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いつだって僕らは 1-9  by 猫野 丸太丸

9.
 春休み中も、僕たちはカラオケボックスに集まった。山下が顔を出さないわけではなかった。しかしあの喫茶店で僕がなぜ国吉さんと口論していたか、僕は説明しなかったし山下も聞き直してこなかった(はちみつレモン代は渡した)。そのせいで僕と山下との会話は少なくなり、カラオケボックスの雰囲気も沈んだものになった。
 山下がいない日、和久はひとしきり歌ってから、そのマイクを持ったまま言った。
「新井、最近どうしたんだよ」
「別に、僕は。むしろさ、国吉さんとか山下とどうなっているのか心配で」
 篠塚がため息をついて言った。
「だから、国吉さんと張り合ったってしかたがないって」
「山下がどうなってもいいのかよ。あの国吉って男、興味本位で野次馬根性で、べつに山下のこと好きでもなんでもない」
 ここまで言ってその先につまった。好きだって? もしも男と女の恋愛ならば、男は恋愛の内容について責任を取らなければならない。裏切りや薄情は男の罪となる。でも国吉さんと山下ならば、関係は単なる先輩後輩ではないか。国吉さんが山下を遊びに誘ってなにか責任を問われるのか。
 だいたい好きだの嫌いだのいうなら、僕たちと山下との関係はどうなるのだ。
 僕らは友達として、山下を暖かく見守るしかないのだろうか?
 僕はぽつりと言ってみた。
「俺たちって、ずっとこのままなのかな」
 反応が薄かったので、二度言ってみた。篠塚が答えた。
「いや、このままってこともありえるでしょ。部活みたく高校卒業で終わりじゃないんだから」
「そうかな? ううん……、僕たちはそれでいいけれど、山下は違うんじゃないかな」
 和久がマイクを置くごりっという音がスピーカーに響いた。
「まったくだ。山下は本気なんだ。男のまま諦めるってことはないだろう」
「じゃあどうすればいいんだよ」
 僕たちはいったい、どうしなければならないのだろう。
 事実、僕の発言に和久も篠塚も、ツッコむでも賛同するでもなくただ黙っていて、テーブルの上で歌本が湿気って波うっているのを見つめるのだった。

 そのとき扉が開き、美濃さんがお盆を持って入ってきた。神妙な声で言われる。
「お姫様がいなくて親衛隊は元気がないのね」
 どうしてそれを、という目でにらむと、美濃さんは
「見たらすぐに分かるわよ……というのはうそうそ。マイクが拾った話し声って、受付から聞こえちゃうのよね」
 山下がいなくて空いたスペースに、美濃さんは小さなお尻を詰めこんできた。
「あたしでよかったら相談に乗るわよ。ほら、暖かい紅茶でも飲みながら」
 大人に相談といっても、なにを話してよいものか。僕が口ごもっていると、和久が先に質問してくれた。
「俺たちは今度、高校三年生になるんです。正直俺たちって、女になりたいって思っています。でも空想というか、そう願っているだけっていうか……。将来の進学や仕事を決めるのとは違うんです。この先俺たちって、どう生きていけばいいのだろうって」
 抽象的にぼかされていて、大人向けにはいい質問だった。正直僕としては「親友が先輩の男と寝ちゃいそうなんですけど、これって身の破滅じゃないんでしょうか?」あたりの話を聞きたいところなのだ。
 美濃さんからも、がんばりなさいとか、当たりさわりのない返事が来ると思っていた。でも美濃さんはこう言った。
「それだけじゃ分からないわね。君たちのことだからもっと深く考えているのでしょう。よかったら聞かせてくれないかしら、君たちの本当の思いを、ね」
 和久は本当に考えていたらしく、すぐに自分の考えを語りだす。
「俺自身は、まずは親から独立したいと思います。親の世話になっていると自分のこと決めるにも行動範囲が狭いですから……。そのあとはアメリカとか、ヨーロッパとかを見て回りたいです。いまの俺は知らないことが多すぎますから、正しい判断もできないでしょう。そして自分の体をどうするか決めたいと思っています」
 体、と踏み込んだ表現をしたことに僕は驚いた。篠塚も目を丸くしていたが、和久が言い終わるとへへっ、と笑ってから口を開いた。
「俺はそういう難しいことは分からないから……。仕事もきっと親の手伝いから入るし。ただ山下が大事な問題を抱えているってことは分かっている。俺、たぶんずっと男ですけど、あいつの男友達として支えてやりたいと思ってます。一生あいつの友達でいられればと」
 そうだ、篠塚はそういうやつだ。そしてそれを実現できる男だ。僕は目を閉じた。考えれば考えるほど、僕は和久や篠塚のようにはなれない。急に国吉さんの台詞がフラッシュバックして、僕は背筋が寒くなった。
 僕はなにもしていない……? 思いを山下に託しているだけなのか?
「美濃さん。僕は、考えても疑問しか思い浮かばないんです。考えを話すと疑問になるんですけど、そういうのってありですか」
「いいわよ、どうぞ」
「世の中の人、みんな言います。自分らしく生きればよい、生き方は人それぞれって。でもそれ、いま困っている人にはなんの役にも立たなくないですか? なんだか無責任でごまかしのように聞こえます。たとえば飢えて死にそうな人や末期がんで苦しんでいる人にも、自分らしく生きればいいって言うんでしょうか? 絶対的正解がないと助からないのに」
 なんてことか、美濃さんは即答した。
「厳しい言い方だけれど、大変なときこそ他人が与えられる絶対的正解はないのよ。ご病気で苦しんでいる人? そうね、そんな人こそ、自分らしさを手に入れる必要があるの。お医者さんから痛み止めをもらえば終わり、手遅れですと宣告されたら終わりじゃない。そこから自分の気持ちを持って、苦しさや辛さにも正直になるの。自分らしさを持つことは最期まで続くわ」
「なんですかそれ、死人にむち打つみたいな……。いったい、地獄ですか?」
「地獄に聞こえたかしら。選択肢を手に入れるってことは自己責任とも聞こえますからね。たしかに、なにも考えずに楽ができるというわけではないわ。だけれどね、周りの人たちはその人の人生を決めつけるかわりに支えてあげることができる。本人にすら先が見えないピンチのときこそ、しっかりと支えてあげればいいのよ」

 僕の携帯にメールが来た。お知らせ音を感じて、こんなときに、と思いながら乱暴に取り出すと、山下からだった。
「山下から、題名のないメールが。場所だけ書いてある」
 三人とも勢いよく立ちあがった。美濃さんに謝りつつ、荷物を預けて飛び出す。すぐに分かったのだ、おしゃべりの時間は終わりだと。薄暗いカラオケボックスを出れば昼過ぎ、暖かな陽射しで目が痛くなったけれど走った。
 今日こそ出遅れないように、僕たちは競走するかのように走る。自転車で先行しようとはなぜか思わなかった。三人揃って駆けつけようと思ったのだ。
 走って行ける場所だったので腹が立った。国吉さんは犯行現場を隠しもしないのだ。思い返せば例のゲームセンターが、以前襲われた場所であったことも象徴的だった。わざと犯行を見せつけるためのやらせだったのだ。
 生徒を二十五人以上も命令で動かせるのは誰か。襲われる寸前に都合よく駆けつけられたのはなぜか。もしも同級生を動員して山下を襲った黒幕が国吉さんであるならば、僕はもう確信していたのだけれど、僕ら三人にわざとばれる形で犯行を繰り返して、国吉さんは僕らを挑発していたのではないか。
 僕らの行き先は、本当に商店街から一キロも離れていない、県道ぞい海側の喫茶店だった。小さな町なのに、国吉さんはいくつおしゃれな店を知っているのだろう。今度の喫茶店は古びた木の扉で、コーヒーがらが染みこんだみたいな焦げ茶色をしていた。
 遠慮なく開いたときに来客を知らせる鈴が鳴ったけれど、店員や客が反応する気配はなかった。また店を貸し切りにしたのだろうか。
 僕の目は店内を探った。無人の喫茶店はただ静かに、海の景色を窓に映していた。和久が上着のポケットを探る気配、それに続いてどこかで携帯電話の呼び出し音が鳴った。
 僕は音のする方へと歩き、二階への階段を見つけた。
 二階は店内と同じく焦げ茶の木で内装されていたけれど、店として使われなくなったのか家具がほとんど置いていなかった。細い廊下からまっすぐ、明るい部屋が見通せる。音はそちらから聞こえてきた。
 国吉さんはどこにひそんでいるのだろうか。警戒しながら近づいた。家具のない部屋の真ん中に、羽根布団が敷かれている。フローリングの床が磨きあげられているのと相まって、家具屋のコマーシャルみたいな見た目だった。
 布団の端からピンク色がとびだしていた。

 僕はただ沈黙して、その場を動くことができなかった。ピンク色はもちろん生きていたけれど、部屋の一部になったように動かなかった。和久や篠塚の足音も聞こえなくなったから、僕と同じく衝撃を受けていたのだと思う。
 いたたまれなくなって、僕は布団から目をそらした。国吉さんが部屋の壁にもたれかかってタバコをくわえていた。タバコの煙だけが、その部屋で揺らいでいるものだった。
 和久の震える声が聞こえた。
「国吉先輩……。なにをしたんですか」
「べつに。なにもしていやしないさ。ふたりで衣装を楽しもうと思っただけだよ」
「じゃあどうして裸なんですか」
「裸ではない、ふんどしを締めたんだ。我が校の伝統的な衣装だぞ?」
 そんなことは知っている。うちの高校では一年生が赤いふんどしをしめて寒中水泳する伝統があった。寒かったが僕もやった。山下は……、先生に頼みこんで免除してもらったそうだ。本人がカラオケボックスでそう言っていた。行事だけじゃない、山下は通常の水泳の授業も避けていた。つまり肌を男にさらすことを望んでいなかったのだ。
 それをいまになってふんどしだって? ふざけた衣装で山下を陵辱しようという意図だと、僕は解釈した。
「山下は一年生のとき体験していなかったからな。卒業前に、我が校の生徒としてぜひと思ったんだ」
「いやがる山下にむりやり着せたんですか?」
「本人の同意の上でだ。それに僕は、山下には雄々しい姿が似合うと思ったんだよ」
「しかし」
 僕の怒りは頂点に達した。和久ののんびりした追及を無視して叫ぶ。
「くだらないことをぐたぐたと! わざわざ山下を誘拐してそれから助けるふりをして、そこまでして取り入って、やりたかったことがそれですか!」
 国吉さんがとぼけた顔をしたので、僕はもう一度くり返さなければならなかった。国吉さんが最初から誘拐を仕組んだという僕の説に、本人はなんの反応も示さなかった。
「おいおい、新井の推理は無茶だろう。下級生たちがわざわざ僕のために悪役を引き受けてくれたと言うのか? そうする理由がないし、それだけ大勢で仕掛けをすれば誰かが事実を白状してしまっているはずだ」
 だめだ、僕では国吉さんに負ける気しかしなかった。背後の気配から、和久や篠塚も僕の言い草を信じていないのは明らかだ。国吉さんが壁から離れる。僕の足も動いた。勝てる見こみもないのに、なぜふらふらと近づいてしまうのだろう。
「そもそも僕は山下を助けて、そのあと彼の魅力に気づき『仲良くなろうと思ってしまった』だけだ。新井くん、これって君のしたこととなにも変わらないじゃないか」
 あの冬の日に、僕は山下を助けられた。それから隠れ家までついていっていっしょに遊ぶようになった。山下と、いっしょにいたいと思った。では僕は、山下とお近づきになりたいという意図でそうしたのだろうか?
 僕の動機とは男の下心なのだろうか?
 僕は国吉さんの顔から目をそらした。部屋の死角に、小さい二人掛けのテーブルがひとつ残っていた。
「なんだ、あるんじゃないか」
 灰皿、花瓶と、僕は卓上のアイテムを目で追い、そして載っていたテーブルナイフを拾い上げた。国吉さんに襲いかかった。腹でも首でもいい。すこしでも傷をつけたかったのだ。銀色を見て、国吉さんはすこし感心した表情を浮かべてくれた。
 ナイフが、音だけは本物のように風をきる。そして国吉さんのジャケットの胸に当たって止まった。
 篠塚の太い腕が僕を後ろから押し倒した。
「馬鹿っ、新井! こっちが犯人になりたいのか!」
「はなせよぉっ! だってこんなやつ、生きていたってしかたがないだろ!」
 叫び声は敵にも味方にも届かず木材の壁に吸収されていく。
 なんで、この部屋は、この海は、この世界は山下を見て平然としていられるんだ!

 だけれど争う男どもの傍らで、やわらかい掛け布団がゆっくりと持ち上がり、うずくまる人の形を取ったのだ。
 ……山下。
 見えていた脚も隠れ、達磨のような布団のかたまりになった。僕の思いを裏切るかのように、しっかりとした声が聞こえた。
「この世の中に生きていてしかたがない人間なんていないよ。新井くん」
「許すのか」
「僕は許したり許さなかったりしない。だって国吉さんは、国吉さんらしく振る舞ったのだから」
 またその言葉か! 国吉のやったことなんて絶対悪だろ!?
「山下だって……、山下だってそんな格好、いやなんだろ?」
「いやだよ……。でも諦めなければ、いつか国吉さんのことも理解できるかもしれないじゃないか」
「違う! 山下がなにを言っているんだよ。女の子なら自分を大事にしなきゃだめだ。いやなことはいやって言っていいんだよ!」
 山下は都合の良いところだけ男として扱われて、大切にされないで、理屈で言いくるめられて国吉さんに遊ばれただけだ。きっとそのはずなんだ。
 それともなにか? やっぱり山下は……、国吉さん相手なら悪趣味な火遊びもオーケーなのか?
 僕はナイフを落とした。そうしないと怒りのあまり山下に切りかかってしまいそうだったから。
 国吉さんはタバコを灰皿に捨て、僕の頭をなでて通り過ぎる。去り際に言われた。
「新井、僕は彼を男として愛したかった。本気でそう願ったから彼は叶えてくれたんだ。君はなにをしてほしい?」
「……」
「遠慮していれば誰も傷つけずにすむと思っているのか? いや、君は他人を避けずに、欲望の満たし方をしっかり考えるべきだ。君は誰かを求めるとき、そして誰かになにかをしてほしいときにどうやって想いを表現するつもりだ?」
 篠塚は「なに言ってやがる」とつぶやいてくれたし、和久は国吉さんを呼び止めて抗弁してくれた。
「それでも山下が僕らに緊急連絡をくれたことは事実です。あなたの行いを罪には問えない、でも後輩を傷つけたことは承知してください」
「分かった。もう二度と山下には近づかないよ。四月には僕が東京に出てさようならだ」
 その宣言が事実かうそかには関係なく、僕が負けたことはたしかだった。山下がはずかしめを受けたのに反撃することもできなかった。
 なにより山下がうずくまっているのに、優しく助け起こすこともできていないのだ。
 山下はなにを考えているのだろうか。布団のなかでどんな顔をしているのだろうか。正直いまの山下に触れるのが怖かった。
 僕が本当の女の子ならば、傷ついた人の格好を気にせず、相手の理屈なんて気にせず、同情して心配して抱きしめることができるのに。男がさわったら、もっと傷つけてしまいそうで怖いのだ。
 ぐずぐずしていたけれど喫茶店に来てから十分も経っていなかったと思う。結局山下は自分で自分をなんとかした。向こうを向いたまま山下が窓際に立ったものだから、僕たちも驚いて立ちあがった。
 山下が布団を足もとに落とした。春の日に照らされて、肩、わき腹、腰のラインが浮かびあがる。
「今日あったことなんてなんでもないよ。僕がとても怖いのは……、僕たちが、僕たちでいられないことなんだから」
 僕は目をおおった。山下は男みたいな屈辱的な装いをしていたのに、その体は――、女の子としてかわいらしかったのだ。
 こんなきれいなピンク色、見たことがない。

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挿絵:シガハナコ

<つづく>

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