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星の海で(10) 「Be My Lover」 (14)Be My Lover
(14)Be My Lover -------------------------------------------------------
二人の様子を離れて見守っていたフェラーリオは、フランチェスカと入れ替わるようにエミリアの隣に座った。
「大尉は、提督のところへ?」
「ええ。フランチェスカさんも、ずいぶんと腰の重い方でしたわね」
「あんなに迷っている大尉を見たのは、初めてでした」
「でもそれだけにきっと、決心も固いでしょうね」
「はい、貴女のご協力に、感謝いたします。お二人の友人として、貴女に感謝いたします」
杓子定規な礼の言葉に、エミリアは少しむっとして、人差し指を立てて言った。
「ところで、ひとつ質問があります」
「私にですか?」
「ええ」
「なんでしょう?」
「なぜ、私のところに、ご相談にこられたのですか? ラヴァーズの誰かに相談するにしても、階級待遇が最上位で、フランチェスカさんのお手伝いもしている、メリッサに相談なさるのが、自然かとは思いますが?」
「それは……」
明らかに答えに窮していると、誰にでもわかるフェラーリオの様子に、今度は満足げな笑みを浮かべたエミリアは、できるだけ優しい声で言った。
「うふふ。実は私、気がついていましたのよ。参謀殿がずっと前から、“私の当番の時に限って”、ラウンジに来てくださっている事」
「う、……そ、それは……」
顔を真っ赤にして口ごもり、下を向くフェラーリオに、エミリアは満足げに目を細めた。
「エミリア殿、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「こんな事を言うのは失礼かもしれないが、元男性だった、あなた方が、その、女性として男性を見ているのか、それともやはり本気などではなくて、義務感とか、単に仕事として割り切っているだけなのか……」
「まぁ、アメデオまで、そんなことをおっしゃるの?」
「いや、私はつまり、その……」
「最近では、ラヴァーズと兵士や士官との結婚例も、多いと聞きますわ」
「それは……、昔から同性婚が無かったわけではありませんし……」
「元男性だったラヴァーズと、普通の男性が結婚するのはおかしい。気持ち悪いと、アメデオは思うのね?」
「いや、決してそんな差別的な考えを持っているわけではなくて……」
「私は、過去の経緯はあるにしても、今の自分は女性だと思っています。アメデオは私の事、そうは思ってくれないの?」
「い、いや、その……、からかわないでいただきたい。自分は」
「誰とでも寝るラヴァーズなんか、女としては最低だと」
「そんな事は決してありませんぞ! 貴女がそうなさっているのは仕事だからであって、もし仕事をする必要が無ければ、自分と……」
「アメデオと?」
「いや、今のは忘れてください。他人の人生に口出しするほど、自分は大それた人間では……」
「誰かに好意を持ったり、恋愛感情を抱いたりする事はどんな人間にも赦されている、基本的権利ですわ」
そしてフェラーリオの耳元にそっと顔を寄せて、囁いた。
「今夜は私も予定がありませんの。もしよろしければ、誘ってくださらない? アメデオ」
「は、はぃ。喜んで!」
エミリアはそっとフェラーリオの左手に自分の手を絡ませた。
そして、エミリアがそっと何かを耳打ちすると、フェラーリオは顔を少し赤らめて、エミリアに左手の人差し指と中指を握らせ、ゆっくりと席を立った。
後に残された飲みかけのグラスの氷が、笑うように音を立てた。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
リッカルドは当直士官をパーティー会場へ行かせると、自分一人きりになった艦橋を、ぶつぶつと何かをつぶやきながら、落ち着き無く歩き回っていた。
フランチェスカになんと言うか、それを考えていたのだった。
「“お前はもうラヴァーズじゃないんだから、そんなことしなくてもいいんだ!” ……いや、それは前にも言った。“お前は俺の副官の仕事だけをしてればいいんだ!” いや、それだと……。ああぁっあああ! 何で俺がこんなことで悩まなけりゃいけないんだ! 俺は上司だぞ! 提督だぞ! フランチェスカはなんだ!? 俺の副官だろう! 士官学校時代に散々面倒を見てやった後輩で、一緒にいくつもの戦場を駆け抜けて、戦果を共にしてきたって言うのに! 勝手に女なんかになりやがって! 俺にどうしろってんだ! 俺に!」
だが関係の改善を図らなければ、艦隊の士気にも影響するのは明白だった。
そのときふと、エミリアの言葉が蘇った。
『艦隊の士気? いえ、リッカルドさんの士気の間違いではありませんの? それならば、自ずと何をすべきか、ご自身でお判りになるでしょう? 艦隊のためではなく、貴方ご自身のために、フランチェスカさんにきちんとご自分のお気持ちを、伝えるべきだと思いますわ』
「……俺自身のためにか」
リッカルドは少し考えてから、口に出していってみた。
「“フランチェスカ、お前がいないと、俺は駄目なんだ”
……って、言えるか! そんな恥ずかしいセリフ!! ああぁあっ! くそっ! 何だってあいつは、ラヴァーズなんかになっちまったんだっ!」
しばらく腕を組んで、立ち尽くしたまま再び考え込んだリッカルドだった。
そして、自分を納得させるかのように、口に出した。
「フランチェスカ。お前は、俺だけのラヴァーズでいればいいんだ」
「うん、わかった」
リッカルドは思わぬ方向からの声に驚き、後ろを振り返った。
そこには、パーティードレス姿に少し顔を赤らめた、フランチェスカが立っていた。
「あ、いや……その」
「リッカルドは、……私にとって、とても大切な人だよ。言葉では言い表せない。だから、リッカルドがそんなに言うんだったら、もうラヴァーズの当番はしないよ」
そういうとフランチェスカは、ゆっくりとリッカルドに歩み寄り、リッカルドの手を握った。
左手の人差し指と中指だけを。
計算外の出来事に、リッカルドは動揺を隠し切れなかったが、機会を得てそれを逃す男でもなかった。
リッカルドはフランチェスカを抱き寄せ、白くて小さな頤に手を添えた。
フランチェスカも上を向いて背伸びをし、そして目を閉じた。

<星の海で 終わり>
(E)
二人の様子を離れて見守っていたフェラーリオは、フランチェスカと入れ替わるようにエミリアの隣に座った。
「大尉は、提督のところへ?」
「ええ。フランチェスカさんも、ずいぶんと腰の重い方でしたわね」
「あんなに迷っている大尉を見たのは、初めてでした」
「でもそれだけにきっと、決心も固いでしょうね」
「はい、貴女のご協力に、感謝いたします。お二人の友人として、貴女に感謝いたします」
杓子定規な礼の言葉に、エミリアは少しむっとして、人差し指を立てて言った。
「ところで、ひとつ質問があります」
「私にですか?」
「ええ」
「なんでしょう?」
「なぜ、私のところに、ご相談にこられたのですか? ラヴァーズの誰かに相談するにしても、階級待遇が最上位で、フランチェスカさんのお手伝いもしている、メリッサに相談なさるのが、自然かとは思いますが?」
「それは……」
明らかに答えに窮していると、誰にでもわかるフェラーリオの様子に、今度は満足げな笑みを浮かべたエミリアは、できるだけ優しい声で言った。
「うふふ。実は私、気がついていましたのよ。参謀殿がずっと前から、“私の当番の時に限って”、ラウンジに来てくださっている事」
「う、……そ、それは……」
顔を真っ赤にして口ごもり、下を向くフェラーリオに、エミリアは満足げに目を細めた。
「エミリア殿、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「こんな事を言うのは失礼かもしれないが、元男性だった、あなた方が、その、女性として男性を見ているのか、それともやはり本気などではなくて、義務感とか、単に仕事として割り切っているだけなのか……」
「まぁ、アメデオまで、そんなことをおっしゃるの?」
「いや、私はつまり、その……」
「最近では、ラヴァーズと兵士や士官との結婚例も、多いと聞きますわ」
「それは……、昔から同性婚が無かったわけではありませんし……」
「元男性だったラヴァーズと、普通の男性が結婚するのはおかしい。気持ち悪いと、アメデオは思うのね?」
「いや、決してそんな差別的な考えを持っているわけではなくて……」
「私は、過去の経緯はあるにしても、今の自分は女性だと思っています。アメデオは私の事、そうは思ってくれないの?」
「い、いや、その……、からかわないでいただきたい。自分は」
「誰とでも寝るラヴァーズなんか、女としては最低だと」
「そんな事は決してありませんぞ! 貴女がそうなさっているのは仕事だからであって、もし仕事をする必要が無ければ、自分と……」
「アメデオと?」
「いや、今のは忘れてください。他人の人生に口出しするほど、自分は大それた人間では……」
「誰かに好意を持ったり、恋愛感情を抱いたりする事はどんな人間にも赦されている、基本的権利ですわ」
そしてフェラーリオの耳元にそっと顔を寄せて、囁いた。
「今夜は私も予定がありませんの。もしよろしければ、誘ってくださらない? アメデオ」
「は、はぃ。喜んで!」
エミリアはそっとフェラーリオの左手に自分の手を絡ませた。
そして、エミリアがそっと何かを耳打ちすると、フェラーリオは顔を少し赤らめて、エミリアに左手の人差し指と中指を握らせ、ゆっくりと席を立った。
後に残された飲みかけのグラスの氷が、笑うように音を立てた。
リッカルドは当直士官をパーティー会場へ行かせると、自分一人きりになった艦橋を、ぶつぶつと何かをつぶやきながら、落ち着き無く歩き回っていた。
フランチェスカになんと言うか、それを考えていたのだった。
「“お前はもうラヴァーズじゃないんだから、そんなことしなくてもいいんだ!” ……いや、それは前にも言った。“お前は俺の副官の仕事だけをしてればいいんだ!” いや、それだと……。ああぁっあああ! 何で俺がこんなことで悩まなけりゃいけないんだ! 俺は上司だぞ! 提督だぞ! フランチェスカはなんだ!? 俺の副官だろう! 士官学校時代に散々面倒を見てやった後輩で、一緒にいくつもの戦場を駆け抜けて、戦果を共にしてきたって言うのに! 勝手に女なんかになりやがって! 俺にどうしろってんだ! 俺に!」
だが関係の改善を図らなければ、艦隊の士気にも影響するのは明白だった。
そのときふと、エミリアの言葉が蘇った。
『艦隊の士気? いえ、リッカルドさんの士気の間違いではありませんの? それならば、自ずと何をすべきか、ご自身でお判りになるでしょう? 艦隊のためではなく、貴方ご自身のために、フランチェスカさんにきちんとご自分のお気持ちを、伝えるべきだと思いますわ』
「……俺自身のためにか」
リッカルドは少し考えてから、口に出していってみた。
「“フランチェスカ、お前がいないと、俺は駄目なんだ”
……って、言えるか! そんな恥ずかしいセリフ!! ああぁあっ! くそっ! 何だってあいつは、ラヴァーズなんかになっちまったんだっ!」
しばらく腕を組んで、立ち尽くしたまま再び考え込んだリッカルドだった。
そして、自分を納得させるかのように、口に出した。
「フランチェスカ。お前は、俺だけのラヴァーズでいればいいんだ」
「うん、わかった」
リッカルドは思わぬ方向からの声に驚き、後ろを振り返った。
そこには、パーティードレス姿に少し顔を赤らめた、フランチェスカが立っていた。
「あ、いや……その」
「リッカルドは、……私にとって、とても大切な人だよ。言葉では言い表せない。だから、リッカルドがそんなに言うんだったら、もうラヴァーズの当番はしないよ」
そういうとフランチェスカは、ゆっくりとリッカルドに歩み寄り、リッカルドの手を握った。
左手の人差し指と中指だけを。
計算外の出来事に、リッカルドは動揺を隠し切れなかったが、機会を得てそれを逃す男でもなかった。
リッカルドはフランチェスカを抱き寄せ、白くて小さな頤に手を添えた。
フランチェスカも上を向いて背伸びをし、そして目を閉じた。

<星の海で 終わり>
(E)
星の海で(10) 「Be My Lover」 (13)パーティーの夜
(13)パーティーの夜 ----------------------------------------------------------
アドミラルデイ当日。
アンドレア・ドリアの広いフライトデッキいっぱいに、パーティー会場が作られていた。
デッキよりも一段高い位置で停止させた、艦載艇用のエレベーターにはステージが設けられ、ラヴァーズはもちろん、有志の兵士・士官たちがさまざまなパフォーマンスを繰り広げていた。
会場にはアンドレア・ドリア乗組員以外にも、他の艦から大勢の人間が集まり、大変な賑わいとなっていた。
フランチェスカは裏方に徹し、普段の士官服のまま、雑多な業務を目の回るような忙しさでこなしていた。
そして昼の部が終わり、夜の部は艦内のいくつかの場所に別れて、それぞれに宴会の席が用意された。
ラウンジでは、亜里沙の快気祝いのパーティーが行われ、艦の主だった人物が顔を揃えていた。
昼間は裏方に徹していたフランチェスカも、請われてラヴァーズのドレスに身を包み、会場の華となっていた。
そして会場の隅。宴が盛り上がりを見せる頃合を見計らって、リッカルドは席を立ち、ラウンジを出ようとした。
「あら、提督。もうお戻りですか?」
リッカルドが振り返ると、グラスを持ったエミリアが立っていた。
「艦橋が手薄でな、当直士官が一人居るだけなんだ。せっかくのパーティーだし、彼と代わってやろうと思ってな」
「あら、提督も大変ですわね」
「まぁな、でなきゃ勤まらんよ」
「後で、彼女を行かせますわ」
「ふん」
リッカルドは、鼻で返事をすると、手をひらひらさせて会場を後にした。
エミリアはグラスをマスターに預けると、フランチェスカの元に寄った。
「フランチェスカさん」
「ああエミリア、どうしたの?」
「提督のお姿が見えないですけど」
「リッカルドのことなら、エミリアの方が良く知っているんじゃないの?」
「確かに、今あの方がどちらにいらっしゃるか、本当は私、知っていますわ」
「そう……。それなら、どうして私に聞くの?」
「リッカルドさんが、今どこにいらっしゃるか、知りたくはありませんか?」
「別に、私は……」
「まだ、誤解していらっしゃるのですね」
「だって……」
「私が言いたかったのは、今が“その時”ではありませんか? ということですわ」
「“その時”?」
「仲直りのチャンスだと、いうことです」
「リッカルドが仲直りしたいと思っているかは、わからないよ」
「リッカルドさんのこと、まだ信じてあげられないの?」
「良く、分からない……」
口ごもるフランチェスカの肩に、エミリアはそっと手を載せた。
「私は、とっくにリッカルドさんは貴女に、意思表示をしていると思いますよ。あとは、貴女ご自身の問題でしょう?」
「私の?」
「そう。フランチェスカさん自身は、どうしたいの?」
「……」
フランチェスカは即答することができず、エミリアを見上げた。
今にも泣き出しそうな、恋に怯える少女の様に不安な顔をしていた。
エミリアは少しかがんで目線をフランチェスカに合わせると、優しく語りかけるように言った。
「戦場で判断を誤った事の無いといわれる、聡明なフランチェスカさんも、自分自身の気持ちになると、決心が鈍いんですのね」
「でも、どうすれば良いのか、本当に……、判らないんだ」
「たぶん、リッカルドさんは貴女のことを、自分の副官であると言う以前に、一人の女性として認識していらっしゃるんだと思います。そんな彼の気持ちも、判ってあげてはどうかしら?」
「リッカルドは、私とはなんていうか……、戦友として互いに必要としているだけだと、思うんだ。男ばかりの世界で過ごしてきたから……」
「男同士の友情を超えるような、感情なんて無いと?」
「うん……」
「でも今は、フランチェスカさんは女性なんですよ。元男性なら、信頼に足る女性が常に傍にいたら、どうしたくなるか判りますでしょう?」
そう言われたフランチェスカではあったが、それでもまだ答えを見つけられないでいた。
「それは……」
「リッカルドは、……本当に私が好きなのかなぁ?」
「もしフランチェスカさんが過去にこだわっているのだとしたら、それよりも大切な未来のために、今しなければならないことがあるはずだわ」
「でも、リッカルドは……」
「リッカルドさんは誰が見ても、フランチェスカさんを”独占”したいと思っていらっしゃいますよ」
「けどそれは……、部下としての私が、欲しいだけであって……」
「“お前は部下じゃなくて恋人だ!” なんて、先輩で上司でもある提督が、あなたに言えると思いますか? いえ、それは私なんかよりもずっとお付き合いの長い、フランチェスカさんの方が良くご存知ですよね?」
「……」
「フランチェスカさんが戸惑い、悩んでるのと同じぐらい、リッカルドさんも傷つき、苦しんでおられますわ。だからどうして良いか判らなくて、子供見たいに拗ねていらっしゃるのだと思いますわ」
「リッカルドが、苦しんでる……?」
「彼の不安と苦しみを解消する、おまじないを教えて差し上げます。そうすれば、きっと仲直りできますよ」
そういうとエミリアはフランチェスカの耳元に口を近づけて、あることを囁いた。
「うん……。ありがとう、エミリア。リッカルドとちゃんと話して見るよ」
「ええ、それが良いですわ。リッカルドさんは、艦橋にお一人でいらっしゃいますよ。行っておあげなさい」
「わかった、行って見る」
アドミラルデイ当日。
アンドレア・ドリアの広いフライトデッキいっぱいに、パーティー会場が作られていた。
デッキよりも一段高い位置で停止させた、艦載艇用のエレベーターにはステージが設けられ、ラヴァーズはもちろん、有志の兵士・士官たちがさまざまなパフォーマンスを繰り広げていた。
会場にはアンドレア・ドリア乗組員以外にも、他の艦から大勢の人間が集まり、大変な賑わいとなっていた。
フランチェスカは裏方に徹し、普段の士官服のまま、雑多な業務を目の回るような忙しさでこなしていた。
そして昼の部が終わり、夜の部は艦内のいくつかの場所に別れて、それぞれに宴会の席が用意された。
ラウンジでは、亜里沙の快気祝いのパーティーが行われ、艦の主だった人物が顔を揃えていた。
昼間は裏方に徹していたフランチェスカも、請われてラヴァーズのドレスに身を包み、会場の華となっていた。
そして会場の隅。宴が盛り上がりを見せる頃合を見計らって、リッカルドは席を立ち、ラウンジを出ようとした。
「あら、提督。もうお戻りですか?」
リッカルドが振り返ると、グラスを持ったエミリアが立っていた。
「艦橋が手薄でな、当直士官が一人居るだけなんだ。せっかくのパーティーだし、彼と代わってやろうと思ってな」
「あら、提督も大変ですわね」
「まぁな、でなきゃ勤まらんよ」
「後で、彼女を行かせますわ」
「ふん」
リッカルドは、鼻で返事をすると、手をひらひらさせて会場を後にした。
エミリアはグラスをマスターに預けると、フランチェスカの元に寄った。
「フランチェスカさん」
「ああエミリア、どうしたの?」
「提督のお姿が見えないですけど」
「リッカルドのことなら、エミリアの方が良く知っているんじゃないの?」
「確かに、今あの方がどちらにいらっしゃるか、本当は私、知っていますわ」
「そう……。それなら、どうして私に聞くの?」
「リッカルドさんが、今どこにいらっしゃるか、知りたくはありませんか?」
「別に、私は……」
「まだ、誤解していらっしゃるのですね」
「だって……」
「私が言いたかったのは、今が“その時”ではありませんか? ということですわ」
「“その時”?」
「仲直りのチャンスだと、いうことです」
「リッカルドが仲直りしたいと思っているかは、わからないよ」
「リッカルドさんのこと、まだ信じてあげられないの?」
「良く、分からない……」
口ごもるフランチェスカの肩に、エミリアはそっと手を載せた。
「私は、とっくにリッカルドさんは貴女に、意思表示をしていると思いますよ。あとは、貴女ご自身の問題でしょう?」
「私の?」
「そう。フランチェスカさん自身は、どうしたいの?」
「……」
フランチェスカは即答することができず、エミリアを見上げた。
今にも泣き出しそうな、恋に怯える少女の様に不安な顔をしていた。
エミリアは少しかがんで目線をフランチェスカに合わせると、優しく語りかけるように言った。
「戦場で判断を誤った事の無いといわれる、聡明なフランチェスカさんも、自分自身の気持ちになると、決心が鈍いんですのね」
「でも、どうすれば良いのか、本当に……、判らないんだ」
「たぶん、リッカルドさんは貴女のことを、自分の副官であると言う以前に、一人の女性として認識していらっしゃるんだと思います。そんな彼の気持ちも、判ってあげてはどうかしら?」
「リッカルドは、私とはなんていうか……、戦友として互いに必要としているだけだと、思うんだ。男ばかりの世界で過ごしてきたから……」
「男同士の友情を超えるような、感情なんて無いと?」
「うん……」
「でも今は、フランチェスカさんは女性なんですよ。元男性なら、信頼に足る女性が常に傍にいたら、どうしたくなるか判りますでしょう?」
そう言われたフランチェスカではあったが、それでもまだ答えを見つけられないでいた。
「それは……」
「リッカルドは、……本当に私が好きなのかなぁ?」
「もしフランチェスカさんが過去にこだわっているのだとしたら、それよりも大切な未来のために、今しなければならないことがあるはずだわ」
「でも、リッカルドは……」
「リッカルドさんは誰が見ても、フランチェスカさんを”独占”したいと思っていらっしゃいますよ」
「けどそれは……、部下としての私が、欲しいだけであって……」
「“お前は部下じゃなくて恋人だ!” なんて、先輩で上司でもある提督が、あなたに言えると思いますか? いえ、それは私なんかよりもずっとお付き合いの長い、フランチェスカさんの方が良くご存知ですよね?」
「……」
「フランチェスカさんが戸惑い、悩んでるのと同じぐらい、リッカルドさんも傷つき、苦しんでおられますわ。だからどうして良いか判らなくて、子供見たいに拗ねていらっしゃるのだと思いますわ」
「リッカルドが、苦しんでる……?」
「彼の不安と苦しみを解消する、おまじないを教えて差し上げます。そうすれば、きっと仲直りできますよ」
そういうとエミリアはフランチェスカの耳元に口を近づけて、あることを囁いた。
「うん……。ありがとう、エミリア。リッカルドとちゃんと話して見るよ」
「ええ、それが良いですわ。リッカルドさんは、艦橋にお一人でいらっしゃいますよ。行っておあげなさい」
「わかった、行って見る」
星の海で(10) 「Be My Lover」 (12)亜里沙の復帰
(12)亜里沙の復帰 -------------------------------------------------------
あの晩から2日後、フランチェスカは、メリッサと亜里沙の病室を見舞っていた。
メリッサが艦医から“快癒したので、もうベッドから出られる”との連絡を受け、それをフランチェスカに報告しに来たので、その足で向かったのだった。
「亜里沙、良くなったんだって?」
「ええ、ご面倒をおかけしましたが、検査結果が出る明後日には、自室に戻っても良いって」
「良かったわね」
「ありがとうございました、フランチェスカさん」
「いえ、別に……私なんて、結局誰からもお誘いかからなかったし、亜里沙の代わりなんてできなかったわ」
「そんなこと無いですよ。マスターが言ってました。フランチェスカさんが当番に出るようになってから、ラウンジの売り上げが150%増だって。わざわざほかの艦から来ていた人も、いたそうじゃないですか」
「そうだったかしら」
「それに、フランチェスカさんのおかげで、私のところにも」
「亜里沙のところに? 何があったの?」
「フランチェスカさんがラウンジに出てくださっているのは、私が病気で休んでいるからだって知った人たちから、たくさんお見舞いをいただきました。“早く良くなってくれ”って、メッセージカードくれた人も。私とってもうれしくって。初めての航海で、このお仕事、うまくやっていけるか不安だったんですけど、私頑張れるって、自信がわいてきました」
「そう、それは良かったわね」
「ええ、フランチェスカさんのおかげです!」
「快気祝いしてあげなくちゃね」
「それでしたら、提督が」
と、メリッサが意外なことを言った。
「リッカルドが?」
「ええ、明後日、亜里沙の快気祝いのパーティーをする、許可をくださいましたよ」
「パーティー?」
「ええ、明後日は公休日で艦隊の各艦も、哨戒艦を除いて休日シフトだから、他の艦から来る連中もいるだろうって。ついでにアドミラルデイ(提督の日)にしてしまおうとのことでした」
「ふーん」
アドミラルデイとは、24時間眠ることなく続く艦隊運用において、最小限の人員を残して艦隊の休日とする日で、概ね月に一回ほどの割合で設定される。この日は各艦毎や部隊毎に、親睦目的のリクリエーションが行われる。緊張の続く航海任務において息抜きをできる日であり、兵士・士官たちが楽しみにしている日であった。
もちろん安全宙域にあって、訓練や敵との遭遇が無いことが開催の条件である。
所属艦を離れることも基本的には自由で、艦隊に散らばっている仲のよい者同士が旧交を温めたり、また新しい友人を作り、交流関係を広げる機会としたりしていた。中にはお気に入りのラヴァーズを探しに、各艦を渡り歩く者もいた。
「提督まで私のことを気にかけてくださっているなんて、とても光栄ですわ」
亜里沙は目を閉じて胸に両手を当て、感激している様子だった。
その逆に、反応の薄いフランチェスカに、メリッサが尋ねた。
「フランチェスカさんは、亜里沙の快気祝いのパーティー、参加なさらないんですか?」
「そ、そんなこと無いわよ。参加するわ」
「私も早速準備をしなくては。では大尉、お先に失礼します。亜里沙、全快おめでとう。また後でね」
「ありがとうございます。メリッサさん」
フランチェスカは先に退室するメリッサを、目で送ってから、不思議そうに言った。
「リッカルドの奴、何考えているんだろう?」
「何か、気になることでも……?」
「ううん、なんでもない。ちょっと気になっただけ。何か企んでいるんじゃないかと」
「そうなんですか?」
「いえ、たぶん考えすぎだと思う。私、少しおかしいんだわ」
と言って、フランチェスカは眉間の辺りを押さえた。
「私、知ってます。お二人はケンカなさっているんですよね?」
「亜里沙まで、知ってたの……」
「提督のこと、信じてさしあげて、いいんじゃありませんか?」
「エミリアにも、同じことを言われたわ」
「何か、不安なことでも?」
「不安だらけよ」
「言ってもらってないんですか?」
「何を?」
「“愛している”って」
「リッカルドが、真面目にそんなこと言うわけないじゃない」
「不真面目には言ってもらっているんですか?」
「不真面目って言うか……」
そういうとフランチェスカは口ごもり、少し顔が赤くなるのを感じた。
ベッドの上では、リッカルドはそんなようなことを何度も言ったと記憶しているが、それは言ってみれば手続き上の問題で、特別な意味じゃないと思っていたのだった。
「リッカルドさんも、言葉ではうまくいえないのかもしれませんね」
「言葉では?」
「男性から女性に告白するのって、かなり恥ずかしいですよね」
「うん、それはそうだけど」
「だから、言葉に出さなくても、分かって欲しいんですよ。たぶん、態度でははっきりとフランチェスカさんのことを愛しているって言う、サインを出していたと思いますよ。違いますか?」
亜里沙にそういわれると、確かに思い当たる事がたくさんあった。
けれど、フランチェスカにとって、それは士官学校時代からの馴れ合いであって、恋愛が絡んでのことではないと、自分に言い聞かせていたのだった。
「ずっと……、ラヴァーズになる前からの付き合いで、今でも自分では答えが出せていないんだ。自分は男なのか、女なのか。体は女になったけど、リッカルドと任務についていると、そんなことは忘れてしまうんだ。だからラヴァーズになって化粧をするのも、ドレスを着るのも、それも任務のひとつだと思っていたんだ」
「二人っきりの時間であっても、ですか?」
「士官学校時代に戻ったような感じ……かな?」
「それなら今は、それでもいいんじゃありませんか?」
「え?」
「先輩と後輩の関係でいらしたんでしょう?」
「そう、だけど……。それじゃ今までと何も変わらない」
「わがままな先輩と、振り回される面倒見の良い後輩。仲の良いお二人のお姿が目に浮かびますわ」
「……」
「私も、艦隊の皆さんも、フランチェスカさんとリッカルドさんが仲直りされるのを望んでいます。たぶん、リッカルドさんも。フランチェスカさんは?」
「私は……、ううん、私もたぶん、そう。でも、いまさらどうしていいか……」
「きっかけは、いつでもどこにでもありますよ」
「どこにでも?」
「“戦場で状況を見誤ったことはない”と言うのが、フランチェスカさんのご自慢でしたよね」
「それは周りが言うのであって、私自身は別に……」
「聡明なフランチェスカさんだからこそ、そのきっかけを見つけることができますわ。必ず」
しばらく思いつめるような表情を見せていたフランチェスカだったが、やがてため息をついた。
「亜里沙にまでお説教されるとは思わなかったわ」
「すみません、失礼なことを言って」
「ううん、ありがとう。きっと私は誰よりも、こういう問題に関して、未熟なんだわ」
「うふふ。だからきっとみんな、フランチェスカさんを応援したくなるんですわ」
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
亜里沙の復帰を明日に控え、フランチェスカのラヴァーズ当番も今夜で終わりだった。
どういうわけか、今夜のラウンジは人も少なめで、フランチェスカも見知った艦橋詰めの士官と、当たり障りの無い会話の相手をした程度だった。
それも去ってしまうと、フランチェスカは暇をもてあましていた。
隅のボックス席で仲間内だけの談笑をしている兵士たちが一組。
メリッサはいつの間にかお誘いでもあったのか姿が見えず、ダニエラはフェルナンド中尉と楽しそうに、しかし親密そうに二人だけの時間を楽しんでいるようだった。
カウンターで酔い覚ましのレモン水を舐めていると、ふと思い出した様に言った。
「ねぇ、マスター」
「何だ?」
「マスターは、好きな人いるの?」
「ん? 俺はとっくに結婚して、妻も子供もいるぞ。知らなかったのか?」
「そう……」
「それがどうかしたか?」
「その人って、普通の女の人?」
「まあな。上司の勧めで結婚した」
「お見合いなの?」
「そうだ」
「それじゃ、恋愛問題の事聞いても、参考にならないか」
「ぶっ、なんだそりゃ。まさか大尉からそんなことを聞かれるとは思わなかったな。ははは」
「笑うことないでしょ」
「まぁ、俺のことを聞いても参考にはならんと思うが、結婚生活においての心構えぐらいなら教えられるな」
「何よ、それ」
「家庭においては、男ってのは見栄っ張りで馬鹿だ。だが、女は賢くて我慢強い」
「それは、名言かもね」
「だろう? 連れ合いと長くやっていくには、それを忘れない事だ」
「でも、それじゃ女のほうが損じゃない?」
「男ってのはおだてておけば、果てしなく上まで上がっていくもんさ。煙みたいにな。それを笑ってやりゃあいいのさ。ひょっとしたら、うっかり何か落としていくかもしれんからな。ははは」
グラスを拭きながら笑うマスターにつられて、フランチェスカも力なく笑うのだった。
あの晩から2日後、フランチェスカは、メリッサと亜里沙の病室を見舞っていた。
メリッサが艦医から“快癒したので、もうベッドから出られる”との連絡を受け、それをフランチェスカに報告しに来たので、その足で向かったのだった。
「亜里沙、良くなったんだって?」
「ええ、ご面倒をおかけしましたが、検査結果が出る明後日には、自室に戻っても良いって」
「良かったわね」
「ありがとうございました、フランチェスカさん」
「いえ、別に……私なんて、結局誰からもお誘いかからなかったし、亜里沙の代わりなんてできなかったわ」
「そんなこと無いですよ。マスターが言ってました。フランチェスカさんが当番に出るようになってから、ラウンジの売り上げが150%増だって。わざわざほかの艦から来ていた人も、いたそうじゃないですか」
「そうだったかしら」
「それに、フランチェスカさんのおかげで、私のところにも」
「亜里沙のところに? 何があったの?」
「フランチェスカさんがラウンジに出てくださっているのは、私が病気で休んでいるからだって知った人たちから、たくさんお見舞いをいただきました。“早く良くなってくれ”って、メッセージカードくれた人も。私とってもうれしくって。初めての航海で、このお仕事、うまくやっていけるか不安だったんですけど、私頑張れるって、自信がわいてきました」
「そう、それは良かったわね」
「ええ、フランチェスカさんのおかげです!」
「快気祝いしてあげなくちゃね」
「それでしたら、提督が」
と、メリッサが意外なことを言った。
「リッカルドが?」
「ええ、明後日、亜里沙の快気祝いのパーティーをする、許可をくださいましたよ」
「パーティー?」
「ええ、明後日は公休日で艦隊の各艦も、哨戒艦を除いて休日シフトだから、他の艦から来る連中もいるだろうって。ついでにアドミラルデイ(提督の日)にしてしまおうとのことでした」
「ふーん」
アドミラルデイとは、24時間眠ることなく続く艦隊運用において、最小限の人員を残して艦隊の休日とする日で、概ね月に一回ほどの割合で設定される。この日は各艦毎や部隊毎に、親睦目的のリクリエーションが行われる。緊張の続く航海任務において息抜きをできる日であり、兵士・士官たちが楽しみにしている日であった。
もちろん安全宙域にあって、訓練や敵との遭遇が無いことが開催の条件である。
所属艦を離れることも基本的には自由で、艦隊に散らばっている仲のよい者同士が旧交を温めたり、また新しい友人を作り、交流関係を広げる機会としたりしていた。中にはお気に入りのラヴァーズを探しに、各艦を渡り歩く者もいた。
「提督まで私のことを気にかけてくださっているなんて、とても光栄ですわ」
亜里沙は目を閉じて胸に両手を当て、感激している様子だった。
その逆に、反応の薄いフランチェスカに、メリッサが尋ねた。
「フランチェスカさんは、亜里沙の快気祝いのパーティー、参加なさらないんですか?」
「そ、そんなこと無いわよ。参加するわ」
「私も早速準備をしなくては。では大尉、お先に失礼します。亜里沙、全快おめでとう。また後でね」
「ありがとうございます。メリッサさん」
フランチェスカは先に退室するメリッサを、目で送ってから、不思議そうに言った。
「リッカルドの奴、何考えているんだろう?」
「何か、気になることでも……?」
「ううん、なんでもない。ちょっと気になっただけ。何か企んでいるんじゃないかと」
「そうなんですか?」
「いえ、たぶん考えすぎだと思う。私、少しおかしいんだわ」
と言って、フランチェスカは眉間の辺りを押さえた。
「私、知ってます。お二人はケンカなさっているんですよね?」
「亜里沙まで、知ってたの……」
「提督のこと、信じてさしあげて、いいんじゃありませんか?」
「エミリアにも、同じことを言われたわ」
「何か、不安なことでも?」
「不安だらけよ」
「言ってもらってないんですか?」
「何を?」
「“愛している”って」
「リッカルドが、真面目にそんなこと言うわけないじゃない」
「不真面目には言ってもらっているんですか?」
「不真面目って言うか……」
そういうとフランチェスカは口ごもり、少し顔が赤くなるのを感じた。
ベッドの上では、リッカルドはそんなようなことを何度も言ったと記憶しているが、それは言ってみれば手続き上の問題で、特別な意味じゃないと思っていたのだった。
「リッカルドさんも、言葉ではうまくいえないのかもしれませんね」
「言葉では?」
「男性から女性に告白するのって、かなり恥ずかしいですよね」
「うん、それはそうだけど」
「だから、言葉に出さなくても、分かって欲しいんですよ。たぶん、態度でははっきりとフランチェスカさんのことを愛しているって言う、サインを出していたと思いますよ。違いますか?」
亜里沙にそういわれると、確かに思い当たる事がたくさんあった。
けれど、フランチェスカにとって、それは士官学校時代からの馴れ合いであって、恋愛が絡んでのことではないと、自分に言い聞かせていたのだった。
「ずっと……、ラヴァーズになる前からの付き合いで、今でも自分では答えが出せていないんだ。自分は男なのか、女なのか。体は女になったけど、リッカルドと任務についていると、そんなことは忘れてしまうんだ。だからラヴァーズになって化粧をするのも、ドレスを着るのも、それも任務のひとつだと思っていたんだ」
「二人っきりの時間であっても、ですか?」
「士官学校時代に戻ったような感じ……かな?」
「それなら今は、それでもいいんじゃありませんか?」
「え?」
「先輩と後輩の関係でいらしたんでしょう?」
「そう、だけど……。それじゃ今までと何も変わらない」
「わがままな先輩と、振り回される面倒見の良い後輩。仲の良いお二人のお姿が目に浮かびますわ」
「……」
「私も、艦隊の皆さんも、フランチェスカさんとリッカルドさんが仲直りされるのを望んでいます。たぶん、リッカルドさんも。フランチェスカさんは?」
「私は……、ううん、私もたぶん、そう。でも、いまさらどうしていいか……」
「きっかけは、いつでもどこにでもありますよ」
「どこにでも?」
「“戦場で状況を見誤ったことはない”と言うのが、フランチェスカさんのご自慢でしたよね」
「それは周りが言うのであって、私自身は別に……」
「聡明なフランチェスカさんだからこそ、そのきっかけを見つけることができますわ。必ず」
しばらく思いつめるような表情を見せていたフランチェスカだったが、やがてため息をついた。
「亜里沙にまでお説教されるとは思わなかったわ」
「すみません、失礼なことを言って」
「ううん、ありがとう。きっと私は誰よりも、こういう問題に関して、未熟なんだわ」
「うふふ。だからきっとみんな、フランチェスカさんを応援したくなるんですわ」
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
亜里沙の復帰を明日に控え、フランチェスカのラヴァーズ当番も今夜で終わりだった。
どういうわけか、今夜のラウンジは人も少なめで、フランチェスカも見知った艦橋詰めの士官と、当たり障りの無い会話の相手をした程度だった。
それも去ってしまうと、フランチェスカは暇をもてあましていた。
隅のボックス席で仲間内だけの談笑をしている兵士たちが一組。
メリッサはいつの間にかお誘いでもあったのか姿が見えず、ダニエラはフェルナンド中尉と楽しそうに、しかし親密そうに二人だけの時間を楽しんでいるようだった。
カウンターで酔い覚ましのレモン水を舐めていると、ふと思い出した様に言った。
「ねぇ、マスター」
「何だ?」
「マスターは、好きな人いるの?」
「ん? 俺はとっくに結婚して、妻も子供もいるぞ。知らなかったのか?」
「そう……」
「それがどうかしたか?」
「その人って、普通の女の人?」
「まあな。上司の勧めで結婚した」
「お見合いなの?」
「そうだ」
「それじゃ、恋愛問題の事聞いても、参考にならないか」
「ぶっ、なんだそりゃ。まさか大尉からそんなことを聞かれるとは思わなかったな。ははは」
「笑うことないでしょ」
「まぁ、俺のことを聞いても参考にはならんと思うが、結婚生活においての心構えぐらいなら教えられるな」
「何よ、それ」
「家庭においては、男ってのは見栄っ張りで馬鹿だ。だが、女は賢くて我慢強い」
「それは、名言かもね」
「だろう? 連れ合いと長くやっていくには、それを忘れない事だ」
「でも、それじゃ女のほうが損じゃない?」
「男ってのはおだてておけば、果てしなく上まで上がっていくもんさ。煙みたいにな。それを笑ってやりゃあいいのさ。ひょっとしたら、うっかり何か落としていくかもしれんからな。ははは」
グラスを拭きながら笑うマスターにつられて、フランチェスカも力なく笑うのだった。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (11)フランチェスカ~傷心
(11)フランチェスカ~傷心 -------------------------------------------------------
乱れたベッドに、うつ伏せになったまま動こうとしないフランチェスカに、エミリアは慎重にたずねた。
「提督に、無理矢理……?」
「……」
「酷いことをされたの?」
「強引だったけど、酷いことはされなかった……」
「提督のこと、嫌いになりました?」
「リッカルドが強引なのはいつもだけど……、でも……」
「でも?」
「女って駄目だね、うわべだけの言葉と愛撫で攻め立てられただけで、抵抗できなくなってしまうんだ。いやだって思っていても、体が言うことを聞かない。ウソで塗り固めた言葉も、朦朧とした頭の中では本当みたいに聞こえる。こんなことなら……、いっそ、蔑まれながらレ×プされたほうがよっぽどマシだよ……」
そういってベッドに突っ伏して、すすり泣き始めたフランチェスカを、エミリアはそっと抱きしめた。
「かわいそうに、フラン。でも、リッカルドさんのこと、本当に嫌いになったわけじゃないのでしょう?」
「もう、嫌いだよ……」
「ウソです。本当に嫌いなら、そんな風に泣いたりはしないものですよ」
エミリアは傷ついたフランチェスカに、大切な妹に姉がするように、背中を抱いて額をくっつけた。
「……でも見損なったよ、リッカルドの奴。女なんて力づくで自分の物にして、言うことを聞かせられるとでも思っていたなんて」
フランチェスカもラヴァーズの体を持つ以上、肉体交渉に脆弱なのは仕方のないことではあったが、今そのことをフランチェスカに言うのは逆効果にしかならない。
けれど、エミリアは2人が本当は何を望んでいるのか、それを信じていた。
そして今の二人に必要なのは、関係性の変化と激しい想いのぶつけあいだと、考えていた。
だが、激情は破局への分岐点でもある。だからこそ周囲が慎重にフォローする必要がある。
エミリアはくっつけていた額を離すと、慎重に言った。
「私がラヴァーズになりたての頃は、そう言う風に無理矢理自分の物にしてしまう将校もいたと、聞いたことがあります」
「いまの時代に、そんな事許される筈無いよ」
「そうね。でも、他の誰にも渡したくないと言う気持ちは、きっと同じかもしれないわ」
「そんなの……、ただのワガママだよ。それに、私の気持ちはどうなるの?」
「フランが、はっきりしないのが原因じゃないの?」
「私が? どうして?」
瞳を赤くして見上げるフランチェスカに、エミリアは優しく諭すように言った。
「リッカルドさんがお嫌いなら、フランは幕僚幹部なんだから、具申書を添えて転属願いを艦政本部に出してしまえば、いくら艦隊司令でも人事権を行使できないわ。そうでしょう?」
「……それは、そうなんだけど」
「一緒にいたいと思っているのならば、もっとリッカルドさんを安心させてあげなくては駄目よ」
「……エミィは、リッカルドの味方なんだ」
「そんな風に言われると辛いわ。でも私はフランの味方よ。これは神に誓って」
フランチェスカは付き合いが長い分だけ、リッカルドの女性の好みも知っていた。
それはいまの自分とは違う筈だった。
だからこそ自信がなかった。リッカルドが好むタイプは……。
それに、自分は普通の女なんかじゃない。そのことをリッカルドは、よく知っている筈だった。士官学校時代からの付き合いなのだから。
ラヴァーズになる前の自分を知っていて、それをリッカルドがどう思っているか、フランチェスカの想いは複雑であったし、容易に自分をも納得させられるものでもなかった。
いつの間にか隣に座って肩を抱いてくれていた筈のエミリアが、傍を離れていた。
フランチェスカがそのことに気がつくと、目の前に温めたココアのカップが差し出された。
それを受け取ったフランチェスカは、中身を少しだけ口にした。
砂糖は少なめで、少し苦かった。
フランチェスカはしばらく悩んでから、口ごもるようにして言った。
「ピエンツァで、……リッカルドとは、どうだったの? その……、ずいぶん、仲が良かったみたい、だけど?」

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
恐る恐る、まるで怯える少女のような様子のフランチェスカに、エミリアはフランチェスカの思い悩んでいることが、透けて見えたような気がした。
エミリアは、そっとフランチェスカの口の周りについた、ココアの痕を指で拭うと、自分はフランチェスカが、本当に聞きたいことを知っているというように、笑みを浮かべながら言った。
「気になる?」
「べ、別に……」
「提督は、私には何の関心も持っていないわ。信じておあげなさい」
「うそ」
「本当よ。提督はあれで、身持ちの固い方よ。お話してみて、それが良く分かったわ」
「まさか! あのスケベがそんな筈無い」
「健康な男性ですから、多少スケベなのは、仕方ないでしょう?」
「リッカルドは、私のカラダが目当てなだけだよ!」
「不器用な方ですから、言葉ではうまく伝えられないと思っていらっしゃるのでしょう。本当は、リッカルドさんだって」
「そんなこと、絶対にそんな事無いっ!」
だんっ! とフランチェスカは声を荒らげて、サイドテーブルを叩いた。
「もしかして、フランは、恋を……男性として女性に恋したことがなかったの?」
「……どうして、そんな事聞くの?」
「ある方が……リッカルドさんには士官学校時代、付き合う女性の影も無かったと言っていたので、もしかしたらフランも同じだったのかなって……」
「そう。でもそんな事関係ないと思うけど」
「そう?」
「そうだよ」
「……」
「……」
「恋をするのが、怖いのでしょう?」
エミリアの言葉に、フランチェスカは動揺を隠せなかった。
「自分が相手を好きだとしても、その相手がもし自分のことを好きじゃなかったらと思うと怖いのじゃないの?」
「私は、ラヴァーズになった時点で、自分は恋をしないことに決めたのよ」
「私たちラヴァーズには、恋をする資格なんて、無いとでも?」
「そんなことは無いわ! そういう意味じゃないの……」
「でもフランは、自分がラヴァーズであることに、こだわっているのね」
フランチェスカはうつむいて答えた。
「ラヴァーズの恋愛感情は、普通の人とは違う」
「同じよ」
強めの口調で、即座に否定したエミリアに、フランチェスカは顔を上げた。
「同じよ、フラン。人を好きになるのに、嘘も本当もないし、誰一人として同じ形ではないわ。だけどラヴァーズも、そうでない人も、誰かを好きになる気持ちだけは、同じなのよ」
「でも……」
「違うと思うのは、フランの心の中に、迷いがあるからだわ。でもそれはフラン自身の迷いであって、誰かのせいだったり、ましてラヴァーズだからでもないわ」
「私、自身の迷い……?」
「フランが、本当に思っていること、本当にしたいとおりにして良いのよ」
「でも、怖いんだ……」
「どうして?」
「リッカルドは私なんかよりも、たとえばエミィみたいな……」
“エミリアが幕僚の高位の人物と恋仲になっている”
それはリッカルドのことだろうと、フランチェスカは思っていた。
自分だって、美人でプロポーションも良く、性格も落ち着いていて優しいエミリアならば、恋をしてしまいそうだったからだ。
だからリッカルドが、エミリアに恋しているのならば、それを確かめたかった。
けれどそれを確かめても、その後どうするかまでは考えていなかった。
もし、リッカルドが自分よりも、エミリアのほうを選ぶのならば……。
フランチェスカの表情が、曇り始めたのを見て取ったエミリアは、静かに言った。
「私には気になる方が、提督の他に居りましてよ」
「……だ、誰?」
「私がお慕いしているのは、名前の頭に“F"がつく人ですから」
そういうと、エミリアは優しい笑みを浮かべ、フランチェスカをそっと抱き寄せて唇にかなり近い右の頬にキスをした。
ごく自然に、流れるようなエミリアの動作に、フランチェスカはまったくの無防備だった。
混乱しかけていた上に、突然のエミリアのキスに、フランチェスカの頭の中は真っ白になった。
「……て、あ、え、エミリア! ちょっと!」
フランチェスカが我に帰ったときには、エミリアはとっくに部屋から消えていた。
「“F”がつく……って、わ、ワタシ?? いや、そんな事……。でも……???」
乱れたベッドに、うつ伏せになったまま動こうとしないフランチェスカに、エミリアは慎重にたずねた。
「提督に、無理矢理……?」
「……」
「酷いことをされたの?」
「強引だったけど、酷いことはされなかった……」
「提督のこと、嫌いになりました?」
「リッカルドが強引なのはいつもだけど……、でも……」
「でも?」
「女って駄目だね、うわべだけの言葉と愛撫で攻め立てられただけで、抵抗できなくなってしまうんだ。いやだって思っていても、体が言うことを聞かない。ウソで塗り固めた言葉も、朦朧とした頭の中では本当みたいに聞こえる。こんなことなら……、いっそ、蔑まれながらレ×プされたほうがよっぽどマシだよ……」
そういってベッドに突っ伏して、すすり泣き始めたフランチェスカを、エミリアはそっと抱きしめた。
「かわいそうに、フラン。でも、リッカルドさんのこと、本当に嫌いになったわけじゃないのでしょう?」
「もう、嫌いだよ……」
「ウソです。本当に嫌いなら、そんな風に泣いたりはしないものですよ」
エミリアは傷ついたフランチェスカに、大切な妹に姉がするように、背中を抱いて額をくっつけた。
「……でも見損なったよ、リッカルドの奴。女なんて力づくで自分の物にして、言うことを聞かせられるとでも思っていたなんて」
フランチェスカもラヴァーズの体を持つ以上、肉体交渉に脆弱なのは仕方のないことではあったが、今そのことをフランチェスカに言うのは逆効果にしかならない。
けれど、エミリアは2人が本当は何を望んでいるのか、それを信じていた。
そして今の二人に必要なのは、関係性の変化と激しい想いのぶつけあいだと、考えていた。
だが、激情は破局への分岐点でもある。だからこそ周囲が慎重にフォローする必要がある。
エミリアはくっつけていた額を離すと、慎重に言った。
「私がラヴァーズになりたての頃は、そう言う風に無理矢理自分の物にしてしまう将校もいたと、聞いたことがあります」
「いまの時代に、そんな事許される筈無いよ」
「そうね。でも、他の誰にも渡したくないと言う気持ちは、きっと同じかもしれないわ」
「そんなの……、ただのワガママだよ。それに、私の気持ちはどうなるの?」
「フランが、はっきりしないのが原因じゃないの?」
「私が? どうして?」
瞳を赤くして見上げるフランチェスカに、エミリアは優しく諭すように言った。
「リッカルドさんがお嫌いなら、フランは幕僚幹部なんだから、具申書を添えて転属願いを艦政本部に出してしまえば、いくら艦隊司令でも人事権を行使できないわ。そうでしょう?」
「……それは、そうなんだけど」
「一緒にいたいと思っているのならば、もっとリッカルドさんを安心させてあげなくては駄目よ」
「……エミィは、リッカルドの味方なんだ」
「そんな風に言われると辛いわ。でも私はフランの味方よ。これは神に誓って」
フランチェスカは付き合いが長い分だけ、リッカルドの女性の好みも知っていた。
それはいまの自分とは違う筈だった。
だからこそ自信がなかった。リッカルドが好むタイプは……。
それに、自分は普通の女なんかじゃない。そのことをリッカルドは、よく知っている筈だった。士官学校時代からの付き合いなのだから。
ラヴァーズになる前の自分を知っていて、それをリッカルドがどう思っているか、フランチェスカの想いは複雑であったし、容易に自分をも納得させられるものでもなかった。
いつの間にか隣に座って肩を抱いてくれていた筈のエミリアが、傍を離れていた。
フランチェスカがそのことに気がつくと、目の前に温めたココアのカップが差し出された。
それを受け取ったフランチェスカは、中身を少しだけ口にした。
砂糖は少なめで、少し苦かった。
フランチェスカはしばらく悩んでから、口ごもるようにして言った。
「ピエンツァで、……リッカルドとは、どうだったの? その……、ずいぶん、仲が良かったみたい、だけど?」

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
恐る恐る、まるで怯える少女のような様子のフランチェスカに、エミリアはフランチェスカの思い悩んでいることが、透けて見えたような気がした。
エミリアは、そっとフランチェスカの口の周りについた、ココアの痕を指で拭うと、自分はフランチェスカが、本当に聞きたいことを知っているというように、笑みを浮かべながら言った。
「気になる?」
「べ、別に……」
「提督は、私には何の関心も持っていないわ。信じておあげなさい」
「うそ」
「本当よ。提督はあれで、身持ちの固い方よ。お話してみて、それが良く分かったわ」
「まさか! あのスケベがそんな筈無い」
「健康な男性ですから、多少スケベなのは、仕方ないでしょう?」
「リッカルドは、私のカラダが目当てなだけだよ!」
「不器用な方ですから、言葉ではうまく伝えられないと思っていらっしゃるのでしょう。本当は、リッカルドさんだって」
「そんなこと、絶対にそんな事無いっ!」
だんっ! とフランチェスカは声を荒らげて、サイドテーブルを叩いた。
「もしかして、フランは、恋を……男性として女性に恋したことがなかったの?」
「……どうして、そんな事聞くの?」
「ある方が……リッカルドさんには士官学校時代、付き合う女性の影も無かったと言っていたので、もしかしたらフランも同じだったのかなって……」
「そう。でもそんな事関係ないと思うけど」
「そう?」
「そうだよ」
「……」
「……」
「恋をするのが、怖いのでしょう?」
エミリアの言葉に、フランチェスカは動揺を隠せなかった。
「自分が相手を好きだとしても、その相手がもし自分のことを好きじゃなかったらと思うと怖いのじゃないの?」
「私は、ラヴァーズになった時点で、自分は恋をしないことに決めたのよ」
「私たちラヴァーズには、恋をする資格なんて、無いとでも?」
「そんなことは無いわ! そういう意味じゃないの……」
「でもフランは、自分がラヴァーズであることに、こだわっているのね」
フランチェスカはうつむいて答えた。
「ラヴァーズの恋愛感情は、普通の人とは違う」
「同じよ」
強めの口調で、即座に否定したエミリアに、フランチェスカは顔を上げた。
「同じよ、フラン。人を好きになるのに、嘘も本当もないし、誰一人として同じ形ではないわ。だけどラヴァーズも、そうでない人も、誰かを好きになる気持ちだけは、同じなのよ」
「でも……」
「違うと思うのは、フランの心の中に、迷いがあるからだわ。でもそれはフラン自身の迷いであって、誰かのせいだったり、ましてラヴァーズだからでもないわ」
「私、自身の迷い……?」
「フランが、本当に思っていること、本当にしたいとおりにして良いのよ」
「でも、怖いんだ……」
「どうして?」
「リッカルドは私なんかよりも、たとえばエミィみたいな……」
“エミリアが幕僚の高位の人物と恋仲になっている”
それはリッカルドのことだろうと、フランチェスカは思っていた。
自分だって、美人でプロポーションも良く、性格も落ち着いていて優しいエミリアならば、恋をしてしまいそうだったからだ。
だからリッカルドが、エミリアに恋しているのならば、それを確かめたかった。
けれどそれを確かめても、その後どうするかまでは考えていなかった。
もし、リッカルドが自分よりも、エミリアのほうを選ぶのならば……。
フランチェスカの表情が、曇り始めたのを見て取ったエミリアは、静かに言った。
「私には気になる方が、提督の他に居りましてよ」
「……だ、誰?」
「私がお慕いしているのは、名前の頭に“F"がつく人ですから」
そういうと、エミリアは優しい笑みを浮かべ、フランチェスカをそっと抱き寄せて唇にかなり近い右の頬にキスをした。
ごく自然に、流れるようなエミリアの動作に、フランチェスカはまったくの無防備だった。
混乱しかけていた上に、突然のエミリアのキスに、フランチェスカの頭の中は真っ白になった。
「……て、あ、え、エミリア! ちょっと!」
フランチェスカが我に帰ったときには、エミリアはとっくに部屋から消えていた。
「“F”がつく……って、わ、ワタシ?? いや、そんな事……。でも……???」
星の海で(10) 「Be My Lover」 (10)リッカルド~怒り
(10)リッカルド~怒り-------------------------------------------------------
翌日。フランチェスカは、大胆な装いでラウンジへと向かっていた。
そしてラウンジの入り口でまるで待っていたかのような、リッカルドに出くわした。
「おい! フランチェスカ! こっちへ来い!」
「痛い! 何だよ! 離せよリッカルド!」
「お前、そんなかっこうして、どういうつもりだ!!」

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
フランチェスカの服装は、ラヴァーズでも普通はそんなコーディネイトはしないだろうと言うような、大胆なものだった。
薄いシースルーの布を軽く体に巻いただけの様なデザイン。普通はその下にカクテルドレスを着るところを、フランチェスカは肌の色に合わせたインナーだけを身に付けていた。そのため遠目には裸の上に薄い布だけを纏ったように見えた。
左足には少し太目の革のアンクレット。両手首にも太い革のリストバンドで薄布の袖を止めていた。そして首にはラヴァーズ徽章のついた黒のチョーカー。そして濃いメイクに、銀の鎖の髪飾り。
リッカルドは以前にそんな姿の女性を見たことがあった。それは連合国の支配の及ばないような辺境の惑星。奴隷商に売られる哀れな少女の姿に似ていた。
「そんな格好って、別にラヴァーズだもん。これぐらいの格好はするさ!」
「お前は幕僚の一員だ。非常呼集がかかったら、その格好で艦橋に来るつもりか!」
「前線から100光年も離れているのに、そんなことあるわけ無いじゃん!」
「ふざけるな! 非常呼集は、艦隊の技量・士気を維持するために、前線からの距離など関係なく、かけられるんだ。そんな時に、お前はそんな裸同然の格好で来て、下士官たちがなんと思うか、判っているのか!」
「それはリッカルド次第だろ、平時の非常呼集発令権は、艦隊司令にあるんだから。リッカルドが私に、こういう姿で指揮補佐をして欲しいのなら、別だけど?」
「馬鹿野郎!」
パァン! と言う音に、はらはらしながらその様子を見ていたメリッサが、慌ててフランチェスカの傍に駆け寄り、庇う様にして抱き起こした。
フランチェスカは、立ち上がるときに一瞬眩暈がしたものの、引きとめようとするメリッサの腕を払って立ち上がった。
「ぶったね」
「ああ、ぶったとも! 今後ラウンジへの出入りは一切禁じる。もちろんラヴァーズの代行当番なんてのも認めない!」
「横暴だ! どういう権限で!」
「艦隊の士気に重大な影響を及ぼすと判断したからだ! 文句があるなら謹慎処分も辞さない!」
険悪な雰囲気の二人の間に、それまでラウンジの中で心配そうに見守っていたフェラーリオ参謀が割って入った。
「て、提督、落ち着いて! 大尉ももっと冷静に」
「邪魔をするな参謀! 口出し無用!」
「もういいよ! リッカルドの馬鹿野郎! 謹慎処分にでも何でも、すればいいだろ!!」
「大尉! 提督! この件は参謀としても異論を挟まずに居れません。人事部と私めに御一任いただきたい」
「いや、ラウンジ内での出来事は、厚生部長の私の管轄だ。提督もここは一度引かれて、この場は私に預からせて頂きたい。大尉には私から」
「くそっ! どいつもこいつもこのアバズレのカタを持つってのか!」
「アバズレって、なんだよ! 言っていいことと悪いことが……」
「大尉も提督もおやめください!!」
フェラーリオ参謀は、今にもつかみ合いの喧嘩騒動に発展しそうな二人を引き離した。
しかし、どうすればこの場を収められるかについては策が無かった。
リッカルドも流石に暴力沙汰に発展するのは、まずいと考えたらしく、制服をわざとらしく直すと、フランチェスカに言った。
「あまえ、今は“ラヴァーズなんだよな?」
「そうだよ! だから何?」
「なら“お誘い”だ! 俺に付き合え!」
「何だと! 絶対嫌だね。お断りだ!」
「ラヴァーズなら、その職務を果たせ。戦闘副官だと言うなら、着替えて艦橋へ戻れ。これは命令だ!」
「横暴だ!」
「うるさい!」
リッカルドはフランチェスカの腕をつかむと、抵抗するのもかまわずに強引にラウンジを出ていった。
フェラーリオ参謀も慌てて、その後を追っていった。
激しいやり取りを呆然と見ていた、ラウンジのマスターとメリッサは我に返ると、お互いの顔を見合わせた。
「随分と判りやすかったな」
「ええ。でも大丈夫でしょうか?」
「どうなるか、賭けるか?」
「賭けるって?」
「破局か、否か」
「マスターはどちらだと?」
「うむ、後者だな」
「じゃ、賭けになりませんね。でもエミリアさんには、伝えておいたほうがいいかも」
メリッサは自分のポーチから端末を取り出すと、エミリアにコールした。
連絡を受けたエミリアは、自分の計画通りに事態が進んでいることに、少しだけ安堵した。
フランチェスカに大胆な格好をさせたのも、リッカルドにラウンジでフランチェスカを待っているように仕向けたのも、自分の計画ではあったが、予想外の事態も十分起こりうる。
計画を確実に成功させるには、エミリア自身の適切なフォローが必要であったからだ。
2人を自分の持ち駒のように扱うことに、エミリアは罪の意識を感じてはいた。
だが、2人が強く結ばれることは、アンドレア・ドリアに所属する、みんなの願いでもあった。 自分に課せられた役回りが、いかに重要なものであるかを、強く肝に銘じた。
数時間後、リッカルドは自室に戻って制服を着替えると、艦橋にもどって指揮を引き継いだが、フランチェスカはラウンジに現れることはなかった。
艦橋詰めの士官からの連絡で、リッカルドだけが執務についたことを知ると、エミリアは直ぐにフランチェスカの部屋を訪ねた。
フランチェスカの乱れた着衣とベッドの荒れ様から、何があったのかエミリアには見て取れた。
翌日。フランチェスカは、大胆な装いでラウンジへと向かっていた。
そしてラウンジの入り口でまるで待っていたかのような、リッカルドに出くわした。
「おい! フランチェスカ! こっちへ来い!」
「痛い! 何だよ! 離せよリッカルド!」
「お前、そんなかっこうして、どういうつもりだ!!」

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
フランチェスカの服装は、ラヴァーズでも普通はそんなコーディネイトはしないだろうと言うような、大胆なものだった。
薄いシースルーの布を軽く体に巻いただけの様なデザイン。普通はその下にカクテルドレスを着るところを、フランチェスカは肌の色に合わせたインナーだけを身に付けていた。そのため遠目には裸の上に薄い布だけを纏ったように見えた。
左足には少し太目の革のアンクレット。両手首にも太い革のリストバンドで薄布の袖を止めていた。そして首にはラヴァーズ徽章のついた黒のチョーカー。そして濃いメイクに、銀の鎖の髪飾り。
リッカルドは以前にそんな姿の女性を見たことがあった。それは連合国の支配の及ばないような辺境の惑星。奴隷商に売られる哀れな少女の姿に似ていた。
「そんな格好って、別にラヴァーズだもん。これぐらいの格好はするさ!」
「お前は幕僚の一員だ。非常呼集がかかったら、その格好で艦橋に来るつもりか!」
「前線から100光年も離れているのに、そんなことあるわけ無いじゃん!」
「ふざけるな! 非常呼集は、艦隊の技量・士気を維持するために、前線からの距離など関係なく、かけられるんだ。そんな時に、お前はそんな裸同然の格好で来て、下士官たちがなんと思うか、判っているのか!」
「それはリッカルド次第だろ、平時の非常呼集発令権は、艦隊司令にあるんだから。リッカルドが私に、こういう姿で指揮補佐をして欲しいのなら、別だけど?」
「馬鹿野郎!」
パァン! と言う音に、はらはらしながらその様子を見ていたメリッサが、慌ててフランチェスカの傍に駆け寄り、庇う様にして抱き起こした。
フランチェスカは、立ち上がるときに一瞬眩暈がしたものの、引きとめようとするメリッサの腕を払って立ち上がった。
「ぶったね」
「ああ、ぶったとも! 今後ラウンジへの出入りは一切禁じる。もちろんラヴァーズの代行当番なんてのも認めない!」
「横暴だ! どういう権限で!」
「艦隊の士気に重大な影響を及ぼすと判断したからだ! 文句があるなら謹慎処分も辞さない!」
険悪な雰囲気の二人の間に、それまでラウンジの中で心配そうに見守っていたフェラーリオ参謀が割って入った。
「て、提督、落ち着いて! 大尉ももっと冷静に」
「邪魔をするな参謀! 口出し無用!」
「もういいよ! リッカルドの馬鹿野郎! 謹慎処分にでも何でも、すればいいだろ!!」
「大尉! 提督! この件は参謀としても異論を挟まずに居れません。人事部と私めに御一任いただきたい」
「いや、ラウンジ内での出来事は、厚生部長の私の管轄だ。提督もここは一度引かれて、この場は私に預からせて頂きたい。大尉には私から」
「くそっ! どいつもこいつもこのアバズレのカタを持つってのか!」
「アバズレって、なんだよ! 言っていいことと悪いことが……」
「大尉も提督もおやめください!!」
フェラーリオ参謀は、今にもつかみ合いの喧嘩騒動に発展しそうな二人を引き離した。
しかし、どうすればこの場を収められるかについては策が無かった。
リッカルドも流石に暴力沙汰に発展するのは、まずいと考えたらしく、制服をわざとらしく直すと、フランチェスカに言った。
「あまえ、今は“ラヴァーズなんだよな?」
「そうだよ! だから何?」
「なら“お誘い”だ! 俺に付き合え!」
「何だと! 絶対嫌だね。お断りだ!」
「ラヴァーズなら、その職務を果たせ。戦闘副官だと言うなら、着替えて艦橋へ戻れ。これは命令だ!」
「横暴だ!」
「うるさい!」
リッカルドはフランチェスカの腕をつかむと、抵抗するのもかまわずに強引にラウンジを出ていった。
フェラーリオ参謀も慌てて、その後を追っていった。
激しいやり取りを呆然と見ていた、ラウンジのマスターとメリッサは我に返ると、お互いの顔を見合わせた。
「随分と判りやすかったな」
「ええ。でも大丈夫でしょうか?」
「どうなるか、賭けるか?」
「賭けるって?」
「破局か、否か」
「マスターはどちらだと?」
「うむ、後者だな」
「じゃ、賭けになりませんね。でもエミリアさんには、伝えておいたほうがいいかも」
メリッサは自分のポーチから端末を取り出すと、エミリアにコールした。
連絡を受けたエミリアは、自分の計画通りに事態が進んでいることに、少しだけ安堵した。
フランチェスカに大胆な格好をさせたのも、リッカルドにラウンジでフランチェスカを待っているように仕向けたのも、自分の計画ではあったが、予想外の事態も十分起こりうる。
計画を確実に成功させるには、エミリア自身の適切なフォローが必要であったからだ。
2人を自分の持ち駒のように扱うことに、エミリアは罪の意識を感じてはいた。
だが、2人が強く結ばれることは、アンドレア・ドリアに所属する、みんなの願いでもあった。 自分に課せられた役回りが、いかに重要なものであるかを、強く肝に銘じた。
数時間後、リッカルドは自室に戻って制服を着替えると、艦橋にもどって指揮を引き継いだが、フランチェスカはラウンジに現れることはなかった。
艦橋詰めの士官からの連絡で、リッカルドだけが執務についたことを知ると、エミリアは直ぐにフランチェスカの部屋を訪ねた。
フランチェスカの乱れた着衣とベッドの荒れ様から、何があったのかエミリアには見て取れた。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (9)リッカルド~想い
(9)リッカルド~想い-------------------------------------------------------
ラウンジの終了時刻が近づくと、リッカルドは急くようにエミリアの手をとり、人目に着かないところへと促した。
リッカルドは士官達や、エミリアに勧められるままに、かなりの量の酒を飲んでいた。 酩酊寸前でラヴァーズに絡んでいては、良からぬ噂を立てられてしまう……いや現実にはそこまでにはなってはいなかったが、リッカルドの体力も限界に近かった。
「エミリア、こんなことをいつまで続けていればいいんだ?」
「提督からこんなに熱烈なお誘いを受けるなんて、光栄ですわ」
「ふざけている場合じゃない。今日まで君たちが言うとおりにしてきたが、あれでいいのか?」
「ええ、作戦は今も順調ですわよ」
「どこがなんだ? フランチェスカは一向にラヴァーズの当番を止めるとは言わないし、今日だってあの人気ぶりだ」
「あら、嫉妬していらっしゃるんですの?」
「誰にだ!」
「フランチェスカさんなら、誰の誘いにも乗っていませんでしたでしょう? 提督がご懸念されているようなことはありませんわ。提督だって、ご自分の恋人が艦隊のアイドルであったほうがうれしいでしょう?」
「フランチェスカは、恋人なんかでは……」
「独占したい、そう思っていらっしゃるのでしょう?」
「ラヴァーズを独占などできるものか」
「あら、提督はフランチェスカさんがラヴァーズをすることに、反対されていたのではありませんか?」
「む……」
リッカルドは一瞬押し黙ったが、やがてつぶやく様に言った。
「約束……したんだ」
「約束?」
酒が入っているとはいえ、艦隊提督としての威厳など微塵も感じさせない、まるで恋に悩む青年のような表情をするリッカルドに、エミリアは驚きを感じながら尋ねた。
「約束とは、なんでしょう?」
「“いつか、元に戻してやる”と、フランチェスカ……いや、フランツに、俺は約束したんだ……」
「彼女を、男に戻すという意味ですか?」
「そうだ」
「それが、リッカルドさんが本当に望んでいることなんですか?」
「……」
リッカルドは押し黙ったまま、答えなかった。
しかし、エミリアはそれこそが答えなのではないかと思った。
そして恋に悩む青年には、年上の女性の様に接するのがエミリアのやり方だった。
「良い事を教えて差し上げますわ」
「なんだ?」
「ラヴァーズは誰でも、その意思とは別に、肉体的な交渉にはとても脆弱ですのよ?」
「ど、どういう意味だ」
「ぶっちゃけた話、セックスで堕とせるって言うことですのよ。それに、ラヴァーズをしていれば乱暴にされることもあることを、フランチェスカさんは経験ないのではありませんか?」
「あいつを、レイプしろって言うのか?」
「それは提督がどういうお気持ちでなさるかに、よりますわ」
「……だ、だが」
「言葉でうまく伝わらなければ、行動で示すしかありませんわ。提督には、身に覚えがございますでしょう?」
「わ、わからんな……。だいいち……いや、なんでもない」
互いに少し酔っているとはいえ、続けざまのストレートな男女の話に、リッカルドは動揺を隠せなかった。その対象がフランチェスカであったなら、なおさらだった。
逆にアルコールには強い免疫力を持つエミリアは、冷静になれた。
そして、わざと酔っているかのように振舞った。
エミリアはすっと体をリッカルドに寄せると、手をとって耳元で囁く様に言った。
「まぁ、一度や二度寝た位では、そう簡単には堕ちませんけどね。それに、それだけではダメ。弱みに付け込むというと聞こえが悪いですが、抗うことが難しい時でもあります。優しく真摯に向き合えば、頑な心も開かれる事でしょう。でもどうですか? 実地で教えて差し上げましょうか?」
「な!? い、いやっ! し、しかし俺は!」
リッカルドはあわてたようにエミリアの手を振り払い、ソファから立ち上がった。
まるで初心(うぶ)な少年のように顔を真っ赤にして後ずさるリッカルドに、エミリアは我慢しきれずに笑ってしまった。
リッカルドはエミリアの様子から、自分がからかわれたのだと悟り、乱暴にソファに座りなおした。
「た、性質の悪い冗談は止めてくれ!」
「うふふふ……。これは失礼いたしました。でも、驚きですわ」
「何がだ!」
「フランチェスカさんが言うのとはまったく正反対に、ずいぶんと身持ちがお堅いのですね」
「俺は、もともと女性には、あまり興味は……」
「フランチェスカさんただお一人と、そうお決めになられているんでしょう?」
「そ! そんなことは……ない。あれは……」
口ごもるリッカルドに、エミリアは確信を得たと思った。
「一途でいらっしゃる提督に、良い事を教えて差し上げますわ。これはフランチェスカさんもご存じないこと」
「……なんだ?」
「艦に所属するラヴァーズには、各艦毎に決まりがありますのよ」
「どんな?」
「殿方のお誘いを受けるときは、こんなふうに相手の左手の人差し指と中指だけを、きゅっと握るんですの。これはアンディに所属するラヴァーズだけの、決まり事」
「それがなんだ……ん? 待てよ」
「さっき提督が私をラウンジから連れ出すとき、私は同じように提督の手を握ってしまいましたわ」
「……いや、そ、それはだな、俺だって知らなかったのだ。だから……いや、君に魅力が無いといっているわけではないぞ。俺は……」
「うふふ……ええ、判っています。でも今問題なのは、フランチェスカさんもこのことをご存じないと言うことです。フランチェスカさんは、誰からもお誘いが無いと残念がっていらっしゃいましたが、彼女はお誘いを受ける、約束事を知らなかっただけなのです」
「ということは……」
「この決まり事を知った殿方は、絶対に他言無用。約束は守れますか?」
「ああ、それはもちろん守るが……」
「でもラヴァーズ同士では秘密でも何でもありません。もしかしたら明日あたり、メリッサが教えてしまうかもしれませんけど……」
「これで、失礼する」
「ご健闘をお祈りしていますわ。うふふ」
踵を返して、リッカルドはラウンジへ戻ったが、既に閉店を迎えたラウンジに、フランチェスカの姿は無かった。
リッカルドは慌ててフランチェスカの私室にも行ったが、まだ帰って来てはいない様子だった。
当直時間の近づいたリッカルドは、苛立ちを抱えたまま、艦橋へ戻らざるを得なかった。
アルコール分解酵素を含んだタブレットを、ばりばりと過剰摂取した効果で、酔いは直ぐに醒めたが、その副作用だけではない頭痛に悩まされながら司令席には着いたものの、まったく仕事にならなかった。
その晩、フランチェスカが自室に戻らず、エミリアの私室で一緒に過ごすことになっていたことも、エミリアとフェラーリオの策のひとつではあったが、リッカルドにはそんなことはまったく想像の範囲外のことであった。
ラウンジの終了時刻が近づくと、リッカルドは急くようにエミリアの手をとり、人目に着かないところへと促した。
リッカルドは士官達や、エミリアに勧められるままに、かなりの量の酒を飲んでいた。 酩酊寸前でラヴァーズに絡んでいては、良からぬ噂を立てられてしまう……いや現実にはそこまでにはなってはいなかったが、リッカルドの体力も限界に近かった。
「エミリア、こんなことをいつまで続けていればいいんだ?」
「提督からこんなに熱烈なお誘いを受けるなんて、光栄ですわ」
「ふざけている場合じゃない。今日まで君たちが言うとおりにしてきたが、あれでいいのか?」
「ええ、作戦は今も順調ですわよ」
「どこがなんだ? フランチェスカは一向にラヴァーズの当番を止めるとは言わないし、今日だってあの人気ぶりだ」
「あら、嫉妬していらっしゃるんですの?」
「誰にだ!」
「フランチェスカさんなら、誰の誘いにも乗っていませんでしたでしょう? 提督がご懸念されているようなことはありませんわ。提督だって、ご自分の恋人が艦隊のアイドルであったほうがうれしいでしょう?」
「フランチェスカは、恋人なんかでは……」
「独占したい、そう思っていらっしゃるのでしょう?」
「ラヴァーズを独占などできるものか」
「あら、提督はフランチェスカさんがラヴァーズをすることに、反対されていたのではありませんか?」
「む……」
リッカルドは一瞬押し黙ったが、やがてつぶやく様に言った。
「約束……したんだ」
「約束?」
酒が入っているとはいえ、艦隊提督としての威厳など微塵も感じさせない、まるで恋に悩む青年のような表情をするリッカルドに、エミリアは驚きを感じながら尋ねた。
「約束とは、なんでしょう?」
「“いつか、元に戻してやる”と、フランチェスカ……いや、フランツに、俺は約束したんだ……」
「彼女を、男に戻すという意味ですか?」
「そうだ」
「それが、リッカルドさんが本当に望んでいることなんですか?」
「……」
リッカルドは押し黙ったまま、答えなかった。
しかし、エミリアはそれこそが答えなのではないかと思った。
そして恋に悩む青年には、年上の女性の様に接するのがエミリアのやり方だった。
「良い事を教えて差し上げますわ」
「なんだ?」
「ラヴァーズは誰でも、その意思とは別に、肉体的な交渉にはとても脆弱ですのよ?」
「ど、どういう意味だ」
「ぶっちゃけた話、セックスで堕とせるって言うことですのよ。それに、ラヴァーズをしていれば乱暴にされることもあることを、フランチェスカさんは経験ないのではありませんか?」
「あいつを、レイプしろって言うのか?」
「それは提督がどういうお気持ちでなさるかに、よりますわ」
「……だ、だが」
「言葉でうまく伝わらなければ、行動で示すしかありませんわ。提督には、身に覚えがございますでしょう?」
「わ、わからんな……。だいいち……いや、なんでもない」
互いに少し酔っているとはいえ、続けざまのストレートな男女の話に、リッカルドは動揺を隠せなかった。その対象がフランチェスカであったなら、なおさらだった。
逆にアルコールには強い免疫力を持つエミリアは、冷静になれた。
そして、わざと酔っているかのように振舞った。
エミリアはすっと体をリッカルドに寄せると、手をとって耳元で囁く様に言った。
「まぁ、一度や二度寝た位では、そう簡単には堕ちませんけどね。それに、それだけではダメ。弱みに付け込むというと聞こえが悪いですが、抗うことが難しい時でもあります。優しく真摯に向き合えば、頑な心も開かれる事でしょう。でもどうですか? 実地で教えて差し上げましょうか?」
「な!? い、いやっ! し、しかし俺は!」
リッカルドはあわてたようにエミリアの手を振り払い、ソファから立ち上がった。
まるで初心(うぶ)な少年のように顔を真っ赤にして後ずさるリッカルドに、エミリアは我慢しきれずに笑ってしまった。
リッカルドはエミリアの様子から、自分がからかわれたのだと悟り、乱暴にソファに座りなおした。
「た、性質の悪い冗談は止めてくれ!」
「うふふふ……。これは失礼いたしました。でも、驚きですわ」
「何がだ!」
「フランチェスカさんが言うのとはまったく正反対に、ずいぶんと身持ちがお堅いのですね」
「俺は、もともと女性には、あまり興味は……」
「フランチェスカさんただお一人と、そうお決めになられているんでしょう?」
「そ! そんなことは……ない。あれは……」
口ごもるリッカルドに、エミリアは確信を得たと思った。
「一途でいらっしゃる提督に、良い事を教えて差し上げますわ。これはフランチェスカさんもご存じないこと」
「……なんだ?」
「艦に所属するラヴァーズには、各艦毎に決まりがありますのよ」
「どんな?」
「殿方のお誘いを受けるときは、こんなふうに相手の左手の人差し指と中指だけを、きゅっと握るんですの。これはアンディに所属するラヴァーズだけの、決まり事」
「それがなんだ……ん? 待てよ」
「さっき提督が私をラウンジから連れ出すとき、私は同じように提督の手を握ってしまいましたわ」
「……いや、そ、それはだな、俺だって知らなかったのだ。だから……いや、君に魅力が無いといっているわけではないぞ。俺は……」
「うふふ……ええ、判っています。でも今問題なのは、フランチェスカさんもこのことをご存じないと言うことです。フランチェスカさんは、誰からもお誘いが無いと残念がっていらっしゃいましたが、彼女はお誘いを受ける、約束事を知らなかっただけなのです」
「ということは……」
「この決まり事を知った殿方は、絶対に他言無用。約束は守れますか?」
「ああ、それはもちろん守るが……」
「でもラヴァーズ同士では秘密でも何でもありません。もしかしたら明日あたり、メリッサが教えてしまうかもしれませんけど……」
「これで、失礼する」
「ご健闘をお祈りしていますわ。うふふ」
踵を返して、リッカルドはラウンジへ戻ったが、既に閉店を迎えたラウンジに、フランチェスカの姿は無かった。
リッカルドは慌ててフランチェスカの私室にも行ったが、まだ帰って来てはいない様子だった。
当直時間の近づいたリッカルドは、苛立ちを抱えたまま、艦橋へ戻らざるを得なかった。
アルコール分解酵素を含んだタブレットを、ばりばりと過剰摂取した効果で、酔いは直ぐに醒めたが、その副作用だけではない頭痛に悩まされながら司令席には着いたものの、まったく仕事にならなかった。
その晩、フランチェスカが自室に戻らず、エミリアの私室で一緒に過ごすことになっていたことも、エミリアとフェラーリオの策のひとつではあったが、リッカルドにはそんなことはまったく想像の範囲外のことであった。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (8)フェアリーズ・ナイト
(8)フェアリーズ・ナイト ----------------------------------------------------
一日おいてさらに翌日、フランチェスカが開店準備のためラウンジに急ぐと、そこには既にエミリアが待っていた。
「フランチェスカさん」
「ああ、エミリア。どうしたの?」
「今日は私と一緒の当番ですよ」
「そうだったっけ? よろしく」
「ええ、私もご一緒出来るの、楽しみにしておりますのよ」
「そ、そう?」
「ええ。だって、こんなにかわいらしいラヴァーズなんて、めったにいらっしゃるものではありませんから」
「ありがとう。でも、まだ一度もお誘いは無いけれどね」
「フランチェスカさんのかわいらしさに、皆さん気後れしていらっしゃるだけですわ」
「そんなことないわ。私自分でも判っているんだけど、化粧もドレスのコーディネイトも良く判っていないから……」
「それならよろしければ私が、少々ご指南して差し上げますわ」
「そっか、エミリアはラヴァーズの元教官だったんだものね。お願いします!」
「ええ、喜んで」
エミリアの指導は化粧やドレスのコーディネイトにとどまらず、立ち居振る舞いや言葉遣いにも及んだが、フランチェスカは改めてそういったことを聞いていると、恥ずかしい物を感じた。
自分はラヴァーズとして、なんといい加減だったのかと。
教えを乞ううちに、自分が如何にラヴァーズとして中途半端だったかを、思い知らされると同時に、エミリアの女性的魅力が自分とは比較にならないほどであることを、痛感させられた。
話していれば話すほど、その女性的魅力を感じさせ、知れば知るほど魅了させられる。 そんな理想の女性に近かった。
もし自分が男のままだったら迷わず、求婚してしまうだろう。
フランチェスカはそう感じると同時に、例の噂の真偽にまで、想いが及んでいた。
「ええと、他に教えておかなきゃいけないことは、あったかしら……」
ラヴァーズ教官時代のことを思い出しながら、腕を組んでいるエミリアに、フランチェスカは思い切って尋ねた。
「ねぇ、エミリアは、その……、艦隊に誰か好きな人いるの?」
「唐突な質問ですね」
「うん……。ごめん」
「そうですねぇ……。かわいい妹になら、教えなくもないですよ」
いたずらっぽく微笑むエミリアに、フランチェスカはわざと甘えるように言ってみた。
「エ、エミィお姉ちゃん!」
「なあに? フラン」
「お姉ちゃんは、誰か好きな人がいるの?」
「もちろん、いますよ。将来のことまで考えています」
「だ、誰っ!?」
フランチェスカは姉妹ごっこもそっちのけで、思わず大きな声になってしまった。
「それは秘密です」
エミリアは口元に人差し指を当ててウィンクした。
「ず、するい!」
「フランは、誰か好きな人いるの」
「そ、それは私も秘密です!」
「ずるい妹ね。妹は、姉に隠し事はしないものですよ?」
「横暴だー」
「うふふふ……」
「ふふふ……」
二人は互いの児戯に少しだけ笑い合うと、エミリアが尋ねた。
「ねぇフラン、あなた、歌は歌える?」
「少しなら、たぶん。士官学校時代はカラオケ得意だったし」
「あら、意外ね。それならダンスはどう?」
「うーん、ダンスというほどではないけど、トリポリの地上訓練で、モダンバレエなら少し……」
「地上訓練って、陸戦部隊の訓練で?」
「あ、いえ、訓練部隊の隊長の奥さんから、ちょっとだけ教えてもらったの」
フランチェスカは、アンドレア・ドリアに乗る前の短い間ではあったが、思い出深かった地上訓練のことを思い出していた。同時に、自分にバレエだけでなく、他にも大切なことを沢山教わったあの人に、エミリアは良く似ているとも思った。
だから、エミリアがリッカルドと恋仲になっていたのだとしても、尊敬していたあの人に似ているから、諦めることもできるのだという気持ちにもなっていた。
「そうか、バレエね……。それなら何とかいけるかな?」
「今度は、何をするの?」
「あのね……」
エミリアの提案に、最初は尻込みしたフランチェスカではあったが、言われたとおりに体を動かしているうちに、自然とその気になっていった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
その夜のラウンジは特別だった。
普段は埃を被って、ラウンジの隅の一角を占領している時代物のピアノが、飾りではないことを証明し、ラヴァーズが単なるホステスや、擬似恋愛の相手だけでないことを示すように、ステージが開かれた。
そのステージでは、二つの異なる華麗な花が主役だった。
成熟した女性の妖艶な美しさに、高い気品を演出するエミリア。
少女の様な可愛らしさと、清楚さの中に秘めた危うさを演出する、フランチェスカ。
相異なる魅力を持った二人のラヴァーズに、ラウンジは大いに盛り上がった。
エミリアがしっとりとしたバラードを歌い終えると、ラウンジにはため息とともに大きな拍手が沸き起こり、多少ぎこちなさはあったものの、フランチェスカが本国のハイティーンアイドルが歌うような、アップテンポな歌とダンスを踊れば、熱烈なラブコールが上がった。
艦内各所にある休憩所のモニタや、通路を通じてラウンジの様子が伝わると、座る席も無いほどに兵士や士官たちが、ラウンジに詰め掛けた。
リッカルドとフェラーリオもフランチェスカの気づかないうちに、ラウンジに現れていた。
リッカルドはフランチェスカを一瞥すると、『お前があんなふうに歌ったり踊ったりするのは初めて見た』と一言だけ言うと、エミリアの方へ行き、いつものように手をとってキスをすると、エミリアの隣に座った。フランチェスカはそれを横目で見ながら、他の士官や兵士たちのいるテーブルに混じった。
それを見た兵士や士官たちは、3人の関係に付いて流れる噂について、ひとつの結論が出たと、囁きあった。
曰く、“ガルバルディ提督はジナステラ大尉との関係を解消し、エミリアに乗り換えた”。
もちろんそれはエミリアの策で、そうした噂が真実性を持ちうるこの場において、密かに流させたものだった。
それは2人の耳にも届いたが、反応はそれぞれ違っていた。
フランチェスカは諦観の表情で、リッカルドは不安と落ち着きの無い表情を隠せずに、聞こえていない振りを装った。
一日おいてさらに翌日、フランチェスカが開店準備のためラウンジに急ぐと、そこには既にエミリアが待っていた。
「フランチェスカさん」
「ああ、エミリア。どうしたの?」
「今日は私と一緒の当番ですよ」
「そうだったっけ? よろしく」
「ええ、私もご一緒出来るの、楽しみにしておりますのよ」
「そ、そう?」
「ええ。だって、こんなにかわいらしいラヴァーズなんて、めったにいらっしゃるものではありませんから」
「ありがとう。でも、まだ一度もお誘いは無いけれどね」
「フランチェスカさんのかわいらしさに、皆さん気後れしていらっしゃるだけですわ」
「そんなことないわ。私自分でも判っているんだけど、化粧もドレスのコーディネイトも良く判っていないから……」
「それならよろしければ私が、少々ご指南して差し上げますわ」
「そっか、エミリアはラヴァーズの元教官だったんだものね。お願いします!」
「ええ、喜んで」
エミリアの指導は化粧やドレスのコーディネイトにとどまらず、立ち居振る舞いや言葉遣いにも及んだが、フランチェスカは改めてそういったことを聞いていると、恥ずかしい物を感じた。
自分はラヴァーズとして、なんといい加減だったのかと。
教えを乞ううちに、自分が如何にラヴァーズとして中途半端だったかを、思い知らされると同時に、エミリアの女性的魅力が自分とは比較にならないほどであることを、痛感させられた。
話していれば話すほど、その女性的魅力を感じさせ、知れば知るほど魅了させられる。 そんな理想の女性に近かった。
もし自分が男のままだったら迷わず、求婚してしまうだろう。
フランチェスカはそう感じると同時に、例の噂の真偽にまで、想いが及んでいた。
「ええと、他に教えておかなきゃいけないことは、あったかしら……」
ラヴァーズ教官時代のことを思い出しながら、腕を組んでいるエミリアに、フランチェスカは思い切って尋ねた。
「ねぇ、エミリアは、その……、艦隊に誰か好きな人いるの?」
「唐突な質問ですね」
「うん……。ごめん」
「そうですねぇ……。かわいい妹になら、教えなくもないですよ」
いたずらっぽく微笑むエミリアに、フランチェスカはわざと甘えるように言ってみた。
「エ、エミィお姉ちゃん!」
「なあに? フラン」
「お姉ちゃんは、誰か好きな人がいるの?」
「もちろん、いますよ。将来のことまで考えています」
「だ、誰っ!?」
フランチェスカは姉妹ごっこもそっちのけで、思わず大きな声になってしまった。
「それは秘密です」
エミリアは口元に人差し指を当ててウィンクした。
「ず、するい!」
「フランは、誰か好きな人いるの」
「そ、それは私も秘密です!」
「ずるい妹ね。妹は、姉に隠し事はしないものですよ?」
「横暴だー」
「うふふふ……」
「ふふふ……」
二人は互いの児戯に少しだけ笑い合うと、エミリアが尋ねた。
「ねぇフラン、あなた、歌は歌える?」
「少しなら、たぶん。士官学校時代はカラオケ得意だったし」
「あら、意外ね。それならダンスはどう?」
「うーん、ダンスというほどではないけど、トリポリの地上訓練で、モダンバレエなら少し……」
「地上訓練って、陸戦部隊の訓練で?」
「あ、いえ、訓練部隊の隊長の奥さんから、ちょっとだけ教えてもらったの」
フランチェスカは、アンドレア・ドリアに乗る前の短い間ではあったが、思い出深かった地上訓練のことを思い出していた。同時に、自分にバレエだけでなく、他にも大切なことを沢山教わったあの人に、エミリアは良く似ているとも思った。
だから、エミリアがリッカルドと恋仲になっていたのだとしても、尊敬していたあの人に似ているから、諦めることもできるのだという気持ちにもなっていた。
「そうか、バレエね……。それなら何とかいけるかな?」
「今度は、何をするの?」
「あのね……」
エミリアの提案に、最初は尻込みしたフランチェスカではあったが、言われたとおりに体を動かしているうちに、自然とその気になっていった。
その夜のラウンジは特別だった。
普段は埃を被って、ラウンジの隅の一角を占領している時代物のピアノが、飾りではないことを証明し、ラヴァーズが単なるホステスや、擬似恋愛の相手だけでないことを示すように、ステージが開かれた。
そのステージでは、二つの異なる華麗な花が主役だった。
成熟した女性の妖艶な美しさに、高い気品を演出するエミリア。
少女の様な可愛らしさと、清楚さの中に秘めた危うさを演出する、フランチェスカ。
相異なる魅力を持った二人のラヴァーズに、ラウンジは大いに盛り上がった。
エミリアがしっとりとしたバラードを歌い終えると、ラウンジにはため息とともに大きな拍手が沸き起こり、多少ぎこちなさはあったものの、フランチェスカが本国のハイティーンアイドルが歌うような、アップテンポな歌とダンスを踊れば、熱烈なラブコールが上がった。
艦内各所にある休憩所のモニタや、通路を通じてラウンジの様子が伝わると、座る席も無いほどに兵士や士官たちが、ラウンジに詰め掛けた。
リッカルドとフェラーリオもフランチェスカの気づかないうちに、ラウンジに現れていた。
リッカルドはフランチェスカを一瞥すると、『お前があんなふうに歌ったり踊ったりするのは初めて見た』と一言だけ言うと、エミリアの方へ行き、いつものように手をとってキスをすると、エミリアの隣に座った。フランチェスカはそれを横目で見ながら、他の士官や兵士たちのいるテーブルに混じった。
それを見た兵士や士官たちは、3人の関係に付いて流れる噂について、ひとつの結論が出たと、囁きあった。
曰く、“ガルバルディ提督はジナステラ大尉との関係を解消し、エミリアに乗り換えた”。
もちろんそれはエミリアの策で、そうした噂が真実性を持ちうるこの場において、密かに流させたものだった。
それは2人の耳にも届いたが、反応はそれぞれ違っていた。
フランチェスカは諦観の表情で、リッカルドは不安と落ち着きの無い表情を隠せずに、聞こえていない振りを装った。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (7)フランチェスカ~想い
(7)フランチェスカ~想い -----------------------------------------------------
開店前のラウンジでは、恋バナに没頭している二人の姿があった。
開店準備に忙しいマスターは、それを仏頂面で眺めながらも、二人の邪魔はしなかった。
「フランチェスカさんの魅力がどこにあるか、今すごく判ったような気がする」
「え? どういう……? 今の話の流れで?」
「フランチェスカさんの怒った顔って言うかぁ、困っているところとか、凄くかわいいんだよね。男だったら絶対、ご機嫌取りをしてでも気を引いて、そして笑顔に変えたくなる」
「っ……!」
「もしかして、ガルバルディ提督って、しょっちゅうフランチェスカさんのこと、怒らせたり困らせたりしていません?」
「! …………す、スル」
「それってきっと、フランチェスカさんのことが好きだからそうしているんですよ、絶対!」
「な、なんでそんなこと、ダニエラに言えるのよ……」
「フランチェスカさんは、ご自分のことだからわからないかもしれないけど、男なら、いえ“元、男でも”絶対にそう思います。フェルナンドが言ったとおりだわ」
「ちゅ、中尉までが、なんでそんなこと」
「フランチェスカさんが強引に“お誘い”した晩。酔いつぶれてベッドに寝かせた時に、フランチェスカさんが、酔っ払ってつぶやいたそうですよ。“リッカルドのバカ”って」
「う、ウソ!」
「うそじゃないですよ。彼、それを聞いて、『手を出すよりも、守ってやりたくなった』って言っていましたもん」
「…………」
「それともうひとつ」
「何」
「さっきあたいにこう質問したでしょう? “元男だって判っていて、愛してくれる人がいるのか?”って」
「そ、そんな質問していないわ!」
「ウソ。はっきり言いましたよ。それって、本当は、ガルバルディ提督がフランチェスカさんのことを“愛してくれるかしら?”って聞きたかったんでしょう?」
「そ、そんなことは、無いわよ……」
「自分が相手を愛していても、相手が自分を愛してくれるかって、すごーく気になりますもんね」
フランチェスカは、少し考え込む様に下を向いた。
「それはそうだけどさ……。相手だって、自分の事、その……元男だって知ってるわけでしょ? それでも自分の事、愛してくれるって、そんな自信もてるのかなぁって」
「フランチェスカさんは、ご自分が提督に愛されているって、感じていらっしゃらないんですか?」
「私が? まさか! だいたい、もともとそんな関係なんかじゃないもん!!」
「ふーん」
「何よ?」
「じゃぁ、質問を変えます。フランチェスカさんは、誰か恋人にしたいとか、誰かの恋人になりたいとか、思わないんですか」
「思わない」
「へーえ?」
“本当は知っていますよ”と言わんばかりの顔のダニエラに、フランチェスカはばつが悪そうに目をそらした。
「……なによ、そんなにおかしい? 別に、好きな人がいなくたって、おかしくなんかないし、別にラヴァーズだからって……」
「あたいは、例え相手がどんな過去を持っていたとしても、恋に落ちちゃったら愛せると思うし、フェルナンドにも、そうなって欲しいって思ってますよ」
「そうなんだ……。ダニエラは嫌われるのが、その、好きな人に元男のお前なんか嫌いだっていわれるのが、怖くないの?」
「怖いですよ。あたいも昔、そう思ってた。それで、……あたいはフルほうも、フラれる方もいっぱい経験したから、その度に“もう恋はいいや”って、思ったことも何度もあったんだぁ。でもやっぱり何度も繰り返しちゃうんだよねぇ。だって一人でいると、ちょっと寂しいんだもん。だから性懲りも無く、また恋しちゃう。“きっと今度は”って」
「ダニエラは前向きなんだね」
「フランチェスカさんだって、もっと前向きに恋しても、良いんじゃないですか?」
「私が? だ、誰に?」
「またまたぁ、とぼけたって駄目ですよ。決まっているじゃないですか」
「ふん、あんなスケベ提督に恋だなんて……」
「あたいは、ガルバルディ提督に恋しろだなんて、一言も言っていませんよ?」
「ぐっ……ダニエラの意地悪……」
いたずら娘が格好のおもちゃを見つけたかのように、ニヤニヤとするダニエラとは逆に、フランチェスカは嘘を見抜かれたいたずら娘のように、ぷぅっとむくれた。
「じゃあ、意地悪ついでにもう一つ質問。フランチェスカさんは、不特定多数の男性と自由恋愛したり、時には抱かれたりするのに抵抗がないんですか? それって好きな人がいないからなんですか?」
「別にそういうわけじゃ……。ダニエラはどうなのよ? フェルナンドのことが好きなんでしょう? あなただって」
「あたいのは、これが仕事だから。フェルナンドだってそれはわかってくれる。……と、思う」
「仕事じゃなければ?」
「もちろん! フェルナンドに押しかけ女房しちゃうかも。きゃっ♥」
「そう。いいわね、そういうの」
「そうですねぇ……。仕事だから、そういう役割だから時には恋人でもない人と、肌を重ねることもあるラヴァーズだから、本当の恋のときは真剣にならなきゃって、あたいは思ってる」
「本当の、恋?」
「大尉は、どうです? 本当の恋、したくありませんか?」
「私? 私は……」
「女になったのなら、本当の恋をしなきゃ損ですよ。そして結婚できれば最高。あたいはそう思う」
笑顔のダニエラとは対照的に、フランチェスカの表情は少しさえなかった。
ダニエラと自分は、ラヴァーズになった理由も、ラヴァーズでいる事の意味も違う。
それは当然のことだったが、それが自分の中にあるもやもやを晴らしてくれるとは思えなかった。
「……私はさ、ラヴァーズが艦隊にどれだけ重要な存在か、それを身を持って知っている」
「そういえば、大尉は補給も劣悪な、壊滅しかけた艦隊の士気を立て直すために、ラヴァーズになったそうですね」
「ええ、そうよ。明日にも死んでしまうかもしれない、水も食料も無い、5分後には敵がまた現れるかもしれない。そんな極限の恐怖の中で、何が人を支えてくれると思う? 誰が生きる気力を取り戻させてくれると思う?」
「さぁ? 良くわかんない」
「守りたいものが有るにせよ、無いにせよ。もちろん人によってそれは色々あるかもしれない。でもその対象か、或いは誰かに託せるにしろ、それにはラヴァーズが必要なのよ」
「だから、フランチェスカさんは、あたい達ラヴァーズに良くしてくださるんですか?」
「知ってた? ラヴァーズ関係の物資は、最優先補給指定物の一つなのよ」
「そうなんですか?」
「武器弾薬の補給が滞りがちでも、ラヴァーズへの補給物資だけは、水や食料並に最優先で補給されるわ。なぜだかわかる?」
「いいえ」
「ラヴァーズが艦隊の士気に与える影響が大きいことは、さっき説明したでしょう? 兵士たちは、ラヴァーズが不自由なく過ごせて、毎日のように化粧をして、コロンを付けて、時には新しいドレスを着ていれば、それで補給ラインが生きていると理解するのよ。ラウンジに兵士たちが集まるのは、それを確認する意味もあるの。だから、お酒がなくても、出せるメニューが水しかなくても、皆ラウンジに通うのよ。あなた達を見て、安心できるように」
「だからフランチェスカさんは、ラヴァーズに、女の体になることを選んだんですか?」
「たまたま、くじで当たったからかも」
「えぇっ?!」
「でも、後悔はしていないわ。自分で決めたことだから」
「なんだかうれしいな」
「“うれしい”?」
「自分で決めて、ラヴァーズになった人もいるんだってこと。それに羨ましい」
「羨ましい、って私が?」
「そう」
「そう、かなぁ?」
フランチェスカは、ダニエラの言葉には、いまひとつ理解ができなかった。
開店前のラウンジでは、恋バナに没頭している二人の姿があった。
開店準備に忙しいマスターは、それを仏頂面で眺めながらも、二人の邪魔はしなかった。
「フランチェスカさんの魅力がどこにあるか、今すごく判ったような気がする」
「え? どういう……? 今の話の流れで?」
「フランチェスカさんの怒った顔って言うかぁ、困っているところとか、凄くかわいいんだよね。男だったら絶対、ご機嫌取りをしてでも気を引いて、そして笑顔に変えたくなる」
「っ……!」
「もしかして、ガルバルディ提督って、しょっちゅうフランチェスカさんのこと、怒らせたり困らせたりしていません?」
「! …………す、スル」
「それってきっと、フランチェスカさんのことが好きだからそうしているんですよ、絶対!」
「な、なんでそんなこと、ダニエラに言えるのよ……」
「フランチェスカさんは、ご自分のことだからわからないかもしれないけど、男なら、いえ“元、男でも”絶対にそう思います。フェルナンドが言ったとおりだわ」
「ちゅ、中尉までが、なんでそんなこと」
「フランチェスカさんが強引に“お誘い”した晩。酔いつぶれてベッドに寝かせた時に、フランチェスカさんが、酔っ払ってつぶやいたそうですよ。“リッカルドのバカ”って」
「う、ウソ!」
「うそじゃないですよ。彼、それを聞いて、『手を出すよりも、守ってやりたくなった』って言っていましたもん」
「…………」
「それともうひとつ」
「何」
「さっきあたいにこう質問したでしょう? “元男だって判っていて、愛してくれる人がいるのか?”って」
「そ、そんな質問していないわ!」
「ウソ。はっきり言いましたよ。それって、本当は、ガルバルディ提督がフランチェスカさんのことを“愛してくれるかしら?”って聞きたかったんでしょう?」
「そ、そんなことは、無いわよ……」
「自分が相手を愛していても、相手が自分を愛してくれるかって、すごーく気になりますもんね」
フランチェスカは、少し考え込む様に下を向いた。
「それはそうだけどさ……。相手だって、自分の事、その……元男だって知ってるわけでしょ? それでも自分の事、愛してくれるって、そんな自信もてるのかなぁって」
「フランチェスカさんは、ご自分が提督に愛されているって、感じていらっしゃらないんですか?」
「私が? まさか! だいたい、もともとそんな関係なんかじゃないもん!!」
「ふーん」
「何よ?」
「じゃぁ、質問を変えます。フランチェスカさんは、誰か恋人にしたいとか、誰かの恋人になりたいとか、思わないんですか」
「思わない」
「へーえ?」
“本当は知っていますよ”と言わんばかりの顔のダニエラに、フランチェスカはばつが悪そうに目をそらした。
「……なによ、そんなにおかしい? 別に、好きな人がいなくたって、おかしくなんかないし、別にラヴァーズだからって……」
「あたいは、例え相手がどんな過去を持っていたとしても、恋に落ちちゃったら愛せると思うし、フェルナンドにも、そうなって欲しいって思ってますよ」
「そうなんだ……。ダニエラは嫌われるのが、その、好きな人に元男のお前なんか嫌いだっていわれるのが、怖くないの?」
「怖いですよ。あたいも昔、そう思ってた。それで、……あたいはフルほうも、フラれる方もいっぱい経験したから、その度に“もう恋はいいや”って、思ったことも何度もあったんだぁ。でもやっぱり何度も繰り返しちゃうんだよねぇ。だって一人でいると、ちょっと寂しいんだもん。だから性懲りも無く、また恋しちゃう。“きっと今度は”って」
「ダニエラは前向きなんだね」
「フランチェスカさんだって、もっと前向きに恋しても、良いんじゃないですか?」
「私が? だ、誰に?」
「またまたぁ、とぼけたって駄目ですよ。決まっているじゃないですか」
「ふん、あんなスケベ提督に恋だなんて……」
「あたいは、ガルバルディ提督に恋しろだなんて、一言も言っていませんよ?」
「ぐっ……ダニエラの意地悪……」
いたずら娘が格好のおもちゃを見つけたかのように、ニヤニヤとするダニエラとは逆に、フランチェスカは嘘を見抜かれたいたずら娘のように、ぷぅっとむくれた。
「じゃあ、意地悪ついでにもう一つ質問。フランチェスカさんは、不特定多数の男性と自由恋愛したり、時には抱かれたりするのに抵抗がないんですか? それって好きな人がいないからなんですか?」
「別にそういうわけじゃ……。ダニエラはどうなのよ? フェルナンドのことが好きなんでしょう? あなただって」
「あたいのは、これが仕事だから。フェルナンドだってそれはわかってくれる。……と、思う」
「仕事じゃなければ?」
「もちろん! フェルナンドに押しかけ女房しちゃうかも。きゃっ♥」
「そう。いいわね、そういうの」
「そうですねぇ……。仕事だから、そういう役割だから時には恋人でもない人と、肌を重ねることもあるラヴァーズだから、本当の恋のときは真剣にならなきゃって、あたいは思ってる」
「本当の、恋?」
「大尉は、どうです? 本当の恋、したくありませんか?」
「私? 私は……」
「女になったのなら、本当の恋をしなきゃ損ですよ。そして結婚できれば最高。あたいはそう思う」
笑顔のダニエラとは対照的に、フランチェスカの表情は少しさえなかった。
ダニエラと自分は、ラヴァーズになった理由も、ラヴァーズでいる事の意味も違う。
それは当然のことだったが、それが自分の中にあるもやもやを晴らしてくれるとは思えなかった。
「……私はさ、ラヴァーズが艦隊にどれだけ重要な存在か、それを身を持って知っている」
「そういえば、大尉は補給も劣悪な、壊滅しかけた艦隊の士気を立て直すために、ラヴァーズになったそうですね」
「ええ、そうよ。明日にも死んでしまうかもしれない、水も食料も無い、5分後には敵がまた現れるかもしれない。そんな極限の恐怖の中で、何が人を支えてくれると思う? 誰が生きる気力を取り戻させてくれると思う?」
「さぁ? 良くわかんない」
「守りたいものが有るにせよ、無いにせよ。もちろん人によってそれは色々あるかもしれない。でもその対象か、或いは誰かに託せるにしろ、それにはラヴァーズが必要なのよ」
「だから、フランチェスカさんは、あたい達ラヴァーズに良くしてくださるんですか?」
「知ってた? ラヴァーズ関係の物資は、最優先補給指定物の一つなのよ」
「そうなんですか?」
「武器弾薬の補給が滞りがちでも、ラヴァーズへの補給物資だけは、水や食料並に最優先で補給されるわ。なぜだかわかる?」
「いいえ」
「ラヴァーズが艦隊の士気に与える影響が大きいことは、さっき説明したでしょう? 兵士たちは、ラヴァーズが不自由なく過ごせて、毎日のように化粧をして、コロンを付けて、時には新しいドレスを着ていれば、それで補給ラインが生きていると理解するのよ。ラウンジに兵士たちが集まるのは、それを確認する意味もあるの。だから、お酒がなくても、出せるメニューが水しかなくても、皆ラウンジに通うのよ。あなた達を見て、安心できるように」
「だからフランチェスカさんは、ラヴァーズに、女の体になることを選んだんですか?」
「たまたま、くじで当たったからかも」
「えぇっ?!」
「でも、後悔はしていないわ。自分で決めたことだから」
「なんだかうれしいな」
「“うれしい”?」
「自分で決めて、ラヴァーズになった人もいるんだってこと。それに羨ましい」
「羨ましい、って私が?」
「そう」
「そう、かなぁ?」
フランチェスカは、ダニエラの言葉には、いまひとつ理解ができなかった。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (6)フランチェスカ~嫉妬と恋と
(6)フランチェスカ~嫉妬と恋と-------------------------------------------------------
フランチェスカは胸の中にもやもやとしたものを感じながらも、平静を装うようにカウンターに腰掛け、自分も軽い飲み物をマスターに注文した。
そこへもう一人の当番である、メリッサが来て話しかけた。
「フランチェスカさん、いいんですか? あれ……」
「何が?」
「何がって、提督ですよ」
「別に、リッカルドが誰と何をしようと、私には関係ないわ」
「……」
「何?」
「いえ、その……なんでもありません」
「そんなことより、今日はメリッサもずいぶん派手なのね」
「え? ええ、フランチェスカさんも、エミリアさんも今日は気合が入っていると聞いていましたので……」
「そう……。私は“似合わない”ってダメ出しされたけどね」
「気にされてるんですか?」
「誰が! 失礼な奴だと思っただけよ」
メリッサも、リッカルドと意見は同じではあった。
フランチェスカには、こんな服は似合わない。
初日に着ていた様な、小さなお姫様を思わせるような、可愛らしい姿のほうが彼女には相応しいと思っていた。
しかしそれを今言うのは、フランチェスカの機嫌を更に悪くするだけだと思い、それ以上は何も言えなかった。
メリッサは、エミリア達の計画をこの時点ではまだ知らされていなかったため、フランチェスカの事が心配ではあったが、馴染みの別の士官からお呼びがかかり、そちらのほうへ行かざるを得なかった。
リッカルドは時折、フランチェスカの方を見てはいたが、当の本人はこちらに背を向けたまま、カウンターに座っていたため、その表情を窺うことはできなかった。
エミリアはそんな様子のリッカルドに気づいていた。
「気になりますか?」
「何がです?」
「フランチェスカさんですよ」
「……別に」
「お好きなんでしょう? フランチェスカさんのこと」
リッカルドは、ぶほっ! と思わずむせた。その拍子に、手に持っていた飲みかけのグラスを少し、膝にこぼしてしまった。
「あらあら、大変。ちょっとこちらへ……」
「い、いや、大丈夫だ、この程度」
「ズボンに染みができてしまいますわよ。さ、遠慮なく」
半ば強引に、エミリアに腕を引っ張られ、リッカルドはラウンジに隣接する、プライベートボックス席へと、リッカルドを連れて行った。
その様子を目撃したメリッサは、談笑していた士官を放ったらかして、直ぐにカウンター席のフランチェスカの元に駆け寄った。
「フランチェスカさん!」
「どうしたのよ、メリッサ。大声だして」
メリッサは自分が注目を浴びているのに気がついて、フランチェスカの耳元に口を寄せて、小声で言った。
「今提督とエミリアさんが、プライベートボックスに……」
「ふーん」
「“ふーん”って……、いいんですか?」
「何が?」
「“何が”って、提督の浮気を放って置くんですか?」
「浮気って何よ。別にリッカルドが誰と付き合おうと、関係ないわ」
「“関係ない”って……。提督はラウンジに来られるのも滅多に無いことですし、フランチェスカさんに気を使ってずっと、誰にも“お誘い”なんてしていなかったのに……」
「だからそれがどうしたの? リッカルドだって男なんだから、付き合いたい女性ぐらいできたとしても、不思議じゃないわ」
「そんな意地張って……」
「意地なんて張っていないわ。それより、メリッサ。あっちはいいの? もし良ければ、私も同席してもいいかな?」
フランチェスカは、さっきまでメリッサが居た席で、こちらを怪訝そうに窺っている士官の方を向きながら言った。
「は、はぁ……。で、でも……」
「一人で飲んでいてもつまらないわ。お願い。いいでしょ?」
メリッサは、プライベートボックスに消えて行った二人のことが心配になったが、フランチェスカが気にしていないと言い張る以上、どうしようもなかった。
フランチェスカは表面上は平静を装いつつも、、リッカルドのことが気になってはいたが、自分から何かしようという気持ちにはならなかった。
『ラヴァーズのエミリアが、幕僚幹部の、それもかなり高位の人物と恋仲になっている』と、噂が流れるようになったのは、その翌日からであった。
そして、リッカルドがエミリアを分艦隊司令の副官補佐に任命し、頻繁にピエンツァに伴って行っていることも、囁かれていた.
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
一日おいた夕刻。フランチェスカは、5回目の当番をダニエラと勤めていた。
二人はいつもどおり、開店準備のため、早めにラウンジに来て、掃除や軽食の準備をしていた。
「ダニエラは楽しそうね。いつもそんな感じ?」
「え? あたい? そりゃぁ、憧れのジナステラ大尉と一緒に当番なんて、嬉しくって。今日は特別ですよぉ」
「憧れ? 私が? そういえば、ダニエラとはあまり話をしたことがなかったわね」
「あたいみたいに、階級待遇の低いラヴァーズにとっちゃ、大尉は雲の上の人だもんね」
「そんな……。あ、フランチェスカでいいわよ。今は、あなたと同じラヴァーズだから」
「じゃぁ、フランチェスカさん。ひとつ聞いてもいい?」
「何?」
「ガルバルディ提督とケンカなさってるって、ホントですか?」
「誰に聞いたのよ。そもそもリッカルドとは、何でもないわよ」
「ふぅーん。じゃ、あの噂って、やっぱりフランチェスカさんのことじゃ、なかったのかなぁ?」
「噂って?」
「ガルバルディ提督と、とあるラヴァーズが婚約したって言う話」
「そ、それはは、初耳ね」
「何でも将来を誓っていて、この訓練航海が終わったら、結婚するんだとか」
「け、結婚っ!?」
「でもそれって、死亡フラグですよね。あはは」
ダニエラ屈託の無い笑い声に、フランチェスカは少し引きつった笑いで調子を合わせた。
「そ、そうね。でも何処からそんな話?」
「さぁ? 私もラウンジに来るお客さんから聞いた話ですから」
「そう? もっとも、リッカルドが誰と結婚しようが、か、関係ないけどね」
「ふーん……」
「な、何よ?」
「フランチェスカさん、提督のことファーストネームで呼んでるってことは、ただの上司と部下の関係じゃないって、思っていたんですけど……」
「士官学校時代からの腐れ縁だから、ファーストネームで呼ぶ癖が治らないだけよ」
「ふぅーん。それじゃその件はいいです。それで、提督の事は本当になんとも思っていないんですか?」
「どうもこうもないわ。なんでもないって言ったでしょ。どうしてみんな同じことを聞くのかしら?」
「そりゃあ気になりますよ。艦内の恋愛関係ってラヴァーズにとっちゃ、水や食料の補給よりも、大切な関心事よ?」
「そう言うもんかしら?」
「もち!」
「それなら、私もあなたに質問するわ」
「どうぞ」
「ダニエラには、好きな人がいるの?」
「えへへ~、いますよ」
「誰? 教えてもらってもいい?」
「フランチェスカさんも知っている人ですよ」
「誰よ! まさか……?」
フランチェスカは、少し慌てた様子で身を乗り出し、ダニエラに聞き返した。
フランチェスカの意外な反応にダニエラは一瞬固まったが、直ぐに合点がいったのか、微笑を浮かべてから、言った。
「フェルナンド中尉」
「フェルナンド中尉って、第2空戦隊の?」
「はい」
「え? あ、そ、そうだったんだ。ごめん! この前、私……」
「ええ、知ってますよ。彼が話してくれましたもん」
「フェル……いえ、中尉が!?」
「はい」
フランチェスカは、筋金入りの朴念仁だと思っていた後席に、そんな相手がいるとは思ってもいなかった。
「あ、あのね、中尉とは何もなかったから、その……」
「ええ、分かってます。そんなに気を使わないで下さい。彼、隠し事が嫌いみたいで、何でもあたいには正直に話してくれるんですよ」
「ふーん、あの口下手がねぇ……。ってことは、彼もダニエラの事が?」
「うーん、どうだろうねぇ? そのあたりはあたいにもちょっと……」
「それでも、好きなんだ?」
「うん」
フランチェスカはちょっと考え込む仕草をしてから、今までずっと疑問に思っていたことを質問した。
「ねぇ、ラヴァーズってその……。元男なのに、男が好きになったりするのかしら?」
「うーん、あたいたちは自分が男だった時の事なんて良く覚えて無いし、人が人を好きになるのって、そんなにおかしいことじゃないと思うけど」
「あ、ごめん。そう言う意味じゃなくって、元男だって判っていて、恋愛対象になるのかって事」
「ああ、そう言うこと? でも、ラヴァーズにプロポースして、結婚した人だってたくさんいるでしょ?」
「それはまぁ、そうだけど」
「それじゃあ逆に聞きますけど、フランチェスカさんは誰か“特定の人”、好きになったりしないの?」
「私が? まさか」
「どうして?」
「どうしてって、いちいち誰かを好きになっていたら、ラヴァーズなんか勤まらないでしょう?」
「そうですかね?」
「だって、不特定多数の男と仕事とは言え、その……いろんなことしなきゃいけないのよ。男としては、そう言うのって嫌じゃない?」
「そうですねぇ。じゃあ、ガルバルディ提督のご不満も、そこにあるんじゃないですか?」
「ぶっ! だからなんでそこでリッカルドが出てくるのよ!」
「だって、提督はフランチェスカさんを独り占めしたいのに、それができないから、不機嫌なんでしょ?」
「そんなワガママが通るはず無いでしょう! リッカルドが不機嫌なのは……」
「不機嫌なのは?」
「……そ、そんなこと知らないわよ!」
子供のように顔を赤くしてぷっとむくれたフランチェスカを、ダニエラはかわいいと思った。
フランチェスカは胸の中にもやもやとしたものを感じながらも、平静を装うようにカウンターに腰掛け、自分も軽い飲み物をマスターに注文した。
そこへもう一人の当番である、メリッサが来て話しかけた。
「フランチェスカさん、いいんですか? あれ……」
「何が?」
「何がって、提督ですよ」
「別に、リッカルドが誰と何をしようと、私には関係ないわ」
「……」
「何?」
「いえ、その……なんでもありません」
「そんなことより、今日はメリッサもずいぶん派手なのね」
「え? ええ、フランチェスカさんも、エミリアさんも今日は気合が入っていると聞いていましたので……」
「そう……。私は“似合わない”ってダメ出しされたけどね」
「気にされてるんですか?」
「誰が! 失礼な奴だと思っただけよ」
メリッサも、リッカルドと意見は同じではあった。
フランチェスカには、こんな服は似合わない。
初日に着ていた様な、小さなお姫様を思わせるような、可愛らしい姿のほうが彼女には相応しいと思っていた。
しかしそれを今言うのは、フランチェスカの機嫌を更に悪くするだけだと思い、それ以上は何も言えなかった。
メリッサは、エミリア達の計画をこの時点ではまだ知らされていなかったため、フランチェスカの事が心配ではあったが、馴染みの別の士官からお呼びがかかり、そちらのほうへ行かざるを得なかった。
リッカルドは時折、フランチェスカの方を見てはいたが、当の本人はこちらに背を向けたまま、カウンターに座っていたため、その表情を窺うことはできなかった。
エミリアはそんな様子のリッカルドに気づいていた。
「気になりますか?」
「何がです?」
「フランチェスカさんですよ」
「……別に」
「お好きなんでしょう? フランチェスカさんのこと」
リッカルドは、ぶほっ! と思わずむせた。その拍子に、手に持っていた飲みかけのグラスを少し、膝にこぼしてしまった。
「あらあら、大変。ちょっとこちらへ……」
「い、いや、大丈夫だ、この程度」
「ズボンに染みができてしまいますわよ。さ、遠慮なく」
半ば強引に、エミリアに腕を引っ張られ、リッカルドはラウンジに隣接する、プライベートボックス席へと、リッカルドを連れて行った。
その様子を目撃したメリッサは、談笑していた士官を放ったらかして、直ぐにカウンター席のフランチェスカの元に駆け寄った。
「フランチェスカさん!」
「どうしたのよ、メリッサ。大声だして」
メリッサは自分が注目を浴びているのに気がついて、フランチェスカの耳元に口を寄せて、小声で言った。
「今提督とエミリアさんが、プライベートボックスに……」
「ふーん」
「“ふーん”って……、いいんですか?」
「何が?」
「“何が”って、提督の浮気を放って置くんですか?」
「浮気って何よ。別にリッカルドが誰と付き合おうと、関係ないわ」
「“関係ない”って……。提督はラウンジに来られるのも滅多に無いことですし、フランチェスカさんに気を使ってずっと、誰にも“お誘い”なんてしていなかったのに……」
「だからそれがどうしたの? リッカルドだって男なんだから、付き合いたい女性ぐらいできたとしても、不思議じゃないわ」
「そんな意地張って……」
「意地なんて張っていないわ。それより、メリッサ。あっちはいいの? もし良ければ、私も同席してもいいかな?」
フランチェスカは、さっきまでメリッサが居た席で、こちらを怪訝そうに窺っている士官の方を向きながら言った。
「は、はぁ……。で、でも……」
「一人で飲んでいてもつまらないわ。お願い。いいでしょ?」
メリッサは、プライベートボックスに消えて行った二人のことが心配になったが、フランチェスカが気にしていないと言い張る以上、どうしようもなかった。
フランチェスカは表面上は平静を装いつつも、、リッカルドのことが気になってはいたが、自分から何かしようという気持ちにはならなかった。
『ラヴァーズのエミリアが、幕僚幹部の、それもかなり高位の人物と恋仲になっている』と、噂が流れるようになったのは、その翌日からであった。
そして、リッカルドがエミリアを分艦隊司令の副官補佐に任命し、頻繁にピエンツァに伴って行っていることも、囁かれていた.
一日おいた夕刻。フランチェスカは、5回目の当番をダニエラと勤めていた。
二人はいつもどおり、開店準備のため、早めにラウンジに来て、掃除や軽食の準備をしていた。
「ダニエラは楽しそうね。いつもそんな感じ?」
「え? あたい? そりゃぁ、憧れのジナステラ大尉と一緒に当番なんて、嬉しくって。今日は特別ですよぉ」
「憧れ? 私が? そういえば、ダニエラとはあまり話をしたことがなかったわね」
「あたいみたいに、階級待遇の低いラヴァーズにとっちゃ、大尉は雲の上の人だもんね」
「そんな……。あ、フランチェスカでいいわよ。今は、あなたと同じラヴァーズだから」
「じゃぁ、フランチェスカさん。ひとつ聞いてもいい?」
「何?」
「ガルバルディ提督とケンカなさってるって、ホントですか?」
「誰に聞いたのよ。そもそもリッカルドとは、何でもないわよ」
「ふぅーん。じゃ、あの噂って、やっぱりフランチェスカさんのことじゃ、なかったのかなぁ?」
「噂って?」
「ガルバルディ提督と、とあるラヴァーズが婚約したって言う話」
「そ、それはは、初耳ね」
「何でも将来を誓っていて、この訓練航海が終わったら、結婚するんだとか」
「け、結婚っ!?」
「でもそれって、死亡フラグですよね。あはは」
ダニエラ屈託の無い笑い声に、フランチェスカは少し引きつった笑いで調子を合わせた。
「そ、そうね。でも何処からそんな話?」
「さぁ? 私もラウンジに来るお客さんから聞いた話ですから」
「そう? もっとも、リッカルドが誰と結婚しようが、か、関係ないけどね」
「ふーん……」
「な、何よ?」
「フランチェスカさん、提督のことファーストネームで呼んでるってことは、ただの上司と部下の関係じゃないって、思っていたんですけど……」
「士官学校時代からの腐れ縁だから、ファーストネームで呼ぶ癖が治らないだけよ」
「ふぅーん。それじゃその件はいいです。それで、提督の事は本当になんとも思っていないんですか?」
「どうもこうもないわ。なんでもないって言ったでしょ。どうしてみんな同じことを聞くのかしら?」
「そりゃあ気になりますよ。艦内の恋愛関係ってラヴァーズにとっちゃ、水や食料の補給よりも、大切な関心事よ?」
「そう言うもんかしら?」
「もち!」
「それなら、私もあなたに質問するわ」
「どうぞ」
「ダニエラには、好きな人がいるの?」
「えへへ~、いますよ」
「誰? 教えてもらってもいい?」
「フランチェスカさんも知っている人ですよ」
「誰よ! まさか……?」
フランチェスカは、少し慌てた様子で身を乗り出し、ダニエラに聞き返した。
フランチェスカの意外な反応にダニエラは一瞬固まったが、直ぐに合点がいったのか、微笑を浮かべてから、言った。
「フェルナンド中尉」
「フェルナンド中尉って、第2空戦隊の?」
「はい」
「え? あ、そ、そうだったんだ。ごめん! この前、私……」
「ええ、知ってますよ。彼が話してくれましたもん」
「フェル……いえ、中尉が!?」
「はい」
フランチェスカは、筋金入りの朴念仁だと思っていた後席に、そんな相手がいるとは思ってもいなかった。
「あ、あのね、中尉とは何もなかったから、その……」
「ええ、分かってます。そんなに気を使わないで下さい。彼、隠し事が嫌いみたいで、何でもあたいには正直に話してくれるんですよ」
「ふーん、あの口下手がねぇ……。ってことは、彼もダニエラの事が?」
「うーん、どうだろうねぇ? そのあたりはあたいにもちょっと……」
「それでも、好きなんだ?」
「うん」
フランチェスカはちょっと考え込む仕草をしてから、今までずっと疑問に思っていたことを質問した。
「ねぇ、ラヴァーズってその……。元男なのに、男が好きになったりするのかしら?」
「うーん、あたいたちは自分が男だった時の事なんて良く覚えて無いし、人が人を好きになるのって、そんなにおかしいことじゃないと思うけど」
「あ、ごめん。そう言う意味じゃなくって、元男だって判っていて、恋愛対象になるのかって事」
「ああ、そう言うこと? でも、ラヴァーズにプロポースして、結婚した人だってたくさんいるでしょ?」
「それはまぁ、そうだけど」
「それじゃあ逆に聞きますけど、フランチェスカさんは誰か“特定の人”、好きになったりしないの?」
「私が? まさか」
「どうして?」
「どうしてって、いちいち誰かを好きになっていたら、ラヴァーズなんか勤まらないでしょう?」
「そうですかね?」
「だって、不特定多数の男と仕事とは言え、その……いろんなことしなきゃいけないのよ。男としては、そう言うのって嫌じゃない?」
「そうですねぇ。じゃあ、ガルバルディ提督のご不満も、そこにあるんじゃないですか?」
「ぶっ! だからなんでそこでリッカルドが出てくるのよ!」
「だって、提督はフランチェスカさんを独り占めしたいのに、それができないから、不機嫌なんでしょ?」
「そんなワガママが通るはず無いでしょう! リッカルドが不機嫌なのは……」
「不機嫌なのは?」
「……そ、そんなこと知らないわよ!」
子供のように顔を赤くしてぷっとむくれたフランチェスカを、ダニエラはかわいいと思った。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (5)誘惑のエミリア
(5)誘惑のエミリア -------------------------------------------------------
翌日、フランチェスカはリッカルドに艦橋へ呼び出された。
「模擬艦隊戦の計画を立ててくれ」
「もう一度、お願いします。提督」
「模擬艦隊戦の計画を立ててくれといったんだ。艦隊を2つにわけ、艦隊戦の訓練をする。戦艦ピエンツァ以下30隻ほどで分艦隊を編成し、本隊との遭遇戦を想定する。シナリオの詳細は一任する」
艦隊戦ともなれば、膨大な量の想定シナリオを用意する必要がある。だが遭遇戦なら、彼我の戦力配置と、既存の対処マニュアルの確認準備だけで済む。大変なのはその準備作業だ。
「準備にどれぐらいかかりそうか?」
「1週間もあれば。しかし、模擬艦隊戦ともなると、補給が必要になります」
「次の補給は?」
「3日後です」
「よろしい。では早速計画書を作成したまえ。旗艦以外の艦の振り分けは任せる」
「指揮官と幕僚の配置は?」
「旗艦アンドレア・ドリアは、フェラーリオ参謀に指揮を執ってもらう。副官はお前がやれ」
「提督は?」
「俺はピエンツァに乗る。一瞬でお前たちを屠ってやるさ」
「どうだか……」
「自信満々だな、大尉。俺に勝てると思っているのか?」
「指揮官は私じゃなくて、フェラーリオ参謀ですよ」
「どっちでもいい。二人は罰ゲームを覚悟しておけよ」
「そんな子供染みた事を。挑発には乗りませんよ」
「怖いのか?」
「……いいでしょう。でもご自分の言葉には責任を持ってくださいね」
「もちろんだ! 副官」
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
模擬艦隊戦の準備の忙しい中にあっても、フランチェスカはラヴァーズの当番を欠かさなかった。
しかし、ラヴァーズなら当然申し込まれる筈の“お誘い”が、まだフランチェスカには無かった。
フランチェスカは自分が誘われないのは、実年齢よりもかなり幼く見える外見にも原因があると考えていた。
そこでラヴァーズ向けの雑誌に目を通して、流行りの分析を念入りに行った。
そしてその成果を元に、2度目の新調ドレスに更にアレンジを加えた。
そしてメイクセットやアクセサリを亜里沙から借り、気合を入れてラウンジに向かった。
しかしそこで待っていたのは、少々背伸びした感が拭えないフランチェスカの存在など、吹き飛ばしてしまうような、大胆なドレスを身に纏ったエミリアだった。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
「え、えみりあ、その格好……」
「声が裏返っていますわよ、フランチェスカさん」
「だって、そのドレスって言っていいのかしら、その、いろんなところが見えて……」
「あら、ちゃんとしたパーティードレスですよ?」
「だ、だってその胸、とか背中とか、あ、脚とか……」
フランチェスカも自分なりにがんばっていた。露出が多めのドレスを纏ってはいたが、もともとの体形からすると、やはりあまり似合わないと自分でも思っていた。だがエミリアの装いは、その豊満な肉体を余すこと無く見せ付けるように、大胆で煽情的だった。
「普通ですよ、これぐらい。まぁ、フランチェスカさんにはちょっと無理かもしれませんけど……」
「む、無理無理無理無理! って、恥ずかしくないの?」
「どうしてです? ラヴァーズだったら、これぐらいは着こなせませんとね」
「で、でも……」
「アンディの皆さんは、とても紳士でいらっしゃるのですね。ですからこれぐらいのサービスはしませんと」
口元にふわふわの羽の付いた扇を当て、妖艶な笑みを浮かべたエミリアに、フランチェスカは決定的な敗北感を感じた。
「エ、えみりあ殿」
「あら、フェラーリオ参謀。お一人ですか?」
「い、いや、提督もご一緒だが……」
「リッカルドが!?」
参謀の言葉にフランチェスカ振り返ると、そこにはリッカルドが立っていた。
リッカルドはフランチェスカを一瞥すると、冷たい視線を浴びせるとぼそっと呟くように言った。
「似合わんな。お前らしくもない」
「な゙……」
自分でも気にしていたことを指摘され、カッときたフランチェスカは何か言い返そうとした。
だがリッカルドは、そんなフランチェスカには関心がないかのように、エミリアの手をとり、軽く手の甲にキスをした。
「エミリア殿、今夜は非常にお美しい。少し相手をしてくださいますかな」
「ええ、喜んで」
リッカルドは、あっけにとられるフランチェスカを嘲笑うように一瞥すると、ラウンジの奥のテーブルへと大股で歩き始めた。
その後ろを、にこやかな笑みを浮かべたエミリアと、狼狽を隠しきれない参謀が続いた。
参謀は歩きながらエミリアのそばに寄り、耳打ちするように小声で言った。
「エミリア殿、そのドレスはいくらなんでも……」
「気になります? 確かにどの殿方からも、とても熱い視線を感じますけど」
「その、嘘でしょう? 大尉に"これぐらいは普通”だなどと……」
「あら、聞いてらしたんですか? どうしてそうお思いですの?」
「着飾った大尉に、あまり兵士たちの視線が行かないように、わざとそんなドレスを着ていらっしゃるんですよね?」
「アメデオはお優しい方でいらっしゃるのね、そんな風に考えるだなんて」
「はぁ……全く、大尉は良い友人に囲まれているものだ」
「褒め言葉と受け取っておきますわ。アメデオ。でも”半分は貴方の為ですわ”、と言ったらどんな反応をしてくださいますの?」
「か、からかわないでいただきたい!」
「失礼。お嫌いになられました?」
「き、嫌いになど……」
「うふふ……」
3人はラウンジの一番奥の席を陣取り、エミリアはテーブルの端末を操作してオーダーを取った。
ソファに座ったエミリアのドレスは、さらに豊満な肉体を強調する形となり、隣席のリッカルドは視線をそらしつつも、満更でもない様子だった。
翌日、フランチェスカはリッカルドに艦橋へ呼び出された。
「模擬艦隊戦の計画を立ててくれ」
「もう一度、お願いします。提督」
「模擬艦隊戦の計画を立ててくれといったんだ。艦隊を2つにわけ、艦隊戦の訓練をする。戦艦ピエンツァ以下30隻ほどで分艦隊を編成し、本隊との遭遇戦を想定する。シナリオの詳細は一任する」
艦隊戦ともなれば、膨大な量の想定シナリオを用意する必要がある。だが遭遇戦なら、彼我の戦力配置と、既存の対処マニュアルの確認準備だけで済む。大変なのはその準備作業だ。
「準備にどれぐらいかかりそうか?」
「1週間もあれば。しかし、模擬艦隊戦ともなると、補給が必要になります」
「次の補給は?」
「3日後です」
「よろしい。では早速計画書を作成したまえ。旗艦以外の艦の振り分けは任せる」
「指揮官と幕僚の配置は?」
「旗艦アンドレア・ドリアは、フェラーリオ参謀に指揮を執ってもらう。副官はお前がやれ」
「提督は?」
「俺はピエンツァに乗る。一瞬でお前たちを屠ってやるさ」
「どうだか……」
「自信満々だな、大尉。俺に勝てると思っているのか?」
「指揮官は私じゃなくて、フェラーリオ参謀ですよ」
「どっちでもいい。二人は罰ゲームを覚悟しておけよ」
「そんな子供染みた事を。挑発には乗りませんよ」
「怖いのか?」
「……いいでしょう。でもご自分の言葉には責任を持ってくださいね」
「もちろんだ! 副官」
模擬艦隊戦の準備の忙しい中にあっても、フランチェスカはラヴァーズの当番を欠かさなかった。
しかし、ラヴァーズなら当然申し込まれる筈の“お誘い”が、まだフランチェスカには無かった。
フランチェスカは自分が誘われないのは、実年齢よりもかなり幼く見える外見にも原因があると考えていた。
そこでラヴァーズ向けの雑誌に目を通して、流行りの分析を念入りに行った。
そしてその成果を元に、2度目の新調ドレスに更にアレンジを加えた。
そしてメイクセットやアクセサリを亜里沙から借り、気合を入れてラウンジに向かった。
しかしそこで待っていたのは、少々背伸びした感が拭えないフランチェスカの存在など、吹き飛ばしてしまうような、大胆なドレスを身に纏ったエミリアだった。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
「え、えみりあ、その格好……」
「声が裏返っていますわよ、フランチェスカさん」
「だって、そのドレスって言っていいのかしら、その、いろんなところが見えて……」
「あら、ちゃんとしたパーティードレスですよ?」
「だ、だってその胸、とか背中とか、あ、脚とか……」
フランチェスカも自分なりにがんばっていた。露出が多めのドレスを纏ってはいたが、もともとの体形からすると、やはりあまり似合わないと自分でも思っていた。だがエミリアの装いは、その豊満な肉体を余すこと無く見せ付けるように、大胆で煽情的だった。
「普通ですよ、これぐらい。まぁ、フランチェスカさんにはちょっと無理かもしれませんけど……」
「む、無理無理無理無理! って、恥ずかしくないの?」
「どうしてです? ラヴァーズだったら、これぐらいは着こなせませんとね」
「で、でも……」
「アンディの皆さんは、とても紳士でいらっしゃるのですね。ですからこれぐらいのサービスはしませんと」
口元にふわふわの羽の付いた扇を当て、妖艶な笑みを浮かべたエミリアに、フランチェスカは決定的な敗北感を感じた。
「エ、えみりあ殿」
「あら、フェラーリオ参謀。お一人ですか?」
「い、いや、提督もご一緒だが……」
「リッカルドが!?」
参謀の言葉にフランチェスカ振り返ると、そこにはリッカルドが立っていた。
リッカルドはフランチェスカを一瞥すると、冷たい視線を浴びせるとぼそっと呟くように言った。
「似合わんな。お前らしくもない」
「な゙……」
自分でも気にしていたことを指摘され、カッときたフランチェスカは何か言い返そうとした。
だがリッカルドは、そんなフランチェスカには関心がないかのように、エミリアの手をとり、軽く手の甲にキスをした。
「エミリア殿、今夜は非常にお美しい。少し相手をしてくださいますかな」
「ええ、喜んで」
リッカルドは、あっけにとられるフランチェスカを嘲笑うように一瞥すると、ラウンジの奥のテーブルへと大股で歩き始めた。
その後ろを、にこやかな笑みを浮かべたエミリアと、狼狽を隠しきれない参謀が続いた。
参謀は歩きながらエミリアのそばに寄り、耳打ちするように小声で言った。
「エミリア殿、そのドレスはいくらなんでも……」
「気になります? 確かにどの殿方からも、とても熱い視線を感じますけど」
「その、嘘でしょう? 大尉に"これぐらいは普通”だなどと……」
「あら、聞いてらしたんですか? どうしてそうお思いですの?」
「着飾った大尉に、あまり兵士たちの視線が行かないように、わざとそんなドレスを着ていらっしゃるんですよね?」
「アメデオはお優しい方でいらっしゃるのね、そんな風に考えるだなんて」
「はぁ……全く、大尉は良い友人に囲まれているものだ」
「褒め言葉と受け取っておきますわ。アメデオ。でも”半分は貴方の為ですわ”、と言ったらどんな反応をしてくださいますの?」
「か、からかわないでいただきたい!」
「失礼。お嫌いになられました?」
「き、嫌いになど……」
「うふふ……」
3人はラウンジの一番奥の席を陣取り、エミリアはテーブルの端末を操作してオーダーを取った。
ソファに座ったエミリアのドレスは、さらに豊満な肉体を強調する形となり、隣席のリッカルドは視線をそらしつつも、満更でもない様子だった。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (4)密談
(4)密談 -----------------------------------------------
翌日、フランチェスカは酷い二日酔いで、ベッドの一部品と化していた。
非番の日であることと、ラヴァーズの当番は一日おきと言う事になっていたため、この日は丸一日オフではあったが、頭痛と吐き気に悩まされながら、一日を寝て過ごした。
一方その日の夕刻、ある幕僚幹部がリッカルド艦隊の準旗艦である、戦艦ピエンツァのラウンジを訪れていた。
その目的とは、艦隊のラヴァーズの一人に、相談事を持ちかけることだった。
「エミリア殿」
「あら、フェラーリオ参謀。珍しいですわね。アンディ(旗艦 アンドレア・ドリアの愛称)以外でお目にかかるなんて」
「いや、エミリア殿が、こちらにこられていると聞いたので」
「ええ、ちょっとお手伝いに。でも、わざわざ私に会いに? 感激ですわ」
「その、申し訳ないが、ちょっとお時間をよろしいか?」
硬い表情のフェラーリオに、飲み物の注文をとろうとしていたエミリアはメモをしまうと、参謀をソファに促し、自分も隣に腰掛けた。
「あらたまって、なんですの?」
「あ、いや、実はその、ちょっと相談に乗っていただきたい事がありまして」
「参謀殿の“お誘い”とあれば、受けないわけには参りませんわ。是非、勤めさせていただきます」
フェラーリオ参謀は、腕を絡めようとするエミリアを押しとどめるように手で制し、座る位置をずらした。
「いや、そういうのではなくてですな、ジナステラ大尉のことで、ご相談したい事があるのです」
「フランチェスカさんの?」
フェラーリオ参謀は、艦橋での出来事と、それ以降の二人の非常に険悪な関係について、把握している事を全て話した。
「……とまぁ、そんなわけでして」
「まぁ、だいたい事情は存じておりましたけど」
「そこでここは是非、貴女のお知恵をお借りできないかと……」
「私にですか? それでわざわざピッツ(戦艦ピエンツアの愛称)まで? 参謀殿もご苦労が絶えませんわね。うふふ」
「笑い事ではありませんぞ。艦隊司令と副官があのような状態では、万が一敵艦隊に遭遇でもしたなら」
「それは少し、困った事になりそうですわね」
「そうです、次席幕僚としては、このような状況を見過ごすわけには……」
「お三方は、士官学校時代からのお付き合いだと、窺っておりますが」
「はぁ、確かにそのとおりですが、それが何か?」
「“幕僚”として、お二人の中が険悪であることに、ご懸念がおありなのですか? それとも……?」
エミリアの目は、フェラーリオの言葉に不満であることを、明確に物語っていた。
「……いや、個人的にも、お二人が仲違いされるのは不本意です」
「では、“友人”としてのご依頼と、受け取ってよろしいでしょうか?」
「はぁ……、そうですね」
エミリアは、満足げに微笑むとフェラーリオの手をとって言った。
「そういう事でしたら、私も協力は惜しみませんわ。いえ、是非に。大尉……いえ、フランチェスカさんは私にとっても、大切な友人ですから」
「かたじけない」
「明日は私も、アンディに戻ります。二人の“共通の友人”のために、ここは一肌脱ぎましょう」
「エミリア殿には、策がおありか?」
「無くは無いですけど。それには貴方の協力も必要ですよ。アメデオ」
エミリアは参謀をファーストネームで呼ぶと、片目を閉じてウィンクした。
「でも、まずはそうですね。お二人の馴れ初めから教えていただけますか?」
「それはかまいませんが、プライベートなことはあまり……」
「教えていただける部分だけでかまいませんわよ。私はあまりお二人の関係を存じておりませんので……」
「では、差し障りのない範囲で。お二人は……」
「あ、少々お待ちを。あちらのプライベートボックスで」
ラウンジの隅に用意されている、他人に聞かれる心配のないプライベートボックス席で、二人はフランチェスカとリッカルドの過去と現在、そして未来のあるべき姿について整理し、そして現状の打開策について作戦を練り始めた。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
フランチェスカは、あくまで病気療養中の亜里沙の代わりを努めているだけで、彼女が復帰すれば、フランチェスカのラヴァーズ当番も終わる。
せいぜい後1週間か、長くても2週間以内には解決する問題だった。
しかし、険悪な二人の仲がそれで元に戻る保証はない。
フランチェスカが幕僚職に専念するようになると、参謀であるフェラーリオはともかく、エミリアがフランチェスカと会うのは難しくなる。
フェラーリオはこの手の男女問題に、単独で対処する自信がまったくなかった。
となれば、今のこの時期にエミリアの手を借りて、少しでも状況を改善しておく必要があると、考えたのだった。
エミリアの策は、使い古された手だが、フランチェスカの嫉妬心と、リッカルドのヤキモチを煽ることで二人の仲を進展させることだった。
手始めにフランチェスカの嫉妬心を煽るためには、リッカルドがエミリアに懸想しているとフランチェスカに思わせることだったが、リッカルドに正直にその計画を打ち明ければ、リッカルドは性格的に乗ってこない可能性が高いことを、フェラーリオは指摘した。
ならばと、リッカルドの主張どおり、フランチェスカがラヴァーズには向いていないと言うことを示す方法を、三人で考えるということにして、リッカルドにこちらの思惑通りに行動してもらうように画策してみようと言うことになった。
リッカルドとエミリアが頻繁に密会を重ねれば、フランチェスカは不審感を抱くに違いない。
そこでフランチェスカが嫉妬するにしろ、逆に身を引こうとするにしろ、リッカルドに心の隙ができる。
そこに付け込めば、二人の関係を進展させることができるだろうという作戦だった。
フランチェスカにリッカルドが浮気していると思わせるためには、リッカルドを公務にかこつけて頻繁にピエンツァに呼び出す必要がある。そうすれば、フランチェスカに事実を悟られないようにラヴァーズのネットワークを通じて、艶話の噂を流行らせる事も可能だろう。
「提督をピッツに呼び出す、何かいい案はありますか? アメデオ」
「そうですな。こういうのはどうでしょう? 艦隊を二つに分けて、模擬戦の実施計画を立てるのです。アンディを初めとする防御側艦隊は、私とジナステラ大尉で指揮をします。攻撃側のピエンツァには提督に指揮をしてもらいます。副官を貴女にやっていただきましょう」
「私が? でも私は戦闘の指揮補佐なんて……」
「いえ、副官といっても、滞在中の提督の身の回りのお世話や、こまごまとした雑用をしていただければいいのです。戦闘補佐に関しては、ピエンツァにも人材は居りますので、ご心配なく。お願いできますか?」
「それはかまいませんけど、艦隊司令は座乗艦をむやみに移したりは、しないのではありませんか?」
「提督はこのところストレスが溜まっておいでです。“攻撃側の指揮をしませんか?”とでも言えば、のってくるでしょう。それに、“たまにはフランチェスカ大尉と戦術で優劣を競って見ませんか?”とでも言えば、対抗心に火がつくでしょう」
「意外に策士でいらっしゃるのですね」
「それほどでも……。お二人とは長い付き合いですからな」
「わかりました、それで行きましょう。そういう設定なら、色々とこちらの都合のいい出来事も起こせそうですわね」
「そちらの策に関しては、貴女に一任いたします」
「喜んで。では……」
二人は握手を交わすと、席を立った。
翌日、フランチェスカは酷い二日酔いで、ベッドの一部品と化していた。
非番の日であることと、ラヴァーズの当番は一日おきと言う事になっていたため、この日は丸一日オフではあったが、頭痛と吐き気に悩まされながら、一日を寝て過ごした。
一方その日の夕刻、ある幕僚幹部がリッカルド艦隊の準旗艦である、戦艦ピエンツァのラウンジを訪れていた。
その目的とは、艦隊のラヴァーズの一人に、相談事を持ちかけることだった。
「エミリア殿」
「あら、フェラーリオ参謀。珍しいですわね。アンディ(旗艦 アンドレア・ドリアの愛称)以外でお目にかかるなんて」
「いや、エミリア殿が、こちらにこられていると聞いたので」
「ええ、ちょっとお手伝いに。でも、わざわざ私に会いに? 感激ですわ」
「その、申し訳ないが、ちょっとお時間をよろしいか?」
硬い表情のフェラーリオに、飲み物の注文をとろうとしていたエミリアはメモをしまうと、参謀をソファに促し、自分も隣に腰掛けた。
「あらたまって、なんですの?」
「あ、いや、実はその、ちょっと相談に乗っていただきたい事がありまして」
「参謀殿の“お誘い”とあれば、受けないわけには参りませんわ。是非、勤めさせていただきます」
フェラーリオ参謀は、腕を絡めようとするエミリアを押しとどめるように手で制し、座る位置をずらした。
「いや、そういうのではなくてですな、ジナステラ大尉のことで、ご相談したい事があるのです」
「フランチェスカさんの?」
フェラーリオ参謀は、艦橋での出来事と、それ以降の二人の非常に険悪な関係について、把握している事を全て話した。
「……とまぁ、そんなわけでして」
「まぁ、だいたい事情は存じておりましたけど」
「そこでここは是非、貴女のお知恵をお借りできないかと……」
「私にですか? それでわざわざピッツ(戦艦ピエンツアの愛称)まで? 参謀殿もご苦労が絶えませんわね。うふふ」
「笑い事ではありませんぞ。艦隊司令と副官があのような状態では、万が一敵艦隊に遭遇でもしたなら」
「それは少し、困った事になりそうですわね」
「そうです、次席幕僚としては、このような状況を見過ごすわけには……」
「お三方は、士官学校時代からのお付き合いだと、窺っておりますが」
「はぁ、確かにそのとおりですが、それが何か?」
「“幕僚”として、お二人の中が険悪であることに、ご懸念がおありなのですか? それとも……?」
エミリアの目は、フェラーリオの言葉に不満であることを、明確に物語っていた。
「……いや、個人的にも、お二人が仲違いされるのは不本意です」
「では、“友人”としてのご依頼と、受け取ってよろしいでしょうか?」
「はぁ……、そうですね」
エミリアは、満足げに微笑むとフェラーリオの手をとって言った。
「そういう事でしたら、私も協力は惜しみませんわ。いえ、是非に。大尉……いえ、フランチェスカさんは私にとっても、大切な友人ですから」
「かたじけない」
「明日は私も、アンディに戻ります。二人の“共通の友人”のために、ここは一肌脱ぎましょう」
「エミリア殿には、策がおありか?」
「無くは無いですけど。それには貴方の協力も必要ですよ。アメデオ」
エミリアは参謀をファーストネームで呼ぶと、片目を閉じてウィンクした。
「でも、まずはそうですね。お二人の馴れ初めから教えていただけますか?」
「それはかまいませんが、プライベートなことはあまり……」
「教えていただける部分だけでかまいませんわよ。私はあまりお二人の関係を存じておりませんので……」
「では、差し障りのない範囲で。お二人は……」
「あ、少々お待ちを。あちらのプライベートボックスで」
ラウンジの隅に用意されている、他人に聞かれる心配のないプライベートボックス席で、二人はフランチェスカとリッカルドの過去と現在、そして未来のあるべき姿について整理し、そして現状の打開策について作戦を練り始めた。
フランチェスカは、あくまで病気療養中の亜里沙の代わりを努めているだけで、彼女が復帰すれば、フランチェスカのラヴァーズ当番も終わる。
せいぜい後1週間か、長くても2週間以内には解決する問題だった。
しかし、険悪な二人の仲がそれで元に戻る保証はない。
フランチェスカが幕僚職に専念するようになると、参謀であるフェラーリオはともかく、エミリアがフランチェスカと会うのは難しくなる。
フェラーリオはこの手の男女問題に、単独で対処する自信がまったくなかった。
となれば、今のこの時期にエミリアの手を借りて、少しでも状況を改善しておく必要があると、考えたのだった。
エミリアの策は、使い古された手だが、フランチェスカの嫉妬心と、リッカルドのヤキモチを煽ることで二人の仲を進展させることだった。
手始めにフランチェスカの嫉妬心を煽るためには、リッカルドがエミリアに懸想しているとフランチェスカに思わせることだったが、リッカルドに正直にその計画を打ち明ければ、リッカルドは性格的に乗ってこない可能性が高いことを、フェラーリオは指摘した。
ならばと、リッカルドの主張どおり、フランチェスカがラヴァーズには向いていないと言うことを示す方法を、三人で考えるということにして、リッカルドにこちらの思惑通りに行動してもらうように画策してみようと言うことになった。
リッカルドとエミリアが頻繁に密会を重ねれば、フランチェスカは不審感を抱くに違いない。
そこでフランチェスカが嫉妬するにしろ、逆に身を引こうとするにしろ、リッカルドに心の隙ができる。
そこに付け込めば、二人の関係を進展させることができるだろうという作戦だった。
フランチェスカにリッカルドが浮気していると思わせるためには、リッカルドを公務にかこつけて頻繁にピエンツァに呼び出す必要がある。そうすれば、フランチェスカに事実を悟られないようにラヴァーズのネットワークを通じて、艶話の噂を流行らせる事も可能だろう。
「提督をピッツに呼び出す、何かいい案はありますか? アメデオ」
「そうですな。こういうのはどうでしょう? 艦隊を二つに分けて、模擬戦の実施計画を立てるのです。アンディを初めとする防御側艦隊は、私とジナステラ大尉で指揮をします。攻撃側のピエンツァには提督に指揮をしてもらいます。副官を貴女にやっていただきましょう」
「私が? でも私は戦闘の指揮補佐なんて……」
「いえ、副官といっても、滞在中の提督の身の回りのお世話や、こまごまとした雑用をしていただければいいのです。戦闘補佐に関しては、ピエンツァにも人材は居りますので、ご心配なく。お願いできますか?」
「それはかまいませんけど、艦隊司令は座乗艦をむやみに移したりは、しないのではありませんか?」
「提督はこのところストレスが溜まっておいでです。“攻撃側の指揮をしませんか?”とでも言えば、のってくるでしょう。それに、“たまにはフランチェスカ大尉と戦術で優劣を競って見ませんか?”とでも言えば、対抗心に火がつくでしょう」
「意外に策士でいらっしゃるのですね」
「それほどでも……。お二人とは長い付き合いですからな」
「わかりました、それで行きましょう。そういう設定なら、色々とこちらの都合のいい出来事も起こせそうですわね」
「そちらの策に関しては、貴女に一任いたします」
「喜んで。では……」
二人は握手を交わすと、席を立った。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (3)フェルナンド中尉の憂鬱
(3)フェルナンド中尉の憂鬱---------------------------------------------------
リッカルドがフランチェスカに訓練計画の立案を命じた以上、それを実行しなければ提督としての面目が保てない。
そしてそれは実行部隊である、兵士・士官たちへと飛び火する。
連日の激しい戦闘訓練に、音を上げた兵士たちが上官に泣きついた。
そこで各部隊の先任士官クラスが密かに集まって頭を悩ませた結果、提督に直接掛け合って訓練メニューの軽減を陳情しよう、と言うことになった。
貧乏くじはフランチェスカの乗機の後席を勤める事もある、フェルナンド中尉のところに回ってきた。
フェルナンドは“自分は交渉事は苦手だから”と辞退しようとしたが、“前席のフォローは後席の勤めだ!”と言う理由で、押し切られたのだった。
フェルナンドはしぶしぶ提督の執務室にリッカルドを尋ねた。
「失礼します。提督、ちょっとよろしいでしょうか?」
「今忙しい。簡潔に頼む」
うずたかく積まれた書類に埋もれそうになりながら、決裁を続けるリッカルドに一瞬躊躇しながらも、フェルナンドは本題を切り出した。
「このところの訓練メニュー、何とかしちゃあいただけやせんか?」
「なんとかとは、なんだ?」
「キツ過ぎます。状況の全く異なる戦闘訓練を日に3回ずつだなんて、聴いた事がありません。過労で寝込んじまう奴もいますし」
「実戦になれば、戦局如何ではこんなもんじゃすまないことだって、あるだろう?」
「そりゃそうですが、整備の連中だって、連日徹夜ですぜ? 訓練弾だって底を尽きかけていますし、推進剤の消費量も馬鹿になりません。これじゃ万が一敵に遭遇したら、弾はあっても出撃できませんぜ?」
「訓練計画は戦闘副官に一任している。副官に言うんだな」
「提督……」
フェルナンド中尉は、不機嫌を絵に描いたような仏頂面で腕を組むリッカルドに、溜息をついた。
リッカルドの不機嫌の原因がフランチェスカとの関係にあることは、もはや艦隊の暗黙の事実であった。
しかし何と言ってそれを切り出すか、ずっと頭を掻いていたが、よい言葉が思い浮かばなかった。
「副官と……、あー、その、ジナステラ大尉と、仲直りしていただけませんかね?」
「なんだと?」
「いまや艦隊中の噂になってますぜ、提督と大尉が喧々諤々の大ゲンカしたって」
「それがなんだ?」
「原因はあれでしょう? 大尉が臨時でラヴァーズの当番やっているって件……」
「関係ない! そんなこと」
「そうですか? それじゃ何が原因だってぇんです?」
「さあな。俺が知るか!」
リッカルドはサインの終わった書類を既決箱に乱暴に放り込むと、机の上に足を組んで投げ出した。
『知るか!』も何も、それが原因でしょうと、フェルナンド中尉は言いたかったが、それを言っては話が進まない。
「ま、そりゃ、大尉は非常に魅力的ですよ? 艦隊のアイドルと言っていい。実際、前の艦隊でお相手して戴いた連中なんざ、いまや別格扱い」
「それなら遠慮なく“お誘い”でもかけて見れば良いだろう? 中尉」
「ご冗談を……。っていうか、手なんか出せるわけ無いでしょう?」
「なぜだ?」
「それをあっしに聞くんですかい?」
「訓練メニューの変更なら、お前が“お誘い”でもかけて説得すれば良いだろう。足腰立たなくなるまでヤってやれば、お前の言うことだって聞いてくれるかも知れんぞ?」
「本気で言ってるんですかい? 提督」
「とにかく俺は知らん。文句があるなら直接副官に言え。下がってよろしい」
「やれやれ……」
取り付くシマも無い様子のリッカルドに、フェルナンド中尉も引き下がらざるを得なかった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
“提督を説得できなかった”と部隊に戻れば、今度は自分が責められる。そう思ったフェルナンド中尉は、執務室を退出したその足でラウンジへ向かった。
夜の部のラウンジが開くには少し早かったが、幸いにして開店準備を手伝うフランチェスカを見つける事ができた。
「大尉、ちょっとよろしいですか?」
「あら、フェルナンド。どうしたの? 開店時間にはまだ早いわよ」
「エーと実は、その……たまには戦闘艇の訓練なんか、いかがかなと思いまして……」
「え? 空戦隊はいつも飛んでるじゃない。誰かさんのおかげで、このところ毎日訓練漬けでしょう?」
「そうじゃなくて、たまには大尉もご一緒に。あっしが後席に着きますから」
テーブルを拭いていたフランチェスカは、フェルナンドをギロリと睨み付けた。
「リッカルドに言われたの?」
「え? いやぁ、そのぉ……」
「リッカルドに言われたんでしょう? 足腰立たなくなるまで、戦闘艇に乗せてしごいてやれって」
所詮この手の交渉事に自分は向いていないのだ、と悟ったフェルナンド中尉は、頭を掻きながら言った。
「……正直に言いましょう、大尉。提督と仲直りしていただけませんか?」
「何を言っているのかわからないわ。別に私たちは、ケンカなんかしていないわよ」
そう言いながら、再びテーブルを拭き始めた。
「大尉……」
「そんなことより、どう? 今夜あたり、私を“誘って”みない? たまにはそういう付き合いも、いいでしょう?」
「本気で言ってるんですかい?」
「ラヴァーズに復帰したって言うのに、誰も誘ってくれないのよねぇ。私ってそんなに魅力ないのかしら?」
「いや、そんな事は無いですが……」
「じゃあ、決まりね。私のオゴリでいいから。今夜は暇でしょ? フェルナンド」
「いや、ですからあの、大尉」
「“上官命令”よ。今夜は私に付き合いなさい」
「は、はぁ……」
フランチェスカは、自分がリッカルドの情婦みたいに思われている事に、気がついていた。
それが他の男たちが“お誘い”をかけてこない理由だとしたら、一人でラウンジに座っているよりも、誰か別の男が傍にいれば、他の男たちも誘い易いのではないかと考えたのだった。
そしてそれは確かに効果があった。
その晩はフランチェスカの周りには、見知った兵士や士官たちが次々と傍にやってきては談笑し、酒を酌み交わしていった。
もちろん、これはフェルナンドが、事前に各部隊のツテを頼って根回ししておいたからではあったが。
しかしながら、フランチェスカ自身も自分がラヴァーズあると言うことは抜きにしても、こんな風に皆と飲むのは久しぶりであり、すこぶる上機嫌だった。
一方、詳細を知らされていない兵士や下士官たちは、フランチェスカが上機嫌なのを見て、提督と仲直りをしたのだと勘違いしていた。これで明日からは平常訓練に戻るだろうと、期待していたからこそ、盛り上がっていたのだったのだが……。
「ふぇルなンドぉ、すこーし、酔っ払っちゃったぁ~。部屋に連れて行ってよぉ~」
ラウンジの閉店も近くなった頃、へべれけに酔っ払っていたフランチェスカは、まるでお目付け役のように、黙って酒を飲み続けていたフェルナンドに言った。
フェルナンドは溜息をつくと立ち上がり、周りの兵士たちが囃し立てるなか、フランチェスカを抱き上げて、フランチェスカの私室へと運んだ。
「おみず、ちょうだい」
とろんとした目つきで言うフランチェスカに、フェルナンドが水を差し出すと、危なっかしい手つきでそれを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはぁ~。ありがと、フェルナンド」
「じゃ、あっしは、これで……」
「何言ってるのぉ、フェルナンドぉ。こんな時間に女の部屋にいて、何もしないで帰るって言うの?」
「酔っ払ってるでしょう? 大尉」
「よっぱらってるわよ。だから何? 好きにしてもいいのよ? 私、今はラヴァーズなんだから」
「大尉……」
「早く服、脱がせてよぉ」
「うわっ! 大尉」
しなだれかかってきたフランチェスカに、バランスを崩したフェルナンドは、抱き合った形でソファに押し倒された。
起き上がってフランチェスカを正気に戻そうとしたフェルナンドだったが、既に当の本人はすーすーという寝息を立てていた。
やれやれ、と思いながらフェルナンドはフランチェスカを抱きかかえ、ベッドルームのドアを開けてフランチェスカをベッドに寝かせた。
「まったく! “誘って”おいてこれかよ!」
もともと“その気”は無かったフェルナンドだったが、思わずそんな言葉がでた。
「ドレス……脱がしておいた方が、いいのかな?」
それぐらいの“役得”はあってもいいだろうと、フランチェスカの胸元に手を伸ばした。
「リッカルドの、バカ……」
それが寝言だと、フェルナンドにはわかっていたが、伸ばした手に奇妙な罪の意識を感じたのも確かだった。
「バカは、あんただよ……」
フェルナンドは苦笑しながら立ち上がり、フランチェスカに毛布をかけてから、頭を掻きながら電気を消し、ベッドルームから出た。
「いや……、俺もかな?」
自嘲気味に肩をすくめると、ドアのオートロックをセットして、自室に戻ることにした。
リッカルドがフランチェスカに訓練計画の立案を命じた以上、それを実行しなければ提督としての面目が保てない。
そしてそれは実行部隊である、兵士・士官たちへと飛び火する。
連日の激しい戦闘訓練に、音を上げた兵士たちが上官に泣きついた。
そこで各部隊の先任士官クラスが密かに集まって頭を悩ませた結果、提督に直接掛け合って訓練メニューの軽減を陳情しよう、と言うことになった。
貧乏くじはフランチェスカの乗機の後席を勤める事もある、フェルナンド中尉のところに回ってきた。
フェルナンドは“自分は交渉事は苦手だから”と辞退しようとしたが、“前席のフォローは後席の勤めだ!”と言う理由で、押し切られたのだった。
フェルナンドはしぶしぶ提督の執務室にリッカルドを尋ねた。
「失礼します。提督、ちょっとよろしいでしょうか?」
「今忙しい。簡潔に頼む」
うずたかく積まれた書類に埋もれそうになりながら、決裁を続けるリッカルドに一瞬躊躇しながらも、フェルナンドは本題を切り出した。
「このところの訓練メニュー、何とかしちゃあいただけやせんか?」
「なんとかとは、なんだ?」
「キツ過ぎます。状況の全く異なる戦闘訓練を日に3回ずつだなんて、聴いた事がありません。過労で寝込んじまう奴もいますし」
「実戦になれば、戦局如何ではこんなもんじゃすまないことだって、あるだろう?」
「そりゃそうですが、整備の連中だって、連日徹夜ですぜ? 訓練弾だって底を尽きかけていますし、推進剤の消費量も馬鹿になりません。これじゃ万が一敵に遭遇したら、弾はあっても出撃できませんぜ?」
「訓練計画は戦闘副官に一任している。副官に言うんだな」
「提督……」
フェルナンド中尉は、不機嫌を絵に描いたような仏頂面で腕を組むリッカルドに、溜息をついた。
リッカルドの不機嫌の原因がフランチェスカとの関係にあることは、もはや艦隊の暗黙の事実であった。
しかし何と言ってそれを切り出すか、ずっと頭を掻いていたが、よい言葉が思い浮かばなかった。
「副官と……、あー、その、ジナステラ大尉と、仲直りしていただけませんかね?」
「なんだと?」
「いまや艦隊中の噂になってますぜ、提督と大尉が喧々諤々の大ゲンカしたって」
「それがなんだ?」
「原因はあれでしょう? 大尉が臨時でラヴァーズの当番やっているって件……」
「関係ない! そんなこと」
「そうですか? それじゃ何が原因だってぇんです?」
「さあな。俺が知るか!」
リッカルドはサインの終わった書類を既決箱に乱暴に放り込むと、机の上に足を組んで投げ出した。
『知るか!』も何も、それが原因でしょうと、フェルナンド中尉は言いたかったが、それを言っては話が進まない。
「ま、そりゃ、大尉は非常に魅力的ですよ? 艦隊のアイドルと言っていい。実際、前の艦隊でお相手して戴いた連中なんざ、いまや別格扱い」
「それなら遠慮なく“お誘い”でもかけて見れば良いだろう? 中尉」
「ご冗談を……。っていうか、手なんか出せるわけ無いでしょう?」
「なぜだ?」
「それをあっしに聞くんですかい?」
「訓練メニューの変更なら、お前が“お誘い”でもかけて説得すれば良いだろう。足腰立たなくなるまでヤってやれば、お前の言うことだって聞いてくれるかも知れんぞ?」
「本気で言ってるんですかい? 提督」
「とにかく俺は知らん。文句があるなら直接副官に言え。下がってよろしい」
「やれやれ……」
取り付くシマも無い様子のリッカルドに、フェルナンド中尉も引き下がらざるを得なかった。
“提督を説得できなかった”と部隊に戻れば、今度は自分が責められる。そう思ったフェルナンド中尉は、執務室を退出したその足でラウンジへ向かった。
夜の部のラウンジが開くには少し早かったが、幸いにして開店準備を手伝うフランチェスカを見つける事ができた。
「大尉、ちょっとよろしいですか?」
「あら、フェルナンド。どうしたの? 開店時間にはまだ早いわよ」
「エーと実は、その……たまには戦闘艇の訓練なんか、いかがかなと思いまして……」
「え? 空戦隊はいつも飛んでるじゃない。誰かさんのおかげで、このところ毎日訓練漬けでしょう?」
「そうじゃなくて、たまには大尉もご一緒に。あっしが後席に着きますから」
テーブルを拭いていたフランチェスカは、フェルナンドをギロリと睨み付けた。
「リッカルドに言われたの?」
「え? いやぁ、そのぉ……」
「リッカルドに言われたんでしょう? 足腰立たなくなるまで、戦闘艇に乗せてしごいてやれって」
所詮この手の交渉事に自分は向いていないのだ、と悟ったフェルナンド中尉は、頭を掻きながら言った。
「……正直に言いましょう、大尉。提督と仲直りしていただけませんか?」
「何を言っているのかわからないわ。別に私たちは、ケンカなんかしていないわよ」
そう言いながら、再びテーブルを拭き始めた。
「大尉……」
「そんなことより、どう? 今夜あたり、私を“誘って”みない? たまにはそういう付き合いも、いいでしょう?」
「本気で言ってるんですかい?」
「ラヴァーズに復帰したって言うのに、誰も誘ってくれないのよねぇ。私ってそんなに魅力ないのかしら?」
「いや、そんな事は無いですが……」
「じゃあ、決まりね。私のオゴリでいいから。今夜は暇でしょ? フェルナンド」
「いや、ですからあの、大尉」
「“上官命令”よ。今夜は私に付き合いなさい」
「は、はぁ……」
フランチェスカは、自分がリッカルドの情婦みたいに思われている事に、気がついていた。
それが他の男たちが“お誘い”をかけてこない理由だとしたら、一人でラウンジに座っているよりも、誰か別の男が傍にいれば、他の男たちも誘い易いのではないかと考えたのだった。
そしてそれは確かに効果があった。
その晩はフランチェスカの周りには、見知った兵士や士官たちが次々と傍にやってきては談笑し、酒を酌み交わしていった。
もちろん、これはフェルナンドが、事前に各部隊のツテを頼って根回ししておいたからではあったが。
しかしながら、フランチェスカ自身も自分がラヴァーズあると言うことは抜きにしても、こんな風に皆と飲むのは久しぶりであり、すこぶる上機嫌だった。
一方、詳細を知らされていない兵士や下士官たちは、フランチェスカが上機嫌なのを見て、提督と仲直りをしたのだと勘違いしていた。これで明日からは平常訓練に戻るだろうと、期待していたからこそ、盛り上がっていたのだったのだが……。
「ふぇルなンドぉ、すこーし、酔っ払っちゃったぁ~。部屋に連れて行ってよぉ~」
ラウンジの閉店も近くなった頃、へべれけに酔っ払っていたフランチェスカは、まるでお目付け役のように、黙って酒を飲み続けていたフェルナンドに言った。
フェルナンドは溜息をつくと立ち上がり、周りの兵士たちが囃し立てるなか、フランチェスカを抱き上げて、フランチェスカの私室へと運んだ。
「おみず、ちょうだい」
とろんとした目つきで言うフランチェスカに、フェルナンドが水を差し出すと、危なっかしい手つきでそれを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはぁ~。ありがと、フェルナンド」
「じゃ、あっしは、これで……」
「何言ってるのぉ、フェルナンドぉ。こんな時間に女の部屋にいて、何もしないで帰るって言うの?」
「酔っ払ってるでしょう? 大尉」
「よっぱらってるわよ。だから何? 好きにしてもいいのよ? 私、今はラヴァーズなんだから」
「大尉……」
「早く服、脱がせてよぉ」
「うわっ! 大尉」
しなだれかかってきたフランチェスカに、バランスを崩したフェルナンドは、抱き合った形でソファに押し倒された。
起き上がってフランチェスカを正気に戻そうとしたフェルナンドだったが、既に当の本人はすーすーという寝息を立てていた。
やれやれ、と思いながらフェルナンドはフランチェスカを抱きかかえ、ベッドルームのドアを開けてフランチェスカをベッドに寝かせた。
「まったく! “誘って”おいてこれかよ!」
もともと“その気”は無かったフェルナンドだったが、思わずそんな言葉がでた。
「ドレス……脱がしておいた方が、いいのかな?」
それぐらいの“役得”はあってもいいだろうと、フランチェスカの胸元に手を伸ばした。
「リッカルドの、バカ……」
それが寝言だと、フェルナンドにはわかっていたが、伸ばした手に奇妙な罪の意識を感じたのも確かだった。
「バカは、あんただよ……」
フェルナンドは苦笑しながら立ち上がり、フランチェスカに毛布をかけてから、頭を掻きながら電気を消し、ベッドルームから出た。
「いや……、俺もかな?」
自嘲気味に肩をすくめると、ドアのオートロックをセットして、自室に戻ることにした。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (2)ラヴァーズ復帰
(2)ラヴァーズ復帰 -------------------------------------------------------
フランチェスカ最初の当番日がきた。
久しぶりに身につけたラヴァーズ用のドレスに、くすぐったい気持ちを感じながら、ラヴァーズが“お誘い”を待つのに使う、ラウンジのカウンターに座っていた。
「大尉、本当にいいんですか?」
「メリッサ、今は“大尉”じゃないわ」
「じゃ、フランチェスカさん。こんなこと、もし提督に知れたら……」
「それは大丈夫。リッカルドの当直時間に合わせてあるから。今頃は艦橋にカンヅメよ」
「あとで絶対、怒られますよ?」
「いいから気にしない。それに、たまには兵士たちの様子を“肌で”知ることも、幕僚としては大切な仕事だわ。それよりどう? このドレス。新調したのよ」
「ええ、かわいいとは思いますけど……」

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
フランチェスカのドレスは、メリッサたちが纏うラヴァーズ用の物とは、趣が異なっていた。
素肌をさらす部分が極端に抑えられてはいるが、ふんわりと裾の広がったスカートのドレスは、細かな刺繍模様の生地に、フリルや小さなリボンが随所にあしらわれていた。豊かな金髪には細かくウェーブが入れられており、頭には装飾目的の布製のカチューチャが添えられていた。
それはフランチェスカの、実年齢よりも相当に幼くみえる容姿には、むしろ似合ってはいた。
「動きづらくないですか?」
狭いラウンジ内での給仕や接客には不向きと思われる、装飾過多な装いにメリッサが尋ねると、フランチェスカは
「え? うんちょっとね。久しぶりにドレスなんて着たから……」
と、答えた。メリッサは質問の意図が伝わっていないとは思ったが、あえてそれ以上言わないことにした。
そしてラウンジ開店の時刻。
士官食堂を兼用しているラウンジの扉が開かれた、ちょうどその時。
普段はめったに使われない艦内放送が流れた。
『――艦隊司令より連絡。至急、戦闘副官は艦橋へ。繰り返す、戦闘副官は至急艦橋へ。以上』
聞きなれた声に、フランチェスカは眉を釣り上げた。
「あ、あンの野郎……」
フランチェスカは怒りに腕を震わせた。けれど無視を決め込んで、動こうとはしなかった。
メリッサはそんな様子にたじろぎながらも、恐る恐る言った。
「あ、あの……フランチェスカさん? 呼んでますけど?」
「嫌がらせに決まってる! 私は行かない!」
「何かその、本当に緊急事態……かもしれませんし。その、行かれたほうが、よろしいのではないかと……?」
メリッサがフランチェスカの顔を伺いながら、恐る恐る言うと、再び艦内放送が流れた。
『――再度連絡。戦闘副官は艦橋へ。繰り返す、戦闘副官は至急艦橋へ。以上』
フランチェスカはバン! とカウンターテーブルを叩くと立ち上がり、どすどすと大またでラウンジを出て行った。
「おい、メリッサ」
「なんでしょう? マスター」
「行かなくて、良いのか?」
「行かない方が、良いかなと……」
「フォローしたほうが、良いんじゃないのか?」
「私なんかがいても、結果は変わらないんじゃないかと思いますけど……」
「ああ、それもそうだな……」
二人は顔を見合わせると、深いため息をついた。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
三十分後、フランチェスカは再びラウンジに現れた。
少し乱れた髪と、曲がったままの胸のリボンもそのままに、ドレスのスカートを翻しながら大またで歩き、右手には分厚いファイル、左手にはポータブル端末を抱えていた。
不機嫌そうにじろりとラウンジを見回し、隅のテーブルを占領すると、端末を開いてものすごい勢いでキーボードを叩き始めた。
その様子に恐れをなしたラウンジの客たちも、触れてはいけないとばかりに背を向けた。
メリッサは一体どんな修羅場が艦橋で展開されたのかと思うと、まだ一滴も飲んでいないのに頭痛がした。
「おい、メリッサ……」
ラウンジのマスターを兼ねている厚生部長が、グラスを拭きながらあごでフランチェスカを指した。
「わたし?」
「お前さん以外に、誰が行くって言うんだよ?」
「私だって嫌ですよ。“触らぬ神に祟り無し”って言うじゃないですか。マスターこそ」
「ご免だね。……あんたの言うとおりだな」
猛然とファイルをめくりながら端末を叩くフランチェスカの様子に、厚生部長も溜息をつくと、再びグラスを拭き始めた。
ラウンジがそんな状況になっているとは露ほども思っていない兵士たちが、賑やかにラウンジにやってくるたびに、フランチェスカが奥から鋭い眼光を放った。その険悪な雰囲気に恐れをなした者は、慌てて取って返し、気づかずにカウンターに座った鈍感な者でさえも、いつもとは違うマスターやメリッサの様子に気づくと、やっと状況を理解し、そそくさとラウンジから立ち去るのであった。
フランチェスカがようやく端末を閉じた時、ちょうどラウンジの営業時間も終了になった。
営業中のラウンジが、キーボード以外に物音ひとつしないほど静かだったのは、アンドレア・ドリアの長い戦闘航海のなかでも、この日だけであったと、後に厚生部長の業務日誌には書かれることとなった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
翌日、フランチェスカが通常任務のため艦橋に出頭すると、リッカルドは仏頂面で戦闘訓練の計画書を出すように命じた。
フランチェスカが昨晩ラウンジで作成した計画書を提出すると、リッカルドはパラパラとめくり、再提出を命じた。
リッカルドには戦闘副官であるフランチェスカの業務負担をわざと増やし、彼女をラヴァーズの当番に入れる余裕を無くそうという魂胆があった。
だが、それはかえってフランチェスカの怒りを買うだけであった。
立て続けに様々なシナリオの訓練計画を立てて提出しただけでなく、普段なら自分の裁量で判断して、後は提督のサインをもらうだけという雑用レベルの書類を、内容も見ずに“提督の判断を要す”とメモを貼り付けて、右から左へと大量にリッカルドに押し付け、逆にリッカルドの負担を増やした。
その一方で、ラヴァーズの当番も続けていたが、フランチェスカの事をよく知らない兵士たちが、物珍しそうに話しかけてはくるものの、一向に“お誘い”をかけてくる者はいなかった。
また“お誘い”をかけようとした兵士も、通常ならありえない太い横棒2本に小さなハートのついた大尉待遇を示す、手製のラヴァーズ章に気がつくと、疑問を感じながらもそそくさと席を離れてしまうのだった。
そのことは、フランチェスカの不機嫌の原因の一つにもなっていた。
フランチェスカ最初の当番日がきた。
久しぶりに身につけたラヴァーズ用のドレスに、くすぐったい気持ちを感じながら、ラヴァーズが“お誘い”を待つのに使う、ラウンジのカウンターに座っていた。
「大尉、本当にいいんですか?」
「メリッサ、今は“大尉”じゃないわ」
「じゃ、フランチェスカさん。こんなこと、もし提督に知れたら……」
「それは大丈夫。リッカルドの当直時間に合わせてあるから。今頃は艦橋にカンヅメよ」
「あとで絶対、怒られますよ?」
「いいから気にしない。それに、たまには兵士たちの様子を“肌で”知ることも、幕僚としては大切な仕事だわ。それよりどう? このドレス。新調したのよ」
「ええ、かわいいとは思いますけど……」

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
フランチェスカのドレスは、メリッサたちが纏うラヴァーズ用の物とは、趣が異なっていた。
素肌をさらす部分が極端に抑えられてはいるが、ふんわりと裾の広がったスカートのドレスは、細かな刺繍模様の生地に、フリルや小さなリボンが随所にあしらわれていた。豊かな金髪には細かくウェーブが入れられており、頭には装飾目的の布製のカチューチャが添えられていた。
それはフランチェスカの、実年齢よりも相当に幼くみえる容姿には、むしろ似合ってはいた。
「動きづらくないですか?」
狭いラウンジ内での給仕や接客には不向きと思われる、装飾過多な装いにメリッサが尋ねると、フランチェスカは
「え? うんちょっとね。久しぶりにドレスなんて着たから……」
と、答えた。メリッサは質問の意図が伝わっていないとは思ったが、あえてそれ以上言わないことにした。
そしてラウンジ開店の時刻。
士官食堂を兼用しているラウンジの扉が開かれた、ちょうどその時。
普段はめったに使われない艦内放送が流れた。
『――艦隊司令より連絡。至急、戦闘副官は艦橋へ。繰り返す、戦闘副官は至急艦橋へ。以上』
聞きなれた声に、フランチェスカは眉を釣り上げた。
「あ、あンの野郎……」
フランチェスカは怒りに腕を震わせた。けれど無視を決め込んで、動こうとはしなかった。
メリッサはそんな様子にたじろぎながらも、恐る恐る言った。
「あ、あの……フランチェスカさん? 呼んでますけど?」
「嫌がらせに決まってる! 私は行かない!」
「何かその、本当に緊急事態……かもしれませんし。その、行かれたほうが、よろしいのではないかと……?」
メリッサがフランチェスカの顔を伺いながら、恐る恐る言うと、再び艦内放送が流れた。
『――再度連絡。戦闘副官は艦橋へ。繰り返す、戦闘副官は至急艦橋へ。以上』
フランチェスカはバン! とカウンターテーブルを叩くと立ち上がり、どすどすと大またでラウンジを出て行った。
「おい、メリッサ」
「なんでしょう? マスター」
「行かなくて、良いのか?」
「行かない方が、良いかなと……」
「フォローしたほうが、良いんじゃないのか?」
「私なんかがいても、結果は変わらないんじゃないかと思いますけど……」
「ああ、それもそうだな……」
二人は顔を見合わせると、深いため息をついた。
三十分後、フランチェスカは再びラウンジに現れた。
少し乱れた髪と、曲がったままの胸のリボンもそのままに、ドレスのスカートを翻しながら大またで歩き、右手には分厚いファイル、左手にはポータブル端末を抱えていた。
不機嫌そうにじろりとラウンジを見回し、隅のテーブルを占領すると、端末を開いてものすごい勢いでキーボードを叩き始めた。
その様子に恐れをなしたラウンジの客たちも、触れてはいけないとばかりに背を向けた。
メリッサは一体どんな修羅場が艦橋で展開されたのかと思うと、まだ一滴も飲んでいないのに頭痛がした。
「おい、メリッサ……」
ラウンジのマスターを兼ねている厚生部長が、グラスを拭きながらあごでフランチェスカを指した。
「わたし?」
「お前さん以外に、誰が行くって言うんだよ?」
「私だって嫌ですよ。“触らぬ神に祟り無し”って言うじゃないですか。マスターこそ」
「ご免だね。……あんたの言うとおりだな」
猛然とファイルをめくりながら端末を叩くフランチェスカの様子に、厚生部長も溜息をつくと、再びグラスを拭き始めた。
ラウンジがそんな状況になっているとは露ほども思っていない兵士たちが、賑やかにラウンジにやってくるたびに、フランチェスカが奥から鋭い眼光を放った。その険悪な雰囲気に恐れをなした者は、慌てて取って返し、気づかずにカウンターに座った鈍感な者でさえも、いつもとは違うマスターやメリッサの様子に気づくと、やっと状況を理解し、そそくさとラウンジから立ち去るのであった。
フランチェスカがようやく端末を閉じた時、ちょうどラウンジの営業時間も終了になった。
営業中のラウンジが、キーボード以外に物音ひとつしないほど静かだったのは、アンドレア・ドリアの長い戦闘航海のなかでも、この日だけであったと、後に厚生部長の業務日誌には書かれることとなった。
翌日、フランチェスカが通常任務のため艦橋に出頭すると、リッカルドは仏頂面で戦闘訓練の計画書を出すように命じた。
フランチェスカが昨晩ラウンジで作成した計画書を提出すると、リッカルドはパラパラとめくり、再提出を命じた。
リッカルドには戦闘副官であるフランチェスカの業務負担をわざと増やし、彼女をラヴァーズの当番に入れる余裕を無くそうという魂胆があった。
だが、それはかえってフランチェスカの怒りを買うだけであった。
立て続けに様々なシナリオの訓練計画を立てて提出しただけでなく、普段なら自分の裁量で判断して、後は提督のサインをもらうだけという雑用レベルの書類を、内容も見ずに“提督の判断を要す”とメモを貼り付けて、右から左へと大量にリッカルドに押し付け、逆にリッカルドの負担を増やした。
その一方で、ラヴァーズの当番も続けていたが、フランチェスカの事をよく知らない兵士たちが、物珍しそうに話しかけてはくるものの、一向に“お誘い”をかけてくる者はいなかった。
また“お誘い”をかけようとした兵士も、通常ならありえない太い横棒2本に小さなハートのついた大尉待遇を示す、手製のラヴァーズ章に気がつくと、疑問を感じながらもそそくさと席を離れてしまうのだった。
そのことは、フランチェスカの不機嫌の原因の一つにもなっていた。
星の海で(10) 「Be My Lover」 (1)病床の少女
(1)病床の少女 -------------------------------------------------------
アンドレア・ドリア艦内の、とあるラヴァーズの居室。
ラヴァーズは女性体であると共に、艦隊での役割の関係から、どの階級待遇であっても個室が割り当てられていた。
初任である亜里沙も例外ではなく、小さいながらも高級士官並に調度品が揃えられた、プライベート空間を割り当てられていた。
部屋の大半を占めるセミダブルのベッドに、大きなワードローブとドレッサー。そして何よりも全体に明るい中間色で統一された内装と女性らしさを思わせるさまざまな小物類が、軍士官の部屋とは明らかに異なる空間であることを示していた。
そして今、この部屋の主はぐったりとした生気のない表情で、ベッドに横たわっていた。
「どう? 亜里沙。熱は?」
「……ええ、少し」
メリッサは亜里沙から体温計を受け取り、表示を見てからもう一度、今度は自分で亜里沙の耳に体温計を当てて測りなおした。
「39度……。駄目ね。やっぱりブルーノ先生に診てもらいましょう」
「……はい」
高熱のためか顔は赤く、呼吸も苦しげな亜里沙の様子に、メリッサは不安を感じていた。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
アンドレア・ドリア艦内で最も大きな居室を構えているのは、艦隊司令たるリッカルド・ガルバリディ提督であったが、その専有面積の半分以上は、賓客をもてなす応接室や雑多な公務をこなす執務室であり、真にプライベートな空間といえるのは、続き部屋になっている簡易なAVセットとベッドがあるだけの、小さな空間に過ぎなかった。
実質的に最大のプライベート空間を得ているのは、その副官であるフランチェスカ・ジナステラ大尉であった。
彼女は当初、ラヴァーズ達と同じ区画にある同等の部屋を考えていたが、前任地からの贈り物の数が多くて収容しきれず、また提督の副官ということで、公務も多かった。そのため提督の居室に近く、かつ艦橋に程近い――本来であれば監察官用の公室――スイートルームを私室としていた。
そしてその部屋の主は、緩慢に端末を叩きながら、訪問者であるラヴァーズの一人と話をしていた。
「それで、亜里沙の様子はどう? メリッサ」
「艦医のブルーノ先生のお話では、膠原病の一種だろうってことでした」
「それで?」
「1、2週間は高熱が続くだろうけれど、安静にしていれば投薬で治るそうです」
「そう。心配ね。やっぱりこの前の怪我も、影響してるのかしら?」
「とりあえず、亜里沙は医務室にベッドを移しました」
「ならば、とりあえずは安心ね。亜里沙のことは、ブルーノ先生にお任せするとして、……でも困ったわね」
「まだ、何か?」
「ラヴァーズのローテーションのことよ。先週、ピエンツァでまた欠員がでたでしょう?」
「ええ、さすがに一人では大変なので、今は他の艦とも協力して、交代で手伝いに行っていますけど……」
「ミランダも休暇中だし。人数的にきついでしょう?」
「ええ。でもそれは、残った私たちで何とか」
フランチェスカはふと、端末を叩く手をやめて、つぶやくように言った。
「私も、ローテーションに入ろうかな」
メリッサは持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「はぁ? あの、今なんておっしゃいました?」
「私もローテーションに入ろうかな、って言ったのよ」
「それって、つまり、私たちと一緒に?」
「そうよ。たまにはいいかな、と思って。いい案だと思わない?」
「と、とんでもない! 大尉にそんなご迷惑をおかけするようなことは。私たちで何とかしますから……」
「いいじゃない。どうせ今は大して忙しくないし、このレポートをやっつけちゃえば、しばらくは時間的には余裕だわ」
突然のフランチェスカの提案に、メリッサは困惑していた。
確かに欠員が出た分、ローテーションを考えると人数が足りない。
けれどそれはラウンジのマスターをしている各艦の厚生部長に相談して、調整をしてもらえば済むことだった。
実際に大規模な訓練や戦闘中などで、ラウンジが休業することもあるし、ラウンジの営業時間中に、ラヴァーズが必ず居なくてはいけない、ということでもなかった。
「けれど……。あ、そうだ! 提督がきっと許しませんよ、そんな事!」
「リッカルド? 別に関係ないでしょ。そうと決まったら、ドレスも新調しなくちゃ……」
「あ、あの……大尉?」
「ねぇ、メリッサ。もし良かったら、使わないアクセサリかなんかあったら、少し貸してくれないかしら? あ、でもメリッサよりも、亜里沙から借りたほうがいいかしらね? お見舞いに行くついでに、頼んでみようかしら……」
フランチェスカは、まるでなにか新しいおもちゃでも見つけたように、うきうきとした表情で補給物資のカタログの中から、ラヴァーズ用のものを選び始めた。
楽しげにドレスを見繕い始めたフランチェスカの様子に、メリッサはその場では思いとどまらせることが出来なかった。
そして亜里沙の病気の事以上に、言い知れぬ不安を感じていた。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
前線からは離れた友軍の勢力下、慣熟訓練中という事もあって、リッカルド艦隊は平穏な航海を続けていた。
旗艦であるアンドレア・ドリアの艦橋もまた、時間がゆったりと流れていた。
戦闘訓練が始まれば一時的に慌しくはなるが、一日の大半は空調の音が多少耳につく程度の、静かな空間であった。
そんな中、暇をもてあましていたリッカルド提督は、戦闘副官のフランチェスカ大尉に何事かを耳打ちされると、その職責にふさわしくないほどに激しく怒鳴り散らした。
「駄目だ駄目だ! そんな事!」
「ちょっと提督! 声が大きすぎます」
「駄目だといったら駄目だ! ラヴァーズ当番など許さん!!」
“ラヴァーズ”という言葉に反応し、艦橋内がざわついた。
フランチェスカは軽い既視感(デジャヴュ)を覚えながら、とにかく落ち着かせようと、リッカルドの肩に手を添えて椅子に押し戻した。
「亜里沙……じゃなかった。とにかくラヴァーズに欠員ができてね。ローテーションの穴を埋めなきゃならないのよ。彼女たちの負担を考えると、ここは私がサポートするべきだと思うんだ」
「だからって、何でお前がそんことをしなきゃならないんだ。お前は艦隊幕僚幹部として、俺の補佐をしていればいいんだ!」
「そんなこと言うけど、リッカルドだってラヴァーズ不足が艦隊の士気に影響する事は知っているでしょう? そもそも私がこの体になったのだって……」
男性だったフランツ少尉が、ラヴァーズとして女性の体になり、フランチェスカと名乗るようになったのは、かつて潰走状態に陥った艦隊の危機に際して、士気の建て直しをするための奇策にあった。
虚空の宇宙空間。戦闘状況によっては、究極の孤独感と閉塞感が兵士を襲い、深刻な精神的ストレスを蓄積することが往々にして存在する。
これは短期間であれば、耐えることができるが、戦闘を重ねて長期間の戦闘航海に及ぶ宇宙艦隊にとっては、ライフライン以上に重大な課題としてのしかかっている。
特に男性ばかりの戦闘艦内において、原初的な人としての根幹に根ざすほどの精神的ダメージを受けた人の心を癒すには異性、つまり女性の手助けが最も効果的で、不可欠とされていた。
しかし長期にわたる艦隊勤務と、何よりも度重なる跳躍航法は、女性の受胎機能に大きなダメージがあった。
そこで主だった艦艇には、その“士気の安定役”として男性を性転換して女性となった“ラヴァーズ”を乗せることが、慣例となっていた。
「あの時だって、お前が馬鹿な事をしなけりゃ、そんな体になる必要だって無かったんだ!」
「馬鹿な事って何だよ! 結果的にはあれが効を奏したって、リッカルドだって……」
「とにかく駄目な物は駄目だ! そんなことより戦闘訓練の計画でも立てろ! 遊撃艦隊とはいえ、新編間もない我が艦隊には、慣熟訓練が最優先事項なんだ!」
リッカルドの同意は得られなかったが、フランチェスカには従うつもりは無かった。
フランチェスカがラヴァーズの当番に入ると言う案は、当然メリッサを初め、他のラヴァーズたちも止めようとした。
しかし、結局は艦隊司令の意見ですら聞かない、フランチェスカに押し切られる格好となり、認めざるを得なかった。
アンドレア・ドリア艦内の、とあるラヴァーズの居室。
ラヴァーズは女性体であると共に、艦隊での役割の関係から、どの階級待遇であっても個室が割り当てられていた。
初任である亜里沙も例外ではなく、小さいながらも高級士官並に調度品が揃えられた、プライベート空間を割り当てられていた。
部屋の大半を占めるセミダブルのベッドに、大きなワードローブとドレッサー。そして何よりも全体に明るい中間色で統一された内装と女性らしさを思わせるさまざまな小物類が、軍士官の部屋とは明らかに異なる空間であることを示していた。
そして今、この部屋の主はぐったりとした生気のない表情で、ベッドに横たわっていた。
「どう? 亜里沙。熱は?」
「……ええ、少し」
メリッサは亜里沙から体温計を受け取り、表示を見てからもう一度、今度は自分で亜里沙の耳に体温計を当てて測りなおした。
「39度……。駄目ね。やっぱりブルーノ先生に診てもらいましょう」
「……はい」
高熱のためか顔は赤く、呼吸も苦しげな亜里沙の様子に、メリッサは不安を感じていた。
アンドレア・ドリア艦内で最も大きな居室を構えているのは、艦隊司令たるリッカルド・ガルバリディ提督であったが、その専有面積の半分以上は、賓客をもてなす応接室や雑多な公務をこなす執務室であり、真にプライベートな空間といえるのは、続き部屋になっている簡易なAVセットとベッドがあるだけの、小さな空間に過ぎなかった。
実質的に最大のプライベート空間を得ているのは、その副官であるフランチェスカ・ジナステラ大尉であった。
彼女は当初、ラヴァーズ達と同じ区画にある同等の部屋を考えていたが、前任地からの贈り物の数が多くて収容しきれず、また提督の副官ということで、公務も多かった。そのため提督の居室に近く、かつ艦橋に程近い――本来であれば監察官用の公室――スイートルームを私室としていた。
そしてその部屋の主は、緩慢に端末を叩きながら、訪問者であるラヴァーズの一人と話をしていた。
「それで、亜里沙の様子はどう? メリッサ」
「艦医のブルーノ先生のお話では、膠原病の一種だろうってことでした」
「それで?」
「1、2週間は高熱が続くだろうけれど、安静にしていれば投薬で治るそうです」
「そう。心配ね。やっぱりこの前の怪我も、影響してるのかしら?」
「とりあえず、亜里沙は医務室にベッドを移しました」
「ならば、とりあえずは安心ね。亜里沙のことは、ブルーノ先生にお任せするとして、……でも困ったわね」
「まだ、何か?」
「ラヴァーズのローテーションのことよ。先週、ピエンツァでまた欠員がでたでしょう?」
「ええ、さすがに一人では大変なので、今は他の艦とも協力して、交代で手伝いに行っていますけど……」
「ミランダも休暇中だし。人数的にきついでしょう?」
「ええ。でもそれは、残った私たちで何とか」
フランチェスカはふと、端末を叩く手をやめて、つぶやくように言った。
「私も、ローテーションに入ろうかな」
メリッサは持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「はぁ? あの、今なんておっしゃいました?」
「私もローテーションに入ろうかな、って言ったのよ」
「それって、つまり、私たちと一緒に?」
「そうよ。たまにはいいかな、と思って。いい案だと思わない?」
「と、とんでもない! 大尉にそんなご迷惑をおかけするようなことは。私たちで何とかしますから……」
「いいじゃない。どうせ今は大して忙しくないし、このレポートをやっつけちゃえば、しばらくは時間的には余裕だわ」
突然のフランチェスカの提案に、メリッサは困惑していた。
確かに欠員が出た分、ローテーションを考えると人数が足りない。
けれどそれはラウンジのマスターをしている各艦の厚生部長に相談して、調整をしてもらえば済むことだった。
実際に大規模な訓練や戦闘中などで、ラウンジが休業することもあるし、ラウンジの営業時間中に、ラヴァーズが必ず居なくてはいけない、ということでもなかった。
「けれど……。あ、そうだ! 提督がきっと許しませんよ、そんな事!」
「リッカルド? 別に関係ないでしょ。そうと決まったら、ドレスも新調しなくちゃ……」
「あ、あの……大尉?」
「ねぇ、メリッサ。もし良かったら、使わないアクセサリかなんかあったら、少し貸してくれないかしら? あ、でもメリッサよりも、亜里沙から借りたほうがいいかしらね? お見舞いに行くついでに、頼んでみようかしら……」
フランチェスカは、まるでなにか新しいおもちゃでも見つけたように、うきうきとした表情で補給物資のカタログの中から、ラヴァーズ用のものを選び始めた。
楽しげにドレスを見繕い始めたフランチェスカの様子に、メリッサはその場では思いとどまらせることが出来なかった。
そして亜里沙の病気の事以上に、言い知れぬ不安を感じていた。
前線からは離れた友軍の勢力下、慣熟訓練中という事もあって、リッカルド艦隊は平穏な航海を続けていた。
旗艦であるアンドレア・ドリアの艦橋もまた、時間がゆったりと流れていた。
戦闘訓練が始まれば一時的に慌しくはなるが、一日の大半は空調の音が多少耳につく程度の、静かな空間であった。
そんな中、暇をもてあましていたリッカルド提督は、戦闘副官のフランチェスカ大尉に何事かを耳打ちされると、その職責にふさわしくないほどに激しく怒鳴り散らした。
「駄目だ駄目だ! そんな事!」
「ちょっと提督! 声が大きすぎます」
「駄目だといったら駄目だ! ラヴァーズ当番など許さん!!」
“ラヴァーズ”という言葉に反応し、艦橋内がざわついた。
フランチェスカは軽い既視感(デジャヴュ)を覚えながら、とにかく落ち着かせようと、リッカルドの肩に手を添えて椅子に押し戻した。
「亜里沙……じゃなかった。とにかくラヴァーズに欠員ができてね。ローテーションの穴を埋めなきゃならないのよ。彼女たちの負担を考えると、ここは私がサポートするべきだと思うんだ」
「だからって、何でお前がそんことをしなきゃならないんだ。お前は艦隊幕僚幹部として、俺の補佐をしていればいいんだ!」
「そんなこと言うけど、リッカルドだってラヴァーズ不足が艦隊の士気に影響する事は知っているでしょう? そもそも私がこの体になったのだって……」
男性だったフランツ少尉が、ラヴァーズとして女性の体になり、フランチェスカと名乗るようになったのは、かつて潰走状態に陥った艦隊の危機に際して、士気の建て直しをするための奇策にあった。
虚空の宇宙空間。戦闘状況によっては、究極の孤独感と閉塞感が兵士を襲い、深刻な精神的ストレスを蓄積することが往々にして存在する。
これは短期間であれば、耐えることができるが、戦闘を重ねて長期間の戦闘航海に及ぶ宇宙艦隊にとっては、ライフライン以上に重大な課題としてのしかかっている。
特に男性ばかりの戦闘艦内において、原初的な人としての根幹に根ざすほどの精神的ダメージを受けた人の心を癒すには異性、つまり女性の手助けが最も効果的で、不可欠とされていた。
しかし長期にわたる艦隊勤務と、何よりも度重なる跳躍航法は、女性の受胎機能に大きなダメージがあった。
そこで主だった艦艇には、その“士気の安定役”として男性を性転換して女性となった“ラヴァーズ”を乗せることが、慣例となっていた。
「あの時だって、お前が馬鹿な事をしなけりゃ、そんな体になる必要だって無かったんだ!」
「馬鹿な事って何だよ! 結果的にはあれが効を奏したって、リッカルドだって……」
「とにかく駄目な物は駄目だ! そんなことより戦闘訓練の計画でも立てろ! 遊撃艦隊とはいえ、新編間もない我が艦隊には、慣熟訓練が最優先事項なんだ!」
リッカルドの同意は得られなかったが、フランチェスカには従うつもりは無かった。
フランチェスカがラヴァーズの当番に入ると言う案は、当然メリッサを初め、他のラヴァーズたちも止めようとした。
しかし、結局は艦隊司令の意見ですら聞かない、フランチェスカに押し切られる格好となり、認めざるを得なかった。
投稿TS小説 星の海で
作.ありす
キャライメージ作成.東宮由依
虚空の宇宙空間。時折走る細い光芒が、小さな輝きを生んでいた。
「敵艦隊、速度が落ちました。防御陣形を取りつつあるようです」
照明の落とされた室内。戦闘状態にある艦橋の中で、数名の士官が数隻からなる艦隊全体の指揮統制を行っていた。艦橋の中心、一段高いところに座っていたリッカルド司令は、艦橋前方にしつらえられた大型の戦術モニターを見ながら頷いた。
「よろしい、敵も消耗してきた様だな。こちらも陣形を整えよう」
「司令、その前に一度、攻撃をしてみてはいかがでしょうか?」
司令の隣に座り、戦術モニターを操作していた女性士官が進言する。ミドルティーンの少女の様な姿をしているが、彼女が戦局を見誤ったことは一度も無かった。司令の手元のディスプレイに、彼女から短い数字のメッセージが送られてくる。
「そうだな……。では、全艦主砲斉射3連。照準座標位置は敵艦隊中心、D61-C62-B20」
「アイアイサー! 全艦主砲斉射3連用意! 照準固定、D61-C62-B20」
砲撃管制士官が復唱する。艦隊全体の射撃管制を掌握できる粒子スクリーンが、指令席と戦闘副官席を包むように立ち広がった。艦隊全体の射撃管制装置の同期が取れたのを確認すると、リッカルドは力強く叫んだ。
「ファイアー!!」
眩い光芒が虚空の空間を3度貫き、そしてたくさんの輝きが生まれては消えた。
「敵艦隊は小集団に分裂、各個に戦場を離脱していきます」
観測士官が、やや興奮した口調で報告する。膠着状態にはいるかと思われた戦局が、司令の的確な判断で完勝に近い形で、終わりを告げようとしているのだから。
「よし、終わったな」
「反撃は無いようですね」
司令席と戦闘副官席を包んでいた粒子スクリーンが、細かなきらめきを散らしながら消えていった。
「陣形を整えろ。しばらくこの場にとどまった後、次の補給地へ向かう。アレッサンドロ副長は各艦の担当士官と損害報告をまとめて置くように。トダ参謀代理、指揮を引き継いでくれ。少し休ませてもらう、状況が変わるようであれば、呼び出してくれ」
「アイアイ、サー!! 指揮を引き継ぎます」
司令は隣席に座っている、女性士官にも声をかける。
「戦闘副官、キミも疲れただろう。休みたまえ。……その、一緒にな」
最後の一言は小さく、本人にしか聞こえないように言ったが、艦橋にいる全員が察していた。
「はい、お供します」
*---*---*---*---*---*---*---*
落ち着いた室内。艦隊司令の任にあたるにはかなり若い青年と、こちらも戦闘艦に乗務するにはあまり似つかわしくない少女が、戦闘の疲れを癒そうとくつろぎ始めていた。
「司令、コーヒーにしますか? それとも紅茶にされますか?」
「フランツ、いや、フランチェスカ。2人のときは『司令』はやめてくれ」
「それじゃリッカルド、コーヒーと紅茶とどっちにするんだ?」
フランチェスカと呼ばれた女性は、急にぞんざいな、しかし親しみのこもった口調で尋ねる。
「酒」
「飲んだら眠くなっちゃうんじゃ無いの?」
「いいんだよ、疲れたからもう寝たいんだ」
「はいはい、でもヤるんじゃなかったの? わざわざ呼びつけたってことはさ。ボク、この後忙しくなるのに」
「ばか、戦闘の直後だぞ。ついさっきまで殺気立っていた連中に、何されるか判らんじゃないか!」
士官服のままベッドに倒れこんだリッカルドの傍に、グラスを持ったフランチェスカが腰掛ける。
「心配してくれるんだ?」
「オマエにそんなことさせているのは、オレの責任だからな……」
「別に。ボクがやるっていったんだから、リッカルドのせいじゃないよ」

フランチェスカは元”男”だった。リッカルドの副官としてこの艦に配属された時はそうだった。しかし今は薬品投与と設定を変えた生体培養槽による生体変換の結果、女性の体をしていた。もともと線の細い感じではあったが、女性化のために顔立ちはすっかり少女のそれになり、髪は長く肌も透けるほどに白くなっていた。昔の彼を知っていた人物がいたとしても、今の彼の姿からは本人とはわからないかもしれない。
銀河を跨いで行動する戦闘艦は、その長い航海に備えてさまざまな物資を積んでいる。水や食料は言うに及ばず、さまざまな娯楽品も。娯楽品の中には、男性ばかりの戦闘艦にあって、その疲れと渇きを癒すための女性=”ラヴァーズ”も積まれていた。通常は母星の性犯罪者を性転換し、懲罰を兼ねて乗艦させられているのが普通だった。そうした"元男"の犯罪者が戦闘艦という監獄の中で、逃げ場の無い奉仕活動に従事させられていたのだ。罪人であるという来歴故に、その待遇はあまり良いものとはいえなかった。しかし長く同じ艦で寝起きし、肌を重ねていれば次第に情も移り、それなりに扱われることも多かった。
だが、決して悲劇と無縁では無い。
彼らの艦隊は前回の出航から数えて3回目の戦闘時に大きな被害を出し、旗艦以下多数の艦艇を失った。
リッカルドが艦長を務めていたこの艦も被害を出し、多くの乗員を失った。ラヴァーズも。
無限に続くと思われるような艦の補修作業、人員不足、乏しい補給、いつ敵が攻めてくれるとも知れない緊張状態……。殺伐とした空気が艦内に漂い、士気はどん底だった。数ヶ月に渡って実質的な戦闘不能状態が続いた。このままではいけないと、誰もが思っていた。
「だいたい、オマエがラヴァーズになる必要なんか無かったんだ。俺の隣に座って艦隊指揮を補佐していりゃ、よかったんだ」
リッカルドは起き上がって、フランチェスカからグラスを受け取るとぐいっと飲み干した。
「まだ言ってるの? 公正なくじ引きの結果だろ。第一、くじで選ぼうって言ったのは、リッカルドじゃないか」
「艦橋要員は除外というのを、無視したのはオマエだろう?」
「艦隊指揮はリッカルドがいれば十分だろ。それに、この艦で一番暇なのはボクだよ」
フランツ少尉は、当初は分艦隊の指揮官として数隻を率いていたが、艦隊が大きな損害を出し、乗艦も失った。そのため生き残りのリッカルドの艦に転属となった。だが準旗艦だったリッカルドの乗艦は、自動化が進んだ最新鋭艦だったため、特に艦橋要員は必要としていなかった。そのため、新たに残存艦隊の司令となったリッカルドは本来の副官とは別に、戦闘副官のポストを作って、士官学校時代の後輩であるフランツ少尉を、その任につけていたのだが……。
「どうかな、オマエは戦闘副官として十分に良くやっていたと思うが? さっきの戦闘だって、決着がついたのは、お前の助言があればこそだった」
リッカルドは空になったグラスをサイドテーブルに置くと、フランチェスカの腰に手を回して引き寄せた。
「リッカルドが疲れているように見えたから、ちょっと口を挟んだだけだよ。結果は同じだったよ」
「俺には、あの座標は読めなかった。オマエが的確に敵の脆弱点を見抜いたからこそ、今度も生き延びることができたんだ」
そういうとリッカルドは、抱き寄せたフランチェスカの前髪を掻き揚げ、濃厚なキスをした。
「んんん……、ぷはぁ……。んふ、そういってくれるとうれしいな。お役に立てて光栄ですわ、司令」
「『司令』はよせ。いまは只の、男と女だ」
「はじめは気味悪がっていたくせに。『一緒に士官学校の正門に立ちションした奴となんかできるか!』ってさ」
「つまらん事を思い出させるな、萎える」
「うそ! ココは元気みたいだよ」
そういってフランチェスカはリッカルドの股間に手を伸ばし、リッカルドはフランチェスカの背中の辺りのファスナーを探した。
「女の服ってのは脱がせにくいな」
「いいよ、自分で脱ぐから」
宇宙艦隊に女性の士官なんかいない。だから女性体となったフランチェスカは、ラヴァーズ用のドレスを着ていた。
「いつも思っているんだが、この服何とかならんか?」
「何とかって?」
「戦闘中の艦橋に、こういう服で来るなといっているんだ」
「しょうがないじゃん。これから艦隊報の撮影って時に、警報がなったんだから」
「そうだとしてもな、こんなひらひらの薄着で艦橋にくるなよ」
戦闘中の艦橋は、万が一のために人工重力を弱くしている。状況確認と細かな指揮補佐のために席を立つたびに、フランチェスカのスカートがふわふわと舞い、艦橋要員の注意力が削がれていたのを、リッカルドは苦虫をつぶしながら見ていたのだった。
「着替えてる時間無かったんだから、しょうがないじゃない。それとも裸でいろっていうの?」
「オマエ用の士官服を用意しろと、通達を出しておいたはずだが?」
「この前支給された新しいのがこれだけど? でも色は正規服と同じ色だよ」
「そういうことを言っているんじゃない。 補給担当は何をやっているんだ? もういい!」
リッカルドはようやく見つけた背中のファスナーを勢い良くおろした。控えめな胸を包む下着が、ドレスの胸元からのぞく。
「やめてよ、やぶけちゃうでしょ。規格品じゃないから、自分で繕わなきゃいけないんだから」
「いいじゃないか、脱がさせろよ。果実の皮を剥くのもお楽しみのうちなんだから」
「もう、このスケベ! ストッキングだけは破かないでよ……」
*---*---*---*---*---*---*---*
「まったく、乱暴で勝手なんだから……」
一戦を終えて満足したのか、リッカルドは鼾をかいて眠っていた。
フランチェスカは身支度を整えようとベッドから起き上がろうとした。しかし、ウェーブのかかった長い髪の端をつかまれていることに気がついた。握っていた手を解こうとしたら、今度は手を掴まれた。
寝言なのだろう、小さくてはっきりしない発音で、リッカルドが言った。
「フランツ……。いつかきっと、元に戻してやるから……」
元になんて戻れるのだろうか? 少なくともラヴァーズになってから、また元に戻った人間なんて聞いたことが無かった。でも……、なんとなく後悔はしていなかった。
握られた手をそっと指で解くと、リッカルドの手が名残惜しげに空を掴んでから、力なくシーツを叩いた。
フランチェスカは毛布をかけ直すと、リッカルドの額に軽くキスをした。
「独占させてあげられなくて、ごめんね」
リッカルド以外にも、フランチェスカを待っている人間が艦にはいる。
誰も彼も、長い戦闘航海に疲れ切っていて、慰めを必要としている。
初めは抵抗があったこの役割も、艦隊を維持するためには必要なことだ。
それに……。複雑な思いがフランチェスカの小さな胸を駆け巡る。自分の中でもまだ整理のついていない。とても複雑で奇妙な思い。でも今は、無理に結論を出そうとは思わなかった。
フランチェスカは部屋の照明を落とし、閉じかけた司令私室のドアのかげから声をかけた。
「おやすみ、リッカルド。よい夢を」
(END)
星の海で(2)はこちら
20080710
キャライメージ作成.東宮由依
虚空の宇宙空間。時折走る細い光芒が、小さな輝きを生んでいた。
「敵艦隊、速度が落ちました。防御陣形を取りつつあるようです」
照明の落とされた室内。戦闘状態にある艦橋の中で、数名の士官が数隻からなる艦隊全体の指揮統制を行っていた。艦橋の中心、一段高いところに座っていたリッカルド司令は、艦橋前方にしつらえられた大型の戦術モニターを見ながら頷いた。
「よろしい、敵も消耗してきた様だな。こちらも陣形を整えよう」
「司令、その前に一度、攻撃をしてみてはいかがでしょうか?」
司令の隣に座り、戦術モニターを操作していた女性士官が進言する。ミドルティーンの少女の様な姿をしているが、彼女が戦局を見誤ったことは一度も無かった。司令の手元のディスプレイに、彼女から短い数字のメッセージが送られてくる。
「そうだな……。では、全艦主砲斉射3連。照準座標位置は敵艦隊中心、D61-C62-B20」
「アイアイサー! 全艦主砲斉射3連用意! 照準固定、D61-C62-B20」
砲撃管制士官が復唱する。艦隊全体の射撃管制を掌握できる粒子スクリーンが、指令席と戦闘副官席を包むように立ち広がった。艦隊全体の射撃管制装置の同期が取れたのを確認すると、リッカルドは力強く叫んだ。
「ファイアー!!」
眩い光芒が虚空の空間を3度貫き、そしてたくさんの輝きが生まれては消えた。
「敵艦隊は小集団に分裂、各個に戦場を離脱していきます」
観測士官が、やや興奮した口調で報告する。膠着状態にはいるかと思われた戦局が、司令の的確な判断で完勝に近い形で、終わりを告げようとしているのだから。
「よし、終わったな」
「反撃は無いようですね」
司令席と戦闘副官席を包んでいた粒子スクリーンが、細かなきらめきを散らしながら消えていった。
「陣形を整えろ。しばらくこの場にとどまった後、次の補給地へ向かう。アレッサンドロ副長は各艦の担当士官と損害報告をまとめて置くように。トダ参謀代理、指揮を引き継いでくれ。少し休ませてもらう、状況が変わるようであれば、呼び出してくれ」
「アイアイ、サー!! 指揮を引き継ぎます」
司令は隣席に座っている、女性士官にも声をかける。
「戦闘副官、キミも疲れただろう。休みたまえ。……その、一緒にな」
最後の一言は小さく、本人にしか聞こえないように言ったが、艦橋にいる全員が察していた。
「はい、お供します」
*---*---*---*---*---*---*---*
落ち着いた室内。艦隊司令の任にあたるにはかなり若い青年と、こちらも戦闘艦に乗務するにはあまり似つかわしくない少女が、戦闘の疲れを癒そうとくつろぎ始めていた。
「司令、コーヒーにしますか? それとも紅茶にされますか?」
「フランツ、いや、フランチェスカ。2人のときは『司令』はやめてくれ」
「それじゃリッカルド、コーヒーと紅茶とどっちにするんだ?」
フランチェスカと呼ばれた女性は、急にぞんざいな、しかし親しみのこもった口調で尋ねる。
「酒」
「飲んだら眠くなっちゃうんじゃ無いの?」
「いいんだよ、疲れたからもう寝たいんだ」
「はいはい、でもヤるんじゃなかったの? わざわざ呼びつけたってことはさ。ボク、この後忙しくなるのに」
「ばか、戦闘の直後だぞ。ついさっきまで殺気立っていた連中に、何されるか判らんじゃないか!」
士官服のままベッドに倒れこんだリッカルドの傍に、グラスを持ったフランチェスカが腰掛ける。
「心配してくれるんだ?」
「オマエにそんなことさせているのは、オレの責任だからな……」
「別に。ボクがやるっていったんだから、リッカルドのせいじゃないよ」

フランチェスカは元”男”だった。リッカルドの副官としてこの艦に配属された時はそうだった。しかし今は薬品投与と設定を変えた生体培養槽による生体変換の結果、女性の体をしていた。もともと線の細い感じではあったが、女性化のために顔立ちはすっかり少女のそれになり、髪は長く肌も透けるほどに白くなっていた。昔の彼を知っていた人物がいたとしても、今の彼の姿からは本人とはわからないかもしれない。
銀河を跨いで行動する戦闘艦は、その長い航海に備えてさまざまな物資を積んでいる。水や食料は言うに及ばず、さまざまな娯楽品も。娯楽品の中には、男性ばかりの戦闘艦にあって、その疲れと渇きを癒すための女性=”ラヴァーズ”も積まれていた。通常は母星の性犯罪者を性転換し、懲罰を兼ねて乗艦させられているのが普通だった。そうした"元男"の犯罪者が戦闘艦という監獄の中で、逃げ場の無い奉仕活動に従事させられていたのだ。罪人であるという来歴故に、その待遇はあまり良いものとはいえなかった。しかし長く同じ艦で寝起きし、肌を重ねていれば次第に情も移り、それなりに扱われることも多かった。
だが、決して悲劇と無縁では無い。
彼らの艦隊は前回の出航から数えて3回目の戦闘時に大きな被害を出し、旗艦以下多数の艦艇を失った。
リッカルドが艦長を務めていたこの艦も被害を出し、多くの乗員を失った。ラヴァーズも。
無限に続くと思われるような艦の補修作業、人員不足、乏しい補給、いつ敵が攻めてくれるとも知れない緊張状態……。殺伐とした空気が艦内に漂い、士気はどん底だった。数ヶ月に渡って実質的な戦闘不能状態が続いた。このままではいけないと、誰もが思っていた。
「だいたい、オマエがラヴァーズになる必要なんか無かったんだ。俺の隣に座って艦隊指揮を補佐していりゃ、よかったんだ」
リッカルドは起き上がって、フランチェスカからグラスを受け取るとぐいっと飲み干した。
「まだ言ってるの? 公正なくじ引きの結果だろ。第一、くじで選ぼうって言ったのは、リッカルドじゃないか」
「艦橋要員は除外というのを、無視したのはオマエだろう?」
「艦隊指揮はリッカルドがいれば十分だろ。それに、この艦で一番暇なのはボクだよ」
フランツ少尉は、当初は分艦隊の指揮官として数隻を率いていたが、艦隊が大きな損害を出し、乗艦も失った。そのため生き残りのリッカルドの艦に転属となった。だが準旗艦だったリッカルドの乗艦は、自動化が進んだ最新鋭艦だったため、特に艦橋要員は必要としていなかった。そのため、新たに残存艦隊の司令となったリッカルドは本来の副官とは別に、戦闘副官のポストを作って、士官学校時代の後輩であるフランツ少尉を、その任につけていたのだが……。
「どうかな、オマエは戦闘副官として十分に良くやっていたと思うが? さっきの戦闘だって、決着がついたのは、お前の助言があればこそだった」
リッカルドは空になったグラスをサイドテーブルに置くと、フランチェスカの腰に手を回して引き寄せた。
「リッカルドが疲れているように見えたから、ちょっと口を挟んだだけだよ。結果は同じだったよ」
「俺には、あの座標は読めなかった。オマエが的確に敵の脆弱点を見抜いたからこそ、今度も生き延びることができたんだ」
そういうとリッカルドは、抱き寄せたフランチェスカの前髪を掻き揚げ、濃厚なキスをした。
「んんん……、ぷはぁ……。んふ、そういってくれるとうれしいな。お役に立てて光栄ですわ、司令」
「『司令』はよせ。いまは只の、男と女だ」
「はじめは気味悪がっていたくせに。『一緒に士官学校の正門に立ちションした奴となんかできるか!』ってさ」
「つまらん事を思い出させるな、萎える」
「うそ! ココは元気みたいだよ」
そういってフランチェスカはリッカルドの股間に手を伸ばし、リッカルドはフランチェスカの背中の辺りのファスナーを探した。
「女の服ってのは脱がせにくいな」
「いいよ、自分で脱ぐから」
宇宙艦隊に女性の士官なんかいない。だから女性体となったフランチェスカは、ラヴァーズ用のドレスを着ていた。
「いつも思っているんだが、この服何とかならんか?」
「何とかって?」
「戦闘中の艦橋に、こういう服で来るなといっているんだ」
「しょうがないじゃん。これから艦隊報の撮影って時に、警報がなったんだから」
「そうだとしてもな、こんなひらひらの薄着で艦橋にくるなよ」
戦闘中の艦橋は、万が一のために人工重力を弱くしている。状況確認と細かな指揮補佐のために席を立つたびに、フランチェスカのスカートがふわふわと舞い、艦橋要員の注意力が削がれていたのを、リッカルドは苦虫をつぶしながら見ていたのだった。
「着替えてる時間無かったんだから、しょうがないじゃない。それとも裸でいろっていうの?」
「オマエ用の士官服を用意しろと、通達を出しておいたはずだが?」
「この前支給された新しいのがこれだけど? でも色は正規服と同じ色だよ」
「そういうことを言っているんじゃない。 補給担当は何をやっているんだ? もういい!」
リッカルドはようやく見つけた背中のファスナーを勢い良くおろした。控えめな胸を包む下着が、ドレスの胸元からのぞく。
「やめてよ、やぶけちゃうでしょ。規格品じゃないから、自分で繕わなきゃいけないんだから」
「いいじゃないか、脱がさせろよ。果実の皮を剥くのもお楽しみのうちなんだから」
「もう、このスケベ! ストッキングだけは破かないでよ……」
*---*---*---*---*---*---*---*
「まったく、乱暴で勝手なんだから……」
一戦を終えて満足したのか、リッカルドは鼾をかいて眠っていた。
フランチェスカは身支度を整えようとベッドから起き上がろうとした。しかし、ウェーブのかかった長い髪の端をつかまれていることに気がついた。握っていた手を解こうとしたら、今度は手を掴まれた。
寝言なのだろう、小さくてはっきりしない発音で、リッカルドが言った。
「フランツ……。いつかきっと、元に戻してやるから……」
元になんて戻れるのだろうか? 少なくともラヴァーズになってから、また元に戻った人間なんて聞いたことが無かった。でも……、なんとなく後悔はしていなかった。
握られた手をそっと指で解くと、リッカルドの手が名残惜しげに空を掴んでから、力なくシーツを叩いた。
フランチェスカは毛布をかけ直すと、リッカルドの額に軽くキスをした。
「独占させてあげられなくて、ごめんね」
リッカルド以外にも、フランチェスカを待っている人間が艦にはいる。
誰も彼も、長い戦闘航海に疲れ切っていて、慰めを必要としている。
初めは抵抗があったこの役割も、艦隊を維持するためには必要なことだ。
それに……。複雑な思いがフランチェスカの小さな胸を駆け巡る。自分の中でもまだ整理のついていない。とても複雑で奇妙な思い。でも今は、無理に結論を出そうとは思わなかった。
フランチェスカは部屋の照明を落とし、閉じかけた司令私室のドアのかげから声をかけた。
「おやすみ、リッカルド。よい夢を」
(END)
星の海で(2)はこちら
20080710
ありすさんの作品 インデックス
ありすさんの作品へのリンク集です。
最初のアリスドール(1)が記事番号273番だったりして、かなり長いおつきあいです。たくさんの素敵な作品をありがとうございます。
最新作
星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」
星の海で(8) 「Natal」
星の海で (7) ~苺の憂鬱~
エデンの園
恋人たちの時間
夕立
「都市伝説の小島」 ~ ♂殖栗 玉造シリーズ♀ ~
代理出産!?
淫獣の部屋 ~ ♂殖栗 玉造シリーズ♀ ~
ひまわり




Eat me
冷凍睡眠者の肖像
「新入社員にご用心」


「ただいま ♂→♀ 調教中❤」




「分裂譚」 ~ ♂殖栗 玉造シリーズ♀



いつきといつみ
ねこにゃんにゃんにゃん❤


長編 <18禁>
カレーライス 第一章 医師:罪深きもの 第二章 葵:贖罪 第三章 葵:破壊 第四章 葵:生きる理由 第五章 恵:冷たい家族
絵師:キリセ









星の海で(1)
星の海で(2)
星の海で(3)
星の海で(4) ~トイブルクのエミリア~
星の海で(5)「ガールズ・トーク」
星の海で(6) ~古き良きオーガスタ~
「製作所へようこそ」
鶉谷くん、インデンジャー外伝 奇譚 「Zaubermedizin」
双子%ぽんぽこ%兄妹
双子%ぽんぽこ%兄妹 2 トゥルー・ロスト・バージン
アリスドール(2)[番外](3)(4)(最終話)
長編 <全年齢>
そんな、おままごとみたいな……
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal)
「Kleiner Engel des Priesters」 (そんな、おままごとみたいな……Ausserdem noch einmal)
SS
バーカ! オマエが男だなんて信じられっかよ!!<甘口・辛口+中辛>
いいか、お前が・・・(辛口)
いいか、お前が・・・(甘口)
ラグ投げ○ン(笑)
笑いごっちゃない
そんなバナー(仮)
【奥さまはマジよ❤】
最初のアリスドール(1)が記事番号273番だったりして、かなり長いおつきあいです。たくさんの素敵な作品をありがとうございます。
最新作
星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」
星の海で(8) 「Natal」
星の海で (7) ~苺の憂鬱~
エデンの園
恋人たちの時間
夕立
「都市伝説の小島」 ~ ♂殖栗 玉造シリーズ♀ ~
代理出産!?
淫獣の部屋 ~ ♂殖栗 玉造シリーズ♀ ~
ひまわり




Eat me
冷凍睡眠者の肖像

「新入社員にご用心」


「ただいま ♂→♀ 調教中❤」




「分裂譚」 ~ ♂殖栗 玉造シリーズ♀



いつきといつみ
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長編 <18禁>
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絵師:キリセ









星の海で(1)
星の海で(2)
星の海で(3)
星の海で(4) ~トイブルクのエミリア~
星の海で(5)「ガールズ・トーク」
星の海で(6) ~古き良きオーガスタ~
「製作所へようこそ」
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双子%ぽんぽこ%兄妹
双子%ぽんぽこ%兄妹 2 トゥルー・ロスト・バージン
アリスドール(2)[番外](3)(4)(最終話)
長編 <全年齢>
そんな、おままごとみたいな……
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal)
「Kleiner Engel des Priesters」 (そんな、おままごとみたいな……Ausserdem noch einmal)
SS
バーカ! オマエが男だなんて信じられっかよ!!<甘口・辛口+中辛>
いいか、お前が・・・(辛口)
いいか、お前が・・・(甘口)
ラグ投げ○ン(笑)
笑いごっちゃない
そんなバナー(仮)
【奥さまはマジよ❤】
星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」 (7)二人
(7)二人-------------------------------------------------------
「……私が、自分の本当の気持ちに気づいたのは、ずいぶん前。養成所をでて最初の艦に配属されてからだったわ」
ヴァイオラの告白に、グレースはまだ頭が混乱していた。
「あなたがうそを言っているのではないということは判ったわ。だけど、よくわからないわ。どうして私なんかのこと……」
「そんなこと……、私にもわからないわよ。でも駄目なの。私にはあなたがいないと駄目なのよ。あなたがいない夜は、いつも泣いていたわ。寂しくて……」
(……ヴァイオラが泣いていた? 私が傍にいない時に?)
それもグレースには信じられないことだったが、つい先ほどまで自分にすがって、赤ん坊のように泣いていたヴァイオラを見た後では、そういうこともあるのかと思った。
「それなら、どうして黙っていたのよ。そんなに前から、私のことが好きだったのなら」
「……だって」
「だって?」
「グリィは、いつも私に優しかったじゃない? だから私の事、疎ましく思っていたなんて、夢にも思っていなかった。だから……」
これにはグレースも返す言葉が無かった。
確かに自分は、今回のようにヴァイオラに“大っ嫌い”などと大声を上げて非難した事などなかった。
ヴァイオラの傍若無人な振る舞いも、子供のようなもう一人のヴァイオラを知っていたからこそ、本心で嫌がらせをしているなどとは、思いたくはなかったのだった。
「私、やっぱりグリィに嫌われていたの? ずっと迷惑だって思っていたの?」
捨てられた子犬のような涙目のヴァイオラに、グレースは正直に答えた。
「ええ、そうね。わがままな子供みたいだと思っていた。他人の前では、大胆に振舞うくせに、どうして私の前でだけは、子供になってしまうのか、私はあなたの保護者なんかじゃないと思っていたわ」
「私は、好きだったから。グリィのこと大好きだったから、甘えてもいいって、勘違いしてた……」
「素直に、そう言えば良かったのに……」
グレースの言葉に、ヴァイオラは後悔するように目を伏せた。
「……大好きだからこそ、躊躇いが必要だったの」
そう言うと目尻に乾きかけた涙の痕を残したまま、今にも泣き出しそうな、けれど精一杯の笑顔で、ヴァイオラは言った。
ヴァイオラは本心を打ち明けて安心したのか、グレースの膝に顔をこすり付けると、やがてすーすーという寝息を立て始めた。
グレースはまだ頭の中が整理できないでいた。
けれど、自分の膝の上で安らかな寝息を立てている、ヴァイオラの頭を撫でているうちに、自分にも睡魔が押し寄せてきた。
グレースはヴァイオラを起こさないように、そっとベッドに寝かしつけると、自分もその隣に横になった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
翌日の昼に近い時刻。
疲れと気だるさにまどろんでいたグレースは、ぼんやりとヴァイオラの頭をなでていた。手を止めると、ヴァイオラがむずがるので、目が覚めてからはずうっとそうしていた。
「ヴィー、いつまで寝ているの? もう昼よ?」
「だって……」
子供のようにむずがるヴァイオラを引き剥がして、グレースは眠気覚ましの飲み物を探した。
「水しかないわ。コーヒー沸かすのも面倒ね」
「お水、ちょうだい」
くしゃくしゃの髪のまま、ヴァイオラはベッドの上に体を起こして言った。
寝起きの乱れた姿であっても、ヴァイオラはヴァイオラだった。
彼女には“見苦しい姿”という言葉とは、無縁のものなのかもと、グレースはあらためて感心した。
「ねぇ、私、思うんだけど。ヴィーが男に戻るのは、やめない?」
「どうして? 女同士二人で宇宙で生きて行くのは大変だわ。退役しても、二人とも元ラヴァーズじゃ、働き口だって……」
「まぁ、そうだけど。ならば私が男に戻るわ。そうしましょう」
「ええっ? ダメよ、絶対駄目!」
「どうして? 私はこんなだし、勿体無いと思うのよ。ヴィーは美人だから、男に戻っちゃうなんて」
「それは絶対に駄目、だって……」
「だって?」
「私は、今のグリィが好きなんだもん。男のグレースなんて、想像できない……」
それは、グレースも同じ思いだった。
「まぁそれは当面保留にしておくとして、男に戻してくれるところなんて有るのかしら? 聞いたこと無いけど……」
「宇宙は広いわ。もしかしたら敵の共和国にもあるかもしれない。そしたら亡命しましょ」
作戦行動中の軍艦の中で、“亡命”などと、こともなげに言い切るヴァイオラに、グレースはあきれ顔で返すしかなかった。
「軽く言うわね」
ヴァイオラも自分の言葉が意味することに気がつくと、ごまかすように笑った。
「うふふ……」
「うふふ……」
失敗をごまかす子供のように笑うヴァイオラに、グレースもつられるように笑った。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
数日後、ピエンツァから二人のラヴァーズが揃って去っていった。
人気のあった二人組の突然の引退に周囲は驚いた。
二人は引きとめようとする間もなく、行方も告げずに艦隊を後にしていた。
そしてそれから数年後、戦艦ピエンツァのラウンジのカウンターの奥の棚には、小さな写真立てが飾られていた。
目立たないところに飾られたその写真には、“G&V”という看板のかかった喫茶店の前に並ぶ、仲の良さそうな夫婦の笑顔があった。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
<第10話に続く>
(E)
「……私が、自分の本当の気持ちに気づいたのは、ずいぶん前。養成所をでて最初の艦に配属されてからだったわ」
ヴァイオラの告白に、グレースはまだ頭が混乱していた。
「あなたがうそを言っているのではないということは判ったわ。だけど、よくわからないわ。どうして私なんかのこと……」
「そんなこと……、私にもわからないわよ。でも駄目なの。私にはあなたがいないと駄目なのよ。あなたがいない夜は、いつも泣いていたわ。寂しくて……」
(……ヴァイオラが泣いていた? 私が傍にいない時に?)
それもグレースには信じられないことだったが、つい先ほどまで自分にすがって、赤ん坊のように泣いていたヴァイオラを見た後では、そういうこともあるのかと思った。
「それなら、どうして黙っていたのよ。そんなに前から、私のことが好きだったのなら」
「……だって」
「だって?」
「グリィは、いつも私に優しかったじゃない? だから私の事、疎ましく思っていたなんて、夢にも思っていなかった。だから……」
これにはグレースも返す言葉が無かった。
確かに自分は、今回のようにヴァイオラに“大っ嫌い”などと大声を上げて非難した事などなかった。
ヴァイオラの傍若無人な振る舞いも、子供のようなもう一人のヴァイオラを知っていたからこそ、本心で嫌がらせをしているなどとは、思いたくはなかったのだった。
「私、やっぱりグリィに嫌われていたの? ずっと迷惑だって思っていたの?」
捨てられた子犬のような涙目のヴァイオラに、グレースは正直に答えた。
「ええ、そうね。わがままな子供みたいだと思っていた。他人の前では、大胆に振舞うくせに、どうして私の前でだけは、子供になってしまうのか、私はあなたの保護者なんかじゃないと思っていたわ」
「私は、好きだったから。グリィのこと大好きだったから、甘えてもいいって、勘違いしてた……」
「素直に、そう言えば良かったのに……」
グレースの言葉に、ヴァイオラは後悔するように目を伏せた。
「……大好きだからこそ、躊躇いが必要だったの」
そう言うと目尻に乾きかけた涙の痕を残したまま、今にも泣き出しそうな、けれど精一杯の笑顔で、ヴァイオラは言った。
ヴァイオラは本心を打ち明けて安心したのか、グレースの膝に顔をこすり付けると、やがてすーすーという寝息を立て始めた。
グレースはまだ頭の中が整理できないでいた。
けれど、自分の膝の上で安らかな寝息を立てている、ヴァイオラの頭を撫でているうちに、自分にも睡魔が押し寄せてきた。
グレースはヴァイオラを起こさないように、そっとベッドに寝かしつけると、自分もその隣に横になった。
翌日の昼に近い時刻。
疲れと気だるさにまどろんでいたグレースは、ぼんやりとヴァイオラの頭をなでていた。手を止めると、ヴァイオラがむずがるので、目が覚めてからはずうっとそうしていた。
「ヴィー、いつまで寝ているの? もう昼よ?」
「だって……」
子供のようにむずがるヴァイオラを引き剥がして、グレースは眠気覚ましの飲み物を探した。
「水しかないわ。コーヒー沸かすのも面倒ね」
「お水、ちょうだい」
くしゃくしゃの髪のまま、ヴァイオラはベッドの上に体を起こして言った。
寝起きの乱れた姿であっても、ヴァイオラはヴァイオラだった。
彼女には“見苦しい姿”という言葉とは、無縁のものなのかもと、グレースはあらためて感心した。
「ねぇ、私、思うんだけど。ヴィーが男に戻るのは、やめない?」
「どうして? 女同士二人で宇宙で生きて行くのは大変だわ。退役しても、二人とも元ラヴァーズじゃ、働き口だって……」
「まぁ、そうだけど。ならば私が男に戻るわ。そうしましょう」
「ええっ? ダメよ、絶対駄目!」
「どうして? 私はこんなだし、勿体無いと思うのよ。ヴィーは美人だから、男に戻っちゃうなんて」
「それは絶対に駄目、だって……」
「だって?」
「私は、今のグリィが好きなんだもん。男のグレースなんて、想像できない……」
それは、グレースも同じ思いだった。
「まぁそれは当面保留にしておくとして、男に戻してくれるところなんて有るのかしら? 聞いたこと無いけど……」
「宇宙は広いわ。もしかしたら敵の共和国にもあるかもしれない。そしたら亡命しましょ」
作戦行動中の軍艦の中で、“亡命”などと、こともなげに言い切るヴァイオラに、グレースはあきれ顔で返すしかなかった。
「軽く言うわね」
ヴァイオラも自分の言葉が意味することに気がつくと、ごまかすように笑った。
「うふふ……」
「うふふ……」
失敗をごまかす子供のように笑うヴァイオラに、グレースもつられるように笑った。
数日後、ピエンツァから二人のラヴァーズが揃って去っていった。
人気のあった二人組の突然の引退に周囲は驚いた。
二人は引きとめようとする間もなく、行方も告げずに艦隊を後にしていた。
そしてそれから数年後、戦艦ピエンツァのラウンジのカウンターの奥の棚には、小さな写真立てが飾られていた。
目立たないところに飾られたその写真には、“G&V”という看板のかかった喫茶店の前に並ぶ、仲の良さそうな夫婦の笑顔があった。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
<第10話に続く>
(E)
星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」 (6)告白
(6)告白-------------------------------------------------------
ヴァイオラはラウンジの後片付けをマスターに任せ、グレースの部屋へと急いだ。
ドアを叩いて、グレースの名を呼んだが、中から応答は無かった。
暫くそんなことを続けたが、まるで応答が無いことと、マスターの言葉も気になって、ついに鍵を使うことにした。
部屋の照明は落とされていて、真っ暗だったが、狭い部屋のベッドに人の気配があった。
グレースはドレス姿のまま、ベッドにうつぶせになっていた。
「グレース……」
「どうやって入ってきたのよ! 鍵はかけておいたはずだわ」
「そのことはあとで。お願い、私の話を聞いて」
「話すことなんてないわ、大嫌いって言ったでしょう?」
「そんな、悲しいこと、いわないでよ……」
ヴァイオラはグレースの2度目の言葉の刃に、泣きたい気持ちになった。
沈黙が続き、二人の動きは止まったままだったが、やがてグレースは体を起こして、ヴァイオラを睨み付けた。
「出て行きなさいよ」
その言葉にはっとしたヴァイオラは、顔を上げた。
グレースの怒りが解けていないことを悟ると、手に持っていたポーチから小さな冊子を取り出して、グレースに差し出した。
「これを、見て」
「銀行の通帳? なんで?」
「いいから!」
差し出された通帳の、残高を見たグレースは驚いた。
「こんなに?! これなら今すぐにでも退役できるじゃない。違約金を払っても十分におつりが来るどころか、小さなお店ぐらいは開けるわ」
「でも……、まだ足りないのよ」
「どうして? これだけあれば十分じゃない。あなたはラヴァーズを早く辞めたいんでしょう?」
「足りないのよ。私の夢をかなえるには」
「夢?」
「二人分の退役違約金と、手術のお金。それと当面の生活費」
「二人分? それに手術? 誰か、具合の悪い恋人でもいるの?」
「私とグリィ、二人分の退役違約金と、私の性転換手術のお金よ」
「ヴィーと私の? それに、性転換手術?」
「私はあなたと結婚したいの。私は退役して、あなたをお嫁さんにしたいのよ」
「な、い、言っている事の意味が、わからないわ」
「私はあなたを愛しているの。ずっと一緒にいたいの。結婚したいのよ! だから一緒に退役して。 そして私は男に戻って、あなたを自分の妻にしたいの!」
「ちょっと待って! ヴィー! な、何を言ってるのか……」
グレースはヴァイオラの言葉に混乱していた。
「私がどうして、あなたの側に居続けたと思う? あなたを愛していたからよ。離れたくなかった。だからあなたに他の男を近づけたくなんて、なかったわ」
「そ、それじゃ、マルコが死んだのは……」
「あれは偶然。誤解しないで。あの男の事は、本当にただの偶然よ。あの男は自分のミスで死んだだけ。私は何もしていない。それは、確かにあなたとあの男が付き合うのを邪魔はしたけど……。でも本当に私はあの男の死に関しては無関係よ」
「それじゃ、グプターは……」
「本当に、まだ何もしていないわ」
「でも……いえ、あなた私のことなんて、自分の惹きたて役ぐらいにしか、思っていなかったんじゃ……」
「私がいつ、あなたのことをそんな風に言ったの? 私は周りの人間がなんと言っても、あなたに魅力を感じていたわ」
「で、でも、突然そんなことを言われても……」
「私、今度のことで思ったの。もう私は我慢しない。自分の夢をかなえるために、もっと具体的に行動することにしたの。もうあなたは誰にも渡さない。私は今すぐにでも、人事部に二人分の違約金を叩き付けて、艦を降りたくて仕方が無いわ。一緒に来て! グレース!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ヴィー!! 本気なの?」
「本気よ」
ヴァイオラの表情は真剣そのものだった。
ラウンジでは華やかで、男を手玉に取るような妖艶な笑みと、プライベートでは子供のように甘えるばかりの顔が、グレースの知っているヴァイオラの顔だった。
だが今のヴァイオラの顔は、真剣に何かを訴える、強い意志を持った者の顔だった。
「でも、あなたは今までそんなこと、一言も……」
「それは、私だって自分に自信が無かったからだわ。だって、私もグレースも、ラヴァーズで……女同士で、でも、あなたは私にいつも呆れていて、それに……本当は嫌われちゃっていたなんて……、そんな事に気が付きもせずに、……こんなこと、言えなかった……」
ヴァイオラは胸の奥に閉じ込めていたものを、搾り出すように吐き出すと顔を伏せた。
「ヴィー、あなた……」
グレースがヴァイオラの肩に手を当てると、ヴァイオラははじかれたようにグレースに抱きついた。
「グリィ! 結婚してよ! 私と結婚してっ!」
ヴァイオラは涙声でグレースに訴えた。
グレースはヴァイオラが真剣であることは判ったが、彼女の願いには頭が混乱していて、言葉が出ないまま、泣きじゃくりながら子供のように自分に抱きつく、ヴァイオラの頭を撫でていることしか出来なかった。
ヴァイオラはラウンジの後片付けをマスターに任せ、グレースの部屋へと急いだ。
ドアを叩いて、グレースの名を呼んだが、中から応答は無かった。
暫くそんなことを続けたが、まるで応答が無いことと、マスターの言葉も気になって、ついに鍵を使うことにした。
部屋の照明は落とされていて、真っ暗だったが、狭い部屋のベッドに人の気配があった。
グレースはドレス姿のまま、ベッドにうつぶせになっていた。
「グレース……」
「どうやって入ってきたのよ! 鍵はかけておいたはずだわ」
「そのことはあとで。お願い、私の話を聞いて」
「話すことなんてないわ、大嫌いって言ったでしょう?」
「そんな、悲しいこと、いわないでよ……」
ヴァイオラはグレースの2度目の言葉の刃に、泣きたい気持ちになった。
沈黙が続き、二人の動きは止まったままだったが、やがてグレースは体を起こして、ヴァイオラを睨み付けた。
「出て行きなさいよ」
その言葉にはっとしたヴァイオラは、顔を上げた。
グレースの怒りが解けていないことを悟ると、手に持っていたポーチから小さな冊子を取り出して、グレースに差し出した。
「これを、見て」
「銀行の通帳? なんで?」
「いいから!」
差し出された通帳の、残高を見たグレースは驚いた。
「こんなに?! これなら今すぐにでも退役できるじゃない。違約金を払っても十分におつりが来るどころか、小さなお店ぐらいは開けるわ」
「でも……、まだ足りないのよ」
「どうして? これだけあれば十分じゃない。あなたはラヴァーズを早く辞めたいんでしょう?」
「足りないのよ。私の夢をかなえるには」
「夢?」
「二人分の退役違約金と、手術のお金。それと当面の生活費」
「二人分? それに手術? 誰か、具合の悪い恋人でもいるの?」
「私とグリィ、二人分の退役違約金と、私の性転換手術のお金よ」
「ヴィーと私の? それに、性転換手術?」
「私はあなたと結婚したいの。私は退役して、あなたをお嫁さんにしたいのよ」
「な、い、言っている事の意味が、わからないわ」
「私はあなたを愛しているの。ずっと一緒にいたいの。結婚したいのよ! だから一緒に退役して。 そして私は男に戻って、あなたを自分の妻にしたいの!」
「ちょっと待って! ヴィー! な、何を言ってるのか……」
グレースはヴァイオラの言葉に混乱していた。
「私がどうして、あなたの側に居続けたと思う? あなたを愛していたからよ。離れたくなかった。だからあなたに他の男を近づけたくなんて、なかったわ」
「そ、それじゃ、マルコが死んだのは……」
「あれは偶然。誤解しないで。あの男の事は、本当にただの偶然よ。あの男は自分のミスで死んだだけ。私は何もしていない。それは、確かにあなたとあの男が付き合うのを邪魔はしたけど……。でも本当に私はあの男の死に関しては無関係よ」
「それじゃ、グプターは……」
「本当に、まだ何もしていないわ」
「でも……いえ、あなた私のことなんて、自分の惹きたて役ぐらいにしか、思っていなかったんじゃ……」
「私がいつ、あなたのことをそんな風に言ったの? 私は周りの人間がなんと言っても、あなたに魅力を感じていたわ」
「で、でも、突然そんなことを言われても……」
「私、今度のことで思ったの。もう私は我慢しない。自分の夢をかなえるために、もっと具体的に行動することにしたの。もうあなたは誰にも渡さない。私は今すぐにでも、人事部に二人分の違約金を叩き付けて、艦を降りたくて仕方が無いわ。一緒に来て! グレース!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ヴィー!! 本気なの?」
「本気よ」
ヴァイオラの表情は真剣そのものだった。
ラウンジでは華やかで、男を手玉に取るような妖艶な笑みと、プライベートでは子供のように甘えるばかりの顔が、グレースの知っているヴァイオラの顔だった。
だが今のヴァイオラの顔は、真剣に何かを訴える、強い意志を持った者の顔だった。
「でも、あなたは今までそんなこと、一言も……」
「それは、私だって自分に自信が無かったからだわ。だって、私もグレースも、ラヴァーズで……女同士で、でも、あなたは私にいつも呆れていて、それに……本当は嫌われちゃっていたなんて……、そんな事に気が付きもせずに、……こんなこと、言えなかった……」
ヴァイオラは胸の奥に閉じ込めていたものを、搾り出すように吐き出すと顔を伏せた。
「ヴィー、あなた……」
グレースがヴァイオラの肩に手を当てると、ヴァイオラははじかれたようにグレースに抱きついた。
「グリィ! 結婚してよ! 私と結婚してっ!」
ヴァイオラは涙声でグレースに訴えた。
グレースはヴァイオラが真剣であることは判ったが、彼女の願いには頭が混乱していて、言葉が出ないまま、泣きじゃくりながら子供のように自分に抱きつく、ヴァイオラの頭を撫でていることしか出来なかった。
星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」 (5)誤解
(5)誤解-------------------------------------------------------
開店前のラウンジ。
二人で手分けしてテーブルを拭いていたヴァイオラは、少し躊躇ってからグレースに話しかけた。
「グレース、昨日はごめんなさい」
「何のこと?」
グレースはヴァイオラを見ずに、テーブルを拭き続けた。
「だから……」
「別にヴィーが謝る事なんて、何もないわ」
「私、グリィに嫌われているの?」
「そんなことはないわ。私は自分に腹を立てていただけ。ヴィーのせいじゃないわ」
「でも……」
「もう直ぐ開店よ。手を動かして」
「え、ええ……」
グレースの冷たい態度に、落ち込むヴァイオラだったが、ラウンジが開店すると、ヴァイオラはいつものように、明るく振舞った。
歌は苦手なヴァイオラだったが、踊りはそれなりに得意で、体の線を強調する派手な衣装に身を包み、客から請われればステージでダンスを披露していた。
グレースの焼いたパイもいつもどおり、開店間もない時間にすべて出てしまっていた。
だがこの日、早番の時には開店早々にやってくるグプターが、この日に限って閉店近い時刻になってから現れた。
しかしグプターがカウンターに座った時、たまたまグレースは倉庫へ明日の仕込みの材料を取りに行っていて、不在だった。
「あれ、マスター。今日は、グレースはいないのかい?」
「いま、ちょっと倉庫へ行っています。今夜はずいぶん遅いんですね」
「ああ、たまたま一人欠員が出て、勤務シフトを代わったんだ」
「そうでしたか」
「グレースのパイは、もう無いよね」
「残念ながら」
そこにヴァイオラがやってきて、グプターの隣に座った。
「こんばんは」
「ああ、君は確か、ヴァイオラ、だったっけ?」
「覚えていてくださって光栄ですわ。グレースは今ちょっと席をはずしているの。代わりに私がお相手するわ」
「い、いや……そうだね。たまには違うラヴァーズと飲んでみるのも悪くないね」
「でしょう? グレースとはどれぐらいの付き合いなの?」
「付き合いというほどじゃ……」
「それなら、私に乗り換えてみる?」
ヴァイオラに明確な意図があったわけではなかった。ただ、グレースの歓心を惹いているこの兵士のことを少しでも知りたかった。
それに今言ったことは、自由恋愛が大前提のラヴァーズの社交辞令的なセリフのひとつに過ぎず、また遊びなれている者ならば、それを理解しつつ、馴染みのラヴァーズへの不義理はしないのが礼儀でもあった。
しかしグプターは、少し考えるふりをしてから、話題をそらした。
ヴァイオラも社交辞令のつもりだったので、その話題からは離れて別の会話を振ってみたものの、グプターとの会話はあまり弾まなかった。グプターは別の何かが気になるらしく、生返事が多かった。
(あまり楽しい男ではなさそうね……)と、ヴァイオラが適当に切り上げて席を立とうと思ったとき、グプターが言った。
「さっきのことなんだけど」
「何かしら?」
「『私に乗り換えてみない』っていっただろ?」
「え? ええ、でも……」
「それって、“お誘い”をかけても、良いってことかな?」
逆にヴァイオラが戸惑う番だった。
「たまには気分を変えてみたいんだ。君はとても魅力的な女性だ。“誘って”もいいだろ?」
グプターはヴァイオラの肩に手を回して抱き寄せようとした。
そこにタイミング悪く、グレースが倉庫から戻ってきた。
「グプター……」
「グ、グレース。今日は、休みかと思ったよ」
一目見て、グレースの機嫌が良くない事に気づいたグプターは、苦し紛れに言った。
「ヴァイオラを、“誘った”の……?」
「あ、ああ、た、たまにはと思ってね。ほら、君とヴァイオラは、仲がよさそうだったから……」
仲のよいラヴァーズ同士なら、互いの馴染みを変えてみることも偶にある。
馴染みとの馴れ合い過ぎを避ける、一種の刺激のようなものだった。
だがそれは、当のラヴァーズ同士の暗黙の了解があってのことだった。
しかし、そういう機微を洞察するほどには、グプターは遊び慣れてはいなかった。
「で、でも今日はやっぱりやめておくよ。もう、帰るよ。明日も早いんだ」
グレースの様子に、グプターは気まずい雰囲気を感じると、そそくさとラウンジを去っていった。
「グリィ、あ、あのね。私がいけなかったのよ。ほら、社交辞令よ。“誘ってみない”って言っただけなの。まさか、彼が本気にする、なんて……」
グレースは明らかに怒っていた。
ヴァイオラは昨日の今日で、グプターから“お誘い”を受けかかっていたことに、気まずい思いを感じていたが、グレースの怒りは爆発した。
「最低よ、ヴィー!」
「誤解よ、グリィ。彼とはまだ何も……」
「あなたはいいわ! 美人だし、人気者だもの、恋人候補なんて掃いて捨てるほどいるでしょう? でも、私はそうじゃないのよ! 折角のチャンスをあなたに邪魔された、私の気持ちがわかる?」
「恋人候補なんて居ないわ、私は男なんかに興味ないの。ラヴァーズなんて、早くやめてしまいたいと思っているわ」
「それならとっととやめてしまえば、良いじゃないの!」
「まだそういうわけには、行かないのよ」
「何よ、私からグプターを奪い取りたいとでも思っているの?」
「私は彼のことなんて、なんとも思っていないわ」
「嘘よ!」
「本当よ。私に群がってくる男達だってそう。ただの遊びだって割り切っている。私は道化師なのよ。」
「そんなこと!」
「でもあなたは違う、前にも言ったでしょう? あなたを愛する人はみんな本気だって。私だって、そうなのよ……」
「何を言っているの? ヴィー。貴女は私のことなんか、なんとも思っていないくせに!」
「酷いわ、グリィ。私、あなたが……」
「もう私に近づかないで! ヴィー!!」
「そんな! 彼のことなら謝るわ。ごめんなさいグレース! でもあんな男、あんな優柔不断な男、あなたにはふさわしくないわ」
「そう? ヴィーはいつもそう言うのね。私が誰と付き合おうと私の勝手じゃない! ヴィーには関係の無いことでしょう?」
「それでも、あの男はグリィにはふさわしくない」
「じゃあ、どういう男性なら私にふさわしいって言うの? 私は男と付き合うのに、いちいちあなたの許可が必要だって言うの? 何の権利があって、そんなこと!」
「グリィ、判って」
「何を判れと言うの? もうたくさんよ、ヴィー! 私はあなたが嫌い! 大っ嫌い! もう私に近づかないで!」
「待ってよ! グリィ! 待って! 私は、本当は……」
「もう知らない! 二度と私に近づかないで!」
そう叫ぶと、グレースは泣きながらラウンジから出て行ってしまった。
グレースの言葉にショックを受けたヴァイオラは、呆然と立ち尽くしてしまい、震える足が前に出なかった。
男からも女からも、罵声を浴びせられた上に“大嫌い”などといわれたことの無かったヴァイオラには、グレースの叫びは鋭い刃となって胸に突き刺さっていた。
「誤解されたままでいいんですか?」
「マスター……」
「本当は、大好きで仕方が無いのでしょう? グレースさんのこと」
「どうして……、マスター」
「こう見えても、人を見る目はあるんです。あなたがグレースさんに向けている眼差しは、他の人へのものとは、違っていましたからね」
「私は、……どうしていいか判らないわ。グリィに、“大嫌い”って言われたの……」
「グレースさんは、心の奥に押し込めていたことを、あなたに言ってしまったんですね」
「私、本当はずっと……。グリィに嫌われていたのね……」
「あなたも、グレースさんにずっと黙っていたことを、言ってみてはいかがですか?」
「私も……?」
「お二人は長い付き合いなのでしょう? ならば隠し事は無い方がいいですよ。きっとね」
「私……」
「追いかけた方が良いと思いますよ。でなければ、一生後悔するかもしれません。グレースさんはああ見えて、なかなかに意思の強い人ですから」
「まだ、……間に合うのかしら?」
「いいものを、貸してあげましょう。これを」
マスターはポケットから銀色の小さな鍵を出して、ヴァイオラに渡した。
「これは……?」
「グレースさんの部屋の電子鍵です。もちろんいきなり使っては駄目ですよ。どうしても開けてもらえないと思った時だけ、使ってください」
「どうして、マスターがこんな物……」
「ラウンジのマスターには、ラヴァーズの皆さんの安全と保護に責任があるのです。だから万が一必要があった場合に使うことが、許されているのです」
「万が一……?」
「時々自分の身の上に悲観して、自殺しちゃう人も、昔は居ましたからね」
「……」
「こういうものを持っていることは、内緒にしておいてくださいね」
「解ったわ。ありがとう、マスター」
「明日には必ず返してくださいね」
「ええ、きっと明日までには、必要が無くなっているように、私頑張るわ」
「仲直りできると、いいですね。ここはもういいですから、行ってあげて下さい」
「ありがとう、マスター」
ヴァイオラはマスターから鍵を受け取ると、グレースの部屋へ向かった。
開店前のラウンジ。
二人で手分けしてテーブルを拭いていたヴァイオラは、少し躊躇ってからグレースに話しかけた。
「グレース、昨日はごめんなさい」
「何のこと?」
グレースはヴァイオラを見ずに、テーブルを拭き続けた。
「だから……」
「別にヴィーが謝る事なんて、何もないわ」
「私、グリィに嫌われているの?」
「そんなことはないわ。私は自分に腹を立てていただけ。ヴィーのせいじゃないわ」
「でも……」
「もう直ぐ開店よ。手を動かして」
「え、ええ……」
グレースの冷たい態度に、落ち込むヴァイオラだったが、ラウンジが開店すると、ヴァイオラはいつものように、明るく振舞った。
歌は苦手なヴァイオラだったが、踊りはそれなりに得意で、体の線を強調する派手な衣装に身を包み、客から請われればステージでダンスを披露していた。
グレースの焼いたパイもいつもどおり、開店間もない時間にすべて出てしまっていた。
だがこの日、早番の時には開店早々にやってくるグプターが、この日に限って閉店近い時刻になってから現れた。
しかしグプターがカウンターに座った時、たまたまグレースは倉庫へ明日の仕込みの材料を取りに行っていて、不在だった。
「あれ、マスター。今日は、グレースはいないのかい?」
「いま、ちょっと倉庫へ行っています。今夜はずいぶん遅いんですね」
「ああ、たまたま一人欠員が出て、勤務シフトを代わったんだ」
「そうでしたか」
「グレースのパイは、もう無いよね」
「残念ながら」
そこにヴァイオラがやってきて、グプターの隣に座った。
「こんばんは」
「ああ、君は確か、ヴァイオラ、だったっけ?」
「覚えていてくださって光栄ですわ。グレースは今ちょっと席をはずしているの。代わりに私がお相手するわ」
「い、いや……そうだね。たまには違うラヴァーズと飲んでみるのも悪くないね」
「でしょう? グレースとはどれぐらいの付き合いなの?」
「付き合いというほどじゃ……」
「それなら、私に乗り換えてみる?」
ヴァイオラに明確な意図があったわけではなかった。ただ、グレースの歓心を惹いているこの兵士のことを少しでも知りたかった。
それに今言ったことは、自由恋愛が大前提のラヴァーズの社交辞令的なセリフのひとつに過ぎず、また遊びなれている者ならば、それを理解しつつ、馴染みのラヴァーズへの不義理はしないのが礼儀でもあった。
しかしグプターは、少し考えるふりをしてから、話題をそらした。
ヴァイオラも社交辞令のつもりだったので、その話題からは離れて別の会話を振ってみたものの、グプターとの会話はあまり弾まなかった。グプターは別の何かが気になるらしく、生返事が多かった。
(あまり楽しい男ではなさそうね……)と、ヴァイオラが適当に切り上げて席を立とうと思ったとき、グプターが言った。
「さっきのことなんだけど」
「何かしら?」
「『私に乗り換えてみない』っていっただろ?」
「え? ええ、でも……」
「それって、“お誘い”をかけても、良いってことかな?」
逆にヴァイオラが戸惑う番だった。
「たまには気分を変えてみたいんだ。君はとても魅力的な女性だ。“誘って”もいいだろ?」
グプターはヴァイオラの肩に手を回して抱き寄せようとした。
そこにタイミング悪く、グレースが倉庫から戻ってきた。
「グプター……」
「グ、グレース。今日は、休みかと思ったよ」
一目見て、グレースの機嫌が良くない事に気づいたグプターは、苦し紛れに言った。
「ヴァイオラを、“誘った”の……?」
「あ、ああ、た、たまにはと思ってね。ほら、君とヴァイオラは、仲がよさそうだったから……」
仲のよいラヴァーズ同士なら、互いの馴染みを変えてみることも偶にある。
馴染みとの馴れ合い過ぎを避ける、一種の刺激のようなものだった。
だがそれは、当のラヴァーズ同士の暗黙の了解があってのことだった。
しかし、そういう機微を洞察するほどには、グプターは遊び慣れてはいなかった。
「で、でも今日はやっぱりやめておくよ。もう、帰るよ。明日も早いんだ」
グレースの様子に、グプターは気まずい雰囲気を感じると、そそくさとラウンジを去っていった。
「グリィ、あ、あのね。私がいけなかったのよ。ほら、社交辞令よ。“誘ってみない”って言っただけなの。まさか、彼が本気にする、なんて……」
グレースは明らかに怒っていた。
ヴァイオラは昨日の今日で、グプターから“お誘い”を受けかかっていたことに、気まずい思いを感じていたが、グレースの怒りは爆発した。
「最低よ、ヴィー!」
「誤解よ、グリィ。彼とはまだ何も……」
「あなたはいいわ! 美人だし、人気者だもの、恋人候補なんて掃いて捨てるほどいるでしょう? でも、私はそうじゃないのよ! 折角のチャンスをあなたに邪魔された、私の気持ちがわかる?」
「恋人候補なんて居ないわ、私は男なんかに興味ないの。ラヴァーズなんて、早くやめてしまいたいと思っているわ」
「それならとっととやめてしまえば、良いじゃないの!」
「まだそういうわけには、行かないのよ」
「何よ、私からグプターを奪い取りたいとでも思っているの?」
「私は彼のことなんて、なんとも思っていないわ」
「嘘よ!」
「本当よ。私に群がってくる男達だってそう。ただの遊びだって割り切っている。私は道化師なのよ。」
「そんなこと!」
「でもあなたは違う、前にも言ったでしょう? あなたを愛する人はみんな本気だって。私だって、そうなのよ……」
「何を言っているの? ヴィー。貴女は私のことなんか、なんとも思っていないくせに!」
「酷いわ、グリィ。私、あなたが……」
「もう私に近づかないで! ヴィー!!」
「そんな! 彼のことなら謝るわ。ごめんなさいグレース! でもあんな男、あんな優柔不断な男、あなたにはふさわしくないわ」
「そう? ヴィーはいつもそう言うのね。私が誰と付き合おうと私の勝手じゃない! ヴィーには関係の無いことでしょう?」
「それでも、あの男はグリィにはふさわしくない」
「じゃあ、どういう男性なら私にふさわしいって言うの? 私は男と付き合うのに、いちいちあなたの許可が必要だって言うの? 何の権利があって、そんなこと!」
「グリィ、判って」
「何を判れと言うの? もうたくさんよ、ヴィー! 私はあなたが嫌い! 大っ嫌い! もう私に近づかないで!」
「待ってよ! グリィ! 待って! 私は、本当は……」
「もう知らない! 二度と私に近づかないで!」
そう叫ぶと、グレースは泣きながらラウンジから出て行ってしまった。
グレースの言葉にショックを受けたヴァイオラは、呆然と立ち尽くしてしまい、震える足が前に出なかった。
男からも女からも、罵声を浴びせられた上に“大嫌い”などといわれたことの無かったヴァイオラには、グレースの叫びは鋭い刃となって胸に突き刺さっていた。
「誤解されたままでいいんですか?」
「マスター……」
「本当は、大好きで仕方が無いのでしょう? グレースさんのこと」
「どうして……、マスター」
「こう見えても、人を見る目はあるんです。あなたがグレースさんに向けている眼差しは、他の人へのものとは、違っていましたからね」
「私は、……どうしていいか判らないわ。グリィに、“大嫌い”って言われたの……」
「グレースさんは、心の奥に押し込めていたことを、あなたに言ってしまったんですね」
「私、本当はずっと……。グリィに嫌われていたのね……」
「あなたも、グレースさんにずっと黙っていたことを、言ってみてはいかがですか?」
「私も……?」
「お二人は長い付き合いなのでしょう? ならば隠し事は無い方がいいですよ。きっとね」
「私……」
「追いかけた方が良いと思いますよ。でなければ、一生後悔するかもしれません。グレースさんはああ見えて、なかなかに意思の強い人ですから」
「まだ、……間に合うのかしら?」
「いいものを、貸してあげましょう。これを」
マスターはポケットから銀色の小さな鍵を出して、ヴァイオラに渡した。
「これは……?」
「グレースさんの部屋の電子鍵です。もちろんいきなり使っては駄目ですよ。どうしても開けてもらえないと思った時だけ、使ってください」
「どうして、マスターがこんな物……」
「ラウンジのマスターには、ラヴァーズの皆さんの安全と保護に責任があるのです。だから万が一必要があった場合に使うことが、許されているのです」
「万が一……?」
「時々自分の身の上に悲観して、自殺しちゃう人も、昔は居ましたからね」
「……」
「こういうものを持っていることは、内緒にしておいてくださいね」
「解ったわ。ありがとう、マスター」
「明日には必ず返してくださいね」
「ええ、きっと明日までには、必要が無くなっているように、私頑張るわ」
「仲直りできると、いいですね。ここはもういいですから、行ってあげて下さい」
「ありがとう、マスター」
ヴァイオラはマスターから鍵を受け取ると、グレースの部屋へ向かった。
星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」 (4)仲違
(4)仲違-------------------------------------------------------
ラウンジの営業終了後、グレースはヴァイオラに抗議した。
グプターの件はもちろん、3年前のわだかまりも残っていた。
「……ゴメン。私知らなかったのよ。彼があなたの恋人候補だって」
「恋人候補なんかじゃないわ。友達よ。でもそうね。性懲りもなくまた私は、心の底で期待してたの。馬鹿だわ私。それにグプターだって、きれいな女のほうが好みよね。それは私にだってわかる。彼があなたの方に興味を持つのは当然だわ」
「彼は私の見かけに、興味を持っただけなのよ」
「私、自分が美人じゃないってわかってる。でも私は好きよ、自分のことが。だって、そうでなきゃ悲しすぎる」
「グリィだって素敵よ。お世辞なんかじゃない。貴女は人間としてとても輝いてる」
「ヴィーはいいわ。美人だから。それだけで私はあなたには、勝てないのよ。それにあなたは誰にでも愛想がよくて、みんな貴女しか見ていないわ。貴女がいるだけで、私なんか……」
「グレース、ちょっと待って!」
「でもね、私の邪魔だけはしないでよ!」
いつにない、グレースの攻撃的な態度に、ヴァイオラは戸惑っていた。
グレースの視線を避けるように、萎縮した猫のように肩をすぼめて、下を向いた。
「……オトコは馬鹿なのよ。見た目だけで人を判断しちゃうこともある。そう、確かに私はグレースが言うように美人かもしれない。けれど、私はあなたが羨ましいわ」
「私が?」
「ええ、あなたを愛してくれる人はみんな本気だから。でも私を愛してくれる人は、みんな遊びだわ。本当に私を愛してなんかいないのよ。私はあなたほど性格が良くないし、何か得意なことがあるわけでもない。だから私に飽きたら、みんな離れていってしまうのよ」
「それ、慰めのつもりなの?」
「彼はあなたに好意を持っていると思うわ。でもね」
「何よ。また私にはふさわしくない男だとでも、言うつもり?」
「グリィ、あなた誤解しているわ。私はそんなつもりじゃ……」
「もういいわ! もうたくさんよっ!」
そういうと、グレースは閉店後のかたづけも途中に、ラウンジを飛び出していった。
後には、マスターと、ヴァイオラだけが残された。
「いいのですか? 本当のことを言わなくて」
「マスター……。マスターも、私が嘘をついているって思うの?」
「いいえ。でもヴァイオラさんの目が訴えていましたよ。ヴァイオラさんの本当の気持をね」
ヴァイオラは、心の奥底を見透かすようなマスターの眼差しに躊躇した。
「……私、そんな風に見えた?」
「ええ、そうですね。カン、みたいなものですけど」
マスターの言いたい事は分かっていた。
しかし、それはヴァイオラが今までグレースに、言えずにいたことでもあった。
「……届かない、想いだわ」
「自分から動かなければ、グレースさんには届かないのでは、ありませんか?」
「届くと……、届けても良い事だと、思いますか?」
「どうでしょう? 私は若輩者ですから」
「ずるいわ、そんなの」
「すみません。でも、ヴァイオラさんが本当にそう望むのなら、届けても良いと思いますよ」
「それでも、届かなかったら?」
「届くまで、頑張って見てはいかがでしょう?」
「……自信がないわ」
マスターは、薄めの水割りを少しいれたグラスを、ヴァイオラの前に置いた。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
「今日は、ずいぶんと珍しい物を見せていただきました。強気ではっきりと自分の意思を言葉にするグレースさんに、おどおどして本心を言葉にできないヴァイオラさん。普段とは逆ですね」
「私は、ラウンジでは道化師なのよ。でもそのことが、グレースを傷つけていたんだわ……」
「道化師ですか。誰のために、演じていたんですか?」
「誰のため? ……そんなこと、考えたこともなかったわ。でも……」
「“でも”?」
ヴァイオラは目の前に置かれていたグラスを取ると、一口飲んだ。
しばらく言葉を発せずにグラスを弄んでいたが、やがて小さな声で言った。
「グリィには、見ていて欲しかったのかも。だから、私……」
ヴァイオラはさらに落ち込んだ様子で、下を向いたまま押し黙ってしまった。
「立ち入ったことを言って、すみませんでした。でも、ラヴァーズの悩みを聞くのも、私の役目なんです。絶対に他言しませんから、なんでも相談に乗りますよ」
「ありがとう、マスター」
ヴァイオラは無理な笑顔をマスターに向けたが、目尻には涙が滲んでいた。
ラウンジの営業終了後、グレースはヴァイオラに抗議した。
グプターの件はもちろん、3年前のわだかまりも残っていた。
「……ゴメン。私知らなかったのよ。彼があなたの恋人候補だって」
「恋人候補なんかじゃないわ。友達よ。でもそうね。性懲りもなくまた私は、心の底で期待してたの。馬鹿だわ私。それにグプターだって、きれいな女のほうが好みよね。それは私にだってわかる。彼があなたの方に興味を持つのは当然だわ」
「彼は私の見かけに、興味を持っただけなのよ」
「私、自分が美人じゃないってわかってる。でも私は好きよ、自分のことが。だって、そうでなきゃ悲しすぎる」
「グリィだって素敵よ。お世辞なんかじゃない。貴女は人間としてとても輝いてる」
「ヴィーはいいわ。美人だから。それだけで私はあなたには、勝てないのよ。それにあなたは誰にでも愛想がよくて、みんな貴女しか見ていないわ。貴女がいるだけで、私なんか……」
「グレース、ちょっと待って!」
「でもね、私の邪魔だけはしないでよ!」
いつにない、グレースの攻撃的な態度に、ヴァイオラは戸惑っていた。
グレースの視線を避けるように、萎縮した猫のように肩をすぼめて、下を向いた。
「……オトコは馬鹿なのよ。見た目だけで人を判断しちゃうこともある。そう、確かに私はグレースが言うように美人かもしれない。けれど、私はあなたが羨ましいわ」
「私が?」
「ええ、あなたを愛してくれる人はみんな本気だから。でも私を愛してくれる人は、みんな遊びだわ。本当に私を愛してなんかいないのよ。私はあなたほど性格が良くないし、何か得意なことがあるわけでもない。だから私に飽きたら、みんな離れていってしまうのよ」
「それ、慰めのつもりなの?」
「彼はあなたに好意を持っていると思うわ。でもね」
「何よ。また私にはふさわしくない男だとでも、言うつもり?」
「グリィ、あなた誤解しているわ。私はそんなつもりじゃ……」
「もういいわ! もうたくさんよっ!」
そういうと、グレースは閉店後のかたづけも途中に、ラウンジを飛び出していった。
後には、マスターと、ヴァイオラだけが残された。
「いいのですか? 本当のことを言わなくて」
「マスター……。マスターも、私が嘘をついているって思うの?」
「いいえ。でもヴァイオラさんの目が訴えていましたよ。ヴァイオラさんの本当の気持をね」
ヴァイオラは、心の奥底を見透かすようなマスターの眼差しに躊躇した。
「……私、そんな風に見えた?」
「ええ、そうですね。カン、みたいなものですけど」
マスターの言いたい事は分かっていた。
しかし、それはヴァイオラが今までグレースに、言えずにいたことでもあった。
「……届かない、想いだわ」
「自分から動かなければ、グレースさんには届かないのでは、ありませんか?」
「届くと……、届けても良い事だと、思いますか?」
「どうでしょう? 私は若輩者ですから」
「ずるいわ、そんなの」
「すみません。でも、ヴァイオラさんが本当にそう望むのなら、届けても良いと思いますよ」
「それでも、届かなかったら?」
「届くまで、頑張って見てはいかがでしょう?」
「……自信がないわ」
マスターは、薄めの水割りを少しいれたグラスを、ヴァイオラの前に置いた。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
「今日は、ずいぶんと珍しい物を見せていただきました。強気ではっきりと自分の意思を言葉にするグレースさんに、おどおどして本心を言葉にできないヴァイオラさん。普段とは逆ですね」
「私は、ラウンジでは道化師なのよ。でもそのことが、グレースを傷つけていたんだわ……」
「道化師ですか。誰のために、演じていたんですか?」
「誰のため? ……そんなこと、考えたこともなかったわ。でも……」
「“でも”?」
ヴァイオラは目の前に置かれていたグラスを取ると、一口飲んだ。
しばらく言葉を発せずにグラスを弄んでいたが、やがて小さな声で言った。
「グリィには、見ていて欲しかったのかも。だから、私……」
ヴァイオラはさらに落ち込んだ様子で、下を向いたまま押し黙ってしまった。
「立ち入ったことを言って、すみませんでした。でも、ラヴァーズの悩みを聞くのも、私の役目なんです。絶対に他言しませんから、なんでも相談に乗りますよ」
「ありがとう、マスター」
ヴァイオラは無理な笑顔をマスターに向けたが、目尻には涙が滲んでいた。