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論より詭弁 反論理的思考のすすめ (光文社新書)(2007/02/16)香西 秀信
レトリック界の割と偉い先生のちょいブラックジョークが入った詭弁本。
勉強になる。
無駄に立証責任を負わずに、相手に立証責任が行くように展開するのが大事なのだな。
議論のレッスンも普通に良かったです。
勉強になる。
無駄に立証責任を負わずに、相手に立証責任が行くように展開するのが大事なのだな。
![]() | 論より詭弁 反論理的思考のすすめ (光文社新書) (2007/02/16) 香西 秀信 商品詳細を見る |
議論のレッスンも普通に良かったです。
![]() | 議論のレッスン (生活人新書) (2002/04) 福澤 一吉 商品詳細を見る |
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (7) 作.ありす 挿絵.東宮由依
第6幕 ファリンの歌声
毎月第二週の水曜日は役場の定休日。
朝からたまっていた家事をやっつけて、午後は大工のウォルフに手伝ってもらい、礼拝堂の修理をした。
『残りはまた来月』とお礼を固辞するウォルフを見送り、ひんやりとして静かな礼拝堂で、一息ついていた。
私はステンドグラスからこぼれてきた、色とりどりの光のモザイク模様に埋もれたオルガンを、なんとなく見つめていた。
そうだ、練習しとかなきゃ……。
私は練習用のおもちゃのグロッケンを出してきて、楽譜を見ながら途切れ途切れのメロディを辿った。
ヘルマがいれば、一緒に練習手伝ってもらえるんだけど、本物のオルガンは私の体格じゃ弾けない。
指が十分に届かないし、鍵盤に届くように椅子に座るとペダルに足が届かない。
見かねたヘルマから、どこかで拾ってきたという、このグロッケンを貰ったけど、弾いたことなかったから、楽譜の主旋律を途切れ途切れに弾くので精一杯だ。
まぁ、歌のメロディだけ覚えられれば十分だからいいけど。
他人に見られたら一発で笑われるのを恐れて、こっそり礼拝堂で練習しているのは、そういうわけがある。
「クノさん」
「え? わっ! あ、ファリンか。 脅かさないでよ」
「ごめんなさい、歌声が聞こえたので、つい」
「この時間は誰も来ないと思っていたから、油断したよ」
「何をなさっているんですか?」
「え? ああ、これ? うん、ちょっと練習。日曜ミサで聖歌、歌わなきゃいけないから」
「そうなんですか。クノさんも歌を歌われるんですね」
「うん、クララの命令でね。でも、いざ自分で歌おうとすると、良く知らない歌が多いから、こうやって練習してるんだ」
ファリンの目がいつに無く、キラキラと輝いてる。
「あ、そういえばファリンは聖歌隊だったんだよね。カストラートだっけ? この歌、ちょっと教えてくれないかなぁ?」
「え、いいんですか?」
「いいもなにも、そんな顔されちゃ……。それに前に約束したじゃない。ファリンの歌を聞かせてくれるって」
「そうでしたね。ここなら、たぶん大丈夫でしょう。この曲でよろしいんですか?」
ファリンは私の開いていた楽譜を嬉しそうに受け取とった。
「伴奏できないけど?」
「この曲なら、伴奏無くても大丈夫ですよ」
ファリンは目を閉じて、すうっと息を吸うと歌い始めた。

何に例えればいいんだろう? 澄み切った透明な調べが響き渡る。
午後の礼拝堂は静か過ぎて怖いぐらいだけど、ファリンの美しい歌声に、礼拝堂全体が応えているみたいだった。
「すごい、すごいよファリン! 本当に天使が歌っているみたいだった」
「天使だなんてそんな」
「ううん。ほんとうだよ。普段の声もとってもきれいで不思議だけれど、歌声はもっと素敵だ。これがファリンの歌なんだ」
「聞いてもらえて嬉しいです。旅を始めてからは、あまり歌う機会もありませんでしたから」
「ねぇ、もっと聞かせてよ。そうだ! ねぇ、ファリンが歌ってくれない? 今度の日曜ミサ。きっとみんな感動するよ」
「え? でも……、私はこの村の人間ではありませんし」
「こんな素敵な歌声、私だけなんてもったいないよ。クララだってきっとそう言うと思う」
「ですが……」
「お願い! 私、あんまり歌は得意じゃないんだ」
「では、カールさんがいいとおっしゃってくださったなら」
「大丈夫!」
口では遠慮している風だったけれど、ファリンもなんだかとっても嬉しそうだ。是非ファリンに歌ってもらおう。
私は心の中でそう決めていた。
「ねぇ、もっと聞かせてよ」
「では、ご一緒に歌いませんか?」
ファリンに教えてもらって、初めて聖歌と聖典の関係について判った気がした。
クララに聞いたら『そんなことも知らないで歌っていたのか?』と怒られそうで聞けなかったけど。でも、ファリンはとても丁寧に、歌の意味を教えてくれた。
聖歌の意味を知ることで、私はもっとうまく歌えるような気がした。
それに、ファリンの美しい声にあわせて歌うと、なんだか自分もうまくなったような気がする。
いままでは義務感からしていた聖歌の練習だけど、今日はそれが楽しく思えた。
礼拝堂のステンドグラスが作るモザイク模様が翳るまで、私はファリンと歌の練習をしていた。
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
そして期待の日曜ミサ。私はファリンと聖歌を歌っていた。
クララはファリンが歌うことは許可してくれたけど、私にも“必ず歌うように”と厳命した。
私のヘタクソな歌なんて、邪魔なだけじゃないかと思ったけど、クララには逆らえない。
ファリンの邪魔をしちゃいけないと、口パクで誤魔化していたら、途中でクララにゲンコツを食らった。
でも、日曜ミサは大成功。みんながファリンの素晴らしい歌声に魅せられていた。
村人から何度も歌ってほしいとせがまれて、結局ミサが終わったのは昼に近かった。
もちろん私は途中からリタイア。歌を歌うのって結構体力がいるんだよね。
ミサが終わっても、ファリンの声を聞きたがって、村人の何人かは教会に残り、開放された前庭で、ささやかな昼食会が始まった。
パン屋の主人はアイリーンを使いに出して、店のパンを供出してくれて、八百屋のゼペットも果物やじゃがいもを運んでくれた。村長も村の共同倉庫の小麦粉を出すことを許可してくれた。
一旦家に帰った村人たちも、また教会に集まってきて、ちょっとしたお祭りのようになった。
私はクララとファリンに村人の接待をお願いして、ドーラやヘルマ、それにハルと一緒に、供出してくれた食材を調理するので、てんてこ舞いになっていた。
今年は春のお祭りは、取りやめになってしまっていたから、いい機会だったのかもしれない。
ファリンがリクエストに応じきれなくなると、ハルが旅先での不思議な話や、面白い話を披露した。
私はとても安心していた。これで、ハルもファリンも村の一員だ。
ハルは普段村にいなくて、半分は村を捨てた様になっていたけれど、もともとはこの村の一員であることには違いない。
ファリンが村人に受け入れられて、ハルの帰りをみんなが喜んでくれたのなら、しばらくはこの村に留まってくれる事だろう。
でも……村人の中には、あのエルダもいた。
気のせいかもしれないけれど、ずっとクララのそばについているみたいだった。
エルダは信心深い人だから、司祭の言葉を聞き逃すまいと、そばを離れないようにしているのはわかるけど、それだけじゃないようにも見えてしまうのだ。
「あの方は、どなたですか?」
いつのまにか、ファリンが私のそばにきていた。
「ああ、あれは服屋のエルダ」
「そうですか、あの方が……」
「あっちはもういいの?」
「ええ、久しぶりに思い切り歌うことができました。今はハルさんがまた旅のお話をしていて、その後はカールさんが聖典の祝福の言葉を告げて、お開きだそうです」
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
「いいえ、私とても嬉しいんです。むしろクノさんたちに感謝しているぐらい。私の歌を聞いてくださって、あんなに喜んでくださって、カストラートになってよかったなって、本当にそう思いました」
ファリンは本当に嬉しそうだった。ハルとの正体を隠した旅では、歌うこともままならなかっただろう。
一度聞いたら忘れられない、ファリンがファリンであることの証。
「私も、もっとファリンの歌、聞きたかったな」
「クノさん、裏方のお仕事で大忙しでしたものね」
「うん、成り行きで始まっちゃったからね。準備なんかしてなかったから、てんてこ舞い」
「じゃあ今夜、クノさんのために、セレナーデでも歌いましょうか?」
「ホント? あ、でも私だけじゃもったいないな。ヘルマとドーラも呼んでいい?」
「もちろん」
「じゃ、あとで誘っておくね。そうだ! ドーラに何かお菓子焼いてもらうように、頼んでおこう」
「それは、私も楽しみですね」
「じゃ、決まりね。詳細は後で。もうすぐお開きなら、後片付けの準備もしなくちゃ」
「あ、私もお手伝いします」
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
そして、目の回るような忙しい一日が終わり、軽い夕食も終えた後、日の暮れた村はずれの草原で、ファリンの小さな独唱会をした。
観客は私とヘルマとドーラの3人だけ。
昼間あれだけ歌っていたのに、ファリンの透き通った不思議な声音は衰えることなく、穏やかな夜風に融けていくようだった。
満月の下での、おしゃべりも楽しかった。
月が天頂に差し掛かるころ、ヘルマとドーラの伴侶が迎えにきてお開きになり、私とファリンも帰る事にした。
帰る道すがら、私はファリンに言ってみた。
「ねぇ、ファリン。このままこの村にずっと住まない? ハルと一緒にさ」
「そうですね。そうできたら、いいかもしれませんね」
「ハルなら大丈夫だよ。もう一度この村でお店を開けば。私も手伝うし」
「クノさんが?」
「うん。それにね、ファリンには、私の代わりに司祭代理になってもらいたいなって、思ったの」
「私が、クノさんの代わりにですか?」
「うん、だって、ファリンは私よりも聖典について詳しいし、聖歌だってあんなに素敵に歌える。それにいろんな事を知っているし、私なんか、全然駄目だもんなぁ」
「でも、私がクノさんのお仕事を取ってしまったら、クノさんはどうするんですか?」
「私は、また農業をはじめたいなぁって、思ってるんだ」
「農業を?」
「私がもともと農夫だったって言うのは、話したよね?」
「ええ」
「ファリンを見ていて思ったの。人にはそれぞれ向いている仕事があるんだって。私こんな体になってしまって、一度はあきらめてしまったけれど。でも、もう一度試してみたいと思ってるんだ」
「でも……」
「うん、わかってる。こんな姿じゃ無理だよね。ハルだって旅商人を続けたほうが、性にあっていることだって知ってるし、ファリンはハルとは離れられないでしょう?」
「ええ……」
「だからね、これはほとんど願望なんだ。願うだけならいいでしょ?」
「ええ、そうですね。人が生きていくには、必要なものだと思います」
「でもね、全然希望が無いわけじゃないと思うんだ」
「それは?」
「私をこんなにした薬。クララが教会のどこかに隠しているんだ。まだ見つけていないけど、必ずあの教会のどこかにある。その薬をもう一度飲めば、私は男に戻れる。ファリンだってその薬を飲めば、きっと本当の女の子になれるよ」
「それは……。もしそうだとしたら、クノさんと私の夢もかないますね。でもカールさんとハルさんは?」
「それはとりあえず、私たちが頑張ればいいんじゃない? クララは今の体の方が気に入っているみたいだし。ハルだってファリンがこの村に残りたいって言えば、きっとそうしてくれるよ」
「そうでしょうか?」
「でもね、あの薬、飲むと小さくなっちゃうんだよね。私、今のこの姿で薬を飲んだら、男には戻れても、今度は赤ん坊になっちゃうかも」
「それは大変ですね」
「でもファリンは大丈夫だと思う。今の私よりもオトナだもん」
「だとしたら、いいですね」
「うん。だからきっとあの薬を見つけて、ファリンに飲ませてあげる。私ももう少し大きくなった時のために、いまはこの姿で我慢するしかないんだ」
教会の尖塔が見え始めたところで、心配したクララとハルが迎えに来ていた。
「この話は、二人には絶対内緒だよ」
「ええ、わかっています」
でも満月の明かりに照らされた、クララの顔が不機嫌であることに、直ぐに私は気がついた。
「クノ! こんな時間まで! 早く帰って来いって、言っただろう!」
「遅くなってごめんなさい。でも、こんな時間って、さっきまでみんないたし、月だってまだあそこ……」
「女の子の出歩く時間じゃないだろう!」
「大丈夫だよ。そんなに怒らなくたって。それに、いつまでも子ども扱いしないでって、言ってるでしょう!」
「この前みたいに、狼に襲われたら、どうするんだ!」
「カール、そんなにクノを責めなくてもいいだろう、それにファリンもいるから大丈夫だって、言ったじゃないか」
「ええ、そうですよカールさん。そんなに怒らなくても……」
ハルとファリンが助け舟を出してくれたけど、クララは聞きもしなかった。
「クノは甘やかしたら駄目なんだ。 いつも僕の言うことなんか、ちっとも守らないんだから」
「もういい! クララのばか!」
そう叫んで、私は教会に走って戻った。
キッチンにある踏み台に座って、じっとふてくされていると、ファリンがいつの間にかそばに来ていて言った。
「ごめんなさい、私のせいで、カールさんと……」
「え? ううん。そんなこと全然無いよ。悪いのはクララのほうなんだから。ファリンが気に病むことなんて無いよ」
「でも……」
「大丈夫。明日になったら、クララだって反省してくれるさ。だいたい司祭なんだから、もっと寛容でもいいと思うんだ」
司祭はたとえ小さな過ちでも、それを聞き届け、赦しを与えなくてはならない。
身内とはいえ、私にもそうしてくれてもいい筈だ。
「朝になったら、私がしおらしく『夕べはごめんなさい』とでも言えば、クララはもうそれ以上は何も言わない。ちょっと癪だけど、もういい加減慣れた」
「カールさんとは、いつもけんかしてらっしゃるんですか?」
「好きでやってるわけじゃないけどね。だけどやることなすこと、いつも小言ばかり。いい加減いやんなっちゃうよ」
「クノさんは、充分にやってらっしゃると思うのですが……」
「そう? 確かに私、何をやっても中途半端。こんな体じゃ、思うように出来ないことも多いし、同じことをするのにも、余計な手間がかかっちゃう。それに、クララに養われている身だから仕方ないけど、一方的に責められてばかりじゃ、文句のひとつでも言いたくなるわ」
「だからクノさんは、男に戻りたがってらっしゃるのですね」
「うん、そう。男に戻れば、こんな生活ともおさらば。誰にも文句言われずに、好きにやっていける」
「そうですね。でも女性だからといって、好きに生きて行けないわけではないのでは? ヘルマさんやドーラさんだって、今の姿になる前のカールさんだって」
「そりゃ、そうだけど……。じゃ、やっぱり、私がだめなのかなぁ」
「とんでもない。ただ、ちょっとカールさんと、うまくいっていないだけだと思いますよ」
「それじゃ、私とクララの相性が悪いって事かなぁ」
私は左手の指輪を見つめた。ファリンは慌てて言った。
「いいえ、それも違います。そう、なんといいますか……ぴったりと合わさるはずの服のボタンでさえ、ひとつ間違えれば全部ずれて、おかしくなってしまうように……」
「いいよ、ファリン。ありがとう。クララもファリンの100分の1でもいいから、やさしくしてくれればいいのになぁ」
「カールさんもカールさんなりに悩みや不満があって、クノさんにもっと優しくして欲しいって、思ってらっしゃるかも知れませんよ?」
「ええぇ~? 司祭なのに?」
「司祭だからって、悩みがないわけじゃありませんよ。何か我慢していらっしゃる事が、あるのかもしれません」
「そりゃそうだろうけど……。それじゃ、“司祭代理”の私にも我慢していろってこと?」
「“司祭”のカールさんがわがまま言えるのは、“婚約者”のクノさんだけなのではありませんか?」
「……それは、そうかもしれないけど」
「カールさんがクノさんに厳しく言うのは、カールさんなりにクノさんに甘えていらっしゃるのかもしれません。つまり、愛情の裏返しかと」
「そうかなぁ? まぁ、わからなくもないけれど……」
「甘えん坊なカールさんを、クノさんが“オトナの余裕”で受け流すのですよ」
「そうだね! うん、参考になった。ありがとうファリン」
「いえ、偉そうな事を申し上げてすみません」
「ところで、ハルもファリンにそんな風に甘えたりするの?」
「へ? あ、いえ……、私のほうが一方的に甘えているだけかも……」
ファリンが目線と答えをそらす。
もしかしたらクララなんかよりも、よっぽど聖職者らしいファリンも、自分のこととなるととたんに、うろたえたりごまかそうとしたりする。
そんなファリンに、私はますます親しみを感じていた。
<つづく>
毎月第二週の水曜日は役場の定休日。
朝からたまっていた家事をやっつけて、午後は大工のウォルフに手伝ってもらい、礼拝堂の修理をした。
『残りはまた来月』とお礼を固辞するウォルフを見送り、ひんやりとして静かな礼拝堂で、一息ついていた。
私はステンドグラスからこぼれてきた、色とりどりの光のモザイク模様に埋もれたオルガンを、なんとなく見つめていた。
そうだ、練習しとかなきゃ……。
私は練習用のおもちゃのグロッケンを出してきて、楽譜を見ながら途切れ途切れのメロディを辿った。
ヘルマがいれば、一緒に練習手伝ってもらえるんだけど、本物のオルガンは私の体格じゃ弾けない。
指が十分に届かないし、鍵盤に届くように椅子に座るとペダルに足が届かない。
見かねたヘルマから、どこかで拾ってきたという、このグロッケンを貰ったけど、弾いたことなかったから、楽譜の主旋律を途切れ途切れに弾くので精一杯だ。
まぁ、歌のメロディだけ覚えられれば十分だからいいけど。
他人に見られたら一発で笑われるのを恐れて、こっそり礼拝堂で練習しているのは、そういうわけがある。
「クノさん」
「え? わっ! あ、ファリンか。 脅かさないでよ」
「ごめんなさい、歌声が聞こえたので、つい」
「この時間は誰も来ないと思っていたから、油断したよ」
「何をなさっているんですか?」
「え? ああ、これ? うん、ちょっと練習。日曜ミサで聖歌、歌わなきゃいけないから」
「そうなんですか。クノさんも歌を歌われるんですね」
「うん、クララの命令でね。でも、いざ自分で歌おうとすると、良く知らない歌が多いから、こうやって練習してるんだ」
ファリンの目がいつに無く、キラキラと輝いてる。
「あ、そういえばファリンは聖歌隊だったんだよね。カストラートだっけ? この歌、ちょっと教えてくれないかなぁ?」
「え、いいんですか?」
「いいもなにも、そんな顔されちゃ……。それに前に約束したじゃない。ファリンの歌を聞かせてくれるって」
「そうでしたね。ここなら、たぶん大丈夫でしょう。この曲でよろしいんですか?」
ファリンは私の開いていた楽譜を嬉しそうに受け取とった。
「伴奏できないけど?」
「この曲なら、伴奏無くても大丈夫ですよ」
ファリンは目を閉じて、すうっと息を吸うと歌い始めた。

何に例えればいいんだろう? 澄み切った透明な調べが響き渡る。
午後の礼拝堂は静か過ぎて怖いぐらいだけど、ファリンの美しい歌声に、礼拝堂全体が応えているみたいだった。
「すごい、すごいよファリン! 本当に天使が歌っているみたいだった」
「天使だなんてそんな」
「ううん。ほんとうだよ。普段の声もとってもきれいで不思議だけれど、歌声はもっと素敵だ。これがファリンの歌なんだ」
「聞いてもらえて嬉しいです。旅を始めてからは、あまり歌う機会もありませんでしたから」
「ねぇ、もっと聞かせてよ。そうだ! ねぇ、ファリンが歌ってくれない? 今度の日曜ミサ。きっとみんな感動するよ」
「え? でも……、私はこの村の人間ではありませんし」
「こんな素敵な歌声、私だけなんてもったいないよ。クララだってきっとそう言うと思う」
「ですが……」
「お願い! 私、あんまり歌は得意じゃないんだ」
「では、カールさんがいいとおっしゃってくださったなら」
「大丈夫!」
口では遠慮している風だったけれど、ファリンもなんだかとっても嬉しそうだ。是非ファリンに歌ってもらおう。
私は心の中でそう決めていた。
「ねぇ、もっと聞かせてよ」
「では、ご一緒に歌いませんか?」
ファリンに教えてもらって、初めて聖歌と聖典の関係について判った気がした。
クララに聞いたら『そんなことも知らないで歌っていたのか?』と怒られそうで聞けなかったけど。でも、ファリンはとても丁寧に、歌の意味を教えてくれた。
聖歌の意味を知ることで、私はもっとうまく歌えるような気がした。
それに、ファリンの美しい声にあわせて歌うと、なんだか自分もうまくなったような気がする。
いままでは義務感からしていた聖歌の練習だけど、今日はそれが楽しく思えた。
礼拝堂のステンドグラスが作るモザイク模様が翳るまで、私はファリンと歌の練習をしていた。
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
そして期待の日曜ミサ。私はファリンと聖歌を歌っていた。
クララはファリンが歌うことは許可してくれたけど、私にも“必ず歌うように”と厳命した。
私のヘタクソな歌なんて、邪魔なだけじゃないかと思ったけど、クララには逆らえない。
ファリンの邪魔をしちゃいけないと、口パクで誤魔化していたら、途中でクララにゲンコツを食らった。
でも、日曜ミサは大成功。みんながファリンの素晴らしい歌声に魅せられていた。
村人から何度も歌ってほしいとせがまれて、結局ミサが終わったのは昼に近かった。
もちろん私は途中からリタイア。歌を歌うのって結構体力がいるんだよね。
ミサが終わっても、ファリンの声を聞きたがって、村人の何人かは教会に残り、開放された前庭で、ささやかな昼食会が始まった。
パン屋の主人はアイリーンを使いに出して、店のパンを供出してくれて、八百屋のゼペットも果物やじゃがいもを運んでくれた。村長も村の共同倉庫の小麦粉を出すことを許可してくれた。
一旦家に帰った村人たちも、また教会に集まってきて、ちょっとしたお祭りのようになった。
私はクララとファリンに村人の接待をお願いして、ドーラやヘルマ、それにハルと一緒に、供出してくれた食材を調理するので、てんてこ舞いになっていた。
今年は春のお祭りは、取りやめになってしまっていたから、いい機会だったのかもしれない。
ファリンがリクエストに応じきれなくなると、ハルが旅先での不思議な話や、面白い話を披露した。
私はとても安心していた。これで、ハルもファリンも村の一員だ。
ハルは普段村にいなくて、半分は村を捨てた様になっていたけれど、もともとはこの村の一員であることには違いない。
ファリンが村人に受け入れられて、ハルの帰りをみんなが喜んでくれたのなら、しばらくはこの村に留まってくれる事だろう。
でも……村人の中には、あのエルダもいた。
気のせいかもしれないけれど、ずっとクララのそばについているみたいだった。
エルダは信心深い人だから、司祭の言葉を聞き逃すまいと、そばを離れないようにしているのはわかるけど、それだけじゃないようにも見えてしまうのだ。
「あの方は、どなたですか?」
いつのまにか、ファリンが私のそばにきていた。
「ああ、あれは服屋のエルダ」
「そうですか、あの方が……」
「あっちはもういいの?」
「ええ、久しぶりに思い切り歌うことができました。今はハルさんがまた旅のお話をしていて、その後はカールさんが聖典の祝福の言葉を告げて、お開きだそうです」
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
「いいえ、私とても嬉しいんです。むしろクノさんたちに感謝しているぐらい。私の歌を聞いてくださって、あんなに喜んでくださって、カストラートになってよかったなって、本当にそう思いました」
ファリンは本当に嬉しそうだった。ハルとの正体を隠した旅では、歌うこともままならなかっただろう。
一度聞いたら忘れられない、ファリンがファリンであることの証。
「私も、もっとファリンの歌、聞きたかったな」
「クノさん、裏方のお仕事で大忙しでしたものね」
「うん、成り行きで始まっちゃったからね。準備なんかしてなかったから、てんてこ舞い」
「じゃあ今夜、クノさんのために、セレナーデでも歌いましょうか?」
「ホント? あ、でも私だけじゃもったいないな。ヘルマとドーラも呼んでいい?」
「もちろん」
「じゃ、あとで誘っておくね。そうだ! ドーラに何かお菓子焼いてもらうように、頼んでおこう」
「それは、私も楽しみですね」
「じゃ、決まりね。詳細は後で。もうすぐお開きなら、後片付けの準備もしなくちゃ」
「あ、私もお手伝いします」
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
そして、目の回るような忙しい一日が終わり、軽い夕食も終えた後、日の暮れた村はずれの草原で、ファリンの小さな独唱会をした。
観客は私とヘルマとドーラの3人だけ。
昼間あれだけ歌っていたのに、ファリンの透き通った不思議な声音は衰えることなく、穏やかな夜風に融けていくようだった。
満月の下での、おしゃべりも楽しかった。
月が天頂に差し掛かるころ、ヘルマとドーラの伴侶が迎えにきてお開きになり、私とファリンも帰る事にした。
帰る道すがら、私はファリンに言ってみた。
「ねぇ、ファリン。このままこの村にずっと住まない? ハルと一緒にさ」
「そうですね。そうできたら、いいかもしれませんね」
「ハルなら大丈夫だよ。もう一度この村でお店を開けば。私も手伝うし」
「クノさんが?」
「うん。それにね、ファリンには、私の代わりに司祭代理になってもらいたいなって、思ったの」
「私が、クノさんの代わりにですか?」
「うん、だって、ファリンは私よりも聖典について詳しいし、聖歌だってあんなに素敵に歌える。それにいろんな事を知っているし、私なんか、全然駄目だもんなぁ」
「でも、私がクノさんのお仕事を取ってしまったら、クノさんはどうするんですか?」
「私は、また農業をはじめたいなぁって、思ってるんだ」
「農業を?」
「私がもともと農夫だったって言うのは、話したよね?」
「ええ」
「ファリンを見ていて思ったの。人にはそれぞれ向いている仕事があるんだって。私こんな体になってしまって、一度はあきらめてしまったけれど。でも、もう一度試してみたいと思ってるんだ」
「でも……」
「うん、わかってる。こんな姿じゃ無理だよね。ハルだって旅商人を続けたほうが、性にあっていることだって知ってるし、ファリンはハルとは離れられないでしょう?」
「ええ……」
「だからね、これはほとんど願望なんだ。願うだけならいいでしょ?」
「ええ、そうですね。人が生きていくには、必要なものだと思います」
「でもね、全然希望が無いわけじゃないと思うんだ」
「それは?」
「私をこんなにした薬。クララが教会のどこかに隠しているんだ。まだ見つけていないけど、必ずあの教会のどこかにある。その薬をもう一度飲めば、私は男に戻れる。ファリンだってその薬を飲めば、きっと本当の女の子になれるよ」
「それは……。もしそうだとしたら、クノさんと私の夢もかないますね。でもカールさんとハルさんは?」
「それはとりあえず、私たちが頑張ればいいんじゃない? クララは今の体の方が気に入っているみたいだし。ハルだってファリンがこの村に残りたいって言えば、きっとそうしてくれるよ」
「そうでしょうか?」
「でもね、あの薬、飲むと小さくなっちゃうんだよね。私、今のこの姿で薬を飲んだら、男には戻れても、今度は赤ん坊になっちゃうかも」
「それは大変ですね」
「でもファリンは大丈夫だと思う。今の私よりもオトナだもん」
「だとしたら、いいですね」
「うん。だからきっとあの薬を見つけて、ファリンに飲ませてあげる。私ももう少し大きくなった時のために、いまはこの姿で我慢するしかないんだ」
教会の尖塔が見え始めたところで、心配したクララとハルが迎えに来ていた。
「この話は、二人には絶対内緒だよ」
「ええ、わかっています」
でも満月の明かりに照らされた、クララの顔が不機嫌であることに、直ぐに私は気がついた。
「クノ! こんな時間まで! 早く帰って来いって、言っただろう!」
「遅くなってごめんなさい。でも、こんな時間って、さっきまでみんないたし、月だってまだあそこ……」
「女の子の出歩く時間じゃないだろう!」
「大丈夫だよ。そんなに怒らなくたって。それに、いつまでも子ども扱いしないでって、言ってるでしょう!」
「この前みたいに、狼に襲われたら、どうするんだ!」
「カール、そんなにクノを責めなくてもいいだろう、それにファリンもいるから大丈夫だって、言ったじゃないか」
「ええ、そうですよカールさん。そんなに怒らなくても……」
ハルとファリンが助け舟を出してくれたけど、クララは聞きもしなかった。
「クノは甘やかしたら駄目なんだ。 いつも僕の言うことなんか、ちっとも守らないんだから」
「もういい! クララのばか!」
そう叫んで、私は教会に走って戻った。
キッチンにある踏み台に座って、じっとふてくされていると、ファリンがいつの間にかそばに来ていて言った。
「ごめんなさい、私のせいで、カールさんと……」
「え? ううん。そんなこと全然無いよ。悪いのはクララのほうなんだから。ファリンが気に病むことなんて無いよ」
「でも……」
「大丈夫。明日になったら、クララだって反省してくれるさ。だいたい司祭なんだから、もっと寛容でもいいと思うんだ」
司祭はたとえ小さな過ちでも、それを聞き届け、赦しを与えなくてはならない。
身内とはいえ、私にもそうしてくれてもいい筈だ。
「朝になったら、私がしおらしく『夕べはごめんなさい』とでも言えば、クララはもうそれ以上は何も言わない。ちょっと癪だけど、もういい加減慣れた」
「カールさんとは、いつもけんかしてらっしゃるんですか?」
「好きでやってるわけじゃないけどね。だけどやることなすこと、いつも小言ばかり。いい加減いやんなっちゃうよ」
「クノさんは、充分にやってらっしゃると思うのですが……」
「そう? 確かに私、何をやっても中途半端。こんな体じゃ、思うように出来ないことも多いし、同じことをするのにも、余計な手間がかかっちゃう。それに、クララに養われている身だから仕方ないけど、一方的に責められてばかりじゃ、文句のひとつでも言いたくなるわ」
「だからクノさんは、男に戻りたがってらっしゃるのですね」
「うん、そう。男に戻れば、こんな生活ともおさらば。誰にも文句言われずに、好きにやっていける」
「そうですね。でも女性だからといって、好きに生きて行けないわけではないのでは? ヘルマさんやドーラさんだって、今の姿になる前のカールさんだって」
「そりゃ、そうだけど……。じゃ、やっぱり、私がだめなのかなぁ」
「とんでもない。ただ、ちょっとカールさんと、うまくいっていないだけだと思いますよ」
「それじゃ、私とクララの相性が悪いって事かなぁ」
私は左手の指輪を見つめた。ファリンは慌てて言った。
「いいえ、それも違います。そう、なんといいますか……ぴったりと合わさるはずの服のボタンでさえ、ひとつ間違えれば全部ずれて、おかしくなってしまうように……」
「いいよ、ファリン。ありがとう。クララもファリンの100分の1でもいいから、やさしくしてくれればいいのになぁ」
「カールさんもカールさんなりに悩みや不満があって、クノさんにもっと優しくして欲しいって、思ってらっしゃるかも知れませんよ?」
「ええぇ~? 司祭なのに?」
「司祭だからって、悩みがないわけじゃありませんよ。何か我慢していらっしゃる事が、あるのかもしれません」
「そりゃそうだろうけど……。それじゃ、“司祭代理”の私にも我慢していろってこと?」
「“司祭”のカールさんがわがまま言えるのは、“婚約者”のクノさんだけなのではありませんか?」
「……それは、そうかもしれないけど」
「カールさんがクノさんに厳しく言うのは、カールさんなりにクノさんに甘えていらっしゃるのかもしれません。つまり、愛情の裏返しかと」
「そうかなぁ? まぁ、わからなくもないけれど……」
「甘えん坊なカールさんを、クノさんが“オトナの余裕”で受け流すのですよ」
「そうだね! うん、参考になった。ありがとうファリン」
「いえ、偉そうな事を申し上げてすみません」
「ところで、ハルもファリンにそんな風に甘えたりするの?」
「へ? あ、いえ……、私のほうが一方的に甘えているだけかも……」
ファリンが目線と答えをそらす。
もしかしたらクララなんかよりも、よっぽど聖職者らしいファリンも、自分のこととなるととたんに、うろたえたりごまかそうとしたりする。
そんなファリンに、私はますます親しみを感じていた。
<つづく>
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (6) 作.ありす 挿絵.東宮由依
第5幕 カールと熊避けの実
北の森。クララは自分が手入れをしている森の間伐をしていた。そこへハルがやってきた。
「やぁ、こんなところにいたのかい? クララ」
「ハル。どうしたんだい? こんな山奥まで」
「ちょっとポム村に用事があってね。帰り道さ」
「それにしちゃ、ずいぶん遠回りだな。沢を下っていったほうが早いのに」
「そうなのかい? 村を出てずいぶん経つから、忘れてしまったよ」
「うそつけ。このあたりは、昔クノともよく来たんだろう?」
「うん。じゃあ、本当の事を言おう。そのクノの事なんだけどさ」
「クノがどうかしたのか? また何かやらかしたのか?」
「今朝、寝坊したそうだね」
「ファリンに聞いたのか?」
「ああ。クノはとても落ち込んでいたそうだよ。農夫失格だって」
「別にいまは農夫じゃないんだからいいさ。おとなしく役場で、ヘルマの手伝いでもしててくれれば」
「クノが落ち込んでいたのは、それだけじゃないと思うけど」
「僕のせいだって言うのか?」
「そうだね。昨日も思ったんだけど、もうちょっとクノにやさしくしてあげてもいいんじゃないのか? 婚約者なんだろう?」
「クノは甘やかすと駄目なんだ。僕の言うことなんか、ちっとも聞かないし」
「クノにだって、言い分はあるんだろう? 聞いてあげないのかい?」
「いちいち聞いていたら身が持たないよ。きゃんきゃん喚かれるだけで、うんざりしてくる」
「クララは、クノが嫌いなのかい?」
「“カール”と呼んでくれないか? 今はそう名乗ってる」
「君のお父さんの名前だね」
「ああ、この姿で女の名前じゃ、おかしいだろ? 先月ようやく新しい洗礼名をもらった」
「でもクノは、君の事はそう呼んでいないみたいだね?」
「うん、それも実は気に入らない。ああ、クノが嫌いというわけじゃないよ。ちっとも女の子らしくしないから、それが気に入らないだけなんだ。クノのことは……好きだよ」
「それを聞いて、安心したよ」
「でもね……。クノはさ、僕のことはそれほど好きじゃないかもしれないんだよね」
「何でそんな風に思うんだい?」
「クノは自分ではまだ男だと思っているし、元に戻ることをあきらめてなんかいないんだ」
「だって、結婚式挙げたんだろう?」
「途中でうやむやになっちゃったけどね。籍もまだ入れてない」
「そうなのかい? でも、村の人もみんな、二人のことは夫婦だと思っているみたいだし、その…既成事実は済ませたんだろう?」
「既成事実?」
「その…本当の夫婦になったんだろう? ってことさ」
「え゙? あ、いや…それはまだ…。夜も別々に寝ているし」
「そうなのかい? まぁ確かにあの姿ではちょっと躊躇するかもしれないけど…」
「知らない人が見たら犯罪だよね。でも、体はしっかりと女になってるよ」
「確かめたのかい?」
「あー最近は見ていないけど、まえに寝ぼけて抱きつかれたときの感触では、出るとこは出ていたし、ちゃんと月のものは来ているらしいから、子供だって産めると思う」
「なんか生々しい話だね、カール」
「あ、イカン。僕は調子に乗って恥ずかしいことを…」
「あはは、カールはもうすっかり男だね。なんかずいぶんと印象が変わった」
「ほめ言葉ととっておこう。でもこういうほうが自然な感じなんだ。体に合わせているわけじゃないんだけど」
「そうなのかい? 印象が変わったのは、クノもだけどね」
「あはは、極端だけどね。でも、かわいくなっただろう?」
「のろけかい? カール」
「そういうつもりじゃ……」
「でも……そうだね。昔と比べると、やっぱり違う。見た目だけじゃない様に思えるんだ」
「本人は、頑として認めないけどね」
「ところでさ、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「クノが言っていたことさ。服屋のエルダとのこと」
「あれは……ちがうよ。クノは誤解しているだけなんだ。エルダのところに何度か通っているのは本当だけど」
「だけど?」
「ハルには隠し事できないな。本当はクノに服をプレゼントしたいと思っているんだ」
「服?」
「うん。僕たち、もうすぐ婚約一周年なんだ。だから何か記念になるものをあげたかった」
「それなら隠さずに、クノの誤解を解いたほうが良かったんじゃないかな?」
「クノはさ、さっきも言ったけれど、自分が女の子だって言う自覚が足りないんだよね。僕の古い服を直して、地味な服装ばかりしているし、昨日だってあんな無茶して。要するにまだ自分は男だと思っているって事なんだと思う」
「女の子らしい服をあげようなんていったら、断られると思ったんだね」
「そう。でも、僕としてはクノにいつも綺麗でいてもらいたい。誰もが羨ましがる様な女性でいて欲しい……。これって変かな?」
「そんなことは無いと思うよ。“男”なら誰だって自分の大切な恋人に、そうであって欲しいって思うんじゃないかな?」
「うん、だけど……。クノは、そうは考えていないみたい」
「うーん、体の変化に、まだ心が追いついていないからかもしれないね」
「でも、昨日は助かったよ。クノは時々、融通が利かないことがあるから」
「クノは、根がまじめだからね。だから自分に限らず、誰かが騙されたり、騙したりすることがとても嫌いなんだよ。それにクノにしてみれば、女性として婚約までしておきながら浮気されたら、とても傷つくんじゃないかな」
「それは、僕もわかっているつもりなんだけど……」
確かにハルの言うとおり、クノは隠し事とか嘘をつかれたりすると、すごく不機嫌になる。
でもクノをびっくりさせることが、そんなにいけないことなんだろうか? とカールは思った。
「ところで、ハルは商人だけあって、物知りなんだね。あの指輪。僕は単純にとても綺麗で高価だから、いいものだと思っていたよ」
「カールは元女性だったのに、そういうことには疎いんだね」
「あはは、あんまりそういうの、キョウミ無かったから。でも知らなかったなぁ。贈った人の真心を映す指輪だなんて」
「ああ、そのことなんだけど……。嘘なんだ」
「ええっ?」
「恋人に贈る指輪の材質だって言うところまでは本当だけどね。長い年月を経ても、色が変わらない材質だから、そういう証に使われるんだ」
「なぁんだ、そうだったのか」
「カールはどうしてクノに指輪をあげたんだい?」
「どうしてって、結婚しようってクノが言ってくれたからだけど」
「そう。でも、昨日のカールの態度は、僕はちょっと嫌だったな。僕はクノにいつまでも幸せに暮らしてほしいと思っているんだ。兄弟みたいなものだからね」
「それは……。ハルに言われると辛いな。確かに反省するべき点は僕にもあるとは思うけど」
「クノのこと、もう嫌いになってしまったかい? 婚約は解消したいと思ってる?」
「そんなことない!! これからもずっと、一緒に……クノの事、幸せにしたいと思ってる」
「ありがとう、カール。それならば、あの指輪が永遠に色を変えることが無くても、問題ないよね?」
カールはハルの言いたかったことを理解した。
ハルも時には嘘をつく。でもその嘘は人を傷つけない。
司祭の自分は今まで嘘をつくぐらいならば、沈黙すべきだと思っていたけど、それは時に人を傷つけることも知っていた。だけどそれをどうにかしようと考えたことは無かった。
ハルは事実や沈黙ではなく、嘘で人を救う術を知っているんだろうか……。
そうカールは思った。
「あ、あれ!」
「どうしたんだい?カール」
「あそこに一つだけ生ってるの、”熊避けの実”じゃないか?」
「”熊避けの実”?」
「クノの大好物なんだ。ものすごく甘いけど後味がすっきりしていて、仄かに酒みたいな香りがするんだ」
「へぇ? それは知らなかったなぁ。でもそれがどうして”熊避け”なんだい?」
「あれはとても貴重な実なんだ。この辺りの山にしか生らない。しかも一年中山を探し回ったからといって、見つけられるとは限らない。熊に襲われてもこれを差し出せば、熊が見逃してくれるばかりか、代わりに蜜をたっぷり含んだ蜂の巣をくれるって言うぐらい」
「なるほど、だから”熊避けの実”か」
「クノのやつ喜ぶぞ、きっと。いつももっと甘いもの食べたいって言っていたから」
「へえ、それなら仲直りできそうだね」
「え? えへへ、まあね」
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
役場からの帰り道、一旦ハルの家に寄ったファリンと村の広場で落ち合ってから、一緒に帰る事にした。
途中、雑貨屋の店先でファリンが足を止めた。
「へえ、この村では、こういうものも売っているんですか?」
そういって並べられていたアクセサリのひとつを手に取った。
「ああ、それかぁ。農閑期にね、デザインとかは村の若い女の子たちで考えて、細工のうまい人が作るんだ。街では結構人気があるみたい」
「クノさんもデザインかなにかを?」
「まさか。私はそういうの興味ないもん。元男だし」
「そうでしたね。でも、今は女性なんですから、アクセサリのひとつぐらい付けていても、いいんじゃないですか?」
私はクララのくれた指輪以外、何一つ身を飾るものを付けていない。
化粧だってしていないし、服だって実用本位のシンプルで地味な色使いのものだ。
明るい色の服も、少しは持っているけれど、家事で汚れてしまうから、これでいい。
「ほら、これなんかどうですか? きっとお似合いですよ」
「そうだね。ちょっとは大人っぽく見えるかなぁ?」
ファリンが手にとった耳飾りを、自分の耳に当てながら店先の鏡をのぞいてみた。
アクセサリが村の産物のひとつであることもあって、この村では女性なら誰でもこうしたアクセサリをいくつもつけている。よほど小さな子供でもない限り。
私が子供っぽく見られるのは、身長のせいもあるけど、年頃の女性の格好をしていないからかもしれない。
それに、こういうもので自分の身を飾ることにも、まだ抵抗があった。
「ええ、とても良くお似合いですよ」
「ありがとう。でも、いらない」
「どうしてです?」
「だって、こういうのに贅沢なんかできないよ」
「でも……」
「正直に言うとね。お金がないの。このところの不作続きで貯えだって乏しいし、それに私の稼ぎなんて知れているよ。教会の仕事は無給だし、家事だってただ働き。今の私は、クララに養ってもらっている身だもん」
「そうですか。よく知らないで、ごめんなさい」
「ううん、気にしないで。それに私はこんななりだもん。こういうのは似合わないよ」
「クノさん……」
「さ、帰ろう、ファリン。夕飯の支度しなくちゃ」
「あ、はい……」
教会に帰って、ファリンと夕食の準備をしていると、クララたちが帰ってきた。
私は今朝のことがあったので、出迎えずに水仕事を続けていると、クララのほうから私のそばにやってきた。
「クノ」
「え? ああ、お帰りなさい」
振り返ると、普段どおりのクララがいた。
よかった。今朝のことはもう気にしていないみたい。
クララは小袋を私に差し出していった。
「ほら、クノ。これ、お土産」
「お土産? なあに」
袋を開けると、中には”熊避けの実”が入っていた。
「こ、これ!」
「驚いた?」
「どこにあったの?!」
「北の3本杉の山で見つけたのさ。大好きだろう?」
「そうだけど」
「あげるよ」
「ほんと? いいの? ありがとう!」
「さっそく食べてごら……」
「これ、きっと高く売れるよ。何よりも貴重な実だから。そうだハル、これ買わない? テナックの街で売ったら、ものすごい高値で売れると思うよ?」
「あ、いや、それは、カールが君のためにって……」
「こんな貴重なもの、めったに手に入らないよ。そうだな……銀貨10枚、いや、20枚にはなるかな?」
ハルへの手数料を払ったとしても、ひと月は余裕で暮らせる。
それぐらい価値のある木の実に、私は思わず顔がほころんだ。
「……食べないのか? クノ」
「なに言ってんだ、クララ。そんなもったいないこと。お金に換えたほうが良いに決まってるじゃない」
「そうか……。なら好きにすればいい。君にあげたんだから、どうしようと勝手だ」
「どうしたの? なに怒ってるの?」
「なんでもないよ。道具を片付けてくる」
私は急に機嫌が悪くなったクララを見送り、ハルのほうを見ていった。
「何なんだ? クララは? 相変わらず気まぐれだなぁ」
「クノ、その実。好きなんじゃないのかい?」
「ああ大好きだよ。とても甘くて、でも後味がさっぱりしていて、少しだけどお酒みたいな香りがするんだ」
「カールはそれを君に食べて欲しくて、苦労してとってきたんだ。仲直りの印にって」
「仲直り?」
「そう。カールは本当は、それを食べて喜ぶクノが見たかったんだと思うよ。それを君が金に換えるなんていうから」
「そんな事言ったって、いまウチの財政が厳しいのは、クララだって知ってると思うんだけどなぁ……」
昨晩よりはまだましな雰囲気だったが、言葉数の少ない夕食を終えると、クララが言った。
「聖水を瓶に詰めてから寝るから、着替えを用意しておいてくれ」
『聖水を瓶に詰める』というのは、例の礼拝堂の奥にある温泉で体を洗うという意味だ。
温泉のことは村人には秘密だから、クララはいつもそういっていた。
ついでにその湧き出したばかりのお湯を、瓶に詰めるのも一緒にやっていたから、クララはそう言うようになったのだ。
「……手伝おう、か?」
私は時々、クララの入浴を手伝ってあげたりしていた。
クララは少し恥ずかしがるけど、私が温泉のお湯をかけながら、農作業で硬くなった筋肉をほぐしてあげたり、背中を流してあげたりするのを喜んでくれたし、濡れてもいい服に着替えた私を、びしょびしょにするいたずらを、楽しそうにしていた。
「いいよ、一人でするから」
「……着替え、後で置いておくね」
さっきのこともあるし、クララには二人きりでちゃんと話をしておきたかったのだけれど、これ以上クララの機嫌を損ねたくなかったから、言うとおりにした。
夕食の後片付けをしていると、手伝ってくれていたファリンが言った。
「クノさんって、意外に積極的なんですね」
「え? 何が?」
「だって……」
ファリンが急に声を潜めて言う。
「……さっきの『聖水を瓶に詰める』って、礼拝堂の温泉で入浴するってことでしょう?」
「そうだけど、だから何?」
「クノさん、『手伝おうか?』って。あれって“一緒に入りましょう”って意味ですよね?」
「???」
「ご機嫌斜めの男性に、裸でご奉仕だなんて、私、聞いていて恥ずかしくなっちゃいました」
「えええっー!! ワタシ、そんなこと言ってない!!」
思わず大声を出してしまう。
はっとなって振り返ったが、居間のハルは特にこちらを気にしている様子はなかった。
私は小さな声でファリンの誤解を解こうとした。
「ファリン、変な事言わないでよ。そりゃお風呂だから、クララは裸だけど、私はちゃんと服着てます! それに、聖水を詰めるって言うのは本当。クララはあの温泉には薬効があるから、それを瓶に詰めて村人に分けたりしてるの!」
「そうだったんですか? 変な誤解してすみません」
「う、いいの。判ってくれれば」
「でも、お風呂でご奉仕ですかぁ。いいなぁ」
「だから違うってば」
「あ、そろそろ着替えを用意してあげなくてよろしいんですか? カールさん、のぼせちゃいますよ?」
「絶対、まだ誤解してる!」
にこにこ顔のファリンに後は任せて、私はクララの着替えを用意して、礼拝堂の奥の浴室に行った。
水音がするので、クララはまだ中なのだろう。
私はちょっとだけ戸を開けて、声をかけた。
「着替え、外の籠に置いておくね」
「ああ、判った」
「それから……、今朝はごめんなさい。熊避けの実も、ありがとう。大切にするね」
「……うん」
「冷たい水、用意してこようか?」
「いや、いいよ。上がったらすぐ帰るから」
「そう……」
「聖水、町に持って行けば、いくらかにはなると思う。瓶もまた買わなきゃいけないし、ハルに頼んでおいてくれないか?」
「うん、わかった」
お金のこと、少しは気にしてくれていたのかな?
<つづく>
北の森。クララは自分が手入れをしている森の間伐をしていた。そこへハルがやってきた。
「やぁ、こんなところにいたのかい? クララ」
「ハル。どうしたんだい? こんな山奥まで」
「ちょっとポム村に用事があってね。帰り道さ」
「それにしちゃ、ずいぶん遠回りだな。沢を下っていったほうが早いのに」
「そうなのかい? 村を出てずいぶん経つから、忘れてしまったよ」
「うそつけ。このあたりは、昔クノともよく来たんだろう?」
「うん。じゃあ、本当の事を言おう。そのクノの事なんだけどさ」
「クノがどうかしたのか? また何かやらかしたのか?」
「今朝、寝坊したそうだね」
「ファリンに聞いたのか?」
「ああ。クノはとても落ち込んでいたそうだよ。農夫失格だって」
「別にいまは農夫じゃないんだからいいさ。おとなしく役場で、ヘルマの手伝いでもしててくれれば」
「クノが落ち込んでいたのは、それだけじゃないと思うけど」
「僕のせいだって言うのか?」
「そうだね。昨日も思ったんだけど、もうちょっとクノにやさしくしてあげてもいいんじゃないのか? 婚約者なんだろう?」
「クノは甘やかすと駄目なんだ。僕の言うことなんか、ちっとも聞かないし」
「クノにだって、言い分はあるんだろう? 聞いてあげないのかい?」
「いちいち聞いていたら身が持たないよ。きゃんきゃん喚かれるだけで、うんざりしてくる」
「クララは、クノが嫌いなのかい?」
「“カール”と呼んでくれないか? 今はそう名乗ってる」
「君のお父さんの名前だね」
「ああ、この姿で女の名前じゃ、おかしいだろ? 先月ようやく新しい洗礼名をもらった」
「でもクノは、君の事はそう呼んでいないみたいだね?」
「うん、それも実は気に入らない。ああ、クノが嫌いというわけじゃないよ。ちっとも女の子らしくしないから、それが気に入らないだけなんだ。クノのことは……好きだよ」
「それを聞いて、安心したよ」
「でもね……。クノはさ、僕のことはそれほど好きじゃないかもしれないんだよね」
「何でそんな風に思うんだい?」
「クノは自分ではまだ男だと思っているし、元に戻ることをあきらめてなんかいないんだ」
「だって、結婚式挙げたんだろう?」
「途中でうやむやになっちゃったけどね。籍もまだ入れてない」
「そうなのかい? でも、村の人もみんな、二人のことは夫婦だと思っているみたいだし、その…既成事実は済ませたんだろう?」
「既成事実?」
「その…本当の夫婦になったんだろう? ってことさ」
「え゙? あ、いや…それはまだ…。夜も別々に寝ているし」
「そうなのかい? まぁ確かにあの姿ではちょっと躊躇するかもしれないけど…」
「知らない人が見たら犯罪だよね。でも、体はしっかりと女になってるよ」
「確かめたのかい?」
「あー最近は見ていないけど、まえに寝ぼけて抱きつかれたときの感触では、出るとこは出ていたし、ちゃんと月のものは来ているらしいから、子供だって産めると思う」
「なんか生々しい話だね、カール」
「あ、イカン。僕は調子に乗って恥ずかしいことを…」
「あはは、カールはもうすっかり男だね。なんかずいぶんと印象が変わった」
「ほめ言葉ととっておこう。でもこういうほうが自然な感じなんだ。体に合わせているわけじゃないんだけど」
「そうなのかい? 印象が変わったのは、クノもだけどね」
「あはは、極端だけどね。でも、かわいくなっただろう?」
「のろけかい? カール」
「そういうつもりじゃ……」
「でも……そうだね。昔と比べると、やっぱり違う。見た目だけじゃない様に思えるんだ」
「本人は、頑として認めないけどね」
「ところでさ、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「クノが言っていたことさ。服屋のエルダとのこと」
「あれは……ちがうよ。クノは誤解しているだけなんだ。エルダのところに何度か通っているのは本当だけど」
「だけど?」
「ハルには隠し事できないな。本当はクノに服をプレゼントしたいと思っているんだ」
「服?」
「うん。僕たち、もうすぐ婚約一周年なんだ。だから何か記念になるものをあげたかった」
「それなら隠さずに、クノの誤解を解いたほうが良かったんじゃないかな?」
「クノはさ、さっきも言ったけれど、自分が女の子だって言う自覚が足りないんだよね。僕の古い服を直して、地味な服装ばかりしているし、昨日だってあんな無茶して。要するにまだ自分は男だと思っているって事なんだと思う」
「女の子らしい服をあげようなんていったら、断られると思ったんだね」
「そう。でも、僕としてはクノにいつも綺麗でいてもらいたい。誰もが羨ましがる様な女性でいて欲しい……。これって変かな?」
「そんなことは無いと思うよ。“男”なら誰だって自分の大切な恋人に、そうであって欲しいって思うんじゃないかな?」
「うん、だけど……。クノは、そうは考えていないみたい」
「うーん、体の変化に、まだ心が追いついていないからかもしれないね」
「でも、昨日は助かったよ。クノは時々、融通が利かないことがあるから」
「クノは、根がまじめだからね。だから自分に限らず、誰かが騙されたり、騙したりすることがとても嫌いなんだよ。それにクノにしてみれば、女性として婚約までしておきながら浮気されたら、とても傷つくんじゃないかな」
「それは、僕もわかっているつもりなんだけど……」
確かにハルの言うとおり、クノは隠し事とか嘘をつかれたりすると、すごく不機嫌になる。
でもクノをびっくりさせることが、そんなにいけないことなんだろうか? とカールは思った。
「ところで、ハルは商人だけあって、物知りなんだね。あの指輪。僕は単純にとても綺麗で高価だから、いいものだと思っていたよ」
「カールは元女性だったのに、そういうことには疎いんだね」
「あはは、あんまりそういうの、キョウミ無かったから。でも知らなかったなぁ。贈った人の真心を映す指輪だなんて」
「ああ、そのことなんだけど……。嘘なんだ」
「ええっ?」
「恋人に贈る指輪の材質だって言うところまでは本当だけどね。長い年月を経ても、色が変わらない材質だから、そういう証に使われるんだ」
「なぁんだ、そうだったのか」
「カールはどうしてクノに指輪をあげたんだい?」
「どうしてって、結婚しようってクノが言ってくれたからだけど」
「そう。でも、昨日のカールの態度は、僕はちょっと嫌だったな。僕はクノにいつまでも幸せに暮らしてほしいと思っているんだ。兄弟みたいなものだからね」
「それは……。ハルに言われると辛いな。確かに反省するべき点は僕にもあるとは思うけど」
「クノのこと、もう嫌いになってしまったかい? 婚約は解消したいと思ってる?」
「そんなことない!! これからもずっと、一緒に……クノの事、幸せにしたいと思ってる」
「ありがとう、カール。それならば、あの指輪が永遠に色を変えることが無くても、問題ないよね?」
カールはハルの言いたかったことを理解した。
ハルも時には嘘をつく。でもその嘘は人を傷つけない。
司祭の自分は今まで嘘をつくぐらいならば、沈黙すべきだと思っていたけど、それは時に人を傷つけることも知っていた。だけどそれをどうにかしようと考えたことは無かった。
ハルは事実や沈黙ではなく、嘘で人を救う術を知っているんだろうか……。
そうカールは思った。
「あ、あれ!」
「どうしたんだい?カール」
「あそこに一つだけ生ってるの、”熊避けの実”じゃないか?」
「”熊避けの実”?」
「クノの大好物なんだ。ものすごく甘いけど後味がすっきりしていて、仄かに酒みたいな香りがするんだ」
「へぇ? それは知らなかったなぁ。でもそれがどうして”熊避け”なんだい?」
「あれはとても貴重な実なんだ。この辺りの山にしか生らない。しかも一年中山を探し回ったからといって、見つけられるとは限らない。熊に襲われてもこれを差し出せば、熊が見逃してくれるばかりか、代わりに蜜をたっぷり含んだ蜂の巣をくれるって言うぐらい」
「なるほど、だから”熊避けの実”か」
「クノのやつ喜ぶぞ、きっと。いつももっと甘いもの食べたいって言っていたから」
「へえ、それなら仲直りできそうだね」
「え? えへへ、まあね」
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
役場からの帰り道、一旦ハルの家に寄ったファリンと村の広場で落ち合ってから、一緒に帰る事にした。
途中、雑貨屋の店先でファリンが足を止めた。
「へえ、この村では、こういうものも売っているんですか?」
そういって並べられていたアクセサリのひとつを手に取った。
「ああ、それかぁ。農閑期にね、デザインとかは村の若い女の子たちで考えて、細工のうまい人が作るんだ。街では結構人気があるみたい」
「クノさんもデザインかなにかを?」
「まさか。私はそういうの興味ないもん。元男だし」
「そうでしたね。でも、今は女性なんですから、アクセサリのひとつぐらい付けていても、いいんじゃないですか?」
私はクララのくれた指輪以外、何一つ身を飾るものを付けていない。
化粧だってしていないし、服だって実用本位のシンプルで地味な色使いのものだ。
明るい色の服も、少しは持っているけれど、家事で汚れてしまうから、これでいい。
「ほら、これなんかどうですか? きっとお似合いですよ」
「そうだね。ちょっとは大人っぽく見えるかなぁ?」
ファリンが手にとった耳飾りを、自分の耳に当てながら店先の鏡をのぞいてみた。
アクセサリが村の産物のひとつであることもあって、この村では女性なら誰でもこうしたアクセサリをいくつもつけている。よほど小さな子供でもない限り。
私が子供っぽく見られるのは、身長のせいもあるけど、年頃の女性の格好をしていないからかもしれない。
それに、こういうもので自分の身を飾ることにも、まだ抵抗があった。
「ええ、とても良くお似合いですよ」
「ありがとう。でも、いらない」
「どうしてです?」
「だって、こういうのに贅沢なんかできないよ」
「でも……」
「正直に言うとね。お金がないの。このところの不作続きで貯えだって乏しいし、それに私の稼ぎなんて知れているよ。教会の仕事は無給だし、家事だってただ働き。今の私は、クララに養ってもらっている身だもん」
「そうですか。よく知らないで、ごめんなさい」
「ううん、気にしないで。それに私はこんななりだもん。こういうのは似合わないよ」
「クノさん……」
「さ、帰ろう、ファリン。夕飯の支度しなくちゃ」
「あ、はい……」
教会に帰って、ファリンと夕食の準備をしていると、クララたちが帰ってきた。
私は今朝のことがあったので、出迎えずに水仕事を続けていると、クララのほうから私のそばにやってきた。
「クノ」
「え? ああ、お帰りなさい」
振り返ると、普段どおりのクララがいた。
よかった。今朝のことはもう気にしていないみたい。
クララは小袋を私に差し出していった。
「ほら、クノ。これ、お土産」
「お土産? なあに」
袋を開けると、中には”熊避けの実”が入っていた。
「こ、これ!」
「驚いた?」
「どこにあったの?!」
「北の3本杉の山で見つけたのさ。大好きだろう?」
「そうだけど」
「あげるよ」
「ほんと? いいの? ありがとう!」
「さっそく食べてごら……」
「これ、きっと高く売れるよ。何よりも貴重な実だから。そうだハル、これ買わない? テナックの街で売ったら、ものすごい高値で売れると思うよ?」
「あ、いや、それは、カールが君のためにって……」
「こんな貴重なもの、めったに手に入らないよ。そうだな……銀貨10枚、いや、20枚にはなるかな?」
ハルへの手数料を払ったとしても、ひと月は余裕で暮らせる。
それぐらい価値のある木の実に、私は思わず顔がほころんだ。
「……食べないのか? クノ」
「なに言ってんだ、クララ。そんなもったいないこと。お金に換えたほうが良いに決まってるじゃない」
「そうか……。なら好きにすればいい。君にあげたんだから、どうしようと勝手だ」
「どうしたの? なに怒ってるの?」
「なんでもないよ。道具を片付けてくる」
私は急に機嫌が悪くなったクララを見送り、ハルのほうを見ていった。
「何なんだ? クララは? 相変わらず気まぐれだなぁ」
「クノ、その実。好きなんじゃないのかい?」
「ああ大好きだよ。とても甘くて、でも後味がさっぱりしていて、少しだけどお酒みたいな香りがするんだ」
「カールはそれを君に食べて欲しくて、苦労してとってきたんだ。仲直りの印にって」
「仲直り?」
「そう。カールは本当は、それを食べて喜ぶクノが見たかったんだと思うよ。それを君が金に換えるなんていうから」
「そんな事言ったって、いまウチの財政が厳しいのは、クララだって知ってると思うんだけどなぁ……」
昨晩よりはまだましな雰囲気だったが、言葉数の少ない夕食を終えると、クララが言った。
「聖水を瓶に詰めてから寝るから、着替えを用意しておいてくれ」
『聖水を瓶に詰める』というのは、例の礼拝堂の奥にある温泉で体を洗うという意味だ。
温泉のことは村人には秘密だから、クララはいつもそういっていた。
ついでにその湧き出したばかりのお湯を、瓶に詰めるのも一緒にやっていたから、クララはそう言うようになったのだ。
「……手伝おう、か?」
私は時々、クララの入浴を手伝ってあげたりしていた。
クララは少し恥ずかしがるけど、私が温泉のお湯をかけながら、農作業で硬くなった筋肉をほぐしてあげたり、背中を流してあげたりするのを喜んでくれたし、濡れてもいい服に着替えた私を、びしょびしょにするいたずらを、楽しそうにしていた。
「いいよ、一人でするから」
「……着替え、後で置いておくね」
さっきのこともあるし、クララには二人きりでちゃんと話をしておきたかったのだけれど、これ以上クララの機嫌を損ねたくなかったから、言うとおりにした。
夕食の後片付けをしていると、手伝ってくれていたファリンが言った。
「クノさんって、意外に積極的なんですね」
「え? 何が?」
「だって……」
ファリンが急に声を潜めて言う。
「……さっきの『聖水を瓶に詰める』って、礼拝堂の温泉で入浴するってことでしょう?」
「そうだけど、だから何?」
「クノさん、『手伝おうか?』って。あれって“一緒に入りましょう”って意味ですよね?」
「???」
「ご機嫌斜めの男性に、裸でご奉仕だなんて、私、聞いていて恥ずかしくなっちゃいました」
「えええっー!! ワタシ、そんなこと言ってない!!」
思わず大声を出してしまう。
はっとなって振り返ったが、居間のハルは特にこちらを気にしている様子はなかった。
私は小さな声でファリンの誤解を解こうとした。
「ファリン、変な事言わないでよ。そりゃお風呂だから、クララは裸だけど、私はちゃんと服着てます! それに、聖水を詰めるって言うのは本当。クララはあの温泉には薬効があるから、それを瓶に詰めて村人に分けたりしてるの!」
「そうだったんですか? 変な誤解してすみません」
「う、いいの。判ってくれれば」
「でも、お風呂でご奉仕ですかぁ。いいなぁ」
「だから違うってば」
「あ、そろそろ着替えを用意してあげなくてよろしいんですか? カールさん、のぼせちゃいますよ?」
「絶対、まだ誤解してる!」
にこにこ顔のファリンに後は任せて、私はクララの着替えを用意して、礼拝堂の奥の浴室に行った。
水音がするので、クララはまだ中なのだろう。
私はちょっとだけ戸を開けて、声をかけた。
「着替え、外の籠に置いておくね」
「ああ、判った」
「それから……、今朝はごめんなさい。熊避けの実も、ありがとう。大切にするね」
「……うん」
「冷たい水、用意してこようか?」
「いや、いいよ。上がったらすぐ帰るから」
「そう……」
「聖水、町に持って行けば、いくらかにはなると思う。瓶もまた買わなきゃいけないし、ハルに頼んでおいてくれないか?」
「うん、わかった」
お金のこと、少しは気にしてくれていたのかな?
<つづく>
3つの原理
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人類は両性具有の方向に向かっている!!
らしいですw
と言う事は、我々が世界を征服する日も。そう遠くはないという事だな。
内容紹介
人類の歴史を動かしてきた大きな原理は、「性」「年齢」「社会階層」の変化である。本書は、この3つの原理にもとづく理論によって、人類の過去・現在・未来を大胆に分析し、予測する。本書を読むならば、われわれが現在目の前で感じている不条理を合理的に説明できる。上質の推理小説を読むような知的快感の書!
内容(「BOOK」データベースより)
2020年までに、日本は、中国、統一朝鮮とともに儒教圏ブロックを結成する。人類史の深層潮流を解明し、大胆に未来を予測する衝撃の書。
EROGURO
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「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (5) 作.ありす 挿絵.東宮由依
第4幕 朝寝坊とかしまし娘

翌朝、トントンというノックの音で目が覚めた。
「はい?」
寝ぼけ眼で起き上がり、窓を見るともうすでに日が昇っている。
しまった、寝坊した! クララのお弁当作らないと!
ばん! と開けたドアの向こうでファリンが驚いていた。
ごめん、今は急いでるんだ!
寝巻きのままキッチンへ行くと、クララが自分でお湯を沸かして朝食をとっていた。
「ご、ごめん! ちょっと寝坊しちゃって、今すぐにお弁当つくるから待ってて」
「今日は北の森の間伐に行って来る。食べ物は森からもらうし、途中で湧き水を汲んでいくから、今日はいらないよ」
「え? でも、いつもは……」
「行って来る」
「あ、クララ!」
皿に残っていたパン切れを口に押し込んで、クララはさっさと行ってしまった。
いつもなら、少しぐらい寝坊しても、私がお弁当を作るのを待っていてくれるのに……。
「あの、クノさん?」
ファリンが心配そうな顔で私を見ていた。
「ごめん。今、朝食の準備をするね」
止まってしまった頭で、私は消えかけていた竈に薪を足し、ぼんやりと小鍋に水を汲んで火にかけた。
「あ、あの、手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫。ファリンは座って待っていて」
思考が鈍っているのは、まだ寝ぼけているからじゃないんだと思う。私はどうすればいいのかわからなかったのだ。怒ればいいのか、謝ればいいのか。追いかければいいのか、ほうっておけばいいのか。
でも下を向いていたら、涙が出そうになったので顔を洗った。
お客さんの前で、みっともない姿だけは見せないようにしたかったのだけど、寝乱れたままのだらしの無い姿の自分に気が付き、そんな考えも台無しにしていた。
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
「クノさん、今日は元気が無いですね。どうしたんですか?」
「別に。なんでもない……」
いつもどお……ちょっと遅刻して、私は村役場に着いた。
普段の日と同じ、ヘルマと二人きり。退屈で張り合いの無い仕事の始まりだ。
「遅刻したことなら、気にしなくてもいいですよ。よくある……。いえ、クノさんは家事も教会も、役場も掛け持ちで、お忙しいんですものね」
ヘルマはそうフォローしてくれたけど、遅刻の原因が朝寝坊であることは、自分が一番良く知っている。
この体になってから、どういうわけか朝寝坊が多くなった。農夫だった頃は……、男だった頃はそんなこと一度も無かったのに。朝寝坊の農夫なんて、聞いたことも無い。今の私は役立たずだ。
ますます落ち込んでしまった私は、ヘルマから見えないように、机の上の書類の影に隠れるようにして座った。
「そういえば、ハルさんとファリンさんは、今日はどちらに?」
「ハルは北のポム村に商談にでかけるって言ってた。ファリンはハルの家。掃除と書類の整理をするんだって」
「そうですか。私も今度ゆっくりと、お話しがしたいですね」
「伝えとく」
「はい、おねがい、します……」
「……」
ぶっきらぼうな私の答えに、ヘルマも取り付くしまも無いと思ったのか、会話を続けられなくなった。
「……」
「……」
カリカリという鉛筆の音だけがしていた。
今日に限って暇老人も迷い猫も一向に姿を見せない。
私は日曜日のミサで村人たちに配る、聖典の詩の一節を書き写していた。
暫くすると、重苦しい沈黙に耐えかねるかのように、再びヘルマが口を開いた。
「そうだ、今日のお昼ご飯はどうします? クノさんも今日はお弁当じゃないんでしょう?」
「……今日は昼食抜き。食べる気がしない」
今朝もお茶しか喉を通らなかった。
全部クララのせいだ。そう思わなければ、もやもやした気持ちの持って行き場が無い。
「そう、ですか? ダイエット……じゃ、なさそうですね」
「……」
「……」
再びカリカリという鉛筆の音だけの静寂な世界が戻ってきた。
「……」
「……」
「……」
「クララさんと、ケンカでもしました?」
鉛筆が止まる。
「そうですか。ファリンさん、とっても美人ですものね。クララさんが浮気したくなるのも、仕方ないですよね」
私は思わず机をばんっ!と叩いて、腰掛けていた私専用の座面の高い椅子の上に立ち上がった。
「クララは浮気なんかしていないってハルが言っていたし、ファリンも関係ないよっ!」
「じゃ、やっぱりクノさんとクララさんの間の問題なんですね?」
にんまりと笑うヘルマに、私はしまったと思った。思わずつられてしまった。
「ヘルマお姉さんがクノちゃんの悩み、解決してあげますよ。素直に全て白状なさい」
「こ、今回は、私だけが悪いわけじゃ……」
寝坊してクララにお弁当を作れなかったのは確かに私が悪い。
だけどクララが不機嫌なのは、私だけのせいじゃ無いと思う。
第一私だけ攻めを負うのは理不尽だ、そもそもこうなった経緯だって……。
世話好きのヘルマの尋問を、どうかわそうかと考えていたら、ファリンがやってきた。
「あの……? お邪魔でしたでしょうか?」
「あら、ファリンさん。ちょうど良いところへ。いま、あなたのことを話していたところなんですよ」
「私のこと、ですか?」
「へ、ヘルマってば!」
夕べ、私たちのけんかを自分のせいだと心配してくれたファリンだ。おまけに今朝のあの場に居合わせていた。
ここでヘルマが余計なことを言えば、また心配をさせてしまう。
美人の憂い顔も魅力的ではあるけれど、そんな顔させてばかりいるわけには……。
「ファリンさんが、とっても魅力的だってことですよ」
「え? あ、ありがとうございます」
ヘルマに愛想笑いを返して、ファリンがちらとこちらを見る。
「あ、あの……クノさん?」
「え、ああ。何? ファリン、何か用?」
「ええ、後でかまわないのですが、滞在証明書をいただけないかと思いまして」
「ああ、滞在証明書ね。この村では教会が発行することになってるの。後でクラ……」
言いかけて、口ごもってしまった。
「……クララに頼んでみる」
「ええ、お願いします」
重苦しい雰囲気を察知したヘルマが、突然話題を変えた。
「ファリンさんと、ラインハルトさんは恋人同士なんでしょう?」
ヘルマ、直球すぎだってば!
でも、見る見るファリンの顔が赤くなる。
あれ? 昨日私が聞いたときとは、ちょっと違う反応だ。
「そ、その、恋人同士というわけでは……」
「告白とかはしていないんですか?」
「こ、告白だなんて……、そんな……。私は……」
「ファリンさん、恋のお悩みでしたら、私がご相談に乗りますよ。何しろ私はこの村一番の、恋の伝道師ですから」
しどろもどろになるファリン。ヘルマの追及を逃れるのは難しいだろう。
でもファリンは本当は男性なんだから、ボロが出てもまずい。
私は会話に割り込んだ。
「よく言うわ、先月ようやく結婚したばかりでしょ。それも相手を脅して。第一、村一番の情報屋って言うのは、返上したの?」
「何言ってるんですか、情報は武器ですよ。男性を思い通りに動かすための」
「へぇ、ぜひあやかりたいものだわ」
「クノさんは、情報などなくても武器をお持ちですが、使いこなしがなっていません」
「はいはい、出来の悪い生徒で悪かったですね!」
「うふふ……」
ファリンは私たちのやり取りに、笑い出してしまった。
つられて私たちも笑い始めてしまった。さっきまでの重苦しい雰囲気がうそみたいだった。
ヘルマは他人を乗せるのがうまいけれど、今はその特技に感謝した。
いつまでも落ち込んでいたって、しょうがないものね。
「クノさん、外では普通の女の子なんですね」
「え? どういう意味?」
「昨日、ハルさんと話す時は、言葉遣いとか仕草が違っていましたよ。あれは、きっと昔はあんなふうにハルさんと、お話していたんでしょう?」
「それは……気が付かなかったけど、それってクララの前でもそうだった?」
「ええ。食事の時もそうでしたよ」
「……」
「どうかしましたか?」
「クララの前で、ちょっとでも男みたいな言葉使いすると、即怒られるんだ」
「そうなんですか?」
「うん、酷い時は棒でぶたれたりする。最近は無いけど」
「ヘルマ姉さんが、クノちゃんをしっかり躾けてますからね」
「もう! 子ども扱いは止めてって言ってるのに」
「皆さん、きびしいんですね」
「うん、ひどいと思わない? 常に子ども扱い。そりゃ、こんなナリだけどさ」
「お二人の場合、村人以外の人が見たら、しつけに厳しいお兄さんと、やんちゃ盛りの妹にしか見えませんからね」
「意地悪なヘルマ姉さんもいるけどね!」
「クノさんとクララさんって、どの位歳が離れていらっしゃるんですか?」
「同い歳……」
「ええっ!! あ、いえ、ごめんなさい。てっきり……」
「そうだよなぁ、とても同い年には見えないよなぁ」
「すみません、 私ったら失礼なことを……」
「いいよ、実際見たとおりだし」
「ところで、ファリンさんはハルさんとは、どこまで進展してらっしゃるんですか? 旅商人のハルさんと一緒ということは、夜もお二人一緒なんでしょう?」
「え、ええっ?」
「誰もいない草原とか、林の中とか」
突然話題を戻すヘルマに、ファリンが慌てる。昨日私がハルに同じ事を言った時には、たしなめた癖に!
でも今度はファリンも切り返した。
「先月ご結婚なさったばかりという、ヘルマさんの武勇伝も、ぜひお伺いしたいところですが」
「そうですね。でも聞いて楽しむのでしたら、クノさんに聞いたほうが面白いですよ。何しろ30年近くもすったもんだの挙句、いまだに決着がつかず、あと最低でも70年はごたごたを続ける予定みたいですから」
「一生かよ!」
「せめて生きている間に、決着は付けたいものですね」
ファリンがしんみりという。
ヘルマは両手で“お手上げ”とでも言わんばかりの仕草をする。
二人してあんまりじゃない?!
「それはそうと、クララさんて、カッコイイ方ですよね?」
「あ、ファリンさんもそう思います?」
「そうかなぁ?」
「あ、でもファリンさん。今は“カール司祭”と名乗られておられるので、そう呼んで差し上げてくださいね」
「はい……」
ファリンは私のほうをちらっと見た。
クララは男性になってからは父親の名前だった“カール”と名乗るようになった。
私は、“クララ”と今までどおりに呼んでいるけど……。
ヘルマは、気にせずに続けた。
「元女性だけあって、中性的で端正な顔立ちに、細身の長身で」
「おかげで私の背の低いのが強調されているみたいで、嫌なんだよね」
「それに、どんな悩みも聞いてお赦しをくださる司祭というお立場ですから、村の若い女性からも人気なんですよ」
「おいしいところだけ持っていって、雑用はみんな私に押し付けているけどね」
「ハスキーな声も魅力的ですね」
「でも、すごく意地悪なことを言うんだよ」
「クノさん?」
「何? ヘルマ」
「カールさんを独占したい気持ちはわかりますが、それってあまり効果無いですよ」
「そんなつもりじゃないもん!」
「でも、ファリンさん。クノ"ちゃん"も、村のお年寄りにとても人気なんですよ。"孫娘"にしたいナンバーワン」
「あんまり嬉しくないんだけど」
「村の男の子にも大人気。"妹"にしたいナンバーワン」
「だから嬉しくないってば!」
「クノさんもクララさんも、村の皆さんから愛されているんですね」
「……」
そして、いつの間にか女3人(?)寄ったら姦しい、経験なのか伝聞なのかわからない、色恋話に突入していた。
ファリンの話は興味深かったけれど、曖昧に暈されていた関係の事実が想像できる私は、ちょっと複雑な思いだった。
<つづく>

翌朝、トントンというノックの音で目が覚めた。
「はい?」
寝ぼけ眼で起き上がり、窓を見るともうすでに日が昇っている。
しまった、寝坊した! クララのお弁当作らないと!
ばん! と開けたドアの向こうでファリンが驚いていた。
ごめん、今は急いでるんだ!
寝巻きのままキッチンへ行くと、クララが自分でお湯を沸かして朝食をとっていた。
「ご、ごめん! ちょっと寝坊しちゃって、今すぐにお弁当つくるから待ってて」
「今日は北の森の間伐に行って来る。食べ物は森からもらうし、途中で湧き水を汲んでいくから、今日はいらないよ」
「え? でも、いつもは……」
「行って来る」
「あ、クララ!」
皿に残っていたパン切れを口に押し込んで、クララはさっさと行ってしまった。
いつもなら、少しぐらい寝坊しても、私がお弁当を作るのを待っていてくれるのに……。
「あの、クノさん?」
ファリンが心配そうな顔で私を見ていた。
「ごめん。今、朝食の準備をするね」
止まってしまった頭で、私は消えかけていた竈に薪を足し、ぼんやりと小鍋に水を汲んで火にかけた。
「あ、あの、手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫。ファリンは座って待っていて」
思考が鈍っているのは、まだ寝ぼけているからじゃないんだと思う。私はどうすればいいのかわからなかったのだ。怒ればいいのか、謝ればいいのか。追いかければいいのか、ほうっておけばいいのか。
でも下を向いていたら、涙が出そうになったので顔を洗った。
お客さんの前で、みっともない姿だけは見せないようにしたかったのだけど、寝乱れたままのだらしの無い姿の自分に気が付き、そんな考えも台無しにしていた。
*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*
「クノさん、今日は元気が無いですね。どうしたんですか?」
「別に。なんでもない……」
いつもどお……ちょっと遅刻して、私は村役場に着いた。
普段の日と同じ、ヘルマと二人きり。退屈で張り合いの無い仕事の始まりだ。
「遅刻したことなら、気にしなくてもいいですよ。よくある……。いえ、クノさんは家事も教会も、役場も掛け持ちで、お忙しいんですものね」
ヘルマはそうフォローしてくれたけど、遅刻の原因が朝寝坊であることは、自分が一番良く知っている。
この体になってから、どういうわけか朝寝坊が多くなった。農夫だった頃は……、男だった頃はそんなこと一度も無かったのに。朝寝坊の農夫なんて、聞いたことも無い。今の私は役立たずだ。
ますます落ち込んでしまった私は、ヘルマから見えないように、机の上の書類の影に隠れるようにして座った。
「そういえば、ハルさんとファリンさんは、今日はどちらに?」
「ハルは北のポム村に商談にでかけるって言ってた。ファリンはハルの家。掃除と書類の整理をするんだって」
「そうですか。私も今度ゆっくりと、お話しがしたいですね」
「伝えとく」
「はい、おねがい、します……」
「……」
ぶっきらぼうな私の答えに、ヘルマも取り付くしまも無いと思ったのか、会話を続けられなくなった。
「……」
「……」
カリカリという鉛筆の音だけがしていた。
今日に限って暇老人も迷い猫も一向に姿を見せない。
私は日曜日のミサで村人たちに配る、聖典の詩の一節を書き写していた。
暫くすると、重苦しい沈黙に耐えかねるかのように、再びヘルマが口を開いた。
「そうだ、今日のお昼ご飯はどうします? クノさんも今日はお弁当じゃないんでしょう?」
「……今日は昼食抜き。食べる気がしない」
今朝もお茶しか喉を通らなかった。
全部クララのせいだ。そう思わなければ、もやもやした気持ちの持って行き場が無い。
「そう、ですか? ダイエット……じゃ、なさそうですね」
「……」
「……」
再びカリカリという鉛筆の音だけの静寂な世界が戻ってきた。
「……」
「……」
「……」
「クララさんと、ケンカでもしました?」
鉛筆が止まる。
「そうですか。ファリンさん、とっても美人ですものね。クララさんが浮気したくなるのも、仕方ないですよね」
私は思わず机をばんっ!と叩いて、腰掛けていた私専用の座面の高い椅子の上に立ち上がった。
「クララは浮気なんかしていないってハルが言っていたし、ファリンも関係ないよっ!」
「じゃ、やっぱりクノさんとクララさんの間の問題なんですね?」
にんまりと笑うヘルマに、私はしまったと思った。思わずつられてしまった。
「ヘルマお姉さんがクノちゃんの悩み、解決してあげますよ。素直に全て白状なさい」
「こ、今回は、私だけが悪いわけじゃ……」
寝坊してクララにお弁当を作れなかったのは確かに私が悪い。
だけどクララが不機嫌なのは、私だけのせいじゃ無いと思う。
第一私だけ攻めを負うのは理不尽だ、そもそもこうなった経緯だって……。
世話好きのヘルマの尋問を、どうかわそうかと考えていたら、ファリンがやってきた。
「あの……? お邪魔でしたでしょうか?」
「あら、ファリンさん。ちょうど良いところへ。いま、あなたのことを話していたところなんですよ」
「私のこと、ですか?」
「へ、ヘルマってば!」
夕べ、私たちのけんかを自分のせいだと心配してくれたファリンだ。おまけに今朝のあの場に居合わせていた。
ここでヘルマが余計なことを言えば、また心配をさせてしまう。
美人の憂い顔も魅力的ではあるけれど、そんな顔させてばかりいるわけには……。
「ファリンさんが、とっても魅力的だってことですよ」
「え? あ、ありがとうございます」
ヘルマに愛想笑いを返して、ファリンがちらとこちらを見る。
「あ、あの……クノさん?」
「え、ああ。何? ファリン、何か用?」
「ええ、後でかまわないのですが、滞在証明書をいただけないかと思いまして」
「ああ、滞在証明書ね。この村では教会が発行することになってるの。後でクラ……」
言いかけて、口ごもってしまった。
「……クララに頼んでみる」
「ええ、お願いします」
重苦しい雰囲気を察知したヘルマが、突然話題を変えた。
「ファリンさんと、ラインハルトさんは恋人同士なんでしょう?」
ヘルマ、直球すぎだってば!
でも、見る見るファリンの顔が赤くなる。
あれ? 昨日私が聞いたときとは、ちょっと違う反応だ。
「そ、その、恋人同士というわけでは……」
「告白とかはしていないんですか?」
「こ、告白だなんて……、そんな……。私は……」
「ファリンさん、恋のお悩みでしたら、私がご相談に乗りますよ。何しろ私はこの村一番の、恋の伝道師ですから」
しどろもどろになるファリン。ヘルマの追及を逃れるのは難しいだろう。
でもファリンは本当は男性なんだから、ボロが出てもまずい。
私は会話に割り込んだ。
「よく言うわ、先月ようやく結婚したばかりでしょ。それも相手を脅して。第一、村一番の情報屋って言うのは、返上したの?」
「何言ってるんですか、情報は武器ですよ。男性を思い通りに動かすための」
「へぇ、ぜひあやかりたいものだわ」
「クノさんは、情報などなくても武器をお持ちですが、使いこなしがなっていません」
「はいはい、出来の悪い生徒で悪かったですね!」
「うふふ……」
ファリンは私たちのやり取りに、笑い出してしまった。
つられて私たちも笑い始めてしまった。さっきまでの重苦しい雰囲気がうそみたいだった。
ヘルマは他人を乗せるのがうまいけれど、今はその特技に感謝した。
いつまでも落ち込んでいたって、しょうがないものね。
「クノさん、外では普通の女の子なんですね」
「え? どういう意味?」
「昨日、ハルさんと話す時は、言葉遣いとか仕草が違っていましたよ。あれは、きっと昔はあんなふうにハルさんと、お話していたんでしょう?」
「それは……気が付かなかったけど、それってクララの前でもそうだった?」
「ええ。食事の時もそうでしたよ」
「……」
「どうかしましたか?」
「クララの前で、ちょっとでも男みたいな言葉使いすると、即怒られるんだ」
「そうなんですか?」
「うん、酷い時は棒でぶたれたりする。最近は無いけど」
「ヘルマ姉さんが、クノちゃんをしっかり躾けてますからね」
「もう! 子ども扱いは止めてって言ってるのに」
「皆さん、きびしいんですね」
「うん、ひどいと思わない? 常に子ども扱い。そりゃ、こんなナリだけどさ」
「お二人の場合、村人以外の人が見たら、しつけに厳しいお兄さんと、やんちゃ盛りの妹にしか見えませんからね」
「意地悪なヘルマ姉さんもいるけどね!」
「クノさんとクララさんって、どの位歳が離れていらっしゃるんですか?」
「同い歳……」
「ええっ!! あ、いえ、ごめんなさい。てっきり……」
「そうだよなぁ、とても同い年には見えないよなぁ」
「すみません、 私ったら失礼なことを……」
「いいよ、実際見たとおりだし」
「ところで、ファリンさんはハルさんとは、どこまで進展してらっしゃるんですか? 旅商人のハルさんと一緒ということは、夜もお二人一緒なんでしょう?」
「え、ええっ?」
「誰もいない草原とか、林の中とか」
突然話題を戻すヘルマに、ファリンが慌てる。昨日私がハルに同じ事を言った時には、たしなめた癖に!
でも今度はファリンも切り返した。
「先月ご結婚なさったばかりという、ヘルマさんの武勇伝も、ぜひお伺いしたいところですが」
「そうですね。でも聞いて楽しむのでしたら、クノさんに聞いたほうが面白いですよ。何しろ30年近くもすったもんだの挙句、いまだに決着がつかず、あと最低でも70年はごたごたを続ける予定みたいですから」
「一生かよ!」
「せめて生きている間に、決着は付けたいものですね」
ファリンがしんみりという。
ヘルマは両手で“お手上げ”とでも言わんばかりの仕草をする。
二人してあんまりじゃない?!
「それはそうと、クララさんて、カッコイイ方ですよね?」
「あ、ファリンさんもそう思います?」
「そうかなぁ?」
「あ、でもファリンさん。今は“カール司祭”と名乗られておられるので、そう呼んで差し上げてくださいね」
「はい……」
ファリンは私のほうをちらっと見た。
クララは男性になってからは父親の名前だった“カール”と名乗るようになった。
私は、“クララ”と今までどおりに呼んでいるけど……。
ヘルマは、気にせずに続けた。
「元女性だけあって、中性的で端正な顔立ちに、細身の長身で」
「おかげで私の背の低いのが強調されているみたいで、嫌なんだよね」
「それに、どんな悩みも聞いてお赦しをくださる司祭というお立場ですから、村の若い女性からも人気なんですよ」
「おいしいところだけ持っていって、雑用はみんな私に押し付けているけどね」
「ハスキーな声も魅力的ですね」
「でも、すごく意地悪なことを言うんだよ」
「クノさん?」
「何? ヘルマ」
「カールさんを独占したい気持ちはわかりますが、それってあまり効果無いですよ」
「そんなつもりじゃないもん!」
「でも、ファリンさん。クノ"ちゃん"も、村のお年寄りにとても人気なんですよ。"孫娘"にしたいナンバーワン」
「あんまり嬉しくないんだけど」
「村の男の子にも大人気。"妹"にしたいナンバーワン」
「だから嬉しくないってば!」
「クノさんもクララさんも、村の皆さんから愛されているんですね」
「……」
そして、いつの間にか女3人(?)寄ったら姦しい、経験なのか伝聞なのかわからない、色恋話に突入していた。
ファリンの話は興味深かったけれど、曖昧に暈されていた関係の事実が想像できる私は、ちょっと複雑な思いだった。
<つづく>
水曜イラスト企画 絵師 そら夕日さん(13) 仮名:土井たかあき
一行キャラ設定 土井たかあき 野球部の補欠。努力家。

絵師: そら夕日さん いちご色素
水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。
なお、そら夕日さんはまいるど志向ですので過度にHなお話はイラスト化確率が激減しますw

絵師: そら夕日さん いちご色素
水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。
なお、そら夕日さんはまいるど志向ですので過度にHなお話はイラスト化確率が激減しますw
水曜イラスト企画 絵師 そら夕日さん(7) 仮名:筒井ともみち
一行キャラ設定 筒井ともみち エースで4番のスポーツマン。彼女がいるが……

絵師: そら夕日さん いちご色素
水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。
なお、そら夕日さんはまいるど志向ですので過度にHなお話はイラスト化確率が激減しますw
初出20080625
女の子になって幸せをつかむのはエースか補欠か。
野球ができても恋はうまくいかないのかもかも。

絵師: そら夕日さん いちご色素
水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。
なお、そら夕日さんはまいるど志向ですので過度にHなお話はイラスト化確率が激減しますw
初出20080625
女の子になって幸せをつかむのはエースか補欠か。
野球ができても恋はうまくいかないのかもかも。
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (4) 作.ありす 挿絵.東宮由依
第3幕 カールの怒りと婚約指輪
ファリンと話をしていると、騒ぎをどこかで聞きつけたのかハルが、その直ぐ後に、クララが居間に飛び込んできた。
「ファリン! クノ! 怪我はなかったかい?」
「ええ、ハルさん。大丈夫です。ちょっと服を汚してしまいましたが」
「そう。聞いたよ、クノを守ってくれたんだね」
「ああ、ハル。ファリンのおかげで助かったよ。ファリンは凄いね。どこであんなナイフ裁きを覚えたんだい?」
「ハルさんに教えていただいたんですよ。旅をするなら、ある程度自分の身ぐらいは守れるようにって」
「そうなんだ。つい昔の感覚で狼に向かってっちゃったけど、ナイフ持っていないことに気が付いた時、死んじゃうかもって……」
ぱんっ! という乾いた音に続いてすごい耳鳴りがして、視界がぐらりと揺れた。
一瞬何がおきたのかわからなかった。それまで黙っていたクララが私の頬を張ったのだった。
じりじりとする頬の痛みに我に返り、クララを睨みつけた。
「な、なにすんだよっ、クララ!!」
「狼にけんか売るなんて、何考えているんだ! 自分だけじゃなくて、こんな子にまで危ない目にあわせて! 自分が何をしたのか、わかっているのかっ!!」
「けんか売ったわけじゃないよ! アイリーンが襲われてて……」
ぱんっ! と今度は反対側の頬をぶたれた。
「そんなことをいっているんじゃない! クノはもう昔のクノじゃない。か弱い女の子なんだ! どうしてそんなに自覚がないんだ。そんなだから……」
「そんなだから、エルダの方が好きになったって言うのか!」
私はひりひりする頬を撫でながらクララを睨み返し、負けじと言い返した。
アイリーンを助けるためにしたことだって言うのに、ぶたなくたっていいじゃないか!
「何を言っているんだ、クノ?」
「ふん! 私知ってるんだから! クララが服屋のエルダと浮気しているって」
「またその話か! いったい誰がそんなこと言ってるんだ! 僕は浮気なんかしていない!」
「嘘! 私に隠れて、こそこそエルダに会いに行っている癖に!」
「ぼ、僕はそんなことしていない」
「私見たんだ。昨日、クララとエルダが店の中で抱き合ってるの!」
「抱き合っている? あ、あれは違う、あれは棚の上の品物を取ろうとしたエルダがよろけて」
「そんな言い訳聞きたくない。今だっていきなり理由も聞かずに私のことぶったりして! 私が嫌いになったのなら、そう言えば!」
私は殴り返そうと振り上げたら、その手をハルにつかまれた。
「止めないでよ、ハル!」
「ローゼンシルバニウムのリングだね。婚約指輪かい? クノ」
「う。こ、これは……クララがどうしても嵌めていて欲しいって言うから」
「そう。きれいな色だね。これならクララを信じてあげても、いいんじゃないかな?」
「どう言う意味だよ?」
「ローゼンシルバニウムはね、とても不思議な金属なんだよ。知っているかい、クノ?」
「特別な金属だっていうのは知ってる。高価なことも」
「ローゼンシルバニウムは贈った人の真心を伝えるといわれている。だから大切な恋人に贈る時に使うんだ。君の指輪は綺麗な薔薇色に光るだろう。それは指輪の贈り主が、君のことをとても純粋に愛しているということなんだよ。そして贈り主が心変わりしない限り、その指輪の色は変わらない。だから、クララは浮気なんかしていないし、今だって本当に君のことが心配だったから、あんなことをしてしまったんだよ。クノ」
「……う、うん」
ふと見ると、ファリンも驚いた表情で私を見ている。突然大ゲンカを始めてしまったのだからびっくりしてるに違いない。
それに、ハルにあの優しい笑顔で諭すように止められちゃ、ケンカする訳にも行かない。
「は、離してよ、ハル」
「ああ、ごめん、クノ。痛かったかい?」
「ううん、そんなことないけど……」
クララを見ると、自分は知らないとでも言うようにそっぽを向いていた。
なんだい! いきなりぶったことぐらい、謝ったらどうなのさ!
平常心を取り戻そうと窓に目を向けると、もう日が暮れかけていることに気づいた。
「ゆ、夕食の準備をしなくちゃ」
「ああ、それなら手伝うよ。旅先で珍しい食材を仕入れてきたんだ。久しぶりに会ったんだから、夕食はみんなで一緒にどうかな?」
クララは私のほうを見ようともせずに、『やりかけの作業を片付けてくる』といって、畑へ戻っていった。
四人で囲む夕食。私は普段どおりを装いながらも、わざとクララを無視していた。
クララは何か言いたげだったけど、そんなこと私は知らない!
さっきだって、ハルたちがいなかったら、きっと取っ組み合いのけんかを初めていたに違いない。
せっかくの料理も、半分ぐらい味がわからなかったけど、それはハルのしてくれた旅の話が面白かったせいで、クララが気になるからじゃないんだから!
ハルとは積もる話もいっぱいしたけれど、クララとは一言も口をきかなかった。
それでも食事の後、ファリンを預かることをクララに言ったけど、『そう。じゃあ、そうすればいい。僕はクノの家で寝るから、寝室は僕のを使えばいいよ』と、ぶっきらぼうに言って、さっさと私の住んでいた家に行ってしまった。
ややこしい説明をしなくてすんだのは幸いだけど、もう少しぐらい何か言ってくれてもいいんじゃない?
クララの部屋をお客様用に片付けていると、ハルが『話がある』といって部屋に入ってきた。
「なぁ、クノ?」
「なあに? ハル。ファリンと一緒に、ここに泊まりたいの?」
「まじめな話なんだけど」
うん、そんなことわかってる。多分、ハルが言いたいことも。
「……別にアイリーンを助けようとしたこと、クララに褒めて貰うつもりは無いけど、理由も聞かずにぶつなんて酷いと思わないか?」
「クララは君が自己顕示欲のために、危険な目に飛び込んでいったんじゃないことぐらいは、分かっていると思うよ」
「それなら、ひとこと“大丈夫だった?”とか、“怪我はなかった?”ぐらい言えばいいじゃないか。そうだろう?」
「そうだね。でも僕も、最初に君の話を聞いた時、君が死んでいてもおかしくない状況だったことに、恐ろしい気持ちでいっぱいだったよ」
「恐ろしい……?」
「そう、もし君が死んでしまっていたら、どうしようかってね。クララも同じ気持ちだったとしたら、どう思う?」
「わからないよ。クララの気持ちなんて」
「そうだね。でも……そうだな、僕だったら、まずはクノ自身の安全を図ってほしかったって思うだろうね」
「クララは司祭だよ。 アイリーンを見殺しにしろだなんて、そんなこと言わないと思う」
「そうだね、クララの立場上、そういわざるを得ないだろうね。でもね、クララの個人的な感情としては、例えアイリーンが犠牲になったとしても、君だけは助かって欲しいと、そう願うだろうね。君はクララの大切な人なんだから」
「じゃぁ、オレのしたことは間違っていたって言うのか? ハルまで、オレが悪いって言うのか?」
「クノ、もしかしたら君を失っていたかも知れないと、一瞬でも考えてしまったクララの気持ちも、察してあげてくれないか?」
「知らないよ! オレだって、あの時凄く怖かった。もう駄目かもしれないって思ったとき……」
「“クララに二度と会えなくなる”って思わなかった?」
「そうだけど……、もう良いよ。帰って! ハルだって長旅で疲れてるんだろ!」
「クノ……」
「出てってくれ!」
ハルは諦めたようにため息をつくと、部屋を出て行った。
入れ替わるようにして、とんとん、と部屋の戸を叩く音がした。
多分ファリンが今の騒ぎを聞きつけたのだろう。みっともない姿ばかりだ。
「クノさん。入りますね」
「……あと、毛布を替えれば終わるから、もうちょっと待ってて」
「すみません。なんだか、私のせいで、クララさんを追い出すようなことに……」
「気にしないで。もともとそのつもりだったんだから」
クララの寝室は、気持ちいいほどに物が無い。
前は、いま私が使っている部屋を寝室にしていたけど、私がクララと教会で暮らすようになってからは、私がクララの寝室を使うようになり(これでも女の子なので、いろいろ身の回りのものが必要になったのだ)、クララは何も無い空き部屋だったこの部屋に、倉庫にあった古いベッドを持ち込んで、寝室にしていた。
ベッドのほかには数冊の本とペン立てが載った簡素な机に、椅子があるだけ。
衣類は私が洗濯しておいた物を、前の晩に必要な分だけを机の上に用意していたから、衣類カゴすらなかった。
お客様用の上掛けをファリンと広げて、ベッドメイクを終えると、ファリンが言った。
「ハルさんはああいっていましたけど、私、クノさんの気持ち、良くわかります。ああいう時、女の子って叱られるよりも、自分のことをいたわって欲しいんですよね」
「私は、……男だもん。今は違うけど」
「そうでしたね。ごめんなさい。でも今は姿は女の子なんですから、女の子らしく扱ってもらっても、良いんじゃないですか? だからクノさんがクララさんのこと怒る気持ち、よくわかります。女の子だったら絶対そうです。あら、私も本当は男でしたね。うふふ」
「ファリンは、自分のこと、女だと思っているの?」
「自分では普通だと思っていましたが、外の世界を知らなかった私は、そういうことには気が付きませんでした。ハルさんと旅を始めるまでは」
「それまでは、女の子として育てられたってこと?」
ファリンの表情が少し翳る。
「私は両親を知りません。物心ついた時には、大教会の奥まったところにある修道院で、孤児として育てられました。修道院には男性しかいませんでしたし、聖歌隊に入ってからも修道院の外に出ることがあっても、常に周りには修道士や司教様がついていましたから。だから、私は聖典の中でしか、女性というものを知りませんでしたし、自分がどちらの性であるかとか、特に意識していなかったのです」
「そう……なんだ」
「でも、聖歌隊の仕事が忙しくなったので、私はカストラートの儀式を済ませて、住まいを教会に移すよう、司教様に言われたのです。私は育ての親である司教様を尊敬していましたから、言うとおりにしました。そして……私は個室を与えられて、そこで……」
そこまで言うと、ファリンがうつむいて、何かをこらえるようにして両手をぎゅっと握った。
これ以上は聞いてはいけないような気がしたけれど、ファリンの生い立ちへの興味のほうが勝っていた。
やがてファリンは、ため息をひとつついて言った。
「……クノさんの村では、司祭も結婚できるんですね」
「うん、そうだよ」
「私のいた教会では、禁忌でした。司教や司祭は神に仕える神職ですから、妻を娶ってはならなかったのです」
「そうなんだ。っていうか、私も最初、そんな風に勘違いしていたんだ」
「だから、クララさんとの結婚も?」
「うん、そう。あ、ゴメン、話の腰を折って。それで?」
「ええ……。妻を娶ってはならない、神職という立場ですが、でも他人を愛してはいけないということではないのです。と言うより、神職といえども誰か人を愛したくなるのでしょう。お支えする修道士たちも同じです」
「それって、まさか……」
「同性愛は神が禁忌としています。妻を娶ることも、女性を愛することもなりません。では、男でも女でもないものはどうでしょうか?」
「どうって、まさか」
「神職といえども、人肌は恋しいのだと……言われました」
「ファリンはそれで……? そんなの納得してたの?」
ファリンは悲しそうに微笑んだ。
「私は自分を育ててくれた司教様のお言葉に、忠実でありたいと思っていました。でも……」
「でも?」
「でも、私には……」
ファリンは言葉を濁して、下を向いたままだった。
「それで教会から逃げてきたの?」
「はい。尊敬していた司教様が、私になさろうとしたこと、私のこの体についてのこと……。本当のことを知らされたとき、私は裏切られたと思ったのです。いえ、あの時の私は、自分が知らないうちに神を裏切り、罪を重ねようとしているのではないかという、恐怖すら感じたのです。それで、私はいたたまれなくなり、教会から逃げ出したのです」
自分のことを話すファリンの様子から、きっと無理やり酷いことをされたんだと思った。どんなことをされそうになったのか、どういう経緯でそんなことをされたのかは判らないけど。それが、ファリンが教会から逃れようとした原因なんだと思った。
身の上を語るファリンの表情は暗く、美しい筈の声も沈みきっていた。
私は話題を変えたほうが良いと思った。
「ハルとの旅は、楽しい?」
「え? ええ、とっても。私、ずっと教会の奥にある修道院から、外へ出ることはほとんどありませんでしたから。外に出ることができて、本当にうれしいです。見るもの聞くもの、新しいことばかりです。いろいろな人とも出会いましたし、いろいろなものも食べました。ハルさんは何でも知っていて、やさしくて、何でもできて、ハルさんには、本当に感謝しています」
「ハルのこと、好き?」
思わず、またそんな質問をしてしまった。でもファリンはにっこりとして言った。
「感謝しています。恩人ですから」
「ごめん、変な質問だったね」
そう、ファリンは表向きは女性として振舞っているけれど、本当は男だったんだよね。
だから“ハルのこと好き?”って聞かれても、困ってしまうよなぁ……。
「そうだ、ファリンは聖歌隊だったって言ったよね。今度ファリンの歌も聞かせてね」
「え、ええ。喜んで。ご期待に副えるかは判りませんけど。でも私、精一杯歌いますっ!」
「あ、そ、そんなに力まなくても」
「ご、ごめんなさい。私ったらつい……」
「ファリンは歌が大好きなんだね」
「好きと言うか……、私には歌しかありませんでしたから。でも今は、ハルさんとの旅もとても楽しいです……」
ファリンは、はにかむように答えた。
最初は、美人できれいな声で、物静かで控えめだけど芯は強い、そんな、理想の女性像みたいなものを勝手にファリンに感じていた。
けれど、ファリンも私と同じように、自分の意思では無いのに、男としての性を失ってしまった。
そして、もう元には戻れないかもしれないけれど、なんとか頑張っていこうとしているんだ。
そう思うと、ファリンとは共闘者のように思えた。
まだ出会って一日も経っていないけど、きっと親友になれると、そう思った。
<つづく>
ファリンと話をしていると、騒ぎをどこかで聞きつけたのかハルが、その直ぐ後に、クララが居間に飛び込んできた。
「ファリン! クノ! 怪我はなかったかい?」
「ええ、ハルさん。大丈夫です。ちょっと服を汚してしまいましたが」
「そう。聞いたよ、クノを守ってくれたんだね」
「ああ、ハル。ファリンのおかげで助かったよ。ファリンは凄いね。どこであんなナイフ裁きを覚えたんだい?」
「ハルさんに教えていただいたんですよ。旅をするなら、ある程度自分の身ぐらいは守れるようにって」
「そうなんだ。つい昔の感覚で狼に向かってっちゃったけど、ナイフ持っていないことに気が付いた時、死んじゃうかもって……」
ぱんっ! という乾いた音に続いてすごい耳鳴りがして、視界がぐらりと揺れた。
一瞬何がおきたのかわからなかった。それまで黙っていたクララが私の頬を張ったのだった。
じりじりとする頬の痛みに我に返り、クララを睨みつけた。
「な、なにすんだよっ、クララ!!」
「狼にけんか売るなんて、何考えているんだ! 自分だけじゃなくて、こんな子にまで危ない目にあわせて! 自分が何をしたのか、わかっているのかっ!!」
「けんか売ったわけじゃないよ! アイリーンが襲われてて……」
ぱんっ! と今度は反対側の頬をぶたれた。
「そんなことをいっているんじゃない! クノはもう昔のクノじゃない。か弱い女の子なんだ! どうしてそんなに自覚がないんだ。そんなだから……」
「そんなだから、エルダの方が好きになったって言うのか!」
私はひりひりする頬を撫でながらクララを睨み返し、負けじと言い返した。
アイリーンを助けるためにしたことだって言うのに、ぶたなくたっていいじゃないか!
「何を言っているんだ、クノ?」
「ふん! 私知ってるんだから! クララが服屋のエルダと浮気しているって」
「またその話か! いったい誰がそんなこと言ってるんだ! 僕は浮気なんかしていない!」
「嘘! 私に隠れて、こそこそエルダに会いに行っている癖に!」
「ぼ、僕はそんなことしていない」
「私見たんだ。昨日、クララとエルダが店の中で抱き合ってるの!」
「抱き合っている? あ、あれは違う、あれは棚の上の品物を取ろうとしたエルダがよろけて」
「そんな言い訳聞きたくない。今だっていきなり理由も聞かずに私のことぶったりして! 私が嫌いになったのなら、そう言えば!」
私は殴り返そうと振り上げたら、その手をハルにつかまれた。
「止めないでよ、ハル!」
「ローゼンシルバニウムのリングだね。婚約指輪かい? クノ」
「う。こ、これは……クララがどうしても嵌めていて欲しいって言うから」
「そう。きれいな色だね。これならクララを信じてあげても、いいんじゃないかな?」
「どう言う意味だよ?」
「ローゼンシルバニウムはね、とても不思議な金属なんだよ。知っているかい、クノ?」
「特別な金属だっていうのは知ってる。高価なことも」
「ローゼンシルバニウムは贈った人の真心を伝えるといわれている。だから大切な恋人に贈る時に使うんだ。君の指輪は綺麗な薔薇色に光るだろう。それは指輪の贈り主が、君のことをとても純粋に愛しているということなんだよ。そして贈り主が心変わりしない限り、その指輪の色は変わらない。だから、クララは浮気なんかしていないし、今だって本当に君のことが心配だったから、あんなことをしてしまったんだよ。クノ」
「……う、うん」
ふと見ると、ファリンも驚いた表情で私を見ている。突然大ゲンカを始めてしまったのだからびっくりしてるに違いない。
それに、ハルにあの優しい笑顔で諭すように止められちゃ、ケンカする訳にも行かない。
「は、離してよ、ハル」
「ああ、ごめん、クノ。痛かったかい?」
「ううん、そんなことないけど……」
クララを見ると、自分は知らないとでも言うようにそっぽを向いていた。
なんだい! いきなりぶったことぐらい、謝ったらどうなのさ!
平常心を取り戻そうと窓に目を向けると、もう日が暮れかけていることに気づいた。
「ゆ、夕食の準備をしなくちゃ」
「ああ、それなら手伝うよ。旅先で珍しい食材を仕入れてきたんだ。久しぶりに会ったんだから、夕食はみんなで一緒にどうかな?」
クララは私のほうを見ようともせずに、『やりかけの作業を片付けてくる』といって、畑へ戻っていった。
四人で囲む夕食。私は普段どおりを装いながらも、わざとクララを無視していた。
クララは何か言いたげだったけど、そんなこと私は知らない!
さっきだって、ハルたちがいなかったら、きっと取っ組み合いのけんかを初めていたに違いない。
せっかくの料理も、半分ぐらい味がわからなかったけど、それはハルのしてくれた旅の話が面白かったせいで、クララが気になるからじゃないんだから!
ハルとは積もる話もいっぱいしたけれど、クララとは一言も口をきかなかった。
それでも食事の後、ファリンを預かることをクララに言ったけど、『そう。じゃあ、そうすればいい。僕はクノの家で寝るから、寝室は僕のを使えばいいよ』と、ぶっきらぼうに言って、さっさと私の住んでいた家に行ってしまった。
ややこしい説明をしなくてすんだのは幸いだけど、もう少しぐらい何か言ってくれてもいいんじゃない?
クララの部屋をお客様用に片付けていると、ハルが『話がある』といって部屋に入ってきた。
「なぁ、クノ?」
「なあに? ハル。ファリンと一緒に、ここに泊まりたいの?」
「まじめな話なんだけど」
うん、そんなことわかってる。多分、ハルが言いたいことも。
「……別にアイリーンを助けようとしたこと、クララに褒めて貰うつもりは無いけど、理由も聞かずにぶつなんて酷いと思わないか?」
「クララは君が自己顕示欲のために、危険な目に飛び込んでいったんじゃないことぐらいは、分かっていると思うよ」
「それなら、ひとこと“大丈夫だった?”とか、“怪我はなかった?”ぐらい言えばいいじゃないか。そうだろう?」
「そうだね。でも僕も、最初に君の話を聞いた時、君が死んでいてもおかしくない状況だったことに、恐ろしい気持ちでいっぱいだったよ」
「恐ろしい……?」
「そう、もし君が死んでしまっていたら、どうしようかってね。クララも同じ気持ちだったとしたら、どう思う?」
「わからないよ。クララの気持ちなんて」
「そうだね。でも……そうだな、僕だったら、まずはクノ自身の安全を図ってほしかったって思うだろうね」
「クララは司祭だよ。 アイリーンを見殺しにしろだなんて、そんなこと言わないと思う」
「そうだね、クララの立場上、そういわざるを得ないだろうね。でもね、クララの個人的な感情としては、例えアイリーンが犠牲になったとしても、君だけは助かって欲しいと、そう願うだろうね。君はクララの大切な人なんだから」
「じゃぁ、オレのしたことは間違っていたって言うのか? ハルまで、オレが悪いって言うのか?」
「クノ、もしかしたら君を失っていたかも知れないと、一瞬でも考えてしまったクララの気持ちも、察してあげてくれないか?」
「知らないよ! オレだって、あの時凄く怖かった。もう駄目かもしれないって思ったとき……」
「“クララに二度と会えなくなる”って思わなかった?」
「そうだけど……、もう良いよ。帰って! ハルだって長旅で疲れてるんだろ!」
「クノ……」
「出てってくれ!」
ハルは諦めたようにため息をつくと、部屋を出て行った。
入れ替わるようにして、とんとん、と部屋の戸を叩く音がした。
多分ファリンが今の騒ぎを聞きつけたのだろう。みっともない姿ばかりだ。
「クノさん。入りますね」
「……あと、毛布を替えれば終わるから、もうちょっと待ってて」
「すみません。なんだか、私のせいで、クララさんを追い出すようなことに……」
「気にしないで。もともとそのつもりだったんだから」
クララの寝室は、気持ちいいほどに物が無い。
前は、いま私が使っている部屋を寝室にしていたけど、私がクララと教会で暮らすようになってからは、私がクララの寝室を使うようになり(これでも女の子なので、いろいろ身の回りのものが必要になったのだ)、クララは何も無い空き部屋だったこの部屋に、倉庫にあった古いベッドを持ち込んで、寝室にしていた。
ベッドのほかには数冊の本とペン立てが載った簡素な机に、椅子があるだけ。
衣類は私が洗濯しておいた物を、前の晩に必要な分だけを机の上に用意していたから、衣類カゴすらなかった。
お客様用の上掛けをファリンと広げて、ベッドメイクを終えると、ファリンが言った。
「ハルさんはああいっていましたけど、私、クノさんの気持ち、良くわかります。ああいう時、女の子って叱られるよりも、自分のことをいたわって欲しいんですよね」
「私は、……男だもん。今は違うけど」
「そうでしたね。ごめんなさい。でも今は姿は女の子なんですから、女の子らしく扱ってもらっても、良いんじゃないですか? だからクノさんがクララさんのこと怒る気持ち、よくわかります。女の子だったら絶対そうです。あら、私も本当は男でしたね。うふふ」
「ファリンは、自分のこと、女だと思っているの?」
「自分では普通だと思っていましたが、外の世界を知らなかった私は、そういうことには気が付きませんでした。ハルさんと旅を始めるまでは」
「それまでは、女の子として育てられたってこと?」
ファリンの表情が少し翳る。
「私は両親を知りません。物心ついた時には、大教会の奥まったところにある修道院で、孤児として育てられました。修道院には男性しかいませんでしたし、聖歌隊に入ってからも修道院の外に出ることがあっても、常に周りには修道士や司教様がついていましたから。だから、私は聖典の中でしか、女性というものを知りませんでしたし、自分がどちらの性であるかとか、特に意識していなかったのです」
「そう……なんだ」
「でも、聖歌隊の仕事が忙しくなったので、私はカストラートの儀式を済ませて、住まいを教会に移すよう、司教様に言われたのです。私は育ての親である司教様を尊敬していましたから、言うとおりにしました。そして……私は個室を与えられて、そこで……」
そこまで言うと、ファリンがうつむいて、何かをこらえるようにして両手をぎゅっと握った。
これ以上は聞いてはいけないような気がしたけれど、ファリンの生い立ちへの興味のほうが勝っていた。
やがてファリンは、ため息をひとつついて言った。
「……クノさんの村では、司祭も結婚できるんですね」
「うん、そうだよ」
「私のいた教会では、禁忌でした。司教や司祭は神に仕える神職ですから、妻を娶ってはならなかったのです」
「そうなんだ。っていうか、私も最初、そんな風に勘違いしていたんだ」
「だから、クララさんとの結婚も?」
「うん、そう。あ、ゴメン、話の腰を折って。それで?」
「ええ……。妻を娶ってはならない、神職という立場ですが、でも他人を愛してはいけないということではないのです。と言うより、神職といえども誰か人を愛したくなるのでしょう。お支えする修道士たちも同じです」
「それって、まさか……」
「同性愛は神が禁忌としています。妻を娶ることも、女性を愛することもなりません。では、男でも女でもないものはどうでしょうか?」
「どうって、まさか」
「神職といえども、人肌は恋しいのだと……言われました」
「ファリンはそれで……? そんなの納得してたの?」
ファリンは悲しそうに微笑んだ。
「私は自分を育ててくれた司教様のお言葉に、忠実でありたいと思っていました。でも……」
「でも?」
「でも、私には……」
ファリンは言葉を濁して、下を向いたままだった。
「それで教会から逃げてきたの?」
「はい。尊敬していた司教様が、私になさろうとしたこと、私のこの体についてのこと……。本当のことを知らされたとき、私は裏切られたと思ったのです。いえ、あの時の私は、自分が知らないうちに神を裏切り、罪を重ねようとしているのではないかという、恐怖すら感じたのです。それで、私はいたたまれなくなり、教会から逃げ出したのです」
自分のことを話すファリンの様子から、きっと無理やり酷いことをされたんだと思った。どんなことをされそうになったのか、どういう経緯でそんなことをされたのかは判らないけど。それが、ファリンが教会から逃れようとした原因なんだと思った。
身の上を語るファリンの表情は暗く、美しい筈の声も沈みきっていた。
私は話題を変えたほうが良いと思った。
「ハルとの旅は、楽しい?」
「え? ええ、とっても。私、ずっと教会の奥にある修道院から、外へ出ることはほとんどありませんでしたから。外に出ることができて、本当にうれしいです。見るもの聞くもの、新しいことばかりです。いろいろな人とも出会いましたし、いろいろなものも食べました。ハルさんは何でも知っていて、やさしくて、何でもできて、ハルさんには、本当に感謝しています」
「ハルのこと、好き?」
思わず、またそんな質問をしてしまった。でもファリンはにっこりとして言った。
「感謝しています。恩人ですから」
「ごめん、変な質問だったね」
そう、ファリンは表向きは女性として振舞っているけれど、本当は男だったんだよね。
だから“ハルのこと好き?”って聞かれても、困ってしまうよなぁ……。
「そうだ、ファリンは聖歌隊だったって言ったよね。今度ファリンの歌も聞かせてね」
「え、ええ。喜んで。ご期待に副えるかは判りませんけど。でも私、精一杯歌いますっ!」
「あ、そ、そんなに力まなくても」
「ご、ごめんなさい。私ったらつい……」
「ファリンは歌が大好きなんだね」
「好きと言うか……、私には歌しかありませんでしたから。でも今は、ハルさんとの旅もとても楽しいです……」
ファリンは、はにかむように答えた。
最初は、美人できれいな声で、物静かで控えめだけど芯は強い、そんな、理想の女性像みたいなものを勝手にファリンに感じていた。
けれど、ファリンも私と同じように、自分の意思では無いのに、男としての性を失ってしまった。
そして、もう元には戻れないかもしれないけれど、なんとか頑張っていこうとしているんだ。
そう思うと、ファリンとは共闘者のように思えた。
まだ出会って一日も経っていないけど、きっと親友になれると、そう思った。
<つづく>
890万ヒットを達成しました!
今年は基本的にはアクセス数的には予算達成しそうです。
まぁ、この3連休は伸びませんでしたがー。
そろそろ来年の予算も立てようかと思います。イラストの発注は完成までに遅い場合は3か月ぐらいかかるロングリードタイムなお仕事なのです。来年度の予想アクセス数とそれに伴う収益予想、そしてそれに見合う経費予算を立てるのです。
不景気だからオレがリストラされる可能性とかも考慮して、攻守バランスの取れた予算編成を目指しますね。
あと、トップにどこかの企業のバナーを置きたいのですが、ご希望の企業様はいらっしゃいませんかねーw
まぁ、この3連休は伸びませんでしたがー。
そろそろ来年の予算も立てようかと思います。イラストの発注は完成までに遅い場合は3か月ぐらいかかるロングリードタイムなお仕事なのです。来年度の予想アクセス数とそれに伴う収益予想、そしてそれに見合う経費予算を立てるのです。
不景気だからオレがリストラされる可能性とかも考慮して、攻守バランスの取れた予算編成を目指しますね。
あと、トップにどこかの企業のバナーを置きたいのですが、ご希望の企業様はいらっしゃいませんかねーw
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (3) 作.ありす 挿絵.東宮由依
第2幕 ファリンの正体
私たちは早足で教会へと急いでいた。逃げ込むように建物の中に入り、昼間は開けっ放しの礼拝堂の扉を閉じると、やっとひと心地ついた。見るとファリンもほっとした様子で、にっこりと私に微笑み返した。
自分はともかく、ファリンは狼の返り血を浴びたのか、黒いマントや顔にも赤黒いものがついていた。
「汚れちゃったね。そうだ、こっちへきて」
私は獣の血で汚れたファリンを、礼拝堂の奥の半地下になっている小部屋に案内した。
扉を開けると薄い湯気と、微かな硫黄のにおいが流れ出してくる。
「これは……?」
「驚いた? ちょっと自慢なんだ」
村の人には内緒だけど、ここの教会にはなぜか地下からごく僅かの温泉が沸き出す、小さな隠し井戸があった。
クララはそれを冷ましたものを「聖水」といって、時々村人に分けていた。
代々秘密にしていたみたいだけど、昔そのことを知った私が、人が入れるぐらいの底の深い大きなたらいを作り、むき出しの石の壁になっているこの小部屋を浴室に改造した。
ハルの旅話の中に、そうやって地下から沸いたお湯の中に体を沈めて身を清めたり、疲れを癒したりする習慣がある国の事を聞いていたからだ。
いつでも入れるようにと、たらいには常にお湯で満たされるように工夫がしてあった。
この秘密を知っているのは、私とクララとドーラとヘルマだけ。もっとお湯の量が多ければ、村人にも開放したいところだけれど……。
そのせいか、クララはあまり利用していなかったみたいだけど、私はこの温泉に入って疲れを取るのが大好きだった。
「体を洗う布はそこにあるのを使って。あと着替えを用意するから、ちょっと待っててね」
「ありがとうございます」
私は倉庫代わりの空き部屋に入り、クララの昔の衣類箱の中から、ファリンが着れそうなお古を探した。
「下着…も、いるかなぁ? でもサイズよくわからないしなぁ。それは我慢してもらうか……」
悔しいことに、今の私にはちょっと大き目の、下着やらワンピースやらを眺めながら、適当に見繕って無難そうな物を選んだ。
体を拭く大きなタオルと着替えを置いておこうと、浴室の戸の前まで来ると、中から水音がしていた。
(いま、ファリンが入っているんだよね……)
扉の向こうの光景を想像したら、なんとなく顔が赤くなった。
よく考えたら自分以外の女性の裸なんてロクに見たことがない。クララが女だった時だって、私たちはそんな関係ではなかった。
逆に自分の下着姿ぐらいなら晒す事が無い訳ではないけど、それは服を合わせる時とかで、私はもっぱら脱がされるほうだ。
浴室には脱いだ服をかけておく小さな衝立ぐらいはある。しかし体を隠すにはちょっと小さい。
でも、いいよね? 別に今は女同士だし……そう、私は女の子なんだから、自然に振舞えば、別になんてことは無いはず。
期待(!)と不安(?)の入り混じった、そわそわする感覚に戸惑いながら浴室の戸を開けると、薄い湯気の向こうにこちらを向いて立っている、ファリンの裸身が見えた。
「っ!!……」
「これ、タオるときが…え、あ? れ、男の人? じゃ、無い……って! えっ?」
まるで男のようなファリンのまっ平らな胸にちょっと驚いたけど、それよりももっと驚いたのは、ファリンの股間に自分のとは明らかに違う、大きな赤い筋が走っていたことだった。
それは禍々しい傷跡のような……。そう、大怪我をして縫った後のような痛々しい傷跡。ちょうど男ならば付いているはずのものがある場所に。
頭の中に大きな疑問符が浮かんで押しつぶされそうになる直前、同じように固まっていたファリンが、慌てて私の手からタオルとって体を隠した。
「わ、えと、あの……その」
「あ、ご、ごごごめんさない!」
「え、あ、ちょっと待って!」
見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて浴室を飛び出し、礼拝堂の奥を横切って隣接する居間に逃げ込んだ。
え、えと、一体あれは…け、怪我でもしたのかな?
でも胸無かったし、やっぱり男の人? いや、たんに小さいだけかも?
でも、あの傷……
しばらくして、居間のドアをノックする音がした。ファリンであることは間違いない。
さて、なんと言うべきか、何を言うべきかと悩んでいると、再びノックの音がした。応じないわけにも行かない。
「ど、どうぞ」
「……あのう」
おずおずとファリンが入ってくる。
私が用意したクララのお古の上に、昼間着ていた大げさなマントを羽織っていた。
とにかく、非礼はわびておくべきだろう。
「あの、さっきはごめんなさい、その、覗くつもりはなかったんです」
「い、いえ。いいんです。驚かせてしまったようで……」
「そんなこと……その、先に声をかけなかった私が悪かったんです。失礼なことしてごめんなさい」
「それで……」
「は、はい。何でしょう?」
「ええと……何から話したものか……。その、見てしまいましたよね?」
「は、はぁ……。その、まぁ……割と、はっきりと……」
「聞きたい、ですよね?」
「ええ、まぁ、その。でもご事情がおありならば、あえて見なかったことにしますが……」
ものすごく気まずい雰囲気。ヤカンいっぱいの水が沸くぐらいの沈黙が続いた。
やがてファリンが小さな声で話し始めた。
「……カストラートって、知っていますか?」
「カスト、ラート?」
「大きな教会には、聖歌隊があることはご存知ですか?」
「え、ええ。隣町に来た時に、クララのお供で、聞きに行ったことがあります」
「それで、聖歌隊の男の子が声変わりする前に、男の子の……その、つまり、おちんちんを切り取ってしまう事があるんです……」
「オチvh☆んちっ?! な、なんでそんなこと!??」
「私の声、どう思いますか?」
「どうって……不思議な、でも、とてもきれいな声だと思いますけど」
「この声を保つために、そうしてしまうんです。男って思春期が来ると、声変わりしますよね?」
「うん……(私は2度も、声変わりしたけどね)」
「ある程度は薬で遅くできるのですが、その、アレがついていると、いつか声変わりして……、低い、普通の男の声になってしまうんです。だから……」
そういうと、ファリンは悲しげな表情になり、下を向いてしまった。
「事情はよくわからないけど……とにかく、教会にいたんですよね? それで、どうしてハルと?」
「ハルさんとは……。私、助けていただいたんです、ハルさんに。だから……恩返しがしたいなって。何か、ハルさんのお力になれることがあれば……」
「“カストラート”、だっけ? そのお仕事はいいの?」
「教会からは逃げてきたんです。私……もう、あそこへ戻ることは……」
「良くわからないけど、ハルはそのぉ……、このこと知っているの?」
おちんちん切っちゃった、男性だってことを? ……とは聞けなかった。
「私が教会から逃げ出した時、偶然ハルさんと出会って、”助けてください”ってお願いしたら、その日のうちに、私を連れて逃げてくれたんです」
「まぁ、ハルはそういう奴だよね。困っている人がいたら、本当に親身になって助けてくれる」
「そうです。ハルさんは、私に何者なのか、どうして追われているのかとか、何もお聞きになりませんでした」
あれ? でもハルは確か最初に“女の子と知り合った”って言ってたよね?
裸を見なければ、あの美しい顔ときれいな声は女性だと思ったとしても不思議じゃないけど……まぁいいや、その事は取りあえずおいておこう。
でも、教会から逃げてきたんだなんて、私はともかく司祭のクララにどう説明しようかなぁ?
やっぱり、ファリンの正体は秘密にしておいたほうがいいよなぁ……。
見ると、ファリンが不安げに俯いていた。
「あ、大丈夫。このことは誰にも言わないから。もちろんハルにも絶対内緒にしておくから」
「すみません……」
「でも、ハルらしいね。無茶で損な役ばかり引き受けているようにも見えるけど、絶対、あとでハルの方が正しかったってわかるんだ」
「コンラートさんはハルさんのこと、とっても良くご存知なんですね」
「私のことは“クノ”って呼んで。みんな、そう呼ぶから……」
“コンラート”という名前は姿に似合わないから、クララと名前を交換しようということもあったけれど、結局そのままになっている。いまでは、子供たちまで愛称のほうで“クノちゃん”と、まるで子ども扱いの呼ばれようだ。
「はい、“クノ”さん。ハルさんとはいとこだと、お聞きしましたが」
「うん、そうだよ。ハルとは小さいころからずっと一緒だったんだ」
「小さいころから?」
「私の両親と、ハルの両親は兄妹だったんだ」
「兄妹?」
「シュタインベルガー家は、もともとハルのような旅商人の家系みたい。私の父様は、この村の人間だったけどね。でも私の母様とハルの父様が貿易の途中、たまたまこの村にやってきた時に、父様が母様に求婚したんだって。ハルの父様、つまり母様のお兄さんは相当反対したみたいだけどね。それで妹が心配だったハルの父様も、この村に店を構えて暮らしているうちに、この村の娘だったハルの母様と結婚したんだ」
「そうなんですか。でも、それならばハルさんはなぜ行商に?」
「15年ぐらい前かなぁ、ハルのところと、うちの両親が揃って亡くなって、しばらくしてだから……」
「お二人とも、ご両親を亡くされてるんですか?」
「事故でね。2家族揃って旅行に出かけたんだけど、旅の途中で。助かったのは私とハルだけ」
「それは……なんと言っていいのか、お気の毒です」
「もうあれからずいぶん経つから、今はなんとも。私は必然的に両親がやっていた畑や山を継いで、ハルもお店を継いだんだけど、ハルの方はうまくいかなくてね。それで今のように、行商に出ることにしたんだ」
「そうだったんですか」
「それで、最近はあんまりハルとは会ってなかったけど、うまくやっているみたいだね」
「そう、ですか……。私、ハルさんのこと何にも知らなくて……」
ファリンの何か聞きたげな様子に、私はピンときた。
「ハルのこと、もっと知りたい?」
「ええ、恩人ですから。その、ちょっと知りたいかなとは思いますが……」
ファリンが困ったような顔をして曖昧に答える。やっぱり、恥ずかしいのかな?
あれ? でも本当は、男の人なんだよね??
「ハルのこと、好き?」
「へ? あ、いえ、よく聞かれますが、私はこんな体ですから……」
悪い事聞いちゃったかな。
でも、まぁいいや。ファリンがハルに好意を寄せてくれるんなら、応援したい。
私はこの教会のどこかにクララが隠した、例の薬のことを思い出していた。
<つづく>
私たちは早足で教会へと急いでいた。逃げ込むように建物の中に入り、昼間は開けっ放しの礼拝堂の扉を閉じると、やっとひと心地ついた。見るとファリンもほっとした様子で、にっこりと私に微笑み返した。
自分はともかく、ファリンは狼の返り血を浴びたのか、黒いマントや顔にも赤黒いものがついていた。
「汚れちゃったね。そうだ、こっちへきて」
私は獣の血で汚れたファリンを、礼拝堂の奥の半地下になっている小部屋に案内した。
扉を開けると薄い湯気と、微かな硫黄のにおいが流れ出してくる。
「これは……?」
「驚いた? ちょっと自慢なんだ」
村の人には内緒だけど、ここの教会にはなぜか地下からごく僅かの温泉が沸き出す、小さな隠し井戸があった。
クララはそれを冷ましたものを「聖水」といって、時々村人に分けていた。
代々秘密にしていたみたいだけど、昔そのことを知った私が、人が入れるぐらいの底の深い大きなたらいを作り、むき出しの石の壁になっているこの小部屋を浴室に改造した。
ハルの旅話の中に、そうやって地下から沸いたお湯の中に体を沈めて身を清めたり、疲れを癒したりする習慣がある国の事を聞いていたからだ。
いつでも入れるようにと、たらいには常にお湯で満たされるように工夫がしてあった。
この秘密を知っているのは、私とクララとドーラとヘルマだけ。もっとお湯の量が多ければ、村人にも開放したいところだけれど……。
そのせいか、クララはあまり利用していなかったみたいだけど、私はこの温泉に入って疲れを取るのが大好きだった。
「体を洗う布はそこにあるのを使って。あと着替えを用意するから、ちょっと待っててね」
「ありがとうございます」
私は倉庫代わりの空き部屋に入り、クララの昔の衣類箱の中から、ファリンが着れそうなお古を探した。
「下着…も、いるかなぁ? でもサイズよくわからないしなぁ。それは我慢してもらうか……」
悔しいことに、今の私にはちょっと大き目の、下着やらワンピースやらを眺めながら、適当に見繕って無難そうな物を選んだ。
体を拭く大きなタオルと着替えを置いておこうと、浴室の戸の前まで来ると、中から水音がしていた。
(いま、ファリンが入っているんだよね……)
扉の向こうの光景を想像したら、なんとなく顔が赤くなった。
よく考えたら自分以外の女性の裸なんてロクに見たことがない。クララが女だった時だって、私たちはそんな関係ではなかった。
逆に自分の下着姿ぐらいなら晒す事が無い訳ではないけど、それは服を合わせる時とかで、私はもっぱら脱がされるほうだ。
浴室には脱いだ服をかけておく小さな衝立ぐらいはある。しかし体を隠すにはちょっと小さい。
でも、いいよね? 別に今は女同士だし……そう、私は女の子なんだから、自然に振舞えば、別になんてことは無いはず。
期待(!)と不安(?)の入り混じった、そわそわする感覚に戸惑いながら浴室の戸を開けると、薄い湯気の向こうにこちらを向いて立っている、ファリンの裸身が見えた。
「っ!!……」
「これ、タオるときが…え、あ? れ、男の人? じゃ、無い……って! えっ?」
まるで男のようなファリンのまっ平らな胸にちょっと驚いたけど、それよりももっと驚いたのは、ファリンの股間に自分のとは明らかに違う、大きな赤い筋が走っていたことだった。
それは禍々しい傷跡のような……。そう、大怪我をして縫った後のような痛々しい傷跡。ちょうど男ならば付いているはずのものがある場所に。
頭の中に大きな疑問符が浮かんで押しつぶされそうになる直前、同じように固まっていたファリンが、慌てて私の手からタオルとって体を隠した。
「わ、えと、あの……その」
「あ、ご、ごごごめんさない!」
「え、あ、ちょっと待って!」
見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて浴室を飛び出し、礼拝堂の奥を横切って隣接する居間に逃げ込んだ。
え、えと、一体あれは…け、怪我でもしたのかな?
でも胸無かったし、やっぱり男の人? いや、たんに小さいだけかも?
でも、あの傷……
しばらくして、居間のドアをノックする音がした。ファリンであることは間違いない。
さて、なんと言うべきか、何を言うべきかと悩んでいると、再びノックの音がした。応じないわけにも行かない。
「ど、どうぞ」
「……あのう」
おずおずとファリンが入ってくる。
私が用意したクララのお古の上に、昼間着ていた大げさなマントを羽織っていた。
とにかく、非礼はわびておくべきだろう。
「あの、さっきはごめんなさい、その、覗くつもりはなかったんです」
「い、いえ。いいんです。驚かせてしまったようで……」
「そんなこと……その、先に声をかけなかった私が悪かったんです。失礼なことしてごめんなさい」
「それで……」
「は、はい。何でしょう?」
「ええと……何から話したものか……。その、見てしまいましたよね?」
「は、はぁ……。その、まぁ……割と、はっきりと……」
「聞きたい、ですよね?」
「ええ、まぁ、その。でもご事情がおありならば、あえて見なかったことにしますが……」
ものすごく気まずい雰囲気。ヤカンいっぱいの水が沸くぐらいの沈黙が続いた。
やがてファリンが小さな声で話し始めた。
「……カストラートって、知っていますか?」
「カスト、ラート?」
「大きな教会には、聖歌隊があることはご存知ですか?」
「え、ええ。隣町に来た時に、クララのお供で、聞きに行ったことがあります」
「それで、聖歌隊の男の子が声変わりする前に、男の子の……その、つまり、おちんちんを切り取ってしまう事があるんです……」
「オチvh☆んちっ?! な、なんでそんなこと!??」
「私の声、どう思いますか?」
「どうって……不思議な、でも、とてもきれいな声だと思いますけど」
「この声を保つために、そうしてしまうんです。男って思春期が来ると、声変わりしますよね?」
「うん……(私は2度も、声変わりしたけどね)」
「ある程度は薬で遅くできるのですが、その、アレがついていると、いつか声変わりして……、低い、普通の男の声になってしまうんです。だから……」
そういうと、ファリンは悲しげな表情になり、下を向いてしまった。
「事情はよくわからないけど……とにかく、教会にいたんですよね? それで、どうしてハルと?」
「ハルさんとは……。私、助けていただいたんです、ハルさんに。だから……恩返しがしたいなって。何か、ハルさんのお力になれることがあれば……」
「“カストラート”、だっけ? そのお仕事はいいの?」
「教会からは逃げてきたんです。私……もう、あそこへ戻ることは……」
「良くわからないけど、ハルはそのぉ……、このこと知っているの?」
おちんちん切っちゃった、男性だってことを? ……とは聞けなかった。
「私が教会から逃げ出した時、偶然ハルさんと出会って、”助けてください”ってお願いしたら、その日のうちに、私を連れて逃げてくれたんです」
「まぁ、ハルはそういう奴だよね。困っている人がいたら、本当に親身になって助けてくれる」
「そうです。ハルさんは、私に何者なのか、どうして追われているのかとか、何もお聞きになりませんでした」
あれ? でもハルは確か最初に“女の子と知り合った”って言ってたよね?
裸を見なければ、あの美しい顔ときれいな声は女性だと思ったとしても不思議じゃないけど……まぁいいや、その事は取りあえずおいておこう。
でも、教会から逃げてきたんだなんて、私はともかく司祭のクララにどう説明しようかなぁ?
やっぱり、ファリンの正体は秘密にしておいたほうがいいよなぁ……。
見ると、ファリンが不安げに俯いていた。
「あ、大丈夫。このことは誰にも言わないから。もちろんハルにも絶対内緒にしておくから」
「すみません……」
「でも、ハルらしいね。無茶で損な役ばかり引き受けているようにも見えるけど、絶対、あとでハルの方が正しかったってわかるんだ」
「コンラートさんはハルさんのこと、とっても良くご存知なんですね」
「私のことは“クノ”って呼んで。みんな、そう呼ぶから……」
“コンラート”という名前は姿に似合わないから、クララと名前を交換しようということもあったけれど、結局そのままになっている。いまでは、子供たちまで愛称のほうで“クノちゃん”と、まるで子ども扱いの呼ばれようだ。
「はい、“クノ”さん。ハルさんとはいとこだと、お聞きしましたが」
「うん、そうだよ。ハルとは小さいころからずっと一緒だったんだ」
「小さいころから?」
「私の両親と、ハルの両親は兄妹だったんだ」
「兄妹?」
「シュタインベルガー家は、もともとハルのような旅商人の家系みたい。私の父様は、この村の人間だったけどね。でも私の母様とハルの父様が貿易の途中、たまたまこの村にやってきた時に、父様が母様に求婚したんだって。ハルの父様、つまり母様のお兄さんは相当反対したみたいだけどね。それで妹が心配だったハルの父様も、この村に店を構えて暮らしているうちに、この村の娘だったハルの母様と結婚したんだ」
「そうなんですか。でも、それならばハルさんはなぜ行商に?」
「15年ぐらい前かなぁ、ハルのところと、うちの両親が揃って亡くなって、しばらくしてだから……」
「お二人とも、ご両親を亡くされてるんですか?」
「事故でね。2家族揃って旅行に出かけたんだけど、旅の途中で。助かったのは私とハルだけ」
「それは……なんと言っていいのか、お気の毒です」
「もうあれからずいぶん経つから、今はなんとも。私は必然的に両親がやっていた畑や山を継いで、ハルもお店を継いだんだけど、ハルの方はうまくいかなくてね。それで今のように、行商に出ることにしたんだ」
「そうだったんですか」
「それで、最近はあんまりハルとは会ってなかったけど、うまくやっているみたいだね」
「そう、ですか……。私、ハルさんのこと何にも知らなくて……」
ファリンの何か聞きたげな様子に、私はピンときた。
「ハルのこと、もっと知りたい?」
「ええ、恩人ですから。その、ちょっと知りたいかなとは思いますが……」
ファリンが困ったような顔をして曖昧に答える。やっぱり、恥ずかしいのかな?
あれ? でも本当は、男の人なんだよね??
「ハルのこと、好き?」
「へ? あ、いえ、よく聞かれますが、私はこんな体ですから……」
悪い事聞いちゃったかな。
でも、まぁいいや。ファリンがハルに好意を寄せてくれるんなら、応援したい。
私はこの教会のどこかにクララが隠した、例の薬のことを思い出していた。
<つづく>
LADY CAT CMのページ
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元記事 Organ Donor Foundation Re-born to be alive - Sign Up to get into her - print, Belgium
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良いコピー。脳を提供できるのでしょうかw
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「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (2) 作.ありす 挿絵.東宮由依
第1幕 再会と危機(クライシス)
ヘルマとのんびりした昼食を済ませて、静かな午後を事務仕事の手伝いで過ごしていると、受付に人影があった。
旅人の姿をしていて、この村の人間ではなさそうだった。
「すみません」
「はい、デルリン村役場へようこそ。何かお困りのことでも……」
そう言いかけると、件の人物は被っていたフードを外した。
旅の疲れか、少しやつれたその顔は、でも懐かしいものだった。
「……ハル? ラインハルトかい?」
「そうだけど、君は?」
「オレだよオレ! ってこの姿じゃわからないか。コンラートだよ、コンラート・シュタインベルガー」
「? 僕の知っているコンラートは男で、君みたいなかわいいお嬢さんじゃないけれど?」
「信じてくれっていうのも、無理かもしれないが、実は……」
ハル=ラインハルト・シュタインベルガーは数少ない私の親戚筋で、私よりも1つ歳下のいとこだ。私たちの両親がまだ生きていたころまでは、同じこの村に住んでいた。
でも今は、旅をしながらいろんな土地の珍しい品々を売り買いして生計を立てている、旅商人だ。
ごくたまに村に帰ってきては、行商の合間に起こった面白い出来事を話してくれたり、珍しいものをお土産にくれたりする。小さいときから仲がよかったし、お互い両親が他界してからは、唯一の身内同士ということになる。
長くこの村に留まってくれないのは寂しいけど、それがハルの選んだ生き方なのだから仕方がない。
「……そうか、大変だったね、クノ」
「ああ。この村一番の農業の達人目指してがんばってきたけど、いまじゃこの有様。畑仕事もままならず、せいぜい教会とこの村役場のマスコットにしかなってないんだ。ただの役立たずさ……」
「そんなことないだろう、クノ。司祭代理といえば村人にとっては大切な役割だよ。村役場の仕事だって、みんなの役に立つ重要な仕事じゃないか。君はちゃんと、役に立っているよ。すごいじゃないか」
「……そ、そうかな?」
ハルに言われると、こんな自分でもいいんだって、そんな気分になれる。
ハルは昔から、他人を褒めたり、落ち込んでいる人にやる気を出させたりすることができる、とても良い奴だった。 私なんかよりもずっと司祭代理に相応しいんじゃないかな?
「そうかぁ、クララは男になってしまったのか……困ったな」
「どうかしたのか?」
「旅先でその……、女の子と知り合ってね。一緒に旅をしているんだけど、この村にいる間、教会で預かってもらえないかと思ってね」
「女の子ねぇ……。恋人かい、ハル?」
「まさか。第一、僕とはちょっと年が離れているし、僕みたいな旅商人とはつりあわないだろう」
「ふーん? でも自分の家に泊めればいいじゃないか」
「僕の家はたまにしか使わないからボロボロで、ベッドもひとつしかない。だからうちに泊めるわけにはいかないよ」
「で、どこにいるんだい? その女の子というのは?」
「外で待たせてある。今呼んでくるよ」
そういうとハルは外へ出て行き、しばらくして真っ黒なテルテル坊主みたいな格好をした人物をつれてきた。
訝しがりながら見ていると、件の人物は被っていたマントの紐を解いて正体を現した。
怪しげな旅姿の下に現れた人物の容貌に、私はびっくりした。
輝くようなサラサラの金色の髪を、綺麗に切り揃えた髪。凛とした涼しげな顔立ちは中性的で、少年にも少女にも見える。青い空色の澄んだ瞳に、思わず吸い込まれそうになるような、とびきりの美人だった。
「はじめまして、ファリンと申します。縁あってラインハルトさんにお世話になり、一緒に旅をさせていただいております」
そう自己紹介した彼女は、その青空の瞳に相応しい、透明感のある不思議な声の持ち主だった。
一瞬固まった私は、思わず横にいたハルの横腹をひじで小突きながら、耳打ちした。
「……で、どこまで行ってるんだ?」
「え? ど、どこって……」
「一緒に旅をしているんだろう? 当然夜だって一緒だよな? 二人っきりで、誰もいない草原とか、林のな……」
男同士の挨拶のような冷やかしをしてやろうとしたところで、咳払いと共にヘルマの厳しい視線に貫かれた。どうやら私たちのやり取りを察したらしい。あとでお目玉をもらわないうちに、ここは自重しておいたほうが無難そうだ。
3人で話し合った結果、私はファリンを教会であずかることにした。今は私も住んでいるんだし、部屋が足りない分はクララに私の元の家を使ってもらえばいい。クララの了解は取っていないけど、いやとは言わないだろう。困っている子羊を助けるのも教会の勤め……だったっけ?
それに、不思議な魅力を放つ容貌とその声に魅せられた私は、もっと彼女のことを知りたかった。
自分の家を片付けてくるというハルを見送り、私たちも早めに役場を店じまいして、ファリンの部屋を準備するために教会へと戻ることにした。ヘルマも手伝いを申し出てくれたけど、『新婚1ヶ月目の新妻の手を煩わせるほどでもないから』、と辞退した。
役場からの帰り道、途中にある林を歩いていると、突然悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ!?」
何事かと思って声のしたほうをみると、一人の村娘が狼に襲われかけていた。
「アイリーンだ! 大変! ファリン、ちょっとこれ持ってて!」
「あ! コンラートさん!」
最近はさっぱり見かけなくなったけど、はぐれ狼が獲物を求めて、こんな村まで降りてくることが無いわけじゃない。
私は肩から下げていたカバンをファリンに押し付けて、手近な石を狼に投げつけた。そして狼がひるんだ隙に、アイリーンと狼との間に割って入った。
山や畑仕事で狼と対峙するのは、そう珍しいことじゃなく、私は何度かそういう狼たちを撃退してきた。だけど私は腰の後ろに手を回したところで、自分の愚かさに気づいた。ナイフが無い!
そうだ、『みっともないから、スカートの上にそんなものつけるのやめなさい』と、クララに愛用のナイフをホルダー毎、取り上げられてしまってたんだ! おまけに今は少女の体。武器なしで狼に立ち向かえるほどの力は無い。
ねっとりとした、冷たい嫌な汗が背中を伝った。
村の子供たちのする悪戯を睨みつけても、逆にどこか体の具合が悪いのかと心配されてしまうほど、今の私には眼力も無かった。それにこんな小さな体では、一瞬であの爪と牙で引き裂かれてしまうだろう。
間に割って入ったのが、襲おうとしていた獲物よりも、さらに小さく倒しやすいのを見て悟ったのだろう。狼はうなり声を上げ、私に襲い掛かろうと身をかがめた。
“やられる!”そう思って目を閉じようとした瞬間、黒い影が風のように目の前に現れ、赤いしぶきが上がった。
一瞬の出来事に呆然としていると、ファリンがナイフを納めて、私に振り返った。
「大丈夫ですかっ! コンラートさん!」
「……え? ……う、うん。だ、大丈夫……」
情けないことに、へなへなとその場に腰を抜かしかけた私を、ファリンが駆け寄って支えてくれた。
「あり、がとう。お陰で、助かった、よ……」
「顔が真っ青ですよ。そうだ、これを」
ファリンはマントの内側から、小瓶を出して私の口に少し含ませてくれた。かぁっと口の中が熱く焼けるような、アルコール特有の刺激が口の中に広がり、少しむせた。
「けほっ! こ、これ…」
「気付です。ちょっと強いですけど、その分効き目もあるはずです。大丈夫ですか? 立てます?」
「うん……、平気。だいぶ落ち着いてきた。もう大丈夫だよ」
「顔色も戻ってきましたね。じゃあ、行きましょうか?」
「うん、でもアイリーンと、それに狼は?」
「さっきの女の子でしたら、私たちが来た村の方へ逃がしました。狼の方もあの茂みの向こう側へ逃げて行きましたよ。はぐれ狼だと思いますけど、仲間がいたら厄介ですから、早くここから離れましょう」
「う、うん。そうだね」
<つづく>
ヘルマとのんびりした昼食を済ませて、静かな午後を事務仕事の手伝いで過ごしていると、受付に人影があった。
旅人の姿をしていて、この村の人間ではなさそうだった。
「すみません」
「はい、デルリン村役場へようこそ。何かお困りのことでも……」
そう言いかけると、件の人物は被っていたフードを外した。
旅の疲れか、少しやつれたその顔は、でも懐かしいものだった。
「……ハル? ラインハルトかい?」
「そうだけど、君は?」
「オレだよオレ! ってこの姿じゃわからないか。コンラートだよ、コンラート・シュタインベルガー」
「? 僕の知っているコンラートは男で、君みたいなかわいいお嬢さんじゃないけれど?」
「信じてくれっていうのも、無理かもしれないが、実は……」
ハル=ラインハルト・シュタインベルガーは数少ない私の親戚筋で、私よりも1つ歳下のいとこだ。私たちの両親がまだ生きていたころまでは、同じこの村に住んでいた。
でも今は、旅をしながらいろんな土地の珍しい品々を売り買いして生計を立てている、旅商人だ。
ごくたまに村に帰ってきては、行商の合間に起こった面白い出来事を話してくれたり、珍しいものをお土産にくれたりする。小さいときから仲がよかったし、お互い両親が他界してからは、唯一の身内同士ということになる。
長くこの村に留まってくれないのは寂しいけど、それがハルの選んだ生き方なのだから仕方がない。
「……そうか、大変だったね、クノ」
「ああ。この村一番の農業の達人目指してがんばってきたけど、いまじゃこの有様。畑仕事もままならず、せいぜい教会とこの村役場のマスコットにしかなってないんだ。ただの役立たずさ……」
「そんなことないだろう、クノ。司祭代理といえば村人にとっては大切な役割だよ。村役場の仕事だって、みんなの役に立つ重要な仕事じゃないか。君はちゃんと、役に立っているよ。すごいじゃないか」
「……そ、そうかな?」
ハルに言われると、こんな自分でもいいんだって、そんな気分になれる。
ハルは昔から、他人を褒めたり、落ち込んでいる人にやる気を出させたりすることができる、とても良い奴だった。 私なんかよりもずっと司祭代理に相応しいんじゃないかな?
「そうかぁ、クララは男になってしまったのか……困ったな」
「どうかしたのか?」
「旅先でその……、女の子と知り合ってね。一緒に旅をしているんだけど、この村にいる間、教会で預かってもらえないかと思ってね」
「女の子ねぇ……。恋人かい、ハル?」
「まさか。第一、僕とはちょっと年が離れているし、僕みたいな旅商人とはつりあわないだろう」
「ふーん? でも自分の家に泊めればいいじゃないか」
「僕の家はたまにしか使わないからボロボロで、ベッドもひとつしかない。だからうちに泊めるわけにはいかないよ」
「で、どこにいるんだい? その女の子というのは?」
「外で待たせてある。今呼んでくるよ」
そういうとハルは外へ出て行き、しばらくして真っ黒なテルテル坊主みたいな格好をした人物をつれてきた。
訝しがりながら見ていると、件の人物は被っていたマントの紐を解いて正体を現した。
怪しげな旅姿の下に現れた人物の容貌に、私はびっくりした。
輝くようなサラサラの金色の髪を、綺麗に切り揃えた髪。凛とした涼しげな顔立ちは中性的で、少年にも少女にも見える。青い空色の澄んだ瞳に、思わず吸い込まれそうになるような、とびきりの美人だった。
「はじめまして、ファリンと申します。縁あってラインハルトさんにお世話になり、一緒に旅をさせていただいております」
そう自己紹介した彼女は、その青空の瞳に相応しい、透明感のある不思議な声の持ち主だった。
一瞬固まった私は、思わず横にいたハルの横腹をひじで小突きながら、耳打ちした。
「……で、どこまで行ってるんだ?」
「え? ど、どこって……」
「一緒に旅をしているんだろう? 当然夜だって一緒だよな? 二人っきりで、誰もいない草原とか、林のな……」
男同士の挨拶のような冷やかしをしてやろうとしたところで、咳払いと共にヘルマの厳しい視線に貫かれた。どうやら私たちのやり取りを察したらしい。あとでお目玉をもらわないうちに、ここは自重しておいたほうが無難そうだ。
3人で話し合った結果、私はファリンを教会であずかることにした。今は私も住んでいるんだし、部屋が足りない分はクララに私の元の家を使ってもらえばいい。クララの了解は取っていないけど、いやとは言わないだろう。困っている子羊を助けるのも教会の勤め……だったっけ?
それに、不思議な魅力を放つ容貌とその声に魅せられた私は、もっと彼女のことを知りたかった。
自分の家を片付けてくるというハルを見送り、私たちも早めに役場を店じまいして、ファリンの部屋を準備するために教会へと戻ることにした。ヘルマも手伝いを申し出てくれたけど、『新婚1ヶ月目の新妻の手を煩わせるほどでもないから』、と辞退した。
役場からの帰り道、途中にある林を歩いていると、突然悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ!?」
何事かと思って声のしたほうをみると、一人の村娘が狼に襲われかけていた。
「アイリーンだ! 大変! ファリン、ちょっとこれ持ってて!」
「あ! コンラートさん!」
最近はさっぱり見かけなくなったけど、はぐれ狼が獲物を求めて、こんな村まで降りてくることが無いわけじゃない。
私は肩から下げていたカバンをファリンに押し付けて、手近な石を狼に投げつけた。そして狼がひるんだ隙に、アイリーンと狼との間に割って入った。
山や畑仕事で狼と対峙するのは、そう珍しいことじゃなく、私は何度かそういう狼たちを撃退してきた。だけど私は腰の後ろに手を回したところで、自分の愚かさに気づいた。ナイフが無い!
そうだ、『みっともないから、スカートの上にそんなものつけるのやめなさい』と、クララに愛用のナイフをホルダー毎、取り上げられてしまってたんだ! おまけに今は少女の体。武器なしで狼に立ち向かえるほどの力は無い。
ねっとりとした、冷たい嫌な汗が背中を伝った。
村の子供たちのする悪戯を睨みつけても、逆にどこか体の具合が悪いのかと心配されてしまうほど、今の私には眼力も無かった。それにこんな小さな体では、一瞬であの爪と牙で引き裂かれてしまうだろう。
間に割って入ったのが、襲おうとしていた獲物よりも、さらに小さく倒しやすいのを見て悟ったのだろう。狼はうなり声を上げ、私に襲い掛かろうと身をかがめた。
“やられる!”そう思って目を閉じようとした瞬間、黒い影が風のように目の前に現れ、赤いしぶきが上がった。
一瞬の出来事に呆然としていると、ファリンがナイフを納めて、私に振り返った。
「大丈夫ですかっ! コンラートさん!」
「……え? ……う、うん。だ、大丈夫……」
情けないことに、へなへなとその場に腰を抜かしかけた私を、ファリンが駆け寄って支えてくれた。
「あり、がとう。お陰で、助かった、よ……」
「顔が真っ青ですよ。そうだ、これを」
ファリンはマントの内側から、小瓶を出して私の口に少し含ませてくれた。かぁっと口の中が熱く焼けるような、アルコール特有の刺激が口の中に広がり、少しむせた。
「けほっ! こ、これ…」
「気付です。ちょっと強いですけど、その分効き目もあるはずです。大丈夫ですか? 立てます?」
「うん……、平気。だいぶ落ち着いてきた。もう大丈夫だよ」
「顔色も戻ってきましたね。じゃあ、行きましょうか?」
「うん、でもアイリーンと、それに狼は?」
「さっきの女の子でしたら、私たちが来た村の方へ逃がしました。狼の方もあの茂みの向こう側へ逃げて行きましたよ。はぐれ狼だと思いますけど、仲間がいたら厄介ですから、早くここから離れましょう」
「う、うん。そうだね」
<つづく>
メン★ドル イケメンアイドル
http://www.tv-tokyo.co.jp/mendol/cast.html
寝る前にふとホテルでテレビを付けたらやってたドラマ。
しばらくTSものかと思っていましたが(笑)男装ものでした。
もちろん男装ものでもイケる口です。
寝る前にふとホテルでテレビを付けたらやってたドラマ。
しばらくTSものかと思っていましたが(笑)男装ものでした。
もちろん男装ものでもイケる口です。
ご近所さんと僕 (ディアプラス文庫) (新書館ディアプラス文庫 200)
立ち読みでちょっと確認。彰さん(右の黒髪だと思われる)が女装ヒロインかな。
そんで見てすぐわかるかと思うけどたぶんBLな。
内容紹介
悠斗の恋人・彰はご近所のアイドルで実はオトコ。二人の関係をカミングアウトしよ うとしていたある日、父が「彰さんを口説く!」と言い始め!? 空回りする二人のスラッ プスティック・ラブ!!
そんで見てすぐわかるかと思うけどたぶんBLな。
内容紹介
悠斗の恋人・彰はご近所のアイドルで実はオトコ。二人の関係をカミングアウトしよ うとしていたある日、父が「彰さんを口説く!」と言い始め!? 空回りする二人のスラッ プスティック・ラブ!!
![]() | ご近所さんと僕 (ディアプラス文庫) (新書館ディアプラス文庫 200) (2008/11/10) 玉木 ゆら 商品詳細を見る |
心に残る男性被支配(158) 仮面ライダー(死神博士編)
死神博士編から何点か。
第47話 「死を呼ぶ氷魔人トドキラー」にて、トドギラーの-300度(突っ込みどころ)の冷凍シュートで仮面ライダーを凍らせた死神博士がトドギラーの「このまま叩き壊しましょう」というもっともな進言に対してのたまうには。
「それでは面白くない。一度溶かして、心臓を蘇生させて。一文字隼人に戻してから、地獄におとしてやれ。それがわれわれショッカーの処刑だ」
いやいやいやいや。
案の定、逃げられてトドギラーは仮面ライダーに。死神博士は滝に追われます。
死神博士は滝に殴られますが催眠術で滝をふらふらにして(ここが男性被支配)逃れます。
第48話 「吸血沼のヒルゲリラ」では首尾よく罠にはめた一文字を知能が低くて顔が緑色で命令に忠実な奴隷人間に変える事に成功する死神博士。しかし、進入してきた滝の迎撃を奴隷人間一文字にまかせたところ、解毒剤で元通り。
解毒薬の管理もだめだめですし、奪われた後の処理も最悪でございますがな。
仮面ライダーはちょいねたが多いので地道に充実させていきたいなー。
第47話 「死を呼ぶ氷魔人トドキラー」にて、トドギラーの-300度(突っ込みどころ)の冷凍シュートで仮面ライダーを凍らせた死神博士がトドギラーの「このまま叩き壊しましょう」というもっともな進言に対してのたまうには。
「それでは面白くない。一度溶かして、心臓を蘇生させて。一文字隼人に戻してから、地獄におとしてやれ。それがわれわれショッカーの処刑だ」
いやいやいやいや。
案の定、逃げられてトドギラーは仮面ライダーに。死神博士は滝に追われます。
死神博士は滝に殴られますが催眠術で滝をふらふらにして(ここが男性被支配)逃れます。
第48話 「吸血沼のヒルゲリラ」では首尾よく罠にはめた一文字を知能が低くて顔が緑色で命令に忠実な奴隷人間に変える事に成功する死神博士。しかし、進入してきた滝の迎撃を奴隷人間一文字にまかせたところ、解毒剤で元通り。
解毒薬の管理もだめだめですし、奪われた後の処理も最悪でございますがな。
仮面ライダーはちょいねたが多いので地道に充実させていきたいなー。
![]() | 仮面ライダー大研究―全100話&全怪人写真400枚と秘話 (2007/05/21) TARKUS 商品詳細を見る |
「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (1) 作.ありす 挿絵.東宮由依
序幕 日記
私はコンラート・シュタインベルガー。働き盛りの有能な農夫として、村の食糧事情に大いに貢献していた。
だがある日、私は森の魔法使いが作ったという、怪しい薬をうっかり飲んでしまった。
その結果、今は不本意ながら少女の姿をしている。
いつか元に戻りたいと思っているが、周囲がそれを許してくれそうにない。
去年は隣の教会に住む「元女性」司祭、クララ・アインテッセと結婚式まで挙げさせられた。
彼女もまた、私と同じ薬を飲んでしまい、青年の姿になってしまっていたのだ。
もちろん結婚式とはあくまで形式的なもので、クララの強い要望と村人たちの意向を汲んだけであり、正式には籍は入れていない。役場勤めの特権を生かして、決裁寸前で取り戻した。
いや、別にクララと結婚するのが嫌なのではない。村の住民登録票に「妻」と書かれるのが嫌なのだ。
したがってクララとは夫婦ではなく、あくまで「婚約者」である。
少女の姿では畑仕事もままならないため、クララとお互いの仕事を交換し、クララが畑仕事を、私が司祭代理と村役場の事務をしている。司祭代理といっても、夜にクララが書いた教会の宣託をまとめたり、日曜ミサで聖典を朗読したり聖歌を歌ったりするだけで、あまり張り合いのある仕事とはいえない。
また、村役場の仕事といっても、役場の掃除、ヒマ老人の話し相手とか、村人たちの悩みごと相談……といっても、たわいもない話を聞いてうなずくだけだ。たいていはそれで相談者は満足して帰っていく。あとは役場の仕事を邪魔しに来たガキどもと、遊んでやることぐらい。村のインフラや行政に関する相談事は、正規職員であるヴィルヘルミネ(ヘルマ)の担当だし、深刻な人生相談は本来の司祭であるクララに、みんな相談に行ってしまう。
私は何のために村役場に勤めているのかよくわからない。まったく持って張り合いの無い毎日だ-----
「クノさん、何を書いているんですか?」
「わ! 脅かすなよ、ヘルマ。なんでもないよ、ちょっと最近の出来事を記録しておこうと思っただけ」
いつの間にか背後に回っていたヘルマが、私のノートを覗き込もうとした。
ヘルマは役場でのクララの同僚で、私は役場勤めをはじめてからのつきあいだ。毎日顔をあわせる身近な女性であり、“女”としての経験値がまったく不足している今の私にとっては、頼りになる相談相手だ。
クララはそのことを少々不満に思っているみたいだけれど、今は“男性”である彼には、いろいろと話しにくいこともある。
「秘密のノートに日記を書いているなんて、女の子らしさが板についてきましたね。私の“女の子指南”も、うまくいっているということですね」
「そんなんじゃないよ。ちょっと気になることがあるから、書き留めていただけ」
「ふうん……」
最近私は、少しご機嫌斜めだ。クララが服屋のエルダと浮気をしているらしいのだ。
エルダはこの村一番の美人で、“未亡人”だ。日曜ミサを欠かしたことは無く、クララの説話も、とても熱心に聞いている。
私にも良くしてくれるけど、私に取り入ってクララとの婚約を破棄させようとしているのかもしれない。
そうクララに言ったら、大笑いで否定された。
もちろん私だって本気でそう思ったわけではないけど、どうもクララの行動が怪しい。
気がついたことを書き留めておいて、決定的な証拠をたたきつけてやる。
別に結婚したわけじゃないから、誰と付き合おうが役場的には問題がない。
“籍を入れたわけじゃないんだから”といい続けているのは私の方だけど、やっぱり気に食わない。
幸せにするって、指輪の交換までしたというのに!
私は左手の薬指にはめられた指輪を見た。クララがくれた婚約の証。
陽にかざすと薔薇色に輝く、不思議な金属の指輪。
ローゼン何とか言う、とても珍しくて高価な指輪だ。
私があげたのは、普通のシルバーの指輪だけど、クララは隣町の宝石屋で、ずいぶん悩んでこれにした。私も普通のでいいよって言ったんだけど。でも、贈られた私よりも、贈ってくれたクララの方が喜んでいるようだったから、素直に受け取ることにしたのだ。
それなのに……。
やっぱり、けじめをつけたほうが、いいのかもしれないな……。

ふと気がつくと、ヘルマが両手を拝むように握りしめ、こちらを見て目をうるうるさせていた。
「ヘルマ、どうしたの?」
「指輪を見て、物憂げに溜息をついているクノさんに感動しているんです! なんて乙女チックなのかと!!」
「はぁ、そうですか……」
私は能天気なヘルマの言葉に、脱力してしまった。
<つづく>
私はコンラート・シュタインベルガー。働き盛りの有能な農夫として、村の食糧事情に大いに貢献していた。
だがある日、私は森の魔法使いが作ったという、怪しい薬をうっかり飲んでしまった。
その結果、今は不本意ながら少女の姿をしている。
いつか元に戻りたいと思っているが、周囲がそれを許してくれそうにない。
去年は隣の教会に住む「元女性」司祭、クララ・アインテッセと結婚式まで挙げさせられた。
彼女もまた、私と同じ薬を飲んでしまい、青年の姿になってしまっていたのだ。
もちろん結婚式とはあくまで形式的なもので、クララの強い要望と村人たちの意向を汲んだけであり、正式には籍は入れていない。役場勤めの特権を生かして、決裁寸前で取り戻した。
いや、別にクララと結婚するのが嫌なのではない。村の住民登録票に「妻」と書かれるのが嫌なのだ。
したがってクララとは夫婦ではなく、あくまで「婚約者」である。
少女の姿では畑仕事もままならないため、クララとお互いの仕事を交換し、クララが畑仕事を、私が司祭代理と村役場の事務をしている。司祭代理といっても、夜にクララが書いた教会の宣託をまとめたり、日曜ミサで聖典を朗読したり聖歌を歌ったりするだけで、あまり張り合いのある仕事とはいえない。
また、村役場の仕事といっても、役場の掃除、ヒマ老人の話し相手とか、村人たちの悩みごと相談……といっても、たわいもない話を聞いてうなずくだけだ。たいていはそれで相談者は満足して帰っていく。あとは役場の仕事を邪魔しに来たガキどもと、遊んでやることぐらい。村のインフラや行政に関する相談事は、正規職員であるヴィルヘルミネ(ヘルマ)の担当だし、深刻な人生相談は本来の司祭であるクララに、みんな相談に行ってしまう。
私は何のために村役場に勤めているのかよくわからない。まったく持って張り合いの無い毎日だ-----
「クノさん、何を書いているんですか?」
「わ! 脅かすなよ、ヘルマ。なんでもないよ、ちょっと最近の出来事を記録しておこうと思っただけ」
いつの間にか背後に回っていたヘルマが、私のノートを覗き込もうとした。
ヘルマは役場でのクララの同僚で、私は役場勤めをはじめてからのつきあいだ。毎日顔をあわせる身近な女性であり、“女”としての経験値がまったく不足している今の私にとっては、頼りになる相談相手だ。
クララはそのことを少々不満に思っているみたいだけれど、今は“男性”である彼には、いろいろと話しにくいこともある。
「秘密のノートに日記を書いているなんて、女の子らしさが板についてきましたね。私の“女の子指南”も、うまくいっているということですね」
「そんなんじゃないよ。ちょっと気になることがあるから、書き留めていただけ」
「ふうん……」
最近私は、少しご機嫌斜めだ。クララが服屋のエルダと浮気をしているらしいのだ。
エルダはこの村一番の美人で、“未亡人”だ。日曜ミサを欠かしたことは無く、クララの説話も、とても熱心に聞いている。
私にも良くしてくれるけど、私に取り入ってクララとの婚約を破棄させようとしているのかもしれない。
そうクララに言ったら、大笑いで否定された。
もちろん私だって本気でそう思ったわけではないけど、どうもクララの行動が怪しい。
気がついたことを書き留めておいて、決定的な証拠をたたきつけてやる。
別に結婚したわけじゃないから、誰と付き合おうが役場的には問題がない。
“籍を入れたわけじゃないんだから”といい続けているのは私の方だけど、やっぱり気に食わない。
幸せにするって、指輪の交換までしたというのに!
私は左手の薬指にはめられた指輪を見た。クララがくれた婚約の証。
陽にかざすと薔薇色に輝く、不思議な金属の指輪。
ローゼン何とか言う、とても珍しくて高価な指輪だ。
私があげたのは、普通のシルバーの指輪だけど、クララは隣町の宝石屋で、ずいぶん悩んでこれにした。私も普通のでいいよって言ったんだけど。でも、贈られた私よりも、贈ってくれたクララの方が喜んでいるようだったから、素直に受け取ることにしたのだ。
それなのに……。
やっぱり、けじめをつけたほうが、いいのかもしれないな……。

ふと気がつくと、ヘルマが両手を拝むように握りしめ、こちらを見て目をうるうるさせていた。
「ヘルマ、どうしたの?」
「指輪を見て、物憂げに溜息をついているクノさんに感動しているんです! なんて乙女チックなのかと!!」
「はぁ、そうですか……」
私は能天気なヘルマの言葉に、脱力してしまった。
<つづく>
心に残る男性被支配(157) ウルトラマンティガ
なんか、本屋で長野博さんを久々に見たので思い出してみる。
確か第8話ハロウィンの夜に、で子供たちが魔女に操られてうつろな表情で夢を吸い取られたのではないか。そして、ダイゴ隊員も怪獣の怪光線で意識を失ってカプセルの中に閉じ込められたのではなかったか。そんでもって、変身アイテムを取られて制服もはぎとられていたので下着姿でガス攻めとか美味しいシチュだったのではないかと記憶する。
・・・・・・あんまりまっとうな男性被支配ではないですけど、たまにはいいじゃないですか。
![]() | 長野博withウルトラマンティガ (2008/09/05) 撮影・安達 尊 商品詳細を見る |
確か第8話ハロウィンの夜に、で子供たちが魔女に操られてうつろな表情で夢を吸い取られたのではないか。そして、ダイゴ隊員も怪獣の怪光線で意識を失ってカプセルの中に閉じ込められたのではなかったか。そんでもって、変身アイテムを取られて制服もはぎとられていたので下着姿でガス攻めとか美味しいシチュだったのではないかと記憶する。
・・・・・・あんまりまっとうな男性被支配ではないですけど、たまにはいいじゃないですか。
![]() | ウルトラマンティガ メモリアルボックス (期間限定生産) (2007/03/23) 特撮(映像)長野博 商品詳細を見る |
水曜イラスト企画 絵師 はたけみち(2) 仮名:大原 くりす
一行キャラ設定 大原 くりす 少年神父
絵師:はたけみち http://ebako.sakura.ne.jp/

水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。
絵師:はたけみち http://ebako.sakura.ne.jp/

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水曜イラスト企画 絵師 七色遥さん(3) 仮名:近藤 雅夫
一行キャラ設定 近藤 雅夫 少年探偵

絵師:七色遥 Cosmos
水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。(ここまで20080917初出)
ここから20081119追記
七色遥さんキャラデザの中でも人気で、外国の如何わしい画像掲示板にUPされてたりもした近藤くんを主役にいろいろと考えてみます。
ご覧のように良いキャラです。
七色遥さんの描いてる時のコメントはこちら。
なるほど。
あっと、確かコメントがきていました。
これも良い設定で、舌足らずな探偵と言うのが実にすばらしいですな。
おお、そうだ!私も良いアイデアを思いつきました!
犯人に胸を触られるとキュンっとなって、犯人が分かると言う特殊能力を持っているとかどうでしょう!?
……まぁ、それは保留にしておいてー。
33分探偵も好きだけど、それも保留にしつつー。
と、言うか推理ものはトリックとかどうするかがすごく敷居が高いのですよね。
いきなり、謎解きから入ると言うのが反則気味ですが手っ取り早くていいかしら。
最初はせっかくかっこよくかわいくデザインして頂いたのですから、男性の姿で名推理したりするシーンがほしいかな。
しかし、どこかでTSせねばならない。
何をきっかけにするかもSSでは重要なポイントですね。
頭は良いがTSする事ですべてが駄目駄目とか言うのもおいしそうです。
TSするきっかけは本人にあるのも良いですが、必須登場人物の犯人、あるいは推理をはずす役の警部とか、助手の女の子(あるいは男の子)のためと言うのも選択肢としてあり。
あとは犯罪ものに出てくるようなアイテム。たとえば、凶器なんかによるのもあり。
なにがいいかなー。
あとは女の子になった時になにか恥ずかしいイベントとか欲しいですかねー。
犯人に脅されて、とかー。
良いのができたら投稿お願いします。

絵師:七色遥 Cosmos
水曜イラスト企画の説明はこちら。毎週1枚キャライラストをUPします。
本キャラを主人公/脇役にしたSSを募集しています。コメント欄に書き込んでください。(事故を防ぐため別途ローカル保存推奨)追加イラストを希望する場合は希望シーンに<イラスト希望>と書き込んでください。私が了承し、絵師さんも乗った場合はイラストの作成を開始します。(ここまで20080917初出)
ここから20081119追記
七色遥さんキャラデザの中でも人気で、外国の如何わしい画像掲示板にUPされてたりもした近藤くんを主役にいろいろと考えてみます。
ご覧のように良いキャラです。
七色遥さんの描いてる時のコメントはこちら。
イメージは探偵としては素晴らしいけれど性格があまり良くない。
♀になったらその性格もかわいく見えたり。
むしろそれを探偵として生かすのかもしれないとかとか。
なるほど。
あっと、確かコメントがきていました。
少年探偵として知られる近藤雅夫は緊張したりすると女の子になってしまう体質で、女の子になると舌足らずな口調でしか話せなくなってしまう。
これも良い設定で、舌足らずな探偵と言うのが実にすばらしいですな。
おお、そうだ!私も良いアイデアを思いつきました!
犯人に胸を触られるとキュンっとなって、犯人が分かると言う特殊能力を持っているとかどうでしょう!?
……まぁ、それは保留にしておいてー。
33分探偵も好きだけど、それも保留にしつつー。
と、言うか推理ものはトリックとかどうするかがすごく敷居が高いのですよね。
いきなり、謎解きから入ると言うのが反則気味ですが手っ取り早くていいかしら。
最初はせっかくかっこよくかわいくデザインして頂いたのですから、男性の姿で名推理したりするシーンがほしいかな。
しかし、どこかでTSせねばならない。
何をきっかけにするかもSSでは重要なポイントですね。
頭は良いがTSする事ですべてが駄目駄目とか言うのもおいしそうです。
TSするきっかけは本人にあるのも良いですが、必須登場人物の犯人、あるいは推理をはずす役の警部とか、助手の女の子(あるいは男の子)のためと言うのも選択肢としてあり。
あとは犯罪ものに出てくるようなアイテム。たとえば、凶器なんかによるのもあり。
なにがいいかなー。
あとは女の子になった時になにか恥ずかしいイベントとか欲しいですかねー。
犯人に脅されて、とかー。
良いのができたら投稿お願いします。
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いつもの巴ちゃんの記事のほかはご発言にはご配慮を論争が意外と高ポイントでしたw
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日曜巴ちゃん劇場35 たとえば、こんな変身ヒロイン 3.1% 17
「男相手はキモイ」と言う発言が咎められる理由 2.4% 13
ようこそあむぁい&巴のおかし製作所へ 初めての人の為のページ 1.8% 10
強制女性化小説第82番 OUT or SAFE !? (前編) 1.4% 8
日曜巴ちゃん劇場34 お尻の恋人 じ・穴ざー 1.1% 6
勇者ウィルの冒険 Ⅱ 妖婦アビゲイルの秘密 (第四回目) 1.1% 6
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日曜巴ちゃん劇場27 ご主人さま、大ピンチ! 0.7% 4
男女の身体が入れ替わる赤い糸 鮎川なお 0.7% 4
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明るい男のコ計画 0.7% 4
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お部屋PCが便利です
アパホテルと言うところに泊まっています。
1000円で部屋にPCを貸してくれたので遊んだり更新したり。
(フロントそばにコインPCも設置)
PCは持ち歩くと重いし、会社のPCで遊ぶのもあれなので重宝します。
1000円で部屋にPCを貸してくれたので遊んだり更新したり。
(フロントそばにコインPCも設置)
PCは持ち歩くと重いし、会社のPCで遊ぶのもあれなので重宝します。