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いつだって僕らは 1-8  by 猫野 丸太丸

8.
 もともと皆勤していたわけでなし、山下がいないカラオケボックスだって楽しみようがあるはずだった。でもそれは理屈だ。
 楽しめない僕のやったことは……、放課後ふたりのあとをつけることだった。
 クラスでいつもいっしょにいるのだから容易なはずなのに、僕は他人の行動原理を予想するのが本当に苦手だった。カラオケボックスに集まるときだって、授業が終わったら、メンバーに声をかけることもなくひとりで出て、自転車に乗って、偶然通り道で誰かを見つけられればいっしょに歩くだけだ。ほかの時間に誰がどこでどうしているかなんて考えたことがないのだった。
 だから終業式の日、山下が教室から出て行くのを、僕は律儀に尾行した。ほかの生徒から見ればあからさまに怪しい態度だっただろう。しかし事件のあとであり、僕が山下の関係者であることを皆が知っている状況では、あえて僕を呼び止める生徒は出てこないのだった。

 山下はカラオケボックスのある商店街ではなく、高台の住宅地へと向かった。ときおり下ってくるのが高級車で横幅が広いから、自転車で避けるのに苦労するような坂道だ。そこを山下が、いつにない早足で登っていく。見通しが良いためふり返られたらばれるのだが、僕は山下ののんきさに期待してそのまま追いかけた。道はゆったりとカーブして、丘の表面を回りこむ。
 追いかければ、山下は洋風の家の前で止まっていた。軒先のローマ字看板からすると、民家を利用した喫茶店かレストランのようだ。山下が小階段を登って入ってから、さらに二、三分待って出てこないのを確認。僕は店前に近づいた。

 白壁の店はおしゃれな作りで、山下は大きな窓際に座っていた。女の子なら、こういう店を喜ぶだろう。向かいには大人びた身なりの国吉さんがいた。ふたりは挨拶をして、本のやりとりをして(本の貸し借り)、それからしゃべっては笑っていた。見ていても分かった。会話のキャッチボールが、カラオケボックスでよりもずっと早い。楽しいのだ。そう思ったら、なぜか国吉さんよりも山下のほうに腹が立った。和久や篠塚を放っておいて、ひとりで楽しんでいるだなんて。国吉さんは明るい性格で、話題の幅も広いのだろう。だから僕たちよりも国吉さんの誘いを優先するのか。
 ひとしきり笑ったあとで、国吉さんはベージュっぽいジャケットの襟を直して、それからこちらを見た。にこやかに山下に、ふた言、三言。山下は元気にいすを飛び出し、店外の僕のほうへと走ってきた。
「来たんだね! 国吉さんが、いっしょにどうぞ、だって!」
 僕は考えに詰まって反応が遅れた。こういうとき、普通の人間は困惑して「おい、新井?」と聞き直すのだが、山下は静かに笑って、僕がイエスというのを待ってくれた。

 店内は狭くて、僕は店員さんの通り道にはみ出す形でいすを置いて座らなければならなかった。国吉さんは先に紅茶を飲んでいて、僕が座るのを黙ってみていた。
「あの、」
「新井は自分で払うなら、なにか頼んでいいよ」
 山下は小声で「僕も出すから。そしたらふたりで半額だよ」と言って、お勧めのはちみつレモンを頼んだ。

 山下の話の内容は僕もよく知っている漫画、『放浪息子』※とかについてで、一方国吉さんはSFを読むらしく、ハインラインという作家の作品に該当があるとか、『超革命的中学生集団』※とかいう小説の話だったのだが僕にはさっぱり分からなかった。
「新井はなにが好きなんだ」
「僕は……、さぁ」
 この人の前で自分の趣味のことなど話す気にはなれない。僕が話の腰を折った形になったのに腹が立ったが(もしかして、わざとか?)、国吉さんは苦笑して山下に
「じゃあ、いいかな」
 と話しかけた。山下はうなずいて店の奥へと歩いていった。
「どこへ行くんですか」
「山下に着がえてもらうんだよ」
「はあっ?」
 にらむ僕に、国吉さんは簡単に答えた。
「まだ彼の女装姿を見たことがなかったのでね、後学のため見てみたいとお願いした。それに山下に似合いそうな服が手に入ったんだ」
 山下は、国吉さんの前で気軽に女装を見せることにしたのだ。
 女の子は、好きな男と嫌いな男で見せる態度が違う。好きな男にはできても、嫌いな男には絶対にしたくないことがあるのだ。男の好みの服に着がえることがそうだとすれば、国吉さんは山下にとって好きな側になったのだろうか。
 初対面から数週間経ったあとに山下が女装披露を解禁するだなんて、そんな時間をかけてオーケーを出したなんて……。山下が触れあいのなかで国吉さんを深く理解した証しのようで、僕には不愉快だった。
「さて、『彼女』さんの着がえというものには時間がかかる。お話しようじゃないか、新井」
 長身から見おろされた視線を、僕はにらみ返した。
「ずいぶんと山下に興味があるようですね。国吉さんの山下狙いって、それはどういう趣味ですか」
「僕は人間観察が趣味でね。どんな人間にも興味があるよ。だから新井の話も聞きたい」
「話すこと、そんなにないと思いますけど」
 悪意以前にわりと本気でそう答えたのだが、国吉さんは取りあわなかった。
「君たち――、女になりたい男は、まぁ昔からどこの国にもいるが、いったいどうしてそんな趣味になったんだ」
「趣味じゃありません。人格というか生き方です」
「ホルモンを使ったり体を傷つけたりする人もいるじゃないか。生き方と言うには代償が大きいことだ」
「必要な治療に近いんですよ、性別適合手術をする人にとっては。人間の体って、ある程度自分の精神に合った形じゃなければ心が耐えられないんです」
「しかしある科学者の研究で報告があったそうじゃないか。幼少時に誤って女性化の手術を受けたある少年が、大きくなってから精神が耐えきれず、再び男性に戻ったと。生まれつきの遺伝子と脳の構造は、そう簡単に変えられないんじゃないか」
 さすがは興味があると言うだけあって、国吉さんはTSについてよく調べているようだった。しかし発言の内容は中立ではないと思えた。むしろ僕たちに対して悪意があるように聞こえる。
 だから僕は反論しなくてはならない。ほかの客に聞かれるのも気にせず、僕は長台詞を放った。
「その報告って『ブレンダと呼ばれた少年』※のことですね。あの本はよく読めば、自分の性別を自分の心でどう思っているかが大事なんだと分かります。ブレンダは自分のことを男だと思っていたから、男であるべきだったんです。翻訳者に偏見があったからか、男は男らしくするのが大事みたいに書かれてしまいましたけど」
「男として生まれたからには、スポーツでも学業でも良い、自分の本分をわきまえて有意義に生きるのが大切なんじゃないのかな。毎日のようにカラオケボックスにこもって、非生産的なものを追いかけて、君たちは人生をなにに使っているんだ」
「先輩の言葉とも思えないです。スポーツや学業だって、自己実現が大切な要素じゃないですか。僕たちのやっていることも同じですよ」
「本当に自己実現かな? 男としての現実がうまくいかないからって、女になれば幸せになれると心が逃げてはいないか」
「男としての人生がつらいとしたら、それは男として生きることそれだけがつらいんです。勉強や仕事はべつに女であってもできるし、性が変わったからって人生を捨てるつもりも逃げるつもりもありません。むしろ、勉強や仕事に影響が出てしまうのは社会に偏見があるからではないでしょうか。だいたい……、個人的な信念に口をはさむべきではないのでは? 国吉さんにだって関係ないことだとは思わないんですか」
「関係? 関係はあるさ。君も僕も個人的な信念を持つ個性的な個人だ。なおかつ、社会を構成する重要な要素だ。人間はおたがい違う人間に触れあってこそ人生に価値が生まれるし、社会が形成される。ひとりとして孤独でいてよい者はいないんだ。生徒会で僕が行ってきた仕事が、それだ」
 前言撤回、もうこの人は、敵だ。僕にとって戦うべき敵なのだ。
 クラスの心ない連中相手には、僕はなにもできなかった。だけれど国吉さんに対してはなにかできるのではないか。きっと僕の国語能力はいまこそ発揮するべきなのだろう。山下を、守るために。
「世の中のみんなは、病気や障害やいじめ、犯罪を悪いことだと思っています。それはいいんですけど、その結果みんなが攻撃するのは病人や障害者、いじめられっ子、犯罪者なんですよね。僕は、真の悪を生み出すものは、正常をうそぶく人間社会だと思っています」
 しかしこのとき、国吉さんは笑ったのだった。僕には意外だった。いつもの愛想の良い微笑みでもない。かっこいい台詞が決まったときのすかした笑いでもない。心が震え、傷んだときの笑い。僕がいま浮かべているのと同じ、ダメージを受けた笑い声だった。
「なるほど、君はそういう人間なんだね。理解したよ、理解できて良かったよ」
 国吉さんは僕を見つめた。まるでその目的が、山下ではなく僕であるかのように。僕は寒気を感じた。
「なんですか、それ。……分かったのならいいです。いいかげん僕たちの前から消えてくれませんか。山下もほかの者も真剣にやっているのに、興味本位で引っかき回されたら迷惑です」
「山下、ね」
 国吉さんの指が、ティーカップの縁をなでた。
「じゃあ君ってさ、山下も自分と同じ考えだと思っているのかな?」
 僕は虚をつかれた。
「どういう意味ですか」
「山下が、新井くんと同じタイプの人間だという証拠を持っているかだよ。直接たずねてみたかい?」
 直接たずねてみたか。カラオケボックスでの冗談、好きなTS作品。こぼれたコーヒー牛乳。発声練習。たらこスパゲッティ。肉餃子とおっぱい。初詣の、お祈り。
「知りませんよ、そんなこと!」
「いやはや、そうだったね。君のような人間が他人の意見をたしかめるはずがなかったね、失敬」
 まずい。なにかが危険だと、僕の深層心理は警告を発している。興奮したら負けだ。痛いところを突かれたかどうかも分からない心理戦で、僕は危険な場所に足を踏み入れようとしていた。
「どうして、そんなこと言えるんですか」
「なぜなら君は自分の欲望を隠している。己が気持ちを直視していないから、自分では女装も積極的な行動も起こさない。そして山下に自分の気持ちを託して、山下がかわりに自己実現してくれるのを願っている。そんな君の願望は、山下自身とずれているんじゃないのかな?」
「どこからそんな話が出てくるんですか! さっきまでと言っていることが違いますよ」
「根拠はね。調べさせてもらったんだ。君は中学のとき事件を起こしたね。それ以来君は、極端に他人を避けるようになった」
 僕は立ちあがって叫んでいた。
「違う! 事件を起こしたのは僕じゃない!」
 板張りの床を踏む足音がした。横に目をやれば、女装した山下が驚いた顔で僕を見ていた。山下はギンガムチェックのワンピースにカーディガンを羽織っていた。ロリっぽい柄だ、なのにちゃんと女子高校生らしくて、こんな服も似合うのかと、本来なら褒めそやすタイミングだったのに。
 僕は山下の目を見られないまま走って店を出た。いっしょに出ようと、山下に声をかけられなかったのが悔やまれた。
 口に出して言ったら、山下はついてきてくれただろうか?


『放浪息子』:志村貴子による漫画(2002年~現在連載中)。女の子になりたい男の子と男の子になりたい女の子を中心に、性別の悩みや友人・異性との関係が美しく描かれている。今のところ傑作、アニメ化もされた。

『超革命的中学生集団』:平井和正、永井豪作の小説(1974年)。ハチャハチャSFと呼ばれる、当時のSF作家などがモデルとなって登場するギャグ作品。

『ブレンダと呼ばれた少年』:無名舎より2000年10月に発売された本と、その後2005年5月に扶桑社から発売された本の2種類がある(重要)。
 手術の失敗で陰茎を失った少年が、ある科学者の独断で性転換手術を受け少女として育てられた事件についてのドキュメント。性転換手術による適応は大成功と報告されたが、本人は混乱した人生を送り14歳で男性に戻った。ここでは詳しく述べないが、ネット検索で十分に調べればこの事件の周囲でどのような意見が交わされたかが分かる。

<つづく>

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