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投稿TS小説   宙    (by 猫野さん)

TS HEARTIES

 大空宙(おおぞらひろし)は興奮していた。

 秋の夜、幕が閉まって熱気も冷めたサーカスのテントで、少年たちが集まって床や桟敷の掃除をしていた。外の風でテントがかしぐたびに、吊されたブランコや安全網の影法師が彼らの姿にかぶり、ゆらめいていた。
 大空宙はサーカス団随一の空中ブランコ乗りで、今日も大一番の空中三回転を決めたばかりだったが、閉幕後の掃除には団員として参加していた。しかし彼は座席の最前列あたりに突っ立っているだけで、実際の仕事は下っぱに任せていた。
 宙は長くて力強い指でほうきを握りしめ、立てた柄に痩せた体躯をじっともたれかからせている。目線はしずかに、舞台に向けられていた。
 座席より高いところにある舞台では、彼の興味を引いてやまないできごとが行われていたのだ。

 宙の目の前でひとりの少女が、四人の団員に囲まれていた。
 少女は豊満な……、というより言葉を選ばなければぽっちゃりした体型で、赤いアルレッキーノ(ピエロ)の衣装を着ていた。みじかい指をピンクのほおに当てて、団員たちがことばを発するたびにぴくり、ぴくりとひざをふるわせている。
「秋姫(あき)、なんでセリフのひとつも憶えられないんだよ」
「いくらピエロだって、ましなやりかたがあるだろ」
「真剣さっていうもんがないのなー」
 モップ片手に、ひとりがつめよった。秋姫と呼ばれた少女はあとじさり、べつの団員に背中からぶつかる。怖がるあまり、ぶつかり際にしりをなでられたことにも気づいていないらしい。
「あたし……、ち、真剣だもん」
 語頭で舌をかんだのを聞いて、団員たちは爆笑した。おもしろがって腹をかかえ、秋姫の周囲でジャンプしては肩口や耳や、胸をつっつく。
「チンケンだってよぉ! やっべぇ、もう馬鹿すぎて吐きそう!」
 宙は彼らのいじめに加わったりはしなかった。ただ静かに秋姫のようすを観察していた。その実、腹の下には興奮の熱を貯めこんでいたのだ。
 女として、秋姫みたいな少女が好みなわけではなかった。あの体が、卑屈な態度をとるのがいいのだ。白いはりのある肌は、団長の愛人をやっていた宙自身の母親を連想させた。酒に酔っては団長の冷淡を嘆き、自分につらく当たった母親の色だ。そのやわらかな肌が、屈辱にふるえているのがたまらない。
(女め。女なんて……みんな雌豚だ)

 団員たちは跳び回り、ピエロのひらひら衣装にちょっかいをかけ始めた。
「やだよぉ、やぶけちゃうよぉ」
「いやだったら脱いじゃえよ! おまえなんかもう、えっちな踊りくらいしか使い道ないだろ!」
 連日の疲れがたまっていたのか、今日のいじめはいつになくエスカレートしていた。おふざけですまず、本気でかよわい少女を剥いてしまいそうな勢いだ。
 他の少年たちは見て見ぬふりをしている。四人が怖いのではない。いじめをじゃますることが、団長の隠し子である宙の機嫌にさわるのを恐れているのだ。
 そのとき秋姫の濡れた瞳が、かすかに宙のほうに向けられた。超然とした宙の静かな観察を、観察される側から破られたことは今までなかった。毒ガス箱のボタンを押した瞬間に、実験動物のネコに見かえされたみたいな気分だ。
 宙はとまどい、焦り、怒りの目で対象を見かえした。

 秋姫はひぃ、とのどを鳴らした。それから見まわして言った。
「……いやだよぅ、はずかしいよぅ……。。宙くんの、まえで」
 なにを言いだすのか。一同は苦笑するだけだった。
「宙くんだって? 宙くんがおまえなんかのこと気にかけるわけないだろう?」
「いっちょまえに意識しちゃってさぁ。なぁ、宙?」
 そう話しかけた少年は、つい調子に乗ってしまったのだろう。すぐに「しまった」という表情をうかべた。本来ならいじめの場に宙が引っぱり出されることなどないのだ。

 しかし宙は自信たっぷりにうなずいて、舞台の上の連中に言った。
「べつにからかうことないぜ。僕は前から、秋姫の演技を見ていたんだし」
 意外な声かけで、少年たちのあいだには一瞬とまどいが走った。
「え……まじで?」
「ひゃー、宙が秋姫を見てくれるだってよ」
「驚いたなぁ。おまえみたいなのにもチャンスは回ってくるんだ」
 秋姫は舞台の最前に引き出された。かげる照明の下、少女のほおに不安が浮かぶ。
「ほら、なにか演技をやってみろよ! 宙先生が見てくださってる」
 秋姫はもじもじとおしりを動かした。
「でも、でも、あたし……。できる芸なんてないから」
 宙はすかさず動いた。
「できないんじゃない、あと一歩の勇気がないだけさ」
 音もなくほうきを座席に立てかけ、壇に駆け上がる。右手をおびえるピエロのほおに伸ばした。ひとさし指に涙のしずくがかかる、そして手のひらに伝わるぷよっとした触感に叫びあがりそうになったが、じっとこらえてささやいた。
「あとで来なよ。君にもできる芸を教えてあげる」
 秋姫の目がみるみる輝いた。その瞳の黒にワインを重ねた色は、ただ肉を好むのみの宙といえども印象を覚えたほどだった。
(ふぅん……。まぁ、いいか)
 宙が生き返らせた秋姫、唖然とする一同をしりめに、手をひらひらさせて宙は去った。ちょうど団長がやってきたので、秋姫を囲んだいじめはお開きとなった。


絵師:菊咲朗 ぽいちっぷ

08220_b(2).jpg
 それから一週間、宙は秋姫になにもしなかった。彼女が自分を見つめ話しかけようとするたびに、なにか用事を思い出したかのように身をひるがえして逃げてしまうのだ。
 後ろから、本番の舞台で、幕の陰から、秋姫が自分を見ている。でも無視する。
 じらして、じらして、秋姫の瞳がまた陰りそうになったころに、宙は秋姫を呼び出した。

 夜遅く、だれもいなくなったテントで宙は少女と対面した。言われたとおりに赤い衣装を着てかしこまっている秋姫に、宙は目くるめく熱を感じた。だがそれはけっして愛ではない。
「準備体操だ。腹筋五十回、やってみろよ」
「はい」
「前屈五十回」
「はい」
「開脚前転」
 命じられたとおりに床で股を開いている。こちらの視線に気づいているはずなのに、表情はあくまで真剣だ。
 だから許せなかった。
「じゃあ、そろそろ本番いこうか」
 上気してほおを赤く染めている秋姫に向かって、宙は上を指し示した。「登ろう」

 丈夫なはしごで登った先に鉄の足場があり、空中ブランコがくくりつけられていた。ふたりが立てるだけの広さしかないため、うしろの秋姫は自然と宙の背中にしがみつく形となった。ふるえている秋姫に、宙は話しかける。
「なんで怖がっているんだ、来るのははじめてじゃないだろ」
「う、ううん……、はじめてだよぉ。だってこんなの、あたしの芸じゃないもん」
「おまえの芸じゃないなんて決めたやつはいないさ。空中ブランコ専門のピエロもいるんだ」
 目の前に広がる空間を宙は指さして見せた。その全てがサーカスにとって舞台であり、観客の注目の場なのだ。そこで芸をするピエロがいるというのも嘘ではなかった。
 しかし秋姫にできるとは、はなから思っていなかった。
 下がよく見えるように、宙はわざと秋姫の体を前へと押し出した。ブランコの棒をむりやり持たせてからしゃべる。
「さぁ、飛んでみよう」
「あたし、……だめだよぉ」
「できるさ! かっこいいところを見せて、秋姫を馬鹿にしている連中を見かえすんだ」
「見かえせなくってもいい。あたしそんなつもりじゃないから」
 宙はため息をついた。あと一歩なのに、だめな娘だ。
「じゃ、僕ももう、秋姫には期待しないかな」
「それはいや! ……ごめんなさい、わがまま言って」
 体の震えは止まっていなかった。しかし秋姫は棒を強く握りかえしていた。
「宙くんが飛んでほしいって思ってくれるなら、あたし、飛べるもん」

 空中へと、ふたりで飛びこんだ。ぶらさがった秋姫を後ろから抱え込むようにして、いっしょにスイングしたのだ。落下にも似た加速で最低点まで進み、その勢いで上空へ舞いあがる。そして止まると思いきやこんどは後ろ向きに加速がかかる。そして腕には遠心力だ。
 眼下の客席は同じ形が格子状に並んでいるだけに位置感覚を狂わせ、素人なら自分がどこにいるのか、上を向いているのか下を向いているのかすら分からなくなってくる。
 口で強がりを言っても、この高さと揺れをすぐに克服できるわけがない。一周もしないうちに秋姫は目をぎゅっとつぶり、体を縮こまらせてしまっていた。
「おいおい。しがみついているのをブランコとは言わないんだよ。もっとゆったりしなきゃ、見ているお客さんまで怖くなっちゃうだろ?」
「……」
 返事がないので、宙はひざで秋姫のおしりを蹴った。
「元気よく、胸つきだしていけ! 足振れ! ほら、勢い落ちるぞ!」
「……はい」
 適切なアドバイスを装いながら、わざとできそうにないことを並べ立てているのだ。言えば言うほど、宙が抱いているこの肉体は疲労を溜め、冷や汗をかき、あがる息に身をよじらせていた。
「なんだよ、苦しいのか? もう止めちゃおうか?」
 しかし宙の耳に届いたのはさわやかな風だった。目の前のぬるりとした物体が話したとは思えない、言葉だった。
「ううん、うれしい、すごくうれしいよ……。口をきくことだってできないと思っていたのに、宙くんにかまってもらえるなんて」
 ブランコがゆれて、いちばん高いところまで上がった。大きな胸が天井に向けて反らされた。
「あたし、きっと天国にいるんだよ……」
 また水しぶきがかかった。こいつ、泣きながら笑っていやがる。どこにそんな余裕を隠していたのか。限界だと思っていたのに長台詞を噛まずに言うとは、大したやつだった。

 周囲のやさしい目があれば、いいコーチがつけば、立派なサーカスのピエロになれたかもしれない。いや、顔も悪くはないんだし、団の花形になることも不可能ではなかっただろう。
 だがこれで終わりだ。女なんて、つまらない男に引っかかってだいじな人生をダメにしてしまうものなんだ。

 秋姫の腕が伸びきったときに宙はささやいた。
「くさい体くっつけないでくれよ、この豚」

 秋姫は手を放し、やっと下へ落ちた。何人にも等しく働く重力にしたがって、まっすぐに落ちたのだ。そのようすは十人並みに不快ではないと言ってよかった。
 しかし初回でよく耐えたものだ。宙はスイングしながら真下を見た。
 網の上で騒ぐでもなく、秋姫はじっとうずくまっている。さすがに落ち込んだだろう。下りていって、優しい言葉をかけて助け出してやろうと思った。そしてまた騙すのだ。なんどもなんども、金属疲労を起こして断裂するまでくじければいいのだ。
 調子に乗っていたからか、宙の腕の筋もけいれんを起こしてきた。秋姫の横に着地するつもりで、宙は手を放した。

 下を見て驚愕した。
(……網が、ない!?)
 さっきまであったはずの安全網も秋姫の姿も消えていたのだ。目を疑う暇もない。宙の体はただ落ち、はげしい勢いで床に激突した。景色がゆがみ、それから味わったことのない痛みが体を襲った。
 右腕を上げようとして叫んだ。
「ぎゃあああああっ! 腕が、おれだぁ!」
 宙はのたうちまわり、周囲に血をまき散らした。わけが分からなかった。ほんの少し前まで自分は安全なところから馬鹿をいたぶっていたのに、なんでこんなことになったのか。
(足も、折れてる……!? ちくしょぉっ、僕の体が、スターの体がっ!)
「誰か来いっ、さっさと僕を助けろぉ!」
 肺が破れているのに、声は出ただろうか。ともかく、誰かが歩いてきて宙のそばに立った。地面の宙は見あげて、恐怖の声をあげた。
「……秋姫? おまえ、図ったなぁ!」
「そんなことないよ、宙くん」
 宙が異様な姿をさらしているのに、秋姫は静かな面持ちで傍らにしゃがんだ。いや、見あげるその表情はほおを染めていて、まるでさっき飛んでいたときのままだったのだ。
「宙くん、あたし嬉しいよぉ。いまあたしと宙くんは同じ時間を過ごしている」
「……」
「あたし、幸せだったんだよ? ばかにされても痛くっても、宙くんが見ていてくれたから、こんなに恥ずかしいあたしのこと、いっぱいいっぱい見ていてくれたから」
 そうだ、宙が以前から秋姫を眺めて劣情を催していたことなど、彼女はとっくに気づいていたのだ。
「だからこんどはね、あたしが宙くんを助けてあげる。つらかった宙くんに、いやなこともお母さんのことも、みんな忘れさせてあげる……」
 秋姫は重傷の宙にまたがった。痛みと恐怖にゆがむ宙の顔を、ふんわりとしたふとももではさんだ。そして宙の股間をまさぐり、無傷の部分を見つけて口に含んだ。
(な、なにするんだよぉぉぉぉっ!)
 秋姫の肉体が、溶けた。
 それは肉の奔流だった。彼女の手足から流れ出した肌色のものが、アメーバのように宙の手足にからみつき、傷に沁みとおった。なんどもかいだ秋姫の、甘いにおいが鼻を覆い、軟骨をひくく造りかえた。ほおはふっくらとしたピンク色になった。割れた頭には柔らかな茶色の髪がかかった。
 破れた胸膜の間に肉が食いこんでいき、苦しさに息を吐いたときにはふたつの丘が盛りあがっている。宙は両手をのばし、そのふくよかなかたまりを揉みしだいて取れないので絶望した。筋ばっていた脚に肉がまといつく。走れない、跳べない脚になる。大きなお尻がバランス悪くて、転んでばかりいる。
 宙は手をのばして、もものあいだにはさんでみた。ぬるくむっちりとした手ざわりに変わっている。脚のほうもくすぐったくて敏感で、いつのまにか痛みが気持ちよさに変わっていた。

 そうか、これが……。僕がほんとうに手に入れたかったもの、母さんから、得られなかったものだったんだ……。大事な人を傷つけてばかりの男なんていらない……。愛が、ほしい。

 肉をほとんど失い骸骨となった秋姫が、最後に笑い、宙の股間の物をやさしく噛み取ってから、砕けて砂となって消えた。



「おい、宙子!」
 名前を呼ばれて、宙、いや宙子ははっと目を覚ました。そこは舞台の真ん中で、なぜか体の周囲の床板が、白い砂で汚れていた。宙子は短い指で表面をなで、指についた砂粒をふしぎそうにながめた。自分の体も見てみる。砂だらけのふくよかな胸が張り出している。その下ではのっぺりとした股間が、赤い衣装に包まれている。見なれているようでもあり新鮮でもあった。
 見あげると団員のひとりが立っていて、呆れた声で叫んでいる。
「なにやってんだよ、おまえ。せっかく掃除した舞台をこんなに汚して!」
「はいっ。ごめんなちゃいですぅ。あたし、消火用のバケツをひっくり返したみたい」
 宙子はちょこんと座って、頭に両手を当てて見せた。
「すぐに片づけますから、ぶたないでですぅ」
「ったく、ドジなんだから! 夕飯、取っておいてあるからよ、終わったら食えよ」
「はい、ごめんなさいですぅ」
 精一杯の笑顔で答えた。団員たちには馬鹿にされているのかもしれない。でもなぜか怒鳴り声が聞こえてくるたびに、宙子の胸のなかから熱いものがどんどん湧いてくるのだ。
 物置からモップを出してきて、元気よく舞台を掃いていく。頭上では風もないのに、空中ブランコがゆらゆら揺れている。
 宙子はなぜか全身を幸せに包み込まれていた。自分の胸や太ももに注がれる痛い視線がなぜか、そのぽちゃぽちゃした皮膚を通すと暖かさに変換されるようだった。
 あまりの気持ちの良さに、宙子はほおをつねってそれが夢じゃないかと確かめる。夢じゃない、だって宙子はいつだって誰かさんといっしょなのだ。

 いっぱい見られて、いっぱい声をかけられて、ドジだけど、宙子、幸せですぅ。

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