fc2ブログ

Latest Entries

子供の神様 (3) by.アイニス

(3)

 一生分の溜息を吐いている気がする。まさか両親が伍良を女の子だと認識しているとは思わなかった。もし騒ぎ立てていたら、病院に連れて行かれただろう。そういった意味では、茫然として助かったかもしれない。
「……急いで着替えて神社に行こう」
 部屋で裸になろうとして、伍良はカーテンを閉めた。着替えを見られたら恥ずかしい気がした。パジャマと下着を脱ぎ捨てると、滑らかで白い肌が現れた。静脈が青く透いて見える。部活動に勤しんでいたのに、日焼けの跡なんてなかった。
「肌が白過ぎて気持ち悪いな」
 苦笑いをしながら、適当な服を探す。一番小さな下着を穿いたが、ウエストが緩くて脱げそうだ。ふっくらとした尻が見えそうになっている。ズボンの丈が短いスポーツウェアを着ても、脚の大部分が隠れてしまった。
「これでいいか」
 女性用の服なんて持っていないのだ。悩む時間が惜しい。
 普段の運動靴を履いて出かけようとして、足が抜けて転びそうになった。ディッシュを靴に詰めて、どうにか足を安定させた。
「……道が広く見えるな」
 同年代の女子と比べても背が低くなってそうだ。歩き慣れた道でも横幅が広く感じられた。
「何か買っていくか」
 途中にあったコンビニに立ち寄った。神社に住む女の子のみすぼらしい姿を思い浮かべる。あの様子ではろくに食事もしてないだろう。
「機嫌を取った方がいいだろうしな」
 詫びというには乏しいが、パンとジュース、それに駄菓子を買っていくことにした。
「はぁ、遠い」
 走れば神社なんてすぐに到着するのに、女の足では時間がかかった。体力が落ちているようで、額から汗が落ちてくる。空を燦々と照らす太陽が恨めしい。神社に近づくにつれて、緊張で足が震えそうになってくる。怖がりになったみたいで、自分が不甲斐なかった。
「すぅ、はぁ」
 深呼吸をしてから、神社の敷地に足を踏み入れる。長く伸びた雑草が太股に届きそうだ。神社の戸は開きっ放しになっている。足音を殺して近づくと、床を鳴らす規則正しい音がした。
(綺麗な声だな)
 耳を澄ますと、童歌が聞こえた。鈴を転がすような声だが、歌声には寂しさが混じっている。ずっと聞いていると、胸が締めつけられた。
 戸からそっと中を窺うと、少女がサッカーボールを手まりのようについている。一人寂しく遊んでいた。昨日とは違って、物悲しい姿だった。
「ちょっといいかな。お邪魔するよ」
 途中で邪魔をするのは躊躇われて、手まり歌が終わるまで伍良は待っていた。歌声が終わった瞬間を見計らって声をかける。
「き、聞いておったのか!」
 不意を受けたらしい。驚いた少女はボールを手から落とした。見る見るうちに少女の顔が赤く染まっていく。羞恥に悶えたかと思うと、般若のような顔になっていた。
「小僧、昨日の今日で顔を出すとはいい度胸じゃ」
 伍良の姿は昨日と全く違う。服装は男のものでも、顔を見れば女にしか見えない。それでも、少女は伍良を昨日と同じ人間だとわかっているようだ。明らかに伍良の姿が変身したのは、少女が原因だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「問答無用!」
 少女の剣呑な雰囲気にたじたじとなる。謝る隙を与えてくれない。
「どうやら呪いが足りなかったようじゃ。神の怒りを思い知るがよい」
 小さな手が伸ばされる。怨念の塊のような黒い霧が、伍良に向けて放たれた。反射的に身を竦めたが、黒い霧は伍良には当たらない。素通りして後ろで拡散していた。
「な、何をしたんだ?」
 体をぺたぺたと調べる。女のままではあるが、それ以上の異常はないようだ。それだけに少女のしたことが恐ろしい。
「この周辺を枯れ野原にしてやったわ。収穫を失った村人に石で追われるがいい。豊穣の神を怒らせた罰じゃ」
 憎悪に瞳を燃やしていたが、少女の足元はふらついている。何かの力を使ったことで、消耗しているようだった。
 少女の剣幕に驚いて、伍良は神社から出て外を眺めた。青々としていた雑草が枯れて、茶色く倒れていた。除草剤を使っても、生命力が強い雑草を一度に枯らすのは難しいだろう。
「はぁ、見事なものだね」
「そうじゃろう」
 感嘆の言葉を吐くと、少女は自慢そうに腕を組んだ。怒りを吐き出したことで、多少は落ち着いたらしい。
「これなら草刈りの必要はないね。便利だなぁ」
「お、お主は何を言っておるのじゃ」
 伍良が感心してみせると、少女は呆気に取られたようだ。剣呑だった気配が和らぐ。この周辺は住宅が密集していて、田畑なんてまるでない。それに神社の敷地の隅では、雑草がまだ青く茂っていた。効果は限定的なものらしい。
「この季節だと学校のグラウンドにすぐ雑草が生えるからなぁ。手伝ってもらいたくなるよ」
「神の力を便利に使おうとするな」
 少女は頬を膨らませたが、声には元気がない。ぎゅるるぅっと少女の腹がけたたましく鳴った。かなり空腹のようだ。腹の音を響かせた少女は、恥ずかしそうに赤面した。
「はぁ、妾は疲れたから、今日はもう寝る。小僧もさっさと帰れ」
 不貞腐れたように言って、少女は神社に引きこもろうとした。
「待ってくれよ。話がしたいんだ」
「お主と話すことなど何もないわ」
 少女は不愛想な声で、取り付く島もない。
「そ、そうだ。空腹だと思ってパンを買ってきたから食べてよ」
「米ではないのか。まぁ、貢ぎ物なら受け取ってやらんこともないぞ」
 声は不機嫌そうだったが、少女の目はパンに釘付けだ。コロッケパンを袋から取り出すと、匂いを嗅いで少女の鼻がひくひくと動いている。口の端から涎が垂れそうになっていた。
「貢ぎ物だから食べてよ」
 興味のない振りをする少女の態度に吹き出しそうになる。伍良は笑いを噛み殺していた。
「そこまで言われては仕方ない。パンは好みではないが、受け取ってやろう」
 電光石火の速さで少女の手が伸びた。顔の半分が口になったと思うくらいの勢いでパンに食らいつく。取り返されるのが怖いとでもいうように、ほとんど咀嚼しないで丸呑みしていた。
「誰も取らないよ」
 少女の勢いに苦笑する。よほど空腹だったらしい。
「うっ、うううっ」
 パンを飲みこもうとして、少女は呻き声を出していた。バタバタと手足を振って、顔が赤くなっていく。細い首ではパンの塊が喉を通らなかったらしい。少女は胸を叩いているが、一向に楽にならないようだ。顔が土気色になったのを見て、慌てて伍良はジュースを差し出した。
「うっく、ごく、ぷはぁ! ぜぇ、ぜぇ、危ないところだったわ」
 受け取ったペットボトルを逆さまにして、少女はジュースを口に放りこむ。どうにか喉からパンが流れたようで、荒い息を吐いて肩を上下させていた。
「久方ぶりの供物であったからな。思わず我を忘れたわ」
「どれだけ食べてないんだよ」
「十年、あるいは二十年か。もはや数えておらぬぞ」
「は、はぁ」
 からかうような口調で言ったのだが、月日の長さに唖然となった。冗談には聞こえない、寂しそうな横顔をしていた。
「食事をしている最中なら話を聞いてやろう。何の用じゃ」
 少女はパンを小さく噛み千切りながらもそもそと咀嚼している。つまらなそうな声だったが、話を聞いてくれる気にはなったらしい。
「まずは名前を教えてよ。俺の名前は伍良だ」
「近頃の若者は不勉強だのぉ。もしくは注意力が足りないというべきか」
 少女の声には呆れが混じっていた。
「確かに成績はいい方じゃないけどさ」
 体を動かすのは得意でも、頭を働かせるのは苦手だ。
「鳥居に書いてあったはずじゃ」
「柱が腐って倒れていたよ」
「そ、そうじゃったな」
 泣き崩れるかと思うくらいに少女の顔は悲しみに満ちていた。鬼の形相をしていた人物と同じには見えなかった。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://okashi.blog6.fc2.com/tb.php/14966-fc45223a

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

FANZAさんの宣伝

 

初めての人はこちら

ts_novel.jpg

 

性の揺らぎに関する作品でお勧めのもの

ts_syouhin_20090318225626.jpg

 

性の揺らぎに関する作品(一般)

ts_syouhinもと

 

FANZA専売品コーナー

ブログ内検索

 

最近のコメント

プロフィール

あむぁい

  • Author:あむぁい
  • 男の子が女の子に変身してひどい目にあっちゃうような小説を作ってます。イラストはパートナーの巴ちゃん画のオレの変身前後の姿。リンクフリーです。本ブログに掲載されている文章・画像のうち著作物であるものに関しては、無断転載禁止です。わたし自身が著作者または著作権者である部分については、4000文字あたり10000円で掲載を許可しますが、著作者表記などはきちんと行ってください。もちろん、法的に正しい引用や私的複製に関しては無許可かつ無料でOKです。適当におだてれば無料掲載も可能です。
    二次著作は禁止しません。改変やアレンジ、パロディもご自由に。連絡欲しいですし、投稿希望ですけど。

 

全記事表示リンク

月別アーカイブ

 

最近の記事

 

カテゴリー

新メールフォーム

イラスト企画ご案内

20080810semini.jpg

 

リンク

RSSフィード

2023-06