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花嫁のメモ
作.真城 悠(Mashiro Yuh)
「真城の城」http://kayochan.com
「真城の居間」blog(http://white.ap.teacup.com/mashiroyuh/)
挿絵:うつき滄人 http://utukiaoto.fc2web.com/
このメモを発見された方がどなたになるかは分かりません。
どうかその時はよろしくお願いいたします。
私は(読み取れない)と申します。
籍を入れた日より苗字が変わりまして(読み取れない)となります。
このメモは、翌日に結婚式と披露宴を控えた晩にしたためております。ここしかチャンスが無いと感じました。
現時点で既に招待状も出し終わり、ウェディングドレスの衣装合わせもリハーサルも全て終わっております。後は明日を迎えるばかりです。
ただ、私の周りには不可解な事ばかり起こり、その総決算が明日なのです。
とても信じてもらえるとは思えないのですが、ありのままをとりとめもなく書き記そうと思います。
私はとある田舎に生まれました。
子供の頃は大人しく、野山を駆け回ったりはせず、インドア派の子供として物心付いた時には存在していた家庭用ゲーム機に夢中になりながら過ごしました。
順調に小学校、中学校、高校と卒業し、一浪を経て国立大学の文系学部に進学しました。
一年の留年を経て無事に卒業し、地元の小さな法律事務所に就職し、そこで毎日書類を書きながら過ごす日々を送ってまいりました。
折からの不況で、朝から晩まで働き、残業をしても給料は手取りで12万円ほど。
大卒でこれでは余りにも寂しく、幾ら田舎だと言っても生活するのがやっとです。
確かに同級生で外資系の証券会社に就職できたのが一人、国内の大手に就職できたのが一人おりまして、彼らは現時点でも手取りで私の数倍を取っており、数年でその差は十倍に膨れ上がるといわれています。
ただ、それに比して仕事のプレッシャーもリスクも高いため、一概に羨ましいとは言えません。
それに私は決して負け組ではありません。
何しろ、それ以外の大半は就職する事ままならず、親の脛(すね)をかじり続けたり、正社員になれずにネットカフェ難民として彷徨(さまよ)う羽目になっているからです。
お分かりでしょうか、実はこの時点では私は男だったのです。
何を言っているのか分からないかもしれません。
ある朝、目覚めると私の肉体は女になっていました。
パニックになりそうでしたが、不思議なことにまるで無意識の行動をなぞるように女物の下着を身に付け、外出着に身を包み、髪の毛を解かし、メイクをし、アクセサリーをつけて外出していました。
余りにも自然でした。
出社ギリギリまで穴の開くほど自分が映っている鏡を凝視したのですが、そこには確かに自分の面影はあるものの、紛れも無く遺伝子的には女であろう人間が映っていました。
生まれて初めて鏡を見た時の感慨もこんな感じだったでしょうか、あまりにも見続けていた為に気持ちが悪くなって吐きそうになってしまいました。
メイクも手馴れていて、それなりに整った顔立ちだった私はどちらかといえば美人の部類に属するのではないかと自惚れてはいます。
ただ、それで嬉しいかと言われれば嬉しいわけがありません。何しろ前の晩まで私は紛れも無く男だったのですから。
何が何だか分からず、半ばヤケクソになっていた私ですが、会社に到着して更に驚きました。
そこには「女の私」の机があったのです。
勿論、ロッカールームも着替えも完備されていました。
出社準備の時と同じく、手馴れた手順でピンク色の「OLの制服」に着替えた私は、昨日までの仕事を全く同じようにこなしていたのです。
目の前にちらちらと見える胸の盛り上がった形や、細く長く美しい自らの指などは、一生懸命意識しなくては異常だと感じることが出来ませんでした。
驚くべきことに、周囲の人間はまるで私が最初から女であったかのように接してきます。
私も自然と口をついて「女言葉」が出、自然と仕草も女性的になっているのです。
生まれてこの方一度も入ったことの無いはずの「女子トイレ」に入っても何をどうするかに戸惑うことなく用を足し、何事も無かったかのように午後の仕事をこなします。
その日から周囲のことを探るのですが、明らかにこの世界では私は生まれた時から女として育ち、今に至ったことになっているのです。
ゴールデンウィークに帰省しても、そこにいるのは見慣れた両親のはずなのに、私が生まれた時から「娘」だったことになっているのです。
無論、弟たちも「お姉ちゃん」「姉貴」と当たり前のように呼んできます。
自分以外の全てが最初から違った状態へとある日を境に変貌してしまっているのです。
普通に考えたら気が狂ったのかと思うところなのですが、とにかくさも当たり前の様に物事が進行するので流されてしまいます。
一体何が起こったのでしょうか?
パラレルワールドで平穏無事に暮らしていた「男の環境の私」と「女の環境の私」の魂が何かの弾みで入れ替わったのでしょうか。
それとも、私は本当に生まれた時からずっと女で、あの晩目が覚める寸前に「それまで男として育ってきた」と意識が混乱してしまい、今もその様に思い込んでしまっているのでしょうか。
とてもではありませんが、そうとは思えません。
私はあの朝の時点で25年以上男として生きてきました。間違いなく記憶があります。
夢はどれほど長いものであっても、目覚める数秒前に全てを体験するといいます。
確かに夢は体感的には数時間に匹敵するものもあるでしょう。
しかし、二十五年にも渡る体験を、五感を伴って体験させる夢などありえないでしょう。
この世の何かが、あの日を境におかしくなったのです。
それは、私たった一人だけの環境を変えたのかもしれません。世の中には何の影響も無いのかもしれません。
それこそ、私を含めたこの世の人間全ての性別が逆転し、しかもそれに都合を合わせる様に世界そのものが改変されてしまっているならばともかく、どうして私だけがこんな理不尽な目に遭わなくてはならないのでしょうか。
ただ、ある意味においてこの境遇が「禁断」のものであったという自覚は確かにあります。
最初の内は余りにも突飛過ぎ、ショックが大きくて冷静に周囲を見渡すことも出来ませんでしたが、徐々に観念する様になったのは間違いありません。
25年付き合ってきた男の肉体が、ここではある意味において憧れ続けた女の肉体になっているのです。少しは味わってもいいではありませんか。
とはいえ、その「憧れ」というのは主に性的対象としてであって、同一化の対象ではなかったはずなのですが…。
日々女装し、会社において短いスカートで働くという羞恥プレイを強要させられているにもかかわらず、それが当たり前であると思い込まされる為に全く意識することが出来ませんでした。
私はせめてもの抵抗とばかり、女体と“女性である”という社会的立場を利用して、「女装」しまくりました。
ここでは書けない様なことも随分いたしました。
女性的な行為を強引に押し付けることによって、周囲の狂った環境を元に戻すことを期待していたのかもしれません。
我ながら、こうして書いていても支離滅裂です。何を考えていたのでしょう。
当然、幾ら「男の立場だったら恥ずかしくて着られない」様なフェミニンだったりセクシーだったりする衣装に袖を通したところで、ある朝男に戻っていたりする出来事は起こりませんでした。
何度目か忘れた月経も経験し、既に言葉遣い、仕草、立ち居振る舞いまですっかり女性的なそれが身についてしまい、今さら戻っても完全な男としてやっていけるかどうかとすら思えるほどになってしまいました。
そんな中、今の夫である職場の同僚と恋に落ちました。
初めの頃は「男性との恋愛など言語道断」と思っていたのですが、気が付けば規定路線であるかのようにトントン拍子に話が進んでしまいました。
彼に押し切られて同棲生活がスタートし、毎夜の営みが日々の生きる糧(かて)となってまいりました。
ほんの数ヶ月前の自分に、「数ヵ月後、お前は女となり、OLとして働き、男と同棲して毎晩セックスしてはケモノの様に吼えている」と「事実」を告げたとして信じてもらえたでしょうか。
考えるまでも無く信じてもらえるわけがありません。
こうして書いている私自身すらまだどこか信じられないのですから。
残酷なのは私に「男性としての意識」がまだまだ残っていることです。
女性的な何かをする度に「嗚呼、俺は男なのに…」と羞恥に打ち震える自分がいるのです。
恐らく、生まれつきの女性にこんなことはありますまい。あったら大変です。少なくとも私ならそんな女は嫌です。
確かに大分慣れはしたのですが、今も職場で朝スカートに脚を通す際の男としての精神的屈辱は完全に払拭された訳ではありません。
あらゆる「女装」は勿論のこと、夫とのセックスにしても同様です。
女にしかない器官を刺激される度、男としての自意識が蘇ってきて恥ずかしさに身をよじりたくなります。実際、その思いがより刺激を倍化させ、それによって強く感じてしまうのです。
夫の方はそれを「自分のテクニックでより感じている」と思い込んで満足しているようですが…。
夫の方は生まれつきの男でしょうから、私が先日の衣装合わせで鏡に映った純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁姿を見た際の衝撃、そして屈辱と羞恥には思い至らないでしょう。
男にとって「花嫁衣裳を着せられ、嫁に出される」以上の屈辱があるでしょうか。
いや、考えるまでも無くそんな馬鹿馬鹿しい状況などありえないでしょう。しかし、私が直面しているのが正にそれなのです。
今の私は明日の結婚式の直前、礼服に身を包んだ両親の前に花嫁衣裳でおずおずと歩み寄り、ドレスのまま畳に膝を付いて「お父さん、お母さん、これまで育ててくださって有難うございます」と言う場面が脳裏に浮かんで離れません。
恐らく、実際そういうことになるのでしょう。
今の状況に身をおく事になって以来、この手のイメージ予想が外れた事は無いのです。
男と生まれた人間が、ある日を境に女へと性転換させられ、日々女としての生活を強要させられ、挙句の果てには男と恋に落ちて“女として”セックス三昧となり、遂にドレスのスカートを引きずって花嫁衣裳で両親にお礼を言うなど、明治以前の武士なら「死んだ方がマシ」と腹を切るレベルの最大限の精神的屈辱です。
それを正に明日、私は体験させられようとしているのです。

今もこうして胸を揉むと、数十日前にはありえなかったとはっきり自覚できる感触に身もだえするしかありません。視線を落とすとそこにはスカートがあり、何も感じない下腹部とスカートの中で物理的に接触することの出来る素脚の感触があります。
一体どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。一体私が何をしたというのでしょうか。
このメモは封印します。
もしかしたら誰にも発見されないかもしれません。
しかし、この世界が…もしかしたら私自身が…確かに狂っているということの証明として、封印しようと思います。
実は思い出したのです。
あの晩、寝る前に開いた謎のインターネットのページ。
そこに、今私が書いている様な妄想とも付かない文章が記されていました。
馬鹿馬鹿しいと思いつつも、薄気味悪さを感じてその日はそのまま寝たのです。そして…目が覚めたら全てが変わっていました。
もしもこの文章が流出し、めざといブログなどに掲載され、多くの人がそれを読んだりしたら…全く同じ被害が起こるかもしれません。
そしてそれは広く知られることは決して無いでしょう。
なぜなら、それを自覚できるのはあなた自身しかいないからです。
それでは、ここまでとします。
何かの原因で流出し、今これをパソコンのディスプレイ上で読んでいる読者のあなた。
明日の朝、お覚悟を。では。
■
「真城の城」http://kayochan.com
「真城の居間」blog(http://white.ap.teacup.com/mashiroyuh/)
挿絵:うつき滄人 http://utukiaoto.fc2web.com/
このメモを発見された方がどなたになるかは分かりません。
どうかその時はよろしくお願いいたします。
私は(読み取れない)と申します。
籍を入れた日より苗字が変わりまして(読み取れない)となります。
このメモは、翌日に結婚式と披露宴を控えた晩にしたためております。ここしかチャンスが無いと感じました。
現時点で既に招待状も出し終わり、ウェディングドレスの衣装合わせもリハーサルも全て終わっております。後は明日を迎えるばかりです。
ただ、私の周りには不可解な事ばかり起こり、その総決算が明日なのです。
とても信じてもらえるとは思えないのですが、ありのままをとりとめもなく書き記そうと思います。
私はとある田舎に生まれました。
子供の頃は大人しく、野山を駆け回ったりはせず、インドア派の子供として物心付いた時には存在していた家庭用ゲーム機に夢中になりながら過ごしました。
順調に小学校、中学校、高校と卒業し、一浪を経て国立大学の文系学部に進学しました。
一年の留年を経て無事に卒業し、地元の小さな法律事務所に就職し、そこで毎日書類を書きながら過ごす日々を送ってまいりました。
折からの不況で、朝から晩まで働き、残業をしても給料は手取りで12万円ほど。
大卒でこれでは余りにも寂しく、幾ら田舎だと言っても生活するのがやっとです。
確かに同級生で外資系の証券会社に就職できたのが一人、国内の大手に就職できたのが一人おりまして、彼らは現時点でも手取りで私の数倍を取っており、数年でその差は十倍に膨れ上がるといわれています。
ただ、それに比して仕事のプレッシャーもリスクも高いため、一概に羨ましいとは言えません。
それに私は決して負け組ではありません。
何しろ、それ以外の大半は就職する事ままならず、親の脛(すね)をかじり続けたり、正社員になれずにネットカフェ難民として彷徨(さまよ)う羽目になっているからです。
お分かりでしょうか、実はこの時点では私は男だったのです。
何を言っているのか分からないかもしれません。
ある朝、目覚めると私の肉体は女になっていました。
パニックになりそうでしたが、不思議なことにまるで無意識の行動をなぞるように女物の下着を身に付け、外出着に身を包み、髪の毛を解かし、メイクをし、アクセサリーをつけて外出していました。
余りにも自然でした。
出社ギリギリまで穴の開くほど自分が映っている鏡を凝視したのですが、そこには確かに自分の面影はあるものの、紛れも無く遺伝子的には女であろう人間が映っていました。
生まれて初めて鏡を見た時の感慨もこんな感じだったでしょうか、あまりにも見続けていた為に気持ちが悪くなって吐きそうになってしまいました。
メイクも手馴れていて、それなりに整った顔立ちだった私はどちらかといえば美人の部類に属するのではないかと自惚れてはいます。
ただ、それで嬉しいかと言われれば嬉しいわけがありません。何しろ前の晩まで私は紛れも無く男だったのですから。
何が何だか分からず、半ばヤケクソになっていた私ですが、会社に到着して更に驚きました。
そこには「女の私」の机があったのです。
勿論、ロッカールームも着替えも完備されていました。
出社準備の時と同じく、手馴れた手順でピンク色の「OLの制服」に着替えた私は、昨日までの仕事を全く同じようにこなしていたのです。
目の前にちらちらと見える胸の盛り上がった形や、細く長く美しい自らの指などは、一生懸命意識しなくては異常だと感じることが出来ませんでした。
驚くべきことに、周囲の人間はまるで私が最初から女であったかのように接してきます。
私も自然と口をついて「女言葉」が出、自然と仕草も女性的になっているのです。
生まれてこの方一度も入ったことの無いはずの「女子トイレ」に入っても何をどうするかに戸惑うことなく用を足し、何事も無かったかのように午後の仕事をこなします。
その日から周囲のことを探るのですが、明らかにこの世界では私は生まれた時から女として育ち、今に至ったことになっているのです。
ゴールデンウィークに帰省しても、そこにいるのは見慣れた両親のはずなのに、私が生まれた時から「娘」だったことになっているのです。
無論、弟たちも「お姉ちゃん」「姉貴」と当たり前のように呼んできます。
自分以外の全てが最初から違った状態へとある日を境に変貌してしまっているのです。
普通に考えたら気が狂ったのかと思うところなのですが、とにかくさも当たり前の様に物事が進行するので流されてしまいます。
一体何が起こったのでしょうか?
パラレルワールドで平穏無事に暮らしていた「男の環境の私」と「女の環境の私」の魂が何かの弾みで入れ替わったのでしょうか。
それとも、私は本当に生まれた時からずっと女で、あの晩目が覚める寸前に「それまで男として育ってきた」と意識が混乱してしまい、今もその様に思い込んでしまっているのでしょうか。
とてもではありませんが、そうとは思えません。
私はあの朝の時点で25年以上男として生きてきました。間違いなく記憶があります。
夢はどれほど長いものであっても、目覚める数秒前に全てを体験するといいます。
確かに夢は体感的には数時間に匹敵するものもあるでしょう。
しかし、二十五年にも渡る体験を、五感を伴って体験させる夢などありえないでしょう。
この世の何かが、あの日を境におかしくなったのです。
それは、私たった一人だけの環境を変えたのかもしれません。世の中には何の影響も無いのかもしれません。
それこそ、私を含めたこの世の人間全ての性別が逆転し、しかもそれに都合を合わせる様に世界そのものが改変されてしまっているならばともかく、どうして私だけがこんな理不尽な目に遭わなくてはならないのでしょうか。
ただ、ある意味においてこの境遇が「禁断」のものであったという自覚は確かにあります。
最初の内は余りにも突飛過ぎ、ショックが大きくて冷静に周囲を見渡すことも出来ませんでしたが、徐々に観念する様になったのは間違いありません。
25年付き合ってきた男の肉体が、ここではある意味において憧れ続けた女の肉体になっているのです。少しは味わってもいいではありませんか。
とはいえ、その「憧れ」というのは主に性的対象としてであって、同一化の対象ではなかったはずなのですが…。
日々女装し、会社において短いスカートで働くという羞恥プレイを強要させられているにもかかわらず、それが当たり前であると思い込まされる為に全く意識することが出来ませんでした。
私はせめてもの抵抗とばかり、女体と“女性である”という社会的立場を利用して、「女装」しまくりました。
ここでは書けない様なことも随分いたしました。
女性的な行為を強引に押し付けることによって、周囲の狂った環境を元に戻すことを期待していたのかもしれません。
我ながら、こうして書いていても支離滅裂です。何を考えていたのでしょう。
当然、幾ら「男の立場だったら恥ずかしくて着られない」様なフェミニンだったりセクシーだったりする衣装に袖を通したところで、ある朝男に戻っていたりする出来事は起こりませんでした。
何度目か忘れた月経も経験し、既に言葉遣い、仕草、立ち居振る舞いまですっかり女性的なそれが身についてしまい、今さら戻っても完全な男としてやっていけるかどうかとすら思えるほどになってしまいました。
そんな中、今の夫である職場の同僚と恋に落ちました。
初めの頃は「男性との恋愛など言語道断」と思っていたのですが、気が付けば規定路線であるかのようにトントン拍子に話が進んでしまいました。
彼に押し切られて同棲生活がスタートし、毎夜の営みが日々の生きる糧(かて)となってまいりました。
ほんの数ヶ月前の自分に、「数ヵ月後、お前は女となり、OLとして働き、男と同棲して毎晩セックスしてはケモノの様に吼えている」と「事実」を告げたとして信じてもらえたでしょうか。
考えるまでも無く信じてもらえるわけがありません。
こうして書いている私自身すらまだどこか信じられないのですから。
残酷なのは私に「男性としての意識」がまだまだ残っていることです。
女性的な何かをする度に「嗚呼、俺は男なのに…」と羞恥に打ち震える自分がいるのです。
恐らく、生まれつきの女性にこんなことはありますまい。あったら大変です。少なくとも私ならそんな女は嫌です。
確かに大分慣れはしたのですが、今も職場で朝スカートに脚を通す際の男としての精神的屈辱は完全に払拭された訳ではありません。
あらゆる「女装」は勿論のこと、夫とのセックスにしても同様です。
女にしかない器官を刺激される度、男としての自意識が蘇ってきて恥ずかしさに身をよじりたくなります。実際、その思いがより刺激を倍化させ、それによって強く感じてしまうのです。
夫の方はそれを「自分のテクニックでより感じている」と思い込んで満足しているようですが…。
夫の方は生まれつきの男でしょうから、私が先日の衣装合わせで鏡に映った純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁姿を見た際の衝撃、そして屈辱と羞恥には思い至らないでしょう。
男にとって「花嫁衣裳を着せられ、嫁に出される」以上の屈辱があるでしょうか。
いや、考えるまでも無くそんな馬鹿馬鹿しい状況などありえないでしょう。しかし、私が直面しているのが正にそれなのです。
今の私は明日の結婚式の直前、礼服に身を包んだ両親の前に花嫁衣裳でおずおずと歩み寄り、ドレスのまま畳に膝を付いて「お父さん、お母さん、これまで育ててくださって有難うございます」と言う場面が脳裏に浮かんで離れません。
恐らく、実際そういうことになるのでしょう。
今の状況に身をおく事になって以来、この手のイメージ予想が外れた事は無いのです。
男と生まれた人間が、ある日を境に女へと性転換させられ、日々女としての生活を強要させられ、挙句の果てには男と恋に落ちて“女として”セックス三昧となり、遂にドレスのスカートを引きずって花嫁衣裳で両親にお礼を言うなど、明治以前の武士なら「死んだ方がマシ」と腹を切るレベルの最大限の精神的屈辱です。
それを正に明日、私は体験させられようとしているのです。

今もこうして胸を揉むと、数十日前にはありえなかったとはっきり自覚できる感触に身もだえするしかありません。視線を落とすとそこにはスカートがあり、何も感じない下腹部とスカートの中で物理的に接触することの出来る素脚の感触があります。
一体どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。一体私が何をしたというのでしょうか。
このメモは封印します。
もしかしたら誰にも発見されないかもしれません。
しかし、この世界が…もしかしたら私自身が…確かに狂っているということの証明として、封印しようと思います。
実は思い出したのです。
あの晩、寝る前に開いた謎のインターネットのページ。
そこに、今私が書いている様な妄想とも付かない文章が記されていました。
馬鹿馬鹿しいと思いつつも、薄気味悪さを感じてその日はそのまま寝たのです。そして…目が覚めたら全てが変わっていました。
もしもこの文章が流出し、めざといブログなどに掲載され、多くの人がそれを読んだりしたら…全く同じ被害が起こるかもしれません。
そしてそれは広く知られることは決して無いでしょう。
なぜなら、それを自覚できるのはあなた自身しかいないからです。
それでは、ここまでとします。
何かの原因で流出し、今これをパソコンのディスプレイ上で読んでいる読者のあなた。
明日の朝、お覚悟を。では。
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