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ハーレム (3/4)

作.真城 悠(Mashiro Yuh)
「真城の城」http://kayochan.com 
「真城の居間」blog(http://white.ap.teacup.com/mashiroyuh/)
挿絵:松園

 遂に残り二十週のみとなった。
 季節は十月の最終週。年によってはかなり厚着をしないと寒くて適わない時期である。
 街にはマフラーやコートなどで過剰に防寒しつつもミニスカートで脚をむき出しにしたアンバランスな女子高生たちが行き交い、冬支度が始まっていた。
 我が校の一年生が週に一度与えられる能力は、単に衣装を着替えさせられるだけではなく、かなりの程度クラスメートを自由に操ることが出来、言うがままに動かす事も可能となる。
 自分自身も学ラン姿の学生のままであることも出来るし、「イケメン」に変身することも出来、あろうことか自分自身が同じ姿に性転換・女装して「お付き合い」することも出来る。

 オレは教室の上のほうにへばりついているエアコンに注目していた。
 夏のあのクソ暑い時期にもウンともスンとも言わなかったポンコツだ。学生は我慢すべきってのは分かるが。
 実はこのエアコンがこの週に役に立つことになった。

 結論から言うと、この週はなんと「イブニングドレス」だったのだ。
 いや、正式名称は知らない。多分そう呼ばれているものなんだろうってことだ。

 いつも楽しみにしている目を開ける瞬間を迎えると、目の前の友人はワインレッドの露出度の高いドレスに身を包んでいた。
 「ドレス」と言っても、あのモコモコに膨らんだお姫様みたいなのじゃなくて、つるりとうすべったい、身体に張り付いてラインを出すタイプだ。
 身体に纏(まと)わり憑く様に床にまで伸び、背中がばっくり割れてむき出しになり、肩は肩ひもで殆(ほとん)ど露出している。
 無論、髪の毛はうなじをむき出しにする為にアップにまとめられ、メイクもアクセサリーもばっちりの「大人の女」にされている。

 先週の「普段着」とか、その前の「制服」とは全く雰囲気が違う。
 ただ、薄汚れた校舎が途端にパーティ会場みたいな装飾だらけのお屋敷になるわけもなく、ぼろい机に金属と木製の椅子に、机の中にはくたびれた教科書やノートが無造作に突っ込まれているだけだ。
 そんな「男子校の教室」に色っぽいドレスで着飾った若い女の集団ががお互いの体型を見せ付けるかの様たたずんでいるのである。

 オレの方はブルーのドレスだった。
 後から聞いたのだが「マーメイド(人魚)ライン」と呼ばれるスカートのドレス姿だった。
 胸から上が全露出し、腕はひじを回りこむ手袋に覆われていた。

 当然のようにひとしきりいちゃいちゃし、安部くんを冷やかしに行った。
 彼は真っ黒なドレスだった。
 棒みたいに細くみえる様に着付けられ、同じく黒い手袋に首には何か装飾みたいなのを撒きつけられている。

 二十一番の男はパーティに列席する男みたいなスーツで決めていた。
 一人ずつツーショットでカップル然として納まる。
 腕を絡める事を要求されるが、そのくらいなら喜んで応じる。二十一番の手がお尻やウェストに回るが、当然覚悟の上である。

 エアコンはこの露出の高い服で寒さに耐えるためのものだった。
 日常生活よりも「変身後」を考慮するあたりがこの男子校らしい。

 ただ、いつもよりも丁寧に絡んだこともあって全員とツーショット写真は無理だったみたいだ。大勢の美女に囲まれてのハーレム写真は撮れたみたいだけど、ちと勿体無いことは勿体無いな。
 しかし、ある意味これも方向性が良く分からない格好だなと思った。

 パーティ文化のあるアメリカならともかく、大学生の卒業パーティか、或いは社会人の婚活パーティか…行った事無いけど。
 そうでないとなると、水商売の女性たちの集団みたいだ。

 一見すると何も新しい「発見」は無い週だったかの様に見える。
 だが、二十二週目、十一月最初の週にまた新しい展開を迎えた。

 なんと、この週は目を開けた瞬間に目の前に飛び込んできたのは、白いスーツ姿で決めた友人の姿だったのだ。
 そう、彼は男のままだった。

 え!?これは何だ!?と思って自分の身体を見下ろしてみると、そこには先週も着たブルーのドレスに包まれた女体がある。
 教室の中は軽いパニック状態に陥った。

 勇んで入ってきた二十二番が説明するところだと、残りのクラスのメンバーの「性転換をさせる権利」「女装させる権利」はマスターが握っていて、「合理的な目的がある」ならば「サポート役」を任命させることは禁止されない、というのだ。
 要するに、「パーティでの女役」をクラスのメンバーに演じさせる為に、「男役」を配役して構わない、ということらしい。

 オレはこれまで散々性転換&女装してきたにも拘らず、真っ赤になって照れていた。
 何しろ、これまでは必ずお互いに性転換&女装していた「友人」がこの週に関しては男のままなのである。
 しかも結構イケメンに変身させてもらっている。まあ、実際には「馬子にも衣装」よろしく格好よく着付けただけだったりはするのだが。

 教室を見渡すと四十人、二十組の「男女」カップルが成立していた。
 その二人でいちゃいちゃすることは「マスター命令」だった。
 これは女同士でいちゃつくのと大分意味が違う。
 「男同士」だったものが「男と女」になっていちゃつくのだ。

 これまでは教室内で唯一の男として一人モテモテの立場を満喫することが出来るという立場だったのだが、全く構図が新しくなっていた。

 オレはパーティ・ドレス姿の女となって友人に抱かれ、振り回され、勿論唇を奪われた。
 マスターってのは…こんなことまで出来るのか…。

 その構図に加えて「談合」の存在が明るみに出たのが次の週だった。
 第二十三週。十一月の二回目。
 何とこの週では、前の週の「男女」の立場が綺麗に逆転することになった。
 友人が今度はドレス姿となり、オレは男のスーツ姿だった。
 この寒い中、半分肌が露出しているみたいな薄っぺらい衣装でパーティに参加しなくてはならないというのは女は大変だ、と思った。
 ポイントは「男のまま」であることも可能だったことが判明はしたが、男のままであるクラスメートはマスターである訳では無いからパートナーたる女性を意のままに出来る訳でも無い。単に彼女らをサポート出来るだけ。
 マスターが交代を申し出れば、パートナーを差し出す必要がある。男の状態であってもマスターの意のままなのだ。

 第二十四週。
 この週はなんと「バスガイド」さんだった。
 本人は「運転手」の格好である。
 季節を反映してか、肌色よりも若干濃い色のストッキングに包まれた脚が黄色い制服から突き出している。
 久しぶりに全員統一の「制服」然とした格好だった。
 まあ、スタイリッシュさからは程遠い「野暮ったい」衣装であることは否めない。セクシーさはせいぜい色つきのストッキングくらいだろう。
 先週の背中がばっくり開いた体型の出るドレスとは雲泥の差だ。

 面白かったのは、運転手スタイルのマスターが余りにも自分の格好がつまらないとして途中で自らもバスガイドさんに変身してしまったことだった。
 折角のマスターの機会なんだから「モテ男」ぶりを目一杯楽しめばいいのに勿体無い話だ。感受性が女性的なのはこの頃の若い男の特徴なんだろうか。
 まあ、マスターの途中から変身も可能だと分かったのが収穫といえば収穫か。

 第二十五週。十一月最終週。
 この週はなんとテニスウェアだった。
 半そでにスポーツブラ、そしてミニスカートにテニススコートである。
 余りにも季節外れで寒い格好に美少女たちはブーブー言っているが、テニス部に所属する二十五番は意に介さなかった。
 男子校のテニス部ともなると、周囲は男ばっかりだ。
 子供の頃からテニス部の女子といちゃいちゃするのが夢だったという二十五番は、教室中の机を隅に寄せて一斉にテニスラケットを振らせた。

 でもって一人一人に密着するかのようにスイングの手ほどきをしたりしている。
 ああ、こういうのが夢だったのね…と残りのメンバーは何とも微笑ましく眺めている。
 自分も性転換仲間に加わってしまう屈折二人組みに比べて欲望が分かりやすくてよい。

 ラケットを振るたびにミニスカートがめくれ上がってスコートが露出しそうになる。
 …これは見せパンだからいい…ということなんだろう。うん。

 流石にこの日は寒かった。
 凍えない様に部屋には暖房が効いてはいたんだけど、この格好は基本的に一日そのままなので、授業中とかはむき出しになった脚が寒いったらない。まあ、実は女子高生の制服姿でも脚の露出は大差ないんだけどね。
 それでも上着も着られるし、半そでってことはない。身体も動かさずにこの格好ってのは過酷だ。

 第二十六週。遂に十二月に突入した。
 そろそろクリスマスの声も聞こえてくる。
 この頃になると寒さも本格化してくる。
 なんとか露出度が高かったり、薄手だったりする衣装は回避して欲しくはあるが、露骨なリクエストはご法度であるし、最終決断はマスター以外が口を挟むことは出来ない。
 そしてこの日も空気が読めなかった。

 オレたちは全員、体操選手が着る様なレオタード姿となっていたのだ。
 以前、レースクイーン姿にされた時に似ていなくも無いが、あれは水着であり、何より運動することを想定していないのでお化粧バッチリアクセサリーばっちりにハイヒールだった。
 だが今回は化粧っ気はゼロ。髪の毛もショートカットか長くてもポニーテールにまとめてあり、両手両脚とも素脚。完全に「体操選手」の佇(たたず)まいである。

 流石にこれはいかん。寒すぎる。
 ところが昼休みまでは上にジャージを着ることは許された。
 二十六番曰く、「ジャージを脱ぐとレオタードが出て来る光景がたまらん」とのことだった。上級者は何を言ってるのか分からない。
 そして昼休みにはボールだのリングだのクラブだのが持ち込まれ、教室は体操選手たちの練習場と化した。
 体育教師みたいな格好になった二十六番は、何人か相手に「密着指導」を決め込んだ。
 こいつもセンスが完全に昭和のおっさんだ。
 だが、ある意味この制度はこういう風に煩悩を満足させるためにある。
 オレたちは進んで二十六番をちやほやし、とてもいい気分にさせた。

 第二十七週。十二月第二週目。
 この日はある意味「応用編」だった。
 いつもの変身フェイズが終わって目を開けたところで飛び込んできたのは、友人の「バレリーナ」姿だった。
 勿論、オレ自身もまたバレリーナへと変貌していた。

 真横に真ん丸くスカートが広がる「クラシック・チュチュ」と呼ばれるタイプである。コッテコテの「バレリーナ」といえば、というスタイルだ。
 真っ白なところにうっすらと肌色が浮かぶバレエタイツにピンク色のひもが足首にぐるぐる巻きになっているトゥシューズ。白銀に羽毛があしらってある胴回りに胸から上が細い肩ひも一本ずつで全露出している。
 ぎょっとするほど濃い舞台メイクに羽毛とティアラに彩られ、まとめられた髪の毛…。
 そして、透き通る様に白くほっそりした腕に、完全に無駄毛の処理されたわきの下…。
 お互いにどこからどうみても「可憐なバレリーナ」姿だった。
 クラス中がそうなのである。

 もう性転換にも女装にも慣れっこになっていたつもりだったが、このバニーガール並か、或いはそれ以上に浮世離れした格好に流石に面食らい、そしてうっとりしてしまった。

 思わず立ち上がると、スカートがその弾力で上下にふわふわと動き、そのスカートに当たらない様に広がってしまう手が「バレリーナ然」とした挙動を形作る。

 とにかくこの「スカート」が邪魔で仕方が無かった。
 それも当然で、これは舞台の上で踊るための衣装であって、そのまま狭い教室で机に座って授業を受けるための衣装ではないのだ。
 露出度が高いのでこれまた猛烈に肌寒い。

 本番である昼休みは凄かった。
 股間のもっこりもまぶしい二十七番は、三十九人のバレリーナを合図一つで自由自在に躍らせることの出来る「演出家」となっていたのだ。

 恭しくスカートを広げて傅(かしず)く踊り子たち…。
 合図一つで一糸乱れず同じ動きで一斉に踊るバレリーナの集団。

 勿論、オレもその中に混じっている。オレだけではなく、友人も苅田くんも、そして余りの恥ずかしさに悩ましげな表情を浮かべている安部くんも、更には先日「バニー地獄」を演出した十七番や、レオタード女子たちをスケベな目で観続けたおっさんセンスの男もいる。全員がか細い女性へと性転換させられ、可憐なチュチュに身を包んでバレリーナとして踊らされているのだ。

 舞台上を見学する観客としてすらバレエなんて初体験だったオレは、よりにもよってバレリーナとして踊るバレリーナたちのど真ん中でそれを眺めるのが「バレエ初体験」となった。
 白いために下着にも見えるチュチュの背中が目の前に大量に踊り、飛んだり跳ねたりするたびに空気を孕んだスカートがぶらんぶらんと上下する。

 今の自分も客観的にはこんな風に見えているんだろうか…。
 突然恥ずかしくなってきた。
 確かにここには観客もいないし、事情を知らない人に見られている訳でも無い。周囲の人間…バレリーナたち…は男には違いないが、みんな一蓮托生、同じ運命だし、何よりこの瞬間は全員が同じ目に遭っているのだ。ただ一人マスターを除いて。
 そのマスターだってこの間はバニーにされておっぱい揉まれてあんあん言っていたのだ。
 だが、それでも「自分のバレリーナ姿を見られている」ことには変わりない。

 は、恥ずかしい…。

 オレは突然恥ずかしくなった。
 お、オレは…男なのに…こんな…バレリーナの格好で、女として女の踊りを踊らされているなんて…。
 考えないようにしようと思いつつどうしても考えてしまい、視線が下方向に落ちてゴージャスな装飾が施された衣装に細く拘束された折れそうな自らのウェストのか弱い女体が目に飛び込んでくる。
 男として当然の心理的反応として、ドキッ!とし次の瞬間にはそれが紛れも無く今の自分自身の肉体であることに思い至り、信じられないと嘆息する。
 だが、それすらゆっくりとさせてはくれず、踊り子と化した肉体は意思に反して可憐に舞い続けた…。

 軽々と跳躍し、そして着地。
 いつの間にマスターしたのか、つま先立ちをしてその場でくるくる回ったりつつつ…と横に動いたり、見たことも聞いたことも無いバレエの動きを自分の身体が勝手に繰り出し続けた。

 その後マスターは何人かを選んで踊った。
 オレたちバレリーナはそれを全員で見物させられた。
 前に出されたバレリーナは、やはり恥ずかしさの余り真っ赤になっているものの、マスターに逆らうことは出来ず、言われるがままバレリーナとして腰を支えられながらくるくると回転し、持ち上げられ、背中をささえられながら上半身をのけぞらせたりした。
 背筋を反り返らせる際に余りの恥ずかしさに悩ましい表情から軽く吐息が漏れる。
 両手を前にそろえて恭しく整列させられたオレたちバレリーナは、その思いを共有してしまい、ほぼ全員が小娘のように頬を染めた。

 一通り一緒に踊らされた“踊り子”はバレリーナ独特の「おじぎ」をして拍手をもらうのだった。無論、拍手をしているのも全員バレリーナである。
 マスターは物凄く満足げだ。
 何でも子供の頃から一度バレリーナと踊ってみたかったというのである。

 といっても自らバレエを習いに行ける環境ではなかった。だから一度も習ったことも無い。
 ああいう教室に行くと男の子が少なく、珍重されるらしいのだが、当然好き嫌いはある。
 マスターは決して醜男(ぶおとこ)というほどではないが、王子様のように女子に好かれるタイプでは全くない。
 恐らく、幼少期からバレエ教室に通って、数少ない男として君臨したとしても決してちやほやはされまい。それどころか生理的に嫌悪されて女子にいじめられるかもしれない。

 もう高校生になってしまい、今から「合法的に」(?)バレリーナと踊れる機会など一生無いだろうと思われていたところにこの教室だ。
 彼は天下晴れて能力を行使し、クラスメートの仲間達…男子生徒たちを可憐な少女へと性転換させ、そしてバレリーナにした。
 後は思うが侭(まま)に一緒に踊り、自らの夢を適えたのだった。

 こんな風に己(おのれ)の夢をかなえるなんて、性転換の挙句バレリーナの扮装をさせられ、踊らされるクラスメートからしてみればえらい迷惑である。
 とはいえ、正にその「煩悩を解放する」ための制度なのだ。
 彼は今日の為にこれまでセーラー服の女子高生にされてスカートをめくられたり、バニーガールにされておっぱいもまれたりしてきたのである。

 マスターは特に他意無くパートナーを選んでいたのだろうが、よりによって次には安部くんが選ばれてしまった。
 これまでの体験でだって嫌で嫌でたまらなかっただろうに、大勢の前でバレリーナとして踊らされてしまった安部くんは、その美貌とは裏腹にこの日変身が解けると一目散に教室を飛び出してしまった。

 遂に第二十八週。十二月最終週。
 この日は二学期最後の日でもある。
 ちなみに中間・期末試験はこの金曜日には被らないようになっている。そりゃ幾ら性転換・女装慣れした生徒でもあんな有様で試験問題に向かえるほど器用ではあるまい。

 何とこの日は「サンタドレス」だった。
 モコモコに暖かそうなサンタさんの衣装をスカートにアレンジしたものだ。
 ミニドレスなのかロングドレスなのかはこれまたまちまち。髪型も自由とあって、やっと少しは暖かそうな衣装を着られることにクラスのみんなは満足した。

 年が明けて第二十九週。一月の第二周目ということになる。
 この日は「空気を読む」形で、晴れ着となった。
 実は晴れ着自体は二度目である。一学期のかなり早い段階において一度経験している。あの頃は右も左も分からなかったが、今は経験を積んでいる。

 世間で「成人式」が行われているのに数日送れる形での「先取り成人式」みたいなことになった。
 何しろみんな十五歳或いは十六歳の男子高生なのである。
 …最も、みんなが成人式で着るのは「晴れ着」では無いはずなんだけどね。

 第三十週。
 この日は「盲点」とでも言うべき衣装だった。
 目に飛び込んできたのは、紺色に白いピンストライプの凛々しいスーツ。
 胸元には紫色のスカーフが突っ込まれ、落ち着いたメイクにまとめられた髪の毛が帽子に収まり、プラスチック製の名札が付けられている。
 そして…膝丈のタイトなスカートから突き出た黒光りするストッキングが艶(なまめ)かしい。

 そう、スチュワーデスことキャビンアテンダントの衣装だったのだ。

「あ…」

真城様挿絵14

 何度もお互いに性転換して着飾った姿を見て来たはずのオレと友人も、お互いの余りにも凛々しい美女ぶりに思わず手で口を覆っていた。
 高校生の男の子ともなると、成長の早い子ならば「成人女性」のサイズとそれほど変わらない。
 これまでも「制服」の時は年相応の女子に似せた体型となり、バニーガールのようにグラマラスな体型が似合う場合にはそうされ、バレリーナのように細くて筋肉質の体型であるべき時にはその様にされてきた。
 そして今回は、高いところの荷物を取る必要があることから、「身長制限」のある…要は長身でないとなることが出来ない…女の職業たる「スチュワーデス」姿にされたことで、全員が背筋の伸びたスマートで背の高い女性へと変貌していた。

 これまた小汚い男子高生の生活空間たる「教室」には強烈に場違いである。
 オレは自分自身もその一員であることも忘れて、周囲の美女軍団の放つ「綺麗なお姉さん」オーラに圧倒されていた。
 そうか…これがあったか…。

 当然、パイロット姿で格好よく決めて来た三十番の周囲には凛々しい美女たちが鈴なりになっていた。
 おお、男としてこれほど誇らしい瞬間があるかね、と羨ましくなった。
 今のオレはそうやって群がるスチュワーデスにしかなれない。ちやほやされる方ではないのだ。
 これから恐らく回ってくる順番で、あのパイロットにベタベタひっついて甘い視線を送らなくてはならないのだ。場合によってはお尻に手を回され、唇を奪われても文句は言えないのである。

 この頃になると友人とのスキンシップはかなりの濃密さになっていた。
 お互いがスチュワーデスとなっているこの日などは、お互いの姿を見て、見詰め合うだけである種の頂点に達してしまいそうだった。
 そのまま倒れこんで服を脱がなかったのは教室の中だったからだけだと断言してもいい。

 寒くも無いのに上着を脱いで見ると、寸詰まりにまとまったハト胸の上半身が露出し、その爽やかぶりと、そこからまっすぐに繋がったタイトスカートから飛び出る真っ黒なストッキングの色っぽさのギャップに打ちのめされる。
 この「上着を脱いだ状態」もまた、着た状態に負けない色気を放っており、あちこちで“綺麗なお姉さん”たちが上着を脱いだり着たりを繰り返すことになったのだった…。

 第三十一週。一月第三週。
 まだ高校一年生なので受験本番からは遠いのだが、周囲ではセンター試験がどうしたの二次試験があーしたのといった話題がやかましい。
 なるほど一年生の時にこれをやっておかないと二年・三年では考える事が多くて無理なんだな、と思った。

 そんな中行われたこの日は、物理的な条件というものについて考えさせられるものだった。
 目を開いたオレを待っていたのは圧倒的な「窮屈さ」だった。

 ふと見下ろすと、そこには掛け布団みたいな分厚くて、そして大量の生地がうねっている情景だった。
 隣を見ても同じだ。材質の違いこそあれ、小さな机の下に入りきらない生地があふれ出し、机すら持ち上げかねない有様になっている。

 この日オレたちが着せられていたのは「パーティドレス」だった。
 この間の「イブニングドレス」とどう違うのか、と言う話になりそうだが恐らくそれほど厳密に決められるものでもないのだろう。
 端的に言えるのは「スカート」の部分だ。

 先日のイブニングドレスは生地としては薄いワンピース一枚程度。かなり長くて床に達するまであったりもするが、ドレスの生地としては分量が少ない。
 それに対して今日のスカートは本当に凄い量だ。
 「ぶわあ」と広がっていて、まるで御伽噺の中のお姫様である。
 どうもスカートの中にスカートを膨らませるだけの素材が大量に入っているらしく、それによって大きく広がるのみならずその形状を維持しているらしかった。
 そして腰を締め付けるコルセットがキツいことこの上ない。
 だが、それによって女の身体に性転換していることで元々細くなっているそのウェストが更に引き締まり、大きく広がったドレスのスカートが更にウェストを細く見える効果を上げている。

 オレは赤と黒のドレスで、肩が露出し、腕も露出しているが、他のクラスメイトのドレスのデザインは本当にまちまちだった。
 胸から上が全露出し、手袋をしている寒そうなデザインもあれば、肩をでかい装飾が覆い尽くし、腕全体も細く締め上げられる長袖のドレスもあり、正に千差万別。
 色も赤・青・黄色の三原色は勿論、黒やピンク、グリーンなど色とりどりだった。

「わあ~…」

 オレは思わず女みたいな声を上げていた。
 まるで「パーティの舞踏会」みたいなドレスの大群だったからである。

 …ただ、一つ問題もあった。

 それは、ロケーションが相変わらずの「男子校の教室」でしかなかったことだ。
 先週のスチュワーデスの制服やら、イブニングドレスの時だって違和感はバリバリだったが、この「御伽噺のお姫様」みたいなドレスの美女軍団が、生活感丸出しの小汚い教室で、ちょっと動かせば足が当たる様なボロ机にきらびやかなスカートを押し込んでいる光景は凄まじくシュールだった。

 実はこれまで、「トイレに行けない」格好の日というのは何度かあった。
 少々長くてもスカートなら問題無い。
 だが、レオタード状の衣装を着せられていると、基本的に全裸にならないと小用を足せないのでトイレに行けないのである。
 その手の衣装で最難関のそれが実は「一旦全裸になって着なおす」ことが非常に難しい「バニーガール」だったりするのだが、あの日はトイレがどうこうというレベルではなかったからな。

 そしてこの日も、この重装備を一旦解いて小用を足すというのは難しいのではないかと思えた。
 というかこのスカートだと下手すると教室の出入り口から出られないぞ。

 王子様みたいなイケメンになった三十一番が入ってきた。
 とにかくスカートの扱いに悪戦苦闘しながら授業をこなす。
 オレなんぞ、手袋のせいでロクに鉛筆も持てないのに良く頑張った…と思う。
 この点、女子高生の制服みたいな格好だと少なくとも勉強する分には全く支障が無いから助かるといえば助かる。
 予想通り昼休みは「舞踏会」だった。

 三十一番は、クラスの半分を男に変えてそれぞれ躍らせるなんて勿体無いことはしない。
 一人一人の「姫」に自らアプローチして一緒に踊ったのである。
 「姫」たちが一生懸命机をどかす光景は「お端(はした)仕事」なんてまずしないであろうお姫様たちの挙動としては最高におかしかったのは言うまでも無い。

 男が一人しかいないので残りのお嬢様たちは自分の番が回ってくるまでは女同士で踊る訳にもいかず何となくうろうろしていた。
 こうなると「女だらけ」「女の園」ってのも全員の中身が男だと分かっていても何となくいたたまれない気分になってくる。
 ま、中には普通に女同士で踊ったりいちゃいちゃしたりしている上級者がちらほらいたんだけども。

 三十二番が提案したのは意外すぎるほど意外な提案だった。
 その日オレたちはまたもやセーラー服姿だった。無論、カラスみたいに真っ黒なあの「冬服」である。
 純粋に全く同じ衣装が回ってくるのは初めてだ。攻守ところを変えて繰り返されたイブニングドレス週間くらいだろう。

 すると「野球部の監督」スタイルの三十二番は意外すぎることを言った。
 「これから試合するぞ」と。
 ぽかんとするセーラー服軍団を引き連れてグラウンドに繰り出す。
 性転換&女装した姿でトイレよりも外に足を踏み出すのは初めての経験だった。
 外気に当たったスカートの中が寒い。
 室内用のスリッパ…ご丁寧に女子用のピンク色…から革靴に履き替え、どやどやと下駄箱から外に出る。
 かばんこそ持っていないが、まるで女子校の集団下校みたいな風情だ。
 あ、この感覚って無かったな…。
 スカートの感触にも慣れてきたころではあったが、スカートのまま靴を履き、土足となって台地を踏みしめる感覚は初めてのものだった。
 これまでは室内だったのでギリギリ許容範囲だったが、もしも外でスカートなんぞめくられた日には不特定多数が目撃しかねないロケーションで下着を丸出しにすることになってしまうではないか!
 …生まれつきの女ってのはつくづく凄いなと関心する。

 ちなみに、この学校はこうしたことも心得ていて、グラウンドは部外者がまず見ることが出来ないようにフェンスが施されていた。

 野球と言うのは九人ずつで行うものだが、クラスはマスターを除くと三十九人いる。
 マスターは二十人と十九人にチーム分けをした。
 そして、自分は十九人チームを率い、二十人チームの内から一人を監督に指名した。
 混乱しないように、二十人チームのスカーフの色を白として区別することにする。

 赤スカーフチーム対白スカーフチームの対決だ!

 当然、全員セーラー服のまま試合をするのだ。
 膝下二十センチはありそうな長いスカートのままグローブをはめ、ヘルメットをかぶってバットを構える。
 キャッチャーであろうと着替える事は許されないので、スカートのままガニ股で座り込んでミットを構える。最初の内こそスカートの位置をどうにか調整してパンティが見えないようにしようとしていたが、徐々にどうでもよくなってきた。

 何しろバッターボックスでヘルメットを被ってバットを構えるセーラー服姿の女子高生ってのは異様どころではなかった。
 冬真っ盛りということで風もびゅうびゅう吹いており、たまにスカートがはらりと舞い上がって危なくなる。

 同じくぞろっとしたスカートのセーラー服姿のピッチャーが構え、大胆に脚が露出するのも構わず振りかぶって第一球を投げる。
 その瞬間、スカートがぶわあと翻り、両方の素脚がほぼむき出しになった。

「きゃああっ!」

 思わず片手はグローブのままスカートを押さえてその場にうずくまってしまうピッチャー。

「えいっ!」

 バットそのものの重さに振り回されながら、どうにかこうにかストライクゾーンに飛んできたボールに当てることには成功するバッター。

 強い風の中、スカートをばたばたさせながら必死で一塁に向かって走る女子高生。
 カバーに入ったサードが、足元に翻る邪魔なスカートを掻き分けてボールを拾い、一塁に向かって送球。
 ギリギリであることを悟ったバッターランナーはスカートを履いていることをすっかり忘れてスライディングを敢行した!

 結果、どうにかセーフにはなったものの、普通のズボンだったら問題なかったであろうスライディングによって、むき出しになった素脚をグラウンドでこすってしまい、擦過傷を追ってしまったのだ。
 赤く腫れ上がって多数の引っかき瑕(きず)みたいになった太ももに泣きべそをかいているバッターランナー。

 こんな調子で次々に控え選手を交代させ、食いつぶしながら試合は進行した。
 何しろ膝下まである長いスカートのセーラー服という運動には全くむかない格好をお互いにしているものだから試合が混乱することこの上ない。
 その上、ルールはどうやら把握しているらしいが、挙動まで含めて肉体は少女のそれに性転換しているものだから基礎体力が無い上にいちいち試合が止まる。

 ピッチャーは一球投げるたびにめくれ上がるスカートを押さえざるを得ず、ボールが転がった野手は走りにくいので後逸を連発。

 緊迫した場面で突風が吹いた際、ピッチャーもバッターもランナーも野手もみんな一斉に「きゃーっ」とめくれ上がるスカートを押さえてうずくまった事もあった。

 散々苦労して昼休みの時間を使いきってやっと一区切りとした。
 動き回ったので多少は暖かくなったものの、よりによってセーラー服で野球をやるメリットなんぞ全く分からなかった。
 折角綺麗に着付けられていた制服も髪もホコリまみれ土まみれになってしまっていた。
 この時試合終了後に撮影された全員写真ほど異彩を放つそれも珍しい。

 三十二番曰く、「セーラー服で野球をやったらどうなるか見てみたかった」らしい。そのまんまかよ!

 そんな間抜けな事態もありつつ、遂に三十三週目。
 一月最終週に入っていた。
 この日は巫女スタイル。
 ある意味セクシーさも無いし、フェティッシュに愛でる衣装ではないが、その爽やかさと清純さはある意味「忘れていたもの」を思い出させてくれるものがあった。

 前回の野球は悪い意味での「ワルノリ」を加速させた点があったらしい。
 三十四週目。遂に残りの週数の方が少なくなり、二月に突入したこの日、今度は体育館に全員が呼び出された。

 三十四番によると「これからドッジボールをする」というのだ。ホームルームの時間だというのに。
 そして「ボールに当たったらペナルティ」だという。

 まあ、マスターの言うことにはいずれにしても逆らえないのでやるしかない。
 ドッジボール開始早々、早くも一人目がボールに当たった。

 次の瞬間!
 「ぼんっ!」という音はしなかったが、まるでそんな音がしたかのように見えるほど一瞬にして「変身」は行われた。
 少女への性転換と、来ている服の女性化が一瞬にして両方完了したのである。

 そのスタイルは…バレリーナのチュチュだった。

「あ…これって…」

 変わり果てた自分の姿を呆然と見つめるバレリーナにあっけに取られているチームメイトを容赦の無いドッジボールが襲い、あっという間に二人目を陥れた。
 当然、次の瞬間に彼もまたバレリーナへと変貌してしまう。

「うわああっ!…あ…」

「はい!当たったらすぐに出る!」

 マスターが注意すると、とことこと可愛らしい仕草で飛び跳ねる様にコートの外に出て行くバレリーナたち。
 背中のホック部分が生々しく、真横に広がったスカートの下に見えるお尻部分の丸っこさに思わず笑みがこぼれる。

 「バレリーナってこの間やったんじゃ…」というツッコミを入れる合間も無く、次々にバレリーナへと変えられていくクラスメートたち。
 何しろお互いのコートには二十人近く詰め込まれているので、最初の内は投げれば当たるのだ。

 数分でクラスの半分はバレリーナとなっていた。

「はいそこまで!」

 マスターが宣言した。

「じゃ、残りのメンバーにはハンデあげます」

 と言うと同時に、両方のコートに残っていた男子生徒たちが一斉にその身体を少女のそれに性転換させ、学ランは純白になって、スカート状に変形していく。

「あ…あ…」

 そこにはバレリーナがいた。
 ただ、真横に広がった円盤みたいなスカートのそれではなく、膝丈までふんわりと垂れる柔らかい素材のものであった。
 これを「ロマンティック・チュチュ」と言って、同じくバレリーナの典型的な衣装の一つである。
 そう、クラス全員が二種類のバレリーナに変身させられたわけだ。

 意図が分からないままクラスに戻され、授業が再会される。
 オレはロマンティック・チュチュを着せられていたが、友人や安部くんは早々に当たってまたクラシック・チュチュを着せられていた。

 そして本番たる昼休みになった。

「よーし、じゃあバレーボールするぞ。負けた方はおしおきな」

 クラシック・チュチュとロマンティック・チュチュは反対のコート内のポジションに整然と並ばされた。
 この瞬間、マスター以外の全員が悟った。

「これが本当の『バレエ・ボール』なんちって」

 空気が凍りついた。

 結局時間切れで決着付かず。ただ、マスターはバレリーナがトスを上げ、スパイクを決める…少なくとも決めようとする…というシュールな絵面が見たかったらしいので、満足してもらってこっちも満足だ。うん。

 ちなみに試合は予想通りにグダグダになった。
 先日の野球をさせられたセーラー服と違って、激しい動きを前提とした衣装だからそれ自体はいいのだが、決められた動きをいかに忠実に再現するかという前提の「動き」なので、あらゆる行動がアドリブである競技式の球技には丸っきり合っていない。
 そもそもクラシック・チュチュチームは腰から真横に広がったスカートのせいで自分の足元を見ることが全く出来ない。
 エルボーパットもニーパットもつけていないので飛び込んでのレシーブがほぼ不可能。
 ジャンプする度に大きくスカートが煽られて猛烈に動きにくい。

 どちらのチームが点数的に優勢だったのかも忘れてしまった。

 三十五週目。二月第二週。あと六週。
 実はこの日は友人のターンだった。遂に回ってきたのだ。
 去年の春から数えて十ヶ月以上。毎週毎週女の肉体に性転換され、キテレツな…時には素敵な…格好に女装させられ、時にはおっぱいを揉まれ、お尻をなでられ、時には唇を奪われ、「バニー地獄」みたいな目に遭わされたりしながら今日と言う日を待っていたのだ。

 マスターの権限は絶大だが、自由度もまた高い。
 積極的に「女として」変わり果てたクラスメートをいたぶることも出来るし、セーラー服のまま野球をさせるみたいな「思いつきだけ」みたいなこともさせられる。
 自らは積極的に男として加虐側に加担せず、自らも変身して百合の王様としてちやほやされてもいい。男として参加しても途中で自分が女になって一緒に楽しんでもいい。この制度で自分の意思で性転換出来るのはマスターの週のみである。
 更にはクラスの半分を男のままとし、半分に「女として男に抱かれる」思いをさせることも出来る。

 いつもは隣で最初の変身後の姿をお互いに確認出来る有人が隣にいないのはちと不安だった。
 だが、マスターになったからにはオレを自由にあれこれ出来る訳だし、「バニー地獄」みたいな有様にはならない。
 ある意味オレは安心していた。

 その日は朝から様子が違っていた。
 友人はそもそもの最初から机を隅にどけさせた。
 そして全身鏡を数枚教室に準備させた。
 これは変身後の全身を自分で確認出来るためであろう。
 実は自分自身の姿というのは案外ちゃんと見られないのだ。写真で確かめるか、同じ格好をしている周囲の人間を観察するくらいしかない。
 その意味ではこの全身鏡はありがたい。

 そして、机を撤去させるってのは、バレリーナみたいに少なくとも変身直後は机に座る事が困難だということを意味するんじゃないのか?と思った。
 男のまま机を隅に寄せるのは、平日は毎日やっているが、金曜日に男の状態で変身前にやるのは初めてのこと。少し緊張してきた。

 そして、その瞬間が訪れた。
 オレたちは指示によって突っ立ったままその瞬間を迎えた。
 恐る恐る目を開けてみる。
 目の前の視界が白く濁っている。

 …ん?…これは…?

 よく見ると薄く白い色の障害物が目の前にあるためだ。
 身体を動かしてみるとしゅるりと衣擦れの音がした。
 全身の表面がつるつるすべすべした素材に覆われている…。

「あああっ!」

 少しだけ視界を下に下げて見たオレは思わず声を上げていた。
 こ、これは…ウェディング・ドレスだああっ!!

 目の前に鎮座する清楚なレースの縁取りに彩られた胸の谷間の先に、光沢を放つサテン生地の純白のスカートが広がっている。
 視界を遮っていた白いものはウェディング・ヴェールだ。
 両肩を丸くて大きな袖が覆い、両腕をキツく拘束しながら手首を越えて手の甲まで伸びて中指にゴムで引っ掛けてある。
 その手には花束状のウェディング・ヴーケが握られている。
 お化粧独特の厚ぼったい感触が顔中を覆っている。ああ、また口紅を塗られてるな…と思った。
 耳にはイヤリングが下がり、頭皮が頭の上でまとめる髪型の為に引っ張られる感じがする。

 胴全体が補正下着のために強く拘束されており、ハイヒールを履いているらしく身長が高く感じられる。

 ああ、これって…ウェディング…ドレス…オレって…ウェディングドレスを着せられちゃったんだ…。

 これまでに着せられた衣装はどれもこれもまごう事なき“女物”であって言い訳の余地も無い女装だった。
 同年代…それこそ十五歳から十六歳…の女子高生だってこんなに色々な「女物」の衣装を着たことなんて無いだろうというほど多彩な衣装を毎週着せられ…女装させられ…て来た。
 中にはバニーガールやチャイナドレスみたいに、普通の(?)女性なら一生袖を通さないようなものも多数あった。

 だが、中でもウェディングドレスはやはり別格だった。
 手首より少し先からむき出しになっている指でそっと自らの胸の部分を押さえた。

 オレって今、身体は…女になってるよな…。ということはもしもこのまま戻れなかったら…本当に…お嫁さんに…なるしかないってことなのかな…。

 身体を少し動かすだけで「生地の海」の中に埋まっているかの様な身体がしゅるり、しゅるしゅると衣擦れの音をさせる。
 そういえば!
 前方を振り仰ぐとそこには全身鏡があった。

 結構距離があったが、そこに映っているのは可憐な花嫁の全身姿だった。

 自分で言うのも何だが、オレはその花嫁の余りの美しさに息を呑んだ。

 な、何て綺麗なんだ…。こ、これが…これが…オレ!?

 少しだけあちこちの部分を動かす。対応して鏡の中の花嫁も動く。
 間違いない。これはオレだ。
 オレは…純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁になってしまったんだ…。

 少し地面に視点を落とすと、先日のパーティドレスの更に一回り広い範囲にスカートが広がっていた。
 ぎゅっと腰をひねって背後を見てみると、腰の部分から垂れ下がった「しっぽ」みたいな装飾が床を大きく引きずり、広く広がっている。
 ああ、これじゃあ普通に机に座った状態から変身したら大変なことになるな…と合点した。

 そして、大変な事に気が付いた。
 周囲にはオレと同じ様に花嫁姿になったクラスメートが大勢いた。

 同時に、黒っぽいタキシードで決めた「花ムコ」たちもまた大勢いたのである。
 これは…男女混合型か…。
 ということはもしかして…。

 周囲は悲喜交々(ひきこもごも)だったが、遠くの視界に確認出来る安部くんはどうやら花ムコになっているみたいだった。
 オレたち以外に親しい知人もいないらしかったが、たまたま隣に座っていたクラスメートが変わり果てた姿の花嫁の「相手役」として凛々しく決めている。

 オレはその時名前を呼ばれた。

 ふと振り返ると、オレと同じくらいだったはずの身長の友人が、頭半分は高い位置から見下ろしていた。
 無論、黒っぽいタキシードで格好よく決めてである。

「綺麗だよ」

 オレは心臓を鷲づかみにされたみたいにドキッとし、顔が真っ赤になってしまう。

「…(もじもじ)だって…あんたが着せたんじゃないの…」

 このモードに入ると女言葉しか話せない。

 す…ともう一歩近寄ってくる友人。

「今日はよろしく。花嫁さん」

 にっこりと笑顔を浮かべる。余りのいい男ぶりに、精神が男であるこのオレすら思わずくらっと来そうだった。

 どうやら友人は一部のマスターがそうであるように、全員からモテモテになることは全く考えていないタイプのマスターだったみたいだ。
 なんだかのろけているみたいで気がひけるが、要するに今回の変身劇はオレ一人をターゲットにしているらしい。

 他のクラスメートの花嫁姿なんてどうでもいいから、クラスの半分を残して適当に相手をさせる算段のようだ。

 この日の授業は難儀した。
 何しろ「花嫁衣裳」はまともに座る事もそれほど重要視していない衣装だ。
 長すぎるスカートを引きずるのに後ろにサポートが必要なほどの儀礼的衣装。それが一つの教室に二十人もいるのである。
 スカートが覆い隠す床面積だけでほぼ飽和状態。
 まるで教室は花嫁衣裳の展覧会か、花嫁衣裳を着せたマネキンの倉庫みたいな有様になってしまった。
 床が全く見えない。ロクに移動すら出来ないのだ。
 もしもこれでマスター以外全員花嫁姿なんてことになったらと思うとぞっとする。

 オレと友人は当然ながらいちゃいちゃした。
 当たり前のようにキスをし、抱き合った。
 先日のイブニングドレスの際もお互いに攻守ところを変えて「男女で」いちゃつきはしたんだが、今回は当事者である。意図するところは明らかなのだ。
 それにしても困った。
 オレは同性愛者ではない。
 というか、まだ誰とも付き合ったことは無い。
 友人とは女同士で異様に親密な関係を保ってはいるが、このクラスが解体されて進学すればそれまでだとも思っている。

 女性化願望も無い。女装趣味も無い。
 これだけやっておいて言うのも何だが、望んで性転換したことも女装したことも一回も無い。強制されてやっているだけだ。

 こうして一時的とはいえ、女の肉体に性転換して花嫁衣裳に身を包む体験は素敵だとも思うが、一生このままとなると話が違う。
 周囲を見渡すと、準備された全身鏡の前で何人もの花嫁が自らの美貌に酔いしれている。

 このまま女になってこの友人の元に嫁ぎたいかと言われれば悪いが答えは「NO」だ。
 オレは男に戻って、この教室のことなんて綺麗に忘れて嫁さんもらいたい。

 それにしても…花嫁たるオレは思った。
 オレよりもずっと深くこの「性転換・女装」システムにはまり込んだこの友人が、このオレを花嫁にして愛でるだけで満足するのかな?と。
 むしろ自分がそうなりたいとか思うんじゃないか?

 一応突っ立った状態でノートを取る格好で授業めいたことは行われたが、これまでにも増して全く頭に入らなかった。この状況で方程式がどうしたの、西暦何年に何が起こったのはどうでもいいというものだ。

 そして、昼休みに入ると同時に予測していたことが起こった。
 オレの着ていたドレスは見る見る変形し、黒いタキシードとなり、豊満なその身体は逞(たくま)しい男のものとなった。

「…これは…?」

 オレは同じく黒いタキシードで決めている友人と「男同士」いや「花ムコ同士」になって向かい合っていた。
 ニコニコ顔で微笑んでいる友人。
 教室中が黒尽くめの花ムコ集団となっていた。花嫁たちは一瞬で消え去っていた。

「うん。そういうこと」

 そう言い放った瞬間、友人が着ていた黒いタキシードは一瞬で純白となり、内側から突き上げる乳房が半分見え、全身が溶ける様に一体化したかと思うと下方向に猛烈な勢いで広がった。

 そう、友人の身体は女のそれに性転換し、着ていたタキシードは純白のウェディングドレスへと変貌したのである。

「…これって…」

「そう。調べてみたら、同じ日に入れ替えてもいいんだって」

 同じ様に見える顔ではあるが、確かに女に…いや、花嫁になってしまった友人は嬉しそうにそう言った。

「そうか…じゃあ」

 そう言ってオレはゆっくりと可憐な花嫁に近寄った。
 周囲では、オレみたいにさっきまで花嫁だった人間が花ムコとなり、花ムコだった人間が花嫁になっていた。
 哀れな安部くんは「今日は女にならずに済む」と安心していただろうが、今頃自分の花嫁姿と女の肉体に戸惑っていることだろう。

 オレは友人が望んでいることが痛いほど分かった。
 やさしく全身をなでまわし、首筋に唇を這わせ、抱きしめてキスをした。
 細く可憐な肉体は本物の女のようだった。
 …物理的というか生物的には本物の女であることは間違いない。精神、中身が男であって今日の夕方には元に戻ってしまうというだけのことだ。
 触る度にサテン生地のつるつるをしゅるりとさせ、滑らせる。
 その都度友人はまるで女みたいに歓喜のあえぎを軽く上げ続けた。

 マスターは本当は教室中の花嫁にモテモテの花嫁さんやら花ムコさんを演じ、演じさせることも簡単なのだが、そんなことは全く眼中に無かったらしい。
 オレもこれまでだったら花嫁さんになってしまっている阿部くんを男として冷やかしにいき、軽く抱きしめたり、「お姫様抱っこ」で真っ赤にさせてやったりとからかってやりたいと思っていただろうが、まるでそんなことをしたら友人に対する「浮気」になりそうな気がしてやめた。
 というか、オレがマスターでもないのに、充分に男として気持ちが満足出来る日だったからだ。

 第三十六週 あと五週。
 二月の第三週目。
 既に上級生は全国で行われる二次試験に散っており、学校そのものが寂しくなっている。

 そしてこんな時にも金曜日の儀式は行われる。
 先週の擬似結婚式は相当に強烈だったらしい。
 お互いに花ムコと花嫁の両方を一日で経験出来るというリーズナブルさということもあって、暫(しばら)くは余韻が覚めやらぬと言う感じだった。

 流石にそろそろ衣装のネタも尽きていた。
 制服系は、高校生などの学生系はやりつくし、職業系の制服も制覇。スポーツ系のコスプレもやったし、チャイナドレスを始めとするフォーマルなドレス系もウェディングドレスを頂点として制覇。
 果てはバレリーナのチュチュやバニーガールまでをも網羅したのである。アイドル風ドレスやらメイドの格好、巫女さんすらやったし、晴れ着にすら袖を通した。
 変わったところではセーラー服のまま野球をやったり、チュチュでのバレーボールならぬ「バレエ・ボール」すらやった。

 三十六番はそうした空気を呼んでか、ごく普通の「今時の女子高生」風制服を全員に着せたのだった。
 ウチの学校は学ランだから、対応する女子の制服ってことになるとセーラー服になっちゃうんだろうけど、そこは空気を呼んで「今風の女子高生」スタイルで決めた。
 真っ赤なワンポイントのリボンにクリーム色のベスト。大きな校章入りのブレザーにチェック柄のプリーツミニスカート。紺のハイソックス…。
 特に工夫の無い格好だが、ここに季節を考えて可愛らしいアップリケのついた手袋やらマフラーをそれぞれに準備させた。
 頬を赤くしてマフラーを巻き付けてはあはあと息で手を温めている「女子高生」のビジュアルの可愛らしさと暖かさは、理不尽に空気にさらされているミニスカートから出る素脚の露出度以上に可愛らしい。

 この格好は去年の春先、この制度開始直後にも一度やっている。
 だが、別に構わないだろう。
 もう大抵の格好は着尽したので、オーソドックスに行きたい。
 そもそも余りにもぞろっとした格好だと本当に勉強がしにくいことも分かって来たので、女子用とはいえ「学生が着る服」であることは勉強に関してはとても助けになるのだ。

 三十六番は本当に奇をてらわない性格らしく、順当に一人ずつツーショットに収まったり、二人或いは数人でモテモテ風味に取り囲んでもらったりと存分に「マスター」の立場を楽しんでいた。

 え?オレたち?
 む~ん、実はちょっと微妙な空気になっちゃったんだよね。
 前回で完全に「擬似結婚式」というか「擬似披露宴」みたいなところまで行き着いたお陰である種のピークを過ぎたというか、倦怠期みたいな。
 付き合っている訳でも夫婦でもないし、ましてや男同士だからカップルな訳も無いんだけど、こうしてお互い女子高生になっても以前みたいにベタベタイチャイチャまではしないというか…。

 あ、でもクラス中でスカートめくりはまたやったよ。
 やっと少し女の身体に慣れてきたらしい阿部くんもその輪の中に入り始めてるのが見てて新鮮だったね。にしても安部くんの女の子姿って可愛いなあ。いや、可愛いというより美人系ではあるけど、スタイルがいいからこの制服もギリギリありというか…いや、性別は変わっても肉体的には多分十六歳くらいだろうから普通か。
 何を言ってるのかオレは。

 でも、結局オレたちは男同士の時には考えられないほどお互いの身体を密着させ、「恋人繋ぎ」で手をつなぎ合ってイチャイチャした。

 第三十七番 あと四週。
 愈々残りの週数も片手で数えられる様になってきた。遂に三月に突入し、三年生の一部は進学を決め、或いは浪人を決めて新しい土地に引越しを進めている。
 まだまだ寒いけど、時折暖かい日差しが降り注ぐ非常に過ごしやすい気候で、オレたちだけかもしれないけど、絶好の女体化・女装日和だ。
 女体化・女装のシーズンはやっぱり春と秋だよね。夏はベタベタに汗をかくから最悪だし、冬はバニーみたいな露出度の高い衣装が寒くて適わないから。

 …こんな基準で季節に優劣を付けている人間は世界広しといえどもウチの男子校くらいのものだろう。
 残りの週数から考えて、女装は厳選したいという空気が広がってきていた。
 二年、三年でもこの制度が残るのかどうかについては学校側も先輩たちも教えてくれないのだが、「残らない」派が大勢を占めていた。そう考えておくのが無難だろう。
 それこそ「あれは一度は着てみたいけど、来年の楽しみに回す」などと妥協した挙句に制度そのものが残っていなかったりしたら間抜けどころの騒ぎではない。

 とはいえ、大抵の女装はやりつくした。
 となると「リバイバル」ならぬ「もう一度着たい!着せたい!あの衣装」みたいな基準で考えることになる。

 肉体的な自由もある程度は融通が効くことも分かっている。「大人の女」が着る衣装ならすらりと背が高く、出るところの出た「大人の女」に近い肉体にしてくれるし、女子高生の制服だったらいかにも女子高生くらいの年代の女の子の肉体にしてくれる。

 この週選ばれたのは…OLの制服、事務服だった。
 前回はピンク色だったのだが、今回は紺色だった。空色に近いブルー系もあったみたいだが、この週のマスター、三十七番の趣味だったらしい。
 三十七番はごく普通のスーツ姿…サラリーマンスタイル…で登場。身長も居並ぶ美少女OLたちよりも高いので、女の園のど真ん中にイケメンが一人いるという本格的な「ハーレム状態」だった。
 自分のターンが終わっている友人や阿部くんなどはこれ以上サービスする必要は無いのだが、そこは「恩返し」「情けは人のためならず」というところか、目一杯「モテモテ男」を盛り立てる。
 自分含めて本当に綺麗なOLばかりなのでさぞ気分がいいだろう。

 特に全員が元・男で「役割」と割り切っているからあとくされが無い。
 それこそ一人の女を贔屓したりしても、嫉妬されたり焼き餅を焼かれたりしないのがいい。普通はね。普通は。
 ありえない前提だが、もしもこの中に精神的に完全に女になっていて、ハーレムの王に恋心を抱いていたりしたら、ああも「別の女」にモテモテになって鼻の下を伸ばしている状態を見て心穏やかではいられないだろう。

 第三十八週 あと三週
 残り三週しかないので、みんな「もう一週も疎(おろそ)かにすまい」という気概が満ちている。マスターを盛り立てるのは当然としても、自分自身も目一杯楽しむぞ、ということだ。
 季節は三月の第二週。

 実はこの週は何となく醸成されている空気があった。
 それは「この辺で露出度の高い服を」というものだった。

 女子高生の制服やOLの制服などは非常にお行儀のいい、可愛らしくも凛々しい記号的な「制服」要素を満たすものである。それはそれでいい。
 だが、女の衣類ならではの「露出度の高さ」というのは一度体験すると後を引く。
 男にだってタンクトップみたいに肩や腕を露出させる衣類が皆無ではないのだが、いい年こいた男がフォーマルな席で肩や腕を露出させることはあるまい。
 だが、女にはイブニングドレスやキャミソールみたいに胸から上が全部空気に晒される服が普通にある。
 バレリーナのチュチュやバニーガールの衣装まで含めてしまうと特殊すぎるだろうが、ともあれこういうのは「女ならでは」だ。
 スカートもいいけど、それとは別にまたハイレグ形状の刺激的な格好とかもしてみたい。幸い、季節もかなり暖かくなってきているし。

 そして、目を開けると想像もしなかった格好が目に飛び込んできた。
 オレと友人はもう何度目か分からない「あっけにとられて顔を見合わせる」状態になっていた。

 そこには真っ赤な口紅に真っ青なアイシャドウの毒々しいメイクにトゲのついた黒光りするエナメルのハイレグ衣装があったのだ。
 割り箸みたいなハイヒールに目の粗い網タイツ。
 これはバニーガールの衣装ではない。
 SMの「女王様」の衣装だ!

 クラスの男子学生…今は女子学生(?)たちもみんなお互いに顔を見合わせて困ったり驚いたりしている。
 な、なんじゃこりゃ?

 ふと見ると手には真っ黒なマニキュアが施されており、ムチが握られているではないか。

 すると、ごく普通の学ラン姿の三十八番が入ってきた。

「じゃあみんなよろしく!」

 真っ黒なマニキュアの付けつめだらけの手が本当に筆記用具を持ちにくくて勉強には苦労したけど、どうにか昼休みにまで到達する。
 そして昼休み…。

 三十八番はなんと四つんばいになって、「ムチで打ってくれ!」とせがんだのである。
 これも「マスターの命令」だから従わない訳にはいかない。

 ピシリ!と遠慮がちにしばくが、余り満足していないらしく、次々に「女王様」を使い捨てる。

「次!次!」

 ある時、ある「女王様」が思い切って渾身の力で目一杯ムチをお尻にたたきつけた。

 バシーン!!!

 と物凄い音が響き渡り、打たれた尻の部分のズボンの生地が裂けてパンツが見えた。

 三十八番は悲鳴を上げたものの、そのまま叩き続けることを命じる。

 更には仰向けになってハイヒールであちこちを踏ませたりと、これまでのハーレムの王とは真逆の命令を出し続けた。
 オレたちは何が何だか分からない内に彼の指示に従っている内に時間が来てしまったのだった。

 第三十九回。あと二週。
 遂にあと二回となった。
 三十八回目の「女王様」スタイルだが、ハーレムの王様自身は気持ちが良かったのかもしれないが、こっちはまるで気持ちが良くなかった。
 むしろ痛そうで気の毒になってしまうのである。

 とはいえ、マスターの権利は自分が残りの三十九週を他人に奉仕することで得られる「ご褒美」みたいなものだ。本人がどう使おうとそれは権利である。

 そして、この第三十九週目が最悪となった。
 あの「バニー地獄」を越える地獄が存在していたのだ。
 何と言ってもこの能力が持つ真の恐ろしさというものがここに来て遂に明らかになったのである。

 その日は朝に変化を行わないこととなったらしかった。
 大抵は丸一日変身させるものだ。ハーレムの王にとっては他人を性転換させ、好きな服装に女装させる時間は長ければ長いほどいいものだ。
 稀にいる「自分も変身したい」派なんて真っ先に変身する。
 確かに、自分がマスターの日に変身すれば誰にも嫌な事は強制されないから、ある意味合理的だとも言える。男としてのモテモテ路線は放棄せざるを得ないが。まあ、「女として、女の子にモテモテ」体験をしたいのならば問題無い。

 三十九番はほぼ一年間の付き合いになるのに得体の知れない男だった。
 これまでにも三十八回に渡って性転換・女装をこなしてきたはずだ。にも拘らず印象が薄い。まるであの「バニー地獄」を演出した十七番のようだ。
 十七番に関しては、その後の「報復」は目立ったほど行われなかった。スカートをめくったりおっぱいを揉んだりはそりゃされたが、そんなものは普通の生徒全員がされている。

 ホームルームが終わって教室に三十九番がやってきた。
 この時点でまだ変身は行われていない。
 変身させずに教室に来るというのは珍しい。
 このまま権利を行使しないつもりなんだろうか?
 いや、それは出来ないことになっている。
 必ず全員を一度は性転換・女装させなくてはならない。例外はサポート制だが、サポート側になったものはその「ツケ」を別の日に清算しなくてはならないことになっている。
 そして残り二週の段階なので「ツケ」はもう効かない。友人がやったみたいに、同じ週に清算する方式しか許されないはずなのだ。

 全員が机についたままじっとしている。
 その間をねめつけるようにゆっくりと歩く三十九番。
 彼は一体どんなことを考えているのだろうか。

 すると、徐(おもむろ)に阿部くんの肩を軽く叩いた。

「…んっ…むおおおっ!」

 一瞬にして野球部のエースにして女性に免疫の無い好青年、安部くんは漆黒のセーラー服に身を包んだ女子高生になってしまう。

 オレは三十九番の真意を測りかねた。
 セーラー服は都合四回目になるだろうか。特に変わった服装と言う訳では無い。むしろこの制度ではポピュラーなそれだ。やっぱり学生だけに学生服が嵌(はま)るのである。

 そのまま三十九番は教室の中の数人をセーラー服の女子高生に変えた。
 中には友人も入っていた。

 そして何も付け加えることなくどっかと椅子に座り、担任教師が入ってくるのに任せたのである。

 ここで初めての状態が現出した。
 「性転換・女装させられている生徒」と「男のまま」の生徒が混在したのだ。
 これはある意味過酷だった。
 人数こそそれほど多くなかったが、「男子校」の風景が「共学校」に近いそれになったのだ。

 確かに男にとって…それも人生経験すら乏しい、十五、十六歳の男の子…にとって、その肉体を少女のものに性転換され、あまつさえ下着まで含めて女物に女装させられた上で一日過ごさせるなどたまったものではあるまい。
 ただ、それは「一蓮托生」、マスター以外は全員が同じ目に遭っているという状況があるから救われるものなのだ。

 いつもは「女子校」か、或いはもっと奇天烈な「バニーガール店の控え室」やら「パーティ控え室」「ファッションショーの楽屋」みたいな状況になるのだが、「共学校」然としたそれは初めてだった。

 それが広い教室の男だらけの中、ぽつん、ぽつんと女子にされた男子生徒がいる。
 これがどれだけ危険なことなのかに気が付くのにそれほど時間は掛からなかった。

 最初の休み時間になると、三十九番はつかつかと安部くんのところに歩み寄った。

「立ちな」

 マスターの言葉には逆らえない。
 セーラー服姿の女子高生となっている阿部くんは、慣れた手つきでスカートを押さえながら、立ち上がり、流れた髪を撫で付けつつ両手を身体の前にそろえて立ち上がる。
 長いスカートのお尻の側が一瞬流れ落ち、そして立ったお尻に追随するように持ち上がる。
 見事な「女子の所作」だった。
 自然とこうなってしまうのである。
 何処(どこ)と無くいい匂いがする、完全な女子である。

 突如三十九番が安部くんのおっぱいを鷲づかみにした。

「っ!!」

 そのままむにむにと揉み、更に両手で両方のおっぱいを掴んでぐりぐりと回す。

「…あ…」

 頬を赤らめて嫌がる安部くん。いや、安部さんか。
 この状態でマスターに口答え出来るというのは相当の精神力だ。

「やかましい」

 そう言って手を離すと、即座に凄い勢いで正面のスカートをめくった。

 ぼわあっ!と冬セーラーの厚手のスカート生地が空気を孕(はら)む音がして、直後に白いスリップが見えるスカートの内側が周囲の男子生徒の目に晒され、小さなリボンがワンポイントで付いたパンティが見せ付けられた。

「きゃああああーっ!」

 悲鳴は上げたが、安部くんはスカートを押さえることが出来ない。マスターたる三十九番に動きを制限されているのだろう。

 言うまでも無く安部くんはまごうことなき男の子だ。
 しかも極端に女性を苦手にしている。
 だから女装の趣味があるわけもない。むしろ女物は下着どころかその衣類そのものを見ただけで赤くなって俯いてしまう方だ。

 にも拘らず、スカートの下から除いたその「下着」の着こなしは、まるで生まれた時からの女の子のそれである。
 パンティにしてもスリップにしても、今この三十九番に着せられたものであって、彼が望んで着た訳でも何でもない。
 にも拘らず、この「女子としての生活感」のにじみ出る下着姿はどうだ。

 生ぬるく人肌に温まった女物の下着が、彼の服の内側で寒い中空気を篭らせ、下着の持つ石鹸の様な香りと思春期の女子が放つ独特の甘い体臭が混ざり合い、何とも言えない芳香を放つ。

 まるで「彼女」が自宅で朝起きて、ブラジャーやパンティといった下着を身に付け、スリップを着てスカートを履き、そのままセーラー服に身づくろいをしてこうして女子高生として学校に通っているみたいではないか。

 周囲の男たちは、思いっきりめくられたスカートとその中身…そして女の生の肉体…を見せ付けられ、複雑な気分になっていた。

 残酷な事に、三十九番はスカートを下げようとしない。

「やめ…やめて…」

 泣きそうな表情で懇願する安部くん。いや安部さん。

 重力に従って落下したスリップが目一杯周囲に晒されている。スカートだけが三十九番の手によって持ち上げられたままだ。

「お、おい!やめろよ!」

 思わず一人の生徒が立ち上がって叫んだ。

「んぁ?」

 凄い表情になった三十九番がそちらを見る。

「お前はとりあえず女になっとけ」

 そういうと同時にその生徒はその場に身動きが取れなくなる。
 そして身体がガキガキと縮んで行き、肩幅が狭くなり、ウェストが細くなり、臀(でん)部が丸くなって、脚が内股になっていく。

「ぐ…ぐおお…」

 これまでにも何度も性転換はされてきたし、マスターに逆らうことが無駄であると分かっているが、どうにか精神的な抵抗を試みようとする。

「ふん、今の貴様にはそれはいらんな」

 すっかり女性的になったその生徒が思わず股間を押さえる。

「ああっ!」

 これもまた、見慣れた光景には違いない。ここにいる生徒は、三十九番すら含めてこれまで三十八回はこうして一時的に男性器を失ってきたのだ。

「でもって声も女にして…」

「いや…やめ…」

 その声が徐々に高くなる。

「でもって女の穴を開ける…と」

「いやああっ!!」

 恐らく下腹部に女性器を開けたのだろう。これもまた毎週のことではある。大抵一瞬で済むし、女性器そのものに拘ったこともそれほど無いのだが。

「おっぱいは大きめに…」

 細くなってしまったそのボディにむくむくむくっと乳房が盛り上がり、カッターシャツに乳首が突き立った。

「はあ…ああっん!!」

「めんどくせえ。そら!」

 着ていた服が一瞬にして漆黒のセーラー服に変貌する。
 下着は瞬時にブラジャー、パンティ、スリップへと変わり、スカートに変形したズボンがぶわりと広がる。

「おっと、髪型がそのままだとオカマみてえだからな」

 むくむくむくっと生き物の様に髪の毛が伸びていき、背中までまっすぐに到達する。

「ほいほい、仕草と口調も女にするな」

「いや…やめてぇっ!」

 思わず身体をくねらせてしまうその仕草は間違いなく女のそれだった。

「とりあえず、その周りにいるお前ら、順番に一人ずつスカートめくっとけ」

 耳を疑う発言が飛び出した。

「…え?」

 女に…セーラー服の女子高生に変えられたその生徒のみならず、「周りにいる」いまだ男子生徒たちも耳を疑った。

 だが、マスターには逆らえない。
 その内の一人の手が勝手に動いて思いっきりスカートをめくり上げた。

「きゃあああああーっ!」

 こちらは押さえることが出来たらしいが、余りにも遅く、そしてスカートをめくり上げる高さもあまりにも高いため、同じくスカートの内側のスリップがモロに見えてしまい、その縁取られた刺繍や皺(しわ)までがはっきりと見える。
 無論、純白のパンティもだ。

 こ、これが…これがさっきまで男だった奴のスカートの中身…だと言うのか?
 まるで本物の女みてえじゃねえか…。

 これまで自分自身すらそういう風に変えられた体験をさんざんしておきながら、改めてこの能力の精密さに感心してしまう周囲の生徒たち。

 それを周囲の生徒がローテーションで次々に繰り返す。
 教室にバサッ!バサッ!という音が定期的に響き続ける。
 見ざるを得ない周囲の生徒たちは、何度も何度もその「女子生徒」のスカートの中の下着…スリップやパンティ、そして裏地を目に焼き付けさせられる。

「さて…」

 面倒が片付いた、と言わんばかりの三十九番は改めて阿部くんに向かい合った。

「い、いや…」

「お前らもこいつのスカートめくれ」

 すぐそばにいた生徒たちが、一斉に突撃してきて数人が同時にスカートに手を掛け、同時に上方に引き上げた。

「いやーっ!!!!!!」

 まるで突風によって破壊された傘のように哀れ阿部くんのスカートは数人の男子生徒によって支えられる形となる。
 スリップが垂れ下がる形となってパンティを隠していたが、更に数人が押しかけ、スリップを持って巻き上げた。

「やめてええええーっ!」

 もう完全に泣き声になっていた。

 スリップまでをも持ち上げた形で固定させたため、下半身、パンティのみの妖怪みたいな形にされた安部くんはもうどうにもならなかった。

「茶巾寿司にしろ」

 三十九号が命じた。

 周囲の生徒たちは、意味は分からなかったみたいだがそのまま動き出した。
 「茶巾寿司(ちゃきんずし)」とは女子に対して行われる悪質ないじめの一種で、長いスカートをめくり上げて上半身を隠してしまい、頭の上でスカートを縛り上げることで下半身をモロに露出させたままにさせるというものである。

 抵抗むなしく安部くんは頭の上でセーラースカートを結ばれてしまった。
 しかも、内側からは簡単にほどけないように、かなり強く結ばれてしまったのだ。

 上半身が真っ黒な丸っこい状態となり、下半身はパンティ一枚の状態を垂れ下がったスリップが隠しているだけみたいなおかしな状態にされている。
 中から「うー!うー!」といった叫び声が聞こえているが何を言っているのか分からない。

「その辺に転がしとけ」

 またも耳を疑うことを言ってのける。

 言われるままに操られる周囲の生徒たちは、茶巾寿司状態にされた安部くんを教室の後ろまで引っ張っていき、乱暴にほうり捨てた。

 その場に転がった安部くんは黒い大きな丸にスリップの裾だけをみっともなく晒したパンティ一丁の下半身露出女状態でその場にひっくり返った。

「足首と上半身を固定して動けないようにしとけ」

「おい!幾らなんでも酷いぞ!」

 オレは思わず大声を上げた。
 どうやら他の生徒もマインドコントロールが掛かっているみたいでロクに動けなかったのだ。

「うるせー黙れ」

 三十九号がそう言うとオレは動けなくなった。声も出せない。
 そうなのだ、マスターにはこの程度を行う能力は楽にある。

 そうこうする内に哀れな安部くんは足首を縛られて教室の後ろの方にある棚に括り付けられ、上半身も縛られてしまった。
 これで床に転がった茶巾寿司状態で、誰かがほどいてくれでもしないかぎりはこのままとなってしまった。
 頑張れば解けるのかも知れないが、その抵抗までマスターに抑えられていたらもうどうしようもない。

 その間も言葉で抵抗して性転換されたその生徒へのスカートめくりは継続されていた。

「あーもういい」

 やっとやんだが、気の毒なことに髪は乱れ、表情もやつれている様に見える。

「どうだ?男にスカートをめくられる気分は?ああ?」

 オレはやっと気が付いた。
 そうなのだ。これまでは何だかんだと全員が等しく性転換され、スカートならスカートを履かされていた。
 だからめくられたらめくりかえす事が出来たのだ。

 だが、片方が一方的にスカート姿の女子にされていた場合、めくられてもめくり返すことが出来ないのだ!
 何しろ自分はスカートを履いているが、周囲の男子生徒はスカートなど履いていないのだから!

「お前に素敵なプレゼントをやる…」

「な…何を…」

 顔を接触せんばかりに近づける三十九番。

「肉体や服、口調や仕草だけじゃあ物足らん。今日一日だけ、お前の意思はそのままに“精神”を女にしてやろう」

 周囲の空気が凍った。

「せ、精神?…」

「そうさ。意思はそのままに、価値観や感じ方が女になるのさ」

「そ、それは…」

「決まってるだろ。何故か男を見ると胸がドキドキして、男とセックスがしたくなり、男と恋愛したりすることが気持ちよくなるのさ…」

 これは盲点だった。
 これまでは幾ら肉体的に性転換され、仕草や口調まで性転換されても、あくまでも精神そのものは男だった。
 だから女同士になってじゃれあってもどこか遊び気分で済ませることが出来ていたのだ。

 だが、意思や考え方ではなく「感じ方」や「本能的な部分」を女性化させられるとなると…これは後戻りが出来なくなってしまうかもしれない!

「いや…やめて…」

 泣きそうになっているその生徒。

「駄目だね。ほりゃっ!」

 びくっ!とするその生徒。

「どうだ?身も心も完全に女になった気分は?」

 ぽーっとしている。何が起こったのか良く分からないみたいだ。

 ふふん、と鼻を鳴らすと、その生徒のことはひとまず置いて、三十九番はつかつかと「茶巾寿司」状態の安部くんの元に歩み寄った。教室の後方に横倒しになってパンティをさらしている阿部くん。何とも言えない奇妙な格好である。スカートの内側に固定されている訳では無いスリップは自然と垂れ下がり、どうにかパンティ部分を少しは隠している。
 だが、三十九番は改めてスリップをめくり上げる。

「んーっ!!!!」

 茶巾部分がどたどたと揺れる。
 中で安部くんが必死に抵抗しているんだろう。

「まあそう嫌がるな。可愛がってやるから」

 そういってむき出しになったふとももをさらーっと撫で上げる。
 そして、指一本でパンティの股間部分をつんつんとつつく。

 脚をばたばたさせて抵抗する安部くんだったが、緊縛が激しくて動きが取れない。

「おうお前ら。遠慮せんとそいつやっちまえ」

 「やっちまえ」の部分に妙に感情がこもっていないのが何ともいえなかった。

 その生徒…精神まで女性化されて呆然としている…の周囲の生徒がまたもう一度スカートをめくり上げた。

 絹を裂く様な悲鳴が上がる。

 周囲の生徒たちが次々にスカートをめくり、そして背後から抱きしめておっぱいを揉んだ。

「いやっ!いやああ!やめてええええええええっ!!!!」

 こ、これは…これは完全な集団レイプだ!なんてことをさせるんだ!

(続く)

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