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星の海で(10)  「Be My Lover」 (1)病床の少女

(1)病床の少女 -------------------------------------------------------

 アンドレア・ドリア艦内の、とあるラヴァーズの居室。
 ラヴァーズは女性体であると共に、艦隊での役割の関係から、どの階級待遇であっても個室が割り当てられていた。
 初任である亜里沙も例外ではなく、小さいながらも高級士官並に調度品が揃えられた、プライベート空間を割り当てられていた。
 部屋の大半を占めるセミダブルのベッドに、大きなワードローブとドレッサー。そして何よりも全体に明るい中間色で統一された内装と女性らしさを思わせるさまざまな小物類が、軍士官の部屋とは明らかに異なる空間であることを示していた。
 そして今、この部屋の主はぐったりとした生気のない表情で、ベッドに横たわっていた。

「どう? 亜里沙。熱は?」
「……ええ、少し」

 メリッサは亜里沙から体温計を受け取り、表示を見てからもう一度、今度は自分で亜里沙の耳に体温計を当てて測りなおした。

「39度……。駄目ね。やっぱりブルーノ先生に診てもらいましょう」
「……はい」
 
 高熱のためか顔は赤く、呼吸も苦しげな亜里沙の様子に、メリッサは不安を感じていた。

*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*


 アンドレア・ドリア艦内で最も大きな居室を構えているのは、艦隊司令たるリッカルド・ガルバリディ提督であったが、その専有面積の半分以上は、賓客をもてなす応接室や雑多な公務をこなす執務室であり、真にプライベートな空間といえるのは、続き部屋になっている簡易なAVセットとベッドがあるだけの、小さな空間に過ぎなかった。
 実質的に最大のプライベート空間を得ているのは、その副官であるフランチェスカ・ジナステラ大尉であった。
 彼女は当初、ラヴァーズ達と同じ区画にある同等の部屋を考えていたが、前任地からの贈り物の数が多くて収容しきれず、また提督の副官ということで、公務も多かった。そのため提督の居室に近く、かつ艦橋に程近い――本来であれば監察官用の公室――スイートルームを私室としていた。
 そしてその部屋の主は、緩慢に端末を叩きながら、訪問者であるラヴァーズの一人と話をしていた。

「それで、亜里沙の様子はどう? メリッサ」
「艦医のブルーノ先生のお話では、膠原病の一種だろうってことでした」
「それで?」
「1、2週間は高熱が続くだろうけれど、安静にしていれば投薬で治るそうです」
「そう。心配ね。やっぱりこの前の怪我も、影響してるのかしら?」
「とりあえず、亜里沙は医務室にベッドを移しました」
「ならば、とりあえずは安心ね。亜里沙のことは、ブルーノ先生にお任せするとして、……でも困ったわね」
「まだ、何か?」
「ラヴァーズのローテーションのことよ。先週、ピエンツァでまた欠員がでたでしょう?」
「ええ、さすがに一人では大変なので、今は他の艦とも協力して、交代で手伝いに行っていますけど……」
「ミランダも休暇中だし。人数的にきついでしょう?」
「ええ。でもそれは、残った私たちで何とか」

 フランチェスカはふと、端末を叩く手をやめて、つぶやくように言った。

「私も、ローテーションに入ろうかな」

 メリッサは持っていたコーヒーカップを落としそうになった。

「はぁ? あの、今なんておっしゃいました?」
「私もローテーションに入ろうかな、って言ったのよ」
「それって、つまり、私たちと一緒に?」
「そうよ。たまにはいいかな、と思って。いい案だと思わない?」
「と、とんでもない! 大尉にそんなご迷惑をおかけするようなことは。私たちで何とかしますから……」
「いいじゃない。どうせ今は大して忙しくないし、このレポートをやっつけちゃえば、しばらくは時間的には余裕だわ」

 突然のフランチェスカの提案に、メリッサは困惑していた。
 確かに欠員が出た分、ローテーションを考えると人数が足りない。
 けれどそれはラウンジのマスターをしている各艦の厚生部長に相談して、調整をしてもらえば済むことだった。
 実際に大規模な訓練や戦闘中などで、ラウンジが休業することもあるし、ラウンジの営業時間中に、ラヴァーズが必ず居なくてはいけない、ということでもなかった。

「けれど……。あ、そうだ! 提督がきっと許しませんよ、そんな事!」
「リッカルド? 別に関係ないでしょ。そうと決まったら、ドレスも新調しなくちゃ……」
「あ、あの……大尉?」
「ねぇ、メリッサ。もし良かったら、使わないアクセサリかなんかあったら、少し貸してくれないかしら? あ、でもメリッサよりも、亜里沙から借りたほうがいいかしらね? お見舞いに行くついでに、頼んでみようかしら……」

 フランチェスカは、まるでなにか新しいおもちゃでも見つけたように、うきうきとした表情で補給物資のカタログの中から、ラヴァーズ用のものを選び始めた。
 楽しげにドレスを見繕い始めたフランチェスカの様子に、メリッサはその場では思いとどまらせることが出来なかった。
 そして亜里沙の病気の事以上に、言い知れぬ不安を感じていた。

*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*


 前線からは離れた友軍の勢力下、慣熟訓練中という事もあって、リッカルド艦隊は平穏な航海を続けていた。
 旗艦であるアンドレア・ドリアの艦橋もまた、時間がゆったりと流れていた。
 戦闘訓練が始まれば一時的に慌しくはなるが、一日の大半は空調の音が多少耳につく程度の、静かな空間であった。
 そんな中、暇をもてあましていたリッカルド提督は、戦闘副官のフランチェスカ大尉に何事かを耳打ちされると、その職責にふさわしくないほどに激しく怒鳴り散らした。

「駄目だ駄目だ! そんな事!」
「ちょっと提督! 声が大きすぎます」
「駄目だといったら駄目だ! ラヴァーズ当番など許さん!!」

 “ラヴァーズ”という言葉に反応し、艦橋内がざわついた。
 フランチェスカは軽い既視感(デジャヴュ)を覚えながら、とにかく落ち着かせようと、リッカルドの肩に手を添えて椅子に押し戻した。

「亜里沙……じゃなかった。とにかくラヴァーズに欠員ができてね。ローテーションの穴を埋めなきゃならないのよ。彼女たちの負担を考えると、ここは私がサポートするべきだと思うんだ」
「だからって、何でお前がそんことをしなきゃならないんだ。お前は艦隊幕僚幹部として、俺の補佐をしていればいいんだ!」
「そんなこと言うけど、リッカルドだってラヴァーズ不足が艦隊の士気に影響する事は知っているでしょう? そもそも私がこの体になったのだって……」

 男性だったフランツ少尉が、ラヴァーズとして女性の体になり、フランチェスカと名乗るようになったのは、かつて潰走状態に陥った艦隊の危機に際して、士気の建て直しをするための奇策にあった。

 虚空の宇宙空間。戦闘状況によっては、究極の孤独感と閉塞感が兵士を襲い、深刻な精神的ストレスを蓄積することが往々にして存在する。
 これは短期間であれば、耐えることができるが、戦闘を重ねて長期間の戦闘航海に及ぶ宇宙艦隊にとっては、ライフライン以上に重大な課題としてのしかかっている。
 特に男性ばかりの戦闘艦内において、原初的な人としての根幹に根ざすほどの精神的ダメージを受けた人の心を癒すには異性、つまり女性の手助けが最も効果的で、不可欠とされていた。
 しかし長期にわたる艦隊勤務と、何よりも度重なる跳躍航法は、女性の受胎機能に大きなダメージがあった。
 そこで主だった艦艇には、その“士気の安定役”として男性を性転換して女性となった“ラヴァーズ”を乗せることが、慣例となっていた。

「あの時だって、お前が馬鹿な事をしなけりゃ、そんな体になる必要だって無かったんだ!」
「馬鹿な事って何だよ! 結果的にはあれが効を奏したって、リッカルドだって……」
「とにかく駄目な物は駄目だ! そんなことより戦闘訓練の計画でも立てろ! 遊撃艦隊とはいえ、新編間もない我が艦隊には、慣熟訓練が最優先事項なんだ!」

 リッカルドの同意は得られなかったが、フランチェスカには従うつもりは無かった。
 フランチェスカがラヴァーズの当番に入ると言う案は、当然メリッサを初め、他のラヴァーズたちも止めようとした。
 しかし、結局は艦隊司令の意見ですら聞かない、フランチェスカに押し切られる格好となり、認めざるを得なかった。

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あしかけ8年。遅筆のせいで間延びした連載でしたが(途中で絵師さんも変わったしw)、ついに最終話です。

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