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いつだって僕らは 1-1 by 猫野 丸太丸

挿絵:シガハナコ
女の子になる。
思い出してみれば、なぜそんなことが楽しかったのかと思う。
だけど僕たち四人は、それ以外の言葉では表せない高校生だった。
(本編はフィクションであり、特定の人物・団体・事件を想定したものではありません)
1.
僕は新井(あらい)って名前で、男子高に通っていて、だから男子しかいない出席簿のいちばん前だった。後ろには伊東、香川……と関係ないやつらが続いて、二十番目にあの篠塚(しのづか)がいて、そのすぐ後ろに山下(やました)がいて、名簿の最後に和久(わく)がいた。
山下がサ行にはさまっているのは高一のときに名字が変わったけれど出席番号が変わらなかったからで、って、べつにそんなことはどうでもいいけれど、とにかく僕――新井と、篠塚と山下と和久は友達で、友達になった理由がちょっと言いにくいことだった。
きっかけは山下の女装。
去年の冬のことだ。近所の量販店に新発売のテレビゲームを買いに行って、売り切れだったから足を伸ばさないといけないかなって、ふだん行かない常盤町駅前の商店街へと僕は自転車を走らせた。
僕が住んでいたのは海沿いの小都市で、通勤の人は電車で東京まで出ていく人が多かった。だから冬の夕暮れ、うす暗い時刻にペダルを片足でこいでいくと、通勤帰りのコート姿を避けながら走ることになるのだ。
駅前商店街に流れるBGMは、数週間後のクリスマスを意識してか山下達郎のくり返しだった。父さんは今年クリスマスをやるだろうか。いや、ケーキもツリーもないだろうから、二十四日の我が家の夕食はいくらかでも豪華なローストチキンにしよう。そんなことが頭のなかをよぎっていた。
八百屋や揚げ物屋の人だかりにはばまれながら半分くらい流したころ、ぬいぐるみ満載のクレーンゲーム機が店舗からはみ出しているのが見えた。関係ある店だろうか。僕はパチンコ屋めいた電飾つきの入り口に近づこうとしたのだが、最初に気づいたのは、僕の方に向かってくる通行人の様子がおかしいことだった。おじさんもおばさんも、みな店のほうを見て、なにかに気づいた顔をして、それから目をそむけて、自転車の横を通り過ぎていく。
ペダルを踏むにつれて、高校生どうしが争ういやな音が聞こえてくる。
はたして店頭では、自動ドアが開いていた。そして女の子が、男子ふたりに乱暴されていた。
女の子はピンクのジャケットを着ていた。それが、男の手に引っぱられておかしなかたちになっていた。女ってふだんの身だしなみがきっちりしているから、着崩れただけでとてもショッキングな姿に見えるものだ。女の子の姿を、ましてや乱れた姿なんてまるで見慣れなかった僕は、その場に吸いつけられたように動けなくなってしまった。
それなのに、金曜の夕方だというのにほかの買い物客はみんな事件を無視していた。女の子のピンク色は彼らの眼にも入っていたはずだ。いや、正確に言えばほかの人は乱暴を見て、むき出された肩をじっくり見て、ああなるほどと理解して、それから視線をはずしていたのだ。
世の中が物騒で薄情になったってテレビで言っていたけれど、悲しいことをわざと見逃している人々はいったいなんなのだろうか。僕は耐えられなくなった。
まず気づいたのは自分が自転車に乗っていることだった。だから自転車ごと乱暴者どもに突っこんだ。
三人まとめて押し倒す形になった。女の子がうまく横に倒れて逃れたのはただのラッキーだ。タイヤに尻をこすられたほうの男子が顔をしかめてさけんだ。
「おまえ、なにしてんだよ!」
「なにしてんだよは、おまえらだろ!」
男子たちの顔に見覚えがあったけれど、僕は気にせずに大声で叫んでから自転車を下げた。相手がかごをつかんでくる。
「下りろよ!」
「ふざけんじゃねえよ!」
明らかに相手はうちのクラスの者だった。名前はもう憶えていない。ただ生まれてはじめて、そいつら相手に本気でケンカしてやろうと思っただけだった。
一瞬のすきに女の子は逃げてくれようとした。暴漢のひとりが「そうはいくか」と言って追いかける。と思ったら、違う男子の声がかぶった。
「そうはいくさ。こっちだってふたりなんだからな!」
ああ、和久の台詞はかっこよかった。横合いから突然現れた長身の同級生、和久は通学かばんを振り回して、暴漢の顔を薙いだのだ。硬質な音がして、男は鼻を押さえた。
「山下、逃げるぞ!」
やました、だって……!? 和久と女の子が人ごみを縫って逃げる。敵が側面から自転車を蹴ってきた。自転車は倒れない。僕はかごをつかんでいる敵の手を思いきり上から殴ってから、ふたりを追いかけた。
夢中だった。でも、後ろ姿を見ているうちに気づいてしまった。女の子は正確には女性じゃない。同じクラスの男子、山下だったんだ。
僕はクラスで話をするのが苦手で、友達といえるクラスメイトは数人もいなかった(正確にはこの日までいなかった)。和久は堂々とした態度で誰とでも話すから、僕でも名前を憶えられた。正直山下は印象に残っていなかったと思う。
だから僕の頭のなかには山下が、突然ピンク色で現れたことになる。
息を切らした山下を途中で自転車の後ろに乗せた。横座りで腰かける山下。小さな手、後ろに引っ張られる感触、そして吐息を覚えている。知らない街並みが交差する。そして微妙に体温が冷たい山下を、落ちないように気づかいながら僕は走ったのだ。
敵を振り切るために道を何回も曲がって、団地の公園でひと息ついたときにはひざの関節がはずれそうになっていた。
「あーあ。きついね」
荷台から降りた山下は、ブランコの支柱に細い背中をもたれかからせた。吐く息が白く、彼の顔をぼやけさせている。ずれ落ちたかつらを和久がやさしく受けとめて整えた。
男の山下が、女装していて、男に襲われたのか。僕はたずねた。
「こういうこと、多いのか?」
「うん。ほんのときどきなんだけどね」
笑い顔で山下は答えた。同級生にはずかしめを受けたばかりなのに健気な表情だ。かつらをしなくても変じゃないのにと僕は思った。
和久はまだ警戒しているようで、鋭い目を周囲の植栽に配っている。
「三回に一回は馬鹿につかまっているじゃないか」
「ありがとう、いつも。そんなに助けてもらってた?」
「この公園に逃げて来たのは十月十二日と十一月四日だ」
「数字が細かいなぁ」
「ちなみに山下のバストは六十五、ウエストは六十だ」
「僕に胸があってどうするんだよ……」
ふたりで話が進んでしまいそうだったので、僕は口をはさんだ。
「なぁ、いっそセクハラストーカーの罪で警察に話したほうがいいんじゃないか」
和久は、なにを馬鹿なといった感じで鼻を鳴らした。
「警察に言うだって? 男が男の服を引っぱっただけだぞ。山下のほうがふざけていると思われるだろう」
ああ、そうか。さっきの通りすがりの人たちだって、現場を見て「女の子が乱暴されている」とは思わなかったのだ。山下はまた笑った。
「大変だよね。僕は当たりまえのことをしているのに」
どきりとした。どうやら山下は頻繁に女装しているだけでなく、「当たりまえに」女装をしているらしい。
「でも、同じクラスの連中だろう。あいつら明日復讐に来ないか」
「山下相手に性的いたずらをしたがっていると学校中に知られたくはないようだぞ。これまでのところ、おおっぴらには襲われていないね」
性的いたずらとか、和久はいやな言い方をする。変な空気が広がったから僕はむりやり話をそらした。
「これからどうするんだっけ、山下? まぁ家に帰るんだろうけど」
「新井くんも! 自転車でありがとう!」
ぺこり。
同級生をくん付けで呼ぶのがいた。質問には答えてくれなかった。ていうか僕の名前を憶えていてくれたんだ、いまのおじぎのしかた、デパートのエレベーターガールみたいだった。たくさんの思考が頭のなかを流れた。
なにより感じたことは。僕がやったことは山下に感謝してもらえたのだ。混乱した頭からもやもやが消えた。だから山下の言葉に僕は、素直に笑い返すことができた。
「僕も、良かったよ」
「着がえるとこはね、じつは自分の家以外にあるんだ」
「なんだよ、その言い方? 秘密の隠れ家か」
女装少年の表情が輝き、大きく首が振られた。
「言えてる! 秘密の隠れ家だね! 新井くんだったら入ってもいいよ」
このときの会話でつまずいていたら、ただ別れたままだったなら、僕の人生は平穏なままだったかもしれない。でも意識して選ぶまでもなく、山下たちについて行くことは僕の運命になっていた。
なぜなら三人で歩きはじめたとき、自転車を押す僕の尻を誰かが走ってきて蹴飛ばしたからだ。
「こら、山下にちょっかい出しているのはおまえか!」
僕はすがる思いで山下の顔を見た。走ってきたのは、よりによってあの篠塚だったのだ。
<つづく>
おかし製作所企画会議第六回 終了しました。
予定時間 11/17 22:50~24:00頃まで
議題 最近の良作について
新たなSS創作の為のディスカッション
創作素材 オードリー・ヘプバーン
シェイクスピア
嫌よ嫌よも好きのうち
恥辱の社員研修
名探偵コナン 未来少年コナン コナンドイル コナン・ザ・バーバリアン
参加予定 オレ
チャットルームはこちら
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