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じゃじゃ馬、西部を行く The Shrew in the Wild West (4) by.amaha
(4)
その晩は語り明かし、翌朝町を出た。クララには仕事があるし、ハマー氏との約束もある。リタは好きだけど、その父親にはにらまれたくない俺としては、さっさとここを離れるのが得策だ。その意味ではクララの引越しも好都合だ。
目的地はダコタ準州のブラックヒルにあるデッドウッド だ。一〇年ほど前、英雄カスター将軍が見つけた金鉱脈に人々が群がりできた街に、バットはどうやらサルーン(酒場、バー)を作ったらしい。
ウィリアム・マスターソンは、多才な男で女にもてる。銃弾を腰に受けても影響はないらしく、女には腰をかばう杖が英国紳士のステッキにでも見えるとしか思えない。ちなみに杖をついていることが“バット”・マスターソンの由来だ。
俺のクーガー? 勇猛なところからだろうな。ただドクによると目が利き、大きいからだとさ。
目的地までは北へ七〇〇マイルほどある。しかし四〇〇ドルで懐は温かい。それにクララがカリフォルニアで落ち着くのは早くて来月末だ。大陸横断鉄道を使えばサクラメントまで二日ほどなので、時間的余裕もあった。
街道はマントと帽子で身を隠し男装で切抜ける。しかし町に入れば下手に隠して見つかるとかえって面倒な気がして、素顔になった。よほど無法地帯でなければ女性はそれなりに大事にされる。
メアーズレッグ(改造ライフル)を背負った淑女は、アニー・キットという名ですぐ街道の噂になった。別に銃を持つ女が珍しい訳ではない。農家の女ならショットガンで兎や鶉を狩るものは珍しくないし、平原の女王(カラミティ・ジェーン)のような女もいた。俺なんざぁ、ちょっと背伸びをしている小娘ってとこだ。
じゃあなぜ有名になったかって? 恥ずかしながら、一つには見た目だろうな。今の俺は西部では珍しいカワイコちゃん(sweetie)なのさ。
一〇日目、ちょうど中間地点になる町は祭りで賑わっていた。オマハが起点の大陸横断鉄道の駅があるので、このあたりとしては開けている。
幸いホテルの部屋はあいており、賑やか好きの俺はチェックインもそこそこに楽隊の音楽が流れる町に出た。
トレードマークになってしまった背中のメアーズレッグのおかげで、あちこちで囁きが聞こえる。『キット?』『キットじゃないかしら』
有名になった二つ目の理由は、地方紙のいくつかに駅馬車強盗退治の武勇伝と大好きなお姉さんを探したいと願う可愛い少女の記事が載ったことだ。
女たちは口々にリタに連絡をとるよう忠告する。男達は、さすがに女相手に決闘しようとはしないが、射撃の腕比べは日常茶飯事であった。
もちろん困ることばかりではない。排他的な田舎町でよそ者扱いされることもなく、その手のトラブルには巻き込まれなかった。
今回は、お祭り中で人が多いから、射撃の腕比べをしようと言う馬鹿はいない。そして女たちの忠告には、もう手紙を書いたとはっきり言えるので、俺は心置きなく楽しんだ。
まあ、少々尻を触られるのは我慢するしかないだろう。少なくともこれまで触ってきた分くらいはね。
今日の目玉の見世物小屋に向かう途中で、甘いリンゴ菓子をもう一つ買おうと足を止めた。女になってちょっと食べ物の好みも変化している。酒は以前ほど美味くなかった。
「あんたキットかい?」
素直そうな若者だったので、当たり障りの無い返事をした。
「だとしたら?」
「そっちの香具師(やし)があんたの名前を出していたよ」
祭りにはいろんなセールスもきており、彼が指さしたのはライフル売りだ。
近寄ってしばらく見ていても売れる気配はない。見物客は面白そうに見ているだけだ。見本を手にとってみると決して悪い品ではない。木製部分に丁寧に彫られたレリーフもなかなかセンスが良く、これで二〇ドルなら安い買い物だろう。
ただ彼は西に来過ぎた。鉄道が通りひらけたと言ってもここは西部だ。彼の売る22口径は男の武器とみなされない。射撃用か女性用といったところである。おまけに俺の名を出したとあれば、男どもが見向きもしないのも当たり前である。
それでも興味津々な奴がいるのは俺に気づいているからに違いない。
知ってかしらずか男の舌は止まらない。
「さあ、どうだい? もう一度やってみようか。東部出身の僕のような優男でも百発百中なんですよ」
そう言うとライフルを構えて、三〇ヤード(二七m)ほど離れた三つの的の中心に着弾させた。
「どうですか。街道筋でうわさのアニー・キットにも負けないと思いませんか?」
「アニーなら、ここにいるぜ」
俺の横にいたおっさんがいらぬことを言う。
「え?」
男はライフルを持ったまま間抜けな表情で俺を見た。
セールスマンがやったことは、ライフルなら、しかも反動の少ない22口径なら、大して難しくはない。拳銃での射撃とは根本的に違うのだ。
拳銃でのガンファイトでいちいち照星と照門を合わせたりしない。そうだなあ、例えばあなたが道路の反対側にいる友人を指さしたとする。よほど目が悪いか感覚が鈍くない限り指先をたどれば友人の胴に当たるだろう。拳銃の狙いはそれに似ていた。指差す感覚だ。練習を積み重ねれば平均的な人でも一〇ヤードくらいなら人に当たるようになる。
俺が打てなくなったのは女性化で筋力が落ち、45口径が扱えないせいだ。以前なら三〇ヤード離れてベストの左側に確実に穴を開けたぜ。もちろん反動の少ないメアーズレッグなら今でも可能だ。そしてメアーズレッグは拳銃より狙撃の精度が高かった。銃身を短く切ったとは言えもともとライフルなんだからな。
背中のホルダーから銃を抜き、声をかける。
「撃ってみていいかい?」
状況が分からないのか、俺の美貌にいかれたのかセールスマンはぼんやりしたまま返事をした。
「ええ」
そのまま銃床を肩に当て男の弾痕(bullet holes)の上に全弾命中させた。
見ていた客は大喜びだ。小生意気な東部の理屈屋が皆大嫌いなのだ。
「どうする兄ちゃん、お前の穴(holes)が姉ちゃんにほられたぜ!」
幸い男のからかいは、ひどく酔っているうえ訛りがひどく、セールスマンには分からなかったらしい。その当惑気な顔を見ると少し同情を覚えた。
「いくらだす?」
と彼のライフルを確認するふりをして近づきささやく。
「なんでしょう、ミス」
「一丁売れたら僕にいくら払う?」
「ああ、そういう事なら、三パーセント」
「安すぎる。二〇」
「それでは私の取り分が」
「交通費などの経費を含めて三〇はないと誰もこんな商売引き受けないさ」
おそらく四〇パーセント位のはずだ。
「一〇」
「このままじゃ一つも売れないよ。一五」
「お願いします」
試射して照準を確認していると見物客が増え始めた。
充分集まったのを確認してから、いつも持っているカード(トランプ)から各スーツの三を選び客に見せてから、的に貼りつけてもらった。二発試射したので残弾は一二である。
静まるのを待って全て撃ち尽くす。後にはマーク替わりに三つの穴が開いたカードが残る。
「こいつぁ、おったまげた!」
訛りの強いおっさんは賑やかである。掛け合いをすれば受けるかもしれない。
取ってこさせたカードを示しながら口上を続ける。
「お集まりの皆さん(Hi, Boys)、二二口径の威力が小さいとお思い?」
「そんなもんじゃ、便所のハエしか殺せないさ」
「四五口径でも当たらなければハエも殺せないでしょう?」
「硝煙で落ちるんじゃないか? ガハハハァ」
おっさん以外はずいぶん熱心に話を聞いている。
「練習すればもっと精度を上げることも可能」
ハートの四を示したあと隣の射的屋から杭を借りナイフで溝を付けカードを縦に差し込んだ。観衆はざわつくが、目さえよければハートのマークに弾痕をおさめるのと大差ない難易度だ。問題はその後、運もあるから宣言はせずに元の位置、三〇ヤード離れて立つ。
なぜだが楽隊まで音楽を止める静寂の中で俺は引き金を引いた。
一発目でカードが半分にちぎれ宙を舞う。皆が息を飲んだ瞬間にさらに二発。うまくいけばいいのだが……
カードを引き裂いた驚きは後の二発でなにが起こったかへの期待で抑えられていた。
セールスマンより早く駆け寄ったおっさんがカードを拾い上げた。
「すげえぞ、姉ちゃん。俺のハートも射止めたぜ」
おっさんの太い指に摘まれたちぎれたカードのハートは弾痕で消えていた。
一杯おごって酒臭いおっさんを酔い潰し、祭りの雑踏から少し離れた居酒屋に入った。うわさが広まっているのか、女でもあからさまな迷惑顔はされない。セールスマンはもういた。
カウンターでビールを受け取ってからテーブルにつく。以前ほど酒を飲みたいとは思わないものの、何も注文しないのはマナー違反だ。
「売り切れました。あなたのおかげです」
「礼を言う必要はない。約束の金さえ貰えばね」
「あ、そうでした」
彼の差し出した一五〇ドルをありがたく受け取る。
「これで終わりだ」
と言っても彼は立ち上がらず、再び口を開いた。
「ところで」
「こんなことは今回だけさ」
「いえ、私の仕事ではなく、あなたならバッファロー・ビルのところでも十分やっていけるのではないかと。知り合いがいるのでよろしければ紹介できます」
バッファロー・ビルはワイルド・ウエスト・ショーの興行主で西部を見世物にした男だ。今の俺なら目玉になる可能性が高い。
「今のところ興味はないな」
「残念です」
彼とはそこで別れた。しかし金に困っても強盗に落ちぶれる必要がないとわかったのは一つの収穫には違いない。情けは人のためならずってことだな。
<つづく>
その晩は語り明かし、翌朝町を出た。クララには仕事があるし、ハマー氏との約束もある。リタは好きだけど、その父親にはにらまれたくない俺としては、さっさとここを離れるのが得策だ。その意味ではクララの引越しも好都合だ。
目的地はダコタ準州のブラックヒルにあるデッドウッド だ。一〇年ほど前、英雄カスター将軍が見つけた金鉱脈に人々が群がりできた街に、バットはどうやらサルーン(酒場、バー)を作ったらしい。
ウィリアム・マスターソンは、多才な男で女にもてる。銃弾を腰に受けても影響はないらしく、女には腰をかばう杖が英国紳士のステッキにでも見えるとしか思えない。ちなみに杖をついていることが“バット”・マスターソンの由来だ。
俺のクーガー? 勇猛なところからだろうな。ただドクによると目が利き、大きいからだとさ。
目的地までは北へ七〇〇マイルほどある。しかし四〇〇ドルで懐は温かい。それにクララがカリフォルニアで落ち着くのは早くて来月末だ。大陸横断鉄道を使えばサクラメントまで二日ほどなので、時間的余裕もあった。
街道はマントと帽子で身を隠し男装で切抜ける。しかし町に入れば下手に隠して見つかるとかえって面倒な気がして、素顔になった。よほど無法地帯でなければ女性はそれなりに大事にされる。
メアーズレッグ(改造ライフル)を背負った淑女は、アニー・キットという名ですぐ街道の噂になった。別に銃を持つ女が珍しい訳ではない。農家の女ならショットガンで兎や鶉を狩るものは珍しくないし、平原の女王(カラミティ・ジェーン)のような女もいた。俺なんざぁ、ちょっと背伸びをしている小娘ってとこだ。
じゃあなぜ有名になったかって? 恥ずかしながら、一つには見た目だろうな。今の俺は西部では珍しいカワイコちゃん(sweetie)なのさ。
一〇日目、ちょうど中間地点になる町は祭りで賑わっていた。オマハが起点の大陸横断鉄道の駅があるので、このあたりとしては開けている。
幸いホテルの部屋はあいており、賑やか好きの俺はチェックインもそこそこに楽隊の音楽が流れる町に出た。
トレードマークになってしまった背中のメアーズレッグのおかげで、あちこちで囁きが聞こえる。『キット?』『キットじゃないかしら』
有名になった二つ目の理由は、地方紙のいくつかに駅馬車強盗退治の武勇伝と大好きなお姉さんを探したいと願う可愛い少女の記事が載ったことだ。
女たちは口々にリタに連絡をとるよう忠告する。男達は、さすがに女相手に決闘しようとはしないが、射撃の腕比べは日常茶飯事であった。
もちろん困ることばかりではない。排他的な田舎町でよそ者扱いされることもなく、その手のトラブルには巻き込まれなかった。
今回は、お祭り中で人が多いから、射撃の腕比べをしようと言う馬鹿はいない。そして女たちの忠告には、もう手紙を書いたとはっきり言えるので、俺は心置きなく楽しんだ。
まあ、少々尻を触られるのは我慢するしかないだろう。少なくともこれまで触ってきた分くらいはね。
今日の目玉の見世物小屋に向かう途中で、甘いリンゴ菓子をもう一つ買おうと足を止めた。女になってちょっと食べ物の好みも変化している。酒は以前ほど美味くなかった。
「あんたキットかい?」
素直そうな若者だったので、当たり障りの無い返事をした。
「だとしたら?」
「そっちの香具師(やし)があんたの名前を出していたよ」
祭りにはいろんなセールスもきており、彼が指さしたのはライフル売りだ。
近寄ってしばらく見ていても売れる気配はない。見物客は面白そうに見ているだけだ。見本を手にとってみると決して悪い品ではない。木製部分に丁寧に彫られたレリーフもなかなかセンスが良く、これで二〇ドルなら安い買い物だろう。
ただ彼は西に来過ぎた。鉄道が通りひらけたと言ってもここは西部だ。彼の売る22口径は男の武器とみなされない。射撃用か女性用といったところである。おまけに俺の名を出したとあれば、男どもが見向きもしないのも当たり前である。
それでも興味津々な奴がいるのは俺に気づいているからに違いない。
知ってかしらずか男の舌は止まらない。
「さあ、どうだい? もう一度やってみようか。東部出身の僕のような優男でも百発百中なんですよ」
そう言うとライフルを構えて、三〇ヤード(二七m)ほど離れた三つの的の中心に着弾させた。
「どうですか。街道筋でうわさのアニー・キットにも負けないと思いませんか?」
「アニーなら、ここにいるぜ」
俺の横にいたおっさんがいらぬことを言う。
「え?」
男はライフルを持ったまま間抜けな表情で俺を見た。
セールスマンがやったことは、ライフルなら、しかも反動の少ない22口径なら、大して難しくはない。拳銃での射撃とは根本的に違うのだ。
拳銃でのガンファイトでいちいち照星と照門を合わせたりしない。そうだなあ、例えばあなたが道路の反対側にいる友人を指さしたとする。よほど目が悪いか感覚が鈍くない限り指先をたどれば友人の胴に当たるだろう。拳銃の狙いはそれに似ていた。指差す感覚だ。練習を積み重ねれば平均的な人でも一〇ヤードくらいなら人に当たるようになる。
俺が打てなくなったのは女性化で筋力が落ち、45口径が扱えないせいだ。以前なら三〇ヤード離れてベストの左側に確実に穴を開けたぜ。もちろん反動の少ないメアーズレッグなら今でも可能だ。そしてメアーズレッグは拳銃より狙撃の精度が高かった。銃身を短く切ったとは言えもともとライフルなんだからな。
背中のホルダーから銃を抜き、声をかける。
「撃ってみていいかい?」
状況が分からないのか、俺の美貌にいかれたのかセールスマンはぼんやりしたまま返事をした。
「ええ」
そのまま銃床を肩に当て男の弾痕(bullet holes)の上に全弾命中させた。
見ていた客は大喜びだ。小生意気な東部の理屈屋が皆大嫌いなのだ。
「どうする兄ちゃん、お前の穴(holes)が姉ちゃんにほられたぜ!」
幸い男のからかいは、ひどく酔っているうえ訛りがひどく、セールスマンには分からなかったらしい。その当惑気な顔を見ると少し同情を覚えた。
「いくらだす?」
と彼のライフルを確認するふりをして近づきささやく。
「なんでしょう、ミス」
「一丁売れたら僕にいくら払う?」
「ああ、そういう事なら、三パーセント」
「安すぎる。二〇」
「それでは私の取り分が」
「交通費などの経費を含めて三〇はないと誰もこんな商売引き受けないさ」
おそらく四〇パーセント位のはずだ。
「一〇」
「このままじゃ一つも売れないよ。一五」
「お願いします」
試射して照準を確認していると見物客が増え始めた。
充分集まったのを確認してから、いつも持っているカード(トランプ)から各スーツの三を選び客に見せてから、的に貼りつけてもらった。二発試射したので残弾は一二である。
静まるのを待って全て撃ち尽くす。後にはマーク替わりに三つの穴が開いたカードが残る。
「こいつぁ、おったまげた!」
訛りの強いおっさんは賑やかである。掛け合いをすれば受けるかもしれない。
取ってこさせたカードを示しながら口上を続ける。
「お集まりの皆さん(Hi, Boys)、二二口径の威力が小さいとお思い?」
「そんなもんじゃ、便所のハエしか殺せないさ」
「四五口径でも当たらなければハエも殺せないでしょう?」
「硝煙で落ちるんじゃないか? ガハハハァ」
おっさん以外はずいぶん熱心に話を聞いている。
「練習すればもっと精度を上げることも可能」
ハートの四を示したあと隣の射的屋から杭を借りナイフで溝を付けカードを縦に差し込んだ。観衆はざわつくが、目さえよければハートのマークに弾痕をおさめるのと大差ない難易度だ。問題はその後、運もあるから宣言はせずに元の位置、三〇ヤード離れて立つ。
なぜだが楽隊まで音楽を止める静寂の中で俺は引き金を引いた。
一発目でカードが半分にちぎれ宙を舞う。皆が息を飲んだ瞬間にさらに二発。うまくいけばいいのだが……
カードを引き裂いた驚きは後の二発でなにが起こったかへの期待で抑えられていた。
セールスマンより早く駆け寄ったおっさんがカードを拾い上げた。
「すげえぞ、姉ちゃん。俺のハートも射止めたぜ」
おっさんの太い指に摘まれたちぎれたカードのハートは弾痕で消えていた。
一杯おごって酒臭いおっさんを酔い潰し、祭りの雑踏から少し離れた居酒屋に入った。うわさが広まっているのか、女でもあからさまな迷惑顔はされない。セールスマンはもういた。
カウンターでビールを受け取ってからテーブルにつく。以前ほど酒を飲みたいとは思わないものの、何も注文しないのはマナー違反だ。
「売り切れました。あなたのおかげです」
「礼を言う必要はない。約束の金さえ貰えばね」
「あ、そうでした」
彼の差し出した一五〇ドルをありがたく受け取る。
「これで終わりだ」
と言っても彼は立ち上がらず、再び口を開いた。
「ところで」
「こんなことは今回だけさ」
「いえ、私の仕事ではなく、あなたならバッファロー・ビルのところでも十分やっていけるのではないかと。知り合いがいるのでよろしければ紹介できます」
バッファロー・ビルはワイルド・ウエスト・ショーの興行主で西部を見世物にした男だ。今の俺なら目玉になる可能性が高い。
「今のところ興味はないな」
「残念です」
彼とはそこで別れた。しかし金に困っても強盗に落ちぶれる必要がないとわかったのは一つの収穫には違いない。情けは人のためならずってことだな。
<つづく>