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【投稿小説】国で一番の貴族の青年が農民の娘に改変されちゃうお話

作 なまむぎ
絵 れいとうみかん

 ルーク・ウィリアム・ヘレフォードは国で一番の大貴族、ヘレフォード家の長男である。
20歳そこそこにしてヘレフォード家当主の地位とその財産を継いだ彼は、現在、この国で最も輝ける人物の一人と言っても過言ではなかった。持てる財産は、この国の他のどんな貴族や大商人に比べても多い。

さらに彼は容姿も非常に整っており、その甘いマスクと洗練された立ち振る舞いは、上流階級の婦女子を虜にしてやまず、王都城下の町娘たちの憧れの的でもあった。もっとも彼にとっては、城下の町娘たちなどは歯牙にもかける存在ではなかったが。国で一番の貴族として、高貴な身であることを自認する彼にとっては、そのような者たちなど、とても対等な存在と認める事さえできない、下賤な存在でしかないのだ。
『自分は選ばれた人間だ』
それが彼の信念だった。



その日ルークは、貴族仲間の舞踏会に参加したため、夜遅くになってから帰宅した。葡萄酒を痛飲していた彼は、すっかり酔いの回った状態で豪華な邸宅の門をくぐった。
 客を圧するように煌びやかに作りあげられた玄関で、彼を出迎える使用人たちには一瞥もくれず、彼は自分の寝室へと向かう。したたかに酔った彼の脳裏にあったのは、一刻も早くベッドで眠りに就きたいという欲求だけだった。
 ルークは寝室の扉を開け、自身の部屋の中へと踏み込む。そこは彼の部屋であり、彼に使える使用人たちも、掃除の際を除いては決して入ることはない。もし何の用もないのに室内にいるところを見つかり、主人の機嫌を損ねれば即日屋敷を追い出されるだろう。身分の低い、『卑しい』者たちに容赦しないというルークの性格を、使用人たちは皆、よく分かっていた。
だからこの時間、室内には誰もいないはずだったのだ。しかし……。

「……ん? 」

部屋に入ったルークは、おかしなことに気が付いた。誰もいないはずの室内なのに、壁に設置された明かりのランプに火が灯っている。

(使用人の誰かが、掃除の時に消し忘れたのか? )

そう思いかけたところで、ルークは室内にいた人影に気が付く。部屋の入口に立つ彼に背を向けるようにして、窓際の机に向かい椅子に腰かけている一人の人物。顔は見えないが、背格好からどうやら男らしいとは推測できた。

「誰だ!? ここが俺の寝室と知って入ってきたのか? 」

 ルークは侵入者に向かって怒鳴りつける。一刻も早く眠りにつきたいのを邪魔された怒りが、彼を不機嫌にしていた。

(もし身の程知らずの使用人が俺の留守に入り込んでいたのなら、すぐさまクビにしてここから追い出してやる)

そんな考えを脳裏に浮かべるルーク。その怒鳴り声が耳に入ったのか、人影が立ち上がって彼の方を振り向いた。

「……んあ? 」

 酔っているせいもあってか、間の抜けた声がルークの口から発せられる。その男の顔を見た時、やはり酒を飲み過ぎたか、とルークは思った。酒の飲み過ぎで幻覚を見ているとしか考えられなかった。
彼に向かい合って立つその男は、彼とそっくり同じ顔をしていた。蒼い目も、高い鼻も、端正な口元も、金色に輝く髪の毛も、そのすべてが、鏡の中で見る彼自身の顔とそっくり同じだったのだ。これが幻や夢の類でなくて何だというのか。
 しかし、自分が見ている光景をにわかに信じられないでいるルークにはお構いなしに、その男が口を開いた。

「いきなり誰だとは御挨拶だね。僕は、ルーク、ルーク・ウィリアム・ヘレフォードさ。国で一番の大貴族、ヘレフォード家の長男のね」
「……何言ってるんだお前? ルークは俺だ。ヘレフォード家の当主とは俺のことだ」

 酔った頭でルークが言い返すと、彼にそっくりな男がくすくすと笑う。

「うん、そう。本来ならね。でもそれも今日までなんだよ。今日からは僕が、今から君の存在を乗っ取って、ルークになるんだ」
「はあ? 」

 目の前の男が何を言っているのかわからず、面食らうルーク。そんな様子を見て、さらに楽しそうに口元を歪めながら、男が言う。

「自己紹介をさせていただくとしようか。こう見えて……って、今は君の姿だけど、まあこう見えて僕は、いわゆる魔法使いってやつなんだ」
「……何を言うかと思えば……魔法使いだと?」

 呆れ顔のルークに対して、侵入者は真面目な顔をして頷いて見せる。

「そう、魔法さ。僕は何年も研究を重ねて、人間の存在を改変する魔法を完成させることに成功したんだ。僕がこうして君の姿になっているのも、その魔法のおかげってわけさ」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。おまえ、頭がおかしいのか? 魔法? 存在を改変? そんなことができるものか。人を馬鹿にするのも大概にするんだな」
「まあ、信じられないのも無理はないかもしれないけどね、そんな魔法があるなんて。でも大体の人が思っているよりもこの世界は広いんだよ。この世には君の知らない事なんてごまんとあるのさ。……いや、そうだな、論より証拠だ。試しに、僕がここで魔法を使ってみせよう。そうすれば、君も信じてくれるだろう? それにどのみち、最終的にはやらなきゃいけないことだし」

 そう言うと魔法使いを名乗る目の前の男は、聞き慣れない言葉でぶつぶつと何かを唱え始める。初めはその様子を冷ややかな目で見ていたルークだが、すぐにその顔に驚愕の表情が浮かんだ。

「な、なに!? 」

これまで何も異常のなかったルークの足元の絨毯の上に、突如として、円陣のようなものが現れたのだ。それは魔法使いを名乗る男の唱える言葉のリズムに合わせ、脈動するかのように不気味な色の光を放っていた。しかもなぜだかは分からないが、ルークの足はその場に張り付けられたかのように、動くことができなくなっていた。
 驚くルークの顔を見て、魔法使いを名乗る男は、呪文の詠唱を一時止めて、愉快そうに笑う。
「何だこれは! 何かの奇術か!? 」
「ははは、驚いてもらえたみたいだね。でも本番はここからさ。君の存在を変えて見せようじゃないか。……さて君をどんな存在にしてみようか。……貴族サマはこの顔だから、ずいぶん女の人にもてるんだろう? だったら……こんなのは面白いんじゃないかな? 」

 そう言って魔法使いは再び呪文を唱え始める。呪文が唱えられるにつれて、床の上に現れた魔法陣がその輝きを増していく。そしてひときわ大きな光が生まれると、身動きができないルークの身体は、紫色の光が包み込まれた。彼は思わず目を瞑る。

「うわっ!? 」

 光に包まれると共に、ルークの身体にむず痒いような刺激が走り抜けた。痛みなどは一切ない。しかし、ルークがそれまでの人生で感じたことのない、奇妙な感覚だった。全身がむずむずとする。気持ち悪くもあり、どこか心地よくもあるような、そんな感覚だった。
 その奇妙な感覚も数秒のうちに過ぎ去り、ルークは恐る恐る閉じていた瞼を持ち上げる。

「な、何だ? 今、何が……。……っ!?」

 彼は咄嗟に喉を抑える。

「な、なんだ……こ、この声は!? 」

 その声は普段聞き慣れた自身のものではなかった。その声は本来であれば絶対に出せないほどに高かった。まるで女の声の様に……。

「な、ど、どうなっているんだ……? 」
「ふふふ、魔法で君の存在を女性に改変してみたんだよ。もっともただ性別を買えただけだから、身体つきや顔立ちまではそれほど変わっていないけどね」
「俺を、女に……? ま、まさかそんなことが……」

 魔法使いの言葉を信じたくない気持ちで、ルークは恐る恐る自らの股間に手を伸ばす。

「う、嘘だろ……?」

 そこには本来であれば、彼が生まれてからこれまでずっと存在してきた男の象徴があるはずだった。しかし、それは今や影も形もなくなっていた。代わりにあったのは、ズボンの布地越しに感じられる、股間を縦に裂く一筋の割れ目だけだった。

「ま、まさか、本当に……? 」

 顔から、血の気がサーッと引いていく。いつの間にか、先ほどまで頭の中に残っていた葡萄酒の酔いも、今やすっかり失せつつあった。それと同じように、これが夢や幻だと疑う気持ちもまた、霧散してしまっている。手で触った身体の感触はあまりにも生々しく、これがまやかしではない現実であるという事をこれ以上ないほどに訴えかけている。

「な、お前、俺に何をした! お、俺の身体を元に戻せ! 」
「ははは、何をしたって、言っでしょ? 存在を改変する魔法を使うって。それに、元に戻すのもできない相談だなあ。どのみち僕の目的のためには邪魔な君は、元とは全く別の存在になってもらわなきゃいけないんだ」
「目的だと? ……そうだ、そもそもお前は、ここに何しに来たというんだ? 」

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 肝心なことを知らされていなかったことに気が付き、ルークは男に問いかける。そもそもこの男は何の目的があって彼の寝室に侵入したのか。まさかただ魔法を見せびらかしに来ただけではあるまいが、その真意は依然として彼には不明なままだった。

「ああ、まだ言ってなかったっけ。じゃあ教えてあげようか。僕がここに来た目的は、この魔法を使って、君に成り代わることさ」
「……はぁ?」

 その男があっさりと言い放った言葉に、ルークは一瞬呆気にとられてしまった。

「俺に成り代わる、だと?」
「うん、そう。僕は庶民の生まれで、生まれてこの方お金に縁が無くってさ。生活にも魔法の研究にもずいぶん苦労してきたもんだよ。そしていつも思ってたんだ。ああ、親から受け継いだ財産で好きなように暮らしている貴族の連中がうらやましい、ってね。……だから、何年もかけてこの魔法を作り上げて、ここに来た。国で一番の貴族に成り代われたら、もう生活でも研究でも、困ることなんか無いだろう? 」
「馬鹿な、俺に成り代わるなんてことができるわけがない。貴族としての教養もない庶民風情が。成り代わった後、どうやって生活しようというんだ? お前のような下賤の者に俺の代わりが務まるものか」

 ルークは魔法使いの男をせせら笑う。男が自身を庶民階層の生まれだと知り、彼の中に生来の侮蔑心が浮き上がっていた。しかしそんなルークの馬鹿にしたような口調などなど素知らぬ風で、男は言う。

「そうでもないさ。この魔法を使えば、僕は君としての記憶を好きなだけ使うことができるんだ。その記憶を使えば、君に成りすますことなんて造作も無いことなんだよ」
「何、記憶を……? 」

 ルークは言葉に詰まった。男の言う通り、男がルークとしての記憶を自由に使えるのならば、確かに彼の立場を乗っ取って暮らしていくのに、男は何の不自由も無い。そのことに思い至ったからだ。

(いや、そんな馬鹿なことがあるものか。他人の記憶を好きにするなんて、できるはず……。まして、こんな下賤な者にそんな大それたことが……)
「……さて、そろそろ君の処遇について考えなくちゃね」

 いつの間にか魔法使いの男は、動けないルークの周囲を歩きながら思案していた。

「僕が君に成り代わるためには、本当の君は邪魔だ。同じ人間が2人もいてはおかしいからね。だから君には、別の存在になってもらう必要がある。……まあもっとも、最初から君なんてこの世界に存在しなかったことにもできるし、ネズミやカエルにしてしまうことだってできるけど、それはさすがにかわいそうだから……。僕の妹とか、お付きのメイドとかにしてあげてもいいんだけど……。……うん、でもここはひとつ、貴族サマにも僕たちのような下々の暮らしを味わってもらうことにしようか。」

 顔を上げた男が、口元を不気味に歪ませながら、ルークの顔を見据える。その顔を見た時、ルークの背中にゾクリと悪寒が走り抜けた。
 そんな彼に向って、魔法使いの男は足を踏み出してその距離を縮め始めた。

「ち、近づくな! 俺に何をするつもりだ? 」
「君を、僕たちみたいな『下賤』な存在にしてあげるよ。君はこれから、農民の女の子になるんだ。君たち貴族の暮らしが、どれだけの貧しい人たちの上に成り立っているのか、ぜひ君にも知ってもらいたいからね。……じゃあさっそく、まずは身体の方から改変していっちゃおうか」

ルークが止めろと言う暇もなく、魔法使いがまたあの呪文を唱え、ルークの足元に再び魔法陣が現れる。

「まずは身体だね、とりあえず背はもっと低くしようか」
「うぐっ!? 」

 ぐぐぐっとルークの背丈が縮んでいく。骨が軋むギシギシという音がルークの体中から響くが、なぜか痛みは無い。変化は数秒の内に終わり、気が付いた時にはルークは、見上げるようにしなければ目の前に立つ魔法使いの顔を見ることができなくなっていた。
 背丈の縮んだルークを見下ろしながら、魔法使いが言葉を続ける。

「農民の女の子は子供をたくさん産まなきゃいけないからね。お尻は大きな安産型にしてあげるよ。それに胸も、母乳ががたくさん出るようにね」

 その言葉が発せられるとともに、ルークの胸と尻がみるみる盛り上がっていく。慌てて胸に手を当てて押さえようとするが、変化を押しとどめることはできなかった。指が柔らかな肉に食い込み、胸と尻にかかる重量がどんどんと増していく。

「うあ、ああああ……」

 やがて成長が終わる頃には、ルークの胸にはもはや手で覆い隠すこともできないほど、たわわに実った2つの果実が形づくられていた。

「な、なんだ……、この、下品な身体は……」

 ずっしりと肉が付き、手で触るとむっちりと沈み込む柔らかな肉。すっかり変わり果ててしまった胸や尻に手をやり、ルークは信じられない思いで呟いた。
一般的にこの国の上流階級の男にとっては、均整の取れたスレンダーな体型が美女の条件とされている。そんな貴族的な価値観からすれば、今のルークの身体の巨大な乳房や肉付きの良すぎる尻は、あまりに肉感的に過ぎた。それはほとんど、下品とさえ感じられるほどに。

「ふふふ、元貴族サマの君は、その身体、気に入らないかな。でも庶民の男たちからの受けはすごくいいと思うよ? 」
「ふ、ふざけるな、そんな奴らに喜ばれたって……」
「さあ続きだ。その金色の髪の毛は、綺麗だけどちょっと庶民っぽくないね」

 ルークの抗議などに聞く耳も持たず、魔法使いは詠唱を続行する。輝く黄金色だったルークの髪の毛が、あっという間にくすんだ赤色に染まっていく。

「顔も女の子らしくしなくちゃね。目がクリっと大きくして……。華は無いけど、愛嬌のある感じにしてあげるよ」

 その言葉に続いて、目鼻の配置や形がグニグニと変わっていく。眉毛は細くなり、唇はふっくらと柔らかに膨らむ。高かった鼻は、どことなく丸みを帯びながら縮み、頬には点々とそばかすが生じる。数秒後には、ルークの顔は可愛らしいもののどこか垢ぬけない、田舎の村娘然としたものへと変わっていた。

「おっと服も変えてあげなきゃ」
「うわぁっ!? 」

 ぶわっと、布地がはためいた。ルークが着ていた服が一瞬にして、上下の繋がった丈の長いスカート状の衣裳へと変わったのだ。それはこの国でそれほど裕福でない階層の女性たちが着るものとしては、ごく一般的な衣装であった。貴族の娘たちが着るようなきらびやかさは欠片もない、経済性と機能性重視の、地味な服である。

「うん、身体の方は完成かな。貴族の人がどう思うかは知らないけど、庶民的にはとっても可愛い女の子になったと思うよ」
「ふ、ふざけるな、お、俺の身体を、戻せ! 」

 頑張ってドスの利いた声を絞り出そうとするものの、今やその喉から発されるのは、小鳥のさえずりのような可愛らしい声でしかない。そして魔法使いの男は、もはやそんなルークの言葉など聞いてもいなかった。

「身体の方はこれで良いとして、名前も決めなきゃね。そうだな……君の名前は、ソフィアだ。今日から君は、ソフィアだよ。……さあ、これで仕上げだ。農民の娘の『ソフィア』としての存在と、今までその身体で生きてきた人生の記憶を、君にあげるよ。ほらっ」
「ああっ!? 」

 ルークの頭の中で、弾けたように記憶が溢れ出す。それは国で一番の貴族の長男として生まれた本来の輝かしい人生とは、まったく正反対なものだった。田舎の農民の娘の、『ソフィア』として生きてきた記憶が脳内で走馬灯のように流れていく。

「な、なんだ、こ、れ、ぐうっ! 」

貴族のそれとは比べ物にならないほど質素で慎ましい生活の記憶。王都から遠く隔たった田舎の村で生まれ育った自身の生い立ち。幼少のころから家の手伝いで、畑の雑草をむしり、井戸の水を汲み、牛の乳を搾った記憶。お嫁にいった時に困らないよう、母親から料理や裁縫などを覚えさせられた記憶。初潮を迎えた時の記憶や、身体が成長するたびに、サイズに合うよう服を直してきた記憶。

「ち、違う! こ、こんなの、お、おれの、おらの、記憶じゃ、ねえ、だ! 」

 記憶が脳内に流れ込むにつれて、言葉遣いも変わっていく。上流階級の人間のたしなみである、王都の洗練された言葉が、訛りのある、方言丸出しの田舎娘の言葉に変わっていく。
専属の家庭教師や、王都の大学で学んだ教養が、記憶の中から消えていく。自分の名前程度しか字の書けない無学な娘の『ソフィア』へと、ルークは変わっていく。
 やがて過去と記憶の改変が終わったとき、ソフィアは解放されたようにへなへなと床に座り込んだ。変化の最中も足元にあり続けた魔法陣は、今はもう消え去っている。

「いや……なにが……おら、どうなって……ち、違うだ。なしておら、こ、こんただ喋り方……」

 変わってしまった自身の言葉使いと、植え付けられた新たな記憶に混乱するソフィア。そんな彼女に向かって、魔法使いが歩み寄る。

「生まれ変わった気分はどうだい? 農民の娘のソフィアちゃん? 」
「あっ……ル、ルーク、様……。……え? あ、いや、ち、ちが……本当はおらがルーク様で……」

 目の前の相手のことを、すんなりルークとして認めてしまう自身に気が付き、狼狽えるソフィア。

「何が違うんだい? 君はルークではなくソフィア。何も間違っていないだろう? 」
「ち、違うだ! おらがソフィア……でねくて……。ううっ、こ、こんな記憶、偽物だぁ! ルーク様、お、おらを元に戻すだ! 」
「元に戻すって何を? 君は元から農民の娘だろう? 果たして今の君の中に、貴族の男として過ごした記憶はどれくらいあるのかな? 」

 そう言われてソフィアは気が付く。農民の娘としての記憶が流れ込んできた一方で、これまでの貴族としての生活の記憶がほとんど消えてしまっていることに。今となっては残っているのは、自身がかつてはこの国で一番の貴族の家の当主であったはず、という実態のない記憶だけだった。今や彼女は、かつて彼女がかつて『彼』だったころに蔑んでいた『下々の者』になってしまっていたのだ。
しかしそれでもなお、ソフィアには今の自分の農民としての記憶が本物だと認めることはできなかった。

「んでねぇ! おらは、ほんとはルーク様で、おとこで、こん国で一番の貴族さまで……」
「強情だね、ソフィアは」

 ルークがしゃがみ込んで、彼女の顔を覗き込む。ソフィアはその可愛らしい瞳に精いっぱいの敵意を込めて、目の前の顔を睨みつけようとした。しかしその男と視線が交差した瞬間……

 ドクンッ

 ソフィアの心臓が、大きく高鳴った。

(あううっ、な、なんだべっ!? )

 それは彼女にとって未知の感覚だった。思わず胸に手をやると、大きく膨らんだ胸の下で、彼女の心臓がドキンドキンと激しく高鳴っていた。身体の変化はそればかりではなかった。頭には血が上っているのがわかるし、頬がひどく熱を帯びている。

「どうしたんだい、ソフィア」
(あううっ! あぅあぅっ! )

 その口から『ソフィア』と名前を呼ばれただけで、キュンキュンと胸が締め付けられるような切ない感覚に襲われる。ソフィアは目の前の男の顔から必死に目をそらそうとした。

(お、おかしいだ、本当はおらの顔なのに、おら、本当は男なのに……。ル、ルーク様の顔が、恥ずかしくて見てられねえ……! )

この時、ソフィアは、完全に『ルーク』の美貌に当てられてしまっていた。元々ルークの顔は、洗練された王都の上流社会の中においてさえも、ずば抜け名声を得るほど、整った美貌の顔立ちを誇っていたのである。貴族の婦女子たちをも虜にする甘いマスクを眼前に突き付けられて、今や純朴な田舎娘になってしまった彼女が平気でいられるはずも無かった。

「ははは、そうして男に見られて恥じらっている姿、完全に女の子みたいだねえ」

 ルークの長い指が、ソフィアの顎をクイッと持ち上げる。顔を背けようとしていたソフィアだが、力強い指が有無を言わせず、彼女の視線を目の前の男に向けさせた。
 ルークの蒼い瞳に正面から見据えられて、ソフィアはこれ以上ないほどに頬を上気させてしまう。そしてまた、自分の頬にルークの手が触れていると思うと、彼女はそれだけで身悶えするほどの感情に襲われた。

「はうぅぅぅっ……!! 」

そんなソフィアの様子を見て、愉快気に笑った後、ルークは彼女の耳元に口を近づけ、囁くように告げる。

「さて、これでしなければいけないことはほぼ終わったし、もうそろそろさよならだよ、ソフィア。最後に君に、お別れのキスをしてあげよう。そうしたら君は、完全に農民の娘としての人生を歩んでいくことになる」
「あ、い、いやだぁ、そ、そんだこと……」

 ソフィアは口では抵抗して見せるが、身体は完全に彼女の言うことを聞いていなかった。
 目の前に『ルーク』の端正な顔が近づいてくる。男と口づけなんてしたくないと理性では思っているのに、ましてや目の前の男は自分の存在を奪った憎むべき相手のはずなのに。身体は勝手に頬を染めて、胸を高鳴らせてしまう。上目遣いで目の前の男の顔を見上げながら、もじもじと身をくねらせるその姿は、完全に初心な乙女の反応に他ならなかった。

(あぅ、だ、だめだぁ、ほ、ほんとは、おらの顔のはずなのに、うう、ルーク様、か、かっこよすぎるだぁ……)
「何も怖がることは無いよ。君は生まれてからずっと農民の娘のソフィアとして生きてきたんだから。本来の君の生活に戻るだけさ」
(い、いけねえのに、断らなきゃ、いけねぇのにぃ……)

 心臓が爆発しそうなほど高鳴る。しかし顎に軽く添えられただけの目の前の男の手が、ソフィアの動きをどうしようもなく妨げる。
そして、遂に、ソフィアは男の口づけを受け入れた。

「んっ……」

 『ルーク』の唇が、ソフィアの柔らかな唇を塞ぐ。唇が重なっている間、ソフィアはほとんど何も考えることができなかった。甘酸っぱい気持ちが心の中に満ち、志向が純白のヴェールに覆われる。
口づけを交わしているわずかな間、彼女の心は完全に『ソフィア』としてのものに染まっていた。見目麗しい若い男に唇を吸われているその間、彼女は乙女としての幸福に酔いしれた。「いつまでもこうしていたい」「このまま時間が止まってしまえばいいのに」ソフィアはキスしている間、心の底からそう思った。

「あっ……」

 やがて唇が引き離れされる。ソフィア離れていく男の唇の名残惜しさに、吐息を漏らしてしまった。そんな彼女の様子を見て微笑んでから、目の前の、今や完全にルークの存在を奪ってしまった男が勝ち誇った顔で言う。

「それじゃあ、これでさよならだね、ソフィア。多分もう一生会うことも無いだろうけど、元気で暮らしてね。後のことは心配しないで。ルーク・ウィリアム・ヘレフォードとしての人生は僕が引き継いであげるから。……僕は君と違って、下々の者達にも優しくしてあげるつもりさ」
「あ、いやぁ……」
「バイバイ、ソフィア」

 自分の存在が変わってしまうのが嫌なのか、それとも乙女として、目の前にいる男と離れ離れになるのが嫌なのか。自分でもどちらか分からないままに、ソフィアの視界は、意識は、ぼやけていく。
目の前のかつて自分のものだった男の顔が歪み、今まで寝起きしていた寝室の景色が消えていく。抵抗もできぬままに、彼女の意識は眠るように、闇の中へと飲まれていった。



ソフィアが目を覚ましたのは、粗末な家の、小さな部屋の中だった。周囲を見回しながら、これもまた粗末な作りのベッドの上で、彼女は身体を起こす。

「あぁ……、ここは……。おらの家の、おらの部屋……? 」

 一度も来たことが無い場所のはずなのに、ソフィアはその場所を知っていた。
 身体に目を下ろすと、農民が良く着ているような地味で飾り気のない服と、それを大きく突き上げる巨大な胸がある。ごわごわとしたベッドの布団の上で座り込むと、彼女の柔らかな尻の肉が、体重でむっちりとつぶれる感触がする。

「そ、そんな、お、おら、本当に……」

 全てが悪い夢だと思いたかった。しかし肩にかかる胸の重さが、体重を受けて柔らかくつぶれる尻肉の感覚が、これが夢などではないことを何よりも雄弁に物語っている。これから彼女は、この身体で日々の糧を得るため働き、男と結婚して子供を成し、老いて死んでいかなければならないのだ。

「そ、そんなぁ……」

 ベッドの上に座り込んだまま自分の身体を抱きしめ、彼女はしばしの間、呆然と宙を見ていた。
 どれほどそうしていただろうか。雄鶏が鴇を告げる鳴き声で、ソフィアは我に返った。夜はもう明けかかり、日が昇り始めている。

「そ、そんだぁ……べこの乳さ、絞らねと……」

 夜が明けたら、家畜たちに餌をやり、牛の乳を搾らなければならない。植え付けられたソフィアとしてのこれまでの生活の記憶が、そう告げていた。それにただ従うのは、わずかに残った『ルーク』の自尊心にとっては屈辱を感じさせることではあった。しかし、どうしようもない。それが今の彼女の生活の糧なのだから。それをしなければ生きていけないのだから。
 ソフィアはよろよろと立ち上がり、寝室を後にする。
彼女の新しい人生の幕開けだった。

コメント

この小説最高です

すばらしい小説です。
女性、それも蔑んでいた感じの女性に強制的に書き換えられてしまう展開が最高です。
このような展開の小生をファンタジー設定以外でもぜひ読んでみたいです。

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