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子供の神様 (6)~(10)総集編 by.アイニス

(6)

「大儀じゃったな。次はお主の望んでいた女体じゃ。褒美として好きに触るが良い」
 体を洗うのは任せようと思ったが、瑞穂は踏ん反り返って座っていた。どうやら最後まで世話をしなければならないらしい。
「子供を触っても面白くないけどな」
「遠慮しなくていいぞ」
 小さく溜息を吐く。面倒だとは思ったが、これも女性に触れる機会の一つだろう。泡立たせたタオルで背中を擦りながら、ぺたぺたと瑞穂の体を撫でてみた。肉の薄い体ではあるが、女ということで多少は柔らかい。
「タオルで擦ると次々と垢が出てくるなぁ」
 薄汚れた肉が削れていくようで気味が悪い。背中や首、肩を順繰りに磨いていく。次はいよいよ胸だが、期待できる膨らみはない。まだ自分の胸を見た方が興奮できた。
「絶壁か」
「失礼な言葉が聞こえた気がするぞ」
 遠慮なく胸を撫で回したが、膨らみは乏しかった。触っていて悲しくなる。憐れみの目で瑞穂を見てしまった。
「女神の体を触れるとはお主は運が良いぞ。末代まで誇れるわ」
「瑞穂と関わったこと自体が俺の不運だよ」
 もごもごと口の中で呟く。貴重な体験かもしれないが、早く男に戻りたい。
 瑞穂の全身を洗い終わってシャワーをかけると、肌が漂白したように綺麗になっていた。新雪のような眩しさがある。見違えそうだった。
「見られる姿になったじゃないか」
 田んぼで遊んで泥塗れになったような姿が、見栄えのするものになっていた。これなら神の使いには見えるかもしれない。
「神々しかろう。さて、お主を見ていて、設備の使い方はわかったぞ。妾が手ずから洗ってやろう。光栄に思うが良い」
「う、うん、頼むよ」
 神様でも知らないものは試したいようだ。好奇心で目が輝いている。位置を入れ替えて伍良を座らせると、瑞穂はシャワーのボタンを押した。
「湯がすぐに出てくるとは、やはり便利じゃなぁ」
 髪をしっかりと濡らすと、瑞穂は丁寧に手を動かし始めた。変な洗い方をするかと警戒していたが、きちんと髪を洗っている。昨夜は寝汗が酷かったので、髪を洗い流されるとすっきりとした気分になった。
「妾の洗い方も様になっておるだろう。次は体も洗ってやる。感謝するといい」
「任せるよ」
 尊大な物言いに苦笑しながら、伍良は体も瑞穂に任せることにした。肩や背中をタオルで洗い終わると、瑞穂は体の前面を手で洗い始める。小さな手がちょこちょこ動いてくすぐったい。
「うっ、はぁ、体の前は自分で洗うよ」
「元は小僧だったと思えぬくらいに小娘の胸は大きいな。豊穣の力が作用した結果か。妾も昔は小娘より大きかったのだ。少し悔しいぞ」

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挿絵:菓子之助

「ちょっ、ちょっとそんなに揉むなよ」
「お主の背丈は縮んだというのに、胸は成長しておるな。忌々しい限りじゃ」
 腹を撫でていた瑞穂の手が胸に移っていた。泡塗れの手で乳房を揉むように触ってくる。どうやら瑞穂の胸より大きいのが気に入らないらしい。
「そんなことを言われても困る。俺が意識して大きくしたわけじゃないぞ」
「わかっておるが、力を使ったせいで妾の胸は縮んだのじゃ。胸の実りを奪われた気分だぞ」
「逆恨みもいいところだ。ひゃぅ、あふっ、変な気分になるからあまり触らないでくれよ」
「取り返したくもなるわ」
 恨みがましい目で瑞穂は伍良のおっぱいを揉みまくっている。柔肉を奪えないか画策しているようだ。伍良の乳房のサイズは平均的だと思うが、まるで胸がない瑞穂にとっては腹立たしいのだろう。
「こっ、こらっ、あぁん、んふぅ、くそっ、変な声が出そうになるぞ」
 胸肉を揉まれると感じたことのない熱が広がって、声帯が変な風に震えてしまう。今まで発したことのない悶えた声が漏れてしまった。耳に届いた声は伍良が出したとは思えない可愛らしいものだ。別人のような声を聞いて、羞恥心を刺激された伍良は頬を真っ赤にしていた。
「なんじゃ、感じておったのか」
「はっ、はぁ、そんなことはない」
 正面の鏡に映った顔は目が潤んでいる。羞恥に頬を染めた少女の姿は、保護欲を刺激する愛らしさだ。とても自分自身には見えない。
 瑞穂は手を止めてくれたが、胸には奇妙な熱が疼いていた。安心したのは確かだが、僅かに惜しいと思う気持ちもあった。得体の知れない気分になりそうで、伍良は大きく息を吐いて熱を放出していた。
「ふぅ、誰も見てないな」
 恥ずかしい声を聞かれたかと思ったが、幸いなことに気づいた人はいないようだ。女の子同士のちょっとした戯れだと思ってくれたのかもしれない。
「大衆がいる前でお主に喘がれても困るな。今は大人しく洗ってやろう」
「初めからそうしてくれよ」
 溜息に近いような声で頼んだ。瑞穂は悪戯をしなくなったが、股間を触られた時には赤面した。小さな指で割れ目を擦られただけで、背筋に震えが走って尻が浮きそうになる。変に敏感で息が熱くなりそうだ。
「これでよかろう。隅々まで綺麗にしたぞ」
「うん、ありがとう」
 体を洗ってもらうだけで、気疲れしてしまった。女の体に慣れる気がしない。
「いい湯加減じゃ。生き返るような気がするぞ。はぁ、極楽じゃなぁ」
「俺にとっては少し熱く思えるな」
 手足を伸ばして、瑞穂は湯を堪能していた。感嘆の声を漏らしながら、表情を緩めて幸せそうな顔をしている。久しぶりの入浴を楽しんでいるようだ。
 体が縮んだせいで伍良には少し湯が熱く思えた。熱の浸透が早いようで、すぐに体が茹だってしまう。長湯をしていると、頭がくらくらしそうだ。
「ふぅ、俺はもう出るよ。脱衣所で待っているから」
「早いのぉ。妾はしばらく湯を楽しんでおるぞ」
「別に急ぐ用事はないから、ゆっくりしていてよ」
 瑞穂を綺麗にするという目的は果たしたのだから、長湯までする必要はないだろう。小さな神様が喜んでいる姿を見ると、連れて来て良かったとは思う。
 伍良は先に浴室から出ると、脱衣所でスポーツウェアに着替えて待っていた。瑞穂の衣服の洗濯もそろそろ終わる頃だろう。
「湯に入るだけで気持ちが大らかになるな。さっぱりしたわ」
「……それはいいけど、少しは拭いてきてよ」
 びしょ濡れのまま瑞穂が浴室から出てきた。曲がりなりにも神様なので、人に世話をされて当然だったのだろう。手間のかかる子供を相手にしている気分で、伍良は瑞穂の体をタオルで拭いてやった。
「妾の衣服はどうしたのじゃ?」
「洗濯をしたよ。少しはましになったはずだ」
「ほぅ、奇妙な箱があるのぉ。人が洗うのではないのか」
 洗濯機をぺたぺたと触っているが、瑞穂には理解できないらしい。首を傾げてきょとんとしている。
「汚れが多少は取れて白くなったかな」
 洗濯機の蓋を開けて中を覗いてみる。黒く汚れていた貫頭衣は、かなり白さを取り戻しているようだ。
「ほら、綺麗になったよ」
「おおぅ、お?」
 白くなった衣服を見て喜んだ瑞穂だが、喜色を浮かべたのは一瞬だった。
「……白くなったのはいいが、ビリビリに破けておるではないか。この衣服にこだわるわけではないが、これでは外を歩けぬのぉ」
 あちこち破れた衣服を見て、瑞穂が微妙な顔で苦笑していた。もう衣服としての形を保っていない。
「うっ、洗濯機の回転に耐えられないほど繊維が脆くなっていたみたいだ」
「便利な機械じゃと思ったが、意外に駄目だのぉ」
「まさかここまでボロだとは思わなかった。浴衣でも借りてくるよ」
 受付のおばさんに頼んで、子供用の浴衣を貸してもらった。今日一日は貸してもらえることになったので、あとで服を買いに行く必要があるだろう。伍良の服も買う必要があるので手間ではないが、思わぬ出費になりそうだ。
「着心地は良いぞ。爽やかな気分じゃ」
 藍色の浴衣を着た瑞穂は、にこにこと笑顔を見せていた。我慢をしてボロ屑のような衣服を着ていたのだろう。無邪気な笑顔を見ていると、服の一つくらい買ってあげるのもいいかと思えてくる。まともな衣服を着ていると、瑞穂はそれなりに見栄えがしていた。汚れが落ちてみれば、可愛らしい顔立ちをしているのだ。
「それは借り物だから、これから服を買いに行こう。俺の服も買わないといけない」
「気に入ったのに残念じゃ」
「似たような浴衣はきっとあるよ」
 簡単な作りの質素な浴衣だが、瑞穂はかなり気に入ったらしい。神様といっても贅沢ではないようだ。
(7)

 ぐっ、ぎゅるるぅっ!
 銭湯を出たところで、小さな体から大きな腹の音が鳴った。瑞穂が少し頬を染めて腹を押さえる。それでも腹の虫は鳴り止まない。
「地響きのような音だなぁ」
「うぐぐぅ、久しぶりに出歩いて体が空腹を思い出したようじゃ」
「昼には少し早いけど、近くに中華そばの店があったな。寄ってこうか」
 羞恥に悶える瑞穂を見て、伍良は笑いを噛み殺した。神様でも空腹は辛いらしい。
「ほおぉう、蕎麦か。蕎麦は妾の好物じゃ」
 瑞穂は目を星屑のように輝かせて、口から滝のように涎を垂らしていた。そばと聞いて食欲を刺激されたらしい。
「口に含んだ時の新蕎麦の香りを思い出すわ。今なら五人前は軽くいけるぞ」
「何か勘違いしている気がするけど、ほどほどにしてくれよ」
「妾は腹と背中がくっつきそうじゃ。早くせぬか」
「慌てなくてもすぐそこだよ」
 中華そばの店に入ると、鶏がらスープの香ばしい匂いがした。昼食には少し早いが、店内にはそこそこ客が入っている。二人なのでカウンター席に座ることにした。
「いい匂いではあるが、蕎麦屋らしく見えない。今はこうなっておるのか」
 納得できない顔で、瑞穂は首を傾げている。店内を見回して戸惑っていた。
「へぇ、特盛を制限時間内に食べると、無料の上に賞品が出るのか。瑞穂がそんなに空腹なら挑戦しても面白そうだよ」
 メニュー表を見て、瑞穂に冗談交じりに言ってみた。料金は高めではあるが、法外というわけではない。
「お主が勧めるならそうしようかのぉ」
「特盛は今のところ完食した人はいないよ。お嬢ちゃんたちには難しいだろうね」
 会話を聞いて、店長らしき人が声をかけてきた。スキンヘッドをした頭に白い鉢巻を巻いている。恰幅がよくて、ちょっと怖い顔つきだ。お嬢ちゃんと言われて、伍良は微妙な顔になる。どうも女の子扱いされるのに慣れない。
「ほほぅ、誰もいないのか、それは面白そうじゃ」
 店長の忠告を聞いて、逆に瑞穂は燃えていた。小さな体なのに、挑発的な目で店長を見ている。
「軽い気持ちでやったら、後悔することになるよ」
「妾は腹が空いておる。今なら米の一俵でも食えそうじゃが、まずくて完食できないということでは困るぞ」
「もちろん味には自信があるよ。一口食べてまずいと思うなら、料金はいらない」
「それは楽しみじゃ。妾はその特盛とやらを頼むとしよう」
 強面の店長が太い眉を怒らせたが、瑞穂は全く怯まないで楽しそうな顔をしている。隣で見ている伍良の方が冷や冷やしていた。
「俺は並盛で」
「あいよ」
 伍良が注文をすると真剣な顔をした店長が威勢のいい声を返してきた。集中力を極限まで高めているらしい。最高の状態で麺を茹でるつもりなのだろう。
「うむむぅ、大丈夫かのぅ」
 料理をする店長の手際はテキパキとして早いのだが、瑞穂は心配そうな顔で見ていた。
「よしっ、完璧だ。時間制限はなしにするから、じっくりと味わってくれよ」
 店長は額に大汗をかいて自信のある顔をしていた。瑞穂の前に大きなどんぶりが置かれる。どんぶりは両腕で輪を作ったくらいに口が広い。半透明をした茶色いスープが並々と注がれて、黄色い麺が大量に泳いでいた。見ただけで満腹になりそうだ。
「これが、蕎麦か……」
 椅子に座ったまま動かず、戸惑ったように瑞穂はスープに顔を映していた。空腹なはずなのに食べる気配がない。
「冷たい蕎麦かと思っていたわ。それに麺の色が違うようじゃ。黄色い麺は初めて見たぞ。お主よ、これは本当に蕎麦なのか?」
「中華そば、ラーメンだね。冷やし中華はまだ時期が早いかな」
「えっ、ええぇぇっ!」
 いきなり瑞穂が店内に響き渡る大声を出したので、何事かと思って大勢の客の目が一斉に向けられていた。伍良は恥ずかしくなったが、瑞穂は周りを見る余裕がないらしい。
「はぁぁっ、妾は蕎麦と聞いて喜んでおったのだぞ。つまりこれは蕎麦とは別物なのか!」
 驚きで目を大きく開いていた瑞穂が、がっかりとした顔で肩を落とす。肺の空気を吐き出して、あからさまに残念そうだった。
「中華そばも美味しいよ。俺は好きだけどなぁ」
「小さい嬢ちゃん、食べてから判断してくれよ。自信作だからさ。冷めてしまったら味が落ちる」
「……うむ、そうじゃな。頂くとしよう」
 瑞穂は気を取り直して割り箸を手に取ると、綺麗に真っ二つに割った。流れるような動作で黄色い麺を箸で持ち上げて口に運んでいる。食事の作法が洗練されていて、思わず伍良は見惚れた。コロッケパンを喉に詰まらせていた少女と同一人物には見えない。
「ふむ、これはこれでありじゃな。小麦の風味が口に広がっていくわ」
 冴えない顔をしていた瑞穂だが、一口食べると頬が緩んでいた。麺を食べ進めるごとに笑み崩れていく。どんどん手を動かす速度が増していた。
「どうだ、美味いだろう」
「うむ、見事なものじゃ」
 店長を賞賛すると、瑞穂はすぐに食事に戻った。夢中になって麺を啜っている。食事作法は乱れてないが、手の動きが早くて残像が見えた。録画した映像を早回ししているかのようだ。小学生のように幼い少女が物凄い勢いで大きな器からラーメンを食べている。その様子に気づいた店内の客は、食事の手を休めて瑞穂に注目していた。固唾を呑んで様子を見守っている。感嘆の溜息があちこちから漏れていた。
「体が小さくなったせいで、満腹になるのが早いな」
 一方で、伍良の食は進まなかった。昼食にはまだ早いということもあるが、体が縮んで胃袋が小さくなっている。以前なら大盛でも楽勝だったのに、麺だけを食べるのがやっとだった。
「ごくごく、ふぅ、馳走になったな」
 瑞穂はラーメンの器を傾けてスープの一滴まで飲み干した。夢から覚めたような顔をして、店内にいた客が一斉に拍手を鳴らす。
「なんじゃ、少し照れくさくなるのぉ」
 店内の客から笑顔と拍手を送られて、照れた瑞穂は恥ずかしそうに頬を染めていた。
「惚れ惚れするような食いっぷりだったぜ。思わず拝みたくなったよ」
「なかなかの腕じゃ。美味かったぞ。これからも精進せよ」
「これは賞品だ。そっちの姉ちゃんの分もサービスするよ」
 瑞穂の食いっぷりに感心した店長は、伍良の分まで料金を無料にしてくれた。店長は封筒に入った賞品を差し出したが、
「お主が預かっておいてくれ」
 瑞穂が伍良に頼んだので、代わりに封筒を受け取った。
「食事と賽銭を捧げられて、妾は久しぶりに満ち足りた気分じゃ」
「こっちもいいものを見せてもらったよ。完食した記念に小さな嬢ちゃんの名前を書いていってくれ。店に飾らせてもらうからさ」
 店長から紙とマジックを見せられた瑞穂は、少しだけ困ったような顔をした。
「駄目かい?」
「そうではない。筆でなければ実力を発揮できんのじゃ」
「ちょうど持っているから貸そうか?」
「悪いね。頼めるかい」
 常連客の一人が書道の道具を持っていて、店長が頼むと快く貸してくれた。筆や墨を見ると、瑞穂の口に笑みが浮かぶ。
「墨の匂いを嗅ぐのは久しぶりじゃ。妹がいた頃は、墨の匂いを嗅がない日はなかったな」
 墨を磨る音が店内に静かに響く。硯に墨を磨る瑞穂は、懐かしさに目を細めている。十分に墨汁を濃くしてから、筆を手に取った。筆を握った瑞穂は、真剣な表情で床に敷かれた和紙と向き合っている。真剣な雰囲気に呑まれて、店内の客が沈黙する。伍良の目には少女の体から白く光った気が放たれているように見えた。
「堂々としているなぁ」
 瑞穂が筆を動かす。素人の目にも筆の動かし方は様になっていた。まるで書道の達人のようだ。
「うむ、これで良かろう。店の繁盛を願っておいたぞ」
 たった二文字を書いただけだが、瑞穂は額からかなり汗を流していた。疲れたような息をしている。和紙には堂々とした筆跡で瑞穂の名前が書かれていた。文字を見ただけで荘厳な気が宿っている気がする。
「はい、ありがとうございます!」
 店長は両手を合わせて瑞穂を拝んでいた。店内にいた客も瑞穂に向けて頭を下げている。雰囲気に流されて、伍良も危うく手を合わせそうだった。店長は本性を知らないから、瑞穂が神々しく見えたのだろう。呪いを受けている伍良は、ちょっと面白くなかった。

(8)

 満足した顔で瑞穂は店を出たが、足元がふらついていた。倒れそうだったので、慌てて伍良が支える。瑞穂の顔色は青ざめていた。
「おいおい、大丈夫か?」
「大事ない。久しぶりに気合を入れたので疲れただけじゃ」
 ゆっくりと歩きながら、瑞穂は深呼吸を繰り返している。顔色は悪かったが、瑞穂の表情は明るかった。
「久しぶりに美味い物を食べた。それに崇められるのは嬉しいものじゃ。つい調子に乗って、力を使ってしまったわ」
「……俺の体を元に戻す為に温存しておいてくれよ」
 伍良は小声で愚痴を言った。店内にいた人々から崇められたので瑞穂の力は少し回復したようだが、店の繁盛を願ってしまったので結局は消耗したようだ。
「何か言ったか?」
「何でもないよ。服を買いに行くか」
 肩で息をしているのに笑顔の瑞穂を見ると、伍良は文句を言う気を削がれた。喜怒哀楽の激しい困った神様だなと思う。
「服を見るのも楽しみじゃ。お主に預けた賞金は好きに使うがいいぞ」
「臨時収入があったのは助かった。もっとも、女の子の服なんて俺にはわからないからなぁ」
 まさか女の子の服を選ぶ羽目になるとは思わなかった。歩いているとおっぱいが服に擦れて奇妙な気分になる。変にむず痒くて落ち着かない。
「今の服の流行は妾にもわからぬ。昔とはかなり変わっているようじゃからな」
 瑞穂の知恵を借りるつもりはないが、服選びには苦労しそうだった。うんざりとした気分でデパートのある方向に向かっていると、級友の一人が向こうからやってくるのが見えた。
「あっ、ミサキチじゃん」
 渡りに船とばかりに伍良は渾名で呼びかけた。級友の名前は、水咲。同じ学区に住んでいるので、小学校の時から見知った顔だ。
「こんなところで会うなんて奇遇だね、伍良君。あれ、伍良ちゃん。あれあれ、伍良君?」
「伍良君がいいな」
「うーん、あたしも伍良君の方がしっくりするよ。何だかおかしいね」
 水咲は少し困ったような顔で首を傾げていた。記憶を改変されているといっても、感覚的なものは残っているようだ。
「頼みがあるけど、時間は大丈夫か?」
 以前なら伍良の方が背は高かったのに、今は水咲を見上げる格好になっていた。変な感じだ。
「部活の道具を買いに行くところだけど、時間ならあるよ」
「悪いけど、俺たちの服選びを手伝ってくれよ。女の服なんて買ったことがないからわからない」
「伍良君は今まで男の子っぽかったからね。少し色気でも出てきたのかな」
 相談内容を聞いて、水咲は悪戯っぽく笑う。からかうように言われて、伍良は口元を歪めて憮然とした顔になった。
「いきなり胸が膨らんで困っているだけだ。本当なら男の服の方が気楽だよ」
「そういえば少し前まではぺったんこだった気がするね。いきなり成長したのかぁ」
 胸の辺りをじろじろと水咲に見られて、伍良は胸を腕で覆い隠したくなった。男だったと覚えてないはずだが、変化した体を観察されるのは恥ずかしい。
「下着もちゃんと選ばないと駄目だよ」
「俺の服は適当でいい。それより瑞穂の服を選んで欲しいな」
 会話の矛先を変えようと、伍良は瑞穂に顔を向ける。女物の下着のことまで考えたら、頭がパンクしそうだ。
「可愛いね。親戚の子?」
「そんなところだ」
「お主は伍良の友達か。妾の名は瑞穂という。よろしく頼むぞ」
「うん、できる限り協力するよ。任せておいてね」
 瑞穂の古風な喋り方を聞いて、水咲はちょっと驚いたようだ。
「少し変わった子だね。珍しい雰囲気をしているよ」
 水咲は耳に口を寄せて、小声で囁いてきた。女の子同士ということで顔の距離を縮めたのだろうが、伍良としては妙にドキドキしてしまった。水咲の息が当たった耳が熱い。
「家庭の事情だからさ。あまり深く詮索しないでくれ」
「わかった。それじゃ三人でデパートに行こうか。うわぁ、ちっちゃくてプニプニの手だね」
「妾を子供扱いするでない」
「そんなことないって」
 水咲は小さな子供にするように瑞穂の手を引いて歩き始めた。瑞穂は頬を膨らませたが、水咲は手を放そうとしない。
「強引な小娘じゃ」
 瑞穂は小さく文句を言って苦笑したが、結局は手を繋がれたままでいる。
「俺の手まで握らなくてもなぁ」
 水咲が瑞穂の相手をしてくれるのは助かるが、伍良の手まで握ってくるとは思わなかった。どうやらスキンシップの多い女の子のようだ。高校生にもなると同級生の女子と触れ合う機会は少ない。伍良は部活動に夢中だったので、特定の女子と仲良くなることもなかった。
「柔らかい手だな」
 滑らかな手の感触が伝わってきて、伍良の心拍が早くなっていた。もっとも、手は差し出すだけで、握り返せない。
「部活で手を使うことが多いから、硬くなっているところもあるよ」
「男の手とは全く違うと思ってさ」
「むぅ、男子と比べられたら素直に喜べないなぁ。伍良君は男子と一緒にいることが多かったから、感覚が男子寄りかもしれないけどね」
 男子と比べられていたと知って、喜んだ顔をしていた水咲が微妙な顔になる。失言にしまったと思う伍良だが、染みついた男の感覚はなかなか抜けない。
「あたしの手よりも伍良君の手の方が滑々しているよ。男子に混じって荒っぽいこともしていたのに傷一つないね。羨ましいなぁ」
「そ、そうかな」
 逆に手を褒められたが反応に困ってしまう。伍良としては頼りない感じがして、どうも落ち着けないのだ。
 デパートの前に到着すると、ようやく水咲は手を放してくれた。ちょっと残念に思うが、安心の方が大きい。変に体に力が入って、肩凝りになりそうだった。
「先に服を選ぼうか。伍良君の服装は体に合ってないみたいだからね。あたしの買い物は後回しで大丈夫」
「悪いな。頼りにさせてもらうよ」
 エスカレーターに乗って女性用の服売り場に向かう。他の用事でデパートに来ることはあっても、伍良が降りたことのないフロアだ。エスカレーターから降りた伍良は、華やかな雰囲気に足が止まっていた。
「今は色んな模様の服があるのぉ。目移りしそうじゃ」
 フロア全体に女物の衣装や小物が置かれている。瑞穂はフロアを見渡して、期待に胸を躍らせて表情を輝かせた。今にもすっ飛んでいきそうだ。
「お主、何を固まっておるのじゃ」
「はぁ、回れ右をして帰りたくなったよ」
 エスカレーターの前から伍良が動こうとしないので、瑞穂は焦れて急かしてきた。場違いな場所にいるようで、非常に居心地が悪い。当然ではあるが、男性客の姿なんてまるでいなかった。
「伍良君は今まで服に関心がなかったから戸惑っているのかな」
「そうだな。母さんが買ってきた服をそのまま着ていたような感じだよ」
「今日はあたしが手伝うから大丈夫だよ。すぐに慣れて楽しくなるって」
「……慣れるのも困るが。ミサキチに任せるよ」
「早くせぬか」
 水咲がいなかったら、服を買う前に逃げたかもしれない。瑞穂に催促されて、伍良は腰が引けた感じで前に踏み出した。どうしても顔が俯きそうになってしまう。
「まずは下着からかな。伍良君はノーブラだよね?」
「えっ、あっ、うっ、そ、そうなるか。でも、ブラジャーなんてしなくていいよ」
「それは駄目だよ。将来的に困るし、胸を痛めることになるよ」
「うっ、ううっ」
 女物の下着まで買うつもりはなかったが、水咲は断固とした口調で言ってくる。知識のない伍良は言い返せない。体中から嫌な汗が出てきて、緊張で胃が痛くなりそうだ。
「誰にだって初めてはあるよ。それにブラをした方が楽だと思う」
「はぁ、わかったよ」
 口では勝てそうにないし、手伝ってもらうのに我儘も言えない。伍良は重い溜息を吐いて、仕方なく頷いた。

(9)

「それじゃ伍良君と瑞穂ちゃんのサイズを測るね」
 試着室は広めの作りだった。瑞穂の体が小さいこともあって、伍良と一緒に入っても空間には余裕がある。水咲はまず瑞穂のサイズを調べていた。ブラジャーを必要とする体型ではないので、あっさりと計測は終わる。時間稼ぎにもならない。
「瑞穂はブラをしなくていいよなぁ。体を交換したくなるよ」
「何だか侮辱されておるようだぞ」
 平面な体を羨ましそうな目で見たのだが、瑞穂は低い声で唸って不機嫌そうだ。
「次は伍良君の番だね。まずは胸のサイズを測るよ。服を持ち上げてくれないかな」
「うっ、むむぅ」
「お主が恥ずかしがっても、気持ち悪いだけじゃ」
 弱った顔で困っている伍良に対して、仕返しとばかりに瑞穂が冷たい言葉をかけてくる。挑発されて頭に血が昇った伍良は、一気にスポーツウェアを脱ぎ捨てた。
「これで文句はないだろ」
 頬を赤くしながら胸を突き出す。服を急いで脱いだので、おっぱいがプルプルと揺れていた。
「へぇ、服の上から見積もっていた大きさより胸があるね。うーん、こんなに立派だったらやっぱりブラジャーをしないと駄目だよ。ノーブラじゃ胸が揺れて困ったでしょ」
「ま、まぁな」
 同年代の女の子に大きく成長した胸を見られて、伍良は恥ずかしくて身悶えしそうだ。虚勢を張っているが、床を転げ回りたくなる。
 伍良の胸を見ていた水咲の視線が腰に移動する。それで安心できるかといえば、逆にピンチに立たされることになった。
「珍しいパンツを穿いているね。今にも脱げそうだよ」
「うぁ……」
 男物のパンツだったことを忘れて、ズボンまで脱いでいた。サイズの合わないトランクスがずり落ちそうになっている。大事な部分が半分くらい見えていた。変わり果てた股間を知り合いに見られて、全身の肌は綺麗な桃色に染まっている。言い訳を必死に考えたが、混乱した頭ではいい知恵など出ない。
「は、はは、父さんのパンツを間違って穿いたみたいだ」
 苦しい言い訳だとは思ったが、照れ笑いで必死に誤魔化す。涙腺が刺激されて泣きたくなった。
「伍良君は年頃の女子の下着をあまり持ってないのかな。これから買えばいいのだから、恥ずかしがる必要はないよ。買い物を楽しもうね」
「う、うん」
 水咲は伍良を馬鹿にすることもなく優しい声だった。安心した伍良は借りてきた猫のように大人しくなる。水咲の指示に従って、両腕を水平に広げた。メジャーが胸に当てられて、おっぱいのサイズが測られる。
「あたしよりも大きいなぁ。左右の形が均等で整っていて、綺麗な形をしているよ。クラスの女子は誰も勝てそうにないね。羨ましいなぁ」
「んんぅ、ふわぁっ、ちょ、ちょっと」
 背後から伸びた手が伍良の両胸を包んでいた。手が微妙に動いて、伍良の乳房を揉んでいる。肌に艶かしい電気が走って、胸の中に微熱が押し寄せてきた。女の子同士の軽い戯れだろうか。変な声が漏れそうで困るが、強く注意もできない。
「いいなぁ、肌の張りがあって適度に柔らかいね。男の子なら誰でも喜びそうだよ」
「ふあっ、くふぅ、お、俺は男になんて興味はないからな」
「伍良君がその気になったら、男子は誰もほっとかないと思うけどね」
「ううぅぅっ、怖くなることを言うなよ」
「可愛く悶える伍良君の顔を見ていると、あたしだって変な気分になりそうだもの。手を放すのが惜しいなぁ」
 残念そうな顔をしながら、水咲は手を放してくれた。軽く揉まれただけなのに、心臓が激しく脈打っている。なかなか胸から微熱が消えなくて、伍良は息を整えるのに苦労した。
「もたもたしておらんで、さっさと服を見に行くぞ」
「瑞穂が焦れているからさ。ミサキチは先に行ってくれよ。俺もすぐに合流するからさ」
「わかった。瑞穂ちゃん、一緒に服を探してようか」
 瑞穂と水咲の姿が試着室からいなくなると、伍良は肩から力を抜いて大きく息を吐いた。
「やばいな。もっとミサキチに揉まれたくなったぞ。危ないところだった」
 水咲の手の感触が残った胸には、まだ甘い熱が揺らめいていた。気をしっかり持たないと、胸に手を当ててしまいそうだ。
「ふぅ、早く着替え直して合流しよう」
 頭を思いっきり振って、怪しい感情を振り払う。スポーツウェアを着直して、伍良は試着室から出た。
「うぅっ、一人だと余計に恥ずかしくなるな」
 きょろきょろと辺りを見回したが、瑞穂たちの姿は見当たらない。一人で婦人服売り場にいると、場違い感が凄まじい。早く合流しないと、場の空気に押し潰されそうだ。
「困ったぞ。なかなか見つからないな」
 背が低くなったことで、遠くのものが見えにくい。陳列した服に隠されて、近くまで行かないと様子が確認できなかった。周囲を女物の服に囲まれて、居心地の悪さが半端ない。
「こ、ここにいたのか」
 瑞穂は水咲と子供用の浴衣を選んでいた。近くを通ったはずだが、最初は気づかなかったらしい。無駄にフロアを歩き回る羽目になったようだ。
「ふらふらしているけど大丈夫?」
「な、何とか。思ったよりも広いな」
「伍良君とは連絡先を交換してなかったね。しておこうか。あたしならいつでも相談に乗るから、気軽に連絡をしてよ」
「そ、そうか。ありがとな」
 頬を少し火照らせながら、水咲と携帯電話の連絡先を交換する。携帯に入っているのは、男子の連絡先ばかりだ。女子の連絡先を簡単に入手できたことにちょっとドキドキしてしまう。サッカーに熱心だった伍良は、女子と交わることが少なかったのだ。
 伍良が水咲と話している間も、瑞穂は真剣な顔で浴衣を見比べている。かなり悩んでいるようだ。
「妾の年では可愛すぎる気もするが、この浴衣の模様が気に入ったぞ。華やかな色合いじゃ」
「瑞穂ちゃんの年齢ならおかしくないよ。似合っていると思う」
「ま、まぁ、いいんじゃないか」
 実年齢を知らないので、水咲は手放しで褒めている。瑞穂が選んだのは、桜色の生地に可憐な花を散らした浴衣だ。伍良の祖父母よりも年齢が高いことを考えると、多少は控えめにした方が無難だと思わなくもない。
「ふん、少しは自重しろと顔に出ておるぞ。生意気な小娘じゃ」
 伍良の顔を見て拗ねた瑞穂だが、早く浴衣を着たくてたまらないようだ。顔に隠しきれない笑顔がこぼれている。
「それじゃ着付けを手伝うね」
「うむ、頼むぞ」
 試着室で借りている浴衣を脱ぐと、瑞穂は丸裸になった。銭湯で丹念に磨いたので、肌が白く輝いている。ただパンツを穿いてなかったので、水咲は困惑したようだ。風呂に入る前の瑞穂は下着らしきものを巻いてはいたが、洗濯でビリビリに破けたのでノーパンだった。
「うーん、パンツは穿いた方がいいと思う」
「そういうものか」
「パンツだけ買ってくるね」
「任せるぞ」
 昔の人間(神様)なので、パンツを穿く習慣はなかったらしい。現代の習慣がわからない瑞穂は鷹揚に頷いて水咲に任せていた。
「これを穿いて」
 水咲はすぐに女児用のパンツを買ってきた。白いシンプルなデザインだ。
「それがパンツか。ほぅ、足を通すだけで簡単に穿けるとは楽じゃのぉ」
 水咲に教えられて瑞穂はパンツを穿いている。見慣れないものでも抵抗はないようだ。
「うむ、穿いた感触も悪くない。生地が伸び縮みするのか」
 瑞穂は感心した声を出している。表情を見る限り、穿き心地には満足したようだ。
「大丈夫そうだね。それじゃ浴衣を試してみようか」
 水咲は瑞穂に浴衣を着せてから帯を結ぼうとしたが、なかなか整った形にできなくて苦戦していた。
「ちょっと待ってね。あまり浴衣を着ないからなぁ」
「帯を貸すがいい。妾がやろう」
「一人でやるのは難しいよ」
「大丈夫だ。見ておれ」
 華やかな帯を受け取った瑞穂は、慣れた感じで手を動かしていた。一瞬も動作が澱むことなく帯を巻いている。瑞穂が手を下ろすと、綺麗な蝶が背中に舞っていた。
「どうじゃ」
「瑞穂ちゃん、凄いねぇ。浴衣も似合っていて綺麗だよ」
「へぇ、上手いものだな。馬子にも衣装だ」
 自信満々な顔で瑞穂は浴衣姿を披露している。朽ちかけた神社で薄汚れていた少女と同じには見えない。面と向かって褒めたくはないが、かなり可愛らしかった。

(10)

「あとは瑞穂ちゃんの髪を整えれば完璧だね。毛先を整えるだけでかなり違ってくるよ」
「しばらく髪は切っておらんからな」
「家に道具はあるから、瑞穂ちゃんさえ良ければあたしが切ろうか?」
「それなら頼めるか」
「うん、任せておいて。伍良君の髪も伸びているからあたしが整えるね。あまり髪型は気にしてないようだからもったいないよ」
「えっ、俺もか!」
 自分に矛先が向くとは思わなかったので、伍良は驚いて声が大きくなった。長くなった髪が邪魔だとは思ったが、男に戻るまでの辛抱だと思っていた。
「うんうん、あたしの家にはリボンとかの小物もあるからね。色んな髪型を試すのも楽しいよ」
「……参ったなぁ」
 純粋な好意で言ってくれたのだから、ここで断るのは気まずい。それに親身になってくれる水咲の気分を損ねるのは得策ではなかった。
「ミサキチには部活の用事もあっただろ。瑞穂を優先して、俺は時間が余ったらでいいよ。迷惑になると悪いからな」
「あたしも楽しいから迷惑なんてことはないよ。伍良君と瑞穂ちゃんは可愛いから、気合が入るなぁ」
 どうにか水咲を押し留めようとしたが、無駄な努力だったようだ。むしろ遠慮したことで逆効果になっている。水咲の情熱に火をつける結果になっていた。
「はぁ、頂上の見えない山を登るようだ」
 まだ女物の服すら試着していない。試練の山が多すぎて、伍良は眩暈がしていた。
「失敗したかなぁ。逃げ帰りたい」
 先にレジで瑞穂の浴衣とサンダルを買った。銭湯で借りた浴衣は、紙袋に入れている。これでもう時間は稼げない。瑞穂の足取りは軽かったが、伍良の足は鉛のように重かった。
「まずは下着コーナーからだね」
「ぐぅ」
 口の中で呻きながら、水咲のあとについていく。色彩豊かな下着が視界に入ると、回れ右したくなった。将来的に恋人ができた時には大人の下着を穿かせようと夢想したことはあるが、伍良自身が女性用の下着を穿く羽目になるとは思わなかった。
「冴えない顔をしておるな。元男としては女用の下着に興奮するものではないのか」
「下着姿の女性を見るのは好きだけどさ。自分自身が着るかと思うとぞっとする」
 女性用の下着を着て喜ぶような変態的な趣味はない。下着コーナーに到着した伍良は、鮮やかな色の洪水に圧倒されていた。直視しているだけで気力が削がれる。
「伍良君はどんな色が好き?」
「色は何でもいいよ。なるべく飾り気がないので頼む」
「えーっ、折角買うのだから、色々と試さないと損だよ。せめて好きな色くらい教えて欲しいなぁ」
 手っ取り早く済ませようと素っ気なく言ったのだが、水咲はそれで納得しなかった。面倒臭い話だが、下着にも気を配らないといけないらしい。男は下着の種類が限られていて選ぶのが楽なのに、女は選択肢が多くて大変そうだ。
「うーん、空の色かな。あ、それに白も好きだぞ」
「青系の色だね。わかったよ」
 サッカーをしていた関係上、青空を見るのが好きだった。方向性が定まったことで、水咲が下着を物色し始める。伍良は虚ろな顔で水咲の様子を眺めていた。
「これなら値段も手頃だし、可愛いデザインかな」
 レースで彩られたブラを水咲が手に取ったので、青ざめた伍良は卒倒しそうだった。派手ではないが敷居が高い。
「お、俺は初心者だからな。シンプルでいい」
「どれにしようか悩むなぁ」
 顔を引きつらせて頼んだが、下着選びに没頭している水咲に声は届かない。水咲の両手にはどっさりと下着の山が抱えられていた。
「これくらいでいいかな」
「それを全部買うのか」
 数え切れない下着の枚数に財布の中身が足りるか心配になった。
「あはは、そんなわけないよ。これから伍良君に試着をしてもらって、いいのを選ぼう」
「……うぁ、マジか」
「微妙にサイズが違うこともあるから、試着しないと着心地はわからないからね。色が良くてもサイズが合わないと辛いよ」
「うぅ、女は大変だな」
「もっとお洒落に前向きになろうよ。色々と試しているうちにきっと楽しくなるから」
 水咲は励ましてくれたが、女の服に喜ぶようになったら末期的な状況だ。男としてはまずい。下着を見ているだけで疲れて、早く男に戻りたいと痛切に思った。
「ふぅ、わかったよ。俺はブラの装着なんてわからないから、一から教えてくれ」
 憂鬱な気分になるが、なかなかできない体験だと思って諦めた。水咲の親切には立ち向かえそうにない。
「うん、任せて。これから必要になることだからきちっと教えるよ」
 試着室で水咲は説明をしながら、青いブラジャーを伍良に着せてくれた。だが、頭が理解を拒んでいる。伍良が正面を向くと、空虚な笑みを浮かべる少女がいた。胸にぴったりと布地が貼り付く感覚は慣れないものだ。
「うわぁ、俺には似合わないなぁ」
 乳房を持ち上げて固定してくれるので楽にはなるが、ブラジャーをした姿を脳が否定していた。
「やっぱりもうちょっと可愛いのがいいよね」
「え、いや」
 伍良の言葉を水咲は勘違いしていた。装飾のない青いブラでも受け入れられないのに、水咲が手に持ったのはリボンで飾られた光沢のあるブラだ。戸惑った声で断ろうとしたが遅かった。
「うわぁ、いいね。抱き締めたくなる可愛さだよ」
「も、もうちょっと大人しいので」
 鏡をちらりと見て伍良はすぐに下を向いた。自分とは思えない可愛い姿に脳が沸騰している。顔が一気に赤く染まって、頭から白い蒸気が出そうだ。

03(2)_2014122913454871c.jpg
挿絵:菓子之助

「いいと思うけどなぁ」
 残念そうに呟いて水咲はブラを外す。精神的に消耗して、伍良は息を切らせていた。
「青系の色以外も選んでみたから。もしかしたら気に入るのがあるかもしれないよ」
「そ、そうだな」
 水咲がブラジャーを十枚近く試着させてくれたが、伍良はまともに正面を見られない。頭が過熱するばかりで、思考が回らなかった。
「これで伍良君もブラの装着は覚えられたかなぁ。そろそろ一人でやってみてよ」
「わ、わかった」
 床に積まれたブラから目を逸らしながら適当な布切れを拾い上げた。手から伝わる布地の感触が艶めかしい。
「うわぁ、伍良君ってそういうのが好きなの?」
「ち、違う。たまたま拾っただけだよ」
 胸にブラを当てようとしたところで、黒くて扇情的なデザインだと気づいた。かなり布地が少なくて薄い。あわあわと手を振って慌てながら、伍良は急いでブラから手を放した。
「やっぱり最初に着たのと似たのがいいな」
 下手なことをして変なブラジャーを買う羽目になってもまずい。伍良は覚悟を決めて、カラフルな山から無難なブラを選びだした。水色で飾り気もない。
「確か、これをこうやって」
 水咲の真似をしてブラを装着しようとしたが、意識が散漫でまるで覚えていなかった。焦るばかりでブラを着られない。
「伍良君、全然違うよ」
「わ、悪いな。また手本を見せてくれよ」
「別に謝ることはないよ。あたしが着るところを見せた方がわかりやすいかな」
 水咲は服のボタンを外し始めた。脱ぐつもりだとわかって、伍良の鼓動が高くなる。緊張と興奮で手に汗が滲んでいた。水咲は躊躇なく服を脱ぎ捨てて、上半身は黄色いブラ姿になる。
「ごくっ」
 健康的な肌を晒した下着姿が眩しく見えて、伍良は思わず喉を鳴らしていた。瞬きもせずに胸を見詰めている。水咲が手を背中に回すと、おっぱいからブラが外れた。
「ちゃんと見ていてね」
「も、もちろん」
 言われなくても、水咲の胸に熱い視線を送ってしまう。白い双丘を彩る桜の花が、若々しい色気を発散していた。股間が熱い。もし男のままなら、確実に勃起していた。
「熱心なのはいいけど、視線が何だか怖いなぁ。危ない気配を感じるよ」
 目を見開いている伍良を見て、水咲は軽く苦笑していた。伍良は鼻息を荒くさせながら、水咲の一挙一動に注目している。同年代の女子の半裸姿を脳に焼きつけていた。
「うぅん、変に緊張するなぁ。まるで男の子に裸を見られている気分だよ」
 水咲は恥ずかしそうな顔をしながら、伍良にわかりやすいようブラジャーをゆっくりと装着していた。
「これでわかりそう?」
「もう一度頼むよ」
 理解はしたが、女の子の着替えは何度でも見たい。
「ううっ、仕方ないなぁ」
 危ない目をした伍良に身震いしていたが、面倒見のいい水咲はもう一度手本を見せてくれた。
「うん、完璧だぜ」
「清々しい笑顔だけど、あたしは悪寒がしているよぅ」
 伍良の脳には今の映像が細部まで記録されていた。これで何度でも繰り返し脳内で上映できる。お世話になることも多そうだった。

20141230初出

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