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断章の少年探偵 作 猫野 丸太丸 キャラ・挿絵 灰田かつれつ ④

 僕は家に帰ってお化粧の復習をする。ブラウスとスカートを着て、メイ=リオから借りたかわいいピンクのコートを着る。街を歩いて、きっとチカが歩いただろう道筋をたどる。音楽教室、スポーツジム、図書館……。なにか見つかるかもしれないし誰かに見つけてもらえるかもしれない。当てはない、それでも僕にはなぜか確信があった。ときどきチカを擬したブラウスの肩を自分で抱いた。しっかりと両腕を回したところで鏡に後ろ姿を映せば、まるでいまチカに抱きしめられている最中みたいに見えるんだよ。
「チカ……、僕のヘルベチカ……。早く戻ってきて、チカの細い肩、さらさらの髪、かわいい声……」

 また別の日に女装して話していたら、メイ=リオがどうしても僕の事務所を訪ねたいそぶりを見せた。
「いいけど、どうしていままで来たことがなかったんだっけ?」
「あたいはオフの時間に遊ぶ相手だったからね、仕事とは区切るのが礼儀じゃない。それにときどき事務所は危ないことがあるってチカが言っていた」
「真犯人が訪ねてきたこともあったねー、一回だけだけど」
 地下鉄に乗って数駅移動した。事務所があるビルに来た時点で、メイ=リオは
「一階が喫茶店で二階が探偵事務所! 探偵がいそうな雰囲気があるねえ」
 と、よく分からない驚き方をしていた。
「そして事務所に入ったところで思ったんだけれど」
「急に声が怖いね」
「予想していたけれど予想以上ね! 部屋の掃除をしているのかな?」
「チカがいなくなってからは……、一、二回」
「していないでしょう? 服がホコリ臭くなっていたから怪しんでいたのよ」
 メイ=リオは窓際の書類をどけて、ずっと開けていなかった窓を開きはじめた。道路を走る車の音が一気に事務所に入ってくる。
「するよ、掃除を」
「ありがとう」
「なに言っているの、あなたがするの! チカがしていたとおりのことをあなたもやりたいのだから当然取り組むよね」
「そうか! ありがとう」
 メイ=リオがコートを脱ぐと、下はしっかりノースリーブのカットソーを着ていた。覚悟した僕もシャワー室に行ってTシャツに着がえようとする。後ろでメイ=リオの足音がする。
「まあ、探偵さんにお胸がある。変態になっちゃったの?」
「自分でブラジャーを工夫してたりして。デパートの店員さんと顔見知りになったからね、下着売り場の人も紹介してもらっていろいろアドバイスを受けた」
「探偵さんは無駄に行動力があるね」
「それはともかく掃除だろう?」
 せっかくなのでメイ=リオに話した。
「机の上と横に書類の山がある。あっちが二年前、開設当初からの。こっちがだいたい一年前からの書類だよ。個人情報が載っている書類とお金関係の書類、それからどうでもいい書類が混ざっているんだ。事件後に警察がひっくり返したからよけいに分類されていない」
「捜索された日からずっとそのまま?」
「うん。残ったのはもう事件には関係ないと思うけど」
「捨てたらだめなんだよね……。箱に詰めようか」
 僕がメイ=リオから習ったことは、とにかく物をどけて場所を空けること、実際使っているものと使っていないものを分けること、不要なものは思い切って部屋から出すことだった。
 床の上をきれいにして掃除機で掃いて、半日かけたらずいぶんきれいになった。メイ=リオの言うとおり、窓から冷たい排気ガスが入ってくるにしても掃除前の部屋よりずっと空気が良くなった。
「でも考えたら変よね。チカがいながら開設当時からの書類が散らかしっぱなしだったなんて」
「自分で片づけろって何回も言われたよ? ただメイ=リオみたく直接手を出しては来なかったんだ。ほこりをはたくくらいだった」
 メイ=リオがなにかつぶやいて、舌打ちする音が聞こえた。
「ごめん。あたい余計なことをしたかも」
「いやいや、もう片づけても事件には関係ないから」
「事務所をはじめたときからチカはわざとエリアルの机には触らなかったんだよ」
「厳しい助手だったからね。ちゃんと僕自身に掃除をさせたかったんだろう」
「違うの! チカは探偵のお仕事を大切だと思っていたからエリアルの邪魔にならないようにしていたんだよ。お掃除するけど捜査には響かないようにって。あたいを事務所に入れなかったのもきっと私用で邪魔したくなかったから」
 僕の捜査を妨害しないように資料に触らなかったってことか? その発想はなかった。僕は二つ並んだ机を見くらべた。悩ましい僕の机と、静かに作業を進めるチカの机。どうして、どうしてチカがキーボードを打つ音はあんなに静かだったのだろう。
「僕の仕事をチカが認めてくれていたとか、そういうの? いやだ恥ずかしいなあ」
「ありがたがりなさい、あなただからこその恩恵よ? 一方のあたいにはね、もっと勉強しろとか習っているバイオリンをがんばれとか厳しかったんだから」
「あはは、言いそう」
 二人で笑ったけれど、ちょっといたたまれない雰囲気も残った。僕は机の上にあえて残した紙束を手に取る。
「チカがさらわれたときに僕が関わっていた事件はこれだけ。子供好きのモリソンが誘拐犯に疑われていたんだ。結局無罪だったけれどね」
「怪しいんじゃないの? チカの誘拐犯と関係あるのかも」
「単純に結びつけてはいけないさ」
 モリソンの書類を崩さないようにして僕たちは掃除を続けた。話しているうちにメイ=リオは僕の声帯模写を理解した。そしたらご興味がわいたらしい。
「あたいもチカを助手にしている気分が味わいたい」
 だそうだ。
「だからチカの声であたいと会話して」
「じゃあ君が少年探偵役だね。朝の場面なんてどうだろう」
 メイ=リオをせかして僕のベッドに入ってもらった。目覚ましの針を回して枕元でわざと鳴らす。
「おはようエリアル。少し遅いの」
 僕の女声にメイ=リオは「チカだ!」と叫んでとび起きた。そして目を見開いた。僕がなぜか蒸しタオルを持って待っていたからだ。
「チカだ! ……おはよう。これで顔を拭いて髪を直しちゃうんだ」
「十時から弁護士会館なの、その前にバーダン警部のところへお話にいくんだよね。面談が終わったらフェスティバル・マーケットに行ってあげてね、店長さんが今週こそ会いたいって言っていたから。マーケットでグレープフルーツって手に入るかなぁ? 夕食に作りたいものがあるの」
「なによ、その助手兼奥さん兼お母さんみたいなのは……、あなた少年探偵のくせに同棲生活してたの?」
「違うの。エリアルは探偵さんだしあたしは助手なの、ダメかな?」

追加挿絵1

「んーん。うらやましい」
 僕はベッドに引き寄せられた。腰掛けた僕の肩に、メイ=リオが鼻を埋めてくる。
「うわっ」
 我に返った僕が男声で反応したけれどメイ=リオはまさぐるのを止めない。Tシャツの下にブラジャーの紐を探りながらうめく。
「服の手触りとにおいだけはチカと同じ。ずっとチカを独占していたぶん、今日は君が代わりになって! こんなこと本物にはできないから」
「いいよ、メイ=リオには感謝している」
 しばらくしてつぶやきが聞こえた。
「エリアルはチカのこと、どう思っているの?」
「分からない」
「チカはエリアルのこと、どう思っているの?」
「分からない」
「んー、ここまで来ておいて、それが最大の謎なのよねー」
 メイ=リオはため息をついた。
「チカ、早く見つかってよ、あたい待ちきれない」
「大丈夫、あたし、きっと帰ってくるから」
 僕はチカの声で答えた。本物のチカに対してそうしたかったのだろう、メイ=リオは強く抱き返してきた。

⑤はこちら

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