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断章の少年探偵 作 猫野 丸太丸 キャラ・挿絵 灰田かつれつ ①

作 猫野 丸太丸 
キャラ・挿絵 灰田かつれつ https://twitter.com/Haidacutlet

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「二十世紀末のこの街で往来を許されている少年探偵なんて君くらいなものだよ、エリアルくん」
 バーダン警部はいつも僕にそう言った。それが警部のやさしさだから、次のような言葉が続いた。
「少年の君には健全、健康でいてもらわねばならん。この街を護る大人としてな」
 この街――。騒音に混じって警部の声がリフレインした気がして、僕はぼやけた頭を振った。
 一九九九年の十二月、鉄道のターミナル駅にある冷たい鉄のベンチ。そこに座って毎昼の野菜バーガーをかじっていると遊んでいる鳩とも友達になる。半ズボンに小さな革靴の足をぶらぶらさせて、パンくずを撒きながら
「こちらエリアル。ブツは渡した、こんどはそっちが気を利かせる番だ」
 と独りごちると、合わせて鳩たちは前後に首を振って答えた。雲が垂れこめた空から敵のアジトを、闇の取引を、そしてさらわれた姫君を見つけ出すのだぁ。

 しかし一般的に鳩は頭が賢くない。食べ終わった紙袋とおふざけはごみ箱に投げ込んで午後の活動に励むとしよう。僕はトレンチコートとハンチング帽、胸には大きな一眼レフカメラを提げたかっこうで街路に立った。背の高い大人たちに声をかける。
「よろしくお願いしまーす、行方不明の少女を探していまーす」
 手に持ったビラを差し出せば通行人の幾人かは通り過ぎ、幾人かは受け取ってくれた。子供が人探しのビラを配るということで商店のチラシ配布よりは反応が良いかもしれない。
「先週受け取ったから」
 首を振って断ろうとする紳士に僕はあらためてビラを突き出した。
「そう言わずもう一枚いかがでしょう、会社の人たちにも見てもらってください」
「分かった。君も大変だな」
 大きな右手が僕の手を包んで優しく振った。
 紳士が受け取った紙には僕と同い年の少女が笑顔でプリントされている。赤いリボンタイに肩ひも付きのスカートが幼い印象だけれど、瞳の輝きが並ではない。チカ、僕のチカ――ヘルベチカは少年探偵の助手だった。
 チカは少年探偵である僕とともに捜査と追跡で活躍、ときには手分けして一人で偵察することもあった。多くの偉業を成し遂げたのは市民の知るところだし、鍛えた格闘技、音楽、ウインタースポーツの腕前で表彰されたりと、あるいは僕より有名人かもしれない。
 そんな彼女が二カ月前に行方不明になった。連絡もなく僕の前から姿を消して、街中からも故郷からも、彼女の現在についての消息はつかめなくなった。
 異常を察知した僕の訴えに応じて警察は迅速に事件と事故の両面で捜査をしてくれた。バーダン警部率いる優秀な部下たちはみんなチカのことが大好きだったから、きっと職務以上に積極的に動いてくれただろう。それにもかかわらずチカの行方について決定的な証拠は得られていなかった。
 初動捜査で手掛かりなし、またチカが自分で身を隠している可能性は低い。ならば彼女の身にはとても危険なことが起こっていると予想される。警察の説明は僕の理解とも一致していた。
 だから僕はいま、僕自身に三つの捜査を課していた。
 一つめが広報活動と、広い範囲での情報収集である。繁華街でのビラ配り、張り紙、新聞ラジオの広告で協力を求めるのだ。その結果最初の一カ月だけでも多くの情報が集まった。街で見かけた姿、立ち寄った店など、行方不明になった週のチカの行動が明確になったのである。しかし決定的な証拠までは見つからず、また日が経つにつれて寄せられる情報は少なくなった。
 つぎに二つめ、僕が行ったのは聞き込み調査である。チカの知人たちや出入りのあった場所、最近扱った事件に関わる人たちにまで僕は話を聞いて回った。聞く限りにおいて彼女の最近の行動に不審な点はなかった。誰かに脅されているとかおかしな人物につけ狙われているといった話もすぐには出てこない。
 警察による捜査もいまのところ同じ結論と聞いていた。それでも僕は新しい展開はないかと、警察署に日々顔を出していた。

 バーダン警部が所属する警察署は中心街の古い通りに面した建物だった。石造りの外壁には空襲の傷跡が残っているほどで、毎月近くの学校の生徒が社会見学に来ていた。しかし建物が古いということは内装が老朽化しているということである。効きの悪い空調でほこりっぽい、扱いづらい部屋割りにパソコン机や通信設備が押し込められている。収納しきれない書類が段ボールで山積みになっている空き部屋もある。そんな警察署の捜査課に、僕は職員や障害物を避けながら入っていった。
「おいこらぁ」
 木製の扉をくぐったところで呼び止められた。ふり返れば扉の枠に引っかかりそうな高さから、ひげの巨漢がこちらを見下ろしている。
「もう事前の約束なしに立ち入るのは止してくれないか、エリアルくん」
「こんにちは、お帰りでしたかバーダン警部」
 背広姿の警部は縦にも横にも大きいから威圧感がすごい。若い警官が警部のわきをすり抜けたのを利用して、僕は警部からつかまれない距離を取った。
「チカについて捜査に進展はあったでしょうか」
「目撃情報が二、三件あったが見間違いだったな」
「残念です、せっかく皆さんに動いてもらっているのに」
 あとずさりしながら事務机の新しそうな書類を拾い上げた。
「むむ、情報発見。チカはヨーグルトアイスクリームの新色が好きだった!」
「勝手に見るんじゃない」
 追いかけてくる警部から逃げる体で僕は捜査課の奥へと歩いていく。他の警官はあわただしく動いているけれど僕の足どりを阻止まではしない。みんな優しいなぁ。だってついこの間まで僕は当たり前のようにみんなと仕事を共にしてきたのだ。
「おはようございます、深夜の張り込みお疲れさまです。モリソンさんの件ではお世話になりました」
「子供好きのモリソンか? またなにかやらかさなければいいが」
「あはは、大丈夫ですよう」
 行く手に立ちふさがりそうな刑事には先に声をかけて回避する。そうやって友好さを強調しながら警部にも微笑みかけた。
「警部ー、僕ってばいっしょに捜査してきた仲間じゃないですかぁ」
「混同するな、まったく違う話だ。チカちゃんの事件から君は外れてもらう」
「でも当事者ですよ、家族ですよ」
「当事者だからなおさらダメなんだ」
 捜査課の一番奥、スチール書庫の並んだ薄暗い部屋が証拠品の保管室だ。僕は書棚の間に踊りこんでくるくると身をひるがえした。
「証拠品だってうちの事務所から持ち出してきたものばっかりじゃないですか。指紋もチカと僕と、あと警察の人のが少しあっただけだし」
「それは警察で検討することだ」
 チカの日記や書きつけ、最近来た手紙などが段ボール箱のなかに保管されている。僕は背伸びをして箱の下縁に触れた。そこでバーダン警部に強く腕を押さえられた。
「触るな」
「いやっ、止めてくださいっ!!」
 高音が部屋に反響した。警部は一瞬手を止めた。それだけじゃない、署内の警官みんなが、書類仕事をしていた人まで含めて目を見開いている。なぜなら僕の声は、ヘルベチカが警戒したときに出すだろう声色と同一だったからだ。
「びっくりさせるない、このいたずら小僧め」
 バーダン警部は大きなため息をついた。警部は知っている。いま僕がチカそっくりの声で叫んだのは少年探偵七つの特技の一つ、声帯模写だ。
「ごめんなさい、証拠品の目録だけ見直させてください。ちょっと思い出したいことがあるので」
「……許可する」
 僕は保管室の入口まで戻って、いまだにコンピューターではなく帳面に記された目録を手に取った。すばやくめくって確かめる。事務所から持ち出されたチカの日記、捜査メモ、衣服……。項目が少し増えているのは外部のどこかで見つけてこられたものか。
 コートのポケットから虫眼鏡を取り出して、僕はなぜかそのページをにらんだ。ボールペンの殴り書き、そして署名を目で追っていく。これも少年探偵七つの特技の一つ、なんでも虫眼鏡で観察だ。実は仕掛けがあって、指紋とかわりと細かいところまで見える優れモノだったりする。
「うん! こんなところかな! ありがとうございました警部。僕のほうでもなにか分かったら連絡します」
「そんなのでいいのか? まあよろしく」
 警部はうなずいたが、なにか言いたそうだった。促すと口を開いた。
「しつこいがまずは自分の身に気をつけてくれ。これが誘拐事件ならばなにが目的かについていろいろな想定ができる」
「身代金目的ではないでしょうねえ、二カ月経っても犯人から連絡が来ていませんから」
「怨恨(うらみ)の可能性があるだろう。これまでの事件、実際の逮捕は私たちがやっているとはいえ、探偵の君にこそ捕らえられたと考えている犯罪者たちがいるはずだ。復讐は厄介だよ、犯人の最大の目的が君である場合もある」
「ありますよね、だったらなおさらチカの救出を急がないといけません」
「すまない、善処する。だが二次災害を防止するのも大事だ」
「いよいよ少年探偵に最大の敵出現の巻、だったりして」
 警察署玄関の扉は大きくて重い。しがみついていると、警部の太い腕が引っ張るのを手伝ってくれた。冷たい外気が顔に当たる。
「君は敵役に心当たりがあるのかい?」
 僕は笑った。
「少年探偵のライバルって言ったら世紀の大怪盗か黒服の集団じゃないでしょうか」

 事務所への帰り道、僕はコートのポケットの中でハンカチを握りしめた。ガーゼ生地に包れて金属製の小片が手のひらに触れる。それは桜貝の飾りがついたチカのヘアピンだった。警察署の机の上で調べられていた証拠品なのだが、さっき拝借しておいた。素早い手わざとスリ取り、あまり応用したくはないけれど七つの特技の一つだ。

 繁華街の小さなアクセサリーショップに買い物目的で来たのは一年ぶりだろうか。これまた古い木扉をくぐると、なかは抑えられた照明の下でもきらびやかに装飾されていた。すでに街は暗くなる時刻だけれど店の混雑はまだまだ本番といった感じだ。
 僕がチカと買い物に来たときも、狭い店内に客が多くて大変だった。大人たちに遠慮しながら静かに待っていたら、店長さんが「あらあら、かわいらしいカップルさんね」と声をかけてくれたのだった。礼儀正しく挨拶をしたのはチカが先だったかな。
 今日の店長さんの様子もあのときと変わらなかった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、また来ました」
「去年のクリスマスにいらした君? 覚えているわ、こんばんは。あのあとテレビで見かけたのよ、あなた探偵さんだったのね、今年もプレゼント?」
「いいえ、お願いしたいことがあるんです。去年購入したヘアピンを見てください。……これと全く同じ商品ってあるでしょうか?」
 僕は狭い陳列ケースの上にハンカチを広げた。ピンク色の貝殻があしらわれたアクセサリーを、店長さんが手袋をした手でつまみ上げた。
「大切に使ってくれていたのね。桜貝はねえ、同じ色合いのものはなかなかないのだけれど」
「そこをなんとか、色も形も同じものをお願いします」
「うーん、少し待っていてね」
 他の接客の合間に、棚の奥からいくつかのアクセサリーが取り出された。ラシャの上に貝殻の黄色いものと赤いもの、そして中間色がありったけ、グラデーションを作って並べられる。やがて手袋の手がそのうち一つを拾い上げた。
「これでどうだ」
 嫌味かもしれないけれど、僕はヘアピンを虫眼鏡で観察した。
「おみごと! 買い求めさせてください」
「ありがとうございます。わざわざ同じものをって不思議なご注文ね。必要な理由は、あなたが探偵さんだから?」
「そんなかんじです」
 店長さんは、僕が品物を受け取って店を出るまで笑っていた。チカ行方不明のニュースについては知らないか、僕と結びつけて考えていないのだろう。いきなり暗い話を振って申し訳ないが、丁寧な説明で時間を取らせるのも良くない。僕はポケットから人探しのビラを一枚取り出した。
「ごめんなさい、最近この子、お店に来てないですよね」
「見かけないわね。……あらやだ、これって行方不明ってことなの?」
「もし来たらでいいです、電話番号に連絡ください!」
 手に持った紙の向こうで店長さんの頬がこわばったのを僕は見た。残念だけれどこの街はときどき、かけがえのない人が蒸発するところなのだ。
 とにかくヘアピンの「複製」は終わった。本物のほうは明日警察署に返そう。

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