、ばかっ!! そ、それより制服に着替えて来ないと、今日はテストなんだから!」
「あ、今度は制服でシたいんだ。えっちだなぁ、りょーちゃんは」
 そんな大声で。人の悩みもそっちのけで。
 再び横に並んだとき、依が校舎を見上げながら呟いた。今度は音は聞こえたけど、意味が分からない。どういうことだろう。
「それじゃあ、真依子ちゃん。私の代わり、よろしくね?」
 ……ま、気持ちいいし、なんでもいっか。

<了>

『トイレの……』 前編 by.うずら

『トイレの……』

「えー、ほんとにここでするの?」
「だめ?」
 だめっていうか、だって汚くない?、とごにょごにょいう彼女をトイレに連れ込む。男子トイレは個人的に嫌なので、女子トイレだ。男子は飛び散ってるかもしれないし、掃除だって適当だろうけど、女子のならそんなこともないだろう。
「大丈夫だって。この時間、誰も来ないからさ」
 特別教室の集まる特別棟。ただでさえ人の少ないその場所の、さらに最奥。テスト直前の放課後ともなると、相当なもの好きでもやってこないだろう。真面目……な気がする科学部の連中なんかはとっとと帰ってお勉強に励んでいるころじゃないだろうか。
 テスト中は禁止っていうから、二週間近くも我慢することになるんだ。最後の一日ぐらい、味あわせてもらわないと。
「うー、そういうことじゃなくて」
「普段だったらありえないだろ、こんなの。なんか興奮しない?」
「それは、そうかもしれないけど……」
 便器に座ってからも渋る真依子の首筋をなでる。うなじから耳にかけて柔らかく。こうやってると、アレの時以外は大抵受け入れてくれる。反対側にキスをして、耳たぶを甘噛みする。
「ん、もう、しょうがないなぁ、稜ちゃん」
「好きだよ、真依子」
「そう言うの、えっちのときだけだよね?」
「痛っ、つねるなよ、だって普段から言うのって恥ずかしいだろ。その分、今はいくらでも言ってやるよ。愛してる、真依子」
「うるさいなぁ、気持ちよく寝てたのに」
 いつものようにじゃれていると、突然声が聞こえた。先生……ではないような気がする。どちらかというと、俺達と同年代っぽい。でも、人がいないのはさっき確認したのに。
 もし本当に誰かいるのだとしたら、非常にまずい。学校での不純異性交遊だとか、退学になったりしないだろうか。
「ねぇ、どうかしたの?」
「あ、いや……さっき女の声聞こえなかった?」
「えー、やだ、誰かいるの? 見てきてよー」
「俺が出てったら変態じゃないか……頼むよ、真依子」
 軽くキスすると、しょうがないなぁと言いながら見に行ってくれる。我が彼女ながら、ほんとに良い子だ。エッチもうまいし。
「あんたたち、さっさと帰ってよね、もう」
「え?」
 すぐ近く、というより耳元で聞こえた。けど、誰もいるわけがない。ぞわっと鳥肌が立った。なんだこれ。
「稜ちゃん、やっぱりだれもいないよ」
「そ、そうか?」
「……大丈夫、なんか顔色悪くない?」
「いや、たぶん気のせいだろ。な、続き、いいだろ?」
 おかえりとありがとうの意味を込めて、もう一回キス。今度は舌も入れて、じっくりと。口を離すと細い糸が伸びる。それを指でぬぐって、真依子の口に。さっき舌でやったのと同じような感じで、口の中を愛撫する。
「ん、あふ、ちゅぅ」
 開いた手でセーターの上から胸をいじる。ふわふわで、だけどほどよく弾力のある柔らかい胸。年齢や体格を考えると、たぶんデカい方だと思う。
「はぁ、やっぱり真依子のさわり心地最高だ」
「んもう、ばかぁ、んっ」
 もう片方の手を今度は下に。スカートをめくり、パンツの上から撫でまわす。
「お尻もやわらかいし」
「それって、ん、デブって言ってる?」
「えぇ、なんで!? ぜんぜん痩せてるし、スタイル良いじゃん!?」
 話しながらも真依子の身体を楽しむのはやめない。たまに首や頬、もちろん唇にもキスをする。
「だって、ぁ、稜ちゃんがいつも見てる写真集とか、ん……」
「真依子だってイケメン俳優好きじゃん。それといっしょだってば。俺背もそんな高くないし、顔だって特に美形ってわけじゃないし、って言っててムカついてきたぞ」
 別に真依子が悪いわけじゃないんだけど、なんだかお仕置きしたい気分だ。力の抜けた身体を反転させる。後ろからのしかかるようにして、便器の蓋に手をつかせる。ちょっと狭いけど、まあ、なんとかなるだろう。
「ねえ、後ろからは、あっ」
「顔を見てやりたいってのは知ってるけどさ、なんか、いじめたいかも」
「なにそれ、ちょっとぉ」
 抗議は無視。さっさとパンツを脱がせる。指をなめて、まだあまりほぐれていない割れ目をなでる。
「なんで、んっ、今日の稜ちゃん、ぁぅっ、意地悪だよ」
「こんな所だから、興奮してるのかも。今も痛いぐらいだし」
 現にズボンの上からでもはっきりとわかるぐらいに勃起している。たぶん学校のトイレっていう場所が原因、なんだろう。だとすれば連れ込んだ甲斐があったというものだ。
「ねぇ、うるさいって言ってるの、聞こえてるんでしょ?」
 またあの声だ。いいや、無視。それより、目の前のごちそうをいただこう。直接愛撫したおかげか、だいぶ柔らかくなってきたし。
 ベルトを外してモノを取り出す。さっきも真依子に言ったとおり、痛いほど膨れ上がっている。少しでも滑りが良くなるように、湿り始めた割れ目に擦りつける。
「ああもう! 余所でやりなさいよね!」
「うわ!?」
「え、どうしたの、誰か来たとか?」
「いや、なんでもない。ちょっとバランス崩しかけてさ。そろそろ入れるぞー」
 適当に誤魔化して、先っぽで真依子を責める。このぐらいで声を上げてくれるっていうのが、実にいい。
 それはそれとして、目の前にいきなり顔が出現すれば、驚くに決まっている。しかも、腕組みしたまま宙に浮いているというおまけつきで。これが幽霊というやつなのか。初めて見たけど、少し透けている以外は人間と見分けがつかないな。
 おかっぱというには長い、まっすぐに切りそろえられた髪は多少古風な気がするが、けっこうかわいい。服は女子の制服で、一言でいうと、真依子より巨乳なのがわかる。ちょっとふてくされているみたいだけど、それもそれで悪くない。
「稜ちゃん、なんかヘンだよ? 本当に大丈夫?」
「え、あ、大丈夫。行くぞ」
 観察をしながらだったせいか、どうも愛撫が疎かになってしまっていたようだ。真依子に機嫌を損ねられるのはいやだし、集中することにする。

幽霊a
挿絵:蒼都利音

 ぎゃいぎゃいと怒鳴り続けているが、知らぬ存ぜぬで押し通す。目障りだし、耳障りでもあるけど、よく考えたら他人に見られながらって、そうそうできることじゃない。しかも、絶対に余所に漏れないという保証付き。わずらわしささえ我慢してしまえば、けっこう燃えるシチュエーションかもしれない。
 十分に湿った中にモノを突っ込む。途端に真依子が声をあげる。
 臨戦時のが他人と比べて大きいかどうかなんてわからないけど、真依子が満足してくれるならそれでいい。そのまま前後運動を繰り返す。ゆっくりと、次第にスピードを上げて、緩急をつけて。たまに真依子の中がきゅっと締まる。そのたびに、絞り取られるような錯覚を覚えてしまう。
「あ、あぁ、稜ちゃん、ああ!」
 そうやっているうちに、段々と我慢が出来なくなってきた。自然、腰の動きが速くなる。けど、おかしい。いつもだったらここまで余裕がないなんてことにならない。学校だから、それとも見られているという背徳感から?
 わからない。そんなことを考えているうちに、奥の方から突き抜けるような衝動がほとばしった。普段よりも明らかに早い。
「はぁ、はぁ……」
「ん、ぁ……稜ちゃん?」
 それには真依子も気が付いたようだった。もうなの、と訝しげな顔でこちらを振り返る。なんだか情けない気がしてもう一発とも思ったけど、不思議とやる気が萎えてしまった。さっきまで燃えるとか考えてたというのに。
「や、わり、なんか……テストべんきょーで疲れてるのかな」
「もう、なによそれ、稜ちゃんがトイレなんかでやりたいって泣いて頼むから、来てあげたのに」
「泣いてねぇし! でも、ごめん、なんかホントに疲れてるのかも知んない」
 自分勝手だなんだとぶーぶー言いながらも、気遣ってくれる真依子はやっぱりかわいい。いつも通り、何度もキスをして、見繕いを済ませる。痕跡はなるべくトイレットペーパーでふき取って、文字通り水に流してしまう。
 その間もキスしたり、軽くボディタッチしたり。なんか、今さらながらエッチそのものよりこういうじゃれ合いが、好きなのかもしれない、なんて。その間にもふわふわ浮いている幽霊らしき女は、ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てている。そりゃこっちが邪魔しているのかもしれないけど、それにしても煩い。……どうせ何もできないみたいだし、からかってやろう。
「なあ、真依子」
「どうしたの、変な顔して」
「このトイレってさ、昔、女子生徒が一人死んでるんだって」
「え、もう、やだ、やめてよ」
 なかなかいいリアクションが帰ってきた。真依子は特番のホラーとかは、必ずと言っていいほど見るくせに極度の怖がりだ。そのたびに電話で泣きついてきたりするので、ついこういう風にビビらせてみたくなる。
「そのころって今みたいに水洗じゃなかったからさ」
「やだってばぁ」
「下に落ちて、出てこれなくなって、そのまま……それから、たまに助けて、助けてって声が」
「もー!」
「いた、痛いって! ちょ、悪い、冗談だよ、冗談!」
 目を潤ませながら、ばしばしと殴ってくる。しかもグーで。いくら女とはいっても、コレは痛い。小学生でも怖がらないだろうに、そんなに嫌だったのか。とりあえず場を収めるために、抱きしめてキスをする。
「ん……ばか……」
「悪いって、ほら、機嫌直して帰ろうぜ」
 出る間際に、本来の目的だった幽霊を振り返る。その瞬間、寒気が背中を駆け抜けた。人生で一番、ヤバいと思った瞬間だった。
 怒った顔とかなら、まだいい。そんなんだったらざまーみろと思うぐらいなものだ。顔の部分と、手や足も、黒い煙に包まれていて、何も見えなくなっていた。それがまるで、掴みかかろうとでもするような形で揺らめいていた。ほんのわずかな時間だったのに、その人間の体をなしていないナニカが脳に刻み込まれて、離れない。目を開けていても、目を閉じても、その像が消えない。
「ねぇ、大丈夫……?」
「え、あ?」
「さっきから聞こえてないみたいだし、顔色悪いし、すごい汗だよ」
「ん……ああ、大丈夫。たぶん寝れば治るって」
 とてもそうは思えないけど。安心させるためにそういっておく。
 だが、結局それは無駄な努力だった。段々体調は悪くなって、家にたどりつく頃には真依子に支えてもらわないと歩けないほどだった。
「ちゃんと病院に行ってよ、ね?」
「ああ……ごめんな」
「も、もう、変な場所でしようなんていうから、バチがあったんだよ! 反省してよね!」
 たぶん、慰めるためだろう。わざとらしく明るい声を出して、帰っていく。何度も振り返りながら去っていく姿が、すごく申し訳なかった。
 靴を脱いで、洗面所に直行。わずかに残った胃の中身と胃液を放出する。うがいをして、顔を洗って、鏡を見て驚いた。あれから1時間も経っていないと言うのに、目の下にクマができていた。震える指先でそっと撫でる。
「あれ、稜、帰ってたの、ってアンタ、なにそれ、どうしたの!?」
 それからはえらい騒ぎだった。まともに反応する間もなく、近所の病院に運び込まれて、血まで抜かれる始末。詳細な結果はまた後日とのことだったが、おそらく疲れが出たのでしょう、という無責任な一言で済まされてしまった。これが現代医療の限界か。ただ、点滴のおかげだろう、少しは身体が楽になったのがせめてもの救いだった。

- ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ - ☆ -

<後編に続く>

『新入社員はご用心』

作.うずら
挿絵.T

 詰め込まれた研修室であくびをかみ殺す。……殺すってどういうことなのだろう。実際に口を閉じてはいるものの、あくび自体はでているわけで。死んでないよな。
 春のうららかな日差しの中、夢と現のセンターラインをさまよいながらぼうっと考える。いや、考えている気になっているだけで、ほんとうはただの夢なのかもしれない。
 これじゃだめだ。思い直して、姿勢を正す。前や横には、おれと同じように新しいスーツを着た若者が何人も座っている。
 ノートにメモを取ってるやつ。睡魔と戦ってるやつ。すでに降伏したやつ。一番多いのは、おれも含めて真ん中だ。でも、それも致し方ないと思う。
 ぬるまゆい学生生活を自堕落に過ごしてきた人間は、きっと多い。それがたかが十日間程度でいっぱしの社会人になれるわけがない。わかりきっていることだ。
 ああ、ちゃんと聞かないと。そう思うのに、講師担当のなんとかさんの言うことが全然頭に入ってこない。
「寝ているのもいるけどな、これからの人生を左右するんだから、ちゃんと――」
 ああ、だめだ、ねむい……。

 ――長い。そのうえ多い。そして決まりきった一言が添えられる。
「社員の私生活を応援します」
 これが新入社員歓迎会でなかったら、通販のコマーシャルか悪徳商法の客引きかと勘違いしかねない。
 隣の部屋から歓声が漏れ聞こえてくる。そのすぐ後に、轟きと言っていいようなどよめきまで。ずいぶんと盛り上がっているみたいだ。
 それに引き換え、こっちは……。前に並ばされて緊張していたけれど、社長に常務に専務に取締役に……。ぞろぞろと出てきたお偉いさま方の決め台詞に大分飽き飽きしてきた。うんざりといってもいいかもしれない。
 もちろん、おれも横に居る同期も、その文句に惹かれて入ってきたのは間違いない。ただ揃いも揃って同じ文句を垂れ流されると、逆に不安になってくる。
 言えば言うほど怪しいってわけでもないけど、こびり付いてくる不信感はぬぐえない。
 もっとも、それより問題なのは、ずっと続いている眠気だったりする。少し身体を動かしたり、あくびにとどめを刺す方法を考えてたりしても、まぶたは落ちてくる。あとこの状況が五分も続いていたら、立ったまま寝ていたかもしれない。
「以上で私からのお祝いの言葉とさせていただきます」
「ありがとうございました。……さて、それではお待ちかねの時間がやってまいりました!」
 司会のなんとかさんが言うなり、会場のボルテージが一気に高まった。
 地鳴りのような雄たけびと、黄色い歓声。あまりのテンションの違いに、一気に意識が覚醒させられる。
 一応ここ、ホテルなんだけど……出入り禁止とかになりそうな勢いだ。ああ、でも隣も大丈夫そうだったし、いいのか。案外ホテルってなんでもありなのかもしれない。
 でも、いったいなんだっていうんだ。日本社会にありがちな、強制一発芸とかだろうか。それにしてはこの盛り上がりは、おかしい気がする。
「なんか、知ってるか?」
 顔をあげて、隣のノッポにささやく。途端、何を言っているんだといわんばかりに、眉間にしわが寄った。
 別に睨んでいるわけでもないだろうけど、険しい顔で見下ろされるのは心中穏やかでいられない。
「なんだよ?」
「知らないのが、逆に驚きだよ。今日の昼に説明されたし……そもそも……もしかして、知らずに入ってきたわけないよね」
 今度は鼻で嗤われてしまった。いままでならいざ知らず、ここで殴りかかるわけにはいかない。おれは大人、おれは社会人……。
「いまここに居るみなさんのなかで、ルールを知らない人は……っているわけありませんね。それでは始めさせていただきます!」
 合図があるなり、ガラガラと台車が運ばれてくる。その上に載っているのは……ルーレット? 見ると大小入り混じった枠には営業、開発……などと書かれている。
 何日か前につめこまれた知識を引っ張り出す。枠のサイズと人員の割合が、だいたい同じぐらいのようだ。たぶん、きっと、そのはず。え、で、これ、どうするの?
「さあ、それでは飯田くん、どうぞ」
 呼ばれてルーレットの前に立たされた飯田某くん。同期の中では社員番号が一番若い。要は、五十音順のトップ。その彼に針……ダーツの矢が手渡された。
 もしかして、これで配属が決まる、のか? マジかよ。大丈夫か、そんな適当で、この会社。いや、どう考えてもダメだろ。入社二週間で後悔する羽目になるとは思わなかった。
 でも、そんなことを思っているのはおれだけみたいで。先輩達も同期もノリノリだ。社長まで、ちゃんと狙えよなどと声を出している。
「それでは、ルーレット、スタートっ!」
 先輩社員が二人、大きな板を力いっぱい回す。すごい勢いだ。文字どころか、枠の色すら判別がつかない。
 ややあって、飯田くんが投げた。回転が弱くなり、刺さっていたそこは――
「飯田くん、営業です!」
 大きな歓声と小さなブーイング。まあ、比率も一番多いし。ただ、もっさりしたイメージの彼には荷が重いような。……ってあれ、あいつあんなにスマートだったっけ?
 見た目が変わっているわけではない、よな。でも、なんだか身のこなしにキレがあるというか、洗練されている印象を受ける。営業になったから、気が引き締まったとか? いやいや、人間そんな簡単な生き物じゃないだろう。
 そうこうしているうちに次から次へと同期の配属先が決まっていく。短い付き合いだから、それぞれの深いところまで知っているわけでは、当然ない。でも、明らかにこのルーレットはおかしい。
 飯田くんだけではない。開発に当たったやつが急に生真面目な表情になったり。営業に当たったノッポのしかめっ面が柔らかくなったり。
 って、あとおれだけか!?
「それでは最後、渡良瀬くん。今年はもうひとつ盛り上がりに掛けるので、トリの彼には期待したいと思います!」
 会場の熱気にやられたのか、それとも場の空気のなせる業か。頭がぼうっとして、身体が勝手に動くような錯覚に陥った。手渡された矢の感触すらあいまいだ。
 それでも、構えて、投げた。
 どくんどくんと心臓が跳ねる。
「さあ……渡良瀬くんは……、おおおおお!?」
 おれの矢は、細い細いピンクの枠で。今までにない大歓声が沸き起こる。
「なんとなんと、ここで秘書課だあ!!」
 ぐにゃりと視界が歪んだ。テレビである幽体離脱のように、自分が自分を見下ろしている感覚。
 手足が小さく、細くなっていく。胴周りや肩幅、胸板もひどく華奢に。目はぱっちりと大きく、対照的に鼻や口は小ぶりに。とがっていたアゴはきれいな曲線を描く。
 髪が一瞬持ち上がったかと思うと、ふわふわとウェーブのかかったロングヘアが降っていく。
 だぼだぼになった黒いリクルートスーツがぐにょぐにょと形を変える。襟や袖口が丸みを帯び、白く身体にフィットしたものになっていく。ネクタイもボウタイになり、ワイシャツもフリルのついたブラウスへと変わった。
 固い革靴がきゅっと縮まり、ヒールがかかとを押し上げる。すべすべの生脚を薄く広がった靴下が覆いつくす。
「ひっ」
 その感触に小さく悲鳴を上げたとき、おれはおれの中に戻ってきた。
「あ、え……これ……」
 か細い声。顔をさわっても、身体をさわっても自分のものではないことしかわからない。
「渡良瀬くん、いや、渡良瀬さん、今のお気持ちは?」
 聞いておきながら司会の先輩はおれからマイクを遠ざける。
「あの、これ、おれ、もとに……」
t-uzura.jpg
「ふんふん……なんとなんと、こんなにかわいい女の子になれて嬉しいです! とのコメントでした!!」
「ち、ちがっ」
「さあ、それではみなさん、しばしご歓談をお楽しみください!」
 司会の先輩がそういうなり小走りに立ち去った。
 追いすがろうとしたおれの前に、甘い壁が立ちふさがった。驚きのあまり、情けない声が出てしまう。
「ひぅっ」
「渡良瀬さん、これから女の子としての心得から、全部教えてあげるからね」
「でも、すごくかわいくなったよねー」
「ほんとほんと。ちっちゃいし、なんか小動物チックだし」
 気がつくと、明らかにおれよりでっかいお姉さま方に、四方を囲まれていた。
「それじゃ、せーのっ」
「「「ようこそ、秘書課へ」」」

 おれの下宿はその日のうちに、女子寮へと移された。下着も服も本も、すべて女性用に変えられたうえで……。
 たしかに“私生活を応援”しているかもしれないけど……。
「こんなのってないよーっ!!」

My Little Princess (8) 最終回

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

 目を覚ました私は、手厚い看護を受けていた。
 眠りこけていた二日間、一度だけ目を覚ましたらしい。が、男性医師を見るなり、手がつけられないほど暴れたとか。さっぱり記憶にない。しかし、わざわざ数少ない女医が派遣されているあたり、本当なのだろう。
 そもそも何度か殴られた後から、まったく何も覚えていない。思い出そうとすると頭が痛い。そう言うと、それなら知らない方が良い、と経緯を話してもらえなかった。私としては知っておくべきだと思うのだが、断固として拒否されてしまった。
「結論だけ言います」
「……はい」
 伝えられたのは、ディーンが国外追放となったこと。叔父上の隠居宣言が、陛下によって取り消されたこと。そして。
「はい?」
「ですから、あなた様が正式に王子の婚約者として発表されました」
 持っていたグラスが手から滑り落ちる。空でよかった。割れてもいないし。
 ではなく、人の寝ている間に、そのような勝手なことを。いや、そもそも、姫が王子になったことを臣民ともに受け入れたというのか? 陛下が理と論と威厳を以って説明すれば、不可能なことではないのか。だが、しかし……まるで与太話だ。それも相当に性質が悪い。
「そうなると、もちろんお披露目をしなければなりません。ですから、私がアリッサ様の体調を診て、問題ないと判断すれば、すぐにでも」
「私の心の準備については」
「アリッサ様。あなた様はすでに公人なのです。それにいつも言ってらしたそうですね。他国に隙を見せてはならない、と。では、あなた様自身のお言葉に従ってください」
 ぐうの音も出なかった。拒否するのは簡単だったが、それでは以前の言葉を裏切ることになる。それは私自身がアレック・メイフィールドとして、許せなかった。
 男を見ても錯乱しないと確認された後、連れ出される。寝間着から着替えさせられたキモノ姿で、宮廷を歩く。通りすがる兵士たちが、最敬礼をしてくる。メイドたちも同じように、深々と。どうにも、居心地が悪くて仕方がなかった。
 すでに連絡がいっていたのだろう。連れて行かれた部屋では、陛下と王妃様が待っておられた。心なしかやつれて見える。それだけ心配をかけたということだろうか。
「まずは最初に謝りたい。アレック、君を謀るつもりはなかった。だが、結果としてそうなってしまった。しかも、あのようなことに……。もし君が今からでも、我が愚息の下へなど来るものか、と言うのであれば、すべてなかったことにしよう。もちろん、そうなった場合、君には何不自由のない生活を約束する」
「い、いえ、そのようなっ! 私のようなものを迎えてくださるだけで、光栄です」
 いきなり陛下が頭を下げられた。そのようなお姿は、いままで見たことがなかった。咄嗟に快諾してしまう。もっとも、こうなった以上、後に退くという選択肢などあろうはずもない。
「本当にすまない。君の意思も尊厳も踏みにじった私が言えることではない。だが、もし許してもらえるなら、ぜひ、パパと!」
「あなたっ」
 ぴしゃりと王妃様に押さえつけられる陛下。このような姿……見たことなど、あるわけがない。どうしたものかと戸惑うしかなかった。
 そんな私の肩に、膝をついた王妃様が手を載せられた。
「わたくしたちは本来であれば、男のあなたを迎えたかったのです。ですが、王位を狙う貴族たちから反乱までにおわされてしまいました。そのような者の息子など、到底、王座につけるわけにいきません。」
「わかり、ます」
 相当お悩みになられたということなのだろう。お二人の顔を見れば、そのぐらいは理解できた。姫様の婿にどこぞの高位の貴族をと考えていた、そして、その苦悩を察することのできなかった、私自身のおろかさが恨めしい。私のことを、ここまで思ってくださっていたというのに……。
「そんなとき、イルマが現れたのです。わたくしたちにとってみれば、救いの神のようでした。もちろん彼女は旅商人として商機を見越してのことだったのでしょうけれど」
「もちろん最初は追い返そうとした。だが、実際にイルマという男が女性に変わるのを見てしまったのだ。信じずにはおれまい? 安い買い物ではなかったが、国の安定と比べれば余りある商品だと思ったよ」
「それは……」
 あの、イルマが、オトコ? 仕草も口調も到底、そのようには見えなかった。それが商人としての面の皮の厚さ、なのだろうか。だとしたら私もまだまだ世間というものを知らねばならないらしい。
「ちなみに君が意識を取り戻したと聞くなり、彼女は出て行ったよ。止めたのだがね、合わす顔がないそうだ。ああ、伝言を預かっている。“アリッサが立派なお姫様になったら、また来ます”……だと」
「そう、ですか」
 かきまわすだけかきまわして、なんと勝手な。まあ、あの猫みたいな女のことだ。そのうちふらっと顔を出すだろう。そのときまで、文句は仕舞っておくとしよう。
「失礼します」
 ノックと同時に扉が開き、スマートな若者が入ってきた。金色の長い髪を翻し、さっそうと歩く姿。女性どころか男性まで魅了しそうな美男子っぷりだ。あのときは混乱していたせいでよく見ていなかったが……これが私の伴侶になる方なのか。
「あぁ、アリッサ。もう大丈夫なのですか?」
 姫、もとい王子様はわき目も振らず私のもとへ一直線にやってきた。抱えあげ、そして抱擁。
 音の高低こそあれど、いつもの姫様のトーンだった。失礼だが、男として見てしまうと、少し気持ちが悪い。
 やがて、ゆっくりと床に戻された。今度はひたすらあたたかく抱きしめられる。顔をうずめられた肩が、じわぁっと湿り気をおびてきた。
「よかった……よかった、アリッサ……。わたくしのせいで、アリッサがむごい目にあってしまって、あぁ、どれだけお詫びをすればよいのでしょう。もう目を覚まさないのではないかと、怖くて、怖くて、たまりませんでした」
「姫様……。私は平気です。もう大丈夫ですから。最初にお誓いした通り、私は姫様の下を、離れません」
「アリッサ、ん」
「ちゅ、ん……」

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 舌が入ってくる。私を征服するかのように攻撃的に、って、あぁ、陛下と王妃様がっ!
 すっかり私たちだけの世界に入りかけてしまっていた。慌てて顔を離し、姫様の愛撫から逃れる。
「も、申し訳ありませんっ、陛下、王妃様っ」
「いいのですよ、可愛らしいアレック、ああ、アリッサでしたね。ねぇ、あなた」
「うむ。それより私のことはパパと……」
 妻と元娘から冷たい目でにらまれ、陛下が口をつぐむ。どこの家でも女性は強いものらしい。
「そんなことより、アリッサ。行きますよ」
「え、ちょ、ちょっとお待ちください! いったいどこ、ぁっ」
 ひょいっと抱えあげられた。文字通りのお姫様だっこ。
「ふふふっ、わたくしのかわいいお姫様を、皆に自慢しに行くのです」
「まって、待ってください、せめて自分の脚で」
「だめです。そんなことをしたら街の方々にもみくちゃにされてしまいます」
「ちょ、ちょっと、え、お披露目って、大臣たちにでは」
「違いますよ。もっともっと多くの人にわたくしのアリッサを知ってもらうのです」
「へ、だめですっ、いやです! い、いやああぁぁっ!」
 扉が開き――私は姫となった。

<おしまい>





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My Little Princess (7)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

 わかっている。こういう場合、移動するより隠れていた方が人目にはつかない。そんなことは明らかだ。それに、裸足のままでは脚が痛いし冷えてくる。現実的に、長距離の移動は困難だった。
「ただ、そうは言っても、な」
 メイドの姿を見つけ、物陰に逃げ込む。そのまま立ち去ってくれればいいものを、留まってなにやら探している様だ。どうやら、ここもだめらしい。
 先ほどから毎回こうだ。隠れ場所となり得るポイントがことごとくつぶされている。姫様がメイドに命じて私を探させている、としか思えない……。人海戦術で来られると、非常に厳しいものがある。
 仕方がない。一度、執務室に行くか? いや、そこも封鎖されているだろう。だが、逆に考えると、盲点となっているかもしれない。その可能性は、捨てきれないはずだ。ここからの最短コースは、うむ、なんとかなりそうだ。
 何度か迂回しながらたどり着いた執務室は、完全に無防備だった。近くに人影なし。扉に耳を押し付けてみても、何も聞こえない。音がしないように、慎重に身体を滑り込ませる。
 念には念を、と、すっかり大きくなった机の下に潜り込む。やれやれ。これでようやく一息つける。とにかく頭を整理する時間が欲しかった。
 さて、先ほどは驚いて逃げてしまったが、良かったのだろうか。いや、もちろん良いはずはない。だが、姫様が男になって、私を妻として迎えるなどと……性質の悪い冗談としか思えなかった。しかし、陛下のご指示となれば、嘘で言えたものではない。
 そう考えると、あれだけの人手を割いて私を探していた、かもしれないことにも合点がいく。なにしろ、未来の王妃だ。
 もちろん、出会ってから今まで、ずっと姫様のことはお慕いしてきた。年若いころは身分の違いに悩んだり、いっそ奪い去ってしまいたいと思ったりもした。
 もっともそれも昔の話。平和に、静かに暮らしていただければ、それでよい。ここ数年で、ようやくそう思えるようになったというのに。
 そもそも、姫様が跡を継ぐことができない理由は女性であることだけだ。それを覆すことができるとすれば? 要らぬ混乱や隙を内外の敵に見せないためには、陛下はご決断されることだろう。多少世俗に疎いとはいえ、聡明な姫様も、陛下に説明されれば納得しよう。
 私を妻にというのも、その流れからするとわからないではない。
 家格に関して言えば、何代か前には王妃を出した家柄だ。女性としてなら資格は十分。そして肉親を除けば姫様に一番近しい存在。さらにいえば政にも詳しいがため、補佐も可能。我がことながら、優良物件といえよう。
 だが……、だが、私の気持ちはどこにある。
 好ましい女性が男になり、その妻になれなどと……。
 ふいに溢れそうになった涙をこらえる。嫌なことから逃げ出し、机の下で泣く。そのまま流されてしまっては、本当に見た目相応の少女ではないか。
 鼻をつまんでじっとしていると、ふと、扉の外に気配を感じた。追手か? それならそれで仕方がない。どうせいずれは見つかる運命だ。心の整理はともかく、諦めはついた。
 呼吸や足音で入ってきたのが男だとわかった。不思議だ。その者の行為が、まるで人目を忍ぶよう感じられる。緊張の混じった吐息。なるべく床が響かないような足運び。
 直接見えるわけではないが、やましいことをしようとしているとしか思えない。少なくとも、私を探しに来たのではなさそうだ。とはいえ、こちらも堂々と名乗れぬ身。様子をうかがう以外にない。
 不意に椅子が引かれた。勘づかれたかとも思ったが、どうやら違う。不審者はなにやら机の引き出しを漁っているようだった。極秘の資料は鍵をかけてしまってあるが、到底許せる行いではない。
「今日こそあいつの弱みを握って……。くくく、そうすればボクが姫様を……」
 この声、ディーンか。今日のことと関係しているのかどうかは別として、想像以上の愚か者だったらしい。行為に対して、起こりうる結果というものを想像もできないのか。
 ……もっとも私の今からしようとしていることも、どうなるか知れたものではないが。ただ、身内として見過ごすことだけはできなかった。
 狭い中で姿勢を変える。少しでも効果があるように。小さく、頼りなくなった手を握りしめる。目指すは脚の割れ目のみ。
 踏み出すと同時に、突貫!!
「おぐううっ!?」
 私の拳を受けたディーンは、床にうずくまってしまった。飛び出して、手近な本の角で殴りつける。
「ひぎぃっ」
 急所に二度も食らえば、痛かろう。とりあえず、しばらく動けそうにないな。さて、あとは、と。たしか壁の本棚にロープがあったはず。
 探し物に気を取られていて、不覚にもガラス戸の影に気がつかなかった。後ろから、今まで感じたことのないほどの衝撃。さらに額を打ちつけて、ようやくディーンに殴られたのだと理解が追いついた。
「このくそガキ! ボクを誰だと思っているんだ!!」
 ぐらぐらと視界が揺れる。さっきのでどこかが切れたのだろう。垂れてきた血のせいで、余計に見えにくい。
 この姿では、先ほどの奇襲に失敗した時点で勝ち目はない。他にあるとすれば、“私”だと認識させるぐらいか。
「ボクはアレックの不正を暴きに来たんだ。それを邪魔しやがって!」
「私がそのアレック・メイフィールドだと言ったら?」
 じだんだを踏んだり、手を振り回したりと忙しかったディーンが止まる。一言で信じるとは到底思えないが、多少の効果はあったらしい。
 力の入らない脚を鼓舞し、なんとか立ち上がる。棚を支えにしないといけないのが情けない。
「今日、女装した私をナンパしただろう? これを知っているのはわた、あっ!?」
 頬がじんわりと熱を持ち、目の前がちかちかと点滅する。気力で踏ん張っていた膝が、崩れてしまう。
「あの男、他人にしゃべったのか! くそっ、くそっ!!」
「ち、違う、私がっ、あぐっ、ぅぅ」
 今度は肩を蹴り飛ばされた。折れてはいないだろうが、左腕の感覚が絶えている。
 生まれて初めて覚えた、死への恐怖。逃げるしか、ない。
 残された右腕と、持てるだけの力で入口へ這う。遠く。それは絶望的に遠く。
 ディーンの靴先が、私の前途を遮った。
「どこへ行く気だい?」
 はるか上を見ると、冷笑を浮かべた従弟の顔。こんな残忍な表情もするのか。
「このまま殺してしまってもいいんだけど、ボクって平和主義だからさ。くくくっ、今からキミをボクのペットにしてあげるよ。良く見たらかわいいし、そのうち美人になるだろうし。まあ、それまで生きてるかどうか知らないけど。下着も着けずに、そんなスカートを履いてるんだ。キミだって本望だろう」
 ぞくりと怖気がはしった。みっともないことに、震えが止まらない。
 姫様ともイルマとも違う、モノのような扱いで抱えあげられた。そのまま、執務机に落とされる。木とぶつかった華奢な身体が悲鳴をあげる。
「ふんっ、脱がすのも面倒だな」
 言うなり、服が肩からはだけられた。それはまるで、最初に姫様にされたときと、同じ格好で。
「ゃ、あ、痛っ」
 露わになったわずかな膨らみにディーンが触れる。指輪を付けたままで、力任せに。もしかしたら、よほど育っていれば、それでも少しは気持ちいいのかもしれない。
 しかし、未成熟な私には痛みと嫌悪感しか湧いてこない。ごつごつした手が嫌だ。痛いのが嫌だ。こいつに良いように触られている自分が嫌だ。
「ちっ、やっぱりガキはガキだね。面白くもない」
 胸を触っていた手が、一瞬離れる。ようやく終わるのかと思ったら、ギリギリと敏感な乳首がつねられた。息ができなくなるぐらいの激痛。
「ぎっ……なら、やめ」
「いやだね」
 心底うれしそうな笑顔。これが私に対していつも卑屈だった、あのディーンかと思う変貌ぶりだ。従う振りをして逃げようなんて、考えが甘かった。本気で何とかしないと、私自身が壊される。
「もう面倒だ。多少痛いぐらい、大丈夫だろう?」
 恐怖を与えようとのことだろう。わざとらしくゆっくりとベルトを外し、ズボンを下ろす。下着の中から、おぞましいモノが現れた。つまらないなんて言いながら、太く、大きく反り返っている。成人男性としては普通程度かもしれないが、今の私にはそれが途方もなく巨大に映った。
 簡単にひっくり返され、尻を上に向けられる。全然濡れていない膣。その入口に、少し湿り気を帯びたものがあてられる。
「ひっ……む、むり、そんなの、むり」
「やってみないとわからないだろう? それに決めるのはボクだ」
「あがっ、ぃぎゃあぁっ」
 めしめしと、カラダが裂かれる。
「っ、やめ、いた、あぐぅっ!」
「あー、切れちゃった? それとも初めて? まあ、いいか。すべりもよくなるし」
「やだぁっ、いたい、いたい、よぉっ」
 わたしの悲鳴も涙もおかまいなしに、ディーンが腰を動かす。そのたびに、気絶しそうになり、また、よびおこされる。
「ふ、んっ、ガキのくせに、なかなか……出すぞ、っ」
「いや、いやあぁああっ」
 おくの、おくのほうに、あついものがはいってきてる。やだやだやだやだやだ!!
 ささっていた剣がぬかれる。ごぽっ、ごぽっとわたしのなかから、なにかが出ていく。
「せっかくご主人様が入れてやったのに。ダメなペットだなっ!」
「ひぐっ」
 ほっぺがいたい。でも、でも、もっと、むねのおくがいたい。
「ほら、誓えよ。舐めろよ。ボクのペットになるってさぁ!!」
 指がさしだされる。白とちょっとだけアカい。
 これをなめたら、わたし、ぜったいもどれない。けど、しなかったら?
「おとなしく言うこと聞けばいいんだよぉ、ガキは!」
 コロサレル。
「あ、あぐ、ぅぅ」
 くちをすこしでもゆっくりちかづける。
 くさい。きもちわるい。おなか、いたい。むね、いたい。
「ふははっ、そう、それでいいんだ。ほら、速くしろよ」
 ドアがあいた。いっぱいいっぱいひとがはいってくる。
「なんだ、貴様ら! ボクはただこのガキを、っひぎゃあっ」
「アリッサ、アリッサぁ!!」
 やだ、わたしをみないで。わたしにさわらないで。
 や。
 せかいがしろい。わたし、てんごくにいくのかな。……ひめさま――

<つづく>

My Little Princess (6)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

<6>
 幸い、心配は杞憂に終わった。誰とも会うことなく、廊下を突破することができたのだ。
 などと喜んでいる場合ではない。勢いやその他諸々に流されてしまっていたが、この私が姫様と入浴などと、畏れ多い。しかし、ここまで来て断るとなれば、きっと騒ぎになることだろう。なんとか両方ともを回避する方策はないだろうか。
「ひくちっ」
 ……しばらく考え込んでしまっていたが、冷えた下半身のせいで寒さもある。ここは大人しく従ったほうがよさそうだ。
 決意をこめて顔を上げると、姫様とイルマはすでに下着姿になっていた。引き締まった均整の取れた身体をもつイルマ。対して、しなやかな“女性”へと変わりつつある姫様。
 って、ああっ、思春期の少年でもあるまいに、婦人の脱衣を凝視などっ。えぇい、しっかりしろ、アレック!!
 いつまでも私だけ未練がましくしているから、そのような邪念が入るのだ。ひと思いに……。
「だめじゃない。服を着たままでお風呂に入る気?」
「そうです。ほら、脱がしてあげますから」
 あ、だめだ。やはり逃げたい。
 だが、私の心の葛藤など余所に、瞬く間にひんむかれてしまった。イルマが、次いで姫様も下着を取り払う。
 さきほどと同様、引っ張られるようにして浴室に連れ込まれる。夢にまで見たといえば言いすぎだが、姫様の裸体がそこにあるというのに、なんとも情けない。
 二人ともが広いバスタブに向かった隙に、シャワーをひねる。何やら話をしているが、またいつもの旅物語だろう。
 少し熱めの湯が心地よい。ずいぶん温まってきた。白い肌がほんのりと桜色に染まり、自分のことながら色気を感じずにはいられない。
 さて、今のうちに出てしまおう。タオルを求めて振り返るなり、壁。
「さ、ちゃんと身体を洗いましょうか、アリッサ」
 肩をつかんだイルマを振り払う。せっかくの気分が台無しだ。
「何をする。それぐらい、自分でっ、な、あ、ひめ、さま?」
「どうかしましたか、アリッサ?」
 イルマの向こうには身体中泡だらけになった姫様が。見上げると、なんともいやらしい笑顔があった。また、この女ッ!
「さぁ、どうするの? アレック・メイフィールドはせっかくの好意を無下にするような、ひどい人なのかしら? それとも、おねえさんの方がよかった?」
「うぐっ、ぅぅ……」
 ちらりと視線をやると、姫様が小首をかしげて私を待っている。選択の余地は、残されていなかった。
 わざわざ向きを変えられ、後ろから抱きしめられる。じっとしていると、背中をやわらかいものが往復し始めた。
「イルマから聞きました。殿方はこうすると喜ぶそうです。アリッサも覚えておいてくださいね」
 姫様の肌が、私の肌をこすりあげる。腕が前に回され、横腹や肋骨、ふとももなどをなでていく。立っているのが、つらい。
「っ、ぁっ、ん」
 まだ終わらないのかとイルマを睨むが、腰までつかってのんびりとしている。この、元凶めが。
「だめです。アリッサ。ちゃんとわたくしのことだけを、見てください」
「ひひゃっ!?」
 揉むように、いや、確実に揉むつもりで、お尻が洗われる。しなやかな指の動きが、どうしてもさきほどの行為を思い出させた。ただそれだけなのに、身体がひくひくと痙攣してしまう。
「あらら、かわいく腰まで振っちゃって」
「アリッサ、そんなにぬるぬるしたものを出していては、洗えません」
「ゃっ、ぁ、あぁっ、そんなこと、いわ、ひゃうっ」
 とける。立っていられない。
 すとんと自然に床の上に尻もちをついてしまう。どうやら今ので軽く達してしまったらしい。なんとも情けない。

My Little Princess 3

「イルマ?」
「そういうときは“ぬるぬる”が出てこないように、徹底的にイかせてあげるとよいのですよ」
「え、ま、ぁっ、ひゃぁぁっ」
 さきほどまで無知だったとは到底思えなかった。乳首と女性器が同時に攻められる。女性だからなのか。指づかいも繊細で、あらがえるものではない。
「ん、んーっ、あ、ぁんっ、やぁ、もう、ひめさまぁっ」
 どんどんうまくなっている。指がうごめき、弱いところ、弱いところをえぐっていく。そのたびにわたしは小さな波におそわれる。けど、許してもらえない。
 まるでイルマにわたしのすべてを見せるかのように。あしを広げられ、せめられる。
 とろとろになって、意識もとけちゃいそうで。だけど、大きな波がこなくて。
「ぁっ、あぁっ、ひっ、くぁっ……」
「ほしいですか?」
「なに、んぁあっ!?」
 乳首がつねられた。じんわりといたみが広がってくる。けど、それすらも快感で。
「ちゃんとおねだりしてみろよ」
 これでよいですか、イルマ、などと付け加える。うぅ、あのおんなぁ……。けど、でも、ほしいよぉ。
「お、おねがい、します」
「イルマの言ったとおりですね。素晴らしいです。えっと、どこになにがほしいのか、ちゃんといわないとわからないぞ」
「ぁ、ぅぅ……わた、私の、せいきに、その、ひめさまの、指をいれてください」
「よくできました。ご褒美です」
「ひゃぁんっ」
 中に二本、はいってきた。そのままこりこりとカベをひっかくようにして、うごきまわる。ほんのすこしさわられるだけで目がちりちりする。
「そろそろ良いでしょうか? ……えいっ」
「ひぁっ、ああぁぁぁっ」
 ぐいっと押しこまれるなり、カラダも意識も、すべてが波にさらわれた。


 ぼんやりとした天井が見える。背中から伝わる、ふかふかの感触。まだ眠くて、手近の温かいかたまりに身を寄せる。少し硬い。だが、不思議と落ち着く。腕がぎゅっと背中に回される。……ん?
「目が覚めましたか」
「なっ!?」
 若々しい声。聞き覚えのある発音。どこか見覚えのある顔立ち。そう、毎日見ていたあの方が男になれば、こんな感じだろうか。
「……ひめ、さま?」
「なんですか、アリッサ」
「そ、そのお姿、は?」
 なんとか喉から音を絞り出す。頭の中で様々な思いがぶつかりあい、ぐるぐるぐるぐると駆け回る。
 私が混乱しているのをしり目に、姫様らしき青年は平然としていた。
「アリッサと結婚するために男になりました。あ、心配しなくても大丈夫です。いやいやではありません。父上の命令ではありますが、わたくしも納得していますから」
 その言葉を聞くなり、私はベッドを飛び出していた。

<つづく>

My Little Princess (5)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

<5>
「イ、イルマ、アリッサが震えてしまっています。なにか間違っていたでしょうか」
「きっと恥ずかしいのですよ。ね、アリッサ?」
 拘束がゆるんだおかげで座ることはできたが、とても二人の顔を見ることができない。
 なにかしゃべっているのはわかるが、言葉が意味として入ってこない。気を落ち着かせようとしてみても、冷たく濡れた服と下半身が邪魔をする。
 これもすべて、イルマのせいだ。そう思うと、無性に腹が立ってきた。なるべく姫様が視界に入らないように、睨みつける。はずが、じわぁっと視界がにじんできた。
「え、あれ、ち、ちが」
 何度瞬きを繰り返しても、拭っても拭っても、ぼやけるのが止まらない。泣きたいわけではない。ただ、怒りをぶつけたいだけだ。それが、どうして。
「ふっ、ぅぅ、ぐすっ」
「な、泣かないでください、アリッサ」
 この身体のせいなのか。結局何も言えず、何も意思表示できないまま、俯かざるを得なかった。だが、絨毯のシミが先ほどの痴態を思い出させ、余計に情けない気分になってしまう。いっそ逃げ出すことができれば、どれだけよいか。
「ほら、いいこいいこ。泣かなくてもいいのですよ、アリッサ」
 姫様がそっと私を包み込んでくれた。暖かさと柔らかさが、私の心を落ち着かせる。後ろから頭をなでられていると、だんだんと涙が収まってきた。
 ふと視線を感じて見上げると、しめしめという顔のイルマ。絶対に許さん。今は何もできないが、元に戻ったら、きっとひと泡吹かせてやる。
「姫様、もう、大丈夫です」
「そうですか?」
 なぜそこで残念そうな顔をするのですか。私も名残惜しいのは事実だが、いつまでもこうしてはいられない。
「んんっ、さて、私が言うのもなんですが、まずはこの絨毯と服をなんとかしなければなりませんね」
「それなら心配ありません。お風呂に入っている間に代えてもらいましょう。準備はお茶の前にお願いしてあります。服は……イルマ?」
「え、ちょ、まっ」
「買い取っていただけるということですし、別のものを用意しましょう。同じタイプでしたら、何着か持っております」
「ああ、それはよかったです。いまのアリッサがかわいくて、他の衣装など想像できません」
 私が固まっている間に、勝手に話が進んでいく。
 まず浴室までこのまま歩かなければいけない。もちろん、構造上、王家の人間以外は入れない位置に作られている。が、どうしたところでメイドは居る。
 つぎに先ほどの発言からすると、私は戻るまでこの格好のままらしい。とすると、下着も履けぬまま、脚をさらし続けなければならない。非常に心もとない。
 さらに、他の者に注目される可能性も嫌でも高まってしまう。姫様のそばに見慣れぬ少女がいる。それだけで恰好の話題の種だろう。冗談ではない。もしそのような話が両親や姉上たちに伝わ――
 ノックの音。止める間もなく、姫様は来客を迎え入れてしまう。反射的にはだけていた服をたくしあげる。
 イルマも姫様がすぐにひとを入れるとは思っていなかったらしい。制止しようとした手が空をさまよっている。
「失礼いたします。お湯の準備が整いまし……た……?」
 入ってきたのはメイド。それも、悪いことに、私の女装を手伝ってくれたメリーだった。用意した鎧やウィッグが転がっていて、不審に思わない道理がない。さまよっていた視線はやがて、私に固定される。
 さきほどとは違う湿り気が背中を這いあがってくる。子どもらしい笑顔を、とも思ったが顔中の筋肉が強張って、しゃべることすら難しそうだ。
「あの、姫様、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「なにかしら? わたくしに答えられることですか?」
 あぁっ、そんな簡単に! 物事はきちんと考えてから返事をすることと、あれほど申し上げていたというのに。そこは凛と断るべきところです!
 い、いや、落ち着け、たとえ質問が私のことだったとしても、さすがに誤魔化してくださるはず。
「メイフィールド様は、その、どちらに」
 ありえない。でも、だけど。もしそうだったら。
 そういった疑惑と困惑の入り混じった目が、私をくぎ付けにする。
「色々あって女の子になってしまいました」
 な!? ひ、姫様、大事なことは易々と言葉にしないようにと、あれほどっ!
 弁解したい。せめて自発的なものでないことだけでも伝えたい。だが、口は自然に開閉するだけで、一音たりとも出てこない。
「そうですか……。女装されていた時もお綺麗でしたが、実に可憐になられて」
 ほうっとため息。さきほどのマイナスの温度を持った視線が、ゆったりとしたものに変わった。居心地が悪いというわけではないが、愛玩動物になったかのような錯覚を覚えてしまう。
「まったくです。この少女がメイフィールド殿だと思うと、つい可愛がってしまいたくなりますね」
 イルマはイルマで、意味深長なことをつぶやいた。遊びたくなる、の間違いであろう。……むしろ、それを姫様に悟られぬように婉曲に言っているだけなのか。
 それぞれ温度は違えども、ほんわかとした三方からの空気がむずがゆい。子供は知らぬがゆえに平然としていられるが、私は大人だ。相当に気恥ずかしい。
 この状況をどう打開しようかと考えていたところ、ふと姫様が手を打った。
「アリッサの魅力で忘れるところでした。はやくお風呂に入らなくては、風邪をひいてしまうかもしれません」
「アリッサ……ああ、メイフィールド様の……?」
「ええ、そう呼んであげると喜びます。皆にもそのように」
 喜びませんよ!? いつ私がそのようなそぶりを見せましたか! しかも、今、さらりと聞き捨てならないことをおっしゃいましたね? 皆って、コレを既成事実にするおつもりですか!?
「かしこまりました。今後はアリッサ様、とお呼びいたします」
「ええ、ぜひそのように」
「お召し物は後ほどお持ちいたします。お二人のものはいかがいたしましょう」
「あたしたちの分は、ここに」
 ぽんっとイルマが自分の荷物を叩いて見せた。かしこまりましたとメリーが一礼する。そして、そのまま部屋を出て行こうとするのを、姫様が呼びとめた。
「すみません。絨毯を代えてもらえますか。少し、汚してしまいました」
 ああ……ここはさすがにフォローしてくださった。これで私が漏らしたなどと言われたら、世捨て人にでもなるところだ。
「はい、お戻りになるまでには」
 再び礼をし、今度こそメリーは出ていった。おそらく、私のことは小一時間もあれば宮廷中に広まることだろう。閉鎖空間におけるメイドの情報収集能力は、常軌を逸しているとしか表現のしようがない。そこから男連中の耳に入るのは、しばらくかかるはずだが……。うう、気が重い。
「さ、それでは行きましょう?」
「そうですね。ほら、アリッサ」
 互いに目配せをした二人に、手を握られた。逃がさない、ということか。そんなに信用がないのだろうか。そんなことをせずとも、今の私ではどこにも行きようがないのに。
 そのまま寝室を出る。普段は気にしたこともないし、そもそも必要もなかったのだが……。つややかな石材の床がうっすらと我々の姿を反射していた。もちろん、鏡のようにはっきりと映るわけではない。しかし、それでも、誰かにスカートの中が見えてしまうのではないかと気が気ではなかった。

<つづく>

My Little Princess (4)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

<4>
「ああ、やっぱり素敵です、アリッサ」
「そうですね。このまま持って帰りたいぐらい」
「だめです、イルマ。わたくしのものです。誰にも渡しません」
「だ、そうよ、アリッサ?」
「そう、ですか」
 その言葉、男のときに言ってもらいたかった。鏡に映るその姿は姫様をお守りするどころか、だれかに守ってもらわないといけないほど頼りない。これでは、たとえ姫様が渡さないと言っても、お仕えすることはできないだろう。
「あら、ご機嫌斜め?」
「そんなことより、まともな服をください」
 覗き込んできたイルマをにらみつける。この諸悪の根源め。イルマ自身は今の私など、なんとも思っていないだろう。だが、言葉がまずかったのか、珍しくむっとした表情を見せた。
「いまアリッサが着ているものは、まともとは認められないってわけ?」
「当たり前です。こんな下着も付けず……」
「それはわが国に伝わる伝統的な衣服よ。下着をつけないのも、昔からの慣わし。もちろん、時代とともに変遷はあるけど、大本は変わりません。あまり一般的ではありませんが、それはこちらの国々の意匠を取り入れた特別なもの。
 あなたたちにとって騎士道が大事なように、アタシたちにも大事なものはあるの。アリッサ、それをあなただけの価値観でまともではないと決め付けるのは、どうなの? その口でよく、姫様に知識を付けろ、見聞を広げろなんて言えたわね」
 何も反論できなかった。論点がずれている気もしないではないのだが……。たしかにこれでは姫様にとやかく言う権利はない。だが、それでもこの服には抵抗感が残る。
「しかし、これは……」
「まだ言う!?」
「い、イルマ、そのあたりで。アリッサも反省しているみたいですし」
「いーえ、だめです。何事も最初が肝心。おしおきです」
 おしおきなんて、いつ以来だろうか。見た目どおりの子供ならいざ知らず、仮にも国政に携わる者への言い草ではない。だが、反論する間もなく、肩から強引に服を剥かれた。
「ひっ」
 独特の構造のせいか、単に非力なだけなのか。半端に脱がされたせいで、腕が固定され、動かない。うっすらとピンク色の乳首が恥ずかしく、つい、しゃがみこんでしまう。
「あらぁ、アリッサ、どうしたの?」
 いやらしく、イルマが笑いかけてくる。分かっているだろうに。性格の悪い女だ。
「アリッサ、どうしたのですか? 顔も赤いですし、気分でも悪いのならお医者様に……」
 心配してくださる姫様。だが、この格好で診てもらうわけにもいかない。そもそも、羞恥心は医者にかかったところでどうこうなるものでもない。
 イルマと共に謀ったと分かっていても、憎めない。姫様になら、抱かれても……。はっ、あやうく飛んでしまうところだった。
 たとえ一瞬のこととはいえ、抱かれても、などと無礼極まりない。そして、私が男である以上、抱くのは私だ。そのようなこと、陛下も王妃様もお許しにはならないだろう。私とて血筋は悪くないが、おそらくもっと高位の者が婿として迎えられるはず。信頼されているという自負はあるものの、それとこれとは別問題。口惜しくはあるが、努力や才能でどうにかなるものではない。
「ッサ、アリッサ、ほんとうに大丈夫ですか?」
「ひゃい!?」
 声と顔があまりに近くて、驚いた。そのせいでバランスを崩して背中から転がってしまう。腕が固定されてしまっている以上、仕方がない。だが……起き上がれないのは、困る。
 試行錯誤したところで、いっこうにうまくいかない。仰向けにはなれたが、これでは芋虫だ。見た目以上に筋力もないのかもしれない。
 それよりも参ったことは、絨毯の毛で乳首がすれて、声が漏れそうになってしまうことだった。力が入らない原因は、ここにもあるのかもしれない。それでも起き上がろうと、身体をよじる。
「い、イルマ……」
「なんですか?」
「アリッサの、アリッサのかわいらしいお尻が、わたくしの前で揺れていますっ」
 興奮したような姫様の口ぶり。それで、ようやく気がついた。普段の装いとあまりに違っているため、意識になかった。今の体勢では、スカートがめくれて大変なことになっているはずだ。しかも、下着も何も身につけていない状態で。
「だ、だめです、姫様っ!」
 制止の声が、悲鳴に聞こえたかもしれない。羞恥のあまりどうにかなりそうだった。なんとか視線から逃れようと、ばたつかせた脚を押さえ込まれた。びくともしない力強さからして、イルマだろう。
「こ、この、離せっ」
「あら、そんな乱暴な言葉、ご主人様に使っちゃだめよ。それにあなたは今、女の子なのだから」
「え?」
 声とともに、イルマが横から覗き込んできた。恐る恐る後ろを見ると、頬をピンクにした姫様が脚をつかんでいた。体重をかけるようにしているせいで、動かないのだろう。
 さらりと姫様の手が内ももをなでた。直接触れるのとは違う、手袋の感触のせいでぞくぞくしてしまった。身体が勝手に震える。
「あ、姫さ、まぁあ!?」
 背中に弱い電気が走った。私のお尻に顔をうずめた姫様に、たぶん、なめられたのだろう。全身の力が抜け、絨毯に沈み込む。
「あら、かわいい声」
「はぁ……素敵です、アリッサ」
 ためいきをつく姫様は、いまだかつて見たことの無い姿だった。自らの肩を抱き、くねくねと身体をよじっている。幻滅、というわけではない。ただ、知らない一面に驚かされた。男女の壁がなければ、そんなこともなかったのだろうか。
「もっと、もっとその声を聞かせてください」
「え、ちょっと、やめ、ひゃぁあっ」
 長考癖のせいで油断がなかったといえば嘘になる。が、気を張っていればどうにかなった、とは思えない。私の下半身を持ち上げた姫様。その隙間にクッションを挟んだイルマ。狙っていたかのようなコンビネーションで、お尻を差し出すような姿勢にされてしまった。
 さきほどと同じように、できたばかりの、その、女性器にぬるりとした塊が這う。男の私ですらしたことのない行為だ。そんなものをどこで覚えたのか……やはり、イルマが元凶だろうか。叱らねばと思ったが、正常に論理立った思考ができたのはその時点までだった。
「あっ、ひゃめ、中、はいって、はううんっ」
 くちゅくちゅと音がして、姫様の舌が中に入ってきた。本来なら存在してしかるべきだが、異物感も違和感もない。ただ未知の快感だけが私を支配していた。
 なめられるたびに、目の奥がチカチカと明滅する。胸がこすれるたびに、背中がゾワゾワと逆立つ。なにも考えられない。
「ああっ、ひゃうんっ」
 わずかに粘つくような水音が、三人だけの部屋にひびく。
「アタシだけ仲間はずれというのも、つまらないわね……。ちょっと失礼して」
「ぁ、っ、はひっ」
 服がぬげている首や、耳にもあたたかいものがはいまわる。軽くかまれたりして、そこがじんわりと熱くて、きもちがいい。
 反対に下の方は、はげしくつきあげてくる感じで。中をなめられているだけなのに、それだけなのに、一度ごとに射精しているみたい。首のやわらかいののせいで、それがもっと強く思えてくる。でも、まだ、まだたりない。
「もっと、もっとぉ」
 おねだりに応えるように、中の動きが激しくなる。奥、奥がきもちいいの。
「んちゅ、完全に女の子になってしまっていますね。これがあの誇り高いメイフィール殿だと思うと……うふふふ……。ねぇ、姫様、そろそろイかしてあげませんか」
「ぺちゃぴちゃ、ぢゅぅー?」
「そうですね……。割れ目の先のところに、お豆さんがないですか? それを思い切り吸ってあげてみてはどうでしょう?」
「ん、これ、ですね……ちゅうぅぅっ」
「あっ、あぁっ、ああぁぁっ」
 あたまの中がばちばちと音を立てる。からだがぴくぴくして、力が入らない。おなかがなんだか、あったかくて……。
「あら、お漏らしまで」
「はふ……ちょっとしょっぱくて、でも、おいしくて、とても愛らしかったです。素晴らしいです、アリッサ」
 下半身が次第に冷たくなり、意識の明滅が収まってくる。と、同時に、羞恥が大波のように襲いかかってきた。
 いや、それ以上に、畏れ多いことをしてしまった。姫様に愛撫されるのはともかく――もちろん良いわけではないが――快楽におぼれて、もっとしてくれなどと浅ましいことを。それどころか、その場で粗相をするなどと……。どのように謝罪しようとも、許されようはずもない。

<つづく>

My Little Princess (3)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

<3>
 何を言っているのだろうか。戸惑っているうちに、イルマがしゃがみこんで手をのばしてきた。いとも容易く、持ち上げられる。顔の位置がほぼ同じ。だが、足は地面から遠く、空中をさまよっていた。怒りよりも混乱が強く、怒鳴るにしてもどう怒鳴ればいいのかわからない。
「はぁ、まさかあのメイフィールド殿がこのようになるとは。効果は人によると聞いていましたが、ここまで……」
「イルマ、あなたばかりずるいです。わたくしにもアリッサを抱かせてください」
「どうぞ、お気をつけて」
 イルマの顔に一瞬の躊躇がよぎったあと、私は姫様の元へと移動させられた。細い、白い腕。普段荷物を持つということのない姫様にとって、私は重すぎたようだった。
 よろめき、踏ん張りきれずに絨毯に倒れこんでしまった。当然、私はその上からのしかかる形になってしまう。ウィッグもその勢いで飛んでいってしまった。
「きゃっ」
「ぁっ」
「だ、大丈夫ですか? やはり、姫様には重過ぎましたね」
「え、ええ。ですが、こう、素晴らしいです」
 本来ならばここから飛び退り、安否を気遣うべきだ。が、逃げないようになのか、無意識なのか。背中に腕が回されて、抱きしめられている。いいにおいがする。甘さの中に酸味のある好ましい香り。
「さて、メイフィールド殿」
 イルマによってふたたび宙に浮き、今度はゆっくりと地面に下ろされた。ズボンの裾を踏んづけてしまっているが、それでも自分の足で立てるとほっとする。
 立ち上がった姫様とイルマに挟まれるような位置。見上げると、イルマからは頭一つと半分。姫様からでも、ひとつ分ぐらいは差があるだろうか。先ほどまでと反対だ。まるで自分が無力な存在になってしまったかのような不安感に襲われてしまう。
「メイフィールド殿?」
「な、なんでしょうか」
 再び呼びかけられ、声が上ずってしまった。これまでの人生で付き合ってきたそれとは違う、小鳥のさえずりのようにか細い。もしかしたら声変わりする前の私は、こんな感じだったのかもしれない。だが、それは、ひどくあいまいな記憶で、到底、自分が発したものだとは思えなかった。
「いつまでもその姿では、誰かに見られたときに問題でしょう。すぐ、用意しますね」
「え、あ、はい」
「わたくしもお手伝いします」
 二人はそろって、イルマが持ち込んだ荷物の方に行ってしまった。袋を開け、きゃわきゃわとかしましい。
 しかし、先ほどの口ぶり。すぐに戻れるみたいだ。であれば、イタズラを叱る程度で済ませてしまってもいいかもしれない。……イルマに関しては、厳重注意が必要だが。
 方針は決まった。暇になってしまったし、自身の状態ぐらいは確認しておきたい。幸い、すぐそばに大きな鏡が置いてあった。本来は姫様の身支度に使うものだが、何も言われはすまい。
 裾を引きずりながら歩いて行く。その先には、可憐な少女がいた。
 白銀の前髪は眉のところで、後ろ髪は肩まで。どちらもまっすぐ切りそろえられている。見慣れない髪型だが、全体的に小ぶりな顔立ちに不思議と似合っていた。彫りの深い姉上たちとはまた違った美がそこにはあった。金細工と硝子細工の対比のようなものだろうか。華奢で繊細で、触るのも躊躇う様な、そんな雰囲気だ。
 それを、無地で無骨な、しかも丈があっていない服が台無しにしていた。別に豪奢なドレスを身に着けたいと思うわけではない。だが、もったいない。
「ふぅ」
「アリッサ、ため息などついて、どうしたのです?」
「きっと自分のかわいさに見とれていたのですよ」
 後ろに立たれているのに気がつかなかった。それほど夢中になっていただろうか。恥ずかしく思い、急いで否定した。いや、するつもりだったのだが、二人の手のものを見て、問わずにはいられなかった。
「そんなことはあり、ま、せ……そ、それは、いったい?」
「アリッサの服です」
 すっぱりと言い切られた。奇妙な形状だし、見たこともない生地だ。
 待て。違う。たしか一度だけ、似たものが爾国の住人によってもたらされたことがある。あの男は"キモノ"と言っていたか。東の島国で、独特な文化を形成しているという話だが、わが国と縁はない。そのときも王妃様が一着買われただけで、そのままになっていたはずだ。そもそも、まともに着方が分からないものをどうしろというのか。
 って、ああああっ、こんなことを考えている場合ではない、今、それを私が着ることになるのだ。
 ……いや、その前に。先ほどは私を戻すということを話していたのではなかったか?
「そのようなこと、だれも言ってないですよ。ねぇ、姫様」
「はい。わたくしたちはただ、アリッサがその服装ではかわいそうという話をしていただけです」
「は、話せばわかります。ひ、姫様? ……イルマ殿?」
「うふふふふ」
 じりじりと距離を詰めてくる二人。その目は、獲物を見つけた狼と酷似していた。逃げようにも、一瞬のうちにイルマにつかまってしまった。抵抗しても意に介す様子がない。
 だぼつくシャツとズボン、下着はあっという間に取り去られた。女性に全裸をさらすだけでも抵抗があるというのに、相手は姫様だ。しかも、体は完全に少女のものになっている。見たくもないが、鏡のせいで嫌でもその姿は目に入ってくる。
 以前は上下一体となった布地を身体にまきつけると聞いたが、これはどうやら違うらしい。その証拠に姫様が手にしているのは、パニエに加え、極端に短いスカート。美しい光沢のある黒地にピンクや白の花が咲き誇っている。
 下着も履かされぬまま、ふわりと広がったそれらに足が通される。イルマの力にはこの体では勝ち目が無いようだ。いいように動かされてしまう。
 床に下ろされるなり、今度は同配色の上着だ。
 やけに口の広い袖に手が通された。前ですっぱりと切れた部分が交差され、脇の紐で固定される。これだけだと心もとないが、たしか、王妃様が買われたものには"オビ"と呼ばれるものがついていたはずだ。それでがっちりと固定できるらしい。
「姫様、すみませんが、アリッサを頼みます」
 いままで私を確保する役割を担っていたイルマが、姫様と交代した。ぐるりと向きを変えられ、鏡と対面する羽目になる。
「かわいいですよ、アリッサ」
 姫様にそうささやかれるが、何も言う気になれなかった。貴族にあるまじき極度に短いスカート。裾らしき部分や袖口にあしらわれたレース。情けない思いを強いられたまま、待つことしばし。
 予想に反して、イルマが持ってきたものはコルセットに似ていた。背中側からくるりと回され、前面を紐で編み上げられた。
「はい、これで完成」
 腰のあたりに軽く力が掛けられた。体をひねると、胴体の幅よりも巨大なリボンが飛び込んできた。コルセットにでもピンか何かで固定したのだろうか。少し身体を揺すったぐらいでは、落ちそうにない。
 最後に、底がやけに分厚い編み上げブーツが履かされ、ようやく解放された。ただでさえ慣れない感覚に加え、不安定な靴。勘弁してもらいたい。

My Little Princess キャラ


<つづく>

My Little Princess (2)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

<2>
 と、考えに浸ってしまっていた。いかんな、悪い癖だ。ディーンのことばかりではなく、私も精進せねば。なにはともあれ、今は姫様だ。
「失礼いたします」
 応じる声がして、扉が開いた。私が待機させておいた兵が出てくる。
 さすがに怪訝な顔をしていたが、持ち場に戻るようにとの私の言に従った。反応からして、私が誰だかわかっていなかったのだろう。それは良いのだが、相手の身分も問わずに護衛対象から離れるのは褒められたものではない。後で注意しておくとするか。
「あら、見ない顔ですね? あなたはお母様について行かなかったのですか?」
「メイフィールド殿に言われて?」
 ほう、二人とも気がつかないとは。たしかに面食いのあやつも最初は気がつかなかったし、案外上手く化けられたのかもしれない。このままからかってみるのも一興だが、すねられると面倒だ。素直に名乗るとしよう。
「そのアレック・メイフィールドです。姫様、イルマ殿」
 沈黙。普段見慣れているからだろうか、頭を整理するのは姫様の方が早かった。私が知っている中でも、一番驚いた顔かもしれない。手を口に当てて固まってしまった。
 ついで、イルマ。失礼なことに私を指差しぱくぱくと、まるで魚のように間抜け面をさらしている。
「この格好でしたら、お二方も緊張はされないでしょう? それとも、似合いませんか?」
「そんなことは。とても素敵です、アレック」
「ぷっ、ぶは、あははははっ、いい! あんた、いい!!」
 姫様の言葉に一礼する私の頭に、イルマの笑い声が降ってきた。顔を上げると、ひーひーと苦しそうに笑っている。
「ねえ、イルマ。これなら本当に試してみてもいいかもしれません」
「ひっ、あははっ……はぁ……そ、そうですねぇ」
 引き継いだ際に、出て行った彼から話の内容を教えてもらっておくべきだった。なんのことだか訊くのもはばかられる気がして、黙るしかなかった。
「それでは、寝室に参りましょう。そこならだれの邪魔も入りませんから」
 姫様に初潮が来てからは踏み入れていない聖域。許可自体はされているのだが、あらぬ噂を広められては王家にキズがついてしまう。それゆえ、自制していた場所だ。
 このような格好とはいえ、その禁を破る。別にどうこうしようなどと不遜な気持ちは一切無いが、ほのかに甘美な感覚を覚えた。
 歩き出した姫様とイルマの間に割り込む形で後に従う。こそこそとイルマがささやきかけてきた。
「そんなにアタシのこと、お嫌い?」
「そういうわけでは……。職務ですので」
 やれやれ、このカタブツは。本当にそう呟いたのか、幻聴か。定かではないが、まあ、おそらくそのようなことはイルマも思っただろう。実際に自分でもまじめが過ぎることもあるというのは、よく分かっている。もっとも、賓客ならいざ知らず、旅人が私のことをどう認識しようとかまわないのだが。
「ここです、イルマ」
 手ずから扉を開け、われわれを招きいれてくれる。部屋で待機していた側付きたちが何事か告げられ、しずしずと出て行く。三人だけになって、姫様が椅子を指し示した。本来置いていないはずのテーブルや椅子があるところを見ると、私が戻るまでに用意をさせたのだろう。
「どうぞ、かけてください。ああ、イルマとは話していたのですが、アレックも紅茶でよかったですね?」
「しぃー、姫様、その名で呼んでしまっては、"カノジョ"がメイフィールド殿だと知られかねません。ここは別名で呼んで差し上げたほうがよろしいですよ」
 またいらぬことを……。にらみつけるが、イルマはそ知らぬ顔だ。
 ただ、メイドの情報能力はすさまじい。王宮内の話であれば、大抵のことは彼女らを頼れば方がつく。そのことを考えたら感謝すべきなのかもしれないが、いたずらっ子のような顔が気に障る。
「そうですね。……では、アリッサというのはどうでしょう。ねぇ、アリッサ?」
 姫様はすっかりその気になってしまっていた。この方の無邪気さはほほえましいが、同時にひどく脱力感に襲われることもある。ただ、この場では首を縦に振る以外の選択肢は、なかった。
「ありがたく」
「うふふ、アリッサ、アリッサ」
 随分と気に入ったのだろう。まるで歌うようにその名を口ずさんでいる。たきつけたイルマは相変わらずにやにやとことの推移を楽しんでいる様だった。
 テーブル同様、湯を前もって用意してあったのだろう。待つことも無く、ティーセットが運ばれてきた。そのまま、メイドたちは部屋の外へと消えた。
「どうぞ」
「ええ、いただきますわ」
「それでは、失礼して」
 さすがに手甲をつけたままでは、カップは持てない。止め具を外し、両手とも解放する。やはり、普段から慣れていない鎧は窮屈に感じてしまう。代々文官が多い家柄とはいえ、もっと鍛えなければならないか。
「ああ、アリッサ、このジャムを舐めながら、紅茶を飲んでみて。おいしいから。ある国の風習ね」
 貴様までその名で呼ぶか。しかも、先ほどの無礼ではあったが慇懃な態度から、対等な……むしろ年下に対するような口調に変わっている。姫様がいなければ、食って掛かるところだ。感情を制御し、イルマに微笑む。
「そうですか、ありがとうございます」
 何か皿があると思っていたが、そういうことか。二人は各々自分の食器にジャムを取り分けている。では、すでに盛ってあるこれを私のにしろということだろう。
「これは何のジャムなのですか?」
「北の国にある、トランスベリーという果実のジャムよ」
 イルマが持ち込んだものか。そう思うと、なぜだか鮮やかな赤が毒々しく感じられる。が、まあ、いくらなんでも有害なものではないだろう。そこは信頼するしかない。
「では、いただきます」
 スプーンの先にちょいっとつけて、舐めてみる。それほどきつい甘さではない。どちらかというと、酸味の方が勝っている。これなら、十分食べられそうだ。
 紅茶を飲みつつ、ジャムを食べる。最初はなんだそれはと思ったが、存外悪くない。おもしろい風習だ。姉上たちに教えたら、喜ぶかもしれないな。
 ふと会話がないことに気がついて顔を上げると、姫様とイルマ、二人揃ってこちらを見ていた。なにか無作法なことでもしただろうか。
「どうか、されましたか?」
「メイフィ……、いえ、アリッサがあまりにおいしそうに食べるものだから」
「そんな顔をしておりましたか?」
「ええ。本当の女の子のようで、とても愛らしいです」
「あ、愛らしい……」
 化粧をしているとはいえ、その形容はどうなのだ。女性としては長身のイルマならともかく、姫様と私は頭ひとつは違う。その姫様にそのように言われるとは……。けなされるよりはましとでも、思っておくべきか。
 二人より先に紅茶とジャムの皿を空にする。ふぅ、満足だ。
 そういえば、とイルマが旅先での話を始めた。私にとってはそれほど興味をそそられるものではなかったが、姫様はその手の話題に目がなかった。まるで問い詰めるように、イルマに先をねだっている。
「ほかには、そうですね……。とある貴重なジャムととある貴重な紅茶を同時に摂取すると、姿が異性に変わってしまう、などという話も」
 くすりという小さな笑いとともに、私の方に意味深な視線が飛んできた。イルマだけではない。姫様まで、きらきらとした目でこちらを見つめていた。不審に思い、問いかけようとしたときだ。
「なん、っ!?」
 視界が急にさえぎられ、体勢を崩してしまった。鎧の重さに耐え切れず、絨毯の上に転がる。音はそれほどでもなかったが、反響のような耳鳴りが頭に響いた。
 非礼をわびるために立ち上がろうとしたが、感覚がおかしい。手足を動かすたびに、窮屈だった鎧の中に異常に大きな隙間があるのがわかる。いくら力を入れても音がするだけで、持ち上がることはない。
 さらに、光が見えるのが頭上のみ。身体どころか、全身がプレートメイルの中に収まっているということになるのだろうか。私が小さくなったのか、鎧が大きくなったのか。……金属が膨れることより、人間が縮むほうがまっとうだろう。
 混乱していて、思考がおかしい。まっとうとは何に対してなのか。常識的に考えて、どちらもありえない。しかし、実際に私が直面している現実がある。さてどうしたものか。
 悩んでいると、外側から胴部が開かれた。明暗の差で目がくらむが、それ以上に呼吸が楽になったことがうれしかった。
 文字通り這い出して、床に座ったまま辺りをうかがう。すぐさま姫様にわびるべきだが、それどころではなかった。鎧の下に来ていた服が袖も丈も、すべてがだぼだぼになっていた。相対的に、私の今のサイズも知れようと言うもの。
 おそらくこの状況を仕組んだ二人が、すぐに視界に入ってきた。なにやら顔を赤くして、こちらを見ている。
「イルマ」
「はい、姫様」
「素敵です」

My Little Princess 2


<つづく>

My Little Princess (1)

作.うずら
キャライラスト&挿絵.いずみやみその

<1>
「姫様、なりません!」
「なぜです?」
 静止する私に向かって、姫様は華やかに笑んだ。普段からこの笑顔のためなら死ねる、と思ってはいる。だが、いくら主筋とはいえ、してはいけないことは諭さなければならない。ましてや、歳若い方であれば、なおさらのこと。
「なぜ、も何もありません。下々の者と交わるなとは申しません。しかし、他国の、それも旅商人などとそのように親しくされては」
 王族であるが故に、敵も多い。山脈を越さねば攻めては来られないとはいえ、隣国は強大なスマルン王国。いままで戦争になったことはないが、統率の取れた軍隊は近隣にその名をとどろかせている。隙を見せれば、つけこまれないという保障はない。
 湖をはさんだ対岸にはデフロット商国。この国とは直に面した耕作地の水利権や漁獲権を巡って、何度も小競り合いを繰り返していた。商業国であるため、軍事力はそれほど大きいものではないが、財力の差は歴然としている。野蛮な傭兵も多いと聞く。わが国になにかあれば、一気に攻め寄せてくる可能性もある。
 頭痛の種はそれだけではない。国内にも、姫様がいなければ次の王位は……と考える不埒な輩が少なからず存在する。情けないことだが、権力は時に人を狂わせる。私とて若輩だが、王宮に仕えて十年余り。その程度のことはわかっていた。
 何があろうと、姫様の身にもしもが無い様にしなければならないのだ。それが不興を買うことになろうとも、だ。宰相補佐官としての役目……執事であり、盾であり、教育係である私にとって、それが何よりも大事な使命だった。
「たしかに彼女は遠い異国の人間です。ですが、いつも見聞を広めよと言っているのは、アレック。あなたではないですか」
「それは」
 言葉に詰まる。そう、たしかに常日頃からそのように指導はしている。それは間違いない。
 態度に若干の不遜さがにじむものの、彼女はおそらく信用に足る人物なのであろう。不在であったため経緯までは聞かされていないが、陛下や王妃様の信頼も勝ち得ている。姫様とも何度も謁見はしているし、私もその折には同席していた。悪辣な人間ではないことは、わかっていた。
 ただ、それでも二人きりというのはよろしくない。そう諭そうとしたとき、黙っていた客人が口を開いた。離れた場所で、会話も小声だったが、聞こえていたらしい。
「それでは、こういうのはどうでしょうか」
「アレックを納得させる、なにかいい案があるのですか」
「はい。そのメイフィールド殿にもいていただくのです。ただし、女同士の会話を聞きたい、ということであれば」
 この女……っ!
 できないだろう、と暗に挑発をこめて私に笑みを浮かべてくる。癪に障る。癪に障るが、その程度の理由で人を切り捨てるわけにもいかない。
「それは名案ですね」
 ぽふっとシルクのグローブにつつまれた手をたたく暢気な姫。やはり世俗から離れた方だ。皮肉や言葉の棘というものについても、今後は教えなければならないだろうか。できることならば、その様な無粋な物とは無縁でいて欲しいものだが。
「イルマもこう言っていますし、そうしてはどうですか、アレック?」
 さすがに真に受けるとまでは思っていなかった様だ。が、その当のイルマも目を丸くしておりますよ、などと告げるわけにはいかない。さて、どうしたものか。
 それでなくとも数の少ない女性兵士は、王妃様の公務の護衛。メイドなどでは何かあったときに、対処できまい。今日の夕方には陛下も王妃様も戻ってこられるというのに……間の悪い。
 思案にふけっている間にも、姫様はすっかり乗り気になっていた。そうしましょう、そうしましょうと、舞い上がってしまっている。
 一方のイルマは最初こそ驚いていたが、今は高みの見物といった風情だ。まさかお姫様をがっかりさせるなんてこと、ないですよね。目がそう物語っていた。
 仕方があるまい。十を超えてからはしたこともないが、細身なこの身体だ。なんとかなろう。それに、宮殿深くでの帯剣を許されている者はそうはいない。私がやるしかないだろう。
「わかりました。それでは、私が戻るまでしばしお待ちを」
 喜ぶ姫様と、本気なのかと目をむく旅人。まあ、イルマのそんな顔が見られただけで、満足とすべきか。


「よくお似合いですわ、メイフィールド様」
「そうか?」
「はい、とても男性とは思えません」
 少し複雑な思いを抱えながら、鏡を覗き込む。ふむ。女性と比べると無骨な作りの顔かたちはどうしようもない。だが、化粧とウィッグで、なんとか十人並みにはなったか。健康に育つようにと女装させられていた幼少期には、もっとかわいかったものだが。時とは残酷なものだ。
 持ってこさせた女性用のプレートメイルも着用することができた。多少のきつさやゆるさはあるものの、そこは我慢するしかない。本来はオーダーメイドの物を着られただけでも、御の字とすべきだ。もっとも、本当に何かあることはないだろうから、これで十分だとも言えた。
 手伝ってくれたメリーに礼と心づけを渡し、部屋を出る。彼女ならこれまでも面倒事を頼んでいるし、黙っていてくれるだろう。
 ……しかし、目立つか。すれ違う官や兵たちの視線が痛い。これで私が女装趣味、それも宮廷内をその格好でうろつく異常者だと思われるとすれば、やるせない。たった二部屋分の距離が、かつてないほどに長く感じた。だが、それもあと数歩で――
「おっ、ねぇねぇねぇねぇ」
 たどり着いたと思った矢先、呼び止められた。ここは宮廷内部でも奥に位置する。出入りできるのは、地位のある者、文武ともに認められた警備兵、そうでない場合は知性・品性が認められた者、客人に限られる。その割には軽薄な声だ。……いや、聞き覚えのある声、と言うべきか。振り向く必要も感じず、そのまま進む。が、肩に手をかけられ、強引に止められた。
「お、後姿で美人だと思ったけど、やっぱりかわいいね。今夜、暇? あ、そう。空いてるんだ。じゃあ、正門から南に下ったところにある月桂宮ってお店で食事でもしようよ。ああ、もちろんお金はボクに任せて。いやいやいやいや、遠慮なんてしなくていいんだ。ボクはキミみたいにかわいい人といっしょに夕食を食べられるだけで満足なんだ。うん、そう、夕方、待ってるよ。ああ、鎧姿でもそれだけ輝いてるんだ。キミの私服だったら、どれだけ素敵なんだろう。そんじょそこらの貴族の小娘なんかが見たら、恥ずかしくて逃げてしまうかもしれないね。それじゃあ、待ってるよ。あ、その前にキミの名前を聞いていいかな?」

My Little Princess 1

「私の顔を忘れたか」
「お、声はちょっとハスキーで、うん、キミみたいなクールな美人にはよく似合ってるよ。でも、キミとは初めて会ったと思うんだ。あ、もしかして、運命を感じちゃったとか? いやぁ、照れるな。んふふふ」
 気色の悪いことに、指輪をつけた手が私の頬をいやらしく撫でる。ぞわぞわと全身に鳥肌が立った。これ以上、この勘違い男に好きにさせるわけにもいかない。腕をひねり、あごに拳を入れる。
 無様な悲鳴を上げて、男が床に転がった。手加減していたというのに、情けない。ん、ああ、今は鉄甲をしていたのだったか。まあ、女性は私以上の嫌悪感に加えて、恐怖も覚えるだろうから、これぐらいは我慢してもらおう。
「が、ガストン領主たるボクに手を上げるなんて! 貴様、女だと思っていれば!」
「それはお父上のことだろう」
「な、なぜそれを……ではない、無礼な! えぇい、誰か」
「人を呼んで後悔するのはお前だぞ。もう一度言う。私のことを、忘れたか?」
 あまりにも目の前の女兵士が堂々としているのを不審に思ったのだろう。ようやく私にはっきりとした視線をくれた。だが、まだ訝しげだ。
「これでもまだわからんか」
 それならそれで仕方がない。陛下から賜った護剣をつきつけてやる。次第に眉間の皺が深くなり、目が丸くなる。
「アレック、殿……、その、それは、その、趣味ですか?」
「久しぶりに会った従兄に挨拶もなしか、ディーン。まあ、良い。これは姫様のわがままに付き合うための、苦肉の策、と言ったところだ」
「そ、そうでしたか。申し訳ありません。それでは、私はこれで」
 一刻も早く立ち去りたいという風情だ。びしっと礼をして、私の横をすり抜けていく。その背に忠告を投げつけておく。
「ひとつ言っておく。変に言いふらそうものなら……わかっておろうな?」
「な、なにをでしょう」
「貴様が男を、それも肉親を食事に誘うけだものだと、尾ひれに背びれ、胸びれもつけて話を流してやろう。くっくっ、厳格なお父上が知ったら、どうなるかな」
 短い悲鳴を上げると、ばたばたと走り去ってしまった。無様な。もう少し学をつけて、もう少し立場をわきまえて、もう少し女癖を良くし、もう少し……、そればかりだな。なんにつけ、頼りない。アレが領地を継ぐことになるとすれば、民が哀れだ。叔父上がそれまでにはなんとかすると思うが、国としても対策を考えねばならんか。

<つづく>

1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(11) 作.うずら 挿絵.春乃 月

<11>
 気がついたら、夜が明けていた。夕飯を食い損ねたせいで、空腹を通り越して腹が痛い。まだ身体が重いし、腹痛がなかったら、もしかしたら寝坊していたかもしれない。感謝していいのか、微妙に悩みながら、おれはタオルを手に取った。
 若干時間もあるし、シャワーでも浴びて、さっぱりしたかった。
「にしても、何も思いついてないよ……」
 どうしたもんかなぁ。封印したぬいぐるみに訊いたって、どうせいい案は返ってこないだろう。前みたいに卑怯なことはよくないなんて、説教されるに決まっている。
 でも、正攻法では勝てない。それはわかっている。だったら、なにか裏をかくしかない。裏、裏ねぇ。そもそも魔法って時点で、なんでもあり。問題なのは、相手の出力のほうが大きいこと。ああ、もう、どうしたらいいんだろう。
 ぐるぐると迷路の中をさまよいながら、服を脱ぎ捨てる。熱いお湯でも浴びたら、少しはしゃんとするはず。それから、また考えよう。
 風呂場のドアをあけると、そこには先客がいた。
「あ、わるい」
「ひっ」
 ふむ。妹のクセに、出るところは出ている。変身後のおれに比べて、ではあるけど。つまるところ、おれもこのぐらいにはなるのか。いや、おれは男だし、うらやましいわけでもないんだけど。でも、やっぱり、気になるんだから、どうしようもない。ん、そもそも、おれの方が年上だから、あの身体も姉ってことになるのか。だったら、アレ以上育つことを期待しない方がいいのかもしれない。釈然としない。半分ぐらい、分けてくれないだろうか。
「さ、さっさと出てけ、このエロ兄ーっ!」
 唯の怒声が響いた。ぼうっとしていたせいで、回避は間に合わなかった。
 冷水のシャワー。さらに、勢いよく閉められたドアで額を強打した。コンボのおかげで目は覚めたけど、気分は最悪だった。
「……ふぇっくしっ!」
 さっさと服を着てストーブにでも当たろう。風邪でも引きそうだ。
 コーヒーを飲みながら温まっていると、唯が脱衣所からでてきた。キッとおれをにらみつけ、それでも知らん顔で台所に向かう。牛乳を注ぎながら、やけに大きな声の独り言を繰り返す。
「ヘンタイの兄じゃなくて、妹だったらよかったのになぁ。妹だったら、いっぱい着飾らせて、いっぱい大事にしてあげるのに。なんでうちにはヘンタイがいるんだろう」
「ああ、もう、悪かったって!」
「言葉だけで済ますような野蛮人が兄弟だなんて、わたしって不幸よねぇ」
 これは……脅してる、のか? 手に何やら、紙を握り締めている。それをおれに買えと、そういうことだろうか。
「わかったよ。何が欲しいんだ」
「コレ」
 ころっと態度が変わった。ぴっと雑誌の切り抜きを差し出してくる。ゲンキンなやつ。こんな妹で嘆くべきは、おれの方だ。
 で、香水なのはいいんだけど、ゼロが三つ並んでる上に、数字が二個もありますか。バイトもしてない学生には、かなりつらいぞ。
「それね、すごい人気なんだよ」
「そ、そうか。こっちのとか、どうなんだ?」
 その横に掲載されているのは、ヨンキュッパで、まだなんとかって金額だった。
「おかあさーん、お兄ちゃんがー」
「ああああっ! わかった! それ買ってやるから!」
「へっへー、約束だからね」
 途端に笑顔になる。女って……女って……。


 最悪なテンションで学校に向かう。ずる休みでもしたいぐらいだ。下を向いて歩いていたせいで、曲がり角で人とぶつかってしまう。
「あ、すみま」
「ああ、わりぃ」
 里井だった。見た目がそっくりな別人でなければ、間違いなく里井深澄その人だ。今までだったら誰かと肩が当たろうものなら、その場でケンカをふっかけられていた。それがどうだ。なんとも軽いノリで謝られた。明日は雪にでもなるのかもしれない。
「あ、あぁ」
 そもそもおれとコイツに接点はない。だから、後は各自学校に向かうだけ。会話は途切れるはずだった。
 そうならなかったのは、里井から話しかけて来たからだ。それも、つい数日前までありえないことだった。
「桝田さぁ」
「え、あ、なんだよ?」
「おれと那智のこと、ヤいてたのか?」
 足が止まる。里井も二、三歩歩いて、振り向いた。茶化している様子はない。だからといって、おれには答える義理はなかった。無視して、再び歩き出す。
「あの後。あの後、ずっとお前のこと、監視してたんだ。悪いとは思ったけど」
「は?」
 いつのことだ。監視? どこで? いろいろ訊きたいことはあったが、里井のしゃべるのに任せることにした。
「逃げるみたいに走っていって、家で、やけに男っぽい部屋で」
 こいつは、なんのことを言っている? 逃げる……男っぽい……。
「泣き出したかと思ったら、こんどはいきなり、その、オナニーはじめて……那智のことを呼んでたみたいで。……正体は桝田でした。なんてな」
「お前……」
 どくんどくんと、心臓の動きがはやくなる。全部知ってる。こいつが、みーぽん? じゃあ、キスしてたのも、ナツとエッチしたのも、こいつ? だから急に二人が仲良くなって。里井が落ち着いたのも、ナツと付き合いだしたから?
 ズボンのポケットに入れっぱなしのリボンに触れる。何も作戦はないし、勝てると思えない。けど、このまま引き下がったんじゃ、おれは……。
「やー、今回は負けだも」
「な!? おま、出てくるなよ!」
「大丈夫じゅん。今は結界の中じゅん」
 ぬいぐるみがお互いのカバンの中から顔を出す。いまさらのことだが、通学通勤時間帯にしては、たしかに人がいなかった。変身していないと、気づかないものなのか。
「それでマウシー、負けって言ったじゅん?」
「も。今回ばかりはジュンジュンの説が正しかったみたいも」
「前も勝ったじゅん。人は教育してこそ、礼節を身に付けるじゅん。甘やかすと、だめじゅん」
「違うも。今回はイレギュラーな男にレイにゃんが心を奪われたせいも」
 ぎゃーぎゃーと、ぬいぐるみどもがわけのわからない会話を繰り広げている。でも、とにかく勝敗がついていないことをはっきりさせないといけない。
「おい、勝手に決めるな!」
 マウシーをつかもうとしたとき、喉元に杖を突きつけられた。いつ里井が変身したのかもわからなかった。最初、おれが着てた服の色違い。まぶしいぐらいに白い。
「ごめんね。わたしの勝ち、だよね?」
 動けなかった。どうしようもなかった。悔しいけど、どうにもなりそうにない。腹をくくって地べたにあぐらをかく。
 初日にマウシーに言われたこと。勝者は望みをかなえることができる。そして、敗者を好きなようにすることができる。
「いっそ牛にでもなれば、いろいろなものに諦めがつく。好きにしろ」
「そんなことしないってば。わたし、そんなに意地悪じゃないよ?」
 里井……みーぽんはそれから、急にもじもじし始めた。中身をアイツだと思うと、不気味でしょうがない。
「まず、一つ目、いい?」
「じゅん」
「ほんとうの女の子になって、ずっと彼といちゃいちゃしたい!」
「分かったじゅん」
 おれがとやかく言う前に、みーぽんの身体が光を放った。目を開けていられないぐらい、強い光だ。それが収まると、うちの女子の制服に身を包んだみーぽんが立っていた。
「これでリボンを外しても、女の子じゅん」
「ありがと、じゅんちゃん」
「コレはどうするも?」
 マウシーがおれを指し示した。いきなり扱いがぞんざいになった気がする。最後に、一度シメておこうかと思ったけど、みーぽんの言葉がおれの動きを止めた。
「ええと、きっと女の子同士なら仲良くできると思うの。だから、桝田君も女の子にしてあげて」
「あ、おい、まっ」
 止める間もなく身体は縮み、髪は伸び。男としてのパーツをひとつとして残さず、レイにゃんへと変わってしまった。しかも、スクール水着姿で。
「ねえ、これじゃ、目立っちゃうよ?」
「そうだじゅん」
「もぉ……あ、せっかくだし、見た目に合わせてあげるも」

ペナルティで小さな女の子に変身させられた男の子
イラスト:春乃 月

 本人は完全に蚊帳の外だ。敗者には口を挟む権利すら与えられないらしい。
 白いブラウス。クリーム色のセーター。濃紺のプリーツスカートにジャケット。赤色のリボンタイ。ふとももまでの黒いニーハイ。去年まで、唯が通っていた学校の制服だった。
「これ、隣の中学のじゃ……」
 もしかして、おれ、ほんとうに唯の妹になったとか、言わないよな?
「あわせてあげたも。もちろん、戸籍なんかもばっちりだも。感謝するも」
 最悪だった。
 頭を抱えてうずくまるおれをよそに、みーぽんはかわいいを連呼している。その賞賛の声がうれしく感じてしまうのが、イヤだ。
「それじゃあ、ぼくたちは帰るじゅん」
「あ、待て!!」
 たしかにつかんだ。なのに、小さくなった手はむなしく空気をつかんだだけだった。マウシーにも、ジュンジュンにも、触れられない。その姿が次第にぼやけて、見えなくなってしまった。
「そんな……」
「よしよし。あ、そうそう。那智、ちょっと怪我したけど、大丈夫だったから、安心してね?」
 へたり込んだわたしを、深澄さんがやさしくなでてくれる。うー、でも、この人、わたしから那智おにいちゃんうばった悪女。やさしいのが、すごく気に入らない。だから、とりあえず、叫んでおこう。
「元に、戻せええぇぇっ!」

<おしまい>





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1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(10) 作.うずら 挿絵.春乃 月

<10>
 目の前で、ナツが倒れている。額から血を流して、ぴくりとも動かない。ひとりでに杖が落ちた。拾う気にもならない。
 おれが飛び掛ったとことで、結界も張られている。人に見られることはない。でも、今はだれかの助けが欲しかった。どうすればいいのかわからない。
 自分の意思とは無関係に震えが止まらない。こんなときこそ魔法で助けないといけないのに、ぜんぜんイメージがわいてこない。このまま死んじゃったりしたら、おれ……。
 呆然としていると、風が吹き寄せた。はっとしたときには、みーぽんがおれの前に立ちはだかっていた。ナツをかばうように身を寄せる。
 露骨な警戒感を示しながら、みーぽんがそっとナツの顔に手を当てた。わずかだけど、たしかにうめき声が聞こえた。よかった、生きてる。
 安堵して、ナツに近寄ろうとした。それをみーぽんがはばむ。なんで邪魔をするのか。そう訊こうと口を開いた瞬間。左の頬に熱い痛みが走った。じんじんする。
 みーぽんの目に、強い光が宿っていた。絶対にナツは傷つけさせない。言葉はなくても、その意思が伝わってくる。

みーぽん 男の子が魔法少女に 恥ずかしいコス

 そして、はっきりとおれをののしった。
「他人を巻き込むなんて、さいってい!」
「ぁ……」
 侮蔑の視線。身体がこわばる。絶望的な恐怖心に支配される。びりびりと魔力の波のようなものが身体に当たる。
 抵抗なんて考えることすらできなかった。恥も外聞もなく、逃げ出した。ナツがほんとうに無事なのかとか、みーぽんを倒すとか。もう、そんなことを考えている余裕はなかった。ただ、怖かった。
 どこをどう走ったかもわからない。我を取り戻したのは、布団の中でのことだった。頭が痛い。目が痛い。ついでに気持ちも悪かった。泣きつかれて、眠っていたのか。
 元に戻っていないところを見ると、やはりエッチなことをしないといけないのだろう。
 思いっきりなぐったおれの言っていいことじゃない。それはわかってる。けど……ナツくんだったら、やさしくしてくれるのかな。
 その水着、良く似合ってるよ、なんて。いつもの笑顔で。
「……うれしくない。子供っぽいってこと?」
 わたしはちょっとふてたそぶりを見せる。たぶん、どんなカッコでも、ナツくんにほめられたら舞い上がっちゃう。それは自覚してる。だからこれは、照れ隠し。
 そんなことないよ。
 だれにでも優しいから、ちゃんとなぐさめてくれる。でも、ほんとのわたしを見たら……?
 左右の紐から手を抜き、ぺろりとうすい胸をあらわにする。同級生と比べるまでもなく、発育がおそい。
「これでもいいの?」
 だいじょうぶ。これからもっと大きくなるって。
 そう言って、ナツくんがわたしの乳首を指でつついた。たったそれだけのことなのに、カラダに電気が走った。自分でしたときとも、おもちゃともちがう。大好きな人だと、こんなにもきもちいいんだ。
「あぁっ」
 敏感なんだ。顔真っ赤にして、すごくかわいいよ。背中とか、どうかな?
 こわれものでも扱うみたいに、やわらかいタッチが背骨をはう。そんなとこ、感じるなんて知らなかった。ぞくぞくとした快感がカラダの芯から広がってきた。
 もじもじしちゃって、そんなによかった? ほら、無言じゃわからないぞ。
「ぁっ、ひゃうっ、はぅぅんっ」
 何度も何度も、ナツくんの手が往復する。うう、だめだよぉ。
 黎の甘い声を、もっと聞いてみたいな。どうしてほしい?
「もっと、もっとなでて!」
 背中、好きなんだ?
「違うよぉっ、ナツくんが、ぁんっ、ナツくんが触ってくれるからっ」
 とても座っていられず、布団の上に横になる。これ以上されたら、ヘンになる。でも、やめてほしくない。
 かわいいよ、黎。
「ナツくん、ナツくんっ」
 何度も何度もなでてくれる。たったそれだけなのに、天に昇ってしまいそうな気分。カラカラと窓が開く音。そう、ナツくんが窓を開けて……窓?
「はー……やれやれだも。置いていくなんてひどいも」
「ふえ?」
 隙間からするりと、ピンクの物体が入ってきた。短い手で肩をとんとんとたたいている。おやじくさい。確認するでもなく、マウシーだった。
「レイにゃん……なにしてるも?」
「な、なに、って」
 ベッドでおっぱい丸出しで、くねくねしている、おれ。それをおもいきり見られている。
「も?」
「きゃああああああああっっ!」
 甲高い悲鳴。意識していなかったリアクションに自分自身で驚いてしまう。マウシーはマイペースに、耳をふさぐそぶりを見せた。腕、届いてないけど。
「まったく、うるさいもぉ」
 毛布を体に巻きつけ、とりあえずマウシーの視線から隠れる。少し、落ち着いた。
「で、なにしてたも?」
「なに……って、だって、エッチなことしないと、元に戻らないから」
 きょとんと首をかしげた。なにやら考え込んでいる。やがて、ぽつりと口を開いた。
「リボンをはずしてみるも」
 言いなりになるのはシャクだけど、どうせ高ぶっていた気分はしぼんでいる。どうにでもなれ、だ。留め具を外し、マウシーにリボンを見せる。その途端、身体が煙につつまれたか。
「なんだぁ!? って、声が元に……身体も……」
「戻るも。リボンをつけて変身をしたんだから、外せば解除されるのは、当たり前も? 牛が考えたってわかるも。レイにゃん、案外ばかも?」
「うっさい!」
 ここぞとばかりに、おれをバカにしてくる。ふんぞり返っていて、非常に腹が立つ。一回目がソレで戻ったし、思わせぶりなことを言うから……。
「あ、レイにゃんはヘンタイさんなんだも。それなら仕方がないも。さあ、リボンをつけて、もっとやるも」
 むふーっと鼻息荒く、おれにオナニーの続きを強要するぬいぐるみ。完全にエロオヤジだ。
 やってやるもんか。元に戻るのにエッチなことをする必要がないのはわかった。だとしても、きもちいいし、その気になることはあると思う。けど、マウシーに晒したって、得はなにもない。だったら、見せてやる理由なんて、ないじゃないか。
「おことわりだ」
「えー……残念だも。ほんとうにしないも?」
「しないっつってんだろ」
「独り占めは反対も。富は平等に行き渡るべきも」
 何を言ってるんだ、こいつは。拳、というか蹄を振り上げてとうとうと力説している。なんだか経済の話やら国家の話にまで飛躍している。でも、まあ、要するに。
「見たいんだ?」
「も!」
 いままでにない力強さで頷いた。そうか、それなら仕方がない。
 ぬいぐるみを荷紐でがんじがらめにして、カバンの中に放り込む。それじゃ、またな、マウシー。安物だけど、南京錠で鍵をかける。これで、どうあっても出てはこられない。
 おれには考えることがあった。次で最後だ。あの圧倒的な力の差を覆して、勝つための方法を。方法を……。
 だんだん視界が悪くなる。頭に霧がかかったみたいだ。最近、休まる暇がないから……眠く……。

<つづく>

1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(9) 作.うずら 挿絵.春乃 月

<9>
「変身後の衣装には機能……仕掛けがあるも」
「仕掛け?」
 いつもどおりに一眠りした後、マウシーと向かい合った。ただ、今回はおれの方じゃない。切り出したのはマウシーだった。
 いきなりそんなことを言われても、困る。声音からして、大事なことみたいだ。それならそれで、最初に教えるべきじゃないのか。
「変身後の服の生地と、魔力の残量が比例してるんだも。レイにゃんはもともとそれが多くて、みーぽんは少なかったんだも」
「……だから、おれのはふわふわひらひらで、アイツはひもだったのか」
「も」
 そこまでわかると、当然、別のことが疑問として浮かんでくる。今日の服。昨日もそうだけど、おれは布が減って、みーぽんは増えた。どういうことなんだ?
「体力と同じで、魔力も自然に回復するも。マウシーたちと契約したことで、二人とも回復力は高まったも。だけど、消耗しすぎると、それがおいつかないも」
「おいつかない……。おれが、使いすぎてるってこと?」
「だも」
 魔法っていうのは、常識外のことができる力だって認識している。なんとなく。そう考えると、一回目も二回目も、今回も。おれは使いまくっていた。だって、そんなこと知らなかったし。
「服の布を見れば魔力がわかるんだよね? だったら、なんでアイツは、あんなに一気に増えたわけ?」
 昨日はスケスケの、お世辞にも生地が多いとは言えないベビードールだった。それが今日、逆転していた。そこまでおれが魔法を使った記憶はないし、自然回復だというのであれば、あまりにも不自然。
 マウシーは短い腕を組むようなそぶりの後、押し黙った。言葉を捜しているようにも見える。
「言っていいも?」
「なにか知ってるなら教えてくれないと、困る」
「も……。セーエキが注がれたも、たぶん」
「シェーキ? ミルクセーキのこと?」
 ぬいぐるみの口から、物騒な一文が飛び出した。そんな気がしたけど、たぶん聞き間違いだろう。
「違うも。みーぽんが精液を介して魔力を吸収したんだも」
「ヤっちゃった、と?」
 生々しい光景を想像してしまって、いやになった。でも、仕方ないか。あんな格好で街をうろうろしていたら、そんな風になっても。
 そう、そこらの誰かに襲われたんだろうと思っていた。マウシーに次の言葉を聞くまでは。
「相手は、かなり濃い魔力の持ち主だも。一緒にいたあの男の人で間違いないも」


 いつも以上に授業に身が入らなかった。先生の声も聞こえない。
 斜め前のナツの背中。おれは男だし、親友に彼女ができることは、たぶん、喜ばしいことなんだ。それなのに、素直に喜べない。胸の奥のほうがもやもやして、もどかしい。
 見つめていると、ナツが急に首をひねった。凝視しているのがばれたかと思ったけど、そうではなかったらしい。二つ横の席の里井となにやらアイコンタクトを交わしている。
 里井は粗雑な性格だからともかく、ナツは交友関係が狭いとはいえない。特におれとは小学校からの付き合いだし、親しいつもりでいた。なのに、ここ数日の二人の様子はおかしかった。
 おれが話しかけようとしても振り切られる。休み時間もこそこそと何かをしゃべっているし、連れ立ってどこかに行くこともあった。その割りには、深刻な相談をしている風情でもない。
 口の悪いクラスメイトは、ホモだホモだと盛り上がっていた。それぐらい、その姿は露骨で異質だった。
 チャイムが鳴るなりナツが立ち上がった。里井の方に向かおうとしたところを引き止める。一言、言ってやらないと。
「ちょっと、いいか?」
「何だよ。大した用事じゃないなら」
「ナツ」
 さえぎってじっと目を見る。おれが真剣だと通じたみたいだった。里井に何か目配せをしてから、おれについてくる。人がいないところで、話がしたかった。
「それで?」
 非常階段に続く扉の前。底冷えはするけど、人の影はない。真面目な話をするときなんかには、ちょうどいい。
「最近おかしいよ」
「いきなり何をバカなことを……。お前までホモだなんだって言うのかよ」
 その声音はいらだちをはらんでいた。気にしない顔をしていても、実際にはストレスがたまっているのだろう。でも、そんなうわさが流れること自体が異常だと気づけない時点で、そこにいるのはいつものナツじゃなかった。
「そんなこと、言ってない。おれはただ、お前と里井の関係があまりにも不自然だって」
「あいつは!」
 激昂した。おれは特に、変なことを指摘したつもりはない。長年当たり前にしていたことに文句をつけられたら、腹も立つ。だけど、ここ数日の間だ。ナツにだっておかしいことが、わからないとも思えない。
 里井はいままで、ずっとすさんだ目をしていた。言葉遣いや態度の荒さも、際立っていた。だから嫌いだ。
 それが多少なりともやわらいだのは、この二日ほど。二人が急に親密になったのも、ちょうどそのぐらいだった。なにかあるのは一目瞭然。それを知りたい。今までそんなことはなかったのに、ナツに秘密があるのがおもしろくない。
「あいつは、なに?」
 ナツはうつむいたまま、黙ってしまった。どうしたもん、かな。ナツは里井と仲良くしたくて、それをおれが邪魔する。意地悪をしているつもりはないんだけど、このままじゃ、おれが悪者になってしまう。
「……いろいろあるんだよ」
 おれには言えない、ってか。ますますもって、おもしろくない。あいつとナツが関係を築くことが、無性にイヤだ。
 自分でもどうしてこんな気持ちになるのかわからないけど、ナツがだれかとしゃべってるのが、気に入らない。べったりなのを見ると、胸の中からどす黒い感情があふれ出てくる。昨日不意打ちをかけたときと同じ気分。ナツがかばうとなると、それも余計に激しくなった。
「そうか、そうか。おれよりあいつのことが、そんなに好きなのかよ!」
 勝手に顔が引きつった。ナツも同様だ。
 こんなこと、言うつもりはなかった。ただ、ナツが心配だっただけなのに。
「……そんなくだらない用事なら、話しかけないでくれ。じゃあな」
 ナツが去っていく。呼び止めたいのに、言葉が出てこない。
 ポケットに手を入れると、リボンが指に触れた。こんなもの、なければ、おれとナツはうまくやって行けてたのに。いや、それよりも、みーぽん。アイツさえ、倒してしまえば、もっと……。
 変身したおれは、なぜだか学校指定の水着を身に着けていた。名札には、クラスの下にわざわざ“レイにゃん”と書かれている。恥ずかしい。これが魔力の足りていない証拠だとすると、おれに勝ち目なんてない様に思えてしまう。
魔法少女 男の子が変身 スク水

 昨日の敗因は、遠すぎたこと。だから、みーぽんが変身する時間があった。
 変身と結界はイコールではない。だから、ずっと隠れていても、結界が張られる心配はない。だったら通り道で待ち伏せして、アイツが構える前に襲ってしまえばいい。そう結論付けた。
「レイにゃん、正攻法で行くべきも」
「うっさい」
「どんどん性格が悪くなって行ってるも?」
 仕方ないじゃないか。ずっとイライラするんだから。おれだってこんなことしたくないけど、いまさら止められない。
「そんなのじゃ、好きな人も振り向かないも」
「うるさい!」
 お互いににらみ合う。おれだって、おれだって、わかってる。もう勝ち目が薄いことだって。だからって、何もしないなんて、できない。ナツを取り返すためなら、おれはなんだってする。そう、決めたんだ。
 目をそらしたのは、こちらが先だった。定期的に気配を探ってたから、大きな魔力がゆっくりと近づいてきているのはわかっていた。それが、すぐ、間近にいる。マウシーにかまっている場合じゃない。
 あと少し……まだ、我慢。三歩、二歩、一歩、今!!
「てぇえい!」
 気合とともに飛び出し、杖を振り下ろす。相手は悲鳴をあげて、地面に転がる。その姿は……。
「ナ、ツ?」

<つづく>

1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(8) 作.うずら 挿絵.春乃 月

<8>
 三十分ほど経っただろうか。ふらふらと商店街をさまよっていた二人が、ようやく立ち止まった。どうやら、そこで分かれるみたい。
 そっとみーぽんの方から近寄った。目を閉じて、上を向く。ナツが抱きしめて、軽く、だけどたしかに口付けをした。胸が苦しくなる。なんで今、あそこにいるのはおれじゃないんだろう。だから、はやく勝って、おれが……。
 一人になったみーぽんはくねくねと道を曲がり、団地の中に入っていく。道は暗く、人はいない。……もう、いいころかな。ナツの邪魔も入らないだろうし。
 楽しそうな光景を見せ付けられたんだ。ちょっとぐらいひどいこと……してもいいよね。
「そういうの、やめたほうがいいも」
「うっさい」
「むやみに力を振りかざすのはよくないも」
 リボンを取り出すときに、マウシーに文句をつけられた。当然、無視。元はといえば、自分が撒いた種なのに、いまさらだ。
 今回は手助けを借りなくても、いい感じにリボンをつけられたみたいだった。とたんにピンク色の空間に包まれる。
 身体の変化が終わり、服がはじけた。いままでのショーツだって面積が大きかったとは言いがたいけど、今度はそれ以上だった。
 白黒チェックなのは変わらないけど、限界に挑戦したかのように、ローライズだった。当たっている感触からして、お尻も半分は出ているだろうことがわかる。当然のごとく、ブラジャーも小さい。全面カバーしていたのが、ギリギリ乳首が見えないぐらいになっている。
 服の方も、いっそう布地が少なくなった。パフスリーブは残っているけど、そこから首にかけてあったはずのブラウスが完全になくなっていた。そのせいで胸元の編み上げ部分から、わずかなふくらみがブラとともに露出している。
 スカートはお尻の辺りから、レース状に。はっきりとは見えないだろうけど、下着も肌も透けている。ニーソックもハイソックスぐらいの長さにまで、短くなってしまった。
 くるりと杖を回して世界が戻る。とたんに、激しい羞恥心にかられた。
 だれもいない。だれもいないんだ。頭の中で強く念じて、前を歩くみーぽんに狙いを定めた。遠くから聞こえていた電車の音もざわめきも消えた。結界が張られたんだ。同時にみーぽんの足も止まる。気がつかれた? かまうもんか。
 ビームを撃つイメージ。ゲームやアニメなんかで、よくある。大丈夫、やれる。
 杖が輝き、光が収束していく。
「いっけぇっ!」
 叫びとともに、凝縮された光が解き放たれた。発射の反動で数メートル後ろに転がった。
 上半身を起こしてその場に座り込む。煙が立ち昇り、視界は最悪だ。だけど、これでおれの勝ち、だよね。自然と笑いがこみ上げてきた。
「ははっ、ははは……」
「もう、悪い子っ」
「へ?」
 こつんと後頭部を小突かれる。この数日間、何度も聞いた声。恐る恐る、振り返る。
 おれの格好と対を成すように純白である以外は、同じような格好だった。ただ、ちゃんと胸は隠れているし、スカートも透けていない。要するに、まっとうな服。なんで、なんで無事なの?
「じゅんじゅん、どうしたも。みーぽん、急に魔力があがってるも」
「外部から供給されたみたいじゅん」
「ということはアレかも?」
「じゅん」
 外野がなにか話している。気になるけど、それよりも今は目の前の少女が怖かった。にこやかな分、不気味。
「さっきので終わり? だったら、私の番ってことでいいかな?」
「ま、まだまだっ!」
 飛び退って、地面についた反発で飛び掛った。振り下ろした杖を簡単に受け止められる。なんで、昨日は通じたのに!
 みーぽんが繰り出す杖も防ぐことはできる。でも、重い。
 打ち合うたびに、手が痺れる。短期決戦ならまだなんとかなったかもしれない。だけど、今のままじゃ……。こんなやつに、ナツが取られて……。
 気がそれたせいなのか。攻撃を防ぎきれずに、塀にたたきつけられてしまう。
「今回はわたしの勝ち、だね?」
 目の前に宝石が突きつけられる。くやしい。今まで負けなかったのに。ぽろぽろと涙がこぼれた。
「ぅう……」
「ああ、泣かないで。よしよし」
 この撫でてる手がナツのなら、よかったのに。振り払うと、ちょっとむっとした様だったけど、ひとつアドバイスをしてくれた。
「もうっ……。あ、そろそろ結界が解けちゃうから、早く戻ったほうがいいんじゃない? そのカッコ、見られたらケーサツにつかまっちゃうよ」
 子供みたいな扱いには文句を言いたかったけど、たしかにその通りだった。部屋を、部屋を頭に描く。おれは今、自室にいる。

 風景がゆがみ、クリアになったときにはベッドの上だった。完全にぬいぐるみになったマウシーもいっしょだ。カーテンを閉め、鍵をチェックする。すでに恒例行事みたいになっている。
「負けちゃった……」
 どうしよう。これでナツを取り戻せると思ったのに。ほかにもツレはいるけど、あいつだけはずっといっしょで、特別なんだ。なのに……。
 ぼうっとしていると、鏡が目に入った。あ、元に、戻らないと。
「はぁ、ほんと、どうしよ」
 ため息をついたとき、男の人が後ろからだきついてきた。大きくて、包み込まれるというよりもつぶされそう。
 今日は一段とエッチな格好だな。
 その人が耳元でささやく。否定はできなかった。上も下も、完全に下着が見えているうえに、それが明らかにふつうの形状ではない。
 今度は両方ともいっしょにやってみようか。
「い、いっしょって……」
 ほら、こうやって。
 男にわたしの手が誘導させられる。右手は胸に、左手は股間に。
 好きなようにいじってごらん。ああ、この前のローション、欲しかったらつかっていいよ。エッチが好きな女の子には、ぴったりだろう?
「いらないもんっ」
 そんなの、いらない。わたしはヘンタイじゃない。そりゃ、ぬるぬるはきもちよかったけど……。
 乳首やその周りを愛撫したり、割れ目に触れてみたり。だけど、全然気分が高まってこない。
 やっぱり、みーぽんに負けたのが原因? それとも、ナツくんのキスシーンなんて見ちゃったのが……。付き合ってるのかな、あの二人。エッチなこととかも、しちゃったり、するのかな。
 手が留守になってるよ。集中しないと、元に戻れないぞ。
「ご、ごめんなさい」
 いっそ、それでもいいかも、なんて。だって、そしたら、ナツくんにアタックできるし。でも、わたし、みーぽんみたいにおっぱいないし、子供っぽいし、うぅー。
 しょうがない。おれがやってやるよ。
 いろいろ考えていると、男の人が勝手に引き出しを開けて、ローションとローターを取り出した。
「や、やだ」
 やだじゃない。ちゃんとしなかったお仕置きだ。
 ぬるぬるして冷たい液体を、股間にぬりたくられる。いやなのに、この間のことを思い出して、身体が熱くなってきた。指でいじられると、勝手に反応してしまう。
「あっ、はぁっ」
 すぐにその気になったな。やっぱりお前は淫乱だ。こんなに小さいのに、カラダをくねらせて。見てみろよ、鏡。
 乱暴な声が聞こえる。ぜんぜん知らなかったのに、毎日されてたら、変にもなるよ。言えないけど、そう思う。
「だめ、いやなのっ」
 口だけではなんとでも言えるよな。じゃあ、これはどうだ?
 低い音を響かせたローターが乳首に当てられる。触れるか触れないかの微妙なところ。それといっしょに、下もさわさわとなでられて。
「ひぁっ、ごめ、なさいっ」
 何がかな? ちゃんと言わないと、わからないぞ。
 両手の動きがはやくなる。こんな、知らない男にいかされる。やなのに、ナツくんがいいのに。
「きもちいい、きもちいいのっ、だから、ゆるしてぇ!」
 許すもなにも、気持ちいいならいいじゃないか。それに、半端にとめられるのも、イヤだろう?
 そう言って、男は指をわたしの中にもぐりこませた。さんざんじらされていたせいか、いっしゅんでわたしは飛んでしまった。
「ひゃぁん、だめぇ、いっちゃぅ、ああぁぁんっ!」

<つづく>

1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(7) 作.うずら 挿絵.春乃 月

お話の最初からはこちら


うずらさんのHP   春乃さんのHP

<7>
 どうやら、一眠りしていたらしい。目を覚ましたら男に戻っていたけれど、憂鬱な気分は変わらない。幸い、家族はまだ帰っていない様で、声を荒げるたとしても気兼ねはない。マウシーを問い詰めるにはいい機会だった。
 枕の上にちょことんと腰をかけているぬいぐるみと向かい合う。
「どうして結界の中に、ナツが……一般人がいたのかな」
「知らないも」
 にべもなかった。答えがわからなくても考えるとか、可能性がありそうなことを言うとか、あるだろうに。頭にそっと手を添えて、もう一度確認する。
「本当に思い当たる節は何もない?」
「うう、怖いも。でも、ないものは……」
 言いかけて固まった。どうも何やら思い出したみたいだ。そのまましばらく沈黙が続いた。時計の秒針の音が、やけに耳につく。
「まずありえない、も」
 それでもいいからと促すと、しぶしぶといった風情で話しはじめた。いつもみたいにすれ違わないようにという配慮なのか、わかりやすい説明だった。できるなら、最初からそうだったらありがたいけど。
「たとえば、たとえばも。レイにゃんが壁を破ろうと思ったら、どうするも?」
「ドリルとか、ハンマーとか、そういった道具を使う、かな」
「そういうことだも。結界を魔法で作られた壁だと思えばいいも。普通は見えないけど、物体を隔離するという機能は変わらないも。じゃあ、破るにはどうすればいいも?
 これは禅問答なのかな。ツッコミを入れる前に、マウシーが続けた。
「さっきレイにゃんが言ったとおりだも。それより強いなにかをぶつける。さっきの男の人がドリルだも」
 せっかく順序だててくれてるのに、意味がつかめなかった。ナツがドリル?
 反芻するたびに、だんだんとマウシーの言葉が、頭の中でこんがらがってきた。このままだといつものペースになってしまう。混乱する前に、話の流れを止める。
「つまり、どういうこと?」
「も?」
「あー、と……」
 微妙な沈黙が二人を流れた。たぶん、マウシーにはおれがなにを理解できていないのか、通じてない。でも、おれは逆に、どう説明すればいいのかわからなかった。
「ナツが、魔法の壁より、強い?」
「そうとしか思えないも。ルールに則って結界は作られるも。今まで、それがイレギュラーを起こしたことはなかったも。かなり強い魔力を持った人間がその場にいた、としか考えられないも」
「そういうこと、ね」
 ナツの魔力が高い。ようやく合点がいった。最初からそう言えばいいのに。まあ、今回は伝わるよう努力してただけ、マシかな。
「でも、おかしいも。本来、そこまでの力を持ちあわせているのは女性だけだも」
「……もしかして、だから、おれもあんな姿に?」
「も」
 これについても、ようやく納得できた。いや、できたかどうかは微妙だけど、なぜあんな格好なのかはわかった。
 まあ、でも、これもあと一回の辛抱のはず。二回とも楽勝だったんだし、次で勝ち越しを決めてしまおう。そうすれば、この変なぬいぐるみとも、縁が切れるわけだし。


「ナツ、この後さ」
「あ、悪い。ちょっと里井と用事があるから」
 それでなくても、授業ごとの休み時間に昼休みまで、二人はべったりだった。里井があまりうるさくなかったから、悩みの相談でもしているのかもしれないけど、気に入らない。帰りにもって、ほんと、どうかと思う。
 一人で帰ろうとカバンをつかんだところに、わざわざナツが戻ってきた。
「なに?」
「あいつのこと悪く言ってるけど、いいやつなんだぞ、ホント。口調は雑だけどさ」
 それだけで、すぐ後ろを向いた。去っていく後姿が、無性におれをいらだたせる。恋人かっての。
 だいたい、おれもおれだ。なんでこんなにムカついてるんだ。それこそ嫉妬……。なんて、そんなわけない。男になんて興味はない。そう、ただ、ナツがつるんでる相手が悪いんだ。
 膨れ上がったストレスを解消するためか、足は自然とゲーセンに向かった。中に入るなり、電子音やら音楽やらがあふれ出してくる。ここだって、本当ならナツと来た方がおもしろいのに。
 格闘ゲームをやったり、ガンシューティングをやったり。なにをしても、結果は最悪だった。このままじゃ憂さを晴らすつもりが、余計に鬱憤が溜まるだけ。さっさと見切りをつけて店を出た。
 そのままふらふらと人の多い街をうろつく。ふと、目に付く物を見つけて立ち止まった。

イラスト2a03_novel02.jpg

 ショーウィンドウに飾られた、白い服。ふりふりしているのは同じだけど、おれのはここまで露骨に乙女を強調していない。黒いせいか、もっとシックな感じだった。でも、こんな服を着られたら……。
「変じゃない、かな?」
「ああ、大丈夫」
「それだけ?」
「ははっ、かわいいよ、黎。すごく似合ってる」
 ナツがなでなでしてくれる。
 そんな夢想の途中で我に帰った。あのまま突き進んでいたら、はぅん、なんて声が口からこぼれていた。完全に思考が毒されてる。コレも全部、あの露出狂と里井のせいだ。むかつく。
 後ろ髪を引かれながら、店の前からゆっくりと離れる。と、店の名から出てきた人とぶつかりそうになる。おれも相手もなんとかその場に踏みとどまった。
 全身ベビーピンク。ケープも、ブラウスも、大きく広がったスカートも。底の厚いブーツさえも。
 おれも、着てみたい。そんな欲求が首をもたげるのを押さえつけ、とにかく謝っておく。
「すみません」
「いえ、その、わたし」
 途中で言葉を切られた。何があったのか、口が半開きでかたまっている。マスカラで際立たせている目が、余計に大きく開かれていた。
 服も全然違うし、化粧をしているせいで、わからなかった。じっくりと観察して、相手がみーぽんだと、ようやく気がついた。
「そのっ、失礼します」
「あっ、おい!」
 あいつにもバレたのかも。するりと脇を通って行ってしまった。
 いや、でも、おれの変身前の姿を知っているとは、思いづらい。たしかに最初は狙撃された。けど、その後、おれが相手の位置を探したときには、ぼんやりと見えていただけだった。顔の形や服装なんかは、全然わからなかった。
 ということは、普段の知り合い? それもない。もしかしたら全学年探せばいるのかもしれないけど、記憶になかった。少なくともクラスはいっしょになったことがない。であれば、なんで逃げるんだろう。
 逃げる……? ああ、そうだ。なにもいつもおれが守りに回る必要はないんだった。こっちから攻めても、いいんだよ。
 小走りだけど、まだ姿は視界の中にある。後をつけて、人通りが少なくなってから変身しよう。ストーカーじみたまねをするのは、好きじゃないけどね。
 特に不自然のないように、焦らずゆっくりとついていく。この方向だと、駅に向かってるのかも。だとすると、面倒だ。
 電車に乗られてしまうと、あきらめるしかないかもしれない。その前に襲うには、人が多い。変身のためにリボンを取り出すのもはばかられる。
 ただ、予想に反してそうはならなかった。それ以上に悪くなった、と言えるかもしれない。駅で彼女を待っていたのは、ナツだった。気安げに手をあげたのを見て、みーぽんが走り寄った。
 幸せそうな顔。二人はそのまま手をつないで歩いていく。さっきまで収まりかけていたイライラが、また昂ぶってくる。すでに憎悪とでも読んだほうがよさそうだ。自分の中にこんな激しい感情があるなんて、知らなかった。
  完全に自分たちの世界を作り上げている二人の後をついていく。こんなにじっと見ていたら、どちらかが振り返りそうなのに、それもない。
 この行為にどれだけの意味があるんだろう。じくじくと治りきらない傷口に、指をつっこんでいる。そんな自虐的な行為に思えた。
 でも、それを今日で、今日だけで終わらせるんだ。

<つづく>

1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(6) 作.うずら 挿絵.春乃 月

<6>
 結界が解かれる前に、家にたどりついた。窓から入り込んで、ドアに鍵をかける。カーテンも閉めて、これで誰にも見られない。
 ため息混じりにマウシーを見ると、案の定、布の塊になってしまっていた。
 さっきのことを思い出す。ナツの声が頭に響く。
 今の姿とおれとは、結びつくはずがない。それなのに、なんでこんなにショックなんだろう。恥ずかしいっていう点では、昨日みたいに大勢に見られるほうが恥ずかしい。だけど、ここまで憂鬱な気持ちになることはなかった。
 家の外を車が通る音で我に帰った。どうやら、世界が動き出したらしい。
 家の中には誰かがいる気配はない。とにかく今は男に戻らないと。
 どくんどくんと胸が高鳴る。魔力の補充のためだ、これは、仕方のないこと……儀式みたいなものなんだ。
 ブーツを脱ぐのがもどかしい。ベッドに寝転んで、そっとスカートをめくる。白黒チェックのショーツが姿をあらわす。トランクスとは違い、するするしていてなでるときもちがいい。
 お前もそうなんだろ?
「そ、そんなこと、ない」
 へぇ、それは残念。でも、その割には顔が赤くなってない? それに、息も荒いよ。
 少女が首を振って否定する。そんなことをしても、たまにぴくぴくと動くカラダが本当のことを教えてくれるから意味はないのに。
 あ、もしかして、濡れてきたのかな、これ。ちょっと撫でられただけで、気持ちよくなっちゃうんだね。
「ちが、ちがうってば」
 そうなんだ? じゃあ、もしかして……おもらしとか?
 そう言ってやると、少女は先ほどよりもいっそう顔を赤くした。きゅっとにらみつけてくる目に力がこもっている。
 冗談だって。わかってるよ。えっちな女の子が嫌いな男なんていないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
「だ、だって、感じすぎちゃう、から」
 そんなところもかわいいよ。あ、触ってないのにもっと濡れてきたみたいだ。かわいいって言われるのが、うれしいのかな?
「ぁ、言わないで、よぉっ」
 手を動かすのをやめる。モノ欲しそうな顔で、少女が顔を上げた。強気そうな顔立ちに、不安そうな色が見えるのが実にイイ。
 机の引き出しに、ああ、そう。そこにプレゼントが入っているから、あけてみて。
 気だるげに、少女が机をあさる。見つけたみたいだ。ぎょっとしたように固まった。
「こ、れ……」
 細い指でつまみあげたのは、鶉の卵大のピンクの塊。そこから伸びた線に、四角い箱がつながっている。
 ローター。知らない?
「そんなわけないでしょっ」
 少女がふてくされたように、言い放った。視線がうろうろとさまよっている。本当は知らないのか、知っているから戸惑っているのか。その判断は難しい。だから、けしかける。
 使ってみようか。
「え……わたし、が?」
 ほかに誰もいないよ。それとも怖いのかな。ああ、いいよ、それなら。
「や、やればいいんでしょ、やれば!」
 しばらくの間、うぅっとうなっていたが、意を決したみたいだ。ゆっくり股間に近づけていく。
 当たるか当たらないかというところで、カチリとスイッチが入った。少女がローターを取り落とす。ベッドに転がり、振動音が静かな部屋に響く。
 どうしたの? やっぱりやめる?
「ち、ちがうわよ。ちょっと驚いただけだもの」
 じゃあ、続きをどうぞ。
 おれの言葉に、顔をしかめる。口調とは裏腹に、やっぱり恐怖感もあるんだろう。先ほど同様、いや、それ以上にじれったい動きでスカートの中へと手を進める。
 やがて、湿りきったショーツに、塊が押し当てられた。
「ぁっ、これ……んんっ、なんかヘン……っ」
 荒い息と、モーターの音と、押し殺したような声。当てては離し、離しては当ててを繰り返している。
 そんなので満足できるのかな。
「だ、だって、ほかにどうすれば」
 入れてみたら、どう?
 少女の動きが完全に止まる。じっとピンクの物体を見つめ、息を吐いた。
 無言のまま、ショーツに手をかける。膝の辺りまでずらされ、誰にも汚されたことのない肌があらわになった。濡れてはいるけど、割れ目はぴったりと閉じられている。
 さあ、指で開いて。
「う、うん」
 左手で作った隙間に、右手が近づいていく。押し当てられた瞬間、つるりと中に滑り込んだ。もっと抵抗があるかと思ったのに。
「ひあぁんっ!」
 スイッチは切れていたけど、未知の快感に少女は嬌声をあげた。酸素を求める魚のように、しばらく口をぱくぱくさせていた。
 落ち着いたころを見計らって、声をかける。
 なんだ、そんなに欲しかったんだ。じゃあ、これも。
「ま、待って、いま」
 だーめ。
 少女の手が伸び、箱に触れる。親指に力が入った。同時にその小さな体躯からくぐもった音が流れ始めた。
「んぁあっ、中、でぇ、ふるえてっ」
 気持ちいい? ま、そんな顔してたら、聞かなくてもわかるけど。
「ば、かぁっ」
 聞かないでってことだろう。でも、それじゃおもしろくない。ちゃんと自分の口から、自分の言葉で、ね。
 そんな口の悪い子には、おしおきが必要かなぁ。
 返事がない。ときたまカラダをのけぞらせている。どうもそれどころではないらしい。もう一度、ちゃんと言ってやる。
 お・し・お・き。して欲しい?
「ひっ、いらな、もう、だめなのぉっ!」
 まだそんな態度を取れるなら、余裕だよね。ほら、自分で出力を上げてみて。
 少女が首を振った。さらさらと髪とシーツの擦れ合う音がする。
 仕方ないね。おれが手伝ってあげるよ。
「だめぇっ、おねがい、これいじょう、されたらっ」
 懇願してくるその顔には、期待の色が見て取れた。嫌がってみせても、明らかに声が違う。とろけきっていた。
 スイッチを少女の眼前にさらし、“強”に切り替える。途端にモーターの響きが変わった。
「ふぁ、おなか、中で、あばれて、はぁあんっ」
 やっぱり。エッチだね、お前は。
 だけど、すでにおれの声は届いていないみたいだった。目をつぶったまま、カラダをくねらせている。
 次第に限界が近くなってきたのか、震えが大きくなっていく。ぎゅっとシーツをつかんで、何かに耐えるように叫び声をあげた。
「わたし、ぁあっ、エッチなおもちゃで、いちゃ、あぁあああっ!!」

<つづく>

1000万ヒット記念投稿TS小説 とらいある・とらいあんぐる(5) 作.うずら 挿絵.春乃 月

コーナー:うずらの小部屋はこちら

<5>
「ぶえっくしゅ!!」
「派手なくしゃみだなぁ、風邪か?」
 ゲーセンにでも行こうと思っていたのに、ナツのやつ、里井の方に行ってしまった。おれがアイツのこと嫌いだって知ってるのに。そう言う度にナツはフォローするけど、おれにはどうしても受け入れられない。
「うっせ」
「お前がバカじゃないって証明になってよかったじゃないか。万年最下位クン」
「ケンカ売ってんのか、てめ」
 ……帰るか。

 下駄箱に向かう最中、急に喧騒が途切れた。放課後の廊下が静かになるなんて、ありえないことだった。物音がしない。もしかして、アレなのだろうか。カバンの中で約束どおりにおとなしくしていたマウシーを取り出す。
「だも」
 こちらが尋ねる前に、重々しくうなずいた。どこから取り出したのか、リボンが渡される。自分で付けろ、ってこと?
「変身しないも?」
「するよ。するけど、さぁ」
 昨晩の勢いはすでにしぼみかけていた。強制的に変身させられるのなら言い訳もできるけど、能動的にやるとなると……。気が重い。
 場所も問題。これで昨日みたいに逃げ遅れたら、どうなるんだろう。学校って、外部の人間のすごく目立つ場所だ。下手をすると、職員室に連れて行かれて……。
 でも、結局、変身しないことには、殺されかねないんだよね。矢で撃ってくるような危険な相手だし。
「さあ、変身の言葉を唱えるも」
「は?」
「みらくるレイにゃん爆誕、だも。あ、別にアレンジしてくれてもいいも」
「……必要は?」
「雰囲気も」
 いらないってわけね。だったら、言わない。誰もいないってわかってても、こっぱずかしい。無言のまま、頭にリボンをつける。って、あれ……こうか?
「ずれてるも」
「お前の感性が?」
「違うも。リボンの位置と角度も。そんなのじゃ変身できないも。まったく、世話が焼けるも」
 肩まで上ってくるなり、耳元でため息をつきましたよ、この牛。校庭に向かって投げつけたくなったけど、我慢我慢。深呼吸をして、気を落ちつかせる。
「これで大丈夫も」
 ひょんっとマウシーが飛び降りた。同時にピンク色の光が景色を塗りつぶした。
 相変わらず目がちかちかする空間の中で、再び身体が作り変えられる。されるがままに身を任せ、これには慣れるってことがないんだろうな、と思う。
 くるりと杖を回転させて、元の世界に戻ってきた。はぁ、またこのふりふり姿で戦うのか。……ってぇ!?
「も?」
 服が違う。基本的なスタンスというか、造形はいっしょ。だけど、明らかに布地が少なくなっていた。
 袖はふくらんだ肩口がきゅっとしまって、そこで終了。全体的に装飾が簡素になっている。そこまではいい。
 問題は下半身。階段状になっているスカートの最後の部分が消え去っていた。膝上何センチと考えるのがすでに馬鹿らしいぐらいだ。ニーソックスとスカートの間の白い肌が、引き立っている。
 たぶん、ちょっと動くと、見える。見上げているマウシーからはパンチラどころじゃないはず。昨日空を飛んでいたときので、味をしめたとか?
「……いや、うん。ナンデモナイ」
「変なやつだも」
 だからって、わざわざ聞くのも指摘するのも、恥ずかしい。ええい、おれは男だ。ちょっと下着が見えたからって……見えたからって……。
「みーぽん、いたじゅん!」
「てめ、昨日の続きだ、おら! オモテに出ろや!」
 ああ……うるさいのが来た。
 曲がり角に現れたみーぽんの姿も前とは異なっていた。白いシースルーのベビードールに、これまた白のTバックショーツ。肩紐のフリルが愛らしい。ま、外に出る格好じゃないけど。持っているのも弓ではなく、おれのとよく似た杖。ただし、宝石の色が青色だった。
 ぶちのめしてやる、なんて汚い言葉を叫んでいる。人が苦悩してるっていうのに、脳みそ極楽っぽくて、非常に気に食わない。
「こんにちは、ヘンタイさん」
「ぐっ……てめぇだって、スカート短くして、男でも誘ってるんだろ!」
「鏡でも見たら?」
 わざとくすくす笑ってみせる。単純なのか短気なのか。五メートルほどの距離を一歩で詰め寄ってきた。スピードはある。でも、それだけ。性格同様の直線的な動きが、実にわかりやすい。横にずれて足を軽く出してやる。
「へゃっ!?」
 さすがに転びはしなかったけど、バランスを崩してたたらを踏んだ。自分でもいやらしいと自覚しつつ、さも心配そうにたずねる。
「ごめんねぇ、大丈夫?」
「て、め……」
 逆上しているのがすぐわかる。この手のタイプは扱いやすくていい。けど、注意は必要。猪突猛進っていうのは、馬鹿にしつつも警告しているんだと思う。ゲームでも、知力が低い場合は武力が高いってのが相場だし。
 要は、正面からぶつからなければ済む話。ちらっとクラスメイトの顔が浮かんだけど、すぐに頭から追い出す。今は戦闘中だ。
 油断していたつもりはない。でも、考えに沈んでいたせいか、気がつけば目の前に杖が迫っていた。
「きゃぁ!」
 とっさに動いた腕が辛うじて杖を受け止める。壁まで弾き飛ばされて、ようやく止まった。背中と左手がしびれている。利き手じゃなくて、よかった。
「はっ、パンツ丸見えだぜ?」
「露出狂のクセに……」
 ぴしっと空気に亀裂が入った。剣呑な雰囲気のまま、にやっと口角をあげるみーぽん。ぽわわんとした顔立ちのせいで、全然似合っていない。ただ、言い草だけが癇に障った。
「ふふん、てめぇみたいなお子様にはできないだろ?」
「だれが!」
「凹凸もなにもねーじゃんか。だからごてごてした服で隠してるんだろう?」
「あ、あるもん!!」
 むかつく、むかつくむかつくむかつく。なんでか知らないけど、すごくむかつく。おれは男だし、別にこの身体がどうであれかまわない。そのはずなのに……。
「なにをケンカしてるも?」
「女の闘いに理屈はないじゅん」
 観客を決め込んでいる牛にも腹が立つ。でも、目の前の存在ほどではない。昨日みたいに追い払おうと思ってた。でも、それだけじゃ済ませたくない、かな。
 イメージしたら、空だって飛べた。だったら……。
 勝ち誇っているみーぽんの背後に、低空飛行で回りこむ。とっさに反応ができなかった様だ。振り向こうとしたたときには、おれの足払いが決まっていた。よろめいたところに追い討ちで、床にたたきつける。
「うぐっ」
 抵抗されないように杖を弾き飛ばす。分厚い靴底で肩を踏みつけると、ものすごい優越感に浸ることができた。ぞくぞくする。
「みーぽん!」
「レイにゃん、やりすぎだも! もう勝負は」
「うっさい」
 そんなのどうでもいい。それよりも、今はこいつのことが――。
「誰か、いるのか?」
「え?」
「うぅ……」
 まだ結界は解かれていない。なのに、なんで、ナツがここに?
 おれの奇妙な格好に目を丸くし、床で倒れているみーぽんに目をむいた。この状況じゃあ、どう見てもおれの方が悪役だ。現にみーぽんを助けようと、こっちに向かって走ってくる。
「アンタ、何してんだよ!」
「っ」
 言われるまでもなかった。こんな姿をナツに見られたくないし、勝負はついたというのであれば、長居の必要もない。マウシーだけをひっつかんで、空に向かって地面を蹴った。
「あ、おい!!」
 昨日みたいに気持ちよくはない。ナツの声が、いつまでも耳に残っていた。

<つづく>

今日のうずら似顔絵

20060821の記事をMk-弐さんのラノベデビューを切っ掛けに引っ張り出しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日も、Mk-弐さんから可愛いうずらちゃんのイラストを頂きました。これで下着はちょっと背伸びした黒、と言う設定らしいです。
是非是非、SSとか付けてあげてくださいませ。

引き続き、うずらさんのイラスト、こっそり大募集です。

20060821204818.jpg

テーマ:かわいい子 - ジャンル:アダルト

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  • 男の子が女の子に変身してひどい目にあっちゃうような小説を作ってます。イラストはパートナーの巴ちゃん画のオレの変身前後の姿。リンクフリーです。本ブログに掲載されている文章・画像のうち著作物であるものに関しては、無断転載禁止です。わたし自身が著作者または著作権者である部分については、4000文字あたり10000円で掲載を許可しますが、著作者表記などはきちんと行ってください。もちろん、法的に正しい引用や私的複製に関しては無許可かつ無料でOKです。適当におだてれば無料掲載も可能です。
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