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星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」  (5)誤解

(5)誤解-------------------------------------------------------

 開店前のラウンジ。
 二人で手分けしてテーブルを拭いていたヴァイオラは、少し躊躇ってからグレースに話しかけた。

「グレース、昨日はごめんなさい」
「何のこと?」

 グレースはヴァイオラを見ずに、テーブルを拭き続けた。

「だから……」
「別にヴィーが謝る事なんて、何もないわ」
「私、グリィに嫌われているの?」
「そんなことはないわ。私は自分に腹を立てていただけ。ヴィーのせいじゃないわ」
「でも……」
「もう直ぐ開店よ。手を動かして」
「え、ええ……」

 グレースの冷たい態度に、落ち込むヴァイオラだったが、ラウンジが開店すると、ヴァイオラはいつものように、明るく振舞った。
 歌は苦手なヴァイオラだったが、踊りはそれなりに得意で、体の線を強調する派手な衣装に身を包み、客から請われればステージでダンスを披露していた。
 グレースの焼いたパイもいつもどおり、開店間もない時間にすべて出てしまっていた。
 だがこの日、早番の時には開店早々にやってくるグプターが、この日に限って閉店近い時刻になってから現れた。
 しかしグプターがカウンターに座った時、たまたまグレースは倉庫へ明日の仕込みの材料を取りに行っていて、不在だった。
 
「あれ、マスター。今日は、グレースはいないのかい?」
「いま、ちょっと倉庫へ行っています。今夜はずいぶん遅いんですね」
「ああ、たまたま一人欠員が出て、勤務シフトを代わったんだ」
「そうでしたか」
「グレースのパイは、もう無いよね」
「残念ながら」

 そこにヴァイオラがやってきて、グプターの隣に座った。

「こんばんは」
「ああ、君は確か、ヴァイオラ、だったっけ?」
「覚えていてくださって光栄ですわ。グレースは今ちょっと席をはずしているの。代わりに私がお相手するわ」
「い、いや……そうだね。たまには違うラヴァーズと飲んでみるのも悪くないね」
「でしょう? グレースとはどれぐらいの付き合いなの?」
「付き合いというほどじゃ……」
「それなら、私に乗り換えてみる?」
 
 ヴァイオラに明確な意図があったわけではなかった。ただ、グレースの歓心を惹いているこの兵士のことを少しでも知りたかった。
 それに今言ったことは、自由恋愛が大前提のラヴァーズの社交辞令的なセリフのひとつに過ぎず、また遊びなれている者ならば、それを理解しつつ、馴染みのラヴァーズへの不義理はしないのが礼儀でもあった。
 しかしグプターは、少し考えるふりをしてから、話題をそらした。
 ヴァイオラも社交辞令のつもりだったので、その話題からは離れて別の会話を振ってみたものの、グプターとの会話はあまり弾まなかった。グプターは別の何かが気になるらしく、生返事が多かった。
 (あまり楽しい男ではなさそうね……)と、ヴァイオラが適当に切り上げて席を立とうと思ったとき、グプターが言った。

「さっきのことなんだけど」
「何かしら?」
「『私に乗り換えてみない』っていっただろ?」
「え? ええ、でも……」
「それって、“お誘い”をかけても、良いってことかな?」

 逆にヴァイオラが戸惑う番だった。

「たまには気分を変えてみたいんだ。君はとても魅力的な女性だ。“誘って”もいいだろ?」

 グプターはヴァイオラの肩に手を回して抱き寄せようとした。
 そこにタイミング悪く、グレースが倉庫から戻ってきた。

「グプター……」
「グ、グレース。今日は、休みかと思ったよ」

 一目見て、グレースの機嫌が良くない事に気づいたグプターは、苦し紛れに言った。

「ヴァイオラを、“誘った”の……?」
「あ、ああ、た、たまにはと思ってね。ほら、君とヴァイオラは、仲がよさそうだったから……」

 仲のよいラヴァーズ同士なら、互いの馴染みを変えてみることも偶にある。
 馴染みとの馴れ合い過ぎを避ける、一種の刺激のようなものだった。
 だがそれは、当のラヴァーズ同士の暗黙の了解があってのことだった。
 しかし、そういう機微を洞察するほどには、グプターは遊び慣れてはいなかった。

「で、でも今日はやっぱりやめておくよ。もう、帰るよ。明日も早いんだ」

 グレースの様子に、グプターは気まずい雰囲気を感じると、そそくさとラウンジを去っていった。

「グリィ、あ、あのね。私がいけなかったのよ。ほら、社交辞令よ。“誘ってみない”って言っただけなの。まさか、彼が本気にする、なんて……」

 グレースは明らかに怒っていた。
 ヴァイオラは昨日の今日で、グプターから“お誘い”を受けかかっていたことに、気まずい思いを感じていたが、グレースの怒りは爆発した。

「最低よ、ヴィー!」
「誤解よ、グリィ。彼とはまだ何も……」
「あなたはいいわ! 美人だし、人気者だもの、恋人候補なんて掃いて捨てるほどいるでしょう? でも、私はそうじゃないのよ! 折角のチャンスをあなたに邪魔された、私の気持ちがわかる?」
「恋人候補なんて居ないわ、私は男なんかに興味ないの。ラヴァーズなんて、早くやめてしまいたいと思っているわ」
「それならとっととやめてしまえば、良いじゃないの!」
「まだそういうわけには、行かないのよ」
「何よ、私からグプターを奪い取りたいとでも思っているの?」
「私は彼のことなんて、なんとも思っていないわ」
「嘘よ!」
「本当よ。私に群がってくる男達だってそう。ただの遊びだって割り切っている。私は道化師なのよ。」
「そんなこと!」
「でもあなたは違う、前にも言ったでしょう? あなたを愛する人はみんな本気だって。私だって、そうなのよ……」
「何を言っているの? ヴィー。貴女は私のことなんか、なんとも思っていないくせに!」
「酷いわ、グリィ。私、あなたが……」
「もう私に近づかないで! ヴィー!!」
「そんな! 彼のことなら謝るわ。ごめんなさいグレース! でもあんな男、あんな優柔不断な男、あなたにはふさわしくないわ」
「そう? ヴィーはいつもそう言うのね。私が誰と付き合おうと私の勝手じゃない! ヴィーには関係の無いことでしょう?」
「それでも、あの男はグリィにはふさわしくない」
「じゃあ、どういう男性なら私にふさわしいって言うの? 私は男と付き合うのに、いちいちあなたの許可が必要だって言うの? 何の権利があって、そんなこと!」
「グリィ、判って」
「何を判れと言うの? もうたくさんよ、ヴィー! 私はあなたが嫌い! 大っ嫌い! もう私に近づかないで!」
「待ってよ! グリィ! 待って! 私は、本当は……」
「もう知らない! 二度と私に近づかないで!」

 そう叫ぶと、グレースは泣きながらラウンジから出て行ってしまった。
 グレースの言葉にショックを受けたヴァイオラは、呆然と立ち尽くしてしまい、震える足が前に出なかった。
 男からも女からも、罵声を浴びせられた上に“大嫌い”などといわれたことの無かったヴァイオラには、グレースの叫びは鋭い刃となって胸に突き刺さっていた。

「誤解されたままでいいんですか?」
「マスター……」
「本当は、大好きで仕方が無いのでしょう? グレースさんのこと」
「どうして……、マスター」
「こう見えても、人を見る目はあるんです。あなたがグレースさんに向けている眼差しは、他の人へのものとは、違っていましたからね」
「私は、……どうしていいか判らないわ。グリィに、“大嫌い”って言われたの……」
「グレースさんは、心の奥に押し込めていたことを、あなたに言ってしまったんですね」
「私、本当はずっと……。グリィに嫌われていたのね……」
「あなたも、グレースさんにずっと黙っていたことを、言ってみてはいかがですか?」
「私も……?」
「お二人は長い付き合いなのでしょう? ならば隠し事は無い方がいいですよ。きっとね」
「私……」
「追いかけた方が良いと思いますよ。でなければ、一生後悔するかもしれません。グレースさんはああ見えて、なかなかに意思の強い人ですから」
「まだ、……間に合うのかしら?」
「いいものを、貸してあげましょう。これを」

 マスターはポケットから銀色の小さな鍵を出して、ヴァイオラに渡した。

「これは……?」
「グレースさんの部屋の電子鍵です。もちろんいきなり使っては駄目ですよ。どうしても開けてもらえないと思った時だけ、使ってください」
「どうして、マスターがこんな物……」
「ラウンジのマスターには、ラヴァーズの皆さんの安全と保護に責任があるのです。だから万が一必要があった場合に使うことが、許されているのです」
「万が一……?」
「時々自分の身の上に悲観して、自殺しちゃう人も、昔は居ましたからね」
「……」
「こういうものを持っていることは、内緒にしておいてくださいね」
「解ったわ。ありがとう、マスター」
「明日には必ず返してくださいね」
「ええ、きっと明日までには、必要が無くなっているように、私頑張るわ」
「仲直りできると、いいですね。ここはもういいですから、行ってあげて下さい」
「ありがとう、マスター」

 ヴァイオラはマスターから鍵を受け取ると、グレースの部屋へ向かった。

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