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いつだって僕らは 1-11  by 猫野 丸太丸

11.
 ふたりで出かけるこの奇妙な体験は、しばらく続くことになった。なぜなら和久と篠塚が放課後忙しくなって、なかなか来られなくなったからである。
 和久は生徒会でなにかしているらしい。篠塚は驚いたことに柔道部に復帰した。そして二週間後のカラオケボックスで、ふたりは僕たちに報告に来た。
「先生の職員会議と、生徒会で話しあってもらった。まぁ、国吉さんがやったことを引き継いだようなものだが……、もう山下が集団に襲われることはない」
「柔道部のみんなも協力してくれるぜ。悪いことには加担しないし、ピンチになったら助けてくれるってさ」
 僕は驚いて目を見張った。
「いいのかよ、そんなことおおっぴらに言ったらからかわれるだけ、というか、理解してもらえるなら苦労はしない、というか……」
「国吉さんのことがあった時点で、事件は明らかになっていたんだよ。である以上、積極的に学校に安全を求めても良かったんだ」
 理屈はその通りだ。山下はあと一年間この高校に通うのだし、今後の安全を手に入れる必要は絶対にある。
 たぶんお願いしただけでは相手はぴんと来ていないだろう。男が性的に襲われるということは、世間では全く受け入れられない現象なのだ。性的な事件で男は加害者にしかなりえない。それが常識、当たり前とされている。被害者になる男は被害妄想だ、それとも自分から襲われたい同性愛の気持ちがあったのだと見なされる。
 これまで事件に関係しなかった人たちからすれば、山下の身にどんな危険が迫ったかなんて想像できないことだろう。でも校内でアクションを起こせばちょっとでも安心感が手に入るではないか。ふたりの気持ちはなんとなく分かった。
 和久や篠塚は僕のような孤独な人間ではない。そのことをつい忘れがちになるけれど、ふたりの行動力はさすがだった。ただ理屈では分かっても、僕の心にはどうしても違和感が残るのだ。
 一方山下はありがとう、ありがとう、と何回も頭を下げた。僕はつい
「ごめんな、僕はなにもしなくて」
 と言ってしまう。篠塚は僕の背中をやっぱりたたいてくれた。
「なに言っているんだよ、新井が山下をしっかりガードしてくれたから俺たちが自由に動けたんじゃないか。これからも頼むぜ」
 これから? と僕が疑問に思ったら、和久が真剣な表情で切り出した。
「じつはやらなければいけないことがあるんだ。前にもちらっと言ったが、海外に行く」
 これには僕だけでなく、山下や篠塚も驚いた表情を浮かべた。
「なんで海外? あれか、人生勉強に行くってやつか? 大学から行くんじゃないのか」
「そうだ。大学は海外でと考えていたんだが、なにも待つ必要はない。海外は同性婚だってできるくらい日本より進んでいるからな。山下が幸せになる方法、きっと見つけてみせるさ」
 僕はとまどって皆を見回した。山下はしゅんとした顔をしていた。
「じゃあもう和久くんには会えないの?」
「会えるよ、もちろん。休みには帰国するし、メールも送るからな。報告を期待していてくれ」
 留学のことは前から考えていたようで、何回話しても和久は決意を変えなかった。僕は念のため尋ねてみた。
「和久の親は……、なんて言っているんだ? 息子が性転換について調べるために海外に行くって言ったら」
「直接は理由を言っていないさ。だがうちの親は理解があるからな。きっと大丈夫だよ」
 結果論としてこのときの和久の判断は最善だっただろう。だがそれを言っても始まらない。正直僕は寂しさを感じていた。
 積極的に幸せを探しに行くのも大事だけれど、離ればなれになるのはやり過ぎである気がした。不安なときこそ、和久のようなしっかりした仲間が山下のそばにいることは意味がある気がしたのだ。
 ましてや和久だけでなく篠塚もいなくなるならなおさらだった。じつは山下の安全をお願いしにいったとき、最初は柔道部の反応が冷たかったらしい。たしかに部を勝手に辞めた篠塚の言葉では反発もあっただろう。しかし篠塚は必死に頼みこんだうえに下級生扱いでいいから復帰させてくれと約束し、そのうえ現役部員相手に十人抜きをやってみせたというのだ。
 篠塚の同性愛疑惑はたちまち撤回された。なぜなら
「同性愛かもしれないけれど、愛する相手は山下限定だから柔道部に対しては安全だし、役に立つ」
 と認められたのだ。……そんな言い草はひどい冗談だったとしても、なにより篠塚の純粋な愛が、男集団の心をも揺さぶったのかもしれない。
 その結果篠塚は柔道部や、さらに仲の良い剣道部まで協力を取り付けることに成功した。しかし代償として高校生でいる期間のぎりぎりまで柔道部に貢献する義務を負った。
 和久と篠塚に「それじぁあな」と言われたとき、僕には言い返す言葉がなかった。寂しいとかなにかがおかしいとか、口に出しても良かったかもしれない。
 放課後に和久と篠塚が顔を出せなくなったせいで、カラオケボックスの集まりは分解した。

 僕は己の責任に従って、ほぼ毎日山下の下校につきあった。しかしあっけないことに、事件が起こらなければ護衛とはひまなものだ。なにかして山下を楽しませたかったが、図書館にそう何回も用事があるわけではない。得意な国語についても、TS小説の話題は話が盛りあがりづらかった。相手が同じ本を読んでいないと意味が通じないし、ましてやTS恋愛ものの話なんてしたら……、僕が山下と恋愛したがっているみたいじゃないか!
 もちろん僕だって妄想をそのまま話したりはしない。でもTS物語に恋愛要素は必ず出てくる。そのたびに
「これって山下とのことを遠回しに言っていると思われるんじゃないか?」
 と気になるのだ。しかたなく僕たちがやったことは、いっしょに勉強だった。なんてくそ真面目なおつき合いなんだ!
 でも幸運にも父さんが出張で、絶対に家に帰ってこない日があった。そんなときは女装した山下が家に遊びに来て、録画した映画をいっしょに見ながら話をしたのだ。
 山下はカーペットのうえでひざを抱えて、小さな猫みたいになって画面を見つめている。スカートからちょこんと出たソックスの足がかわいらしい。あまり食べていないのか、お腹とかも細いままだった。
 山下は国吉さんから受けたダメージを回復できただろうか。自分が結局は男かもしれないという、恐れを。地方の映像を見ながら、僕は励ますつもりで言った。
「篠塚が休みになったら、旅行なんかいいかもしれないぜ。温泉に入ったりさ」
「温泉かー。どうだろうね」
 僕は気づいた。他人に肌をさらすシチュエーションは山下にまずいではないか。
「そ、それじゃ和久が夏休みに帰ってきたら海に旅行かな。南の島とかで」
 南の島に行ったら海水浴ではないだろうか。それもだめだ。僕は頭を抱えた。山下は微笑んで、とりなすように言った。
「もし行けるんだったら、インド洋に素敵な島があるんだって。珊瑚礁で無人島に小屋が一軒だけあるんだ。ガイドさんが船で送り迎えしてくれるとき以外は本当に誰も通りがからないんだよ。そんな島で、みんなで遊べたらなぁ」
 僕は思いうかべた。無人島で四人、誰の目も気にせず楽しく過ごす様子を。海で、僕たちは太陽に肌をさらす。誰が誰に日焼け止めを塗る、なんていう冗談もあるかもしれない。
 でもそのとき僕たちが着ている水着は男物だろうか、女物だろうか?
 山下も「みんなで泳げたらなぁ」とは言わなかった。こっそり歯を噛みしめる僕の顔を山下はのぞきこんで、あくまで微笑んでくれたのだった。

 時の経つのは早くてもう六月。いつのまにか暑い日も混じるようになっていた。夏服で僕らは登校した。山下は長袖を着ていて、半袖が見られるのは体育の時間くらいだった。
 なにかが変わったわけではない。ただ変わらない日々が、すこしずつやすりのように僕たちの残された時間を削っていく、そんな気分を登校時に感じることがあった。
 休日のない六月、父さんが仕事休みを取って、進路指導の三者面談に出てくれた。湿っぽい面談室に僕と父さんは並んで座って、汗かきの先生が顔をふくのを眺めた。
 将来の進路を聞かれて僕は答えた。
「えっと、まぁ普通の大学に入れればいいと思います。それから、できれば普通の会社に入れれば」
 先生はため息をついた。
「このご時世だから普通の会社に就職できれば御の字だとは分かるが、もうすこしがんばらないと普通だって手に入らないんだぞ」
 父さんも苦笑いした。
「うちの子にももっと覇気があればいいんですがね。でなければ一家を支える強い男にはなれない」
 僕はその言葉にふたつの意味で疑問を持った。一家を支える強い男なんて今どき存在しないし、家族が信じてもいない。それから、僕に覇気がないわけじゃない。就職先に「女の子」っていうのがあったらすぐにでも覇道を進むだろう。なのにこちらの気も知らず、先生なんて
「クラスの誰某が『なんで男の就職先にお嫁さんがないんですか』などと言うものだからどやしつけてやりましたよ」
 と冗談めかして言う。僕は冷や汗まじりの苦笑を浮かべた。
 未来。どうなるのだろう。僕には分からない。普通の会社に就職して、普通の家庭を築く。普通の「家庭」だって? それだって奇跡に近い確率だ。ひょっとしたら独りで、なににもなれなくて、こんな自分は違う、本当の自分じゃないと歯を食いしばる毎日かもしれない。
 父さんとは別々に帰っても良かったけれど、いっしょに帰ることにした。
「大学は東京のどこかに行ってくれよ」
「そりゃ東京のどこかだけど。家から通えるし」
「気にせずに下宿してもいいんだぞ。……『絶対に○○大に行きたい』ってのはないのか」
(女子大に行きたい、女子大に行きたい)
 靴を直して、顔をあげて僕はどきりとした。山下がいつもと同じく校門そばで僕を待っていたのだ。しかし今日は、後ろにお母さんが立っていた。面談が僕らと同じ時間だったのか。ごまかすひまもなく、山下は僕の顔を見てうれしそうに名前を呼んだ。父さんが先に反応した。
「ああ、君はいつもの。ということはとなりはお母様、かな」
 おたがいの親が頭を下げた。僕は近寄るでもなく、逃げるでもなくその場に立ちすくむ。いや、大丈夫だ、山下のお母さんが出てきたからといって、TS趣味のことが父さんにばれるとは限らない。親ふたりはなにか話をしている。
 会話に口をはさんだほうが安全か、それともかえって危険かが分からない。山下本人はのんきに僕に話しかけてきている。
 そのとき僕と山下の携帯電話が同時にメール着信を知らせた。またこんなときに、と取り出したら読む前に山下が叫んだ。
「これっ、和久くんからだよ!?」
 題名をチラ見した僕はあわてて山下を引っぱった。たぶん、父さんからは離れているのが正解だ。そして息を落ちつかせると、たがいの携帯を見せ合った。どちらも同じ、和久からの文面だった。
 題名は「緊急」。本文にたったひとこと、書いてあった。
「TS薬を 見つけた!」
 まるでなにかの漫画で、賢者の石を見つけたときのメッセージみたいだった。

<2章につづく>

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