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星の海で(9) 「二人のラヴァーズ」 (7)二人
(7)二人-------------------------------------------------------
「……私が、自分の本当の気持ちに気づいたのは、ずいぶん前。養成所をでて最初の艦に配属されてからだったわ」
ヴァイオラの告白に、グレースはまだ頭が混乱していた。
「あなたがうそを言っているのではないということは判ったわ。だけど、よくわからないわ。どうして私なんかのこと……」
「そんなこと……、私にもわからないわよ。でも駄目なの。私にはあなたがいないと駄目なのよ。あなたがいない夜は、いつも泣いていたわ。寂しくて……」
(……ヴァイオラが泣いていた? 私が傍にいない時に?)
それもグレースには信じられないことだったが、つい先ほどまで自分にすがって、赤ん坊のように泣いていたヴァイオラを見た後では、そういうこともあるのかと思った。
「それなら、どうして黙っていたのよ。そんなに前から、私のことが好きだったのなら」
「……だって」
「だって?」
「グリィは、いつも私に優しかったじゃない? だから私の事、疎ましく思っていたなんて、夢にも思っていなかった。だから……」
これにはグレースも返す言葉が無かった。
確かに自分は、今回のようにヴァイオラに“大っ嫌い”などと大声を上げて非難した事などなかった。
ヴァイオラの傍若無人な振る舞いも、子供のようなもう一人のヴァイオラを知っていたからこそ、本心で嫌がらせをしているなどとは、思いたくはなかったのだった。
「私、やっぱりグリィに嫌われていたの? ずっと迷惑だって思っていたの?」
捨てられた子犬のような涙目のヴァイオラに、グレースは正直に答えた。
「ええ、そうね。わがままな子供みたいだと思っていた。他人の前では、大胆に振舞うくせに、どうして私の前でだけは、子供になってしまうのか、私はあなたの保護者なんかじゃないと思っていたわ」
「私は、好きだったから。グリィのこと大好きだったから、甘えてもいいって、勘違いしてた……」
「素直に、そう言えば良かったのに……」
グレースの言葉に、ヴァイオラは後悔するように目を伏せた。
「……大好きだからこそ、躊躇いが必要だったの」
そう言うと目尻に乾きかけた涙の痕を残したまま、今にも泣き出しそうな、けれど精一杯の笑顔で、ヴァイオラは言った。
ヴァイオラは本心を打ち明けて安心したのか、グレースの膝に顔をこすり付けると、やがてすーすーという寝息を立て始めた。
グレースはまだ頭の中が整理できないでいた。
けれど、自分の膝の上で安らかな寝息を立てている、ヴァイオラの頭を撫でているうちに、自分にも睡魔が押し寄せてきた。
グレースはヴァイオラを起こさないように、そっとベッドに寝かしつけると、自分もその隣に横になった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
翌日の昼に近い時刻。
疲れと気だるさにまどろんでいたグレースは、ぼんやりとヴァイオラの頭をなでていた。手を止めると、ヴァイオラがむずがるので、目が覚めてからはずうっとそうしていた。
「ヴィー、いつまで寝ているの? もう昼よ?」
「だって……」
子供のようにむずがるヴァイオラを引き剥がして、グレースは眠気覚ましの飲み物を探した。
「水しかないわ。コーヒー沸かすのも面倒ね」
「お水、ちょうだい」
くしゃくしゃの髪のまま、ヴァイオラはベッドの上に体を起こして言った。
寝起きの乱れた姿であっても、ヴァイオラはヴァイオラだった。
彼女には“見苦しい姿”という言葉とは、無縁のものなのかもと、グレースはあらためて感心した。
「ねぇ、私、思うんだけど。ヴィーが男に戻るのは、やめない?」
「どうして? 女同士二人で宇宙で生きて行くのは大変だわ。退役しても、二人とも元ラヴァーズじゃ、働き口だって……」
「まぁ、そうだけど。ならば私が男に戻るわ。そうしましょう」
「ええっ? ダメよ、絶対駄目!」
「どうして? 私はこんなだし、勿体無いと思うのよ。ヴィーは美人だから、男に戻っちゃうなんて」
「それは絶対に駄目、だって……」
「だって?」
「私は、今のグリィが好きなんだもん。男のグレースなんて、想像できない……」
それは、グレースも同じ思いだった。
「まぁそれは当面保留にしておくとして、男に戻してくれるところなんて有るのかしら? 聞いたこと無いけど……」
「宇宙は広いわ。もしかしたら敵の共和国にもあるかもしれない。そしたら亡命しましょ」
作戦行動中の軍艦の中で、“亡命”などと、こともなげに言い切るヴァイオラに、グレースはあきれ顔で返すしかなかった。
「軽く言うわね」
ヴァイオラも自分の言葉が意味することに気がつくと、ごまかすように笑った。
「うふふ……」
「うふふ……」
失敗をごまかす子供のように笑うヴァイオラに、グレースもつられるように笑った。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
数日後、ピエンツァから二人のラヴァーズが揃って去っていった。
人気のあった二人組の突然の引退に周囲は驚いた。
二人は引きとめようとする間もなく、行方も告げずに艦隊を後にしていた。
そしてそれから数年後、戦艦ピエンツァのラウンジのカウンターの奥の棚には、小さな写真立てが飾られていた。
目立たないところに飾られたその写真には、“G&V”という看板のかかった喫茶店の前に並ぶ、仲の良さそうな夫婦の笑顔があった。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
<第10話に続く>
(E)
「……私が、自分の本当の気持ちに気づいたのは、ずいぶん前。養成所をでて最初の艦に配属されてからだったわ」
ヴァイオラの告白に、グレースはまだ頭が混乱していた。
「あなたがうそを言っているのではないということは判ったわ。だけど、よくわからないわ。どうして私なんかのこと……」
「そんなこと……、私にもわからないわよ。でも駄目なの。私にはあなたがいないと駄目なのよ。あなたがいない夜は、いつも泣いていたわ。寂しくて……」
(……ヴァイオラが泣いていた? 私が傍にいない時に?)
それもグレースには信じられないことだったが、つい先ほどまで自分にすがって、赤ん坊のように泣いていたヴァイオラを見た後では、そういうこともあるのかと思った。
「それなら、どうして黙っていたのよ。そんなに前から、私のことが好きだったのなら」
「……だって」
「だって?」
「グリィは、いつも私に優しかったじゃない? だから私の事、疎ましく思っていたなんて、夢にも思っていなかった。だから……」
これにはグレースも返す言葉が無かった。
確かに自分は、今回のようにヴァイオラに“大っ嫌い”などと大声を上げて非難した事などなかった。
ヴァイオラの傍若無人な振る舞いも、子供のようなもう一人のヴァイオラを知っていたからこそ、本心で嫌がらせをしているなどとは、思いたくはなかったのだった。
「私、やっぱりグリィに嫌われていたの? ずっと迷惑だって思っていたの?」
捨てられた子犬のような涙目のヴァイオラに、グレースは正直に答えた。
「ええ、そうね。わがままな子供みたいだと思っていた。他人の前では、大胆に振舞うくせに、どうして私の前でだけは、子供になってしまうのか、私はあなたの保護者なんかじゃないと思っていたわ」
「私は、好きだったから。グリィのこと大好きだったから、甘えてもいいって、勘違いしてた……」
「素直に、そう言えば良かったのに……」
グレースの言葉に、ヴァイオラは後悔するように目を伏せた。
「……大好きだからこそ、躊躇いが必要だったの」
そう言うと目尻に乾きかけた涙の痕を残したまま、今にも泣き出しそうな、けれど精一杯の笑顔で、ヴァイオラは言った。
ヴァイオラは本心を打ち明けて安心したのか、グレースの膝に顔をこすり付けると、やがてすーすーという寝息を立て始めた。
グレースはまだ頭の中が整理できないでいた。
けれど、自分の膝の上で安らかな寝息を立てている、ヴァイオラの頭を撫でているうちに、自分にも睡魔が押し寄せてきた。
グレースはヴァイオラを起こさないように、そっとベッドに寝かしつけると、自分もその隣に横になった。
翌日の昼に近い時刻。
疲れと気だるさにまどろんでいたグレースは、ぼんやりとヴァイオラの頭をなでていた。手を止めると、ヴァイオラがむずがるので、目が覚めてからはずうっとそうしていた。
「ヴィー、いつまで寝ているの? もう昼よ?」
「だって……」
子供のようにむずがるヴァイオラを引き剥がして、グレースは眠気覚ましの飲み物を探した。
「水しかないわ。コーヒー沸かすのも面倒ね」
「お水、ちょうだい」
くしゃくしゃの髪のまま、ヴァイオラはベッドの上に体を起こして言った。
寝起きの乱れた姿であっても、ヴァイオラはヴァイオラだった。
彼女には“見苦しい姿”という言葉とは、無縁のものなのかもと、グレースはあらためて感心した。
「ねぇ、私、思うんだけど。ヴィーが男に戻るのは、やめない?」
「どうして? 女同士二人で宇宙で生きて行くのは大変だわ。退役しても、二人とも元ラヴァーズじゃ、働き口だって……」
「まぁ、そうだけど。ならば私が男に戻るわ。そうしましょう」
「ええっ? ダメよ、絶対駄目!」
「どうして? 私はこんなだし、勿体無いと思うのよ。ヴィーは美人だから、男に戻っちゃうなんて」
「それは絶対に駄目、だって……」
「だって?」
「私は、今のグリィが好きなんだもん。男のグレースなんて、想像できない……」
それは、グレースも同じ思いだった。
「まぁそれは当面保留にしておくとして、男に戻してくれるところなんて有るのかしら? 聞いたこと無いけど……」
「宇宙は広いわ。もしかしたら敵の共和国にもあるかもしれない。そしたら亡命しましょ」
作戦行動中の軍艦の中で、“亡命”などと、こともなげに言い切るヴァイオラに、グレースはあきれ顔で返すしかなかった。
「軽く言うわね」
ヴァイオラも自分の言葉が意味することに気がつくと、ごまかすように笑った。
「うふふ……」
「うふふ……」
失敗をごまかす子供のように笑うヴァイオラに、グレースもつられるように笑った。
数日後、ピエンツァから二人のラヴァーズが揃って去っていった。
人気のあった二人組の突然の引退に周囲は驚いた。
二人は引きとめようとする間もなく、行方も告げずに艦隊を後にしていた。
そしてそれから数年後、戦艦ピエンツァのラウンジのカウンターの奥の棚には、小さな写真立てが飾られていた。
目立たないところに飾られたその写真には、“G&V”という看板のかかった喫茶店の前に並ぶ、仲の良さそうな夫婦の笑顔があった。

挿絵:菓子之助 http://pasti.blog81.fc2.com/
<第10話に続く>
(E)
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