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投稿TS小説第146番 サッカー部へようこそ(1) by.うずら
うずらさんから500万ヒット記念に頂きました。
「っ、将!」
「ん?」
練習が終わった後、部室でボールを磨いていると一人の男が飛び込んできた。
我がサッカー部のエース様にしては珍しいほど血相を変えている。
「直(すなお)か、どうした?」
「何でもいいからかくまってくれ!!」
「……よく分からんが、ロッカーにでも隠れてろ」
「お、おう!」
自分のに隠れればいいものを、なんでよりによって俺のとこを選ぶんだか。
はっ、俺のにおいが好き!?
なんてな……。
それにしても、なんでウチはマネージャーがいないんだ。
野球部やバスケ部にはいるのに。
一人でもいてくれれば、ボール磨きや雑用も減って、随分楽なんだろうなぁ。
ため息をつきながら再度布に手を伸ばしたとき、乱暴にドアが開かれた。
「はぁ……はぁ……」
あれは1組の……名前、何て言ったっけ。
まあいい。部外者のくせにノックもしないとは、礼儀知らずなヤツだ。
あいつに非がありそうなら突き出してやるつもりだったが、気が変わった。
「直君は!? どこ隠したの!?」
「直? ここには来てないが……」
「嘘よ! 他に行く場所ないじゃない!」
キーキーわめき散らすな、耳が痛い。
じっくりと観察してみると、すごい顔だ。
かなりの勢いで走ってきたからだろうが、肩甲骨まである髪はボサボサ。
化粧も無駄に濃いし、性格のきつそうな顔だ。
実際に今までの言動からしても、『良い人』でないことは確かだし。
まったく、直もややこしいヤツにからまれたもんだ。
「なら、探してみればいいだろう」
「言われなくてもそうするわ!」
「あ……直のロッカーはそこじゃないからな?」
「ふふん、ここに直君が隠れてるのね。馬鹿でしょ、あんた」
あえて、本当に違うところを指差して言ってやった。
俺の示した方へつかつかと歩み寄る女。
馬鹿はお前だ。
そこはウチの部で一番汗っかきなヤツのロッカーだ。
しかも今日はタオルを忘れて帰っていた。
さて、蒸れたソレがどうなっているか……。
「ヒッ」
戸を開けた瞬間、小さく悲鳴を上げて飛び退った。
ははは、直撃食らったな。
俺たちみたいに汗のにおいに慣れてるならともかく、見た感じ部活を何もやっていない素人だ。
ついでに、女というのもでかいだろう。
男よりよっぽど鼻が効くみたいだからな。
「ほら、直のロッカーじゃないって言ったろ?」
「クッ……にやにやと! 今回は引いてあげるけど、次回は逃がさないからね!」
負け惜しみにしても、もうちょっと独創性が欲しいところだ。
鼻を押さえながら、じりじりと部室から離れていく。
他のも開けられたらどうしようかと思ったが、その程度の根性もないのか。
「おい、もういいぞ」
ドアに鍵をかけてから、直に呼びかけた。
しばらく待っても返事がない。
いや、それ以前に物音もしない。
もしかして、やばいんじゃないか、これ?
窒息……はないにしても、ただでさえ蒸し暑い部室だ。
ロッカーなんかに入ってたら、熱中症になっても不思議はないのかもしれない。
「くっ!」
慌ててロッカーを開ける。
中を確認するまもなく、俺とほぼ変わらない体格の直が寄りかかってきた。
180cm近く、筋肉質な身体は重たいがそうも言っていられない。
苦しそうに呼吸をしているし、顔もかなり赤い。
やばい!
とりあえず、水分!
「あ……」
「直!? 大丈夫か、おい!?」
備え付けの冷蔵庫に手を伸ばしかけたとき、直が口を開いた。
目をつむったままでボソボソと何か言っている。
口元に耳を近づけてやる。
「なんだ? どうした?」
「キス、して」
慣れっこだ。
こんなのいつものたわごとだ。
だが、TPOをわきまえろ、と常々……。
これはお灸でもすえてやるべきか?
何かないか……お、これがいいな。
律儀に目を閉じたまま横たわっている直の顔に、そっと濡れ雑巾を置いてやる。
「死ぬっつーの!!」
「おお、起きたか」
「ったくよぉ、俺はエース様だぜ? 扱い酷いだろ、これは」
ふてくされた様にあぐらをかいて、床に座り込む直。
扱いが酷い、とは思わないけどな。
「それを言い出したら、俺なんて部長様だぞ?」
「…………」
「…………」
にらみ合うこと、数秒。
どちらともなく吹き出した。
「くくくっ、しっかし、なんだよ、あの女」
「ははっ、ワリぃな。なんか告られてさぁ、断ったのにしつこいのなんの」
「で、追いかけられてたわけか」
「『好きな人がいないなら、私と付き合いなさいっ!!』だぜ?」
「モテる男はつらいなぁ」
なんとなく予想はしていたが、やっぱりな。
そもそも、サッカー部エースでイケメン未遂ってのが原因だよな。
俺なんて別に上手いわけでもないし、顔も無骨だし。
どっちか寄越せ、とつい思ってしまう。
夕飯の後、日課の筋トレとストレッチをしていた時だった。
お袋がブルブルと震えるケータイを手に庭に出てきた。
「ほら、電話よー」
「ん、サンキュ」
誰だ。って、直か。
どうせ宿題見せてくれ、とかそんな用事だろ。
「おう、何だー?」
『今日のアイツのことなんだけどさ』
「どうした、何かあったのか」
いつもお気楽な直にしては、声が切羽詰っている。
つい俺も居住まいを正してしまう。
『諦めたのかと思ったら、どこでアドレスを知ったのか、メールが何通も来てな』
「…………」
それはお前が女の子に教えまくってるからだ、とはいえる雰囲気ではない。
ナンパだけはするんだよな。
別にセックス目的でもないくせに。
直に言わせると、可愛い娘と一緒にいると嬉しいじゃん、とのこと。
と、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。
「着信拒否、はだめか?」
『とりあえず設定はしてみた』
「じゃあ、様子見しかないだろうな。明日、それ以上のことがあったら対策を考えよう」
『ああ、わりぃな、こんなことで電話して』
「気にするなよ。困ったときはお互い様だろ?」
『お、おう。じゃあな』
ふう。
ストーカー、か?
本当にやっかいなヤツに気に入られたもんだ。
「なになに? 直君、ストーカーされてるの?」
「みたいだな」
「モテるもんねぇ、あんたと違って」
「べ、別にどうでもいいだろ、俺のことは!」
ったく。
人の電話に聞き耳立ててるなよ……。
結局、次の日になっても事態は改善されなかった。
むしろ、悪くなったと言うべきか。
将を射んとすればまず馬を射よ、とはよく言ったものだが、まさか俺自身が馬扱いされるとは思ってもいなかった。
あの女―吉沢という名前らしい―が、俺にもメールをしてくるようになったのだ。
しかも、授業中だろうがおかまいなし。
俺はともかく、直のヤツが参ってしまうだろう。
仕方なく昼休みに直を呼び出して、部室で対策を練る事にした。
「マジですまん。お前にまでメール出すなんて……」
「気にするなって言っただろ」
「俺が吉沢と付き合えば……」
「付き合いたいのか?」
「絶対に嫌だ」
だろうな。
吉沢は直の好みとは大きく外れていた。
胸がない。化粧が濃い。無駄にパーマをかけている。しつこい。
挙げればキリがないぐらいだ。
「どうにかなんねぇかなぁ……」
ため息をついて、直は机にうつぶせになってしまった。
どうしたものか……。
「あ!」
「何か思いついたのか!?」
俺の声にあわせて、ガバッと起き上がった。
「実は、サッカー部伝来の品があってな……」
鍵がなくなったと言われている、開かずのロッカーに歩み寄る。
本来は代々の部長が管理しているだけなんだが。
扉に鍵を刺して開ける。
そこには、肌色のゴムのような塊が鎮座していた。
「な、なんだこれ?」
恐る恐る、直が塊を摘み上げる。
びろんと伸びたそれは、へしゃげた人の形をしていた。
ただ、髪や顔などがないため、若干不気味だ。
むしろ、ある方が怖いかもしれないが。
「見ての通り、皮だ」
「……で?」
「ちょっと貸してみろ」
たしか、先輩はこうやって背中っぽいトコに手を突っ込んで……。
お、空洞が出来た。
どういう原理なんだろうな、本当に。
まあ今は、そんなことはどうでも良い。
まず足を入れて……。
冷たい感触につい、息が漏れてしまう。
「っ!?」
「ど、どうしたんだ? っていうか、何やってんだ?」
「良いから。黙ってろ」
で、下半身を入れ込んで、次は上半身、腕と続ける。
体全体を締め付けられる、なんとも嫌な感触。
残る箇所は頭部だけだ。
背中の割れ目からもぐりこむ様に、頭をねじ入れる。
すると、背中の割れ目が完全に閉じていくのがわかった。
さっきまできつくて息苦しかったのに、全然違和感がなくなった。
「え? あれ?」
まあ、最初に見た人はみんなパニックになるよな。
先輩が見せてくれたときの俺も、そうだった。
無毛だった頭部から長い毛が生え、肩にチクチクと当たっている。
手で触ってみると、目や鼻もちゃんとできているのが分かる。
うん、動きも問題無い。
「どうだ?」
「やべ、マジ好みなんだけど……」
「そうだろうな。だから思い当たったんだし」
動作確認をやめて直の顔を見ると、ほのかに赤く染まっていた。
そもそも化粧をしていないから、ナチュラルメイク以上にナチュラルだ。
髪もストレートのロングでサラサラ。
そして何より、この胸だ。
かなり大きいがキレイな形を維持して、しっかりと自己主張をしている。
「まさに理想のタイプだ……」
「ありがとっ! 直くん、大好きっ」
もちろん声もきれいな女声だ。
冗談で、かわいこぶって抱きついてやる。
同じぐらいの体格だったのに、今は俺の方が20cm以上低いだろう。
軽々と俺を受け止めた直が、やけに頼もしく感じてしまう。
「ちょ、ちょっと、おい、将!?」
「あはは、冗談だよ、直くん!」
真っ赤になってうろたえている直。
やばい。面白い。
よしよし、次は何言ってやろうかな。あ。
「ねえ、触っても……いいよ?」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
だが、意外にも直は首を横に振った。
一つ大きく息を吐くと、くるりと後ろを向く。
「いくら理想の姿だって言っても、中身が将じゃ、な」
「ふん、悪かったな」
「で、結局、ソレで何をするってんだ?」
「俺がカノジョになってやろう」
「はあ!?」
背中を向けていた直が、すごい勢いで振り返った。
その顔は期待半分、驚愕半分ってところだろう。
半勃ちになっていて笑えるが、突っ込まないでやるのも友情だ。
シャワーとか合宿とかで見慣れてるけど、結構こいつのってでかいんだよな。
俺も直も、黙り込むこと数秒。
わずかに膨れたズボンから、視線が外せない。
じっと見ていると、膨らみが大きくなっていく気がする。
なぜか分からないが、口の中に溢れ出てきた唾を飲み下した。
ゴクリ
その音は静かな部室内に、驚くほど響いた。
恐る恐る顔を上げる。
「聞こえた、か?」
「い、いや。何も……」
羞恥か興奮か。
直は1試合終えた後でもそこまでならない、と言うほど荒い息を吐いていた。
もちろん、顔も朱に染まりきっている。
直が平常心でないことは理解できたが、無理にでも話を進めることにした。
そうでないと、取り返しのつかないところまで行ってしまいそうだ。
「そ、そうか。あ、えっと、さっきの話だが」
「ああ、うん」
「この格好の俺をカノジョだって、吉沢に紹介してやるんだよ」
「え?」
成績は悪いが、頭の回転がいいヤツだ。
この程度の計算なら、すぐに出来ると思ったんだが。
やはり、理想の女の裸が目の前にあるせいか、思考も鈍ってるらしい。
そう考えると、やけに恥ずかしく思える。
股間と胸を、そっと手で隠す。
「だから、カノジョがいるからお前とは付き合えないって言ってやれ」
「あ、ああ! そうすりゃ、諦めるってか」
「そういうことだ」
「さすがキャプテン! 頼りになるぜ!」
「普段は雑用係程度にしか思ってないくせに、良く言うな。まったく」
ようやく元の調子に戻ってきたようだ。
俺も調子を合わせて苦笑してみせる。
「ふう……これで一安心だ」
「ああ。それで、問題は服なんだよな。数年前の先輩が購入したとかで、制服はあるんだが、さすがにウチの生徒の振りをするのは無理があるだろう?」
「何年何組、まで追求されたらバレるしなぁ」
「外で会うとしたって、私服もないし」
二人でううん、と頭を捻る。
通販、は……親に怪しまれるよな、絶対。
買いに行くしかないか。
でも男が女物を一揃え?
怪しすぎる。通報まではされないだろうけど。
「これしかない、か」
「ん?」
「制服はあるって言ったよな?」
「ああ、でも制服じゃ……」
「だから、土曜日にでも買いに行こうぜ。お前が、その制服を着て、さ」
「ちょ、ちょっと待て!」
「あ、大丈夫。金は俺が払うからさ」
「それは助かるな。ってそうじゃなくて!」
「そうと決まったら、女の子から良い店聞いとかないと。じゃ、また放課後にな!」
話は決まったとばかりに、直は舞い上がってしまった。
止める間もなく、俊足を生かして走り去ってしまう。
せめてドアぐらい閉めていってほしい。
はぁ……脱ぐにはたしか、この剥離剤を背中に塗って……。
<つづきはこちら>
「っ、将!」
「ん?」
練習が終わった後、部室でボールを磨いていると一人の男が飛び込んできた。
我がサッカー部のエース様にしては珍しいほど血相を変えている。
「直(すなお)か、どうした?」
「何でもいいからかくまってくれ!!」
「……よく分からんが、ロッカーにでも隠れてろ」
「お、おう!」
自分のに隠れればいいものを、なんでよりによって俺のとこを選ぶんだか。
はっ、俺のにおいが好き!?
なんてな……。
それにしても、なんでウチはマネージャーがいないんだ。
野球部やバスケ部にはいるのに。
一人でもいてくれれば、ボール磨きや雑用も減って、随分楽なんだろうなぁ。
ため息をつきながら再度布に手を伸ばしたとき、乱暴にドアが開かれた。
「はぁ……はぁ……」
あれは1組の……名前、何て言ったっけ。
まあいい。部外者のくせにノックもしないとは、礼儀知らずなヤツだ。
あいつに非がありそうなら突き出してやるつもりだったが、気が変わった。
「直君は!? どこ隠したの!?」
「直? ここには来てないが……」
「嘘よ! 他に行く場所ないじゃない!」
キーキーわめき散らすな、耳が痛い。
じっくりと観察してみると、すごい顔だ。
かなりの勢いで走ってきたからだろうが、肩甲骨まである髪はボサボサ。
化粧も無駄に濃いし、性格のきつそうな顔だ。
実際に今までの言動からしても、『良い人』でないことは確かだし。
まったく、直もややこしいヤツにからまれたもんだ。
「なら、探してみればいいだろう」
「言われなくてもそうするわ!」
「あ……直のロッカーはそこじゃないからな?」
「ふふん、ここに直君が隠れてるのね。馬鹿でしょ、あんた」
あえて、本当に違うところを指差して言ってやった。
俺の示した方へつかつかと歩み寄る女。
馬鹿はお前だ。
そこはウチの部で一番汗っかきなヤツのロッカーだ。
しかも今日はタオルを忘れて帰っていた。
さて、蒸れたソレがどうなっているか……。
「ヒッ」
戸を開けた瞬間、小さく悲鳴を上げて飛び退った。
ははは、直撃食らったな。
俺たちみたいに汗のにおいに慣れてるならともかく、見た感じ部活を何もやっていない素人だ。
ついでに、女というのもでかいだろう。
男よりよっぽど鼻が効くみたいだからな。
「ほら、直のロッカーじゃないって言ったろ?」
「クッ……にやにやと! 今回は引いてあげるけど、次回は逃がさないからね!」
負け惜しみにしても、もうちょっと独創性が欲しいところだ。
鼻を押さえながら、じりじりと部室から離れていく。
他のも開けられたらどうしようかと思ったが、その程度の根性もないのか。
「おい、もういいぞ」
ドアに鍵をかけてから、直に呼びかけた。
しばらく待っても返事がない。
いや、それ以前に物音もしない。
もしかして、やばいんじゃないか、これ?
窒息……はないにしても、ただでさえ蒸し暑い部室だ。
ロッカーなんかに入ってたら、熱中症になっても不思議はないのかもしれない。
「くっ!」
慌ててロッカーを開ける。
中を確認するまもなく、俺とほぼ変わらない体格の直が寄りかかってきた。
180cm近く、筋肉質な身体は重たいがそうも言っていられない。
苦しそうに呼吸をしているし、顔もかなり赤い。
やばい!
とりあえず、水分!
「あ……」
「直!? 大丈夫か、おい!?」
備え付けの冷蔵庫に手を伸ばしかけたとき、直が口を開いた。
目をつむったままでボソボソと何か言っている。
口元に耳を近づけてやる。
「なんだ? どうした?」
「キス、して」
慣れっこだ。
こんなのいつものたわごとだ。
だが、TPOをわきまえろ、と常々……。
これはお灸でもすえてやるべきか?
何かないか……お、これがいいな。
律儀に目を閉じたまま横たわっている直の顔に、そっと濡れ雑巾を置いてやる。
「死ぬっつーの!!」
「おお、起きたか」
「ったくよぉ、俺はエース様だぜ? 扱い酷いだろ、これは」
ふてくされた様にあぐらをかいて、床に座り込む直。
扱いが酷い、とは思わないけどな。
「それを言い出したら、俺なんて部長様だぞ?」
「…………」
「…………」
にらみ合うこと、数秒。
どちらともなく吹き出した。
「くくくっ、しっかし、なんだよ、あの女」
「ははっ、ワリぃな。なんか告られてさぁ、断ったのにしつこいのなんの」
「で、追いかけられてたわけか」
「『好きな人がいないなら、私と付き合いなさいっ!!』だぜ?」
「モテる男はつらいなぁ」
なんとなく予想はしていたが、やっぱりな。
そもそも、サッカー部エースでイケメン未遂ってのが原因だよな。
俺なんて別に上手いわけでもないし、顔も無骨だし。
どっちか寄越せ、とつい思ってしまう。
夕飯の後、日課の筋トレとストレッチをしていた時だった。
お袋がブルブルと震えるケータイを手に庭に出てきた。
「ほら、電話よー」
「ん、サンキュ」
誰だ。って、直か。
どうせ宿題見せてくれ、とかそんな用事だろ。
「おう、何だー?」
『今日のアイツのことなんだけどさ』
「どうした、何かあったのか」
いつもお気楽な直にしては、声が切羽詰っている。
つい俺も居住まいを正してしまう。
『諦めたのかと思ったら、どこでアドレスを知ったのか、メールが何通も来てな』
「…………」
それはお前が女の子に教えまくってるからだ、とはいえる雰囲気ではない。
ナンパだけはするんだよな。
別にセックス目的でもないくせに。
直に言わせると、可愛い娘と一緒にいると嬉しいじゃん、とのこと。
と、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。
「着信拒否、はだめか?」
『とりあえず設定はしてみた』
「じゃあ、様子見しかないだろうな。明日、それ以上のことがあったら対策を考えよう」
『ああ、わりぃな、こんなことで電話して』
「気にするなよ。困ったときはお互い様だろ?」
『お、おう。じゃあな』
ふう。
ストーカー、か?
本当にやっかいなヤツに気に入られたもんだ。
「なになに? 直君、ストーカーされてるの?」
「みたいだな」
「モテるもんねぇ、あんたと違って」
「べ、別にどうでもいいだろ、俺のことは!」
ったく。
人の電話に聞き耳立ててるなよ……。
結局、次の日になっても事態は改善されなかった。
むしろ、悪くなったと言うべきか。
将を射んとすればまず馬を射よ、とはよく言ったものだが、まさか俺自身が馬扱いされるとは思ってもいなかった。
あの女―吉沢という名前らしい―が、俺にもメールをしてくるようになったのだ。
しかも、授業中だろうがおかまいなし。
俺はともかく、直のヤツが参ってしまうだろう。
仕方なく昼休みに直を呼び出して、部室で対策を練る事にした。
「マジですまん。お前にまでメール出すなんて……」
「気にするなって言っただろ」
「俺が吉沢と付き合えば……」
「付き合いたいのか?」
「絶対に嫌だ」
だろうな。
吉沢は直の好みとは大きく外れていた。
胸がない。化粧が濃い。無駄にパーマをかけている。しつこい。
挙げればキリがないぐらいだ。
「どうにかなんねぇかなぁ……」
ため息をついて、直は机にうつぶせになってしまった。
どうしたものか……。
「あ!」
「何か思いついたのか!?」
俺の声にあわせて、ガバッと起き上がった。
「実は、サッカー部伝来の品があってな……」
鍵がなくなったと言われている、開かずのロッカーに歩み寄る。
本来は代々の部長が管理しているだけなんだが。
扉に鍵を刺して開ける。
そこには、肌色のゴムのような塊が鎮座していた。
「な、なんだこれ?」
恐る恐る、直が塊を摘み上げる。
びろんと伸びたそれは、へしゃげた人の形をしていた。
ただ、髪や顔などがないため、若干不気味だ。
むしろ、ある方が怖いかもしれないが。
「見ての通り、皮だ」
「……で?」
「ちょっと貸してみろ」
たしか、先輩はこうやって背中っぽいトコに手を突っ込んで……。
お、空洞が出来た。
どういう原理なんだろうな、本当に。
まあ今は、そんなことはどうでも良い。
まず足を入れて……。
冷たい感触につい、息が漏れてしまう。
「っ!?」
「ど、どうしたんだ? っていうか、何やってんだ?」
「良いから。黙ってろ」
で、下半身を入れ込んで、次は上半身、腕と続ける。
体全体を締め付けられる、なんとも嫌な感触。
残る箇所は頭部だけだ。
背中の割れ目からもぐりこむ様に、頭をねじ入れる。
すると、背中の割れ目が完全に閉じていくのがわかった。
さっきまできつくて息苦しかったのに、全然違和感がなくなった。
「え? あれ?」
まあ、最初に見た人はみんなパニックになるよな。
先輩が見せてくれたときの俺も、そうだった。
無毛だった頭部から長い毛が生え、肩にチクチクと当たっている。
手で触ってみると、目や鼻もちゃんとできているのが分かる。
うん、動きも問題無い。
「どうだ?」
「やべ、マジ好みなんだけど……」
「そうだろうな。だから思い当たったんだし」
動作確認をやめて直の顔を見ると、ほのかに赤く染まっていた。
そもそも化粧をしていないから、ナチュラルメイク以上にナチュラルだ。
髪もストレートのロングでサラサラ。
そして何より、この胸だ。
かなり大きいがキレイな形を維持して、しっかりと自己主張をしている。
「まさに理想のタイプだ……」
「ありがとっ! 直くん、大好きっ」
もちろん声もきれいな女声だ。
冗談で、かわいこぶって抱きついてやる。
同じぐらいの体格だったのに、今は俺の方が20cm以上低いだろう。
軽々と俺を受け止めた直が、やけに頼もしく感じてしまう。
「ちょ、ちょっと、おい、将!?」
「あはは、冗談だよ、直くん!」
真っ赤になってうろたえている直。
やばい。面白い。
よしよし、次は何言ってやろうかな。あ。
「ねえ、触っても……いいよ?」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
だが、意外にも直は首を横に振った。
一つ大きく息を吐くと、くるりと後ろを向く。
「いくら理想の姿だって言っても、中身が将じゃ、な」
「ふん、悪かったな」
「で、結局、ソレで何をするってんだ?」
「俺がカノジョになってやろう」
「はあ!?」
背中を向けていた直が、すごい勢いで振り返った。
その顔は期待半分、驚愕半分ってところだろう。
半勃ちになっていて笑えるが、突っ込まないでやるのも友情だ。
シャワーとか合宿とかで見慣れてるけど、結構こいつのってでかいんだよな。
俺も直も、黙り込むこと数秒。
わずかに膨れたズボンから、視線が外せない。
じっと見ていると、膨らみが大きくなっていく気がする。
なぜか分からないが、口の中に溢れ出てきた唾を飲み下した。
ゴクリ
その音は静かな部室内に、驚くほど響いた。
恐る恐る顔を上げる。
「聞こえた、か?」
「い、いや。何も……」
羞恥か興奮か。
直は1試合終えた後でもそこまでならない、と言うほど荒い息を吐いていた。
もちろん、顔も朱に染まりきっている。
直が平常心でないことは理解できたが、無理にでも話を進めることにした。
そうでないと、取り返しのつかないところまで行ってしまいそうだ。
「そ、そうか。あ、えっと、さっきの話だが」
「ああ、うん」
「この格好の俺をカノジョだって、吉沢に紹介してやるんだよ」
「え?」
成績は悪いが、頭の回転がいいヤツだ。
この程度の計算なら、すぐに出来ると思ったんだが。
やはり、理想の女の裸が目の前にあるせいか、思考も鈍ってるらしい。
そう考えると、やけに恥ずかしく思える。
股間と胸を、そっと手で隠す。
「だから、カノジョがいるからお前とは付き合えないって言ってやれ」
「あ、ああ! そうすりゃ、諦めるってか」
「そういうことだ」
「さすがキャプテン! 頼りになるぜ!」
「普段は雑用係程度にしか思ってないくせに、良く言うな。まったく」
ようやく元の調子に戻ってきたようだ。
俺も調子を合わせて苦笑してみせる。
「ふう……これで一安心だ」
「ああ。それで、問題は服なんだよな。数年前の先輩が購入したとかで、制服はあるんだが、さすがにウチの生徒の振りをするのは無理があるだろう?」
「何年何組、まで追求されたらバレるしなぁ」
「外で会うとしたって、私服もないし」
二人でううん、と頭を捻る。
通販、は……親に怪しまれるよな、絶対。
買いに行くしかないか。
でも男が女物を一揃え?
怪しすぎる。通報まではされないだろうけど。
「これしかない、か」
「ん?」
「制服はあるって言ったよな?」
「ああ、でも制服じゃ……」
「だから、土曜日にでも買いに行こうぜ。お前が、その制服を着て、さ」
「ちょ、ちょっと待て!」
「あ、大丈夫。金は俺が払うからさ」
「それは助かるな。ってそうじゃなくて!」
「そうと決まったら、女の子から良い店聞いとかないと。じゃ、また放課後にな!」
話は決まったとばかりに、直は舞い上がってしまった。
止める間もなく、俊足を生かして走り去ってしまう。
せめてドアぐらい閉めていってほしい。
はぁ……脱ぐにはたしか、この剥離剤を背中に塗って……。
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