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勇者と魔王の嫁入り修行(その12) by.DEKOI

さて、さくっと流れた第1試合(結果:ルゲイズの反則負け)。
続いての第2試合は裁縫勝負。正確には衣装作りであるのだが、その内容がまたややこしい物であった。


ベッケンハイム城に一室。彼女達専用に割り当てられた部屋にルゲイズとヴァンデルオンはいた。
そんな中、ルゲイズは頭を両手で抱えていた。頭が痛いのではない、先ほど性極ロリ皇女から告げられた裁縫勝負の内容があまりにロクでもなかったからである。

「どうすんだよこれ・・・。」
「いやまさか、あんな事を言ってくるとは思わなかったなぁ。」

頭を抱えてうずくまる友人の姿にヴァンデルオンは苦笑を浮かべるしかなかった。


この試合を取り仕切るロリ皇女様が言った勝負の内容を列挙するとこうなる。


1:作るのは衣装を1品。
2:衣装の内容は『対戦相手が似合う服装』であること。
3:勝敗は城下町にある一番デカイ劇場で一般客3000人の前に服を着ている姿を見せ、投票で決める。


要するに、ルゲイズ側はこれから『宿敵ウィルが作った服を着て人前に出て視姦された挙句に褒められたら負け』という外見は白い生物に「訳が分からないよ」と言われてもおかしくない事をしなければならないのだ。
はっきり言って赤っ恥をかく以外、何ものでもない。幾ら男に戻る為とはいえ、プライドが高い(金銭関係は除く)ルゲイズには耐え難い行為であった。

「いっその事、女王として生きた方がましな気がしてきた・・・」
「そうか、じゃあ早速一発やらないk」
「前言撤回。何としても男に戻らないとな!」

諦めの境地に達しようとしていたルゲイズだが、親友ヴァンデルオンの煩悩たれ流しの発言を聞いて我に返った。そんなルゲイズをヴァンデルオンはニヤニヤとした笑みを浮かべながら見ている。しかし見る者が見れば、その目は笑っていない事に気づいただろう。

「それはともかく。君は1回目の試合に負けている。しかも殆ど自爆と言っていい状態だ。」
「むう、あれは向こうの試合運びに翻弄されただけで・・・。」

憮然とした表情を浮かべるルゲイズに、ヴァンデルオンはため息をついた。その行為には明らかにあきれ返った様な雰囲気が含まれている。

「しかし負けは負けだ。そして次の勝負で君が負けると向こうの勝ちは確定した挙句に、勇者ウィルに君は嫁がなくてはならなくなる。」
「そういやそうだった・・・。それはシャレになってないぞ・・・。」

げんなりとした表情を浮かべるルゲイズ。その直後にある画面が頭の中に勝手に形成されていく。


白を基調とした教会の中央に赤く縦に長い絨毯がひかれている。
その上を白いタキシードを着た男が歩いていく。その横をヴェール被り豪奢なウェディングを着た女性が歩いていく。
神父の前に静かに並び立つ2人。神父の契りの宣言に対し、迷う事なく誓いを立てる。
そして男が女のヴェールを持ち上げる。ヴェールの下から現れた顔は――――ルゲイズ。
2人は強く抱きしめあい、互いの顔が近づけていく。男の顔―――ウィルの顔が近づいてくるにつれ、ルゲイズの鼓動が心地よく高鳴る。
それが起きる直前、ルゲイズは目を閉じると僅かにはにかみながらウィルの唇に自分の唇を重ね――――


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!」

自分で勝手に作り出した妄想に、ルゲイズは総毛立たせると反射的に壁にガンガンと頭を打ち付け始めた。
そんなルゲイズの醜態をヴァンデルオンは何をやっているんだか、といった感のある呆れ顔で見るのであった。



「さて、・・・どーしよう。」

ルゲイズの自傷行為からしばらく続いた後、額にバッテン印のバンドエイドを貼ったルゲイズは再び頭を抱え始めた。
3週間の特訓によって貧乏臭い服しか作れないという致命的な弱点は克服できたが、だからといって豪奢な服は作れるようになったかというとそんな事はなく、ごくごく一般的な服が何とか作れるのがやっとである。
そして勝負の内容も「自分が着る」事を想定していた為、自分が似合いそうなよく言えばシックな、一般的には地味な色彩の服を作る特訓をしていたのだが。

「ウィルのを作れってのか・・・全く想定していなかったぞ・・・。」

よりにもよって、対戦相手の服を作る事になるとは。予想の斜め上の展開に、段々物理的に頭が痛くなってきているルゲイズであった。


一方その頃、ルゲイズ以上に女性化が馴染んできているウィルの方も悩んでいた。

「まいった。ルゲイズの服を作れって言われてもなあ。」

こちらも対戦相手の服を作る事に困惑しているようだ。

「体型よく分からないから作りようが無いんだよねぇ。」

そうでもなかったようだ。

「ルーちゃんの事だから、地味系の服が似合う気がするけどさ。」

ルーちゃんって誰だ。ルーちゃんって。

「人前に出るんだからここはやっぱり、派手な方がいいと思うんだよね。」

あ。底意地の悪そうな笑みを満面に浮かべてる。

「ここは一発ド派手で露出もばっちりな衣装を作って、着てもらおう!」

そう言うとウィルはあっさりと衣装作りに取り掛かるのであった。ウィルは「考えるより先に行動」タイプな人間であるため、悩みという言葉とは基本的に無縁なのである。

「胸は結構大きいから南半球は見せないとね。太ももも綺麗そうだし、腰までスリットを切り込んで。あと背中は7割以上見せるようにして。袖もなくしてワキも見せて。えーっとそれから・・・・」

とまあそんな感じで、ルゲイズが聞いていたら「これ以上は止めて」と泣きながら懇願しそうな言葉を連発しながら服の設計図を描きだすウィル。
そう、ウィルが書いているのは言い間違いではなく設計図である。
何故ならば服は基本的に肌の露出を隠す物。故に露出率が98%超えてそうな物を「服」とは言わない。普通そう言うのを布切れと言うのだ。


だがしかし、ウィルも一応勇者と言われた存在。一般的な良識は持ち合わせているのである、不可思議な事であるが。
ノリノリで設計図を描いていたがふと我に返り、設計図を真面目な顔で見直し始める。

「これはないな。」

そう低く呟くと設計図を丸めてゴミ捨てに捨て、今度こそデザイン画を書き始めるのであった。

ちなみに描かれていたのは「何かもー全裸の方がマシでね?」といった感じの、えらく作るのが簡単そうなV字で構成された布の切れ端を着たルゲイズの姿だったのだが、詳しい描画は彼女の人権の為に伏せておくとする。「どの位隠れていた」のかは各自の想像に任せるとしよう。


一方その頃、世間一般から痴女呼ばわりされる危機を知らぬうちに避けたルゲイズは。

「うーん、真面目にどうしようか。」

と言いつつ過去に異世界から流れてきたという服のデザイン集を読んでいた。
ちなみにその本の題名は「全国お嬢様系セーラ服大全」。

・・・どうもこちらもロクでもない服が作り上げる気がしてならないのであった。

<つづく>

勇者と魔王の嫁入り修行(その11) by.DEKOI

ガクガクガクガク。

世界でも有数の大きさを誇るこの建物に住む「生き物」も多い。具体例をあげるなら一応主である皇族一家、城の中では実質的に主より権限が大きい執事's(皇族各々1人に対して専属で1人付いてるから)、お決まりのメイド集団を筆頭にした掃除夫庭師料理人飼育員とった専門職の人達。そして当たり前だがこの城を守るための兵やそれを統括する将軍といった軍人もいる。
人間だけならこれだけだが、皇族や兵達を乗せる馬もいるし、篭城用の為に飼育されている豚や牛といった家畜もいるし、景観の一部として小鳥とか犬とか猫とかも少なからずいる。
ちなみに古の王と皇族用の地下墳墓を守る契約した黒鱗の古龍が地下30m程度の深さの所に住んでいたりするのだが、そいつは基本的に寝てばかりいるのでどうでもいい話である。

ブルブルブルブル。

そんな目で見えるだけでも両手の指を全てを足した値を3乗した値よりも多いの生き物が常に住んでいるベッケンハイム城。生きる為には食べ物が必要であり、それ等を調理するための厨房も少なからず存在する。

プルプルプルプル。

そう。「少なからず」という言葉とおり、ベッケンハイム城には厨房と言われる施設が複数形で存在している。
何故かと言うと、皇族や将軍といった上の位を持つ人達に対して食事に毒が盛られるのを避ける為。暗殺の基本は毒殺と言われるように、一番手っ取り早くかつ証拠を残さない暗殺手段は食事に毒を盛る事なので、厨房を複数に分ける事で毒を盛られる可能性を分散しているのである。無駄に敷地が広いベッケンハイム城だからこそ出来る行為と言えよう。

ガタガタガタガタ。

そんな複数ある厨房の中の第一厨房の片隅にて。1人の少女が膝を抱えて震えていた。
その少女の名はルゲイズ。3週間ほど前まで世間を騒がしていた魔王の称号を持つ「男」の魔族であったのだが、紆余曲折を経て今では「女」の魔族に成り果てている。
そんな現時点での彼女は男を取り戻す為に同じく女になってしまっている勇者ウィルと勝負する事になっているのだが、その対戦相手であるウィルに怪訝な顔をされながらも心配そうに見つめられている。

「ちょっとどうしたのルゲイズ?もう調理開始時間だよ?」
「・・・わぃ」
「ん?」
「朝市怖い。商人怖い。市場怖い。押し売り怖い。おばちゃんこわ・・・」
「・・・あー、ルゲイズってあの場所始めてだったのね。うん、あそこは気合をいれて向かわないと、トラウマになるしね。」

どんな朝市だ。

「もうやだニンゲン怖い。」
「それでいいんかい。君は魔王でしょうが。」

泪目になりながら部屋の片隅でプルプルと震える魔王様とそれをなだめる勇者様。どっちも美人なのだが、どっちも元は男でしかも宿敵とばかりに命を狙いあっていた仲だった事を考えると実に奇妙な光景である。

「ほら、男に戻りたいんでしょ。だったら勝負勝負。ボクも君とは決着はつけたいし、まずは試合を進めないと。」
「・・・うー・・・、判ったよぅ・・・。」
「気のせいか幼児化してない、ルゲイズ?」

ウィル(見た目14歳前後、胸無し)に手を握られながらルゲイズ(見た目18歳前後、胸そこそこ有り)は部屋の真ん中に向かう。幼女に引きつれられて涙を流してまぶたを赤く腫らした少女という姿は、情けなくもあり哀愁を誘う姿でもある。


そんな一悶着もありつつも調理開始となる。制限時間は特に無し。勝負は1品のみ。だったのだが・・・。

「ちょっとルゲイズ。」
「な、なんだよ、ウィル。」
「貴女なにを買ってきたのよ。ウナギに梅干し、蟹と柿、西瓜とビール、ドリアンとワインって食い合わせが悪い物ばかりじゃない。」
「ええっ、そうなのか?」
「そーなのかじゃなくて貴女、食材を選んで買ってないでしょう?特に西瓜とビールなんて、本当に命が関わる組合せだし!」

※注:どっちも水分で構成されてますが利尿作用もあるので、ビールの飲みすぎによる急性アルコール中毒を引き起こしやすくなると言われています。これからの季節に注意だね!

「第一こんな食材で何を作る気なのよ、貴女?」
「えっと、ラタテューユ?」
「ラタテューユは野菜スープでしょうが!この中に野菜は西瓜しかないじゃない!それ以前にビールとワインでスープを作る気か!」
「ほら、色々と混ぜれば化学反応して。」
「偶然の産物を料理に仕込むなー!アイスクリームをフライパンで作ろうとしてた私でもしないよ、そんなの!」
「フ、フライパン?」
「その事は置いておいて。それ以前にさっきから何でボクがツッコミ役なの?本来ボクはボケ役だよ?期間が空いた所為で立場が逆てん」
「ウィル、それはメタ発言!」
「やかましい!それというのも貴女がまともな組合せの食材を揃えてこなかったからいけないんでしょうが!」
「しょ、しょうがないでしょ?朝市があんな怖い所だったなんて知らなかったんだし!」

キャンキャン、ギャーギャー

一方のささいなツッコミから始まった2人の美少女(元男)の口喧嘩は日が暮れても尚続いた。
その間監査役についていた者達は、何故か生暖かい視線で2人を見守り続けていたと長く語り継がれる事になる。

語り継ぐな、そんな事。


ちなみに次の日に持ち越された料理勝負だが、ルゲイズは本当に手持ちの食材でラタテューユ(もどき)を作ってしまった。
結果、審査員を物理的に倒す事に成功したが「反則負け」の烙印を押されることになる。

あっさりと流れてしまった第一勝負。まずは勇者ウィルが白星を得る事になった。
次の勝負は裁縫勝負。なのだがこれまた一癖ある内容であった。

<つづく>

勇者と魔王の嫁入り修行(その11) by.DEKOI

ルゲイズがオルドクライド城に「来客として」訪れた次の日。早速世界の命運を賭けたお嫁さん勝負が行われる事になった。
何とも妙な言葉である事は認めざる得ないが、事実なのだから仕方がない。
第一試合は料理勝負になった。

料理勝負。
と言えば、食べた後のテンションが無駄に高かったり、説明の度に固○結○を展開したり、食べた人間の存在そのものが変わったりするが、そのような現象があり得ない事くらい誰でも知っている。第一そこまで「逝」ったら料理勝負じゃない。
基本的に料理勝負は、「どちらが作った料理が美味いか」が勝負の結末を決定する一番重要な、否、唯一の要素だ。
中には、「ひたすら不味い物を食わせて、審査員を物理的にぶっ倒す」という勝敗を決めるやり方があるが、こんなネタを思いつくのは、余程の暇人しかいないだろう。

さてその日の朝早く。ウィルとルゲイズはオルグライド城の近くにある大都市ルッセンバルクにその姿を現していた。
と、言うのも理由がある。実は今回の料理勝負、食材をこの街の朝市で集めてくるという妙な要素が付け加えられていたからだ。
某ロリ皇女曰く、「妻たる者、限られた金額で食材の吟味や選別できなくて何事か」との事。世界一の権力を持つ王族のくせに妙にセコイ、もといしっかりとした考えである。

そんな訳で現在のルゲイズはというと、生まれて始めて見る人間達が開く朝市といわれている物を見て目を白黒させていた。
まず目についたのは物の多さ。一般的な物からどこから見つけてきたのか分からない物まで多種多様と形容すべき物の食材が溢れんばかりに揃っている。
そして何よりも注目すべきはその場の活気である。多くの人間が怒号ではない、しかし大きな声でそこかしこに叫んでいる。それ等が到る所で響き渡り、いま居る場所を大いに盛り上げているのだ。
溢れんばかりの物量。そしてそれを上回る熱気。それらが相乗しあい、朝市を大いに賑わせていた。


とまあそんな事は兎も角。ルゲイズは慣れない朝市の場に入っていき、必要な食材を買わなければならない。
そんなルゲイズだが実はかなり緊張していた。と、言うのも(彼女にとっての)かなりの大金を持たされたからだ。
ルゲイズが支給された金額は2000リル。一般的な5人家族が1週間に生活するのに必要な額とほぼ同じ額であり、よってそこそこの大金ではあるが高級料理店に1回でも行けば吹き飛ぶ様な額でもある。
ちなみにこの金額、貧乏臭くてケチで金払いが悪すぎるルゲイズの5ヶ月分の食費に当たる。骨の髄まで貧乏根性がしみついてる、魔(女)王様であった。
そんな貧乏臭くてしみったれた魔女王様。(彼女にとっての)超大金をポンと渡されたのだからたまった物ではない。

「とととととととにかぁく、しょくじゃいを買わないと・・・。」

見たこともない大金を持たされてガッチガチに緊張した状態でルゲイズは朝市に入っていった。


「お嬢さん!どうだいこの鯖!!3尾で50リルだよ!」
「ひゃい!?」
「いやいやこの金亀ミート!今なら4塊で200リル!かなりのお買い得さ!」
「にゃい!?」
「いやいやこのなぞミートはどうだい?今なら30リルだよ!!」
「ふぎゃぁ!?」

朝市に入り込んだ途端、市を構える商人に四方八方から声をかけられるルゲイズ(お嬢様)。緊張しまくっていただけに、でかい声をかけられただけで過剰なほど反応しまくってしまう。こいつ本当にてろr・・・魔王なのだろうか。

「まあまあ落ち着いてお嬢さん。」
「は、はひ・・・。」」
「ところで軍資金は幾ら持ってるんで?」
「え、えっと2000リル。」

「「「「「「ほほう、なるほど。」」」」」」

「ひぃ!!??」

周囲の商人達は全く同じタイミングで異口同音を放つ。その味わった事のない異様さにルゲイズは底知れない恐怖を感じてしまう。
だか商人達にはそんな事は関係ない。彼等の頭の中に浮かんだのは共通した物だった。


『こいつはカモだ』


そして始まる怒涛の押し売り活動。右から左から上から下から股の下から、次から次へと商品のお勧め攻撃を食らうルゲイズちゃん。
何が怖いって皆が皆、満面の笑みを浮かべながら強引に商品を押し付けてくるのだから当事者の恐怖はそれはかなりのもので。
今のルゲイズは、例えるならば30年くらい前のアメ〇に入り込んだ初心者。・・・今でも同じか。

そんな訳で。

「い、いやー!誰か助けてー!!!!」

彼女は強制的に恐慌状態に陥り、何とも女性らしい悲鳴をあげてしまうのであった。



一方その頃。

「叔父さぁん、これとこれ一緒に買うから安くしてよぉ。」
「えー、でも一応高級食材だし、貴重だから安くは・・・」
「ダメなの?」
「いや、そんな上目遣いで瞳をうるわされても・・・」
「ね、お願い。(ガシッ)」
「いや腕にしがみつかれてもって、ああ、膨らみが!お嬢ちゃんのかすかな膨らみの感触がぁぁぁぁあ!」

勇者ウィルさんは美少女である容姿を巧みに生かして、欲しい食材を着実にゲットしていっていた。


何かもう勝負の結果が目に見えている気がするが、料理勝負はまだ始まってすらいないのであった。

<つづく>

勇者と魔王の嫁入り修行(その10) by.DEKOI

人間の勢力圏において最大級の建物の1つに「ベッケンハイム城」がある。
この城は人間の間ではトップ3の権力を持つ皇族ベッケンハイム一族が住む王城だ。
ベッケンハイム城の高さ、敷地面積は平面世界リーザスに存在する建物の中でも確かに有数クラスなのだが、しかしこの城はある1点において最大であったりする。
この城、崖の上に建っているわ夜な夜な崖の穴から這い出てきた巨大こうもりが奇声をあげながら飛び回るわ、雷がよく落ちる地域なのでいびつな形の避雷針はそこら中に建っているわ夜襲を考えて全体が黒ずくめだわ、何故か城門にはでっかいドリルがついてるわ周囲の森から時折「イア、イア、ハ〇ター!」とかいう妖しげな叫び声が聞こえてきたりする。
そう。ベッケンハイム城は「怪しさ」という点において世界最大の建物なのである。
誰が言ったか「悪魔城」。その怪しさたるや、(元男)魔王である筈のルゲイズにしてドン引きするクラスであった。


魔王であるはずのルゲイズが悪魔城、ならぬベッケンハイム城を訪れたのには訳がある。
それは本日、遂にあの憎き勇者と雌雄を決する勝負をする事になるからだ。
問題は、戦いの内容が料理勝負、裁縫勝負、そして人魔混合宮廷ダンスという訳分からん勝負の3つだという事。ぶっちゃげて言えばお嫁さん、お姫様勝負である。
ついでに言うとルゲイズがこの勝負を受けた最大の理由は、勝たないと男に戻れないと脅されているからだ。幾ら親友のヴァンデルオンに毎日「美人だ」「クールだ」「可憐だ」「一発やらせろ」とか褒められまくっていても、ルゲイズ本人は自分は男だという気持ちが強い。正直胸の重さと股間の涼しさおよび女性特有の下の世話には慣れようがないのが現実だ。

しかしこの勝負、負けたら男に戻れない処か嫁入りさせられるらしい。その結末だけはルゲイズ本人としては断固として拒否したいし、恐らく勇者ウィルも同様であろう。そういった意味ではこの戦いの場に参加する事そのものが高いリスクを負う事になりかねない。
だがしかし。勝者が敗者を服従させる最も効果的な方法は敗者を自分の下につけさせるのも確かな事であり、その派生として奪った国の王の后もしくは娘を自分の妻に娶る事はよく耳にする話である。そういった観念から考えれば、負けた方は勝った方に嫁ぐという行為はあながち間違ってはいない、とも言えなくもない。

「まあアイツを娶るかはどうかはともかく、男に戻る為にはまずこれからの勝負に勝たないとな。」

ルゲイズは思わず独白した。そう、まずはそこからである。男に戻ること。少なくともルゲイズにとってはこれが最優先事項であり、勇者が自分の下に嫁ぐだどうだとかは取り合えず置いておく事にしていた。これが特訓の期間に得たこれから始まる戦いに対するルゲイズの考え方だ。目的を多様化せず、1点に向ける事で戦いに対しての集中力を高めているのだ。

この戦い、絶対に負けられない。勝って男に戻るんだ。
ルゲイズは内心でそう強く、だが表には出さずに決心を固めた。



一方その頃。
ベッケンハイム城の別室もとい自室にて(元男)勇者ウィルは呑気に紅茶を飲んでいた。

「ふう、やっぱり味覚が甘くなっている。」

形の良い眉毛を少し寄せると、近くにあった砂糖粒を2つ手にし紅茶が入っているカップのなかに放り込んだ。カップの中身をスプーンで何度かかき混ぜた後に再度紅茶を口にすると、納得したかのように首肯した。

「しかし、困ったな。思った以上にボク、『染まってしまった』みたい。」

そう口にしながらも、満更でないとも取れる微笑を浮かべるウィル。その口調と仕草は男性よりも女性を、具体的に例を挙げるならば「ボクっ子」を連想させる。
そう。ウィルは3週間のお嫁さん修行をした結果、「女性」として下地が出来上がっていた。今や心の中の言葉までも女性らしさが出てきている始末。
実際のところ「男性に戻れたらそれでもいいけど、女性のままでいても別に問題ないよねー」がウィルの本心だったりする。それすなわち、現状に全く不便を感じてないのだ。

「でもだからと言って、ルゲイズに負けるのは癪なんだよね。何より彼の妻になるのは幾ら今のボクでも避けたい事態だし。」

天然ボケキャラの象徴とも言うべき行動を頻繁に取るウィルとはいえ、自分が人間族最強の戦士である事くらいは自覚している。そんな自分がルゲイズに嫁ぐという事態は、人間と魔族のパワーバランスが大きく魔族側に傾くだろう程度な事くらいは、ウィルでも予想できた。

実はウィル自身は世界の勢力争いについてはあまり強い関心を持っていない。どちらにパワーバランスが傾こうが世界そのものが平和になるならそれでもいいのではないか、というお気楽な考えが根底にある。
では何故ウィルは魔王ルゲイズと積極的に戦っていたかというと、ルゲイズが極端な魔尊人卑主義者だからである。それも人間と仲良くしようとする同族すら痛めつけかねない程の極端な思考の持ち主、とルゲイズの事をウィルは認識していた。
実際ルゲイズはそこまで酷い人物ではなく、参謀役であるヴァンデルオンがルゲイズに敵対する魔族(のかなり尖ったタカ派のみ)を見せしめの為に一族郎党皆殺しにした事が大きく誇張された内容の噂が広まったのが原因だが、そんな事はウィルは知りようがない。

それはともかく。

いま魔族側にパワーバランスが大きく傾くと、間違いなくルゲイズは人間達を蹂躙し始めるだろう。そうなると真っ先に狙われるのは人間の中でもとりわけ強い発言力を持っているベッケンハイム皇族、すなわちウィルの家族達だ。
幾ら変人奇人集団であるとはいえ大切な実の家族。そんな彼等が殺傷される可能性がある以上、ウィルはルゲイズを倒す事を試みるのは当然と言えよう。

「その結果がこれなんだけどね。」

ハァ、とため息をつきつつ胸元に目をやるウィル。見事にまっ平らに見えるが、その手が大好きな人が見ればAAカップクラスの貧乳である事が分かるだろう。その事が何となく悔しく感じるのは、やはりウィルの女性化が進んでいる為か。

それはともかく、それはともかく。

ウィルが魔族にパワーバランスが傾くのを危惧しているのはルゲイズが魔族の頭(かしら)に存在しているからであり、だからこそウィルはこれから始まる戦いに負ける訳にはいかないのである。大切な家族を守る為にも。

この戦い、絶対に負けられない。大切な家族はボクが守るんだ。
ウィルは口をきつく噛み締めると気合を入れた。


些細な差である2つの戦う意味。
これがほんの少しだけこれからの戦いの結果に影響するとは、この時点では誰も知りようがなかった。

<つづく>

勇者と魔王の嫁入り修行(その09) by.DEKOI

その1はこちら
キャライラスト:うずら夕乃 http://sikiso.sakura.ne.jp/

ここにある世界が存在する。世界の名前は「リーザス」。
この世界は平面で形成されている。嘘偽りなく本当に。そんな訳でリーザスには世界の果ては本当にある。ニート気味なのに豪快な征服王様もさぞお喜びになるだろう。

まあそんな事はどうでもよく、現在リーザスには2つの種族つうか2つの大きな勢力が覇権を獲ようと争っている。一方は人間族を中心とした勢力。もう一方は「魔族」というカテゴリーに1括りされた勢力だ。
魔族達は本来この世界の住民ではなく、以前に住んでいた世界が滅んでしまった為(付け加えるが「滅ぼした」ではない)、世界の狭間を延々と漂流した挙句にリーザスに流れ着いた種族の末裔である。対して人間族は元からリーザスに居た種族であり、魔族に言わせれば「先住民族」である。
彼等は世界の覇権、いやさ所属権を巡って長年争いを続けている。魔族は優れた種族特性と彼等がこの世界に持ち込んだ魔術で、人間側は優れた技術力と数の暴力によって一進一退の状態が続いている。
もっとも争いの大元は、魔族側がもうちょっと自分達が住んでいい領域を増やしてくれと主張したのに対して人間側が「こいよ○ネッ○、○なんか捨ててかかって来い!!」的な挑発をした為だったりするのだが。

で。

現在リーザスは壊滅の危機に扮している。いや3週間前までは壊滅の危機に向かって爆進していた。
原因は現在の勇者ウィル-ベッケンハイムと魔王ルゲイズにある。二人とも長年の争いの中でも飛び抜けて強力な戦闘力を持っており、周囲の迷惑顧みず2、3日に1回の割合でガチバトルを繰り返していた結果、彼等が撒き散らす破壊の余波が世界の自然治癒能力を超えてしまい、世界そのものが自壊を始めたのだ。
この事態に世界中の知的生物が慌てた。自分達が住む世界が破界(文字誤りでは非ず)されるのは誰だって嫌だろう。2つの勢力は最初こそ各々の行動で勇者と魔王の(戦闘)行動を止めようとしたがまるで効果がなく、遂には2人を止める為に手を結び活動する事になる。
誰よりも真摯に互いの勢力の為に動いているのが勇者と魔王自身なだけに、皮肉としか言い様がない結果なのだが。

しかし両勢力の和解の大元である勇者と魔王の2人は周囲の説得には耳を貸さず、戦闘を止める事はなかった。
何故説得というまどろっこしい行動を取っていたかというと、2人の実力が高すぎた為、人類/魔族両勢力の力を合わせても力ずくで止める事が出来ないからだ。それほどまでに現在の勇者と魔王の実力は過去類を見ないほど高かった。
そしてその事を理解していたからこそ、自分達の戦闘の余波が世界その物に大きな被害を出している事に薄々気づいているにも関わらず2人は戦闘を止めることが出来なかった。片方のみが戦闘を放棄した場合、僅かな間に戦闘を放棄した方の勢力が壊滅的な被害を受ける可能性があったからである。

両陣営は「ダメだこいつら・・・。早く何とかしないと・・・・」と思うも、自分達では止めようがないのが現状なのも確か。そこで最後の手段として彼等の母親に説得して貰うことになった。
彼等の母親である2人は両陣営の依頼を受けたが、実際には『戦いを止めるよう説得する』という行為には消極的だった。
と、言うよりも息子の性格を熟知しているが故に説得しても殆ど効果がない事に気づいたからだ。勇者と魔王は実は似た者同士であり、自分の考えに意固地なうえ何事にも白黒を付けないと気がすまない性格な為、2人の間で勝負による決着を付けなければ延々と現在の勝負を続けるだろう、という事に。
そこで彼女等は別の勝負する方法を勇者と魔王に提供し、それを用いて決着をつけさせようと考えた。

ここまでは問題ない。問題なのは別の勝負する方法を「提供する方法」である。

勇者も魔王も「戦闘」という方法によって勝利を得る手段を得意としていたし、今までもその為の努力を積み重ねてきた。その為、2人共「戦闘」という勝負形式にこだわっている。
しかし、母親達にとってはその「戦闘」其の物を止める事が一番の目的である。そこで彼女等、否「彼女」こと人間の勢力の中では最大級の権力を持つ王族ベッケンハイム一族の皇后にして勇者ウィルの母親であるルミリア-ベッケンハイムはその為には何を考えたかというと、

『その勝負を受けざる得ない状況に2人を追い込めばいい』

であった。
・・・悪党の発想である。

ここで悪女ルミリアの悪逆非道振りが発揮される。
「受けざる得ない状況」として選んだ内容がよりにもよって「女性化」であった。この時点でリーザスに住む知性を持つ生物の99.99%が「訳が分からないよ」と呟くだろう。
まず手始めに「状況」を形成する為に、魔王ルゲイズの母親であり魔力だけならば息子をも凌ぐとも言われているラディス(ちなみに息子と違い穏健派に属している)を抱き込み、勇者と魔王各個人専用に作用する魔法薬を作成する。勿論飲んだら女性化した挙句に彼等自身ではどうやっても解除できないというロクでもない効果な、である。
そしてその薬を飲ませる為に息子達がそれぞれの母親を慕っているのを逆手に取っている。具体的に言うと2人を呼び寄せて騙して強力な睡眠薬を飲ませた挙句に意識が失っている間に例の魔薬を服用させるという、最早外道としか言いようがない手段を用いている。
そして非道な策略の結果、勇者と魔王とい肩書きの頭に「女」が付く事になってしまった哀れな被害者であるウィルとルゲイズに対し、ルミリアは2人の決着をつけさせる為の新たな勝負方法を提案・・・否、押し付けた。
その勝負とは何と「お嫁さん3本勝負」。しかも「負けたら男に戻さないどころか勝った方に嫁がせる」というどっちに転んでも痛い結果になってしまうという、何とも腐った内容であった。

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蛇足であるが、勝負の結果については2人は猛然と抗議したが、ルミリアは「だったらどっちも男に戻してやらない」という最悪の手札をちらつかさてきた為、泣く泣く勝負を受ける事になる羽目にあった事を追記しておく。

その後、お姫様になってしまった哀れな2人はお互いの勢力地域に引きこもると勝負に勝つ為の特訓を開始した。
男に戻る為にも関わらずお嫁さん能力を高める特訓をする、という哀しい矛盾に気づかず2人は一生懸命に特訓を繰り返す。その間ルゲイズは親友の淫魔に四六時中セクハラを受け、ウィルは潜在していた天然ボケスキルが発現してしまい周りの人間を阿鼻叫喚の事態に陥れたりするのだが、些細な問題なので割愛する。被害を受けた本人からすればやってられないだろうが。

そしてその日はやってきた。(元男)勇者と(元男)魔王による事実上の最終決戦の日が。それはすなわち、人間と魔族による長年の勢力争いに終止符が付く事を意味している。
だが決戦の内容は、「元男によるお嫁さん3本勝負」という平和極まりない物。


果たしてこんなの長年の争いに決着がついていいのだろうか。

『大丈夫だ、問題ない。』

長い間滞っていたこの物語もようやく再開する。
果たして如何なる幕がこの戦い?の最後に下りるのか。
そもそも〇坂の様に中途半端に物語は終わらないのだろうか。

幾多の不満を抱えつつ、終幕に向けて物語は再び動き出す。

<つづく>

○○を呼んでみよう!(後編)

とりあえず一応お遊び、コホン、ちゃんとした契約をしたとは言え、色々と問題があると困るだろう。
そんな訳で地獄での仕事の傍ら、『青木かずと』の状況を観察したりする訳で。

1日目。
起きていきなり姿形が全く変わっている事に驚いているな。まあ、そらそうだろうな。
弟達は・・・あれ、いきなり受け入れている。順応が早いな、近頃の子供は。
いきなりスキンシップの襲撃にあっているな。あ、胸を揉まれてる。こらこらエロガキ。スカートを捲るのはともかく、その中に頭を突っ込むのは頂けない気がするぞ。
この日は日曜だった為か、弟達の我侭&セクハラ攻撃にあいまくってるな。あ、また胸を揉まれている。あんま大きくないけど、そんなに気にいったかエロガキ共。
ついでに言うなら「何か気持ちいいな」とか考えているんじゃないよ、青木自身も。

夜になって寝床に入って・・・おお、大定番の自慰行為をしようとしているぞ。でもそれは止めた方がいい気がするんだが。
あ、末の弟が寝床に入ってきた。ビビリまくってるな。まあ、定番の反応だけどそりゃそうだわな。
フムフム、一緒に寝て欲しいらしいな。少しの葛藤の末に一緒に寝る事になったらしい。
当初は落ち着いてなかったが、いつの間にか弟を抱きしめるようにして寝ているな。思ったよりも青木がずと自身、我輩が思った以上に今の状況を受け入れているのかもしれんな。

2日目。
弟達を送ると学校に行くらしい。あんまり裕福ではないけど、高校くらいは通えるって訳か。
どうでもいいけど、躊躇なくブレザーに着替えているな。お前、順応が早すぎないか。まあそのブレザーを用意しておいたのは我輩なのだが。
教室に入って・・・クラス中が大騒ぎになっているな。そりゃそうだわな。つうか何故に教室に行く前に担任の先生の所に事情を話しにいかないんだ、お前は。
午前中こそ質問攻めとかあったけど、午後にはあっさりとクラス全員が青木が女になった事を受け入れている。ちょっと待て。だから順応早すぎだろうお前ら。

3日目。
この日は体育があるらしい。体操着に着替え・・・ってコラコラ、なに普通に女子と一緒に着替えてるの。他の女子もその事に対してツッコミ・・・入れないな。だから順応が早すぎるんだってば、お前ら。
つうか何でブルマなんて履いているんだ。そんな過去の遺物、どうして残っているんだよ。つーか、おかしいって。この学校の生徒と教師。順応性が半端ないって。過去に事例でもあったのか、コラ。

え、「ブルマだと動きやすくていいな」だと?お前はそれでいいのか、青木かずと。ちったあ恥ずかしがれ。

4日目。
だからスク水を着て普通にはしゃいでるんじゃないよ、青木かずと。
だから、女子達も一緒にはしゃぐなよ。どうなっているんだ、この頃の高校生の受け入れスペースの大きさは。
あ、誰かが木に隠れながら写真を撮ろうとしている。被写体の中心は青木かずとかい。お前も大概にせいや。

5日目
学校に来て靴箱を開けると、一通の便箋が入っている訳でした。おやおや定番のラブレターイベントですか。本っ気で王道を突っ走ってるな。
放課後になって学校の裏庭に向かうと一人の少年がいる訳で。
「一目見ただけで好きになりました。つき合って下さい!」か。うむ、定番な台詞だね。ちなみに先日女生徒が入っているプールを隠し撮りしてたのはお前だね。
・・・ちょっと待て、何あっさりと「OK」だしているんだよ青木!いいのかよ、良くないだろう!!

その後2人は手を取り合って・・・。コラコラコラコラコラ、何ラブホに入ってるの!
え、何?Bの課程すっ飛ばしていきなりCに行くの?おかしくない?その課程のはしょり方はおかしくない??
「大丈夫、痛くしないから」じゃないよ。だから青木も顔を赤らめて肯くなよ!

あ。本当に行為を始めた。
え、2発目からいきなりバック攻めですか?初日から後ろの穴ですか??


あれ?何かとんでもなく大きな問題が起きてない?何か洒落になってない事態に陥ってない??

6日目~8日目。
学校が終わるとほぼ毎日彼氏と性行為を励む青木さん。
7日目にしてもうゴム無しですか。8日目にして69ですか。うわー、すげー(棒読み)。進展くそはえー(超棒読み)。

9日目。
彼氏を弟達に紹介する青木かずと。お前「結婚を前提につき合っているの」とか頬を赤らめて言うんじゃありませんよ。彼氏の方も満更って顔しているんじゃないよ。
んでもってその事をあっさりと受け入れているんじゃありませんよ、弟達。なに彼氏を「兄ちゃん」とか呼んでるの!お前らの兄は青木かずとでしょーが!
あ、今は姉貴だからいいのか?でも何かおかしい気がするんだが。

10日目。
さて、今日は青木かずとを元の性別に戻す・・・予定だったんだが。
一応彼・・・否さ彼女の元に我輩は訪れた。
そして我輩の姿を見て、青木さんったら何と言ったと思う?

「あの・・・良かったらあたしをずっと女のままにしてくれない・・・かな?」

kazuto2.jpg
挿絵:うつき滄人

うん、まあ、事態はおもいっくそ把握してたから、何でそんな事を言うのか分かっているけどさ。つうか人格が変わってない?根本から。
まあ契約者が元に戻りたくないなら別にいいけど。まあサービスで戸籍とかも変更しておいてやろうかね。
そう言ったら大喜びで我輩に抱きついてくる青木さん。お礼とばかりキスまでしてきた。マジで人格丸変わりしてるなあ。

そんな訳で我輩は青木を元に戻さずにすごすごと地獄に帰っていくことになった。
何かとんでもない事を我輩、しちゃった気がするんだが。いいのか?本人が良いなら別にいいのかもしれんが。
ちなみに青木はこの後、彼氏とゴールインして子宝に恵まれ幸せな家庭を築く事になるが、まあその事についての話は割愛する。

とりあえず今回の事で我輩が思った事。
人間の順応性能、ハンパないっす。
つうか人間って怖いなあ。ここまでくると。

<おわり>

○○を呼んでみよう! (前編)

我輩は悪魔である。名前はある。もうバッチリと。どっかの小説の猫とはちゃうねんね。

貴殿達人間は我輩の事を「マモン」と呼んでいる。これでも結構有名な悪魔であり、キリスト教では七罪の『強欲』を司る存在と認識されている。
まあぶっちゃげて言うと我輩は一応「魔王」の部類に入る存在、らしい。いや確かに地獄にいる悪魔の中でも結構高い地位にいるのは確かだが。うちらの中では「魔王」なんて呼ばれていないからなぁ。部下からは「マモさん」と呼ばれているくらいだし。
ちなみに「アモン」と我輩は同様な存在と見られているが、実際には別な存在である。一応地位的には我輩の方が上、実力はドッコイ、知名度は向こうの方が上、って感じかな。

我輩達悪魔は地獄に住んでいる。処で貴殿等は悪魔の事を人を堕落させる存在、と思われているようだが、実際は違う。君たちは我輩達を誤解している。
そもそも地獄と言うのは死んだ人間が悪事を犯していた場合に訪れる場所である。何で地獄に来ないと行けないかと言うと、悪事を犯して「魂」に「重み」を付けたままでは次の命に転生できないから。
・・・何を言っているのかよく分からんだろうから、少し長くなるが説明をしようか。

植物を含めて全ての生物には「魂」という物が存在する。世界における魂の量はある程度の上下こそ生じているが、基本的に一定数に保たれている。この「魂」というのを管理しているのが、神であり我輩達悪魔である。
神という存在は生物の魂を生産したり魂をどの生物に宿らせるかを決める役割をしており、悪魔という存在は「重み」が付いた魂を浄化したり、「腐敗した」魂を消去する役割を持っている。まあぶっちゃげて言うと魂の生産と配給を司るのが神、魂の回収とクリーニング、そして消去しているのが悪魔って訳だ。

少し説明しただけだが、実は神と悪魔は同格の存在だったりするのがお分かりだろうか。事実我輩はツクヨミの兄ちゃんとかケツアルカトルの坊やとはメル友だし。聖書等といった宗教の教義書に書かれている様に神と悪魔がドンパチする事は殆ど無い。あっても酒の席での口喧嘩くらいなもんだ。
んじゃ何で我輩達は「悪魔」と呼ばれているかと言うと、まあさっき書いたように我輩達は地獄に住んでいる。そして地獄で行われいる事が我輩達を「悪魔」と呼ばせている一因になっているのだ。
地獄というのは生前にした罪科に合わせて苦痛を与える所、とよく言われているが現実はちょっと違う。地獄で行われている事を正しく説明するならば「魂のクリーニング」である。

生前において悪事を行うと魂に穢れが張り付く。我輩はこれの事を「重み」と呼んでいる。植物や野生動物には「悪事を働く」という事態そのものが発生しないので、言わば貴殿達人間として生きている存在の魂のみに起こりうる少し特殊ケースだ。
人間として生きている以上、大なり小なり重みは張り付くもんだ。これは「知恵」という概念を持って生きている人間の宿業と言ってもいい。どんな聖人だって死ねば多少なりとも重みはあるもんさね。
だが、生前に「悪人」というレッテルが貼られている人間の魂に張り付いている重みの量は半端でない。そして重みが付いたまま次の生物に転生させてしまうとほぼ確実に生まれて1、2年で死んでしまう。もしも生き残って成人したとしても、価値観が他の人と大きく異なる「性根の歪んだ存在」になる可能性が高い。この事を我輩は「重みに引きずられる」と呼んでいる。そのまんま、とか言うな。
その様な魂から重みを取り払う行為を「魂の浄化」と呼ばれている。そして「魂の浄化」を行う場所こそ地獄と呼ばれる場所であり、我輩達悪魔はその行為を手助けする存在なのである。
我輩達は実はある意味神聖な行為をしているのだが、これがまたその事にいては全く世間には知られてないんだよな。まあ浄化するのが一番手っ取り早いのが貴殿達の言う処の肉体労働、昔の言い方をするならガテン系の仕事をさせる事なので、ある意味魂を苦しめているのは確かなんだけど。
もっともあまりに重みが多すぎて悪事に魂の根幹が汚染されている、俗に言う「腐った魂」を輪廻の道から外す行為、すなわち「魂の消去」を行うのも我輩達悪魔の役割だ。そういった事もしているから、我輩達は「悪魔」と呼ばれている訳だ。


もっともこれは我輩達が「悪魔」と呼ばれているあくまで一因にでしかない。我ながらうまい事を言った。
悪魔が「悪魔」と呼ばれている最大の要因は、人間を堕落させる事だろう。実はこの事も正鵠な事を指していない。続いてはこの事を説明しよう。

悪魔と言ったら床に魔法陣を書いてポーピョポピョポヒョポポノピョーとか呪文唱えて召喚して、願い事を叶える存在だと認識している人も結構いると思う。実はこの事こそが我輩達が悪魔と最大の原因なのだ。
神も悪魔も実は貴殿達よりも高次元の存在である。貴殿達が3次元の存在としたら、我輩達は5次元の存在に該当する。よって神も悪魔も貴殿達の住む世界にある程度「融通が利く」存在なのである。どういう意味かと言うと、我輩達は貴殿達の世界に事象を書き加えたり書き直したり出来るって事だ。
何?もっと訳が分からなくなっただと?具体的に例をあげるなら、貴殿達が紙に絵を書いたり文章を書き直したりするのと同じ感覚で、我輩達は貴殿達の住む3次元の世界に干渉出来るって事だ。

んで。神も悪魔も同じ事が出来るんだけど、問題は召喚された際に願い事を叶える方法の基準が違うのが2つの存在を違う存在と認識されている原因なのだ。
神は基本的に大人数の総意を汲み取った内容の願い事を叶える。分かりやすく言うと、多人数の嘆願書を提出された内容のみを神は叶える様にしている。
対して悪魔は呼び出されたら人数なんて関係なしに召喚主の願いを叶えてしまう。変な言い方すれば神は国会議員型の、悪魔は地域密着型の願い事を叶える存在だと思えばいい。
そんでもってだね。悪魔は呼び出されたらポンポン願い事を叶える(神と比べたら)お手軽な存在なので、神と比較するとあからさまに召喚される事が多い。
そして少人数の願い事というのは、悲しいことだが個人的かつ身勝手な内容が多い。ぶっちゃげて言えば「悪事に関わる内容の願い」が多い。つうか殆どそうだったな、我輩が召喚された時は。
そんな人の悪事の手助けする内容の願い事でも叶えてしまう存在だからこそ、我輩達は「悪魔」と呼ばれている。しかしどう考えても「悪魔」と呼ばれている原因は、貴殿達人間が悪事に関わる事ばかり我輩達に願いを叶えさせている所為な気がするのだが。どっちが本当の「悪魔」何やねん、正直な話。

我輩達を呼び出す術が確立してから中世までの時代は、頻繁に我輩達悪魔を呼び出しては悪事に手を染める人が多かった。中には教会関係者までいた始末だったなあ。
そんな訳で当時は地獄での仕事に支障を来たしかねない程、悪魔は忙しかった。中には30年近く地獄での仕事を休んで現世を駆けずり回った悪魔もいたし。
はっきり言って悪魔にとっては「願い事を叶える」という仕事は本業ではなくアルバイト、否ほとんど慈善活動と言ってもいい。こっちの見返りは殆どないし、悪名ばっかり増えていくし。悪魔と取引する際に魂を捧げるって意味も、悪事を働いたから死後地獄に来てしまうだけだし。

妙な話だが我輩達悪魔は言動はともかく根が真面目な者が多く、仕事に対して責任感が強い。こういった処は天使だった時と同じな訳でして。
そういった理由から、本業に支障が出るのを嫌がる悪魔が多数出てきた。そこで我輩を含めた高位の悪魔が、やたらめったら面倒くさい手順を踏まないと悪魔召喚の術が発動できない様にしてやった。正直、当時は我輩もめんどくせー仕事を人間に押し付けられた時もあったし。
その結果、一部魔法使いと言われる人間達から使い魔がどーたらとかクレームこそ来ていたが、我輩達を召喚する人は激減した。これによって我輩達は本業である地獄の仕事をする事が出来るようになった。
・・・・んだがな。つい先日までは。


えーっと。
貴殿達はこの文章を読んでいるという事は、インタネーットを少なからずとも使用方法が分かっているのだろう。
では『悪魔召喚プログラム』と言うのを知っているかね?
何、聞いた事がない?だったらググル先生に聞いてみるといい。検索すればそこそこ前の方でそんな名前の無料でダウンロード出来るフリーソフトが出てくる筈だ。「何だ、これは」と思うだろう。我輩だって始めて聞いた時は同じ事を思ったし。
このソフトの用途。は、ぶっちゃげて言えば『悪魔を召喚するフリーソフト』である。ゲームではなく本物の悪魔を呼び出してくるのだから、性質が悪いと言わざる得ない。

『悪魔召喚プログラム』、略して『あくプロ』。このソフトを使えば、我輩達が散々苦労して作り上げた面倒な課程をすっ飛ばして、パソコン上でワンクリックすれば悪魔をいつでもどこでも召喚して願い事を叶えてくれます!しかも容量が軽いからiPadにもダウンロード可能!更に叶えたい願いのランクに応じて呼び出したい悪魔を自動検索してくれる機能付き!更に言葉も召喚者に合わせて悪魔に強制的かつ自動的に翻訳させるマルチ振り!
これだけ機能が充実していて何とダウンロード料はロハ!何てお得なソフトでしょう!!


ふー ざー けー 
      るー なー。


まあ、そんな訳で今となっては中世時代よりも頻繁に悪魔が召喚される日が来てしまいました。ワォ、素敵だね。ふざけんな畜生。
ええ、まあ人間にとっちゃあいい事でしょうよ。手軽に願い事を叶えてくれる悪魔が簡単に召喚できるんだし。しかし悪魔にとっちゃロクでもないことこの上ない。本業に差しつかえありまくりな状態だし。
もっとも、仮にも「悪魔」とカテゴライズされている我輩達。大っぴらに召喚するのは幾らなんでも世間体が悪いらしく、こそこそと深夜遅くに召喚する人が多いのがまだ救いかな。昼間に大通りのど真ん中で呼び出されたらどうしたらいいのか、我輩にも分からないわ。
でもまあ、手軽さも相まってかどうしようもない願い事が多いのが確かだ。知り合いには『お化け屋敷の出し物として出てくれ』とか言われた事があるらしい。そのくらいは自分達の力でやれ、と。
ちなみに我輩達を召喚してくる人間の職業の4割近くが「小説家」とか「漫画家」とかだったりする。願い事の内容の4割は「ネタをくれ」、4割が「〆切を延ばしてくれ」、残り2割が「アシスタントしてくれ」らしい。中には専属の原作者まがいの扱いを受けてる悪魔もいるそうで。いいのか、それで。
実は我輩も漫画家のアシスタントをした事があるが、あれは凄いね。修羅場だね。電話の音が鳴り響くたびに発狂している姿を見ていると、何か妙に生暖かい気持ちが湧き上がってくるね。
しかし双頭の烏で首から下から人間の存在が少女漫画のベタ塗りしているのはめっさシュールだと思うのだが。あの時に仕事場に居た人間は誰1人として驚いてなかったな。人間の適応能力、侮りがたし。
つうか慈善活動とは言え、仕事の内容を選びたいですよ。真面目な話。


さて、超長ったらしい説明はここまでにしよう。
んで。今の我輩の状況はと言うと、まあ現世に来ている。まあぶっちゃげて言えば『あくプロ』使って召喚された訳でして。
召喚したのはそこそこ大柄な日本人、の男性の様だ。体格に似合わず顔は純朴そうで大人しい感じがする。基本的に人格は表情に表れる事が多いから、まあ性格のそんな感じなんでないかな。
・・・正直、何でこんな奴が悪魔と罵られている我輩を呼んだのか分からんのだが。そんな事する奴に見えないんだがなあ。
ところでさっきからこの男、呆然としている様なのだが。そらまあ目の前にいきなり2つの烏頭が生えている人間みたいなモノが現れたら、ビックリするのはしょうがないかもしれんが、悪魔を召喚した時点で「変なもの」が出てくる位の心構えをしておけや。

「えーっと。何の用だ人間。」
「え?ああ、ええ?」
「どもるな。何か用件があって我輩を召喚したんだろう。」
「あ、ああそうだ。実は頼みたい事があるんだ。」
「ふむ?何だ言ってみ?」
「俺の名前は『青木かずと』って言うんだがな。」
「ふむふむ。」
「実は・・・彼女が欲しいんだ。」

・・・・・・・・・。

「はぁ?」
「実は俺6人兄弟の長男なんだが、両親がもう亡くなっていたな。まあ保険とかのお蔭で生活には特には困ってないんだが。」
「はあ。」
「しかしこの頃になって、弟達が『母ちゃんに会いたい』って愚図ってな。」
「ふむふむ。」
「だからせめて母ちゃんに似た彼女でも作って会わせてやりたいんだが・・・。俺、そういった方面に疎いから、悪魔にでもお願いして彼女を作ろうかと・・・」

・・・・・・・・・。

「どうかしたのか?肩が震えているが?」
「ふ・・・」
「ふ?」

「ふーざーけーぇーるーなあーーーーー!!!!」

我輩は思わず怒号をあげていた。目の前の男が言ってきた願い事が、あまりにもくだなら過ぎて。

「お前、それこそ自分の力でどうにかするべき問題じゃねえか!他人本願ならぬ他悪魔本願してんじゃねーよ!」
「いや、女性に付き合ってくれってどう言えばいいか分からないし。自分の容姿にも自信ないし。」
「自分を磨けよ!ナンパテクニックを学べよ!そういった事をまず自分から努力せんでどーすんだ、お前!?」
「ええっ?何で悪魔が常識的な事を言ってくるの?」
「悪魔だって常識とか良識とかくらいなら持ち合わせているわ!悪魔なめんな!!」

その後、我輩は目の前の男こと『青木かずと』に対してこんこんと説教を続けた。およそ30分くらい。
まあ正直な話、青木かずとからしてみれば納得がいかないのは確かだろう。願い事を叶えて貰おうと思って呼び出した悪魔に、人の道について説教されるとは神も知りえないだろうよ。うん、我輩いま良い事を言った。

「第一だな。我輩がお前の彼女を作ったとしても、その彼女をお前の弟達が母親代わりのように見るとは限らんだろうに。」
「そうかも知れないけど。でも弟達にそういった女性に会わせてあげたいんだよ。」
「うーむ。」

まあこんなバカ臭い内容の願い事を悪魔に願う奴だが、青木自身は結構真面目に考えているようだ。
確かに我輩の力を持ってすれば、どこかの女性を洗脳などして青木の弟達を納得させる「彼女」を作るのはたやすい事だ。しかし、そんな非人道的な手段は出来れば避けたいし、青木自身もそこまでして彼女が欲しいとは思ってないだろう。
うーむ。要するに、だ。

「要するに、お前の弟達が納得する女性がいればいいんだな?出来れば肉親の。」
「まあ、そうなるな。」
「んじゃ簡単だ。お前、女になれ。」

我輩の一言で青木が硬直する。うん、まあ、予想通りだったが。

「・・・ど、どういう事でして?」
「要するに、お前が『姉』になって、母親代わりをすればいいんだよ。想像だけど弟達はお前に懐いているんだろ?」
「ああ、そうだけど。」
「だったらお前という存在が女性となるのが、一番弟達にとって納得がいく存在になるだろう。」
「いや、だけど・・・。」
「大丈夫、大丈夫。10日たったら元に戻してやるから。その間だけ、『姉』を演じればいいだけだって。ちとドタバタするかもしれんが、大きな問題にはならないって。」
「む、むむむ・・・。」
「一時的とはいえ『女』になるなんて、恐らく生涯の中でも二度と体験できない貴重な経験と思えばいいじゃん。何、大したことじゃないよ。」
「むぅ。それなら・・・。」

おっし、口車に乗せる事に成功っと。心の中で思わずガッツポーズを取る我輩。
まあ一時的に女性になるだけだし。一応アフターサービスで元に戻ったら女性になっていた事について周囲の人間の記憶も消す配慮をするつもりだ。
青木にしてみればちょっとした気分転換になるんでないかな。まあ、彼の人生を狂わすような大きな問題なんか無いだろう。


・・・と、その時は思っていたんだ。

男の子が女の子に変身
キャラデザイン:うつき滄人 http://utukiaoto.fc2web.com/

<後編につづく>

悪魔を呼んでみよう (30) 最終回

作.DEKOI
イラスト.神山 響

俺・・・いや、私が先日まで在学していた高校から遠く離れた場所に彷徨うようになってから、8日が経とうとしていた。
私は今はビジネスホテルを借りて生活している。2日と同じホテルに泊まっていない、流浪人の様な生活をしていた。ある理由により、私は手持ちにそれなりの額の金を得た為、この様な生活をする事を可能としていた。
そして私が流浪人の様な生活をしているのは、「彼女」に自分の居場所を見つからない様にする為である。恐らく「彼女」居場所を探ろうとするだろうが、見つかる訳にはいかないのだ。彼女自身の為に。

・・・・違うな、私が「彼女」に顔見世が出来ないと思い込んでいる為だ。
つい先日、私は「彼女」の前で本性を剥き出しにした。最後から2人目の人物を壊そうした時、「彼女」の叫びを聞いて我に返った。そして自分がしようとした事に愕然とした。
あの時の私は、『周りに居る人間全てを害そう』と考えていたのだから。暴力に酔いしれ「彼女」をも、自分よりも大切な人物を手にかけようとしていたのだから。
やはり、私は「壊レタ人間」なのだ。そんな私が「彼女」の・・・紗枝の側に居る訳にはいかない。居る資格すらない。
それ以上に、私は紗枝に拒絶される事を恐れている。だからこそ、私は紗枝の前から姿を消したのだ。

私は手荷物をまとめると、部屋を出た。エレベーターに乗りロビーがある場所まで降りている間、私はここ数日の事を思い出していた。
飯塚重治。紗枝を拉致し恥かめようとした為に、私の暴力の餌食となり、結果として精神崩壊をして廃人となった男。いま思い返してみれば、彼も哀れな存在だった。
あの傷害事件の後、私は個人的に飯塚の父親に出会った。そこで飯塚の父親は私には想像も出来ない事を口にした。

「君には感謝しているよ、あのバカを処分してくれて。」

飯塚は父や祖父のすねをかじっていた。そして学校で問題を起こす度に彼の父親はその権力を使ってもみ消していた。これは実は飯塚の事が可愛いからやっているのではなく、父親の名前に傷が付かないようにする為だけの配慮だったのだ。
飯塚はその事を理解せず、愚行を繰り返していた。父親にとって飯塚は邪魔かつ迷惑な存在にしか過ぎず、「事故でも起きていなくなって欲しい」と常々から考えていたらしい。
そしてつい先日、飯塚は私が起こした惨劇を目の当たりにして発狂してしまった。そのお蔭でもう息子の為に気苦労をしなくて助かったよ、と私の前で飯塚の父親は語っていた。嬉々とした表情で。

恐らく飯塚は父親から愛情を受けてもらってないのに気がついていたのだろう。それ故に父の虎の皮を借りて我侭な行為を繰り返していたのではないか。それが父親を困らせる為か、それとも父親が自分の事を気にかけてくれる様にする為なのかは、もう分からないが。
飯塚も私と同じく、父親の愛情を受けていなかったのだ。言わば私と飯塚は同じ立場の人間だったのだ。もしも、私と飯塚が少し前から出会い、話合ってたら友情が築かれていたかもしれない。
もっとも、これはもう想像とか妄想とかいった内容であるが。

私は飯塚の父親に退学届を提出すると、彼は私が少年院に入らなくて済む手続きと、かなりの額のお金を渡してくれた。
お金はこれからの私の生活費ではなく「謝礼金」である事、そして少年院に入らなくて済む手続きもまた彼からの「お礼」であった。
実に腐り果てた性根である。言外には出さないが、「実の息子を廃人にしてくれてありがとう」と言っているも同然の行為をしたのだ、飯塚の父親は。親としては、私の父以上に失格な存在であろう。
お金を受け取らない事も考えていたが、直ぐにでもいま住んでいる市街から出て行くことを考えていた私は、内心かなり苛つきながらもお金を受け取ってその場を後にした。
そしてアパートを引き払うと私は流浪の、いや紗枝から逃げる為の生活をする事になったのだ。

その様な事を考えている内に、エレベーターは止まりロビーのある広間に出た。私は手早くチェックアウトの申請を終えると、外に向かって歩き出した。
私はふと、紗枝は今どうしていのかなと考えた。あの惨劇を目にして心が沈んでいるだろうが、立ち直ってくれているだろうか?私という恐怖の対象が居なくなって清々としているだろうか?それとも私が居なくなって寂しい思いをしているのだろうか?
どちらにしても、私は紗枝にもう二度と会うつもりは無い。今は日本にいるが、2週間以内には海外に出る事ができるパスポートが発行される筈だ。そうしたら私は日本を離れるつもりでいる。そして二度と日本の土を踏む事なく人生を終えるつもりだ。彼女に永遠に会うことは無くなるだろう。
・・・・。本音を言えば、紗枝に会いたいという気持ちは今も強く胸に抱いている。もう一度彼女を抱きしめて、彼女の感触を、匂い味わいたい。彼女の笑みを見つめていたい。
しかし紗枝の幸せを考えれば、私という存在はもう彼女に関わる様な事はするべきではないのだ。
それでいい、と私は思っている。いや思い込もうとしている。全ては紗枝の為なのだ。そう思い込まないと、私は自分の心に押し潰される。彼女に会えなく、寂しいという思いに。

暗澹たる思いを抱きつつ私はホテルの勝手口から外に出た。いつの間にかうつむいてた顔を上げた。
上がった視線の先には一本の細い街路樹が生えていた。その前に、1人の人物が私の方を向いて立っている。その人物は、

「馬鹿な・・・。」

思わず私は独白した。何故だ、どうして何だ。
会いたいと思っていた。それでも会ってはならないとその思いを封じ込めていた。二度と会わないと決意していた。
なのに、何故お前がここに居る。何故、君が私の前に立っている。
どこか私を咎める目で。なのに笑みを浮かべながら。私を見つめているその人物。

石塚 紗枝。

私にとって誰よりも大切な人。自らの命よりも大切な人。だからこそ私は君の前から立ち去ったのに。

「何故・・・君が、ここに居る?」

呆然としながら、愕然としながら私は彼女に声をかけた。

「いいでしょ。そんな事。」

対して彼女は笑みを浮かべながら私の方を歩いてくる。反射的に私は後ずさりをしていた。

「逃げないで。」

紗枝が私の行動を察してか、釘を刺すように声を出した。その言葉に私の身体は膠着する。
彼女は、紗枝はそんな私のすぐ前に立った。久しぶりに見るまじかに居る彼女。その顔は少し怒っている様に見えた。

「10日・・・ううん11日振りね。久しぶりでない筈だけど、何か久しぶりな感じがするね。」
「そうだ・・・ね。」

紗枝の言葉に私は口を濁す。

「わたしね、貴方が武術を習っていた先生に会ったの。そして貴方の事を聞いてきた。」
「そうか・・・。なら、分かっているのだろう?」
「貴方が、人を傷つけるのに喜びを感じる人だって事を、ね。」
「そうだ。私は・・・俺は、人として間違っている人間だ。だから・・・」
「だから何よ!」

突然怒鳴り声をあげる紗枝。俺は萎縮した様に身を震わせた。
彼女は怒っているようで、泣いているような複雑な表情で俺を睨む。両目の端に涙が浮かんでいるのが分かる位、俺と紗枝は接近していた。

「貴方が居なくなって、わたしがどんなに辛いと思ったと思うの?一枚の便箋しか用意しないで勝手にわたしの前から居なくなって!」
「しかし、俺は!君を・・・紗枝を傷つけたくない!君には幸せになって欲しい、しかし俺では君を不幸にする事しかできないんだ!」
「そんな事ないよ!貴方が居なくなることが、わたしには一番不幸だって事に何で分からないの?貴方が居ないのがわたしには一番、一番辛いって事に!」

紗枝の言葉に俺は衝撃を受けた。
俺は自分が紗枝の側に居る事が不幸にすると思っていた。しかし紗枝は俺が居ない事がもっとも不幸だと言ってきた。
そんな馬鹿な。人間として破綻した俺が、君の側に居ていい筈がない。君を幸せに出来るはずがない。

「だけど俺はあの時、君を壊そうとも考えていたんだ。俺が君の側に居ては・・・何れ俺は君を傷つけ、『壊そう』とする。だからこそ俺は・・・」
「でもあの時、飯塚先輩がわたしを辱めようとした時、貴方は真っ先に駆けつけてくれた。その時、貴方は怒っている様に見えた。それは何故?」
「それは・・・」

そうだ、あの時俺は怒っていた。自分よりも大事な人を辱めようとした奴等に対して怒りを感じていた。あれは自分以外が紗枝を壊そうとしているのに怒っていたのか?
違う、決して違う。紗枝を傷つけようとする奴等に対して、紗枝を守りたいと思っていたからこそ感じた怒りだった。
あの後、暴力を振るう事に対する愉悦が俺を支配したが、羽交い絞めにされている紗枝を見た瞬間は、間違いなく彼女を守りたいが故の怒りを感じていた―――!

「誰だって暴力をふるえば、自分よりも弱い人を甚振るのを楽しいと思う感情は誰にでもある。貴方だけじゃない、わたしにだってそれはある。」
「紗枝・・・。」
「貴方は、その感情を恥じている。それは貴方が誰よりも優しいから。本当に誰一人として他人を傷つけたくないと思っているからこそ、その感情を強く封じ込めている。だから一度その蓋が剥がれてしまうと、人を傷つける事に喜びを見出す感情が強く表れてしまう。ただ、それだけなの。」
「・・・。」
「だから自分をそんなに追い込まないで。貴方は、貴方は自分で思っている以上に普通の、他の人と同じ人なの。」
「俺は・・・。」
「それでも貴方がその事を恐れているなら、わたしが止める。貴方を止めてみせる。だから、お願い。わたしの前から居なくならないで!」

紗枝はそう言うと、俺に抱きついてきた。俺の耳に嗚咽が流れ込み、胸元を彼女の涙が濡らしていくのを感じていた。
俺が普通だと・・・?そんな事がある筈ない、そう思っていた。
だが紗枝は、そんな俺を認めてくれた。俺は普通なんだと。そして俺が暴走したら止めてくれると。

「はは・・・」

俺を認めてくれる。自分が狂っていると、壊れていると思っている自分を、誰よりも大切と思っている人が認めてくれた。
目から熱い物がこみ上げてくる。これが一体何なのか自分でも分からない。生まれて始めて認識する思い。

「はは・・ははは・・・」

ああそうか。これが涙なのか。あの男に虐げられていた時も流した事がなかったのに。何故に今、流れようとしているんだ。

「はははははは・・・・」

口から笑い声が流れる。そうか、そうなのか。人間ってのは不思議な生物なのだな。

心から嬉しい、心から喜びを感じる時でも、涙とは流れるものなのか――――――――!!!


「馬鹿だな、紗枝は。こんな俺を認めるだなんて。」
「当たり前でしょ。わたしは貴方の事が、『好き』なんだから。」
「俺の事が?」
「ずっと前から。わたしが男の時からずっと貴方を意識していた。でも同性だからわたしはそんな事を感じている事すら理解していなかった。」
「男の時から・・・か?」
「だからわたしは女になったの。男では絶対に叶えられない、だけど女であれば叶えられる願いを持っていたから。」
「そんなまさか・・・。」
「だから、今のわたしは幸せなの。本当の願いが叶ったから。貴方に、義一君に自分の思いを告げられるという願いが―――――」

俺は紗枝を、心から『愛しい』と感じる人を抱きしめた。1年前以来に味わう彼女の身体の感触を、匂いを味わう。
そうだとも、俺も紗枝を愛している。少女の姿として俺の前に現れたその時からずっと、ずっと。
何と俺は愚かだったのだろうか。自分がまず幸せを感じなくては、他人に幸せを与える事など出来る筈がない。そんな当たり前の事を理解していなかったのだ。

目の前の少女が俺を強く抱きしめてくる。俺も彼女を抱きしめる。俺達はただ、そうしているだけで幸せを共感していた。

*****************************************************************

やれやれ。人間とは面倒なものである。
私が潜んでいる木のすぐ下で、私との契約者とその思い人が抱き合っているのを見つつ、私はそう思った。
どうせなら勢いに任せて接吻くらいしろとか思うが、まあ朝早いとはいえ人通りもあるしな。そこまでは至らんだろうか。


さてここまでが私が最初に語った「一味変わった内容」のお話だ。如何だったかな?
荒唐無稽な話だって?そらまあ悪魔なんつう者が関われば、どこかおかしい話になるわなぁ。
あ?ここに基本的に掲載されているエロいR-18ネタはないの、かだと?五月蝿いな、無かったんだからしょうがねぇべや。未遂はあったけど起こらんかったし。

さて皆の衆、悪魔の願い事には「3つの願い」が基本なのを知ってるかね?え?それはランプの話だろ??気にするな、そんな事。似たようなもんだ。
我は契約者、石塚さとる改め石塚紗枝に既に2つ願い事を叶えた。
1つ目は「刺激的な人生を与える事」。まあそれは女性化して人生観が一変した事で叶えたと言えるだろう。
2つ目は「笹田義一の今の居場所を教える事」。まあそれの結果は私の下に居る2人の状況という訳で。

さて、ここで我は勝手に3つ目の願いを叶えてやろうと思う。恐らく今後、石塚紗枝が私を呼び出す事はないだろうから、まあ勝手に叶えさせてもらおう。いらぬお世話かもしれんがね。
どんな願いだって?それはこんなのさ。

『2人の今後に、幸があらん事を。』

・・・ん、なんだい?「悪魔」が何を叶えているのさ、だって?何を言っているんだい。

悪魔が他人の幸せを願うのが悪いなんて、誰が言ったんだい?

悪魔を呼んでみよう 挿絵4

<おしまい>

悪魔を呼んでみよう (29)

道場を出て家路に着いたわたしは、ただいまの挨拶もそこそこに自室に入りました。
どうしたらいいのか、分からなかった。何を考えているのか自分でも分からない。胸の真ん中に大きな風穴が開いた、そんな空虚な感じ。

義一君がわたし宛に書いた便箋には、自分の事を忘れろと書いてあった。自分は性格が破綻している人物。人を傷つける事に喜びを感じる人物。そんな危険人物である自分の事は忘れろ、という意味なんだと思う。
確かにその通りかもしれない。彼は平時は抑えていても、箍が外れてしまうと笑いながら人に暴力を振るい、害する人なのだから。
彼の事を忘れてこれからの人生を歩んでいく方が、わたしにとっていい事なのかもしれない。

「・・・嫌だ。」

忘れたくなんか思わない。忘れたくない。絶対に忘れるなんて、出来るはずがない。
小学生の頃からずっと居た。中学生の時もずっと居た。高校になってもずっと居てくれた。
世の中に色が無いと感じ、まるで虚構の世界で生きていた男時代のわたし。我侭と言うよりも世間にふて腐れていたわたし。
そんなわたしにいつも一緒に居てくれた彼。見ず知らずの女性を抱いたり、見ず知らずの人に喧嘩を売ったりして、特に目的もなく刹那的な生活をしていたわたしに、彼は昔からの様に接してくれた。

そうだ、あの時のわたしにはまるで昔のモノクロ映画を見ていたかの様な世界で、彼だけが色が付いていたんだ。
ああ、ああっ。そうなんだ。今更になって、ようやく気がついた。何時からかは分からない。でもわたしは昔から、男だった時からずっと・・・!!
伝えたい。ようやく、やっと気がついた彼への本当の気持ちを。昔からずっと抱いていたこの気持ちを、彼に伝えたい。伝えなくちゃならない。
でも、彼はとはもう・・・会えない。彼はわたしと会う事を、拒んでいる。
それでも・・・それでも!!

「嫌だよ・・・会いたいよ・・・。」
「彼は貴殿を拒んでいるのにか?貴殿の幸せを願う故に、彼は貴殿の前から消えたにも関わらず、に?」
「分かっている。でもわたしは、この思いを伝えたい。そうでないと、わたしは幸せになんてなれる筈がない。」
「・・・彼の意思は?貴殿の我侭を、彼の思いに関係なく押し付けるのは有りなのかね?」
「それでも、わたしは彼に会いたい!あと1回だけでもいいから、わたしは彼に・・・、・・・あれ?」

いつの間にか、わたしは誰かと「会話」をしている事にようやく気づきました。
声をした方に振り向くと、そこにはわたしの学習机があり、その上に1人の少女らしき者が座っていました。
「らしき」と表現したのは理由があります。その人物は、小学生と中学生の間くらいの年齢を想像させる少女でした。
ですが、身体の各部分から黒い体毛が生えており、頭には黒い犬耳、そして極めつけにお尻から七色に輝く蛇が生えています。
異形と表現してもおかしくないその姿。わたしは見た瞬間に思い出しました。記憶に間違いなければ彼女に会うのはこれで4回目。最初以外はこの姿でわたしの前に現れた存在。

男であった時のわたしが興味本位で呼び出した「悪魔」。そしてわたしを女性に変えた、わたしがいま居る世界よりも遥かに高次元な存在。

わたしが自分の事を思い出した事を把握したのか、悪魔は顔に少々皮肉めいた笑みを浮かべました。

「およそ1年ぶりかな。貴殿と会うのは。直接出会ったのはこれで2回目だった気もするがね。」
「そうね。でも何故貴方・・・いえ貴女がここに居るの?」
「貴殿が私を呼び出され契約を結んだ事により、貴殿と私とは魂でリンクしている。1回目はともかく、2回目以降は私は何時でも貴殿の前に現れる事が出来るのさ。貴殿が私を呼び出さなくてもな。」
「そうなん、ですか。」
「そういう事。さて貴殿はいま困っている事になっているようだな?」

「悪魔」は真剣な顔つきになると、わたしをジッと見つめてきました。その視線を逸らしたいけどそれはしてはいけない気がして、わたしも彼女を見つめ返します。

「そうよ。そうだけど・・・。」
「ふむ。では私は貴殿に2つの道を開いて進ぜよう。」
「・・・どういう事?」

「悪魔」が言っている事について、訳が分からずわたしは彼女に質問を投げかけました。対して「悪魔」は少々悪戯っ気な雰囲気を連想させる笑みを浮かべました。

「1つは、貴殿の記憶から笹田義一の事を完全に消去する事。」
「な、何を言って・・・」
「もう1つは。笹田義一が居る場所を教える事。」
「!」

「悪魔」の発言にわたしは絶句しました。前者はともかく、後者の事は願ってもいない事なのですから。

「そんな事、出来るの!?」
「勿論、私にかかれば赤子の手を捻るよりも簡単な事だ。」
「教えて下さい!彼は、義一君は今どこに?」
「まあ、待て。教えるのは構わないが・・・、敢えて条件、いやゲームをさせて貰う。」

いきり立つわたしに「悪魔」は人差し指を突きつけてきました。

「何のゲーム?」
「私はこれから貴殿に1つ質問をする。この質問に正しく答えられたら、貴殿に笹田義一の居場所を教えよう。しかし・・・」

そこで「悪魔」は再び真剣な面持ちになると、わたしの目をじっと見つめてきました。

「もし間違えていたら、貴殿の記憶から笹田義一に関する事を全て消させてもらう。」
「そ、そんな事、」
「出来るわけがない。と言うならば、私は貴殿に何もせずに立ち去ろう。だが今の彼は一箇所に定住せず、自分がどこに住んでいるかを誰にも特定出来ない様にしている。すなわち私にいま教えてもらえなければ、貴殿は一生涯、笹田義一には会えなくなる。それで良いのならば、だがな。」

何とも酷い「悪魔」からの提案です。これからの人生を彼の事を思いつつもしかし永久に会えないまま過ごすのか、彼の事を忘れる可能性があるゲームを受けるか。
ですが私は選択肢のどちらかを選ぶかを、速攻で決めてました。考えるまでもありません。

「ゲームを受けます。」
「いいのかね?」
「これからずっと会えない彼の事を思いつつ過ごすのは、わたしには耐えれませんから。」

そうだ。わたしは彼に会いたい。拒絶されてもいい、それでもいいからもう一度、彼に会いたい。
彼と別れてから10日しか経ってないけど、彼に、義一君が近くに居ないと思っただけでわたしの心が折れかねないほど、苦しく、辛い思いが胸に貯まってきているのですから。
「悪魔」はわたしの顔を見て首肯すると、真面目な顔でわたしの目を見つめました。

「では質問しよう。女変症が発症する要因とは何かな?」
「・・・え?」
「女変症の発症条件。それを貴殿が正しく答えてもらう。」

予想外の質問内容でした。よもやわたしがかかった病気、女変症についての質問とは思いませんでしたから。
わたしは困り果てました。世界中の医学者達が未だに悩ませ続けている病気の発症条件を、発症者とはいえ病気に対して専門的な知識がないわたしが答えれるとは思えません。
それでもわたしは諦めませんでした。この「悪魔」は妙に人が良いところがあります。今までの彼女の発言に、何かヒントが隠されているのではないか。わたしは「悪魔」の発言、そして行動を思い返して見ることにしました。

以前、夢の中で「悪魔」は、わたしを男性から女性に変えるのではなく、女変症という病気をこの世界に作り出したと言ってました。
そしてわたしは女変症にかかる要素を持っていたからこそ、発症したのだと。つまりわたしは女変症を患う「何か」を、男だった時から持っていたという事になります。
ここまで考えて、わたしはある事を思い出しました。かつて男性に戻ろうと躍起になっていた頃、わたしはインターネットを中心に女変症に関わる情報を得ようとしていました。その最中に、女変症を患い女性になった元男性のブログを幾つかを見る機会がありました。
その内容は、当初こそ自分が女性になった事に対して途方に暮れたり、悲観したり憤慨したりする物でした。ですが一ヶ月ほど経つと、殆どの人が自分が女性である事を受け入れ、そして半年も経過すれば女性になって良かったと記述されていました。
当時のわたしは「そんな馬鹿な」と思ってましたが、今のわたしは女性である事を受け入れてますけどね。やっぱ「初潮」はあまりにも自分が女性である事を痛感させられます。

閑話休題。

そんなブログの中で一際興味を引いた記述がありました。それは『女性になった事で、自分は本当の願いが叶えられた』という内容でした。
当時のわたしならば受け入れられない考えですが、今のわたしならばその事が理解できます。ほんのついさっき、その事に気がついたのですから。

・・・そういう事ですか。ほぼ直感ですが、わたしは女変症が発症する条件に気がつきました。何故この奇病の発症率が異様に低いのかという事も、この条件ならば合点がいきます。
全くこの「悪魔」は何てロクでも無い、そして「とても優しい」病気をこの世界に作り出したものです。本当に「悪魔」というべきなのでしょうか、この存在は。
わたしは「悪魔」の方を見ると、「悪魔」はわたしの考えなんかお見通しなのか、微笑んで肯きました。その笑みはとても優しいもので、「大丈夫、それで合っているよ」と言っているように思えます。
わたしは意を決して口を開きました。

「それは・・・」

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (28)

わたしは気を失ったままその場から運び出されたらしく、気がつくと保健室のベットで寝そべっていました。
周りには若菜ちゃんを中心としたわたしの友達が居て、気がついたわたしを見ると泣きながら力強く抱きしめてくれました。
そんな彼女たちの様子が少しだけ嬉しかったですが、それ以上にわたしの気持ちは沈んでいました。

次の日から一週間、学校は休校になりました。この学校史上最悪の傷害事件があった為、だそうです。
その傷害事件の現場にいたわたしは教育委員会に呼び出されて、事情徴収を受ける事になりました。わたしは出来る限りあった事を客観的に彼等に伝えました。
そしてそこで聞いた傷害の内容は驚くべきものでした。
飯塚先輩の取り巻き5人全員とも何で生きているのか分からないほどの大怪我をおっており、例え回復しても重度の障害が残るのは確実だそうです。
この事件の大元の原因を作った飯塚先輩は、外傷こそありませんが精神的には完全に破壊されており、これからの人生を廃人として生きていく事になるだろう、との事です。

そして加害者である笹田義一君は、一応は自主的にですが退学になった、と。わたしを助ける為とは言え、彼がやった事は明らかに過剰な行為だったからです。
事件があった3日後にわたしは義一君の住んでいるアパートを訪れましたが、既に彼は部屋を引き払っており、その姿も影も見る事は出来なくなっていました。


事件から10日後。わたしはある人物を訪ねにいきました。その人は義一君が習っていた武術の先生でした。
わたしは義一君の事を殆ど知らない事に今更ながら感じていました。彼の性格の事、彼の過去の事も。わたしは本当の義一君の事を知るために、彼が習っていた武術の先生の元に訪れたのです。

「義一の事を、知りたいのだね?」
「はい。」

武術の先生は、改めてわたしを見ると哀しげな表情を浮かべました。

「義一はな・・・狂人なんだよ。いや、性格破綻者と言うべきかな。」
「・・・。」
「あいつはな。人を傷つけ、壊す事に喜びを感じる人間なんだ。」
「そう・・・なのですか。」

正直、先生の言ったことはショックを隠しきれませんでした。
ですが、先生が言っている事が正しい事を理解できてます。わたしは・・・彼が人を壊しながら笑っていたのを、まじかで見てしまったのですから。

「そんな自分を、あいつは心の底から恥じていた。そんな自分を変える為に、多くの修練を積むことで精神修行をし、自分を律しようとしていたんだ。」
「そうだったのですか・・・。」

義一君が多くの習い事を受けているのを知っていましたが、実はそんな理由だったという事をわたしは始めて知りました。

「義一が友達を作りたがらないのを知っているだろう?実はあいつは親しくなった人を壊したくなかったからなんだ。自分に係わり合いを持ったら、その人を自分は害するかもしれない。そんな思いがあいつにあったのさ。」
「・・・。」
「常に鉄面皮の様に感情を表さなかったのも、自分の本性を隠すための義一なりの防衛手段だったんだ。」
「・・・。」
「人を壊したい、でも他人を傷つけたくない。そんな矛盾した思いをあいつはいつも抱えていた。苦しかったろうなぁ。あいつはずっと2人の自分の間で葛藤していたんだよ。」

先生は義一君の過去についてもわたしに教えてくれました。父親から物心がついた時から虐待を受けていた事。自分を庇ってくれていた母親を、父親が殺してしまった事。自分はそんな父親を、笑いながら殺してしまった事・・・。
そして、先生は彼がわたしを壊したいという欲望を抱いていた事を伝えてくれました。そうでありながら、わたしを傷つけたくないという思いも抱いていた事も。

「君の事を何よりも大切に思っていたんだよ、義一は。だけど君が自分にとって一番大切な人だからこそ、壊したいという欲望をアイツは持っていた。それでありながら、君を傷つけたくないという思いも抱いていた。」
「・・・。」
「俺の元に修行をつみ始めた頃からずっと、義一は相反する考えを持つ自分自身について悩み、苦しんでいた。ここ1年の間は特にその傾向が強かったよ。君の事を強く意識していたからだろうね。だからこそ、アイツは君を避けていたんだ。自分自身から君を守る為に。」

苦しんでいたんだ。ずっとずっと前から、わたしと始めて出会って時からずっと、自分の事について悩み苦しんでいたんだ。
わたしが女になり、自分に起きた事に対して不平不満を言ってた時も、その事に悲観していた時も、義一君はわたしを支えてくれていた。自分はそれ以上に苦しんでいたのに。
友達だったのに、親友と言える存在だったのに。彼の苦しみをわたしは理解していなかったんだ。
わたしは自分の事ばかり考えていて、彼に頼ってばかりいたのに。そんな彼を、わたしは・・・。

「彼は・・・義一君はいま何処にいますか?」
「悪いが、君にその事を伝える訳にはいかない。」
「どうして?」
「あいつからの唯一の頼みごとだからさ。『紗枝にだけは自分の居場所を教えないでくれ』ってね。」
「そんなっ。」
「そして、こいつはアイツから君への文(ふみ)だ。」

そう言うと、先生は懐から一通の便箋を取り出して、わたしに渡してくれました。
書かれている内容はほんの数行。

『紗枝、怖い思いをさせてすまなかった。』
『君には俺の本性を知られたくなかった。』

そして・・・。

『俺の事は忘れて、幸せになってくれ。それが俺からの、君への唯一の願いだ。』

不意に視界が歪む。間を置かずにわたしの目から涙が溢れ出し、便箋に書かれている文字を滲じましていく。

「馬鹿・・・。」

便箋がくしゃくしゃになるほど握り締め、わたしは声を絞り出す。
長い間ずっと、わたしに自分の本当の姿を見せなかった親友に対して怒りが込み上げる。
彼の苦悩を理解しようとしていなかった、わたしに対して悔しさが沸いてくる。

「馬鹿、馬鹿・・・。」

顔も見せず便箋一枚だけを置いて、わたしの前から消え去った彼。
自分の方が辛いはずなのに、それにも関わらずわたしの事を心配している彼。
いつも側に居て、わたしを支えてくれていた彼。
わたしにとって、大切な大切な、誰よりも大切な存在である彼。

そんな彼に。もう二度と会えない。
その事がとても辛くて、苦しくて。哀しくて。

「馬鹿あぁぁぁ!!!」

わたしはあらん限りの大きな声で、叫ぶ事しか出来なかった。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (27)

笑っている。
義一君が、笑っている。
いつも鉄のお面を被っているのではないかと思うくらい無表情で無感情な義一君が、笑っている。
人を痛めつけ、傷つけ、「壊し」ながら。
とても楽しそうに、笑っている。

それはあまりにも一方的な暴力でした。
飯塚先輩の取り巻きである、うちの学校で「不良」のレッテルが貼られている男子生徒達。彼等の何人かは暴力事件を起こしていた筈です。にも関わらず何故かお咎めなしなのは飯塚先輩がバックに居たからでしょうか。
そんな彼等が、今や悲鳴をあげ、地面をのた打ち回り、果てには命乞いまで始めています。哀れとも無残とも言える無力な姿を晒しています。
当初こそ義一君に対して迎撃しようと近くにある物を持って立ち向かう人もいましたが、義一君の圧倒的な技量と、なによりも物理的圧力があるのではないかと思える「狂喜」に押し潰されて、なす術も無く彼に叩きのめされていたのです。
男子達はいつもの高圧的な態度はなりを潜め、必死になって命乞いをしますがそんな哀れな彼等に対して、義一君は更に苛烈な暴力を奮っているのです。その行為は人を傷つけるのではなく、殺すのでもない。生きたまま原型を留めない状況まで追い込む「破壊行為」。

ある人は四肢を完全に潰された後に股間を叩き潰され。
ある人は目を潰され、耳を裂かれ、口を抉られ、原型を留めない程、顔面を変形させられ。
ある人はありえない角度に背骨が折り曲げられ。

それはまさしく、殺戮の宴。

いつも思っていた。義一君の笑顔が見てみたいと。
でも、こんな状況下での彼の笑顔を見たいなんて、欠片も思っていなかった。
残虐な行為に愉悦し、暴力に陶酔する義一君。笑いながら暴力を振るうその姿に、わたしは「鬼」を連想していました。


気がつくと、この場で人の形を残しているのは3人だけになりました。わたしと義一君、そして飯塚先輩。それ以外は人間の形を失った微かにうごめく肉塊と化していました。
全身を返り血に染め上げ、ゆっくりと義一君は飯塚先輩の方に振り向く。その顔には満面の笑みと、そして哄笑とも言うべき声が流し続けています。
腰が抜けたのか飯塚先輩は這い蹲りながら逃げますが出入り口とは逆の方向に向かってしまい、すぐに壁に突き当たってしまいました。
飯塚先輩は「来るな、来るな」と大声で叫びますが、義一君がそんな事を聞き入れる筈がありません。ゆっくりと、まるで飯塚先輩の今の様子を楽しむかの如く、義一君は飯塚先輩の方に向かって歩いていきます。
そして飯塚先輩のすぐ側に来ると勿体つけるかのようにゆっくりと右腕を振り上げていきます。その様子を見て飯塚先輩は意味をなさない声を叫びます。

そして右腕が頂点に到達すると、勢いよく手が飯塚先輩に目掛けて振り下ろされる――――――!

嫌だ。
彼が、義一君がそんな行為を、暴力に酔いしれる姿など見たくない。
貴方がそんな事を、して欲しくない。
貴方はそんな人じゃない!!

「止めて!」

わたしは気がつくと大声で叫んでいました。
その声が届いたのか、義一君の次の瞬間、ビクリと全身を痙攣させて止まりました。右手は飯塚先輩の頭頂に達する寸前で静止しています。

「お願い、止めて・・・。」

わたしは泣きじゃくりながら、同じ事を言いました。涙が後から後から、流れてきます。そんなわたしの様子を、義一君は呆然とした状態で見ているようでした。
わたしは泣き続け、義一君は硬直した状態がしばらく続いていると、どこからか声が流れてきました。

「ヒ、ヒヒヒ・・・ヒヒヒヒ。」

それは正気を失ったとしか思えない、乾いた笑い声。声の流れて来る方を向くと、そこには飯塚先輩の姿が目に入りました。
いいえ、あえて言うなら飯塚先輩だった人と言うべきでしょうか。黒かった髪の毛は全て真っ白に変わり果て、生気を全て失ったのか様に肌は皺だらけになっています。もし知らない人が今の飯塚先輩の姿をみたら、80を過ぎた老人を連想するのではないのでしょうか。
飯塚先輩は股間から湯気を立てながら、明らかに正気を失った目で笑い続けていました。

「義一君・・・。」
「・・・すまない・・・。」

一旦は飯塚先輩の方を見ていた義一君は再びわたしの方を一瞥すると、身を翻して倉庫から出て行きました。
その時の彼の顔はとても悲しげで、とても辛そうな、そしてとても寂しそうな表情を浮かべていました。

義一君の姿が見えなくなるとわたしは緊張が解けてしまった為でしょうか、遠くで足音が聞こえてくるのを感じつつ意識を失ってしまいました。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (26)

「何だ、笹田、だったかお前?何のようだ?」

しばし呆然としていた、私の視線の先にいる6人の男子の1人が我に返ったかのようになると、私に声をかけてきた。
それに対して、私こと笹田義一の反応は、無言。

「僕が誰かは分かっているんだろう?」
「・・・。」
「ふん、お前僕にたて突こうってのかい?僕が誰かが・・・。」

三流の小者そのものの台詞を語るその男の台詞など、私の耳に入っていなかった。
こいつが誰なのかは想像がついていた。遠目にしか見た事はないが、恐らくこいつが飯塚重治。親の威をかる狐。
確かにこいつにたて突くことは、この男の親に今後の生活に対して何かしらの都合の悪い事をされる事を意味している。
打算的に考えれば、この場で行われる事に目を瞑り、彼に手出しをしないのがいいのだろう。今後の私の学生生活を含めて人生の事を考えれば。その程度の冷静な思考が出来ない私ではない。

・・・ふざけるな。

グダグダと自分にたて突くことが如何に不都合なのかを喋る男の事など、「俺」には眼中になかった。
俺の視線は、この場に唯一いる女子に注がれていた。羽交い絞めされ、服を破られ、肌着をさらけ出され、
泣いている、少女に。石塚紗枝に。

・・・ふざけんじゃねぇ。

アイツの、あんな姿を。
自分の命よりも大切な女が。
泣かされている姿を見て。

怒りを抑えられるなんて芸当が出来るほど、俺は人間が出来ていねぇんだよ!!!


小者は未だに喋るが知った事ではない。俺は胸に抱く憤怒の赴くまま、足を踏み出した。
そんな俺の様子に小者は明らかにうろたえ出す。そして周囲の男子の1人が俺の前に立ちふさがると、懐から刃物を取り出した。
脅しのつもりか?だがそれはそれで、都合がいい。俺はそんな男子・・・いやチンピラ男の行動に構わず歩む事を止めなかった。

なおも脅す行為を止めないチンピラ男に対して、ふてぶてしいまでの態度で俺は近づいていく。
そんな俺の様子に、チンピラ男は腹を立てたのか。刃物を俺に向けて突き出してきた。
俺は敢えて更に一歩深く踏み込むと刃物は俺の頬の側を通り過ぎ、浅く肌に切れ込みを入れる。
僅かな痛みを感じ、そして俺は小さく呟いた。

「これで正当防衛成立だな・・・!」

口から呟きが漏れた次の瞬間、俺はチンピラ男の顔面に拳骨を叩き込んだ。
チンピラ男はうめき声をたててふらつくのを確認すると、俺は刃物を持った男の手を掴みその状態で足払いをしかけた。
あっさりと倒れ床に這い蹲るチンピラ男。俺はそいつの顔面を蹴飛ばして大の字状態にすると、そいつの手を少し引っ張る。
その行動によってチンピラ男の後頭部と床の間に僅かな隙間が出来たことを確認すると。

俺は力いっぱい男の顔面を踏み潰した。おぞましい程の悪意をもって。

ほんの僅かな隙間によって出来た空間により、密着状態では殺される衝撃は殺される事なくチンピラ男の後頭部に襲いかかり、「グシャリ」という音を立ててながら頭蓋骨が砕かれるのを、俺は足の裏で感触として伝える。
チンピラ男の目と鼻と口、そして耳から赤い血が迸り、悲鳴をあげることなくビクビクとチンピラ男は痙攣を繰り返す。

「あ・・・」

そんな男の様子を見て。紗枝を傷つけた男たちに対する身を焦がす様な怒りはまだあるが、だがそれ以上の感情が胸の内が湧き上がり俺を支配していく。

「・・・は・・・」

ああ。なんて。

「あ・・・は・・・」

人を壊すという行為を行うのは。

「あはは・・・」

こんなにも。こんなにも!!


『楽シインダ』


「あははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」

口から漏れる声を止めようがなく。
それはかつて俺が、父親を滅多刺しにして殺した時に、口から流れていた物と同じもの。
楽しくて楽しくて堪らないからこそ流れる声。

『笑イ声』

そしてその様子を見て愕然としている男たち目掛けて、俺は久々に感じる喜び感情の赴くままに、襲いかかっていった。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (25)

私こと笹田義一は、HRが終わると同時に家路に着く用意を始めた。
2年となりクラス替えの結果、私と「彼女」とは小学4年以来始めて別々のクラスになった。
このクラスでも私は鉄面皮かつ無愛想かつ無感情を「演じ」、その行為は功を指し、6月が終わりに差掛かったにも関わらず誰1人私に声をかけるクラスメートは居なかった。
私の心の中ではこれでいい、という考えが浮かんでいた。私は誰かと親しくなるべきではないのだ。

俺ハ、「狂ッテイル」ノダカラ。

頻度こそ少なくなったが、今日も「彼女」が私の元に来る可能性は無くはない。私は手早く教材および雑具を片付けると席を立ちあがる。そんな私の様子をクラスメートは誰も気を止めない。
足早に教室を出て、下駄箱のある玄関口まで急ぎ足で向かう。他人の目に映らないように、それでいて興味を惹かれないように、素早く、迅速に、かつ目立たぬように。
下駄箱までたどり着くと靴を取り出し、私は外履きに履き替えようとした。処で。

「あれ、確か貴方、笹田、よね?」
「ぬ?」

いきなり私に声をかけてくる人物がいた。声音からして女性の様だ。目立ちたくはないが、声をかけられた以上、反応をしない訳にはいかない。私は声がした方を振り向いた。
振り向いた先には予想通り、1人の女生徒が立っていた。その顔は見た事がある物だった。確か山本若菜という、1年の時のクラスメートだ。そして私の記憶違いでなければ、「彼女」が現実を受け入れた際にもっとも親身に接してくれた女性の筈だ。
そこまで考えに至ると私は無意識に周りを見渡した。もしかすると「彼女」が一緒に居るかもしれない、と思ったからだ。出来れば「彼女」に会いたく・・・ない。だがその考えは杞憂であった様だ。周囲には「彼女」らしき人影は見えなかった。そんな私の様子を見たか、山本は怪訝そうに顔をしかめる。

「どうかしたの?」
「いや、何でもない。」
「ふぅん、そう。ところで何で貴方はここに居るの?」
「・・・どういう事だ?」
「だってさっき、貴方が紗枝ちゃんを呼んでいるって聞いて、紗枝ちゃん体育倉庫にすっ飛んでいってたよ?」

紗枝ちゃん・・・?ああ「彼女」、さとるの事か。確か改名したと、以前に誰かが言っていた事を私は思い出した。ちなみに本人からは聞いていない。私が「彼女」・・・石塚紗枝を避けているからだ。
だが、その事を思い出した瞬間、私に戦慄が走った。私は「彼女」、石塚さとること石塚紗枝を呼び寄せる様な事はしていない。何せ極力避けようとしている位なのだから。
だとしたら、石塚紗枝を呼び出したのは、私では無いとしたら誰か?数瞬の間熟考し、私はある考えに至った。
山本が言っていた、「紗枝ちゃんは体育倉庫にすっ飛んでいった」と。体育倉庫、それは表立って口にする者はいないが、この高校においてもっとも性質の悪い噂の元となっている場所。その噂の内容は、「3年の飯塚重治が、女を連れ込んで調教している」というロクでもない物であった筈だ。

飯塚こと「飯塚重治」は親が県議員でこの学校の理事長、祖父が国会議員のある意味エリートの血筋を受け継いでいるとも言うべき存在だ。もし彼が親や祖父と同じく努力をして己を高める行為を行っていれば、彼は学校中の生徒から尊敬の眼差しで見られていただろう。
だが実際の飯塚は学校中の生徒から白い目で見られている。直接会った事がないから真実かは知らないが、彼は親の威光を笠に被り、素行の悪い生徒と連れ添ってこの学校で我侭放題をしているという話だ。親が理事長なので教師が彼を咎める事が出来ない事をいいことに。
そして彼の悪評を更に高めているのは、女癖が悪すぎる事である。目についた俗に言う「いい女」に片っ端から声をかけるそうだ。ナンパする時の台詞の内容は「俺の物になれ」と言うあきれ返る内容らしい。
その様な事を言われて気を良くする女性など、殆ど居ないだろう。だがその女性が拒否すると、ある場所に連れ込み、強姦まがいの行為をするという噂を耳にした事がある。
その場所とは、「体育倉庫」だ、とも。そこにさとる、否、紗枝が向かった。そしてその時点で、飯塚が次の「所有物」として紗枝を狙っている事も私は思い出していた。そして紗枝が頑なに飯塚との交際を拒んでいる事も。

山本の言葉を聞いて、私の頭の中では推測の域ではあるが推理が勝手に展開していく。
私の名前を騙って紗枝を呼び出したのは、飯塚である可能性は高い。そして飯塚は紗枝を悪名高い体育倉庫に誘い込もうとしている。
そこで何が起ころうとしているのか、予想は付く。「彼女」を、紗枝を傷付けようとする行為が行われる事を。
次の瞬間、私の胸の内に紅蓮の炎とも言うべき物が爆ぜる音を立てつつ燃え上がる。
手に持っていた鞄をその場に打ち捨てると、私は地を蹴り駆け出した。後ろから女性の声が鳴り響いた気がするが、今の私には気にもかけなかった。


全力で疾走し、私は体育館の側にある体育倉庫にたどり着いた。玄関からここまでにかかった時間は2分とかかっていないだろう。
両開き式の倉庫の扉が閉まっているのを確認すると、私は扉に手をかけて開けようと試みた。だが内側から鍵を掛けられているのか、扉は開こうとしない。
その事を確認した直後、扉の隙間から何か音が僅かに漏れている事に私は気づいた。
それは、小さいながらも何かの悲鳴の様な感じを与える物だと。そして、その音の質が「彼女」の物と同じである事を。

次の瞬間、無意識の内に私は両足を広げ右手を握りしめて腰ために構えた。私が習っている武術の打撃の基本の構えだ。
足の末端から螺旋のイメージが上に向かって競りあがるのを意識する。右腕を振り上げその1点目掛けて体内の螺旋が駆け上がる。
右手に螺旋が届いた瞬間、手は勢いよく開かれ、その螺旋の力をそのままに、鉄の板で構成されている体育倉庫の扉取っ手付近に向けて打ちつけた。
その一撃で鉄製の扉は深くめり込む。そして激しい音を立てながら蝶番が吹き飛び、倉庫の扉が内側に向けて倒れていく。
2枚の鉄板が床に大きな音を立てながら倒れ伏すのを確認すると、私は倉庫の中を睨みつけるかの様な勢いで見た。

そこには、6人の男子生徒と1人の女子生徒がいた。全員が唖然とした顔で私の方を見ていた。
男子の1人は女子を後ろから羽交い絞めし、女子の正面に立つ男は女子に手を延ばしかけている状態で固まっていた。
そして、羽交い絞めされた女子は上着を破り捨てられ、服の合間から下着を顕わにしていた。そして女子はその大きな瞳から何筋もの透明な液体を流している。
泣いている女子は勿論、石塚さとる、否さ、石塚紗枝。

「貴様等・・・。」

意識せず口から、その様な単語が漏れだす。
私はその時、自分の顔が大きく歪んでいる事を自覚していた。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (24)

「いやあ、全く。いらない手間をかけされてくれたなぁ、紗枝ちゃん。」

呆然としているわたしに向けてでしょうか、飯塚先輩はどこか粘っこい感触を耳に与える声で喋り始めました。
いつもは爽やかな感じを与える声なのですが、恐らくこっちの方が本当の声質なのでしょう。正直な話、耳障りと言ってもいい声です。通常なら嫌悪感を感じるのでしょうか、今のわたしには恐怖感を煽る方にしか働きかけない。
飯塚先輩はゆっくりと立ち上がると、わたしの方にこれまたゆっくりと歩み寄ってきます。その顔にはいつもとは違う、実に嫌らしい雰囲気を湛えた笑みが浮かんでいます。
周りには屈強で不良のレッテルが貼られた男子達が取り囲み、そして彼等を従え、自分の「物」になれと日頃から迫ってくる人物が卑しい笑みを湛えて歩いてくる。
この様な状況になったら人の行動は、開き直って食ってかかるか、泣き叫び許しを請うか、怯えて身を縮ませるのが主な行動ではないでしょうか。
わたしの場合は、3番目の行動を取ってしまいました。ある意味もっとも最悪な行動を、わたしの周りの男達の気持ちを更に高ぶらせてしまう可能性が一番高い行動を、です。
何せもう殆ど痕跡が無いと言われていますけれど、ほんの一年前までは「男」でしたから彼等が何を考えているのか、を容易に想像出来てしまうわけでして。
あああああ、ヤダヤダヤダッ!何がアレしてこうなってアアなってとか、予想できちゃう自分が憎い!

飯塚先輩は怯えるわたしの手を掴んで強引に立ち上がらせると、わたしの顔のすぐ前まで顔を近づける。「にやけた」と表現するのが相応しい笑みを浮かべているその姿は、恐怖以外何物でもなく、おぞましいとしか言い様がありません。

「あまりにもお前が強情だからさぁ。僕はついつい強引な手を使った訳だよ。分かるだろう?」

わたしの耳に口を近づけると、囁くような、それでいてはっきりと聞き取れる声でわたしに語りかけると、

べろりっ

「ヒィッ!」

いきなりわたしの顔の側面を舐める飯塚先輩。そのおぞましい感触にわたしは思わず悲鳴をあげてしまう。
何これ、凄い気持ち悪い!わたしも男だった時に、一緒に寝る事になった女性に対してふざけてやった事あったけど、全然気持ちよくない!気色悪いを通り越して、吐き気すら感じる!
そんなわたしの気持ちを感づいてか、飯塚先輩は不意に顔をしかめると、わたしの頬を平手で思いっきり叩く。悲鳴をあげる暇もなく、私は再び床に這い蹲りました。

「いい加減にしろよな、この雌豚が。最初から俺の物になっていれば、こんな思いをしなかったのに気がつかないのか?」

あまりの身勝手な飯塚先輩の言い分にわたしは怒りを感じましたが、それ以上の勢いで恐怖が心の内から沸き起こり、わたしの身体を萎縮させてしまう。
わたしを尻目に飯塚先輩が周囲に目配せをすると、周りの取り巻きの一人がわたしの背後に廻りこんで腕を掴みました。そして強引にわたしを立ち上がらせると、羽交い絞めにしてきました。
この様な状態になって、わたしにとって事態が好転する事が可能性は全く無い事くらい、容易に想像が付きます。振りほどこうと身じろぎしますが、羽交い絞めの状態から抜け出す事は出来ません。
昔の、男の時のわたしでしたら飯塚先輩を含む彼等6名を強引にねじ伏せる事が出来たでしょう。
ですが今のわたし、他の同性の生徒達と比べても小柄な女のわたしでは、卑らしい目でわたしを見つめる彼等に対して対抗する術は・・・・

無い。


「嫌あぁぁぁあああ!!」

勝手に目から涙が溢れ、わたしの口から悲鳴が迸る。何を考えているのか自分でも分からないのに、「嫌だ、嫌だ」と言う言葉が頭の中で幾度となくリフレインする。
そんなわたしの様子、恐怖で錯乱しているわたしを見て、飯塚先輩はゆっくりとわたしの制服に手をかけると、力いっぱい引っ張りました。
それなりにしっかりとした作りになっている筈の、夏服仕様のブレザーとシャツはあっさりと横に裂け、わたしの下着と肌が露になる。
その瞬間、ショックでわたしの口から悲鳴は止まりましたが、逆に心の内は更に恐怖の色合いが深くなり、目から零れる涙は更に勢いを増しました。

そして飯塚先輩は口の片隅を器用に吊り上げると、わたしの下着に手をかけ・・・
わたしは恐怖と屈辱で目を閉じた・・・
その時。

ガタン!

大きな音が鳴り響く。
その音にわたしは驚いて目を開け、音のした方を反射的に見ました。

わたしが向いた方向には、体育倉庫の扉がありました。そして2枚の鉄板で構成されていた体育倉庫の扉は内側に倒れ伏し。その向こう側には、

「義一君・・・。」

わたしの親友、笹田義一君が立っていた。
その顔には、わたしが今まで見た事もない物がありありと浮かんでました。

表情が。
それも凄まじいまでの「怒り」とも言うべき、激しい物が。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (23)

高校2年生になったのをいい機会に、わたしは役所に名義の変更届を出しました。
新しい名前は「石塚紗枝(いしづかさえ)」。両親は「さえ」という平仮名のままで良いじゃんとか言ってましたが、わたしは今度は漢字にしてと本当に口の中が酸っぱくなるまで主張をし続け、わたしは念願の漢字の名前を手に入れたのでした。・・・自分で言っていて何か情けない気がしてならないのですが。
実は、紗枝という名前にしたのは昔のわたしの名前を少しだけ残したかった事、友達からあだ名で「さえちゃん」と呼ばれていたので呼ばれなれている為です。確かにちょっと安直な名前の付け方であるのは認めますが、この名前にわたしはすぐに愛着を持てる様になりました。

2年になってからも、わたしに交際を求める人が引っ切り無しに訪れました。2、3日に1回は、ナンパと言うべきかプロポーズと言うべきかは分かりませんが、熱烈な交際を求める声を聞く羽目になっています。
多いのが「付き合って下さい」、「彼女になって下さい。」ですが、近頃は「お姉さまなって下さい」or 「妹になりなさい」という言葉が増えている気がします。
その他にも「貴女の専属の奴隷にして下さい」、「禁断の恋をしてみませんか(女性から)」、「踏んでください」、「罵ってください」、「どうか思いつく限りの罵声を私めに浴びせかけて」、「この惨めな顔に唾を吐きかけて下さい」といったアブノーマル過ぎる物もちらほらと。あの人達はわたしの事をどう思っているのでしょうか・・・?
今の処、お付き合いするつもりは無いわたしは、切り返すかのように「ごめんなさい」と言わざるえない訳でして。噂では陰で「石塚紗枝を落とせたら東大に受かる」とか言われているそうです。わたしはどこの生徒会長の友達なのですか、と意味不明な事を考えたりしたり。
特に声をかけてくるのは飯塚先輩。勿論この人に対してもわたしは断わり続けました。
だって誘い文句が決まって、「俺の物になれ」ですよ?女性に関しては悪い噂まみれのこの先輩に対して、そんな事を受け入れたらロクでもない事態になるのは目に見えています。
ですがこの頃は、断わった後の飯塚先輩の目つきや雰囲気がかなり怖い事になっている気がします。何て言いますか、「我侭な子供が言う事を聞き入れえられないでいる為に、癇癪を起こす寸前」って感じです。

とても充実しているけど、どこか危うい雰囲気が少し漂う生活。そんな生活に大きなヒビが入る事件が起きたのは、6月の後半に入ろうとしていた、とある木曜日でした。

その日のHRが終わり、わたしは家に帰る為に教材を鞄にしまい始めました。1年ほど前にその行為をする「彼」を散々茶化していたのに、今はわたしも同じ行為をしているのは何とも滑稽なものです。
近頃は、別々のクラスになった「彼」の元に行く事はそう数多くはなくなり始めていました。殆ど感情を表に出す事がなく、常に冷静な彼の事ですから、私に対する彼の態度には何かしらの考えがあると思っているからです。何かしらの理由があるからこそ、彼はわたしを避けている・・・、そう信じることにしたのです。
ですが、心の奥底では彼が何故わたしを避けるのか、という理由を知りたくてしょうがない気持ちに駆られていたのも確かです。
だからこそ、教室を出る直前に見知らぬ男子生徒から

「おい、石塚。笹田って奴がお前の事を呼んでたぜ。体育倉庫の前に来てくれってさ。」

という言葉をかけられた瞬間、我を忘れて走りだしてしまったのです。少し考えてみれば、「彼」こと義一君は、そんな他人を通して人を呼び寄せる様な人物ではない事くらい、充分熟知していた筈なのに。


わたしは体育倉庫の前まで少しでも早く着くために、駆け足で向かいました。しかし、そこには待っていると思っていた義一君の姿は見えません。
おかしいな、と思い辺りを見回しましたが、周りには人っ子1人として居ません。体育倉庫の扉が何故か半開きになっていたので、もしかしたら倉庫の中にいるのかな?と思いながら、わたしは近づいていきました。
触れるくらいまで扉に近づいた次の瞬間、扉の向こう側から腕が延びてわたしの腕を掴み、その腕は悲鳴をあげる時間も与えずにわたしを体育倉庫の中に引きずりこむ。
荒々しく床に叩きつけられ、激しい痛みがわたしを襲われ、苦痛の声をあげながら顔をあげました。
電灯が点いていて少しだけ明るい体育倉庫の中。そこには数人の男子が居ました。顔形は全員違いますが、彼らの顔には総じて下卑た笑みが浮かんでいます。
そして彼らの中央に座する様に体育マットの上に座っているのは、

「飯塚先輩・・・。」

そう、わたしに自分の物になれとしつこく迫っている飯塚・・・重治。彼はまるで玉座から平民を見下ろす王様の様に、わたしを見ています。その端正な顔に周りの男子たちと同じ下品な笑みを浮かべながら。
その事に気づいて、わたしはようやく周りにいる男子生徒が、飯塚先輩に媚びを売って付きまとう「問題のある行動を取るけど何故か指導を受けない男子生徒達」であることに気づきました。
そして。わたしは次の瞬間にある事を思い出しました。

体育倉庫は実は飯塚先輩を中心としたグループの溜まり場であり、そこで飯塚先輩は自分に対して聞き入れの悪い女子生徒を陵辱するのに利用している、という悪い噂をどこかで耳にした事を。
まさか、現実だったなんて・・・。と言うか、わたしはこれから彼らに、まさか・・・。

「い・・・嫌・・。」

その事に思い至ったわたしは、恐怖と嫌悪感に襲われつつも逃げ出す為に、素早く立ち上がると外に出ようと倉庫のドアに向かって駆け出しました。
ですが、男子生徒の1人が扉の前に立ちふさがり、退路が塞がれてしまいます。その男子は顔に厭らしい笑みを浮かべたままわたしを突き飛ばし、その所為でわたしは再び床に倒れこみました。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (22)

唐突に目の前の風景が変わる。一瞬何が起きたのか私は理解できなかった。
たっぷりと1分以上の時間が経ってから、私は視界に映っているのが見慣れた天井、そして片隅に見慣れた電灯である事を認識し、ここが7年近く住み込んでいるアパートの自室だと気づいた。「目が覚めた」と理解するのはその1分後であった。
布団から起き上がると、自分が汗だくになっている事に気がついた。ここまで大量の寝汗をかいたのは久しぶりだ。
少し頭を振ると、ついさっきまで見ていた夢の内容が脳内でフラッシュバックした。夢にも関わらず、その中身を克明に思い出す事が出来た。何度も何度も幾百回も見た夢の内容だ。全く同じ内容故に、私の脳に内容が焼きついたかのように思い出せる。

だが・・・。今日の夢は最後だけ違っていた。八つ裂きにした対象が、未だに憎しみを思い出さずには要られないあの男ではなく、1人の少女だった事だ。あの少女が「彼女」である事は深く考えなくても理解できる。
「夢」として簡単に考えるのは簡単だ。しかし、私には分かっていた。あれは、私の「願望」でもある事に。
私はあの少女を、「彼女」を、絶望させ汚し辱め壊したい。内にある狂気の赴くまま「彼女」を壊したい。
それは間違いなく、私の願望なのだ。

「・・・そんな事、出来るわけがないだろう」

気がつけば、私は珍しく独白していた。
そうだとも、今なら分かる。「彼女」は私にとって、とても大切な人物なのだと。
私が今まで出来る限り人付き合いを避けていた理由、それは壊したいと望む程の大切な人物を作りたくなかったからだ。
しかし今、「彼女」を壊したいと思う私がいる。「彼女」を守りたいと思う私もいる。
それだけ「彼女」は、「石塚さとる」は私の中で大切な存在になっていた。

いつからだろうか?昨日トイレの中で抱きしめた時から?
いや、もっと前からだ。いま思えば石塚さとるが「彼女」の姿で私の前に現れたその瞬間から。
厭おしくて厭おしくて厭おしくて厭おしくて堪らないほど厭おしくて。命を投げ出したいほど守りたいと心の奥底から思える。
それ故に彼女を壊したいと望む自分がいる。矛盾した相反する同じくらい強い想いを私は胸の内に抱いているのを、深く感じている。まさしく「矛盾」という言葉が的確な状況だ。
やはり、私は


人トシテ壊レテイル。


「・・・これ以上は付き合う訳にはいかないな。」

再び私は心の内を独白した。まさしく、本音そのものを。
これ以上彼女を見続ければ。接し続けていれば。そう遠くないうちに、私は彼女に夢の中でした行為をしてしまうだろう。
それは私に一時の途方も無く大きな歓喜を呼び起こし、そして生涯に引きずる致命的な絶望に満たされるだろう。
そしてその事は、私の本性に対する箍(たが)が外れ、残りの人生を本性に赴くままに動く結果になりかねない。
私自身はいい。だが彼女を失うのは・・・避けたい。避けなければならない。
だからこれ以上は、彼女と今まで通りに付き合うわけにはいかない。私の中で彼女が占める要素を、これ以上増やす訳にいかない。

・・・大切な人だからこそ、会うのを避けなければならない。全く、どこかの演劇のシナリオの様な事が自分に降りかかるとはな。
皮肉を通り越してエスプリさえ効いてそうだ。こんな反吐の出るシナリオを考えた奴、恐らく悪魔だろうが見かけたら唾でも吐きかけてやりたい気持ちだ。



次の週の月曜日から私は彼女、「石塚さとる」を明らかに避けるようになった。
極力彼女の姿を視界から消し、例え話しかけてきても二、三言であしらって足早に彼女の前から立ち去った。
通学は勿論帰宅時も、時間をずらすなり用事を強引にいれるなりして、彼女と一緒に歩くことを徹底的に避け続けた。
彼女が男である事に拘っていた時は、傍から見ると私に依存しきっているたが、幸いにも今の彼女には新しい同性の友達が出来た様だ。時折聞こえてくる会話からは、両親とも上手くいっているらしい。
今の彼女は他にも支えてくれる人が出来でいる。これで安心して私は身を引く事が出来るという物だ。

・・・本音を言えばもっと彼女を見ていたい。彼女と会話したい。彼女と一緒に並んで家路に着きたい。
だが、私の内に占める彼女の割合が高めれば高まるほど、私が彼女を害する可能性が高まる事を意味している。だからこそこれ以上、私は彼女に関わってはいけないのだ。
嫌われてもいい、否さ嫌悪してもらいたい。私の事など無視して新たな女性としての人生を歩んで欲しい。
だから、私には関わらないでくれ。君を・・・君を、傷つけたくない。壊したくない。

一学期が終わり、夏休み、二学期、そして冬休みに三学期。瞬く間に月日は経った。その間、私は徹底的に彼女からの誘いを断わり続け、一緒に行動する事を避け続けた。
だがそんな私の態度にも関わらず、彼女は私に声をかけようと、毎日の様に私の前に立った。


「今日も、一緒に帰れない?」
「すまない、用事が入っているんだ。」
「そう・・・分かった。」

いつもの様に二、三言のみの会話を交わして私は教室を出る。その間、私は彼女の姿を極力見ないようにしていた。
だが彼女がどの様な表情を顔に浮かべているのか容易に想像がつく。哀しさと寂しさを満面に湛えているのが。案外と目に涙を潤ませているかもしれない。

苦しい。胸を締め付けられたかのように辛く、苦しい。
これは彼女の為、そしてひいては自分の為なのだ。分かっているし、理解しているつもりだ。
だが分かっているのならば、何故こんなにも胸の内は痛いのだろう。こんなにも辛く、切ないのだろう。
彼女と話したい。彼女と触れたい。彼女を抱きしめたい。彼女の匂いを感触を味わいたい。日に日にそんな想いが積もり、私の中で強くなっていく。
しかしそれは出来ない。してはならない。何故ならば。

私は狂人なのだから。
私は彼女を壊したくてしょうがないのだから。


私は、俺はさとるを不幸にする事しかできないのだから!!

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (21)

私の父は気狂いとも言うべき人だった。
父は外交上は真面目で誠実な人のふりをしていたが、家庭内では最悪な人間と言えた。外でのフラストレーションを発散する為に、母と私を物理的にも精神的にも甚ぶり(いたぶり)、その行為を楽しんでいた。

母は忍耐強い人だった。否、致命的なほど忍耐強すぎた人だった。
母は父の暴力を耐え忍んでいた。私がまだ幼い子供だった為に。私がこの家庭から出て行ける年齢になるまで必死に耐えていた。

私の父は卑怯で卑劣な人間だった。
母が父の暴力に耐えている理由を理解した上で、更なる過酷な暴力を与えるようになっていた。

私はそんな2人の間で育った。母からは愛情と、父からは虐待を受けながら。



ある日、父は仕事の関係の事柄でトラブルを起こし、ある取引を破談させてしまった。
その事を怒り、母に対して今までにした事がない程の暴力を母にふるった。
しばらく殴り続けていた父であったが、暫らくすると驚いた表情を浮かべて床に倒れている母から離れた。
母は目を開いた状態でまばたき1つせず、身動き1つせずに倒れていた。

・・・・後で気がついたの事なのだが、母はこの時点で死んでしまっていた。

父は狂気を宿した目でドアの側に隠れてその様子を見ていた私を見つけると、襲いかかると表現していいと思える勢いで私に近づいてきた。
恐怖を覚えた私は逃げ惑ったが、遂に台所で追い詰めれた。
父は何かをうなりながら私の首に手をかけると、強い力で締め上げ始めた。
苦しむ私は必死になって腕を動かした。その手に何かが当たるのを感じると、何も考えずにそれを掴んで父の手を目掛けて振り下ろした。
父は悲鳴をあげながら私から離れた。私に手には、一本の包丁が握られていた。

父はうめき声を挙げながら私を恐怖で濁った目で見つめた。
その表情を見た私の内に、鎌首を上げながら何かが持ち上げてきたのを感じた。
私は素早く父に近づくと、今度は切りつけたとは別の父の手を切りつけた。
父は再び悲鳴を挙げた。その声に私は心地よさを感じていた。

今度は父が私から逃げ惑い始めた。私は父に追いすがると手に持った包丁で切りつけ続けた。
大量の出血の為に少しづつ動きが緩慢になった父は、とうとう洗面所で倒れ伏した。
「許してくれ」「助けてくれ」と自分の子供に命乞いをしながら恐怖に彩られた顔で私を見る父に、私は上に跨り。腕を振り上げて。

切った。
手を腕を脚を足を胸を腹を顔を頭を。

父の身体を。
胸を切った。腹を刺した。指を刻んだ。耳を削いだ。口を裂いた。目を抉った。

口から何かが漏れ出るのを抑えようとせず。

内から湧き上がる衝動に赴くままに。

徐々に悲鳴すら挙げれなくなってきた父と言う名だった「物体」を。

手に持った包丁が真っ赤に染め上げられても。

目の前の物体から噴出す赤い血液をその身に浴びながら。

私は手に持っている包丁を。

振り下ろして振り下ろして振り下ろして振り下ろして振り下ろして振り下ろして。

口から湧き出る声を更に張り上げ、高まる胸の内の衝動の赴くままに。

振り下ろし続けた。


一体「行為」を何回繰り返したのだろうか。
次第に原型を留めなくなってきた「物体」から一際激しく赤い液体が迸り、目の中に入った。
私は反射的に顔を上に上げて、そこで。見た。
視線の先には鏡が置いてあり、鏡には私の顔が映しだされていた。
顔一面に赤い液体、父の血にまみれて真っ赤に染まった自分の顔が。
そして「満面の何か」を顔に浮かべている自分の顔を。


私は戦慄した。自分が何をしていたのか、そして数瞬前まで口から漏れ出ていたのが一体何だったのかにようやく気がついた。
まるで毒物を食べたかの様に、胃から液体がこみ上げてきるのを感じる。
それを吐き出す為に下を向く私の視線に、今までまたがい切り刻み、とっくに息を引き取っている「物体」が飛び込んできた。

その物体は中年の男性ではなく。


その物体は中年の男性ではなく。
緑色がかった髪の少女だと気がつく。

その事が分かった直後に、私は絶叫した。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (20)

自分の事を「わたし」と自覚してからの「石塚さとる」の生活は、今までと全く違う物になった。

にわか女性とも言えるわたしの行動は細かな処がまだ女性らしくないらしく、女性としての大先輩であるお母さんに女性としての身だしなみについてよく言われている。その事をわたしは素直に受け入れていた。
まるで生まれ変わったかのように変貌したわたしを、お母さんもお父さんもわたしを自分の子供として親身に世話を焼いてくれている。その事に関して感謝の言葉をいい表す事すら出来ない。
・・・まあ時折、山になる位の(文字通りの意味での)服を買ってきて頻繁にわたしのファッションショーをするのは、ちと辟易してしまうのも確かだけどね。

自宅でファッションショーをする事が出来る様になった為か、先日までは拒否反応すら起こしていた女性用の服を今では当たり前の様に着る事ができた。勿論、今まで嫌々な気持ちで着ていた学校用のブレザーも平気で着れている。
そうなると現金な物で、わたしはお洒落や身だしなみについても真剣に取り組むようになった。勿論、女性としての。
今どきの流行のお化粧やファッションについて調べてみたりしたけど、お母さんはわたしの年代の流行には少し疎い様だしインターネットを見てもイマイチ実感が沸かない。
そんな訳で月曜日になると年頃の女性の先輩であるクラスメートに積極的に接触してみた。
そんな訳で月曜日になると年頃の女性の先輩であるクラスメートに積極的に接触してみた。
「わたし」の変わり様に女子のクラスメートは当初驚いていたけど、実際の処は放課後には仲良く談笑する事が出来るようになっていた。話を聞くと、いつわたしが「現実を受け入れるのか」を心配していてくれたみたいだった。
わたしは流行物についてはクラスの皆に聞いて積極的に取り入れるようにした。特に女性陣の中でもリーダー格とも言える山本若菜ちゃんは今のわたしの事を甚く気にいってくれたらしく、お節介クラスなまでにわたしに対して世話を焼いてくれてた。

お母さんと若菜ちゃんを中心としたクラスメートのお蔭で、2学期に入った時点でとわたしの感性は女性そのものに変わった・・・らしいです。こればかりはちょっと、実感はあまり沸かないので。クラスメートから「元から女として生まれたより女らしくなっている」らしい、です。
今では休みの日には若菜ちゃん達と一緒に街に出かけて、買い物をしたりを遊んだり(健全な意味での!)したりしている。
ただ、迂闊にブティックに入るとほぼ確実にわたしのファッションショーになるのがちょっと辛いけどね。友達になった芳美ちゃん曰く「最初のうちは嫌がっているのに、いつの間にかモデル気取りになってノリまくっている、貴女の流されやすさを見ているのが楽しくてしょうがない」だそうでして。趣味悪いよ?
新しい友達が出来たし、凍てついていた両親との関係も良好。友達と遊んだり、両親と些細な事を会話を楽しくてしょうがない。現時点において、わたしは今の生活に充実感を得ている。

でも。そんな状況にも関わらず、わたしには懸念事項が2つあるのです。
1つはわたしに対して男子および男性からのアプローチが日々絶えずに来ている事。
わたしは自覚が足りないとよく言われているのだけど、容姿がかなり綺麗な方らしい。若菜ちゃん曰く、「背が低いのに巨乳で美人で流されやすい性格なんて、どこのエロ小説の被害者ですか貴女は」とか。・・・正直、悪い意味での批評な気がします、特に後半。
その所為かわたしが学校に行くと、下駄箱を開けるとほぼ確実に一通以上のラブレターが入っているし、街で下手に1人で行動すると分単位でナンパされる。凄いのになると、どこから持ってきたのか不思議に思ってしょうがない量のバラの花束と共に現れた御人も居る始末。
特にわたしに自分と付き合えと声をかけてくるのが、飯塚重治という2年生の人。この飯塚という人は容姿が美形と言ってもいい位なのですが、男時代のわたしと同じく女を食い物としか考えていないと言う悪い噂が絶えない人。わたしは手を出した女性を無下に扱わない様にしてましたが、この人は泣かせた女性の数は数知れずとか。
更に言うと、祖父が名の知られた国会議員、更に父親は県の議員でこの学校の理事長をしていて、その親の権力の嵩を借りて学校内では暴君の様に振舞っているそうです。
そんな人と付き合う気なんて一切ないので、交際に付いては頑なまでに断わり続けています。


そしてもう1つの懸念事項は・・・、多分予想がついていると思いますが、義一君の事。
6月にわたしが「わたし」になった次の日から、義一君はわたしをあからさまに避ける様になってしまったのです。
一緒に帰ろうとすると、稽古事があると言って直ぐにわたしの前から去ってしまいますし、通学時も一緒に行く事が全く無くなってしまいました。土日に彼が住むアパートを訪れても、深夜遅くまで待っても留守にしているのです。
あの日。壊れてしまいかけたわたしを抱きしめて救ってくれた義一君。でもあの日の後から、わたしを避ける様になったのも確かな事実。
思い出してみると、あの日、わたしは始めて彼が叫ぶのを聞いた日でもありました。「黙れ!」と叫んでいたと思いますが、一体誰に対して叫んでいたんだろう?
そしてあの時、確かに彼の顔には表情と言える物が浮かべてました。義一君が始めて見せた激しい表情。でもその顔に浮かんでいた表情は辛くて苦しくて堪らない、としか言い様がない悲壮な表情。
何故あんな風に叫んだのだろう、あの苦悶の表情は一体なにを意味していたのだろう。
・・・もしかしたら、女性である事を認めたわたしに対して嫌悪感を持ってしまった為なのでしょうか。そうだとしたら、わたしを避け続ける理由も分かります。
でも、それだけでは無いのです。なんと言うかこの頃の義一君はどこか「感情」らしき物を表に出し始めている気がしてならないのです。わたしと一緒に行動するのを避ける時は、ほんの少しだけどどこか申し訳ないと思わせる表情を浮かべたり、ほんの僅かな会話しかしてませんが、その口調も以前と比べて波とも言える起伏を感じる事があります。
勿論、他の人と比べたら感情も口調も淡々としているのですが、数年以上の付き合いがあるわたしに今までの彼との違う点が見つけれてしまうのです。
わたしが変わった様に、義一君も何かが変わろうとしていのではないか・・・と思えてしょうがありません。

そんな疑念を持ちつつも月日は過ぎ去っていき、わたしは高校2年生になりました。若菜ちゃんや芳美ちゃんと同じクラスになり、皆と一緒に喜びあいました。
でも。今まで腐れ縁とばかりに転校してきた時からずっと同じクラスだった義一君とは、始めて別々のクラスになってしまいました。

2年生になった後もわたしは何度か義一君に接触しようとしましたが、彼は依然としてわたしを避け続けました。
別々のクラスに移ってしまった事もあり、わたしも彼の態度にこれ以上は追及しない様になり、少しずつ疎遠になっていきました。
もっとも、彼が一番の親友だという気持ちはわたしの中では変わらなかったのですが。




しかし。
一学期が終わりが近づいてきた6月のある日、わたしはある事件に襲われてしまいます。
そこでわたしは、義一君の「もう1つの顔」を見てしまったのです。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (19)

気がつくとわたしは何処とは言いにくい場所に立っていた。
辺りを見渡すと、今わたしが居る場所は実に異様としか言えない場所である事が分かった。
周囲は白一色に染め上げられ、前後はおろか上下すべての方向に対して全く何もない状態。しかも壁も床もなく、そして地平線らしき物すら見えない完全な意味での白い世界。
それでありながら、わたしは上下感覚がまるで無いこの世界で「立っている」事が認識できていた。昔漫画で見た「精○と○の間」みたいな変な世界。
何も無い事があまりにも変なこの世界。わたしはついさっきまでの事を思い出し、「これは夢なんだな」と認識する。

「うむ、確かに貴殿の夢の中なんだが。」
「うひゃっ!」

いきなり後ろから声が聞こえ、わたしは軽く驚いた。慌てて後ろに振り返ると、そこには1人の少女が「存在」していた。
年は12歳くらいで胸はツルペタ。身体の秘所と言われる所のみ黒い体毛で覆われ、残りのは全て肌がむき出し状態。頭から黒い犬耳、そしてお尻からは七色の大蛇が生えている。そんな異形としか言いようがない姿のわたしよりも少し小柄な少女が、宙に浮かんでいた。
どっかで見たことがある・・・そうだ、この子は確か。

「あ、貴女は、わっ、わたしが呼び出した悪魔?」
「正解。まあ貴殿の前にこの姿で現れるのは2回目だから、容易に想像がつくだろうがな。」

わたしの言葉に少女・・・いや「悪魔」は底意地が悪そうな笑みを浮かべた。

「こんばんは、石塚さとるちゃん。どうやら賭けは私の勝ちのようだね」
「え、賭けって・・・ああっ!」

悪魔の言葉を聞いてわたしは遂さっきまで忘れていたある事を思い出した。
そう、あれは目の前にいる悪魔との賭け事の内容。


『一ヶ月の間、自分を男と認識し続けれたら女変症という病気を存在しなかった事にする』

そうだ。わたしは目の前にいる悪魔とそんな内容の賭けをした。そして確か今日、丁度一ヶ月目にあたる日だったんだ。
だからだ。わたしが自分でも異常と思えるほど「男」である事に執着し続けていたのは。

「実は正直な話、私は貴殿の勝ちかもなぁ、とか思ってたんだ。」
「そ、そうなの?」
「貴殿が自分が男ではない事を認識させる最大にして唯一の手段は生理だと思ってたし、事実そうだった。」
「・・・そうね。」
「案外と生理が起こる前に一ヶ月経つのかなぁとか思ったんだが、よもや一ヶ月目丁度ぴったしに起こるとは私も思わなかったよ。」

そこまで言って可愛らしい顔に苦笑を浮かべる悪魔を見て、わたしは1つ疑念を感じた。

「もしかして、貴女が強引に生理を引き起こさせた、とかしてない?」
「まさか。この件に関しては私は完全にノータッチだったよ。そうでなければ賭けに対してフェアではないだろう?」

先ほどとは違い意味での苦笑を浮かべると、悪魔である少女は肩をすくめる。
確かにこの悪魔は「悪魔」であるにも関わらず、どこか律儀な処がある。わたしは多分彼女が言っているのは、本当の事だと思った。

そうしていると、わたしの素朴な疑問を1つ感じた。折角だから目の前の悪魔に聞いてみる事にした。

「ねえ。ちょっと聞きたい事があったんだけど。」
「何かな?」
「貴女は、何でわたしを女にしたの?」

そこで悪魔は「フム」とひと言言った後、少し神妙そうな表情を浮かべて驚くべき事を言ってのけた。

「実は言うとな。私は貴殿の世界に女変症という存在を生み出しただけで、実際には貴殿の女性化に関しては直接的には関与してない。」
「どういう・・・こと?」
「すなわち。貴殿は男だった頃から女変症にかかる要素を元々持っていたからこそ、女変症が発症して女性化したのさ。」
「な、何なのよそれって?」
「それは秘密。でも、いずれは貴殿自身が気づくと思うよ。」

どういう事だろう。つまりわたしは・・・元々女性になる要素を持っていたと言うの?
うろたえるわたしを悪魔はどこか優しげな眼差しで見ていた。「悪魔」にも関わらず。

「とりあえず、貴殿は私との賭けに負けた。よって貴殿は男に戻ることは今後ない。」
「・・・そう。」
「でも今の貴殿は男に戻るつもりはもう無いのも確かではないかね?」
「・・・そうね。その通りだわ。」

その通りだ。今のわたしは自分の事を「男性」では無く「女性」だと強く認識している。もし身体が元の姿に戻っても恐らく強い違和感、否、拒否感すら感じるかもしれない。それ位、わたしは自分を女だと認識していた。


悪魔は顔に苦笑を再び浮かべた。でもその笑みはどこか優しげで、どこか慈しみを含めた「悪魔」とは程遠い物だった。

「これからの貴殿の生き方。それは貴殿自身が決めるものだ。生まれ変わった貴殿がこれからどの様に生きていくのか、傍観者として見せてもらうとするよ。」

そんな事を言う悪魔の言葉を聞きながら、わたしは意識が遠くなっていくのを感じていた。


チュンチュン。

その様な雀の鳴き声を聞きながらわたしは目を覚ました。カーテンの隙間から光が漏れている事からすると、もう朝なのだろう。
わたしは上体を起こすと腕を上に伸ばしながら大きな欠伸をついた。その拍子に少し涙がこぼれ出る。
何か妙な夢を見た気がする。確か犬耳少女と会話した様な・・・そんな内容な。
その事について少し考えたのはほんの数秒で、わたしはそんな事を奇麗さっぱりと忘れるとベットから降りる。
ピンク色の薄手のパジャマを脱ぐと、わたしは手馴れた感じで下着(もちろん女性用の)を身に着けた。
そして衣装棚を開くと、つい先日までは頑なに着ようとしなかったお母さんが買ってくれたワンピースを手に取り、早速着てみた。
着替え終えると「男」だった時からあった大きな姿見用の鏡に立ってみた。鏡には白地のワンピースを着ている緑色が少し混ざった髪の毛をした少女が写しだされる。勿論言うまでもなく、この少女は「わたし」だ。
うん、似合っている。こんな服を用意してくれたお母さんのセンスも悪くないし、今のわたしにはこういった服の方が男物を着るよりもずっと似合っている。
自分のナルシストぶりにわたしはクスリと笑う。鏡の中の少女も同じように笑った。

その直後に。わたしはある事に気がついた。

いつの間にか、何故か今の今まで気づかなかったけど。
世界に色がついている。白と黒しかなかった世界に、多彩で鮮やかな色がついている。
ああ、世界はこんなに鮮やかに、艶やかに彩られていたんだ。何でこんな当たり前の事を忘れてたんだろう。

何故かは分からない。でも今のわたしには世界が今までにないくらい輝いて見えていた。

<つづく>

悪魔を呼んでみよう (18)

暫らくの間、わたしは義一・・・君と狭いトイレの中で抱き合っていた。
その間わたしは遂さっきまで自分として認識していた「俺」が殆ど消え、変わりに自分の中で「わたし」という存在が強く大きく存在する事を自覚していた。
何故か分からないけど、とてもその事が嬉しかったりする。何でだろう。自分が男でない事がようやく受け入れられたから?それとも「わたし」という存在に生まれ変わったから?
本当に何故だかは自分でも分からない。1つだけ分かるのは自分が女として「彼」に抱擁されている事がとても嬉しい、という事だけ。でもそれだけでも今のわたしには充分満足できる事であった。

そうしていると、義一君は膝立ちしていた状態からゆっくりと立ち上がり始めた。意識せずにわたしと彼は抱き合う状態が開放されてしまう。
もう少し彼の温もりを感じていたいのだけれども義一君は珍しく困っている感じを醸し出し始めていた為、わたしも彼に抱きつき続けるのを止めざる得なかった。
義一君は立ち上がり終えると、立ち上がる時とは比べ物にならない程のスピードでそそくさとトイレから出て行った。
どしたのだろう、と思わずわたしは考え・・・数瞬後には理解した。

「やだ、何よ今のわたしの格好・・・。」

今更ながらわたしは自分がとんでもなくはしたない格好をしている事に気がついた。上着の格好は特に問題ないと思う。問題があるのは下。
履いていた短パンは膝下までずり落ちいるのはトイレに座っていたのだから当然。
問題はその所為でズボンの下に履いている物・・・要するにショーツが丸見えになってい事。しかもそれってば血で真っ赤に染まっているし。
しかも中身を見る為にずらしたから、秘部が見えないギリギリな状態。と、言うか少し毛が見えてるし!更に血は太ももまで結構流れていて何か無意味にえっちぃし!!
はしたないを通り越して破廉恥極まるじゃない、今のわたしの格好!それなのに男の人に抱きつくって「襲え」と言っているのも当然じゃない!!
痴女なの?わたしってば痴女なの??

・・・何だか自己嫌悪で気持ちがどん底まで落ちそうなので、この事については考えるのは止めよう。
わたしはそう考えると短パ、コホンッ、ショートパンツを履きなおしてから立ち上がった。ショーツは血で濡れている為か履き心地は最悪。本当はすぐにでも脱ぎたいけど、幾らなんでもそこまでわたしは痴女じゃない。
身なりを整えてトイレから出てくると、義一君が携帯電話を使って誰かと連絡していた。
どうやら何かの用件を電話先の相手に伝えているらしく。わたしが側まで近づいた時点ですぐに電話を閉じてしまった。
そして義一君はわたしの方に顔を向けた。
その瞬間。

ドクンッ

心臓の音が1回大きく鳴り響く。頬を中心に顔が熱くなるのを感じる。
どうしたんだろう。私一体なにを考えて・・・。もしかして、もしかする?義一君の事をもしかして・・・。

とか我ながら遂さっきまでの自分と比べてみるとあまりにも乙女チックになりすぎてないかなぁ、と冷静な部分の自分が感情が私の中で駆け抜けているにも関わらず。

「さとる、家の方に電話をかけて親御さんに現状を伝えておいた。大事を取って今日はもう帰るといい。」

義一君は最善と言える対処を冷静にしてくれていた。いつも通りに無表情で淡々とした口調で、見た目上は一切の動揺もない状態で。

・・・何だろう。私の中でカチンとくるものがきたのですが。さっきまでの淡くて甘酸っぱい気持ちを塗りつぶしかねない勢いで、胸の奥から理不尽な怒りがこみ上げてくる。
さっきまで狭い個室(トイレ)の中で抱き合っていたにも関わらず、何と言うべきか動揺とか照れとか驚きとか何かしらの感情を外に出して貰いたい、ってのはわたしの我が儘なのかな?
わたしにとっては結構感涙物の出来事だったのだけど、相方が何も感じていないかの様に無表情で淡々とした口調でわたしに話しかけてくるのは、何と言うかムカつく。
とは言え、義一君が言っている事が正しいのも確か。今のわたしがここに居ても彼に迷惑をかける可能性が高い。幾ら義一君が雑学を中心とした知識が豊富な人だからといっても、女性の生理の対処について詳しい・・・かもしれないけど、義一君の前でその対処をするのは恥ずかしい。

「・・・うん、分かった。とりあえず今日はもう帰るね。」
「生理中は激しい運動はしない方がいいらしい。走ったりせずゆっくりと、だが気をつけて帰るといい。」

そしてわたしは少しだけ見繕いをすると、家路につく事になった。わたしが義一君が住むアパートの敷地に出るまで彼はドアの側で見送ってくれた。
相変わらずの無表情で抑揚の無い言葉や素っ気ない態度だけどほんの少しだけどわたしを気遣ってくれる彼なりの優しさを感じ、そんなちょっとした事がとても嬉しく感じる。
まだ明確な形ではないけどわたしの中で義一君に対する考え方が少しづつ、だけど明らかに変わりつつあった。

家に着くと玄関に居たお母さんがすぐに出迎えてくれた。わたしが帰ってくるのを待ち構えていたとしか思えないが、お母さんの顔に浮かぶ不安気な表情を見ると本当に心配してくれていたんだな、と思い少しだけ罪悪感を感じた。
そしてすぐに生理後の対処をしてもらいながら母さんはわたしにしきりに話しかけてきて、そしてそれに対するわたしの反応にいちいち驚きの表情を浮かべていた。
曰く「2時間前までとまるで反応が違う」らしい。事実、わたし自身もさっきまでは鬱陶しく感じていたお母さんの言葉を素直に受け入れる様になっているのを実感していた。
蛇足だけど追加すると、居間にいた父さんもわたしの態度を見て目を丸くしていた。

時間が過ぎて夜になり、夕食を食べる事になった。
出てきたご飯は焼き魚とサラダと味噌汁と、そして白いご飯。
あれ?と思ったのだが、わたしのその時の表情を見てお母さんは苦笑しながら言った。

「本当ならお赤飯出お祝い、と言いたい処なんだけど、笹田君に『赤飯を出すような変な刺激を与える行為はしないでやってくれ』って言われてね。だから今日もいつも通りの食事を作ったのよ。」

そっか・・・。わたしは義一君のさり気ない優しさを垣間見て、そして彼の無愛想な顔を思い出して何故か胸の内が暖かくなるのを感じた。
そんな私の様子を見て、父さんがふと呟いく。

「ははっ、久しぶりに笑ったなさとる。」
「そうなの?」
「ああ、男の頃からを含めると、もう2、3年は俺たちの前で笑ったことはないな。」

そうだったのか・・・。
思い出してみると確かにここ2、3年、両親とまともに会話する事がなかった気がする。両親の言葉を特に頭の中に留めず、聞き流していた気がする。
身体が女性化してからは、露骨に2人を避けるようになって食事も一緒に取らなくなっていた。そう考えると両親に対してとても悪い事をした気持ちになる。

「ごめんね、お父さん、お母さん。」
「誤る事なにもないぞ?」
「そうそう。今の年代の子供の殆どは、親に対してはあんな行動を取るらしいじゃないか。」
「でも・・・。」
「気にするなって。身体が変わろうが、心が変わろうが、お前は俺達の子供に変わりは無いのだから。大切にするのは当たり前じゃないか。」

父さんの何気ない言葉を受けて、わたしは胸に大きな衝撃を受けていた。
身体が女性になったから?それとも心が女性である事を受け入れたから?
どっちかなのか、それとも別の理由なのかも分からない。だけどわたしの目から涙が溢れ、遂には泣きじゃくり始めてしまった。
そしてわたしは暫らくの間、両親2人をオロオロとさせる事になった。
そんなわたしと両親は久しぶりに一緒に夕食を取った。その間、わたしはいっぱい、いっぱい2人と会話した。今まで取ろうともしていなかった疎通を取り戻そうとするかの様に食事が終わった後も、眠くなるまでずっと会話をし続けた。

夜も遅くなり両親2人が寝室に行くのを確認してからわたしも自室に戻った。


昨日までは元に戻る為に自室のパソコンからネット環境に繋げて深夜遅くまで調べ物をするのがここ1ヶ月のわたしの日課になっていたが、今の「わたし」にはもう必要のない行為だ。
わたしは寝る為に寝巻きを取り出した。昨日まではTシャツとボクサーパンツ一丁で済ませていたが、6月とはいえ寝冷えしていたから少し丈の長いのを着る事にした。布地が薄手でピンク色をした寝巻きを選ぶと早速着替える。
・・・お母さんが半分冗談で買い与えてくれたと思う「黒いスケスケのネグリジェ」に興味が無い訳ではないけど、正直「成り立て」のわたしにはまだ恥ずかしさが先立つ。それに生理中の今の身には寒いのは厳禁、な気もするし。
寝巻きに着替えて終えると特にすることなくベットに入り込んみ、程なくするとわたしは眠りについた。

<つづく>

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