FC2ブログ

Latest Entries

子供の神様 (7) by.アイニス

(7)

 ぐっ、ぎゅるるぅっ!
 銭湯を出たところで、小さな体から大きな腹の音が鳴った。瑞穂が少し頬を染めて腹を押さえる。それでも腹の虫は鳴り止まない。
「地響きのような音だなぁ」
「うぐぐぅ、久しぶりに出歩いて体が空腹を思い出したようじゃ」
「昼には少し早いけど、近くに中華そばの店があったな。寄ってこうか」
 羞恥に悶える瑞穂を見て、伍良は笑いを噛み殺した。神様でも空腹は辛いらしい。
「ほおぉう、蕎麦か。蕎麦は妾の好物じゃ」
 瑞穂は目を星屑のように輝かせて、口から滝のように涎を垂らしていた。そばと聞いて食欲を刺激されたらしい。
「口に含んだ時の新蕎麦の香りを思い出すわ。今なら五人前は軽くいけるぞ」
「何か勘違いしている気がするけど、ほどほどにしてくれよ」
「妾は腹と背中がくっつきそうじゃ。早くせぬか」
「慌てなくてもすぐそこだよ」
 中華そばの店に入ると、鶏がらスープの香ばしい匂いがした。昼食には少し早いが、店内にはそこそこ客が入っている。二人なのでカウンター席に座ることにした。
「いい匂いではあるが、蕎麦屋らしく見えない。今はこうなっておるのか」
 納得できない顔で、瑞穂は首を傾げている。店内を見回して戸惑っていた。
「へぇ、特盛を制限時間内に食べると、無料の上に賞品が出るのか。瑞穂がそんなに空腹なら挑戦しても面白そうだよ」
 メニュー表を見て、瑞穂に冗談交じりに言ってみた。料金は高めではあるが、法外というわけではない。
「お主が勧めるならそうしようかのぉ」
「特盛は今のところ完食した人はいないよ。お嬢ちゃんたちには難しいだろうね」
 会話を聞いて、店長らしき人が声をかけてきた。スキンヘッドをした頭に白い鉢巻を巻いている。恰幅がよくて、ちょっと怖い顔つきだ。お嬢ちゃんと言われて、伍良は微妙な顔になる。どうも女の子扱いされるのに慣れない。
「ほほぅ、誰もいないのか、それは面白そうじゃ」
 店長の忠告を聞いて、逆に瑞穂は燃えていた。小さな体なのに、挑発的な目で店長を見ている。
「軽い気持ちでやったら、後悔することになるよ」
「妾は腹が空いておる。今なら米の一俵でも食えそうじゃが、まずくて完食できないということでは困るぞ」
「もちろん味には自信があるよ。一口食べてまずいと思うなら、料金はいらない」
「それは楽しみじゃ。妾はその特盛とやらを頼むとしよう」
 強面の店長が太い眉を怒らせたが、瑞穂は全く怯まないで楽しそうな顔をしている。隣で見ている伍良の方が冷や冷やしていた。
「俺は並盛で」
「あいよ」
 伍良が注文をすると真剣な顔をした店長が威勢のいい声を返してきた。集中力を極限まで高めているらしい。最高の状態で麺を茹でるつもりなのだろう。
「うむむぅ、大丈夫かのぅ」
 料理をする店長の手際はテキパキとして早いのだが、瑞穂は心配そうな顔で見ていた。
「よしっ、完璧だ。時間制限はなしにするから、じっくりと味わってくれよ」
 店長は額に大汗をかいて自信のある顔をしていた。瑞穂の前に大きなどんぶりが置かれる。どんぶりは両腕で輪を作ったくらいに口が広い。半透明をした茶色いスープが並々と注がれて、黄色い麺が大量に泳いでいた。見ただけで満腹になりそうだ。
「これが、蕎麦か……」
 椅子に座ったまま動かず、戸惑ったように瑞穂はスープに顔を映していた。空腹なはずなのに食べる気配がない。
「冷たい蕎麦かと思っていたわ。それに麺の色が違うようじゃ。黄色い麺は初めて見たぞ。お主よ、これは本当に蕎麦なのか?」
「中華そば、ラーメンだね。冷やし中華はまだ時期が早いかな」
「えっ、ええぇぇっ!」
 いきなり瑞穂が店内に響き渡る大声を出したので、何事かと思って大勢の客の目が一斉に向けられていた。伍良は恥ずかしくなったが、瑞穂は周りを見る余裕がないらしい。
「はぁぁっ、妾は蕎麦と聞いて喜んでおったのだぞ。つまりこれは蕎麦とは別物なのか!」
 驚きで目を大きく開いていた瑞穂が、がっかりとした顔で肩を落とす。肺の空気を吐き出して、あからさまに残念そうだった。
「中華そばも美味しいよ。俺は好きだけどなぁ」
「小さい嬢ちゃん、食べてから判断してくれよ。自信作だからさ。冷めてしまったら味が落ちる」
「……うむ、そうじゃな。頂くとしよう」
 瑞穂は気を取り直して割り箸を手に取ると、綺麗に真っ二つに割った。流れるような動作で黄色い麺を箸で持ち上げて口に運んでいる。食事の作法が洗練されていて、思わず伍良は見惚れた。コロッケパンを喉に詰まらせていた少女と同一人物には見えない。
「ふむ、これはこれでありじゃな。小麦の風味が口に広がっていくわ」
 冴えない顔をしていた瑞穂だが、一口食べると頬が緩んでいた。麺を食べ進めるごとに笑み崩れていく。どんどん手を動かす速度が増していた。
「どうだ、美味いだろう」
「うむ、見事なものじゃ」
 店長を賞賛すると、瑞穂はすぐに食事に戻った。夢中になって麺を啜っている。食事作法は乱れてないが、手の動きが早くて残像が見えた。録画した映像を早回ししているかのようだ。小学生のように幼い少女が物凄い勢いで大きな器からラーメンを食べている。その様子に気づいた店内の客は、食事の手を休めて瑞穂に注目していた。固唾を呑んで様子を見守っている。感嘆の溜息があちこちから漏れていた。
「体が小さくなったせいで、満腹になるのが早いな」
 一方で、伍良の食は進まなかった。昼食にはまだ早いということもあるが、体が縮んで胃袋が小さくなっている。以前なら大盛でも楽勝だったのに、麺だけを食べるのがやっとだった。
「ごくごく、ふぅ、馳走になったな」
 瑞穂はラーメンの器を傾けてスープの一滴まで飲み干した。夢から覚めたような顔をして、店内にいた客が一斉に拍手を鳴らす。
「なんじゃ、少し照れくさくなるのぉ」
 店内の客から笑顔と拍手を送られて、照れた瑞穂は恥ずかしそうに頬を染めていた。
「惚れ惚れするような食いっぷりだったぜ。思わず拝みたくなったよ」
「なかなかの腕じゃ。美味かったぞ。これからも精進せよ」
「これは賞品だ。そっちの姉ちゃんの分もサービスするよ」
 瑞穂の食いっぷりに感心した店長は、伍良の分まで料金を無料にしてくれた。店長は封筒に入った賞品を差し出したが、
「お主が預かっておいてくれ」
 瑞穂が伍良に頼んだので、代わりに封筒を受け取った。
「食事と賽銭を捧げられて、妾は久しぶりに満ち足りた気分じゃ」
「こっちもいいものを見せてもらったよ。完食した記念に小さな嬢ちゃんの名前を書いていってくれ。店に飾らせてもらうからさ」
 店長から紙とマジックを見せられた瑞穂は、少しだけ困ったような顔をした。
「駄目かい?」
「そうではない。筆でなければ実力を発揮できんのじゃ」
「ちょうど持っているから貸そうか?」
「悪いね。頼めるかい」
 常連客の一人が書道の道具を持っていて、店長が頼むと快く貸してくれた。筆や墨を見ると、瑞穂の口に笑みが浮かぶ。
「墨の匂いを嗅ぐのは久しぶりじゃ。妹がいた頃は、墨の匂いを嗅がない日はなかったな」
 墨を磨る音が店内に静かに響く。硯に墨を磨る瑞穂は、懐かしさに目を細めている。十分に墨汁を濃くしてから、筆を手に取った。筆を握った瑞穂は、真剣な表情で床に敷かれた和紙と向き合っている。真剣な雰囲気に呑まれて、店内の客が沈黙する。伍良の目には少女の体から白く光った気が放たれているように見えた。
「堂々としているなぁ」
 瑞穂が筆を動かす。素人の目にも筆の動かし方は様になっていた。まるで書道の達人のようだ。
「うむ、これで良かろう。店の繁盛を願っておいたぞ」
 たった二文字を書いただけだが、瑞穂は額からかなり汗を流していた。疲れたような息をしている。和紙には堂々とした筆跡で瑞穂の名前が書かれていた。文字を見ただけで荘厳な気が宿っている気がする。
「はい、ありがとうございます!」
 店長は両手を合わせて瑞穂を拝んでいた。店内にいた客も瑞穂に向けて頭を下げている。雰囲気に流されて、伍良も危うく手を合わせそうだった。店長は本性を知らないから、瑞穂が神々しく見えたのだろう。呪いを受けている伍良は、ちょっと面白くなかった。

コメント

修正しました。

訂正

日にちが間違ってますよ! 2月の1日になってます!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://okashi.blog6.fc2.com/tb.php/15213-7e457a55

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

DMMさんの宣伝

 

初めての人はこちら

ts_novel.jpg

 

性の揺らぎに関する作品でお勧めのもの

ts_syouhin_20090318225626.jpg

 

性の揺らぎに関する作品(一般)

ts_syouhinもと

 

ブログ内検索

 

最近のコメント

プロフィール

あむぁい

  • Author:あむぁい
  • 男の子が女の子に変身してひどい目にあっちゃうような小説を作ってます。イラストはパートナーの巴ちゃん画のオレの変身前後の姿。リンクフリーです。本ブログに掲載されている文章・画像のうち著作物であるものに関しては、無断転載禁止です。わたし自身が著作者または著作権者である部分については、4000文字あたり10000円で掲載を許可しますが、著作者表記などはきちんと行ってください。もちろん、法的に正しい引用や私的複製に関しては無許可かつ無料でOKです。適当におだてれば無料掲載も可能です。
    二次著作は禁止しません。改変やアレンジ、パロディもご自由に。連絡欲しいですし、投稿希望ですけど。

 

全記事表示リンク

ブロとも申請フォーム

月別アーカイブ

 

最近の記事

 

ブロとも一覧


■ ブログ名:M物語(TSF小説)

 

カテゴリー

新メールフォーム

イラスト企画ご案内

20080810semini.jpg

 

リンク

RSSフィード

2019-11