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子供の神様 (35) by.アイニス
(35)
「反省しましたか」
「するわけあるかぁ、たわけっ! 一発なら許そうと思ったが、ただで済むと思うなよ!」
女性から解放された瞬間、瑞穂は跳び上がって蹴りを空中に放った。綺麗な放物線を描いて蹴りが女性の顎に直撃する。見事なオーバーヘッドキックだ。顎が砕けそうな一撃を受けて、女性は地面に崩れ落ちた。

挿絵:菓子之助
「みずきぃ、姉に手を上げるとはいい度胸だ。覚悟はできておろうな」
「ひっ、ひぃ」
瑞穂は般若のように恐ろしい顔をして、グリグリと女性の頭を足で踏み潰す。姉という言葉を聞いて、女性は震えながらも顔を上げた。
「も、もしかして瑞穂の姉上様ですか?」
厳しそうな雰囲気が霧散して、女性は瑞穂の剣幕に怯えていた。見た目は親娘のようだが、瑞穂の言う通り姉妹らしい。そういえば妹がいるという話だった。
「もしももかかしもあるか! 見ればわかろう」
「いえ、外見が幼くなっていますし、神力がほとんど感じられなかったので。申し訳ございません」
「もうそれくらいでいいだろ」
伍良は頭を地面に押し付けて謝る女性が気の毒になってきた。もともと勘違いされるようなことをしていたのはこっちだ。伍良が口を挟むと、瑞穂は渋々引き下がった。
「紹介が遅れたな。妾の妹の瑞樹じゃ」
「草木を守り、芸術を司る神、瑞樹でございます」
「ど、どうもご丁寧に。俺は瑞穂の宿主で仁田伍良です」
深々と神様にお辞儀をされて伍良は恐縮してしまった。童女のような瑞穂とは違って、瑞樹は大人の女性なのだ。外見の差というのは大きい。それに瑞樹は姉と違って礼儀正しい性格のようだ。
「妾の神社は壊されてしまったからのぉ。今は伍良のところで居候をしておる」
「姉上様、私のところに来ればいいではないですか」
「狭いところに押しこめられるのは好かん」
「再建した社が狭いのはわかります。ですから、私の神社で一緒に暮らしませんか」
必死に瑞樹は懇願していた。姉想いなのだろう。伍良も瑞樹の申し出は悪くないように思えた。
「瑞樹には感謝しておる。小さくはあるが妾の社を用意してくれたことで、消滅を免れた一因ともなったのだろう」
「それでは一緒に暮らして頂けるのですね」
「すまぬが、そうはいかん。妾は今の人の暮らしを見たいのじゃ。それに伍良に対する責任もある。せめて伍良が生き方を決めるまでは一緒にいたい」
折角の瑞樹の申し出を瑞穂は断っていた。伍良のことを気にはしてくれているようだ。
「それなら瑞樹さんが俺の呪いを解いてくれませんか? 俺が男に戻れれば、瑞穂も気がかりがなくなると思うのです」
瑞穂と違って、瑞樹は神としての力を持っているように思える。姉の為になるならば力を貸してくれそうだ。伍良は男に戻れるのではないかと期待した。
「姉上様は短気なところがあるので、あなたに迷惑をかけたようですね。まずは呪いについて調べさせてください」
瑞樹が伍良の額に手をかざすと温かな光が放たれた。伍良は緊張と期待で顔が強張っている。待つ時間が長く感じられた。
「ど、どうでしたか?」
光の放出が終わると、伍良は待ち切れずに瑞樹に話しかけた。心臓が激しく鼓動して息苦しい。
「調べてみた結果、かなり複雑な呪いのようです。おそらく激情にかられて力を振り絞ったのでしょう。姉上様本人でなければ解呪は難しいと思います」
「そ、そんな、どうにかならないのですか?」
期待していただけに伍良の失望は大きかった。膝から力が抜けて足ががくがくと震える。大地震が起きたかのように平衡感覚を失っていた。
「姉上様ほどではありませんが、私に対する信仰も減っているのです。神としての姿は保っていますが、さほど力はないのですよ」
「名前の通り、瑞樹は草木を司る神なのだ。だが、今となっては芸術の神としての面が大きい。神としての性質を変えて信仰を集め、どうにか力を維持しているのじゃ」
「……神様の事情なんて知りたくなかったよ」
伍良は力なく笑っていた。笑わなければ泣いてしまいそうだ。神様であれば解決策が見つかるかと思ったのだ。
「結局は地道に瑞穂の力を取り戻すしかないのか……」
今までと同じ努力をするだけだと思っても心が挫けそうだった。奉納品を修理して人々の瑞穂に対する信仰を回復する。長い道程だ。ただ信仰の拠点となる社が小さいながらも存在するというのは救いだった。
「ここの敷地は余っているのですか?」
「ええ、この山全てが神社の所有になります。姉上様の住む神社を再建しようと思ったのですが、私の力が足りずに小さな社を建てるのが精一杯でした」
「あまりこの神社も裕福ではないということですか」
「情けない話ですがその通りです」
神社の維持にもそれなりに金がかかるようだ。神主もいるなら人件費もかかるだろう。神としての地位を維持するのも楽ではないようだ。
「つまり金さえ用意できれば、神社の再建も不可能ではないのか……」
土地はもう用意されてあるのだ。神社を管理する神主もいる。神様である瑞樹も陰ながら協力してくれるだろう。つまり信仰の拠点となる神社を再建できる可能性はあるのだ。ここに神社を再建できれば、神の力の源になる人々の信仰も集めやすくなるだろう。
「少しずつではありますが、神社の再建に向けて貯蓄しております。姉上様を待たせるのは恐縮ですが、二十年ほどで再建の目途をつけるよう努力しますね」
「そ、そんなにかかるのか……」
「長い年月を生きる神にとって二十年はさほど長くはない。妾の為に瑞樹が必死なのはわかるが、人の子にとっては長すぎる時間じゃな」
瑞樹の計画はとても悠長に思われた。とても伍良が待ち切れる話ではない。二十年といったら、今までの人生よりも長いのだ。人と神では時間の価値が違っていた。
「信仰を継続的に集めるには神社を建てるのが一番か。俺が金を集めるしかないのだろうなぁ……」
まだ社会に出ていない身の上で大金を稼ぐにはどうしたらいいのか見当がつかない。バイト代を寄付しても焼け石に水だろう。
「俺は賢くないからなぁ。スポーツには自信があるから、プロのサッカー選手になれば大金を稼げたかもしれないけどさ」
女のままではサッカーの才能も持ち腐れだ。伍良は必死に頭を回転させたが、金儲けに繋がるいいアイデアが思い浮かばない。
「力になるかはわかりませんが、あなたには芸術に関する才能もありそうです。私は芸術の神でもあるので、あなたの眠っている才能を開花させることはできますよ」
「神の司ることであれば神力の消耗は少ないとはいえ、なかなか加護は得られるものではないぞ。何かの役に立つかもしれん」
「……大変そうで残していた奉納品の修理もあったか。それに手芸をするのは楽しいから、才能が伸びるなら嬉しいかな」
物作りをするのは楽しいし、完成品が見事ならもっと楽しくなる。それに芸術の才能を生かせば金も稼げるかもしれない。目的の為の手助けになるならどんな力でも欲しかった。
「それでは私の加護を与えましょう。もちろん努力を怠ってはいけませんよ」
瑞樹が呪いを調べた時と同じように手をかざす。温かな光が顔を照らしたかと思うと加護の付与は終わっていた。伍良は体を見回したが、特に変化が起こったようには思えない。
「これで終わり?」
「ええ、これからは芸術に関することであれば、才能が今まで以上に発揮できますよ」
頭の中身が変わったようには思えず伍良は半信半疑だった。ただ瑞樹の顔には疲れが滲んでいる。瑞穂は神力の消耗が少ないとは言ったが、信仰の少なくなった今の世の中では身にこたえるらしい。
「どうもありがとうございます」
伍良は深く頭を下げた。加護の有無はまだわからないが、瑞樹の神社を訪れたことは一歩前進だった。事情を理解して味方になってくれる存在が一人でもいるのだ。神の力で元に戻れなかったのは非常に残念だが、目的を叶える為の指針を決められたのは大きかった。
「反省しましたか」
「するわけあるかぁ、たわけっ! 一発なら許そうと思ったが、ただで済むと思うなよ!」
女性から解放された瞬間、瑞穂は跳び上がって蹴りを空中に放った。綺麗な放物線を描いて蹴りが女性の顎に直撃する。見事なオーバーヘッドキックだ。顎が砕けそうな一撃を受けて、女性は地面に崩れ落ちた。

挿絵:菓子之助
「みずきぃ、姉に手を上げるとはいい度胸だ。覚悟はできておろうな」
「ひっ、ひぃ」
瑞穂は般若のように恐ろしい顔をして、グリグリと女性の頭を足で踏み潰す。姉という言葉を聞いて、女性は震えながらも顔を上げた。
「も、もしかして瑞穂の姉上様ですか?」
厳しそうな雰囲気が霧散して、女性は瑞穂の剣幕に怯えていた。見た目は親娘のようだが、瑞穂の言う通り姉妹らしい。そういえば妹がいるという話だった。
「もしももかかしもあるか! 見ればわかろう」
「いえ、外見が幼くなっていますし、神力がほとんど感じられなかったので。申し訳ございません」
「もうそれくらいでいいだろ」
伍良は頭を地面に押し付けて謝る女性が気の毒になってきた。もともと勘違いされるようなことをしていたのはこっちだ。伍良が口を挟むと、瑞穂は渋々引き下がった。
「紹介が遅れたな。妾の妹の瑞樹じゃ」
「草木を守り、芸術を司る神、瑞樹でございます」
「ど、どうもご丁寧に。俺は瑞穂の宿主で仁田伍良です」
深々と神様にお辞儀をされて伍良は恐縮してしまった。童女のような瑞穂とは違って、瑞樹は大人の女性なのだ。外見の差というのは大きい。それに瑞樹は姉と違って礼儀正しい性格のようだ。
「妾の神社は壊されてしまったからのぉ。今は伍良のところで居候をしておる」
「姉上様、私のところに来ればいいではないですか」
「狭いところに押しこめられるのは好かん」
「再建した社が狭いのはわかります。ですから、私の神社で一緒に暮らしませんか」
必死に瑞樹は懇願していた。姉想いなのだろう。伍良も瑞樹の申し出は悪くないように思えた。
「瑞樹には感謝しておる。小さくはあるが妾の社を用意してくれたことで、消滅を免れた一因ともなったのだろう」
「それでは一緒に暮らして頂けるのですね」
「すまぬが、そうはいかん。妾は今の人の暮らしを見たいのじゃ。それに伍良に対する責任もある。せめて伍良が生き方を決めるまでは一緒にいたい」
折角の瑞樹の申し出を瑞穂は断っていた。伍良のことを気にはしてくれているようだ。
「それなら瑞樹さんが俺の呪いを解いてくれませんか? 俺が男に戻れれば、瑞穂も気がかりがなくなると思うのです」
瑞穂と違って、瑞樹は神としての力を持っているように思える。姉の為になるならば力を貸してくれそうだ。伍良は男に戻れるのではないかと期待した。
「姉上様は短気なところがあるので、あなたに迷惑をかけたようですね。まずは呪いについて調べさせてください」
瑞樹が伍良の額に手をかざすと温かな光が放たれた。伍良は緊張と期待で顔が強張っている。待つ時間が長く感じられた。
「ど、どうでしたか?」
光の放出が終わると、伍良は待ち切れずに瑞樹に話しかけた。心臓が激しく鼓動して息苦しい。
「調べてみた結果、かなり複雑な呪いのようです。おそらく激情にかられて力を振り絞ったのでしょう。姉上様本人でなければ解呪は難しいと思います」
「そ、そんな、どうにかならないのですか?」
期待していただけに伍良の失望は大きかった。膝から力が抜けて足ががくがくと震える。大地震が起きたかのように平衡感覚を失っていた。
「姉上様ほどではありませんが、私に対する信仰も減っているのです。神としての姿は保っていますが、さほど力はないのですよ」
「名前の通り、瑞樹は草木を司る神なのだ。だが、今となっては芸術の神としての面が大きい。神としての性質を変えて信仰を集め、どうにか力を維持しているのじゃ」
「……神様の事情なんて知りたくなかったよ」
伍良は力なく笑っていた。笑わなければ泣いてしまいそうだ。神様であれば解決策が見つかるかと思ったのだ。
「結局は地道に瑞穂の力を取り戻すしかないのか……」
今までと同じ努力をするだけだと思っても心が挫けそうだった。奉納品を修理して人々の瑞穂に対する信仰を回復する。長い道程だ。ただ信仰の拠点となる社が小さいながらも存在するというのは救いだった。
「ここの敷地は余っているのですか?」
「ええ、この山全てが神社の所有になります。姉上様の住む神社を再建しようと思ったのですが、私の力が足りずに小さな社を建てるのが精一杯でした」
「あまりこの神社も裕福ではないということですか」
「情けない話ですがその通りです」
神社の維持にもそれなりに金がかかるようだ。神主もいるなら人件費もかかるだろう。神としての地位を維持するのも楽ではないようだ。
「つまり金さえ用意できれば、神社の再建も不可能ではないのか……」
土地はもう用意されてあるのだ。神社を管理する神主もいる。神様である瑞樹も陰ながら協力してくれるだろう。つまり信仰の拠点となる神社を再建できる可能性はあるのだ。ここに神社を再建できれば、神の力の源になる人々の信仰も集めやすくなるだろう。
「少しずつではありますが、神社の再建に向けて貯蓄しております。姉上様を待たせるのは恐縮ですが、二十年ほどで再建の目途をつけるよう努力しますね」
「そ、そんなにかかるのか……」
「長い年月を生きる神にとって二十年はさほど長くはない。妾の為に瑞樹が必死なのはわかるが、人の子にとっては長すぎる時間じゃな」
瑞樹の計画はとても悠長に思われた。とても伍良が待ち切れる話ではない。二十年といったら、今までの人生よりも長いのだ。人と神では時間の価値が違っていた。
「信仰を継続的に集めるには神社を建てるのが一番か。俺が金を集めるしかないのだろうなぁ……」
まだ社会に出ていない身の上で大金を稼ぐにはどうしたらいいのか見当がつかない。バイト代を寄付しても焼け石に水だろう。
「俺は賢くないからなぁ。スポーツには自信があるから、プロのサッカー選手になれば大金を稼げたかもしれないけどさ」
女のままではサッカーの才能も持ち腐れだ。伍良は必死に頭を回転させたが、金儲けに繋がるいいアイデアが思い浮かばない。
「力になるかはわかりませんが、あなたには芸術に関する才能もありそうです。私は芸術の神でもあるので、あなたの眠っている才能を開花させることはできますよ」
「神の司ることであれば神力の消耗は少ないとはいえ、なかなか加護は得られるものではないぞ。何かの役に立つかもしれん」
「……大変そうで残していた奉納品の修理もあったか。それに手芸をするのは楽しいから、才能が伸びるなら嬉しいかな」
物作りをするのは楽しいし、完成品が見事ならもっと楽しくなる。それに芸術の才能を生かせば金も稼げるかもしれない。目的の為の手助けになるならどんな力でも欲しかった。
「それでは私の加護を与えましょう。もちろん努力を怠ってはいけませんよ」
瑞樹が呪いを調べた時と同じように手をかざす。温かな光が顔を照らしたかと思うと加護の付与は終わっていた。伍良は体を見回したが、特に変化が起こったようには思えない。
「これで終わり?」
「ええ、これからは芸術に関することであれば、才能が今まで以上に発揮できますよ」
頭の中身が変わったようには思えず伍良は半信半疑だった。ただ瑞樹の顔には疲れが滲んでいる。瑞穂は神力の消耗が少ないとは言ったが、信仰の少なくなった今の世の中では身にこたえるらしい。
「どうもありがとうございます」
伍良は深く頭を下げた。加護の有無はまだわからないが、瑞樹の神社を訪れたことは一歩前進だった。事情を理解して味方になってくれる存在が一人でもいるのだ。神の力で元に戻れなかったのは非常に残念だが、目的を叶える為の指針を決められたのは大きかった。
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