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【投稿小説】よく知らないけど女になったら彼氏がいたらしい ※レビュー追加
作 ととやす
イラスト 海渡ひょう
聖典館殺人事件さんからレビュー頂きました!
「まさに、この《あむぁいおかし製作所》に投稿された、ととやすさんの小説で、イラストは海渡ひょうさん。400字詰め原稿用紙で45枚と少しぐらいの読みごたえある短編です。ある朝目覚めると女性になっていた――という王道パターンで始まりつつも、主人公・満が変身していたのは、美少女とかではなくどこにでもいそうなぽっちゃり体型の美鶴という名のOLさん。世界もそれに合わせて改変されていて、しかも何と光哉というかっこいい彼氏もいるとわかります。彼とのデートのとき、すれちがった女たちから陰口をたたかれるほどの自分の冴えなさにがっかりする満=美鶴ですが、でもオタクっぽい光哉にとっては、自分を理解してくれる彼女はかけがえのないパートナーなのでした。
男性としては経験しなかった性の歓びを与えられてゆき、彼のために可愛くなろうとがんばる美鶴。そしてみごとなまでのハッピーエンド。いやー、オタク青年(ただしイケメンに限る)とTSっ娘のカップリングは最高ですね。そして、この内容に花を添える海渡ひょうさんのイラストが素敵です。決してとびぬけて美人ってわけじゃないけど、愛らしくて親しめる美鶴の姿。どうせTSするなら、こっちですよ!」

1
カーテンの隙間から差し込む光とどこからか聴こえる鳥の声が、どうやらもう朝になったらしいと教えてくれる。昨晩は慣れない仕事の疲れからか、ベッドに入るやすぐに眠ってしまったようだった。まだ社会に出て会社というやつで働き始めて一年も経っていない俺にとって、週5日の労働はあまりにハードだ。今日は土曜日。ゆっくりとこのまま惰眠を貪るとするか。
そう決めた俺は寝ぼけ眼をそのままにうつ伏せになる。・・・胸元に圧迫感。何となくいつもより息がしにくいような。それに顔にかかる髪の毛も、俺の感覚よりも随分と長い。
「・・・?」
髪をかき上げる。ゴワゴワで指に刺さってしまいそうな普段の俺のそれと違う、サラッと流れるような柔らかさ。反射的に布団から飛び上がった。
「な、なんじゃこりゃ!?!? って声!?」
叫び声を上げると同時に、声にも強烈な違和感。めちゃくちゃ高い・・・まるで女性のような。否。ような、というのは正しくなかったかもしれない。視線を下ろすと、果たしてそこには寝巻き代わりのTシャツをこんもりと押し上げる膨らみがあった。間違いなく、それは俺の胸に鎮座していた。しかも・・・
「こ、これっ、ちっ、乳首!?」
寝汗のせいか白いTシャツは湿っていて、胸にある2つの膨らみの頂点がぷっくりと更に鋭い角度で隆起していたのだ。それは透けて下に包まれる桜色の突起物を晒していた。
「えっ、えっ、へぇっ!?」
未だ慣れない高い声を漏らしながら、前を見上げる。そこには見覚えのない大きな姿見があって。映っていたのは肩口くらいまでで茶髪を揃えた、俺と同じ歳くらいの若い女の子だった。鏡の中の彼女は、困惑した様子で大きな胸元に手をやっている。ちょうど今の俺のように。
「こ、これが、俺・・・?」
他に人が映っていない以上、そう判断するしかないのだろう。ゴクリ、と唾を飲み下し、一呼吸して姿見に映る像を眺める。よく見ると、元の・・・男の頃の面影がある顔立ちをしている。3つ下の妹が今の俺と同じ歳くらいになればこんな感じになるんじゃないだろうか。上は昨晩寝る時に来ていた安物の白Tシャツ、下はまるで違っていて、スウェットだったのが膝上丈のハーフパンツになっていた。そこから覗く、白くむっちりとした脚が目に毒だ。しかも起きた時からずっと乳首が透けている。若くて色々と持て余している俺には、それはあまりに刺激的すぎた。
「なんで・・・俺、女に・・・?」
この時の俺の頭にあったことは、確かめないと、の一点だけだった。身体に貼り付いたシャツを四苦八苦して剥ぎ取ると、ブルンッと勢いつけて乳房が揺れた。これはかなりの大きさだ。次いでハーフパンツを下ろしていく。艶のある太ももが露わになった。脚の付け根には色気のないベージュのショーツ。これも勿論身に付けた覚えなんてない。
自分が動かしているといえど、本来男である俺がそれをするのは少し躊躇われた。だけど。意を決してショーツを脱ぎ去り、俺は鏡の前で産まれたままの姿になった。
2
一糸纏わぬ女の自分を鏡越しに見た第一声は、
「び、微妙だ・・・」
だった。顔は自分で言うのも何だが、客観的にそれなりに整っている部類に入ると思う。ただ、それ以外の部分が微妙極まりない。自らの裸体を見た正直な感想だった。
「まぁ、元の男の時からしてそんなスタイル良かったわけでもないからな・・・」
顔の輪郭は丸く、いかにも女性らしい曲線を描いているが、少し膨れすぎな感もある。肩幅も広めでやや骨太な印象だ。そこから腕にかけて丸々と贅肉がついている。バストは流石のサイズで、圧巻だけど・・・重力に負けて垂れ気味だし、乳輪も大きめだ。お腹もタプタプで指でタップリと脂肪が摘めてしまう。脚も大根足だし・・・ある種で、すっごく女性らしいと言えるかもしれないが。そしてその付け根にはふさふさと生い茂った黒い陰毛。女性としては結構濃い方なんじゃないだろうか。そして、男の時分より幾分も小さく細くなってしまった指で掻き分ける。果たして股座に慣れ親しんだ逸物はなく、しっとりとした質感の溝がツッと一筋刻まれているだけだった。筋に沿って指をそっと動かす。花弁の入り口がほんの少しだけ広がり、指先に身体の熱量と粘膜の触感を伝えてくる。やがてそれは、敏感な突起に行き着いて。
「あんっ!」
思わず声が出てしまう。学生の頃付き合った女の子こそいたが、結局そういった行為に至るまでに破局してしまってばかりだった俺にとっては、初めて生で聴く「女の喘ぎ声」だった。姿見に目をやると、そこには股に手を添える妙齢の女性が頬を上気させていた。
「はぁっ・・・」
その姿に少し冷静になってしまう。何故だろう。若干凹んでしまう自分がいた。
「こういうのって、美女になるのがパターンじゃねぇのぉ?」
男の頃から緩み気味だった身体だ。女になったからといって一気にナイスバディになれる保証なんてない。当たり前なんだけど、なんかこう・・・。
立ったままなのにゆるゆるで、脂肪の段を形成してしまっている腹の肉を持ち上げる。客観的に見て、顔立ちは可愛いという部類に入ると思う。けど、こんなぷよぷよの身体では・・・男の頃の俺目線では、はっきり言ってストライクゾーン外だ。いきなり女になった上に、それが微妙なルックスのぽっちゃりさんだなんて。
やり場のない感情を抑えながら、ふと落ち着いて部屋をぐるっと一瞥する。昨日まではザ・一人暮らしの男の部屋といった面持ちだったが、今は違う。さっきから大活躍の姿見以外にも変化が。全体的にこざっぱりとして、整頓された印象だ。色味も寒色系から暖色系に変わってしまっている。覚えのない白いドレッサーがあり、その上には化粧品のポーチが置いてあった。絶対普段読まないだろう女性者のファッション誌も、綺麗に並べられてラックに収まっている。クローゼットを開くと、そこには鮮やかな女性物の服が架けられていた。クローゼットの隅には引き出しのついた小さな棚があり、そこを開けるとこれまた色とりどりの布切れが丁寧に丸めて収められていた。その一つの黒い布をつまみ上げると、巻き上げられたそれが広げられ・・・。
「こ、これ・・・パンツ!? ってことはこれはブラジャー、だよな・・・」
パンツと同じ色の少しごわついた手触りのそれは、女性の乳房を保護する下着だ。半球が二つに金属ホックの付いたこの下着は、多くの男性が普段身につけるものとは言えない。
「で、でっけぇ〜」
デパートなんかで女性向け下着コーナーの前を通ったことは何度もあるが、こんなに大きなブラジャーは見たことがなかった。反射的にタグを確認すると、H85と印字されていた。85という数字の意味はよく分からないが、その前のアルファベットから推測するに、今の俺はHカップらしい。
っていうか待ってくれ! 俺の身体は完全に女になっていて、部屋の様子まですっかり女の子に染められ上げている。と言うことは、だ。
「俺、これから毎日これ着けてなきゃいけないの・・・?」
3
途方に暮れていると、
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り、心臓が飛び上がる。
「えっ、えっ、誰?」
慌てて駆け出して・・・ブルンとおっぱいが跳ねる。と、同時に自分が今何も着ていなかったことを思い出した。反射的に両の乳房を手で抱え、インターホンのモニターをONにする。突然の来訪者は同年代の男のようだった。
「は、はい・・・」
おずおずと声をかける。
「おっ、もう起きてた? 準備出来てる〜?」
だ、誰だこのイケメン!? やけに親しげに声をかけてくるが、俺はこんな男知らない。思わず固まっていると、
「その感じじゃまだなんでしょ? 待ってるから、ごゆっくり! 今日は時間にゆとりあるからさ」
「う、うん・・・」
そう言って一旦インターホンを切る。いや、マジで誰だよあいつ。モニター越しの言動が一々爽やかで若干癇に障るが、悔しいかな、かなりのイケメンだ。女になったことで、人間関係も変わってしまっているのだろうか?
そう直感した俺は、すっぽんぽんのままで枕元に置いてあったスマホを手に取った。スマホリングが付いていたり、カバーが可愛らしいパステルカラーにこそなってはいるものの、機種自体は同じようだが、果たして・・・。あいつもごゆっくりって言ってたことだし、ちょっと確認させてもらおうか。
そう考えてスマホの中身をチェックしてすぐに、どうやら俺は生まれた時から女だったと認識されているらしいと分かった。名前も男の時は満(ミツル)だったのに、読みはそのままで表記が美鶴に変わっていた。性別が反転しただけで仕事の方はそのままだったのは幸いだった。OLということにはなってしまうのだろうけど。
仲の良かった男時代の友人たちとはほとんど縁がなくなっていて、その代わりに疎遠・・・というか一度も話したこともないような女子たちがそのポジションに置き換わっているみたいだった。っていうか、残ってる写真見るとJKの頃からぽっちゃり体型っぽいな、俺。今より幾分かはマシだけど。
そして、肝心の彼。彼は光哉(コウヤ)という同い年の会社員で、そして。・・・ありていにいってしまうと、今の俺の彼氏らしかった。
4
「待って、待って、待ってくれ・・・」
彼氏!? 女の俺に!?
衝撃が強すぎて理解が追いつかない。元の俺は悲しいかな、今現在彼女なんていない。てっきり女の俺もそうだと思っていたが違ったようだ。ビジュアルもまぁ、微妙だし・・・まさかあんなイケメンと付き合っているなんて!
どうやらマッチングアプリ経由で出会ったようで、付き合い始めてまだひと月ちょっと。毎日のように電話やメッセージで連絡を取っている痕跡があったのだが・・・。自分じゃない自分が他人に送ってるメッセージ読んでると何かムズムズしちゃうな。どことない気持ち悪さが。今日はデートの予定だったみたいだけど、自分の知らないうちに自分の名前(美鶴表記だけど!)でデートの約束を取り付けて、「楽しみだね♪」なんてやり取りしているのを観測した日には、もう!
ともあれ、ここまで分かった以上、待たせっぱなしは良くないだろう。
買った覚えのない洋服ダンスからなるべく地味めな下着と服を引っ張り出す。なるべくならズボンが良かったのだが、見当たらない。どうも"美鶴"はゆったりとしたスカートやワンピースを好んできているようだった。
色気もくそもない無地でベージュのショーツを脚に通す。平たい股間にピッタリと貼り付き、改めて息子の不在を思い知らされる。大きく膨れたお尻で生地が引っ張られている気もするが、もう構っていられない。そのままブラジャーへ。
ヤバい。上手く着けれない。
何度やってもフィットしないというか、ホックもズレてしまう。悩んだ末に先にホックを止めてから上から被る形で装着することにした。ことの他うまくいって一安心だが、あくせくしてるうちに汗をかいてしまっていた。そして、気づく。
(胸の谷間、こんな汗出るんだ)
ギュッと締め付けられ、垂れ気味だったバストが寄せてあげられる。それによって形作られた豊かな谷間に、大粒の汗が。圧迫感もすごいし汗も出るし、世の女性はこんな不便なもの毎日着けてるのかよ!?
そのまま顔を真っ赤にしつつスカートを履く。ゆとりあるサイズ感はこの体型を隠す美鶴なりの努力だったのだろうか。ブラウスの袖がひらひらしてるのに気づいてさらに顔を赤くしたのは直で袖を通した後だった。
そのまま玄関を出ようとして、すっぴんなことに思い至ってしまった。でも俺、化粧なんてできるのか?
それに、本当に光哉に会うのか? 会って、どうするんだ?
グルグルと頭の中を駆け巡る様々な思考。だけど、とにかく前に進むしかないのだ!
5
「あ、おはよ、う・・・?」
留守番中に来客が来た子供のように恐る恐るマンションのロビーでスマホをいじっている光哉に声をかける。その声にすぐ、
「やぁ、おはよう美鶴さん」
と返答してくる。その声に、姿に、胸がドクンと高鳴った。さっきモニター越しに見た時とは比べ物にならないほどに格好いい男だった。
(や、やべぇ、眩しい・・・イケメンすぎる・・・!)
結局妥協して化粧水を塗って薄く口紅をつけただけの自分は芋臭さ満載で、ギャップに居た堪れなさすら感じてしまう。いや、自分を棚に上げるわけではないが、目の前の青年、光哉は持っている雰囲気からして別格だ。とてもそこらの一般人とは思えなかった。一応会社員らしいけど! 180cm以上はあるだろうスラリとした長身。ただそこにいるだけで存在感は圧倒的だ。さらに、スカイブルーのシャツに黒いジャケットを嫌味なく見事に着こなし、まるで洗練されたモデルのようだった。そして極めつけがその顔。圧倒的な美形だ。サラリとした黒髪に切れ長の瞳、少し薄い唇もパーフェクトといってよい美貌。本来は同性のはずの俺から見ても、どこぞの美術品から飛び出てきたんですか?って聞きたくなるくらいの見目麗しさだった。
(なーんで俺と付き合ってるんだろうな?)
スマホの履歴からはそれを示す明確な答えは見つからなかった。女の俺、美鶴と彼の間には、二人だけの物語があったのだろう。
ズキリ
高揚感とは別の痛みが胸を刺した。
そんな俺をよそに、光哉は慣れた動作で手を差し出す。
「さぁっ、行こうか!」
「う、あ・・・はい・・・」
おずおずとその手を握る。暖かくて節くれだっていて、そして今の俺より一回り大きなその手に包まれ、どこかホッとした気持ちになってしまう。
「握り方、いつもと違うよね?」
「えっ!きゃっ!」
光哉は繋いだ手を組み替え、お互いの指と指が絡み合う形を作った。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。
「これでいいね」
そう言って涼しげに笑う。俺はというと、ドギマギとして、あっとか、うっとしか返せない。心臓が波打ち、耳まで赤くなっているのが分かった。会ったら事情を話して、解散か俺が男に戻る手伝いをお願いしようと思っていたのに、そんな思いを押し退けていく。
そうして俺たちは二人並んで街へと歩いていった。そんな俺たちは10人が見て10人、初々しい恋人同士に映っていたことだろう。
6
光哉に連れられるままに街へ繰り出し、ショッピングにランチに・・・午後からは水族館にまで足を運んだ。最初はこいつと何をどう話していいか分からずにぎこちなく愛想笑いするしかなかった俺も、実は光哉が結構なアニオタだということが分かって、お洒落な雰囲気なんてそっちのけでオタトークに花を咲かせていた。
「そうそう!あのシーンの演出って多分前クールの3話のオマージュで〜」
「絶対そうだよな!俺初見の時ピンと来たもん!」
あっ・・・
ついうっかりして、完全に男の・・・『俺』なんて言葉遣いをしてしまった。
やばい、しくじったか・・・!?
冷や汗をかく俺を、光哉はしばらくジーッと見つめて
「美鶴さん、普段は一人称俺なんだね。結構意外で・・・ギャップあっていいね!」
なんてニコッと笑うんだから!
「その、変じゃ、ない・・・? お、女が俺、だなんて・・・」
「全然!寧ろお付き合いしてから美鶴さんの素の部分が少しずつ見えてきて嬉しいよ!」
耳まで赤くなっていくのが分かった。
「そ、そっか。じゃあこれからちょこちょこ男っぽいところ見えちゃうかもしれないけど、許してね」
なんて予防線を引いてしまう。
「好きなように振る舞ってくれれば! っていうか、僕の方こそガッツリオタクで幻滅とかしてないから不安なんだけど」
いやいやいや、それこそ
「全然! 俺もこの通りオタクだし、共通の話題多くて助かるよ!」
本当にね。光哉が見た目通りのキラキラ系だったら、マジで何話せばいいか分からなくなってしまっていただろう。
盛り上がりを保ったまま、俺たちはレストランで引き続きオタク話を楽しんだ。心から楽しい時間だった。目が覚めると自分が女になっていて・・・しかも付き合いたての彼氏がいるなんて異常な事態に神経をすり減らしていた俺にとっては、光哉との他愛ない話はひと時とはいえど全てを忘れることができるくらいだった。
割り勘で支払いを済ませ、いいと言うのに送ってくれるというので俺たちはまた元のマンションへと向かっていた。手は、今回はこちらから握った。・・・少しだけだがお酒を飲んだから、ということにしておこう。
その道すがらのことだった。向こうから来た派手な格好をした若い二人組の女が、俺たちの、というより俺の方を見てニヤニヤと笑って通り過ぎた。なんだろうと思っていると、大きな声で
「あのカップルさ〜カレシさんめっちゃイケメンだけど女の方残念すぎん?」
「分かる〜デブ過ぎ〜もっと努力して女磨けって感じw」
「カレシさんあの顔でB専なんじゃね??」
ギュッと胸が痛くなる。
(あぁ、そうか。どんなに楽しくても、今の俺はぽっちゃり体型の女なんだ。美人でもないし、こんな俺が光哉といてもつり合いなんて取れないよな・・・)
薄々分かっていたことだった。今日会った周りの人、俺のこと見てデブ女がはしゃいでるよwとか思ったりしてたんだろうな。病んだ気分が心を身体を支配していく。そんな時だった。
「ざけんなよ、テメェら!! 美鶴さんはオメェらみてぇな頭も身体もスッカスカのバカ女とは違うんだよ!」
隣で背後の二人組に怒声を上げたのは光哉だった。当然の事態に、処理が追いつかない。
「顔だけ見て近づいて、僕の内面知った途端にイメージと違うだの何だのうるせぇんだよ!! 僕は僕で、僕は僕の好きなもん、好きな人を愛してるだけなんだよ!! 周りのオメェらが決めつけて押し付けてくんな、この・・・アホーーーー!!!!」
二人組の女はポカンとしていた。俺も同じだ。光哉はそのまま俺の手を握ると踵を返し、
「行こっか」
と耳元で囁いた。
「う、うん」
動揺冷めやらぬまま、俺たちはその場を後にしたのだった。
7
アパートの扉の前に着くや、光哉は俺の手を離し、バッと頭を下げた。
「ごめん、大声出して。でも、あんなの、許せなくて。もう二度としないから、ごめん。今回だけは許してほしい。美鶴さんに嫌われたら、僕、僕・・・」
そう言って肩を震わせる彼の姿を見て、彼のことを色眼鏡を付けて見てしまっていた自分自身に気がついた。
「そ、そんな! 俺が太っちょなのは事実だし、でもあぁいう風に言ってくれて、嬉しかったし!」
彼はスマートなイケメンくんでも、完璧超人でもない。穏やかで優しく、そしてオタク趣味のごく普通の男の子なのだと。だから、
「嫌いになったりなんて、しないから・・・」
ドクンドクンと心臓が高鳴る。今日一番の早鐘を打つ。光哉は一瞬だけ端正なその顔をくしゃっと歪ませて嬉しそうに、泣きそうに笑った。そして、その大きな手を俺の方に置き、ゆっくりと顔を近づけてくる。
(あぁ、これは)
男として経験はなかったが、分かってしまった。俺はゆっくりと目を瞑った。
「いいの?」
心配そうな声がして、思わず笑みがこぼれてしまった。ここまできてそんなこと・・・優しいなぁこの人は。
「うん」
「ありがと」
「んんっ・・・!」
返事をしようとした唇が塞がれる。目の前にいる彼と唇を交わし、舌先を絡め合う。
「っん、ん、んんっ、んっ・・・っ!」
その度に全身が熱くなり、声が漏れ出してしまう。股の付け根。かつて男性器があった場所よりもお尻側の部分が特に熱を帯びていく。切ない気持ちになって、無意識に両の腿で擦り付ける。それだけで理解してしまった。
(俺、今グチュグチュに濡れてる・・・)
雌の花弁から溢れ出た液がショーツを湿らせていく。それはやがて、布で吸える限界を容易に越えて。
ツゥッ・・・
(!?!?)
必然、股を伝って脚を通り抜ける。
長いキスが終わり、唇を離し、互いに顔を見合わせる。唾液が糸を引いて二人を繋いでいた。
(や、やばい・・・♡)
マンションの灯りに照らされた彼の顔はまるでおとぎ話にでも出てきそうなほどに美しかった。そんな光哉の紅潮した姿を見つめているだけでまた濡れてきそうだった。さっきまでの彼はこんなにも精悍で魅力的だっただろうか。
(ひょっとして俺、頭の中まで女の子に?)
だが、それは不思議と嫌な気分にはならなかった。女の子のキスを経た俺には、ある疑問が芽生えていた。
(キスだけでこれなら、セックスするとどうなっちゃうんだろう)

8
「もう遅いからさ・・・俺の家、泊まってく?」
心に沸き立つ熱にほだされてか、そんな言葉が口をついて出てしまった。溢れ出る情欲を止めることはできなかった。
「いいの?」
「うん」
部屋に入り靴を脱ぐや、俺たちは再び唇を重ねた。
「んんっ、んっ、はぁん・・・っ!?」
舌同士を絡ませ、踊らせていると、大きく張り出した胸を掴まれる感覚が。初めはどこかぎこちなく、だけどやがてリズミカルに光哉の掌が俺の乳房を弄ぶ。ブラジャー越しにおっぱいを揉まれ、気持ちいいというよりはくすぐったい。そう、思っていたのだが。
「んんんっ!? ぃやんっ、はぁん♡」
ブラとの間にできた隙間から、男らしい無骨な手が侵入して俺の乳に直で触れる。タプタプと双丘を下から持ち上げて揺らした・・・次の瞬間には、キュッと先端を直接摘まれていた。全身をゾクゾクッとした刺激が伝い、コリコリと擦られる乳首がビンビンに勃ち上がる。
「んんんっ♡ んんっ♡ あぁんっ♡」
硬くなった乳首に触れられるたび、俺は壊れたおもちゃのように、小さくなった両手で力の限り・・・光哉の大きな背中を抱きしめた。そうでもしないと、彼から与えられる快楽でどうにかなってしまいそうだったから。交わした唇から、無様な雌の啼き声が溢れる。女としての情動に抗うどころか、押し寄せる快感になすがまま振り回されるしかなかった。
「ひぅっ!んっ、あっ、はぁぁんっ♡」
いつの間にか彼の右手はスカートの中にまで及んでいた。平たくなった今の俺の股間に指を当て、すりっ、すりっとパンティ越しに擦り出す。
「あっ、あっ、やっ、あっ、ひっぃ♡」
指が前後し、薄布の内側にある女の子の大事な部分が刺激されるたび、俺の全身は耐えようのない快感に打ち震える。
「や、やらぁ・・・♡」
「気持ちいいの、美鶴さん?」
「ぅん・・・」
俺は本当は男なのに、そんな薄っぺらなプライドは、女体の肉欲にいっぺんに押し潰されてしまっていた。
「かわいいね」
ゾクゾクゾクッ!
耳元で囁かれたその声だけでまた一層感じてしまうのだった。
9
いつの間にか俺たちはベッドまで移動していて・・・それはつまりいよいよここからが『男と女の夜の運動』の本番ということで。男として経験が一度もない行為を女として味わうことになるなんて、昨日までなら噴飯もののジョークでしかなかった。だけど現実は。
ニチャッ・・・
「やぁん! は、恥ずかしいよぉ・・・」
今の俺は顔を真っ赤にして男と情事を交わす女そのものなのだ。抵抗の余地なくパンティを脱がされる。ここまでで随分と『温まって』しまっていた女陰から溢れ出た蜜が、グショグショに濡れそぼったパンティとの間に細い糸を引く。男を受け入れる準備は万端、ということになるのだろう。最後に残ったブラジャー・・・散々乳を揉まれ、ほとんど本来の役目を果たせていなかったけれど・・・のホックが外される。光哉の慣れた手つきに、彼の過去を垣間見た気がした。
(これだけのイケメンだし、さっき怒ってくれた時もそれっぽいこと言ってたし、たぶん昔から彼女いたんだろうな)
そのくらい分かってる。けれど、何故だろう。ちょっとだけ胸が痛む。
ブラジャーまで取り払い、いよいよ産まれたままの姿になる。でっぷりと垂れ気味のバスト、まるまるに膨れたヒップ、少し屈んだだけで容赦なく段々になるお腹・・・ぽっちゃり、というより既におデブちゃんに片足を突っ込んだ今の自分がこんなこと思うなんてやっぱりおこがましいことなんじゃ。
そんな俺の不安を察してか、彼はそっと俺の髪を撫でて
「かわいい・・・綺麗だよ、美鶴さん」
その一言だけで心がスッと軽くなるなんて、我ながらチョロい。でも、これが俺にとって何よりの救いなんだ。
ベッドに寝かされ、光哉は逞しい男性らしい腕で俺の両膝に手を置き、グッと広げる。
「きゃっ!」
両脚が開き、俺の全身が彼に晒される。もちろん、女の子の部分まで包み隠さずに。
(やだぁ・・・こんなこと見られてるぅ)
男の頃だって、股間を他人からそうマジマジと見られた経験はない。まして女の子になって何もない、溝だけの股間を男に凝視されるなんて耐え難い恥辱だ。対する俺の目線の先には、大きな乳房、脂肪が重なったお腹、ぐっしょりと濡れて縮れた陰毛と、
(お、おっきぃ!?)
ビンビンに勃ち上がった光哉のペニス。悲しいかな俺の元息子とは比べ物にならないほどのサイズ感!
こんなのをアソコに抜き差しされるとどうなっちまうんだ!?
(嘘ッ! 見てるだけで濡れてッ!)
トロリとした液がアソコから垂れ、お尻に伝っていった感覚があった。あぁ、もうこんなの・・・
「や、やだ、お、お願い・・・」
こんなの
「何をお願いしたいの?」
こんなの
「こ、光哉・・・くんの、おち◯ち◯を・・・い、挿れて下さい・・・ッ!」
嬉しそうな笑顔。それに胸ときめかせる間も無く。
「んはぁっっん♡」
下腹部を襲うとてつもない異物感。目線をくれると、俺の女の子としての孔が、屹立した肉棒を咥えて呑み込んでいく最中だった。徐々に、徐々に侵入したそれは、やがて俺の最奥に至り。
「んぁぁぁぁぁっっ♡」
その秘奥をコツン、と刺激する。全身に奔る高揚感と多幸感。とてもじゃないが、声なんて我慢できなかった。ゴリッゴリッと肉壁を摩擦し、ペースを上げてリズムが出来てくる。
「あっ♡あっ♡あっ♡はぁっ♡あんっ♡あっ♡はんっ♡」
その度に、俺は情け無い喘ぎ声をこぼしていく。それがまた彼を興奮させるようで、俺の中でグッと一層硬くなるのを感じとった。
10
いつの間にか、両手それぞれ指を絡ませ、手をぎゅっと握っていた。
「美鶴さん、美鶴さん!」
名前を呼ばれ、肌と肌が触れ合うだけでこんなにも幸せな気持ちになれるなんて!
「好きぃ♡大好きィ♡光哉くぅん♡」
脳が快楽に支配され、とんでもないことを口走っていてももはや分からない。ただただ、与えられる享楽に身を任せる一人の女でしかなかったのだ。
一突き一突きされるごと、だらし無く実った乳房がブルンブルンと四方に揺れる。ストロークは回を重ねる内により早く、より深くなっていって。
チカッチカッと頭に閃光が走り出す。
「やばいやばいやばいぃぃ♡気持ッ!よすぎるよぉ♡俺、女の子のままイっちゃう〜♡」
「僕も、そろそろ・・・愛してるよ、美鶴ッ!」
「うん♡俺も♡」
「ッッッ!アッ!」
「いやっ♡やっ♡あんっ♡あっ♡あぁぁぁぁ〜〜〜んん♡♡」
胎の中を暖かな液が埋め尽くす。同時に、頭の中の光が肥大化し、俺の意識まで奪い去っていく。俺は背骨を弓なりにして絶叫して、果てた。
11
そこからはなし崩し的だった。幸いにして周囲からは俺が男だったという記憶は失われていたため、四苦八苦こそしつつもなんとか生活していくことはできた。・・・元々の人間関係が結構様変わりしていたのでボロが出ないか心配だったが。リーマンだったのがOLとして扱われるのだけはちょっとだけプライドが傷ついた部分もあったけど、時間と共に解決できた。
そして彼、光哉とのこと。女として、というよりも人間として初のセックスになったあの夜のあとも、相変わらず彼氏彼女の関係は続いていた。平日は待ち合せしてディナー後にどちらかの部屋へ。休日は朝から昼過ぎに合流してどちらかの部屋へ。二人きりでプライベートな空間にいるとやはりどうしてもそういう雰囲気になってしまい、身体を重ねることに。どうやら俺たちの相性はかなり良かったみたいたった。初めの頃は、やはりどこか女性として彼に抱かれることに抵抗感があった(あの夜はその・・・特別だ!ヒロイックな気分に酔っていただけだ!と思う)のだけれど、光哉から女の子として大切に扱われることが嫌でない、むしろ嬉しいとすら思うようになっていった。そう自覚してからは坂を転げるように俺は女の子としてのセックスに溺れていった。フェラチオ、パイズリ、69に始まり、彼の望む体位やコスプレックスでも何でも受け入れた。彼の性欲を慰めるためならどんなことでもしてあげたくて、お尻の方も少しだけ・・・。日々開発され、プレイの幅が広がっていく俺に、光哉は満足そうだった。スタイルに自信のない俺にとって、屈託ないその笑みを見つめる瞬間だけが唯一女として誇りを持てるひと時になっていた。
「ねぇ、このまま一緒に住まない?」
ある夜、そう提案された。俺はというと、直前まで全身の穴という穴を使って彼を悦ばせていたばかりでクタクタで・・・特にお◯んこなんて、四、五発注いでもらってヒクヒクしていた。頭もぼーっとしていて思考もまとまらず、ただ彼に抱かれた幸福感に浮かされて
「うん、いいよ♡」
と答えてしまった。そこからは早かった。あれよあれとという間に同棲生活がスタートし、数日に一回だったセックスがほぼ毎夜の営みとなった。その頃には俺はもう、女の子としてのセックスを完全に愉しむようになっており、彼に抱かれ雌として嬌声を上げることが日々の糧となってしまっていた。
こうして一人の女として違和感なく生活するようになり、光哉くんとの関係も数年続いた。相変わらず彼はイケメンで、やはり芋臭いままの俺とは客観的に釣り合いが取れてるように見えない。これでも雑誌や動画なんかでファッションやらメイクやら髪の手入れやら気を遣うようにはなったのだが。
「美鶴さんはそのままでいいんだよ」
と彼は言ってくれているが・・・。
脱衣所の鏡の前。もはや見慣れた俺の女体。相変わらずぽちゃっとした締まりのない身体つき。いや、あの頃から時間も経ち、いわゆるアラサーという年代に差し掛かり、段々と肌から張り艶が曲がり角のような。気のせいか、バストも少しずつ垂れ始めてきたような。改めて見つめ直し、現状にゲンナリとしてしまう。
「でも、ここからここから!頑張らなくっちゃ!」
頬を軽く叩いて気合いを入れる。何故って?
それは・・・。俺は左手の薬指にはめたピンクゴールドの指輪を見つめ、発起したばかりなのにニヤニヤとこぼれ出る笑みを抑えようとして。
「やっぱ無理ー!」

12
この指輪を贈られたのは数日前。話がある、と光哉くんから改まって呼び出されたレストランでの食事の時だった。彼からプロポーズの言葉をもらった時は、嬉しいというよりビックリして思わず涙がポロポロと流してしまった。だけど今、ようやく嬉しいという感情が追いついてきたみたいだった。
だけど、それを受け容れる、ということは即ち。
(俺、このまま男には戻れないのかな)
もはや親兄弟に友人、同僚に至るまで俺が男だったと覚えている者はいない。実は俺が男だったなんていうのは思い込みで、元々女だったのにその事実から目を背けている異常者なのではないかと考えてしまっていた時期もあった。それに、現在の俺の姿はどうだ?
毎日ブラジャーを着けて化粧をし、スカートを履いて外に出る。男とデートして、夜には彼の逞しい男根に貫かれて大きなおっぱいを揺らし震わせ、喘ぎ声を上げる。自分より大柄な彼に抱かれて、すっぽり包まれていると、彼に守られているという安心感と幸福感を覚えてしまう。これが女でなくてなんなのか。どうしてもそう思ってしまうのだ。
近い将来、俺は何度も彼に組み敷かれそして・・・。これだけ膣内を満たされても上手く回避できているのは奇跡に近い。そうなった時、自分は・・・。
また一度頬を叩く。もう、そうなってしまったらそうなってしまった時だろう。どちらにせよ、俺はもう光哉くんのいない生活なんて想像できないから。だから・・・
「式までに絶対痩せてやる!」
晴れの舞台で彼に惨めな思いをさせることだけは断じて許せない。男とか女とかは関係ない。自分自身の矜持だった。
俺はネット購入したスポブラとジャージに身を包み、外へ出て走り出した。ブルブルと揺れる全身の脂肪に気を取られつつ、なすべき事に身をつぎ込む決意をしたのだった。
13
「んしょ、んしょ」
少し動いただけで身体が重い。やはり体重も相応に増えるんだなぁ。ベンチに腰掛け、一休み。日が経つにつれて行動が制限されていくのを実感する。来るべき時に向け、全身がエネルギーを蓄えようとしているのかもしれない。いつ何時それが起こってしまってもいいように、ここ最近は昔みたいにゆったりとしたワンピースを着ている。光哉は「昔に戻ったみたい」だなんて呑気に言ってくれるけど、もう!
彼の笑みを思い出し、私もふふっと吹き出してしまう。変わらないんだから!
おっぱいも張ってきて、いよいよ本来の機能を発揮することになるんだなぁ。女は明確に変わるものね。
ふと思い出し、スマホで数年前に保存した写真を見直す。うわー、私若いなぁ。この頃はまだ自分のことを俺って言ってたっけ。我ながらスリムなのに出るところはしっかりと出ていて綺麗だなぁ。本気だったもんなぁ。本気出しすぎて、ドレス合わせの度にサイズ変更になって慌てていたのも良い思い出だ。
この頃の私なら、街で誰が見ても美人だって言ってくれるかな。
なんて、30過ぎの人妻が何言ってんだか!
さて、愛しの旦那様が待つ我が家に帰りますか。もうしばらくしたら、新しいキャストが増えることだし!
「早く産まれておいで。私と彼の、宝物♡」
14
妻の帰りを待ちながら、昔のことを思い出していた。思春期ごろからだろうか、顔が良いと言われて色んな女の子から声をかけられるようになった。それが高じて芸能事務所なんかの誘いもあったけれど、僕からしたら違和感しかなかった。顔ってあくまで僕を形成する一要素でしょと。
実際にお付き合いした人もいたが、結局僕の趣味や内面まで理解してくれることはなかった。勝手に期待されて勝手に失望されただけ。僕は心から僕を愛してくれる誰かに飢えていたんだ。
社会人になっても同じことを繰り返していた僕は疲れ果て、気晴らしにゲーセンへ行ったんだった。たまたま隣の台に座っていた男性・・・少し太っちょで、気のいい彼。
ゲームを通じてなんとなく波長が合って、そのまま缶コーヒー片手にだべっていた。
「結局あるがままが一番なんだよな。そんな素の自分を見て、ある程度は分かってくれる人とじゃないとどっかで無理が来そう。まぁ俺はあるがまますぎて未だに恋愛経験ないんだけどw」
彼はそう笑っていた。あっけらかんと、楽しそうに話をする彼。
「どうすればそんな素敵な人見つけるんです?」
「えっ、俺に聞く?話聞いてた? んー、分からんけどマッチングアプリとかで相性良い人見つけたら?」
そんな軽い一言に流されるままにマッチングアプリを始めて・・・なかなか上手くいかないこともあったなぁ。それで、確か近所にある縁結びの神社にお参りに行ったんだっけ。神頼みなんてらしくないかなとも思ったんだけど。
(僕のありのままを愛してくれる人とご縁を下さい。愛する女性と素敵な家庭を築くのが夢なんです)
ご利益は抜群だったと思う。だって、そのすぐ後だったから。美鶴と出会ったのは。
コロコロと表情が変わり、本当に愛らしい。素朴で純粋な女性。俺、なんて一人称だけどそれも彼女らしくて好きだった。僕の趣味にも理解があるし、なんなら僕より詳しいこともあるし。僕には勿体無いくらいだ。それに、実はスレンダーな娘よりも肉付きの良い娘がタイプな僕にはストライクだった。初めて彼女を抱いた時の興奮は忘れないだろう。あんな素敵な女の子が、僕と結ばれるまで処女でいてくれたなんて!
そこから僕に抱かれるごとにエッチを覚えてくれて。いじらしくてたまらない。
彼女との日々は夢のようだった。一緒に暮らし、婚約し、式を挙げた。あの時の彼女の覚悟たるや。搾り上げたあの肢体たるや、女神そのものだった。
そして、今。彼女は僕との愛の結晶を宿してくれて。これからもきっと素晴らしい毎日だろう。本当に本当に感謝している。
こうして美鶴と出会えたのも、ひいてはあの日話した彼のお陰、と言えるかもしれない。たった一度の出会いだったのでもう顔も覚えていないけれど、あの日のことはいやに印象に残っている。また会うことができたら自慢してやりたい。僕は素の自分を受け入れてくれる女性に出会えたよと。
初出20230716 20230716初出
イラスト 海渡ひょう
聖典館殺人事件さんからレビュー頂きました!
「まさに、この《あむぁいおかし製作所》に投稿された、ととやすさんの小説で、イラストは海渡ひょうさん。400字詰め原稿用紙で45枚と少しぐらいの読みごたえある短編です。ある朝目覚めると女性になっていた――という王道パターンで始まりつつも、主人公・満が変身していたのは、美少女とかではなくどこにでもいそうなぽっちゃり体型の美鶴という名のOLさん。世界もそれに合わせて改変されていて、しかも何と光哉というかっこいい彼氏もいるとわかります。彼とのデートのとき、すれちがった女たちから陰口をたたかれるほどの自分の冴えなさにがっかりする満=美鶴ですが、でもオタクっぽい光哉にとっては、自分を理解してくれる彼女はかけがえのないパートナーなのでした。
男性としては経験しなかった性の歓びを与えられてゆき、彼のために可愛くなろうとがんばる美鶴。そしてみごとなまでのハッピーエンド。いやー、オタク青年(ただしイケメンに限る)とTSっ娘のカップリングは最高ですね。そして、この内容に花を添える海渡ひょうさんのイラストが素敵です。決してとびぬけて美人ってわけじゃないけど、愛らしくて親しめる美鶴の姿。どうせTSするなら、こっちですよ!」

1
カーテンの隙間から差し込む光とどこからか聴こえる鳥の声が、どうやらもう朝になったらしいと教えてくれる。昨晩は慣れない仕事の疲れからか、ベッドに入るやすぐに眠ってしまったようだった。まだ社会に出て会社というやつで働き始めて一年も経っていない俺にとって、週5日の労働はあまりにハードだ。今日は土曜日。ゆっくりとこのまま惰眠を貪るとするか。
そう決めた俺は寝ぼけ眼をそのままにうつ伏せになる。・・・胸元に圧迫感。何となくいつもより息がしにくいような。それに顔にかかる髪の毛も、俺の感覚よりも随分と長い。
「・・・?」
髪をかき上げる。ゴワゴワで指に刺さってしまいそうな普段の俺のそれと違う、サラッと流れるような柔らかさ。反射的に布団から飛び上がった。
「な、なんじゃこりゃ!?!? って声!?」
叫び声を上げると同時に、声にも強烈な違和感。めちゃくちゃ高い・・・まるで女性のような。否。ような、というのは正しくなかったかもしれない。視線を下ろすと、果たしてそこには寝巻き代わりのTシャツをこんもりと押し上げる膨らみがあった。間違いなく、それは俺の胸に鎮座していた。しかも・・・
「こ、これっ、ちっ、乳首!?」
寝汗のせいか白いTシャツは湿っていて、胸にある2つの膨らみの頂点がぷっくりと更に鋭い角度で隆起していたのだ。それは透けて下に包まれる桜色の突起物を晒していた。
「えっ、えっ、へぇっ!?」
未だ慣れない高い声を漏らしながら、前を見上げる。そこには見覚えのない大きな姿見があって。映っていたのは肩口くらいまでで茶髪を揃えた、俺と同じ歳くらいの若い女の子だった。鏡の中の彼女は、困惑した様子で大きな胸元に手をやっている。ちょうど今の俺のように。
「こ、これが、俺・・・?」
他に人が映っていない以上、そう判断するしかないのだろう。ゴクリ、と唾を飲み下し、一呼吸して姿見に映る像を眺める。よく見ると、元の・・・男の頃の面影がある顔立ちをしている。3つ下の妹が今の俺と同じ歳くらいになればこんな感じになるんじゃないだろうか。上は昨晩寝る時に来ていた安物の白Tシャツ、下はまるで違っていて、スウェットだったのが膝上丈のハーフパンツになっていた。そこから覗く、白くむっちりとした脚が目に毒だ。しかも起きた時からずっと乳首が透けている。若くて色々と持て余している俺には、それはあまりに刺激的すぎた。
「なんで・・・俺、女に・・・?」
この時の俺の頭にあったことは、確かめないと、の一点だけだった。身体に貼り付いたシャツを四苦八苦して剥ぎ取ると、ブルンッと勢いつけて乳房が揺れた。これはかなりの大きさだ。次いでハーフパンツを下ろしていく。艶のある太ももが露わになった。脚の付け根には色気のないベージュのショーツ。これも勿論身に付けた覚えなんてない。
自分が動かしているといえど、本来男である俺がそれをするのは少し躊躇われた。だけど。意を決してショーツを脱ぎ去り、俺は鏡の前で産まれたままの姿になった。
2
一糸纏わぬ女の自分を鏡越しに見た第一声は、
「び、微妙だ・・・」
だった。顔は自分で言うのも何だが、客観的にそれなりに整っている部類に入ると思う。ただ、それ以外の部分が微妙極まりない。自らの裸体を見た正直な感想だった。
「まぁ、元の男の時からしてそんなスタイル良かったわけでもないからな・・・」
顔の輪郭は丸く、いかにも女性らしい曲線を描いているが、少し膨れすぎな感もある。肩幅も広めでやや骨太な印象だ。そこから腕にかけて丸々と贅肉がついている。バストは流石のサイズで、圧巻だけど・・・重力に負けて垂れ気味だし、乳輪も大きめだ。お腹もタプタプで指でタップリと脂肪が摘めてしまう。脚も大根足だし・・・ある種で、すっごく女性らしいと言えるかもしれないが。そしてその付け根にはふさふさと生い茂った黒い陰毛。女性としては結構濃い方なんじゃないだろうか。そして、男の時分より幾分も小さく細くなってしまった指で掻き分ける。果たして股座に慣れ親しんだ逸物はなく、しっとりとした質感の溝がツッと一筋刻まれているだけだった。筋に沿って指をそっと動かす。花弁の入り口がほんの少しだけ広がり、指先に身体の熱量と粘膜の触感を伝えてくる。やがてそれは、敏感な突起に行き着いて。
「あんっ!」
思わず声が出てしまう。学生の頃付き合った女の子こそいたが、結局そういった行為に至るまでに破局してしまってばかりだった俺にとっては、初めて生で聴く「女の喘ぎ声」だった。姿見に目をやると、そこには股に手を添える妙齢の女性が頬を上気させていた。
「はぁっ・・・」
その姿に少し冷静になってしまう。何故だろう。若干凹んでしまう自分がいた。
「こういうのって、美女になるのがパターンじゃねぇのぉ?」
男の頃から緩み気味だった身体だ。女になったからといって一気にナイスバディになれる保証なんてない。当たり前なんだけど、なんかこう・・・。
立ったままなのにゆるゆるで、脂肪の段を形成してしまっている腹の肉を持ち上げる。客観的に見て、顔立ちは可愛いという部類に入ると思う。けど、こんなぷよぷよの身体では・・・男の頃の俺目線では、はっきり言ってストライクゾーン外だ。いきなり女になった上に、それが微妙なルックスのぽっちゃりさんだなんて。
やり場のない感情を抑えながら、ふと落ち着いて部屋をぐるっと一瞥する。昨日まではザ・一人暮らしの男の部屋といった面持ちだったが、今は違う。さっきから大活躍の姿見以外にも変化が。全体的にこざっぱりとして、整頓された印象だ。色味も寒色系から暖色系に変わってしまっている。覚えのない白いドレッサーがあり、その上には化粧品のポーチが置いてあった。絶対普段読まないだろう女性者のファッション誌も、綺麗に並べられてラックに収まっている。クローゼットを開くと、そこには鮮やかな女性物の服が架けられていた。クローゼットの隅には引き出しのついた小さな棚があり、そこを開けるとこれまた色とりどりの布切れが丁寧に丸めて収められていた。その一つの黒い布をつまみ上げると、巻き上げられたそれが広げられ・・・。
「こ、これ・・・パンツ!? ってことはこれはブラジャー、だよな・・・」
パンツと同じ色の少しごわついた手触りのそれは、女性の乳房を保護する下着だ。半球が二つに金属ホックの付いたこの下着は、多くの男性が普段身につけるものとは言えない。
「で、でっけぇ〜」
デパートなんかで女性向け下着コーナーの前を通ったことは何度もあるが、こんなに大きなブラジャーは見たことがなかった。反射的にタグを確認すると、H85と印字されていた。85という数字の意味はよく分からないが、その前のアルファベットから推測するに、今の俺はHカップらしい。
っていうか待ってくれ! 俺の身体は完全に女になっていて、部屋の様子まですっかり女の子に染められ上げている。と言うことは、だ。
「俺、これから毎日これ着けてなきゃいけないの・・・?」
3
途方に暮れていると、
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り、心臓が飛び上がる。
「えっ、えっ、誰?」
慌てて駆け出して・・・ブルンとおっぱいが跳ねる。と、同時に自分が今何も着ていなかったことを思い出した。反射的に両の乳房を手で抱え、インターホンのモニターをONにする。突然の来訪者は同年代の男のようだった。
「は、はい・・・」
おずおずと声をかける。
「おっ、もう起きてた? 準備出来てる〜?」
だ、誰だこのイケメン!? やけに親しげに声をかけてくるが、俺はこんな男知らない。思わず固まっていると、
「その感じじゃまだなんでしょ? 待ってるから、ごゆっくり! 今日は時間にゆとりあるからさ」
「う、うん・・・」
そう言って一旦インターホンを切る。いや、マジで誰だよあいつ。モニター越しの言動が一々爽やかで若干癇に障るが、悔しいかな、かなりのイケメンだ。女になったことで、人間関係も変わってしまっているのだろうか?
そう直感した俺は、すっぽんぽんのままで枕元に置いてあったスマホを手に取った。スマホリングが付いていたり、カバーが可愛らしいパステルカラーにこそなってはいるものの、機種自体は同じようだが、果たして・・・。あいつもごゆっくりって言ってたことだし、ちょっと確認させてもらおうか。
そう考えてスマホの中身をチェックしてすぐに、どうやら俺は生まれた時から女だったと認識されているらしいと分かった。名前も男の時は満(ミツル)だったのに、読みはそのままで表記が美鶴に変わっていた。性別が反転しただけで仕事の方はそのままだったのは幸いだった。OLということにはなってしまうのだろうけど。
仲の良かった男時代の友人たちとはほとんど縁がなくなっていて、その代わりに疎遠・・・というか一度も話したこともないような女子たちがそのポジションに置き換わっているみたいだった。っていうか、残ってる写真見るとJKの頃からぽっちゃり体型っぽいな、俺。今より幾分かはマシだけど。
そして、肝心の彼。彼は光哉(コウヤ)という同い年の会社員で、そして。・・・ありていにいってしまうと、今の俺の彼氏らしかった。
4
「待って、待って、待ってくれ・・・」
彼氏!? 女の俺に!?
衝撃が強すぎて理解が追いつかない。元の俺は悲しいかな、今現在彼女なんていない。てっきり女の俺もそうだと思っていたが違ったようだ。ビジュアルもまぁ、微妙だし・・・まさかあんなイケメンと付き合っているなんて!
どうやらマッチングアプリ経由で出会ったようで、付き合い始めてまだひと月ちょっと。毎日のように電話やメッセージで連絡を取っている痕跡があったのだが・・・。自分じゃない自分が他人に送ってるメッセージ読んでると何かムズムズしちゃうな。どことない気持ち悪さが。今日はデートの予定だったみたいだけど、自分の知らないうちに自分の名前(美鶴表記だけど!)でデートの約束を取り付けて、「楽しみだね♪」なんてやり取りしているのを観測した日には、もう!
ともあれ、ここまで分かった以上、待たせっぱなしは良くないだろう。
買った覚えのない洋服ダンスからなるべく地味めな下着と服を引っ張り出す。なるべくならズボンが良かったのだが、見当たらない。どうも"美鶴"はゆったりとしたスカートやワンピースを好んできているようだった。
色気もくそもない無地でベージュのショーツを脚に通す。平たい股間にピッタリと貼り付き、改めて息子の不在を思い知らされる。大きく膨れたお尻で生地が引っ張られている気もするが、もう構っていられない。そのままブラジャーへ。
ヤバい。上手く着けれない。
何度やってもフィットしないというか、ホックもズレてしまう。悩んだ末に先にホックを止めてから上から被る形で装着することにした。ことの他うまくいって一安心だが、あくせくしてるうちに汗をかいてしまっていた。そして、気づく。
(胸の谷間、こんな汗出るんだ)
ギュッと締め付けられ、垂れ気味だったバストが寄せてあげられる。それによって形作られた豊かな谷間に、大粒の汗が。圧迫感もすごいし汗も出るし、世の女性はこんな不便なもの毎日着けてるのかよ!?
そのまま顔を真っ赤にしつつスカートを履く。ゆとりあるサイズ感はこの体型を隠す美鶴なりの努力だったのだろうか。ブラウスの袖がひらひらしてるのに気づいてさらに顔を赤くしたのは直で袖を通した後だった。
そのまま玄関を出ようとして、すっぴんなことに思い至ってしまった。でも俺、化粧なんてできるのか?
それに、本当に光哉に会うのか? 会って、どうするんだ?
グルグルと頭の中を駆け巡る様々な思考。だけど、とにかく前に進むしかないのだ!
5
「あ、おはよ、う・・・?」
留守番中に来客が来た子供のように恐る恐るマンションのロビーでスマホをいじっている光哉に声をかける。その声にすぐ、
「やぁ、おはよう美鶴さん」
と返答してくる。その声に、姿に、胸がドクンと高鳴った。さっきモニター越しに見た時とは比べ物にならないほどに格好いい男だった。
(や、やべぇ、眩しい・・・イケメンすぎる・・・!)
結局妥協して化粧水を塗って薄く口紅をつけただけの自分は芋臭さ満載で、ギャップに居た堪れなさすら感じてしまう。いや、自分を棚に上げるわけではないが、目の前の青年、光哉は持っている雰囲気からして別格だ。とてもそこらの一般人とは思えなかった。一応会社員らしいけど! 180cm以上はあるだろうスラリとした長身。ただそこにいるだけで存在感は圧倒的だ。さらに、スカイブルーのシャツに黒いジャケットを嫌味なく見事に着こなし、まるで洗練されたモデルのようだった。そして極めつけがその顔。圧倒的な美形だ。サラリとした黒髪に切れ長の瞳、少し薄い唇もパーフェクトといってよい美貌。本来は同性のはずの俺から見ても、どこぞの美術品から飛び出てきたんですか?って聞きたくなるくらいの見目麗しさだった。
(なーんで俺と付き合ってるんだろうな?)
スマホの履歴からはそれを示す明確な答えは見つからなかった。女の俺、美鶴と彼の間には、二人だけの物語があったのだろう。
ズキリ
高揚感とは別の痛みが胸を刺した。
そんな俺をよそに、光哉は慣れた動作で手を差し出す。
「さぁっ、行こうか!」
「う、あ・・・はい・・・」
おずおずとその手を握る。暖かくて節くれだっていて、そして今の俺より一回り大きなその手に包まれ、どこかホッとした気持ちになってしまう。
「握り方、いつもと違うよね?」
「えっ!きゃっ!」
光哉は繋いだ手を組み替え、お互いの指と指が絡み合う形を作った。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。
「これでいいね」
そう言って涼しげに笑う。俺はというと、ドギマギとして、あっとか、うっとしか返せない。心臓が波打ち、耳まで赤くなっているのが分かった。会ったら事情を話して、解散か俺が男に戻る手伝いをお願いしようと思っていたのに、そんな思いを押し退けていく。
そうして俺たちは二人並んで街へと歩いていった。そんな俺たちは10人が見て10人、初々しい恋人同士に映っていたことだろう。
6
光哉に連れられるままに街へ繰り出し、ショッピングにランチに・・・午後からは水族館にまで足を運んだ。最初はこいつと何をどう話していいか分からずにぎこちなく愛想笑いするしかなかった俺も、実は光哉が結構なアニオタだということが分かって、お洒落な雰囲気なんてそっちのけでオタトークに花を咲かせていた。
「そうそう!あのシーンの演出って多分前クールの3話のオマージュで〜」
「絶対そうだよな!俺初見の時ピンと来たもん!」
あっ・・・
ついうっかりして、完全に男の・・・『俺』なんて言葉遣いをしてしまった。
やばい、しくじったか・・・!?
冷や汗をかく俺を、光哉はしばらくジーッと見つめて
「美鶴さん、普段は一人称俺なんだね。結構意外で・・・ギャップあっていいね!」
なんてニコッと笑うんだから!
「その、変じゃ、ない・・・? お、女が俺、だなんて・・・」
「全然!寧ろお付き合いしてから美鶴さんの素の部分が少しずつ見えてきて嬉しいよ!」
耳まで赤くなっていくのが分かった。
「そ、そっか。じゃあこれからちょこちょこ男っぽいところ見えちゃうかもしれないけど、許してね」
なんて予防線を引いてしまう。
「好きなように振る舞ってくれれば! っていうか、僕の方こそガッツリオタクで幻滅とかしてないから不安なんだけど」
いやいやいや、それこそ
「全然! 俺もこの通りオタクだし、共通の話題多くて助かるよ!」
本当にね。光哉が見た目通りのキラキラ系だったら、マジで何話せばいいか分からなくなってしまっていただろう。
盛り上がりを保ったまま、俺たちはレストランで引き続きオタク話を楽しんだ。心から楽しい時間だった。目が覚めると自分が女になっていて・・・しかも付き合いたての彼氏がいるなんて異常な事態に神経をすり減らしていた俺にとっては、光哉との他愛ない話はひと時とはいえど全てを忘れることができるくらいだった。
割り勘で支払いを済ませ、いいと言うのに送ってくれるというので俺たちはまた元のマンションへと向かっていた。手は、今回はこちらから握った。・・・少しだけだがお酒を飲んだから、ということにしておこう。
その道すがらのことだった。向こうから来た派手な格好をした若い二人組の女が、俺たちの、というより俺の方を見てニヤニヤと笑って通り過ぎた。なんだろうと思っていると、大きな声で
「あのカップルさ〜カレシさんめっちゃイケメンだけど女の方残念すぎん?」
「分かる〜デブ過ぎ〜もっと努力して女磨けって感じw」
「カレシさんあの顔でB専なんじゃね??」
ギュッと胸が痛くなる。
(あぁ、そうか。どんなに楽しくても、今の俺はぽっちゃり体型の女なんだ。美人でもないし、こんな俺が光哉といてもつり合いなんて取れないよな・・・)
薄々分かっていたことだった。今日会った周りの人、俺のこと見てデブ女がはしゃいでるよwとか思ったりしてたんだろうな。病んだ気分が心を身体を支配していく。そんな時だった。
「ざけんなよ、テメェら!! 美鶴さんはオメェらみてぇな頭も身体もスッカスカのバカ女とは違うんだよ!」
隣で背後の二人組に怒声を上げたのは光哉だった。当然の事態に、処理が追いつかない。
「顔だけ見て近づいて、僕の内面知った途端にイメージと違うだの何だのうるせぇんだよ!! 僕は僕で、僕は僕の好きなもん、好きな人を愛してるだけなんだよ!! 周りのオメェらが決めつけて押し付けてくんな、この・・・アホーーーー!!!!」
二人組の女はポカンとしていた。俺も同じだ。光哉はそのまま俺の手を握ると踵を返し、
「行こっか」
と耳元で囁いた。
「う、うん」
動揺冷めやらぬまま、俺たちはその場を後にしたのだった。
7
アパートの扉の前に着くや、光哉は俺の手を離し、バッと頭を下げた。
「ごめん、大声出して。でも、あんなの、許せなくて。もう二度としないから、ごめん。今回だけは許してほしい。美鶴さんに嫌われたら、僕、僕・・・」
そう言って肩を震わせる彼の姿を見て、彼のことを色眼鏡を付けて見てしまっていた自分自身に気がついた。
「そ、そんな! 俺が太っちょなのは事実だし、でもあぁいう風に言ってくれて、嬉しかったし!」
彼はスマートなイケメンくんでも、完璧超人でもない。穏やかで優しく、そしてオタク趣味のごく普通の男の子なのだと。だから、
「嫌いになったりなんて、しないから・・・」
ドクンドクンと心臓が高鳴る。今日一番の早鐘を打つ。光哉は一瞬だけ端正なその顔をくしゃっと歪ませて嬉しそうに、泣きそうに笑った。そして、その大きな手を俺の方に置き、ゆっくりと顔を近づけてくる。
(あぁ、これは)
男として経験はなかったが、分かってしまった。俺はゆっくりと目を瞑った。
「いいの?」
心配そうな声がして、思わず笑みがこぼれてしまった。ここまできてそんなこと・・・優しいなぁこの人は。
「うん」
「ありがと」
「んんっ・・・!」
返事をしようとした唇が塞がれる。目の前にいる彼と唇を交わし、舌先を絡め合う。
「っん、ん、んんっ、んっ・・・っ!」
その度に全身が熱くなり、声が漏れ出してしまう。股の付け根。かつて男性器があった場所よりもお尻側の部分が特に熱を帯びていく。切ない気持ちになって、無意識に両の腿で擦り付ける。それだけで理解してしまった。
(俺、今グチュグチュに濡れてる・・・)
雌の花弁から溢れ出た液がショーツを湿らせていく。それはやがて、布で吸える限界を容易に越えて。
ツゥッ・・・
(!?!?)
必然、股を伝って脚を通り抜ける。
長いキスが終わり、唇を離し、互いに顔を見合わせる。唾液が糸を引いて二人を繋いでいた。
(や、やばい・・・♡)
マンションの灯りに照らされた彼の顔はまるでおとぎ話にでも出てきそうなほどに美しかった。そんな光哉の紅潮した姿を見つめているだけでまた濡れてきそうだった。さっきまでの彼はこんなにも精悍で魅力的だっただろうか。
(ひょっとして俺、頭の中まで女の子に?)
だが、それは不思議と嫌な気分にはならなかった。女の子のキスを経た俺には、ある疑問が芽生えていた。
(キスだけでこれなら、セックスするとどうなっちゃうんだろう)

8
「もう遅いからさ・・・俺の家、泊まってく?」
心に沸き立つ熱にほだされてか、そんな言葉が口をついて出てしまった。溢れ出る情欲を止めることはできなかった。
「いいの?」
「うん」
部屋に入り靴を脱ぐや、俺たちは再び唇を重ねた。
「んんっ、んっ、はぁん・・・っ!?」
舌同士を絡ませ、踊らせていると、大きく張り出した胸を掴まれる感覚が。初めはどこかぎこちなく、だけどやがてリズミカルに光哉の掌が俺の乳房を弄ぶ。ブラジャー越しにおっぱいを揉まれ、気持ちいいというよりはくすぐったい。そう、思っていたのだが。
「んんんっ!? ぃやんっ、はぁん♡」
ブラとの間にできた隙間から、男らしい無骨な手が侵入して俺の乳に直で触れる。タプタプと双丘を下から持ち上げて揺らした・・・次の瞬間には、キュッと先端を直接摘まれていた。全身をゾクゾクッとした刺激が伝い、コリコリと擦られる乳首がビンビンに勃ち上がる。
「んんんっ♡ んんっ♡ あぁんっ♡」
硬くなった乳首に触れられるたび、俺は壊れたおもちゃのように、小さくなった両手で力の限り・・・光哉の大きな背中を抱きしめた。そうでもしないと、彼から与えられる快楽でどうにかなってしまいそうだったから。交わした唇から、無様な雌の啼き声が溢れる。女としての情動に抗うどころか、押し寄せる快感になすがまま振り回されるしかなかった。
「ひぅっ!んっ、あっ、はぁぁんっ♡」
いつの間にか彼の右手はスカートの中にまで及んでいた。平たくなった今の俺の股間に指を当て、すりっ、すりっとパンティ越しに擦り出す。
「あっ、あっ、やっ、あっ、ひっぃ♡」
指が前後し、薄布の内側にある女の子の大事な部分が刺激されるたび、俺の全身は耐えようのない快感に打ち震える。
「や、やらぁ・・・♡」
「気持ちいいの、美鶴さん?」
「ぅん・・・」
俺は本当は男なのに、そんな薄っぺらなプライドは、女体の肉欲にいっぺんに押し潰されてしまっていた。
「かわいいね」
ゾクゾクゾクッ!
耳元で囁かれたその声だけでまた一層感じてしまうのだった。
9
いつの間にか俺たちはベッドまで移動していて・・・それはつまりいよいよここからが『男と女の夜の運動』の本番ということで。男として経験が一度もない行為を女として味わうことになるなんて、昨日までなら噴飯もののジョークでしかなかった。だけど現実は。
ニチャッ・・・
「やぁん! は、恥ずかしいよぉ・・・」
今の俺は顔を真っ赤にして男と情事を交わす女そのものなのだ。抵抗の余地なくパンティを脱がされる。ここまでで随分と『温まって』しまっていた女陰から溢れ出た蜜が、グショグショに濡れそぼったパンティとの間に細い糸を引く。男を受け入れる準備は万端、ということになるのだろう。最後に残ったブラジャー・・・散々乳を揉まれ、ほとんど本来の役目を果たせていなかったけれど・・・のホックが外される。光哉の慣れた手つきに、彼の過去を垣間見た気がした。
(これだけのイケメンだし、さっき怒ってくれた時もそれっぽいこと言ってたし、たぶん昔から彼女いたんだろうな)
そのくらい分かってる。けれど、何故だろう。ちょっとだけ胸が痛む。
ブラジャーまで取り払い、いよいよ産まれたままの姿になる。でっぷりと垂れ気味のバスト、まるまるに膨れたヒップ、少し屈んだだけで容赦なく段々になるお腹・・・ぽっちゃり、というより既におデブちゃんに片足を突っ込んだ今の自分がこんなこと思うなんてやっぱりおこがましいことなんじゃ。
そんな俺の不安を察してか、彼はそっと俺の髪を撫でて
「かわいい・・・綺麗だよ、美鶴さん」
その一言だけで心がスッと軽くなるなんて、我ながらチョロい。でも、これが俺にとって何よりの救いなんだ。
ベッドに寝かされ、光哉は逞しい男性らしい腕で俺の両膝に手を置き、グッと広げる。
「きゃっ!」
両脚が開き、俺の全身が彼に晒される。もちろん、女の子の部分まで包み隠さずに。
(やだぁ・・・こんなこと見られてるぅ)
男の頃だって、股間を他人からそうマジマジと見られた経験はない。まして女の子になって何もない、溝だけの股間を男に凝視されるなんて耐え難い恥辱だ。対する俺の目線の先には、大きな乳房、脂肪が重なったお腹、ぐっしょりと濡れて縮れた陰毛と、
(お、おっきぃ!?)
ビンビンに勃ち上がった光哉のペニス。悲しいかな俺の元息子とは比べ物にならないほどのサイズ感!
こんなのをアソコに抜き差しされるとどうなっちまうんだ!?
(嘘ッ! 見てるだけで濡れてッ!)
トロリとした液がアソコから垂れ、お尻に伝っていった感覚があった。あぁ、もうこんなの・・・
「や、やだ、お、お願い・・・」
こんなの
「何をお願いしたいの?」
こんなの
「こ、光哉・・・くんの、おち◯ち◯を・・・い、挿れて下さい・・・ッ!」
嬉しそうな笑顔。それに胸ときめかせる間も無く。
「んはぁっっん♡」
下腹部を襲うとてつもない異物感。目線をくれると、俺の女の子としての孔が、屹立した肉棒を咥えて呑み込んでいく最中だった。徐々に、徐々に侵入したそれは、やがて俺の最奥に至り。
「んぁぁぁぁぁっっ♡」
その秘奥をコツン、と刺激する。全身に奔る高揚感と多幸感。とてもじゃないが、声なんて我慢できなかった。ゴリッゴリッと肉壁を摩擦し、ペースを上げてリズムが出来てくる。
「あっ♡あっ♡あっ♡はぁっ♡あんっ♡あっ♡はんっ♡」
その度に、俺は情け無い喘ぎ声をこぼしていく。それがまた彼を興奮させるようで、俺の中でグッと一層硬くなるのを感じとった。
10
いつの間にか、両手それぞれ指を絡ませ、手をぎゅっと握っていた。
「美鶴さん、美鶴さん!」
名前を呼ばれ、肌と肌が触れ合うだけでこんなにも幸せな気持ちになれるなんて!
「好きぃ♡大好きィ♡光哉くぅん♡」
脳が快楽に支配され、とんでもないことを口走っていてももはや分からない。ただただ、与えられる享楽に身を任せる一人の女でしかなかったのだ。
一突き一突きされるごと、だらし無く実った乳房がブルンブルンと四方に揺れる。ストロークは回を重ねる内により早く、より深くなっていって。
チカッチカッと頭に閃光が走り出す。
「やばいやばいやばいぃぃ♡気持ッ!よすぎるよぉ♡俺、女の子のままイっちゃう〜♡」
「僕も、そろそろ・・・愛してるよ、美鶴ッ!」
「うん♡俺も♡」
「ッッッ!アッ!」
「いやっ♡やっ♡あんっ♡あっ♡あぁぁぁぁ〜〜〜んん♡♡」
胎の中を暖かな液が埋め尽くす。同時に、頭の中の光が肥大化し、俺の意識まで奪い去っていく。俺は背骨を弓なりにして絶叫して、果てた。
11
そこからはなし崩し的だった。幸いにして周囲からは俺が男だったという記憶は失われていたため、四苦八苦こそしつつもなんとか生活していくことはできた。・・・元々の人間関係が結構様変わりしていたのでボロが出ないか心配だったが。リーマンだったのがOLとして扱われるのだけはちょっとだけプライドが傷ついた部分もあったけど、時間と共に解決できた。
そして彼、光哉とのこと。女として、というよりも人間として初のセックスになったあの夜のあとも、相変わらず彼氏彼女の関係は続いていた。平日は待ち合せしてディナー後にどちらかの部屋へ。休日は朝から昼過ぎに合流してどちらかの部屋へ。二人きりでプライベートな空間にいるとやはりどうしてもそういう雰囲気になってしまい、身体を重ねることに。どうやら俺たちの相性はかなり良かったみたいたった。初めの頃は、やはりどこか女性として彼に抱かれることに抵抗感があった(あの夜はその・・・特別だ!ヒロイックな気分に酔っていただけだ!と思う)のだけれど、光哉から女の子として大切に扱われることが嫌でない、むしろ嬉しいとすら思うようになっていった。そう自覚してからは坂を転げるように俺は女の子としてのセックスに溺れていった。フェラチオ、パイズリ、69に始まり、彼の望む体位やコスプレックスでも何でも受け入れた。彼の性欲を慰めるためならどんなことでもしてあげたくて、お尻の方も少しだけ・・・。日々開発され、プレイの幅が広がっていく俺に、光哉は満足そうだった。スタイルに自信のない俺にとって、屈託ないその笑みを見つめる瞬間だけが唯一女として誇りを持てるひと時になっていた。
「ねぇ、このまま一緒に住まない?」
ある夜、そう提案された。俺はというと、直前まで全身の穴という穴を使って彼を悦ばせていたばかりでクタクタで・・・特にお◯んこなんて、四、五発注いでもらってヒクヒクしていた。頭もぼーっとしていて思考もまとまらず、ただ彼に抱かれた幸福感に浮かされて
「うん、いいよ♡」
と答えてしまった。そこからは早かった。あれよあれとという間に同棲生活がスタートし、数日に一回だったセックスがほぼ毎夜の営みとなった。その頃には俺はもう、女の子としてのセックスを完全に愉しむようになっており、彼に抱かれ雌として嬌声を上げることが日々の糧となってしまっていた。
こうして一人の女として違和感なく生活するようになり、光哉くんとの関係も数年続いた。相変わらず彼はイケメンで、やはり芋臭いままの俺とは客観的に釣り合いが取れてるように見えない。これでも雑誌や動画なんかでファッションやらメイクやら髪の手入れやら気を遣うようにはなったのだが。
「美鶴さんはそのままでいいんだよ」
と彼は言ってくれているが・・・。
脱衣所の鏡の前。もはや見慣れた俺の女体。相変わらずぽちゃっとした締まりのない身体つき。いや、あの頃から時間も経ち、いわゆるアラサーという年代に差し掛かり、段々と肌から張り艶が曲がり角のような。気のせいか、バストも少しずつ垂れ始めてきたような。改めて見つめ直し、現状にゲンナリとしてしまう。
「でも、ここからここから!頑張らなくっちゃ!」
頬を軽く叩いて気合いを入れる。何故って?
それは・・・。俺は左手の薬指にはめたピンクゴールドの指輪を見つめ、発起したばかりなのにニヤニヤとこぼれ出る笑みを抑えようとして。
「やっぱ無理ー!」

12
この指輪を贈られたのは数日前。話がある、と光哉くんから改まって呼び出されたレストランでの食事の時だった。彼からプロポーズの言葉をもらった時は、嬉しいというよりビックリして思わず涙がポロポロと流してしまった。だけど今、ようやく嬉しいという感情が追いついてきたみたいだった。
だけど、それを受け容れる、ということは即ち。
(俺、このまま男には戻れないのかな)
もはや親兄弟に友人、同僚に至るまで俺が男だったと覚えている者はいない。実は俺が男だったなんていうのは思い込みで、元々女だったのにその事実から目を背けている異常者なのではないかと考えてしまっていた時期もあった。それに、現在の俺の姿はどうだ?
毎日ブラジャーを着けて化粧をし、スカートを履いて外に出る。男とデートして、夜には彼の逞しい男根に貫かれて大きなおっぱいを揺らし震わせ、喘ぎ声を上げる。自分より大柄な彼に抱かれて、すっぽり包まれていると、彼に守られているという安心感と幸福感を覚えてしまう。これが女でなくてなんなのか。どうしてもそう思ってしまうのだ。
近い将来、俺は何度も彼に組み敷かれそして・・・。これだけ膣内を満たされても上手く回避できているのは奇跡に近い。そうなった時、自分は・・・。
また一度頬を叩く。もう、そうなってしまったらそうなってしまった時だろう。どちらにせよ、俺はもう光哉くんのいない生活なんて想像できないから。だから・・・
「式までに絶対痩せてやる!」
晴れの舞台で彼に惨めな思いをさせることだけは断じて許せない。男とか女とかは関係ない。自分自身の矜持だった。
俺はネット購入したスポブラとジャージに身を包み、外へ出て走り出した。ブルブルと揺れる全身の脂肪に気を取られつつ、なすべき事に身をつぎ込む決意をしたのだった。
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「んしょ、んしょ」
少し動いただけで身体が重い。やはり体重も相応に増えるんだなぁ。ベンチに腰掛け、一休み。日が経つにつれて行動が制限されていくのを実感する。来るべき時に向け、全身がエネルギーを蓄えようとしているのかもしれない。いつ何時それが起こってしまってもいいように、ここ最近は昔みたいにゆったりとしたワンピースを着ている。光哉は「昔に戻ったみたい」だなんて呑気に言ってくれるけど、もう!
彼の笑みを思い出し、私もふふっと吹き出してしまう。変わらないんだから!
おっぱいも張ってきて、いよいよ本来の機能を発揮することになるんだなぁ。女は明確に変わるものね。
ふと思い出し、スマホで数年前に保存した写真を見直す。うわー、私若いなぁ。この頃はまだ自分のことを俺って言ってたっけ。我ながらスリムなのに出るところはしっかりと出ていて綺麗だなぁ。本気だったもんなぁ。本気出しすぎて、ドレス合わせの度にサイズ変更になって慌てていたのも良い思い出だ。
この頃の私なら、街で誰が見ても美人だって言ってくれるかな。
なんて、30過ぎの人妻が何言ってんだか!
さて、愛しの旦那様が待つ我が家に帰りますか。もうしばらくしたら、新しいキャストが増えることだし!
「早く産まれておいで。私と彼の、宝物♡」
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妻の帰りを待ちながら、昔のことを思い出していた。思春期ごろからだろうか、顔が良いと言われて色んな女の子から声をかけられるようになった。それが高じて芸能事務所なんかの誘いもあったけれど、僕からしたら違和感しかなかった。顔ってあくまで僕を形成する一要素でしょと。
実際にお付き合いした人もいたが、結局僕の趣味や内面まで理解してくれることはなかった。勝手に期待されて勝手に失望されただけ。僕は心から僕を愛してくれる誰かに飢えていたんだ。
社会人になっても同じことを繰り返していた僕は疲れ果て、気晴らしにゲーセンへ行ったんだった。たまたま隣の台に座っていた男性・・・少し太っちょで、気のいい彼。
ゲームを通じてなんとなく波長が合って、そのまま缶コーヒー片手にだべっていた。
「結局あるがままが一番なんだよな。そんな素の自分を見て、ある程度は分かってくれる人とじゃないとどっかで無理が来そう。まぁ俺はあるがまますぎて未だに恋愛経験ないんだけどw」
彼はそう笑っていた。あっけらかんと、楽しそうに話をする彼。
「どうすればそんな素敵な人見つけるんです?」
「えっ、俺に聞く?話聞いてた? んー、分からんけどマッチングアプリとかで相性良い人見つけたら?」
そんな軽い一言に流されるままにマッチングアプリを始めて・・・なかなか上手くいかないこともあったなぁ。それで、確か近所にある縁結びの神社にお参りに行ったんだっけ。神頼みなんてらしくないかなとも思ったんだけど。
(僕のありのままを愛してくれる人とご縁を下さい。愛する女性と素敵な家庭を築くのが夢なんです)
ご利益は抜群だったと思う。だって、そのすぐ後だったから。美鶴と出会ったのは。
コロコロと表情が変わり、本当に愛らしい。素朴で純粋な女性。俺、なんて一人称だけどそれも彼女らしくて好きだった。僕の趣味にも理解があるし、なんなら僕より詳しいこともあるし。僕には勿体無いくらいだ。それに、実はスレンダーな娘よりも肉付きの良い娘がタイプな僕にはストライクだった。初めて彼女を抱いた時の興奮は忘れないだろう。あんな素敵な女の子が、僕と結ばれるまで処女でいてくれたなんて!
そこから僕に抱かれるごとにエッチを覚えてくれて。いじらしくてたまらない。
彼女との日々は夢のようだった。一緒に暮らし、婚約し、式を挙げた。あの時の彼女の覚悟たるや。搾り上げたあの肢体たるや、女神そのものだった。
そして、今。彼女は僕との愛の結晶を宿してくれて。これからもきっと素晴らしい毎日だろう。本当に本当に感謝している。
こうして美鶴と出会えたのも、ひいてはあの日話した彼のお陰、と言えるかもしれない。たった一度の出会いだったのでもう顔も覚えていないけれど、あの日のことはいやに印象に残っている。また会うことができたら自慢してやりたい。僕は素の自分を受け入れてくれる女性に出会えたよと。
初出20230716 20230716初出
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