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いつだって僕らは 1-10  by 猫野 丸太丸

10.
 後日、三人でカラオケボックスに集まったとき、和久がなにか言っていたと思う。
「国吉さんは山下の写真を撮らなかったそうだ。誘拐の連中もだ。面白がって写真を撮ったという証拠があれば、事件をいじめとして訴えることもできたんだが……。さすが、抜かりがない人だ」
 僕はうなずいた。和久はたぶん、本気で国吉さんを追及する気がないだろう。
 篠塚は黙って、右拳と左手のひらを打ちあわせることが多かった。きっと悔しさを噛みしめていたのだと思う。でも腕力でなんとかなったかは僕にも分からない。
 山下は春休み中、カラオケボックスに来るのを休んだ。口では平気なように言っていたけれど、やはりふんどし事件のことがショックだったのだ。ただし国吉さんに対して被害意識を持ったのではない。ふんどしを身につけたことで、自分が結局は男なのかもしれないと思い知らされた。それが致命傷だった。
 山下は本気で女になりたかった。カラオケボックスではみんな山下を女の子として扱ったから、山下自身もほとんど願いが叶ったみたいに感じていたかもしれない。でも外の世界からの介入で、幻想は一気に崩された。
 極端な話、国吉さんがいなかったとしても、いつかは同じ恐怖を感じたと思う。たとえば受験に必要な願書、証明書、履歴書。どうして名前の横にはかならず性別を書く欄があるのだろう。男か女か分かったところで個人が識別できるわけじゃなし、窓口係の人は相手が女性だったらナンパしようとでも思っているのだろうか、意味のない慣習である。あれのせいで僕らはいつも自分が自分でないような先入観に悩まされる。戸籍から書き換えない限り一人前の女になれないのかと考えてしまうのだ。
 世の中にはそういう障害がいっぱいある。和久も篠塚ももう、ただ国吉さんと戦えば山下を救えるとは思っていないだろう。
 では僕たちは、親衛隊はなにから山下を守ればいいのだろうか?
 薄暗い部屋で、和久の青白い顔が浮かんだ。
「俺は甘かった。本気を出していなかった」
 篠塚もうなずいた。
「俺もだ。もっとやれることがあったはずだ」
 そうだ。山下を悲しい目にあわせないためには、まだやれることがあるはずなのだ。ただ僕には、それがなにか分からなかった。

 四月。クラス替えがあり、僕らはばらばらになった。和久と僕はそれぞれ別のクラスだ。やはり運命は厳しい。篠塚が山下と同じクラスになってくれたことが、せめてもの救いだった。
 始業式のあれこれが午前で終わったので、僕は校門に自転車を立てかけてから皆を探した。篠塚はすぐに校舎から出てきた。ほかの生徒がいやがらせしてこないことをたしかめてから、僕は篠塚に近づいた。
 山下は、篠塚の後ろにいた。背中に隠れるように歩いてくる。僕に気づくと顔だけ出してえへへと笑った。表情は……、良かった、平常通りだ。
「……無事か?」
「だいじょうぶだよ、新しいクラスも楽しそうな雰囲気だったし」
 山下の「だいじょうぶ」は当てにならない気がしたが、本人が言うのならばそれ以上聞き返せない。とりあえず篠塚が自信のある表情をしていたので、僕は質問相手を変えた。
「和久は見かけたか?」
「ああ、職員室に行ったよ」
「なんで?」
 篠塚は僕を通学路の端に引っぱっていき、ほかの生徒に聞かれないようにささやいた。
「今からでも俺たちのクラスを同じにできないか交渉するってよ」
「うわ、無理だろ」
「まぁ無理かもしれないが、その場合、ほかにもやりたいことがあるってことだ」
 ほかにもやりたいこと、か。きっと山下を助けるための計画だろう。国吉さんの重石がとれて、和久もようやく実力を発揮できるようになったのだ。
 篠塚が照れくさそうに言った。
「……それでな。俺もちょっとやりたいことがあるわけよ。だから今から学校に戻る」
「いまから? なにを?」
「思い立ったが吉日ってね。俺も親衛隊として山下の安全を守りたいんだ」
 面と向かって言われたので、山下は長袖から出た指を頬に当てて驚いた。
「本当に? ありがとう!」
 山下は寂しい表情を出さなかった、むしろ本気で喜んだのかもしれない。篠塚は得意げに笑い、僕に向かってもにやっとした。
「というわけで、山下の身辺警護は新井に頼む。窮屈かもしれないけれど、毎日ついてやってくれよな」
 そう言って篠塚は学校に戻ってしまった。
「ちょっと待ってよ? 新学期一日目なんだし、久しぶりに皆でカラオケボックスで集合、とかじゃないのか? あれ?」
 僕の抗議は全く相手にされず、そのまま山下と僕、ふたりで残されてしまった。
「……身辺、警護か」
 車道側に立ち直して、おそるおそる山下の顔を見た。もちろん初詣のときとか、用事があるときにふたりでいたことはあるけれど、なにもないときに山下とふたりきりになったのは初めてだ。とりあえず山下の表情は不満そうではない。
「どうしようか、カラオケボックスは……、待っていても和久や篠塚が来なさそうだし」
「どうしようね」
 しかたがなくかばんを構えて、足の向いている方へ歩きはじめた。山下はいっしょに歩くと、努力している感じの早足になってしまう不思議な子だ。僕はすこしゆっくりめに歩いてみた。国吉さんだってこのくらいはしていただろう、負けてはいられない。
「えーと」
「なにかな?」
「あ、いや、うん。春休み中、どうだった」
「親戚の家に行ったり、お母さんと買いものに行ったり」
「そうだよな。家でずっと寝ていたわけじゃないよな」
「新井くんってそうなの?」
「いや、暇なときはゲームとか……、遅くまでやって朝寝してしまうこともあったかも」
 いったい僕はなにを話しているのだろう、こんなの高校生男女の会話じゃない。でもほかに話題がない。国吉さんは楽しそうだったのにと、いちいち国吉さんが比較対象に思い出されるので腹が立つ。
 和久は得意な交渉でがんばろうとしている、篠塚もきっと得意分野に打ち込むのだろう。僕の得意分野は……。
「そうだ、用事があった」
 僕は立ち止まって手をたたいた。
「行きたいところがあるんだ。山下も来て手伝ってくれないかな」
「いいけど?」
 行き先を知られたくなかったわけではないが、僕はて山下を先導するのに裏道を何回も曲がった。何度も行っている場所なのになぜか道に迷いそうな気分がする。やがて知らない下り坂が、逆を向くと見慣れた登り坂になって、昼下がり、常緑樹で奥が見通せないような大きな公園に出た。
 公園には入り口に立て看板があって、白い建物への道順が示されていた。
「図書館? 本を返しに行くの?」
「いいや。僕なりの積極的行動さ」
 結局のところ、僕はピンチのときも本を読むくらいしかできない。
 静かな図書館の閲覧室で、僕は備え付けの重いパソコンを操作した。キーボードで「性転換」「女装」「ゲイ」という単語を打ち込むと、二十冊くらいの題名が画面に映った。
 明らかに関係ない本を省いて、「性差」や「トランスジェンダー」でも検索してみる。
 たちまち閲覧机の上には、大小の本が積み上がった。山下は驚いて本の束を持ち上げて、その重さに二度驚いている。
「たくさんあるんだね……」
「辞書でエッチな単語を引く中学生の延長だけれどな。なにかつかめるかもしれないさ」
 そう、僕にとってはこんなことも第一歩だ。
 周囲に級友がいないかをすばやく確認してから、机にどっかと座って読み始めた。
 フェミニズムについての本は、激しい主張がなにやら奥深そうなのだけれど僕の役には立たなかった。検索すると必ず出てくる神話の歴史本もそうだ。ヤマトタケルや北欧神話の女装がトランスジェンダーの源みたいに書かれているけれど、軽くて、気ままで、どこか山下とは違う気がするのだ。
 ただ気になる内容もあって、それはネイティブ・アメリカンで女装の祭司をしていた人たちの話だった。ネイティブ・アメリカンには巫女みたいな人たちがいて、それがなんと女性として生きる男性だったらしい。しかも自分の意志で「僕は巫女になるんだ」といって女の服を着て、仲間からも女性として扱われていた。別に体を手術する必要も戸籍を書きかえる必要もなく、そういうふうに伝統で決まっていたのだ。
 ところがアメリカが現代化して、一般の社会にゲイのコミュニティーができてしまった。巫女さんはずっと昔から女装をしていたのに、村を出たらもっと大きな女装のグループがあって、自分との違いを感じてしまう。自分らしさを追い求めていたはずなのに、自分とは別の女装世界が外に広がっていて、結局は世界に適応するか反発するかを迫られる……。
 僕はこの話に、ちょっと共通点を感じた。
 山下にとって、世間でよく言われている性同一性障害の「治療」をすることが唯一の解決法なのだろうか。男性から女性になった人たちは、普通に会社員になる人もいるけれど、まだまだ将来の就職先が水商売であることが多いという。水商売をしている山下……。僕は顔をあげて、机に座っている山下を見つめた。とうてい想像がつかない。
 どちらかといえばテントの村で、ネイティブ・アメリカンの服を着て。
「僕、今日から女の子になります」って皆の前で宣言。毛皮の着物を縫ったり、バッファロー料理をお鍋で煮たりしているのが似合いそうなんだ。
 次の小さな本に取りかかった。肩をいからせた女性の写真が表紙のその本は、レスビアンについて書かれていた。同じ内容を以前も読んだことがある、僕は知っている。レスビアンの人って、女好きである以前にまず男嫌いである。世界は男に支配されていて女の一生はどこもかしこも男の影響を受けざるを得ない。女性の体は男に見られる、嗅がれる、触られることをいつも強いられている。だから男というものを完全排除しなければ、自分の幸せはやってこないのだ……。
 脚本も俳優も全員女性の劇団、全員女性の映画、全員女性の小説を、レスビアンの人は作る。ときとしてトランスジェンダーの男性をも排除することがあるという。僕に含まれるあの異物が、彼女らを不幸にする。
 僕は不安な考えを止めて別の本を開いた。今度は性自認が男だけれど同性愛の、硬派のゲイについての本だ。女になる気はない、むしろ男が好きな人たち……。国吉さんが思い出されて気後れしたけれど、読んだらためになる内容が多かった。とくに男子校のような男社会で、どうして女装やゲイが避けられるのかについて書かれた文章が参考になった。
「ホモフォビア、っていうんだ」
 男子校や男子の運動部はゲイやなよなよしたものを嫌うことが多い。単なる好き嫌いではなく、極端に憎むことすらある。なぜだろうか、ということが分析されているのだ。じつは男の集団は、ゲイを排除することで男臭さをより強く尊重し、楽しんでいるのではないか。そうやって、かえって純粋な男同士の濃密な関係を求めているというのだ。
「そっちのほうがよっぽどゲイっぽいじゃん」
 僕はそうつぶやいてみたが、さすがに思い当たることがあったのか山下が青ざめている。いけない。僕は考えて、そっと言ってみた。
「国吉さんにされたこと。まだつらいか?」
「ちょっとは、ね。でもだいじょうぶ」
 元気よく返事されたので僕のほうが鼻白んだ。
「またそういうこと言って。山下はもうすこしスキを作らないように行動してほしいな」
「待ってよ、僕のしたことは反省しているから。誘拐されたり襲われたりで、みんなには心配かけたと思っている。でもね、国吉さんは……。あのときの国吉さん、自分が普通と違うことを分かっていて、僕に話してくれたんだ」
 山下は話し始めた。
「国吉さんは分かっていたんだよ。男の子が好きだってことが男子校でばれたら大変なことになるって。自分のためにも学校のためにもならない。だから三年間ずっと我慢していた。なにもせずに、自分がいちばんしたいことを忘れたつもりになるのがいいと思っていた」
「どうだか」
「僕を誘拐する計画を聞いたのも偶然だったらしいよ? だけれど急に、自分にもなにかできるんじゃないかって感じた。どうしてそんなこと思うのか分からないまま、体が勝手に動いたんだって」
 山下の穏やかな声はいつも耳にしみこむ。否定しようという気持ちが、ぐらぐら揺れた。なぜなら山下が口にした感情には、聞き覚えがあったからだ。
 山下のことを考えただけで体が勝手に動く。同性愛とか男の友情とかいう呼び名とは関係なしに、僕にはそれが当たり前の感情のように思えてしまう。
「国吉さん、正直に言ってくれた。もしも僕のことをかわいいと思っていなかったら、助け方にも違いがあっただろうって。下心と呼ばれてもかまわない、男はお姫様を助けたくなるものだ……。ごめんね、僕もなんとなく分かるんだ。それって僕にも男の部分が残っているからかな?」
 分かる、か。理解しようと思えばできるという考えと、でもむかつく、気持ち悪いという感情が僕の中に両方ある。
「一方的に意見を押しつけられたんじゃないよ? ふたりでいっしょの気持ちになれたわけでもなかった。国吉さんは僕自身の気持ちを聞いてくれた。それで違いを分かってくれたんだ。僕の気持ちはあくまで同情であって、愛情じゃないねって。だからもうなにもしないって誓ってくれたんだ」
 僕の中にあるむかつきは、僕自身にも向けられる可能性のある感情だ。僕と国吉さんとは違う。違う理由を考えればいくらだって思いつく。けれど、それは意味のあることだろうか……。
「だいじょうぶ?」
 山下が言ったので、僕ははっとした。今度は僕のほうがつらい表情をしていたようだ。
「ごめん、コメントしづらい。その話は置いておいて別の本を見てみないか」
 山下はうなずいて、いちばん大きな版の書籍を山から引っぱり出した。
 表紙を見て手を止めた。それは明らかにフルカラーで写真もいっぱい載ってそうな図鑑だ。内容は……、形成外科の専門書。性別適合手術についての図解だ。
 これはまずい、と思いながらも、ふたりでのぞきこまざるを得なかった。患者さんがどうどうと股を開いている写真を見てしまっていいものだろうか、犯罪的な気分になってくる。
「ほとんどエロ本だね」
 と冗談めかしてつぶやいてみたものの、雰囲気はすこしも和らがなかった。山下の指がページに触れる。ちょっとでもその部分にさわるのではないかとどきどきする。指先から伝染しそうで怖い。
 切られて、翻転(ほんてん?)されて、埋めこまれる。山下が女になったら、本当にこんなふうになってしまうのだろうかと想像してしまう僕の脳が気まずかった。もうやめようぜというひとことが出てこなくて、山下が解説文までじっくり読みこんでいるのを阻止できない。
 最後のページが閉じられたとき思わずため息が出たとしても、僕ははずかしいやつじゃない。
 山下が頬を赤らめて言った。
「すごかったね」
「ま、まぁな。将来のことを考えるのに役に立つかと思って」
 僕はなにを言っているのだろう! ひとり自爆してうつむく僕に、山下は優しく答えた。
「うん! 勉強になったよ」

<つづく>

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