fc2ブログ

Latest Entries

テーブルの上の幸せ1

テーブルの上の幸せ1

いつだって僕らは 3-23  by 猫野 丸太丸

23.
 服を着て外にいる三人を呼んだとき、なにげに今日でいちばん人目を気にしたと思う。どきどきしながら、僕は扉を開いた。
 和久、美濃さん、篠塚の顔がのぞいた。目が合ったとたんたっぷりの笑顔を向けられた。
「きゃー、かわいいっ!」
「あらあら、いいじゃないのキュートで」
「やっぱり新井の服を選ぶなら山下だな、うん」
 口々に言われる言葉をすぐには信じられなかった。TSして間に合わせの服を着ただけでかわいいだなんて、いくらTS薬だとしても都合が良すぎる。たとえば漫才師の女装みたくなっていないか、やっぱり気になるではないか。
 だけれどみんなの言葉は山下への賞賛でもあるのだ。山下がぼくをかわいくしてくれた。僕の不安で山下の想いを汚してはならない。
 和久たちが部屋に入ってきて、狭くなる個室。僕はみんなに囲まれる。いや、山下がみんなに囲まれる。山下がすごくうれしそうなのを見て胸が苦しくなってしまう。すごい、これが「胸がきゅんきゅん」なんだな。
 僕が山下自慢の女装モデルになれたなら、なんて素敵なことだろう。僕がいっしょに感じてもよい気持ちがあるとするならば、それが最高だ。
 ……しかし全員の視線がしばしば胸に向くのはなんでなのか。

「ほら、スカートがめくれないように気をつけて座って」
「靴がないわね、とりあえずサンダルをお履きなさい」
 手取り足取り言われながら、僕はあらためてソファーに腰をおちつけた。すごい、気がつけば部屋の全員が女の格好をしていた。
 篠塚がびっくりするような長いため息をついた。
「やっと四人そろって女の子だな。こんなに波乱があるとは思わなかったぜ」
 篠塚は太い眉をハの字にして微笑んだ。かわいい女の子の顔でありながら、表情はまさしく篠塚だ。
「心配してくれていたのか?」
「まぁな、それもいまとなっては過ぎた話だ。新井もかわいい服を着ちゃってまぁ。一時間前まで男だったとは思えないぜ」
「そういう篠塚も、まだ見慣れないっていうか……。おまえ自身はどうやって着がえたのさ?」
「俺のところはお袋が喜んで着せてくれたぜ? 『私、女の子が欲しかったの!』のおまけつきで」
「意外だな……」
 和久が会話に割りこんだ。
「感想戦をするのは早すぎだし? これからいろいろあるんだから。ふたりともあと一週間はTSのフルコースだよ」
「フルコースかよ!?」
 柔らかいソファの上でも背筋がぴんと伸びていて、ひざについた手がおしとやかな和久智美ちゃん。僕も姿勢を真似してみたけれどうまくできたか自信がない。
 そして和久に笑われた。
「よしよし、姿勢に気をつけるのはいい心がけ。言葉も女っぽくすることね」
「遠慮します」
「そのうち話したくなるよぉ。身も心も女になって、男だったことなんて忘れてしまうの」
 ぞっとした。正確には、ぞっとしないことにぞっとした。TS小説で、主人公の女性化が進むと男友達の気持ちが分からなくなってしまう描写があるだろう。男だった僕はあれを読むと股間がぞっとしたものだった。でもあのとき縮み上がっていたのは、じつは危険を感じた金玉だったのだな。いまはその感覚が、ない。
(体は女の子を受け入れ始めている。女みたいな反応になる。本当に女の子になったんだ……)
 僕はうつむいた。うつむいたのにそこには、ワンピースに包まれた細い脚しかない。
 智美の言うとおり一週間はこんな思いをしまくるんだろう。不安になって見回すと、篠塚も浮かない顔をしていたのでほっとした。

 美濃さんが手をたたいて言った。
「体が落ちついたんだったら、とりあえずご両親に報告に戻ったら?」
 今日の美濃さんは冴えている、と冗談を言いたくなる心境だった。僕はあらためて周囲を見た。四人組が女の子になっているこの非現実的な状況が、一気に現実に引き戻されたみたいだった。
 親。父さんに会う。理屈では当然やるべきことだったが、衝動的に変身した僕はまったくそのことを考えていなかった。当たり前じゃないか、家に帰らないわけじゃなし、父さんと顔を合わせないわけにはいかない。でもどう説明すればいいのか。
 なにせ僕は自分が女の子になりたいと思ってから十年間それとも十八年間、父さんにそのことを隠し続けてきたのだ。父さんは驚くだろう。そのうえでなにを言われるか。

 気がつくと和久がいじわるな笑みを浮かべて僕を見つめていた。
「あれだけ偉そうなことをあたしに言ったんだから、とうぜん覚悟はできているよね?」
「ま、まぁな」
「TSの定番らしく、お父さんに写真を撮られたり抱きつかれたりお風呂をのぞかれたりするといいのよ」
「うちはそういうのじゃねぇって」
 因果応報はきっちり返ってきたのだった。この程度で許されるかは、分からないけれど。

 カラオケボックスを出て、僕たちは僕の家に行くことにした。美濃さんは店を空けられなかったけれど、手を振って僕たちを送り出してくれた。自転車はふらついて転びそうだったので置いていった。店を出た時刻は、午後二時にもなっていなかっただろう。ケンカして飛び出して変身してすっかり女の子になっても、意外と時間は経っていなかったのだ。
 一日でいちばん暑い時間、住宅地のなかの道路は街路樹の影が短く、とびとびに並んでいた。僕はなるべく日陰を選んで歩いた。せっかくの新しい服が汗で汚れるのを避けたかったのだが、篠塚によると
「背中にブラジャー透けているけど、汗じみにはなっていないぜ!」
 とのことだった。喜んでいいんだろうか。
 いつもカラオケボックスから帰る道は、商店街からすぐ離れるので交通量が少なめなのだった。今日は待ちかまえている悪者もいない。なにげなく通り過ぎる主婦や小学生は、僕たちをただの女子高校生グループだと思っているだろう。
 それでも途中でひとり、顔見知りの男子高校生とすれ違った。その男はこちらに気づかず通り過ぎた。ふり返って見ると、その男もなにか気になったのかこちらを見ていた。
「気づかれたかな」
「まさか」
 ひとりではたどり着けなかったかもしれない。でも背後には僕以上に女の子が似合っている三人がいるとなれば、僕は足をすすめるしかない。
 後ろで和久が山下と話している。
「新井の家って餃子のとき以来よね」
「僕は行ったことあるよ」
「なんでよ、誘ってくれたらいいのに」
「ふたりが留守だったときじゃないか。外国とか、柔道部とか。僕、それなりに寂しかったんだよ?」
「ごめんなさい、ほんとにそうね」
 家が近づくたびに心臓が高鳴った。僕じゃない僕が帰る。見慣れない色のワンピースを着ている。カラオケボックスで借りたプラスチックのサンダルが、焼けたコンクリートの上でぱたぱた音をたてる。僕じゃない僕に対して、父さんはまだ父さんだろうか?
 道路はわずかに起伏があって行く先を隠していた。坂を登り切ったとき、見下ろせば僕の家が見えてくるはずだった。
 僕は胸が痛くなった。見間違いだろうか。いや、家の形を間違えるはずがない。そして家の前にジャージ姿の男が立っていたら、それは僕の父さんなのだ。
 父さんは僕たちを、いや、絶対に僕を見ていた。歩いていっても目をそらすことがなかった。知らせてもいないのにどうして玄関の前で待っていたのか。
 父さんは僕が家に帰り着くのを、じっと見守ってくれたのだ。
 僕たちは父さんから一メートル離れたところで立ち止まった。和久が言った。
「あの、新井さん!」
「ああ、なんだい」
「あたしたち、以前餃子パーティーでお伺いした者です。そしてこの子が……、新井くんです」
 山下が優しく背中を押してくれた。僕はサンダルで二、三歩進んだ。父さんが大きい、まっすぐ向いたのでは胸しか見えない。僕だって小さいころがあったのだから、大きい父さんだって見たことがあるはずなのに、背が伸びると同時にすっかり忘れていた。
「女になっちゃった」
「……そうなのか」
「うん。ただいま」
 僕は父さんに抱きしめられた。
「分かるの?」
「分かるさ! おまえのことなんて全部分かっていたんだからな。姉さんそっくりになったなぁ」
 言われると思っていた台詞だけれど、腹は立たなかった。だって父さんのジャージは懐かしい匂いがしたからだ。会社帰りに抱きよせられた、小学校時代に憶えた匂いと、一緒だった。

 僕たちは家に入って、とりあえずみんなでお茶を飲んだ。
 父さんは僕が女になりたがっていたことも、妄想が事件の後に悪化したことも気づいていた。こっそり医者に相談したり、自分で性同一性障害について調べたりもしたのだそうだ。
「性同一性障害じゃないんだよ? 僕はまた違う原因だから」
「そうなのか、難しいことは分からないが。しかしすっかり女の子だな。半日で終わるなんてどんな手術だ」
「手術じゃないよ、飲み薬」
「そんな怖い薬まであるのか、いまはなんでもありだなぁ。……君らもか?」
 父さんが見回すと、和久も山下も笑いながらうなずいた。
 父さんもさすがに顔を引きつらせていたが、それはしかたがない。僕は精いっぱい、話さないといけない。
「言わなくてごめん」
「相談くらいしてくれたら良かったんだがな」
「怒られると思ったから……。ごめん。男がいやだったわけじゃないんだ。だけどどうしてもならなきゃいけないんだよ、そうしないと耐えられなかった」
 父さんは分かってくれるはずだ。僕がただ女の子になりたくて女の子になっただけではないことを。山下流に言えば、僕は姉さんがいたから、姉さんのおかげで女になることができたのだ。
 父さんは念を押してくれた。
「自分で望んだ道ならしかたがないな」
「うん」
 さすがに父さんは鋭い。僕のTSはもちろん、自分で望んだ道ではない。
 僕は性同一性障害ではない、生まれつきの「性別の違和感」なんて持って生まれてこなかった。どこかの国でのんきな家族にのんきな男の子として育てられていたら、のんきな男になってそのまま人生を終わっていただろう。男嫌いの姉さんがいて、事件が起こって、そして山下たちと出会って、僕は少しずつ女になっていったのだ。
 女の子になったからって「自分らしく」なれるわけではない。僕自身は変身前とたいして変わらない。だいたいおかしいではないか。早乙女乱馬も瀬能ナツルも矢野涼馬も、あれだけ強い心を持っているなら男のままでも恋ができただろう。
 弱い心のためのTSも、この世には存在していいはずなのだ。
 この世界は誰かの都合と顔色と怒鳴り声でできている。僕は影響を受けずには生きていけない。いや、影響されなければ生きていけない。
 ただそんな世界に山下の笑顔があったなら、僕はたまらなくうれしいのだ。

 みんなが帰ったあと、僕はそのまま家でごろごろした。夕食は父さんが店屋物をとってくれて、一緒に食べる。学校はどうするとか、新しい服が必要だとか、いっぱいお話をした。
 ひとこと、父さんの言葉が出た。
「女物なら姉さんの服とか、借りられるといいんだがな」
 僕は驚愕して父さんを見つめた。
「……いいの?」
「だめか?」
 僕の顔を数秒見つめてから、父さんは箸を握りなおした。
「本人に確かめてからだろうが、やっぱりだめと言われるかな」
「ううん、ありがとう」
 可能不可能はともかく、父さんの思いやりに僕は感謝した。
 僕が女になったことで姉さんとの関係にどんな変化が起こるかは分からない。ただ姉さんの服は、おたがいにとって事件を思い出させる衣装だ。
 姉さんは愛する少女と服を貸し借りすることがあっただろうか。
「その前におまえが女になったことを説明しなきゃいけないか。骨だな」
「うん」

「食べ終わったら風呂に入ってこい、汗かいたんだろ」
 僕はどきりとした。臭いに鈍感な父さんにも分かるほど汗くさかったようだ。せめて女っぽい汗くささだと良かったのだが……。でも、お風呂、か。
 初めてのお風呂。智美ちゃんが、「TSフルコース」と言っていたのを思い出した。
 僕は脱衣場に行った。普段は開け放しの扉を閉めて、万一のために鍵をかけた。狭い閉鎖空間になったのを確かめると、洗濯機にもたれかかって気合いを入れる。
「……よしっ」
 山下が着せてくれた服を、どんどんたくし上げて首から脱ぐ。キャミソール? はワンピースと一緒に脱げてしまった。
「ううー」
 ブラジャーを、背中に手を回して、はずした。手が届いたのが感動的だった。胸にずしりとした慣れない感触、同時に異形が出てきたので目をつぶってしまう。「おっぱいはコワクアリマセーン」などと冗談めかして言ったけれど、こんなの一生慣れないんじゃないかと思う。
 おそるおそる、自分の胸の下に手のひらを差し入れてみた。持てる。思ったよりひんやりする。きっとこういうのが好きな男っているだろうなぁ。
「僕のところに来ても、本気で宝の持ち腐れじゃないか」
 誰か喜んでくれる人はいるだろうか。しらじらしく考えを巡らせてから、やっぱり山下だと考えをまとめた。山下みつるが見てくれるなら、僕は見てほしい。ほら、おっぱいだよ、僕女の子だよ、とか言ってみたい。
 TS好きな子はたぶん女体にも興味があるだろうけれど、いまの山下はどうだろうか。身も心も女の子になって、女体なんて当たり前になってしまっただろうか。そんなはずはない。山下が国吉さんみたいなムキムキ男を好きになるとは思えないじゃないか、だったら女体の方がいい気分に……。もちろん女なら誰でもいいわけではないだろうけれど。魅力的な少女ならばきっと山下の気を惹くことができるはずだ。考えがぐるぐる回った。
 ……魅力的な少女? それって、僕がどうこう挑戦できるのか?
 手がパンツ(ショーツと呼ぶのは恥ずかしい)の縁にかかる。引き下ろせば、布地がくるくるとねじれながらお尻から離れていく。ひざに引っかかった。
(女の子を脱がせた……)
 脱いだのは自分で脱がせたのも自分なのに倒錯的な気分だ。ひざにひっかかったパンツを、こんどは足首に引っかけてみる。薄目で見れば、ほんとうに、ない※。上から見ればつんつるりんに見える。
「僕が……、女の子だ」
 これ、僕の体なんだ。女の子の裸だ。
(山下もこういうの、好きかな……)
 後ろから手が伸びてきて、パンツを奪い去った。そんな幻影に僕は
「やっ」
 と声をあげて避ける。はずみで首が上を向き、見つめた先が鏡だった。
 映ったのは、他人の視線に驚いている女の子の顔だ。僕はとっさに言った。
「ごめん!」
 五秒後、鏡に映った顔が、僕の謝罪にこたえて緊張を解く。まるで女の子が僕を許してくれたみたいだった。
 正直カラオケボックスでも、僕は鏡に映った自分の顔を避けていた。でもいま目を合わせてしまったならば、ましてや言葉が通じたならば正面から向かいあうべきではないか。
 姉さんに似た少女、いや、若く見えるぶん家を出て行く前の姉さんと同じ顔、本物よりも本物らしい姉さんだ。その顔に僕は言った。
「ごめん、姉さん」
 肩がぶつかったときのようになにげなく発した言葉は、鏡の向こうの世界に吸いこまれて消えた。罵倒も追及も跳ね返ってこなかった。僕の胸に沸き上がってきたのは意外にも喜びだった。
「ごめん、姉さん。ごめん、姉さん。ごめん、姉さん」
 少しつま先立ちになって、壁に手をついて、僕は鏡に向かってささやき続けた。肩が揺れるとときどき、姿が胸まで見える。裸を見せても物怖じしない姉さんだ、姉さん、姉さん。

 必死だった僕が次に気づいたのは背後で鍵がこじ開けられる音だった。アコーディオン式の扉が開けられ、真っ青になった父さんの顔が覗いた。
「さっきからぶつくさ、どうしたんだ? 頭は大丈夫か?」
 そう言った父さんの視線が、急に泳いだ。あれ、……そうか。
 自分の思考に驚いた、女の子って。相手が自分の体を見たかどうか。ちゃんと分かる。
「きゃあっ」
 僕は胸を隠した。腕に余る乳房の感触、乳首をカバーできたかどうか自信がなかったし、下を隠すのは忘れていた。たぶんじっくり見られただろう。だって翌朝、父さんはうれしそうに言ったから。
「おまえ、本当に女の子になったんだなぁ」


ない:オートガイネフィリアの目指すもの。性同一性障害の子が生まれたときから女の子を自認するならば、オートガイネフィリアは生まれたときから女の子の裸に興味があるのだ。まさか母親を見て覚えたわけでもなく、女友達に見せてもらったわけでもない。遺伝子に記憶された形なのだ。
 クリムトというスケベなおじさんが描いた絵がこれ。理想の曲線だ。
Egyptian Art 1890-91 Gustav Klimt

つづく

«  | HOME |  »

FANZAさんの宣伝

 

初めての人はこちら

ts_novel.jpg

 

性の揺らぎに関する作品でお勧めのもの

ts_syouhin_20090318225626.jpg

 

性の揺らぎに関する作品(一般)

ts_syouhinもと

 

FANZA専売品コーナー

ブログ内検索

 

最近のコメント

プロフィール

あむぁい

  • Author:あむぁい
  • 男の子が女の子に変身してひどい目にあっちゃうような小説を作ってます。イラストはパートナーの巴ちゃん画のオレの変身前後の姿。リンクフリーです。本ブログに掲載されている文章・画像のうち著作物であるものに関しては、無断転載禁止です。わたし自身が著作者または著作権者である部分については、4000文字あたり10000円で掲載を許可しますが、著作者表記などはきちんと行ってください。もちろん、法的に正しい引用や私的複製に関しては無許可かつ無料でOKです。適当におだてれば無料掲載も可能です。
    二次著作は禁止しません。改変やアレンジ、パロディもご自由に。連絡欲しいですし、投稿希望ですけど。

 

全記事表示リンク

月別アーカイブ

 

最近の記事

 

カテゴリー

新メールフォーム

イラスト企画ご案内

20080810semini.jpg

 

リンク

RSSフィード

2012-12