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断章の少年探偵 作 猫野 丸太丸 キャラ・挿絵 灰田かつれつ ⑦<完>

 気がつくと、四角い一室で椅子に座らされていた。天井には小さい蛍光灯、背後の窓は真っ暗で外はよく分からない。壁にはロッカーとか、収納ケースが異常にきっちり並べられている。衣服とか工作道具とか書いた手書きのラベルも見える、これはチカが整頓した部屋だ。ということはさっき入ったビルの一室、すなわち怪盗チカのアジトにたどり着いたのだろう。
 出入り口は向かい側に一つあるきりだ。僕の両手は椅子の後ろで手錠によって固定されていた。つまり僕は拘禁されている。
 部屋には入口をふさぐように一人の男性がいて、椅子に座ってこちらを見ていた。正直見覚えのある顔だ。タホマ警視につき従っている若手刑事である。青ざめた表情は警視以上に不安そうになっていた。
「起きたか、答えろ。おまえ……、どっちだ?」
「やっぱりあなたが誘拐犯だったんですね」
 立ち上がった刑事に向かって、僕は不敵にも笑ってみせた。
「僕がエリアルかヘルベチカか、どっちかでしょうか? さあ、どっちでしょうね。気絶している間に体を確かめたんでしょう?」
「その口ぶりはエリアルか? 探偵っていうのは変装のために性転換手術までするのか」
「だいたいその通りです、手術ではこんな短期間に変われませんけどね。でも探偵七つの特技の一つを使えば」
「うそだ! 死ぬまでそうやって軽口を叩いていろ。どうせおまえたちは逃げられない」
「おまえ、たち? ……それで刑事さん、余裕のない顔をしているんですね! おそらく捕まえたはずのチカを逃してしまったんでしょう。そしたらチカの姿がまた街に出没するようになったから、気が気でなくなっていたんですね。僕が挑発するたびに、あなたの指紋が証拠品の帳面の上でどんどん増えていましたよ」
「街の目撃情報、あれはエリアルだったのか? それともチカ本人か?」
「あはっ、分からないでしょうねー。それで僕を捕まえちゃった、と。惜しいなぁ、静かにしていれば犯罪がばれずにすんだ可能性もあったのに。それとも性的嗜好に百パーセントぴったりの女の子がもう一人うろうろしていたから、我慢できなくなっちゃいました?」
 刑事が僕を蹴ってきた。後ろに倒れる椅子。僕はみじめにも地面に転がった。
「頭のおかしいやつだ。チカと同じ格好で、チカとおんなじ身ぶりでアジトに戻ってきやがって。おかげで同じ方法で捕まえたら同じように気絶してやがる。だが今度は逃がさないからな、エリアルがチカほど腕力がないことはばれているんだよ。違うというなら椅子ごと起き上がって見せろ」
「できませんよ、そんなこと」
 僕は首を回して刑事を見た。銃は持っていない、少なくともすぐに銃を撃つ様子はないようだ、音で他人にばれたくないからかな。
「将来有望なあなたがどうしてこんなことを? 悪い人にも見えなかったですけど」
「有望なものか。刑事の俺は俺じゃない。俺が本当になりたかったものは……、そして永遠になれないものは少年探偵なんだよ」
 正直、これはまったく予想していなかった。
「しょうねんたんてい……? 僕には少年探偵より本物の刑事のほうが立派に見えますけど」
「おまえが言うな!」
 変化した刑事の表情は、いままで僕が向けられたことのないものだった。
「だっておかしいだろ! 少年が! 事件を解決して! 警察より有名で! 警察のみんなからも好かれていて! そのうえ美少女の助手がいるだって! そんなのがいるとは噂で聞いていたけど、警視と一緒にこの街に来たときにはでき過ぎなおまえに頭がくらくらしたよ」
 僕はモリソンさんの言葉を思い出した。そうだ、そう感じる人もいるのだ。
「おまえたちのことはずっと見ていた。そしたら偶然このビル、すなわちチカのアジトを見つける機会があったんだ。だから俺はチカに協力を申し出た。これからは俺と二人、探偵と助手でやっていこうって」
「監禁して説得するだなんて小悪党っぽいですけどね」
 刑事が怪盗の秘密を握って懐柔しようとしたのだ。でもうまくいかなかったんだろうな。もちろんチカが首を縦に振るはずもない。
「それでチカはどこにいるんですか」
「知るかよ、おまえこそ知らないのか」
「あれー? じゃあ刑事さん、僕がどうこうしなくてもチカが警察に秘密をばらしたら、汚職で絶体絶命じゃないですか」
「チカのほうも自分から警察に出頭するつもりはないようだぞ? なにせ彼女はおまえの探偵としてのキャリアを傷つけたくないようだからな。俺も黙る、チカも黙る。そんな妥協点を狙えるわけだ」
「なるほどなるほど」
「強がるんじゃない、それも昨日までの話だ。いまやおまえをダシにすればチカは誘いに乗る。また捕まえることだってできるかもしれないさ」
「そううまくいきますかねえ。よいっしょ」
 転がっているのも面倒になってきたので僕は普通に立ち上がった。外した手錠をぶらぶらさせて見せる。
「くそがき、なにやってんだ!」
「探偵七つの特技の一つ、手錠はずしはご存じなかった? 僕にできてチカにできなかった技術ですよね。あれ、じゃあチカはどうやって逃げたんだろう」
 そうやって話を反らしながら至近距離に立つ。刑事は両手を上げて背の低い僕に組み付こうとしてきた。武器も持たず、こちらを舐めている証拠だ。僕は構えを見せる隙もなく手に持った手錠で股間、鳩尾、のどを殴った。
 刑事は、何発も殴られたのに応戦できないのでなぜか戸惑っていた。急所を殴られた後も戸惑いながら、倒れた。これは僕にはできない。チカの力と技術だ。
「チカが本気を出せばあんたなんてどうにだってできたんだよ! あんたに後れを取ったのは、秘密がばれることを心配したのもあるけど――、ふだん警察署で顔を合わすあんたに暴力をふるいづらかったからだろ! あの子は基本、いい子なんだよ!」

 やがてドヤドヤした物音が近づいてきて、部屋が開錠されて、入ってきたのはバーダン警部と警官たちだった。警官たちは倒れている犯人を取り囲む。僕はとたんに明るい笑い声を出した。
「さすがバーダン警部、適切に推理してくださったんですね。ここに犯人がいます」
「分かっているよ、君が被害者でこいつが犯人だ。いや、どうも……、本当にすまなかった」
 警部も僕を見て笑ったけれど、頬の緊張が取れていなかった。
「お互い様な状況ですよね、これ。申し訳ありません。どうしてここを?」
「タホマ警視自身が身内にもばれないように発信機をつけてくれたんだよ」
 さっきの抱っこの瞬間にか。危ない危ない。
「あ、警部、服が血で汚れちゃったんで着がえていいでしょうか。脱いだ服は必要なら持って行っていいですよ」
「写真を撮ってからな」
 犯人の刑事は身柄確保された。バーダン警部は現場を荒らさないようにして様子を見ている。このビルが怪盗ヘルベチカのアジトだとばれるのはしかたがないだろう。
 しかしいまから今日最大の難関がはじまるのだ。
 まず衣装と書いたロッカーから、黒い衣服をさも当然のように見つけて取る。女性の警官を呼んで着替えを見守ってもらう。脱いだ僕の姿に婦警さんが動揺の声をあげた。
「あなた、女の子じゃない」
「恥ずかしいです、大声で言わないでください」
 着替え終わった僕は、わざとバーダン警部を女声で呼んだ。婦警がどいたので警部が僕の全身を見ることになる。そして驚愕する。僕が怪盗を模した、ぴちぴちのレザースーツを着ていたからである!
「ここからはお祭りですよ!」
「なんなんだ……。君は、誰なんだ!?」
「犯人に言っておいてください、もしいまでも憧れる存在があるなら、その相手のことをとことん考えて想ってみよう!」
 僕は窓を開けて勢いよく外へ跳んだ! と見せかけて、外壁のでっぱりにつかまってビルの上へと登った。
 ほんとすごい、チカの身体能力って!
 そのまま脱出経路に沿って建物から建物へと渡る。警察官たちは取り残されてはるか後ろだ。ランダムに動いた後で、チカが大好きそうな場所、見晴らしが良い高いビルの屋上を探した。時計台のある歴史的建造物はさすがに注目されすぎる。それほど有名でない、でも周囲を見渡せるビルの屋上だ。
「きっと、ここかな」
 腕力で外壁から屋上によじ登ると、座れそうなコンクリートブロックが見えた。配管に足を引っかけないように注意して前進、ヒントがないか夜目をこらせば、物陰に妙にきっちりとしたビニール袋包みが置いてある。僕は無音で歩み寄った。包みの中身は毛布だ。
 傍らに空調の室外機があって風よけになるとはいえ、ビルの屋上は相当寒い。僕は毛布をかぶって待った。

「お待たせなのっ!」
「来てくれた!」
 ジャンプして飛び込んできたのは僕と同じレザースーツ姿の女の子。同じ背丈、同じシルエット。着くなりぴったりと身を寄せてきた。おそるおそる顔を見ると、向こうも僕の瞳をのぞきこんできた。
「チカ……?」
「そういうあなたはエリアルなの」
「チカ、会いたかった、よぉ」

追加挿絵2

 真冬の曇りの夜、辺りは暗かったけれど、においで、髪の触感で、呼吸をする胸の動きがはっきり伝わる感覚でチカだと理解した。
「僕、こんなだけれどエリアルだって分かる?」
「分かるよ。エリアルの特技、なりきりプロファイリングを使ってあたしを探してくれたんだよね」
「うん……」
 手が、そっと僕の胸におかれた。丸みにそってまさぐり、そのまま滑らかに下へとなぞる。
「エリアルが女の子になっちゃった……。レザースーツを着ているとこんな体型でもぱっつんぱっつんになるよね」
「君こそ」
「まさかあたしに恋い焦がれるあまり、元に戻れなくなっちゃったとかぁ?」
 僕は無言でうなずいた。チカは僕の肩を、メイ=リオがいつかやったみたいにぎゅっとしてきた。
「ごめんね。あたしが怪盗だってことを隠していたからいけないんだよね」
「ほんとうにそうだったんだ……。でもしかたがないよ! 見抜けなかった僕も悪いんだし……。事務所のね、散らかした書類をチカがずっと触らなかった理由ってどうして」
「触らないふりして、エリアルにばれないように全部の書類を盗み見していたの」
「仕事中にすごく静かだったのって?」
「電話も会話も全部盗み聞きしていたからなの」
「アイスクリームを二つ買ったのは?」
「それはエリアルといっしょに食べたかったからだよ?」
「えへへ、気づいていなかった」
 僕が笑ったのは、チカに笑ってほしかったからだ。チカが笑い返したのも同じ理由かな。
「エリアルはすごいよ、この場所を探し当てたのも、あたしのプロファイルをぜんぶ読み取ったのもエリアルだからできたことなの」
 そして耳元に口を近づけてきた。
「ねえ、このままひとつになっちゃおうか。身も心もあたしになるの」
 ひとつ。ああ、そうか……。ぞっとする考えが頭をもたげた。体温に包まれて体が闇に沈み込んでいく感覚。でも、僕は首を振った。
「いやだ。僕とチカ、ふたりがいい。ふたりで帰るんだ」
「あはっ、そうなのぉ」
 チカが、やっと自分から笑った。そして肩を揺すぶった。
「チカは、そんなエリアルが大好き!」
「僕も好きだよ、チカ」
 ずっと言えなかった言葉を交わしたあとに、ふたりでしばらく夜景を眺めた。
「夜が明けたらふたりで帰ろうね。メイ=リオが心配していたから会いに行こう」
「メイ=リオに出会ったの? あの子、すっごくいい娘だよね!」
「三人で遊ぼうよ。それですっきりしたら――、バーダン警部やタホマ警視もだね。安心させてあげたいから、堂々と自首しよう」
「さすがはこの街で唯一の少年探偵なの。でもはいはいと聞くようならあたしだって怪盗じゃないの」
「むー。改心すれば、世のため人のために活躍する人生もあるぞ?」
「それってあたしのすること、なのかな……? 弁明の余地がほしいの」
「はいはい」
 しかたのないことだってあるけれど、僕とチカならどこでだって生きていけるだろう。
 僕は彼女の体を抱き返した。細くて、温かくて、そのまま腕がすり抜けてしまいそうな感覚に戸惑う。
 それでも僕は、かならずふたりで朝日を迎えられるようにと。強く、強くそう願ったのだ。

(終)

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