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TSFのSS Tattoo (2)
冷え切った身体を丸めて、いつの間にか微睡んでいた私の耳に不快な音が飛び込んできたのは、一体何日目の事だったのだろう。
暗闇を照らす明かりに、喜びとか、隙をついて出ていくとか、そんなことは考えられなかった。ただ一つ、私の心を支配したのは、安堵、だった。
「はは、まだ生きてたな」
あいつの声と臭い。それに吸い寄せられるように、私は暴力と冷えで衰弱した身体に鞭打ち、這い蹲ってあいつの足元へにじり寄り縋りついた。最早、男を倒して出ていくような体力など残っていなかったことに、その時気付いた。
「……た、助けて。なんでも――」
「何でもするって? ふぅん……なら股開け」
見上げたあいつの身体は大きく、その目は蔑みと冷笑を湛えていた。それだけで暴力の記憶が蘇る。私は震えながら腿の裏を持ち、両足を広げ、身体とそして心も曝け出した。
「ちっ、冷てぇな。おまけに臭ぇ」
圧し掛かりながら文句を言うあいつの顔を見ないように視線を逸らした。
「ぅぐっ――」
私にも女性経験はあった。が、濡れていないというだけで、これ程苦痛を感じるとは思わなかった。ましてや、未使用だったのだから。
身体の中心から裂かれているのだろうと思える程の痛み。叫び声を出しそうな口を二の腕を噛むことで何とか抑えつけた。それが反抗であるかのように。
あいつの全てが私に収まった時、何故か「征服」という言葉が頭にこだましていた。生きたいが為に自分から身体を提供する。なんて屈辱だろう。
「あの、優越感に満ちた態度が、今はこれだ。君の生殺与奪権は俺が握ってるんだ。これからはいつでも俺の欲求に応えろよ」
そう言うと思い切り腰を叩き付けてきた。私はあまりの痛みと肉体の衰弱からか、気を失っていた。
どのくらい失神していたのだろう。気付いた時にはすでにあいつはいなかった。周りを見ると2リッターのペットボトルの水と、四本入りの携行食、懐中電灯一本、毛布一枚、そして、右足には太さが5㎜はあろうかという鎖がついていた。もし空腹でなかったなら、鎖を見て絶望したんだろう。しかしそれよりもその時は飢餓が勝っていた。
携行食を貪り食い、冷えた水を胃に流し込んだ。
少しばかり満たされて、改めて鎖を見ると杭に繋がっていた。鎖の長さを測ろうと毛布をはおり立ち上がった。
「あ……」
身体の奥からドロリとあいつの精が腿を伝わって垂れた。何度吐き出していったのか。その光景を思うとゾッとし、考えまいと首を振った。
鎖の長さは手を伸ばしてやっと石組みの出口に届く程度だった。
それ以来、あいつは不定期にやって来ては、私を犯し、罵倒し、暴力に及んだ。
あいつが来なければ、私は飢えと冷えと、狂わんばかりの孤独に襲われ、あいつが来れば安堵した。しかしそれも束の間だった。犯されれば身体も心も傷つけられ、罵倒されれば尊厳が失われていく。そして暴力の恐怖は、次第にあいつへの依存が出来上がっていった。
黙って従い、媚び諂えば、命だけは存えられる、とばかりに。
このころには、私の慰みは二つだけになっていた。一つは壁画の鑑賞。そしてもう一つは声。とにかく声を出していた。無音というものが音の地獄なのだと初めて知った。私は考えていることを全て声にして出し、これに耐えた。
「私は、おなかが減った。あいつがこない。股を開けば食べ物が貰える。最近は、少し感じるようになってしまったかも知れない。もしかしてあいつも感づいているだろうか? ああ、おなかが減った。そういえば、この身体は本当に女なのか? これだけ犯され続けていれば――もしかして」
独り言が私の心を掴んでいた。そう、妊娠してしまうのでは? そのことが急に怖くなり、声に出せなくなっていた。声に出したら、本当にそうなってしまうのではないか、と。
「……いや、待て。待てよ。そう、そうだ。生理もないのだから、そもそも――そんなことになりはしないはず、だ、よな?」
しかし、そんな私の願いは、壁画の女人たちは聞き入れてくれなかった。
何度かあいつに強引に犯された後、下腹部に違和感があった。そして、目覚めると、私は「女」になっていた。都合三度目だった。
一度目は文字通り男から女へ。二度目は犯されて。そして三度目は、女としての能力が備わった事を意味していた。その事実は私を恐怖させるに十分すぎた。このままあいつに犯され続け、受精してしまったら? どんどん変化していく肉体を目の当たりにしたら、狂ってしまうのではないか……。
血にまみれた毛布をあいつは確認すると、私の懇願を無視して犯そうとした。それでも拒否すると、罵倒しながら殴り、蹴り、肉体を苛んだ。
今痛くて苦しくて、それをどうにかしたくて、後々の恐怖など確率的に低いのだ、などと自分に言い訳をして、あいつを受けれていた。
一度心が折れると、痛みや恐怖を忘れようと肉体が受ける快楽を享受していた。
殴られたり蹴られたりする前にあいつに媚び、それを回避し、受精などしないと言い聞かせ、耳を塞ぎ、自分の嬌声だけを聞く。
そんなことが、もう、長い間続いている。
「あっ、あっ、イク……うっ?!」
恐らく三日ぶりのあいつの訪問後、すぐさま身体を合わせた。そしてあいつが放った精が身体から出、その臭いが穴の中に広がると、胃に不快感が広がり、胃液を吐き出していた。
「――あぁ? なんだ? そんなに精液が気持ち悪いのか?」
蹲る私の髪を掴み、殴る真似をする。その行為に身を固くして答えた。
「ごごめんなさい――いつもならそんなことないんだけど……」
「……そうか。ああ、君、ついに妊娠したね」
にやっと笑いながら残酷な事実を告げられ、目の前のあいつの顔がひどく遠くに感じた。
「まさか」
「これまでどれだけ中出ししてきたと思ってる? しかしやっとか。中々当たらないもんだなぁ」
「……そんな……」
ショックを受けた私を余所に、あいつは私の足枷の鎖を外し、口を開いた。
「さて、ここは女人図が示すように人を異形へと変化させるための祭儀場と思えるのは、以前話したと思う。話さなかったかな? しかしね、形状的には玄室があってしかるべきところなんだ。君もわかると思うけど。ところが君を連れてくる前にかなり調査したんだけど、それらしきものは見つからなかった」
「――なぜ今そんな話を?」
あいつは入り口を背に、服を着始め、これまで持ってきたものすべてをバッグに詰めた。足枷も鎖も杭も。
「ここが発見されたとき、女人図だけではインパクトに欠けるだろう? だからやはりここは玄室でなくてはね」
「ぎゃっ」
あいつに何かで殴られたと分かったのは、冷たい地面を頬に感じた時だった。
倒れた私を後に、あいつは入り口から出て、手早く石を積み上げていく。
「そう。ここは多湿だろう? もしかしたら、見目麗しい今の君の姿は、屍蝋化して発見されるかもしれないな。子宮のような玄室で、子を宿した君が発見される――なんてセンセーショナルなんだ。そう思うだろう? 何年後になるか分からないが。俺の踏み台になってくれて、ありがとう! それじゃぁ、また会える日を楽しみにしてるよ!」
「――! あ、まっ――」
思うように動かない身体に鞭打ち、這い蹲ってあいつの声を追うけれど、穴が塞がれ光が閉ざされると、真っ暗闇と静寂だけが残っていた。
半狂乱になりながら石積みを崩そうとしても、びくともしない。爪が剥がれるだけだった。
暫く、呆然としていたが、不意に爪の痛みと共にある考えが過った。刺青があるから女なのだと。それが無くなれば元に戻るのでは?
しかしここには刃物はない。ないなら、鋭い石なら皮を剥げるかもしれない。そう思って手探りで鋭そうな石欠片を探した。ないと分かれば、石と石をぶつけ割って、破片を集めた。
「ふぅ……」
適度な鋭さを持つ石器を背中の刺青に当てると、ふと、これで戻ったら腹の子はどうなるのだろうと思ってしまった。
その思いを振り切るべく、ブツリと肌を引き裂いた。
新たに見つけられた古墳に、鮮やかな女人図と、屍蝋化した遺体が設置され、それがこれまでの歴史の系譜から外れたものとして脚光を浴びたのは十年以上前のことだった。発見者は嬉々として論文を書きまくったが、権威者からはトンデモとして扱われ、結局、ブームが過ぎると話題にも上らなくなっていた。
件の屍蝋は、「剥がれかけた刺青の妊婦」として大学の研究施設内に保管され、時折、学生の好奇の目にさらされている。
<TSFのSS Tattoo 終わり>
暗闇を照らす明かりに、喜びとか、隙をついて出ていくとか、そんなことは考えられなかった。ただ一つ、私の心を支配したのは、安堵、だった。
「はは、まだ生きてたな」
あいつの声と臭い。それに吸い寄せられるように、私は暴力と冷えで衰弱した身体に鞭打ち、這い蹲ってあいつの足元へにじり寄り縋りついた。最早、男を倒して出ていくような体力など残っていなかったことに、その時気付いた。
「……た、助けて。なんでも――」
「何でもするって? ふぅん……なら股開け」
見上げたあいつの身体は大きく、その目は蔑みと冷笑を湛えていた。それだけで暴力の記憶が蘇る。私は震えながら腿の裏を持ち、両足を広げ、身体とそして心も曝け出した。
「ちっ、冷てぇな。おまけに臭ぇ」
圧し掛かりながら文句を言うあいつの顔を見ないように視線を逸らした。
「ぅぐっ――」
私にも女性経験はあった。が、濡れていないというだけで、これ程苦痛を感じるとは思わなかった。ましてや、未使用だったのだから。
身体の中心から裂かれているのだろうと思える程の痛み。叫び声を出しそうな口を二の腕を噛むことで何とか抑えつけた。それが反抗であるかのように。
あいつの全てが私に収まった時、何故か「征服」という言葉が頭にこだましていた。生きたいが為に自分から身体を提供する。なんて屈辱だろう。
「あの、優越感に満ちた態度が、今はこれだ。君の生殺与奪権は俺が握ってるんだ。これからはいつでも俺の欲求に応えろよ」
そう言うと思い切り腰を叩き付けてきた。私はあまりの痛みと肉体の衰弱からか、気を失っていた。
どのくらい失神していたのだろう。気付いた時にはすでにあいつはいなかった。周りを見ると2リッターのペットボトルの水と、四本入りの携行食、懐中電灯一本、毛布一枚、そして、右足には太さが5㎜はあろうかという鎖がついていた。もし空腹でなかったなら、鎖を見て絶望したんだろう。しかしそれよりもその時は飢餓が勝っていた。
携行食を貪り食い、冷えた水を胃に流し込んだ。
少しばかり満たされて、改めて鎖を見ると杭に繋がっていた。鎖の長さを測ろうと毛布をはおり立ち上がった。
「あ……」
身体の奥からドロリとあいつの精が腿を伝わって垂れた。何度吐き出していったのか。その光景を思うとゾッとし、考えまいと首を振った。
鎖の長さは手を伸ばしてやっと石組みの出口に届く程度だった。
それ以来、あいつは不定期にやって来ては、私を犯し、罵倒し、暴力に及んだ。
あいつが来なければ、私は飢えと冷えと、狂わんばかりの孤独に襲われ、あいつが来れば安堵した。しかしそれも束の間だった。犯されれば身体も心も傷つけられ、罵倒されれば尊厳が失われていく。そして暴力の恐怖は、次第にあいつへの依存が出来上がっていった。
黙って従い、媚び諂えば、命だけは存えられる、とばかりに。
このころには、私の慰みは二つだけになっていた。一つは壁画の鑑賞。そしてもう一つは声。とにかく声を出していた。無音というものが音の地獄なのだと初めて知った。私は考えていることを全て声にして出し、これに耐えた。
「私は、おなかが減った。あいつがこない。股を開けば食べ物が貰える。最近は、少し感じるようになってしまったかも知れない。もしかしてあいつも感づいているだろうか? ああ、おなかが減った。そういえば、この身体は本当に女なのか? これだけ犯され続けていれば――もしかして」
独り言が私の心を掴んでいた。そう、妊娠してしまうのでは? そのことが急に怖くなり、声に出せなくなっていた。声に出したら、本当にそうなってしまうのではないか、と。
「……いや、待て。待てよ。そう、そうだ。生理もないのだから、そもそも――そんなことになりはしないはず、だ、よな?」
しかし、そんな私の願いは、壁画の女人たちは聞き入れてくれなかった。
何度かあいつに強引に犯された後、下腹部に違和感があった。そして、目覚めると、私は「女」になっていた。都合三度目だった。
一度目は文字通り男から女へ。二度目は犯されて。そして三度目は、女としての能力が備わった事を意味していた。その事実は私を恐怖させるに十分すぎた。このままあいつに犯され続け、受精してしまったら? どんどん変化していく肉体を目の当たりにしたら、狂ってしまうのではないか……。
血にまみれた毛布をあいつは確認すると、私の懇願を無視して犯そうとした。それでも拒否すると、罵倒しながら殴り、蹴り、肉体を苛んだ。
今痛くて苦しくて、それをどうにかしたくて、後々の恐怖など確率的に低いのだ、などと自分に言い訳をして、あいつを受けれていた。
一度心が折れると、痛みや恐怖を忘れようと肉体が受ける快楽を享受していた。
殴られたり蹴られたりする前にあいつに媚び、それを回避し、受精などしないと言い聞かせ、耳を塞ぎ、自分の嬌声だけを聞く。
そんなことが、もう、長い間続いている。
「あっ、あっ、イク……うっ?!」
恐らく三日ぶりのあいつの訪問後、すぐさま身体を合わせた。そしてあいつが放った精が身体から出、その臭いが穴の中に広がると、胃に不快感が広がり、胃液を吐き出していた。
「――あぁ? なんだ? そんなに精液が気持ち悪いのか?」
蹲る私の髪を掴み、殴る真似をする。その行為に身を固くして答えた。
「ごごめんなさい――いつもならそんなことないんだけど……」
「……そうか。ああ、君、ついに妊娠したね」
にやっと笑いながら残酷な事実を告げられ、目の前のあいつの顔がひどく遠くに感じた。
「まさか」
「これまでどれだけ中出ししてきたと思ってる? しかしやっとか。中々当たらないもんだなぁ」
「……そんな……」
ショックを受けた私を余所に、あいつは私の足枷の鎖を外し、口を開いた。
「さて、ここは女人図が示すように人を異形へと変化させるための祭儀場と思えるのは、以前話したと思う。話さなかったかな? しかしね、形状的には玄室があってしかるべきところなんだ。君もわかると思うけど。ところが君を連れてくる前にかなり調査したんだけど、それらしきものは見つからなかった」
「――なぜ今そんな話を?」
あいつは入り口を背に、服を着始め、これまで持ってきたものすべてをバッグに詰めた。足枷も鎖も杭も。
「ここが発見されたとき、女人図だけではインパクトに欠けるだろう? だからやはりここは玄室でなくてはね」
「ぎゃっ」
あいつに何かで殴られたと分かったのは、冷たい地面を頬に感じた時だった。
倒れた私を後に、あいつは入り口から出て、手早く石を積み上げていく。
「そう。ここは多湿だろう? もしかしたら、見目麗しい今の君の姿は、屍蝋化して発見されるかもしれないな。子宮のような玄室で、子を宿した君が発見される――なんてセンセーショナルなんだ。そう思うだろう? 何年後になるか分からないが。俺の踏み台になってくれて、ありがとう! それじゃぁ、また会える日を楽しみにしてるよ!」
「――! あ、まっ――」
思うように動かない身体に鞭打ち、這い蹲ってあいつの声を追うけれど、穴が塞がれ光が閉ざされると、真っ暗闇と静寂だけが残っていた。
半狂乱になりながら石積みを崩そうとしても、びくともしない。爪が剥がれるだけだった。
暫く、呆然としていたが、不意に爪の痛みと共にある考えが過った。刺青があるから女なのだと。それが無くなれば元に戻るのでは?
しかしここには刃物はない。ないなら、鋭い石なら皮を剥げるかもしれない。そう思って手探りで鋭そうな石欠片を探した。ないと分かれば、石と石をぶつけ割って、破片を集めた。
「ふぅ……」
適度な鋭さを持つ石器を背中の刺青に当てると、ふと、これで戻ったら腹の子はどうなるのだろうと思ってしまった。
その思いを振り切るべく、ブツリと肌を引き裂いた。
新たに見つけられた古墳に、鮮やかな女人図と、屍蝋化した遺体が設置され、それがこれまでの歴史の系譜から外れたものとして脚光を浴びたのは十年以上前のことだった。発見者は嬉々として論文を書きまくったが、権威者からはトンデモとして扱われ、結局、ブームが過ぎると話題にも上らなくなっていた。
件の屍蝋は、「剥がれかけた刺青の妊婦」として大学の研究施設内に保管され、時折、学生の好奇の目にさらされている。
<TSFのSS Tattoo 終わり>
TSFのSS Tattoo (1)
るしぃの薄暗い部屋(あむぁいおかし製作所のるしぃさん投稿SSのカテゴリ)
るしぃた(るしぃさんのサイト)
「あ~、ん、あぁあ」
辺りに嬌声が響き渡る。それが私の声だと認識することが、私の一日の始まりだった。
かれこれ何日過ぎたのだろう? 何か月? それとも……何年?
体重を感じながら、いつも思うことは同じだった。心を無にしても身体は感じるんだなと、そんなことを思うのもいつものこと。自分の身体なのに、圧し掛かるこいつの方が今では私の身体を隅々まで知ってるのだろう。
「ん、イクっ」
身体の中に嫌な粘液の射出を感じた。
(どうして、こうなったんだろう……)

挿絵:こじか
私がその遺跡に興味を持ったのは、あいつの影響もあった。あいつは所謂正当な考古学に興味がなく、超文明などという一種の「トンデモ」に傾倒していた。
荒唐無稽な読み物としては楽しいけれど、それを学問とするのはいかがなものかと、何度も衝突したのもだった。今から考えれば、既にその時からあいつの中ではターゲットは決まっていたのかも知れない。
ただその遺跡は、いつもの「超」文明とは異なり、正史にも登場しても未発見のものだったから、発掘のために関係各所や大学への働きかけは私が積極的に行った。
だから、失敗や実績が得られないなどということは容認できなかった。
自分の助教授としての立場や実績、将来に焦りを感じていたのかもしれない。
発掘のメンバーは、研究室の学生を中心にあいつと私。そしてアルバイトを雇った。
遺物が得られたところを中心に掘った。掘り進めた。しかしその時代の地層に到達しても、遺跡は発見に至らなかった。
「俺は、この辺りじゃないと言ったよな」
何度もあいつと議論して、この場所を決めたというのに、今更あいつの言では、もっと西の山の中腹だという。容易には承服しかねたが、学生の間でも次第に私への不満の声が大きくなっていった。
そして、ひと月も経つと、私もそれらを無視できないようになっていた。
それは徐々にあいつに絡めとられていたことを意味していた。けれど、その時の私にはそのことがわかっていなかった。
「どうして何も出ないんだ……」
苛ついた私は宿舎で当たり散らしていた。それをなだめるためなのか、それとも気を引くためなのか、あいつは自説を披露し始めた。
「――ということなんだ。だから……」
「なら、あの時はっきり主張すべきだろうっ」
日本酒片手に出来上がりつつあった私は、あいつにクダを巻く。しかしあいつは意に返さない。それどころか興味深い、そして破滅への切符を手に意味ありげな笑みを浮かべた。
「実は、夜な夜なそこに行ってみたんだ。そしてこれを見つけた」
差し出されたそれは、火焔型土器に近かった。しかし縄文ではなく、絵付けがされている。そしてその絵は、これまで見たことがないリアルな表現がなされている。
時代的にあり得ないそれには、身体と思しき部分に奇妙な文様が描かれていた。
「こりゃ、お前……」
渡された土器を手に、声も手も、そして心も震えた。一気に酔いも覚める
「なぁ、これを見てみろよ。この文様は刺青じゃないかと思うんだ。南方系の民族が、この地域にまで来て新たな文化を発展させた証拠じゃないだろうか」
「本物なら、な」
極めて冷静を装い、反論をした。しかし論より証拠だった。俺は自説にも負け、証拠を前に意気消沈していたのだ。そして、俺の性で自分の目で確かめたいと強く願っていた。それもあいつの罠とも知らずに。だから、あいつの次の言葉は俺を動かすのに十分足りえた。
「今から、行ってみないか。俺の功績なんかどうでもいいさ。君が見つけたことにすればいい。学会もその方が通りやすいし」
今思えば、自分の手柄を他人に差し出すなどあり得ない。しかしその時の私は、敗北感と期待とアルコールでおかしかったのかも知れない。
「ああ、行ってみよう。案内と運転頼む」
発掘に必要な道具はいつもすぐに持って出られるようにまとめていた。それを手に立ち上がると、あいつは待ってましたとばかりに満面の笑みを見せた。
「そうこなくっちゃな」
車を降りて山中を歩く。深夜ともなれば、月が出ていない限りほぼ暗闇の世界だ。その中で躊躇せず歩みを進めるあいつの後ろを、私はこわごわ進んでいた。少しでも物音がすれば心臓がバクバクとなり、どうにも誰かに見られているような気がして絶えず後ろを振り返っていた。
日付が変わる頃、目的の場所へと着いた。
「ここかい? 伊邪那美でもでてきそうだな」
山の斜面にぽっかりと穿たれた裂け目は、まるで黄泉平坂への門のように見えた。
「この奥に数十メートルいくと、俺が見つけた土器が散らばってる場所になる」
ヘルメットとライト、そしてデジカメと簡単な発掘道具を持った私は、逸る気持ちを抑えきれなかった。早く行けと、私とは対照的に大きな荷物を担いだあいつを促し、足早に門をくぐる。
内部は人が一人入ればぎりぎりの横幅と高さで、ぬめぬめと足元は悪く、何やらすえた臭いが奥から漂っていた。
暫く無言のまま歩くと、少しばかり広い場所に出た。入ってくる前の伊邪那美云々から、それまで歩いてきたところが産道でたどり着いたところはさながら子宮のように思い始めていた。根拠などなかったけれど。
足元を照らせばあいつが見せてくれた土器と同じようなものの破片が転がっていた。
「実はな、この左手に石組みの壁があって、前回それを壊してしまったんだ。まだ中へは入ってないんだが」
「なにしてるんだ。中に何かあったら風化してしまうじゃないか」
あいつを静かに罵倒しながらも、私は新たな何かを見つけられるかもしれないという、子供じみた興奮の最中にいた。
とにかく、「何か」を見つけたかった。たとえあいつが発見した場所でも、あいつより先に。
足早に崩れた石組みに取り付くと、あいつが制止するのも聞かず、強引に侵入を果たした。後ろからあいつがついてきた。
「おおっ」
ライトに浮かぶ壁一面に、極彩色の女人図が飛び込んできた。それを前にしたら、学者としてしてはいけないことなど、極些末な事としか思えなくなり、興奮は歓喜を呼びあいつがどこにいるのかさえ失念していた。
「見ろよ。この女人図。みんな同じように背中、いや、首の下か? 同じような刺青があるな。お前の言ってた通りかもしれん」
「そうだな。ところでこれを見てくれないか。これだけ同じ刺青をしているのに、絵柄的には男性に見えないか?」
「ん~? ……もしここの壁画が絵巻物のように物語性をもっているなら、確かに繋がりがおかしいな。この崩れたところにヒントがあるのかも」
「ああ、やはりそこに至るか。そりゃそうか」
そこには男が女に変身したように見えた。崩れた絵の部分には、その要因が描かれていたように思えた。そしてその要因に思い至った。それを口にしようとした瞬間。
意志とは無関係に身体が脱力し、昏倒していた。
冷たい、ぬめっとした土と石が、「学者としての私」の最期の感触だった。
最初に感じたのは、背中の、首の下、肩甲骨の間の、痛痒さだった。
不透明な水底にいるような視界に視線を漂わせ、そこを触ろうとしたが私の手はうまく動かなかった。痺れとか痛みとかそんなものではなくて、もっと物理的に。手首を縛られているとわかったのは、あいつの声を聞いてからだった。
「だめだめ、触っちゃ。彫ったばかりなんだから。我ながらうまくできたよ」
瞬時には状況が掴めず、言葉もでない。目の前にいるあいつの誇らしげでどこか人を小ばかにした笑顔は、鬱陶しい黒髪で御簾が降りているようだった。
「どういう……?!」
問いただそうとした私の声は、それまでとは違い女のように高い。まるで壁を彩る女人図が話しているように思えた。その違和感に再び口を噤むと、視界を遮る髪を両手で何本も抜けるほど引っ張り、許せる範囲で自身の身体を弄った。
柔らかい肉の感触は、それが自分のものでなければ何時まででも触っていたいほど。しかしその事実に私は驚愕し、上体を起こしながらあいつを見据えた。
「驚くのも無理はないさ。ここは本当は、一年も前から見つけていてね。ほとんど調査し終わっているんだよ。――ああ、余計なことはいいか。今の君に必要なことを言おう。ここに描かれているのは、古の文明が残した秘術を記している」
話しながら近づくあいつの目には、狂気が宿っていた。仰向けにした手が、徐に私の上着の胸元を掴んだ。繋がった自らの腕でその手を払いのけようとした。けれど私の腕とあいつの腕が並んだとき、その大きさに、腕の太さに、畏怖の念が渦巻いた。
「そう、例えばあの絵。ほとんど獣人だよ。向こうは小人。そうなった要因は」
「! あっ」
言いつつ、あいつは掴んだ腕を左右に広げた。豊かな白い乳房がまろび出た。その行為は羞恥からでたのか、それとも他にあったのかわからないが、私は必至であいつの目から隠そうとした。
「そう。君が触ろうとした、刺青だよ。特定の部位に特定の文様を彫れば、人を変え、そして意のままに操れる。俺は神にも等しい力を手に入れたんだ」
「……そして、私は女にしたのか? お前、どういう料簡なんだ? 私がお前なんぞの言いなりになるとでも?!」
「うぐっ」
両手の親指であいつの喉を思い切り突くと、あいつは意外なほど簡単にひっくり返った。
私はその隙に逃げれば良かったんだ。あの一瞬が、運命を決定していた。
あいつと私はほとんど体格差が無かった。男の頃は。学問でも、スポーツでも、すべての面で私は優位だと思っていた。それが禍したんだ。
ひっくり返ったあいつに蹴りを入れ、憂さを晴らし、そのあと元に戻る方法を聞き出す、そう思って放った私の蹴りは、あいつには効かなかった。痛みなどないかのように立ち上がり、十回以上蹴っても構わず近づいてきた。
「ぎゃっ!?」
お返しとばかり、両足を刈り取られるように蹴られ、地面に頭を打ち付けられてから始めて蹴られたことに気付いていた。
「――苦しいじゃないか」
「あ、うっ」
平手で打たれたのに、目の前がチカチカして、何度も何度も打たれ続けた。
「いつまでも、偉そうに、してんじゃ、ないっ」
「! あ、つっあぅ」
私の腕など、あいつの暴力の前では役に立たなかった。力を半減させるとか、痛みを少しでもなくそうとか、そんな努力は無意味で、打たれ続ける理不尽さに憤るが、この身は動かなかった。
そのうち平手から拳に代わると、思うことは二つしかなかった。
あいつへの、怖さ。そして、どうしたら終わってくれるのか、と。
「や、もう、やめ、くだ――」
「はぁっ、はっ、さ、最初から、言うとおりにして、いればいいんだよ。何もできないくせに、功名心だけ肥大したくそが。今回の発掘も、結局なにも出なかっただろう。いいか、君はな、俺がいなけりゃ、学者なんぞにもなれない、出来損ないだ。俺が常にヒントを与え、それを元にしなけりゃなんにもできない。はっ、エサがなけりゃ死んじまう家畜だ。そうさ、俺の家畜なんだよ。素直に飼われてろ」
「……うぅ……」
暴力の、身体の痛みが終わったと思っていたところへ、私自信を否定され、臍を噛むしかなかった。
「ああ、家畜にはいらないな」
言うが早いか、服をはぎ取られ丸裸にされた私は、あいつに腹を蹴られ、言葉もなく蹲るしかできなかった。
「暫く頭でも冷やせ」
「? あっ待っ」
そう言うと、あいつは身を翻し穴から出ると、外から石を組み出口を塞いでしまった。
私の細い指と腕ではどうにも動かせない石組みを前に、冷たい地面に倒れこんでしまった。
何回かの睡眠の後には、痛みと冷えと空腹が絶えず私を襲った。
死の恐怖が見え隠れし始める頃には、力なくあいつを呼んだ。称えた。そして懇願した。「出してくれさえすれば」から、「顔を見るだけでも」、それが「声だけでも」になるのは早かった。
寒さをしのぐために膝を抱え座った。そうすると、自分の身体が女であることに気付く。大腿でひしゃげた乳房を見ると、なぜだか涙が出ていた。
そして、更に数日が経ったように思えた。
助けて。許して。なんでも言うとおりにする。そう思う事が、私のできることだった。
るしぃた(るしぃさんのサイト)
「あ~、ん、あぁあ」
辺りに嬌声が響き渡る。それが私の声だと認識することが、私の一日の始まりだった。
かれこれ何日過ぎたのだろう? 何か月? それとも……何年?
体重を感じながら、いつも思うことは同じだった。心を無にしても身体は感じるんだなと、そんなことを思うのもいつものこと。自分の身体なのに、圧し掛かるこいつの方が今では私の身体を隅々まで知ってるのだろう。
「ん、イクっ」
身体の中に嫌な粘液の射出を感じた。
(どうして、こうなったんだろう……)

挿絵:こじか
私がその遺跡に興味を持ったのは、あいつの影響もあった。あいつは所謂正当な考古学に興味がなく、超文明などという一種の「トンデモ」に傾倒していた。
荒唐無稽な読み物としては楽しいけれど、それを学問とするのはいかがなものかと、何度も衝突したのもだった。今から考えれば、既にその時からあいつの中ではターゲットは決まっていたのかも知れない。
ただその遺跡は、いつもの「超」文明とは異なり、正史にも登場しても未発見のものだったから、発掘のために関係各所や大学への働きかけは私が積極的に行った。
だから、失敗や実績が得られないなどということは容認できなかった。
自分の助教授としての立場や実績、将来に焦りを感じていたのかもしれない。
発掘のメンバーは、研究室の学生を中心にあいつと私。そしてアルバイトを雇った。
遺物が得られたところを中心に掘った。掘り進めた。しかしその時代の地層に到達しても、遺跡は発見に至らなかった。
「俺は、この辺りじゃないと言ったよな」
何度もあいつと議論して、この場所を決めたというのに、今更あいつの言では、もっと西の山の中腹だという。容易には承服しかねたが、学生の間でも次第に私への不満の声が大きくなっていった。
そして、ひと月も経つと、私もそれらを無視できないようになっていた。
それは徐々にあいつに絡めとられていたことを意味していた。けれど、その時の私にはそのことがわかっていなかった。
「どうして何も出ないんだ……」
苛ついた私は宿舎で当たり散らしていた。それをなだめるためなのか、それとも気を引くためなのか、あいつは自説を披露し始めた。
「――ということなんだ。だから……」
「なら、あの時はっきり主張すべきだろうっ」
日本酒片手に出来上がりつつあった私は、あいつにクダを巻く。しかしあいつは意に返さない。それどころか興味深い、そして破滅への切符を手に意味ありげな笑みを浮かべた。
「実は、夜な夜なそこに行ってみたんだ。そしてこれを見つけた」
差し出されたそれは、火焔型土器に近かった。しかし縄文ではなく、絵付けがされている。そしてその絵は、これまで見たことがないリアルな表現がなされている。
時代的にあり得ないそれには、身体と思しき部分に奇妙な文様が描かれていた。
「こりゃ、お前……」
渡された土器を手に、声も手も、そして心も震えた。一気に酔いも覚める
「なぁ、これを見てみろよ。この文様は刺青じゃないかと思うんだ。南方系の民族が、この地域にまで来て新たな文化を発展させた証拠じゃないだろうか」
「本物なら、な」
極めて冷静を装い、反論をした。しかし論より証拠だった。俺は自説にも負け、証拠を前に意気消沈していたのだ。そして、俺の性で自分の目で確かめたいと強く願っていた。それもあいつの罠とも知らずに。だから、あいつの次の言葉は俺を動かすのに十分足りえた。
「今から、行ってみないか。俺の功績なんかどうでもいいさ。君が見つけたことにすればいい。学会もその方が通りやすいし」
今思えば、自分の手柄を他人に差し出すなどあり得ない。しかしその時の私は、敗北感と期待とアルコールでおかしかったのかも知れない。
「ああ、行ってみよう。案内と運転頼む」
発掘に必要な道具はいつもすぐに持って出られるようにまとめていた。それを手に立ち上がると、あいつは待ってましたとばかりに満面の笑みを見せた。
「そうこなくっちゃな」
車を降りて山中を歩く。深夜ともなれば、月が出ていない限りほぼ暗闇の世界だ。その中で躊躇せず歩みを進めるあいつの後ろを、私はこわごわ進んでいた。少しでも物音がすれば心臓がバクバクとなり、どうにも誰かに見られているような気がして絶えず後ろを振り返っていた。
日付が変わる頃、目的の場所へと着いた。
「ここかい? 伊邪那美でもでてきそうだな」
山の斜面にぽっかりと穿たれた裂け目は、まるで黄泉平坂への門のように見えた。
「この奥に数十メートルいくと、俺が見つけた土器が散らばってる場所になる」
ヘルメットとライト、そしてデジカメと簡単な発掘道具を持った私は、逸る気持ちを抑えきれなかった。早く行けと、私とは対照的に大きな荷物を担いだあいつを促し、足早に門をくぐる。
内部は人が一人入ればぎりぎりの横幅と高さで、ぬめぬめと足元は悪く、何やらすえた臭いが奥から漂っていた。
暫く無言のまま歩くと、少しばかり広い場所に出た。入ってくる前の伊邪那美云々から、それまで歩いてきたところが産道でたどり着いたところはさながら子宮のように思い始めていた。根拠などなかったけれど。
足元を照らせばあいつが見せてくれた土器と同じようなものの破片が転がっていた。
「実はな、この左手に石組みの壁があって、前回それを壊してしまったんだ。まだ中へは入ってないんだが」
「なにしてるんだ。中に何かあったら風化してしまうじゃないか」
あいつを静かに罵倒しながらも、私は新たな何かを見つけられるかもしれないという、子供じみた興奮の最中にいた。
とにかく、「何か」を見つけたかった。たとえあいつが発見した場所でも、あいつより先に。
足早に崩れた石組みに取り付くと、あいつが制止するのも聞かず、強引に侵入を果たした。後ろからあいつがついてきた。
「おおっ」
ライトに浮かぶ壁一面に、極彩色の女人図が飛び込んできた。それを前にしたら、学者としてしてはいけないことなど、極些末な事としか思えなくなり、興奮は歓喜を呼びあいつがどこにいるのかさえ失念していた。
「見ろよ。この女人図。みんな同じように背中、いや、首の下か? 同じような刺青があるな。お前の言ってた通りかもしれん」
「そうだな。ところでこれを見てくれないか。これだけ同じ刺青をしているのに、絵柄的には男性に見えないか?」
「ん~? ……もしここの壁画が絵巻物のように物語性をもっているなら、確かに繋がりがおかしいな。この崩れたところにヒントがあるのかも」
「ああ、やはりそこに至るか。そりゃそうか」
そこには男が女に変身したように見えた。崩れた絵の部分には、その要因が描かれていたように思えた。そしてその要因に思い至った。それを口にしようとした瞬間。
意志とは無関係に身体が脱力し、昏倒していた。
冷たい、ぬめっとした土と石が、「学者としての私」の最期の感触だった。
最初に感じたのは、背中の、首の下、肩甲骨の間の、痛痒さだった。
不透明な水底にいるような視界に視線を漂わせ、そこを触ろうとしたが私の手はうまく動かなかった。痺れとか痛みとかそんなものではなくて、もっと物理的に。手首を縛られているとわかったのは、あいつの声を聞いてからだった。
「だめだめ、触っちゃ。彫ったばかりなんだから。我ながらうまくできたよ」
瞬時には状況が掴めず、言葉もでない。目の前にいるあいつの誇らしげでどこか人を小ばかにした笑顔は、鬱陶しい黒髪で御簾が降りているようだった。
「どういう……?!」
問いただそうとした私の声は、それまでとは違い女のように高い。まるで壁を彩る女人図が話しているように思えた。その違和感に再び口を噤むと、視界を遮る髪を両手で何本も抜けるほど引っ張り、許せる範囲で自身の身体を弄った。
柔らかい肉の感触は、それが自分のものでなければ何時まででも触っていたいほど。しかしその事実に私は驚愕し、上体を起こしながらあいつを見据えた。
「驚くのも無理はないさ。ここは本当は、一年も前から見つけていてね。ほとんど調査し終わっているんだよ。――ああ、余計なことはいいか。今の君に必要なことを言おう。ここに描かれているのは、古の文明が残した秘術を記している」
話しながら近づくあいつの目には、狂気が宿っていた。仰向けにした手が、徐に私の上着の胸元を掴んだ。繋がった自らの腕でその手を払いのけようとした。けれど私の腕とあいつの腕が並んだとき、その大きさに、腕の太さに、畏怖の念が渦巻いた。
「そう、例えばあの絵。ほとんど獣人だよ。向こうは小人。そうなった要因は」
「! あっ」
言いつつ、あいつは掴んだ腕を左右に広げた。豊かな白い乳房がまろび出た。その行為は羞恥からでたのか、それとも他にあったのかわからないが、私は必至であいつの目から隠そうとした。
「そう。君が触ろうとした、刺青だよ。特定の部位に特定の文様を彫れば、人を変え、そして意のままに操れる。俺は神にも等しい力を手に入れたんだ」
「……そして、私は女にしたのか? お前、どういう料簡なんだ? 私がお前なんぞの言いなりになるとでも?!」
「うぐっ」
両手の親指であいつの喉を思い切り突くと、あいつは意外なほど簡単にひっくり返った。
私はその隙に逃げれば良かったんだ。あの一瞬が、運命を決定していた。
あいつと私はほとんど体格差が無かった。男の頃は。学問でも、スポーツでも、すべての面で私は優位だと思っていた。それが禍したんだ。
ひっくり返ったあいつに蹴りを入れ、憂さを晴らし、そのあと元に戻る方法を聞き出す、そう思って放った私の蹴りは、あいつには効かなかった。痛みなどないかのように立ち上がり、十回以上蹴っても構わず近づいてきた。
「ぎゃっ!?」
お返しとばかり、両足を刈り取られるように蹴られ、地面に頭を打ち付けられてから始めて蹴られたことに気付いていた。
「――苦しいじゃないか」
「あ、うっ」
平手で打たれたのに、目の前がチカチカして、何度も何度も打たれ続けた。
「いつまでも、偉そうに、してんじゃ、ないっ」
「! あ、つっあぅ」
私の腕など、あいつの暴力の前では役に立たなかった。力を半減させるとか、痛みを少しでもなくそうとか、そんな努力は無意味で、打たれ続ける理不尽さに憤るが、この身は動かなかった。
そのうち平手から拳に代わると、思うことは二つしかなかった。
あいつへの、怖さ。そして、どうしたら終わってくれるのか、と。
「や、もう、やめ、くだ――」
「はぁっ、はっ、さ、最初から、言うとおりにして、いればいいんだよ。何もできないくせに、功名心だけ肥大したくそが。今回の発掘も、結局なにも出なかっただろう。いいか、君はな、俺がいなけりゃ、学者なんぞにもなれない、出来損ないだ。俺が常にヒントを与え、それを元にしなけりゃなんにもできない。はっ、エサがなけりゃ死んじまう家畜だ。そうさ、俺の家畜なんだよ。素直に飼われてろ」
「……うぅ……」
暴力の、身体の痛みが終わったと思っていたところへ、私自信を否定され、臍を噛むしかなかった。
「ああ、家畜にはいらないな」
言うが早いか、服をはぎ取られ丸裸にされた私は、あいつに腹を蹴られ、言葉もなく蹲るしかできなかった。
「暫く頭でも冷やせ」
「? あっ待っ」
そう言うと、あいつは身を翻し穴から出ると、外から石を組み出口を塞いでしまった。
私の細い指と腕ではどうにも動かせない石組みを前に、冷たい地面に倒れこんでしまった。
何回かの睡眠の後には、痛みと冷えと空腹が絶えず私を襲った。
死の恐怖が見え隠れし始める頃には、力なくあいつを呼んだ。称えた。そして懇願した。「出してくれさえすれば」から、「顔を見るだけでも」、それが「声だけでも」になるのは早かった。
寒さをしのぐために膝を抱え座った。そうすると、自分の身体が女であることに気付く。大腿でひしゃげた乳房を見ると、なぜだか涙が出ていた。
そして、更に数日が経ったように思えた。
助けて。許して。なんでも言うとおりにする。そう思う事が、私のできることだった。
るしぃさんの作品へのリンク集
るしぃさんの作品
Tattoo New!
最近の俺はヤラれてばっかりだ
魔封の小太刀
エル
白と黒の羽
TS141 BLOOD LINE 作.luci
(1)(3) (5) (7) (9) (11) (13) (15) (17) (19) (21) (23) (25) (27) (29) (31) (33) (35) (37) (39) (41) (43) (45) (47) (49) (51) (53) (55) (57) (59) (61) (63) (65) (67) (69) (71) (73)
TS122 穴、二つ。(by luci)
TS116 ウツロナココロノイレモノ(by luci)
るしぃさんとの合作
TS96 ホムンクルスのご主人様
TS92 彼女の貞操帯(18禁)
TS109 メイド達との夜
るしぃさんがヒロインの作品
TS103 ご主人様の訪問 ~るしぃの奴隷化注意報~
TS107 友達以上奴隷未満
Tattoo New!
最近の俺はヤラれてばっかりだ
魔封の小太刀
エル
白と黒の羽
TS141 BLOOD LINE 作.luci
(1)(3) (5) (7) (9) (11) (13) (15) (17) (19) (21) (23) (25) (27) (29) (31) (33) (35) (37) (39) (41) (43) (45) (47) (49) (51) (53) (55) (57) (59) (61) (63) (65) (67) (69) (71) (73)
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るしぃさんとの合作
TS96 ホムンクルスのご主人様
TS92 彼女の貞操帯(18禁)
TS109 メイド達との夜
るしぃさんがヒロインの作品
TS103 ご主人様の訪問 ~るしぃの奴隷化注意報~
TS107 友達以上奴隷未満
最近の俺はヤラれてばっかりだ (2)
「なんだよ、お礼参りってやつか? 五、六人で俺をどうにかできると思ってんのかよ」
「てめぇは立場わかってんのか? てめぇの『おともだち』も今日はいねぇぞ」
「けっ、あいつなんぞいなくても、うぉっ、くっそ(スカートなんぞ穿くんじゃ!)」
「うぁははっ、なげぇスカートなんか穿いてるから巾着になっちまうんだ! おめぇらもぼっとしてねぇで押さえろ!」
「こいつ、いつの間に女っぽくなってやんのかねぇ。見ろよこのパンツ!」
「くそっお前らっ、触ってんじゃ、nぎゃ?!」
「るせぇよ! 足閉じんじゃねぇ。おめぇらもこいつ動いたらどこでもいいからスカートの上からぶん殴れ」
「ふざっ、ぐ、ぅ(くそっがっどこ殴られるかわからねぇ…見えねぇし…防げねぇ…)」
「おら、さんざん俺らのこと殴ってきたんだからよ。このぐらいは利子にもなってねぇよ、なっ?」
「げっふっ(……あばら、折れた、な。やべぇかも……)」
「おおっ? さすがに静かになってきたな。よし、脱がしちまえ」
「はぁ? ざけんなっ(あいつにさんざんヤラれてんのにこいつらもなんてごめんだっ)」
「あっいってぇ、くそっ、てめっ、おとなしくっ、動くんじゃねぇ!」
「?!!!!!!」
「お、おい、あんまやりすぎるとしんじまうんじゃ」
「こいつがこれぐれぇで死ぬか! いいか、聞こえてるよな。今から声出したり動いたりしたら俺らが一人ひとり動けなくなるまで殴り続けてやっからな?! いいか、動くなよ」
「(これ、ほんとに、死ぬかも……やべぇ、怖い、こいつらが、こわい……)」
「おいおい、なんだよ、震えてんぞ、こいつ。 信じらんねーな」
「早くしろよ、脱がしてやっちまおうぜ」
「ほれっ御開帳」
「「「「「おおっ」」」」」
「結構『おともだち』にやられてると思ってたけど、きれーなもんだな」
「あっ今動いたよな? 足とじかけなかったか?」
「!」
「お前が殴ったらよ、こいつのまんこ、なんかしまったぜ」
「マジで? ちっと実験してみっか」
「指一本入れた。 なんでぇやっぱこいつ処女じゃねえよ」
「おい、お前が殴れ」
「?!」
「ぉおっ、すげっぎゅってなった、ぎゅって」
「じゃぁ、最初は普通に突っ込んで、二週目から殴りながらにしようぜ。 二週目なんてガバガバになってそうじゃん」
「おし、じゃ最初誰だっけ?」
「オレオレ。 つばたっぷりつけて、と。 じゃ、いただきまーす」
「!」
「ひゃあ、きんもちいいー。 顔が見えないのが残念ちゃ残念だな」
「なんで見てぇのよ?」
「いや、意外と、好みでよぉ、ああっなんか、もういきそう」
「物好きな奴だなぁ、今見たってぼこぼこんなってるだろ」
「そういうこっちゃな、あ、おぅいくっ」
「!」
「あ~あ、こいつまた動いたぜ。 おめぇは今オナホなんだからよ、動くんじゃねぇ、よっ」
「!」
「うほっ、すげぇ最後締まった」
「んだよ、はよどけや。 んじゃつぎおれな」
「!」
「穴、ちっちぇな。 すげ、締まる」
「……」
「なんだ? こいつ、腹ひくひくさせてっぞ」
「殴られてぇんだ、ろっ」
「あっいく」
「うわっすげぇ出してんな」
「あぁ? こいつもしかして泣いてんじゃねぇ?」
「えっまじで? うぉ顔見てぇ~」
「なんかよ、なじると締まるんだけど」
「突っ込みながら殴ってよ、んで穴の感想言ってやろうぜ」
「めっちゃ締まるだろうな」
…………
………
……
…
「いや、出しまくったわ」
「俺ムービー撮った」
「なぁなぁ、このかっこのまんまでこいつのこと○○校に連れていかねぇ?」
「おいおい、それじゃみんなの便所になるだろ。行こうぜ」
「まじで? いや、そりゃ面白そうだけどな。こいつ、おれのなんだわ」
「あ? てめ、いつの間に」
「そりゃ、あんだけ熱中してればよぉ」
「こんだけ人数いんのに、こいつのパシリの癖にどうしよってんだよ」
「はぁ? 誰が誰のパシリだって?」
「んだらっくそがっっ」
…………
………
……
…
「おい、おいって。生きてっか? うわっひでぇ面だな。可愛い顔が台無しだ、って感じでおれ登場なわけよ」
「……」
「でな、ぼこぼこでぶるぶる震えて涙でぐしゃぐしゃな顔をおれが触れようとするとよ?」
「……」
「いやっ、て感じで拒否られんの。なんかこー、股とか胸とか隠して、上目使いによ」
「……おい」
「けどよ、おれが子犬触るみてぇに手を差し出したままいると」
「……こら」
「おまえの方から、あぁ? んだよ」
「……その情けねぇぼこぼこでぶるぶる震えて涙でぐしゃぐしゃな女って俺のことか?」
「だーから、そうだって。最終的にはな」
「うるせぇ、最終的もなにも、俺とお前の間にはなにもできねぇ。頭の弱い妄想抱いてんじゃねぇよっ」
「そんなこというなよ。もう両手両足の指じゃ足りないぐらいやってんじゃん」
「ぅっ、それは、お前が……」
「そのうちその妄想と同じようなことが起こるかもしれねぇじゃん。どうすんのよ、俺にも勝てねぇ元男く~ん」
「くっ」
「だから、おれと一緒にいようぜ、な。……ちっと濡れたべ?」
「!! うぅるせぇ、ばーか」
「てめぇは立場わかってんのか? てめぇの『おともだち』も今日はいねぇぞ」
「けっ、あいつなんぞいなくても、うぉっ、くっそ(スカートなんぞ穿くんじゃ!)」
「うぁははっ、なげぇスカートなんか穿いてるから巾着になっちまうんだ! おめぇらもぼっとしてねぇで押さえろ!」
「こいつ、いつの間に女っぽくなってやんのかねぇ。見ろよこのパンツ!」
「くそっお前らっ、触ってんじゃ、nぎゃ?!」
「るせぇよ! 足閉じんじゃねぇ。おめぇらもこいつ動いたらどこでもいいからスカートの上からぶん殴れ」
「ふざっ、ぐ、ぅ(くそっがっどこ殴られるかわからねぇ…見えねぇし…防げねぇ…)」
「おら、さんざん俺らのこと殴ってきたんだからよ。このぐらいは利子にもなってねぇよ、なっ?」
「げっふっ(……あばら、折れた、な。やべぇかも……)」
「おおっ? さすがに静かになってきたな。よし、脱がしちまえ」
「はぁ? ざけんなっ(あいつにさんざんヤラれてんのにこいつらもなんてごめんだっ)」
「あっいってぇ、くそっ、てめっ、おとなしくっ、動くんじゃねぇ!」
「?!!!!!!」
「お、おい、あんまやりすぎるとしんじまうんじゃ」
「こいつがこれぐれぇで死ぬか! いいか、聞こえてるよな。今から声出したり動いたりしたら俺らが一人ひとり動けなくなるまで殴り続けてやっからな?! いいか、動くなよ」
「(これ、ほんとに、死ぬかも……やべぇ、怖い、こいつらが、こわい……)」
「おいおい、なんだよ、震えてんぞ、こいつ。 信じらんねーな」
「早くしろよ、脱がしてやっちまおうぜ」
「ほれっ御開帳」
「「「「「おおっ」」」」」
「結構『おともだち』にやられてると思ってたけど、きれーなもんだな」
「あっ今動いたよな? 足とじかけなかったか?」
「!」
「お前が殴ったらよ、こいつのまんこ、なんかしまったぜ」
「マジで? ちっと実験してみっか」
「指一本入れた。 なんでぇやっぱこいつ処女じゃねえよ」
「おい、お前が殴れ」
「?!」
「ぉおっ、すげっぎゅってなった、ぎゅって」
「じゃぁ、最初は普通に突っ込んで、二週目から殴りながらにしようぜ。 二週目なんてガバガバになってそうじゃん」
「おし、じゃ最初誰だっけ?」
「オレオレ。 つばたっぷりつけて、と。 じゃ、いただきまーす」
「!」
「ひゃあ、きんもちいいー。 顔が見えないのが残念ちゃ残念だな」
「なんで見てぇのよ?」
「いや、意外と、好みでよぉ、ああっなんか、もういきそう」
「物好きな奴だなぁ、今見たってぼこぼこんなってるだろ」
「そういうこっちゃな、あ、おぅいくっ」
「!」
「あ~あ、こいつまた動いたぜ。 おめぇは今オナホなんだからよ、動くんじゃねぇ、よっ」
「!」
「うほっ、すげぇ最後締まった」
「んだよ、はよどけや。 んじゃつぎおれな」
「!」
「穴、ちっちぇな。 すげ、締まる」
「……」
「なんだ? こいつ、腹ひくひくさせてっぞ」
「殴られてぇんだ、ろっ」
「あっいく」
「うわっすげぇ出してんな」
「あぁ? こいつもしかして泣いてんじゃねぇ?」
「えっまじで? うぉ顔見てぇ~」
「なんかよ、なじると締まるんだけど」
「突っ込みながら殴ってよ、んで穴の感想言ってやろうぜ」
「めっちゃ締まるだろうな」
…………
………
……
…
「いや、出しまくったわ」
「俺ムービー撮った」
「なぁなぁ、このかっこのまんまでこいつのこと○○校に連れていかねぇ?」
「おいおい、それじゃみんなの便所になるだろ。行こうぜ」
「まじで? いや、そりゃ面白そうだけどな。こいつ、おれのなんだわ」
「あ? てめ、いつの間に」
「そりゃ、あんだけ熱中してればよぉ」
「こんだけ人数いんのに、こいつのパシリの癖にどうしよってんだよ」
「はぁ? 誰が誰のパシリだって?」
「んだらっくそがっっ」
…………
………
……
…
「おい、おいって。生きてっか? うわっひでぇ面だな。可愛い顔が台無しだ、って感じでおれ登場なわけよ」
「……」
「でな、ぼこぼこでぶるぶる震えて涙でぐしゃぐしゃな顔をおれが触れようとするとよ?」
「……」
「いやっ、て感じで拒否られんの。なんかこー、股とか胸とか隠して、上目使いによ」
「……おい」
「けどよ、おれが子犬触るみてぇに手を差し出したままいると」
「……こら」
「おまえの方から、あぁ? んだよ」
「……その情けねぇぼこぼこでぶるぶる震えて涙でぐしゃぐしゃな女って俺のことか?」
「だーから、そうだって。最終的にはな」
「うるせぇ、最終的もなにも、俺とお前の間にはなにもできねぇ。頭の弱い妄想抱いてんじゃねぇよっ」
「そんなこというなよ。もう両手両足の指じゃ足りないぐらいやってんじゃん」
「ぅっ、それは、お前が……」
「そのうちその妄想と同じようなことが起こるかもしれねぇじゃん。どうすんのよ、俺にも勝てねぇ元男く~ん」
「くっ」
「だから、おれと一緒にいようぜ、な。……ちっと濡れたべ?」
「!! うぅるせぇ、ばーか」
最近の俺はヤラれてばっかりだ (1)
るしぃの薄暗い部屋(あむぁいおかし製作所のるしぃさん投稿SSのカテゴリ)
るしぃた(るしぃさんのサイト)
「な、なぁ。やっぱ、ちょっとやらしてもらえねぇ?」
「はぁ!? お前何血迷ってんだ。中身俺だぞ。きめぇわ」
「つってもよ、この先おれずっと童貞かもしれねぇじゃん。目の前にそんなのいたらさ。先っぽだけ」
「おまっ、ざけんな!! お前に相談に来た俺が馬鹿だったわ。じゃな! っておい?! なに押し倒してんだよっ(あ、あれ? 返せねぇ? びくともしねぇ?!)」
「んだよっ、友達だろ?! 減るもんじゃねぇだろうが。こんなデカイのぶるんぶるんさせてよ。おれだって辛抱しきれねぇよ(中の人が誰でもやりてーよっ)」
「(……やべぇ、なんか、こえぇ)わ、わかったから、ちっと冷静になれよ。とりあえず手首放せよ」
「あ? おまえ、返せねぇの? 自慢の力でねぇの? (力で勝ったことねぇけど、今なら勝てんじゃね)」
「! うぅうるせぇ! とっとと離れっふざけんなっ胸に顔うずめんなっきめぇって(もしかして、俺、犯されんのか? こいつに?)」
「いーやーだーね。ワイシャツの向こうにやわらかいかんしょくー。これがおっぱいかー。あ、乳首」
「てめっ、こらっなめてんじゃねぇよっ。――やめろって」
「なぁに涙目になってんのよ。怖いのかよ」
「こえぇよっ、ぼけっ、お前ごときに抵抗できねぇんだぞっ。情けねぇわ、お前こえぇわ」
「へぇぇ。そんじゃぁさ、おれがおまえのことどうにでもできるってことじゃん」
「は?」
「ほれ、こうやって片手でもおまえの両手押さえられるじゃん。空いた手は」
「ひっ、やめ、捏ねんなよっ。あっばかっなにベルトに」
「なー? おれやりたい放題できるわけ。あんまり抵抗されたら、かわいい顔なぐっちゃうかも。な、おまえだって無理やりじゃない方がいいだろ。やさしくするからさぁ」
「(童貞がやさしくするってなんなんだよ)……わかった、わかったから。やらせてやっから、一回な。中出し不可だかんなっ」
「まじで? よっしゃああ!」
「ちょ、だから待てって、いきなりパンツに手ぇねじ込むなっ。はぁ、ったく……ただし、顔隠してくれよ」
「なんで? おれの顔に不満があんのかよ。あほなこと言いやがるとこのまま犯しちゃうぞ」
「いや、だって、お前はいいけどよ、昔からのツレの顔だろうが。それがよ、欲情まるだしの顔で、はぁはぁ言って、手ぇ押さえつけられて動けねぇ。おまけにいつの間にかズボン脱がされてるし。いやじゃん、こえぇじゃん」
「……」
「……」
「嫌だな」
「だろ。だから顔隠せ」
「おまえが目ぇつぶりゃいいだろが。おっしゃ、おれ脱いだ。準備万端」
「! はえぇよ、パンツ脱いで? うわ、マジかよ……。俺が目ぇつぶったら何されるかわかんねぇだろうが。他人の股間にちんぽこすり付ける暇になんか用意しろよ」
「んだよ、何されるって、クリいじってまんこいじってちんぽ突っ込むだけじゃねぇか――あーもう、なんで泣いてんだよ……めんどくせぇなぁ……っと、この辺に、あれが、あった、お、あった」
「――泣いてねぇ、俺にもわかんねぇよ。女の身体になってから、涙でんだよ、くそっ」
「これで文句ねぇよな。微妙に傷ついたけど顔隠したぞ。いろいろやべぇから、入る」
「って、おおおいっ、目だけ開いた紙袋被ってって、別の意味で超こえぇよっ。状況的に限りなくレイpっ!!??っってっいてぇ、ちっと、待っ、まだっ濡れっううぅ!!!」
「あ」
「くそ痛ぇ……おまえっ、ふざけんなっ、中で」
「わり、出ちゃった、てへっ」
「なぁ、正直に言えよ。これ、いいんだろ?」
「お、前、ふざけんなっ、あン、一回って――ゆびぬけぇ」
「結局あの日から五回もしたじゃんよぉ。な、もう何回したって同じだって。声だしたらばれるぞぉ」
「!んっ、避妊しねぇで、何度もっ出したじゃねぇかっ……そこっ、やめっ」
「ほれほれ、準備オーケーじゃん。避妊したらいいんだよな」
「ち違っこれは、お前がいじるからっ」
「おまえもさぁ、大概隙ありすぎじゃね。のこのこ来んだもんよ」
「お前がっ……お前が直し方わかったっつーから! 乳首さわんなぁ!」
「ホントは俺のこと好きなんじゃねぇの? 元男く~ん」
「!!!ん~~~~!(手でふさぎやがって! 文句言わせろお!)」
「ま、これでどっちが上かわかったよな。――お、処女の跡もなくなったなぁ」
「!?」
「穴ん中指でじゅぽじゅぽしてるとよ、こないだまであったのが無くなってんのがわかんのよ」
「!」
「そうにらむなよ、俺専用」
「(ふざけんなっ誰がお前専用かっ。羽交い絞めもとけねぇのかよぉ)」
「そうやって感じてない振りして、もがいて、睨んでくんのがそそるわぁ」
「くそっ変態がっしっ、あっまてっまてっ)」
「ほぉら、頭入ったぞ。そんな目で見ても止まんねぇよ――おおっ全部入ったっ気持ちいいっ。何度やってもあきねぇ」
「(ちくしょう、ぜったいころす! まじころす! 気持ちよくなんて絶対ねぇ!)」
「入れると必ず泣いてるけどよぉ、こんなにぐちょぐちょなんだからよ、気持ちいいんだろ? いてっ指かみやがった」
「いてぇんだよっお前に好きにやられて口惜しいんだよっ。くそ強姦魔! 気持ちよくなんって――ねぇ!」
「あぁ、そぉ、ああ、ううん、息激しいのにねぇ……あ」
「ああっ、お前、また……」
「――気持ちよかったぁ」
<つづく>
るしぃた(るしぃさんのサイト)
「な、なぁ。やっぱ、ちょっとやらしてもらえねぇ?」
「はぁ!? お前何血迷ってんだ。中身俺だぞ。きめぇわ」
「つってもよ、この先おれずっと童貞かもしれねぇじゃん。目の前にそんなのいたらさ。先っぽだけ」
「おまっ、ざけんな!! お前に相談に来た俺が馬鹿だったわ。じゃな! っておい?! なに押し倒してんだよっ(あ、あれ? 返せねぇ? びくともしねぇ?!)」
「んだよっ、友達だろ?! 減るもんじゃねぇだろうが。こんなデカイのぶるんぶるんさせてよ。おれだって辛抱しきれねぇよ(中の人が誰でもやりてーよっ)」
「(……やべぇ、なんか、こえぇ)わ、わかったから、ちっと冷静になれよ。とりあえず手首放せよ」
「あ? おまえ、返せねぇの? 自慢の力でねぇの? (力で勝ったことねぇけど、今なら勝てんじゃね)」
「! うぅうるせぇ! とっとと離れっふざけんなっ胸に顔うずめんなっきめぇって(もしかして、俺、犯されんのか? こいつに?)」
「いーやーだーね。ワイシャツの向こうにやわらかいかんしょくー。これがおっぱいかー。あ、乳首」
「てめっ、こらっなめてんじゃねぇよっ。――やめろって」
「なぁに涙目になってんのよ。怖いのかよ」
「こえぇよっ、ぼけっ、お前ごときに抵抗できねぇんだぞっ。情けねぇわ、お前こえぇわ」
「へぇぇ。そんじゃぁさ、おれがおまえのことどうにでもできるってことじゃん」
「は?」
「ほれ、こうやって片手でもおまえの両手押さえられるじゃん。空いた手は」
「ひっ、やめ、捏ねんなよっ。あっばかっなにベルトに」
「なー? おれやりたい放題できるわけ。あんまり抵抗されたら、かわいい顔なぐっちゃうかも。な、おまえだって無理やりじゃない方がいいだろ。やさしくするからさぁ」
「(童貞がやさしくするってなんなんだよ)……わかった、わかったから。やらせてやっから、一回な。中出し不可だかんなっ」
「まじで? よっしゃああ!」
「ちょ、だから待てって、いきなりパンツに手ぇねじ込むなっ。はぁ、ったく……ただし、顔隠してくれよ」
「なんで? おれの顔に不満があんのかよ。あほなこと言いやがるとこのまま犯しちゃうぞ」
「いや、だって、お前はいいけどよ、昔からのツレの顔だろうが。それがよ、欲情まるだしの顔で、はぁはぁ言って、手ぇ押さえつけられて動けねぇ。おまけにいつの間にかズボン脱がされてるし。いやじゃん、こえぇじゃん」
「……」
「……」
「嫌だな」
「だろ。だから顔隠せ」
「おまえが目ぇつぶりゃいいだろが。おっしゃ、おれ脱いだ。準備万端」
「! はえぇよ、パンツ脱いで? うわ、マジかよ……。俺が目ぇつぶったら何されるかわかんねぇだろうが。他人の股間にちんぽこすり付ける暇になんか用意しろよ」
「んだよ、何されるって、クリいじってまんこいじってちんぽ突っ込むだけじゃねぇか――あーもう、なんで泣いてんだよ……めんどくせぇなぁ……っと、この辺に、あれが、あった、お、あった」
「――泣いてねぇ、俺にもわかんねぇよ。女の身体になってから、涙でんだよ、くそっ」
「これで文句ねぇよな。微妙に傷ついたけど顔隠したぞ。いろいろやべぇから、入る」
「って、おおおいっ、目だけ開いた紙袋被ってって、別の意味で超こえぇよっ。状況的に限りなくレイpっ!!??っってっいてぇ、ちっと、待っ、まだっ濡れっううぅ!!!」
「あ」
「くそ痛ぇ……おまえっ、ふざけんなっ、中で」
「わり、出ちゃった、てへっ」
「なぁ、正直に言えよ。これ、いいんだろ?」
「お、前、ふざけんなっ、あン、一回って――ゆびぬけぇ」
「結局あの日から五回もしたじゃんよぉ。な、もう何回したって同じだって。声だしたらばれるぞぉ」
「!んっ、避妊しねぇで、何度もっ出したじゃねぇかっ……そこっ、やめっ」
「ほれほれ、準備オーケーじゃん。避妊したらいいんだよな」
「ち違っこれは、お前がいじるからっ」
「おまえもさぁ、大概隙ありすぎじゃね。のこのこ来んだもんよ」
「お前がっ……お前が直し方わかったっつーから! 乳首さわんなぁ!」
「ホントは俺のこと好きなんじゃねぇの? 元男く~ん」
「!!!ん~~~~!(手でふさぎやがって! 文句言わせろお!)」
「ま、これでどっちが上かわかったよな。――お、処女の跡もなくなったなぁ」
「!?」
「穴ん中指でじゅぽじゅぽしてるとよ、こないだまであったのが無くなってんのがわかんのよ」
「!」
「そうにらむなよ、俺専用」
「(ふざけんなっ誰がお前専用かっ。羽交い絞めもとけねぇのかよぉ)」
「そうやって感じてない振りして、もがいて、睨んでくんのがそそるわぁ」
「くそっ変態がっしっ、あっまてっまてっ)」
「ほぉら、頭入ったぞ。そんな目で見ても止まんねぇよ――おおっ全部入ったっ気持ちいいっ。何度やってもあきねぇ」
「(ちくしょう、ぜったいころす! まじころす! 気持ちよくなんて絶対ねぇ!)」
「入れると必ず泣いてるけどよぉ、こんなにぐちょぐちょなんだからよ、気持ちいいんだろ? いてっ指かみやがった」
「いてぇんだよっお前に好きにやられて口惜しいんだよっ。くそ強姦魔! 気持ちよくなんって――ねぇ!」
「あぁ、そぉ、ああ、ううん、息激しいのにねぇ……あ」
「ああっ、お前、また……」
「――気持ちよかったぁ」
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(8)
* * * * * * * * * * * * * * * *
あれは八郎太殿の首と……。何故殺めたのだ?! お前は私を逃がしてくれたではないか!
許さぬ、決して許さぬぞ!
愛しい八郎太殿の首は冷たい。もう、私に微笑みかけてくれぬ……。あの日の約束も果たされぬまま……。
八郎太殿、実は、私の輿入れが……平気なのか? 私が、その……あ……。
――! 本気で言っているのか? 刀を作り終えたら? それは、この国を出るということか?
あぁ、八郎太殿! その言葉、真だろうな? 私と一緒で後悔はしないのだな。
ふふ、嬉しすぎて涙が出てしもうた。今一度強く抱、あっ。そちもおったのか?!
……すまぬ、邪魔をしたな。今日のところはこれで帰るとしよう。
興奮したせいか顔が熱い。少し冷やさねば……あぁ、刀ができるのが待ち遠しい。
* * * * * * * * * * * * * * * *
朝日がカーテンの隙間から差し込み、それが瞼をくすぐったのか、自然と目が覚めていた。
あれは、前の夢の続き? というか時間軸はそれ以前……。温かく嬉しい感情が湧きあがって、追体験したような感じだった……。
それより、あの水鏡に映った顔は、今の俺と同じ顔……。あれは俺なのか? 前世? 本当に起きた事なら、どのくらい前の事なんだろう?
前世ならそれでもいいが……何故こんなにも気になるんだ。胸が苦しくなるんだ。何か、何かが引っ掛かって、むず痒い。
昔の事なら宝珠丸が知ってる可能性もある。それとなく聞いてみるか。
せめてこの霞だけでも晴らさないといけない気がする。そう、強く心が訴えかけてる。それが今のこの姿の説明にも繋がるような、そんな気がする。
(宝珠丸、聞きたいことがある)
『知りうる範囲であれば』
俺は言葉を選んだ。
(俺たちは肉体の感覚を共有してるのか?)
『いかにも――それで?』
(お前の生きた時代の夢を見てる気がする。そこにはこの姿そっくりの女と刀鍛冶が出てくる……)
俺は見たままを伝えてみた。しかし。
『ふむ、それだけでは何とも探りようがないのぅ』
(同じように夢をみてるんじゃないのか?)
『見る気になれば。無論お前の意識を探ることもできるが、今はしておらぬ』
(そうか……)
『まぁ、急いても仕方なかろう。吾はちと疲れた。もうよいな?』
それきり宝珠丸は逃げるように意識を消し、返答しなくなった。
宝珠丸は知らないという。しかし、何かがある気がしてならない。そう、何となく、宝珠丸には嘘があると思えてならない。
俺の中に入っているんだ。夢も、俺の意識も、そう、こういう思考も分かっているに違いないのに。何故それを隠そうとするんだろう。知られたくない事もあるのは理解できるが、こちらばかり丸裸なのも嫌な感じだ。
宝珠丸が当てにならないなら、自分で調べるまでか。といってもどうしたもんだろう?
鬱陶しいくらい長い髪をかき上げながら、夢の内容をもう一度思い返してみた。
城は山城だった。刀鍛冶の名前は、八郎太。女の、というか俺の名前は? 確か首を持ってきた侍が……そう、姫と呼んでた……。姫ってどこのだろう? いや、それ以外に聞いたような――あっ八郎太はお濃と。
年代が分かりそうな情報は記憶になかったのは残念だった。しかし俺の中の何かが、これだけでもいいと、一刻も早く調べろと言っている、そんな気がした。
「今日どこに行ってたんだ?」
食事を取りダイニングの椅子で一段落取っているところに?が話しかけてきた。正直言って、あまり話をする気分ではないのだけれど。おやじ殿はテレビを見ながら大笑いしている。
「実は、最近変な夢をみるんだ」
俺は掻い摘んでお濃、八郎太、そしてその時の様子を話していた。
「――そうか。それで? 心理学の本でも借りてきたのか? それとも、前世とでも思ったのか?」
「どちらかと言うと後者。だから、図書館行ってこの辺りの歴史を調べてきたんだ」
ちらっとおやじ殿を見ると、こちらには背を向けて頬杖をついている。?は俺の隣に座って少し目を細めて俺をまっすぐ見ていた。
「で、戦国時代くらいか、この辺りは後藤という家があったらしい。知ってる?」
頭を振る?に、言葉を進めた。
「後藤武篤、この人が最後で家系図には三男二女いたらしい」
「なんでその時代、というかそいつがいた時代だって思うんだ? 仮に前世としても特定できないだろう?」
「それは……口伝があって、それに刀鍛冶の事が」
「それが八郎太だっていうのか? 馬鹿らしい。全然意味ないだろ。もっとこう――何か理由があるんだと思ったぞ。お前、そんな事に感けてないで直ぐ連絡取れるように待機しとけよ」
文句だけ言うと、返事も待たずに?は自室に行ってしまった。
確かにそれが特定する証拠とは言い難いのは分かってる。でも、直感的にそう思った。この系図の女がお濃で、この口伝にある刀鍛冶が八郎太だと。
?には話せなかったけれど、もう一つ興味深い事も分かった。御厨は後藤家の家臣だった。それが後藤家が近隣の豪族に滅ぼされると権力を得、地域を支配したのだ。
裏切り? ただの偶然?
もし、前世というなら、もし、御厨が後藤を裏切っていたなら、俺の姿がお濃と瓜二つというのは皮肉に満ち溢れている。或いは、何か作為的なモノがあるような気がするのだ。
「玲、その話面白そうだけど、この件が終わってからにしような」
「?!」
突然耳元で囁かれ、椅子から立ち上がっていた。湧きあがる鳥肌と寒気に細い両肩を抱いていた。
「お、おやじ殿っ、変な事しないでください!」
「……ふふん、隙があるが悪いのだ。目の前の事に集中集中」
笑い声を残して去っていくおやじ殿に、俺はやはり嫌悪感を感じずにはいられなかった。
<つづく>
あれは八郎太殿の首と……。何故殺めたのだ?! お前は私を逃がしてくれたではないか!
許さぬ、決して許さぬぞ!
愛しい八郎太殿の首は冷たい。もう、私に微笑みかけてくれぬ……。あの日の約束も果たされぬまま……。
八郎太殿、実は、私の輿入れが……平気なのか? 私が、その……あ……。
――! 本気で言っているのか? 刀を作り終えたら? それは、この国を出るということか?
あぁ、八郎太殿! その言葉、真だろうな? 私と一緒で後悔はしないのだな。
ふふ、嬉しすぎて涙が出てしもうた。今一度強く抱、あっ。そちもおったのか?!
……すまぬ、邪魔をしたな。今日のところはこれで帰るとしよう。
興奮したせいか顔が熱い。少し冷やさねば……あぁ、刀ができるのが待ち遠しい。
* * * * * * * * * * * * * * * *
朝日がカーテンの隙間から差し込み、それが瞼をくすぐったのか、自然と目が覚めていた。
あれは、前の夢の続き? というか時間軸はそれ以前……。温かく嬉しい感情が湧きあがって、追体験したような感じだった……。
それより、あの水鏡に映った顔は、今の俺と同じ顔……。あれは俺なのか? 前世? 本当に起きた事なら、どのくらい前の事なんだろう?
前世ならそれでもいいが……何故こんなにも気になるんだ。胸が苦しくなるんだ。何か、何かが引っ掛かって、むず痒い。
昔の事なら宝珠丸が知ってる可能性もある。それとなく聞いてみるか。
せめてこの霞だけでも晴らさないといけない気がする。そう、強く心が訴えかけてる。それが今のこの姿の説明にも繋がるような、そんな気がする。
(宝珠丸、聞きたいことがある)
『知りうる範囲であれば』
俺は言葉を選んだ。
(俺たちは肉体の感覚を共有してるのか?)
『いかにも――それで?』
(お前の生きた時代の夢を見てる気がする。そこにはこの姿そっくりの女と刀鍛冶が出てくる……)
俺は見たままを伝えてみた。しかし。
『ふむ、それだけでは何とも探りようがないのぅ』
(同じように夢をみてるんじゃないのか?)
『見る気になれば。無論お前の意識を探ることもできるが、今はしておらぬ』
(そうか……)
『まぁ、急いても仕方なかろう。吾はちと疲れた。もうよいな?』
それきり宝珠丸は逃げるように意識を消し、返答しなくなった。
宝珠丸は知らないという。しかし、何かがある気がしてならない。そう、何となく、宝珠丸には嘘があると思えてならない。
俺の中に入っているんだ。夢も、俺の意識も、そう、こういう思考も分かっているに違いないのに。何故それを隠そうとするんだろう。知られたくない事もあるのは理解できるが、こちらばかり丸裸なのも嫌な感じだ。
宝珠丸が当てにならないなら、自分で調べるまでか。といってもどうしたもんだろう?
鬱陶しいくらい長い髪をかき上げながら、夢の内容をもう一度思い返してみた。
城は山城だった。刀鍛冶の名前は、八郎太。女の、というか俺の名前は? 確か首を持ってきた侍が……そう、姫と呼んでた……。姫ってどこのだろう? いや、それ以外に聞いたような――あっ八郎太はお濃と。
年代が分かりそうな情報は記憶になかったのは残念だった。しかし俺の中の何かが、これだけでもいいと、一刻も早く調べろと言っている、そんな気がした。
「今日どこに行ってたんだ?」
食事を取りダイニングの椅子で一段落取っているところに?が話しかけてきた。正直言って、あまり話をする気分ではないのだけれど。おやじ殿はテレビを見ながら大笑いしている。
「実は、最近変な夢をみるんだ」
俺は掻い摘んでお濃、八郎太、そしてその時の様子を話していた。
「――そうか。それで? 心理学の本でも借りてきたのか? それとも、前世とでも思ったのか?」
「どちらかと言うと後者。だから、図書館行ってこの辺りの歴史を調べてきたんだ」
ちらっとおやじ殿を見ると、こちらには背を向けて頬杖をついている。?は俺の隣に座って少し目を細めて俺をまっすぐ見ていた。
「で、戦国時代くらいか、この辺りは後藤という家があったらしい。知ってる?」
頭を振る?に、言葉を進めた。
「後藤武篤、この人が最後で家系図には三男二女いたらしい」
「なんでその時代、というかそいつがいた時代だって思うんだ? 仮に前世としても特定できないだろう?」
「それは……口伝があって、それに刀鍛冶の事が」
「それが八郎太だっていうのか? 馬鹿らしい。全然意味ないだろ。もっとこう――何か理由があるんだと思ったぞ。お前、そんな事に感けてないで直ぐ連絡取れるように待機しとけよ」
文句だけ言うと、返事も待たずに?は自室に行ってしまった。
確かにそれが特定する証拠とは言い難いのは分かってる。でも、直感的にそう思った。この系図の女がお濃で、この口伝にある刀鍛冶が八郎太だと。
?には話せなかったけれど、もう一つ興味深い事も分かった。御厨は後藤家の家臣だった。それが後藤家が近隣の豪族に滅ぼされると権力を得、地域を支配したのだ。
裏切り? ただの偶然?
もし、前世というなら、もし、御厨が後藤を裏切っていたなら、俺の姿がお濃と瓜二つというのは皮肉に満ち溢れている。或いは、何か作為的なモノがあるような気がするのだ。
「玲、その話面白そうだけど、この件が終わってからにしような」
「?!」
突然耳元で囁かれ、椅子から立ち上がっていた。湧きあがる鳥肌と寒気に細い両肩を抱いていた。
「お、おやじ殿っ、変な事しないでください!」
「……ふふん、隙があるが悪いのだ。目の前の事に集中集中」
笑い声を残して去っていくおやじ殿に、俺はやはり嫌悪感を感じずにはいられなかった。
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(7)
* * * * * * * * * * * * * * * *
山城の中はいつもと変わらぬ。変っているというなら、それは私の方。
先日来、あの方に逢うことまかりならんと父上に言われ、仕方なく日々を過ごしてしまった。しかし今日は約束の日。是が非でも行かなくてはならぬ。
すでに刻限は近づいてしまっている。もし、道中迷いでもしてあの方と遭えなかったら……いや、そんなことになろう筈がない! 誰に止められようと必ずあの方の元へ行く。
日頃の行いが良いからか、神の導きか、侍たちに会わずに城を抜け出せたぞ。
……城からの山道は足下が悪くてたまらぬ。月明かりだけでは心許ない……しかし、ここを駆け下りなくては……。
愛しいあの方。今日、やっと念願が叶う。なんと待ち遠しいことだろう。
約束の刻限は過ぎているが、なに気にすることはない。あの方が私を置いていく筈がない。そら、もうそこの木陰から顔を覗かせる筈……。
……多分、誰にも見とがめられぬよう、注意して来ているのだろう。だから遅いのだ。そう、待っていれば、必ず……。
来た!
いや、待て、人数が……。
あ! お前は! 何故ここにおるのだ! 私は、私は!
それはなんだ?! 何を持っているのだ? 太刀ではない! それは……首、か!?
「あああ
あああ?!」
「どうした、玲?!」
泣き叫びながら目が覚めた俺の前に、いきなり視界に飛び込んできたおやじ殿の姿。夢のせいで混乱していたせいか、おやじ殿がひどく不快な存在に思える。
「な、なんでもないです。取りあえず出てってください」
「そうか?」
心配しているのかどうなのか、おやじ殿の顔を見る余裕は俺に無かった。
「……玲、汗でぴったりなTシャツは見る分には楽しめるが、寝るときには着替えておけよ。風邪をひく」
「!」
俺は自分の胸元を隠しながら枕を投げつけていた。
それにしてもなんてイヤな夢だったんだろう。古い時代だったと思う。着物を普通に着て、街灯などない時代……。
夢は自分の深層心理を映し出すと聞いた事があるが、あれが俺の深層心理なのだろうか? それとも前世?
輪廻を信じるなら、前世がなんであろうと気にすることはないのだろう。が、今の俺の姿と夢の中の女が妙にオーバーラップして気になってしまう。
細部に渡ってリアルだった。それに、あの高揚感と喪失感。待ち合わせに行くときの胸の高鳴りは、明らかに恋だった。だからこそ死を確信したときの胸を切り裂かれるような痛み。今でも手が震えてくる。
男に対する恋心を体験したようなものか。しかし不思議と違和感がないのはどうしてだろう。……いや、寧ろ心地よいとさえ……違う! 俺は、女であることを容認した訳じゃない!
ぶんぶんと頭を振ると、涙に濡れた目尻に髪がまとわりついた。
それから数日。
不思議な事に、数日追うのを止めた途端、それまでなかなか尻尾を掴ませなかったというのに、自分の方から痕跡を残すようになっていた。
以前宝珠丸が言っていたように。
俺が聞いた噂を検討し、次の一手について話をしようと、何故か俺の部屋に涁がきていた。
「遅くまで残ってると、得体の知れない何かの姿を見るんだそうだ」
「ふん。動き出したのはいいが、後手に回ったな。玲、お前の方は感じないのか?」
「よどみを感じる程度。宝珠丸は何かないのか?」
『お前が感じるのと同程度だ』
涁が溜息を吐いた。
「まぁ、他人に憑いたり被害がないなら良しとするか」
『吾の言うとおり、待てばよい。そろそろ贄が必要になるころよ』
生け贄? それはどういうことだ?
「何を言ってる? 安西が何をしようとしてるのか知ってるのか?」
俺の言いたいことを涁が代弁していた。
『簡単なこと。魔は人の魂を喰らい、肉体を喰らう。が、肉体は現世で必要なもの。憑いた人の魂が減れば、それを満たそうとするのは道理じゃ』
「そんなこと一度も言わなかったじゃないか! て事は、生徒を狙ってるって事か?!」
『それが分かるなら苦労はないのぅ』
ふざけた言い方をしやがる。むかつきながら、声を荒げようとした時、涁が割って入った。
「いや、まぁ、宝珠丸の言うことももっともだろ。俺たちはできることをやればいいんだ」
大人な意見だけど、納得はできない。前もって言ってくれれば何か後手に回らずに済んだかも知れないのに。
この調子だと、まだ言ってない事もあるんじゃないだろうか?
「宝珠丸、もう隠してる事はないんだろうな?」
『得にならぬ事はせぬ』
微妙な言い回しだ。得になるなら隠すってことか? ……しかし、こいつの協力なしじゃ安西はともかく封魔の太刀を取り返すのは難しいし……。
「……期待してるから」
出来る限り張りのある声でそう言うことにした。
「ところで玲」
徐に近付いてくる涁の顔。以前はイヤな事などなかったのに、あの日から傍に近付かれるのがイヤになっている。兄弟でそんな事はあってはならないだろうに。
少しだけ身体を引いた。
「な、なに?」
「お前、ちゃんと眠れてるのか? 目の下クマがひどいぞ」
そんなに? 鏡鏡……って、女じゃないんだ! 顔なんてどうでもいいだろ。涁も俺が手鏡を投げ捨てた様子を見て変な顔してる。
確かに眠れていない。あの夢を毎日見てるのだから。
毎日女としての感情に晒されて、起きれば自己嫌悪して。そんな毎日じゃ眠りたくなくなる。
誰かに話して、そう思っても、おやじ殿も涁も俺の事を初めから女としか見てないし、真剣に聞くとは思えなかった。だから、夢の内容も、夢を見るから寝たく無い事も知らない。
「何してるのか知らんが、今日はとっとと寝ちまえよ。いざと言う時身体がついて来なくなるぞ」
「……うん」
俺は取りあえずそう答えるしかなかった。
<つづく>
山城の中はいつもと変わらぬ。変っているというなら、それは私の方。
先日来、あの方に逢うことまかりならんと父上に言われ、仕方なく日々を過ごしてしまった。しかし今日は約束の日。是が非でも行かなくてはならぬ。
すでに刻限は近づいてしまっている。もし、道中迷いでもしてあの方と遭えなかったら……いや、そんなことになろう筈がない! 誰に止められようと必ずあの方の元へ行く。
日頃の行いが良いからか、神の導きか、侍たちに会わずに城を抜け出せたぞ。
……城からの山道は足下が悪くてたまらぬ。月明かりだけでは心許ない……しかし、ここを駆け下りなくては……。
愛しいあの方。今日、やっと念願が叶う。なんと待ち遠しいことだろう。
約束の刻限は過ぎているが、なに気にすることはない。あの方が私を置いていく筈がない。そら、もうそこの木陰から顔を覗かせる筈……。
……多分、誰にも見とがめられぬよう、注意して来ているのだろう。だから遅いのだ。そう、待っていれば、必ず……。
来た!
いや、待て、人数が……。
あ! お前は! 何故ここにおるのだ! 私は、私は!
それはなんだ?! 何を持っているのだ? 太刀ではない! それは……首、か!?
「あああ
あああ?!」
「どうした、玲?!」
泣き叫びながら目が覚めた俺の前に、いきなり視界に飛び込んできたおやじ殿の姿。夢のせいで混乱していたせいか、おやじ殿がひどく不快な存在に思える。
「な、なんでもないです。取りあえず出てってください」
「そうか?」
心配しているのかどうなのか、おやじ殿の顔を見る余裕は俺に無かった。
「……玲、汗でぴったりなTシャツは見る分には楽しめるが、寝るときには着替えておけよ。風邪をひく」
「!」
俺は自分の胸元を隠しながら枕を投げつけていた。
それにしてもなんてイヤな夢だったんだろう。古い時代だったと思う。着物を普通に着て、街灯などない時代……。
夢は自分の深層心理を映し出すと聞いた事があるが、あれが俺の深層心理なのだろうか? それとも前世?
輪廻を信じるなら、前世がなんであろうと気にすることはないのだろう。が、今の俺の姿と夢の中の女が妙にオーバーラップして気になってしまう。
細部に渡ってリアルだった。それに、あの高揚感と喪失感。待ち合わせに行くときの胸の高鳴りは、明らかに恋だった。だからこそ死を確信したときの胸を切り裂かれるような痛み。今でも手が震えてくる。
男に対する恋心を体験したようなものか。しかし不思議と違和感がないのはどうしてだろう。……いや、寧ろ心地よいとさえ……違う! 俺は、女であることを容認した訳じゃない!
ぶんぶんと頭を振ると、涙に濡れた目尻に髪がまとわりついた。
それから数日。
不思議な事に、数日追うのを止めた途端、それまでなかなか尻尾を掴ませなかったというのに、自分の方から痕跡を残すようになっていた。
以前宝珠丸が言っていたように。
俺が聞いた噂を検討し、次の一手について話をしようと、何故か俺の部屋に涁がきていた。
「遅くまで残ってると、得体の知れない何かの姿を見るんだそうだ」
「ふん。動き出したのはいいが、後手に回ったな。玲、お前の方は感じないのか?」
「よどみを感じる程度。宝珠丸は何かないのか?」
『お前が感じるのと同程度だ』
涁が溜息を吐いた。
「まぁ、他人に憑いたり被害がないなら良しとするか」
『吾の言うとおり、待てばよい。そろそろ贄が必要になるころよ』
生け贄? それはどういうことだ?
「何を言ってる? 安西が何をしようとしてるのか知ってるのか?」
俺の言いたいことを涁が代弁していた。
『簡単なこと。魔は人の魂を喰らい、肉体を喰らう。が、肉体は現世で必要なもの。憑いた人の魂が減れば、それを満たそうとするのは道理じゃ』
「そんなこと一度も言わなかったじゃないか! て事は、生徒を狙ってるって事か?!」
『それが分かるなら苦労はないのぅ』
ふざけた言い方をしやがる。むかつきながら、声を荒げようとした時、涁が割って入った。
「いや、まぁ、宝珠丸の言うことももっともだろ。俺たちはできることをやればいいんだ」
大人な意見だけど、納得はできない。前もって言ってくれれば何か後手に回らずに済んだかも知れないのに。
この調子だと、まだ言ってない事もあるんじゃないだろうか?
「宝珠丸、もう隠してる事はないんだろうな?」
『得にならぬ事はせぬ』
微妙な言い回しだ。得になるなら隠すってことか? ……しかし、こいつの協力なしじゃ安西はともかく封魔の太刀を取り返すのは難しいし……。
「……期待してるから」
出来る限り張りのある声でそう言うことにした。
「ところで玲」
徐に近付いてくる涁の顔。以前はイヤな事などなかったのに、あの日から傍に近付かれるのがイヤになっている。兄弟でそんな事はあってはならないだろうに。
少しだけ身体を引いた。
「な、なに?」
「お前、ちゃんと眠れてるのか? 目の下クマがひどいぞ」
そんなに? 鏡鏡……って、女じゃないんだ! 顔なんてどうでもいいだろ。涁も俺が手鏡を投げ捨てた様子を見て変な顔してる。
確かに眠れていない。あの夢を毎日見てるのだから。
毎日女としての感情に晒されて、起きれば自己嫌悪して。そんな毎日じゃ眠りたくなくなる。
誰かに話して、そう思っても、おやじ殿も涁も俺の事を初めから女としか見てないし、真剣に聞くとは思えなかった。だから、夢の内容も、夢を見るから寝たく無い事も知らない。
「何してるのか知らんが、今日はとっとと寝ちまえよ。いざと言う時身体がついて来なくなるぞ」
「……うん」
俺は取りあえずそう答えるしかなかった。
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(6)
身を低くして一番近い男子に向かってダッシュした。肩から下げたカバンから素早く呪符を取り出したのと同時に呪符を相手に叩き付ける。
崩れ落ちる男子から黒い気が抜けだしていく。
『おい! 来るぞ』
背後から放たれた蹴りをバッグで受け止めた。そう思った。
「うっ?!」
バッグごと一メートルくらい飛ばされ、尻餅をついてしまっていた。体術の稽古でも涁にだって倒されたことは無かったのに。
素早く立ち上がり再度ダッシュしつつ、バッグを相手の顔目掛けて投げ、死角を利用して呪符を貼った。
これで二人。視界の端に新手が三人見えた。男子が倒れた左方から三人目が掴みかかろうと手を伸ばす。そこにタイミング良く右回し蹴りで中段を狙う。
ところがまたはじき飛ばされ相手に背を向け倒れていた。
『お前、今の自分を忘れたか』
そう、だった。今は見た目通り、力の出ない女の子でしかない。それなのに男の時と同じ攻撃をしては通用するはずもない。俺の培ってきた体術は、人より力のある魔を相手にしては効果がない。どんどん不利な状況になっていく……しかし剣術なら。
(小太刀!)
左手が熱くなったと思うと、白鞘の柄じりが現れそれを掴んで抜き出し、立ち上がりながら構えようとした。
「!」
脇腹に強烈な痛みが走り、思わず跪いていた。そして男子三人に手足を押さえ込まれてしまった。
『馬鹿め! 油断しおって』
宝珠丸に言われても言い返せない自分が情けない。
俯せの体に力を入れてもビクともしない。……これが女の力なのか……。
「あはははは。女、変な技を使うが、お前なんか目じゃないぞ。俺は力を手に入れたんだ」
こいつは安西の意識なのか? それとも喰われた彼の意識をトレースしているだけの魔なのか。
「自分の力じゃないだろう? 使わせて貰っているだけのくせに」
「……直ぐに殺してやろうと思ったが、止めた」
一人、手の空いた者が背後に回った。
「何を、ひゃあ?!」
内腿に少しひんやりとした不気味な感触が走った。撫でられた!
これから起きる可能性がある、色んな事が頭を一杯にしていた。そして。
(犯される?!)
そう思った途端、パニックを起こしていた。
「女子の癖に儂の事を詮索したのが間違いだ! たっぷりとその身に教え込んでやるっ」
「わあああああっ」
『下郎! 吾に触れるな!』
スカートの中に手を入れられるのと同時に宝珠丸が叫び、何事か唱える。次の瞬間には手足の戒めは無くなっていた。同時に、自分の体だと言うのに自分の意志とは違う言葉が口から飛び出した。
「吾の体に触れるとは……不埒千万よ。その罪、自らの命で償え!」
『か、体が?! 宝珠丸、お前なのか?』
宝珠丸はそれに答えず、俺の体は小太刀を抜きさり手足を押さえていた三人の胴を次々と薙いだ。俺は目を瞑る事もできず切られていく奴らを見た。
血しぶきを上げながら、それが黒い霧のように霧散していく。
残りの一人が視線に入る。体は小太刀を振り上げ猛然と突進した。
目の前の男子生徒も迎え撃とうと、普通では考えられないくらい大きく口を開け、長い牙が見えた。
小太刀が振り下ろされた刹那、生徒の体が横に飛んで行った。
「やめろっ、玲!」
叫びながら体当たりを喰らわせた涁が立ち上がり俺の両肩を掴む。
その声に反応するかのうように、俺は自分の体の感覚を取り戻した。
「宝珠丸、一体どういう事なんだ!?」
『今はそれどころではないぞ』
涁の背後で倒れた生徒が立ち上がるのが見えた。迎え撃とうとすると涁に押しとどめられた。
「お前は手を出すな! いいな!」
言い放ちながら振り返り、掴みかかってくる相手の懐に当て身を喰らわせた。それでも動く生徒に、涁はどこに持っていたのか呪符を叩き付けていた。
魔に支配されていた生徒は、それが抜けると自分が何故ここにいるのか解らない風だった。涁は残った生徒を帰らせると、その場に座り込んでいた俺に向かって言った。
「お前、自分が何をしたか解ってんのか?」
「あれは……俺じゃなくて」
「いいか、俺たちは人に徒なす魔を祓うのが仕事だ。魔が取り憑いているからって人を傷つけて良い訳じゃないぞ。ましてや」
「解ってるよ。けど、あれは俺じゃない」
そんな事をわざわざ言われなくても解ってる。生徒を切った時のシーンが目に焼き付いて離れない。
生徒の肉体はこの世からなくなりはしたが、俺が、俺の身体が殺した事実は変わらない。
両の掌を見ながら、俺は今さらながらに事の大きさを想い、震え出していた。
『全く、気の弱いことよ』
元はと言えば宝珠丸がしたことだ。今まで黙っていた癖に。
涁にも聞こえたのかきょろきょろしながら、誰の声だと聞いてくる。
「宝珠丸、どういうことなんだ? 俺の体を好きに使えるなんて聞いて無いぞ」
立ち上がりながら、目の前にはいない者に向かって言った。あまりに怒っているためか声が震えていた。しかし宝珠丸は気にした風でもない。
『話しておらぬからの。掻い摘んで言えば、お前の体に取り込まれている吾は、一心同体のようなもの。もし、お前が傷つき死にでもしたら、吾も二度と日の目を見ること叶わぬ』
「て事は、玲の体はお前の支配下にあるのか?」
事態を把握しかねている涁が、俺に向かって言った。
『そうではない。こいつの心の隙が無くては如何に吾でも無理だ。先ほどは乳を揉まれて泡を喰っていたからのぅ』
「ぅうるさいっ、びっくりしただけだ! 二度と無い!」
頬が熱くなるのが解った。それを隠すために怒鳴っていた。
「セクハラなんぞ、おやじで慣れてるだろうに」
「女がそんなの慣れる訳ないだろ?!」
自分で言っておきながら、もの凄く違和感を感じた。この場合の違和感、それは、自分の性別を女と言っておきながら、違和感が全くない事だ。俺は「男が」と言うべきじゃなかったのか? 俺は元々男なんだから。
「なんだ? どうした?」
突然、フリーズしたように動かなくなった俺に、涁が不思議そうな顔を見せていた。
「あ、や、ちょちょっと待って。え? あれ?」
自分が今の性別になったのは、例の賊のせいだ。今は女でもその時まで男だった。その記憶をどんどん遡っていくと、ある時期に女の子だった自分に突き当たる。
ある筈の無い少女時代の記憶が、何故ある?
『何を混乱しておる。吾の力を貸したのだ。約束通り戴いたまでの事』
「あ……」
俺はぺたりと座り込んでいた。頭の中で宝珠丸の笑い声がこだまする。
過去の記憶の性別が反転している。涁と一緒に稽古をしていた姿。しかしそれは男の子ではないのだ。それなのに、イヤだとか、戻せとか、そんな感情が生まれてこない。意識と記憶の上流では女である事を容認しているせい? 俺の思い出の筈なのに、他人の過去を振り返っているような、覗きをしているような感じがしていた。
宝珠丸と約束したとき、考えていたようで考えていなかったのか。
今はだま、「違っている」と、「そうじゃなかった」という事実を認識できている。しかしこの先、宝珠丸の力を借りていれば、何れは……記憶の不整合に違和感を感じなくなる、そんな日が来るのだろうか。
俺は白刃の前に丸裸で立っているような、そんな怖さを急に感じて背筋が寒くなっていた。
「大丈夫か? 玲?」
「あ、うん……」
よたよたと涁に伴われ、学校をあとにした。頭が一杯になって、まともな考えも纏まらない俺には、周囲に気配を押し殺した人物がいたことを気づけなかった。
<つづく>
崩れ落ちる男子から黒い気が抜けだしていく。
『おい! 来るぞ』
背後から放たれた蹴りをバッグで受け止めた。そう思った。
「うっ?!」
バッグごと一メートルくらい飛ばされ、尻餅をついてしまっていた。体術の稽古でも涁にだって倒されたことは無かったのに。
素早く立ち上がり再度ダッシュしつつ、バッグを相手の顔目掛けて投げ、死角を利用して呪符を貼った。
これで二人。視界の端に新手が三人見えた。男子が倒れた左方から三人目が掴みかかろうと手を伸ばす。そこにタイミング良く右回し蹴りで中段を狙う。
ところがまたはじき飛ばされ相手に背を向け倒れていた。
『お前、今の自分を忘れたか』
そう、だった。今は見た目通り、力の出ない女の子でしかない。それなのに男の時と同じ攻撃をしては通用するはずもない。俺の培ってきた体術は、人より力のある魔を相手にしては効果がない。どんどん不利な状況になっていく……しかし剣術なら。
(小太刀!)
左手が熱くなったと思うと、白鞘の柄じりが現れそれを掴んで抜き出し、立ち上がりながら構えようとした。
「!」
脇腹に強烈な痛みが走り、思わず跪いていた。そして男子三人に手足を押さえ込まれてしまった。
『馬鹿め! 油断しおって』
宝珠丸に言われても言い返せない自分が情けない。
俯せの体に力を入れてもビクともしない。……これが女の力なのか……。
「あはははは。女、変な技を使うが、お前なんか目じゃないぞ。俺は力を手に入れたんだ」
こいつは安西の意識なのか? それとも喰われた彼の意識をトレースしているだけの魔なのか。
「自分の力じゃないだろう? 使わせて貰っているだけのくせに」
「……直ぐに殺してやろうと思ったが、止めた」
一人、手の空いた者が背後に回った。
「何を、ひゃあ?!」
内腿に少しひんやりとした不気味な感触が走った。撫でられた!
これから起きる可能性がある、色んな事が頭を一杯にしていた。そして。
(犯される?!)
そう思った途端、パニックを起こしていた。
「女子の癖に儂の事を詮索したのが間違いだ! たっぷりとその身に教え込んでやるっ」
「わあああああっ」
『下郎! 吾に触れるな!』
スカートの中に手を入れられるのと同時に宝珠丸が叫び、何事か唱える。次の瞬間には手足の戒めは無くなっていた。同時に、自分の体だと言うのに自分の意志とは違う言葉が口から飛び出した。
「吾の体に触れるとは……不埒千万よ。その罪、自らの命で償え!」
『か、体が?! 宝珠丸、お前なのか?』
宝珠丸はそれに答えず、俺の体は小太刀を抜きさり手足を押さえていた三人の胴を次々と薙いだ。俺は目を瞑る事もできず切られていく奴らを見た。
血しぶきを上げながら、それが黒い霧のように霧散していく。
残りの一人が視線に入る。体は小太刀を振り上げ猛然と突進した。
目の前の男子生徒も迎え撃とうと、普通では考えられないくらい大きく口を開け、長い牙が見えた。
小太刀が振り下ろされた刹那、生徒の体が横に飛んで行った。
「やめろっ、玲!」
叫びながら体当たりを喰らわせた涁が立ち上がり俺の両肩を掴む。
その声に反応するかのうように、俺は自分の体の感覚を取り戻した。
「宝珠丸、一体どういう事なんだ!?」
『今はそれどころではないぞ』
涁の背後で倒れた生徒が立ち上がるのが見えた。迎え撃とうとすると涁に押しとどめられた。
「お前は手を出すな! いいな!」
言い放ちながら振り返り、掴みかかってくる相手の懐に当て身を喰らわせた。それでも動く生徒に、涁はどこに持っていたのか呪符を叩き付けていた。
魔に支配されていた生徒は、それが抜けると自分が何故ここにいるのか解らない風だった。涁は残った生徒を帰らせると、その場に座り込んでいた俺に向かって言った。
「お前、自分が何をしたか解ってんのか?」
「あれは……俺じゃなくて」
「いいか、俺たちは人に徒なす魔を祓うのが仕事だ。魔が取り憑いているからって人を傷つけて良い訳じゃないぞ。ましてや」
「解ってるよ。けど、あれは俺じゃない」
そんな事をわざわざ言われなくても解ってる。生徒を切った時のシーンが目に焼き付いて離れない。
生徒の肉体はこの世からなくなりはしたが、俺が、俺の身体が殺した事実は変わらない。
両の掌を見ながら、俺は今さらながらに事の大きさを想い、震え出していた。
『全く、気の弱いことよ』
元はと言えば宝珠丸がしたことだ。今まで黙っていた癖に。
涁にも聞こえたのかきょろきょろしながら、誰の声だと聞いてくる。
「宝珠丸、どういうことなんだ? 俺の体を好きに使えるなんて聞いて無いぞ」
立ち上がりながら、目の前にはいない者に向かって言った。あまりに怒っているためか声が震えていた。しかし宝珠丸は気にした風でもない。
『話しておらぬからの。掻い摘んで言えば、お前の体に取り込まれている吾は、一心同体のようなもの。もし、お前が傷つき死にでもしたら、吾も二度と日の目を見ること叶わぬ』
「て事は、玲の体はお前の支配下にあるのか?」
事態を把握しかねている涁が、俺に向かって言った。
『そうではない。こいつの心の隙が無くては如何に吾でも無理だ。先ほどは乳を揉まれて泡を喰っていたからのぅ』
「ぅうるさいっ、びっくりしただけだ! 二度と無い!」
頬が熱くなるのが解った。それを隠すために怒鳴っていた。
「セクハラなんぞ、おやじで慣れてるだろうに」
「女がそんなの慣れる訳ないだろ?!」
自分で言っておきながら、もの凄く違和感を感じた。この場合の違和感、それは、自分の性別を女と言っておきながら、違和感が全くない事だ。俺は「男が」と言うべきじゃなかったのか? 俺は元々男なんだから。
「なんだ? どうした?」
突然、フリーズしたように動かなくなった俺に、涁が不思議そうな顔を見せていた。
「あ、や、ちょちょっと待って。え? あれ?」
自分が今の性別になったのは、例の賊のせいだ。今は女でもその時まで男だった。その記憶をどんどん遡っていくと、ある時期に女の子だった自分に突き当たる。
ある筈の無い少女時代の記憶が、何故ある?
『何を混乱しておる。吾の力を貸したのだ。約束通り戴いたまでの事』
「あ……」
俺はぺたりと座り込んでいた。頭の中で宝珠丸の笑い声がこだまする。
過去の記憶の性別が反転している。涁と一緒に稽古をしていた姿。しかしそれは男の子ではないのだ。それなのに、イヤだとか、戻せとか、そんな感情が生まれてこない。意識と記憶の上流では女である事を容認しているせい? 俺の思い出の筈なのに、他人の過去を振り返っているような、覗きをしているような感じがしていた。
宝珠丸と約束したとき、考えていたようで考えていなかったのか。
今はだま、「違っている」と、「そうじゃなかった」という事実を認識できている。しかしこの先、宝珠丸の力を借りていれば、何れは……記憶の不整合に違和感を感じなくなる、そんな日が来るのだろうか。
俺は白刃の前に丸裸で立っているような、そんな怖さを急に感じて背筋が寒くなっていた。
「大丈夫か? 玲?」
「あ、うん……」
よたよたと涁に伴われ、学校をあとにした。頭が一杯になって、まともな考えも纏まらない俺には、周囲に気配を押し殺した人物がいたことを気づけなかった。
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(5)
秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、五時を過ぎると大分暗くなる。俺は涁が来るまでの間、校舎の北東側に来ていた。
「ここみたいだな」
目の前には風雪に角が削れた四十センチ程の高さの石があった。振り向き、見上げると校舎の非常階段が少し錆びた姿をさらしていた。
馬場高志、千草奈緒香、大東文香の三人の遺体が相次いで発見された場所だ。
『元々何かを封じていたのだろう』
宝珠丸の言うとおり、何かが「いた」感じはあった。それもよくない何かが。空気が澱みあまり気分がいいところではない。
その原因がどこに行ったのか、俺には今近くにいない位しか解らなかった。宝珠丸が何も言わないところを見ると、奴も解らないのだろう。
亡くなった三人の想いが伝わってくるかと思い、石のそばで膝を折った。地面に触れても何も残っていない。
『おい、見られているぞ』
背後の気配は俺も気づいていた。
「何、してるの? 一人で来ることじゃないよ」
明らかに不信感のある声だった。以前は良く聞いた声の主が背後から尋ねてきた。
「……昼間、話に聞いたので、ちょっと。えぇっと……」
「遠藤。ここ、みんな怖がって来ないんだよね、呪われるって。御厨さんて呪われたい人?」
隙のない歩きで音もなく近づいて、立ち上がった俺と殆どぶつかるくらいで止まった。
今の俺の身長が155センチ。それよりもかなり高いところから見下ろされている。瞳を逸らさないその視線は、真実を知っていると訴えているようだ。
「呪われたい訳じゃなくて……」
そんなことじゃない。俺は男に戻るために目の前の仕事を片づけたいだけだ。しかし、それを言うことはできない。替わりに何を言えば……あ、そうだ。
「ムーが好きなだけです」
未だにムーが何か解らないが、取りあえずこれで良い筈。
しかし遠藤は顔を歪めていた。
「ふぅん? 御厨さんて、真性のあっちの人なんだ」
言いながら彼女は一瞥をくれて立ち去って行った。
『お前、シンセイノアッチとは何だ?』
「さぁ? なんだろうな?」
宝珠丸も俺もたくさん疑問符をつけながら、そこをあとにした。
「はははっ、お前『ムー』好きって言ったのか?! 笑わせ過ぎだ!」
迎えに来ていた涁が、今日の教室内での話を聞いた途端笑い出した。滅多に笑わない奴に何を大笑いされたのか解らない俺は、ぶすっとして少し早歩きで、そして涁から視線を外した。
「まぁ、いいか。その方が話しも聞き易いだろ?」
「……涁の方は何か判ったのかよ」
「話し方気をつけろ。安西のことを中心に聞いてきた。大分魔に取り込まれてたみたいだな」
それまでとは打って変わって真面目な表情になる。
「どんな感じだったって?」
「安西は怪奇系のサークルを作っててな、学校の怪談を探ってたらしい。特に鬼門にある石な。人喰い石とか言われていて、何年か前に生徒がいなくなったと」
あの石には魔が潜んでいた蹟はあったけど、人が取り込まれた感じは無かったな。
「最初は一人で調べてたようだ。それが一月くらい前か、人が変わったように攻撃的になったらしい」
「馬場はどこに出てくるんだ?」
「スポーツもできる、勉強もできる馬場君は、安西の中学からの友人だった。仲も良かったらしい。安西はあんまり明るくなかったみたいで、周囲とも壁があったようだ」
何となく解った。魔に魅入られた要因は安西は妬みにあったんだろう。あいつらは心の隙を上手く突き、取り入って、そして最後には喰らう。
「という話から推察すると、馬場は安西に、安西は魔に、その他二人も魔に殺されたんだろう。対外的には安西以外は自殺になるだろうけどな」
「毎度のことだけど、よく調べてくるよな」
こと、調査に関して涁の能力はすごいと思う。しかし折角褒めたのに顔を背けてしまった。
「あ、あぁ。これが仕事だ。で、どこに潜んでるのかは解らないのか? 動向が解らないのはあまり好ましくねぇしな」
『それ程心配する相手でもなかろう。小物に過ぎぬ。こちらが動いていれば、気になって自ら出て来よう』
どちらかと言えば、俺も涁の意見に近い。なるべく慎重に事を運びたい。しかしあまり悠長に時間を使うのも本意ではないのだ。
できれば相手から出てきて欲しい。その方が早く片づけられる。
「こっちは石の方をもう少し見てみる。涁は大東の方。あ、もしかしたらそっちに出ることもあるかも知れないから、取りあえず気をつけて。学校にいると助けに行けないから」
「自分の身くらい自分で守る」
注意を促しただけだというのに、何か気に入らないのか涁は大股で先に行ってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二三日の間、安西の意志を持ち、人外の力を振るう魔は、なかなか現れなかった。
その間の学校生活では生徒たちとも大分打ち解けてきた。からかい半分か興味本位なのか、お化けの話や怪奇現象について語ってくる男子や女子が多くなっていた。
楽しくないと言えば嘘になる。それ自体はいいのだ。ただ、俺の仕事にとって実りある話では無かった。
俺自身がみんなに対して負い目がある事もその理由の一つだろう。正体を偽っているというのは、結局、騙しているのと変わらない。
それに、次第に女としての生活に慣れているのがイヤだった。話をすればするほど、女言葉を使わなくてはならないのだ。涁やおやじ殿の前で自然に女言葉がでてしまった時は、暫く落ち込んでしまった。
学校では遠藤の視線がどこにでもあり気が抜けず、家では自分の「慣れ」に気をつけなくてはならず、気を抜けるのは部屋くらいしかない。それすらも、おやじ殿がいつ覗きに来るか判らない。
しかし、今日、その状況も変化の兆しを見せた。
他のクラスか上級生か、見覚えのないいわゆるヤンキーな生徒が安西の事で話しがあると言ってきた。時間は放課後、場所は遺体発見現場。
次の展開が読めそうで、早く授業が終わって欲しいと願ってしまった。
何が起こるにせよ、これが足がかりになって、仕事を終えられる。終われば本当の自分を取り戻す為に動ける。
『吾の言った通り、動きが出てきたのぅ』
嬉しそうに宝珠丸が言う。
(ああ、これで進展しそうだな。今日は力を借りるかも知れないぞ)
『吾はいつでも構わん。喰えればそれでよい』
(太刀と同じ働きをしてくれればいいさ)
俺は頭の中で話をしながら、いそいそと指定の場所に向かう。
あ、涁に一応メールを出しておくか。
携帯メールには短く「事件を知っている生徒と現場にて会う」とだけ打ち込み、送信した。
『良いのか? 待たずとも。一応兄だろう』
(相手は子どもだ。何も案ずる事などないだろう?)
『過度な自信は慢心に通ずる』
慢心などしていない。己の剣の腕を考えての事だ。涁の力を借りなくても、できる。
これまで封魔の太刀を使っていた時には、太刀を振るうだけで魔を封ずる事ができていた。ある程度力のある魔の場合、複数の人間を操る事ができるのだが、俺は構わず太刀を振るってきた。後先を考えずに。
しかし太刀のない今、それではだめなのだ。宝珠丸の力がどの程度か判らないし、その度に力を借りていたら、いつか俺は男の記憶を喰われ尽くし女でいる事を当然と思ってしまうだろう。
だから俺はやり方を変える事にした。安西を殺した魔はどこかに潜んで、新たな獲物を探しているだろう。そこに俺が来たのだ。当然、何者かを探りに来る。別の無くしてもいい人間に憑いて。だから封じる素振りだけ見せれば、人間から出ていき本体のところに戻るに違いない。
それを追えば確実に追い込める筈。
ただ憑かれた人間の気を失わせても魔は出ていかない。その方法は宝珠丸が知っていた。
『吾の言う通り呪符を書け。それを貼れば魔は出て行かざるをえんし、再び入れぬ』
宝珠丸がなぜ知っているのか疑問だが、今はその知識が心強かった。
現場は校舎の角が重なり死角になっている。しかし複数の人の気配があった。
「話があるとは言われてましたが、こんなにたくさんの話が聞けるとは思いませんでした」
三人の男子たちが目の前にいるが、それ以上の気配を感じる。見ればそれぞれ魔にとり憑かれて、目が死んでいる。
「すごく重要な話なんだぞ。重要なんだ、お前にとって、俺たちにとって重要」
言動がおかしい上に涎を垂らし手招きしている奴ら。まともな神経なら近づかないだろう。でも、俺は違う。
(宝珠丸、頼むぞ)
『任せろ』
<つづく>
「ここみたいだな」
目の前には風雪に角が削れた四十センチ程の高さの石があった。振り向き、見上げると校舎の非常階段が少し錆びた姿をさらしていた。
馬場高志、千草奈緒香、大東文香の三人の遺体が相次いで発見された場所だ。
『元々何かを封じていたのだろう』
宝珠丸の言うとおり、何かが「いた」感じはあった。それもよくない何かが。空気が澱みあまり気分がいいところではない。
その原因がどこに行ったのか、俺には今近くにいない位しか解らなかった。宝珠丸が何も言わないところを見ると、奴も解らないのだろう。
亡くなった三人の想いが伝わってくるかと思い、石のそばで膝を折った。地面に触れても何も残っていない。
『おい、見られているぞ』
背後の気配は俺も気づいていた。
「何、してるの? 一人で来ることじゃないよ」
明らかに不信感のある声だった。以前は良く聞いた声の主が背後から尋ねてきた。
「……昼間、話に聞いたので、ちょっと。えぇっと……」
「遠藤。ここ、みんな怖がって来ないんだよね、呪われるって。御厨さんて呪われたい人?」
隙のない歩きで音もなく近づいて、立ち上がった俺と殆どぶつかるくらいで止まった。
今の俺の身長が155センチ。それよりもかなり高いところから見下ろされている。瞳を逸らさないその視線は、真実を知っていると訴えているようだ。
「呪われたい訳じゃなくて……」
そんなことじゃない。俺は男に戻るために目の前の仕事を片づけたいだけだ。しかし、それを言うことはできない。替わりに何を言えば……あ、そうだ。
「ムーが好きなだけです」
未だにムーが何か解らないが、取りあえずこれで良い筈。
しかし遠藤は顔を歪めていた。
「ふぅん? 御厨さんて、真性のあっちの人なんだ」
言いながら彼女は一瞥をくれて立ち去って行った。
『お前、シンセイノアッチとは何だ?』
「さぁ? なんだろうな?」
宝珠丸も俺もたくさん疑問符をつけながら、そこをあとにした。
「はははっ、お前『ムー』好きって言ったのか?! 笑わせ過ぎだ!」
迎えに来ていた涁が、今日の教室内での話を聞いた途端笑い出した。滅多に笑わない奴に何を大笑いされたのか解らない俺は、ぶすっとして少し早歩きで、そして涁から視線を外した。
「まぁ、いいか。その方が話しも聞き易いだろ?」
「……涁の方は何か判ったのかよ」
「話し方気をつけろ。安西のことを中心に聞いてきた。大分魔に取り込まれてたみたいだな」
それまでとは打って変わって真面目な表情になる。
「どんな感じだったって?」
「安西は怪奇系のサークルを作っててな、学校の怪談を探ってたらしい。特に鬼門にある石な。人喰い石とか言われていて、何年か前に生徒がいなくなったと」
あの石には魔が潜んでいた蹟はあったけど、人が取り込まれた感じは無かったな。
「最初は一人で調べてたようだ。それが一月くらい前か、人が変わったように攻撃的になったらしい」
「馬場はどこに出てくるんだ?」
「スポーツもできる、勉強もできる馬場君は、安西の中学からの友人だった。仲も良かったらしい。安西はあんまり明るくなかったみたいで、周囲とも壁があったようだ」
何となく解った。魔に魅入られた要因は安西は妬みにあったんだろう。あいつらは心の隙を上手く突き、取り入って、そして最後には喰らう。
「という話から推察すると、馬場は安西に、安西は魔に、その他二人も魔に殺されたんだろう。対外的には安西以外は自殺になるだろうけどな」
「毎度のことだけど、よく調べてくるよな」
こと、調査に関して涁の能力はすごいと思う。しかし折角褒めたのに顔を背けてしまった。
「あ、あぁ。これが仕事だ。で、どこに潜んでるのかは解らないのか? 動向が解らないのはあまり好ましくねぇしな」
『それ程心配する相手でもなかろう。小物に過ぎぬ。こちらが動いていれば、気になって自ら出て来よう』
どちらかと言えば、俺も涁の意見に近い。なるべく慎重に事を運びたい。しかしあまり悠長に時間を使うのも本意ではないのだ。
できれば相手から出てきて欲しい。その方が早く片づけられる。
「こっちは石の方をもう少し見てみる。涁は大東の方。あ、もしかしたらそっちに出ることもあるかも知れないから、取りあえず気をつけて。学校にいると助けに行けないから」
「自分の身くらい自分で守る」
注意を促しただけだというのに、何か気に入らないのか涁は大股で先に行ってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二三日の間、安西の意志を持ち、人外の力を振るう魔は、なかなか現れなかった。
その間の学校生活では生徒たちとも大分打ち解けてきた。からかい半分か興味本位なのか、お化けの話や怪奇現象について語ってくる男子や女子が多くなっていた。
楽しくないと言えば嘘になる。それ自体はいいのだ。ただ、俺の仕事にとって実りある話では無かった。
俺自身がみんなに対して負い目がある事もその理由の一つだろう。正体を偽っているというのは、結局、騙しているのと変わらない。
それに、次第に女としての生活に慣れているのがイヤだった。話をすればするほど、女言葉を使わなくてはならないのだ。涁やおやじ殿の前で自然に女言葉がでてしまった時は、暫く落ち込んでしまった。
学校では遠藤の視線がどこにでもあり気が抜けず、家では自分の「慣れ」に気をつけなくてはならず、気を抜けるのは部屋くらいしかない。それすらも、おやじ殿がいつ覗きに来るか判らない。
しかし、今日、その状況も変化の兆しを見せた。
他のクラスか上級生か、見覚えのないいわゆるヤンキーな生徒が安西の事で話しがあると言ってきた。時間は放課後、場所は遺体発見現場。
次の展開が読めそうで、早く授業が終わって欲しいと願ってしまった。
何が起こるにせよ、これが足がかりになって、仕事を終えられる。終われば本当の自分を取り戻す為に動ける。
『吾の言った通り、動きが出てきたのぅ』
嬉しそうに宝珠丸が言う。
(ああ、これで進展しそうだな。今日は力を借りるかも知れないぞ)
『吾はいつでも構わん。喰えればそれでよい』
(太刀と同じ働きをしてくれればいいさ)
俺は頭の中で話をしながら、いそいそと指定の場所に向かう。
あ、涁に一応メールを出しておくか。
携帯メールには短く「事件を知っている生徒と現場にて会う」とだけ打ち込み、送信した。
『良いのか? 待たずとも。一応兄だろう』
(相手は子どもだ。何も案ずる事などないだろう?)
『過度な自信は慢心に通ずる』
慢心などしていない。己の剣の腕を考えての事だ。涁の力を借りなくても、できる。
これまで封魔の太刀を使っていた時には、太刀を振るうだけで魔を封ずる事ができていた。ある程度力のある魔の場合、複数の人間を操る事ができるのだが、俺は構わず太刀を振るってきた。後先を考えずに。
しかし太刀のない今、それではだめなのだ。宝珠丸の力がどの程度か判らないし、その度に力を借りていたら、いつか俺は男の記憶を喰われ尽くし女でいる事を当然と思ってしまうだろう。
だから俺はやり方を変える事にした。安西を殺した魔はどこかに潜んで、新たな獲物を探しているだろう。そこに俺が来たのだ。当然、何者かを探りに来る。別の無くしてもいい人間に憑いて。だから封じる素振りだけ見せれば、人間から出ていき本体のところに戻るに違いない。
それを追えば確実に追い込める筈。
ただ憑かれた人間の気を失わせても魔は出ていかない。その方法は宝珠丸が知っていた。
『吾の言う通り呪符を書け。それを貼れば魔は出て行かざるをえんし、再び入れぬ』
宝珠丸がなぜ知っているのか疑問だが、今はその知識が心強かった。
現場は校舎の角が重なり死角になっている。しかし複数の人の気配があった。
「話があるとは言われてましたが、こんなにたくさんの話が聞けるとは思いませんでした」
三人の男子たちが目の前にいるが、それ以上の気配を感じる。見ればそれぞれ魔にとり憑かれて、目が死んでいる。
「すごく重要な話なんだぞ。重要なんだ、お前にとって、俺たちにとって重要」
言動がおかしい上に涎を垂らし手招きしている奴ら。まともな神経なら近づかないだろう。でも、俺は違う。
(宝珠丸、頼むぞ)
『任せろ』
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(4)
by.luci
「ハカラレタ……」
校長の見事に禿あがった頭が俺の目の前にあった。
一昨日おやじ殿の話を聞いた時、ピンとくるべきだった。
極近い場所で変死が続いている事。魔の力が働いている可能性があること。これはいいんだ。それが学校だというところで、こうなる事を考えるべきだったんだ。
「おい、玲。取り合えず聞いとけよ」
小声で涁の諌める声。既におやじ殿の友人だとか言う高校の理事長から聞いている事件の概要や、自分の心配事をひとしきりしゃべり、喉が枯れたのか、校長は湯飲みを手にしていた。
「――ですので、理事長の手前校内での活動を許可しますので、どうか、事を大きくせず収めてください」
生徒が数人死んだというのに、この事なかれ主義はどうかと思う。テレビや雑誌の取材で疲れているのは解るが。
「では後の事は担任に任せます。木崎先生、お願いします」
「あなたのクラスは、亡くなった二人の生徒のクラスです。まぁ、短い間ですが、せいぜいがんばってください」
校長の横に憮然と立っていた神経質そうなメガネの男が、胡散臭そうな目を俺に向けた。この小娘が、というところか。俺だってそう思った。この姿を鏡で見たときは。
「玲、俺はこれで。……なかなか似合ってるぞ」
校長室を出しな、真剣な表情で涁が言った。なるべく考えないようにしているところに、そんな風に言われると返って傷つく気がした。
『吾も良いと思うぞ』
(うるさいな。――おまえは魔の残気でも調べててくれ)
昨日から宝珠丸は何かと姿の事をからかってくる。そんな事よりレーダーのようにどこにいるか探っていて欲しい。
『してもいいが、男の記憶を貰いうけるが』
(――やはりやめよう。静かにしててくれ)
今回の件で、学校という閉鎖空間で自由に内偵をする方法として選ばれたのが、「生徒として紛れ込むこと」だった。おやじ殿は論外として(教師としてならありだが)、涁では年齢が上過ぎた。残ったのが俺という訳だ。
しかもおやじ殿も涁も今朝まで「女子高生」する事を言わなかったのだ。
生徒に戻って内偵する。それ自体は苦痛でも何でもない。しかし、女子高生としてクラスに仮編入となると話は別だ。
家ではなるべく胴着と袴を穿いて、おやじ殿が買ってくる可愛い服を着ないようにしていたくらいなのだ。大分女性の姿が慣れたからと言って、女性らしく振舞っている訳ではないし、そうあろうと思ってもいない。何しろ、男に戻りたいのだから。それ故に早く事件を片付け、太刀を追いたいのに。
ところがどうだ。紺のブレザーに赤のリボンタイ。プリーツスカートは膝上十センチ。おまけにニーソまで着用して。既成品だというのに、俺の体が一般的サイズなのか、胸以外はぴったりだった。それがなんとも情けない。
結局、校長とのアポの差し迫った朝の時間に、おやじ殿に家計が火の車だとか、玲の服をたくさん買いすぎただの言われると、折れるしかなかった。先立つ物がなくては生きていけない。大体、考える暇も与えられてない。
着替え終わった俺を見るおやじ殿のやにさがった目が全てを物語っていた。これがおやじ殿の計略でなくてなんだというのだ。
「――やさん? 御厨さん? 教室はここですよ」
若干怒りに震えながら考え事をしていたせいか、いつのまにか教師を追い抜いていた。俺は踵を返し急ぎ足で戻る。ふと廊下のガラスに映った小柄な少女は、少しだけ不安そうにこちらを見ていた。
「今日から転入してきた御厨玲さんです」
教師が俺に挨拶をと促した。転校というのは初めての経験で、しかも高校生ではないし、あろう事か女の姿。人前で話すのが不得意な訳ではないけれど、緊張する。
「あ、の、御厨です。……初めてで、わからない事が多いので、色々教えてください……」
言いながら少しざわつくクラスを見渡した。そんなに変な自己紹介だったか?
「じゃぁ、あそこの空いてる席に座って」
そのざわつきも、俺が座るべき席の指示で消えていく。その席が誰のだったのか、前もって聞いていた事もあり驚きはなかった。
色々な視線を感じつつ、一瞬躊躇しつつ席に着く。
『……好ましからざる影があるぞ』
宝珠丸の言うとおり、魔の残差とも言うべきものが漂っていた。ただそれは普通の人には感じ取れないだろうものだった。
(俺も気づいた。昼休みから、色々と話を聞き始めるか)
そう思いつつ、顔を上げると一人の少女と目が合った。その澄んだ射るような視線は忘れようがない。
『どうした? 見知った顔か?』
(――ああ。ちょっとした、な)
遠藤朋花。数年前まで道場に通っていた。高校受験で忙しくなるからと来なくなり、そのまま辞めてしまった。その彼女と一緒のクラスとは……。
家の近所の学校なのだから、知り合いがいてもおかしくない。せめて偽名にすべきだった。
『性別が違っておる。分かる筈もなかろう』
そうじゃない。宝珠丸、お前は分かってない。その恥ずかしさが解ってない。
『大体、お前が男だと言う事は、お前に近づいた時点で消えてしまう。今、このとき、あの小娘が何かを感じたとしても、それはお前が男だったという疑いにはならん』
そうか、そうだった。俺への呪詛は、俺が男だった事を周りが忘れてしまうんだった。
ばれないという安堵の他に、誰も男の俺を覚えていない事に寂しさを覚えていた。
一人の食事になるかと思っていた昼食だったが、世話好きな人間はどこにでもいるもので、お弁当を抱えた数人が俺の机に集まってきた。
どこから来たの? 彼氏は? どこに住んでるの? まるで身元調査のようだ。それにしても女の子ってのは直ぐ打ち解けられるんだな。男だとここまではできないな。
それによくしゃべるし、よく笑う。話題が尽きないからなかなかこちらの思う話題に行けない。
男子も俺に興味があるようで、遠巻きに聞き耳を立てているようだった。
「御厨さんて静かだよね」
女子の会話展開のスピードについていけず、聞き役になっていた俺に、ショートカットの娘が言った。
「そう、ですか? あまり気にした事はないんですけど」
女歴が短いから、どう話していいか分からない、とは答えられない。話し方で男だとばれたりはしないと思うが、必然的に丁寧語になってしまう。「~だわ」とか「~よねぇ」とか絶対言えない。言いたくない。
「なんか、かたいんだよね」
「前からこうだから……ところで」
俺の話方は取りあえずどうでもいいんだ。それより仕事だ。
「わたしの席の他にもう一つ机が空いてますけど、あれはどういう?」
一つの机に花瓶が二つ。それがどういうことなのか、俺は知っているが敢えて聞いた。教師の知っている話より、近しい人間の話の方が生々しいし、意外な発見があるかも知れないから。
女の子たちは各々の顔を見ながら、誰が言うかを決めているようだ。リーダー格なのか押しつけられ役なのか、またショートカットの娘が口を開く。
「あれはねぇ……、クラスの男子が二人、死んだんだよ。それで」
「そうなんですか。わたし、てっきりいじめかって思って」
「いじめならまだいいよ。うちのガッコ、呪われてるもん」
今度はロングの娘。
「馬場くんと安西が学校の七不思議を確かめに行くって言って。次の日に馬場くんが……。で、ひどいのが安西で、自分は馬場くんと一緒に行ってないって」
「そうそう。あいつが一緒にいたのみんな見てたのにねぇ。それで警察たくさん来てさ。取り調べ」
「でも、翌日には今度は安西が……」
「一番悲惨なのって、千草だよね。彼氏死んでわんわん泣いて」
「で、次の日自分も自殺しちゃって」
「あれって絶対馬場くんが連れてったんじゃね?」
「怖~~!」
彼女たちの早口の会話も、俺が知っている事と同じだった。
2年3組馬場高志、頭部損傷による脳挫傷。2年3組安西紘一、心臓損傷。2年1組千草奈緒香、頭部損傷による脳挫傷。2年1組大東文香、心臓麻痺。四件の校内死亡事件の犠牲者たちだった。
「そういえばさ、知ってる? 千草のお葬式の時、文香が、あれは自殺じゃないって、見たって」
「え、マジぃ?」
「それって何を見たんですか?」
死んだ生徒の人数や名前、自殺他殺、その位は知っていた。しかし、「文香」という少女が何かを見た事は知らない。新しい情報だ。
「? あー、あたしあとから何度か聞いたんだけど、結局何を見たかは聞いてないんだけど」
そうですか、と肩を落とす俺に、幾分引き加減で少女は言った。
「御厨さんて、もしかして、『ムー』とか好き?」
「?……よく分からないですけど、お化け関係は好き、かな?」
考えた末の返答だったが、この瞬間からクラスでの俺の位置づけは「おしい怪奇オタ美少女」になったのを、後日知った。
<つづく>
「ハカラレタ……」
校長の見事に禿あがった頭が俺の目の前にあった。
一昨日おやじ殿の話を聞いた時、ピンとくるべきだった。
極近い場所で変死が続いている事。魔の力が働いている可能性があること。これはいいんだ。それが学校だというところで、こうなる事を考えるべきだったんだ。
「おい、玲。取り合えず聞いとけよ」
小声で涁の諌める声。既におやじ殿の友人だとか言う高校の理事長から聞いている事件の概要や、自分の心配事をひとしきりしゃべり、喉が枯れたのか、校長は湯飲みを手にしていた。
「――ですので、理事長の手前校内での活動を許可しますので、どうか、事を大きくせず収めてください」
生徒が数人死んだというのに、この事なかれ主義はどうかと思う。テレビや雑誌の取材で疲れているのは解るが。
「では後の事は担任に任せます。木崎先生、お願いします」
「あなたのクラスは、亡くなった二人の生徒のクラスです。まぁ、短い間ですが、せいぜいがんばってください」
校長の横に憮然と立っていた神経質そうなメガネの男が、胡散臭そうな目を俺に向けた。この小娘が、というところか。俺だってそう思った。この姿を鏡で見たときは。
「玲、俺はこれで。……なかなか似合ってるぞ」
校長室を出しな、真剣な表情で涁が言った。なるべく考えないようにしているところに、そんな風に言われると返って傷つく気がした。
『吾も良いと思うぞ』
(うるさいな。――おまえは魔の残気でも調べててくれ)
昨日から宝珠丸は何かと姿の事をからかってくる。そんな事よりレーダーのようにどこにいるか探っていて欲しい。
『してもいいが、男の記憶を貰いうけるが』
(――やはりやめよう。静かにしててくれ)
今回の件で、学校という閉鎖空間で自由に内偵をする方法として選ばれたのが、「生徒として紛れ込むこと」だった。おやじ殿は論外として(教師としてならありだが)、涁では年齢が上過ぎた。残ったのが俺という訳だ。
しかもおやじ殿も涁も今朝まで「女子高生」する事を言わなかったのだ。
生徒に戻って内偵する。それ自体は苦痛でも何でもない。しかし、女子高生としてクラスに仮編入となると話は別だ。
家ではなるべく胴着と袴を穿いて、おやじ殿が買ってくる可愛い服を着ないようにしていたくらいなのだ。大分女性の姿が慣れたからと言って、女性らしく振舞っている訳ではないし、そうあろうと思ってもいない。何しろ、男に戻りたいのだから。それ故に早く事件を片付け、太刀を追いたいのに。
ところがどうだ。紺のブレザーに赤のリボンタイ。プリーツスカートは膝上十センチ。おまけにニーソまで着用して。既成品だというのに、俺の体が一般的サイズなのか、胸以外はぴったりだった。それがなんとも情けない。
結局、校長とのアポの差し迫った朝の時間に、おやじ殿に家計が火の車だとか、玲の服をたくさん買いすぎただの言われると、折れるしかなかった。先立つ物がなくては生きていけない。大体、考える暇も与えられてない。
着替え終わった俺を見るおやじ殿のやにさがった目が全てを物語っていた。これがおやじ殿の計略でなくてなんだというのだ。
「――やさん? 御厨さん? 教室はここですよ」
若干怒りに震えながら考え事をしていたせいか、いつのまにか教師を追い抜いていた。俺は踵を返し急ぎ足で戻る。ふと廊下のガラスに映った小柄な少女は、少しだけ不安そうにこちらを見ていた。
「今日から転入してきた御厨玲さんです」
教師が俺に挨拶をと促した。転校というのは初めての経験で、しかも高校生ではないし、あろう事か女の姿。人前で話すのが不得意な訳ではないけれど、緊張する。
「あ、の、御厨です。……初めてで、わからない事が多いので、色々教えてください……」
言いながら少しざわつくクラスを見渡した。そんなに変な自己紹介だったか?
「じゃぁ、あそこの空いてる席に座って」
そのざわつきも、俺が座るべき席の指示で消えていく。その席が誰のだったのか、前もって聞いていた事もあり驚きはなかった。
色々な視線を感じつつ、一瞬躊躇しつつ席に着く。
『……好ましからざる影があるぞ』
宝珠丸の言うとおり、魔の残差とも言うべきものが漂っていた。ただそれは普通の人には感じ取れないだろうものだった。
(俺も気づいた。昼休みから、色々と話を聞き始めるか)
そう思いつつ、顔を上げると一人の少女と目が合った。その澄んだ射るような視線は忘れようがない。
『どうした? 見知った顔か?』
(――ああ。ちょっとした、な)
遠藤朋花。数年前まで道場に通っていた。高校受験で忙しくなるからと来なくなり、そのまま辞めてしまった。その彼女と一緒のクラスとは……。
家の近所の学校なのだから、知り合いがいてもおかしくない。せめて偽名にすべきだった。
『性別が違っておる。分かる筈もなかろう』
そうじゃない。宝珠丸、お前は分かってない。その恥ずかしさが解ってない。
『大体、お前が男だと言う事は、お前に近づいた時点で消えてしまう。今、このとき、あの小娘が何かを感じたとしても、それはお前が男だったという疑いにはならん』
そうか、そうだった。俺への呪詛は、俺が男だった事を周りが忘れてしまうんだった。
ばれないという安堵の他に、誰も男の俺を覚えていない事に寂しさを覚えていた。
一人の食事になるかと思っていた昼食だったが、世話好きな人間はどこにでもいるもので、お弁当を抱えた数人が俺の机に集まってきた。
どこから来たの? 彼氏は? どこに住んでるの? まるで身元調査のようだ。それにしても女の子ってのは直ぐ打ち解けられるんだな。男だとここまではできないな。
それによくしゃべるし、よく笑う。話題が尽きないからなかなかこちらの思う話題に行けない。
男子も俺に興味があるようで、遠巻きに聞き耳を立てているようだった。
「御厨さんて静かだよね」
女子の会話展開のスピードについていけず、聞き役になっていた俺に、ショートカットの娘が言った。
「そう、ですか? あまり気にした事はないんですけど」
女歴が短いから、どう話していいか分からない、とは答えられない。話し方で男だとばれたりはしないと思うが、必然的に丁寧語になってしまう。「~だわ」とか「~よねぇ」とか絶対言えない。言いたくない。
「なんか、かたいんだよね」
「前からこうだから……ところで」
俺の話方は取りあえずどうでもいいんだ。それより仕事だ。
「わたしの席の他にもう一つ机が空いてますけど、あれはどういう?」
一つの机に花瓶が二つ。それがどういうことなのか、俺は知っているが敢えて聞いた。教師の知っている話より、近しい人間の話の方が生々しいし、意外な発見があるかも知れないから。
女の子たちは各々の顔を見ながら、誰が言うかを決めているようだ。リーダー格なのか押しつけられ役なのか、またショートカットの娘が口を開く。
「あれはねぇ……、クラスの男子が二人、死んだんだよ。それで」
「そうなんですか。わたし、てっきりいじめかって思って」
「いじめならまだいいよ。うちのガッコ、呪われてるもん」
今度はロングの娘。
「馬場くんと安西が学校の七不思議を確かめに行くって言って。次の日に馬場くんが……。で、ひどいのが安西で、自分は馬場くんと一緒に行ってないって」
「そうそう。あいつが一緒にいたのみんな見てたのにねぇ。それで警察たくさん来てさ。取り調べ」
「でも、翌日には今度は安西が……」
「一番悲惨なのって、千草だよね。彼氏死んでわんわん泣いて」
「で、次の日自分も自殺しちゃって」
「あれって絶対馬場くんが連れてったんじゃね?」
「怖~~!」
彼女たちの早口の会話も、俺が知っている事と同じだった。
2年3組馬場高志、頭部損傷による脳挫傷。2年3組安西紘一、心臓損傷。2年1組千草奈緒香、頭部損傷による脳挫傷。2年1組大東文香、心臓麻痺。四件の校内死亡事件の犠牲者たちだった。
「そういえばさ、知ってる? 千草のお葬式の時、文香が、あれは自殺じゃないって、見たって」
「え、マジぃ?」
「それって何を見たんですか?」
死んだ生徒の人数や名前、自殺他殺、その位は知っていた。しかし、「文香」という少女が何かを見た事は知らない。新しい情報だ。
「? あー、あたしあとから何度か聞いたんだけど、結局何を見たかは聞いてないんだけど」
そうですか、と肩を落とす俺に、幾分引き加減で少女は言った。
「御厨さんて、もしかして、『ムー』とか好き?」
「?……よく分からないですけど、お化け関係は好き、かな?」
考えた末の返答だったが、この瞬間からクラスでの俺の位置づけは「おしい怪奇オタ美少女」になったのを、後日知った。
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(3)
by.luci
まだ夕方だと言うのに、校舎の裏手は既に宵闇という位だった。そこが数日前、生徒の遺体があったから、かも知れない。
そこに少年が一人、俯きながら佇んでいた。
「お前が悪いんだ。俺じゃない。俺が好きなの知っててあいつとつき合ったりしたからこうなったんだ。俺は悪く無い」
顔を歪めた表情は、後悔からではなく愉悦からだ。身体が震えるのは恐怖ではなく明日からの楽しい日々のせいだ。
「なぁ、俺が後ろに立った時、びっくりしたか? 俺の後ろにいる奴らに落とされた時、怖かったか? 俺は爽快だったぜ、馬場」
少年の背後にあった黒い影は、次第に大きくなって少年の身体を包み込んでいた。しかし目を瞑り悦に入っている彼には解らなかった。
「明日っから、千草は俺が慰めてやるよ。ちょっかい出す奴はこいつ等が始末してくれるしな」
辺りに嘲笑が響いたかと思うと、それが悲鳴に変わるのに時間はかからなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * * * * * *
「玲先生、さようなら」
一人一人、着替えを終った子ども達が三々五々帰って行く。数十分前まで、彼等の声が響いていた道場は、今は俺だけになっていた。
魔を退治する、言葉にすれば格好いいが、実際には胡散臭さはあるし、実入りも少ないらしい。らしい、というのは、交渉はおやじ殿がしているから、俺は解らない。涁もきっとそうだろう。それに羽振りがいいとも思えない。
いい大人がぶらぶらしている訳にも行かないし、昔から道場を開いていることもあって、俺が稽古をつけて日銭を稼いでいる。
女性化して今日が初稽古になった。俺は少し期待をしていた。肉親以外には「玲」だと思われないのではないか? そんな淡い期待。
しかしそれはあっさり裏切られた。誰も疑わない、というより元々が女としか見られていない。
あまり言い続けるといけないと思って、おやじ殿や涁の前では考えないようにしていたが、こうして静かな場所で一人になると、違和感で心が折れそうになる。それまでの自分を否定されているような、誰も見てくれていないような。
ここにこうしているのに、「玲」という存在は違うところを指している。実態がない、というのが適切かも知れない。
身体の変化の戸惑いや、おやじ殿が嬉々として買ってくる女の子の服を着用することについては、毎日の生活で大分慣れてはきた。しかし、それを積極的に受け入れようと思っていない。涁も何かにつけて「女の子なんだから」というし。
いい加減にして欲しい。早く元の姿に戻りたい。そうでなければ、精神的におかしくなりそうだ。
戻ると言えば、稽古の最中に涁の車の音がしたな。例の賊の足取りが掴めたんだろうか。先程とは違う期待が沸き上がっていた。
「玲、朗報だ」
相変わらず、涁は唐突だ。しかし今はその単刀直入さがいい。
「太刀の行方が分った?」
ニヤっと笑いながら俺の側に腰を下ろした。
「今回は骨が折れたぜ。お前、●●市って知ってるか? そこに昔からウチと懇意にしてるところがあって……」
要するに、人づてに怪しい淀みを探して、その一つがそれらしいと言う事だった。
「確信があるんだよね? なら早く行こう。夜になれば動き出すだろうし、今から行こう、涁」
「いや、今日は駄目だ。明日行く」
直ぐにでもこの身体から解放されたいって言うのに、明日? 今日だってまだ終った訳じゃない。なぜ他人事のように冷静でいられるんだ?
俺は立ち上がって叫んでいた。
「涁が行きたく無いなら、一人で行く! のんびり後から来い!」
「ちょっと待て玲。バックアップがいなかったらまた前回と同じだろうが。熱くなり過ぎたら見えるものも見えなくなるぞ」
「他人事だからって……! 信じて貰えてないけど、女の姿なんて早く止めたいんだっ。大体バックアップって言ったって、涁より俺の方が上だろう?! 太刀にも触れないじゃないか!」
言った直後、俺は涁の苦々しい表情を見た。その顔と興奮し過ぎたせいか出始めた頭痛で、俺は幾分冷静になっていた。
「……どう思おうと勝手だけどな。おやじに了解して貰わなくちゃいけないだろうが。どうせおやじの事だ、明日行けって言うだろう? だから明日なんだよ」
そのまま立ち上がり、背を向けて歩き出した。
冷静になってみれば、戻りたい一心で涁に当たっただけかも知れない。それに、言うべきじゃない事を言ってしまった。
御厨の家は、代々魔封の太刀を使い、人に仇なす魔を封じて来た。しかしこの太刀を扱える人間は、御厨の家でも、その代に一人いるかいないか。おやじ殿の代は兄弟がいなかったためか、使える人間がいなかった。誰も鞘から抜く事も出来なかった。魔封を生業としてきただけに、経済的には大打撃だった。だから涁と俺が産まれた時は期待された。
特に涁は長男だっただけに期待が大きかったようだ。俺は物心ついた時には太刀が傍らにあった。尤も、この辺の記憶は曖昧なんだが……。
剣の腕は別としても、涁も好きで内偵をしている訳ではない。十分解っていた筈なのに……。
おやじ殿の部屋に行こうというのか、道場から出ようとしている涁を慌てて追いかけた。
「……し、涁?」
涁の着ているスーツの袖を軽く掴んだ。涁が立ち止まると、喜怒哀楽の無い視線が降ってきた。
「あ、いや、ごめん。言い過ぎた」
「……」
「涁……」
「言葉遣い! 妹だろうと弟だろうと、もっと年上をリスペクトしろ。 ……もう怒ってねーよ」
感じた事も無かったけれど、涁の大きな手がぽんぽんと俺の頭を叩いた。涁の顔を覗こうとしたけれど、大股で歩き始めたそれを見る事は出来なかった。
<つづく>
まだ夕方だと言うのに、校舎の裏手は既に宵闇という位だった。そこが数日前、生徒の遺体があったから、かも知れない。
そこに少年が一人、俯きながら佇んでいた。
「お前が悪いんだ。俺じゃない。俺が好きなの知っててあいつとつき合ったりしたからこうなったんだ。俺は悪く無い」
顔を歪めた表情は、後悔からではなく愉悦からだ。身体が震えるのは恐怖ではなく明日からの楽しい日々のせいだ。
「なぁ、俺が後ろに立った時、びっくりしたか? 俺の後ろにいる奴らに落とされた時、怖かったか? 俺は爽快だったぜ、馬場」
少年の背後にあった黒い影は、次第に大きくなって少年の身体を包み込んでいた。しかし目を瞑り悦に入っている彼には解らなかった。
「明日っから、千草は俺が慰めてやるよ。ちょっかい出す奴はこいつ等が始末してくれるしな」
辺りに嘲笑が響いたかと思うと、それが悲鳴に変わるのに時間はかからなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * * * * * *
「玲先生、さようなら」
一人一人、着替えを終った子ども達が三々五々帰って行く。数十分前まで、彼等の声が響いていた道場は、今は俺だけになっていた。
魔を退治する、言葉にすれば格好いいが、実際には胡散臭さはあるし、実入りも少ないらしい。らしい、というのは、交渉はおやじ殿がしているから、俺は解らない。涁もきっとそうだろう。それに羽振りがいいとも思えない。
いい大人がぶらぶらしている訳にも行かないし、昔から道場を開いていることもあって、俺が稽古をつけて日銭を稼いでいる。
女性化して今日が初稽古になった。俺は少し期待をしていた。肉親以外には「玲」だと思われないのではないか? そんな淡い期待。
しかしそれはあっさり裏切られた。誰も疑わない、というより元々が女としか見られていない。
あまり言い続けるといけないと思って、おやじ殿や涁の前では考えないようにしていたが、こうして静かな場所で一人になると、違和感で心が折れそうになる。それまでの自分を否定されているような、誰も見てくれていないような。
ここにこうしているのに、「玲」という存在は違うところを指している。実態がない、というのが適切かも知れない。
身体の変化の戸惑いや、おやじ殿が嬉々として買ってくる女の子の服を着用することについては、毎日の生活で大分慣れてはきた。しかし、それを積極的に受け入れようと思っていない。涁も何かにつけて「女の子なんだから」というし。
いい加減にして欲しい。早く元の姿に戻りたい。そうでなければ、精神的におかしくなりそうだ。
戻ると言えば、稽古の最中に涁の車の音がしたな。例の賊の足取りが掴めたんだろうか。先程とは違う期待が沸き上がっていた。
「玲、朗報だ」
相変わらず、涁は唐突だ。しかし今はその単刀直入さがいい。
「太刀の行方が分った?」
ニヤっと笑いながら俺の側に腰を下ろした。
「今回は骨が折れたぜ。お前、●●市って知ってるか? そこに昔からウチと懇意にしてるところがあって……」
要するに、人づてに怪しい淀みを探して、その一つがそれらしいと言う事だった。
「確信があるんだよね? なら早く行こう。夜になれば動き出すだろうし、今から行こう、涁」
「いや、今日は駄目だ。明日行く」
直ぐにでもこの身体から解放されたいって言うのに、明日? 今日だってまだ終った訳じゃない。なぜ他人事のように冷静でいられるんだ?
俺は立ち上がって叫んでいた。
「涁が行きたく無いなら、一人で行く! のんびり後から来い!」
「ちょっと待て玲。バックアップがいなかったらまた前回と同じだろうが。熱くなり過ぎたら見えるものも見えなくなるぞ」
「他人事だからって……! 信じて貰えてないけど、女の姿なんて早く止めたいんだっ。大体バックアップって言ったって、涁より俺の方が上だろう?! 太刀にも触れないじゃないか!」
言った直後、俺は涁の苦々しい表情を見た。その顔と興奮し過ぎたせいか出始めた頭痛で、俺は幾分冷静になっていた。
「……どう思おうと勝手だけどな。おやじに了解して貰わなくちゃいけないだろうが。どうせおやじの事だ、明日行けって言うだろう? だから明日なんだよ」
そのまま立ち上がり、背を向けて歩き出した。
冷静になってみれば、戻りたい一心で涁に当たっただけかも知れない。それに、言うべきじゃない事を言ってしまった。
御厨の家は、代々魔封の太刀を使い、人に仇なす魔を封じて来た。しかしこの太刀を扱える人間は、御厨の家でも、その代に一人いるかいないか。おやじ殿の代は兄弟がいなかったためか、使える人間がいなかった。誰も鞘から抜く事も出来なかった。魔封を生業としてきただけに、経済的には大打撃だった。だから涁と俺が産まれた時は期待された。
特に涁は長男だっただけに期待が大きかったようだ。俺は物心ついた時には太刀が傍らにあった。尤も、この辺の記憶は曖昧なんだが……。
剣の腕は別としても、涁も好きで内偵をしている訳ではない。十分解っていた筈なのに……。
おやじ殿の部屋に行こうというのか、道場から出ようとしている涁を慌てて追いかけた。
「……し、涁?」
涁の着ているスーツの袖を軽く掴んだ。涁が立ち止まると、喜怒哀楽の無い視線が降ってきた。
「あ、いや、ごめん。言い過ぎた」
「……」
「涁……」
「言葉遣い! 妹だろうと弟だろうと、もっと年上をリスペクトしろ。 ……もう怒ってねーよ」
感じた事も無かったけれど、涁の大きな手がぽんぽんと俺の頭を叩いた。涁の顔を覗こうとしたけれど、大股で歩き始めたそれを見る事は出来なかった。
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(2)
by.luci
神社、と言っていいのかと思うくらい小さい社。その後ろには山がそびえる。その山の中には小さな祠があり、封魔の太刀が納められていた。社の近くに御厨の道場兼私邸があった。
その社に着くと、おやじ殿はそそくさと奥に行ってしまった。俺たちは言われた通り道場で待っていると、細長い木箱を持っておやじ殿が戻って来た。
「これが件の小太刀だ」
見れば何の装飾もない白鞘におさめられている。太刀と異なり、圧倒されるような凄みも触れたら切れてしまうような怖さもない。ただ、大きなお札が封印として貼られている。
涁が手を伸ばすが、あと数センチのところで固まってしまった。太刀と同じく小太刀も俺しか使えないのだろうか。
「玲、なかご」
おやじ殿が目釘抜きを渡しながら言った。小太刀を手に取ると太刀と同じ位の重量を感じた。
鞘を掴み両手に力を入れそこから抜き取る。中から現れた刀身は道場の光を反射させ、目が眩むように輝いている。しかし同時に、道場の温度が二三度下がった気がした。
目釘を抜き、柄尻を握りそのまま手首を拳で叩くと次第に緩み、ハバキがちゃりちゃりと音を立てた。そのハバキを掴み刀身を柄から引き出すとなかごが現れる。
すっかり分解した小太刀を床においた時、なかごから重く暗い空気がドッと俺たちを包んでいた。一気に緊張が高まり、イヤな感じの汗が滲んで来た。この感じは……そう、強力な魔が近くにいる時の感じだ。太刀をどうこうというより先に、この小太刀の封印を解いても良かったのか?
「おやじ殿、これは一体……?」
「静かに。今、分る」
窓から明かりが入っているにもかかわらず、一段と肌寒くなり暗い雰囲気になった――その時。
『吾は宝珠丸。封印を解いたのは誰か……? 御厨のものか?』
無気味な声が直接頭に響いた。その声で肌が泡立った。
「私は御厨第29代当主、東吾という。太刀のことで合力願いたい」
何かが小太刀に憑いている……涁も俺も顔を見合わせた。あろうことかおやじ殿はそいつに手伝わせようとしている!
俺はその危うい行為に口を挟もうと腰を上げかけた。しかし涁に手を捕まれ行動を制せられた。
『何をする?』
「それは……」
おやじ殿は太刀の盗まれた経緯を説明した。そして。
「封魔の太刀によって何故に魔が産まれるのか分らんが、その魔を封じ、太刀を奪還して貰いたい」
『満足いく見返りさえあれば、いかようにも合力しよう』
「いかなるモノでも構わん」
「ちょっと待って、おやじ殿」
あまりの事にとうとう口が動いていた。俺に取っては耳慣れない声が道場に響く。しかしこうなっては言わねばならない。
「小太刀の中になにものかが憑いているのは分った。これだけの妖気を出すんだから、それなりに力もあるんだろう。でも、封魔の太刀と同じような力があるとは思えない」
偽らざる気持ちだった。それに、あの賊は太刀、こちらは小太刀。実力差も加味すれば、悔しいが勝ち目がない。おまけに男から女になっている。一振りの小太刀が、基本的な身体能力もカバーしてくれるとは到底思えなかった。
『ふん、己の未熟な腕など俺の力でどうにでもなる』
心底見下した言い方に唇を咬んだ。
「玲、魔は魔の世界のものに任せるのがいいんだ。私たちはそれで人を救えばいい。それが商売として成り立てばもっといい。お前は私の言う事を聞いていればいいんだ」
言いたい事はあったが、それは言えなかった。全てが言い訳になりそうだ。
『……では今一度、取り引きだ。今回の使用者は誰か?』
おやじ殿も涁も俺を見た。俺も小さく手を挙げた。
『お前か……んん? お前……そうか、分った。吾は使用者の大切なモノを喰らうことで存在している。見たところ……お前はあまり物に対して執着心がないようだ。……よし、決めたぞ』
幼い時から封魔の太刀を使って生活しろと言われていた。普通の子どものように遊ぶようなことも無かったし、おもちゃを欲しがる事も無かった。
「ま、待て! 俺の家族、おやじ殿や涁の命と引換えにする気はないぞっ」
そう、大事なものと言えば、封魔の太刀と家族くらいのもの。太刀は盗まれ、残ったものは家族くらいしか想い至らなかった。俺は前もって制するために声をあげた。しかし、小太刀に憑いた魔の言葉は意外だった。
『お前の家族? そんなものはいらん。第一、ここには』
「宝珠丸っ家族でないなら何なんだ? 早く言ってみろ」
何か慌てた風でおやじ殿がヤツの言葉を遮った。涁の方を見ると、すっと視線を俺から外した。腑に落ちなかったけれど、家族以外の大事なものが気になって尋ねる事はしなかった。
『お前、聞こえるか? これよりお前とだけ話す。返事は考えるだけで良い』
おやじ殿と涁に一瞥をくれると、じっと小太刀を見据えている。聞こえている様子はないように思えた。しかしなぜ俺とだけ話をするんだろう?
聞こえる、と考えると宝珠丸が言った。
『お前が吾を使う度に、お前の【男であった記憶】をいただこうぞ』
俺はその言葉に驚いた。肉親ですら信じていなかった女性化。それをいくら強力な魔だとしても判るとは。
実を言えば入院中なぜ女になったのか考えていた。あの賊の言葉思い起こせば、何と無くヤツが関わっているに違いなかった。しかしもしそうだとすれば、人にこんなことはできない。ヤツは人外のものと言うことになる。ところがヤツは封魔の太刀を持って行った。人外のものなら太刀を持てない筈……。それに、女の体になったのが後天的ならば、なぜおやじ殿も涁も俺が男であったことを忘れているのか? 考えても明快な答えは出てこなかった。
意外なところに答えが見つかるかも知れない。こんなことを言い出す宝珠丸ならば、何か知っているに違いないのだ。
(なぜ、それを欲しがる? この姿を見たらそんなことは言えないだろう?)
『お前の周囲に淀んだ呪詛が見える。男を女とする強い呪詛が』
(……呪詛だけなら、なぜおやじ殿や涁がわからない? 適当なことを言うな)
『口の減らんガキだ。この呪詛はな、お前だけではない、その周囲の人間さえもかかってしまう。お前の傍に来るだけで、お前の元の姿は忘れられ今のその姿を本来のものと見る。本来は人を陥れ苦しめるだけの呪詛だが……』
(! どうしたら元に戻れるんだ?!)
『呪詛をかけた相手を消し去れば普通は消える。しかし、今のお前では無理だろう』
そこまで聞いて俺は再考した。ヤツを倒せば、太刀も戻り男にも戻れる。【男であった記憶】を失うとしても、倒すまでに力を借りなければいいだけだし、短時間であればそれ程でもないだろう。結局選択肢は一つしかなかった訳だ。
「おい、玲?! どうしたんだ?」
床を見ながら押し黙っている俺を不審に思ったのか、涁が声を掛けた。
「あ、いえ、取り引きの品を聞いていたんです」
『して、応ずるか否か?』
使う使わないは俺しか決められないのだ。俺は意を決し、深呼吸した。
「承知した。その代わり全力を尽くしてもらう」
『さて、これで約定は成した。吾は常にお前と一緒に居らねば肝心な時に力が出せんし、いただくこともできん。お前、左手を出せ』
確かに小太刀とは言え、刀を持って歩いては捕まりかねない。何をするのか分らなかったが、言われたとおりにした。すると。
「ああっ、入ってくるっ」
小太刀に左手をかざすと、鞘ごと小太刀が手の中に入ってきた。痛い訳ではなかったけれど、異物がぐいっぐいっと体内に入ってくる感覚など味わった事の無い俺にとって、それは思わず情けない声を上げてしまう程のものだった。おやじ殿も涁も固唾を飲んで見守っている。事の成り行きが分らないせいかも知れない。
「あ、あ、ぁん」
『そう艶っぽい声を出すな。こうすれば小太刀も吾もお前が願いさえすれば使えるのだからな』
時間にすれば二十秒程度だったろうか。魔封の小太刀は俺達の前から消え、俺の左手に住まう事になった。
退院したてで、こんなことになったからか、俺は体も心も疲れ切っていた。道場から涁に抱きかかえられるようにして出た。いつもは厳しいが、こんな時は必ず頼りになる。
「――何を要求されたんだ?」
徐に涁が聞いてきた。先を歩くおやじ殿もちらりと振り返った。興味津津というところだろう。
「あ、まぁ、えと、た、楽しい記憶です。楽しいのって尽きないから……いいかなと」
戸惑いながら言った答えを信じたのか、それ以上は聞かれなかった。心に引っかかった何かのせいで、俺は正直に話さなせなかった。その日、あまりにも疲れたせいか、引っかかりの正体を調べることはできなかった。
<つづく>
神社、と言っていいのかと思うくらい小さい社。その後ろには山がそびえる。その山の中には小さな祠があり、封魔の太刀が納められていた。社の近くに御厨の道場兼私邸があった。
その社に着くと、おやじ殿はそそくさと奥に行ってしまった。俺たちは言われた通り道場で待っていると、細長い木箱を持っておやじ殿が戻って来た。
「これが件の小太刀だ」
見れば何の装飾もない白鞘におさめられている。太刀と異なり、圧倒されるような凄みも触れたら切れてしまうような怖さもない。ただ、大きなお札が封印として貼られている。
涁が手を伸ばすが、あと数センチのところで固まってしまった。太刀と同じく小太刀も俺しか使えないのだろうか。
「玲、なかご」
おやじ殿が目釘抜きを渡しながら言った。小太刀を手に取ると太刀と同じ位の重量を感じた。
鞘を掴み両手に力を入れそこから抜き取る。中から現れた刀身は道場の光を反射させ、目が眩むように輝いている。しかし同時に、道場の温度が二三度下がった気がした。
目釘を抜き、柄尻を握りそのまま手首を拳で叩くと次第に緩み、ハバキがちゃりちゃりと音を立てた。そのハバキを掴み刀身を柄から引き出すとなかごが現れる。
すっかり分解した小太刀を床においた時、なかごから重く暗い空気がドッと俺たちを包んでいた。一気に緊張が高まり、イヤな感じの汗が滲んで来た。この感じは……そう、強力な魔が近くにいる時の感じだ。太刀をどうこうというより先に、この小太刀の封印を解いても良かったのか?
「おやじ殿、これは一体……?」
「静かに。今、分る」
窓から明かりが入っているにもかかわらず、一段と肌寒くなり暗い雰囲気になった――その時。
『吾は宝珠丸。封印を解いたのは誰か……? 御厨のものか?』
無気味な声が直接頭に響いた。その声で肌が泡立った。
「私は御厨第29代当主、東吾という。太刀のことで合力願いたい」
何かが小太刀に憑いている……涁も俺も顔を見合わせた。あろうことかおやじ殿はそいつに手伝わせようとしている!
俺はその危うい行為に口を挟もうと腰を上げかけた。しかし涁に手を捕まれ行動を制せられた。
『何をする?』
「それは……」
おやじ殿は太刀の盗まれた経緯を説明した。そして。
「封魔の太刀によって何故に魔が産まれるのか分らんが、その魔を封じ、太刀を奪還して貰いたい」
『満足いく見返りさえあれば、いかようにも合力しよう』
「いかなるモノでも構わん」
「ちょっと待って、おやじ殿」
あまりの事にとうとう口が動いていた。俺に取っては耳慣れない声が道場に響く。しかしこうなっては言わねばならない。
「小太刀の中になにものかが憑いているのは分った。これだけの妖気を出すんだから、それなりに力もあるんだろう。でも、封魔の太刀と同じような力があるとは思えない」
偽らざる気持ちだった。それに、あの賊は太刀、こちらは小太刀。実力差も加味すれば、悔しいが勝ち目がない。おまけに男から女になっている。一振りの小太刀が、基本的な身体能力もカバーしてくれるとは到底思えなかった。
『ふん、己の未熟な腕など俺の力でどうにでもなる』
心底見下した言い方に唇を咬んだ。
「玲、魔は魔の世界のものに任せるのがいいんだ。私たちはそれで人を救えばいい。それが商売として成り立てばもっといい。お前は私の言う事を聞いていればいいんだ」
言いたい事はあったが、それは言えなかった。全てが言い訳になりそうだ。
『……では今一度、取り引きだ。今回の使用者は誰か?』
おやじ殿も涁も俺を見た。俺も小さく手を挙げた。
『お前か……んん? お前……そうか、分った。吾は使用者の大切なモノを喰らうことで存在している。見たところ……お前はあまり物に対して執着心がないようだ。……よし、決めたぞ』
幼い時から封魔の太刀を使って生活しろと言われていた。普通の子どものように遊ぶようなことも無かったし、おもちゃを欲しがる事も無かった。
「ま、待て! 俺の家族、おやじ殿や涁の命と引換えにする気はないぞっ」
そう、大事なものと言えば、封魔の太刀と家族くらいのもの。太刀は盗まれ、残ったものは家族くらいしか想い至らなかった。俺は前もって制するために声をあげた。しかし、小太刀に憑いた魔の言葉は意外だった。
『お前の家族? そんなものはいらん。第一、ここには』
「宝珠丸っ家族でないなら何なんだ? 早く言ってみろ」
何か慌てた風でおやじ殿がヤツの言葉を遮った。涁の方を見ると、すっと視線を俺から外した。腑に落ちなかったけれど、家族以外の大事なものが気になって尋ねる事はしなかった。
『お前、聞こえるか? これよりお前とだけ話す。返事は考えるだけで良い』
おやじ殿と涁に一瞥をくれると、じっと小太刀を見据えている。聞こえている様子はないように思えた。しかしなぜ俺とだけ話をするんだろう?
聞こえる、と考えると宝珠丸が言った。
『お前が吾を使う度に、お前の【男であった記憶】をいただこうぞ』
俺はその言葉に驚いた。肉親ですら信じていなかった女性化。それをいくら強力な魔だとしても判るとは。
実を言えば入院中なぜ女になったのか考えていた。あの賊の言葉思い起こせば、何と無くヤツが関わっているに違いなかった。しかしもしそうだとすれば、人にこんなことはできない。ヤツは人外のものと言うことになる。ところがヤツは封魔の太刀を持って行った。人外のものなら太刀を持てない筈……。それに、女の体になったのが後天的ならば、なぜおやじ殿も涁も俺が男であったことを忘れているのか? 考えても明快な答えは出てこなかった。
意外なところに答えが見つかるかも知れない。こんなことを言い出す宝珠丸ならば、何か知っているに違いないのだ。
(なぜ、それを欲しがる? この姿を見たらそんなことは言えないだろう?)
『お前の周囲に淀んだ呪詛が見える。男を女とする強い呪詛が』
(……呪詛だけなら、なぜおやじ殿や涁がわからない? 適当なことを言うな)
『口の減らんガキだ。この呪詛はな、お前だけではない、その周囲の人間さえもかかってしまう。お前の傍に来るだけで、お前の元の姿は忘れられ今のその姿を本来のものと見る。本来は人を陥れ苦しめるだけの呪詛だが……』
(! どうしたら元に戻れるんだ?!)
『呪詛をかけた相手を消し去れば普通は消える。しかし、今のお前では無理だろう』
そこまで聞いて俺は再考した。ヤツを倒せば、太刀も戻り男にも戻れる。【男であった記憶】を失うとしても、倒すまでに力を借りなければいいだけだし、短時間であればそれ程でもないだろう。結局選択肢は一つしかなかった訳だ。
「おい、玲?! どうしたんだ?」
床を見ながら押し黙っている俺を不審に思ったのか、涁が声を掛けた。
「あ、いえ、取り引きの品を聞いていたんです」
『して、応ずるか否か?』
使う使わないは俺しか決められないのだ。俺は意を決し、深呼吸した。
「承知した。その代わり全力を尽くしてもらう」
『さて、これで約定は成した。吾は常にお前と一緒に居らねば肝心な時に力が出せんし、いただくこともできん。お前、左手を出せ』
確かに小太刀とは言え、刀を持って歩いては捕まりかねない。何をするのか分らなかったが、言われたとおりにした。すると。
「ああっ、入ってくるっ」
小太刀に左手をかざすと、鞘ごと小太刀が手の中に入ってきた。痛い訳ではなかったけれど、異物がぐいっぐいっと体内に入ってくる感覚など味わった事の無い俺にとって、それは思わず情けない声を上げてしまう程のものだった。おやじ殿も涁も固唾を飲んで見守っている。事の成り行きが分らないせいかも知れない。
「あ、あ、ぁん」
『そう艶っぽい声を出すな。こうすれば小太刀も吾もお前が願いさえすれば使えるのだからな』
時間にすれば二十秒程度だったろうか。魔封の小太刀は俺達の前から消え、俺の左手に住まう事になった。
退院したてで、こんなことになったからか、俺は体も心も疲れ切っていた。道場から涁に抱きかかえられるようにして出た。いつもは厳しいが、こんな時は必ず頼りになる。
「――何を要求されたんだ?」
徐に涁が聞いてきた。先を歩くおやじ殿もちらりと振り返った。興味津津というところだろう。
「あ、まぁ、えと、た、楽しい記憶です。楽しいのって尽きないから……いいかなと」
戸惑いながら言った答えを信じたのか、それ以上は聞かれなかった。心に引っかかった何かのせいで、俺は正直に話さなせなかった。その日、あまりにも疲れたせいか、引っかかりの正体を調べることはできなかった。
<つづく>
投稿TS小説 魔封の小太刀(1)
by.luci
『昔々あるところに、とても腕の良い刀鍛冶がいました。
ある日刀鍛冶は神託を得、魔を祓う太刀と小太刀を作り始めました。ところがこれに驚いた魔の者たちは、そんなものがあっては困ると刀鍛冶を殺す相談をしました。
けれども刀鍛冶には神がついています。魔の者たちは触れる事さえできません。色々考えた挙げ句、刀鍛冶の想い人を使うことを思い付きました。神の力のおよばない場所に誘き出そうと言うのです。
……斯くして、小太刀は完成しましたが、太刀は未完のまま刀鍛冶はこの世を去ってしまったのでした。』
* * * * * * * * * * * * * * * *
針葉樹林に囲まれた社。その付近から妖しい気配が漂っていた。良く見れば霧中に二つの影が近づき、そして離れ、澄んだ空気に鋼が当たる音が響いている。
全身黒尽くめの痩身の男が刀を構えている。その左手には黒漆の鞘を、そして右手には一振りの太刀を持ち、構えている。ギラリと光る刀身は寒気が走る程に美しかった。
「……貴様、なぜ『封魔の太刀』を持ち出す?」
そして対峙する男、御厨玲は、同じく真剣を中段に構え、少し左足を引き気味にしながら、大きく息を吐き問うた。真剣対真剣の勝負に五感はピリピリと周囲の気を感じ、じっとりと嫌な汗が身体中を舐めている。
「わしはこの太刀の力を一番知っている。これを仕上げ、この世の『魔』を支配する。そして」
痩身の男は静かに言ってのけた。余裕があるのか、構えようともしない。刀身をじっくりと鑑賞しながら玲との間合いを一寸刻みで縮めていく。
「あやつをもう一度封じてくれようぞ」
壱の太刀を浴びてから、玲の動きは極端に悪くなっていた。只浴びたと言っても太刀が触れた訳ではない。『封魔の太刀』は初太刀に『魔』の力を削ぐ能力を有していた。
(くそっ、力が…。一体どうなってるんだ?)
焦燥、そして恐怖。これまで玲が感じた事がない感情に、押しつぶされそうになってしまう。いつも『魔』を相手に『封魔の太刀』を振るってきた玲だったが、その刃が自分に向けられるとは思いもしなかった。それに、『魔』でもない自分が力を奪われるとも。
数日前から降る雨の影響で地盤がゆるみ、山の東側では地滑りが起る程だった。群生しているコケとシダが足元を悪くし、スニーカーを履いていた玲にとっても踏み込む際に滑らないように気を取られてしまう。条件は最悪だった。
玲はこれ以上の体力の消耗を嫌い、自ら攻めに転じようと、一気に間合いを詰める。しかし極度の緊張と焦燥でほんの一瞬、まさに刹那、踏み込む足が滑ってしまった。
「!」
霧を纏うように痩身の男が間合いを詰める。その手に握られた太刀の鋭い斬撃が玲の首筋を狙うと、銀色の光が残像を残し扇のように広がりつつ、いやにゆっくりと近づいてきた。玲は突きを見舞おうとしていた刀を返し、痩身の男の太刀を鍔元で受けた、はずだった。
「うッ、な?」
『封魔の太刀』はまるでカッターで紙を切るように、玲の持つ刀の刃を「切って」いた。「キィーン」と甲高い音が鳴り、刀が宙へ舞う。
太刀はそのまま玲の身体を切って行く、玲の足は止まり、身体をその大地の冷たさを感じていた。
「ははは。なんと無様な。御厨とも在ろう者が」
足元に佇む痩身の男は、玲を嘲笑しながら見下ろしていた。玲の身体から暖かい血が冷たい土へと吸い込まれて行く。三太刀目を浴びせようと男が振りかぶった。
「? お前は……はははっ、なんと狭いものか?! わしを覚えておらんのか? 己が何者かも思い出しもせんのか!」
出血で次第に意識が朦朧としてくる玲の耳に、聞きなれない言葉が届いていた。男が何かを唱えている。
「………。ふん、これでお前は……。……………己が何者か、思い出した上で殺してくれるわ。目が覚めたら己が姿をとくと見よ」
それが薄れていく意識の中で玲が聞いた最後の言葉だった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
うっすらと回りに人の気配がした。次第に焦点が合ってくると、そこにはおやじ殿と涁がいた。
「玲! 気がついたか?!」
「!!!」
おやじ殿の声に身を起こそうとした途端、身体に激痛が走った。
「無茶はするな。今は安静にしていろ。あぁあぁ、太刀の事は後からでいい」
「……お前さ、俺がサポートに行くまで待たないからこんな事になんだよ」
心配そうなおやじ殿と比べ、我が兄は痛いところを突いてくる。
分ってはいたんだ。封魔の太刀を持ち出した事で、普通の相手ではない事を。しかしあの時は……。
「何、文句があんの? ったく、女がこんなキズ作ったら嫁の貰い手が無くなるっつの」
文句は色々あるが。それより、涁、今なんて言った?……女? 誰が?
「涁、今、なんて? あ? 声?」
声が明らかに俺のではなく、高い? そう思って自分の手だというのに重く感じる手を挙げ、のど元をさすった。のど仏が無い。俺だって二十歳前とは言え男だ。のど仏くらい出ている、いや、出ていた。それが無い。
出血のために血の気の無い顔が、もっと青くなっていたに違いない。俺は身体のあちこちをのろのろと、探った。
……上に二つ、無いものがあった。下に、あるものが無かった。
「お、おやじ殿っ、しん! 俺、俺、女に!」
痛みも一切構わず、あらん限りの力を振り絞りおやじ殿と_の腕を掴んで、叫んだ。けれど、二人は顔を見合わせて眉間に皺を寄せただけ。
「だから、男なのに、身体が、女になってるっ」
「お前、大丈夫か? 元々女だろうが」
いつでも俺に厳しく接して来た双子の兄だった筈の_は、いつにも増して冷ややかに言った。
そして、俺の混乱をよそに、その日を境に俺の環境は一変したのだった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「はぁ……」
不必要な溜め息を吐いたのはこの数週間で何度目だろう? 抗生物質の点滴と尿道へ直接刺さっていた管のせいと、刀傷のために起き上がれなかった時には、そんなに違和感はなかった。看護士との会話の時だけ、その声が耳に入った場合に感じたくらいだ。
しかしこうして洗面所の鏡の前に立つとその変わりっぷりに戸惑ってしまう。短かく刈り込んでいた髪は長くまっすぐに背中に達し、細い眉は三日月のように形良く、ちょっと気の強そうな目には長い睫が反り返って鳶色の瞳を守っている。鼻筋は通り高からず低からず、唇はほんの少しふっくらとしている。そして、洗面台が高い……と言うより今の背が低いのか……。やっとシャワーの許可が下りた時には、色んな意味で痛かった。その体型が……。
どう考えても別人にしか映らないはずなのに……この姿を「玲」だと言う。俺が知っている「玲」の姿とは大違いだというのに。おやじ殿にも涁にも何度も言ったが、結局頭部のMRIを撮られるにいたっただけだった。
「はぁ……」
その時の事を考えるとまた溜め息が。「男だ」と言えばおやじ殿も涁もハモって「お前は女の子だ」と言われ、「俺」と言えば涁に小突かれた。涁が何度も「わたしと言え」と強要してきたから、一人称を「玲」として使い始めたが、涁には「似合わないからやめろ」と言われるに至っている。
誰にも信用されないと、自分が間違っていたのかと思ってしまう。ましてや、自分以外の事柄は、全て記憶にある通りなのだから。
俺が守れなかった魔封の太刀は、入院中色々と事件を起こして各地を巡っているようだった。勿論、刀による殺傷事件ではなく、封印していた魔を次々と解放してそれが人々に憑き事故や事件を引き起こしていた。
涁からその様子を聞く度に、ベッドで苦々しく思って来たが、今日それが解消される。退院だ。これでヤツを追える。
パジャマのボタンを外すと、ささやかに出っ張っている乳房が見えた。毎度の事とはいいながら、慣れない。しかしこれは「房」とは言い辛い……。肩口の傷跡を見ながら、シャツに手を伸ばした。
「玲、迎えに……全然成長してないな。でもわたしは構わないぞ。そういうのも好きだからな。しかしブラはしなさい。少しはごまかせるから。あ、着替え続けて続けて」
頭からシャツを被っただけの、上半身裸の状態の時、おやじ殿が扉を開けてカーテンの脇から顔を覗かせた。俺は元来男だから、男に裸を見られても構わない、が、おやじ殿は女の子だと認識している筈。この状況は明らかにおかしいのではないか?
「……おやじ殿。出てってください」
「イヤ玲。可愛いお前の着替えも手伝わないと」
「普通は手伝いません! 出て行かないならせめてカーテン閉めてください!」
大声で言うなり手近なものを投げ付けたが、おやじ殿は怯む事無く指先で摘むように受けた。
「減るもんじゃなし、いいと思うんだが」
いかにも不承不承という感じでおやじ殿は出て行った。
「……はぁ……」
これから何度くらい溜め息がでるのだろう。
着替えを済ませ一通り病室を片づけ、お世話になった看護士さん達に挨拶し、おやじ殿を回収し階下へ降りて行くと_が車の前で待っていた。
何やら_とおやじ殿がどちらが運転するかで揉めていたが、結局涁が運転席へ、俺とおやじ殿が後部座席へ座った。おやじ殿は俺の足を見てスカートがどうのと小声で言っていたが、それは敢えて無視した。スカートなんて誰が穿くか。そんな事より大事な事がある。
「……太刀の行方、どうなってますか」
入院中の情報は、二人が俺に気を使ったのか、殆ど貰えなかった。だからニュースがある度に封魔の太刀が使われたせいだと、自分の失態を呪っていた。
「大まかには分ってるんだ。でもな、解き放たれた魔をどうやって倒して封じるのか問題もあるし、おまけに太刀と正面から戦えるかどうか」
ルームミラーで俺を覗き見ながら、涁が頭を掻きながら言った。その目の下にはクマが出て、ここ最近の苦労を物語っていた。
「正直、手を拱いてる感じだ、なぁおやじ」
「いや、拱いてるのは涁だけ。方法はあるんだよ、玲。(問題もあるんだけど)」
その方法を知っているのは俺だけだとでも言わんばかりに、おやじ殿は笑みを浮かべ俺の肩を抱き寄せた。……おやじ殿ってこんな人だっただろうか?
「それってどんな方法なんですか?」
おやじ殿の手をどかし、少しドア側に腰を移動させつつ尋ねた。涁も聞かされていなかった事に腹を立てているのか、むすっとしながら視線を投げ付けた。
「御神刀は封魔の太刀だけじゃあない。実はもう一振り、小太刀がある。二振りとも同じ人物の作だと言い伝えられててな。力も太刀と同じ位あるらしい。実際使った事もないし、真偽は分らんが」
「初めて聞いたな。俺にも使えるのか?」
「知らん。使った事がないって言ったろうが」
涁は何か言いかけたが、そのまま黙って運転に集中していた。
<つづく>
『昔々あるところに、とても腕の良い刀鍛冶がいました。
ある日刀鍛冶は神託を得、魔を祓う太刀と小太刀を作り始めました。ところがこれに驚いた魔の者たちは、そんなものがあっては困ると刀鍛冶を殺す相談をしました。
けれども刀鍛冶には神がついています。魔の者たちは触れる事さえできません。色々考えた挙げ句、刀鍛冶の想い人を使うことを思い付きました。神の力のおよばない場所に誘き出そうと言うのです。
……斯くして、小太刀は完成しましたが、太刀は未完のまま刀鍛冶はこの世を去ってしまったのでした。』
* * * * * * * * * * * * * * * *
針葉樹林に囲まれた社。その付近から妖しい気配が漂っていた。良く見れば霧中に二つの影が近づき、そして離れ、澄んだ空気に鋼が当たる音が響いている。
全身黒尽くめの痩身の男が刀を構えている。その左手には黒漆の鞘を、そして右手には一振りの太刀を持ち、構えている。ギラリと光る刀身は寒気が走る程に美しかった。
「……貴様、なぜ『封魔の太刀』を持ち出す?」
そして対峙する男、御厨玲は、同じく真剣を中段に構え、少し左足を引き気味にしながら、大きく息を吐き問うた。真剣対真剣の勝負に五感はピリピリと周囲の気を感じ、じっとりと嫌な汗が身体中を舐めている。
「わしはこの太刀の力を一番知っている。これを仕上げ、この世の『魔』を支配する。そして」
痩身の男は静かに言ってのけた。余裕があるのか、構えようともしない。刀身をじっくりと鑑賞しながら玲との間合いを一寸刻みで縮めていく。
「あやつをもう一度封じてくれようぞ」
壱の太刀を浴びてから、玲の動きは極端に悪くなっていた。只浴びたと言っても太刀が触れた訳ではない。『封魔の太刀』は初太刀に『魔』の力を削ぐ能力を有していた。
(くそっ、力が…。一体どうなってるんだ?)
焦燥、そして恐怖。これまで玲が感じた事がない感情に、押しつぶされそうになってしまう。いつも『魔』を相手に『封魔の太刀』を振るってきた玲だったが、その刃が自分に向けられるとは思いもしなかった。それに、『魔』でもない自分が力を奪われるとも。
数日前から降る雨の影響で地盤がゆるみ、山の東側では地滑りが起る程だった。群生しているコケとシダが足元を悪くし、スニーカーを履いていた玲にとっても踏み込む際に滑らないように気を取られてしまう。条件は最悪だった。
玲はこれ以上の体力の消耗を嫌い、自ら攻めに転じようと、一気に間合いを詰める。しかし極度の緊張と焦燥でほんの一瞬、まさに刹那、踏み込む足が滑ってしまった。
「!」
霧を纏うように痩身の男が間合いを詰める。その手に握られた太刀の鋭い斬撃が玲の首筋を狙うと、銀色の光が残像を残し扇のように広がりつつ、いやにゆっくりと近づいてきた。玲は突きを見舞おうとしていた刀を返し、痩身の男の太刀を鍔元で受けた、はずだった。
「うッ、な?」
『封魔の太刀』はまるでカッターで紙を切るように、玲の持つ刀の刃を「切って」いた。「キィーン」と甲高い音が鳴り、刀が宙へ舞う。
太刀はそのまま玲の身体を切って行く、玲の足は止まり、身体をその大地の冷たさを感じていた。
「ははは。なんと無様な。御厨とも在ろう者が」
足元に佇む痩身の男は、玲を嘲笑しながら見下ろしていた。玲の身体から暖かい血が冷たい土へと吸い込まれて行く。三太刀目を浴びせようと男が振りかぶった。
「? お前は……はははっ、なんと狭いものか?! わしを覚えておらんのか? 己が何者かも思い出しもせんのか!」
出血で次第に意識が朦朧としてくる玲の耳に、聞きなれない言葉が届いていた。男が何かを唱えている。
「………。ふん、これでお前は……。……………己が何者か、思い出した上で殺してくれるわ。目が覚めたら己が姿をとくと見よ」
それが薄れていく意識の中で玲が聞いた最後の言葉だった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
うっすらと回りに人の気配がした。次第に焦点が合ってくると、そこにはおやじ殿と涁がいた。
「玲! 気がついたか?!」
「!!!」
おやじ殿の声に身を起こそうとした途端、身体に激痛が走った。
「無茶はするな。今は安静にしていろ。あぁあぁ、太刀の事は後からでいい」
「……お前さ、俺がサポートに行くまで待たないからこんな事になんだよ」
心配そうなおやじ殿と比べ、我が兄は痛いところを突いてくる。
分ってはいたんだ。封魔の太刀を持ち出した事で、普通の相手ではない事を。しかしあの時は……。
「何、文句があんの? ったく、女がこんなキズ作ったら嫁の貰い手が無くなるっつの」
文句は色々あるが。それより、涁、今なんて言った?……女? 誰が?
「涁、今、なんて? あ? 声?」
声が明らかに俺のではなく、高い? そう思って自分の手だというのに重く感じる手を挙げ、のど元をさすった。のど仏が無い。俺だって二十歳前とは言え男だ。のど仏くらい出ている、いや、出ていた。それが無い。
出血のために血の気の無い顔が、もっと青くなっていたに違いない。俺は身体のあちこちをのろのろと、探った。
……上に二つ、無いものがあった。下に、あるものが無かった。
「お、おやじ殿っ、しん! 俺、俺、女に!」
痛みも一切構わず、あらん限りの力を振り絞りおやじ殿と_の腕を掴んで、叫んだ。けれど、二人は顔を見合わせて眉間に皺を寄せただけ。
「だから、男なのに、身体が、女になってるっ」
「お前、大丈夫か? 元々女だろうが」
いつでも俺に厳しく接して来た双子の兄だった筈の_は、いつにも増して冷ややかに言った。
そして、俺の混乱をよそに、その日を境に俺の環境は一変したのだった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「はぁ……」
不必要な溜め息を吐いたのはこの数週間で何度目だろう? 抗生物質の点滴と尿道へ直接刺さっていた管のせいと、刀傷のために起き上がれなかった時には、そんなに違和感はなかった。看護士との会話の時だけ、その声が耳に入った場合に感じたくらいだ。
しかしこうして洗面所の鏡の前に立つとその変わりっぷりに戸惑ってしまう。短かく刈り込んでいた髪は長くまっすぐに背中に達し、細い眉は三日月のように形良く、ちょっと気の強そうな目には長い睫が反り返って鳶色の瞳を守っている。鼻筋は通り高からず低からず、唇はほんの少しふっくらとしている。そして、洗面台が高い……と言うより今の背が低いのか……。やっとシャワーの許可が下りた時には、色んな意味で痛かった。その体型が……。
どう考えても別人にしか映らないはずなのに……この姿を「玲」だと言う。俺が知っている「玲」の姿とは大違いだというのに。おやじ殿にも涁にも何度も言ったが、結局頭部のMRIを撮られるにいたっただけだった。
「はぁ……」
その時の事を考えるとまた溜め息が。「男だ」と言えばおやじ殿も涁もハモって「お前は女の子だ」と言われ、「俺」と言えば涁に小突かれた。涁が何度も「わたしと言え」と強要してきたから、一人称を「玲」として使い始めたが、涁には「似合わないからやめろ」と言われるに至っている。
誰にも信用されないと、自分が間違っていたのかと思ってしまう。ましてや、自分以外の事柄は、全て記憶にある通りなのだから。
俺が守れなかった魔封の太刀は、入院中色々と事件を起こして各地を巡っているようだった。勿論、刀による殺傷事件ではなく、封印していた魔を次々と解放してそれが人々に憑き事故や事件を引き起こしていた。
涁からその様子を聞く度に、ベッドで苦々しく思って来たが、今日それが解消される。退院だ。これでヤツを追える。
パジャマのボタンを外すと、ささやかに出っ張っている乳房が見えた。毎度の事とはいいながら、慣れない。しかしこれは「房」とは言い辛い……。肩口の傷跡を見ながら、シャツに手を伸ばした。
「玲、迎えに……全然成長してないな。でもわたしは構わないぞ。そういうのも好きだからな。しかしブラはしなさい。少しはごまかせるから。あ、着替え続けて続けて」
頭からシャツを被っただけの、上半身裸の状態の時、おやじ殿が扉を開けてカーテンの脇から顔を覗かせた。俺は元来男だから、男に裸を見られても構わない、が、おやじ殿は女の子だと認識している筈。この状況は明らかにおかしいのではないか?
「……おやじ殿。出てってください」
「イヤ玲。可愛いお前の着替えも手伝わないと」
「普通は手伝いません! 出て行かないならせめてカーテン閉めてください!」
大声で言うなり手近なものを投げ付けたが、おやじ殿は怯む事無く指先で摘むように受けた。
「減るもんじゃなし、いいと思うんだが」
いかにも不承不承という感じでおやじ殿は出て行った。
「……はぁ……」
これから何度くらい溜め息がでるのだろう。
着替えを済ませ一通り病室を片づけ、お世話になった看護士さん達に挨拶し、おやじ殿を回収し階下へ降りて行くと_が車の前で待っていた。
何やら_とおやじ殿がどちらが運転するかで揉めていたが、結局涁が運転席へ、俺とおやじ殿が後部座席へ座った。おやじ殿は俺の足を見てスカートがどうのと小声で言っていたが、それは敢えて無視した。スカートなんて誰が穿くか。そんな事より大事な事がある。
「……太刀の行方、どうなってますか」
入院中の情報は、二人が俺に気を使ったのか、殆ど貰えなかった。だからニュースがある度に封魔の太刀が使われたせいだと、自分の失態を呪っていた。
「大まかには分ってるんだ。でもな、解き放たれた魔をどうやって倒して封じるのか問題もあるし、おまけに太刀と正面から戦えるかどうか」
ルームミラーで俺を覗き見ながら、涁が頭を掻きながら言った。その目の下にはクマが出て、ここ最近の苦労を物語っていた。
「正直、手を拱いてる感じだ、なぁおやじ」
「いや、拱いてるのは涁だけ。方法はあるんだよ、玲。(問題もあるんだけど)」
その方法を知っているのは俺だけだとでも言わんばかりに、おやじ殿は笑みを浮かべ俺の肩を抱き寄せた。……おやじ殿ってこんな人だっただろうか?
「それってどんな方法なんですか?」
おやじ殿の手をどかし、少しドア側に腰を移動させつつ尋ねた。涁も聞かされていなかった事に腹を立てているのか、むすっとしながら視線を投げ付けた。
「御神刀は封魔の太刀だけじゃあない。実はもう一振り、小太刀がある。二振りとも同じ人物の作だと言い伝えられててな。力も太刀と同じ位あるらしい。実際使った事もないし、真偽は分らんが」
「初めて聞いたな。俺にも使えるのか?」
「知らん。使った事がないって言ったろうが」
涁は何か言いかけたが、そのまま黙って運転に集中していた。
<つづく>
投稿TS小説第141番 Blood Line (73)(21禁) <最終回>
(ひゃ、ぅあ、あんんンッ?!)
手も添えず、何も言わず高野は勃起をリサに一気に根本まで突き立てた。その怒張に串刺しにされたリサは背を反らし、口を開けたままぷるぷると震えてしまう。
「どうだ? 自分の置かれている状況が解ってきたか。挿入されただけでもイキそうだったんじゃないのか。ゲーム終了だが」
リサの目の前でテーザーを振った。我に返ったリサは唇を噛み締め首を横に振る。
(イッ……てない。我慢しなくちゃ。我慢しなくちゃ。我慢、ふああっやっ?!)
大きなストロークで高野が抜き挿しを始めた。目も眩むような快美感が立て続けにリサを遅う。より奥深く突き込めるように、高野に丸い尻を掴まれただけでゾクゾクし、自分の意志とは関係なく、肉洞はきゅきゅっと高野を締め上げてしまった。
「随分と感じさせてくれるが、敵だと思っている男に犯される気分はどうだ?」
薬のせいなのか、これまで味わった事の無い快感がリサの思考をドロドロに溶かしてしまっていた。嫌だと思う心さえ肉の悦びが塗り込めてしまう。
(はぅっ、クゥ、やっんあっ、ああぁん)
歓喜は次第に陶酔へと代わっていく。高野が動く度に大量の汁が掻き出され内腿を伝わってショーツに染みを作っていった。ぎゅっと机の縁を掴み、耐えようとした。抜き出されると肉襞が擦られ快感と共に喪失感が生じ、それを埋めようとリサの腰は無意識に高野を追いかけ突き出される。そこへ高野が腰を思い切りぶつけていく。みっちりと膣肉に満たされる野太い感触がリサの意識を飛ばそうとする。
何度も何度も、イキそうになるのに、その度に高野は抽送を止めてしまう。生殺しだった。そして「もうイキたい」とリサが思っていた事を思い出させていた。まるで「お前は肉に溺れて人を見殺しにしようとしている」と言わんばかりに。
再び腰を降り始めた高野が口を開いた。
「ん、 膣内は柔らかいし締まりが絶妙だな。やはり近親者は相性がいいと言うことか」
手も添えず、何も言わず高野は勃起をリサに一気に根本まで突き立てた。その怒張に串刺しにされたリサは背を反らし、口を開けたままぷるぷると震えてしまう。
「どうだ? 自分の置かれている状況が解ってきたか。挿入されただけでもイキそうだったんじゃないのか。ゲーム終了だが」
リサの目の前でテーザーを振った。我に返ったリサは唇を噛み締め首を横に振る。
(イッ……てない。我慢しなくちゃ。我慢しなくちゃ。我慢、ふああっやっ?!)
大きなストロークで高野が抜き挿しを始めた。目も眩むような快美感が立て続けにリサを遅う。より奥深く突き込めるように、高野に丸い尻を掴まれただけでゾクゾクし、自分の意志とは関係なく、肉洞はきゅきゅっと高野を締め上げてしまった。
「随分と感じさせてくれるが、敵だと思っている男に犯される気分はどうだ?」
薬のせいなのか、これまで味わった事の無い快感がリサの思考をドロドロに溶かしてしまっていた。嫌だと思う心さえ肉の悦びが塗り込めてしまう。
(はぅっ、クゥ、やっんあっ、ああぁん)
歓喜は次第に陶酔へと代わっていく。高野が動く度に大量の汁が掻き出され内腿を伝わってショーツに染みを作っていった。ぎゅっと机の縁を掴み、耐えようとした。抜き出されると肉襞が擦られ快感と共に喪失感が生じ、それを埋めようとリサの腰は無意識に高野を追いかけ突き出される。そこへ高野が腰を思い切りぶつけていく。みっちりと膣肉に満たされる野太い感触がリサの意識を飛ばそうとする。
何度も何度も、イキそうになるのに、その度に高野は抽送を止めてしまう。生殺しだった。そして「もうイキたい」とリサが思っていた事を思い出させていた。まるで「お前は肉に溺れて人を見殺しにしようとしている」と言わんばかりに。
再び腰を降り始めた高野が口を開いた。
「ん、 膣内は柔らかいし締まりが絶妙だな。やはり近親者は相性がいいと言うことか」
投稿TS小説第141番 Blood Line (72)(21禁)
マガジンが空になり銃撃が鳴りやんだ。その隙にリサは自分の身体の元へ一気にテレポートした。武石とその後ろにいた先生達の間に。
「捕まえろ!」
「こっちにいるぞ」
「どけぇ!」
各々の感情そのままに行動する先生達に紛れ、SPがリサの髪や腕を掴む。それに構わずリサは武石がマガジンを替える手を掴み、相手の意識の中へ集中した。リサの中に大量の想いが流れ込んでくる。
真っ黒な中に銀色の長い髪を持った少女がいた。丁度貴子位の年齢だろうか。その娘に次々と手が伸びて来てその身体をまさぐっていく。その気持の悪い感触がリサにも伝わっていく。嫌がる少女にお構いなしの手は様々な器具を持って嬲る。そして四肢をベッドに固定され頭にはヘルメットのような装置を据えられつつ全裸にされた。
(これは……璃紗さんの過去?)
銀の髪と異様に白い身体に紅い瞳。疑いようがなかった。尚も流れ込む情景は、まるでリサも体験しているような気分になり胸が悪くなりそうだ。全裸にされた少女に、大人の男が覆い被さっていく。次に何が起こるのか、リサが考えるまでもなかった。自分の手首程もありそうなペニスが、全く潤っていない少女の中にねじ込まれて行く。リサと璃紗の同調した思考は、リサに自分が体験している感覚をもたらしていた。
そんな場面が少女から大人の女性になるまで、何度も続いていく。「能力開発」という名の下に。「実験動物」「穴」と蔑まされ人としての尊厳さえ与えられなかった璃紗の人生。「なぜあたしが?」そう問う少女の声は、やがて能力者である自分を呪う言葉になり、ついにはそれを利用しようとする人間と能力者それ自体の存在への呪詛になっていた。
「人の心を覗くなああっ!」
喧噪の中、少年の声が響く。憎悪に燃える過去の自分の瞳が、今の己を捕らえていた。目の前の自分は璃紗だった。それが解ったと言うのにリサは驚喜することも出来ず、SPや数人の先生達に引き離された。
「だから嫌なんだっ、デリカシーの欠片もない、実験動物のクセにっ! 能力者なんて消えて無くなれっ!」
装填を終え銃口を向けた。至近距離でマズルフラッシュが煌めく。その瞬間、リサは再度テレポートした。めくらめっぽうの銃撃はSPも先生も薙ぎ倒した。
「気でも狂ったか、皆川!」
突然の凶行に驚いた大塚が叫びながら近づく。しかし璃紗の指はトリガーから離れず、自分を中心に弧を描くように撃ち続けた。270度も回ると丁度元の位置に戻ったリサが正面にいた。璃紗の周囲には死屍累々と倒れ伏し、大塚もその中にいた。
『璃紗さん、僕が解らないの?!』
「……その姿が嫌い。ちょっと違うだけなのに、なんでこんなに苦しまなくちゃいけないんだよ。高野がいなくなれば、能力者がいなくなれば、あんたがいなくなれば、新しい人生が拓けるの!」
お互いの境遇を憂い、気に掛けてくれた優しい璃紗の面影はそこに無かった。今あるのは、全ての憎しみと殺意を自分に向けている「武石幹彦」しか見えない。
執拗に銃弾がリサを狙う。狭い室内では身を隠そうとしてもその隙間は無かった。リサは狼狽えながら右へ左へと辛うじて銃弾を避けていく。これまでのようにトリガーを引く指を切ったり折ったりすれば攻撃は止むだろう。けれど、それをすれば璃紗の憎悪は益々大きくなるだけだ。
「捕まえろ!」
「こっちにいるぞ」
「どけぇ!」
各々の感情そのままに行動する先生達に紛れ、SPがリサの髪や腕を掴む。それに構わずリサは武石がマガジンを替える手を掴み、相手の意識の中へ集中した。リサの中に大量の想いが流れ込んでくる。
真っ黒な中に銀色の長い髪を持った少女がいた。丁度貴子位の年齢だろうか。その娘に次々と手が伸びて来てその身体をまさぐっていく。その気持の悪い感触がリサにも伝わっていく。嫌がる少女にお構いなしの手は様々な器具を持って嬲る。そして四肢をベッドに固定され頭にはヘルメットのような装置を据えられつつ全裸にされた。
(これは……璃紗さんの過去?)
銀の髪と異様に白い身体に紅い瞳。疑いようがなかった。尚も流れ込む情景は、まるでリサも体験しているような気分になり胸が悪くなりそうだ。全裸にされた少女に、大人の男が覆い被さっていく。次に何が起こるのか、リサが考えるまでもなかった。自分の手首程もありそうなペニスが、全く潤っていない少女の中にねじ込まれて行く。リサと璃紗の同調した思考は、リサに自分が体験している感覚をもたらしていた。
そんな場面が少女から大人の女性になるまで、何度も続いていく。「能力開発」という名の下に。「実験動物」「穴」と蔑まされ人としての尊厳さえ与えられなかった璃紗の人生。「なぜあたしが?」そう問う少女の声は、やがて能力者である自分を呪う言葉になり、ついにはそれを利用しようとする人間と能力者それ自体の存在への呪詛になっていた。
「人の心を覗くなああっ!」
喧噪の中、少年の声が響く。憎悪に燃える過去の自分の瞳が、今の己を捕らえていた。目の前の自分は璃紗だった。それが解ったと言うのにリサは驚喜することも出来ず、SPや数人の先生達に引き離された。
「だから嫌なんだっ、デリカシーの欠片もない、実験動物のクセにっ! 能力者なんて消えて無くなれっ!」
装填を終え銃口を向けた。至近距離でマズルフラッシュが煌めく。その瞬間、リサは再度テレポートした。めくらめっぽうの銃撃はSPも先生も薙ぎ倒した。
「気でも狂ったか、皆川!」
突然の凶行に驚いた大塚が叫びながら近づく。しかし璃紗の指はトリガーから離れず、自分を中心に弧を描くように撃ち続けた。270度も回ると丁度元の位置に戻ったリサが正面にいた。璃紗の周囲には死屍累々と倒れ伏し、大塚もその中にいた。
『璃紗さん、僕が解らないの?!』
「……その姿が嫌い。ちょっと違うだけなのに、なんでこんなに苦しまなくちゃいけないんだよ。高野がいなくなれば、能力者がいなくなれば、あんたがいなくなれば、新しい人生が拓けるの!」
お互いの境遇を憂い、気に掛けてくれた優しい璃紗の面影はそこに無かった。今あるのは、全ての憎しみと殺意を自分に向けている「武石幹彦」しか見えない。
執拗に銃弾がリサを狙う。狭い室内では身を隠そうとしてもその隙間は無かった。リサは狼狽えながら右へ左へと辛うじて銃弾を避けていく。これまでのようにトリガーを引く指を切ったり折ったりすれば攻撃は止むだろう。けれど、それをすれば璃紗の憎悪は益々大きくなるだけだ。
投稿TS小説第141番 Blood Line (71)(21禁)
微かなショックとともに扉が開く。冷たい印象の薄暗い廊下が正面に延び、その奥に扉がある。扉の両脇には警備が二人、サブマシンガンを携えて立っている。その間を通り大塚と武石は室内に入った。
室内には大塚より年配の男達十名が長く伸びたテーブルに付いている。その二十の瞳が一斉に二人に浴びせられた。
「先生方、お待たせして申し訳ございません」
「おお、大塚君。ま、座りたまえ」
そのグループのリーダーなのか、扉側とは反対の上座の席に座した、禿げ上がった頭を横から持ってきた白髪で隠した初老の男が声を掛けた。言葉とは裏腹に男の視線は二人を射抜く程に鋭い。恐縮し背を丸めて席に着く大塚を後目に、武石は飄々とイスに座った。
「これで揃ったな。始めよう。菊永君」
「…… 国内に残った殺傷能力のある能力者は、把握している範囲で一名を残すのみとなっています。故長谷川氏所有の島にいた能力者達は、一昨日、高野により排除されております。ただし当の高野の行方は解っておりません。危惧されるのは高野が情報をマスコミに流す事ですが、これはマスコミ各社に協力していただいているため心配には及びません。今後、我々の採る方向ですが、まずは高野の確保となるかと思われます」
菊永と呼ばれた四十台の男が、初老の男に向かって一礼した後、現状を坦々と語った。大塚、武石以外の八名は腕組みをしたり目を瞑ったり書類に目を通したりしていた。
「大塚君」
「は、はい」
初老の男が顎に手をやりながら呼びかけた。大塚は大粒の汗をハンカチで拭う。
「解っていると思うが、高野が持つ情報が外に漏れては国家の一大事だ。黙らせなくてはいけない」
「はい、解っております。ですから全力を持って」
「そう。それからね。今回の一件は我々には全く関係の無い事だ。君が立案し実行に移したものだ。我々の名前も出されたら有権者の皆様に顔向けできん」
暗に切り捨てると言っているようなものだったが、大塚は頷いていた。
「万が一、明るみに出た場合、身の処し方は解っているだろうね」
「……も、勿論、です」
緊張で喉が乾いたのか、大塚の声は掠れ震えていた。初老の男は大塚の答えを満面の笑みで受け取った。
「皆さんもお聞きの通り、大塚君は我々の意向を汲み取ってくれましたよ。さて、ここで大塚君からの今後の提案ですがね」
自分の言葉ではなく、あくまでも大塚の提案である事を強調しつつ、男は先を続けた。
「高野を確保、などと甘い事ではダメだと言う事なので、ここはどうでしょう、見つけ次第『処分』ということで。で、いいんだよな、大塚君」
大塚に残された返答は肯定しか無かった。
「ま、これが何事も無く処理出来れば、大塚君も本当に我々の一員となれるんだから。気合いを入れて頑張って欲しいものだね」
再び、今度は全ての視線が大塚へと集まっていた。大塚は小声で何事が呟いていたが、横にいる武石の耳にも聞こえなかった。
室内には大塚より年配の男達十名が長く伸びたテーブルに付いている。その二十の瞳が一斉に二人に浴びせられた。
「先生方、お待たせして申し訳ございません」
「おお、大塚君。ま、座りたまえ」
そのグループのリーダーなのか、扉側とは反対の上座の席に座した、禿げ上がった頭を横から持ってきた白髪で隠した初老の男が声を掛けた。言葉とは裏腹に男の視線は二人を射抜く程に鋭い。恐縮し背を丸めて席に着く大塚を後目に、武石は飄々とイスに座った。
「これで揃ったな。始めよう。菊永君」
「…… 国内に残った殺傷能力のある能力者は、把握している範囲で一名を残すのみとなっています。故長谷川氏所有の島にいた能力者達は、一昨日、高野により排除されております。ただし当の高野の行方は解っておりません。危惧されるのは高野が情報をマスコミに流す事ですが、これはマスコミ各社に協力していただいているため心配には及びません。今後、我々の採る方向ですが、まずは高野の確保となるかと思われます」
菊永と呼ばれた四十台の男が、初老の男に向かって一礼した後、現状を坦々と語った。大塚、武石以外の八名は腕組みをしたり目を瞑ったり書類に目を通したりしていた。
「大塚君」
「は、はい」
初老の男が顎に手をやりながら呼びかけた。大塚は大粒の汗をハンカチで拭う。
「解っていると思うが、高野が持つ情報が外に漏れては国家の一大事だ。黙らせなくてはいけない」
「はい、解っております。ですから全力を持って」
「そう。それからね。今回の一件は我々には全く関係の無い事だ。君が立案し実行に移したものだ。我々の名前も出されたら有権者の皆様に顔向けできん」
暗に切り捨てると言っているようなものだったが、大塚は頷いていた。
「万が一、明るみに出た場合、身の処し方は解っているだろうね」
「……も、勿論、です」
緊張で喉が乾いたのか、大塚の声は掠れ震えていた。初老の男は大塚の答えを満面の笑みで受け取った。
「皆さんもお聞きの通り、大塚君は我々の意向を汲み取ってくれましたよ。さて、ここで大塚君からの今後の提案ですがね」
自分の言葉ではなく、あくまでも大塚の提案である事を強調しつつ、男は先を続けた。
「高野を確保、などと甘い事ではダメだと言う事なので、ここはどうでしょう、見つけ次第『処分』ということで。で、いいんだよな、大塚君」
大塚に残された返答は肯定しか無かった。
「ま、これが何事も無く処理出来れば、大塚君も本当に我々の一員となれるんだから。気合いを入れて頑張って欲しいものだね」
再び、今度は全ての視線が大塚へと集まっていた。大塚は小声で何事が呟いていたが、横にいる武石の耳にも聞こえなかった。
投稿TS小説第141番 Blood Line (70)(21禁)
* * * * 再会 * * * * *
コンピューターと人が発する熱で暑い位になっている室内には、数十のモニターが並んでいる。制服を着込んだ男達がインカム越しに流れる情報とモニターをチェックしつつ、背後に立っている五十台がらみの恰幅の良い男と、この場に似つかわしくない十代の少年に逐一報告をしていた。
「島内の能力者は全て死亡しています」
「こちらの情報にない人物の死体が数名分あるようです」
「逃亡したと見られるヘリがレーダー圏外に入った模様。着陸地点の予想範囲を出します」
「……今、大きな能力反応がありました」
「三名、生命反応ありません」
通常であれば隊員が見ている映像が映っている筈のモニターはブラックアウトし、フラットラインとなった心拍表示のみを映す三つのモニター示しながら、一人のオペレーターが二人を振り返った。
「なかなか手強いガキだな。手練れをこうも簡単にとは」
傍らに立つ少年に冷たい視線を送りながらひとりごちる。少年はその視線の意味を知ってか知らずか、そちらに顔を向けず答えた。
「化け物と言っても所詮ガキですから。心配しなくても、網を張っていればいずれ消せますよ、大塚さん」
大塚と呼ばれた男は「ふん」と鼻を鳴らした。
「高野も逃がしおって……。明後日、上の人間と対策会議がある。皆川、お前も同席して貰うぞ」
「……高野はそちらが捕捉して貰わないと。こっちは化け物駆除に全力を注いでるんですから」
勿論同席します、と付け加えながら、大塚に背を向けてオペレーターに何事が囁く少年。その姿を見ながら大塚は踵を返した歩き出した。どこからともなく人相の悪いSPが周囲を固めた。
(自分もその「化け物」の一人だったんだろうが。能力者は何を考えてるんだか理解できん。高野の件さえなければ利用価値など無いものを)
部屋を出る大塚の背中に、振り返った少年が冷めた目で見送る。
「そういう事はここから出て行ってから思って下さい。丸聞こえです。それから名前を間違えないで下さい」
「あ、ああ、すまんな。ついだ、つい。失礼するよ、武石君」
少年の声に表情を強張らせた大塚はそそくさと退出して行った。武石幹彦の姿を持つ者は、リサの捜索指示を出すのも忘れ唇を噛み締めていた。
コンピューターと人が発する熱で暑い位になっている室内には、数十のモニターが並んでいる。制服を着込んだ男達がインカム越しに流れる情報とモニターをチェックしつつ、背後に立っている五十台がらみの恰幅の良い男と、この場に似つかわしくない十代の少年に逐一報告をしていた。
「島内の能力者は全て死亡しています」
「こちらの情報にない人物の死体が数名分あるようです」
「逃亡したと見られるヘリがレーダー圏外に入った模様。着陸地点の予想範囲を出します」
「……今、大きな能力反応がありました」
「三名、生命反応ありません」
通常であれば隊員が見ている映像が映っている筈のモニターはブラックアウトし、フラットラインとなった心拍表示のみを映す三つのモニター示しながら、一人のオペレーターが二人を振り返った。
「なかなか手強いガキだな。手練れをこうも簡単にとは」
傍らに立つ少年に冷たい視線を送りながらひとりごちる。少年はその視線の意味を知ってか知らずか、そちらに顔を向けず答えた。
「化け物と言っても所詮ガキですから。心配しなくても、網を張っていればいずれ消せますよ、大塚さん」
大塚と呼ばれた男は「ふん」と鼻を鳴らした。
「高野も逃がしおって……。明後日、上の人間と対策会議がある。皆川、お前も同席して貰うぞ」
「……高野はそちらが捕捉して貰わないと。こっちは化け物駆除に全力を注いでるんですから」
勿論同席します、と付け加えながら、大塚に背を向けてオペレーターに何事が囁く少年。その姿を見ながら大塚は踵を返した歩き出した。どこからともなく人相の悪いSPが周囲を固めた。
(自分もその「化け物」の一人だったんだろうが。能力者は何を考えてるんだか理解できん。高野の件さえなければ利用価値など無いものを)
部屋を出る大塚の背中に、振り返った少年が冷めた目で見送る。
「そういう事はここから出て行ってから思って下さい。丸聞こえです。それから名前を間違えないで下さい」
「あ、ああ、すまんな。ついだ、つい。失礼するよ、武石君」
少年の声に表情を強張らせた大塚はそそくさと退出して行った。武石幹彦の姿を持つ者は、リサの捜索指示を出すのも忘れ唇を噛み締めていた。
投稿TS小説第141番 Blood Line (69)(21禁)
リサの視界がブラックアウトしそうになった時、周囲の木陰から小さな音が聞こえた。草の擦れる音は俊治の耳にかろうじて届く程度だったが、誰もいなくなっている筈の島で自分達以外の存在の出現に驚いた俊治は、手の力を緩め上体を起こした。
自分が俊治だった事、他の能力者を嬉々として殺して回った事、そしてリサを殺そうとしている事。それらの感情や思いが俊治の中で錯綜していなければ、あるいは能力で避けられたかも知れない。しかし、現実は違った。
意識がはっきりし始めたリサの目の前で、胸から音もなく血を吹き出してリサの横たわる右側に倒れゆく俊治の姿があった。
(あ? あっああ?! 俊治君っ)
瞬時には何が起こったのか理解できないリサが俊治に手を伸ばす。その鼻の先を何かが掠めていった。リサが振り向くとヘルメット、ゴーグルを備えた、まるで機動隊を重装備にしたような人間が三人、小銃を構えて近づいていた。
命を狙っている事は想像に難くない。今日は既に何度も同じ様な経験をしていた。やられる前にやるしかない状況で、リサは怒りと恐怖の感情を爆発させた。
『待ってて』
俊治の耳に【声】を残し立ち上がった。
紅い瞳が三人を射抜く。制止の声も発せず三人はトリガーに力を込めようとした。リサは銃器の構造を知らない。射撃を止める為には人間をどうにかする必要がある。リサは三人の人差し指を第二間接からねじ切った。
いきなりの激痛に屈強な男達の悲鳴が辺りに響く。それでも小銃を落とさず、痛みに震える手から反対の手に持ち替え狙いをつけた。しかし、それだけの時間があればリサには十分だった。扇型に広がった左右の男達の心臓を破裂されるイメージを作る。と、ばったりと倒れていく。
ゴーグル越しの表情はよく解らなかったが、動揺しているようにリサには思えた。改めて照準が向けられた時、リサは対峙する男の両肘と両膝を捻った。絶叫が耳に痛かったけれど、自分の行為が残酷だとは思わなかった。人を殺そうと思っていたのだ。自分にもそれが起こる可能性があることも認識している筈だ。
ひくひくと痙攣している男のもとへ駆け寄ると胸元を掴んで【声】を使う。
『高野は?! どこに行った!』
「……高野? そんなヤツは知らん」
てっきり高野の伏兵かと思っていた。高野の居所を知っている筈だと思い一人残したのだ。しかし高野の手の者でないならなぜ、どうして自分が狙われなければならないのか。
『誰? 誰が狙ってるんだよ? なんで?』
力一杯身体を揺らすが、男は痛みの冷や汗を流しながらニヤニヤとするばかりだ。このままでは無駄な時間だけが過ぎていく。業を煮やしたリサは、いつか読んだマンガのように人の思考を読もうと意識を集中させた。
色々なイメージがリサの心に入ってきた。古そうな思考は欠けが目立ち、新しそうなものは鮮明に残っている。最も鮮明な思考とイメージに、リサと高野の顔写真があった。そして、ここに向かう直前に出てきた建物のイメージ。
(建物……字が……えぇ? なんで?)
リサでもそれが政府関係の機関だと解る。しかし狙われる理由が解らなかった。真理が父親のコネクションを通して話をつけているものとばかり思っていたし、数ヶ月間も放って置かれて今更の感も否めない。
『政府機関の人がなんで……』
「――俺の思考を読んだのか?! 化け物が」
当然の疑問を投げかけると、男はさも嫌そうな顔をして舌打ちをした。そして見る間に口から大量の血を吐き出しながら動かなくなってしまった。
(あっ?!)
リサにも男が自害した事は解った。たくさんの疑問が沸き上がってくるが、それを一時しまい込み俊治のもとへ走っていく。
衣服には四箇所も穴が開いて、そこからだくだくと血が流れ出る。失血はおびただしく既に俊治の顔は白くなりつつあった。手で押さえても止まらない。
失血の部位もどこの血管が切れているのかも解る。しかしどうしていいのかが解らない。
『俊治君……起きてよ……』
うろたえるリサの声に反応して俊治が瞼を開く。空を見る眼とは対照的に、俊治の手が動きリサの首筋を力無く捕らえた。その行為がリサを悲しくさせた。
その手を取ろうとしたけれど、リサの手をかいくぐり、俊治の手は地面に落ちていった。
自分が俊治だった事、他の能力者を嬉々として殺して回った事、そしてリサを殺そうとしている事。それらの感情や思いが俊治の中で錯綜していなければ、あるいは能力で避けられたかも知れない。しかし、現実は違った。
意識がはっきりし始めたリサの目の前で、胸から音もなく血を吹き出してリサの横たわる右側に倒れゆく俊治の姿があった。
(あ? あっああ?! 俊治君っ)
瞬時には何が起こったのか理解できないリサが俊治に手を伸ばす。その鼻の先を何かが掠めていった。リサが振り向くとヘルメット、ゴーグルを備えた、まるで機動隊を重装備にしたような人間が三人、小銃を構えて近づいていた。
命を狙っている事は想像に難くない。今日は既に何度も同じ様な経験をしていた。やられる前にやるしかない状況で、リサは怒りと恐怖の感情を爆発させた。
『待ってて』
俊治の耳に【声】を残し立ち上がった。
紅い瞳が三人を射抜く。制止の声も発せず三人はトリガーに力を込めようとした。リサは銃器の構造を知らない。射撃を止める為には人間をどうにかする必要がある。リサは三人の人差し指を第二間接からねじ切った。
いきなりの激痛に屈強な男達の悲鳴が辺りに響く。それでも小銃を落とさず、痛みに震える手から反対の手に持ち替え狙いをつけた。しかし、それだけの時間があればリサには十分だった。扇型に広がった左右の男達の心臓を破裂されるイメージを作る。と、ばったりと倒れていく。
ゴーグル越しの表情はよく解らなかったが、動揺しているようにリサには思えた。改めて照準が向けられた時、リサは対峙する男の両肘と両膝を捻った。絶叫が耳に痛かったけれど、自分の行為が残酷だとは思わなかった。人を殺そうと思っていたのだ。自分にもそれが起こる可能性があることも認識している筈だ。
ひくひくと痙攣している男のもとへ駆け寄ると胸元を掴んで【声】を使う。
『高野は?! どこに行った!』
「……高野? そんなヤツは知らん」
てっきり高野の伏兵かと思っていた。高野の居所を知っている筈だと思い一人残したのだ。しかし高野の手の者でないならなぜ、どうして自分が狙われなければならないのか。
『誰? 誰が狙ってるんだよ? なんで?』
力一杯身体を揺らすが、男は痛みの冷や汗を流しながらニヤニヤとするばかりだ。このままでは無駄な時間だけが過ぎていく。業を煮やしたリサは、いつか読んだマンガのように人の思考を読もうと意識を集中させた。
色々なイメージがリサの心に入ってきた。古そうな思考は欠けが目立ち、新しそうなものは鮮明に残っている。最も鮮明な思考とイメージに、リサと高野の顔写真があった。そして、ここに向かう直前に出てきた建物のイメージ。
(建物……字が……えぇ? なんで?)
リサでもそれが政府関係の機関だと解る。しかし狙われる理由が解らなかった。真理が父親のコネクションを通して話をつけているものとばかり思っていたし、数ヶ月間も放って置かれて今更の感も否めない。
『政府機関の人がなんで……』
「――俺の思考を読んだのか?! 化け物が」
当然の疑問を投げかけると、男はさも嫌そうな顔をして舌打ちをした。そして見る間に口から大量の血を吐き出しながら動かなくなってしまった。
(あっ?!)
リサにも男が自害した事は解った。たくさんの疑問が沸き上がってくるが、それを一時しまい込み俊治のもとへ走っていく。
衣服には四箇所も穴が開いて、そこからだくだくと血が流れ出る。失血はおびただしく既に俊治の顔は白くなりつつあった。手で押さえても止まらない。
失血の部位もどこの血管が切れているのかも解る。しかしどうしていいのかが解らない。
『俊治君……起きてよ……』
うろたえるリサの声に反応して俊治が瞼を開く。空を見る眼とは対照的に、俊治の手が動きリサの首筋を力無く捕らえた。その行為がリサを悲しくさせた。
その手を取ろうとしたけれど、リサの手をかいくぐり、俊治の手は地面に落ちていった。
投稿TS小説第141番 Blood Line (68)(21禁)
リサへの攻撃は再び飛礫を含んでくる。避けながら自分も攻撃したいところだけれど、高野の話も気になっていた。そこへ高野の声が再度響いた。
『0106号、君を必死になって助けようとしたヤツの脳だけが生きていたとしたら?』
リサを助けようとした人物など、その人生の中で片手で数えられる程だ。ましてや必死になるなど一人だけ―俊治しかいない。しかし彼はリサの目の前で殴り殺された。確かに心臓が止まったと聞いた。リサには高野の一連の発言自体が、リサの隙を作る方便だと思えた。
『嘘つき野郎! 俊治君はお前が殺したんじゃないか!』
激しい憎悪がリサに沸き上がった。能力による攻撃は、飛礫と違って目に見えない。しかし今のリサには「来る」事が解り始めていた。目を凝らせば身体に秘められた能力の渦が視覚化されはっきりと見える。さっき初めて見え、ここに来るまで見えなかったと言うのに。0124号から出る黒い渦はリサの身体の各部位に巻き付いてくる。その巻き付いた所が攻撃されている。
目に見えないからやっかいなだけで、見えるなら後手に回らず防ぐ事も簡単な話だった。
『私の力を低く見ないで欲しいね。君が傑作ならもう一人もそうだ。目の前にいるだろう?』
目の前の女は俊治とは似ても似つかない。しかしリサ自身が男の脳を女の身体に移植された存在だ。それが他人にも転用されたとすれば……。
愕然とするリサの集中力が一瞬切れた。0124号が逆転を狙うには十分すぎる程の時間。そしてリサは崩れるように倒れた。
『0124、能力が拮抗しているなら腕力でねじ伏せろ!』
響き渡る高野の言葉は、0124号にどこか違和感を抱かせていた。
(目の前? わたしの事? わたしが0106号を助けた?)
頭の奥で鋭い痛みが波のように広がっていく。と同時に、0124号の心にもさざ波が立ち始めていた。しかし高野の言葉は0124号にとって絶対だ。0124号は速やかにリサの倒れた場所に駆け寄っていく。
頸動脈を圧迫され一時的に意識を失っていたリサが、0124号の足音で覚醒した。けれどその意識は未だ混沌として、目の前の女がなぜ自分の首を絞めるのか、なぜ絞められているのか、把握するのに数秒を費やした。白い顔が鬱血して真っ赤に変わっていく。
(くる…しぃ――あっ、俊治くん? ほんとに?)
0124号の手首を掴み振り解こうと力を込めるけれど、容易には放してくれない。それどころか放すまいとより一層力を込める。
本当に俊治なのか、リサはそれを確かめないではいられなかった。自分の為に犠牲になってしまった俊治に対して自責の念もあった。どうしたらその答えを得る事が出来るのか。リサは自身の疑念を0124号に直接ぶつける方法しか思い浮かばない。声は出せなくとも直接鼓膜を震わせて。
『俊治君? 俊治君なの?』
『0106号、君を必死になって助けようとしたヤツの脳だけが生きていたとしたら?』
リサを助けようとした人物など、その人生の中で片手で数えられる程だ。ましてや必死になるなど一人だけ―俊治しかいない。しかし彼はリサの目の前で殴り殺された。確かに心臓が止まったと聞いた。リサには高野の一連の発言自体が、リサの隙を作る方便だと思えた。
『嘘つき野郎! 俊治君はお前が殺したんじゃないか!』
激しい憎悪がリサに沸き上がった。能力による攻撃は、飛礫と違って目に見えない。しかし今のリサには「来る」事が解り始めていた。目を凝らせば身体に秘められた能力の渦が視覚化されはっきりと見える。さっき初めて見え、ここに来るまで見えなかったと言うのに。0124号から出る黒い渦はリサの身体の各部位に巻き付いてくる。その巻き付いた所が攻撃されている。
目に見えないからやっかいなだけで、見えるなら後手に回らず防ぐ事も簡単な話だった。
『私の力を低く見ないで欲しいね。君が傑作ならもう一人もそうだ。目の前にいるだろう?』
目の前の女は俊治とは似ても似つかない。しかしリサ自身が男の脳を女の身体に移植された存在だ。それが他人にも転用されたとすれば……。
愕然とするリサの集中力が一瞬切れた。0124号が逆転を狙うには十分すぎる程の時間。そしてリサは崩れるように倒れた。
『0124、能力が拮抗しているなら腕力でねじ伏せろ!』
響き渡る高野の言葉は、0124号にどこか違和感を抱かせていた。
(目の前? わたしの事? わたしが0106号を助けた?)
頭の奥で鋭い痛みが波のように広がっていく。と同時に、0124号の心にもさざ波が立ち始めていた。しかし高野の言葉は0124号にとって絶対だ。0124号は速やかにリサの倒れた場所に駆け寄っていく。
頸動脈を圧迫され一時的に意識を失っていたリサが、0124号の足音で覚醒した。けれどその意識は未だ混沌として、目の前の女がなぜ自分の首を絞めるのか、なぜ絞められているのか、把握するのに数秒を費やした。白い顔が鬱血して真っ赤に変わっていく。
(くる…しぃ――あっ、俊治くん? ほんとに?)
0124号の手首を掴み振り解こうと力を込めるけれど、容易には放してくれない。それどころか放すまいとより一層力を込める。
本当に俊治なのか、リサはそれを確かめないではいられなかった。自分の為に犠牲になってしまった俊治に対して自責の念もあった。どうしたらその答えを得る事が出来るのか。リサは自身の疑念を0124号に直接ぶつける方法しか思い浮かばない。声は出せなくとも直接鼓膜を震わせて。
『俊治君? 俊治君なの?』
投稿TS小説第141番 Blood Line (67)(21禁)
自分の能力に拮抗し、あまつさえ強引に無力化してしまうリサの能力に、少なからず0124号はショックを覚えていた。自分こそ高野のお気に入りである、それだけの特別な能力がある、そう思っていた。高野のリサに対する執着は、最初の移植者であり、見た目が一般人とは違う事が起因していると想像していた。
しかし、他の能力者とは違う訓練を受けている自分が、何もしていない小娘に負けているのだ。
(違う、負けた訳じゃない。問題は能力の使い方だわ)
リサの視線が高野のヘリコプターの方に向いた。それをチャンスと、0124号はリサの鳩尾目掛けて拳大の石を投げつけた。
前を見るリサの目に、飛んでくる凶器が映った。不格好に身体を捻り、避ける。
(! うわっ)
一旦安堵したリサに向かって、第二、第三の飛礫が向けられていた。同時に五つも飛んでくると避けようが無く、腕に身体に脚に傷を作って通り過ぎていく。体側を掠めるだけでなく、いずれ身体の中心に当てられてしまうのは目に見えていた。
一歩一歩近づいてくる0124号から逃れようと、リサは通りに出ようと走り出した。しかし、通りは0124号の背後にある。ほんの10メートル先が途轍もなく遠い。
壁際に追い詰められたリサの背後から、大人が一抱えできるかどうかの大石が飛んで来ていた。
押しつぶそうとする質量の塊。鼻先から「すーっ」と上がってリサの頭の上で止まった。そしていきなり落下した。
辺りに地響きが鳴り響き、それ以降は遠くでヘリコプターの音が聞こえてくるのみ。
(やった……意外とあっけない)
血の池に沈むリサを想像しながら駆け寄る。しかしそこには滴る血も無ければ、押しつぶされたリサの姿も無かった。周囲に目を配るけれど、どこにも、何も見あたらない。
(──そんな……確かにこの石の真下にしたのに……え?!)
その時、塀で隔てられた隣家から走り去る足音が0124号の耳に届いた。塀のこちらから向こう側へ瞬時に移動したとしか0124号には理解できない。しかし、0124号でさえ瞬間移動や物体すり抜けは出来ない。
しばし、呆然としていた0124号は、リサの走っていった場所へと急ぎ走り走って行った。
しかし、他の能力者とは違う訓練を受けている自分が、何もしていない小娘に負けているのだ。
(違う、負けた訳じゃない。問題は能力の使い方だわ)
リサの視線が高野のヘリコプターの方に向いた。それをチャンスと、0124号はリサの鳩尾目掛けて拳大の石を投げつけた。
前を見るリサの目に、飛んでくる凶器が映った。不格好に身体を捻り、避ける。
(! うわっ)
一旦安堵したリサに向かって、第二、第三の飛礫が向けられていた。同時に五つも飛んでくると避けようが無く、腕に身体に脚に傷を作って通り過ぎていく。体側を掠めるだけでなく、いずれ身体の中心に当てられてしまうのは目に見えていた。
一歩一歩近づいてくる0124号から逃れようと、リサは通りに出ようと走り出した。しかし、通りは0124号の背後にある。ほんの10メートル先が途轍もなく遠い。
壁際に追い詰められたリサの背後から、大人が一抱えできるかどうかの大石が飛んで来ていた。
押しつぶそうとする質量の塊。鼻先から「すーっ」と上がってリサの頭の上で止まった。そしていきなり落下した。
辺りに地響きが鳴り響き、それ以降は遠くでヘリコプターの音が聞こえてくるのみ。
(やった……意外とあっけない)
血の池に沈むリサを想像しながら駆け寄る。しかしそこには滴る血も無ければ、押しつぶされたリサの姿も無かった。周囲に目を配るけれど、どこにも、何も見あたらない。
(──そんな……確かにこの石の真下にしたのに……え?!)
その時、塀で隔てられた隣家から走り去る足音が0124号の耳に届いた。塀のこちらから向こう側へ瞬時に移動したとしか0124号には理解できない。しかし、0124号でさえ瞬間移動や物体すり抜けは出来ない。
しばし、呆然としていた0124号は、リサの走っていった場所へと急ぎ走り走って行った。