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いつだって僕らは 1-7 by 猫野 丸太丸
7.
起こったことを僕はよく理解できなかった。現れたのは見たところ運動部の先輩たちで、級友たちとは顔見知りのようだった。だから殴りあいになるわけでもなかった。動くな、座れの怒号だけで、山下以外の者は全員部屋に正座させられた。
なかでも一番偉そうにしていた背の高い男は、率先して山下の手を引き部屋の壁側(上座?)に陣取った。男は朗々と話した。
「愛すべき我が校でこんなはずかしい事件が行われていたとはね。僕が間に合って良かったよ」
つまりこの男は今度卒業する三年生で、友人を引きつれて、山下を救出しにきたのだ。
僕は正座しながらぼうっと様子を見ていた。僕がなにもしないうちに事件が終わってしまったのだろうか。山下もとまどっているみたいだ、知らない人がどうして助けに来たのか。もしも援軍が来なかったら、僕自身はなにができたのだろうとか。
しばらくして山下が僕を大声で呼んだ。
「新井くんは僕を助けに来てくれたんです! 解放してあげてください!」
それは多少事実とは違った。役に立たなかったんだし、見ていただけなのだから、山下がいじめられるのを後ろではやしていた連中と存在感が同レベルとも言える。そう思ったが声には出さなかった。
一方ヒーローは気前よく、自分の手で僕を助け起こしてくれた。遅れてやってきた和久がその人物を見て「国吉さん!」と呼んだから、偉そうな人の名前だけは分かった。
あとから聞いた話によると、事件を企んだクラスの関係者は二十五人いたそうだ。二十五人!? とんでもない大人数の策略で、山下はゲームセンターに連れ去られた。店員も見て見ぬふりをしていたらしい。なにをされるか絶体絶命、和久も篠塚も間に合わないといったところで、助けに現れたのが国吉先輩だったのだ。
国吉さんは今年の卒業生で、生徒会関係者で、以前から和久とは知りあいだった。その性格は「愛すべき我が校で」とか、ふだんからそういう台詞を言う人で間違いないそうだ。
そんな人の介入で、犯人たちはお説教をされる側に回らされた。事件の場は国吉さんの独演会に変わったのだ。
さっきまで騒いでいた生徒たちが正座して、そのまわりを上級生が取り囲んでいるのだから部屋の人口密度はとんでもないことになっていた。一部は扉から外へあふれている。その全員が国吉さんに注目していた。国吉さんは山下の肩に手を置いて言った。
「さあ、山下。罪を犯した者たちに君の気持ちを言ってやるんだ」
「僕は、べつに……」
「言うんだ! さもないと解決にならないぞ」
山下は寂しい表情で言葉をしぼり出した。
「はい。……もう、こんなことはしないでください」
それを聞いて僕がいやな気分になったところで、篠塚も遅れてやってきた。タイミングを見はからって和久が手を挙げる。
「なんだ」
「国吉さん。一件落着したのでしょうから、もう山下と外に出てもいいでしょうか?」
加害者が大勢つめかけている部屋などにいたくはないから、僕たちは四人で事務室を出た。外のタバコ臭くない空気を吸ったところで、自然と足が止まった。
僕は山下のつるりとした頬を見つめた。外見上は被害がない。それがかえって不気味で、どうも落ちつかない雰囲気だった。
和久が心配そうに言った。
「大丈夫か? 山下」
「うん。みんな来てくれてありがとう」
「本当に大丈夫か? 言葉でも傷つけられていないか」
「だじょうぶだよー。本当になにかされる前に、あの先輩が助けてくれたから」
僕は足と心が痛んだ。和久がこちらに視線をよこす。
「じゃあ新井は?」
なんで僕に話を振るのだろう。
「僕はなにもしていないよ、部屋にいただけ。それにしてもどうしてあの国吉って人、事件を解決できたの?」
「国吉先輩はもと生徒会で、運動部も文化部も取りまとめるような人なんだよ。部活をやっている連中には全員顔が利くしさ、しかも頭が切れる人だ」
だからといって突然現れて山下を救出だなんて納得がいかない。僕の表情をどうとらえたか、篠塚が言った。
「俺なんかまた完全に遅刻だぜ。山下が無事だったから良かったけどよ、なにかされていたら死んでも死にきれなかった」
「大げさだなぁ」
山下が笑ったので僕たちは救われた気分になった。でもそれで良いのだろうか? この気分のもやもやは、山下救出に僕自身が活躍できなかったからとか、そういう理由のことなのだろうか。あのまま助からなかった可能性を考えれば、国吉さんに感謝すべきなのかもしれないが……、気持ちの整理がつかない。
残してきた扉が開いて、現れた国吉先輩がまた僕の思考をかっさらっていった。
「おう、元気が出たか。今日は疲れただろうから家に帰れ。明日学校を休むなら担任に連絡しておくぞ」
「休まないで行きます、ありがとうございます!」
山下が丁寧に頭を下げている。国吉さんはなぜか山下の両肩に手を置いた。
「よし、男の子だな。立派だ」
僕はもやもやした気分をそのままぶつけた。
「こういうことに時間を使って、先輩、受験は大丈夫なんですか?」
「俺は推薦が決まっているからな。あとに残す後輩の名誉を守ることのほうが大事さ」
名誉だって? 僕はまたなにか言いかけたが、篠塚が身ぶりで僕の発言を制した。
僕たちは外が暗くならないうちにゲームセンターを出た。篠塚が僕だけにささやく。
「国吉さんはとんでもない人だからな、張り合う必要はないぜ」
柔道部中退の篠塚までそう言うならば、有名で有能な人物なのだろう。見た目もいいし、TS娘なら顔を赤くして
「ボクが女の子だったら好きになっちゃいそうだ……。あれ?」
とか言うシチュエーションなのだろうか。
僕はこのときの不安をうまく言葉にできなかったから、国吉さんが山下に近づくのを止めることができなかった。もしかしたら僕は疑えば良かったのかもしれない。クラス全員を敵だと疑ったくらいなのだから、国吉さんも最初から敵だと思っておけば良かったのだ。
事件のあいまいな解決後、山下が普通の生活に戻ったことに僕は驚愕した。クラスの半分近い生徒が敵だとはっきりしたのに、山下は以前と同じ態度で授業に出て、ときどき加害者側と話までしていた。先生たちも事件については国吉さんづてに連絡を受けていたようだ。けれど山下がなにも訴えなかったから、大きな事件として騒がれることもなく、学校は平穏な雰囲気に包まれていた。
噂といえば今年は大学に何人合格するだろうとか、そんな話題のほうがよほど騒がれるくらいだった。
僕自身はどうしたか? 級友から事件当日の足止め工作についてなにやら謝られたけれど、生返事ですませた。かわりに受験の話題を振ったところ、相手は安心した表情をうかべた。
「あはは。まぁ、これからもよろしく頼むぜ」
「ええ」
「ええってさぁ……」
薄笑いを浮かべて相手は去った。そんなものだ。
帰り道、下校の列が流れていく道路で、僕は和久を見つけて合流した。
「山下は?」
「先にカラオケボックスに行ったんじゃないか」
そうか、ではちょうど良い。僕はささやいた。
「山下は怖くないのかな、いまの状態」
「どうかな。あの性格だからな」
断言する言葉がない。このところの和久は切れ味が鈍っている。僕はいらだった。
「山下ってさぁ。もしも助けが来なくて、連中になにかされていたら、実際なにをされていたか想像できているんだろうか」
聞いた和久は僕をにらんだ。
「考えすぎだぞ、それを山下に直接訊くなよ。いまさらあいつを怖がらせてどうする」
「……でも」
「俺だって心配だけれどな、次の学期にはクラス替えがあるんだ。たぶん悪いやつらも散らばってしまうさ。それに国吉さんだっているし」
でもいくら国吉さんが押さえこんでも、連中の悪意は収まらないだろうに。かえって僕たち四人のほうが別のクラスに分かれるかもしれないじゃないか。今回計画に加わらなかったほかのクラスの生徒だっていつ豹変するか分からない。当然浮かんだ疑問だったが、僕は口に出せずに飲みこんだ。
言い合いは隠れ家の前で、現れた人物によって中断される。噂をすれば国吉さんだった。なんと後ろに山下を連れていた。
高身長の国吉さんはどこにいても目をひいた。身だしなみはもう制服ではなく、ブランド物のセーターにジーンズのラフな格好だ。そして山下といっしょに、ビルの陰がかからない日向に立っていた。まるで山下に国吉さんがつき従ったのではなく、国吉さんが決めた目的地に山下がついてきたみたいだった。
「よぉ、君たち、今日も元気だな」
国吉さんは悩みのない表情で、山下を前にひっぱり出す。
「王子様の護衛は完了、と」
山下はこくりとうなずいて、小さな声でありがとうございますを言った。
王子様ってなんだ、王女様じゃないのか。大きい手がまた山下の肩をさわっている。国吉先輩は学校からここまで山下をエスコートしてきたというのか。本来それは和久あたりの役割だったはずなのに、国吉さんが騎士役を奪ってしまった。たくさんの言葉が頭のなかをよぎった。
今日に限ったことではない。先輩は言葉たくみに、山下からカラオケボックスや僕たちの行動のことを聞き出していた。学校を卒業してひまになった身を生かして、なぜか僕たちの周辺に出没するようになったのだ。いや、狙いが僕たちというより山下個人なのは明らかだ。
すなわち山下がカラオケボックス以外の場所で、国吉さんと話をしていることが多くなった。たとえば僕たち三人が待っていても山下が来なくて、心配した和久が電話をかけたら山下が国吉さんといっしょに喫茶店にいるとか、そういうことがあった。
「国吉さん、最近よく来ますね」
僕はあからさまにたずねた。山下がかわりに答えた。
「女装とかTSとかに興味があるんだって。だから今日も教えてあげているんだ」
山下は屈託なくそう言うけれど……。興味だって? 僕はまた疑問に思った。
「国吉さんの興味って、僕たちと同じ気持ちなんでしょうか?」
同じ気持ちって具体的にはなんのことだ。そう聞き返されたら困る質問をしてしまった。しかし国吉さんは平然と答えた。
「さあなぁ。もし違ったとしても、それはそれで話をしていて楽しいよ」
「そりゃそうだけど」
僕は口ごもった。
和久も生徒会でお世話になった義理から、文句を言いづらそうだった。一方篠塚はむっつりとした顔で、国吉先輩が去っていくまで無言を通していた。
影が消えたころに言葉が発せられた。
「なんかさぁ、最近の山下と国吉先輩って、デートしているみたいじゃね?」
山下本人の目の前でそんなことを言わないでほしい。僕はあわてて篠塚をとがめた。
「相手が国吉さんで、デートっていうのはおかしいだろう、なぁ?」
僕は同意を求めたのだが、和久は言葉を濁して、ううん、まぁなと答えるだけだった。
山下本人は、とびきり寂しい顔をしてからすぐに笑顔になり、
「篠塚くんの言うとおりだね。そんなふうに見られてしまうかもしれないね」
などと言った。
おかしな発言は僕のほうだという雰囲気に、僕はたじろいだ。考えてみて思い当たった。もし山下が本当の女の子なら、国吉先輩とこれだけの接点を持っていればおたがい付きあっている、と噂されてもしかたがないのだ。
立ち話も変だと思い、四人はカラオケボックスに入った。
僕は見回す。いつもの面々は、山下を除いて女というには無理がある見た目だけれど、みんな同性である。
もしも万が一なにかが起こって、この四人が本当に女の子になったなら。カラオケボックスの集まりは女子会と呼ばれるだろうか。女子会というのも不思議な言葉だ。わざわざそんな呼び名がつくってことは、飲食店にはカップルとか家族とか、男女混合で行くのが普通ってことだ。
山下が国吉さんといっしょにいることを選んだ場合、女子会レベルの仲である僕にはそれを止める理由がない。ましてや山下が自ら好んでそうしている場合には。僕と国吉さんは生物学的には同じ男なのにだ。……あれ?
僕はまた自分の立ち位置が分からなくなった。さんざん考えたが答えは出ない。断じて同性愛ではない。ではいったいなんなんだ?
そういえば女の友情はもろいという言葉があった。女の友達づきあいが長続きしないのにはいろいろな原因があるという。ひとつは男の影響で、女は彼氏ができると、彼氏に好かれようとして生活が変わってしまう。だから友達づきあいが疎遠になるというのだ。
僕は女の友情を疑似体験しているのかもしれなかった。
いま山下は国吉さんに影響されてしまっているのか? そして僕たちから、離れようとしているのか?
山下の横顔はいつにもまして白い。見つめていても答えが出なかった。こんなに遠くにいるように、山下を感じたことはなかった。
<つづく>
起こったことを僕はよく理解できなかった。現れたのは見たところ運動部の先輩たちで、級友たちとは顔見知りのようだった。だから殴りあいになるわけでもなかった。動くな、座れの怒号だけで、山下以外の者は全員部屋に正座させられた。
なかでも一番偉そうにしていた背の高い男は、率先して山下の手を引き部屋の壁側(上座?)に陣取った。男は朗々と話した。
「愛すべき我が校でこんなはずかしい事件が行われていたとはね。僕が間に合って良かったよ」
つまりこの男は今度卒業する三年生で、友人を引きつれて、山下を救出しにきたのだ。
僕は正座しながらぼうっと様子を見ていた。僕がなにもしないうちに事件が終わってしまったのだろうか。山下もとまどっているみたいだ、知らない人がどうして助けに来たのか。もしも援軍が来なかったら、僕自身はなにができたのだろうとか。
しばらくして山下が僕を大声で呼んだ。
「新井くんは僕を助けに来てくれたんです! 解放してあげてください!」
それは多少事実とは違った。役に立たなかったんだし、見ていただけなのだから、山下がいじめられるのを後ろではやしていた連中と存在感が同レベルとも言える。そう思ったが声には出さなかった。
一方ヒーローは気前よく、自分の手で僕を助け起こしてくれた。遅れてやってきた和久がその人物を見て「国吉さん!」と呼んだから、偉そうな人の名前だけは分かった。
あとから聞いた話によると、事件を企んだクラスの関係者は二十五人いたそうだ。二十五人!? とんでもない大人数の策略で、山下はゲームセンターに連れ去られた。店員も見て見ぬふりをしていたらしい。なにをされるか絶体絶命、和久も篠塚も間に合わないといったところで、助けに現れたのが国吉先輩だったのだ。
国吉さんは今年の卒業生で、生徒会関係者で、以前から和久とは知りあいだった。その性格は「愛すべき我が校で」とか、ふだんからそういう台詞を言う人で間違いないそうだ。
そんな人の介入で、犯人たちはお説教をされる側に回らされた。事件の場は国吉さんの独演会に変わったのだ。
さっきまで騒いでいた生徒たちが正座して、そのまわりを上級生が取り囲んでいるのだから部屋の人口密度はとんでもないことになっていた。一部は扉から外へあふれている。その全員が国吉さんに注目していた。国吉さんは山下の肩に手を置いて言った。
「さあ、山下。罪を犯した者たちに君の気持ちを言ってやるんだ」
「僕は、べつに……」
「言うんだ! さもないと解決にならないぞ」
山下は寂しい表情で言葉をしぼり出した。
「はい。……もう、こんなことはしないでください」
それを聞いて僕がいやな気分になったところで、篠塚も遅れてやってきた。タイミングを見はからって和久が手を挙げる。
「なんだ」
「国吉さん。一件落着したのでしょうから、もう山下と外に出てもいいでしょうか?」
加害者が大勢つめかけている部屋などにいたくはないから、僕たちは四人で事務室を出た。外のタバコ臭くない空気を吸ったところで、自然と足が止まった。
僕は山下のつるりとした頬を見つめた。外見上は被害がない。それがかえって不気味で、どうも落ちつかない雰囲気だった。
和久が心配そうに言った。
「大丈夫か? 山下」
「うん。みんな来てくれてありがとう」
「本当に大丈夫か? 言葉でも傷つけられていないか」
「だじょうぶだよー。本当になにかされる前に、あの先輩が助けてくれたから」
僕は足と心が痛んだ。和久がこちらに視線をよこす。
「じゃあ新井は?」
なんで僕に話を振るのだろう。
「僕はなにもしていないよ、部屋にいただけ。それにしてもどうしてあの国吉って人、事件を解決できたの?」
「国吉先輩はもと生徒会で、運動部も文化部も取りまとめるような人なんだよ。部活をやっている連中には全員顔が利くしさ、しかも頭が切れる人だ」
だからといって突然現れて山下を救出だなんて納得がいかない。僕の表情をどうとらえたか、篠塚が言った。
「俺なんかまた完全に遅刻だぜ。山下が無事だったから良かったけどよ、なにかされていたら死んでも死にきれなかった」
「大げさだなぁ」
山下が笑ったので僕たちは救われた気分になった。でもそれで良いのだろうか? この気分のもやもやは、山下救出に僕自身が活躍できなかったからとか、そういう理由のことなのだろうか。あのまま助からなかった可能性を考えれば、国吉さんに感謝すべきなのかもしれないが……、気持ちの整理がつかない。
残してきた扉が開いて、現れた国吉先輩がまた僕の思考をかっさらっていった。
「おう、元気が出たか。今日は疲れただろうから家に帰れ。明日学校を休むなら担任に連絡しておくぞ」
「休まないで行きます、ありがとうございます!」
山下が丁寧に頭を下げている。国吉さんはなぜか山下の両肩に手を置いた。
「よし、男の子だな。立派だ」
僕はもやもやした気分をそのままぶつけた。
「こういうことに時間を使って、先輩、受験は大丈夫なんですか?」
「俺は推薦が決まっているからな。あとに残す後輩の名誉を守ることのほうが大事さ」
名誉だって? 僕はまたなにか言いかけたが、篠塚が身ぶりで僕の発言を制した。
僕たちは外が暗くならないうちにゲームセンターを出た。篠塚が僕だけにささやく。
「国吉さんはとんでもない人だからな、張り合う必要はないぜ」
柔道部中退の篠塚までそう言うならば、有名で有能な人物なのだろう。見た目もいいし、TS娘なら顔を赤くして
「ボクが女の子だったら好きになっちゃいそうだ……。あれ?」
とか言うシチュエーションなのだろうか。
僕はこのときの不安をうまく言葉にできなかったから、国吉さんが山下に近づくのを止めることができなかった。もしかしたら僕は疑えば良かったのかもしれない。クラス全員を敵だと疑ったくらいなのだから、国吉さんも最初から敵だと思っておけば良かったのだ。
事件のあいまいな解決後、山下が普通の生活に戻ったことに僕は驚愕した。クラスの半分近い生徒が敵だとはっきりしたのに、山下は以前と同じ態度で授業に出て、ときどき加害者側と話までしていた。先生たちも事件については国吉さんづてに連絡を受けていたようだ。けれど山下がなにも訴えなかったから、大きな事件として騒がれることもなく、学校は平穏な雰囲気に包まれていた。
噂といえば今年は大学に何人合格するだろうとか、そんな話題のほうがよほど騒がれるくらいだった。
僕自身はどうしたか? 級友から事件当日の足止め工作についてなにやら謝られたけれど、生返事ですませた。かわりに受験の話題を振ったところ、相手は安心した表情をうかべた。
「あはは。まぁ、これからもよろしく頼むぜ」
「ええ」
「ええってさぁ……」
薄笑いを浮かべて相手は去った。そんなものだ。
帰り道、下校の列が流れていく道路で、僕は和久を見つけて合流した。
「山下は?」
「先にカラオケボックスに行ったんじゃないか」
そうか、ではちょうど良い。僕はささやいた。
「山下は怖くないのかな、いまの状態」
「どうかな。あの性格だからな」
断言する言葉がない。このところの和久は切れ味が鈍っている。僕はいらだった。
「山下ってさぁ。もしも助けが来なくて、連中になにかされていたら、実際なにをされていたか想像できているんだろうか」
聞いた和久は僕をにらんだ。
「考えすぎだぞ、それを山下に直接訊くなよ。いまさらあいつを怖がらせてどうする」
「……でも」
「俺だって心配だけれどな、次の学期にはクラス替えがあるんだ。たぶん悪いやつらも散らばってしまうさ。それに国吉さんだっているし」
でもいくら国吉さんが押さえこんでも、連中の悪意は収まらないだろうに。かえって僕たち四人のほうが別のクラスに分かれるかもしれないじゃないか。今回計画に加わらなかったほかのクラスの生徒だっていつ豹変するか分からない。当然浮かんだ疑問だったが、僕は口に出せずに飲みこんだ。
言い合いは隠れ家の前で、現れた人物によって中断される。噂をすれば国吉さんだった。なんと後ろに山下を連れていた。
高身長の国吉さんはどこにいても目をひいた。身だしなみはもう制服ではなく、ブランド物のセーターにジーンズのラフな格好だ。そして山下といっしょに、ビルの陰がかからない日向に立っていた。まるで山下に国吉さんがつき従ったのではなく、国吉さんが決めた目的地に山下がついてきたみたいだった。
「よぉ、君たち、今日も元気だな」
国吉さんは悩みのない表情で、山下を前にひっぱり出す。
「王子様の護衛は完了、と」
山下はこくりとうなずいて、小さな声でありがとうございますを言った。
王子様ってなんだ、王女様じゃないのか。大きい手がまた山下の肩をさわっている。国吉先輩は学校からここまで山下をエスコートしてきたというのか。本来それは和久あたりの役割だったはずなのに、国吉さんが騎士役を奪ってしまった。たくさんの言葉が頭のなかをよぎった。
今日に限ったことではない。先輩は言葉たくみに、山下からカラオケボックスや僕たちの行動のことを聞き出していた。学校を卒業してひまになった身を生かして、なぜか僕たちの周辺に出没するようになったのだ。いや、狙いが僕たちというより山下個人なのは明らかだ。
すなわち山下がカラオケボックス以外の場所で、国吉さんと話をしていることが多くなった。たとえば僕たち三人が待っていても山下が来なくて、心配した和久が電話をかけたら山下が国吉さんといっしょに喫茶店にいるとか、そういうことがあった。
「国吉さん、最近よく来ますね」
僕はあからさまにたずねた。山下がかわりに答えた。
「女装とかTSとかに興味があるんだって。だから今日も教えてあげているんだ」
山下は屈託なくそう言うけれど……。興味だって? 僕はまた疑問に思った。
「国吉さんの興味って、僕たちと同じ気持ちなんでしょうか?」
同じ気持ちって具体的にはなんのことだ。そう聞き返されたら困る質問をしてしまった。しかし国吉さんは平然と答えた。
「さあなぁ。もし違ったとしても、それはそれで話をしていて楽しいよ」
「そりゃそうだけど」
僕は口ごもった。
和久も生徒会でお世話になった義理から、文句を言いづらそうだった。一方篠塚はむっつりとした顔で、国吉先輩が去っていくまで無言を通していた。
影が消えたころに言葉が発せられた。
「なんかさぁ、最近の山下と国吉先輩って、デートしているみたいじゃね?」
山下本人の目の前でそんなことを言わないでほしい。僕はあわてて篠塚をとがめた。
「相手が国吉さんで、デートっていうのはおかしいだろう、なぁ?」
僕は同意を求めたのだが、和久は言葉を濁して、ううん、まぁなと答えるだけだった。
山下本人は、とびきり寂しい顔をしてからすぐに笑顔になり、
「篠塚くんの言うとおりだね。そんなふうに見られてしまうかもしれないね」
などと言った。
おかしな発言は僕のほうだという雰囲気に、僕はたじろいだ。考えてみて思い当たった。もし山下が本当の女の子なら、国吉先輩とこれだけの接点を持っていればおたがい付きあっている、と噂されてもしかたがないのだ。
立ち話も変だと思い、四人はカラオケボックスに入った。
僕は見回す。いつもの面々は、山下を除いて女というには無理がある見た目だけれど、みんな同性である。
もしも万が一なにかが起こって、この四人が本当に女の子になったなら。カラオケボックスの集まりは女子会と呼ばれるだろうか。女子会というのも不思議な言葉だ。わざわざそんな呼び名がつくってことは、飲食店にはカップルとか家族とか、男女混合で行くのが普通ってことだ。
山下が国吉さんといっしょにいることを選んだ場合、女子会レベルの仲である僕にはそれを止める理由がない。ましてや山下が自ら好んでそうしている場合には。僕と国吉さんは生物学的には同じ男なのにだ。……あれ?
僕はまた自分の立ち位置が分からなくなった。さんざん考えたが答えは出ない。断じて同性愛ではない。ではいったいなんなんだ?
そういえば女の友情はもろいという言葉があった。女の友達づきあいが長続きしないのにはいろいろな原因があるという。ひとつは男の影響で、女は彼氏ができると、彼氏に好かれようとして生活が変わってしまう。だから友達づきあいが疎遠になるというのだ。
僕は女の友情を疑似体験しているのかもしれなかった。
いま山下は国吉さんに影響されてしまっているのか? そして僕たちから、離れようとしているのか?
山下の横顔はいつにもまして白い。見つめていても答えが出なかった。こんなに遠くにいるように、山下を感じたことはなかった。
<つづく>
黒のトリビア
犯罪マメ知識。
P182のわいせつ物陳列罪については、「会員制かどうかは無関係」と断じている事にはオレ的には疑義がある。
条文に”公然と”の限定が入っているのだから、”特定少数”相手であれば刑法175条の射程外と考えられる。
”会員制”であれば”特定の”の条件は満たされる訳であるから、少数かどうかの議論は残すものの、”無関係”と断じる事は間違いである。と思う。関係はある。
P182のわいせつ物陳列罪については、「会員制かどうかは無関係」と断じている事にはオレ的には疑義がある。
わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする(刑法第175条)。
条文に”公然と”の限定が入っているのだから、”特定少数”相手であれば刑法175条の射程外と考えられる。
”会員制”であれば”特定の”の条件は満たされる訳であるから、少数かどうかの議論は残すものの、”無関係”と断じる事は間違いである。と思う。関係はある。
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かしこまりました!
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無料女体化体験コースでございますね。
こちらのコースですが、おっぱいと女性器は付いておりませんが、よろしいですね?
無料女体化体験コースでございますね。
こちらのコースですが、おっぱいと女性器は付いておりませんが、よろしいですね?
いつだって僕らは 1-6 by 猫野 丸太丸
6.
冬が終わり早春、三学期、そして僕たちが高校三年生になろうとしていたとき。僕はこの時期のことを話したくなくなる。なぜならとても不快な事件があったからであり、それが悲しみの始まりだった気がするからだ。
前兆はとっくにあった。クラスメイトのいたずら者たちから、山下は幾度となく逃げていた。和久の計画する逃走手段は有効で、山下は傷らしい傷を負わずにすんでいた。本当に鮮やかな逃走だった……。
いや、傷がなさすぎた。しかも本人が気丈なものだから、山下は毎日元気に学校に通っていたのだ。
これを加害者側から見たらどうなるか。被害者にとっては被害がないことが一番の権利なのに、加害者にとっては、なにも害を及ぼせないことはゲームの不公平を意味した。襲撃者は毎回お預けを食い、肝心の獲物は今日も目の前でのんきに草を食べているというわけだ。
何度も繰りかえされる実りのない遊戯、その物足りなさが、連中の心にすこしずつ毒液のように溜まっていった。
狼たちはたがいに目配せして、欲しいのは血の実感であることを確認した。
二月の放課後のことだ。生徒がまばらになった教室で、僕はクラスメイトから卒業生に贈る言葉の原稿を頼まれていた。カラオケボックスの仲間たちとつきあいだして以来、僕は引っこみ思案が直り、ほかの級友ともすこしは話ができるようになっていた。
申し訳なさそうに頼んでくる者たちに、僕はできるだけ愛想良く笑ってみた。
「大丈夫だよ?」
「お、おう。助かるよ」
級友は違和感にこわばった変な顔をした。そういうものだ。気にせずガスストーブの前で相談していると、扉が開いて和久が現れた。
「和久、なに? 生徒会の用事か?」
「違う。とりあえず来てくれ」
外へと引っぱっていかれる僕を級友は妙にしつこく引きとめてくれたのだが、和久は容赦しなかった。周囲に誰もいなくなってから話しかけられて、理由が分かった。
「山下がいない。連絡も取れない」
「なんだそれ? 先に帰ったとかじゃなくて?」
「今日はいっしょに美濃さんのところへ行く約束だったんだ。それだけじゃなくてだな」
廊下を歩きながら、和久は説明してくれた。今日の昼休み、山下の携帯電話が壊れていたこと。クラスの様子がおかしかったこと。和久はくり返して言った。
「生徒の出入りや内緒話が、いつにもまして多かった」
そんな気配があっただろうか。クラスに一日いたのに気づけなかった僕の立場がないと思ったが、僕は雰囲気を悟るのが苦手なのでしかたがない。
「山下が、平日の夕方に約束を違えて出かけるということはふつうないんだ。それで家に電話しても留守ということになれば、山下の身になにかあったと考えたほうがいい」
和久は山下について詳しい。自宅の電話番号まで知っているんだなとか、他人のスケジュールをどうして断定できるんだよとか、和久は毎日学校が終わるたびに山下の居場所をチェックしているんだなとか、いろいろな考えが頭をよぎった。僕の表情を不満ととったのか、和久が大きく首を振った。
「かんちがいならそれで良かったじゃないか。とりあえず行くぞ!」
篠塚はすでに学校を出たらしい。僕たちは分かれて、携帯電話で連絡を取りあいながら街を回ることにした。
僕は自転車をこいで商店街方面に向かった。午後遅くの街は通勤帰りにはまだ早くて、主婦や自営業の人たちが多く歩いていた。そして駅前のような人通りの多い場所には自校の紺色制服が混じっている。
生徒たちは店をのぞいていたり、たがいに談笑していたりするが、なにをやっているか見ただけでは判別できない。最近知識が増えたといっても、知らない部活、知らないグループに属する人間のやることは分からないのだ。観察された相手のほうといえば、自転車に乗る僕のほうを見返してきて、ただ不審げに眉をひそめるか笑いながら顔をそむけるくらいだった。
和久はひとりひとり聞きこみするようなことを言っていたが、僕には遠慮された。和久はクラスメイトが山下に危害を加えていると疑っているのだ。しかしその疑いは、ふだん相手を信用しているからこそ成り立つ。
たとえば連中が集団で、本気で山下を陥れようとしているとしたらどうするのだ。いま目の前を見覚えのある生徒が通り過ぎた。話しかけて、その返事が悪意のある計画についてで、さも当然のように言われたらと思うと怖かった。
「はぁ? おまえらを苦しめて楽しむのなんて、いつもの年中行事だろ?」
僕は交差点で自転車を停めた。送辞のことで僕を引き止めていた者たちすら、僕を山下と引き離すために謀っていたのかもしれない?
目の前で交差点が斜めになった。
女子校生の部活帰りが横断歩道上で騒いでいる。焦る視界のなかを、淡いえんじ、もえぎ色、ターコイズ。穏やかなジャージが足早に去っていく。そして見覚えのある紺色の制服がひとつ。集団からはずれ、向かいの店前に立っている。
こちらを見つめている、少女の制服だ。
着ているのは山下か……、ほかの誰か。
それとも、僕自身?
いや、違う。それはショーウィンドウの向こう、洋服屋に展示された女子校の制服だった。マネキンはスカートをはいて、染みひとつないブレザーの襟を際だたせていた。涙も血も染みていない。いまは関係ない。あの事件は関係ないんだ。
自動車が走り出して、視界が遮断された。僕は頭を振り、幻影を消し去った。
僕の脳は自分自身にストレスを与えるのが大好きだ。まるで紫色のホルモンが分泌され全身に回ったみたいに、いやな考えで胃が痛んだ。しかし僕は想像をあえて止めなかった。
クラスメイトが共謀していて、敵がたくさんだ。だとすれば連中の本拠地はどこだ。僕は在校生について最近学び始めたばかりだ。だからたまり場として高校生の集団が使いやすい遊び場を、思いつけるのはひとつだけだった。目指すべき場所は、いつかの商店街、ゲームセンターなのだ。
何分もストレスを我慢する必要なく、僕はゲームセンターに着いた。
店は電飾に包まれ単調なBGMを流していた。ためらいなく扉を開ける。くたびれた身なりのサラリーマンと作業服のおじさんが、格闘ゲーム機に向かっていた。学生はいない。全体的にがら空きの店だ。見当が外れただろうか。
僕は焦る気持ちをおさえながら見回し聞き耳をたてた。この店のオーナーは我が校のOBだ。バイトの店員も卒業生が多いから、高校生が馬鹿をやっても取り締まりがぬるいのだ。そういうふうに同級生が話していたのを覚えている。
ペットボトルが、操作台の上に三つ固めて置いてあった。誰かが仲間たちで遊んでいたのかもしれない。そいつらはどこかへ行ったのか、それともまだ近くにいるのか。
探し回る必要もなく、店内に在校生がいないことは明らかだった。でも僕は諦めなかった。
学生がぜんぜんいないなんておかしい、店員がいないのは不思議だ。理由をつけながら壁際に向かいトイレの戸を開いた。汚れた小便器がある。となり、女子マークの扉もためらわずに開いた、むしろ山下にはこちらのほうがふさわしい。背後の客がこちらを見たようだが気にしない。
壁づたいに走って、とうとう事務室と書いてある扉まで見つけた。
このとき僕は探偵ごっこを楽しんでいたかもしれない。いや、それ以上に、僕は山下を自分で救い出したかった。何度ふり返っても確信する。僕は山下が安全にどこかで過ごしているよりも、いま事務室で襲われているほうを期待したのだ。
荒々しい、聞き覚えのある声が扉から漏れ聞こえてきた。
僕は篠塚に携帯電話をつなげた。
「……いま常磐商店街のゲームセンター」
「ゲームセンター? なんでだ?」
「たぶん山下が捕らえられているとすればここだよ」
「まじかよ! すぐ行く!」
「本当にいるのを確認してからでいいよ。別のところも探し続けて。連絡が途絶えたらすぐ来て」
わざとらしくそれだけ言って電話を切った。僕はどうどうと扉に耳を当てる。なかからはやはり複数の声が聞こえた。若い男声が抑揚をつけて、言葉を重ねたり、一文で言い切ったりを繰り返していた。聞いた印象がもっとも近いのは、お説教だ。なぜゲームセンターでお説教を?
しかし台詞のなかに「山下」という単語を聞いたとき、僕はためらわずドアノブを引いた。
山下、と叫ぶ前に、僕は生ぬるい人いきれを感じて息を止めた。やっぱり連中はそこにいた。
事務室は広かった、しかも事務机が奥に退けられていて、空いたところにクラスメイトが十人以上いたから、においが男くさい――教室と同じになっていた。中心に山下が立っていた。山下はうつむいているが、けがはしていないようだった。
「や、山下?」
答えたのは級友たちの笑い声だ。ひゅー、ひゅー、と唇を鳴らす音も聞こえた。
「ようこそ、新井くーん! 早いねー!」
「本当に来たよ、おホモだちがさすがだねっ!」
「愛の力ってやつですかぁ?」
拍手に包まれながら、僕は後ろに人が回ったのを感じた。
「さぁ、座ってくれよ。ストーブのそばがいいだろうぜ」
肩に食いこむ強い力で、僕は事務いすに座らされた。目の前には学生服姿の山下がいる。それを取り囲む生徒たちと輪になって、ちょうど全員で山下を観賞しているかたちになる。
ゲームセンターの奥に現れた、戯画的な教室において。
山下は言葉を発しない。すでになにか言われたのか、あるいはされたことをじっと耐えているのだ。僕はようやく話す。
「なにが目的なんだよ、馬鹿か!?」
連中はあくまで笑いながら返事した。
「落ち着けよ。俺らはみつるちゃんとお話がしたかっただけなんだから」
「おまえら、学校じゃ自分たちの殻に閉じこもっているっきりじゃん。もっと社交的にコミュニケーションをしようぜ」
さっきお説教に聞こえたのはこういう狼の鳴き声だったのだ。僕は音程をなぞった。や、や、ゆ、ゆと聞こえる。揶揄。漢字を発明した中国人は天才だ。からかいの言葉を、こんなに的確な音で表すことができたのだから。
僕が身じろぎすると「逃げんじゃねぇ」と言って、肩の力がさらに食いこんだ。
「と、いうわけで、あらめまして。山下みつるくんの、ちょっといいとこ見てみたい!」
「ひゅー、ひゅー!」
というわけで、連中が楽しく学生生活を共有するためにいま必要なのは、山下が皆の前で着がえることだそうだ。いまさら僕は気づいた。山下の足もとに置かれたスポーツバッグ。その中身は女装用の衣服だったのだ。パーティー用に売っているぺらぺらのセーラー服にバニーガールのコスプレ。本物である山下にたいして、あまりに粗末で失礼なもの――。
体を揺すぶられた。
「おい、ぼうっとしているんじゃねぇよ、新井くん。おまえからも頼んでくれよ」
「ふだんはいっしょに女装しているんだろ?」
それとも新井が着るか? と誰かが言ったのをきっかけに、全員が手拍子して「あらい、あ、ら、い!」と名前のコールに変わった。
誰かが「大丈夫だよ?」と、僕の口真似をして笑った。なにがおかしいのだろう、あらいって誰だろう。僕は考えるのを止めなかった。
考えてみれば、フィクションのTSものでお着がえシーンはつきものだった。もしも山下がTSキャラだったなら、気軽に皆の前でコスプレして
「バカっ、見るなよ!」とか「胸がきついよぅ」とか、顔を赤らめて言ってくれるとでもいうのだろうか。
いきなり着がえろだなんて、女性に人前で脱げと命令するのも同然なのに。
僕の記憶はしばらく前に飛んだ。カラオケボックスでほかの仲間を待つあいだ、僕は管理人の美濃さんと話をすることがあったのだ。受付で、美濃さんは暇なとき英語の雑誌を読んでいることが多かった。爪をおしゃれに塗り、化粧にも隙がなかったから暗がりでも色気が目立つ人だった。あるときなどつけ爪なんてしていたから、レジ打ちに邪魔じゃないかと指摘したら美濃さんは僕の手をつねってきた。
美濃さんとの会話は、僕が質問し美濃さんが答えることが多かった。
「みのさん、みのさん」
「なにかしら、あたしのことを某司会者みたいに呼ぶ少年くん」
「ニューハーフや女装の人って、なんでわざわざオネェ言葉でしゃべるんでしょう? なになに『だわ』とか『かしら』って、いまどき普通の女性だって言わないのに」
カラオケボックスで優遇されて、僕はずいぶん調子に乗っていた。美濃さんは咳ばらいして答えた。
「オネェ言葉と決まってはいないでしょうけど。あたしは女らしい言葉が好きだから、こういう話し方は好きよ。女言葉を使わない女性はもったいないと思うわ」
「そうかなぁ。男女の差にこだわり過ぎだと思うけど。セクシャルマイノリティの人って、ジェンダー・フリー運動とかしているんでしょ?」
「ジェンダー・フリーではありませんわ、ジェンダー・コンシャスですの。自分の性への態度、相手の性への態度を、しっかり認識するのよ」
認識? 自分で話題を振っておきながら、僕はかちんと来るのだった。
「相手の態度って……。あんまりいいのはないですよ。なんとなく遠慮して避けられるか、逆にひどいからかわれかたをするかどっちかです。他人には自分の趣味とか主張しないほうがいい」
「支えてくださる人も多いわよ? このお店に来る人だって優しくしてくださるわ」
「大人だとそうかもしれないですけど。高校生なんて幼稚なやつもいますから。わざわざ目立って笑われることはないです」
「笑われたっていいじゃない、あなたはあなただもの」
珍しく客が来たので僕の議論は中断された。話は終わりかと思ったら、美濃さんはふり返った。
「プライドが高いのね。でも自分自身を守るためのプライドは、かえってあなたを傷つけるかも。いつか大切な誰かを守るためのプライドを、持てるといいわね」
そして僕は現実に戻った。
じゃあどうすれば、どうすればこの窮地から抜けられる。歯を食いしばってにらむと誰かがぽつりと言った。
「……なんか新井って、山下とは違った感じでさぁ。むしろ怖いよな」
「あ、俺、知ってるー。こいつ中学のときにめちゃくちゃイタイことやって」
ふいに山下が顔をあげる。
「待って! それじゃ、僕が……!」
僕が、なんだろうか。「僕があらいくんのかわりにはずかしめを受ける」だろうか。山下が犠牲になったら僕の意味がないではないか。
そのとき扉が開いて、ごつい男どもがなだれこんできて、宴はなにもかもぶちこわしになった。
<つづく>
冬が終わり早春、三学期、そして僕たちが高校三年生になろうとしていたとき。僕はこの時期のことを話したくなくなる。なぜならとても不快な事件があったからであり、それが悲しみの始まりだった気がするからだ。
前兆はとっくにあった。クラスメイトのいたずら者たちから、山下は幾度となく逃げていた。和久の計画する逃走手段は有効で、山下は傷らしい傷を負わずにすんでいた。本当に鮮やかな逃走だった……。
いや、傷がなさすぎた。しかも本人が気丈なものだから、山下は毎日元気に学校に通っていたのだ。
これを加害者側から見たらどうなるか。被害者にとっては被害がないことが一番の権利なのに、加害者にとっては、なにも害を及ぼせないことはゲームの不公平を意味した。襲撃者は毎回お預けを食い、肝心の獲物は今日も目の前でのんきに草を食べているというわけだ。
何度も繰りかえされる実りのない遊戯、その物足りなさが、連中の心にすこしずつ毒液のように溜まっていった。
狼たちはたがいに目配せして、欲しいのは血の実感であることを確認した。
二月の放課後のことだ。生徒がまばらになった教室で、僕はクラスメイトから卒業生に贈る言葉の原稿を頼まれていた。カラオケボックスの仲間たちとつきあいだして以来、僕は引っこみ思案が直り、ほかの級友ともすこしは話ができるようになっていた。
申し訳なさそうに頼んでくる者たちに、僕はできるだけ愛想良く笑ってみた。
「大丈夫だよ?」
「お、おう。助かるよ」
級友は違和感にこわばった変な顔をした。そういうものだ。気にせずガスストーブの前で相談していると、扉が開いて和久が現れた。
「和久、なに? 生徒会の用事か?」
「違う。とりあえず来てくれ」
外へと引っぱっていかれる僕を級友は妙にしつこく引きとめてくれたのだが、和久は容赦しなかった。周囲に誰もいなくなってから話しかけられて、理由が分かった。
「山下がいない。連絡も取れない」
「なんだそれ? 先に帰ったとかじゃなくて?」
「今日はいっしょに美濃さんのところへ行く約束だったんだ。それだけじゃなくてだな」
廊下を歩きながら、和久は説明してくれた。今日の昼休み、山下の携帯電話が壊れていたこと。クラスの様子がおかしかったこと。和久はくり返して言った。
「生徒の出入りや内緒話が、いつにもまして多かった」
そんな気配があっただろうか。クラスに一日いたのに気づけなかった僕の立場がないと思ったが、僕は雰囲気を悟るのが苦手なのでしかたがない。
「山下が、平日の夕方に約束を違えて出かけるということはふつうないんだ。それで家に電話しても留守ということになれば、山下の身になにかあったと考えたほうがいい」
和久は山下について詳しい。自宅の電話番号まで知っているんだなとか、他人のスケジュールをどうして断定できるんだよとか、和久は毎日学校が終わるたびに山下の居場所をチェックしているんだなとか、いろいろな考えが頭をよぎった。僕の表情を不満ととったのか、和久が大きく首を振った。
「かんちがいならそれで良かったじゃないか。とりあえず行くぞ!」
篠塚はすでに学校を出たらしい。僕たちは分かれて、携帯電話で連絡を取りあいながら街を回ることにした。
僕は自転車をこいで商店街方面に向かった。午後遅くの街は通勤帰りにはまだ早くて、主婦や自営業の人たちが多く歩いていた。そして駅前のような人通りの多い場所には自校の紺色制服が混じっている。
生徒たちは店をのぞいていたり、たがいに談笑していたりするが、なにをやっているか見ただけでは判別できない。最近知識が増えたといっても、知らない部活、知らないグループに属する人間のやることは分からないのだ。観察された相手のほうといえば、自転車に乗る僕のほうを見返してきて、ただ不審げに眉をひそめるか笑いながら顔をそむけるくらいだった。
和久はひとりひとり聞きこみするようなことを言っていたが、僕には遠慮された。和久はクラスメイトが山下に危害を加えていると疑っているのだ。しかしその疑いは、ふだん相手を信用しているからこそ成り立つ。
たとえば連中が集団で、本気で山下を陥れようとしているとしたらどうするのだ。いま目の前を見覚えのある生徒が通り過ぎた。話しかけて、その返事が悪意のある計画についてで、さも当然のように言われたらと思うと怖かった。
「はぁ? おまえらを苦しめて楽しむのなんて、いつもの年中行事だろ?」
僕は交差点で自転車を停めた。送辞のことで僕を引き止めていた者たちすら、僕を山下と引き離すために謀っていたのかもしれない?
目の前で交差点が斜めになった。
女子校生の部活帰りが横断歩道上で騒いでいる。焦る視界のなかを、淡いえんじ、もえぎ色、ターコイズ。穏やかなジャージが足早に去っていく。そして見覚えのある紺色の制服がひとつ。集団からはずれ、向かいの店前に立っている。
こちらを見つめている、少女の制服だ。
着ているのは山下か……、ほかの誰か。
それとも、僕自身?
いや、違う。それはショーウィンドウの向こう、洋服屋に展示された女子校の制服だった。マネキンはスカートをはいて、染みひとつないブレザーの襟を際だたせていた。涙も血も染みていない。いまは関係ない。あの事件は関係ないんだ。
自動車が走り出して、視界が遮断された。僕は頭を振り、幻影を消し去った。
僕の脳は自分自身にストレスを与えるのが大好きだ。まるで紫色のホルモンが分泌され全身に回ったみたいに、いやな考えで胃が痛んだ。しかし僕は想像をあえて止めなかった。
クラスメイトが共謀していて、敵がたくさんだ。だとすれば連中の本拠地はどこだ。僕は在校生について最近学び始めたばかりだ。だからたまり場として高校生の集団が使いやすい遊び場を、思いつけるのはひとつだけだった。目指すべき場所は、いつかの商店街、ゲームセンターなのだ。
何分もストレスを我慢する必要なく、僕はゲームセンターに着いた。
店は電飾に包まれ単調なBGMを流していた。ためらいなく扉を開ける。くたびれた身なりのサラリーマンと作業服のおじさんが、格闘ゲーム機に向かっていた。学生はいない。全体的にがら空きの店だ。見当が外れただろうか。
僕は焦る気持ちをおさえながら見回し聞き耳をたてた。この店のオーナーは我が校のOBだ。バイトの店員も卒業生が多いから、高校生が馬鹿をやっても取り締まりがぬるいのだ。そういうふうに同級生が話していたのを覚えている。
ペットボトルが、操作台の上に三つ固めて置いてあった。誰かが仲間たちで遊んでいたのかもしれない。そいつらはどこかへ行ったのか、それともまだ近くにいるのか。
探し回る必要もなく、店内に在校生がいないことは明らかだった。でも僕は諦めなかった。
学生がぜんぜんいないなんておかしい、店員がいないのは不思議だ。理由をつけながら壁際に向かいトイレの戸を開いた。汚れた小便器がある。となり、女子マークの扉もためらわずに開いた、むしろ山下にはこちらのほうがふさわしい。背後の客がこちらを見たようだが気にしない。
壁づたいに走って、とうとう事務室と書いてある扉まで見つけた。
このとき僕は探偵ごっこを楽しんでいたかもしれない。いや、それ以上に、僕は山下を自分で救い出したかった。何度ふり返っても確信する。僕は山下が安全にどこかで過ごしているよりも、いま事務室で襲われているほうを期待したのだ。
荒々しい、聞き覚えのある声が扉から漏れ聞こえてきた。
僕は篠塚に携帯電話をつなげた。
「……いま常磐商店街のゲームセンター」
「ゲームセンター? なんでだ?」
「たぶん山下が捕らえられているとすればここだよ」
「まじかよ! すぐ行く!」
「本当にいるのを確認してからでいいよ。別のところも探し続けて。連絡が途絶えたらすぐ来て」
わざとらしくそれだけ言って電話を切った。僕はどうどうと扉に耳を当てる。なかからはやはり複数の声が聞こえた。若い男声が抑揚をつけて、言葉を重ねたり、一文で言い切ったりを繰り返していた。聞いた印象がもっとも近いのは、お説教だ。なぜゲームセンターでお説教を?
しかし台詞のなかに「山下」という単語を聞いたとき、僕はためらわずドアノブを引いた。
山下、と叫ぶ前に、僕は生ぬるい人いきれを感じて息を止めた。やっぱり連中はそこにいた。
事務室は広かった、しかも事務机が奥に退けられていて、空いたところにクラスメイトが十人以上いたから、においが男くさい――教室と同じになっていた。中心に山下が立っていた。山下はうつむいているが、けがはしていないようだった。
「や、山下?」
答えたのは級友たちの笑い声だ。ひゅー、ひゅー、と唇を鳴らす音も聞こえた。
「ようこそ、新井くーん! 早いねー!」
「本当に来たよ、おホモだちがさすがだねっ!」
「愛の力ってやつですかぁ?」
拍手に包まれながら、僕は後ろに人が回ったのを感じた。
「さぁ、座ってくれよ。ストーブのそばがいいだろうぜ」
肩に食いこむ強い力で、僕は事務いすに座らされた。目の前には学生服姿の山下がいる。それを取り囲む生徒たちと輪になって、ちょうど全員で山下を観賞しているかたちになる。
ゲームセンターの奥に現れた、戯画的な教室において。
山下は言葉を発しない。すでになにか言われたのか、あるいはされたことをじっと耐えているのだ。僕はようやく話す。
「なにが目的なんだよ、馬鹿か!?」
連中はあくまで笑いながら返事した。
「落ち着けよ。俺らはみつるちゃんとお話がしたかっただけなんだから」
「おまえら、学校じゃ自分たちの殻に閉じこもっているっきりじゃん。もっと社交的にコミュニケーションをしようぜ」
さっきお説教に聞こえたのはこういう狼の鳴き声だったのだ。僕は音程をなぞった。や、や、ゆ、ゆと聞こえる。揶揄。漢字を発明した中国人は天才だ。からかいの言葉を、こんなに的確な音で表すことができたのだから。
僕が身じろぎすると「逃げんじゃねぇ」と言って、肩の力がさらに食いこんだ。
「と、いうわけで、あらめまして。山下みつるくんの、ちょっといいとこ見てみたい!」
「ひゅー、ひゅー!」
というわけで、連中が楽しく学生生活を共有するためにいま必要なのは、山下が皆の前で着がえることだそうだ。いまさら僕は気づいた。山下の足もとに置かれたスポーツバッグ。その中身は女装用の衣服だったのだ。パーティー用に売っているぺらぺらのセーラー服にバニーガールのコスプレ。本物である山下にたいして、あまりに粗末で失礼なもの――。
体を揺すぶられた。
「おい、ぼうっとしているんじゃねぇよ、新井くん。おまえからも頼んでくれよ」
「ふだんはいっしょに女装しているんだろ?」
それとも新井が着るか? と誰かが言ったのをきっかけに、全員が手拍子して「あらい、あ、ら、い!」と名前のコールに変わった。
誰かが「大丈夫だよ?」と、僕の口真似をして笑った。なにがおかしいのだろう、あらいって誰だろう。僕は考えるのを止めなかった。
考えてみれば、フィクションのTSものでお着がえシーンはつきものだった。もしも山下がTSキャラだったなら、気軽に皆の前でコスプレして
「バカっ、見るなよ!」とか「胸がきついよぅ」とか、顔を赤らめて言ってくれるとでもいうのだろうか。
いきなり着がえろだなんて、女性に人前で脱げと命令するのも同然なのに。
僕の記憶はしばらく前に飛んだ。カラオケボックスでほかの仲間を待つあいだ、僕は管理人の美濃さんと話をすることがあったのだ。受付で、美濃さんは暇なとき英語の雑誌を読んでいることが多かった。爪をおしゃれに塗り、化粧にも隙がなかったから暗がりでも色気が目立つ人だった。あるときなどつけ爪なんてしていたから、レジ打ちに邪魔じゃないかと指摘したら美濃さんは僕の手をつねってきた。
美濃さんとの会話は、僕が質問し美濃さんが答えることが多かった。
「みのさん、みのさん」
「なにかしら、あたしのことを某司会者みたいに呼ぶ少年くん」
「ニューハーフや女装の人って、なんでわざわざオネェ言葉でしゃべるんでしょう? なになに『だわ』とか『かしら』って、いまどき普通の女性だって言わないのに」
カラオケボックスで優遇されて、僕はずいぶん調子に乗っていた。美濃さんは咳ばらいして答えた。
「オネェ言葉と決まってはいないでしょうけど。あたしは女らしい言葉が好きだから、こういう話し方は好きよ。女言葉を使わない女性はもったいないと思うわ」
「そうかなぁ。男女の差にこだわり過ぎだと思うけど。セクシャルマイノリティの人って、ジェンダー・フリー運動とかしているんでしょ?」
「ジェンダー・フリーではありませんわ、ジェンダー・コンシャスですの。自分の性への態度、相手の性への態度を、しっかり認識するのよ」
認識? 自分で話題を振っておきながら、僕はかちんと来るのだった。
「相手の態度って……。あんまりいいのはないですよ。なんとなく遠慮して避けられるか、逆にひどいからかわれかたをするかどっちかです。他人には自分の趣味とか主張しないほうがいい」
「支えてくださる人も多いわよ? このお店に来る人だって優しくしてくださるわ」
「大人だとそうかもしれないですけど。高校生なんて幼稚なやつもいますから。わざわざ目立って笑われることはないです」
「笑われたっていいじゃない、あなたはあなただもの」
珍しく客が来たので僕の議論は中断された。話は終わりかと思ったら、美濃さんはふり返った。
「プライドが高いのね。でも自分自身を守るためのプライドは、かえってあなたを傷つけるかも。いつか大切な誰かを守るためのプライドを、持てるといいわね」
そして僕は現実に戻った。
じゃあどうすれば、どうすればこの窮地から抜けられる。歯を食いしばってにらむと誰かがぽつりと言った。
「……なんか新井って、山下とは違った感じでさぁ。むしろ怖いよな」
「あ、俺、知ってるー。こいつ中学のときにめちゃくちゃイタイことやって」
ふいに山下が顔をあげる。
「待って! それじゃ、僕が……!」
僕が、なんだろうか。「僕があらいくんのかわりにはずかしめを受ける」だろうか。山下が犠牲になったら僕の意味がないではないか。
そのとき扉が開いて、ごつい男どもがなだれこんできて、宴はなにもかもぶちこわしになった。
<つづく>
女装っ子コスプレライフ ~水森優の受難~
買いました!
イラスト頑張ってて良い感じ♪
ただ、初手のイラストが常に襲われたところから入ってしまっており、十分なギャップの形成ができてないのが惜しいところ。テキストでカバーはしてるんだけどカバーしきれていないんですよね。
その為、主人公への感情移入と言う点では若干弱め。ただ、この辺はどんなシチュが抜きやすいかってな話絡みですので、可愛い男の娘がヤられてればOKな向きには特に問題ないかと。
評価はやや厳しめですが「若干割高」
女装っ子コスプレライフ ~水森優の受難~ DMM版
女装少年コスプレライフ ~水森優の受難~ DLsitecom版

イラスト頑張ってて良い感じ♪
ただ、初手のイラストが常に襲われたところから入ってしまっており、十分なギャップの形成ができてないのが惜しいところ。テキストでカバーはしてるんだけどカバーしきれていないんですよね。
その為、主人公への感情移入と言う点では若干弱め。ただ、この辺はどんなシチュが抜きやすいかってな話絡みですので、可愛い男の娘がヤられてればOKな向きには特に問題ないかと。
評価はやや厳しめですが「若干割高」
女装っ子コスプレライフ ~水森優の受難~ DMM版
女装少年コスプレライフ ~水森優の受難~ DLsitecom版

月刊少女尾崎くん 2
タイトル紛らわしいけど、女装とか性転換はほとんど関係ない作品。
(2巻 7ページに女装ネタちょこっとあるけど)
だが、作品内作品(漫画家さんのキャラが何人かいるので作品内作品があるのです)ダブルアクシデント(P107)は男女入れ替わりものだ!
しかも、すげー新鮮で新規性がある!

どうですか!4コマなんですげー引用画像には気を配ってるのですけれども、ヒロインにはマスコットの狸が付き従い、相手役の男の子にもマスコットの狸が付き従っているのです!!!そして狸も入れ替わるのな!
なんと言う斬新な設定!こいつぁー、早速クロエさんにご報告せねば!
1ページしかないの。1ページしかないんだけど、オレの評価は「値段分の価値がある」です。
(2巻 7ページに女装ネタちょこっとあるけど)
だが、作品内作品(漫画家さんのキャラが何人かいるので作品内作品があるのです)ダブルアクシデント(P107)は男女入れ替わりものだ!
しかも、すげー新鮮で新規性がある!

どうですか!4コマなんですげー引用画像には気を配ってるのですけれども、ヒロインにはマスコットの狸が付き従い、相手役の男の子にもマスコットの狸が付き従っているのです!!!そして狸も入れ替わるのな!
なんと言う斬新な設定!こいつぁー、早速クロエさんにご報告せねば!
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心に残る男性被支配(170) マインドベンド
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1985年w未だ生まれる前w
……ウソですけど。
船上で開かれるパーティーとセミナー!
それは実は製薬会社が仕組んだ、医者を洗脳・改造する為のセミナーだったのだ!
中年男が洗脳されまくりですよ!!!
……も一つ美味しくない。
と言う事で、私の好みとはちいと外れてはいますが、正統派の洗脳サスペンスですね。
製薬会社は新薬の材料として胎児を欲しがっていて、主人公の子供を堕胎しようと奥さんを言いくるめるのです。お楽しみ洗脳シーンは薬を使って体中に電極を貼ってビデオを見せたり、脳に電極を仕込んで動機づけを行ったりです。
主人公が洗脳されないのは物足りないなぁ。
ハンドレツド ーヴァリアント覚醒ー
YF-19k(kyousuke)さんからのタレコミです。
メインヒロインが“男装”して主人公と共にルームシェアしてます。二人ともある事件でハンドレットの能力を高性能に操れますが……。
性の揺らぎは少し弱いかもしれませんが。
![]() | ハンドレッド-ヴァリアント覚醒- (GA文庫) (2012/11/15) 箕崎 准 商品詳細を見る |
コミックマショウ 2010年7月号
ちょい古めの雑誌の電子化。
ラインナップの作家さんはウチでもおなじみのメンバーなので期待できそう。
コミックマショウ 2010年7月号
【柚木N´】
お嬢様にメイド姿で連れ回される男の娘は
嬉し恥ずかしシアワセ羞恥に思わず射精しちゃいますッ★
【やながわ理央】
性別を偽ってメイド喫茶で働く男の娘の秘所が変態女店長と客の毒牙に掛かるッ★
【しのざき嶺】
女子に相撲で負けた情けない男子が強制屈辱女装&勃起男根鬼責め地獄を経験するシリーズ前編ッ★
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女子に相撲で負けた情けない男子が強制屈辱女装&勃起男根鬼責め地獄を経験するシリーズ前編ッ★

おかし製作所企画会議 第7回 終了
予定時間 11/24 22:50~24:00頃まで
★20分ほど遅刻するかもしれませんorz
議題 最近の良作について
新たなSS創作の為のディスカッション
創作素材
小松左京
獣医
さすらいの太陽 ラセーヌの星 出生の秘密
○○さえあれば関係ないよね
ミラーリング
クリスマス
★追加で創作素材も募集中
参加予定 オレ
チャットルームはこちら
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議題 最近の良作について
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創作素材
小松左京
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さすらいの太陽 ラセーヌの星 出生の秘密
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いつだって僕らは 1-5 by 猫野 丸太丸
5.
短い三学期が始まって、僕やほかの生徒たちは学校行事に追われていた。四人が女装の山下を中心になにかしているということは、とっくに学校中に知れ渡っていた。教室や食堂、あるいは運動場などで、チュッチュッと聞こえる耳障りなからかい笑いがしていた。きっと僕らの立ち位置は、ふつうなら学校社会から滅殺されるレベルにまで達していただろう。けれど僕は気にしなかった。
人間はからかうだけなら死ぬまで追いつめても犯罪にはならない。世の中の「変わった」人間に対する仕打ちは残酷だ。実際たった三年間なのに、人間関係のせいで学校を辞めていった生徒は学年で三人いた。それなのに僕らが無事だったのは、きっと防御力が高かったからだと思っている。
篠塚は腕力自慢だったし、和久は生徒会で絶大な人望があった。そして僕は国語の成績が良かった。国語の成績が関係あるのか? 大いに、ある。国語ができると、相手は口げんかもうまいのではないかとそれなりにびびってくれるのだ。うちの国語教師は毎学期の成績を壁に張り出すいけ好かないやつだったが、僕が一位、和久が二位の成績表は確実に僕の命を救ってくれていた。
それに対して山下は――、全ての面で弱かった。女装以外の特技はないし、機転は利かないし、ギャグが面白いタイプでもないし、言ったら申し訳ないけど、後ろで静かに微笑んでいる最弱レベルのキャラクターだった。
だけれど山下にはほかに替えられない特長があった。かわいらしいのだ。
ある日、隠れ家で美濃さんがおごってくれるというので、皆で大皿に盛られたたらこスパゲッティーを囲んだことがあった。作りすぎたのだろう、やたら大盛りになった山を、山下がちょこちょこした動きで取り皿に分けた。
フォークの持ち方が変だ。だからたらこの粒が、カラオケボックスのテーブルにこぼれてしまっている。和久にそれを指摘されると、山下は素直にごめんねと謝った。それからしばらく考えて、名案があるよというのでどうするのかと思ったら、美濃さんのところへ行って追加のたらこをもらってきたのだった。
「さぁ、これでお味は元通り。もっとおいしくなったかもよ」
「そうじゃなくてだな……フォークがぶきっちょ」
「えっ?」
首をかしげて不思議がる山下に、雄弁家の和久も降参してしまった。
各自のスパゲッティーのうえに生の明太子が大きく乗っかったから、皿は個室のうす暗い電灯に照らされて怪しいピンク色を放っている。山下はそれを小さくほぐしながら食べた、やっぱり変なフォークの持ち方で。
僕はそんな山下を好ましいと思った。かわいらしければ、人の欠点は魅力に変換されるのだ。
ああ、世の中に「モテカワ」とか「愛され系」とか、『結局、女はキレイが勝ち』とか、かわいいことを勧めるメディアのなんと多いことか! きっと世の女たちは必死に情報を仕入れ、自分をかわいく変身させて、弱さを魅力に大逆転させようと狙っているのだ。
山下は女の子ですらうらやむ能力を持った本物だ。あとで和久とふたりきりになったときに、僕は山下についての持論をぶつけてみた。
和久はため息をついて答えた。
「新井って、山下のことをなにも分かっていないな。あいつは自分らしく生きているだけだ」
自分らしくって? 僕は混乱して、なんと言っていいか分からなくて、ぜんぜん別のほうへと話を振った。
「じゃあ、もしかして和久も、自分らしさを発揮できればかわいい女の子になれるのか?」
「当然だ」
僕はもっと混乱した。うちの高校で、リーダーシップがあって、決断力があって、ある意味いちばん男らしい和久が、自分らしく女の子になる?
「和久ってもしかして女の子になりたかったの?」
「お、おまえまで天然ぶるなよっ」
僕はもっともっと混乱した。よく分からなくなってきたので、手を伸ばして和久の耳たぶをつまんでみた。
「きゃ!」
手の甲で振りはらわれた。というかいまの悲鳴はなんだろう。本当に和久の長身から放たれたのか。
あっけにとられていると、和久が顔を赤くしながら「い、言うなよ」とつぶやいた。
誰になにをだろうか。冷静になってから推測して、僕は和久の耳たぶが弱いことを秘密にしておいた。
その夜、僕は夢を見た。うちの風呂になぜか和久が入っていたのだ。裸体の和久はもちろん男顔で、無表情に壁のタイルを見つめていた。それが風呂桶に収まっている。風呂桶には蓋が半分かぶさっていたから、首だけが外に出ている感じだった。僕は不安になって蓋をどけた。湯につかった和久の胸に、乳房がひとつついていた。上下逆の、上に飛び出した形で。和久が手のひらで、もう片方の乳房を引っぱり出した。
そして気づいた、ここは風呂場なのだから、僕自身だって裸ではないか。おそるおそる見下ろす。そこに見えた、僕の体は……。
目が覚めると、僕は自分の胸に手を当てて、それからため息をついた。時計は午前四時を指している。重力が狂ったような感覚で、胃が痛んだ。中途半端な女体化の夢を見るなんて。僕は、僕自身は女になりたいのだろうか?
僕は自分の立ち位置を確認したくなった。
だから寒い盛りの日曜日、僕は三人を自宅に招いた。
僕が友達を呼んだと言っておいたのに、父さんはドテラ姿でごろごろしていた。十時半になるとようやく着がえて、物置から骨董品を取り出して磨き始めた。
十一時、和久、篠塚、山下が列を作ってやってきた。
「おじゃまします!」
うちの玄関に元気な声が響いたのは小学生のとき以来だろうか。我が家は中学生のときにいろいろあったので、友達を招くことがなくなっていた。
だから今日は久しぶりの餃子パーティーだ。
僕の父さんに遠慮してなのか、山下はズボンをはいて一見普通の男の子だった。父さんが見守るなか、僕たちは上着を脱いですぐにキッチンへと向かった。
広いキッチンとダイニングは、調理作業のために大きなテーブルを真ん中に並べてあった。ボウルとまな板、鍋も上に載っている。四人は手を洗い、テーブルを取り囲んだ。篠塚が、買いこんだ野菜を袋から出して置いた。
僕の指示のもと、四人は作業に取りかかる。僕は小麦粉に熱湯を入れてこね、それからサラダ油をすこし入れてまたこねた。和久には白菜の葉をまとめてゆでて、みじん切りにしてもらった。篠塚は豚ひき肉を練る担当だ。具の食感を決める、重要な役なのだ。
三者三様、真剣な面持ちでテーブルに向かっていた。
かたや山下は僕たちの後ろでうろうろしている。僕はくすっと笑って山下を呼び寄せた。
「ねぎを刻んでね」
山下は白い樹脂製のまな板に飛びついた。すこししかない青ねぎはあっというまにみじんになった。
「じゃあ次は生姜をすり下ろしてね」
生姜のかけらを下ろすのも時間がかかるはずがない。ふだん家事をやっている人間にこれでは簡単すぎるだろう。手持ちぶさたになった手へ、僕は布地を押しつけた。
「じゃあ山下はこれを着てね!」
ねぎをこびりつかせた手が、クリーム色の一枚布を広げた。面白いことに山下は一度胸に当ててみせた。動物の絵が描いてある、それは僕のエプロンだった。
なんだなんだということで、三人が山下を遠巻きに眺めることになる。
山下は不思議がりながらも、僕が思った通りにつけてくれた。まずひもを首の後ろで結ぶ。柔らかい手首の関節が、するりと背中に回った。ああ、山下はふだんネックレスをつけ慣れているかもしれない。
腰のひもも締めて、前垂れを垂らした。山下は背が低いからズボンがほとんど隠れて見える。つまりワンピースを着ているように見えるのだ。
凝視している僕を、山下は見返した。
「それで僕はなにをしたらいいのかな?」
聞いた和久が笑いだし、続いて僕が笑った。遅れて篠塚が、しかたのないやつ、というしぐさで僕の背中をたたいた。
「あんまり山下をからかうなよ」
「すまん」
僕は山下に、このあと活躍する場面がやってくると説明した。山下はあの寂しげな笑みを浮かべた。
でも本心をばらせば、僕はいま山下から重要なプレゼントをもらったのだ。
クリーム色のエプロン、それは本来僕の衣装。僕が料理のときだけ着られる、父さんにもばれない、ほんのすこしだけ踏み出した、ほんのすこしだけ男らしくない格好だ。
そこへ本物の山下が、僕の仮初めでしかない女装と同じ格好をしてくれて、僕の行いを追認してくれた!
僕はうれしくてうれしくて、ふるえた両手が磁石に引き付けられるように引き出しの中から真新しいエプロンを取り出すのに気づいた。今日のために買ったそれを、ピンク色のエプロンを胸につけて、僕は山下の真横に立ったのだ。すこしでも山下と同じポーズで同じ格好ができるように。
僕たちの様子を和久は鋭く察した。
「なんだよ、おまえたちだけおそろいか」
「これからいよいよ本番だからね!」
僕は得意気に笑っていた。そのときだ。篠塚のごつい両手が後ろから伸びてきて、僕のエプロンの胸をわしづかみにしたのだ。
「ひゃっ!」
変な声が出て、僕は父さんに聞かれなかったかを真っ先に心配した。見ればふたつの胸に油汚れがくっきりと、手の形を残している。
「なにするんだよぅ」
「ご、ごめん、つい……。新井に胸があった気がしてな。消える前にさわってたしかめた」
「馬鹿! そういうことは山下にやれよ!」
言ってから僕は後悔した。あんのじょう、山下がまっ赤になってうつむいている。和久が篠塚に笑いかけて、
「俺は篠塚を許す。このあいだの耳たぶのお返しだからな」
と、篠塚には事情の分からないことを言った。山下は小声で言った。
「それで新井くんに……、胸はあった?」
気を取り直して餃子づくりだ。僕たちはまな板とクッキングシートを大きく広げた。テーブルの中央には肉で作ったあんと、練り粉のボウル。僕と山下は餃子の皮を作り、和久と篠塚が肉を包むのだ。
「篠塚は皮作りに回ったほうが良くないか」
「ははっ、まぁ見ていなよ」
山下がちぎり取った、手と同じくらい白い生地の塊を、僕が受け取り麺棒で伸ばした。丸くなった皮(お店で売っているのより厚め)を篠塚の指がさらって、スプーンで肉をのせる。二秒ほどで厚い手のひらから出てきたのは、中華料理屋で見るような餃子だ。
篠塚の思わぬ技量に和久が闘志を燃やした。僕が作った皮を奪い取るようにして、肉を詰めていく。皮を伸ばす係の僕と山下は大忙しになった。
やがて僕たちも餃子を包む側に回り、四人の手から餃子がどんどん吐き出されるようになった。用意してあった四角いアルミ盆はたちまち整列した餃子でいっぱいになる。
「……と、いうわけだ」
きれいなひだを指さして、篠塚は鼻高々だった。和久は、ひとつひとつの大きさが揃っているほうが良いのだと反論する。
「なんだと!」
「なにを!」
篠塚と和久は軽くこづき合いながらコンロのほうへ、餃子の焼き色勝負をしに行った。
僕の横で山下は控えめに微笑んでいた。そっと盗み見る。白い顔、眉根に寄せられたしわはすこしだけ和らいでいた。
僕は知っている。餃子の数や出来を競ったりしない。ただ静かに料理をする。そして、包んだ餃子が乾かないように清潔な濡れふきんをかけてくれたのは山下だ。細かな気づかいをしてくれる子が、女の子一等賞なのだ。
そのあとはとりたててなにもなく、餃子パーティーは満腹感をもって終わった。
餃子パーティーのあいだ父さんは後ろで見ているだけで、食事もご飯を軽く一杯食べただけだった。ただ山下たちが帰宅したあとに、調理器具を片づけていると父さんは僕にささやきかけた。
「なぁ、おまえの友達だが」
「なになに」
「あの色が白い子。どこかおかしいのか?」
僕は息を止めた。
「……おかしいって、なにがかな」
「目つきがなぁ。大丈夫ならいいんだが」
僕ははいともいいえとも答えられなかった。人間にとってなにが異常でなにが正常かは知らない。ただ山下が、マイノリティーでクィアな存在なのはたしかだ。
父さんは他人への気配りが苦手だけれど、人間観察が鋭い人だった。つまり他人にきつい指摘、「言ってはいけない本当のこと」を言うことが多く、だから父さん自身は嫌われることが多かった。
(山下は、具体的にはどう見える?)
僕はその言葉を、言うべきかどうしようか迷った。迷っているうちに次の言葉を言われた。
「どこかおまえに似ているところがあって心配だ」
「そうなの?」
思わず返答してから、自分の声にうれしさが出ていなかったかすごく気になった。父さんは、変な顔をするでもなくうなずくでもなく、黙って皿を食器棚に片づけ始めた。
僕に似ているところがあって心配だなどと、思いきり馬鹿にされたのかもしれない。遠回しに山下まで侮辱されたのかもしれない。だけれどなぜか、僕の心に生まれたのは安らぎとうれしさだった。
<つづく>
短い三学期が始まって、僕やほかの生徒たちは学校行事に追われていた。四人が女装の山下を中心になにかしているということは、とっくに学校中に知れ渡っていた。教室や食堂、あるいは運動場などで、チュッチュッと聞こえる耳障りなからかい笑いがしていた。きっと僕らの立ち位置は、ふつうなら学校社会から滅殺されるレベルにまで達していただろう。けれど僕は気にしなかった。
人間はからかうだけなら死ぬまで追いつめても犯罪にはならない。世の中の「変わった」人間に対する仕打ちは残酷だ。実際たった三年間なのに、人間関係のせいで学校を辞めていった生徒は学年で三人いた。それなのに僕らが無事だったのは、きっと防御力が高かったからだと思っている。
篠塚は腕力自慢だったし、和久は生徒会で絶大な人望があった。そして僕は国語の成績が良かった。国語の成績が関係あるのか? 大いに、ある。国語ができると、相手は口げんかもうまいのではないかとそれなりにびびってくれるのだ。うちの国語教師は毎学期の成績を壁に張り出すいけ好かないやつだったが、僕が一位、和久が二位の成績表は確実に僕の命を救ってくれていた。
それに対して山下は――、全ての面で弱かった。女装以外の特技はないし、機転は利かないし、ギャグが面白いタイプでもないし、言ったら申し訳ないけど、後ろで静かに微笑んでいる最弱レベルのキャラクターだった。
だけれど山下にはほかに替えられない特長があった。かわいらしいのだ。
ある日、隠れ家で美濃さんがおごってくれるというので、皆で大皿に盛られたたらこスパゲッティーを囲んだことがあった。作りすぎたのだろう、やたら大盛りになった山を、山下がちょこちょこした動きで取り皿に分けた。
フォークの持ち方が変だ。だからたらこの粒が、カラオケボックスのテーブルにこぼれてしまっている。和久にそれを指摘されると、山下は素直にごめんねと謝った。それからしばらく考えて、名案があるよというのでどうするのかと思ったら、美濃さんのところへ行って追加のたらこをもらってきたのだった。
「さぁ、これでお味は元通り。もっとおいしくなったかもよ」
「そうじゃなくてだな……フォークがぶきっちょ」
「えっ?」
首をかしげて不思議がる山下に、雄弁家の和久も降参してしまった。
各自のスパゲッティーのうえに生の明太子が大きく乗っかったから、皿は個室のうす暗い電灯に照らされて怪しいピンク色を放っている。山下はそれを小さくほぐしながら食べた、やっぱり変なフォークの持ち方で。
僕はそんな山下を好ましいと思った。かわいらしければ、人の欠点は魅力に変換されるのだ。
ああ、世の中に「モテカワ」とか「愛され系」とか、『結局、女はキレイが勝ち』とか、かわいいことを勧めるメディアのなんと多いことか! きっと世の女たちは必死に情報を仕入れ、自分をかわいく変身させて、弱さを魅力に大逆転させようと狙っているのだ。
山下は女の子ですらうらやむ能力を持った本物だ。あとで和久とふたりきりになったときに、僕は山下についての持論をぶつけてみた。
和久はため息をついて答えた。
「新井って、山下のことをなにも分かっていないな。あいつは自分らしく生きているだけだ」
自分らしくって? 僕は混乱して、なんと言っていいか分からなくて、ぜんぜん別のほうへと話を振った。
「じゃあ、もしかして和久も、自分らしさを発揮できればかわいい女の子になれるのか?」
「当然だ」
僕はもっと混乱した。うちの高校で、リーダーシップがあって、決断力があって、ある意味いちばん男らしい和久が、自分らしく女の子になる?
「和久ってもしかして女の子になりたかったの?」
「お、おまえまで天然ぶるなよっ」
僕はもっともっと混乱した。よく分からなくなってきたので、手を伸ばして和久の耳たぶをつまんでみた。
「きゃ!」
手の甲で振りはらわれた。というかいまの悲鳴はなんだろう。本当に和久の長身から放たれたのか。
あっけにとられていると、和久が顔を赤くしながら「い、言うなよ」とつぶやいた。
誰になにをだろうか。冷静になってから推測して、僕は和久の耳たぶが弱いことを秘密にしておいた。
その夜、僕は夢を見た。うちの風呂になぜか和久が入っていたのだ。裸体の和久はもちろん男顔で、無表情に壁のタイルを見つめていた。それが風呂桶に収まっている。風呂桶には蓋が半分かぶさっていたから、首だけが外に出ている感じだった。僕は不安になって蓋をどけた。湯につかった和久の胸に、乳房がひとつついていた。上下逆の、上に飛び出した形で。和久が手のひらで、もう片方の乳房を引っぱり出した。
そして気づいた、ここは風呂場なのだから、僕自身だって裸ではないか。おそるおそる見下ろす。そこに見えた、僕の体は……。
目が覚めると、僕は自分の胸に手を当てて、それからため息をついた。時計は午前四時を指している。重力が狂ったような感覚で、胃が痛んだ。中途半端な女体化の夢を見るなんて。僕は、僕自身は女になりたいのだろうか?
僕は自分の立ち位置を確認したくなった。
だから寒い盛りの日曜日、僕は三人を自宅に招いた。
僕が友達を呼んだと言っておいたのに、父さんはドテラ姿でごろごろしていた。十時半になるとようやく着がえて、物置から骨董品を取り出して磨き始めた。
十一時、和久、篠塚、山下が列を作ってやってきた。
「おじゃまします!」
うちの玄関に元気な声が響いたのは小学生のとき以来だろうか。我が家は中学生のときにいろいろあったので、友達を招くことがなくなっていた。
だから今日は久しぶりの餃子パーティーだ。
僕の父さんに遠慮してなのか、山下はズボンをはいて一見普通の男の子だった。父さんが見守るなか、僕たちは上着を脱いですぐにキッチンへと向かった。
広いキッチンとダイニングは、調理作業のために大きなテーブルを真ん中に並べてあった。ボウルとまな板、鍋も上に載っている。四人は手を洗い、テーブルを取り囲んだ。篠塚が、買いこんだ野菜を袋から出して置いた。
僕の指示のもと、四人は作業に取りかかる。僕は小麦粉に熱湯を入れてこね、それからサラダ油をすこし入れてまたこねた。和久には白菜の葉をまとめてゆでて、みじん切りにしてもらった。篠塚は豚ひき肉を練る担当だ。具の食感を決める、重要な役なのだ。
三者三様、真剣な面持ちでテーブルに向かっていた。
かたや山下は僕たちの後ろでうろうろしている。僕はくすっと笑って山下を呼び寄せた。
「ねぎを刻んでね」
山下は白い樹脂製のまな板に飛びついた。すこししかない青ねぎはあっというまにみじんになった。
「じゃあ次は生姜をすり下ろしてね」
生姜のかけらを下ろすのも時間がかかるはずがない。ふだん家事をやっている人間にこれでは簡単すぎるだろう。手持ちぶさたになった手へ、僕は布地を押しつけた。
「じゃあ山下はこれを着てね!」
ねぎをこびりつかせた手が、クリーム色の一枚布を広げた。面白いことに山下は一度胸に当ててみせた。動物の絵が描いてある、それは僕のエプロンだった。
なんだなんだということで、三人が山下を遠巻きに眺めることになる。
山下は不思議がりながらも、僕が思った通りにつけてくれた。まずひもを首の後ろで結ぶ。柔らかい手首の関節が、するりと背中に回った。ああ、山下はふだんネックレスをつけ慣れているかもしれない。
腰のひもも締めて、前垂れを垂らした。山下は背が低いからズボンがほとんど隠れて見える。つまりワンピースを着ているように見えるのだ。
凝視している僕を、山下は見返した。
「それで僕はなにをしたらいいのかな?」
聞いた和久が笑いだし、続いて僕が笑った。遅れて篠塚が、しかたのないやつ、というしぐさで僕の背中をたたいた。
「あんまり山下をからかうなよ」
「すまん」
僕は山下に、このあと活躍する場面がやってくると説明した。山下はあの寂しげな笑みを浮かべた。
でも本心をばらせば、僕はいま山下から重要なプレゼントをもらったのだ。
クリーム色のエプロン、それは本来僕の衣装。僕が料理のときだけ着られる、父さんにもばれない、ほんのすこしだけ踏み出した、ほんのすこしだけ男らしくない格好だ。
そこへ本物の山下が、僕の仮初めでしかない女装と同じ格好をしてくれて、僕の行いを追認してくれた!
僕はうれしくてうれしくて、ふるえた両手が磁石に引き付けられるように引き出しの中から真新しいエプロンを取り出すのに気づいた。今日のために買ったそれを、ピンク色のエプロンを胸につけて、僕は山下の真横に立ったのだ。すこしでも山下と同じポーズで同じ格好ができるように。
僕たちの様子を和久は鋭く察した。
「なんだよ、おまえたちだけおそろいか」
「これからいよいよ本番だからね!」
僕は得意気に笑っていた。そのときだ。篠塚のごつい両手が後ろから伸びてきて、僕のエプロンの胸をわしづかみにしたのだ。
「ひゃっ!」
変な声が出て、僕は父さんに聞かれなかったかを真っ先に心配した。見ればふたつの胸に油汚れがくっきりと、手の形を残している。
「なにするんだよぅ」
「ご、ごめん、つい……。新井に胸があった気がしてな。消える前にさわってたしかめた」
「馬鹿! そういうことは山下にやれよ!」
言ってから僕は後悔した。あんのじょう、山下がまっ赤になってうつむいている。和久が篠塚に笑いかけて、
「俺は篠塚を許す。このあいだの耳たぶのお返しだからな」
と、篠塚には事情の分からないことを言った。山下は小声で言った。
「それで新井くんに……、胸はあった?」
気を取り直して餃子づくりだ。僕たちはまな板とクッキングシートを大きく広げた。テーブルの中央には肉で作ったあんと、練り粉のボウル。僕と山下は餃子の皮を作り、和久と篠塚が肉を包むのだ。
「篠塚は皮作りに回ったほうが良くないか」
「ははっ、まぁ見ていなよ」
山下がちぎり取った、手と同じくらい白い生地の塊を、僕が受け取り麺棒で伸ばした。丸くなった皮(お店で売っているのより厚め)を篠塚の指がさらって、スプーンで肉をのせる。二秒ほどで厚い手のひらから出てきたのは、中華料理屋で見るような餃子だ。
篠塚の思わぬ技量に和久が闘志を燃やした。僕が作った皮を奪い取るようにして、肉を詰めていく。皮を伸ばす係の僕と山下は大忙しになった。
やがて僕たちも餃子を包む側に回り、四人の手から餃子がどんどん吐き出されるようになった。用意してあった四角いアルミ盆はたちまち整列した餃子でいっぱいになる。
「……と、いうわけだ」
きれいなひだを指さして、篠塚は鼻高々だった。和久は、ひとつひとつの大きさが揃っているほうが良いのだと反論する。
「なんだと!」
「なにを!」
篠塚と和久は軽くこづき合いながらコンロのほうへ、餃子の焼き色勝負をしに行った。
僕の横で山下は控えめに微笑んでいた。そっと盗み見る。白い顔、眉根に寄せられたしわはすこしだけ和らいでいた。
僕は知っている。餃子の数や出来を競ったりしない。ただ静かに料理をする。そして、包んだ餃子が乾かないように清潔な濡れふきんをかけてくれたのは山下だ。細かな気づかいをしてくれる子が、女の子一等賞なのだ。
そのあとはとりたててなにもなく、餃子パーティーは満腹感をもって終わった。
餃子パーティーのあいだ父さんは後ろで見ているだけで、食事もご飯を軽く一杯食べただけだった。ただ山下たちが帰宅したあとに、調理器具を片づけていると父さんは僕にささやきかけた。
「なぁ、おまえの友達だが」
「なになに」
「あの色が白い子。どこかおかしいのか?」
僕は息を止めた。
「……おかしいって、なにがかな」
「目つきがなぁ。大丈夫ならいいんだが」
僕ははいともいいえとも答えられなかった。人間にとってなにが異常でなにが正常かは知らない。ただ山下が、マイノリティーでクィアな存在なのはたしかだ。
父さんは他人への気配りが苦手だけれど、人間観察が鋭い人だった。つまり他人にきつい指摘、「言ってはいけない本当のこと」を言うことが多く、だから父さん自身は嫌われることが多かった。
(山下は、具体的にはどう見える?)
僕はその言葉を、言うべきかどうしようか迷った。迷っているうちに次の言葉を言われた。
「どこかおまえに似ているところがあって心配だ」
「そうなの?」
思わず返答してから、自分の声にうれしさが出ていなかったかすごく気になった。父さんは、変な顔をするでもなくうなずくでもなく、黙って皿を食器棚に片づけ始めた。
僕に似ているところがあって心配だなどと、思いきり馬鹿にされたのかもしれない。遠回しに山下まで侮辱されたのかもしれない。だけれどなぜか、僕の心に生まれたのは安らぎとうれしさだった。
<つづく>
わぁい! 2013年 01月号
![]() | わぁい! 2013年 01月号 [雑誌] (2012/11/24) 不明 商品詳細を見る |
いつだって僕らは 1-4 by 猫野 丸太丸
4.

挿絵:シガハナコ
冬休みに入り、冬期講習とかでばたばたしているうちに日が過ぎて、正月になった。その年の正月は自分の家で迎えた。近所の神社に行きたくなって、僕はダウンジャケットを着こみ、父さんといっしょに家を出た。
太平洋側に住んでいたからだろうか、それとも気持ちの問題だろうか。人生で、お正月が嵐だった覚えは一度もない。真冬の冷たさで肌が痛くなってもおかしくないのに、暗闇はどこかお行儀良く、静かに街を包んでいた。
「蕎麦屋、やっていないかな」
「出前で取らないとだめだろ。家に帰ってから、いまからでも開いている店を探すか」
「年が明けたらもう無理じゃない」
近所では人気の神社だからか、近づくにつれ、家族連れとすれ違う数が増えてきた。僕は早くお賽銭の列に並びたくて、ひとり先走ってしまう。鳥居をくぐれば、お守りや七味唐辛子を売る仮設のテントが幕を半開きにして並んでいる。
狭くなった境内で、ぼくは足の遅い着物姿をやり過ごそうとして、
ピンク色の衝撃がふたたびだった。
和服を着た山下がふり返っていた。ピンク色といっても全身その色なわけじゃなくて、銀鼠の地に梅の柄なんだけど、疑うまでもなく女の子の着物だった。
脚が見えなくて、裾から白い足袋だけが出ている。腕も見えない。そんな露出の少ない衣装なのに、帯が胸で締められているだけでなんて性別を主張しているのだろう。髪は和服姿にしては短いのが残念だった。立ち止まってきょとんとこちらを見返しているので、僕は不安になった。
父さんは、人ごみの後ろにいてこちらに気づいていない。確認してから山下に話しかけた。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「着物とか、着ているんだな」
「うん。お正月って、着物を着るとすごく素敵になるんだよ。新井くんもどうかな」
「どうかなって、男の着物をかよ、それとも女の着物って意味か?」
「えへへ」
時間がない。僕は「お賽銭のあと、裏のお稲荷さんで」とすばやく耳打ちし、山下から離れた。そのまま人ごみに入りこむ。しばらくして、足の遅い父さんが追いついてきた。
山下のことは父さんにばれなかったようだ。僕たちは当たり障りのない会話をしながら、賽銭箱の前まで来た。ポケットからふたり分の十円玉を出し、父さんにひとつ渡してから、自分のを手のひらではさんで願いをこめる。願いはいつものやつにしておいた。
隠しごとの、お願いだ。
父さんはきっと、家族みんなが幸せでいられますようにとお願いしているはずだ。
普通ならそれでいいのだろう。けれど……、家族みんなの願いがそれぞればらばらだったら、各自の願いが相反するものだったなら、「みんなで幸せ」ってありえるのだろうか?
失礼かもしれないけれど僕は、自分自身のお願いを父さんに打ち明けたことがない。
目を開いたら、父さんが「もういいか」と言いたげにこちらを見ていた。
「だいじょうぶ」
「おう」
鳥居まで戻ったところで、僕は父さんにお稲荷さんも拝んでいきたいとせがんだ。普段から急にそういうことを言う性格だったから、父さんは僕を疑わずに許してくれた。
神社の参道から左へそれた林のなかに、小さなやしろがあった。わざわざ枝社に来る人は少なかったから、僕は古い布と木でできた神様の家の形をまっすぐ正面から見ることができる。なかに置かれた稲荷様の像は闇に隠れて見えなかった。
僕は呼吸を落ち着けて、これから起こることをじっくりとシミュレートした。
十秒後、目を開くと僕のとなりに山下がいた。
何度たしかめても山下は女の子の姿で、ピンクの着物からは整えられた襟足が見えている。冷たい風に乗って、衣装箪笥と樟脳の匂いが漂ってきた。そして口に出すまでもなく、山下は僕がなにをしたいかを察してくれたのだ。
深夜の林に囲まれて、女装を見とがめる通行人もいない。僕たちはふたりで賽銭を投げて、お祈りした。
目を開けて僕は言った。
「この神社はな、お稲荷さんにお参りするのが通なんだ」
自分で言っていて意味不明な台詞だ。けれど山下は、近所の神社のことなど言われなくても分かっているだろうに、僕の言葉にうなずいてくれた。
お稲荷さんの前に立ったまま、僕と山下は冬休み中にあったできごとなんかを適当に話す。山下が最後にたずねてきた。
「新井くんは、なにをお祈りしたの?」
「べつに? たいしたことないけど」
いつもの口調で言ってから、後悔した。たいしたことない、なんてない。もっとまじめに答えてみよう。
「おまえと同じお願いかもしれないぜ」
きっと山下にとっても予想外だったのだろう、山下は目を見開いた。それから初対面のときと同じ寂しい表情を、すこし、見せてすぐにうち消した。
「やったぁ。そうじゃん。新井くんもおんなじお願い、したんだよね!」
そうだ。期待をこめて僕も答える。
「和久や篠塚もいたらよかったな!」
「うん。来年は絶対にいっしょだね!」
背後に気配がした。その人物からの呼びかけに山下は元気に返事した。
驚いたのはそれが山下の母親だったことだ。着物を着たおとなしい女の人で、山下の話を聞いてからこちらに頭を下げてきた。
「いつも息子がお世話になっております」
母親はしっかりと山下のことを見ていた。ときおり息子が顔に浮かべたのと同じ寂しい表情が頬をよぎったけれど、強い意志を持った眼差しを自分の子どもに向けていたのだ。
動揺していた僕は、「こちらこそお世話になっております」とかの、決まり文句を返せなかった。
「山下、おまえ……、親、公認かよ」
「そうだよ」
あっさりと返事をして、山下は母親といっしょに帰っていった。
ひとり残ったお稲荷前で、たまにくる参拝客を避けながら、僕はしばらくぼうっとしていた。たくさんの考えが頭をめぐった。親にも知られているのに、わざわざ自宅外に着がえルームを持っている。学生服を脱いで、おしゃれして街に出かける。お正月に着物を着て堂々としている。
山下は、本物だ。
僕はお稲荷さんに向かうと、もう一度賽銭を投げて、歯を食いしばって願いをこめた。
女の子に、なれますように。
僕たち四人が、女の子になれますように。
山下が、女の子になれますように。
<つづく>

挿絵:シガハナコ
冬休みに入り、冬期講習とかでばたばたしているうちに日が過ぎて、正月になった。その年の正月は自分の家で迎えた。近所の神社に行きたくなって、僕はダウンジャケットを着こみ、父さんといっしょに家を出た。
太平洋側に住んでいたからだろうか、それとも気持ちの問題だろうか。人生で、お正月が嵐だった覚えは一度もない。真冬の冷たさで肌が痛くなってもおかしくないのに、暗闇はどこかお行儀良く、静かに街を包んでいた。
「蕎麦屋、やっていないかな」
「出前で取らないとだめだろ。家に帰ってから、いまからでも開いている店を探すか」
「年が明けたらもう無理じゃない」
近所では人気の神社だからか、近づくにつれ、家族連れとすれ違う数が増えてきた。僕は早くお賽銭の列に並びたくて、ひとり先走ってしまう。鳥居をくぐれば、お守りや七味唐辛子を売る仮設のテントが幕を半開きにして並んでいる。
狭くなった境内で、ぼくは足の遅い着物姿をやり過ごそうとして、
ピンク色の衝撃がふたたびだった。
和服を着た山下がふり返っていた。ピンク色といっても全身その色なわけじゃなくて、銀鼠の地に梅の柄なんだけど、疑うまでもなく女の子の着物だった。
脚が見えなくて、裾から白い足袋だけが出ている。腕も見えない。そんな露出の少ない衣装なのに、帯が胸で締められているだけでなんて性別を主張しているのだろう。髪は和服姿にしては短いのが残念だった。立ち止まってきょとんとこちらを見返しているので、僕は不安になった。
父さんは、人ごみの後ろにいてこちらに気づいていない。確認してから山下に話しかけた。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「着物とか、着ているんだな」
「うん。お正月って、着物を着るとすごく素敵になるんだよ。新井くんもどうかな」
「どうかなって、男の着物をかよ、それとも女の着物って意味か?」
「えへへ」
時間がない。僕は「お賽銭のあと、裏のお稲荷さんで」とすばやく耳打ちし、山下から離れた。そのまま人ごみに入りこむ。しばらくして、足の遅い父さんが追いついてきた。
山下のことは父さんにばれなかったようだ。僕たちは当たり障りのない会話をしながら、賽銭箱の前まで来た。ポケットからふたり分の十円玉を出し、父さんにひとつ渡してから、自分のを手のひらではさんで願いをこめる。願いはいつものやつにしておいた。
隠しごとの、お願いだ。
父さんはきっと、家族みんなが幸せでいられますようにとお願いしているはずだ。
普通ならそれでいいのだろう。けれど……、家族みんなの願いがそれぞればらばらだったら、各自の願いが相反するものだったなら、「みんなで幸せ」ってありえるのだろうか?
失礼かもしれないけれど僕は、自分自身のお願いを父さんに打ち明けたことがない。
目を開いたら、父さんが「もういいか」と言いたげにこちらを見ていた。
「だいじょうぶ」
「おう」
鳥居まで戻ったところで、僕は父さんにお稲荷さんも拝んでいきたいとせがんだ。普段から急にそういうことを言う性格だったから、父さんは僕を疑わずに許してくれた。
神社の参道から左へそれた林のなかに、小さなやしろがあった。わざわざ枝社に来る人は少なかったから、僕は古い布と木でできた神様の家の形をまっすぐ正面から見ることができる。なかに置かれた稲荷様の像は闇に隠れて見えなかった。
僕は呼吸を落ち着けて、これから起こることをじっくりとシミュレートした。
十秒後、目を開くと僕のとなりに山下がいた。
何度たしかめても山下は女の子の姿で、ピンクの着物からは整えられた襟足が見えている。冷たい風に乗って、衣装箪笥と樟脳の匂いが漂ってきた。そして口に出すまでもなく、山下は僕がなにをしたいかを察してくれたのだ。
深夜の林に囲まれて、女装を見とがめる通行人もいない。僕たちはふたりで賽銭を投げて、お祈りした。
目を開けて僕は言った。
「この神社はな、お稲荷さんにお参りするのが通なんだ」
自分で言っていて意味不明な台詞だ。けれど山下は、近所の神社のことなど言われなくても分かっているだろうに、僕の言葉にうなずいてくれた。
お稲荷さんの前に立ったまま、僕と山下は冬休み中にあったできごとなんかを適当に話す。山下が最後にたずねてきた。
「新井くんは、なにをお祈りしたの?」
「べつに? たいしたことないけど」
いつもの口調で言ってから、後悔した。たいしたことない、なんてない。もっとまじめに答えてみよう。
「おまえと同じお願いかもしれないぜ」
きっと山下にとっても予想外だったのだろう、山下は目を見開いた。それから初対面のときと同じ寂しい表情を、すこし、見せてすぐにうち消した。
「やったぁ。そうじゃん。新井くんもおんなじお願い、したんだよね!」
そうだ。期待をこめて僕も答える。
「和久や篠塚もいたらよかったな!」
「うん。来年は絶対にいっしょだね!」
背後に気配がした。その人物からの呼びかけに山下は元気に返事した。
驚いたのはそれが山下の母親だったことだ。着物を着たおとなしい女の人で、山下の話を聞いてからこちらに頭を下げてきた。
「いつも息子がお世話になっております」
母親はしっかりと山下のことを見ていた。ときおり息子が顔に浮かべたのと同じ寂しい表情が頬をよぎったけれど、強い意志を持った眼差しを自分の子どもに向けていたのだ。
動揺していた僕は、「こちらこそお世話になっております」とかの、決まり文句を返せなかった。
「山下、おまえ……、親、公認かよ」
「そうだよ」
あっさりと返事をして、山下は母親といっしょに帰っていった。
ひとり残ったお稲荷前で、たまにくる参拝客を避けながら、僕はしばらくぼうっとしていた。たくさんの考えが頭をめぐった。親にも知られているのに、わざわざ自宅外に着がえルームを持っている。学生服を脱いで、おしゃれして街に出かける。お正月に着物を着て堂々としている。
山下は、本物だ。
僕はお稲荷さんに向かうと、もう一度賽銭を投げて、歯を食いしばって願いをこめた。
女の子に、なれますように。
僕たち四人が、女の子になれますように。
山下が、女の子になれますように。
<つづく>
可愛い女の子に変身して愛される人生
可愛い女の子に変身して愛される人生と、このままつまらない男として無為に過ごす人生と。
一体、どっちが幸せだと思われますか?
一体、どっちが幸せだと思われますか?