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いつだって僕らは 1-11  by 猫野 丸太丸

11.
 ふたりで出かけるこの奇妙な体験は、しばらく続くことになった。なぜなら和久と篠塚が放課後忙しくなって、なかなか来られなくなったからである。
 和久は生徒会でなにかしているらしい。篠塚は驚いたことに柔道部に復帰した。そして二週間後のカラオケボックスで、ふたりは僕たちに報告に来た。
「先生の職員会議と、生徒会で話しあってもらった。まぁ、国吉さんがやったことを引き継いだようなものだが……、もう山下が集団に襲われることはない」
「柔道部のみんなも協力してくれるぜ。悪いことには加担しないし、ピンチになったら助けてくれるってさ」
 僕は驚いて目を見張った。
「いいのかよ、そんなことおおっぴらに言ったらからかわれるだけ、というか、理解してもらえるなら苦労はしない、というか……」
「国吉さんのことがあった時点で、事件は明らかになっていたんだよ。である以上、積極的に学校に安全を求めても良かったんだ」
 理屈はその通りだ。山下はあと一年間この高校に通うのだし、今後の安全を手に入れる必要は絶対にある。
 たぶんお願いしただけでは相手はぴんと来ていないだろう。男が性的に襲われるということは、世間では全く受け入れられない現象なのだ。性的な事件で男は加害者にしかなりえない。それが常識、当たり前とされている。被害者になる男は被害妄想だ、それとも自分から襲われたい同性愛の気持ちがあったのだと見なされる。
 これまで事件に関係しなかった人たちからすれば、山下の身にどんな危険が迫ったかなんて想像できないことだろう。でも校内でアクションを起こせばちょっとでも安心感が手に入るではないか。ふたりの気持ちはなんとなく分かった。
 和久や篠塚は僕のような孤独な人間ではない。そのことをつい忘れがちになるけれど、ふたりの行動力はさすがだった。ただ理屈では分かっても、僕の心にはどうしても違和感が残るのだ。
 一方山下はありがとう、ありがとう、と何回も頭を下げた。僕はつい
「ごめんな、僕はなにもしなくて」
 と言ってしまう。篠塚は僕の背中をやっぱりたたいてくれた。
「なに言っているんだよ、新井が山下をしっかりガードしてくれたから俺たちが自由に動けたんじゃないか。これからも頼むぜ」
 これから? と僕が疑問に思ったら、和久が真剣な表情で切り出した。
「じつはやらなければいけないことがあるんだ。前にもちらっと言ったが、海外に行く」
 これには僕だけでなく、山下や篠塚も驚いた表情を浮かべた。
「なんで海外? あれか、人生勉強に行くってやつか? 大学から行くんじゃないのか」
「そうだ。大学は海外でと考えていたんだが、なにも待つ必要はない。海外は同性婚だってできるくらい日本より進んでいるからな。山下が幸せになる方法、きっと見つけてみせるさ」
 僕はとまどって皆を見回した。山下はしゅんとした顔をしていた。
「じゃあもう和久くんには会えないの?」
「会えるよ、もちろん。休みには帰国するし、メールも送るからな。報告を期待していてくれ」
 留学のことは前から考えていたようで、何回話しても和久は決意を変えなかった。僕は念のため尋ねてみた。
「和久の親は……、なんて言っているんだ? 息子が性転換について調べるために海外に行くって言ったら」
「直接は理由を言っていないさ。だがうちの親は理解があるからな。きっと大丈夫だよ」
 結果論としてこのときの和久の判断は最善だっただろう。だがそれを言っても始まらない。正直僕は寂しさを感じていた。
 積極的に幸せを探しに行くのも大事だけれど、離ればなれになるのはやり過ぎである気がした。不安なときこそ、和久のようなしっかりした仲間が山下のそばにいることは意味がある気がしたのだ。
 ましてや和久だけでなく篠塚もいなくなるならなおさらだった。じつは山下の安全をお願いしにいったとき、最初は柔道部の反応が冷たかったらしい。たしかに部を勝手に辞めた篠塚の言葉では反発もあっただろう。しかし篠塚は必死に頼みこんだうえに下級生扱いでいいから復帰させてくれと約束し、そのうえ現役部員相手に十人抜きをやってみせたというのだ。
 篠塚の同性愛疑惑はたちまち撤回された。なぜなら
「同性愛かもしれないけれど、愛する相手は山下限定だから柔道部に対しては安全だし、役に立つ」
 と認められたのだ。……そんな言い草はひどい冗談だったとしても、なにより篠塚の純粋な愛が、男集団の心をも揺さぶったのかもしれない。
 その結果篠塚は柔道部や、さらに仲の良い剣道部まで協力を取り付けることに成功した。しかし代償として高校生でいる期間のぎりぎりまで柔道部に貢献する義務を負った。
 和久と篠塚に「それじぁあな」と言われたとき、僕には言い返す言葉がなかった。寂しいとかなにかがおかしいとか、口に出しても良かったかもしれない。
 放課後に和久と篠塚が顔を出せなくなったせいで、カラオケボックスの集まりは分解した。

 僕は己の責任に従って、ほぼ毎日山下の下校につきあった。しかしあっけないことに、事件が起こらなければ護衛とはひまなものだ。なにかして山下を楽しませたかったが、図書館にそう何回も用事があるわけではない。得意な国語についても、TS小説の話題は話が盛りあがりづらかった。相手が同じ本を読んでいないと意味が通じないし、ましてやTS恋愛ものの話なんてしたら……、僕が山下と恋愛したがっているみたいじゃないか!
 もちろん僕だって妄想をそのまま話したりはしない。でもTS物語に恋愛要素は必ず出てくる。そのたびに
「これって山下とのことを遠回しに言っていると思われるんじゃないか?」
 と気になるのだ。しかたなく僕たちがやったことは、いっしょに勉強だった。なんてくそ真面目なおつき合いなんだ!
 でも幸運にも父さんが出張で、絶対に家に帰ってこない日があった。そんなときは女装した山下が家に遊びに来て、録画した映画をいっしょに見ながら話をしたのだ。
 山下はカーペットのうえでひざを抱えて、小さな猫みたいになって画面を見つめている。スカートからちょこんと出たソックスの足がかわいらしい。あまり食べていないのか、お腹とかも細いままだった。
 山下は国吉さんから受けたダメージを回復できただろうか。自分が結局は男かもしれないという、恐れを。地方の映像を見ながら、僕は励ますつもりで言った。
「篠塚が休みになったら、旅行なんかいいかもしれないぜ。温泉に入ったりさ」
「温泉かー。どうだろうね」
 僕は気づいた。他人に肌をさらすシチュエーションは山下にまずいではないか。
「そ、それじゃ和久が夏休みに帰ってきたら海に旅行かな。南の島とかで」
 南の島に行ったら海水浴ではないだろうか。それもだめだ。僕は頭を抱えた。山下は微笑んで、とりなすように言った。
「もし行けるんだったら、インド洋に素敵な島があるんだって。珊瑚礁で無人島に小屋が一軒だけあるんだ。ガイドさんが船で送り迎えしてくれるとき以外は本当に誰も通りがからないんだよ。そんな島で、みんなで遊べたらなぁ」
 僕は思いうかべた。無人島で四人、誰の目も気にせず楽しく過ごす様子を。海で、僕たちは太陽に肌をさらす。誰が誰に日焼け止めを塗る、なんていう冗談もあるかもしれない。
 でもそのとき僕たちが着ている水着は男物だろうか、女物だろうか?
 山下も「みんなで泳げたらなぁ」とは言わなかった。こっそり歯を噛みしめる僕の顔を山下はのぞきこんで、あくまで微笑んでくれたのだった。

 時の経つのは早くてもう六月。いつのまにか暑い日も混じるようになっていた。夏服で僕らは登校した。山下は長袖を着ていて、半袖が見られるのは体育の時間くらいだった。
 なにかが変わったわけではない。ただ変わらない日々が、すこしずつやすりのように僕たちの残された時間を削っていく、そんな気分を登校時に感じることがあった。
 休日のない六月、父さんが仕事休みを取って、進路指導の三者面談に出てくれた。湿っぽい面談室に僕と父さんは並んで座って、汗かきの先生が顔をふくのを眺めた。
 将来の進路を聞かれて僕は答えた。
「えっと、まぁ普通の大学に入れればいいと思います。それから、できれば普通の会社に入れれば」
 先生はため息をついた。
「このご時世だから普通の会社に就職できれば御の字だとは分かるが、もうすこしがんばらないと普通だって手に入らないんだぞ」
 父さんも苦笑いした。
「うちの子にももっと覇気があればいいんですがね。でなければ一家を支える強い男にはなれない」
 僕はその言葉にふたつの意味で疑問を持った。一家を支える強い男なんて今どき存在しないし、家族が信じてもいない。それから、僕に覇気がないわけじゃない。就職先に「女の子」っていうのがあったらすぐにでも覇道を進むだろう。なのにこちらの気も知らず、先生なんて
「クラスの誰某が『なんで男の就職先にお嫁さんがないんですか』などと言うものだからどやしつけてやりましたよ」
 と冗談めかして言う。僕は冷や汗まじりの苦笑を浮かべた。
 未来。どうなるのだろう。僕には分からない。普通の会社に就職して、普通の家庭を築く。普通の「家庭」だって? それだって奇跡に近い確率だ。ひょっとしたら独りで、なににもなれなくて、こんな自分は違う、本当の自分じゃないと歯を食いしばる毎日かもしれない。
 父さんとは別々に帰っても良かったけれど、いっしょに帰ることにした。
「大学は東京のどこかに行ってくれよ」
「そりゃ東京のどこかだけど。家から通えるし」
「気にせずに下宿してもいいんだぞ。……『絶対に○○大に行きたい』ってのはないのか」
(女子大に行きたい、女子大に行きたい)
 靴を直して、顔をあげて僕はどきりとした。山下がいつもと同じく校門そばで僕を待っていたのだ。しかし今日は、後ろにお母さんが立っていた。面談が僕らと同じ時間だったのか。ごまかすひまもなく、山下は僕の顔を見てうれしそうに名前を呼んだ。父さんが先に反応した。
「ああ、君はいつもの。ということはとなりはお母様、かな」
 おたがいの親が頭を下げた。僕は近寄るでもなく、逃げるでもなくその場に立ちすくむ。いや、大丈夫だ、山下のお母さんが出てきたからといって、TS趣味のことが父さんにばれるとは限らない。親ふたりはなにか話をしている。
 会話に口をはさんだほうが安全か、それともかえって危険かが分からない。山下本人はのんきに僕に話しかけてきている。
 そのとき僕と山下の携帯電話が同時にメール着信を知らせた。またこんなときに、と取り出したら読む前に山下が叫んだ。
「これっ、和久くんからだよ!?」
 題名をチラ見した僕はあわてて山下を引っぱった。たぶん、父さんからは離れているのが正解だ。そして息を落ちつかせると、たがいの携帯を見せ合った。どちらも同じ、和久からの文面だった。
 題名は「緊急」。本文にたったひとこと、書いてあった。
「TS薬を 見つけた!」
 まるでなにかの漫画で、賢者の石を見つけたときのメッセージみたいだった。

<2章につづく>

俺はまだ

俺はまだ女体化してないだけ。

いつだって僕らは 1-10  by 猫野 丸太丸

10.
 後日、三人でカラオケボックスに集まったとき、和久がなにか言っていたと思う。
「国吉さんは山下の写真を撮らなかったそうだ。誘拐の連中もだ。面白がって写真を撮ったという証拠があれば、事件をいじめとして訴えることもできたんだが……。さすが、抜かりがない人だ」
 僕はうなずいた。和久はたぶん、本気で国吉さんを追及する気がないだろう。
 篠塚は黙って、右拳と左手のひらを打ちあわせることが多かった。きっと悔しさを噛みしめていたのだと思う。でも腕力でなんとかなったかは僕にも分からない。
 山下は春休み中、カラオケボックスに来るのを休んだ。口では平気なように言っていたけれど、やはりふんどし事件のことがショックだったのだ。ただし国吉さんに対して被害意識を持ったのではない。ふんどしを身につけたことで、自分が結局は男なのかもしれないと思い知らされた。それが致命傷だった。
 山下は本気で女になりたかった。カラオケボックスではみんな山下を女の子として扱ったから、山下自身もほとんど願いが叶ったみたいに感じていたかもしれない。でも外の世界からの介入で、幻想は一気に崩された。
 極端な話、国吉さんがいなかったとしても、いつかは同じ恐怖を感じたと思う。たとえば受験に必要な願書、証明書、履歴書。どうして名前の横にはかならず性別を書く欄があるのだろう。男か女か分かったところで個人が識別できるわけじゃなし、窓口係の人は相手が女性だったらナンパしようとでも思っているのだろうか、意味のない慣習である。あれのせいで僕らはいつも自分が自分でないような先入観に悩まされる。戸籍から書き換えない限り一人前の女になれないのかと考えてしまうのだ。
 世の中にはそういう障害がいっぱいある。和久も篠塚ももう、ただ国吉さんと戦えば山下を救えるとは思っていないだろう。
 では僕たちは、親衛隊はなにから山下を守ればいいのだろうか?
 薄暗い部屋で、和久の青白い顔が浮かんだ。
「俺は甘かった。本気を出していなかった」
 篠塚もうなずいた。
「俺もだ。もっとやれることがあったはずだ」
 そうだ。山下を悲しい目にあわせないためには、まだやれることがあるはずなのだ。ただ僕には、それがなにか分からなかった。

 四月。クラス替えがあり、僕らはばらばらになった。和久と僕はそれぞれ別のクラスだ。やはり運命は厳しい。篠塚が山下と同じクラスになってくれたことが、せめてもの救いだった。
 始業式のあれこれが午前で終わったので、僕は校門に自転車を立てかけてから皆を探した。篠塚はすぐに校舎から出てきた。ほかの生徒がいやがらせしてこないことをたしかめてから、僕は篠塚に近づいた。
 山下は、篠塚の後ろにいた。背中に隠れるように歩いてくる。僕に気づくと顔だけ出してえへへと笑った。表情は……、良かった、平常通りだ。
「……無事か?」
「だいじょうぶだよ、新しいクラスも楽しそうな雰囲気だったし」
 山下の「だいじょうぶ」は当てにならない気がしたが、本人が言うのならばそれ以上聞き返せない。とりあえず篠塚が自信のある表情をしていたので、僕は質問相手を変えた。
「和久は見かけたか?」
「ああ、職員室に行ったよ」
「なんで?」
 篠塚は僕を通学路の端に引っぱっていき、ほかの生徒に聞かれないようにささやいた。
「今からでも俺たちのクラスを同じにできないか交渉するってよ」
「うわ、無理だろ」
「まぁ無理かもしれないが、その場合、ほかにもやりたいことがあるってことだ」
 ほかにもやりたいこと、か。きっと山下を助けるための計画だろう。国吉さんの重石がとれて、和久もようやく実力を発揮できるようになったのだ。
 篠塚が照れくさそうに言った。
「……それでな。俺もちょっとやりたいことがあるわけよ。だから今から学校に戻る」
「いまから? なにを?」
「思い立ったが吉日ってね。俺も親衛隊として山下の安全を守りたいんだ」
 面と向かって言われたので、山下は長袖から出た指を頬に当てて驚いた。
「本当に? ありがとう!」
 山下は寂しい表情を出さなかった、むしろ本気で喜んだのかもしれない。篠塚は得意げに笑い、僕に向かってもにやっとした。
「というわけで、山下の身辺警護は新井に頼む。窮屈かもしれないけれど、毎日ついてやってくれよな」
 そう言って篠塚は学校に戻ってしまった。
「ちょっと待ってよ? 新学期一日目なんだし、久しぶりに皆でカラオケボックスで集合、とかじゃないのか? あれ?」
 僕の抗議は全く相手にされず、そのまま山下と僕、ふたりで残されてしまった。
「……身辺、警護か」
 車道側に立ち直して、おそるおそる山下の顔を見た。もちろん初詣のときとか、用事があるときにふたりでいたことはあるけれど、なにもないときに山下とふたりきりになったのは初めてだ。とりあえず山下の表情は不満そうではない。
「どうしようか、カラオケボックスは……、待っていても和久や篠塚が来なさそうだし」
「どうしようね」
 しかたがなくかばんを構えて、足の向いている方へ歩きはじめた。山下はいっしょに歩くと、努力している感じの早足になってしまう不思議な子だ。僕はすこしゆっくりめに歩いてみた。国吉さんだってこのくらいはしていただろう、負けてはいられない。
「えーと」
「なにかな?」
「あ、いや、うん。春休み中、どうだった」
「親戚の家に行ったり、お母さんと買いものに行ったり」
「そうだよな。家でずっと寝ていたわけじゃないよな」
「新井くんってそうなの?」
「いや、暇なときはゲームとか……、遅くまでやって朝寝してしまうこともあったかも」
 いったい僕はなにを話しているのだろう、こんなの高校生男女の会話じゃない。でもほかに話題がない。国吉さんは楽しそうだったのにと、いちいち国吉さんが比較対象に思い出されるので腹が立つ。
 和久は得意な交渉でがんばろうとしている、篠塚もきっと得意分野に打ち込むのだろう。僕の得意分野は……。
「そうだ、用事があった」
 僕は立ち止まって手をたたいた。
「行きたいところがあるんだ。山下も来て手伝ってくれないかな」
「いいけど?」
 行き先を知られたくなかったわけではないが、僕はて山下を先導するのに裏道を何回も曲がった。何度も行っている場所なのになぜか道に迷いそうな気分がする。やがて知らない下り坂が、逆を向くと見慣れた登り坂になって、昼下がり、常緑樹で奥が見通せないような大きな公園に出た。
 公園には入り口に立て看板があって、白い建物への道順が示されていた。
「図書館? 本を返しに行くの?」
「いいや。僕なりの積極的行動さ」
 結局のところ、僕はピンチのときも本を読むくらいしかできない。
 静かな図書館の閲覧室で、僕は備え付けの重いパソコンを操作した。キーボードで「性転換」「女装」「ゲイ」という単語を打ち込むと、二十冊くらいの題名が画面に映った。
 明らかに関係ない本を省いて、「性差」や「トランスジェンダー」でも検索してみる。
 たちまち閲覧机の上には、大小の本が積み上がった。山下は驚いて本の束を持ち上げて、その重さに二度驚いている。
「たくさんあるんだね……」
「辞書でエッチな単語を引く中学生の延長だけれどな。なにかつかめるかもしれないさ」
 そう、僕にとってはこんなことも第一歩だ。
 周囲に級友がいないかをすばやく確認してから、机にどっかと座って読み始めた。
 フェミニズムについての本は、激しい主張がなにやら奥深そうなのだけれど僕の役には立たなかった。検索すると必ず出てくる神話の歴史本もそうだ。ヤマトタケルや北欧神話の女装がトランスジェンダーの源みたいに書かれているけれど、軽くて、気ままで、どこか山下とは違う気がするのだ。
 ただ気になる内容もあって、それはネイティブ・アメリカンで女装の祭司をしていた人たちの話だった。ネイティブ・アメリカンには巫女みたいな人たちがいて、それがなんと女性として生きる男性だったらしい。しかも自分の意志で「僕は巫女になるんだ」といって女の服を着て、仲間からも女性として扱われていた。別に体を手術する必要も戸籍を書きかえる必要もなく、そういうふうに伝統で決まっていたのだ。
 ところがアメリカが現代化して、一般の社会にゲイのコミュニティーができてしまった。巫女さんはずっと昔から女装をしていたのに、村を出たらもっと大きな女装のグループがあって、自分との違いを感じてしまう。自分らしさを追い求めていたはずなのに、自分とは別の女装世界が外に広がっていて、結局は世界に適応するか反発するかを迫られる……。
 僕はこの話に、ちょっと共通点を感じた。
 山下にとって、世間でよく言われている性同一性障害の「治療」をすることが唯一の解決法なのだろうか。男性から女性になった人たちは、普通に会社員になる人もいるけれど、まだまだ将来の就職先が水商売であることが多いという。水商売をしている山下……。僕は顔をあげて、机に座っている山下を見つめた。とうてい想像がつかない。
 どちらかといえばテントの村で、ネイティブ・アメリカンの服を着て。
「僕、今日から女の子になります」って皆の前で宣言。毛皮の着物を縫ったり、バッファロー料理をお鍋で煮たりしているのが似合いそうなんだ。
 次の小さな本に取りかかった。肩をいからせた女性の写真が表紙のその本は、レスビアンについて書かれていた。同じ内容を以前も読んだことがある、僕は知っている。レスビアンの人って、女好きである以前にまず男嫌いである。世界は男に支配されていて女の一生はどこもかしこも男の影響を受けざるを得ない。女性の体は男に見られる、嗅がれる、触られることをいつも強いられている。だから男というものを完全排除しなければ、自分の幸せはやってこないのだ……。
 脚本も俳優も全員女性の劇団、全員女性の映画、全員女性の小説を、レスビアンの人は作る。ときとしてトランスジェンダーの男性をも排除することがあるという。僕に含まれるあの異物が、彼女らを不幸にする。
 僕は不安な考えを止めて別の本を開いた。今度は性自認が男だけれど同性愛の、硬派のゲイについての本だ。女になる気はない、むしろ男が好きな人たち……。国吉さんが思い出されて気後れしたけれど、読んだらためになる内容が多かった。とくに男子校のような男社会で、どうして女装やゲイが避けられるのかについて書かれた文章が参考になった。
「ホモフォビア、っていうんだ」
 男子校や男子の運動部はゲイやなよなよしたものを嫌うことが多い。単なる好き嫌いではなく、極端に憎むことすらある。なぜだろうか、ということが分析されているのだ。じつは男の集団は、ゲイを排除することで男臭さをより強く尊重し、楽しんでいるのではないか。そうやって、かえって純粋な男同士の濃密な関係を求めているというのだ。
「そっちのほうがよっぽどゲイっぽいじゃん」
 僕はそうつぶやいてみたが、さすがに思い当たることがあったのか山下が青ざめている。いけない。僕は考えて、そっと言ってみた。
「国吉さんにされたこと。まだつらいか?」
「ちょっとは、ね。でもだいじょうぶ」
 元気よく返事されたので僕のほうが鼻白んだ。
「またそういうこと言って。山下はもうすこしスキを作らないように行動してほしいな」
「待ってよ、僕のしたことは反省しているから。誘拐されたり襲われたりで、みんなには心配かけたと思っている。でもね、国吉さんは……。あのときの国吉さん、自分が普通と違うことを分かっていて、僕に話してくれたんだ」
 山下は話し始めた。
「国吉さんは分かっていたんだよ。男の子が好きだってことが男子校でばれたら大変なことになるって。自分のためにも学校のためにもならない。だから三年間ずっと我慢していた。なにもせずに、自分がいちばんしたいことを忘れたつもりになるのがいいと思っていた」
「どうだか」
「僕を誘拐する計画を聞いたのも偶然だったらしいよ? だけれど急に、自分にもなにかできるんじゃないかって感じた。どうしてそんなこと思うのか分からないまま、体が勝手に動いたんだって」
 山下の穏やかな声はいつも耳にしみこむ。否定しようという気持ちが、ぐらぐら揺れた。なぜなら山下が口にした感情には、聞き覚えがあったからだ。
 山下のことを考えただけで体が勝手に動く。同性愛とか男の友情とかいう呼び名とは関係なしに、僕にはそれが当たり前の感情のように思えてしまう。
「国吉さん、正直に言ってくれた。もしも僕のことをかわいいと思っていなかったら、助け方にも違いがあっただろうって。下心と呼ばれてもかまわない、男はお姫様を助けたくなるものだ……。ごめんね、僕もなんとなく分かるんだ。それって僕にも男の部分が残っているからかな?」
 分かる、か。理解しようと思えばできるという考えと、でもむかつく、気持ち悪いという感情が僕の中に両方ある。
「一方的に意見を押しつけられたんじゃないよ? ふたりでいっしょの気持ちになれたわけでもなかった。国吉さんは僕自身の気持ちを聞いてくれた。それで違いを分かってくれたんだ。僕の気持ちはあくまで同情であって、愛情じゃないねって。だからもうなにもしないって誓ってくれたんだ」
 僕の中にあるむかつきは、僕自身にも向けられる可能性のある感情だ。僕と国吉さんとは違う。違う理由を考えればいくらだって思いつく。けれど、それは意味のあることだろうか……。
「だいじょうぶ?」
 山下が言ったので、僕ははっとした。今度は僕のほうがつらい表情をしていたようだ。
「ごめん、コメントしづらい。その話は置いておいて別の本を見てみないか」
 山下はうなずいて、いちばん大きな版の書籍を山から引っぱり出した。
 表紙を見て手を止めた。それは明らかにフルカラーで写真もいっぱい載ってそうな図鑑だ。内容は……、形成外科の専門書。性別適合手術についての図解だ。
 これはまずい、と思いながらも、ふたりでのぞきこまざるを得なかった。患者さんがどうどうと股を開いている写真を見てしまっていいものだろうか、犯罪的な気分になってくる。
「ほとんどエロ本だね」
 と冗談めかしてつぶやいてみたものの、雰囲気はすこしも和らがなかった。山下の指がページに触れる。ちょっとでもその部分にさわるのではないかとどきどきする。指先から伝染しそうで怖い。
 切られて、翻転(ほんてん?)されて、埋めこまれる。山下が女になったら、本当にこんなふうになってしまうのだろうかと想像してしまう僕の脳が気まずかった。もうやめようぜというひとことが出てこなくて、山下が解説文までじっくり読みこんでいるのを阻止できない。
 最後のページが閉じられたとき思わずため息が出たとしても、僕ははずかしいやつじゃない。
 山下が頬を赤らめて言った。
「すごかったね」
「ま、まぁな。将来のことを考えるのに役に立つかと思って」
 僕はなにを言っているのだろう! ひとり自爆してうつむく僕に、山下は優しく答えた。
「うん! 勉強になったよ」

<つづく>

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絵師:ゆきまる つばさ http://www.pixiv.net/member.php?id=4327332

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夫に衝撃…19年連れ添った妻が元男性だった

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いつだって僕らは 1-9  by 猫野 丸太丸

9.
 春休み中も、僕たちはカラオケボックスに集まった。山下が顔を出さないわけではなかった。しかしあの喫茶店で僕がなぜ国吉さんと口論していたか、僕は説明しなかったし山下も聞き直してこなかった(はちみつレモン代は渡した)。そのせいで僕と山下との会話は少なくなり、カラオケボックスの雰囲気も沈んだものになった。
 山下がいない日、和久はひとしきり歌ってから、そのマイクを持ったまま言った。
「新井、最近どうしたんだよ」
「別に、僕は。むしろさ、国吉さんとか山下とどうなっているのか心配で」
 篠塚がため息をついて言った。
「だから、国吉さんと張り合ったってしかたがないって」
「山下がどうなってもいいのかよ。あの国吉って男、興味本位で野次馬根性で、べつに山下のこと好きでもなんでもない」
 ここまで言ってその先につまった。好きだって? もしも男と女の恋愛ならば、男は恋愛の内容について責任を取らなければならない。裏切りや薄情は男の罪となる。でも国吉さんと山下ならば、関係は単なる先輩後輩ではないか。国吉さんが山下を遊びに誘ってなにか責任を問われるのか。
 だいたい好きだの嫌いだのいうなら、僕たちと山下との関係はどうなるのだ。
 僕らは友達として、山下を暖かく見守るしかないのだろうか?
 僕はぽつりと言ってみた。
「俺たちって、ずっとこのままなのかな」
 反応が薄かったので、二度言ってみた。篠塚が答えた。
「いや、このままってこともありえるでしょ。部活みたく高校卒業で終わりじゃないんだから」
「そうかな? ううん……、僕たちはそれでいいけれど、山下は違うんじゃないかな」
 和久がマイクを置くごりっという音がスピーカーに響いた。
「まったくだ。山下は本気なんだ。男のまま諦めるってことはないだろう」
「じゃあどうすればいいんだよ」
 僕たちはいったい、どうしなければならないのだろう。
 事実、僕の発言に和久も篠塚も、ツッコむでも賛同するでもなくただ黙っていて、テーブルの上で歌本が湿気って波うっているのを見つめるのだった。

 そのとき扉が開き、美濃さんがお盆を持って入ってきた。神妙な声で言われる。
「お姫様がいなくて親衛隊は元気がないのね」
 どうしてそれを、という目でにらむと、美濃さんは
「見たらすぐに分かるわよ……というのはうそうそ。マイクが拾った話し声って、受付から聞こえちゃうのよね」
 山下がいなくて空いたスペースに、美濃さんは小さなお尻を詰めこんできた。
「あたしでよかったら相談に乗るわよ。ほら、暖かい紅茶でも飲みながら」
 大人に相談といっても、なにを話してよいものか。僕が口ごもっていると、和久が先に質問してくれた。
「俺たちは今度、高校三年生になるんです。正直俺たちって、女になりたいって思っています。でも空想というか、そう願っているだけっていうか……。将来の進学や仕事を決めるのとは違うんです。この先俺たちって、どう生きていけばいいのだろうって」
 抽象的にぼかされていて、大人向けにはいい質問だった。正直僕としては「親友が先輩の男と寝ちゃいそうなんですけど、これって身の破滅じゃないんでしょうか?」あたりの話を聞きたいところなのだ。
 美濃さんからも、がんばりなさいとか、当たりさわりのない返事が来ると思っていた。でも美濃さんはこう言った。
「それだけじゃ分からないわね。君たちのことだからもっと深く考えているのでしょう。よかったら聞かせてくれないかしら、君たちの本当の思いを、ね」
 和久は本当に考えていたらしく、すぐに自分の考えを語りだす。
「俺自身は、まずは親から独立したいと思います。親の世話になっていると自分のこと決めるにも行動範囲が狭いですから……。そのあとはアメリカとか、ヨーロッパとかを見て回りたいです。いまの俺は知らないことが多すぎますから、正しい判断もできないでしょう。そして自分の体をどうするか決めたいと思っています」
 体、と踏み込んだ表現をしたことに僕は驚いた。篠塚も目を丸くしていたが、和久が言い終わるとへへっ、と笑ってから口を開いた。
「俺はそういう難しいことは分からないから……。仕事もきっと親の手伝いから入るし。ただ山下が大事な問題を抱えているってことは分かっている。俺、たぶんずっと男ですけど、あいつの男友達として支えてやりたいと思ってます。一生あいつの友達でいられればと」
 そうだ、篠塚はそういうやつだ。そしてそれを実現できる男だ。僕は目を閉じた。考えれば考えるほど、僕は和久や篠塚のようにはなれない。急に国吉さんの台詞がフラッシュバックして、僕は背筋が寒くなった。
 僕はなにもしていない……? 思いを山下に託しているだけなのか?
「美濃さん。僕は、考えても疑問しか思い浮かばないんです。考えを話すと疑問になるんですけど、そういうのってありですか」
「いいわよ、どうぞ」
「世の中の人、みんな言います。自分らしく生きればよい、生き方は人それぞれって。でもそれ、いま困っている人にはなんの役にも立たなくないですか? なんだか無責任でごまかしのように聞こえます。たとえば飢えて死にそうな人や末期がんで苦しんでいる人にも、自分らしく生きればいいって言うんでしょうか? 絶対的正解がないと助からないのに」
 なんてことか、美濃さんは即答した。
「厳しい言い方だけれど、大変なときこそ他人が与えられる絶対的正解はないのよ。ご病気で苦しんでいる人? そうね、そんな人こそ、自分らしさを手に入れる必要があるの。お医者さんから痛み止めをもらえば終わり、手遅れですと宣告されたら終わりじゃない。そこから自分の気持ちを持って、苦しさや辛さにも正直になるの。自分らしさを持つことは最期まで続くわ」
「なんですかそれ、死人にむち打つみたいな……。いったい、地獄ですか?」
「地獄に聞こえたかしら。選択肢を手に入れるってことは自己責任とも聞こえますからね。たしかに、なにも考えずに楽ができるというわけではないわ。だけれどね、周りの人たちはその人の人生を決めつけるかわりに支えてあげることができる。本人にすら先が見えないピンチのときこそ、しっかりと支えてあげればいいのよ」

 僕の携帯にメールが来た。お知らせ音を感じて、こんなときに、と思いながら乱暴に取り出すと、山下からだった。
「山下から、題名のないメールが。場所だけ書いてある」
 三人とも勢いよく立ちあがった。美濃さんに謝りつつ、荷物を預けて飛び出す。すぐに分かったのだ、おしゃべりの時間は終わりだと。薄暗いカラオケボックスを出れば昼過ぎ、暖かな陽射しで目が痛くなったけれど走った。
 今日こそ出遅れないように、僕たちは競走するかのように走る。自転車で先行しようとはなぜか思わなかった。三人揃って駆けつけようと思ったのだ。
 走って行ける場所だったので腹が立った。国吉さんは犯行現場を隠しもしないのだ。思い返せば例のゲームセンターが、以前襲われた場所であったことも象徴的だった。わざと犯行を見せつけるためのやらせだったのだ。
 生徒を二十五人以上も命令で動かせるのは誰か。襲われる寸前に都合よく駆けつけられたのはなぜか。もしも同級生を動員して山下を襲った黒幕が国吉さんであるならば、僕はもう確信していたのだけれど、僕ら三人にわざとばれる形で犯行を繰り返して、国吉さんは僕らを挑発していたのではないか。
 僕らの行き先は、本当に商店街から一キロも離れていない、県道ぞい海側の喫茶店だった。小さな町なのに、国吉さんはいくつおしゃれな店を知っているのだろう。今度の喫茶店は古びた木の扉で、コーヒーがらが染みこんだみたいな焦げ茶色をしていた。
 遠慮なく開いたときに来客を知らせる鈴が鳴ったけれど、店員や客が反応する気配はなかった。また店を貸し切りにしたのだろうか。
 僕の目は店内を探った。無人の喫茶店はただ静かに、海の景色を窓に映していた。和久が上着のポケットを探る気配、それに続いてどこかで携帯電話の呼び出し音が鳴った。
 僕は音のする方へと歩き、二階への階段を見つけた。
 二階は店内と同じく焦げ茶の木で内装されていたけれど、店として使われなくなったのか家具がほとんど置いていなかった。細い廊下からまっすぐ、明るい部屋が見通せる。音はそちらから聞こえてきた。
 国吉さんはどこにひそんでいるのだろうか。警戒しながら近づいた。家具のない部屋の真ん中に、羽根布団が敷かれている。フローリングの床が磨きあげられているのと相まって、家具屋のコマーシャルみたいな見た目だった。
 布団の端からピンク色がとびだしていた。

 僕はただ沈黙して、その場を動くことができなかった。ピンク色はもちろん生きていたけれど、部屋の一部になったように動かなかった。和久や篠塚の足音も聞こえなくなったから、僕と同じく衝撃を受けていたのだと思う。
 いたたまれなくなって、僕は布団から目をそらした。国吉さんが部屋の壁にもたれかかってタバコをくわえていた。タバコの煙だけが、その部屋で揺らいでいるものだった。
 和久の震える声が聞こえた。
「国吉先輩……。なにをしたんですか」
「べつに。なにもしていやしないさ。ふたりで衣装を楽しもうと思っただけだよ」
「じゃあどうして裸なんですか」
「裸ではない、ふんどしを締めたんだ。我が校の伝統的な衣装だぞ?」
 そんなことは知っている。うちの高校では一年生が赤いふんどしをしめて寒中水泳する伝統があった。寒かったが僕もやった。山下は……、先生に頼みこんで免除してもらったそうだ。本人がカラオケボックスでそう言っていた。行事だけじゃない、山下は通常の水泳の授業も避けていた。つまり肌を男にさらすことを望んでいなかったのだ。
 それをいまになってふんどしだって? ふざけた衣装で山下を陵辱しようという意図だと、僕は解釈した。
「山下は一年生のとき体験していなかったからな。卒業前に、我が校の生徒としてぜひと思ったんだ」
「いやがる山下にむりやり着せたんですか?」
「本人の同意の上でだ。それに僕は、山下には雄々しい姿が似合うと思ったんだよ」
「しかし」
 僕の怒りは頂点に達した。和久ののんびりした追及を無視して叫ぶ。
「くだらないことをぐたぐたと! わざわざ山下を誘拐してそれから助けるふりをして、そこまでして取り入って、やりたかったことがそれですか!」
 国吉さんがとぼけた顔をしたので、僕はもう一度くり返さなければならなかった。国吉さんが最初から誘拐を仕組んだという僕の説に、本人はなんの反応も示さなかった。
「おいおい、新井の推理は無茶だろう。下級生たちがわざわざ僕のために悪役を引き受けてくれたと言うのか? そうする理由がないし、それだけ大勢で仕掛けをすれば誰かが事実を白状してしまっているはずだ」
 だめだ、僕では国吉さんに負ける気しかしなかった。背後の気配から、和久や篠塚も僕の言い草を信じていないのは明らかだ。国吉さんが壁から離れる。僕の足も動いた。勝てる見こみもないのに、なぜふらふらと近づいてしまうのだろう。
「そもそも僕は山下を助けて、そのあと彼の魅力に気づき『仲良くなろうと思ってしまった』だけだ。新井くん、これって君のしたこととなにも変わらないじゃないか」
 あの冬の日に、僕は山下を助けられた。それから隠れ家までついていっていっしょに遊ぶようになった。山下と、いっしょにいたいと思った。では僕は、山下とお近づきになりたいという意図でそうしたのだろうか?
 僕の動機とは男の下心なのだろうか?
 僕は国吉さんの顔から目をそらした。部屋の死角に、小さい二人掛けのテーブルがひとつ残っていた。
「なんだ、あるんじゃないか」
 灰皿、花瓶と、僕は卓上のアイテムを目で追い、そして載っていたテーブルナイフを拾い上げた。国吉さんに襲いかかった。腹でも首でもいい。すこしでも傷をつけたかったのだ。銀色を見て、国吉さんはすこし感心した表情を浮かべてくれた。
 ナイフが、音だけは本物のように風をきる。そして国吉さんのジャケットの胸に当たって止まった。
 篠塚の太い腕が僕を後ろから押し倒した。
「馬鹿っ、新井! こっちが犯人になりたいのか!」
「はなせよぉっ! だってこんなやつ、生きていたってしかたがないだろ!」
 叫び声は敵にも味方にも届かず木材の壁に吸収されていく。
 なんで、この部屋は、この海は、この世界は山下を見て平然としていられるんだ!

 だけれど争う男どもの傍らで、やわらかい掛け布団がゆっくりと持ち上がり、うずくまる人の形を取ったのだ。
 ……山下。
 見えていた脚も隠れ、達磨のような布団のかたまりになった。僕の思いを裏切るかのように、しっかりとした声が聞こえた。
「この世の中に生きていてしかたがない人間なんていないよ。新井くん」
「許すのか」
「僕は許したり許さなかったりしない。だって国吉さんは、国吉さんらしく振る舞ったのだから」
 またその言葉か! 国吉のやったことなんて絶対悪だろ!?
「山下だって……、山下だってそんな格好、いやなんだろ?」
「いやだよ……。でも諦めなければ、いつか国吉さんのことも理解できるかもしれないじゃないか」
「違う! 山下がなにを言っているんだよ。女の子なら自分を大事にしなきゃだめだ。いやなことはいやって言っていいんだよ!」
 山下は都合の良いところだけ男として扱われて、大切にされないで、理屈で言いくるめられて国吉さんに遊ばれただけだ。きっとそのはずなんだ。
 それともなにか? やっぱり山下は……、国吉さん相手なら悪趣味な火遊びもオーケーなのか?
 僕はナイフを落とした。そうしないと怒りのあまり山下に切りかかってしまいそうだったから。
 国吉さんはタバコを灰皿に捨て、僕の頭をなでて通り過ぎる。去り際に言われた。
「新井、僕は彼を男として愛したかった。本気でそう願ったから彼は叶えてくれたんだ。君はなにをしてほしい?」
「……」
「遠慮していれば誰も傷つけずにすむと思っているのか? いや、君は他人を避けずに、欲望の満たし方をしっかり考えるべきだ。君は誰かを求めるとき、そして誰かになにかをしてほしいときにどうやって想いを表現するつもりだ?」
 篠塚は「なに言ってやがる」とつぶやいてくれたし、和久は国吉さんを呼び止めて抗弁してくれた。
「それでも山下が僕らに緊急連絡をくれたことは事実です。あなたの行いを罪には問えない、でも後輩を傷つけたことは承知してください」
「分かった。もう二度と山下には近づかないよ。四月には僕が東京に出てさようならだ」
 その宣言が事実かうそかには関係なく、僕が負けたことはたしかだった。山下がはずかしめを受けたのに反撃することもできなかった。
 なにより山下がうずくまっているのに、優しく助け起こすこともできていないのだ。
 山下はなにを考えているのだろうか。布団のなかでどんな顔をしているのだろうか。正直いまの山下に触れるのが怖かった。
 僕が本当の女の子ならば、傷ついた人の格好を気にせず、相手の理屈なんて気にせず、同情して心配して抱きしめることができるのに。男がさわったら、もっと傷つけてしまいそうで怖いのだ。
 ぐずぐずしていたけれど喫茶店に来てから十分も経っていなかったと思う。結局山下は自分で自分をなんとかした。向こうを向いたまま山下が窓際に立ったものだから、僕たちも驚いて立ちあがった。
 山下が布団を足もとに落とした。春の日に照らされて、肩、わき腹、腰のラインが浮かびあがる。
「今日あったことなんてなんでもないよ。僕がとても怖いのは……、僕たちが、僕たちでいられないことなんだから」
 僕は目をおおった。山下は男みたいな屈辱的な装いをしていたのに、その体は――、女の子としてかわいらしかったのだ。
 こんなきれいなピンク色、見たことがない。

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挿絵:シガハナコ

<つづく>

家畜人 伸司

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買いました♪
イリヤくん、可愛くってなかなかオチない?んで悪くないです。
ちと厳しめになっちゃいますが「若干割高」と評価。

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オレのアマゾンお勧めに出てるんですけど、中古価格¥10,710,786ってのはバグか何かでしょうか……
これ1冊売れたらオレにアマゾン様から数10万円ぐらいもらえるの?
(この本をクレジットカードで買えるんかとか色々疑問が多いなぁ。ブラックカード必要?)

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職場環境(★自宅だ)整備の為に購入。
花粉とかいろいろ吸いこんでなかなか快適。結構でかくてパワフルなりよ。

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いつだって僕らは 1-8  by 猫野 丸太丸

8.
 もともと皆勤していたわけでなし、山下がいないカラオケボックスだって楽しみようがあるはずだった。でもそれは理屈だ。
 楽しめない僕のやったことは……、放課後ふたりのあとをつけることだった。
 クラスでいつもいっしょにいるのだから容易なはずなのに、僕は他人の行動原理を予想するのが本当に苦手だった。カラオケボックスに集まるときだって、授業が終わったら、メンバーに声をかけることもなくひとりで出て、自転車に乗って、偶然通り道で誰かを見つけられればいっしょに歩くだけだ。ほかの時間に誰がどこでどうしているかなんて考えたことがないのだった。
 だから終業式の日、山下が教室から出て行くのを、僕は律儀に尾行した。ほかの生徒から見ればあからさまに怪しい態度だっただろう。しかし事件のあとであり、僕が山下の関係者であることを皆が知っている状況では、あえて僕を呼び止める生徒は出てこないのだった。

 山下はカラオケボックスのある商店街ではなく、高台の住宅地へと向かった。ときおり下ってくるのが高級車で横幅が広いから、自転車で避けるのに苦労するような坂道だ。そこを山下が、いつにない早足で登っていく。見通しが良いためふり返られたらばれるのだが、僕は山下ののんきさに期待してそのまま追いかけた。道はゆったりとカーブして、丘の表面を回りこむ。
 追いかければ、山下は洋風の家の前で止まっていた。軒先のローマ字看板からすると、民家を利用した喫茶店かレストランのようだ。山下が小階段を登って入ってから、さらに二、三分待って出てこないのを確認。僕は店前に近づいた。

 白壁の店はおしゃれな作りで、山下は大きな窓際に座っていた。女の子なら、こういう店を喜ぶだろう。向かいには大人びた身なりの国吉さんがいた。ふたりは挨拶をして、本のやりとりをして(本の貸し借り)、それからしゃべっては笑っていた。見ていても分かった。会話のキャッチボールが、カラオケボックスでよりもずっと早い。楽しいのだ。そう思ったら、なぜか国吉さんよりも山下のほうに腹が立った。和久や篠塚を放っておいて、ひとりで楽しんでいるだなんて。国吉さんは明るい性格で、話題の幅も広いのだろう。だから僕たちよりも国吉さんの誘いを優先するのか。
 ひとしきり笑ったあとで、国吉さんはベージュっぽいジャケットの襟を直して、それからこちらを見た。にこやかに山下に、ふた言、三言。山下は元気にいすを飛び出し、店外の僕のほうへと走ってきた。
「来たんだね! 国吉さんが、いっしょにどうぞ、だって!」
 僕は考えに詰まって反応が遅れた。こういうとき、普通の人間は困惑して「おい、新井?」と聞き直すのだが、山下は静かに笑って、僕がイエスというのを待ってくれた。

 店内は狭くて、僕は店員さんの通り道にはみ出す形でいすを置いて座らなければならなかった。国吉さんは先に紅茶を飲んでいて、僕が座るのを黙ってみていた。
「あの、」
「新井は自分で払うなら、なにか頼んでいいよ」
 山下は小声で「僕も出すから。そしたらふたりで半額だよ」と言って、お勧めのはちみつレモンを頼んだ。

 山下の話の内容は僕もよく知っている漫画、『放浪息子』※とかについてで、一方国吉さんはSFを読むらしく、ハインラインという作家の作品に該当があるとか、『超革命的中学生集団』※とかいう小説の話だったのだが僕にはさっぱり分からなかった。
「新井はなにが好きなんだ」
「僕は……、さぁ」
 この人の前で自分の趣味のことなど話す気にはなれない。僕が話の腰を折った形になったのに腹が立ったが(もしかして、わざとか?)、国吉さんは苦笑して山下に
「じゃあ、いいかな」
 と話しかけた。山下はうなずいて店の奥へと歩いていった。
「どこへ行くんですか」
「山下に着がえてもらうんだよ」
「はあっ?」
 にらむ僕に、国吉さんは簡単に答えた。
「まだ彼の女装姿を見たことがなかったのでね、後学のため見てみたいとお願いした。それに山下に似合いそうな服が手に入ったんだ」
 山下は、国吉さんの前で気軽に女装を見せることにしたのだ。
 女の子は、好きな男と嫌いな男で見せる態度が違う。好きな男にはできても、嫌いな男には絶対にしたくないことがあるのだ。男の好みの服に着がえることがそうだとすれば、国吉さんは山下にとって好きな側になったのだろうか。
 初対面から数週間経ったあとに山下が女装披露を解禁するだなんて、そんな時間をかけてオーケーを出したなんて……。山下が触れあいのなかで国吉さんを深く理解した証しのようで、僕には不愉快だった。
「さて、『彼女』さんの着がえというものには時間がかかる。お話しようじゃないか、新井」
 長身から見おろされた視線を、僕はにらみ返した。
「ずいぶんと山下に興味があるようですね。国吉さんの山下狙いって、それはどういう趣味ですか」
「僕は人間観察が趣味でね。どんな人間にも興味があるよ。だから新井の話も聞きたい」
「話すこと、そんなにないと思いますけど」
 悪意以前にわりと本気でそう答えたのだが、国吉さんは取りあわなかった。
「君たち――、女になりたい男は、まぁ昔からどこの国にもいるが、いったいどうしてそんな趣味になったんだ」
「趣味じゃありません。人格というか生き方です」
「ホルモンを使ったり体を傷つけたりする人もいるじゃないか。生き方と言うには代償が大きいことだ」
「必要な治療に近いんですよ、性別適合手術をする人にとっては。人間の体って、ある程度自分の精神に合った形じゃなければ心が耐えられないんです」
「しかしある科学者の研究で報告があったそうじゃないか。幼少時に誤って女性化の手術を受けたある少年が、大きくなってから精神が耐えきれず、再び男性に戻ったと。生まれつきの遺伝子と脳の構造は、そう簡単に変えられないんじゃないか」
 さすがは興味があると言うだけあって、国吉さんはTSについてよく調べているようだった。しかし発言の内容は中立ではないと思えた。むしろ僕たちに対して悪意があるように聞こえる。
 だから僕は反論しなくてはならない。ほかの客に聞かれるのも気にせず、僕は長台詞を放った。
「その報告って『ブレンダと呼ばれた少年』※のことですね。あの本はよく読めば、自分の性別を自分の心でどう思っているかが大事なんだと分かります。ブレンダは自分のことを男だと思っていたから、男であるべきだったんです。翻訳者に偏見があったからか、男は男らしくするのが大事みたいに書かれてしまいましたけど」
「男として生まれたからには、スポーツでも学業でも良い、自分の本分をわきまえて有意義に生きるのが大切なんじゃないのかな。毎日のようにカラオケボックスにこもって、非生産的なものを追いかけて、君たちは人生をなにに使っているんだ」
「先輩の言葉とも思えないです。スポーツや学業だって、自己実現が大切な要素じゃないですか。僕たちのやっていることも同じですよ」
「本当に自己実現かな? 男としての現実がうまくいかないからって、女になれば幸せになれると心が逃げてはいないか」
「男としての人生がつらいとしたら、それは男として生きることそれだけがつらいんです。勉強や仕事はべつに女であってもできるし、性が変わったからって人生を捨てるつもりも逃げるつもりもありません。むしろ、勉強や仕事に影響が出てしまうのは社会に偏見があるからではないでしょうか。だいたい……、個人的な信念に口をはさむべきではないのでは? 国吉さんにだって関係ないことだとは思わないんですか」
「関係? 関係はあるさ。君も僕も個人的な信念を持つ個性的な個人だ。なおかつ、社会を構成する重要な要素だ。人間はおたがい違う人間に触れあってこそ人生に価値が生まれるし、社会が形成される。ひとりとして孤独でいてよい者はいないんだ。生徒会で僕が行ってきた仕事が、それだ」
 前言撤回、もうこの人は、敵だ。僕にとって戦うべき敵なのだ。
 クラスの心ない連中相手には、僕はなにもできなかった。だけれど国吉さんに対してはなにかできるのではないか。きっと僕の国語能力はいまこそ発揮するべきなのだろう。山下を、守るために。
「世の中のみんなは、病気や障害やいじめ、犯罪を悪いことだと思っています。それはいいんですけど、その結果みんなが攻撃するのは病人や障害者、いじめられっ子、犯罪者なんですよね。僕は、真の悪を生み出すものは、正常をうそぶく人間社会だと思っています」
 しかしこのとき、国吉さんは笑ったのだった。僕には意外だった。いつもの愛想の良い微笑みでもない。かっこいい台詞が決まったときのすかした笑いでもない。心が震え、傷んだときの笑い。僕がいま浮かべているのと同じ、ダメージを受けた笑い声だった。
「なるほど、君はそういう人間なんだね。理解したよ、理解できて良かったよ」
 国吉さんは僕を見つめた。まるでその目的が、山下ではなく僕であるかのように。僕は寒気を感じた。
「なんですか、それ。……分かったのならいいです。いいかげん僕たちの前から消えてくれませんか。山下もほかの者も真剣にやっているのに、興味本位で引っかき回されたら迷惑です」
「山下、ね」
 国吉さんの指が、ティーカップの縁をなでた。
「じゃあ君ってさ、山下も自分と同じ考えだと思っているのかな?」
 僕は虚をつかれた。
「どういう意味ですか」
「山下が、新井くんと同じタイプの人間だという証拠を持っているかだよ。直接たずねてみたかい?」
 直接たずねてみたか。カラオケボックスでの冗談、好きなTS作品。こぼれたコーヒー牛乳。発声練習。たらこスパゲッティ。肉餃子とおっぱい。初詣の、お祈り。
「知りませんよ、そんなこと!」
「いやはや、そうだったね。君のような人間が他人の意見をたしかめるはずがなかったね、失敬」
 まずい。なにかが危険だと、僕の深層心理は警告を発している。興奮したら負けだ。痛いところを突かれたかどうかも分からない心理戦で、僕は危険な場所に足を踏み入れようとしていた。
「どうして、そんなこと言えるんですか」
「なぜなら君は自分の欲望を隠している。己が気持ちを直視していないから、自分では女装も積極的な行動も起こさない。そして山下に自分の気持ちを託して、山下がかわりに自己実現してくれるのを願っている。そんな君の願望は、山下自身とずれているんじゃないのかな?」
「どこからそんな話が出てくるんですか! さっきまでと言っていることが違いますよ」
「根拠はね。調べさせてもらったんだ。君は中学のとき事件を起こしたね。それ以来君は、極端に他人を避けるようになった」
 僕は立ちあがって叫んでいた。
「違う! 事件を起こしたのは僕じゃない!」
 板張りの床を踏む足音がした。横に目をやれば、女装した山下が驚いた顔で僕を見ていた。山下はギンガムチェックのワンピースにカーディガンを羽織っていた。ロリっぽい柄だ、なのにちゃんと女子高校生らしくて、こんな服も似合うのかと、本来なら褒めそやすタイミングだったのに。
 僕は山下の目を見られないまま走って店を出た。いっしょに出ようと、山下に声をかけられなかったのが悔やまれた。
 口に出して言ったら、山下はついてきてくれただろうか?


『放浪息子』:志村貴子による漫画(2002年~現在連載中)。女の子になりたい男の子と男の子になりたい女の子を中心に、性別の悩みや友人・異性との関係が美しく描かれている。今のところ傑作、アニメ化もされた。

『超革命的中学生集団』:平井和正、永井豪作の小説(1974年)。ハチャハチャSFと呼ばれる、当時のSF作家などがモデルとなって登場するギャグ作品。

『ブレンダと呼ばれた少年』:無名舎より2000年10月に発売された本と、その後2005年5月に扶桑社から発売された本の2種類がある(重要)。
 手術の失敗で陰茎を失った少年が、ある科学者の独断で性転換手術を受け少女として育てられた事件についてのドキュメント。性転換手術による適応は大成功と報告されたが、本人は混乱した人生を送り14歳で男性に戻った。ここでは詳しく述べないが、ネット検索で十分に調べればこの事件の周囲でどのような意見が交わされたかが分かる。

<つづく>

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