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クジラの人魚姫 7-9 by.黒い枕
重い沈黙が二人の間に流れていた。
煌びやかな、天の川を連想させる青色の長髪。
大きく波打つ巨大な乳房。
顔のパーツに至っては、文句を付けようものなら海の神のお怒りを受けそうなくらい完璧で。
まるで女神がそのまま具現化したかのような絶対的な美貌だった。
上半身は絶世の美女で、下半身は神秘的な美しさに溢れている人魚の女性。
そして、その金色の瞳をちょくちょく覗き込む少年。
ぴちぴちぴちぴち――っ!
(うん……我ながらダメだ! 死のう! 死ぬほど恥かしいぃいいい!!)
人魚の美女こと白方クジラは多少軽やかになった胸元を揺らし、耳と足――正確には尾――に生えたひれを動かす。
無意識なのだろう。 ぴちぴち――と水気を帯びた音が響き続ける。
「……っ」
ぴちぴち、ぴちぴちぴちィィ!
耳以外まったく『白方セラス』と同じ美貌が、眉尻を切なく歪め屈辱に赤らんでいた。
(何が頼むだ! お願いだ! た、助けてっ――なんて悲鳴まで、あ、あげてっ! ええい、俺の意気地なし! ううっ、どうしよう…………セシリウスにぃ、顔がっ、合わせられないじゃないかっ?)
頭が冷えれば冷えるほど、先ほどの自分の焦りと狼狽が許せなくなる。
まだ存在感たっぷりの胸の弾みと、跳ね続けるひれの音が、心の恥辱に追い討ちをかけた。
言葉も無い――否。
それどころか息すら隠したいとばかりに火照り残る女体をクジラは縮み込まらせた。
「……」
ソワソワして落ち着きのない彼を、人間の少年の姿をしているセシリウスは無言で見つめる。
普段とは打って変わって、喜怒哀楽のない表情。
不敵な笑みが消失した、色々な意味で馴染み深い顔がクジラの意識を手放さなかった。
「…………」
「…………」
無言のやり取りは二十分以上、経過していた。
ただ完全な無言とは少し――違う。
「大丈夫……?」
優しい響きの声がした。
「あ……っ」
近づく彼女の存在にクジラは気が気ではない。
折角、少しだけは収まった体の火照りが蘇り、心音が煩く胸元で木霊する。
たぷん、と胸を揺らしながら、クジラは歪な笑みで応えた。
「だっ大丈夫、だ。 あ、ありがとう」
「そう、ならいいわ」
そして、また奇妙な沈黙が続く。
こちらから話しかけることもなければ、あちらから必要以上に話しかけることもない。
――が、それでも最後まで看病するつもりらしかった。
五分に一度は体調を訪ねてくるのだ。
(はあぁ~~っ。 話しかけられない方が気は楽だけど――にしても小さくはなったけど……まだ大きいよ、これっ)
今回のことで唯一幸運だったのは人魚化と同時に胸の膨らみが多少なりとも引いたことだろう。
元から大きいセシリウスの胸だが、それでも前よりは邪魔ではない。
小振りで可愛いとさえ思える、恐らくはEカップ級の乳房だ。
(で、できれば沙希くらいのおっぱいが良かったんだけど……)
もっとも、実際の平均――日本の女子高校生の標準――よりも大きいことは変わらずだった。
胸を引っ張る重みも軽減しているとは言え、消失した訳ではない。
心地よい疼痛も健在で、恥かしげに眉尻を歪める彼は己の乳房を睨む。
(……んあっ、んん! も、もう! 感触とかは変化なし、かよ……あっ、ん……)
女性の肉体は元少年の精神には強烈過ぎた。
結局、規格外に大きくても許容できる程度ぐらい育っていても、少年の心であるクジラにとって恥かしいことには変わりなかった。
汗でべっとりと癒着するブラの感触に彼の顔は赤みを強める――。
「んっ……はぁっ……はんっ……んぁっ」
「ねぇ」
「わあっ!?」
ぴく、ぴく、ぴくん、ぴくん――ぴち、ぴちぃっ!
唐突の言葉と、急接近したセシリウスの顔面に、彼は胸元と尾ひれを弾ませる。
寝耳に水とは正にこのことだった。
「あうっ、あううっ!? なっ、なに……なにっ? あっ、あの、そのっっ!」
胸元の感覚に意識を集中していただけに、脳裏は恥かしい気持ちで一杯となってしまう。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないっ。キミさっきと言い、少しお子様すぎるわよ……反応が」
「わ、悪かったなっ――っていうか、誰のせいだっ。 誰の! いつもいつもおっぱい触りやがって! もぉ、揉むなっ! お、お前は知らないかも、し、し、しれないけど、あれは――」
「セクハラでしょ? それぐらい知っているわよっ。 もう初でカワイイわね」
「……っ、兎に角……胸さわるなっ、は……恥か、しいんだからっ……」
憎しみ込めて睨むのだが、彼女は飄々としていた。
負けじと反論しようとするが、にししっ、と明るく笑うと――こんっ!
「あうっ」と悲鳴を漏らし、クジラは額に手を当てる。
彼女からのデコピンだった。
「あはは、可愛いっ」
「お、おまっ! 悪戯がすぎるっ!」
「……さて冗談はおいといて」
「冗談じゃない! 悪意すら感じたぞっ!? この……いじめっ子がっ!」
優しいのか、イタズラ好きなのか。
セシリウスの本当の心情が分からなくなり、不安が頭を過ぎる。 妙な寂しさも覚えた。
そして同時に言い知れない胸の高鳴りが身体を焦がしていく。
とくん……とく、ん。
(……なんなんだよ……この気持ちは――っ)
「だ、だからだな! い、いくらお前の体だとは言え、そ、そのもう少し慎みを、と言うか、抑えって言うか。……だ、第一に何が面白いんだよ……男の俺をおちょくってっ!」
借り物である身体の感触に意識が奪われていることを隠したく、大袈裟に身振り手振りを加えて抗議する――が、しかし。
「こ、この野郎! な、なんとか言えよ――って聞けよ、おい!」
無視された。
熱っぽく染まった頬も、たゆんと揺れる乳房も、そして煩く跳ねる尾ひれも――自分の行動の全てを一瞥しただけで済まされて、クジラはさらに訳の分からない焦燥感に陥った。
一方で、セシリウスは不適な笑みを何時も以上に感情が読めないモノへと変える。
そして、ここぞとばかりに――。
「頼むから今後は訳も分からない罰ゲームで胸を揉むなよ? 触るなよ? お、おかしくなり、なりそうなんだ……こっちは。 後出来れば風呂もひとりずつで――」
「いい加減……人体化の術の頻度を下げた方がいいと思うな、あたし」
そう言い放った。
「――――っ! なっ、なにゃっっ!?」
息を詰らせる。
慌てて――八重歯が見えるほどの大口で――文句を吐き出そうとするが、それよりも早くセシリウスは続きを捲くし立てた。
「今回のようなことは……続くと思うよ? ほら、やっぱりあたしの――その体はどこまでも突き詰めても”人魚”なんだから……正直、何か別の方法を考えないと身体が心配なのよね」
そう深刻そうな表情で告げられれば、クジラも考えずにはいられない。
だが、同時に頭は理性と知性を瞬時に拒絶した。
雪のように白く美しい柔肌に鳥肌が立つ。
「それ、には感謝してい、る……本当だ。 う、嘘なんかじゃない。 ――でもっ!」
幼い頃に積み重ねてきた恐怖が彼を縛る。
「こ、怖いんだよっ! 水が! 人魚の体だと尚更、気が狂いそうだっ!」
文句を言える立場ではないと分かりながらも、それでもセシリウスに噛み付く。
恥かしさに震える泣き顔とは違う。
恐れる余りに涙で濡れた形相。 余程、イヤなのだ。 ――人魚の姿で水に触れるのが。
(あ、あん……な、の……もうごめんだっ。 ああっっ!! 考えただけで吐き気が! あぐううっ!)
入れ替わった当初とは違い、本来の調子を取り戻した人魚の身体で、一度だけ海水を浴びたことがあった。
その際の海水の感触。 匂い。 そして、冷たさ。
感覚の衝撃が桁違いだった。
人間とは比べようがない。
自我を丸ごと海に飲み込まれてしまいそうなほど身体が反応を示し――以来、恐怖と不安が頭から離れないでいた。
<つづく>
煌びやかな、天の川を連想させる青色の長髪。
大きく波打つ巨大な乳房。
顔のパーツに至っては、文句を付けようものなら海の神のお怒りを受けそうなくらい完璧で。
まるで女神がそのまま具現化したかのような絶対的な美貌だった。
上半身は絶世の美女で、下半身は神秘的な美しさに溢れている人魚の女性。
そして、その金色の瞳をちょくちょく覗き込む少年。
ぴちぴちぴちぴち――っ!
(うん……我ながらダメだ! 死のう! 死ぬほど恥かしいぃいいい!!)
人魚の美女こと白方クジラは多少軽やかになった胸元を揺らし、耳と足――正確には尾――に生えたひれを動かす。
無意識なのだろう。 ぴちぴち――と水気を帯びた音が響き続ける。
「……っ」
ぴちぴち、ぴちぴちぴちィィ!
耳以外まったく『白方セラス』と同じ美貌が、眉尻を切なく歪め屈辱に赤らんでいた。
(何が頼むだ! お願いだ! た、助けてっ――なんて悲鳴まで、あ、あげてっ! ええい、俺の意気地なし! ううっ、どうしよう…………セシリウスにぃ、顔がっ、合わせられないじゃないかっ?)
頭が冷えれば冷えるほど、先ほどの自分の焦りと狼狽が許せなくなる。
まだ存在感たっぷりの胸の弾みと、跳ね続けるひれの音が、心の恥辱に追い討ちをかけた。
言葉も無い――否。
それどころか息すら隠したいとばかりに火照り残る女体をクジラは縮み込まらせた。
「……」
ソワソワして落ち着きのない彼を、人間の少年の姿をしているセシリウスは無言で見つめる。
普段とは打って変わって、喜怒哀楽のない表情。
不敵な笑みが消失した、色々な意味で馴染み深い顔がクジラの意識を手放さなかった。
「…………」
「…………」
無言のやり取りは二十分以上、経過していた。
ただ完全な無言とは少し――違う。
「大丈夫……?」
優しい響きの声がした。
「あ……っ」
近づく彼女の存在にクジラは気が気ではない。
折角、少しだけは収まった体の火照りが蘇り、心音が煩く胸元で木霊する。
たぷん、と胸を揺らしながら、クジラは歪な笑みで応えた。
「だっ大丈夫、だ。 あ、ありがとう」
「そう、ならいいわ」
そして、また奇妙な沈黙が続く。
こちらから話しかけることもなければ、あちらから必要以上に話しかけることもない。
――が、それでも最後まで看病するつもりらしかった。
五分に一度は体調を訪ねてくるのだ。
(はあぁ~~っ。 話しかけられない方が気は楽だけど――にしても小さくはなったけど……まだ大きいよ、これっ)
今回のことで唯一幸運だったのは人魚化と同時に胸の膨らみが多少なりとも引いたことだろう。
元から大きいセシリウスの胸だが、それでも前よりは邪魔ではない。
小振りで可愛いとさえ思える、恐らくはEカップ級の乳房だ。
(で、できれば沙希くらいのおっぱいが良かったんだけど……)
もっとも、実際の平均――日本の女子高校生の標準――よりも大きいことは変わらずだった。
胸を引っ張る重みも軽減しているとは言え、消失した訳ではない。
心地よい疼痛も健在で、恥かしげに眉尻を歪める彼は己の乳房を睨む。
(……んあっ、んん! も、もう! 感触とかは変化なし、かよ……あっ、ん……)
女性の肉体は元少年の精神には強烈過ぎた。
結局、規格外に大きくても許容できる程度ぐらい育っていても、少年の心であるクジラにとって恥かしいことには変わりなかった。
汗でべっとりと癒着するブラの感触に彼の顔は赤みを強める――。
「んっ……はぁっ……はんっ……んぁっ」
「ねぇ」
「わあっ!?」
ぴく、ぴく、ぴくん、ぴくん――ぴち、ぴちぃっ!
唐突の言葉と、急接近したセシリウスの顔面に、彼は胸元と尾ひれを弾ませる。
寝耳に水とは正にこのことだった。
「あうっ、あううっ!? なっ、なに……なにっ? あっ、あの、そのっっ!」
胸元の感覚に意識を集中していただけに、脳裏は恥かしい気持ちで一杯となってしまう。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないっ。キミさっきと言い、少しお子様すぎるわよ……反応が」
「わ、悪かったなっ――っていうか、誰のせいだっ。 誰の! いつもいつもおっぱい触りやがって! もぉ、揉むなっ! お、お前は知らないかも、し、し、しれないけど、あれは――」
「セクハラでしょ? それぐらい知っているわよっ。 もう初でカワイイわね」
「……っ、兎に角……胸さわるなっ、は……恥か、しいんだからっ……」
憎しみ込めて睨むのだが、彼女は飄々としていた。
負けじと反論しようとするが、にししっ、と明るく笑うと――こんっ!
「あうっ」と悲鳴を漏らし、クジラは額に手を当てる。
彼女からのデコピンだった。
「あはは、可愛いっ」
「お、おまっ! 悪戯がすぎるっ!」
「……さて冗談はおいといて」
「冗談じゃない! 悪意すら感じたぞっ!? この……いじめっ子がっ!」
優しいのか、イタズラ好きなのか。
セシリウスの本当の心情が分からなくなり、不安が頭を過ぎる。 妙な寂しさも覚えた。
そして同時に言い知れない胸の高鳴りが身体を焦がしていく。
とくん……とく、ん。
(……なんなんだよ……この気持ちは――っ)
「だ、だからだな! い、いくらお前の体だとは言え、そ、そのもう少し慎みを、と言うか、抑えって言うか。……だ、第一に何が面白いんだよ……男の俺をおちょくってっ!」
借り物である身体の感触に意識が奪われていることを隠したく、大袈裟に身振り手振りを加えて抗議する――が、しかし。
「こ、この野郎! な、なんとか言えよ――って聞けよ、おい!」
無視された。
熱っぽく染まった頬も、たゆんと揺れる乳房も、そして煩く跳ねる尾ひれも――自分の行動の全てを一瞥しただけで済まされて、クジラはさらに訳の分からない焦燥感に陥った。
一方で、セシリウスは不適な笑みを何時も以上に感情が読めないモノへと変える。
そして、ここぞとばかりに――。
「頼むから今後は訳も分からない罰ゲームで胸を揉むなよ? 触るなよ? お、おかしくなり、なりそうなんだ……こっちは。 後出来れば風呂もひとりずつで――」
「いい加減……人体化の術の頻度を下げた方がいいと思うな、あたし」
そう言い放った。
「――――っ! なっ、なにゃっっ!?」
息を詰らせる。
慌てて――八重歯が見えるほどの大口で――文句を吐き出そうとするが、それよりも早くセシリウスは続きを捲くし立てた。
「今回のようなことは……続くと思うよ? ほら、やっぱりあたしの――その体はどこまでも突き詰めても”人魚”なんだから……正直、何か別の方法を考えないと身体が心配なのよね」
そう深刻そうな表情で告げられれば、クジラも考えずにはいられない。
だが、同時に頭は理性と知性を瞬時に拒絶した。
雪のように白く美しい柔肌に鳥肌が立つ。
「それ、には感謝してい、る……本当だ。 う、嘘なんかじゃない。 ――でもっ!」
幼い頃に積み重ねてきた恐怖が彼を縛る。
「こ、怖いんだよっ! 水が! 人魚の体だと尚更、気が狂いそうだっ!」
文句を言える立場ではないと分かりながらも、それでもセシリウスに噛み付く。
恥かしさに震える泣き顔とは違う。
恐れる余りに涙で濡れた形相。 余程、イヤなのだ。 ――人魚の姿で水に触れるのが。
(あ、あん……な、の……もうごめんだっ。 ああっっ!! 考えただけで吐き気が! あぐううっ!)
入れ替わった当初とは違い、本来の調子を取り戻した人魚の身体で、一度だけ海水を浴びたことがあった。
その際の海水の感触。 匂い。 そして、冷たさ。
感覚の衝撃が桁違いだった。
人間とは比べようがない。
自我を丸ごと海に飲み込まれてしまいそうなほど身体が反応を示し――以来、恐怖と不安が頭から離れないでいた。
<つづく>
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