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マンガでわかるWebマーケティング シーズン2―Webマーケッター瞳の挑戦! ―
ソウさんの絵が好きなのと、こういう商売をやっていますので買ってみました。
良作だと思います。
紹介されてたコレ。
http://smashmedia.jp/2012/08/-ver12.html
大事ですね。ウチは常に「最強最高」を狙ってきたのですが、「最愛」に転換した方が良いのかもかも。
チャットワークとかも使ってみようかな。
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![]() | マンガでわかるWebマーケティング シーズン2―Webマーケッター瞳の挑戦! ― (2012/10/25) 村上 佳代、舘田 智 他 商品詳細を見る |
オトコのコはメイド服がお好き!?Illust stories.2012
![]() | オトコのコはメイド服がお好き!?Illust stories.2012 (2012/11/24) カスカベアキラ 商品詳細を見る |
いつだって僕らは 1-2 by 猫野 丸太丸
2.
篠塚は、朝礼の長話について感想を求められたときに
「校長はお話よりも顔が面白いと思います」
と答えたせいで、始業式当日に校長からボコられたことで有名になった男だ。柔道部員でガタイが良くて、けんかをしたら強いんだろうけど頭のどこかがちょっと抜けているので、かえって皆から(結局教師たちからも)好かれているのだった。
道を歩きながら理由を聞いた。山下は暴漢に襲われたとき、携帯で和久と篠塚を呼ぶことに決めていたのだ。女装した山下と、和久や篠塚との接点がいまひとつ見えてこなかったけれど、この三人は以前から仲が良かったということか。
「いやぁ、ほんと、ごめん」
僕が味方だとようやく理解した篠塚は、何回も平謝りしてくれた。
「出遅れたうえにかん違いとはなさけないぜ」
突然の出現と尻の痛みにとまどって僕は返事どころではない。かわりに山下が答えてくれた。
「そんなことないよ。感謝しているから」
「おう! 代わりに助っ人してくれた新井には、俺から感謝だ」
握手を求められたので、右手をハンドルから離して握手した。
「感謝した相手には、俺はこれを渡すことにしているんだ!」
篠塚はあさっての方向へ走っていって、たい焼き屋でたい焼きを購入してきて、紙袋を僕に押しつけた。熱いたい焼きがひとつ入っていたのだが、その片面には黒蜜がたっぷりと塗ってあった。親しさの表現、なんだろうか?
ひとりだけのたい焼きを申し訳ない気持ちで食べ終わったころ、僕たちは目的地に着いた。さっきの商店街と近い通りだったから心配したのだが、山下は
「安全な隠れ家だからね、だいじょうぶなんだ」
と屈託がない。そして目の前にあるのは、カラオケ屋の小さなビルだった。
チェーン店と違って派手な看板がない。壁はお茶みたいな緑色で、カラオケというよりハードロックでも流したほうが似合う雰囲気だ。三人は迷うことなくそこへ入っていく。
夜の校舎みたいにうす暗い一階入り口を抜けて、そこだけはカラオケ屋っぽい受付レジに来た。
店番はアルバイトなどではなく、落ちついた見た目の女性だった。やせた頬に頬杖をついて音楽雑誌(ほら、ロックだ)を読んでいたが、山下の顔を見てあら、と低音の声をあげた。
「おかえりなさい、すこし遅かったわね」
「またへんなのにからまれちゃって。でもみんながいたからだいじょうぶ」
「その服で無理して外出することはないのよ、ってあたしが言えた義理じゃないか」
お姉さんは僕たちの顔を見まわしてから、僕の存在に気づいた。
「新しい子? 遊びに来てくれたのね、ありがとう」
「ごめんなさい、僕、お金持ってないんですけど」
「大丈夫よ、うちはワンドリンク制ですから」
「いや、ワンドリンクってたしかカラオケ料金以外に飲み物代も払わないといけないお店でしょう。僕はドリンクのお金だって」
篠塚がぽん、と背中をたたいてきて言った。
「いいんだよ、料金は本当に『ワンドリンク』なんだ」
和久が無言でふり返り、入り口そばの自動販売機でスポーツドリンクを買った。続いて篠塚がネクターを買った。僕もコインを入れた。熱いカフェオレのペットボトルが百五十円。
「これだけでいいのかよ? 店、つぶれないのか?」
「僕たちだけ特別なんだよ」
山下たちは遠慮せずにいちばん奥の一室に入っていく。僕は考えた。いくらなんでも高校生をほぼ無料でたむろさせる店なんてあるはずがない。なにか理由があるはずだ。
女装した山下。お姉さんはしぶい声……。そこでやっと気づいた。
このお姉さんも、男だ。
百八十度回頭して逃げようとする僕を和久が呼び止めた。
「心配するな。ここはオカマバーでも怪しい風俗でもハッテン場でもない」
思っていたことを先に言われて、臆病さを見透かされた気がした。だとしたら僕は認めるわけにはいかない。
「そんな言い方をしなくてもさぁ……。危なくないならいいんだ」
皆といっしょに個室に入り、古いソファと机の間に思いきって足を押しこんだ。体の大きな和久と篠塚が先に入っていたから多少窮屈な感じがする。山下は部屋に置いてあったかばんを持って出ていき、すぐに学生服姿になって戻ってきた。並んでしまえばいつもの教室みたいな面々だ。でもシチュエーションがおかしすぎた。
野郎どもの体温に混じって、ゆっくりと暖房が効いてくる。
いったい僕たちはなにをしに集まっているのだろう。
山下が話しはじめた。
「受付の美濃さんはね、本職なんだけど僕の話も聞いてくれて、場所とか貸してくれたんだ」
本職。どういう商売か知らないが、まさか海外マスコミでよく見る“ドラグクイーン”とかだろうか。
「じゃあやっぱりここって」
「違うんだってば。ここは普通のカラオケ屋さんで、美濃さんはニューハーフの人。で、僕はね、ええと」
山下は立って言った。
「生まれたときから、女の子になりたかったんだ」
どきん。僕の心臓が鼓動する。顔から血が引く。和久が山下をとがめる声が、遠くかすんで聞こえた。
「おい、山下、気軽に話していいのか」
「だって女装のことばれちゃったし」
「なんとなくそうなのかなと疑われるのと、明言してカミングアウトするのとは違うんだぞ」
心配しているのか、和久はくどくどと山下にお説教する。僕は手をあげた。
「待って! 僕は気にしないから!」
そういえば手にしたコーヒーを飲んでいなかった。ボトルのキャップをねじ切ったら手のひらが泥色の滴で濡れた。僕は拳を握りしめる。
「でもたしかにさ。山下はなんで僕に教えてくれたんだろう。どうして?」
和久が黙った。そして山下の返事だけが静かに聞こえた。
「僕のことを、山下みつるのことを分かってもらえたら、もっと仲良くなれると思ったから。なれるよね?」
返事は反射的に出た。
「それどころか……。なぁ、僕も言っちゃっていいか?」
理由も知らずに商店街でけんかをして、山下を助けて、あやしい場所についていって。その日の僕は変だった。
でも自分がどんなやつかなんて生まれつき決まっているわけでもなく、一瞬の出会いとか偶然とかで変化してしまうものなのだ。僕はとうとう絶対に口外しなかったことを言ってしまった。
「僕も女の子になりたいんだ」
篠塚は素直に驚いた顔をした。和久が無言でにらんできて怖かった。山下はちょっと期待顔、それからすぐに寂しい表情になり、言った。
「無理に話を合わせなくってもいいんだけど」
「ちがう、本気で言っている」
「じゃあ、女の子の服、着てみる?」
「そういうのじゃないんだ! ごめん、言っている意味が分からないと思う、ちゃんと女装している人から見ても変なのは分かっているんだ。ただニューハーフとか性同一性障害とかじゃなくて女の子になりたかったんだ。『らんま1/2』※って漫画があったのを知っている? ああいうの」
なにを興奮して一気にまくし立てているんだろうか。どこか冷静な自分が部屋の上に浮いていて、みっともない自分自身を眺めている気がした。絶対にうまく言えていないという確信。
「とにかく、女の子にはなりたいんだ」
しかし返事は意外なところから来た。篠塚がつぶやく。
「らんま1/2……。漫画喫茶で読めるよなぁ。最近だと、『To LOVEる』※とかは?」
「あ、それも」
「『けんぷファー』とか『天使な小生意気』※は?」
どうして僕が好きな漫画やライトノベルの題名がずらずら出てくるのだろうか。素直にそう答えたら、和久がため息をついた。
「おたがい惹かれるものがあったってことか。俺たちも分かるんだ、TS(てぃーえす)」
だからなんでインターネットでしか見たことがない単語を同級生が口走る!?
「うそだろ……。話が通じるやつがいるなんて。TSが分かる人なんていないと思っていたぞ?」
「俺たちもそうだったんだけどな。山下が引き合わせてくれたようなもんさ」
TSのことが分かって、かつ女の子になりたい高校生が四人揃ってしまった。僕はまず山下のことを知ったわけだが、つぎには篠塚と和久のことを知ることになった。
僕と篠塚はびっくりするほど話が通じた。趣味が近かったのか、ライトノベルからSF、ファンタジーでどんな男が女になったのかを話すことができた。
僕がいちばん好きなのは『かしまし~ガール・ミーツ・ガール~』※の大仏(おさらぎ)はずむ、篠塚が好きなのは『リボンの騎士』※のサファイア姫。
「はずむかぁ。たしか宇宙人のせいで女性化した主人公が、ガールフレンドとつきあう話だろう? 新井は百合百合した話も好きなんだな」
「そういうわけでも……、まぁ、うん。篠塚こそ、『リボンの騎士』はTSじゃなくて男装の麗人じゃないか。男女逆でもいいの?」
「違うんだなぁ。物語の最後に、サファイアの心が男から完全に女になっちまうだろう? だからいいんだよ」
篠塚は得意げにそう言うと、太り気味のおなかを揺すった。
いっぽう和久は意外とマニアックなタイプだった。長い足を折り曲げるやいなや、たったいま座っていたソファの下から段ボール箱を引っぱり出した。中身が漫画の切り抜きや小説のコピーの山だったので、僕はもっと驚いたのだ。
「千作品はあるから」
……せ、千? 僕はむさぼるように資料を読んだ。なかには十八禁のグロテスクなものもあったけれど感動的なものも多かった。とくにいままではずかしくて手を出せなかった少女漫画の「該当作」が読めたのだ。『パタリロ!』、『11人いる!』、『つるばらつるばら』※などなど。
(少女漫画のTSキャラクターって屈託なく女性やってるよなぁ。もとが美男子だからか、ちぇっ)
ちなみに和久が好きな作品をたずねたら『人造少女』※という全く知らない少女漫画をあげられた。「運命だなんだに惑わされず強く自分を生きる女の子が好きなのだ」と言われたが、よく分からない。うーむ、こんど貸してやろうと言われた。
話しているうちに、何回か席を替わった。偶然山下のとなりに座ったときだ。詰め襟を脱いで薄着になった山下の腕に、僕の手首が当たった。シャツ越しでも慣れない感触に驚いた。いや、ずっと前の記憶を掘り起こされる、天井に浮いたはかない僕の意識を一瞬で肉体へと引き戻す感覚だ。
びくりとふるえた僕の手を、山下が不思議そうに見たのだった。
その晩こそ、僕は人生が始まったように感じた。家に帰ったら試験勉強もせず、ベッドのなかで、小学生時代の宝物だった『ビックリマンシール』※を取り出して眺めた。
知る人ぞ知る該当だが、じつは小学生向けのシールなんかにTSネタは多く含まれていて、僕がこの気持ちに目覚めたきっかけが女体化した漫画キャラたちだった。
五センチ四方の絵のなかで、ヒーローだったはずの存在がふくらませた胸を誇示している。うちは父さんが全部の部屋を掃除してしまうから、ようは親に見られてもTSとばれないものしか机の上に置いておけないのだ。
まるでデフォルメされた、短文の説明しかついていないそれが、昨日まで僕の「秘密の隠れ家」だったのに。
これから僕は、どうなっていくんだろう。
註
『らんま1/2』:高橋留美子による漫画(1987年~)およびアニメ(1989年~)。中国拳法家の男子高校生早乙女乱馬は呪泉郷の呪いにより水をかぶると女の子になってしまう。乱馬がヒロイン天道あかねの家に居候したことで起こるドタバタラブコメと拳法格闘を描いた作品。一般作品でTSをメインに描いた作品で、恋の伸展を邪魔する障害かつギャグネタとしてTS設定を描いた。
『To LOVEる』:矢吹健太朗(漫画)・長谷見沙貴(脚本)の週間少年ジャンプ漫画(2006年~)。お色気ラブコメ。ある回に、主人公の男子高校生が不思議な発明品で美少女化する話がある。お色気の対象として受けが良かったため、TSした彼女(梨子)はその後も数回登場した。
『けんぷファー』:築地俊彦によるライトノベル(2006年~)。主人公の男子高校生が少女戦士に変身し多数の少女たちと戦うバトル・ラブコメ。TSは主人公が少女たちに近づくきっかけであるとともに、「少女の姿の方が女の子にもてる」という女x女の恋愛としても描かれる。女vs.女の戦いのほうが見ていて楽しいのも強み。
『天使な小生意気』:西森博之による少年漫画(1999年~)。魅力的な高校生のTS少女が主人公の学園コメディー(ヤンキー風)。TS娘という設定のために「勇ましい少女」として主人公がより魅力的に描かれ、男子読者も親近感をもって読める。
『かしまし~ガール・ミーツ・ガール~』:あかほりさとる原作の漫画(2004年~)・TVアニメ(2006年~)。あのあかほりさとるがTSFや百合ものの普及を察知して作ったメディアミックス企画。高校生の主人公は女性になりきり、ガールフレンドとの恋愛を楽しむ。この設定で読者が百合に親しみやすくなった。
『リボンの騎士』:手塚治虫の代表的漫画(1958年~)・アニメ。正確にはTSではないが、男装の少女サファイア王子は女の子の心と男の子の心を持つとされ、王子に求婚されたり勇ましく悪と戦ったりする。性のゆらぎは手塚治虫の重要なモチーフである。
『パタリロ!』:魔矢峰央のギャグ漫画(1978年~現在も連載中!)。女性読者の視点で描いた男性同性愛が重要なネタとなっているが、独特のセンスのためジャンルを超えた面白さがある。ついには男性カップルの間に子供が生まれた。
『11人いる!』:萩尾望都によるSF漫画(1975年)。ネタバレとなるため詳細は書けないが、女性読者向けのハードSFは当時珍しかったらしい。女性が男社会に入っていくときの感覚、未分化な子供が女性として成長し異性を意識する過程が描かれている。
『つるばらつるばら』:大島弓子の少女漫画(1988年)。主人公の男の子は生まれたときから女という自覚を持ち男性を好きになったりする。しかし同時にある謎の女性の記憶を抱いていたのだった。現在文庫化された同名の本は、性同一性障害や家庭問題、拒食症など現実にあるハードな問題をファンタジーに包んで鋭くかつ優しく描いた短編集。傑作。
『人造少女』:夏目さとるの短編少女漫画(2000年)。高校生の少年は何者かによって殺され、脳髄のみになって捨てられた。ところが錬金術師が少年の脳を人造少女の体に埋めこんだことから、真実と秘密を探す奇怪な冒険が始まる。錬金術師の男に主人公が愛を感じてしまう場面はボーイズラブとも読める。なにげに『つるばらつるばら』と同じ月刊Asuka掲載である。
『ビックリマンシール』:ロッテによって発売されたチョコのおまけシールであり、小学生の収集人気が社会問題にまでなったことで有名。10代目「悪魔VS天使シール」(1985年~)以降は子供向けファンタジーキャラのシリーズなのだが、設定上に不思議とTSキャラが多かった。これで目覚めた小学生もいるのではないだろうか? なお最新のアニメ『祝!(ハピ☆ラキ)ビックリマン』(2006年)の最終回はTSものとして出色の出来である。
以上、戦後から現代に渡るTSフィクション作品について書いたが、2006年の豊作(TS作品の一般化)には驚いた。
<つづく>
篠塚は、朝礼の長話について感想を求められたときに
「校長はお話よりも顔が面白いと思います」
と答えたせいで、始業式当日に校長からボコられたことで有名になった男だ。柔道部員でガタイが良くて、けんかをしたら強いんだろうけど頭のどこかがちょっと抜けているので、かえって皆から(結局教師たちからも)好かれているのだった。
道を歩きながら理由を聞いた。山下は暴漢に襲われたとき、携帯で和久と篠塚を呼ぶことに決めていたのだ。女装した山下と、和久や篠塚との接点がいまひとつ見えてこなかったけれど、この三人は以前から仲が良かったということか。
「いやぁ、ほんと、ごめん」
僕が味方だとようやく理解した篠塚は、何回も平謝りしてくれた。
「出遅れたうえにかん違いとはなさけないぜ」
突然の出現と尻の痛みにとまどって僕は返事どころではない。かわりに山下が答えてくれた。
「そんなことないよ。感謝しているから」
「おう! 代わりに助っ人してくれた新井には、俺から感謝だ」
握手を求められたので、右手をハンドルから離して握手した。
「感謝した相手には、俺はこれを渡すことにしているんだ!」
篠塚はあさっての方向へ走っていって、たい焼き屋でたい焼きを購入してきて、紙袋を僕に押しつけた。熱いたい焼きがひとつ入っていたのだが、その片面には黒蜜がたっぷりと塗ってあった。親しさの表現、なんだろうか?
ひとりだけのたい焼きを申し訳ない気持ちで食べ終わったころ、僕たちは目的地に着いた。さっきの商店街と近い通りだったから心配したのだが、山下は
「安全な隠れ家だからね、だいじょうぶなんだ」
と屈託がない。そして目の前にあるのは、カラオケ屋の小さなビルだった。
チェーン店と違って派手な看板がない。壁はお茶みたいな緑色で、カラオケというよりハードロックでも流したほうが似合う雰囲気だ。三人は迷うことなくそこへ入っていく。
夜の校舎みたいにうす暗い一階入り口を抜けて、そこだけはカラオケ屋っぽい受付レジに来た。
店番はアルバイトなどではなく、落ちついた見た目の女性だった。やせた頬に頬杖をついて音楽雑誌(ほら、ロックだ)を読んでいたが、山下の顔を見てあら、と低音の声をあげた。
「おかえりなさい、すこし遅かったわね」
「またへんなのにからまれちゃって。でもみんながいたからだいじょうぶ」
「その服で無理して外出することはないのよ、ってあたしが言えた義理じゃないか」
お姉さんは僕たちの顔を見まわしてから、僕の存在に気づいた。
「新しい子? 遊びに来てくれたのね、ありがとう」
「ごめんなさい、僕、お金持ってないんですけど」
「大丈夫よ、うちはワンドリンク制ですから」
「いや、ワンドリンクってたしかカラオケ料金以外に飲み物代も払わないといけないお店でしょう。僕はドリンクのお金だって」
篠塚がぽん、と背中をたたいてきて言った。
「いいんだよ、料金は本当に『ワンドリンク』なんだ」
和久が無言でふり返り、入り口そばの自動販売機でスポーツドリンクを買った。続いて篠塚がネクターを買った。僕もコインを入れた。熱いカフェオレのペットボトルが百五十円。
「これだけでいいのかよ? 店、つぶれないのか?」
「僕たちだけ特別なんだよ」
山下たちは遠慮せずにいちばん奥の一室に入っていく。僕は考えた。いくらなんでも高校生をほぼ無料でたむろさせる店なんてあるはずがない。なにか理由があるはずだ。
女装した山下。お姉さんはしぶい声……。そこでやっと気づいた。
このお姉さんも、男だ。
百八十度回頭して逃げようとする僕を和久が呼び止めた。
「心配するな。ここはオカマバーでも怪しい風俗でもハッテン場でもない」
思っていたことを先に言われて、臆病さを見透かされた気がした。だとしたら僕は認めるわけにはいかない。
「そんな言い方をしなくてもさぁ……。危なくないならいいんだ」
皆といっしょに個室に入り、古いソファと机の間に思いきって足を押しこんだ。体の大きな和久と篠塚が先に入っていたから多少窮屈な感じがする。山下は部屋に置いてあったかばんを持って出ていき、すぐに学生服姿になって戻ってきた。並んでしまえばいつもの教室みたいな面々だ。でもシチュエーションがおかしすぎた。
野郎どもの体温に混じって、ゆっくりと暖房が効いてくる。
いったい僕たちはなにをしに集まっているのだろう。
山下が話しはじめた。
「受付の美濃さんはね、本職なんだけど僕の話も聞いてくれて、場所とか貸してくれたんだ」
本職。どういう商売か知らないが、まさか海外マスコミでよく見る“ドラグクイーン”とかだろうか。
「じゃあやっぱりここって」
「違うんだってば。ここは普通のカラオケ屋さんで、美濃さんはニューハーフの人。で、僕はね、ええと」
山下は立って言った。
「生まれたときから、女の子になりたかったんだ」
どきん。僕の心臓が鼓動する。顔から血が引く。和久が山下をとがめる声が、遠くかすんで聞こえた。
「おい、山下、気軽に話していいのか」
「だって女装のことばれちゃったし」
「なんとなくそうなのかなと疑われるのと、明言してカミングアウトするのとは違うんだぞ」
心配しているのか、和久はくどくどと山下にお説教する。僕は手をあげた。
「待って! 僕は気にしないから!」
そういえば手にしたコーヒーを飲んでいなかった。ボトルのキャップをねじ切ったら手のひらが泥色の滴で濡れた。僕は拳を握りしめる。
「でもたしかにさ。山下はなんで僕に教えてくれたんだろう。どうして?」
和久が黙った。そして山下の返事だけが静かに聞こえた。
「僕のことを、山下みつるのことを分かってもらえたら、もっと仲良くなれると思ったから。なれるよね?」
返事は反射的に出た。
「それどころか……。なぁ、僕も言っちゃっていいか?」
理由も知らずに商店街でけんかをして、山下を助けて、あやしい場所についていって。その日の僕は変だった。
でも自分がどんなやつかなんて生まれつき決まっているわけでもなく、一瞬の出会いとか偶然とかで変化してしまうものなのだ。僕はとうとう絶対に口外しなかったことを言ってしまった。
「僕も女の子になりたいんだ」
篠塚は素直に驚いた顔をした。和久が無言でにらんできて怖かった。山下はちょっと期待顔、それからすぐに寂しい表情になり、言った。
「無理に話を合わせなくってもいいんだけど」
「ちがう、本気で言っている」
「じゃあ、女の子の服、着てみる?」
「そういうのじゃないんだ! ごめん、言っている意味が分からないと思う、ちゃんと女装している人から見ても変なのは分かっているんだ。ただニューハーフとか性同一性障害とかじゃなくて女の子になりたかったんだ。『らんま1/2』※って漫画があったのを知っている? ああいうの」
なにを興奮して一気にまくし立てているんだろうか。どこか冷静な自分が部屋の上に浮いていて、みっともない自分自身を眺めている気がした。絶対にうまく言えていないという確信。
「とにかく、女の子にはなりたいんだ」
しかし返事は意外なところから来た。篠塚がつぶやく。
「らんま1/2……。漫画喫茶で読めるよなぁ。最近だと、『To LOVEる』※とかは?」
「あ、それも」
「『けんぷファー』とか『天使な小生意気』※は?」
どうして僕が好きな漫画やライトノベルの題名がずらずら出てくるのだろうか。素直にそう答えたら、和久がため息をついた。
「おたがい惹かれるものがあったってことか。俺たちも分かるんだ、TS(てぃーえす)」
だからなんでインターネットでしか見たことがない単語を同級生が口走る!?
「うそだろ……。話が通じるやつがいるなんて。TSが分かる人なんていないと思っていたぞ?」
「俺たちもそうだったんだけどな。山下が引き合わせてくれたようなもんさ」
TSのことが分かって、かつ女の子になりたい高校生が四人揃ってしまった。僕はまず山下のことを知ったわけだが、つぎには篠塚と和久のことを知ることになった。
僕と篠塚はびっくりするほど話が通じた。趣味が近かったのか、ライトノベルからSF、ファンタジーでどんな男が女になったのかを話すことができた。
僕がいちばん好きなのは『かしまし~ガール・ミーツ・ガール~』※の大仏(おさらぎ)はずむ、篠塚が好きなのは『リボンの騎士』※のサファイア姫。
「はずむかぁ。たしか宇宙人のせいで女性化した主人公が、ガールフレンドとつきあう話だろう? 新井は百合百合した話も好きなんだな」
「そういうわけでも……、まぁ、うん。篠塚こそ、『リボンの騎士』はTSじゃなくて男装の麗人じゃないか。男女逆でもいいの?」
「違うんだなぁ。物語の最後に、サファイアの心が男から完全に女になっちまうだろう? だからいいんだよ」
篠塚は得意げにそう言うと、太り気味のおなかを揺すった。
いっぽう和久は意外とマニアックなタイプだった。長い足を折り曲げるやいなや、たったいま座っていたソファの下から段ボール箱を引っぱり出した。中身が漫画の切り抜きや小説のコピーの山だったので、僕はもっと驚いたのだ。
「千作品はあるから」
……せ、千? 僕はむさぼるように資料を読んだ。なかには十八禁のグロテスクなものもあったけれど感動的なものも多かった。とくにいままではずかしくて手を出せなかった少女漫画の「該当作」が読めたのだ。『パタリロ!』、『11人いる!』、『つるばらつるばら』※などなど。
(少女漫画のTSキャラクターって屈託なく女性やってるよなぁ。もとが美男子だからか、ちぇっ)
ちなみに和久が好きな作品をたずねたら『人造少女』※という全く知らない少女漫画をあげられた。「運命だなんだに惑わされず強く自分を生きる女の子が好きなのだ」と言われたが、よく分からない。うーむ、こんど貸してやろうと言われた。
話しているうちに、何回か席を替わった。偶然山下のとなりに座ったときだ。詰め襟を脱いで薄着になった山下の腕に、僕の手首が当たった。シャツ越しでも慣れない感触に驚いた。いや、ずっと前の記憶を掘り起こされる、天井に浮いたはかない僕の意識を一瞬で肉体へと引き戻す感覚だ。
びくりとふるえた僕の手を、山下が不思議そうに見たのだった。
その晩こそ、僕は人生が始まったように感じた。家に帰ったら試験勉強もせず、ベッドのなかで、小学生時代の宝物だった『ビックリマンシール』※を取り出して眺めた。
知る人ぞ知る該当だが、じつは小学生向けのシールなんかにTSネタは多く含まれていて、僕がこの気持ちに目覚めたきっかけが女体化した漫画キャラたちだった。
五センチ四方の絵のなかで、ヒーローだったはずの存在がふくらませた胸を誇示している。うちは父さんが全部の部屋を掃除してしまうから、ようは親に見られてもTSとばれないものしか机の上に置いておけないのだ。
まるでデフォルメされた、短文の説明しかついていないそれが、昨日まで僕の「秘密の隠れ家」だったのに。
これから僕は、どうなっていくんだろう。
註
『らんま1/2』:高橋留美子による漫画(1987年~)およびアニメ(1989年~)。中国拳法家の男子高校生早乙女乱馬は呪泉郷の呪いにより水をかぶると女の子になってしまう。乱馬がヒロイン天道あかねの家に居候したことで起こるドタバタラブコメと拳法格闘を描いた作品。一般作品でTSをメインに描いた作品で、恋の伸展を邪魔する障害かつギャグネタとしてTS設定を描いた。
『To LOVEる』:矢吹健太朗(漫画)・長谷見沙貴(脚本)の週間少年ジャンプ漫画(2006年~)。お色気ラブコメ。ある回に、主人公の男子高校生が不思議な発明品で美少女化する話がある。お色気の対象として受けが良かったため、TSした彼女(梨子)はその後も数回登場した。
『けんぷファー』:築地俊彦によるライトノベル(2006年~)。主人公の男子高校生が少女戦士に変身し多数の少女たちと戦うバトル・ラブコメ。TSは主人公が少女たちに近づくきっかけであるとともに、「少女の姿の方が女の子にもてる」という女x女の恋愛としても描かれる。女vs.女の戦いのほうが見ていて楽しいのも強み。
『天使な小生意気』:西森博之による少年漫画(1999年~)。魅力的な高校生のTS少女が主人公の学園コメディー(ヤンキー風)。TS娘という設定のために「勇ましい少女」として主人公がより魅力的に描かれ、男子読者も親近感をもって読める。
『かしまし~ガール・ミーツ・ガール~』:あかほりさとる原作の漫画(2004年~)・TVアニメ(2006年~)。あのあかほりさとるがTSFや百合ものの普及を察知して作ったメディアミックス企画。高校生の主人公は女性になりきり、ガールフレンドとの恋愛を楽しむ。この設定で読者が百合に親しみやすくなった。
『リボンの騎士』:手塚治虫の代表的漫画(1958年~)・アニメ。正確にはTSではないが、男装の少女サファイア王子は女の子の心と男の子の心を持つとされ、王子に求婚されたり勇ましく悪と戦ったりする。性のゆらぎは手塚治虫の重要なモチーフである。
『パタリロ!』:魔矢峰央のギャグ漫画(1978年~現在も連載中!)。女性読者の視点で描いた男性同性愛が重要なネタとなっているが、独特のセンスのためジャンルを超えた面白さがある。ついには男性カップルの間に子供が生まれた。
『11人いる!』:萩尾望都によるSF漫画(1975年)。ネタバレとなるため詳細は書けないが、女性読者向けのハードSFは当時珍しかったらしい。女性が男社会に入っていくときの感覚、未分化な子供が女性として成長し異性を意識する過程が描かれている。
『つるばらつるばら』:大島弓子の少女漫画(1988年)。主人公の男の子は生まれたときから女という自覚を持ち男性を好きになったりする。しかし同時にある謎の女性の記憶を抱いていたのだった。現在文庫化された同名の本は、性同一性障害や家庭問題、拒食症など現実にあるハードな問題をファンタジーに包んで鋭くかつ優しく描いた短編集。傑作。
『人造少女』:夏目さとるの短編少女漫画(2000年)。高校生の少年は何者かによって殺され、脳髄のみになって捨てられた。ところが錬金術師が少年の脳を人造少女の体に埋めこんだことから、真実と秘密を探す奇怪な冒険が始まる。錬金術師の男に主人公が愛を感じてしまう場面はボーイズラブとも読める。なにげに『つるばらつるばら』と同じ月刊Asuka掲載である。
『ビックリマンシール』:ロッテによって発売されたチョコのおまけシールであり、小学生の収集人気が社会問題にまでなったことで有名。10代目「悪魔VS天使シール」(1985年~)以降は子供向けファンタジーキャラのシリーズなのだが、設定上に不思議とTSキャラが多かった。これで目覚めた小学生もいるのではないだろうか? なお最新のアニメ『祝!(ハピ☆ラキ)ビックリマン』(2006年)の最終回はTSものとして出色の出来である。
以上、戦後から現代に渡るTSフィクション作品について書いたが、2006年の豊作(TS作品の一般化)には驚いた。
<つづく>
ヒミツのオトメ~ボクが女の子になった理由~
![]() | ヒミツのオトメ~ボクが女の子になった理由~ (2012/10/26) Windows 商品詳細を見る |
raven;od 01
raven;od 01 (電撃コミックス)

はい、上の引用画像を見て!綾人(左の男の子主人公)はピンチになるとアヤ(右の女の子)に変身するのだ!!!
ああっ、もう造形素晴らしいし。もう、この設定だけで買いだ。買い。てゆうか買った訳ですが。
で、レビューが遅れたその訳っ。
綾人とアヤは完っ全に別人格で。アヤでいる時の意識は綾人には無いって事ですやんORZ
これは残念設定。
鉄腕バーディー設定よりもさらに美味しさダウン。まぁ、今後この設定がどう動くか分かんないけれども。
…でも造形良いんだよなぁ。
と、言う事で。
続刊がちょっと間が空いてて出るのか不安になりつつも、今回の評価は「バクチだが、買うべし」です。
ウチ的に美味しい展開になる可能性はそう高くなさそうな気も……ほとんどダメな気もしますが。
理性では無理だと感じるのですが、惜しいと感じる感情がそれを許さない。そんな作品です。

はい、上の引用画像を見て!綾人(左の男の子主人公)はピンチになるとアヤ(右の女の子)に変身するのだ!!!
ああっ、もう造形素晴らしいし。もう、この設定だけで買いだ。買い。てゆうか買った訳ですが。
で、レビューが遅れたその訳っ。
綾人とアヤは完っ全に別人格で。アヤでいる時の意識は綾人には無いって事ですやんORZ
これは残念設定。
鉄腕バーディー設定よりもさらに美味しさダウン。まぁ、今後この設定がどう動くか分かんないけれども。
…でも造形良いんだよなぁ。
と、言う事で。
続刊がちょっと間が空いてて出るのか不安になりつつも、今回の評価は「バクチだが、買うべし」です。
ウチ的に美味しい展開になる可能性はそう高くなさそうな気も……ほとんどダメな気もしますが。
理性では無理だと感じるのですが、惜しいと感じる感情がそれを許さない。そんな作品です。