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いつだって僕らは 3-26  by 猫野 丸太丸

26.
 夏休み、補習や夏期講習の合間とはいえ僕たちは女子高校生の夏を楽しみたくてしかたがなかった。念願の海に行くのだ。
 幸い僕たちの住む街は海に近い。特急電車に乗って、半島の太平洋側にある海水浴場へ行くことにした。僕の発案だ。
 いつも四人一緒だったといっても、泊まりがけで出かけるのは初めてだった。いつかの成田行きのときみたいに電車の席を取り、みんなにジュースを配ったりした。
「はいっ。智美ちゃんはグレープフルーツジュースが好きだったよね」
 缶を持つ手がしずくで滑った。智美ちゃんはすばやく的確に受け取る。
「もう、あんたってはしゃぎ過ぎー」
「智美ちゃんもね。それにみつるも」
「え? そう?」
 山下はジュースを両手で握りしめて、大げさに驚いた。
 最近、僕たちはおたがいを名前で呼ぶようになっていた。和久は智美で山下はみつるで。篠塚は意外なことに理莉子 (りりこ)などというおしゃれ名前だったから、「まだ名字だけでいい」ということだった。
「はいはい、タオルで拭いときなさい。みつるは油断しないでよ、ぜったいにこぼすからな」
「ありがと、篠塚くん」
 意外なことといえば、篠塚は女子マネを始めて以来お母さん技能が鍛えられてしまった。本性は世話好きだったのかもしれない。カラオケボックスでも手を休めない篠塚を見ていると、幸せな気分になるのだった。
 落ちついたところで、智美ちゃんが話しかけてきた。
「ところでさ、あんた、それでいいのかな?」
「なにが?」
「名前だよ、名前。あんた、学校でも名乗っていたけれど本当にいい?」
「もちろん」
 残念だが、その件は以前から考えていたことなのだ。決して変えられない。
「智美ちゃんが智美ちゃんであるように、僕は僕の名前を名乗るんだ」
 戸籍を書きかえたわけではないけれど、僕は名前を女の子にすることにした。父さんにも了解を取った。
「命名、新井ぴん子。それが僕だよ」
 智美ちゃんは左右を見た。僕の発言が隣りのボックス席に聞かれなかったかをわざわざ確かめるふりをしたのだ。
「もうちょっとかわいい名前の方が……。ううん、ごめん。新井はぴん子なんだね」
「おうっ!」
 なにをどう考えても、僕にふさわしい名前はそれだ。そうなのだ。
 でもなぜだろう、僕のピンチにはいつも山下が来て、僕を横から抱きしめてくれるのだ。
 山下が本気で抱きついたことで、智美ちゃんも篠塚も目を丸くした。
「新井くんはぴん子ちゃんなんだね」
「うん。……呼び捨てでいいぜ」
 僕の声は不自然に震えていたと思う。山下の手が、どうどうと僕の乳に手を当てた。
「この鼓動、本気みたいだね。じゃあ僕のこともみつるって呼んで。ぴん子がぴん子って呼ばれるたびに、僕もみつるって呼ばれるから」
 急にそう言われた理由に僕は自分自身、勘づきつつあった。山下は好きなものを好きと言うように、守りたいものは守りたいと言うのだ。パズルのピースをはめるように、少しずつ終わりは近づいていた……。

「降りるときも忘れ物しないでよー。網棚チェック! 菓子袋はこっちに捨てておきな!」
 篠塚の号令で僕はわれに返った。
 ターミナル駅で降りて、そこからバスで港へ、さらに高速船で湾の対岸に渡ればそこが海水浴場だ。
「ううーん、足もとがあやしい」
 乗り物に酔ったのか、最後まで転びそうな山下を見守りながら、僕たちは列を作って渡り板を越えた。そして港から徒歩で行ける、浜ぞいの宿屋へ。
「……いや。すぐ泳ごう」
「えっ!?」
 僕が言うのを聞いて智美ちゃんは不思議がったが、山下が制して僕の言うとおりにしてくれた。
 すれ違う観光客を避けつつ舗装道路からそれて、日の当たる方へ歩きはじめた。砂浜の位置も脱衣場も、僕はこの土地に詳しい。強烈な潮の臭いがしてくるが、海をじっくり見るのは着がえてからで良い。黒松林のあいだを抜けて、年季の入った木の建物に向かうのだ。
 更衣室では思いきって、女子の方※に入る。
「……、ふう」
 ロッカーの並んだ狭い室内に、ほかの女性がいなかったことに安堵した。後ろでは篠塚が同じため息をついていたからいっしょに笑った。
 僕、智美ちゃん、篠塚がロッカーの前に立つ。
「これって女子更衣室で着がえ、だよな」
「そりゃ当然でしょ、当然」
 智美ちゃんはそうくり返したが、声色がぜんぜん落ちついていない。それなりに緊張しているのだ。
 僕は、服の下に水着を着ておくメリットとデメリットをぜんぜん知らなかった。だから失敗を恐れて、普通の下着を着てきた。全部脱いでから水着に着替える。
「んしょっ」
 胸に引っかかりがちな半袖の服(ブラウス? 名前知らない)をバンザイして脱いだ。ブラジャーも思いきって外した。ここでふり向くか、ふり向かないか。迷ったけれど、この気持ち押さえきれないっ。ふり向いた。
 智美ちゃんと篠塚が同じことをしてこっちを見ていた。
 うっわー、智美ちゃんの胸、女らしい。はっきりいって形が好みだ。篠塚の胸ってあんなふうになっているのか。ていうか、見られている物の量で言えば僕の完敗なのだが。
「えーと……、あはは」
「水着、それうまく入るの? 手伝おうか?」
「恥ずかしいので、いい」
 気を取り直して下も……、スカートで隠しながら大急ぎで着がえた。脱いでみると、お腹の無防備さが半端ではない。いや、その理屈はおかしい。男だったときも水着で腹当てなんてしていなかったじゃないか。そう思いながらも、着がえをしまったバッグでおへそを隠して、あらためてふり向いてみる。
 男でいたときは水着が恥ずかしいなら競泳水着みたいなのを着ればいいじゃないかと思っていたが、ワンピースはかえってスタイルが合わないと恥ずかしいのだと習った。だから三人ともビキニの水着だ。
 いちばん感動したのは篠塚の水着姿だった。女らしいというか、見間違えもなく女の子だった。
「ええと」
 おもわずわき腹をつまむ。ハリとコシがすごい。……僕はなにをやっているのだろう?
「ん? 言ってみ?」
「引き締まっているのに柔らかい、かな。うらやましい」
「柔道部で鍛えているからなぁ。と、それは置いておいて。他人の体を触ったからには覚悟はできているんだろうなぁ」
 智美ちゃんが後ろに回った。篠塚が指をくねくねさせて近づいてくる。
「やっ、やめて、いや」
「触ったの一回につき一回だろ!」
「ぴん子の背中、きれい!」
 思いきりわき腹や背中をくすぐられた。細い指は触れればすぐに女の子の手だって感じる、やっているのが篠塚と智美ちゃん――和久――だって頭で分かっているだけにすごい倒錯感だ。ふたりにはさまれているのに、女の子の汗の匂いしかしなくって更衣室がむんむんしてくる。
「智美ちゃん! おまえそれでいいのかよ!? 逆に胸が当たっているぞ?」
「どうせ日焼け止めとか塗りっこしたいし、好きにしなよー!」
 水着ごしの胸の感触、形の良さが脳裏に浮かんでしまう。智美ちゃんは本当に欲しがっていたんだよなぁ、エッチな意味じゃなくて、自分らしい体を手に入れることができてよかった。あのとき感動したっけ。逆に篠塚はまだ慣れていないにちがいない。
「いまでも怖くて自分ではじかには触れないんだろ?」
「な、なんで分かった?」
 本当にそうなのかよ! じゃあ僕が触ってやろ!
 そして僕自身は変身直後のぷにぷに地獄を思い出して体のなかが熱くなる。篠塚たちの冷たい指と混じり合って、自分の材質をいやでも想い出してしまう。もうどこを触られても女の子になってしまっているんだ、二度ともとには戻れないんだ……。
 後から聞けば、くすぐりごっこは僕を元気づけるためにわざとやったことだったらしいけれど、泳ぐ前から僕はいっぱいいっぱいだった。

 三人そろって更衣室の外に出た。
「あ」
 さっきからえ、とかあ、とか、発音が文章になっていない。地元で見る深い黒の海とは違い、目の前には青と白と、ちょっと緑の世界が広がっていた。
「関東近辺でもいいもんだな」
「ねー」
 そうつぶやいた篠塚と智美ちゃんの後ろ姿、風景と合わせてみると雑誌のカラー印刷のようだった。女子のグループに混じると、目を開くたびにこういう光景が見えるのだ。
 すれ違う人たちには僕も仲間だと思われているんだよなぁ。女性化が進めば女の子の見た目なんて当たり前になってしまうんだろうけれど、僕にはそんな日は当分訪れそうにない。
 男の人がこっちを見ている。
「う」
「ぴん子があたしたちの後ろに隠れて歩くのは予想がついていたよ。そのままでついてきて」
「ありがとう……」
 ビーチサンダルで熱い砂を感じつつ、僕らは海辺にパラソルを立てた。篠塚が冷たい飲み物をまた用意してくれる。TSフィクションのように男どもがそく寄ってくることはなかった。
 僕はあくまで後ろにいる。ふたりの女の子が浜辺でくつろぐ姿、申し訳ないけどちらちらと股間やお尻を確認して、僕のプロポーションと比べてしまう。
 僕たち、おんなじ体になってしまっている。

 そのとき篠塚が右を向いて、「あれ」と言って指さした。智美ちゃんも見てそのまま固まった。ふたりの視線を釘付けにしたものがなんだかは分かる。僕の似姿が現れたのだ。
「あの人、ぴん子に……」
 似ているだろう。いや、僕があの人に似ているのか。

 周囲の人々から離れて一本のビーチパラソルが立っていた。女性がひとり、そこに寝ている。大胆なビキニ姿で、表情はサングラスに隠されている。日焼け対策が完璧なのか、肌はしみひとつない。容姿は……、盛り上がった胸が、仰向けになっても大きさを感じさせる。ウエストは壺のような曲線を描き、なめらかな脚につながっている。足の指が、手招きするようにときどきこちらへ向いた。
 僕と似ているのにまるで違う。男性の視線を引くとはあのような女性を言うのだと知れた。
 それだけではない。女性がこちらに気づき、立ち上がる。お尻の砂を払って、音もなくサンダルを履く。砂浜にまっすぐな足跡をつけて僕たちに近づくまで、僕たち女の子は微動だにできなかった。
「よく来たね、君たち」
 返事ができない僕らに、女性は微笑み「和久智美さん、篠塚理莉子さん」と呼びかける。ふたりはのろのろとうなずいた。この女は同性の心をこそ奪ってしまうのだ。
 乳首をちょん、とつつかれたら篠塚なんて指先一つで卒倒するのではないか。
「そして新井ぴん子ちゃん、はあいかわらず考えごとかな? よく来たわね、そのうえまぁ見事に女の子になっちゃって。ぴん子ちゃん」
 くすくす、という笑い声が遅れて聞こえた。ぴんこって誰だ。笑われるような名前か。笑われるような名前だったのだ。
「ちょっとは反省することがあったのね。弟がまさか、うす汚い『男』を捨ててくれるとは思わなかった。だから招いたのよ。あたしのために女の子になってくれてうれしいわ、ぴん子ちゃん、あたしの妹」
 あたしの妹、うれしい、あたしの妹、うれしい、すなおによろこべ……。ちがうぴん子、視線を落とすな。目をそらすな。せっかく女になったのにこの体でもまた負けるのか。
 おまえのためじゃない。せっかくみつるが生まれ変わらせてくれたのに。
 でもこうも考えられた。大事な高校最後の夏休みに、姉さんに「女になったぴん子が見たい」と言われたからといって海水浴場で会う約束をしてしまった。連れていく友達のことも、どういう出会いや冒険があったかも白状させられていた。僕はすでに負けている。

 そのときだった。砂を踏む、リズムの狂った音が近づいてきた。
「待ってー。みんな、着がえてきたよ!」
 僕は奇跡的に、その少女に視線をずらすことができた。姉さんの注意までもがそれたから、姉さんに「他人が話をしているときによそ見するんじゃない」と言われずにすんだ。
 少女、山下みつるの水着姿を僕は見てしまった。少女はタンキニという、ビキニにタンクトップを組み合わせたものを着ていた。そしてあろうことか姉さんのすぐ横でタンクトップを脱いだ。
 丸いへそが見える。浮き上がったあばらが見える。そしてビキニの胸当てはほのかにふくらんでいる。かわいい女の子だ。
「へんしーん、そしてお着替えオッケー。みんな、海、楽しもうね! それからお姉さんありがとうございます、招待してくれて!」
 ある意味このなかでいちばん女らしさがない、やせている、けれど真っ白な肌は、僕たちを正気にさせるに十分だった。僕はつい下も見てしまった。ショートパンツ型の水着だ、僕は内心ほっとした。
 姉さんは山下をねめつけて、にっこりと魅惑的な笑みを浮かべた。
「へぇ……。あなたが山下みつるさんだったのね。そっか、この子がぴん子ちゃん、を立ち直らせてくれたのか。ありがとう」
「どーいたしまして」
 山下はにっこりと笑った。
 姉さんは僕たちのパラソルのに、つまり篠塚と智美、僕の間にわりこんだ。山下は立ったまま背中を曲げて、こちらに礼をしたような姿勢になる。
 姉さんが触手を伸ばした。
「ごめんなさいね、ぴん子がご迷惑をかけて。この子ってなにかにつけてネガティブだから相手するの、大変だったでしょう」
「んー、どうでしょう。お姉さんは大変だったんですか?」
「まぁ、いろいろと?」
 姉さんは僕の方を見ずに話し続けた。
「だいたいこの子はまともな人生を送れているくせにつまらないことで悩み過ぎなのよね。家族だっておたがい気持ちがぶつかることもあるでしょうに、反応が極端だから話していて不安になるのよ。家族なんて意見が食い違っても優しさがあれば、ちゃあんとまとまるものなのに。あ、なにを聞いたか分からないけど、あたしが家を出て行ったんじゃないのよ? この子が過剰反応したから、親が気を使ってあたしから離しただけ」
 姉の唇が右側だけ笑った。
「ぴん子ちゃん、はちょっと痛い子だからね。ま、家族になっちゃった以上しかたがないから、私はこんな人間がいても面白いかなと割り切っているけれど。あなたたちはネガティブさに巻きこまれない程度に、ぴん子ちゃん、につきあってやってくださいね」

 ぺち。

 いきなりだった。
 山下の手がまっすぐに伸びて、姉さんの頬に当たっていた。それは殴るというよりも当てただけの音だった、痛くもなかっただろう。でも山下が手を出すところなんて僕は初めて見たわけで、山下はたしかに姉さんを殴ったのだ。かわいい声が聞こえた。
「お姉さん。親しき仲にも礼儀あり、ですよ」

 しばらくして、姉さんの二回目の「へぇ……」が聞こえてきた。
 僕は叫んでいた。
「うおおーーっ!!」
 たくさんの液体が僕の頭から噴き出した。噴き出して、手で押さえてもそれは止まることがなくて、まるで止まらなかった。うずくまったら、乾いた砂が滴を吸って黒く固まっていくのが見えた。瀝青か、水銀だ。硬くて重く溜まったなにかが僕のなかから出てきたのだ。
 山下はすぐに来てくれた。小さな僕の肩を抱いて、僕を海へ。誰もいない海の方へ向けてくれた。
「広い海に行こう。悲しみも流してしまえば、自分のものになるよ」
 誰かに悲しまされるのではなく、自分だけで悲しむことってできるのだろうか。誰かに引け目を感じることなく涙を流すことって、できるのだろうか。山下はできると言ってくれる。
 足をすすめた。波の音に合わせて水しぶきが冷たく、体を濡らしていく。山下の両腕は熱く僕のまわりを包んでくれた。
「ありがとう、大好き」
「僕も大好きだよ……。ぴん子のこんなところが」
 見えないところで手がそっと差し込まれ、脚の間を確かめてくれる。
 ない。うれしい。
 僕はこの人のために女の子になったんだ。
 僕の心が抜け出して、水の中へと広がっていく。でも僕はここにいる。浮遊する心なんてそのまま深い海へ沈んで二度と帰ってこなければいい。
 ついていかないよ。僕はこの体にいて、山下みつるといっしょに暮らすのだ。
 手足をからませながら遊んだ。見つめれば山下がそこにいてくれて、僕に何度もささやいてくれた。
 新井ぴん子は女の子。かわいい、かわいい、女の子……。大好き……。



更衣室、風呂、トイレ:入っちゃいけない三大場所。

<つづく>

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