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いつだって僕らは 1-5  by 猫野 丸太丸

5.
 短い三学期が始まって、僕やほかの生徒たちは学校行事に追われていた。四人が女装の山下を中心になにかしているということは、とっくに学校中に知れ渡っていた。教室や食堂、あるいは運動場などで、チュッチュッと聞こえる耳障りなからかい笑いがしていた。きっと僕らの立ち位置は、ふつうなら学校社会から滅殺されるレベルにまで達していただろう。けれど僕は気にしなかった。
 人間はからかうだけなら死ぬまで追いつめても犯罪にはならない。世の中の「変わった」人間に対する仕打ちは残酷だ。実際たった三年間なのに、人間関係のせいで学校を辞めていった生徒は学年で三人いた。それなのに僕らが無事だったのは、きっと防御力が高かったからだと思っている。
 篠塚は腕力自慢だったし、和久は生徒会で絶大な人望があった。そして僕は国語の成績が良かった。国語の成績が関係あるのか? 大いに、ある。国語ができると、相手は口げんかもうまいのではないかとそれなりにびびってくれるのだ。うちの国語教師は毎学期の成績を壁に張り出すいけ好かないやつだったが、僕が一位、和久が二位の成績表は確実に僕の命を救ってくれていた。
 それに対して山下は――、全ての面で弱かった。女装以外の特技はないし、機転は利かないし、ギャグが面白いタイプでもないし、言ったら申し訳ないけど、後ろで静かに微笑んでいる最弱レベルのキャラクターだった。
 だけれど山下にはほかに替えられない特長があった。かわいらしいのだ。

 ある日、隠れ家で美濃さんがおごってくれるというので、皆で大皿に盛られたたらこスパゲッティーを囲んだことがあった。作りすぎたのだろう、やたら大盛りになった山を、山下がちょこちょこした動きで取り皿に分けた。
 フォークの持ち方が変だ。だからたらこの粒が、カラオケボックスのテーブルにこぼれてしまっている。和久にそれを指摘されると、山下は素直にごめんねと謝った。それからしばらく考えて、名案があるよというのでどうするのかと思ったら、美濃さんのところへ行って追加のたらこをもらってきたのだった。
「さぁ、これでお味は元通り。もっとおいしくなったかもよ」
「そうじゃなくてだな……フォークがぶきっちょ」
「えっ?」
 首をかしげて不思議がる山下に、雄弁家の和久も降参してしまった。
 各自のスパゲッティーのうえに生の明太子が大きく乗っかったから、皿は個室のうす暗い電灯に照らされて怪しいピンク色を放っている。山下はそれを小さくほぐしながら食べた、やっぱり変なフォークの持ち方で。
 僕はそんな山下を好ましいと思った。かわいらしければ、人の欠点は魅力に変換されるのだ。
 ああ、世の中に「モテカワ」とか「愛され系」とか、『結局、女はキレイが勝ち』とか、かわいいことを勧めるメディアのなんと多いことか! きっと世の女たちは必死に情報を仕入れ、自分をかわいく変身させて、弱さを魅力に大逆転させようと狙っているのだ。
 山下は女の子ですらうらやむ能力を持った本物だ。あとで和久とふたりきりになったときに、僕は山下についての持論をぶつけてみた。
 和久はため息をついて答えた。
「新井って、山下のことをなにも分かっていないな。あいつは自分らしく生きているだけだ」
 自分らしくって? 僕は混乱して、なんと言っていいか分からなくて、ぜんぜん別のほうへと話を振った。
「じゃあ、もしかして和久も、自分らしさを発揮できればかわいい女の子になれるのか?」
「当然だ」
 僕はもっと混乱した。うちの高校で、リーダーシップがあって、決断力があって、ある意味いちばん男らしい和久が、自分らしく女の子になる?
「和久ってもしかして女の子になりたかったの?」
「お、おまえまで天然ぶるなよっ」
 僕はもっともっと混乱した。よく分からなくなってきたので、手を伸ばして和久の耳たぶをつまんでみた。
「きゃ!」
 手の甲で振りはらわれた。というかいまの悲鳴はなんだろう。本当に和久の長身から放たれたのか。
 あっけにとられていると、和久が顔を赤くしながら「い、言うなよ」とつぶやいた。
 誰になにをだろうか。冷静になってから推測して、僕は和久の耳たぶが弱いことを秘密にしておいた。
 その夜、僕は夢を見た。うちの風呂になぜか和久が入っていたのだ。裸体の和久はもちろん男顔で、無表情に壁のタイルを見つめていた。それが風呂桶に収まっている。風呂桶には蓋が半分かぶさっていたから、首だけが外に出ている感じだった。僕は不安になって蓋をどけた。湯につかった和久の胸に、乳房がひとつついていた。上下逆の、上に飛び出した形で。和久が手のひらで、もう片方の乳房を引っぱり出した。
 そして気づいた、ここは風呂場なのだから、僕自身だって裸ではないか。おそるおそる見下ろす。そこに見えた、僕の体は……。
 目が覚めると、僕は自分の胸に手を当てて、それからため息をついた。時計は午前四時を指している。重力が狂ったような感覚で、胃が痛んだ。中途半端な女体化の夢を見るなんて。僕は、僕自身は女になりたいのだろうか?
 僕は自分の立ち位置を確認したくなった。

 だから寒い盛りの日曜日、僕は三人を自宅に招いた。
 僕が友達を呼んだと言っておいたのに、父さんはドテラ姿でごろごろしていた。十時半になるとようやく着がえて、物置から骨董品を取り出して磨き始めた。
 十一時、和久、篠塚、山下が列を作ってやってきた。
「おじゃまします!」
 うちの玄関に元気な声が響いたのは小学生のとき以来だろうか。我が家は中学生のときにいろいろあったので、友達を招くことがなくなっていた。
 だから今日は久しぶりの餃子パーティーだ。
 僕の父さんに遠慮してなのか、山下はズボンをはいて一見普通の男の子だった。父さんが見守るなか、僕たちは上着を脱いですぐにキッチンへと向かった。
 広いキッチンとダイニングは、調理作業のために大きなテーブルを真ん中に並べてあった。ボウルとまな板、鍋も上に載っている。四人は手を洗い、テーブルを取り囲んだ。篠塚が、買いこんだ野菜を袋から出して置いた。
 僕の指示のもと、四人は作業に取りかかる。僕は小麦粉に熱湯を入れてこね、それからサラダ油をすこし入れてまたこねた。和久には白菜の葉をまとめてゆでて、みじん切りにしてもらった。篠塚は豚ひき肉を練る担当だ。具の食感を決める、重要な役なのだ。
 三者三様、真剣な面持ちでテーブルに向かっていた。
 かたや山下は僕たちの後ろでうろうろしている。僕はくすっと笑って山下を呼び寄せた。
「ねぎを刻んでね」
 山下は白い樹脂製のまな板に飛びついた。すこししかない青ねぎはあっというまにみじんになった。
「じゃあ次は生姜をすり下ろしてね」
 生姜のかけらを下ろすのも時間がかかるはずがない。ふだん家事をやっている人間にこれでは簡単すぎるだろう。手持ちぶさたになった手へ、僕は布地を押しつけた。
「じゃあ山下はこれを着てね!」
 ねぎをこびりつかせた手が、クリーム色の一枚布を広げた。面白いことに山下は一度胸に当ててみせた。動物の絵が描いてある、それは僕のエプロンだった。
 なんだなんだということで、三人が山下を遠巻きに眺めることになる。
 山下は不思議がりながらも、僕が思った通りにつけてくれた。まずひもを首の後ろで結ぶ。柔らかい手首の関節が、するりと背中に回った。ああ、山下はふだんネックレスをつけ慣れているかもしれない。
 腰のひもも締めて、前垂れを垂らした。山下は背が低いからズボンがほとんど隠れて見える。つまりワンピースを着ているように見えるのだ。
 凝視している僕を、山下は見返した。
「それで僕はなにをしたらいいのかな?」
 聞いた和久が笑いだし、続いて僕が笑った。遅れて篠塚が、しかたのないやつ、というしぐさで僕の背中をたたいた。
「あんまり山下をからかうなよ」
「すまん」
 僕は山下に、このあと活躍する場面がやってくると説明した。山下はあの寂しげな笑みを浮かべた。
 でも本心をばらせば、僕はいま山下から重要なプレゼントをもらったのだ。
 クリーム色のエプロン、それは本来僕の衣装。僕が料理のときだけ着られる、父さんにもばれない、ほんのすこしだけ踏み出した、ほんのすこしだけ男らしくない格好だ。
 そこへ本物の山下が、僕の仮初めでしかない女装と同じ格好をしてくれて、僕の行いを追認してくれた!
 僕はうれしくてうれしくて、ふるえた両手が磁石に引き付けられるように引き出しの中から真新しいエプロンを取り出すのに気づいた。今日のために買ったそれを、ピンク色のエプロンを胸につけて、僕は山下の真横に立ったのだ。すこしでも山下と同じポーズで同じ格好ができるように。
 僕たちの様子を和久は鋭く察した。
「なんだよ、おまえたちだけおそろいか」
「これからいよいよ本番だからね!」
 僕は得意気に笑っていた。そのときだ。篠塚のごつい両手が後ろから伸びてきて、僕のエプロンの胸をわしづかみにしたのだ。
「ひゃっ!」
 変な声が出て、僕は父さんに聞かれなかったかを真っ先に心配した。見ればふたつの胸に油汚れがくっきりと、手の形を残している。
「なにするんだよぅ」
「ご、ごめん、つい……。新井に胸があった気がしてな。消える前にさわってたしかめた」
「馬鹿! そういうことは山下にやれよ!」
 言ってから僕は後悔した。あんのじょう、山下がまっ赤になってうつむいている。和久が篠塚に笑いかけて、
「俺は篠塚を許す。このあいだの耳たぶのお返しだからな」
 と、篠塚には事情の分からないことを言った。山下は小声で言った。
「それで新井くんに……、胸はあった?」

 気を取り直して餃子づくりだ。僕たちはまな板とクッキングシートを大きく広げた。テーブルの中央には肉で作ったあんと、練り粉のボウル。僕と山下は餃子の皮を作り、和久と篠塚が肉を包むのだ。
「篠塚は皮作りに回ったほうが良くないか」
「ははっ、まぁ見ていなよ」
 山下がちぎり取った、手と同じくらい白い生地の塊を、僕が受け取り麺棒で伸ばした。丸くなった皮(お店で売っているのより厚め)を篠塚の指がさらって、スプーンで肉をのせる。二秒ほどで厚い手のひらから出てきたのは、中華料理屋で見るような餃子だ。
 篠塚の思わぬ技量に和久が闘志を燃やした。僕が作った皮を奪い取るようにして、肉を詰めていく。皮を伸ばす係の僕と山下は大忙しになった。
 やがて僕たちも餃子を包む側に回り、四人の手から餃子がどんどん吐き出されるようになった。用意してあった四角いアルミ盆はたちまち整列した餃子でいっぱいになる。
「……と、いうわけだ」
 きれいなひだを指さして、篠塚は鼻高々だった。和久は、ひとつひとつの大きさが揃っているほうが良いのだと反論する。
「なんだと!」
「なにを!」
 篠塚と和久は軽くこづき合いながらコンロのほうへ、餃子の焼き色勝負をしに行った。
 僕の横で山下は控えめに微笑んでいた。そっと盗み見る。白い顔、眉根に寄せられたしわはすこしだけ和らいでいた。
 僕は知っている。餃子の数や出来を競ったりしない。ただ静かに料理をする。そして、包んだ餃子が乾かないように清潔な濡れふきんをかけてくれたのは山下だ。細かな気づかいをしてくれる子が、女の子一等賞なのだ。

 そのあとはとりたててなにもなく、餃子パーティーは満腹感をもって終わった。
 餃子パーティーのあいだ父さんは後ろで見ているだけで、食事もご飯を軽く一杯食べただけだった。ただ山下たちが帰宅したあとに、調理器具を片づけていると父さんは僕にささやきかけた。
「なぁ、おまえの友達だが」
「なになに」
「あの色が白い子。どこかおかしいのか?」
 僕は息を止めた。
「……おかしいって、なにがかな」
「目つきがなぁ。大丈夫ならいいんだが」
 僕ははいともいいえとも答えられなかった。人間にとってなにが異常でなにが正常かは知らない。ただ山下が、マイノリティーでクィアな存在なのはたしかだ。
 父さんは他人への気配りが苦手だけれど、人間観察が鋭い人だった。つまり他人にきつい指摘、「言ってはいけない本当のこと」を言うことが多く、だから父さん自身は嫌われることが多かった。
(山下は、具体的にはどう見える?)
 僕はその言葉を、言うべきかどうしようか迷った。迷っているうちに次の言葉を言われた。
「どこかおまえに似ているところがあって心配だ」
「そうなの?」
 思わず返答してから、自分の声にうれしさが出ていなかったかすごく気になった。父さんは、変な顔をするでもなくうなずくでもなく、黙って皿を食器棚に片づけ始めた。
 僕に似ているところがあって心配だなどと、思いきり馬鹿にされたのかもしれない。遠回しに山下まで侮辱されたのかもしれない。だけれどなぜか、僕の心に生まれたのは安らぎとうれしさだった。

<つづく>

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