fc2ブログ

Latest Entries

断章の少年探偵 作 猫野 丸太丸 キャラ・挿絵 灰田かつれつ ⑥

 クリスマスが近づいてきて、街のにぎやかさはどんどん強くなっていた。雲が切れて明るくなったお昼に、僕はメイ=リオといっしょに商店街を歩いた。最初に借りたピンクのコートは、なんだか気に入ってしまったのでずっと貸してもらっている。
「最近のエリアルって女装を通りこしてすっかり女の子になったね」
「ありがとう、でもチカにはなり切れていないかな」
 僕はずっと女声でしゃべっていた。メイ=リオは聞き流してくれていたが、ある交差点で信号を待つ間に僕の袖を引っ張ってきた。
「あたい思うんだけど、エリアルが完全にチカになる必要ってないんじゃないの」
「難しい話だね。僕の努力が足りなかった場合、もしもそのせいで失敗したらやりきれないじゃないか。だからいまできることはしておきたい」
「根性論を言っているんじゃないの。チカちゃんを助けるためにエリアルが消えるのって逆効果なのかなって」
「消えるの? 僕が?」
「とぼけないで。エリアルである時間とか行動とかが、どんどん減っているわよ? まるで罰として自分を痛めつけているみたい」
 信号が変わったから僕は歩きはじめた。メイ=リオがハンバーガー屋でじっくり相談しようかと言ってきたが断った。尾行する刑事に会話をすべて聞かれるのもなんとなく嫌だからだ。
「デメリットのある方法で苦労しても、いまだにチカを見つけられていない。なにをやっているんだろうね、僕は」
「話そうかどうしようか迷っていたけれど、かえってアドバイスになるかもね、どっちの意味でも」
「それはなんだい、ぜひ聞きたい」
 メイ=リオが噴水のある広場のほうへと歩いた。つきそう僕。まるで曳航される船みたいに二人で、観光客の多い広場をつっ切っていく。高い柱の将軍像の前でメイ=リオは立ち止まった。
「エリアルの気持ちを誘導しちゃうから詳しくは言えないけれど……、あなたとチカ、二人の素直な気持ちを想像してみて。そうしたらきっとチカのことを想像できる」
「二人の?」
「二人、よ。あたい、チカのことが好きだけれどエリアルのことも好き! 二人と親友になりたいな!」
 広場の騒がしさのなかで、声を張りあげるメイ=リオはとてもかわいらしかった。
 僕はチカの立場でメイ=リオを見つめた。それから僕の立場で見つめた。この子になにをしてあげよう。一礼をして手を取り、くるくると回った。他の観光客が引き気味になって周囲にスペースができる。止まった僕は背筋を伸ばして、口を大きく開けた。
"'Tis the season to be jolly, Fa la la la la la la la!"
 チカの声でクリスマスキャロルが流れる。周囲の人が小声で「あれ? ヘルベチカちゃんかしら?」というつぶやきが聞こえた気がした。
 チカならどうするだろう。僕はふたたびメイ=リオの手を引いた。二人で並んだら、メイ=リオは声を合わせて歌ってくれた。
 高い声で子供の曲を歌うと、まるで声変わり前に戻ったみたいだ。
 呼吸をしながら思い出す。チカと僕とが出会ったころ、僕はまだ探偵としては半人前で、チカはやる気だけが空回りしている子どもだった。それでもぶっつけ本番で事件につっこんだ。正答率九十パーセントを数えたら、バーダン警部も自然に僕たちと会話をしてくれるようになった。
「これでも世界少年探偵協会では成績が悪いほうだけれどね。日本なんて警察の時点で検挙率九十五パーセント、少年探偵の手にかかれば百パーセントだっていうんだから」
「もうっ、エリアルったら、素直に喜ぼうよ」
 まだ事務所もなかったから、僕たちは駅前の売店でいっしょに紙カップのコーヒーを飲んだ。夏はアイスを食べたかもしれない。チカの長いまつ毛は光に照らされて、不思議な光彩を放っていることが多かった。
「濃いコーヒーを飲んだらエリアルの背が伸びなくなっちゃうの」
「まさか、それは俗説だよ」
「エリアルの身長がずっとあたしに追いつけなかったらどうしようなの」
 チカはとても透きとおった声で笑ったっけ。
 思い出すたびに、僕の歌声もチカに近づいていく。そうだ、チカは僕と二人でアイスクリームを食べたかった、だからあの店でヨーグルトアイスのパンプキン味を二本買ったのだ。溶けないようにがんばって持って帰ったのに、僕はモリソンの事件で忙しくて構ってあげられなかった。発表会の時だってそうだ。チカは僕に衣装を見てほしくって、わざと事務所に寄ったのだ。どうしてまっすぐ見てあげられなかったんだろう。

 歌い終わりは唐突にやってきて、みんなの拍手に包まれた。僕は意識を切り替える。
「ご声援、ありがとうございました! ……じゃあ、帰ろうか」
 そうして立ち去ろうとした僕の視界に、否が応でも長身の女性が映った。
「警察の人……」
 メイ=リオの言うとおり、タホマ警視が一人でまっすぐに僕のほうへ歩いてきている。
「あたいが足止めするね!」
 僕は推移を見守らずにすぐその場を去った。警察が本気ならもちろん逃げきれるわけがなかったが、僕は誰からも追跡されず事務所まで戻ることができた。警視もきっと、見かけたから声をかけようとしただけだったのだろう。

 誰もいない事務所に帰ったけれど、広場で騒ぎ過ぎたからまだ耳の中に音楽が残っている気がした。コートを衣装かけにしまって、ブラウスを脱いで僕は下着姿になった。ブラジャーを外せば胸が、硬いけれどふっくりしているのが見下ろせる。
「チカのおっぱいが生えちゃった」
 メイ=リオには薄々ばれていただろうか、すっかりチカと同じ下着が着られる体になってしまった。肌の手ざわりも心地よい、まるで全身がチカに包まれているみたいだ。
 でも目標にはほど遠い。あとはなにが足りないのだろう。僕は手に入れたアドバイスを反芻してみる。
「僕とチカの素直な気持ちかぁ。僕はチカを……、好き、だよね」
 ため息が出る。それっていま考えることだろうか。でも真実なのだからきっと意味があるに違いない。僕は姿見の前に立った。ぼんやり見ればチカがショーツだけつけて立っているみたいだ。引き締まったおなか、縦長のおへそ、ジャンプしたらどこまでも飛んでいけそうな脚。
「ごめん、大好き過ぎる」
 胸にさわってみる。チカの表情が少し驚いて、それから頬が赤くなった。
「だ、だめ、だめだよ」
 チカにこんな顔をさせるなんて、ばれたら絶交されるかもしれない。どうしよう。チカの気持ち、チカの気持ちも想像しないといけない。
 頭のなかにマンホールがある、思いの蓋がついたマンホールだ。引っぱってむりやりにでも開けないといけない。なかからなにが出てくるか、いいかげん答えを出したい。出せ。
「だめだよ、だめだよぉ……、チカも、エリアルが、好き」
 あまりにうぬぼれた都合の良すぎる考えに蓋をしたくなる。でも見ないといけない。あらゆる手がかりから考えても答えは一つだ。
「チカは、エリアルが好きぃ」
 はっとして僕はクローゼットを見た。好きならばいまがチャンス、やっちゃいたいことがあるの。歩み寄り、僕はチカのほうではなく少年探偵の衣装に手を突っこんだ。
 本物の、エリアルのトレンチコートが腕のなかにあった。背徳感を感じつつ女体の僕はベッドのうえに、コートを、広げて、その上に寝そべった。大きな男物のコートにくるまれば女の子の体は男くささに取り囲まれる。
「エリアルの、におい。街と、事件と、推理のにおい」
 鼻で探ったら、わきのところの裏地、そこがいちばんエリアルっぽい!
 本当にチカってば、僕が留守の間にこんなことしてたの? えへへ、してたの! ごろごろして、あごをこすりつけて!
「エリアル、好き! しゅき、しゅき、しゅき、しゅき、しゅき、しゅきぃっ!」
 蕩けた快感に身をゆだねて理性を打ち消せたなら、感じられることだってあるんだよ……!

 その日の午後は珍しくうだうだして過ごした。僕にここまでさせるなんてひどい助手だ。天井を眺めていたら、電話がかかってきたのでチカの声で答えた。
「こんにちは」
「いるのね、いまからそっちへ行くから待っていなさい」
 タホマ警視だった、広場からずっと僕を探していたのだろうか。それにしては時間がかかり過ぎている。まさかメイ=リオの足止めのせいではないし、急ぎの用事でもないのだろう。
「お着換えするので、一時間後に来てください」
「なに、それ? ……分かったわ」
 僕はシャワーを浴びて、新しいショーツとブラジャー、キャミソールを着けた。髪をきちんと整えて桜貝のヘアピンで留めた。清潔なブラウスとスカートを身に着ける。写真の通りの元気なチカ、かわいいチカ、すっきりとしたチカ。鏡を覗いて、まつ毛の美容液も忘れない。
 きっちり一時間後、本当にタホマ警視が訪ねてきた。
「んもう、夕方になっちゃったじゃない、女の子の身支度じゃあるまいし……って」
 僕の姿を見た警視は思ったより深刻そうな顔をしていた。
「正体は変装したエリアルくん、なのよね。だっこさせなさい」
 いつかのように僕を抱き上げたと思ったら、ますます顔が青ざめるので僕のほうが困った。
「警察に行くのでしょうか」
「問題に対応するサービスがすでに違っているわ。私たちではどうにもならない。このまま車に乗っていい?」
「はい」
 警視個人の私有車が前に停まっていた。僕は助手席に積み込まれ、警視は運転席に座る。
「病院に行くわよ。あなたも知っている先生にいまから診てもらえるって」
「僕は病気ではないですけど」
「四十一キログラム。あなたの体重よ。先月より十キロは減っている」
 夕方、通勤の自動車で道路は混んでいた。裏道を選んでいるらしく車は何回も交差点を曲がった。
「他人を持ち上げただけで体重が分かるの、すごいです」
「最近ろくに食べていないでしょう? いまからフィッシュアンドチップスにつきあうなら病院行きは待ってあげるけど」
「遠慮しますね」
 自動車は病院裏の駐車場に入った。タホマ警視は事前に準備をしていたらしく、迷うことなく通用口からエレベーターを上がって診察室の並ぶブースへと僕を連れてきた。
 部屋で待っていたのは見覚えのある初老の先生だった。警察の捜査で医学的知識が必要なときに、よくアドバイスをもらっていた人だ。
 先生は僕のブラウスに赤いスカート姿を見るやいなや
「チカちゃん? いや、これがエリアルくん? どうなっとるんだ、これは」
 と言った。
「こんにちは、先生。エリアルです、わけあって女装しています。内密にお話したいことがぁ」
 僕が頼むと、警視は診察室を出てくれた。先生と二人、へんな会話がはじまる。
「わけもなにも。体がなにかおかしいんじゃないか、手足もこんなに痩せて」
 先生は聴診器を持ったが、ブラウスの上からブラジャーに触れたとたん引っこめてしまった。
「私は騙されているのか? これは女装ではない」
「こういうのを見るのははじめてでしょうか? もっと触って確かめていいんですよ」
「はじめてのわけがない、だが」
 僕は白い手首と指を見せつけるように目の前で振った。その指で、自分のスカートの上から股間をなでて見せた。
「てっきり摂食障害の診察をするものだと思っていたのに。性的な冗談はよしてくれないか」
「先生のお見立てと証言が頼りなんです。だから、ほぉら」
 僕はなぜかスカートをめくり上げて、ショーツの前を下ろしてみせた。なかを見たとたん先生が助けを呼びたそうに扉を見る。
「こんちくしょう、君はいったい誰なんだ?」
「けらけらけら」
 病院の診察室には裏口があるものだ。タホマ警視と出くわさないほうへ僕は立ち去った。迷うことなく階段を上へ、上へと上る。なぜなら僕はこの場所を知っているからだ。
 途中の鍵開けは探偵の七つの特技であるピッキングを使えば余裕だ。冬の日暮れは早い、病院の屋上はすでに真っ暗だった。それでも、よく見ると隣りの建物との間にケーブルが渡されているのが見える。僕はなぜかためらうことなくケーブルにつかまった。滑るように隣りの建物へと飛び移る。
 屋根から屋根へ、スカートがめくれるのを気にせずに、ときにはジャンプしときにはよじ登る。人目に触れないまま、僕は最初の建物から思わぬ遠くまで来ることができた。チカの編み出した移動経路だ。
 チカと同じ体重で同じ腕力だから、チカが通りやすい経路が分かる。どこまでも夜空を跳べる。そうやって最も移動に便利なビルへと向かっていく。そこは下層階にこそ商店があったが上層階がほぼ閉店している古いビルだった。僕はビルの非常階段に降り立ち、ある扉から中へと入った。
 どうしてチカは危ない夜の散歩をしていたのだろう? 僕はその理由を考えつかないよう推理に蓋をしていた。そして警察にもできれば気づいてほしくなかった。
 夜な夜な街の空を飛び回る、そんなことが生業の人間は二十世紀末のこの街では珍しい。チカはほんとうは悪い子。そう、チカの正体は――、怪盗だったのだ。
 建物に入った僕は何者かに強い衝撃を加えられ気絶した。


⑦はこちら

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://okashi.blog6.fc2.com/tb.php/22746-ca1f3171

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

FANZAさんの宣伝

 

初めての人はこちら

ts_novel.jpg

 

性の揺らぎに関する作品でお勧めのもの

ts_syouhin_20090318225626.jpg

 

性の揺らぎに関する作品(一般)

ts_syouhinもと

 

FANZA専売品コーナー

ブログ内検索

 

最近のコメント

プロフィール

あむぁい

  • Author:あむぁい
  • 男の子が女の子に変身してひどい目にあっちゃうような小説を作ってます。イラストはパートナーの巴ちゃん画のオレの変身前後の姿。リンクフリーです。本ブログに掲載されている文章・画像のうち著作物であるものに関しては、無断転載禁止です。わたし自身が著作者または著作権者である部分については、4000文字あたり10000円で掲載を許可しますが、著作者表記などはきちんと行ってください。もちろん、法的に正しい引用や私的複製に関しては無許可かつ無料でOKです。適当におだてれば無料掲載も可能です。
    二次著作は禁止しません。改変やアレンジ、パロディもご自由に。連絡欲しいですし、投稿希望ですけど。

 

全記事表示リンク

月別アーカイブ

 

最近の記事

 

カテゴリー

新メールフォーム

イラスト企画ご案内

20080810semini.jpg

 

リンク

RSSフィード

2023-06