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【投稿小説】「目には目を。歯には歯を。覗き魔には…」後編
「とある冒険者の受難」が好評な馬耳エルフさんの投稿作品!挿絵はこじかさん♪
前編はこちら
宿屋の主人に手痛い“歓迎”を受けた翌日の朝、俺は女湯へと向かった。
女になった今でしか出来ないことは何か?
我ながら発想が貧困だが、女湯に入ることが一番に浮かんだ。
女湯の脱衣場は男湯のものとほぼ同じ作りだった。
違う所があるとすれば、せいぜい出入り口の暖簾の色が赤色である点とロッカーの数が若干多いことぐらいだ。
ここで、女性が浴場を利用するため服を無防備に脱いでいることを考えると、思わずぞくりとしてしまう。
この空間にいるだけで男としての本能が刺激され、体が熱くなるような気がした。
服を脱ぎ、ロッカーの中の木製の網籠へと入れる。
着ているものを全て脱ぎ終わり横に目をやると、全裸の女が鏡に映っている。
何度見てもこれが今の自分の姿だとは実感が沸かない。
「……ふぅ」
一息ついてから俺は女として初めての風呂へと向かう。
扉を開けると、そこは男湯と同じ作りの風呂場が広がっていたにも関わらず未知の世界のような新鮮さを感じた。
岩で囲まれた風呂場。石畳の床。透明なお湯。
どれを取っても男湯との差異は見当たらない。
利用する客の性別が違うだけで感じ取れる空気がここまで変わるのかと思わず感心した。
まずはかけ湯をして全身を軽く洗ってから、ゆっくりと肩まで浸かる。
「ふう」
温かいお湯に体の芯から温められていく感覚。
昨日はあれだけ嫌な思いをしたというのに、こうしてまた女としての湯船に浸かっている。そう考えると不思議な気分だ。
「……」
俺はしばらく女になって初めて入る温泉というものを堪能していたのだが、やがて違和感を感じ始めた。
それは女になってからずっと付きまとう違和感でもあった。
その違和感の発生源、すなわちお湯にぷかぷかと浮かぶ俺の胸へと目を向けた。
お湯の浮力に支えられる2つの島が生み出す感覚は男の体では決して体験できない何とも座りの悪い感覚だった。
「やっぱり大きすぎだな……」
昨日、主人と風呂に入った際は主人の愛撫に注意が惹かれたせいもあって気付かなかったが、改めてこうやってじっくりと見てみるとやはりこの胸は大きい。巨大と言っていいほどだ。
「それにしても……」
胸を手で持ち上げてみる。
すると、ずっしりとした重みと共に柔らかい感触が手に広がる。
主人が俺のスリーサイズを図られた時の記憶が蘇った。
94のGカップ。主人曰く、俺の胸のサイズがこの大きさらしい。世の成人女性と比較しても2回り以上はボリュームを感じる。
ふと、俺の中に昨日風呂で主人に乳房を弄ばれた記憶が鮮明に蘇ってきた。
あの時は女の体になった困惑と恐怖で頭がいっぱいだったが冷静に思い返してみると主人の行動も理解を示す余地があるような気がした。
頭の中は今も男のままなので、今の俺の体が男の目から見ていかに魅力的かはよく分かる。
出るとこが出っ張ったナイスバディな若い女性の肢体を好き放題できるというのだから興奮しないはずがない。
そんな状況の中で男が性欲を抑えきれるだろうか? 答えは否。男はどんな時でも性的欲求に抗えない。
ましてや、相手は自分で言うのもなんだが女風呂を覗く不届きな迷惑客。
仮にこの件が表沙汰になれば、俺も警察のお世話になるかもしれないが、それだけで事は収まらないだろう。
性犯罪者が出た温泉宿なんてレッテルは相当なマイナスイメージだし、客足も遠のいていくに違いない。
そうなれば、経営が左前になり主人を始めとしたこの宿の従業員は路頭に迷うことになる。
俺は自分のしでかした事の重大さを今更ながら自覚した。
そう考えれば主人は俺にセクハラを仕掛けてきたが、それも全て俺のやったことを考えれば妥当な罰だったのかもしれない。
俺は主人へ少し罪悪感を覚えたが、俺の尻を撫で回した時のあの好色なニヤけ面を思い出し考えを改めた。
主人があそこまで執拗に女になった俺の体に執着したのは、きっと男としての本能的な欲望だったんだろう。
……だが、しかしだ! いくらなんでも限度があるのではないか!?
風呂で胸を揉まれるわ、エロい下着着せられてお酌までされるわ昨日は散々だったのだ。
俺は怒りに任せ、勢いよく立ち上がった。
その瞬間、胸の双璧がぶるんと勢いよく上下に揺れた。
「……ッ!」
俺は慌てて自分の胸を庇うように腕で押さえつけた。
周囲に俺以外の客は居なかったが、恥ずかしさを感じつつ再び湯船に腰掛けた。
腕から感じる柔らかい重みは、俺の胸がいかに並外れた重量なのかを物語っていた。
巨乳は肩こりになりやすいという話をよく聞くが、これだけ大きな重りを2つもをぶら下げていればそりゃあ肩凝りにもなるだろう。
俺はまだその重さに慣れていないおっぱいを両手で支えるように持ちながら、しみじみとそんなことを思ったのだった。
そんなことをとりとめなく考えつつも、俺は胸を両手で揉んでみた。
柔らかく弾む胸の肉が指の動きに合わせて形を変える。
胸の頂点にある乳首が、俺の胸の中で固さを帯びて自己主張を始める。
「んっ……」
思わず声が出るほどの快感。昨日、風呂で主人に胸を揉みしだかれた記憶が蘇る。
「ああぁ……」
俺は無意識のうちに胸を激しく揺らしながら、夢中で胸を弄んでいた。
記憶に従い、昨日の主人の愛撫を自分なりに模倣して乳房を揉みしだき、つまみ上げ、刺激を与え続ける。
「あっ、ダメだ……」
俺はハッとして我に返る。
こんなところを誰かに見られたらまずいにも程がある。
慌てて乳房に触れていた手を離す。
俺は一体何をやっているんだ。いくら何でもこれは変態すぎる。
快感に焼かれながらもわずかに残った理性が俺の痴態を責め立てる。
その一方で、心の何処かで白けたような感情が芽生えていた。
自分で触るのは誰かに触られることに比べて、こうも味気ない快感なのか。
しばらく湯船に浸かっていると入口の方から戸を開ける音と話し声が聞こえてきた。
反射的に視線をそちらに移すと、見覚えのある2人の若い女性が風呂に入ってくる姿が見えた。
2人とも20代前半くらいだろうか。
1人は背が高くスラッとした体型のウェーブのかかった髪の女性で、もう一人は小柄で大人しそうならしい女性だった。
どちらもバスタオルを巻いただけの姿で、胸の大きさは2人共同じくらいだった。
俺は一瞬ドキッとしたが、すぐに思い直す。昨日、俺が覗いたときに風呂にいた2人だ。
罪悪感を覚えて思わず目をそらす俺を尻目に、この2人は遠巻きに俺に興味のこもった視線を送っている。
そして体を洗い湯船に入った後もヒソヒソとなにやら話している。
……まさかとは思うが、俺が男だとバレたんじゃないか? 俺は不安になりながら彼女たちの会話に耳を傾けた。
どうやら俺について話をしていたようだが、その内容は予想外というか何と言うか……。
「ほら。あのお姉さん、昨日廊下ですれ違った人だよ」
「ホントだ。すごい美人さんだねぇ」
「しかもスタイル抜群。やっぱモデルさんかな?」
「そうかも。連れの人もいないみたいだし、女だけで一人旅なんて、何て言うかかっこいいね」
「うん。私もあんな風になりたいなー」
断片的に聞こえてきた会話から判断するに、彼女達は俺に対して好意的だったのだ。
その後も、2人は小声で俺を見ながら会話を続けた。
やがて、意を決したかのような表情で2人が俺に近づいてきた。
「あの、ちょっといいですか?」
話しかけてきた2人に対して俺はめいっぱい愛想のよい笑顔で応えた。
「へえ、じゃあ依月さんは東京でお勤めなんですね」
「うん。それで今回はたまの休みなんで羽根を伸ばしに温泉旅行に来たってわけ」
俺たちは簡単な挨拶と雑談を交わしたらあっという間に打ち解けた。
彼女たちは女子大の友人同士とのことだ。以前から温泉旅行を計画していたらしく、今回は近場ということでここを選んだそうだ。
背の高い方の子は俺に積極的に話しかけて、もう1人の子は俺の後ろで黙々と湯船に浸かっている。
俺の背後では小柄な子が俺をじっと見つめているのだ。
俺に注がれる眼差しから、興味とも人見知りから来る怯えとも取れない感情が感じられた。
「ところでさ、その……依月さんって胸大きいですよね!」
俺の胸をチラリと見たあと、背の高い方の彼女は興奮気味に言った。
「た、確かに大きいかもね。これ、みっともなくないかな?」
昨日まで男だった俺が、若い女性に胸をどう見られているのかどうしても気になったので、質問をぶつけた。
「全然!むしろ羨ましいです。男の人にジロジロ見られるのとか嫌じゃないんですか?」
「う、まぁ……」
俺は苦笑いを浮かべる。
ジロジロ見られるどころか、昨日は男湯で宿屋の主人に男湯でこの胸を揉みしだかれたなど言えるはずがなかった。
「そ、それに依月さんは注意したほうがいいですよ。顔も美人だし、女性の一人旅で男の人から被害にあったニュースも前に見たことありますから…」
背が低い方の女の子がおずおずと俺に対し言った。
「そうなんだ……」
俺は曖昧に返事をする。
その被害というのが、性的な被害を指すなら既に宿屋の主人の手によって体験済みだ。
セクシーなランジェリーを着て酌をした記憶が頭に蘇る。
「ははは。一応は、身の危険が迫ったら逃げるよう気をつけてるから平気だよ」
「それは良かったですけど、やっぱり気をつけた方がいいと思いますよ。ほら、この宿には変なお客もいるかもしれないですし」
「ふぅん。例えばどんな?」
「いや、実は勘違いかもしれないんですけど、昨日湯上がりに部屋に戻ろうとした時に、すれ違ったお客さんが妙に熱のこもった視線を向けられたような…」
「あー、あれね。言っちゃ悪いけど気味悪かったね」
その話を聞いてはっとした。
おそらく、それは昨日俺に対してロビーで舐めるような視線を向けてきた中年だろう。
なるほど、この2人もあの男の目の保養に遭っていたのか。何とも気の毒なことだ。
「だから気をつけてくださいね。何かあったら私たちが力になりますから」
「ありがとう。でも大丈夫。俺、じゃなかった…私だって大人なんだから。自分の面倒くらい自分で見るよ」
俺はそう言って笑った。
女湯を出て廊下を歩いていると前から見覚えのある男が前から歩いてきた。
よく見ると、昨日ロビーで俺をじろじろと見ていた中年の客だ。
あちらも俺に気付いた途端、驚いたような顔をした後に目を細め口から赤黒い舌を出し唇を舐めた。
獲物を見つけた時の蛇のような表情に、思わず鳥肌が立った。
(あいつ……。何考えてやがる)
俺は警戒心を強めて男を見据えながらすれ違う。
おそらく、温泉で2人が話していた中年男とはこいつのことなのだろう。確かに、見知らぬ男にこんな視線を向けられたら若い女性なら身じろぎしてしまうことは想像に難くない。
その時、ふと俺の頭にひとつの考えが芽生えた。
今の俺は、体は女だが頭の中は男のままなのだ。
そこを活かせばこいつの考えもよく理解できるのではないだろうか。
俺は意識を中年男に重ねて想像を巡らせた。
たまの休みに温泉宿に一人旅。そこで偶然若い女が前から歩いてくる。女日照りの身には抗いがたい欲望が体を駆け巡る。
そして女の胸元を見れば、豊満で柔らかそうな乳房が揺れているではないか。
男の理性は脆くも揺らいでいく…。
男の欲望に視点を置くだけで、男という生き物の考えが手にとるように分かってきたことに驚いた。
「おい!さっきから何ジロジロ見てるんだ!」
男は突然俺の肩を掴んだ。俺の体に電流が走ったようにびくりと震えた。
「なっ……なんですか!?」
俺が声を裏返らせて言うと、中年男は俺の胸を凝視しながら言った。「お前、なかなか良い体してんじゃねぇか」
「え……?きゃあっ!」
次の瞬間、男の手が俺の胸を鷲掴みにした。
「ちょ、ちょっと!離してください!!」
俺が必死に抵抗するが、男の力は強く振り払えない。それどころか、さらに強い力で胸を揉みしだいてくる。
「やめて!痛いですってばぁ……」
痛みに耐えかねた俺は、涙目になって男に懇願する。
「昨日ロビーで見たときから気になってたんだよ。いい乳してるな、お前。この宿に派遣されたコンパニオンか何かか?」
「そんなわけ無いでしょう!!いい加減にしないと人を呼びますよ!」
「うるせぇ、黙れ」
中年男の声が低くなった。その迫力に押されて、俺は口をつぐんでしまう。
その隙を見て、男は俺の浴衣の裾の間に手を突っ込んできた。下着越しとはいえ、秘部に触れられた感覚がした。
今まで味わったことのない感触に背筋がゾクッとした。
恐怖からなのか、快感からなのかは分からないが体が小刻みに震えだす。
「へへ、いい子だ。じゃあ、これから俺の部屋に行くぞ。たっぷり可愛がってやる」
「な……何を言ってるんですか……」
恐怖のあまり体が動かなかった。
「心配すんなって。悪いようにはしねえよ。ただ、ちょっとスキンシップするだけだ」
抵抗しようにも、力が入らない。
このままではまずいと思った時だった。
「すいませ~ん、そういうのは他のお客さんにも迷惑なので控えていただけますか?」
聞き覚えのある声が後ろから響いた。
声の方向に視線を移すと、そこには温泉宿の主人が腰に手を当てて立っていた。
「チッ……分かったよ」
水をさされて白けたという表情を浮かべて、男は俺から離れて立ち去った。
俺は安堵のため息をついた後、改めて温泉宿の主人に礼を言おうとして振り返る。
「危なかったね。たまにああいう乱暴な手合がいるから気をつけてね。依月ちゃん今はどっから見ても立派な女なんだから」
「…一応礼は言うよ。助かった」
俺は頭を下げた。
「まあまあ、気にしないで。それより、せっかくだからちょっと僕の部屋に来てよ」
「はっ!?何でだよ!」
俺は思わず素が出てしまった。
「いやー、だって依月ちゃんを助けたわけでしょ。それに、今日の罰だって与えなきゃいけないしね」
「うう…」
昨日の主人の話が本当なら、罪をつぐなわなければ男には戻れないらしい。
その事を考えると、俺は主人の誘いを断るという選択肢を選ぶことはできなかった。
「それにしても、さっきは危なかったねー。僕が偶然通りかからなきゃどうなってたことやら」
昨日、お酌をさせられた休憩室にて俺は主人と話をしていた。
親しげに喋りつつも、主人の視線はしっかり俺の胸元に向けられている。
こういう所作を見ると、しょせん男という生き物はどれも似たりよったりの存在だと辟易してしまう。
「まったくだ……。あんたの助けがなかったら今頃はあのおっさんの部屋に連れ込まれてたかと思うと……」
「うん。そう考えるといいタイミングで助けに入ったよね」
「確かにそうだな。でも、どうしてあんな所に居たんだい?まさか、ずっと見てたのか?」
「うーん、実は違うんだよね。僕は仕事中に君らの会話が聞こえてきたから、慌てて飛び出して来たんだよ」
「ふむ……なるほどな。ところで、この格好は何なんだ?」
俺は部屋に来るや否や、主人に着せられたやたらスカートの丈の短いセーラー服を両手を広げて問いただした。
「それはねぇ、依月ちゃんによく似合うと思ったコスプレ衣装なんだけど……似合ってるでしょ」
「こんなものを着せられて喜ぶ奴はいないだろうが!俺は早く男に戻りたいんだよ」
主人の言葉を聞いて、俺は憤慨した。
しかし、主人には先刻助けてもらった恩があり、これも俺が女湯を覗いたために訪れた事態だと思いだし怒りをぐっとこらえた。
「依月ちゃんは24歳だっけ?その年でここまでセーラー服を綺麗に着こなせる女性は世の中にはそうはいないよ」
主人が真面目な顔でそんなことを言い出したので、俺は呆れ果てるしかなかった。
この男、やはり変態だな。
この調子で女体化してしまった俺を口説き落としてセクハラするつもりなんだろうか。
だが、一方でこうも思った。
先程、廊下で俺に絡んできた中年の客に比べればこの男は随分とマシな人間だ。
この男は確かに品性下劣だ。
呪いにかかり女になった客の胸や尻を触るわ、変な服を着せた姿を思い出代わりだとのたまって撮影するわ、今もこうして俺にセーラー服まで着せて楽しんでいる。
だが逆に言えばそれまでの話だ。
男に戻ることを条件に、もっと直接的に性欲を満たすような奉仕を強要することも可能なはずだが、今のところそこまで過激な要求はしてくる気配がない。
仮に、俺を部屋に連れ込もうとした中年男と同じような性格だったら、昨日程度では済まないのは明白だった。
掴みどころのない男ではあるものの、少なくともこの男に悪意があるようには思えなかったのだ。
それならば、この男に頼み事をしてもいいかもしれないと考えた。
「なぁ、主人さん。ちょっとお願いがあるんだけど…」
俺は主人に見を擦り寄せ、腕を抱き寄せた。
突然の俺の意外な行動と腕を俺の豊満な乳房の感覚に驚いたのか、主人は目を丸くした。
昨日あれだけ俺の体を触っておいて、逆に触らせてくるのは予想外だったのだろう。
「さっき俺に絡んできた中年男。ちょっと痛い目見せてやろうと思ってさ」
そして、深夜。
時計の針が今日の日付から明日へと向かう間際の時間帯。
俺はひとり温泉にいた。
これから起きるであろう事態を頭に思い描いて、思わずぞくりとしてしまう。
ここは女湯でもなければ、昨日浸かっていた男湯でもない。
温泉宿から西に60メートルほど離れた場所に位置する混浴だ。
まさか、人生で初めての混浴を女の体で体験することになるとは夢にも思わなかった。
混浴は男湯や女湯よりもやや広く、設備も整っていた。露天風呂は岩造りで、なかなかに風情のある造形だ。
脱衣所では棚の上に籠が置かれており、その中にはタオルもあった。
俺はそのタオルだけを持って湯船に浸かってその時を静かに待っていた。
深夜の混浴風呂は驚くほどに静謐さに満ちていた。その静けさのせいか、ふと冷水をかけられたように冷静になってしまう。
今の俺は果たして正気なのか。
自分の中に生じた欲望に正直に行動した結果が今なのだが、客観的に考えてこれは正気の沙汰ではない。
仮に上手く行ったとしても、俺自身が酷い目に会うことは必至だろう。
なぜに主人まで巻き込んでこんなことをしようと考えた動機は、本当のところ自分でもよくわからない。
そんな事を考えていると、混浴の脱衣所から物音がした。
しばらくして、扉が開き入ってきたのは俺に絡んできたあの中年男だった。
中年男は俺の姿を見定めると、まるで幽霊でも目撃したかのように目を丸くした。
そして、短く「おおっ」と感嘆の声を口からもらあすと、目を細めにんまりと笑った。
中年男の視線は昨日、そして今日俺を見ていたときとは比較にならないほどの粘性が込められている。
俺は背筋にゾクリとした悪寒を感じながらも、ひとまず計画が成功したことに安堵した。
宿屋の主人に俺が深夜に混浴に入ろうとしていたことをさり気なく伝えてほしいと頼んだ件は上手く行ったようだ。
中年男は歓喜の表情を浮かべ、腰にバスタオルを巻き付けて浴場へと足を踏み入れた。
「おっ、一人で風呂に入ってるべっぴんさんがいると思ったら今朝の姉ちゃんじゃねえか」
「ううっ…」
挨拶をしながらも、中年男は俺の体を舐めるような目つきでなぞってくる。
ここの湯は透明なので、胸は腕で隠しているものの、俺の裸体はほぼ丸見えなのだろう。興奮した様子が見て取れる。
正直なところ、死ぬほど恥ずかしかったがここで冷静さを失う訳にはいかない。
あくまで俺は『無防備にも1人で混浴を楽しんでいる所に男が現れて狼狽する女』を演じなければならない。
なあぜなら、こういう粗野な手合の男にとってそういう女こそ最高に”そそる”存在だからだ。男の俺にはそれがよく分かる。
案の定と言うか、狙い通り中年男の表情は酷薄な笑みを浮かべてきた。
「姉ちゃんよぉ、若い女が混浴で一人って事は誘ってるって事だよなぁ?」
男はそう言うなり、俺の腕を掴んだ。
「ちょ……待ってくれ!」
「待たねぇ!こっち来いや!!」
「嫌だ!!離してくれ!!!」
「うるせぇぞこのアマァッ!!」
抵抗すると凄まじい力で引っ張られ、俺の体は男の方へ引き寄せられた。
「ひっ!?待って、許してくださいぃ……」
俺は涙目になり、震えながら必死に懇願した。もちろん演技だ。
その効果は絶大だったようで、男は満足げな顔になった。
「そうだ、それでいいんだよ。大人しくしてりゃ優しくしてやるからさぁ」
そして、そのまま俺は男に抱き寄せられてしまった。
中年男の息遣いが耳元にかかるたびに、全身の毛穴から冷や汗が出る。気持ち悪いこと極まりない。
だが、ここからが本番なのだ。
俺は男の手を振り払って湯船の中に逃げ込むと、肩まで湯に浸かり、両手で自分の体を抱きかかえた。
「嫌だっ…。頼む、やめてくれ…」
「おい、逃げるんじゃねーよ。大丈夫だって、痛くはしないからさ」
男が湯船に浸かって容赦なく俺との距離を詰めてきた。
俺は湯船の中で男から離れようともがくが、肩に回された腕の力で男の力が強く、びくりともしなかった。
「は、はなしてくれっ!」
俺は恐怖で声を震わせながらも精一杯の虚勢を張り、拒絶の意思を示した。
しかし、その態度は男の嗜虐心を煽ってしまったらしい。
「そんなに怖がるなって、すぐに良くなるからさ」
男は舌なめずりをしながら俺に顔を近づけてくると、俺の頬に手を添えた。
「近くで見ると、随分いい女だな…」
そう言って男の顔が接近してくる。そして、俺の唇を容赦なく奪った。
「んむぅっ!?」
男に強引にキスされている。その事実に脳が沸騰した。
俺のファーストキスがこんな形で奪われるなんて。しかも、相手は見知らぬ中年のオヤジ。
あまりのショックに思考停止してしまい、俺はされるがままになっていた。
「ぷはっ」
やがて男は俺の口内を舌で蹂躙の限りを尽くし終え、口を離した。
そして、今度は俺の首筋を舐め始めた。
「ひゃんっ…」
俺は思わず変な悲鳴を上げてしまう。
「可愛い声で泣くじゃねえか、姉ちゃん。もっと聞かせろよ」
そして、男は俺の胸を触り始めてきた。
「あっ、そこはダメだっ、やめてろっ!!」
俺は必死に拒否するが、男の手は俺の乳房を乱暴に揉みしだき始める。
「ああんっ」
「いいねぇ、その表情。堪んねえぜ」
さらに、中年男は俺の乳首を摘まんできた。親指と薬指につままれて生じた圧が俺の体に電気のような快感を走らせる。
「ああぁっ!!」
敏感な部分を刺激され、俺の口から甘い吐息が出てしまい、それを聞いた男は興奮のボルテージを更に上げたようだった。
「いい反応じゃねえか、姉ちゃん。じゃあそろそろその美味そうなおっぱいを味あわせてもらおうか」
中年男は俺の方を掴み強引に向き合うような形に固定した。
男の視線は俺の胸に釘付けになっており、興奮しているのがよく分かった。
俺は羞恥心で顔が真っ赤になるのを感じた。
そして、裸体を凝視していた中年男が乱暴に覆いかぶさってくる。そのまま俺の乳房にしゃぶりついてきた。
「たまんねぇな。この乳、大きさと張り。最高のしゃぶり心地だ。本当のこと言うとな、昨日ロビーでお前を見かけたときからこうしてやりたかったんだ」
「やめ……てぇ……」
「ノーブラでこんなもん揺らしやがって、誘ってたんだろ。望み通りにしてやるよ」
「ちがうぅ……」
俺は弱々しい抵抗の声を上げる。だが、男は全く意に介さず俺の胸を貪り続ける。
「このおっぱい、最高だな……。ずっと吸っていたい気分だ」
「そんな……ことぉ……」
俺は涙目になりながら必死に抵抗する。だが、男の力は強く振りほどけない。

そして、遂に男の手は俺の下半身へと伸び、太腿の内側から撫でるように触れていく。
そのまま徐々に上へ登っていくと、ついに秘所に触れられた。
ビクンッと体が跳ね上がる。
男はニヤリと笑うと、俺の耳元で静かに囁いた。
「挿れてやろうか?」
「えっ……」
一瞬何を言われたのか分からなかった。だが、すぐに理解する。
「ま、待ってくれ!それだけは勘弁してくれ!」
「いいじゃねえか。唇も乳もしっかり堪能させてもらったし、こっちも楽しませてもらわないとな」
「頼む、許してくれ……。それだけは勘弁してくれっ……」
俺は泣きそうな声で懇願したが、男の嗜虐心に火をつけるだけだった。
「そうはいくか、ここまで来て止められるか」
そして、男は俺の両足を力任せに広げたときのことである。
混浴の扉が開いた音がした。
中年男は弾かれたように扉の方に顔を向ける。そこには温泉宿の主人が何かを持って立っていた。
「あー、石野さん。そこまでにしてくれませんかね。混浴で性交なんてシャレになりませんよ」
「あ?何だお前。人が楽しんでるのに首突っ込んできやがって」
石野というのがこの中年男の名前なんだろう。
せっかくの楽しみを邪魔された怒りのこもった声で主人を威嚇する。
「こんな大企業に勤めてらっしゃるひとだから分別くらいはつくと思ったんですが…」
主人はそう言って保険証のコピーを見せつけるように突き出した。その保険証には○?健保組合と、誰もが知る大企業の名前が表記されていた。
「お前、まさか俺の部屋に入ったのか…」
「ええ、掃除がてら。そしたら机の上に財布がおいてありましてね。物騒だと思って目立たない場所に移そうと思ったら落とした拍子に財布から保険証が落ちましてね。ついでにこれも」
主人は長方形の紙を取り出した。それが名刺だと認識した中年男の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「こんなことして、ただで済むと思うのか。客の部屋に入って個人情報まで、犯罪だぞ!」
「混浴で女性客を襲うのも立派な犯罪だと思いますがね。何ならこの名刺に載ってる電話番号にかけてどちらが悪質か判断してもらいますか?」
中年男の表情が引きつっている。
どう見ても主人の方が優勢だった。
やがて観念した中年男が肩を落とし、混浴から去っていった。
その声は先程までの荒々しさとは打って変わって弱々しいものだった。
中年男が去って静寂が包む混浴で主人は口を開いた。
「おめでとう。これで依月ちゃんへの罰は終了だ。明日の朝には男に戻れるよ」
主人の言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。
緊張の糸が切れたのかもしれない。そして、安堵感とともに涙が溢れてきた。
「そうか。明日には全部元通りか」
「嬉しくないの?」
「いや、嬉しいさ。でも、ちょっとだけ残念かな。だって絶対に味わえない体験をしたわけだから」
俺はそう言いながら、湯船の中で大きく伸びをした。
主人はそんな俺を見て笑みを浮かべる。
「君みたいなお客さんは初めてだよ」
「それにしても、まさかここまで狙い通りいくとは思わなかったな」
「確かに。君が『今日の深夜、混浴に一人で入るからあの中年男にそのことを伝えてくれ。俺が風呂で囮になってる間に何とか中年男の身分や職業がわかるものを手に入れてくれ』なんて言われた時は驚いたよ」
「あいつ、他の女性客もエロい目で見てたらしいし、俺にも乱暴しようとしたからさ。何とか痛い目見せてやりたかったんだよね」
計画は功を奏した。心地よい達成感が胸に中に広がった。
しかし、まだ完全に終わったわけではない。俺は主人に向かって言った。
そんな俺の様子を訝しみ、主人は首を傾げている。
俺は主人の目を見据えると言った。
「あのさ。覗きで温泉宿に迷惑かけちゃいそうになったのは事実だからさ。男に戻る前に、あんたにお礼がしたくてさ」
「お礼って、具体的に何を?」
「ここ、せっかく綺麗な露天風呂だし一緒に風呂を楽しまないか」
「君、天使の生まれ変わり?」
「さあね。ただ、女として振る舞うってのも面白かったと思っただけさ」
こうして、俺の奇怪な温泉旅行は幕を閉じた。
次の日目覚めた時は、主人の言った通り体は男に戻っていた。
実はその後も、俺はたまにこの温泉宿には訪れている。
その際は穴を覗き呪いを受け女になることを欠かさない。
ここの主人は相変わらず女の俺がお気に入りのようで、色々とちょっかいをかけてくる代わりに呪いが解けるまでは女として活動することを許してくれている。
いつの間にやらこの宿は定期的にスタイル抜群の美女が出没する温泉宿としてにわかに有名になったのは別の話だ。
前編はこちら
宿屋の主人に手痛い“歓迎”を受けた翌日の朝、俺は女湯へと向かった。
女になった今でしか出来ないことは何か?
我ながら発想が貧困だが、女湯に入ることが一番に浮かんだ。
女湯の脱衣場は男湯のものとほぼ同じ作りだった。
違う所があるとすれば、せいぜい出入り口の暖簾の色が赤色である点とロッカーの数が若干多いことぐらいだ。
ここで、女性が浴場を利用するため服を無防備に脱いでいることを考えると、思わずぞくりとしてしまう。
この空間にいるだけで男としての本能が刺激され、体が熱くなるような気がした。
服を脱ぎ、ロッカーの中の木製の網籠へと入れる。
着ているものを全て脱ぎ終わり横に目をやると、全裸の女が鏡に映っている。
何度見てもこれが今の自分の姿だとは実感が沸かない。
「……ふぅ」
一息ついてから俺は女として初めての風呂へと向かう。
扉を開けると、そこは男湯と同じ作りの風呂場が広がっていたにも関わらず未知の世界のような新鮮さを感じた。
岩で囲まれた風呂場。石畳の床。透明なお湯。
どれを取っても男湯との差異は見当たらない。
利用する客の性別が違うだけで感じ取れる空気がここまで変わるのかと思わず感心した。
まずはかけ湯をして全身を軽く洗ってから、ゆっくりと肩まで浸かる。
「ふう」
温かいお湯に体の芯から温められていく感覚。
昨日はあれだけ嫌な思いをしたというのに、こうしてまた女としての湯船に浸かっている。そう考えると不思議な気分だ。
「……」
俺はしばらく女になって初めて入る温泉というものを堪能していたのだが、やがて違和感を感じ始めた。
それは女になってからずっと付きまとう違和感でもあった。
その違和感の発生源、すなわちお湯にぷかぷかと浮かぶ俺の胸へと目を向けた。
お湯の浮力に支えられる2つの島が生み出す感覚は男の体では決して体験できない何とも座りの悪い感覚だった。
「やっぱり大きすぎだな……」
昨日、主人と風呂に入った際は主人の愛撫に注意が惹かれたせいもあって気付かなかったが、改めてこうやってじっくりと見てみるとやはりこの胸は大きい。巨大と言っていいほどだ。
「それにしても……」
胸を手で持ち上げてみる。
すると、ずっしりとした重みと共に柔らかい感触が手に広がる。
主人が俺のスリーサイズを図られた時の記憶が蘇った。
94のGカップ。主人曰く、俺の胸のサイズがこの大きさらしい。世の成人女性と比較しても2回り以上はボリュームを感じる。
ふと、俺の中に昨日風呂で主人に乳房を弄ばれた記憶が鮮明に蘇ってきた。
あの時は女の体になった困惑と恐怖で頭がいっぱいだったが冷静に思い返してみると主人の行動も理解を示す余地があるような気がした。
頭の中は今も男のままなので、今の俺の体が男の目から見ていかに魅力的かはよく分かる。
出るとこが出っ張ったナイスバディな若い女性の肢体を好き放題できるというのだから興奮しないはずがない。
そんな状況の中で男が性欲を抑えきれるだろうか? 答えは否。男はどんな時でも性的欲求に抗えない。
ましてや、相手は自分で言うのもなんだが女風呂を覗く不届きな迷惑客。
仮にこの件が表沙汰になれば、俺も警察のお世話になるかもしれないが、それだけで事は収まらないだろう。
性犯罪者が出た温泉宿なんてレッテルは相当なマイナスイメージだし、客足も遠のいていくに違いない。
そうなれば、経営が左前になり主人を始めとしたこの宿の従業員は路頭に迷うことになる。
俺は自分のしでかした事の重大さを今更ながら自覚した。
そう考えれば主人は俺にセクハラを仕掛けてきたが、それも全て俺のやったことを考えれば妥当な罰だったのかもしれない。
俺は主人へ少し罪悪感を覚えたが、俺の尻を撫で回した時のあの好色なニヤけ面を思い出し考えを改めた。
主人があそこまで執拗に女になった俺の体に執着したのは、きっと男としての本能的な欲望だったんだろう。
……だが、しかしだ! いくらなんでも限度があるのではないか!?
風呂で胸を揉まれるわ、エロい下着着せられてお酌までされるわ昨日は散々だったのだ。
俺は怒りに任せ、勢いよく立ち上がった。
その瞬間、胸の双璧がぶるんと勢いよく上下に揺れた。
「……ッ!」
俺は慌てて自分の胸を庇うように腕で押さえつけた。
周囲に俺以外の客は居なかったが、恥ずかしさを感じつつ再び湯船に腰掛けた。
腕から感じる柔らかい重みは、俺の胸がいかに並外れた重量なのかを物語っていた。
巨乳は肩こりになりやすいという話をよく聞くが、これだけ大きな重りを2つもをぶら下げていればそりゃあ肩凝りにもなるだろう。
俺はまだその重さに慣れていないおっぱいを両手で支えるように持ちながら、しみじみとそんなことを思ったのだった。
そんなことをとりとめなく考えつつも、俺は胸を両手で揉んでみた。
柔らかく弾む胸の肉が指の動きに合わせて形を変える。
胸の頂点にある乳首が、俺の胸の中で固さを帯びて自己主張を始める。
「んっ……」
思わず声が出るほどの快感。昨日、風呂で主人に胸を揉みしだかれた記憶が蘇る。
「ああぁ……」
俺は無意識のうちに胸を激しく揺らしながら、夢中で胸を弄んでいた。
記憶に従い、昨日の主人の愛撫を自分なりに模倣して乳房を揉みしだき、つまみ上げ、刺激を与え続ける。
「あっ、ダメだ……」
俺はハッとして我に返る。
こんなところを誰かに見られたらまずいにも程がある。
慌てて乳房に触れていた手を離す。
俺は一体何をやっているんだ。いくら何でもこれは変態すぎる。
快感に焼かれながらもわずかに残った理性が俺の痴態を責め立てる。
その一方で、心の何処かで白けたような感情が芽生えていた。
自分で触るのは誰かに触られることに比べて、こうも味気ない快感なのか。
しばらく湯船に浸かっていると入口の方から戸を開ける音と話し声が聞こえてきた。
反射的に視線をそちらに移すと、見覚えのある2人の若い女性が風呂に入ってくる姿が見えた。
2人とも20代前半くらいだろうか。
1人は背が高くスラッとした体型のウェーブのかかった髪の女性で、もう一人は小柄で大人しそうならしい女性だった。
どちらもバスタオルを巻いただけの姿で、胸の大きさは2人共同じくらいだった。
俺は一瞬ドキッとしたが、すぐに思い直す。昨日、俺が覗いたときに風呂にいた2人だ。
罪悪感を覚えて思わず目をそらす俺を尻目に、この2人は遠巻きに俺に興味のこもった視線を送っている。
そして体を洗い湯船に入った後もヒソヒソとなにやら話している。
……まさかとは思うが、俺が男だとバレたんじゃないか? 俺は不安になりながら彼女たちの会話に耳を傾けた。
どうやら俺について話をしていたようだが、その内容は予想外というか何と言うか……。
「ほら。あのお姉さん、昨日廊下ですれ違った人だよ」
「ホントだ。すごい美人さんだねぇ」
「しかもスタイル抜群。やっぱモデルさんかな?」
「そうかも。連れの人もいないみたいだし、女だけで一人旅なんて、何て言うかかっこいいね」
「うん。私もあんな風になりたいなー」
断片的に聞こえてきた会話から判断するに、彼女達は俺に対して好意的だったのだ。
その後も、2人は小声で俺を見ながら会話を続けた。
やがて、意を決したかのような表情で2人が俺に近づいてきた。
「あの、ちょっといいですか?」
話しかけてきた2人に対して俺はめいっぱい愛想のよい笑顔で応えた。
「へえ、じゃあ依月さんは東京でお勤めなんですね」
「うん。それで今回はたまの休みなんで羽根を伸ばしに温泉旅行に来たってわけ」
俺たちは簡単な挨拶と雑談を交わしたらあっという間に打ち解けた。
彼女たちは女子大の友人同士とのことだ。以前から温泉旅行を計画していたらしく、今回は近場ということでここを選んだそうだ。
背の高い方の子は俺に積極的に話しかけて、もう1人の子は俺の後ろで黙々と湯船に浸かっている。
俺の背後では小柄な子が俺をじっと見つめているのだ。
俺に注がれる眼差しから、興味とも人見知りから来る怯えとも取れない感情が感じられた。
「ところでさ、その……依月さんって胸大きいですよね!」
俺の胸をチラリと見たあと、背の高い方の彼女は興奮気味に言った。
「た、確かに大きいかもね。これ、みっともなくないかな?」
昨日まで男だった俺が、若い女性に胸をどう見られているのかどうしても気になったので、質問をぶつけた。
「全然!むしろ羨ましいです。男の人にジロジロ見られるのとか嫌じゃないんですか?」
「う、まぁ……」
俺は苦笑いを浮かべる。
ジロジロ見られるどころか、昨日は男湯で宿屋の主人に男湯でこの胸を揉みしだかれたなど言えるはずがなかった。
「そ、それに依月さんは注意したほうがいいですよ。顔も美人だし、女性の一人旅で男の人から被害にあったニュースも前に見たことありますから…」
背が低い方の女の子がおずおずと俺に対し言った。
「そうなんだ……」
俺は曖昧に返事をする。
その被害というのが、性的な被害を指すなら既に宿屋の主人の手によって体験済みだ。
セクシーなランジェリーを着て酌をした記憶が頭に蘇る。
「ははは。一応は、身の危険が迫ったら逃げるよう気をつけてるから平気だよ」
「それは良かったですけど、やっぱり気をつけた方がいいと思いますよ。ほら、この宿には変なお客もいるかもしれないですし」
「ふぅん。例えばどんな?」
「いや、実は勘違いかもしれないんですけど、昨日湯上がりに部屋に戻ろうとした時に、すれ違ったお客さんが妙に熱のこもった視線を向けられたような…」
「あー、あれね。言っちゃ悪いけど気味悪かったね」
その話を聞いてはっとした。
おそらく、それは昨日俺に対してロビーで舐めるような視線を向けてきた中年だろう。
なるほど、この2人もあの男の目の保養に遭っていたのか。何とも気の毒なことだ。
「だから気をつけてくださいね。何かあったら私たちが力になりますから」
「ありがとう。でも大丈夫。俺、じゃなかった…私だって大人なんだから。自分の面倒くらい自分で見るよ」
俺はそう言って笑った。
女湯を出て廊下を歩いていると前から見覚えのある男が前から歩いてきた。
よく見ると、昨日ロビーで俺をじろじろと見ていた中年の客だ。
あちらも俺に気付いた途端、驚いたような顔をした後に目を細め口から赤黒い舌を出し唇を舐めた。
獲物を見つけた時の蛇のような表情に、思わず鳥肌が立った。
(あいつ……。何考えてやがる)
俺は警戒心を強めて男を見据えながらすれ違う。
おそらく、温泉で2人が話していた中年男とはこいつのことなのだろう。確かに、見知らぬ男にこんな視線を向けられたら若い女性なら身じろぎしてしまうことは想像に難くない。
その時、ふと俺の頭にひとつの考えが芽生えた。
今の俺は、体は女だが頭の中は男のままなのだ。
そこを活かせばこいつの考えもよく理解できるのではないだろうか。
俺は意識を中年男に重ねて想像を巡らせた。
たまの休みに温泉宿に一人旅。そこで偶然若い女が前から歩いてくる。女日照りの身には抗いがたい欲望が体を駆け巡る。
そして女の胸元を見れば、豊満で柔らかそうな乳房が揺れているではないか。
男の理性は脆くも揺らいでいく…。
男の欲望に視点を置くだけで、男という生き物の考えが手にとるように分かってきたことに驚いた。
「おい!さっきから何ジロジロ見てるんだ!」
男は突然俺の肩を掴んだ。俺の体に電流が走ったようにびくりと震えた。
「なっ……なんですか!?」
俺が声を裏返らせて言うと、中年男は俺の胸を凝視しながら言った。「お前、なかなか良い体してんじゃねぇか」
「え……?きゃあっ!」
次の瞬間、男の手が俺の胸を鷲掴みにした。
「ちょ、ちょっと!離してください!!」
俺が必死に抵抗するが、男の力は強く振り払えない。それどころか、さらに強い力で胸を揉みしだいてくる。
「やめて!痛いですってばぁ……」
痛みに耐えかねた俺は、涙目になって男に懇願する。
「昨日ロビーで見たときから気になってたんだよ。いい乳してるな、お前。この宿に派遣されたコンパニオンか何かか?」
「そんなわけ無いでしょう!!いい加減にしないと人を呼びますよ!」
「うるせぇ、黙れ」
中年男の声が低くなった。その迫力に押されて、俺は口をつぐんでしまう。
その隙を見て、男は俺の浴衣の裾の間に手を突っ込んできた。下着越しとはいえ、秘部に触れられた感覚がした。
今まで味わったことのない感触に背筋がゾクッとした。
恐怖からなのか、快感からなのかは分からないが体が小刻みに震えだす。
「へへ、いい子だ。じゃあ、これから俺の部屋に行くぞ。たっぷり可愛がってやる」
「な……何を言ってるんですか……」
恐怖のあまり体が動かなかった。
「心配すんなって。悪いようにはしねえよ。ただ、ちょっとスキンシップするだけだ」
抵抗しようにも、力が入らない。
このままではまずいと思った時だった。
「すいませ~ん、そういうのは他のお客さんにも迷惑なので控えていただけますか?」
聞き覚えのある声が後ろから響いた。
声の方向に視線を移すと、そこには温泉宿の主人が腰に手を当てて立っていた。
「チッ……分かったよ」
水をさされて白けたという表情を浮かべて、男は俺から離れて立ち去った。
俺は安堵のため息をついた後、改めて温泉宿の主人に礼を言おうとして振り返る。
「危なかったね。たまにああいう乱暴な手合がいるから気をつけてね。依月ちゃん今はどっから見ても立派な女なんだから」
「…一応礼は言うよ。助かった」
俺は頭を下げた。
「まあまあ、気にしないで。それより、せっかくだからちょっと僕の部屋に来てよ」
「はっ!?何でだよ!」
俺は思わず素が出てしまった。
「いやー、だって依月ちゃんを助けたわけでしょ。それに、今日の罰だって与えなきゃいけないしね」
「うう…」
昨日の主人の話が本当なら、罪をつぐなわなければ男には戻れないらしい。
その事を考えると、俺は主人の誘いを断るという選択肢を選ぶことはできなかった。
「それにしても、さっきは危なかったねー。僕が偶然通りかからなきゃどうなってたことやら」
昨日、お酌をさせられた休憩室にて俺は主人と話をしていた。
親しげに喋りつつも、主人の視線はしっかり俺の胸元に向けられている。
こういう所作を見ると、しょせん男という生き物はどれも似たりよったりの存在だと辟易してしまう。
「まったくだ……。あんたの助けがなかったら今頃はあのおっさんの部屋に連れ込まれてたかと思うと……」
「うん。そう考えるといいタイミングで助けに入ったよね」
「確かにそうだな。でも、どうしてあんな所に居たんだい?まさか、ずっと見てたのか?」
「うーん、実は違うんだよね。僕は仕事中に君らの会話が聞こえてきたから、慌てて飛び出して来たんだよ」
「ふむ……なるほどな。ところで、この格好は何なんだ?」
俺は部屋に来るや否や、主人に着せられたやたらスカートの丈の短いセーラー服を両手を広げて問いただした。
「それはねぇ、依月ちゃんによく似合うと思ったコスプレ衣装なんだけど……似合ってるでしょ」
「こんなものを着せられて喜ぶ奴はいないだろうが!俺は早く男に戻りたいんだよ」
主人の言葉を聞いて、俺は憤慨した。
しかし、主人には先刻助けてもらった恩があり、これも俺が女湯を覗いたために訪れた事態だと思いだし怒りをぐっとこらえた。
「依月ちゃんは24歳だっけ?その年でここまでセーラー服を綺麗に着こなせる女性は世の中にはそうはいないよ」
主人が真面目な顔でそんなことを言い出したので、俺は呆れ果てるしかなかった。
この男、やはり変態だな。
この調子で女体化してしまった俺を口説き落としてセクハラするつもりなんだろうか。
だが、一方でこうも思った。
先程、廊下で俺に絡んできた中年の客に比べればこの男は随分とマシな人間だ。
この男は確かに品性下劣だ。
呪いにかかり女になった客の胸や尻を触るわ、変な服を着せた姿を思い出代わりだとのたまって撮影するわ、今もこうして俺にセーラー服まで着せて楽しんでいる。
だが逆に言えばそれまでの話だ。
男に戻ることを条件に、もっと直接的に性欲を満たすような奉仕を強要することも可能なはずだが、今のところそこまで過激な要求はしてくる気配がない。
仮に、俺を部屋に連れ込もうとした中年男と同じような性格だったら、昨日程度では済まないのは明白だった。
掴みどころのない男ではあるものの、少なくともこの男に悪意があるようには思えなかったのだ。
それならば、この男に頼み事をしてもいいかもしれないと考えた。
「なぁ、主人さん。ちょっとお願いがあるんだけど…」
俺は主人に見を擦り寄せ、腕を抱き寄せた。
突然の俺の意外な行動と腕を俺の豊満な乳房の感覚に驚いたのか、主人は目を丸くした。
昨日あれだけ俺の体を触っておいて、逆に触らせてくるのは予想外だったのだろう。
「さっき俺に絡んできた中年男。ちょっと痛い目見せてやろうと思ってさ」
そして、深夜。
時計の針が今日の日付から明日へと向かう間際の時間帯。
俺はひとり温泉にいた。
これから起きるであろう事態を頭に思い描いて、思わずぞくりとしてしまう。
ここは女湯でもなければ、昨日浸かっていた男湯でもない。
温泉宿から西に60メートルほど離れた場所に位置する混浴だ。
まさか、人生で初めての混浴を女の体で体験することになるとは夢にも思わなかった。
混浴は男湯や女湯よりもやや広く、設備も整っていた。露天風呂は岩造りで、なかなかに風情のある造形だ。
脱衣所では棚の上に籠が置かれており、その中にはタオルもあった。
俺はそのタオルだけを持って湯船に浸かってその時を静かに待っていた。
深夜の混浴風呂は驚くほどに静謐さに満ちていた。その静けさのせいか、ふと冷水をかけられたように冷静になってしまう。
今の俺は果たして正気なのか。
自分の中に生じた欲望に正直に行動した結果が今なのだが、客観的に考えてこれは正気の沙汰ではない。
仮に上手く行ったとしても、俺自身が酷い目に会うことは必至だろう。
なぜに主人まで巻き込んでこんなことをしようと考えた動機は、本当のところ自分でもよくわからない。
そんな事を考えていると、混浴の脱衣所から物音がした。
しばらくして、扉が開き入ってきたのは俺に絡んできたあの中年男だった。
中年男は俺の姿を見定めると、まるで幽霊でも目撃したかのように目を丸くした。
そして、短く「おおっ」と感嘆の声を口からもらあすと、目を細めにんまりと笑った。
中年男の視線は昨日、そして今日俺を見ていたときとは比較にならないほどの粘性が込められている。
俺は背筋にゾクリとした悪寒を感じながらも、ひとまず計画が成功したことに安堵した。
宿屋の主人に俺が深夜に混浴に入ろうとしていたことをさり気なく伝えてほしいと頼んだ件は上手く行ったようだ。
中年男は歓喜の表情を浮かべ、腰にバスタオルを巻き付けて浴場へと足を踏み入れた。
「おっ、一人で風呂に入ってるべっぴんさんがいると思ったら今朝の姉ちゃんじゃねえか」
「ううっ…」
挨拶をしながらも、中年男は俺の体を舐めるような目つきでなぞってくる。
ここの湯は透明なので、胸は腕で隠しているものの、俺の裸体はほぼ丸見えなのだろう。興奮した様子が見て取れる。
正直なところ、死ぬほど恥ずかしかったがここで冷静さを失う訳にはいかない。
あくまで俺は『無防備にも1人で混浴を楽しんでいる所に男が現れて狼狽する女』を演じなければならない。
なあぜなら、こういう粗野な手合の男にとってそういう女こそ最高に”そそる”存在だからだ。男の俺にはそれがよく分かる。
案の定と言うか、狙い通り中年男の表情は酷薄な笑みを浮かべてきた。
「姉ちゃんよぉ、若い女が混浴で一人って事は誘ってるって事だよなぁ?」
男はそう言うなり、俺の腕を掴んだ。
「ちょ……待ってくれ!」
「待たねぇ!こっち来いや!!」
「嫌だ!!離してくれ!!!」
「うるせぇぞこのアマァッ!!」
抵抗すると凄まじい力で引っ張られ、俺の体は男の方へ引き寄せられた。
「ひっ!?待って、許してくださいぃ……」
俺は涙目になり、震えながら必死に懇願した。もちろん演技だ。
その効果は絶大だったようで、男は満足げな顔になった。
「そうだ、それでいいんだよ。大人しくしてりゃ優しくしてやるからさぁ」
そして、そのまま俺は男に抱き寄せられてしまった。
中年男の息遣いが耳元にかかるたびに、全身の毛穴から冷や汗が出る。気持ち悪いこと極まりない。
だが、ここからが本番なのだ。
俺は男の手を振り払って湯船の中に逃げ込むと、肩まで湯に浸かり、両手で自分の体を抱きかかえた。
「嫌だっ…。頼む、やめてくれ…」
「おい、逃げるんじゃねーよ。大丈夫だって、痛くはしないからさ」
男が湯船に浸かって容赦なく俺との距離を詰めてきた。
俺は湯船の中で男から離れようともがくが、肩に回された腕の力で男の力が強く、びくりともしなかった。
「は、はなしてくれっ!」
俺は恐怖で声を震わせながらも精一杯の虚勢を張り、拒絶の意思を示した。
しかし、その態度は男の嗜虐心を煽ってしまったらしい。
「そんなに怖がるなって、すぐに良くなるからさ」
男は舌なめずりをしながら俺に顔を近づけてくると、俺の頬に手を添えた。
「近くで見ると、随分いい女だな…」
そう言って男の顔が接近してくる。そして、俺の唇を容赦なく奪った。
「んむぅっ!?」
男に強引にキスされている。その事実に脳が沸騰した。
俺のファーストキスがこんな形で奪われるなんて。しかも、相手は見知らぬ中年のオヤジ。
あまりのショックに思考停止してしまい、俺はされるがままになっていた。
「ぷはっ」
やがて男は俺の口内を舌で蹂躙の限りを尽くし終え、口を離した。
そして、今度は俺の首筋を舐め始めた。
「ひゃんっ…」
俺は思わず変な悲鳴を上げてしまう。
「可愛い声で泣くじゃねえか、姉ちゃん。もっと聞かせろよ」
そして、男は俺の胸を触り始めてきた。
「あっ、そこはダメだっ、やめてろっ!!」
俺は必死に拒否するが、男の手は俺の乳房を乱暴に揉みしだき始める。
「ああんっ」
「いいねぇ、その表情。堪んねえぜ」
さらに、中年男は俺の乳首を摘まんできた。親指と薬指につままれて生じた圧が俺の体に電気のような快感を走らせる。
「ああぁっ!!」
敏感な部分を刺激され、俺の口から甘い吐息が出てしまい、それを聞いた男は興奮のボルテージを更に上げたようだった。
「いい反応じゃねえか、姉ちゃん。じゃあそろそろその美味そうなおっぱいを味あわせてもらおうか」
中年男は俺の方を掴み強引に向き合うような形に固定した。
男の視線は俺の胸に釘付けになっており、興奮しているのがよく分かった。
俺は羞恥心で顔が真っ赤になるのを感じた。
そして、裸体を凝視していた中年男が乱暴に覆いかぶさってくる。そのまま俺の乳房にしゃぶりついてきた。
「たまんねぇな。この乳、大きさと張り。最高のしゃぶり心地だ。本当のこと言うとな、昨日ロビーでお前を見かけたときからこうしてやりたかったんだ」
「やめ……てぇ……」
「ノーブラでこんなもん揺らしやがって、誘ってたんだろ。望み通りにしてやるよ」
「ちがうぅ……」
俺は弱々しい抵抗の声を上げる。だが、男は全く意に介さず俺の胸を貪り続ける。
「このおっぱい、最高だな……。ずっと吸っていたい気分だ」
「そんな……ことぉ……」
俺は涙目になりながら必死に抵抗する。だが、男の力は強く振りほどけない。

そして、遂に男の手は俺の下半身へと伸び、太腿の内側から撫でるように触れていく。
そのまま徐々に上へ登っていくと、ついに秘所に触れられた。
ビクンッと体が跳ね上がる。
男はニヤリと笑うと、俺の耳元で静かに囁いた。
「挿れてやろうか?」
「えっ……」
一瞬何を言われたのか分からなかった。だが、すぐに理解する。
「ま、待ってくれ!それだけは勘弁してくれ!」
「いいじゃねえか。唇も乳もしっかり堪能させてもらったし、こっちも楽しませてもらわないとな」
「頼む、許してくれ……。それだけは勘弁してくれっ……」
俺は泣きそうな声で懇願したが、男の嗜虐心に火をつけるだけだった。
「そうはいくか、ここまで来て止められるか」
そして、男は俺の両足を力任せに広げたときのことである。
混浴の扉が開いた音がした。
中年男は弾かれたように扉の方に顔を向ける。そこには温泉宿の主人が何かを持って立っていた。
「あー、石野さん。そこまでにしてくれませんかね。混浴で性交なんてシャレになりませんよ」
「あ?何だお前。人が楽しんでるのに首突っ込んできやがって」
石野というのがこの中年男の名前なんだろう。
せっかくの楽しみを邪魔された怒りのこもった声で主人を威嚇する。
「こんな大企業に勤めてらっしゃるひとだから分別くらいはつくと思ったんですが…」
主人はそう言って保険証のコピーを見せつけるように突き出した。その保険証には○?健保組合と、誰もが知る大企業の名前が表記されていた。
「お前、まさか俺の部屋に入ったのか…」
「ええ、掃除がてら。そしたら机の上に財布がおいてありましてね。物騒だと思って目立たない場所に移そうと思ったら落とした拍子に財布から保険証が落ちましてね。ついでにこれも」
主人は長方形の紙を取り出した。それが名刺だと認識した中年男の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「こんなことして、ただで済むと思うのか。客の部屋に入って個人情報まで、犯罪だぞ!」
「混浴で女性客を襲うのも立派な犯罪だと思いますがね。何ならこの名刺に載ってる電話番号にかけてどちらが悪質か判断してもらいますか?」
中年男の表情が引きつっている。
どう見ても主人の方が優勢だった。
やがて観念した中年男が肩を落とし、混浴から去っていった。
その声は先程までの荒々しさとは打って変わって弱々しいものだった。
中年男が去って静寂が包む混浴で主人は口を開いた。
「おめでとう。これで依月ちゃんへの罰は終了だ。明日の朝には男に戻れるよ」
主人の言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。
緊張の糸が切れたのかもしれない。そして、安堵感とともに涙が溢れてきた。
「そうか。明日には全部元通りか」
「嬉しくないの?」
「いや、嬉しいさ。でも、ちょっとだけ残念かな。だって絶対に味わえない体験をしたわけだから」
俺はそう言いながら、湯船の中で大きく伸びをした。
主人はそんな俺を見て笑みを浮かべる。
「君みたいなお客さんは初めてだよ」
「それにしても、まさかここまで狙い通りいくとは思わなかったな」
「確かに。君が『今日の深夜、混浴に一人で入るからあの中年男にそのことを伝えてくれ。俺が風呂で囮になってる間に何とか中年男の身分や職業がわかるものを手に入れてくれ』なんて言われた時は驚いたよ」
「あいつ、他の女性客もエロい目で見てたらしいし、俺にも乱暴しようとしたからさ。何とか痛い目見せてやりたかったんだよね」
計画は功を奏した。心地よい達成感が胸に中に広がった。
しかし、まだ完全に終わったわけではない。俺は主人に向かって言った。
そんな俺の様子を訝しみ、主人は首を傾げている。
俺は主人の目を見据えると言った。
「あのさ。覗きで温泉宿に迷惑かけちゃいそうになったのは事実だからさ。男に戻る前に、あんたにお礼がしたくてさ」
「お礼って、具体的に何を?」
「ここ、せっかく綺麗な露天風呂だし一緒に風呂を楽しまないか」
「君、天使の生まれ変わり?」
「さあね。ただ、女として振る舞うってのも面白かったと思っただけさ」
こうして、俺の奇怪な温泉旅行は幕を閉じた。
次の日目覚めた時は、主人の言った通り体は男に戻っていた。
実はその後も、俺はたまにこの温泉宿には訪れている。
その際は穴を覗き呪いを受け女になることを欠かさない。
ここの主人は相変わらず女の俺がお気に入りのようで、色々とちょっかいをかけてくる代わりに呪いが解けるまでは女として活動することを許してくれている。
いつの間にやらこの宿は定期的にスタイル抜群の美女が出没する温泉宿としてにわかに有名になったのは別の話だ。
コメント
好みの作品ではあるけれど、結末が男に戻って、たまに女になるために訪れるという設定に若干の物足りなさを感じます。
覗きはアウトでも女体化した男を襲うのはセーフなのか
風呂覗きの罰が女体化してセクハラされることなのは罪の重さと釣り合ってるんだろうか
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