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【DLsitecom版新発売】魅惑の闘技場 作.真城悠 絵.蜂密柑 第一章2

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 数分後、オレの目の前で展開した狂気のパノラマによって「リフトアップ」の全容が分かった。
 背が高くがっしりした「新人」は、何故かサラリーマンの様なスーツ姿の哀れな子羊に対して恐らく「能力」を使用した。
 そこから先はさっきの自分に起こったことの再現だった。
 ただ違うのは、被害者が…こうして書くのも馬鹿馬鹿しいが…白銀のチュチュに身を包んだ美しきバレリーナとなってしまったと言う点だ。
 身を捩(よじ)って嫌がる気の毒なバレリーナだったが、徐々に優雅な動きになっていき、いつの間にか股間がもっこりした男性バレエダンサーの格好をしていた「新人」に導かれる様に抱かれ、手の中で回転させられ、そして「持ち上げ」られた。
「リフトアップ…」
 意味が分かった。これは「相手をバレリーナにし、一緒に踊って「持ち上げる」」と言う能力なのだ。だから「リフトアップ」。
 何という馬鹿馬鹿しさだろう。
 オレは頭を抱えた。
「つまむものをお持ちしましょうか?」
「…それはもういいんで、どうか説明して頂けませんか?」
「…結構。本日のイベントはこれにて終了です。お部屋の中央にどうぞ」
 そこにはさっきの全身鏡があったので行きたくなかったが、仕方が無い。
 鏡に差し掛かるとドレスの花嫁が見えそうな気になるが、実際にはしょぼくれたサラリーマンが映っているだけだった。
「…」
「気になるなら目に入らない向きにしましょうか」
「お願いします」
 流石は執事だ。ゲストの気持ちを良く察する。
 時田は部屋の中央付近に向かい合う様に配置され、間に低めのテーブルを挟んだ席に座った。執事がゲストと同じように座っている構図は余り観慣れず、新鮮だった。もっとも、執事そのものも見慣れない物ではあったが。
「なんなりと。知っている範囲でお答えできる質問にはお答えします」
「…これって何なんです?」
「質問が漠然となさっていらっしゃいますね」
 余裕の笑みを浮かべるロマンスグレー。
「まあ、お気持ちは良く分かります」
「はあ…」
「私どもも初めての方に一から説明するのは中々難しいために、様々な説明方法を試してはいます」
 プレゼン資料でも出て来そうだった。手元には「リフトアップ」の文字のあるパンフレットがあることはあるが。
「結論から言えば、プロレスと同じショーです」
「プロレス?」
「ええ。プロレスです。一応「ボクシング」に対する「プロボクシング」があるように、「レスリング」に対する「プロ・レスリング」ということになってはいますが、ご存じの通り独自の進化を遂げた全く別のスポーツ…いや、ショーです」
「…じゃあ今のもショーなんですか?あのバレリーナとかも」
「ある意味に於いてはそうです」
「結末も予(あらかじ)め決まってると」
「そこが問題でしてね」
「…はあ」
「ショーであるということは入場料を支払っていただくことになっております。そして当然『賭ける』ことも可能です」
「…賭博であると」
「はい。ご存じの通り我が国は「競馬・競輪・競艇」の公営ギャンブルと「富くじ」…所謂(いわゆる)「宝くじ」ですな…以外の賭博は法律で禁じられています。つまり、我々のこの集まりはその点において天下に公明正大とは言い難いものであることは否定しません」
 闇カジノみたいなものってことか…。
「ただし、あくまでも勝敗に賭けるのは余興です」
「そう…なんですか?」
「はい。ここのお客様は賭けることで私財をより増やそうといった方はまずいらっしゃいません。ですので天井もありますし、倍率も一定です。個人間の勝負も禁止させていただいております」
「それはどうして…」
「勝敗にばかり気を取られてしまいますと本質を見失います。それこそ身代を失うほど賭けられてしまいますと、対戦相手に直接危害を加えるといった事態に発展しかねません」
「勝敗が問題じゃないってことは何が目的なんですか?」
 確かにそうだ。
 よく映画何かで見る「地下格闘場」みたいなのが本当にあって、そこの戦士の生死に賭けていたとすれば相当血なまぐさい話になるだろう。
 きっとお世辞にもガラがいい客層ではあるまい。それに、現実の「相撲」ですらあんなに怪我人が続出してしょっちゅう横綱が場所を休むのである。
 リアルな殺し合いなんぞやった日には死屍累々であっという間にそんな戦士の人材なんぞ枯渇してしまうだろう。
「あくまでもショーです。見世物」
「…ヴェールアップとか…リフトアップがですか?」
「はい」
「対戦相手の…男を無理やり女にして持ち上げたりキスしたりする戦いを?」
「お察しが速くて助かります」
「…見てどうするんです?」
「楽しむんです」
 そんなの楽しいのか!?と言いかけたが、確かに背徳的な魅力がある。
「お客さんはみんなこういう部屋で観戦するんですか?」
「ははは…残念ながら違います」
 余裕の笑いだった。
「それですとお客様は最低でも十数人程度になってしまいます。こちらのリングはそれほど広くありませんからね」
 確かに。
「身元の確かなお客様が…正確な人数は申し上げられませんが…かなりいらっしゃいます」
「お金持ち…なんでしょうね」
「お金持ちの定義にもよるかとは思いますが…一般的に言えばそうでしょう」
「中継で見ているわけですか」
「録画派の方も多くいらっしゃいます」
 男が女にされ、ウェディングドレス姿にされ、唇を奪われるところとかバレリーナにされて持ち上げられるところを大金払って見物してるってのか。
「皆さんの多くは贔屓の闘士を見つけてお金を支払ったりします」
「それは…お小遣いってことですか」
「そういうことになりますが、直接会うことは禁止されています。また手紙などでレスポンスを得ることも出来ません」
「何にお金を払うんです?賭けは制限されてるんでしょ?」
「少なくとも勝敗ではありません。多少の『お小遣い』を支払ってしまえば、勝ち分などあっという間に吹っ飛ぶでしょう」
「じゃあ何で」
「(苦笑して)先ほども申し上げましたが、こちらにいらっしゃるお客様はもうお金は十分すぎるほどお持ちです。そしてこの世の大半の遊びはし尽くしました。今更数万数十万といったお金を惜しむ方はいらっしゃいません。冷たい言いかたですが庶民とは『金銭感覚』が全く違います」
 益々分からなくなった。
「闘士の皆さんのプライバシーは完全に守られます。もしも会員や闘士から漏れる様なことがあれば…いや、ありえません」
「…多分次のが一番大事な質問なんですが…」
「どうぞ」
「どうしてボクなんですか?」
 時田が立ちあがって歩き始めた。
「…気になりますか?」
「そりゃね」
「立ちいったことをお伺いしますが、遠藤さん、あなたお給料は月に幾ら貰っていますか?」
「え…」
「手取りでいいです。大雑把で結構」
「…それ、何か関係あるんですか?」
「話の流れとしてです。大丈夫、決して笑いません」
「大体一二万とちょっとです」
「その金額が手取りとすれば…総額は恐らく一五万というところでしょうね」
「確かそんな感じです」
 余り賃金明細を凝視はしない。ただ、何とか保険料だの所得税だのと細かい名目で沢山引かれて、額面から一~二万も減るのが驚きだったことは良く覚えている。
「賞与(しょうよ)は?」
「え?」
「所謂(いわゆる)「ボーナス」です」
「夏と冬に一月分くらいですかね」
「ふむ…」
 顎に手を当てて考えている時田。

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魅惑の闘技場 DLsitecom版購入はこちらから 「月に一五万。賞与で年間三〇万となると年収は二一〇万程度。手取りだともっと少ない。…あなたはその金額についてどうお考えですか?」
「どうって…」
「少ないと思いませんか?」
「でも、今不景気ですからね。職があるだけ有難いです」
「残業もかなりなさっていますよね?」
「まあ」
「サービス残業ですね?」
「…何なんですこの話?」
「同期の石川さんいらっしゃいますね」
「…はあ」
 どうしてこのおっさんが社内事情まで知っているのかとも思ったが、社長の肝いりでここに来させられているのだからある意味当たり前だ。そしてこの執事…時田はいわば「接待のプロ」と見た。つまり人の名前を覚えるのは得意なはずだ。
「石川さんは初任給から二五万円のお給料をお取りですよ」
「…そうなんですか?」
 確か奴は営業職だったはずだ。部門違いとはいえ総額で一〇万円とは随分と差が付けられたもんだ
「どう思います?」
「どうと言われても…部署も違いますし」
「遠藤さんは現在天涯孤独でいらっしゃる」
「…ええ」
 母一人子一人の母子家庭で母が死ねばそれは一人だよ。
「恋人は?」
「今はいません」
「…失礼ですが、あなた現在の会社にどうして就職できたとお思いで?」
「?…入社試験と面接に受かったからですけど」
「その時、社長が立ち会われませんでしたか?」
 そういえば確かにそうだった。
「でも、面接に社長が来ておかしいことは無いでしょ」
「確かあなたが入社した年の新入社員は関連会社全て含めれば約二〇〇名。とても精密に見ることは不可能です」
「すいません、何が言いたいんです?」
「はっきり言うと、あなたはこのために入社させてもらえたんですよ。天涯孤独で親戚縁者もいない。身軽なあなたをね」
 しばし沈黙。
「…は?」
「無礼な指摘をお許しください。大変申し訳ありませんがあなたは自分を過大評価していらっしゃる」
 確かに無礼だし失礼だ。
「あなたのように平凡で取り柄もなく、顔も身長も平均的で、学歴も何もかも中途半端な方がどうしてあんな一流企業に就職できたと思ったんですか?天涯孤独…つまり、家族にも迷惑が掛からず、訴えられる危険性が低いからなんですよ」
 一般的な「大人」なら「バカにするな!」と一喝して席を立つだろう。
 だがオレには「身に覚え」があった。
 入社試験はお世辞にも「出来た」実感なんて無かった。面接だって両隣の奴は自分より遥かに背も高く男前で、何より自信に溢れて堂々としていた。二人先の女性もだ。
 聞いて見りゃ全員東大だ京大だ早稲田だ慶応だと学歴も華々しい。
 自分が面接官だったらこの中から敢えて自分を選んだりは絶対にしないだろう。
 そう思っていたらまさかの採用通知だ。
「そのお顔はどうやら身に覚えがあるらしい。はっきり申し上げますがあなたの就職した会社でそんな額のお給料なんてありえません。月に手取りで一二万?アルバイトでも熱心にやれば月に二〇万円は稼げます」
 ぶっちゃけちょっと疑問ではあった。
 これではアルバイトに毛が生えたみたいなもんだったからだ。しかし、世の中不況だというし、株価が上がったとか言われても庶民の懐には還元されないとしつこいほどニュースでは連呼してる。そういうものだと思い込んでいた。
「お分かりですね?」
「…だから何だって言うんですか」
「というと?」
「仮にボクがお情けで一流企業に入れてもらったとして、薄給で働かされていたからって何なんですか!あなたに関係ないでしょう!?」
「確かにあなたがおっしゃるように企業に在籍していること自体は事実です。福利厚生だって充実してますし、形だけは失業保険にも入っている」
「…そうです」
「哀れなことだ」
「なっ…」
 言葉が続かなかった。余りにも真正面からストレートに失礼な発言だったからだ。いや、失礼なんてもんじゃない。
「石川さんだと二五万円程度ですが、幹部候補生の中にはもう五〇万円に到達している方もいらっしゃいます」
「はぁ!?」
「ほら、あなたは世間知らずだ」
「…」
「だって…同じ会社なのに…」
「幹部候補生と言ったでしょ?」
「直接見た訳じゃないけど、今の部署の上司だってそんなには貰ってないと思いますよ」
「その上司というのは課長ですか?まさか部長ではないでしょ」
「…課長補佐です」
「しかも閑職のね」
「…」
「世の中には違う世界が厳然と存在するのです。大変申し訳ないがあなたの様な根無し草とエリートを一緒くたにすべきではないですね」
「エリート?エリートったって何が違うんですか」
「何もかも違います」
「…そんな…」
「テレビの鑑定番組でよく『一〇万円のお皿』なんてものにお客がため息ついてますね?申し訳ないんですが世間の大半のサラリーマンは月四〇万円はもらっているんですよ?でなきゃどうやって車を買うんですか。子供の入学金が一〇万円だと信じてたりしませんよね?」
「…」
「私も知っています。パートタイムで働いている主婦の方々は毎日毎日働いて数万円を得るだけだ。しかも月に一度だけ」
「…」
「しかし、あなたにチャンスが訪れたということです」
「意味が分かりませんが」
「この闘技場の闘士になって頂ければ少なくとも生活面でひもじい思いは決してさせません」
「月に一五万円以上出してくれるんですか?」
 からかうように言った。
「これは準備金です。お納めください」
 分厚い封筒みたいなものがテーブルに置かれた。
「…何ですこれ?」
「確かめられては?」
 手に取って中身を封筒の上から覗いてみた。
 …ぎっしりピン札が入っている様に見える。
 オレは首を振った。
「…受け取れませんよこんなの」
 時田はやはり苦笑した。
「…もしかしてそうおっしゃるかと思っていました」
「だって理由もなくこんな…」
「理由ならあります」
「どんな…」
「先ほどあなた、私の『ヴェールアップ』を受けて頂けましたね」
「ええ」
「それだけでも報酬に値します。厳密にはファイトマネーではないのですが」
 オレは頭が混乱した。
「…この封筒にはいくら入ってるんです?」
「五〇万円です」
 頭がくらくらした。
 そんな金額見たことも無い。確か奨学金で借金はしたが直接札束を見た訳じゃない。
 オレは自然と『ありえない』とばかりに頭を振った。
「…騙されませんよ。オレって人身売買されて臓器を売られるんでしょ?」
「ははは…」
 軽く流す時田。
「それはあなたの金銭感覚の常識だ。世の中にはそういう感覚と隔絶した世界がある。申し上げたでしょ?」
「しかし…」
「ご心配なさらずとも、このお金に関する税金などは考えなくて大丈夫です。税務署に話はついています」
「何ですって?」
「いずれお話することになるでしょうから先に申し上げますが、当ハウスには政府要人の方も多数メンバーになって頂いておりましてね。そちらの問題は無いのです」
 なんてこった。胡散臭さ満開の話だ。
「…しかし…」
「心配ならこう考えてください。「税引後のお金」だとね。相撲の報奨金などは力士に税務上の事務負担をさせないために税金を引いて渡されますが、あれと同じです。…ま、とはいえ、これまで一〇〇円の支出を考え込んでこられた方に」
「一〇円です」
「?」
「一〇円です。そこまで計算して毎月生活してます」
「これは失礼。一〇円の支出を考えてこられた方に五〇万円では戸惑われるのも分かります。ではこうしましょう」
 時田は何やらすらすらと書き始めた。
『金伍拾萬円を、時田雄介は遠藤浩美氏に贈与します。この件に関して一切の返還は求めません 印』
「…判を押しました。厳密には私のお金とは言いかねるのですが、責任を追及される可能性は皆無ですので安心して書けます」
「…そんな紙一枚で…」
「無いよりはいいでしょ?差し上げますのでお持ちください」
「…」
 押し付けられる様にワイシャツのポケットにねじ込まれた。
「…ボクにここの闘士になれと」
「ええ」
「公衆の面前で女にされて、女装させられてあんなことやこんなことをされるのを見せびらかして金を取れと!」
「そうです」
「やめてください!冗談じゃない!」
「しかしあなたはもう体験なさった」
「あれはあんたが無理やり!」
「この五〇万円はその見返りと考えられませんか?」
「…だって…本人の同意もなくそんな…」
「その点に関しては申し訳ないとは思います」
「そのお金受け取ったら同意したってことになるんでしょ?」
「なりません」
「え?」
「ここまでお付き合い頂いたお礼みたいなものです。この段階でお断りになられて、今日このままお帰りになられても一向にかまいません」
「…」
 予想外の言葉だった。
「失礼ながら調べさせていただいております。あなたには多額の借金がおありになる」
「…」オレは時田を睨んだ。
「それもギャンブルなどではなく、奨学金によってです。その額実に六〇〇万」
「…」
「この額は一般的にはギャンブル依存症で多重債務者のそれだ。真面目な学生に社会に出た途端に社会不適合者と同じ借金を背負わせる社会に未来などありませんな」
「…少しずつ返してます」
「月に手取り一二万円の収入からですか?返し終わる頃にはもう中年…いや壮年ですよ」
「それが何か?」
「闘士になっていただければたかだか六〇〇万の借金など最初の一月も掛からずに完済できます。それどころか」
「…なんです?」
「全員じゃありませんが、闘士の中には利殖に精を出していらっしゃる方もいます」
「りしょく?」
「投資信託とかですな。株が多いようですが」
「…金が余っていると」
「当ハウスは闘士のギャンブルは推奨しておりませんが、利殖なら問題無いです」
「どうしてギャンブルが駄目なんです?」
「お金『だけ』を目当てに戦われると故意に自分の有利になるように不正が行われる可能性があります」
「お金が目的で戦うんじゃないんですか?」
「もちろんそうです。しかし際限なくギャンブルにのめり込まれますと、当ハウスが支払う報酬を遥かに上回る巨額の借金をなさらないとも限らない」
「…お金の話は質問してもいいんですよね?」
「もちろん。正当な権利です」
「…月の収入は幾らです?」
「固定していません」
「試合数で決まると」
「それも固定額ではありません」
「何故?」
「大相撲で『懸賞金』が回っているのをご覧になったことはあるでしょ」
「…ええ」
「人気の闘士にはタニマチが多く付きます」
「そういうことですか…」
「私の様なタイプは人気がありません」
「どうしてです?」
「肌の露出が少ない衣装です。しかもキスをしたところで基本は終わりです。俗にいう『少女趣味』です」
「少女趣味…」
「先ほどご覧いただいた「リフトアップ」の彼もどちらかというと『少女趣味』のカテゴリに入りますね」
「基準が良く分からないんですが…」
「女性が着ることに抵抗が無い様なオシャレで清潔感のある衣装は余り人気が無いと考えていいでしょう」
「じゃあ…」
「人気がある衣装ですか?その逆です。男性は見たがっていても女性…少なくともごく普通の一般的な女性…ならば着ることをためらう様な猥雑でいやらしい衣装が人気がありますね」
「…やっぱりエロ目的なのか…」
「まあ、基本的にはそうです」
「やっぱり…」
「ただ、必ずしも一〇〇パーセントではありません」
「…というと?」
「どうしても会員費が高額になりますので、会員にはお年を召した方が少なくありません。そういう方はギラギラした欲望のみではなく、総合的な雰囲気を楽しまれる方もいますので」
「…?つまり、ウェディングドレス好きなじいさん会員も大勢いると」
「より正確に言えば『男性が女性に性転換され、ウェディングドレスを着せられ、唇を奪われる』光景が好きな会員ということになりますね」
 悪趣味…なんだろうか。何回転もしていてワケが分からない。
「私にもタニマチがいましたよ。何人かね」
「え…」
「そう警戒なさいますな。規定で直接会えないことになっていると申し上げたでしょ?」
 余りそういう人種に直接会いたいとは思わない。
 女の身体のまま「酌をしろ」くらいで済めばいいが、その先だってありえそうじゃないか。
「つまりその…時田さんの花嫁姿を…」
 ちっちっち、と指を左右に振る時田。
「ヴェールアップは私の能力です。つまり花嫁になるのは私の対戦相手であって私ではありません」
 あ、そうか…。
「まだ質問があります」
「気が済むまでどうぞ」
「とはいえファイトマネーが新人はゼロってことはないでしょ?最低額はあるはずです。教えてください」
「…今、あなたが受け取った額です」
「…五〇万円!?」
「はい」
「そんな無茶な」
「少なすぎると?」
「逆です!」
 聞いた話じゃボクシングの日本チャンピオンでも昼間はアルバイトしてるっていうじゃないか。五〇万円なんてオレの四か月分の給料だ。
「そうですか。それは結構」
「…でも、それだったら一~二か月に一回だけ試合して、あと何にもしない人とか出ますよね?」
「ははは…確かに」
「ですよね?」
「いや、いかにも庶民的な金銭感覚の方が考えそうなことだと思いましてね」
「…はぁ?」
「老婆心ながら申し上げますが、あなたはもう立派な社会人でいらっしゃるのですから、もうそろそろ「次の給料日までの生活費」を稼ぐ以上のことを考える生活をなさった方がよろしいですよ」
 …どうリアクションしていいのか分からなかった。
「世のトップアスリートともなれば一七歳や一八歳ともなればオリンピックで金メダルなど取っている時期です。あなた二四歳ですよね?会社によってはもう部下も従えている時期だ。小さな会社なら課長などとまでは言わないが何らかの役職にあってもおかしくない。人によっては大学生の頃にはベンチャー企業も立ち上げたりしている。つまり二十歳で社長です」
「…」
「そんな年にもなってたかだか五〇万円で三か月暮らせる生活で満足なんですか?何度もいいますがあなたが恐らく生まれて初めて見たその五〇万円の札束は、世のサラリーマンのかなりの割合が月に稼ぐ金額です」
「…」
「無論、小売りの商売のことを考えられるのであれば、一〇円一〇〇円の利益に神経をいきわたらせる細やかな感覚も大事です。しかし、余り自分の尺度だけで世の中を見ない方がいい」
「五〇万円を『たかが』なんて言えません。例え億万長者になってもね」
「粗末にしろと言っている訳じゃありません。総合的な感覚の話です」
「何が言いたいのかサッパリ分かりません!」
「…仕方が無い。この話をしますか」
 時田が再び目の前に座った。
「仮の話です。正直に答えてみてください」
「何です?」
「ま、心理クイズみたいんもんです」
「あれですか?最初に思いついた顔が初恋の相手だとかそういう」
「はは…まあ、そんなもんです」
「…」
「では参ります。仮に『次に拾った貨幣を自分の物にしてよい』という状況があったとします」
「?」
「まあ、そう構えないでください」
「はあ」
「一円と五円。どちらを拾いますか?」
「…質問の意味が良く分からないんですが」
「要するに無条件に差し上げる場合、どちらを希望しますか?と言う話です」
「一円か五円かってことですか?」
「はい」
「…別にどっちでも…」
「結構。では一○円と五〇円では?」
「…どっちを選んでもその後のペナルティとかは無いんですよね?」
「じゃあ五〇円…ってこんなの多い方を取るに決まってるでしょ?」
「では一〇〇〇円と五〇〇〇円では?」
「だから同じですって。五〇〇〇円ですよ」
「ならば一気に上げましょう。五〇万円と三〇万円では?」
「…五〇万円」
「では三〇〇万円と五〇〇万円では?」
「続ける意味があるとは思えません。五です」
「では三億円と五億円では」
「…五億円ですかね」
「ちょっと逡巡なさいましたか?では三〇億円と五〇億円では?」
「…五〇億円ですかね」
「では…三兆円と五兆円では?」
「…」
「今あなたが何を思ったか当てましょう。『どちらでもいい』とね」
「それは…」
「最後にもう一問。三〇兆円と五〇兆円では?」
「…」
「あなたは確かにおっしゃったはずだ「必ず多い方を取る」と。しかし一円と五円の時、そして三兆円を超えた時には必ずしも多い方は取らなかった。何故です?」
「それは…」
「どっちを選んだとしてもそう結果は変わらないからです。そうでしょ?」
 確かにその通りだった。
「もう一度繰り返しますが、この五〇万円はあなたに差し上げます。大丈夫、この程度を銀行に入れたからと言って税務署が動いたりしません」
「税務署…」
「流石に億単位の出し入れを個人口座から日常的に行えば税務署だけではなく警察も飛んでくるでしょう。その場合…この話をお受け頂けるなら…私たちが準備した口座をお使いください。何十億円出し入れしようが官憲に一切の口出しはさせません」
 想像を絶する話だ。
「マッチングに関してはご心配には及びません。指定入札の場合もありますし、指名によるエキジビジョンマッチの場合もございます。ともかく、試合の日程を決めるのは我々です。闘士が希望する訳ではありません」
 そうなのか。
「基本的に対戦の日程をキャンセルなさったりした場合が続きますと闘士の資格は失われます」
「え?」
「アリバイ作りの為に倍率の高い大会にエントリーして出場できなかったとしてもその場合はエントリー扱いになりません」
「そんな…それじゃあ不可抗力で資格はく奪ってことも」
「それはありません」
「ないんだ」
「はい。必ず一定期間中にマッチメイクして差し上げます。というよりこうお考えください。闘士になってしまえば基本的に選択の余地はありません。戦い続けて頂きます」
「…それじゃあ気が休まらない」
「その報酬としての高いファイトマネーとは考えられませんか?」
「…考えさせて…下さい」
「結構。準備が出来た様なのであなたにプレゼントがあります」
「プレゼント?」
「お土産です」
 A4くらいの茶色い封筒が膨らんでいる。
「書類とUSBフラッシュメモリです。今日のことをどうしても思い出したくなったら開いてください」
 思い出したくなったら…か。
「言うまでもありませんが今日ここで見聞きしたことは他言無用でお願いします」
「…そうします」
 仮に言ったとして誰が信じてくれるというのか。
 オレは立ち上がり、カバンを拾い上げた。ドレスのスカートに押されたのか横に倒れていた。…全く、今日は何て日なんだ。
「今日は思い切った表現も遠慮なく使ってしまって申し訳ありませんでした」
「…」
「ただ、これだけは覚えておいて下さい」
「何です?」
「あなたは選ばれた存在です。世の中には闘士になりたくてもなれない人もいます。続けたいのに辞めざるを得ない人もいる。選択の余地のあるあなたは恵まれている存在なんです」
 そう言われても困る。
「次に会う時には闘士としてです。そうでないならここまでです」
「…」
「では、お元気で。再びのご来店をお待ちしております」
 時田は恭しく頭を下げた。

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