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このままでは、もって半年。早ければ3か月であなたは完全に女の子になってしまいます。
IDEA HACKS!
読了。
アイデアの発想法とか仕事の仕方とか。
To DOリスト、マンダラート、二項対立、トライアングルハック。
創作にも、もちろん本業にも使えそうです。
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![]() | IDEA HACKS! 今日スグ役立つ仕事のコツと習慣 (2006/07/14) 原尻 淳一小山 龍介 商品詳細を見る |
僕の秘密日記(22) by A.I.
僕の秘密日記(22)
薄明かりの中、目覚めた僕は一瞬どこにいるのかわからなかった。見知らぬ天井が見える。まだ夢にいるのかなと思った。
「僕が女の子の部屋にいて、女になっているなんてどんな夢だよ」
願望が夢に表れたのかなと僕は夢うつつで寝返りを打った。そこではっと目を覚ます。明かりをつけると僕の部屋に間違いなかった。ただしピンクを基調とした女の子の部屋だ。
「夢の続きってことはないよね」
思わず股間を触ってみたが、何かの手応えが返ってくるということはない。僕がとおるによって女になったというのは夢ではなかった。現実の僕も女の子だ。
「変な夢を見たね。今年最後の日ということで心に思うところがあったのかな」
今日は大晦日。今年を振り返ってみると大きな転機が訪れたといえる。人生そのものが変わってしまうような出来事が起こるとは、秋になるまで思いもしてなかった。
「夜になるまでこれといってすることもないか」
昨日とおるが帰ったあとに、おせち料理はほとんど重箱に詰めて冷蔵庫に入れてある。朝食を食べたあとに仕上げをするだけだ。
「温泉旅行に行ってしまって、宿題の進みが遅くなったからね。今日のうちに終わらせてしまうか」
朝食後に時間を置いて味を染みこませる必要があった黒豆などを重箱に入れると、僕は夕方までに残っていた冬休みの宿題を終わらせた。これで気兼ねなく正月を迎えられる。
「親戚が集まる新年会は明後日の二日か。泊りがけだからなぁ」
夏休みと冬休みぐらいしか集まる機会はないのだから、誰もが都合をつけて顔を出す。割り切れればいとこと会えるのは楽しみなのだけどね。
「夕飯までもう少し時間があるね。漫画でも読んでいようかな」
少女漫画を取り出して読み始める。そういえばそろそろ集めている漫画の新刊が出ていたかな。ファッション誌も立ち読みしたいし、新年会が終わったら本屋に行くのもいいかもしれない。
「あきら、そろそろお蕎麦を茹でるから、来てもらえないかしら?」
階段から母親の声がした。夕飯は年越し蕎麦を食べることになっている。エビ天の入った天ぷら蕎麦だ。
「すぐ行くよ」
返事を返してすぐにリビングに向かった。殻を剥いたエビに衣をたっぷりとつけ、高温の油でカラッと揚げる。ほうれん草を茹でて、ネギを小口切りして緑の彩りも忘れない。
「お蕎麦を茹でるときはなるべく大きな鍋でたっぷりのお湯で泳がすようにするのよ」
最初に父親の分を茹でて母親が手本を見せてくれる。それを見習いながら、僕も蕎麦を茹で上げた。
「大晦日にはやっぱり蕎麦がいいね」
年の瀬という気がするよ。年越し蕎麦を食べてしまうと、家族で年末番組を楽しんだ。両親は明日神社に詣でるつもりだから、寺院に行くのは僕だけだ。
「午後十時になるから、とおるの家に行ってくるね」
「夜道には気をつけるんだぞ」
「相沢先生によろしく言っておいてね」
おせち料理が入っている三段重ねの重箱を持つと僕は玄関を出た。玄関灯に照らされて人影が立っている。
「過保護も善し悪しじゃないの」
僕は軽く笑いながらとおるに声をかけた。お節介なヤツめ。気遣ってくれているんだろうけどね。
「羽目を外した酔っ払いがいるかもしれないだろう。荷物があるなら俺が持つぞ」
「これは親父さんに直接渡したいからね。僕が持っていくよ」
夜道を二人で歩く。僅かな距離だけど、一人より二人のほうがやっぱり心強い。とおるの家にあがると、さっそく親父さんのところに顔を出した。
「これおせち料理ですが、よろしければ食べてください。母さんと僕で作ったので、お口に合えばいいですけど」
「あきらちゃん、ありがとう。とおると一緒によく味わわせてもらうよ。本格的なおせち料理なんて何年ぶりだろう」
親父さんに重箱を手渡すと、目頭を押さえて感激していた。そんなに喜ばれると照れてしまうね。
あと一時間ほどしてから出発するということで、それまで居間でこたつに入りながらテレビを見ていた。
「あきらは明日神社にも参拝するのか?」
とおるが年末番組を見ながら明日の予定を聞いてきた。
「そのつもりだよ」
「俺も初詣に行くかな」
さりげなく言ったつもりだろうけど、とおるの目がそれを裏切っているよ。ついていく気満々だ。
「近くの神社に行くだけだし、すぐに帰ってくるよ。とおるは神様なんて信じてないように見えるけどね」
「願いをかなえてくれる神様なら熱烈な信者になるがな」
「不心得者だなぁ」
とおるは神頼みを何度もするぐらいなら、手段を問わずに物事を押しすすめる性格だ。必要とあらば悪魔にも魂を売り飛ばしそうだよ。
「あきらちゃん、とおる、そろそろ行くとするかね」
親父さんに声をかけられ、僕らは立ち上がった。
「市名を冠した神社に大半の人が行くだろうから、寺院には参拝客は多くないかもしれないな」
そんなことをとおるが言っていたから、寺院にある無料駐車場には車を楽に止められると思っていた。親父さんの車に乗って山の麓まで行ってみると、駐車できそうな場所には車が無理にでも置かれている。
「参拝客は多そうだよ?」
参道には苔むした羅漢像や馬頭観音、様々な石仏が立ち並んでいる。荘厳な雰囲気を漂わせており、歴史を感じさせた。山の中ということで立派な木々も立ち並び、大晦日ということもあって厳かな気持ちになる。
「氏子や檀家さんが思ったよりも多いのかもしれないな」
どうにか車を止めると、僕らは参道を登り始める。途中に木造瓦葺の小さな建物があり、僕はそれが何かとおるに聞いてみた。
「経蔵だな。昔は経典を納めていた蔵で、回転させることができる本棚のようなものだ。文化財に指定されている」
「やっぱりとおるは物知りだね」
「回転させると知恵がつくと云われていて、忍びこんで回したことがあるからな」
呆れればいいのか感心すればいいのか微妙なところだ。
「知識を得るためなら手段を選ばないのはとおるらしいというべきかね」
「経典なんて一冊も入ってなかったから、効果のほどは疑わしいけどな」
とおるの話を聞きながら寺院の正面まで行くと、人の話し声が聞こえてきた。正門の周りには松が植えられており、規模は大きくないがひなびた寺院があった。
正門をくぐって境内に入るとかがり火が焚かれていて、大勢の参拝客の姿が見られる。
「あきらちゃん、お参りを済ませてこようか」
親父さんに先導されて寺の前に置かれている賽銭箱に近づくと、参拝客が真摯な面持ちで手を合わせて祈りを捧げている。
僕も財布から五円玉を探し出し、賽銭箱に投げ入れた。家族の無病息災を心のなかで唱える。今のところは薬の副作用はないけど、今後もないとは限らない。願わくは無事に過ごしたいものだ。
(あと、もうちょっと胸が膨らんでくれますように)
熱が入ってしまったようで、僕が目を開くと親父さんもとおるも祈りを終えていた。
「あちらで甘酒を配ってくれているようだから、もらいにいこうか」
甘酒の炊き出しを行っている存家信者さんたちのほうへ歩き出した親父さんに僕らも続いた。
「とおる、甘酒で酔っ払ったりしないでくれよ」
「それはないはずだが……」
「覚えてないだろうけど、とおるは酒癖が悪いんだよ」
大量に飲まなければ大丈夫だろうけどね。
紙コップで配られていた熱い甘酒は、冷えた体に染み渡る。ショウガを擦って入れてあるようで、体がぽかぽかと温まってきた。僕が惜しみながらちびちび甘酒を飲んでいると、
ゴォォォン!
腹のうちにずしんとくる鐘の音が響き渡った。新年だ!
「あけましておめでとうございます!」
という声があちらこちらで聞こえる。
「あきらちゃん、あけましておめでとう」
「あきら、あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「あけましておめでとうございます」
僕らもそれにあわせるようにして、三人揃って頭を下げて新年の挨拶を交わしていた。
「あきらちゃん、とおる、はいお年玉」
招き猫が描かれたお年玉袋を僕らに手渡そうとする親父さん。親父さんの弾けるような笑顔を見ると遠慮するのが悪い気がして、
「ありがとうございます」
僕は礼を言って受け取った。親戚を除けば親父さんからは毎年お年玉を受け取っている。最初はとおるの数少ない友人として目をかけてくれたのだろう。初めからとおるの嫁候補として狙われていたわけではない……はずだ。
「また服でも買っておいで」
「そうさせてもらいますね」
お年玉袋は札束で膨れていた。千円札ということはないだろうから、相当な金額を包んでくれたようだ。
「とおる、親父さんが喜びそうなことって何だろうね?」
「親父が喜びそうなことか。神社に行くときまでに考えておく」
「頼むね」
あまりに大金をもらうと恐縮してしまうよ。もらいっぱなしというのは僕の性分にあわない。
「あきらちゃんととおるで除夜の鐘をついてきたらどうかな?」
「え? そんなこともできるんですか?」
「ほら、鐘楼にみんな並んでいるだろう」
参拝客は鐘楼の周りにずらっと列を作って並んでいた。釣鐘を見てみると、撞木を振りかぶっているのはお坊さんではなく、一般の参拝客である。どうやら誰でもついてよいらしい。
「なかなか鐘をつくことはできないからね。行ってきなさい」
「とおる、行ってみようよ」
「そうしてみるか」
僕らは列の最後尾についた。気持ちを昂ぶらせながら順番を待つ。僕らの番が近づくにつれて、鐘の音も大きく聞こえた。
鐘楼の二階部分に釣鐘が設置されていて、一階部分は袴のような形で板を巡らせている。袴腰付き鐘楼と呼ばれて、法隆寺にあるものが最古だ、とはとおるの弁だ。
「いよいよ僕らの番だね」
小さな木造の階段を上って、今にも鐘をつこうとしている参拝客の邪魔にならないよう隅のほうで待つ。間近で鐘を鳴らされて僕は顔をしかめた。耳が痛くなりそうだ。
「よし、行こう」
撞木に吊り下げられている撞き紐をとおると二人でしっかりと握る。軽く後ろに引っ張ってどんな具合か確かめてから、僕らは体を後ろに反らして撞木を振りかざした。
ゴォォォン!
「ふわぁぁっ、お腹がビリビリするよ」
重く余韻のある鐘の響きは、ズンッと子宮にまで届くかのようだ。僕は半分目を回しながらとおるの手を借りて楼閣から離れた。
「あきらちゃん、大丈夫?」
「……いい経験になりました」
ヤジロベエのように左右にふらつきながら、待ってくれていた親父さんと合流した。まだ鐘の音が耳の中で渦巻いているようだよ。でも、気持ちを新たにする意味ではいいかもしれない。至近距離で除夜の鐘を聞いたのだから、とおるの煩悩の一つぐらいは吹き飛んで欲しいものだ。
「相沢医院で降ろしてくれれば大丈夫ですよ」
「とおる、ちゃんとあきらちゃんを送っていくんだよ」
「もちろんだ」
寺院からの帰り道、僕はそう言ったのだけど、とおるは相沢医院からうちまで付き添った。
「明日は午前九時ごろに神社に行こうか」
僕の家の玄関前でとおると一緒にいると、土ぼこりを巻き上げながら猛スピードで近づいてくる物体がある。とおるが僕をかばうようにして前に立つと、その物体は問答無用でとおるを弾き飛ばした。
「こんばんは!」
岡持ちを持ったゆうきが僕の前で靴の裏を焦がしながら緊急停止をした。ゴムの焼ける臭いが漂う。
「ゆうき、あけ……むぐぅ」
新年の挨拶をしようとした僕の口をゆうきの手が塞いだ。
「さぁ、あきら。蕎麦を食べるわよ!」
「え、だって年越し蕎麦なら……」
笑みを深くしたゆうきは手の力を強めてきた。うう、顎が痛い。
「今は二十五時、つまり三十一日よ。あたしがせっかく蕎麦を打ったのよ。もちろん食べるわよね?」
「……そろそろ眠いよ」
僕が目を瞬かせると、ゆうきは僕の顎にさらに力を入れてきた。強引に開いた僕の口に彼女は何かを放りこむ。
「むぅ、んんんっ!」
鼻の奥にツーンと抜ける辛さが襲ってきた。涙腺を刺激されて、涙がこぼれそうになる。
「わ、わさび?」
「天然物なのよ。これで目が覚めたでしょ」
愉快そうにゆうきは大口を開けて笑っている。
「あきら、年越し蕎麦よ。これを食べなくちゃ年を越えたとはいえないわ」
ここで首を横に振ったら、何をされるかわからない。僕はこくこくと首を上下に振った。本当はゆうきの作ったものなんて食べたくない。死刑執行が少しばかり長くなっただけの気がする。
「そうこなくっちゃ。どんどん食べてよっ」
岡持ちから出した大きなお椀にどばどばっと麺つゆを注ぐと、彼女はざる蕎麦一皿を一気に放りこんだ。不ぞろいな太さの蕎麦を僕は覚悟を決めてすする。
「蕎麦の腰が僕にはちょっと強いけど、美味しいんじゃないかな」
「そうでしょ! スキーの帰りに美味しいお蕎麦屋さんがあってね。習ってきたのよ!」
恐る恐る食べてみると、蕎麦の香りが漂ってきて喉ごしも悪くない。
「でも、なんだって冷たい蕎麦なの?」
「温かい蕎麦をここまで持ってきたら伸びちゃうじゃないの!」
僕が一杯目をどうにか片づけると、ゆうきはわんこそばのように次を投入してきた。
「まだまだあるわ。遠慮しないで食べてね」
「いやもうお腹いっぱいだよ」
「そんなにうまい蕎麦なら俺も食ってみるか」
僕が持っていたお椀をとおるが横からかっさらった。ずるずると麺つゆごと一気に蕎麦をかきこむ。
「ごちそうさん」
とおるはつゆがなくなればもはや蕎麦をよそうまいと思ったのだろうが、
「ふーん、とおるもいたんだ」
ゆうきは口の端を曲げて目を挑発的に光らせると、お椀に再び麺つゆを注いだ。さらに十本分はありそうな擦ったわさびをつゆに落とす。
「これでさらに美味しくなったわよ!」
お椀にドポンッと蕎麦を投入して、刻みネギを入れるとゆうきは胸を張った。いかにもわさびの辛味が効いてそうだ。
「辛味が効いていてうまいな」
とおるは蕎麦をすするとほとんど噛まずに飲みこんでいる。ゆうきにはわからないだろうが、とおるはかすかに鼻を鳴らした。口では平気なように言っているが、わさびの辛味がきついらしい。
「鼻にツーンとこない? あの刺激をあたしは好きなのよ!」
「まだあるならもらうぞ」
こうなると意地の張り合いだ。ゆうきが放りこむ蕎麦をとおるは必死にすすっている。僕が食べずに済むのはありがたいけど、寒夜にざる蕎麦を食べることになったとおるが哀れだ。
「ゆうきはもう少し早い時間に来れなかったの?」
「そばは寝かさないと美味しくならないのよ! 時間がかかるのはしょうがないじゃない!」
それだけが理由なのかな? よく見るとゆうきの手は絆創膏だらけだ。慣れないそば切りで手を傷だらけにしたのだろう。それを見るともう少し食べないと悪い気がした。
「とおる、僕もあとちょっとだけもらうよ」
最後に残った一口だけを僕はすすった。うわ、脳を直接揺さぶられるような辛味が襲ってくる。よくこんなものをとおるは食べられるなぁ。
「あきら、除夜の鐘が聞こえてきたわね。あけましてめでとう!」
「……あけましておめでとう」
さっきから除夜の鐘は聞こえまくっているじゃないかとは言えなかった。とおるは何も言わずに突っ立っている。
「それじゃね、あきら。おやすみなさい」
ゆうきはぶんぶんと手を振ると、来たときと同じように駆け足で去っていく。
「ぶふぅっ! ごふっ!」
暴風竜巻が立ち去ると、無言だったとおるは口と鼻から蕎麦と麺つゆを吹き出した。硬直したまま横に倒れる。辛くないわけがないか。今までやせ我慢していたらしい。
「身代わりになって蕎麦を食べてくれて悪いね」
「こ、これくらい平気だ」
とおるは立とうとしているが、膝がかくかくと震えている。
「……途中からは蕎麦にもわさびを練りこんであったな。蕎麦が緑色をしていた」
「ゆうきは変なところで一手間加えようとするからね」
彼女の料理は前と変わらずやはり危険だ。今回はこれくらいの被害で済んでよかったと思うべきかもしれない。
<つづく>
薄明かりの中、目覚めた僕は一瞬どこにいるのかわからなかった。見知らぬ天井が見える。まだ夢にいるのかなと思った。
「僕が女の子の部屋にいて、女になっているなんてどんな夢だよ」
願望が夢に表れたのかなと僕は夢うつつで寝返りを打った。そこではっと目を覚ます。明かりをつけると僕の部屋に間違いなかった。ただしピンクを基調とした女の子の部屋だ。
「夢の続きってことはないよね」
思わず股間を触ってみたが、何かの手応えが返ってくるということはない。僕がとおるによって女になったというのは夢ではなかった。現実の僕も女の子だ。
「変な夢を見たね。今年最後の日ということで心に思うところがあったのかな」
今日は大晦日。今年を振り返ってみると大きな転機が訪れたといえる。人生そのものが変わってしまうような出来事が起こるとは、秋になるまで思いもしてなかった。
「夜になるまでこれといってすることもないか」
昨日とおるが帰ったあとに、おせち料理はほとんど重箱に詰めて冷蔵庫に入れてある。朝食を食べたあとに仕上げをするだけだ。
「温泉旅行に行ってしまって、宿題の進みが遅くなったからね。今日のうちに終わらせてしまうか」
朝食後に時間を置いて味を染みこませる必要があった黒豆などを重箱に入れると、僕は夕方までに残っていた冬休みの宿題を終わらせた。これで気兼ねなく正月を迎えられる。
「親戚が集まる新年会は明後日の二日か。泊りがけだからなぁ」
夏休みと冬休みぐらいしか集まる機会はないのだから、誰もが都合をつけて顔を出す。割り切れればいとこと会えるのは楽しみなのだけどね。
「夕飯までもう少し時間があるね。漫画でも読んでいようかな」
少女漫画を取り出して読み始める。そういえばそろそろ集めている漫画の新刊が出ていたかな。ファッション誌も立ち読みしたいし、新年会が終わったら本屋に行くのもいいかもしれない。
「あきら、そろそろお蕎麦を茹でるから、来てもらえないかしら?」
階段から母親の声がした。夕飯は年越し蕎麦を食べることになっている。エビ天の入った天ぷら蕎麦だ。
「すぐ行くよ」
返事を返してすぐにリビングに向かった。殻を剥いたエビに衣をたっぷりとつけ、高温の油でカラッと揚げる。ほうれん草を茹でて、ネギを小口切りして緑の彩りも忘れない。
「お蕎麦を茹でるときはなるべく大きな鍋でたっぷりのお湯で泳がすようにするのよ」
最初に父親の分を茹でて母親が手本を見せてくれる。それを見習いながら、僕も蕎麦を茹で上げた。
「大晦日にはやっぱり蕎麦がいいね」
年の瀬という気がするよ。年越し蕎麦を食べてしまうと、家族で年末番組を楽しんだ。両親は明日神社に詣でるつもりだから、寺院に行くのは僕だけだ。
「午後十時になるから、とおるの家に行ってくるね」
「夜道には気をつけるんだぞ」
「相沢先生によろしく言っておいてね」
おせち料理が入っている三段重ねの重箱を持つと僕は玄関を出た。玄関灯に照らされて人影が立っている。
「過保護も善し悪しじゃないの」
僕は軽く笑いながらとおるに声をかけた。お節介なヤツめ。気遣ってくれているんだろうけどね。
「羽目を外した酔っ払いがいるかもしれないだろう。荷物があるなら俺が持つぞ」
「これは親父さんに直接渡したいからね。僕が持っていくよ」
夜道を二人で歩く。僅かな距離だけど、一人より二人のほうがやっぱり心強い。とおるの家にあがると、さっそく親父さんのところに顔を出した。
「これおせち料理ですが、よろしければ食べてください。母さんと僕で作ったので、お口に合えばいいですけど」
「あきらちゃん、ありがとう。とおると一緒によく味わわせてもらうよ。本格的なおせち料理なんて何年ぶりだろう」
親父さんに重箱を手渡すと、目頭を押さえて感激していた。そんなに喜ばれると照れてしまうね。
あと一時間ほどしてから出発するということで、それまで居間でこたつに入りながらテレビを見ていた。
「あきらは明日神社にも参拝するのか?」
とおるが年末番組を見ながら明日の予定を聞いてきた。
「そのつもりだよ」
「俺も初詣に行くかな」
さりげなく言ったつもりだろうけど、とおるの目がそれを裏切っているよ。ついていく気満々だ。
「近くの神社に行くだけだし、すぐに帰ってくるよ。とおるは神様なんて信じてないように見えるけどね」
「願いをかなえてくれる神様なら熱烈な信者になるがな」
「不心得者だなぁ」
とおるは神頼みを何度もするぐらいなら、手段を問わずに物事を押しすすめる性格だ。必要とあらば悪魔にも魂を売り飛ばしそうだよ。
「あきらちゃん、とおる、そろそろ行くとするかね」
親父さんに声をかけられ、僕らは立ち上がった。
「市名を冠した神社に大半の人が行くだろうから、寺院には参拝客は多くないかもしれないな」
そんなことをとおるが言っていたから、寺院にある無料駐車場には車を楽に止められると思っていた。親父さんの車に乗って山の麓まで行ってみると、駐車できそうな場所には車が無理にでも置かれている。
「参拝客は多そうだよ?」
参道には苔むした羅漢像や馬頭観音、様々な石仏が立ち並んでいる。荘厳な雰囲気を漂わせており、歴史を感じさせた。山の中ということで立派な木々も立ち並び、大晦日ということもあって厳かな気持ちになる。
「氏子や檀家さんが思ったよりも多いのかもしれないな」
どうにか車を止めると、僕らは参道を登り始める。途中に木造瓦葺の小さな建物があり、僕はそれが何かとおるに聞いてみた。
「経蔵だな。昔は経典を納めていた蔵で、回転させることができる本棚のようなものだ。文化財に指定されている」
「やっぱりとおるは物知りだね」
「回転させると知恵がつくと云われていて、忍びこんで回したことがあるからな」
呆れればいいのか感心すればいいのか微妙なところだ。
「知識を得るためなら手段を選ばないのはとおるらしいというべきかね」
「経典なんて一冊も入ってなかったから、効果のほどは疑わしいけどな」
とおるの話を聞きながら寺院の正面まで行くと、人の話し声が聞こえてきた。正門の周りには松が植えられており、規模は大きくないがひなびた寺院があった。
正門をくぐって境内に入るとかがり火が焚かれていて、大勢の参拝客の姿が見られる。
「あきらちゃん、お参りを済ませてこようか」
親父さんに先導されて寺の前に置かれている賽銭箱に近づくと、参拝客が真摯な面持ちで手を合わせて祈りを捧げている。
僕も財布から五円玉を探し出し、賽銭箱に投げ入れた。家族の無病息災を心のなかで唱える。今のところは薬の副作用はないけど、今後もないとは限らない。願わくは無事に過ごしたいものだ。
(あと、もうちょっと胸が膨らんでくれますように)
熱が入ってしまったようで、僕が目を開くと親父さんもとおるも祈りを終えていた。
「あちらで甘酒を配ってくれているようだから、もらいにいこうか」
甘酒の炊き出しを行っている存家信者さんたちのほうへ歩き出した親父さんに僕らも続いた。
「とおる、甘酒で酔っ払ったりしないでくれよ」
「それはないはずだが……」
「覚えてないだろうけど、とおるは酒癖が悪いんだよ」
大量に飲まなければ大丈夫だろうけどね。
紙コップで配られていた熱い甘酒は、冷えた体に染み渡る。ショウガを擦って入れてあるようで、体がぽかぽかと温まってきた。僕が惜しみながらちびちび甘酒を飲んでいると、
ゴォォォン!
腹のうちにずしんとくる鐘の音が響き渡った。新年だ!
「あけましておめでとうございます!」
という声があちらこちらで聞こえる。
「あきらちゃん、あけましておめでとう」
「あきら、あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「あけましておめでとうございます」
僕らもそれにあわせるようにして、三人揃って頭を下げて新年の挨拶を交わしていた。
「あきらちゃん、とおる、はいお年玉」
招き猫が描かれたお年玉袋を僕らに手渡そうとする親父さん。親父さんの弾けるような笑顔を見ると遠慮するのが悪い気がして、
「ありがとうございます」
僕は礼を言って受け取った。親戚を除けば親父さんからは毎年お年玉を受け取っている。最初はとおるの数少ない友人として目をかけてくれたのだろう。初めからとおるの嫁候補として狙われていたわけではない……はずだ。
「また服でも買っておいで」
「そうさせてもらいますね」
お年玉袋は札束で膨れていた。千円札ということはないだろうから、相当な金額を包んでくれたようだ。
「とおる、親父さんが喜びそうなことって何だろうね?」
「親父が喜びそうなことか。神社に行くときまでに考えておく」
「頼むね」
あまりに大金をもらうと恐縮してしまうよ。もらいっぱなしというのは僕の性分にあわない。
「あきらちゃんととおるで除夜の鐘をついてきたらどうかな?」
「え? そんなこともできるんですか?」
「ほら、鐘楼にみんな並んでいるだろう」
参拝客は鐘楼の周りにずらっと列を作って並んでいた。釣鐘を見てみると、撞木を振りかぶっているのはお坊さんではなく、一般の参拝客である。どうやら誰でもついてよいらしい。
「なかなか鐘をつくことはできないからね。行ってきなさい」
「とおる、行ってみようよ」
「そうしてみるか」
僕らは列の最後尾についた。気持ちを昂ぶらせながら順番を待つ。僕らの番が近づくにつれて、鐘の音も大きく聞こえた。
鐘楼の二階部分に釣鐘が設置されていて、一階部分は袴のような形で板を巡らせている。袴腰付き鐘楼と呼ばれて、法隆寺にあるものが最古だ、とはとおるの弁だ。
「いよいよ僕らの番だね」
小さな木造の階段を上って、今にも鐘をつこうとしている参拝客の邪魔にならないよう隅のほうで待つ。間近で鐘を鳴らされて僕は顔をしかめた。耳が痛くなりそうだ。
「よし、行こう」
撞木に吊り下げられている撞き紐をとおると二人でしっかりと握る。軽く後ろに引っ張ってどんな具合か確かめてから、僕らは体を後ろに反らして撞木を振りかざした。
ゴォォォン!
「ふわぁぁっ、お腹がビリビリするよ」
重く余韻のある鐘の響きは、ズンッと子宮にまで届くかのようだ。僕は半分目を回しながらとおるの手を借りて楼閣から離れた。
「あきらちゃん、大丈夫?」
「……いい経験になりました」
ヤジロベエのように左右にふらつきながら、待ってくれていた親父さんと合流した。まだ鐘の音が耳の中で渦巻いているようだよ。でも、気持ちを新たにする意味ではいいかもしれない。至近距離で除夜の鐘を聞いたのだから、とおるの煩悩の一つぐらいは吹き飛んで欲しいものだ。
「相沢医院で降ろしてくれれば大丈夫ですよ」
「とおる、ちゃんとあきらちゃんを送っていくんだよ」
「もちろんだ」
寺院からの帰り道、僕はそう言ったのだけど、とおるは相沢医院からうちまで付き添った。
「明日は午前九時ごろに神社に行こうか」
僕の家の玄関前でとおると一緒にいると、土ぼこりを巻き上げながら猛スピードで近づいてくる物体がある。とおるが僕をかばうようにして前に立つと、その物体は問答無用でとおるを弾き飛ばした。
「こんばんは!」
岡持ちを持ったゆうきが僕の前で靴の裏を焦がしながら緊急停止をした。ゴムの焼ける臭いが漂う。
「ゆうき、あけ……むぐぅ」
新年の挨拶をしようとした僕の口をゆうきの手が塞いだ。
「さぁ、あきら。蕎麦を食べるわよ!」
「え、だって年越し蕎麦なら……」
笑みを深くしたゆうきは手の力を強めてきた。うう、顎が痛い。
「今は二十五時、つまり三十一日よ。あたしがせっかく蕎麦を打ったのよ。もちろん食べるわよね?」
「……そろそろ眠いよ」
僕が目を瞬かせると、ゆうきは僕の顎にさらに力を入れてきた。強引に開いた僕の口に彼女は何かを放りこむ。
「むぅ、んんんっ!」
鼻の奥にツーンと抜ける辛さが襲ってきた。涙腺を刺激されて、涙がこぼれそうになる。
「わ、わさび?」
「天然物なのよ。これで目が覚めたでしょ」
愉快そうにゆうきは大口を開けて笑っている。
「あきら、年越し蕎麦よ。これを食べなくちゃ年を越えたとはいえないわ」
ここで首を横に振ったら、何をされるかわからない。僕はこくこくと首を上下に振った。本当はゆうきの作ったものなんて食べたくない。死刑執行が少しばかり長くなっただけの気がする。
「そうこなくっちゃ。どんどん食べてよっ」
岡持ちから出した大きなお椀にどばどばっと麺つゆを注ぐと、彼女はざる蕎麦一皿を一気に放りこんだ。不ぞろいな太さの蕎麦を僕は覚悟を決めてすする。
「蕎麦の腰が僕にはちょっと強いけど、美味しいんじゃないかな」
「そうでしょ! スキーの帰りに美味しいお蕎麦屋さんがあってね。習ってきたのよ!」
恐る恐る食べてみると、蕎麦の香りが漂ってきて喉ごしも悪くない。
「でも、なんだって冷たい蕎麦なの?」
「温かい蕎麦をここまで持ってきたら伸びちゃうじゃないの!」
僕が一杯目をどうにか片づけると、ゆうきはわんこそばのように次を投入してきた。
「まだまだあるわ。遠慮しないで食べてね」
「いやもうお腹いっぱいだよ」
「そんなにうまい蕎麦なら俺も食ってみるか」
僕が持っていたお椀をとおるが横からかっさらった。ずるずると麺つゆごと一気に蕎麦をかきこむ。
「ごちそうさん」
とおるはつゆがなくなればもはや蕎麦をよそうまいと思ったのだろうが、
「ふーん、とおるもいたんだ」
ゆうきは口の端を曲げて目を挑発的に光らせると、お椀に再び麺つゆを注いだ。さらに十本分はありそうな擦ったわさびをつゆに落とす。
「これでさらに美味しくなったわよ!」
お椀にドポンッと蕎麦を投入して、刻みネギを入れるとゆうきは胸を張った。いかにもわさびの辛味が効いてそうだ。
「辛味が効いていてうまいな」
とおるは蕎麦をすするとほとんど噛まずに飲みこんでいる。ゆうきにはわからないだろうが、とおるはかすかに鼻を鳴らした。口では平気なように言っているが、わさびの辛味がきついらしい。
「鼻にツーンとこない? あの刺激をあたしは好きなのよ!」
「まだあるならもらうぞ」
こうなると意地の張り合いだ。ゆうきが放りこむ蕎麦をとおるは必死にすすっている。僕が食べずに済むのはありがたいけど、寒夜にざる蕎麦を食べることになったとおるが哀れだ。
「ゆうきはもう少し早い時間に来れなかったの?」
「そばは寝かさないと美味しくならないのよ! 時間がかかるのはしょうがないじゃない!」
それだけが理由なのかな? よく見るとゆうきの手は絆創膏だらけだ。慣れないそば切りで手を傷だらけにしたのだろう。それを見るともう少し食べないと悪い気がした。
「とおる、僕もあとちょっとだけもらうよ」
最後に残った一口だけを僕はすすった。うわ、脳を直接揺さぶられるような辛味が襲ってくる。よくこんなものをとおるは食べられるなぁ。
「あきら、除夜の鐘が聞こえてきたわね。あけましてめでとう!」
「……あけましておめでとう」
さっきから除夜の鐘は聞こえまくっているじゃないかとは言えなかった。とおるは何も言わずに突っ立っている。
「それじゃね、あきら。おやすみなさい」
ゆうきはぶんぶんと手を振ると、来たときと同じように駆け足で去っていく。
「ぶふぅっ! ごふっ!」
暴風竜巻が立ち去ると、無言だったとおるは口と鼻から蕎麦と麺つゆを吹き出した。硬直したまま横に倒れる。辛くないわけがないか。今までやせ我慢していたらしい。
「身代わりになって蕎麦を食べてくれて悪いね」
「こ、これくらい平気だ」
とおるは立とうとしているが、膝がかくかくと震えている。
「……途中からは蕎麦にもわさびを練りこんであったな。蕎麦が緑色をしていた」
「ゆうきは変なところで一手間加えようとするからね」
彼女の料理は前と変わらずやはり危険だ。今回はこれくらいの被害で済んでよかったと思うべきかもしれない。
<つづく>