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星の海で(10)  「Be My Lover」 (9)リッカルド~想い

(9)リッカルド~想い-------------------------------------------------------

 ラウンジの終了時刻が近づくと、リッカルドは急くようにエミリアの手をとり、人目に着かないところへと促した。
 リッカルドは士官達や、エミリアに勧められるままに、かなりの量の酒を飲んでいた。 酩酊寸前でラヴァーズに絡んでいては、良からぬ噂を立てられてしまう……いや現実にはそこまでにはなってはいなかったが、リッカルドの体力も限界に近かった。

「エミリア、こんなことをいつまで続けていればいいんだ?」
「提督からこんなに熱烈なお誘いを受けるなんて、光栄ですわ」
「ふざけている場合じゃない。今日まで君たちが言うとおりにしてきたが、あれでいいのか?」
「ええ、作戦は今も順調ですわよ」
「どこがなんだ? フランチェスカは一向にラヴァーズの当番を止めるとは言わないし、今日だってあの人気ぶりだ」
「あら、嫉妬していらっしゃるんですの?」
「誰にだ!」
「フランチェスカさんなら、誰の誘いにも乗っていませんでしたでしょう? 提督がご懸念されているようなことはありませんわ。提督だって、ご自分の恋人が艦隊のアイドルであったほうがうれしいでしょう?」
「フランチェスカは、恋人なんかでは……」
「独占したい、そう思っていらっしゃるのでしょう?」
「ラヴァーズを独占などできるものか」
「あら、提督はフランチェスカさんがラヴァーズをすることに、反対されていたのではありませんか?」
「む……」

 リッカルドは一瞬押し黙ったが、やがてつぶやく様に言った。

「約束……したんだ」
「約束?」

 酒が入っているとはいえ、艦隊提督としての威厳など微塵も感じさせない、まるで恋に悩む青年のような表情をするリッカルドに、エミリアは驚きを感じながら尋ねた。

「約束とは、なんでしょう?」
「“いつか、元に戻してやる”と、フランチェスカ……いや、フランツに、俺は約束したんだ……」
「彼女を、男に戻すという意味ですか?」
「そうだ」
「それが、リッカルドさんが本当に望んでいることなんですか?」
「……」

 リッカルドは押し黙ったまま、答えなかった。
 しかし、エミリアはそれこそが答えなのではないかと思った。
 そして恋に悩む青年には、年上の女性の様に接するのがエミリアのやり方だった。

「良い事を教えて差し上げますわ」
「なんだ?」
「ラヴァーズは誰でも、その意思とは別に、肉体的な交渉にはとても脆弱ですのよ?」
「ど、どういう意味だ」
「ぶっちゃけた話、セックスで堕とせるって言うことですのよ。それに、ラヴァーズをしていれば乱暴にされることもあることを、フランチェスカさんは経験ないのではありませんか?」
「あいつを、レイプしろって言うのか?」
「それは提督がどういうお気持ちでなさるかに、よりますわ」
「……だ、だが」
「言葉でうまく伝わらなければ、行動で示すしかありませんわ。提督には、身に覚えがございますでしょう?」
「わ、わからんな……。だいいち……いや、なんでもない」

 互いに少し酔っているとはいえ、続けざまのストレートな男女の話に、リッカルドは動揺を隠せなかった。その対象がフランチェスカであったなら、なおさらだった。
 逆にアルコールには強い免疫力を持つエミリアは、冷静になれた。
 そして、わざと酔っているかのように振舞った。

 エミリアはすっと体をリッカルドに寄せると、手をとって耳元で囁く様に言った。
 
「まぁ、一度や二度寝た位では、そう簡単には堕ちませんけどね。それに、それだけではダメ。弱みに付け込むというと聞こえが悪いですが、抗うことが難しい時でもあります。優しく真摯に向き合えば、頑な心も開かれる事でしょう。でもどうですか? 実地で教えて差し上げましょうか?」
「な!? い、いやっ! し、しかし俺は!」

 リッカルドはあわてたようにエミリアの手を振り払い、ソファから立ち上がった。
 まるで初心(うぶ)な少年のように顔を真っ赤にして後ずさるリッカルドに、エミリアは我慢しきれずに笑ってしまった。
 リッカルドはエミリアの様子から、自分がからかわれたのだと悟り、乱暴にソファに座りなおした。

「た、性質の悪い冗談は止めてくれ!」
「うふふふ……。これは失礼いたしました。でも、驚きですわ」
「何がだ!」
「フランチェスカさんが言うのとはまったく正反対に、ずいぶんと身持ちがお堅いのですね」
「俺は、もともと女性には、あまり興味は……」
「フランチェスカさんただお一人と、そうお決めになられているんでしょう?」
「そ! そんなことは……ない。あれは……」

 口ごもるリッカルドに、エミリアは確信を得たと思った。

「一途でいらっしゃる提督に、良い事を教えて差し上げますわ。これはフランチェスカさんもご存じないこと」
「……なんだ?」
「艦に所属するラヴァーズには、各艦毎に決まりがありますのよ」
「どんな?」
「殿方のお誘いを受けるときは、こんなふうに相手の左手の人差し指と中指だけを、きゅっと握るんですの。これはアンディに所属するラヴァーズだけの、決まり事」
「それがなんだ……ん? 待てよ」
「さっき提督が私をラウンジから連れ出すとき、私は同じように提督の手を握ってしまいましたわ」
「……いや、そ、それはだな、俺だって知らなかったのだ。だから……いや、君に魅力が無いといっているわけではないぞ。俺は……」
「うふふ……ええ、判っています。でも今問題なのは、フランチェスカさんもこのことをご存じないと言うことです。フランチェスカさんは、誰からもお誘いが無いと残念がっていらっしゃいましたが、彼女はお誘いを受ける、約束事を知らなかっただけなのです」
「ということは……」
「この決まり事を知った殿方は、絶対に他言無用。約束は守れますか?」
「ああ、それはもちろん守るが……」
「でもラヴァーズ同士では秘密でも何でもありません。もしかしたら明日あたり、メリッサが教えてしまうかもしれませんけど……」
「これで、失礼する」
「ご健闘をお祈りしていますわ。うふふ」

 踵を返して、リッカルドはラウンジへ戻ったが、既に閉店を迎えたラウンジに、フランチェスカの姿は無かった。
 リッカルドは慌ててフランチェスカの私室にも行ったが、まだ帰って来てはいない様子だった。
 当直時間の近づいたリッカルドは、苛立ちを抱えたまま、艦橋へ戻らざるを得なかった。
 アルコール分解酵素を含んだタブレットを、ばりばりと過剰摂取した効果で、酔いは直ぐに醒めたが、その副作用だけではない頭痛に悩まされながら司令席には着いたものの、まったく仕事にならなかった。

 その晩、フランチェスカが自室に戻らず、エミリアの私室で一緒に過ごすことになっていたことも、エミリアとフェラーリオの策のひとつではあったが、リッカルドにはそんなことはまったく想像の範囲外のことであった。

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