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投稿TS小説 移植された脳はレシピエントの夢を見るか? (by.BQ) <2>

§THE BEGINNING

 いまこの世界にクレア・Y・モナハンとして存在している私は見かけどおりの人間ではない。これは私を引き取った富豪大山ケンゾウや側に仕えるマリアも知らない秘密のはずである。
 3年前この体で目覚める以前の私は茶眼黒髪の日本人男性だった。そして医師として研究者として充実した日々を送っていた。当然年令もクレアの父親世代に近い。
 そのころの私も大山ケンゾウと多少の縁はあった。もちろん彼は富豪として世界中で知られている。アメリカで日本食食材の通信販売をきっかけに財を成し、その資金でシリコンバレーを席巻、そしていまや世界のネット界を牛耳るyuzu.comは彼の支配下にあった。しかし彼の幸せの絶頂は長くは続かない。事故で愛妻を亡くし、最愛の娘も意識が戻らなかったのだ。
 2人の事故は訪日時に起こり、1人娘は私の所属する大学病院で治療を受けた。脳幹死は免れたものの植物状態となった娘のために彼は多額の寄付を行い治療のための研究施設を設立した。私が席を置くことになった通称『脳研』がそれである。私は既に植物状態の症例への治療で21例中6例ほどの成功を学会で発表していた。もちろんすぐに日常生活に復帰できるレベルものはさらに少ない。しかしこの段階では危険度の高い症例にしか許可が下りないので大成功と言えた。それなのに症例数が少ないのは、脳の部分移植を伴うので倫理委員会で1例ごとにかなり紛糾するからだ。
 これには裏の事情もある。脳死患者の臓器移植を待つ人もいるのだ。肝臓や腎臓なら生体移植も可能だけれど例えば心臓となるとそうはいかない。もちろん遺伝子操作された豚のや費用をいとわなければ人の細胞から育てられたものも実用の段階にあった。しかしそれらは世界的に見てもせいぜい瀕死になった兵士に使われる程度だ。さまざまな心理的、社会的、あるいは宗教的問題が関与していた。
 そのころの日本はちょうど移行期で法整備を待っている段階であった。2010年前後に認められた脳死移植は軌道に乗っており、それに関与するさまざまな団体や組織は新しい治療の導入を快く思っていなかった。また日本人の考え方からすると豚や試験管から取り出した心臓を移植することに強い抵抗もある。
 そのため私の治療は脳以外の臓器移植をまつ患者やその家族からは蛇蝎のごとく嫌われていた。私も神を気取る気はない。しかし治る可能性があるなら脳に損傷を受けた方や家族だって治療を望むのは当然だった。そして大山氏も。

 大山氏の娘の場合本人が臓器移植に同意していたことと日本の脳死判定基準で見れば脳死に該当する可能性がある点も問題だった。私は大山氏の代理人に2つの方法を提案した。
 一つは私がこれまで行ってきた方法、意識が目覚める可能性はあるものの日常生活へ復帰できるかどうかは賭けになる。
 もう一つは広範囲の脳移植であった。私は動物実験では成功させており、成功の自信はある。ただ外見が変わってしまうので父親に強く勧める気はなかった。成功して受けるはずの名誉にはさほど関心はない。賞賛と同等、いやそれを上回る非難を受けるはずだ。それでも学問的興味からこれを提案する誘惑には勝てなかった。
 代理人を見送った私は神崎所長の部屋を訪れた。次期教授を狙う彼は私の仕事に必要以上に興味を持っている。それは仕方のないことであった。この研究所自体大山氏の娘の治療目的で建てられたようなものなのだ。私の提案と大山氏の選択は研究所のそして所長の未来に大きな影響を与える。
「どうだったかね、名和先生」
名和義巳……それが私の名前だ。
「代理人は治療の提案をと急いでいましたので以前から報告しておいた2案を示しました」
「うーん。あまりにも急だな」
そう言うと40代後半にしてはふさふさした髪をかきながら部屋を歩き回り始めた。
「確かに私どもが考えていたよりは早いですけれど、準備は整っていると思います」
「準備だと? 君は何もわかっちゃいない。それに移植は政治的にも微妙なときなんだ」

 この研究所は脳に関する研究と治療を行っているが、途中で脳死状態となる症例も多いので半分移植センターともいえる。
 それにいくら研究馬鹿と言われる私でも夏の総選挙で脳死移植の見直しを掲げる大自党が優勢らしいことも知っていた。

「ともかく大山氏の返事は明日早朝にあります」
「あ、ああ。考慮しておく。ところで昨日高速で見つかったと言う娘さんはどうかね?」
「まだ意識は戻りません。それに少し奇妙な所があるのでご報告しようとおもっていたところです」
「奇妙とは? まだ身元不明なのか」
「ええ。でもそれより問題なのはCT、MRIとMRAの診断結果です」
「どうした?」
「全く問題がないのです」
「外傷もなく、頭蓋内に損傷がなくても目覚めない例はあるだろう」
「これは私見なのですが」
「君の私見なら喜んで聞こう」
「PET(ポジトロン断層法)を見るとまるで記憶が消されているようなのです」
「それは……考えすぎではないかね。PETで判断するのは無理だろう」
「いわゆる植物状態の症例のデータを多く集め、その治療をしてきた私がいうのです。目覚めても障害の残った方をご存知で?」
「ああ、私も君の論文は見ている」
「目覚めぬ間の彼らでさえあの娘に比べれば脳の活動は何倍も盛んです。目覚めても視覚情報処理さえできないと思われます」
「興味深いな。かといって脳死扱いにもできないわけか」
「所長!」
「すまん。不謹慎なことを言うつもりじゃなかったんだ」

 自分の研究室に戻る前に上級主任の平田先生と話をした。5期上で私の直接の上司に当たる。彼は神崎所長の一の弟子で私の研究の指導者というよりお目付け役だ。口うるさいところはあるが、たいてい好きにさせてくれるのでこれまでは上手くやってきた。
「名和先生。大山氏の娘の治療だがもう少し待てないのか」
「それは先方の希望しだいかと」
「こちらの都合というものもあるだろう」
それからしばらく議論したが結論は出ない。と言っても私が提案し大山氏が受ければ治療を行うと言うのはすでに何年も前から決まっていた。例え所長が反対してもだ。
 別れてコーヒーでも飲もうと休憩室に入ると部下の2人がいた。大学院を出たばかりの赤坂と青山だ。
「あ、名和先生、所長どうでした」
「どうとは、どういう意味だい。青山先生」
「大山氏の娘さんの手術のことですよ。許可出ました?」
「許可も何も大山氏が望めばやるしかないだろう」
「でも」
「でもなにかね」
人当たりのいい青山は所内の噂話に通じている。
「じつは大自党の鷹山代議士から電話があったらしくて……それからどうも所内があわただしいようですよ」
「ふーん」
「それより名和先生、スリーピングビューティーについてはその後どうなんです?」
赤坂は開業医の子息で研究は院までと思っているらしく身が入らない。しかしメスさばきは見所がありたいていのことはこなせるようになっていた。
「だれだい?」
「いやだなー、Jane Doe(名前のわからぬ女性)のことですよ」
「完全な健康体なのに目覚めぬ不思議な娘さ」
「作られたように完璧な肉体も動かねば人形も同然か。輝く金髪も青い目もただの」
「冗談はそのくらいにしておきたまえ。それより」
私は大山氏が娘の治療を望んだ場合、明日は午前中から手術になることを説明した。

 部屋に戻って大山氏の娘の資料にもう一度当たる。目覚めさせる自身はあった。しかし大山氏に喜んでもらえるかどうかはある意味運が左右するだろう。
 再確認を終えたときには夜になっていた。一緒に持ってきたJane Doeの資料も見ておこうと立ち上がったときドアがノックされた。
 ドアの向こうに立っていたのはカフェラテのカップを持った女性だ。彼女は胸部外科から来ている四谷法子である。父親は形成外科学の、母親は生理学の教授と言うサラブレッドで、私より4期下なのに将来講座を率いるのは当然と思っているらしい。
「名和先生、大山氏の娘さんとJaneの資料をおもちですか?」
「うん。でも電子カルテシステムにも入っているだろう?」
「認証システムが面倒だし、閲覧記録も残りますからね。それに名和先生の鉛筆メモは入力されないんでしょう?」
「大山さんのはデスクの上、Jane Doeはドアの横のテーブルに。大山さんのは明日朝には返してくれ」
「すぐ終りますので、ここで見させていただいても?」
「どうぞ。私は長椅子で休む」
 5分ほどで大山さんの資料を調べ終えると彼女は振り返らずにこう言ってからJaneの資料を見始めた。
「よろしければテーブルに置いたカフェラテをどうぞ。まだ口をつけてませんから」
「いただくよ。でも君が口をつけていないのは残念に思う男のほうが多いんじゃないかな」
「あら、名和先生とは思えない冗談ですこと。他の方ならセクハラものですわよ」
研究室とは言え夜に1人で男の部屋に来てよく言う。
「お褒めに預かりどうも。では遠慮なく」
私が飲み物を啜る音が途切れると彼女がページをめくる音だけになった。
 しばらくすると遠くからヘリの音が聞こえてきた。緊急の移植手術が入るのだろうか。なんだか眠い。さっきまで緊張で眠れそうになかったのに。
「先生、彼女のHLAですけど」
「なんて言った? なんだか眠いんだ」
「あら、明日はお忙しいのでしょう。私はこれで退散しますから」
「すまない」
私はそのまま長椅子で眠ってしまったのだと思う。
 それが私が自分の体で過ごした最後の夜である。

§ THE METAMORPHOSIS

 目を開けると興奮した様子の若い女性看護師が顔をのぞき込んでいた。手足も首も思うように動かない。
「私がわかりますか?」
一度まばたく。デュマを呼んだかどうかは知らないが、賢そうな娘だから気づくだろう。
「どこか痛いところは?」
今度は二度瞬いた。
「先生もすぐ見えますから、大丈夫よ」
一度まばたく。
「記憶は……ああ、返事はいいから。私が混乱させてどうするのよ!」
愉快な看護師の表情はころころ変わる。笑いだした私は痰でむせ、看護師はあわてて側臥位にすると背中をたたいた。
 どうやらずいぶん長い間意識がなかったらしい。くも膜下出血のはずはないから梗塞かな。私の脳には小さな動脈瘤があるが百万分の一の危険もないし、万一破裂したら即死の場所にあった。万一じゃ矛盾か、億が一だな。
 ドアが開き青い顔をした若い医師が入ってきた。顔だけは見たことがある。まだローテーション中で当直を禁じられているはずだ。
 私の心配をよそに二人は間抜けな会話をしていた。
「何だったっけ名前」
「ありませんってば」
「意識戻ったんだろう」
「まだ話せません」
「そ、そうか。えーっとえーっと」
「なんて言ったんですか、先生」
「まだ言ってないって」
「あら」
「聴診するから場所替わって」
「はい」
側臥位の私の正面、窓側に立ち腕をまわして背中をさすっていた看護師が動くと夜の闇で窓ガラスが鏡になっていた。そこに映っている私は記憶にあるJane Doeの姿である。常に冷静なことが自慢だったはずの私はあっけなく気を失った。

 次に目覚めたとき外は明るかった。側には中年の女性看護師と赤坂がいる。
「やあ、気がついたかい。僕が見えるかな」
首が動くので軽くうなずいた。
「おや動かせるのか」
さらに赤坂が何か言おうとしたとき看護師が口を挟んだ。
「先生、カウンセラーが来るまでは女医さんに交代して下さい。今朝の看護会議の」
「了解、了解。たしか四谷先生がいたぞ」
「もうお呼びしました」
「俺はお呼びじゃないか……」
「昨夜もなんだか当直の先生が見えてから様子がおかしかったそうですから」
「はいはい。退散退散と」
赤坂が出て行くと看護師は優しい言葉を何度もかけてくれる。
 私の知りたい情報は全く含まれないものの一つわかったことがある。私は名和義巳と認められていないのだ。しかしそれはおかしい今の状況を論理的に説明するなら脳移植しかないはずなのに。
 四谷はすぐに来た。
「お姫様が目を覚ましたんだって?」
「先生!」
「ごめんごめん。診察しながら話しましょう」
看護師は遠慮なく私の胸をさらけ出す。診察し易くなっている衣装が女性にとってこれほど恥ずかしいものだとはじめて知った。
 聴診と触診はすぐ終了する。
「バイタルと採血結果は?」
看護師が差し出した端末を一目で確認すると見舞い用の椅子を引き寄せて私に話しかけた。
「私は四谷法子、日本の東浜大学の医師よ。言葉わかるのかな」
私は慌ててうなずいた。ネイティブなみの四谷の英語は苦手だ。
「あなたはこの近くの高速道路に倒れている所を発見されてこの施設に運ばれたのよ。普通の病院じゃ手に負えないってことでね」
「先生」
「意識ははっきりしているし、言ってあげたほうがいいわよ。それにこれはカウンセラーじゃなく医師が言うべき内容よ」
「はい」
「実はあなたは半年ほど意識がなかったの」
あれから半年……。
「驚かせたかな。だからしばらくリハビリが必要になるわ。それと何か覚えている? 自分のこととか」
私は頭を振った。何もかもが妙だ。状況が分かるまで正体は言わない方が良いだろう。
「声、出せそうかな」
出せそうな気がした。
「あがぁ」
看護師がポリ容器の吸い口を差し出してくれたので口をゆすぐ。
「あー、あー、はい」
思ったより甲高い。見た目より若いのかもしれない。
「あら、とても可愛らしい声ね」
私は思わず顔が赤らむのを感じた。
「先生」
「わかったわよ。お昼から流動で開始、本人が希望すればプリンやゼリーも良いわよ」
「はい」
「排尿排便は当分ベッド上、リハビリ中は紙おむつね」
「はい」
うわぁー最悪だ。かといって自分でも同じ判断をするだろう。
「心理面はカウンセラーに、検査上は全く問題ないからさっそく整形の医師にリハビリの計画を立ててもらって」
「わかりました」

 その日から午前中はリバビリ、午後はカウンセラーの面談という生活が始まった。リハビリはかなりきつい。しかし専門外の私でも異例とわかる速さで運動能力は回復していった。それに比べカウンセリングは何の情報も私にもたらさない。カウンセラーの女性は私に質問し答えを記録するばかりなのだ。
 とにかくありがたいことに2週目からは自力でトイレにいけるし、食べ物の形をした料理を食べることができるようになった。その後数日で脳研付属のリハビリ専門施設に転院となる。
 今の私にはどうしようもないこととは言え、我が身に起こった謎からは遠ざかってしまう。
 いったい何が起こったのだろう。この現象は脳移植でしか説明がつかない。しかしそれなら施設内の誰も知らないとは考えられないから皆が私に対して秘密にしていたことになる。でもそれに何の意味があるというのだ。では私が名和義巳であると説明するか。
 だがどうやって証明する。名和本人しか知らない情報を言えば注目を集めるのは可能だ。そして脳が私のものであることを……。
 結局2つの疑念から私は沈黙を守ることにした。
 一つは私の正体を知っている複数の人間がいるはずであること。手術室で誰にもばれずに脳移植を1人でするのは不可能だ。
 もう一つは私の頭部に手術痕がないこと。半年くらいではまだ縫合部の赤みが取れないはずである。だのに私の有毛部には全く痕がなかった。
 何か憑依のような超常現象なのか……記憶のないJane Doeの脳に私の記憶が吸い込まれたとか。ご都合主義すぎる。なにか合理的な理由があるはずだ。
 
 リハビリ施設での生活は平和で退屈なものだった。特に私には外部の情報への接触が許されていなかったのでなおさらだ。目覚めてから3週間ほどたったときには施設からの脱走を考えるまでになった。
 看護師長にせめてニュース番組の視聴を許してほしいと何度目かの願いにいくとどっしりした体格の女看護師は珍しくすすんで私を部屋に招きいれてくれた。
「ジェーンちゃん、ちょうど良かったわ。面会の方なのよ」
彼女の大きなデスクの前のソファーに見知らぬ人物の後姿があった。
ちなみにジェーンちゃんとは私のことである。
「面会?」
「ええ。2人で話す許可は出てるのでこの部屋を使いなさい」
「ありがとうございます。看護師長さん」
「いつも良い娘ねえ」
看護師長は私の頭を撫でると部屋を出てドアを閉めた。振り返り背を向けたままソファーに座る人物の前に進み挨拶をする。面会許可があるということはJane Doeの家族か関係者の可能性が高い。私は緊張ながら頭を下げ挨拶した。
「ここではジェーンと呼ばれています」
顔を上げると銀髪の美しい女性の緑の目が私を見つめていた。
「マリア・マグダレーネ・マイズナーです。よろしく」
マリアとの初めての対面であった。

§ THE GIRL'S LIFE

 マリアが話したのは異様な物語だった。このままここ居ると私は消される。まるで一昔前のハリウッド映画そのままだ。
「それで私にここから逃げろと?」
「そうです。リハビリが終わり研究機関にもどれば脱出の機会はもうありません」
「私は囚人ではなく患者のはずです」
「研究所のマウスや猿は死ぬまで外にでることはないでしょう?」
「私は猿じゃない」
マリアは黙って鞄からリップスティック大のmp3プレイヤーを取り出した。音楽を聴くだけでなくボイスレコーダーとしても使えるタイプだ。イヤーフォンをはめると声が流れ始める。よく知っている声たちが話しているのは、Jane Doe――私のこれからの処遇、実験計画についてのものだった。
「信じられない」
私の驚きはJaneの肉体を実験動物扱いする事に対してだけではない。私の脳がJaneの頭蓋に収まっているのを知っている者が彼らの中に必ずいるはずだった。私を抹殺する気なのか……しかしそれなら移植などという回りくどいことをしなくても。
「どうしますか?」
「急に言われても。しばらく時間をいただけませんか。まだリハビリの予定も残っているし」
「今決めていただかないと。私の訪問は警戒されるはずですから2度目はありません」
私はマリアを見つめ、彼女も私を見つめ返す。このとき心の中に浮かんできた感情をなんと表現すれば良いのか……それはマリアへの信頼感、彼女をまるで親か姉のように慕う感情だった。それでも理性は納得しない。
「逃げても過去のない者であるのに変りはないでしょう? どうやってどこで暮らすのです」
「私は大山ケンゾウの依頼で動いています」
「大山ケンゾウ?」
「あなたは知らないでしょうけど、脳研や付属施設の実質上のスポンサーで大富豪です。既に経歴も、パスポートや運転免許証、社会保障番号まで全てそろっています」
「ではアメリカへ?」
「日本でその姿は目立ちすぎます」
「なるほど……でも、どうしてその大山さんが私を助けるのですか?」
「私は依頼を受けただけなので」
「脱出の?」
「その後の保護もです。あなたに仕えるように言われています」
「私に」
「はい」
自分はマリアの側が良いと私の本能は告げていた。
「お願いします」
 マリアは鞄を私に持たせ抱き上げ窓から外にでて近くの林の中を駆ける。駐車場とは逆の方向だ。
「少しでも時間が稼げるよう車はおいていきます」
私の不安を察してかマリアは声をかけてくれた。
 林は急な下り勾配になっていた。施設は小高い丘の上にある。視界が開けるとそこは施設に通じる山道の途中で青い目立たぬ車が停車している。
 ためらうことなくマリアは後部ドアを開けて私を押し込んで乗り込む。運転席にはにやけた感じの小柄な外国人がいた。
「悪いわね、ファイブファイブ」
「それは止めてくれよ、スリーエム。だいたい俺は6インチあるんだから」
彼らは英語で話しているが、私にもわかり易い。
「あなたもね、ホセ。ところでどこが6インチなのかしらね」
「全面的に謝るよ、マリア。でも身長が5’6”なのは確かだぜ」
男は話しながら車を発進させており、かなりの速度で南に向かっている。
 2人は実務的な話を始めた。私たちは立川から輸送機に密航してアンダーセンに向かうらしい。グアムは久しぶりだ。
「ところでマリア。命令書は?」
「これはペンタゴンの作戦じゃないわ」
「根っからの軍人の俺としちゃー、命令書なしと言うのはねえ」
マリアは私の膝の上にあったショルダーバッグから大きな紙包みを取り出した。
「ほら、財務省のものならあるわ」
「へっへー」
「半分は小額紙幣よ」
金を受け取り満足したらしい男は昔話を始めた。マリアは軍の特殊部隊にいた経験があるらしい。私の耳を気にしてなのか時と場所ははっきり言わないが、かなり大掛かりな作戦もあった。
 車は常磐から外環自動車道にはいると2人の口数も減る。インターを降りたところで私は車内に用意されていた大きなザックに入れられた。マリアに渡されたフェノバルビタールをのむとまもなく寝てしまい、起きたときには亜熱帯の空の下にいた。
 
 アメリカでの住まいはボルチモア郊外のチェサピーク西岸沿いにある大山の邸宅だった。ワシントンDCとボルチモアの通勤圏だが、ニューヨークまでなら300kmある。大山はたいていニューヨークにいた。私はマリアと2人の生活を始めた。
 用意された経歴で15才の私は10年生でハイスクールに通うことになる。
 こう話していくと何の疑念も不安も抱かず新生活を受け入れたように思われるかもしれない。
 しかし到着した後の数日間、私は真実を求めてできる限りのことはしていた。
 問題なのは半年前に名和義巳が公式に死亡していることだ。このためアメリカの一少女に過ぎない私は、電話はもちろんメールを用いた問い合わせもできない。せいぜいネットで検索するしかないので真実を突き止めることは不可能だった。
 私の死因は心不全と発表されていた。ドナー登録していたので各臓器は生きているかもしれない。しかし元の肉体が6ヶ月も維持されている可能性はなかった。この肉体で生きていくしかない。
 もちろん現状が最悪とは言い切れない。理由は不明だけれど大山の援助でかなり高い生活レベルだし、移された肉体も異性のものであることを除けば若く美しくなっており文句を言うのは筋違いだ。おまけに不思議な美女マリアが側にいてくれる。
 しかし私の人生の目標であり目的であった研究は、アメリカ大陸と太平洋を隔てたかなたにあり過去のデータを見ることもできない。
それにしても私の身に何が起こり、なぜこの肉体で目覚めることになったのだろう。
 医者の不養生とは言うけれど検診は受けていた。循環器系に問題はなかったし、梗塞を起こしたとも考えられない。考えられるのは何かの事故……それしかないだろう。事故ならあの晩寝てしまってからの記憶はない説明もつく。
 そして誰かが私を救うためにこの体に脳を移植した。辻褄は合う。名乗り出なかったのは、脳死状態でさえないJaneへの脳移植が殺人だから。
 移植の手術痕が頭部にない問題はここでの生活を始めてまもなくかたがついた。この肉体の治癒能力が異常に高いのだ。包丁で深く切った指の怪我は見る見る止血し数日で痕が消えた。一緒に暮らすマリアは気付いたはずだが、何も言わない。彼女はやはりJaneを前から知っているのだろうか。

 これらの疑問を胸に抱いたまま私の新生活は始まった。元の研究に近づくにはアメリカか日本で医学の研究職につく必要があり、道のりは遠い。それでも私の人生の目的であり、間に合うなら自分の手で完成したかった。

 私の通う高校はワシントンDCの名門私立で大統領の子女が通うことで名が知られている。アメリカでは飛び級が比較的簡単なのでいきなり大学と言う手もあった。しかし簡単に受け入れてくれる3流大学の単位は名門では認められないことも多いし、私の場合何より英語力が問題である。じっくり構えて勉強するしかなかった。

 こうして始まった私の2度目の高校生生活は、妙な話だが、最初のものよりずいぶん楽しかった。心配していた英語力は授業には支障ないものの、やはり友人を作るにははなはだ心細い。それでも溶け込めたのはこの外見のせいだろう。まあ男どもは送り迎えをする謎の美女の方に興味があったらしいが……。

 大山邸から学校までは50号線で約44マイル(71km)40分のドライブである。ほとんどが高架なので渋滞時でも50分ほどだ。私はマリアとゆっくり話のできるこの時間を楽しんでいた。家でのマリアは何かと忙しい。しばらく管理会社任せで誰も住んでいなかったこともあるし、家の管理以外にもなにか仕事があるらしかった。
 通学を始めて2週間ほどたって親しく慣れたと感じたころ思い切って車内でこう質問した。
「大山さんのご家族は?」
このときまでに私がマリアから受けた説明は、大山がたいへんな資産家であることと私を娘と思って援助するということだけだった。私は彼の娘の運命が気になっていた。日本で事故にあったことは検索で確認できるのだが、今の所在は全く不明である。
「奥様はお亡くなりになって……娘が1人いるはずですけれど私はお会いしたことはございません」
「そう」
 マリアはそれ以上の情報を持たないか、言う気がないらしい。私を娘と思うと言うことは実の娘はまだ意識不明ということなのだろうか。
 追加しておくと法律上の親権者は大山ではなくマリアだった。

 楽しみにしていたマリアとのドライブは、私が16才3か月になり限定免許(深夜早朝は運転できない)を取得すると自然消滅した。行動半径が拡がるのは嬉しいけど少し寂しい。
 そしてこの時期、私には悩みがあった。性的なものである。女性の肉体ならそれほど直接的なものはないと理解していたのだけれど、この年令ではそうでもないらしかった。もちろん私の脳は男のものなので男に抱かれたいと感じるわけではない。対象はマリアである。美しい女性であり保護者でもあるマリアは私の身も心もひきつけた。そして2人暮らしの気安さから私はある晩マリアの寝室のドアをノックした。
 ドアを開けたマリアに抱きつくと彼女は優しく抱き返してキスをしてくれた。私は精一杯の勇気をだして小声で一緒に寝たいと言い、マリアは私を抱き上げてベッドまで運んでくれた。私の頭の中のシミュレーションとは逆だけど、今の体格では止む終えない。私は夢のような夜を過ごした。

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