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断章の少年探偵 作 猫野 丸太丸 キャラ・挿絵 灰田かつれつ ⑤

 メイ=リオを帰したあと、僕はチカとの生活をおさらいして考えた。毎日忙しいチカ、たとえば運動能力をアップするのにトレーニングが足りない。彼女は空き時間で格闘技教室、音楽教室に通っていた。でも教室ではもっぱら教える側、それでお金を稼いで他の活動資金に回していた。とんでもない忙しさで、のんびり自分のための運動をする時間がない。仮に僕が気づいていない深夜に活動していたとしたら……。
 深夜に街をランニングするなんて危ないことはできない。でも狭い事務所のなかでドタバタしていた様子もない。チカはどこへ行ったのか。
「空へ逃げたか、それとも地中か……」
 この街には古い下水道網がある。もしやと思って僕は事務所の周りを回ってみた。
「都合よく……地下への入口なんてないよなぁ」
 僕はよどんだ空にカメラを向けて、何枚か撮ってみた。

 新たな視点を求めに、僕は少年探偵の服装で意外な人物を訪ねた。街の中心部から離れたところにある食料品店。そこの店主に伝言を頼んで、裏手の一室にある中年の男を呼んでもらった。
 子供好きのモリソン。未成年にいたずらする事件を数件、しかも手の込んだやり方でやったものだから悪魔のピエロ事件なんて名前をつけられて警察のお世話になってしまったやつだ。罪を償ってからも警察からはにらまれている。二か月前にも類似の事件で疑われたけれど、そのときは無実だったことを僕が証明したのだ。
 薄暗い部屋に丸椅子が二つ。ネルシャツにチョッキ姿のモリソンは先に座って僕を待っていた。僕の顔を見てから目をそらし、大きなあくびをする。
「こんにちは! その節はどうも、でした」
「あいよ、ご苦労さんだね少年探偵さん。チカちゃんのことか」
「モリソンさんは話が早くて助かります」
 僕は彼のすぐ前に椅子を寄せて座った。椅子の足は調子が悪いらしくがたがたと振動する。
「もちろん疑って来たのではありません! チカが誘拐されました。二カ月経つのにいまだに手がかりすらつかめません。モリソンさん、事件についてなにか不自然さを感じませんか? なんでもいいですから事件についてアドバイスを頂けないでしょうか?」
「俺に尋ねに来るっての、ある意味疑われているじゃないか」
「恐縮です、でもどう思って頂いても構いません、チカを助けるためならなんでもしたいんです!」
 モリソンは椅子を回した。しかし僕に向きあうのではなく反対側を向いた。その視線はカーテンの隙間から漏れる日差しを見つめている。
「逆によ、行方不明が分かってすぐに探偵さんは俺のところに来ると思っていたぞ」
「僕が顔を出すとまた取り調べかと周囲に思われるでしょう。モリソンさんの社会復帰に悪いと思って」
「はいはい、どうでもいいよ。で、チカちゃんの失踪が誘拐だと思う理由はなんだ?」
「チカが黙って自分からいなくなる理由が思いつきません。警察が事故を起こしそうな場所を探しましたが見つかりません」
「がばがばな推理だなぁ、山とか海とかに行って遭難した可能性はつぶしておけよ」
「アウトドア装備を用意した様子もないので可能性は低いと思います。チカの足取りを推理しようとはしているんですよ。行きそうな場所を想像して再現できないかがんばっています」
 振り向きざまにモリソンの左こぶしが飛んできた。硬そうなものが、僕の右のほおに当たるか当たらないかで止まった。それでもひりひりする感覚が遅れてやってきた。
「うえっへっへ、冗談だよ。探偵さんも偉そうな話はしなくていいから」
「ごめんなさい」
「まあいい。それより誘拐犯の気持ちが聞きたいんだろう。チカちゃんみたいな娘が好きなやつはいる。有名人が好きなやつもいる。なにより、超有名な少年探偵の助手って肩書きに心惹かれるやつはいる。有名人を自分のものにしたくて、殺してしまうようなやつがいる」
 僕の顔は引きつったと思う。モリソンは話し続けた。
「しかし某国で有名美少女タレントが殺された事件では、真っ先に疑われたのは家族だった」
「その家族犯人説って否定的ですけどね。ただ同じく身内の犯行を疑われたからか、警察には僕の事務所をおもいきり捜索されました」
「犯人が復讐のためにさらったってのは筋が悪いな。ただでさえ前科者は見張られているし警戒されているんだ、単独犯だとひと苦労だぞ。警戒しているチカちゃんを油断させて気絶させて身柄を奪うくらいの手間をこなせるかどうか。怨恨の可能性があるならマフィアみたいな集団なら可能か、いっそ政府の手の者だろう」
「チカが政府の秘密を知ったから狙われたとか? さすがに探偵小説っぽすぎます」
「現実は探偵小説より奇なりだぞ? この俺だって悪いことを仕掛けている最中は、怪盗や悪の科学者レベルのことをしていたつもりだった」
 僕とモリソンさんは黙った。
「だいたいなあ。俺はそんなつもりはないが、過去の事件の復讐がしたいならいちばん簡単な方法があるじゃないか」
「どんなでしょうか?」
「探偵さんの様子をただ黙って見ていればいいんだよ。少年探偵だなんて調子に乗ってガキが危ないところへ首を突っこむから大切な仲間を無くすことになる。そして自分自身も、いつかドジを踏んで消えていくだろうってな」
「エリアルのせいじゃないっ!」
 僕はなぜかチカの声で叫んだ。モリソンさんは僕の声帯模写能力を知っていたからか、たいして反応を見せなかった。
「俺自身は少年探偵さんをどうこうしようとは思っていないさ。お世話になったと思っているくらいだ。チカちゃんも見つかればいいなあ」
「ありがとうございます」
「もし俺に言えるとすればだ。本気で彼女さんを探すなら自分が探偵だなんてこと、忘れちまいな。一人の男が女を助けるんだ、さらわれた姫君に命を懸けるなら誰だって勇者だろうが」
「……なんでもいいです、手掛かりがありましたらご連絡ください」
 よく分からない話を切り上げて僕は食料品店を出た。外は凍りそうな小雨が降っている。僕はコートの襟を直してまっすぐに駅目指して歩いた。
 いやな感じがした。モリソンさんとの会話のことではない。誰か、複数の人間から見張られている。僕が歩くと相手も動く。しかも手馴れた動きだ。今日の面会は開始時からばれていたのだろう。
 でも、モリソンさんの近辺で見張っている人たちといえば……。
 僕はあえて車道に出て一般車を止めようとした。混乱に乗じれば逃げられると考えたのだ。国産車のセダンがわざとらしいほどスムーズに止まった。
(違う、この車も敵の!?)
「ばかなことは止めるんだ」
 黒服の男が二人、もう僕の背後に迫っていた。両腕を取られて僕はもがく。
「おとなしく私たちにつきあってもらおう」
 僕はそのまま車に乗せられて連れ去られた。

 僕が連れてこられたのは見慣れた警察署だった。もう分かっていたけれど黒服の人たちは私服の警官だ。
 僕は取調室ではなく、バーダン警部の部屋に通された。警部は席についたまま怒りのまなざしを僕に向けている。僕が挨拶をして着席すると、警部は手元で資料を開いてから言った。
「これは取り調べじゃあない。しかしごまかしはしないことだ、それがチカちゃんのためでもある」
「そうですね」
「まず良いニュースだ。街でチカちゃんを見かけたという情報が多数来ている。しかもかなり正確な姿をしている、本人の可能性があるんだ。なにか言いたいことがあるかね?」
 僕は首を振った。
「どうでしょうね」
「なんだい、そんな意見なのか。本物のチカちゃんを見つけたかもしれないんだぞ?」
「行方は分かったでしょうか」
 バーダン警部の鼻にしわが寄った。
「悪いニュースもあるんだ。チカちゃんの偽者が急増している。こちらははっきり偽物と分かる見た目だ、なぜならそいつ、女装した男子だからさ。しかしおかげで情報収集が錯綜してしまって、どれが本物のチカちゃんか足取りを追うのが大変になっている」
「残念です」
「女装してチカちゃんのふりをしている男子。それは君のことだな」
 警部が机の上に写真を広げた。どれも赤いスカートと白いブラウス姿の少年で、ときどきコートを着ている。メイ=リオと一緒に立っている写真もあった。
「見られていたんですね」
「当然さ。いったいなんのつもりだ? 君はチカちゃん捜索を自主的にがんばっているのだろうけれど、へたくそな女装で街を出歩くことになんの意味があるのか? はっきり言って捜査の妨害にしかならん。そしてもしも意図的に妨害しているのだとすれば、こちらも強い疑いを持たざるを得ない。君は犯人の側かね」
「違いますけど、誘拐の犯人はまず身内を疑えってセオリーですからね」
 弁を弄してもしかたがない。僕は警部に微笑んだ。
「徹頭徹尾、僕はチカを助けるための捜査しかしていません。女装はその一環です。バーダン警部には、よくよく考えれば理由も分かって頂けると思います。ただし僕の希望としては、警部にはあまり深く考えてほしくない状況です」
 警部はため息をつき、机の上のコーヒーを飲んだ。勧められたので僕も飲んだ。
「今回は大人しくしてくれると助かるんだがな」
「それではチカが助かりません」
「本業はほとんど休んでいるんだろう、学校に行ったらどうだ? ずっと普通の生活をしていないんだから」
「探偵学校を飛び級で卒業しちゃったもので。学ぶことはしていますよ? 最近音楽をはじめました」
「……君がこの街で唯一の少年探偵である理由が分かるよ」
 それは警部のやさしさだった、だから次のような言葉が続いた。
「これまでのつき合いがあるからな。君がチカちゃんをかどわかしたとは正直思っていない。だから君のことを考えてみよう、そしてあえて考えない余地があるか見てみよう」
「感謝します。あ、ついでに証拠品の帳面をチェックして帰りますね」
「おいおい」
 僕は立ち上がって手を伸ばした。警部がカップから離した手をゆっくり動かす。僕はその手を取って、なぜか自分のワイシャツの胸に当てた。
「警部さん、ありがとうございます」
 チカの声が呼びかけたとき、警部の瞳は鋭く光った。
「……いま俺と話をしているのは、たしかにエリアル探偵なんだよなぁ?」
「もちろんですとも」
 その後、僕は本当に目録を読んだし、普通に警察署から帰された。この対応は私情ではない。いまある手がかりや情報からでは、僕が逮捕されるほどの話にならないからだ。
 ただ僕に残された時間はいずれにせよ短かった。


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