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「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (1) 作.ありす 挿絵.東宮由依
序幕 日記
私はコンラート・シュタインベルガー。働き盛りの有能な農夫として、村の食糧事情に大いに貢献していた。
だがある日、私は森の魔法使いが作ったという、怪しい薬をうっかり飲んでしまった。
その結果、今は不本意ながら少女の姿をしている。
いつか元に戻りたいと思っているが、周囲がそれを許してくれそうにない。
去年は隣の教会に住む「元女性」司祭、クララ・アインテッセと結婚式まで挙げさせられた。
彼女もまた、私と同じ薬を飲んでしまい、青年の姿になってしまっていたのだ。
もちろん結婚式とはあくまで形式的なもので、クララの強い要望と村人たちの意向を汲んだけであり、正式には籍は入れていない。役場勤めの特権を生かして、決裁寸前で取り戻した。
いや、別にクララと結婚するのが嫌なのではない。村の住民登録票に「妻」と書かれるのが嫌なのだ。
したがってクララとは夫婦ではなく、あくまで「婚約者」である。
少女の姿では畑仕事もままならないため、クララとお互いの仕事を交換し、クララが畑仕事を、私が司祭代理と村役場の事務をしている。司祭代理といっても、夜にクララが書いた教会の宣託をまとめたり、日曜ミサで聖典を朗読したり聖歌を歌ったりするだけで、あまり張り合いのある仕事とはいえない。
また、村役場の仕事といっても、役場の掃除、ヒマ老人の話し相手とか、村人たちの悩みごと相談……といっても、たわいもない話を聞いてうなずくだけだ。たいていはそれで相談者は満足して帰っていく。あとは役場の仕事を邪魔しに来たガキどもと、遊んでやることぐらい。村のインフラや行政に関する相談事は、正規職員であるヴィルヘルミネ(ヘルマ)の担当だし、深刻な人生相談は本来の司祭であるクララに、みんな相談に行ってしまう。
私は何のために村役場に勤めているのかよくわからない。まったく持って張り合いの無い毎日だ-----
「クノさん、何を書いているんですか?」
「わ! 脅かすなよ、ヘルマ。なんでもないよ、ちょっと最近の出来事を記録しておこうと思っただけ」
いつの間にか背後に回っていたヘルマが、私のノートを覗き込もうとした。
ヘルマは役場でのクララの同僚で、私は役場勤めをはじめてからのつきあいだ。毎日顔をあわせる身近な女性であり、“女”としての経験値がまったく不足している今の私にとっては、頼りになる相談相手だ。
クララはそのことを少々不満に思っているみたいだけれど、今は“男性”である彼には、いろいろと話しにくいこともある。
「秘密のノートに日記を書いているなんて、女の子らしさが板についてきましたね。私の“女の子指南”も、うまくいっているということですね」
「そんなんじゃないよ。ちょっと気になることがあるから、書き留めていただけ」
「ふうん……」
最近私は、少しご機嫌斜めだ。クララが服屋のエルダと浮気をしているらしいのだ。
エルダはこの村一番の美人で、“未亡人”だ。日曜ミサを欠かしたことは無く、クララの説話も、とても熱心に聞いている。
私にも良くしてくれるけど、私に取り入ってクララとの婚約を破棄させようとしているのかもしれない。
そうクララに言ったら、大笑いで否定された。
もちろん私だって本気でそう思ったわけではないけど、どうもクララの行動が怪しい。
気がついたことを書き留めておいて、決定的な証拠をたたきつけてやる。
別に結婚したわけじゃないから、誰と付き合おうが役場的には問題がない。
“籍を入れたわけじゃないんだから”といい続けているのは私の方だけど、やっぱり気に食わない。
幸せにするって、指輪の交換までしたというのに!
私は左手の薬指にはめられた指輪を見た。クララがくれた婚約の証。
陽にかざすと薔薇色に輝く、不思議な金属の指輪。
ローゼン何とか言う、とても珍しくて高価な指輪だ。
私があげたのは、普通のシルバーの指輪だけど、クララは隣町の宝石屋で、ずいぶん悩んでこれにした。私も普通のでいいよって言ったんだけど。でも、贈られた私よりも、贈ってくれたクララの方が喜んでいるようだったから、素直に受け取ることにしたのだ。
それなのに……。
やっぱり、けじめをつけたほうが、いいのかもしれないな……。

ふと気がつくと、ヘルマが両手を拝むように握りしめ、こちらを見て目をうるうるさせていた。
「ヘルマ、どうしたの?」
「指輪を見て、物憂げに溜息をついているクノさんに感動しているんです! なんて乙女チックなのかと!!」
「はぁ、そうですか……」
私は能天気なヘルマの言葉に、脱力してしまった。
<つづく>
私はコンラート・シュタインベルガー。働き盛りの有能な農夫として、村の食糧事情に大いに貢献していた。
だがある日、私は森の魔法使いが作ったという、怪しい薬をうっかり飲んでしまった。
その結果、今は不本意ながら少女の姿をしている。
いつか元に戻りたいと思っているが、周囲がそれを許してくれそうにない。
去年は隣の教会に住む「元女性」司祭、クララ・アインテッセと結婚式まで挙げさせられた。
彼女もまた、私と同じ薬を飲んでしまい、青年の姿になってしまっていたのだ。
もちろん結婚式とはあくまで形式的なもので、クララの強い要望と村人たちの意向を汲んだけであり、正式には籍は入れていない。役場勤めの特権を生かして、決裁寸前で取り戻した。
いや、別にクララと結婚するのが嫌なのではない。村の住民登録票に「妻」と書かれるのが嫌なのだ。
したがってクララとは夫婦ではなく、あくまで「婚約者」である。
少女の姿では畑仕事もままならないため、クララとお互いの仕事を交換し、クララが畑仕事を、私が司祭代理と村役場の事務をしている。司祭代理といっても、夜にクララが書いた教会の宣託をまとめたり、日曜ミサで聖典を朗読したり聖歌を歌ったりするだけで、あまり張り合いのある仕事とはいえない。
また、村役場の仕事といっても、役場の掃除、ヒマ老人の話し相手とか、村人たちの悩みごと相談……といっても、たわいもない話を聞いてうなずくだけだ。たいていはそれで相談者は満足して帰っていく。あとは役場の仕事を邪魔しに来たガキどもと、遊んでやることぐらい。村のインフラや行政に関する相談事は、正規職員であるヴィルヘルミネ(ヘルマ)の担当だし、深刻な人生相談は本来の司祭であるクララに、みんな相談に行ってしまう。
私は何のために村役場に勤めているのかよくわからない。まったく持って張り合いの無い毎日だ-----
「クノさん、何を書いているんですか?」
「わ! 脅かすなよ、ヘルマ。なんでもないよ、ちょっと最近の出来事を記録しておこうと思っただけ」
いつの間にか背後に回っていたヘルマが、私のノートを覗き込もうとした。
ヘルマは役場でのクララの同僚で、私は役場勤めをはじめてからのつきあいだ。毎日顔をあわせる身近な女性であり、“女”としての経験値がまったく不足している今の私にとっては、頼りになる相談相手だ。
クララはそのことを少々不満に思っているみたいだけれど、今は“男性”である彼には、いろいろと話しにくいこともある。
「秘密のノートに日記を書いているなんて、女の子らしさが板についてきましたね。私の“女の子指南”も、うまくいっているということですね」
「そんなんじゃないよ。ちょっと気になることがあるから、書き留めていただけ」
「ふうん……」
最近私は、少しご機嫌斜めだ。クララが服屋のエルダと浮気をしているらしいのだ。
エルダはこの村一番の美人で、“未亡人”だ。日曜ミサを欠かしたことは無く、クララの説話も、とても熱心に聞いている。
私にも良くしてくれるけど、私に取り入ってクララとの婚約を破棄させようとしているのかもしれない。
そうクララに言ったら、大笑いで否定された。
もちろん私だって本気でそう思ったわけではないけど、どうもクララの行動が怪しい。
気がついたことを書き留めておいて、決定的な証拠をたたきつけてやる。
別に結婚したわけじゃないから、誰と付き合おうが役場的には問題がない。
“籍を入れたわけじゃないんだから”といい続けているのは私の方だけど、やっぱり気に食わない。
幸せにするって、指輪の交換までしたというのに!
私は左手の薬指にはめられた指輪を見た。クララがくれた婚約の証。
陽にかざすと薔薇色に輝く、不思議な金属の指輪。
ローゼン何とか言う、とても珍しくて高価な指輪だ。
私があげたのは、普通のシルバーの指輪だけど、クララは隣町の宝石屋で、ずいぶん悩んでこれにした。私も普通のでいいよって言ったんだけど。でも、贈られた私よりも、贈ってくれたクララの方が喜んでいるようだったから、素直に受け取ることにしたのだ。
それなのに……。
やっぱり、けじめをつけたほうが、いいのかもしれないな……。

ふと気がつくと、ヘルマが両手を拝むように握りしめ、こちらを見て目をうるうるさせていた。
「ヘルマ、どうしたの?」
「指輪を見て、物憂げに溜息をついているクノさんに感動しているんです! なんて乙女チックなのかと!!」
「はぁ、そうですか……」
私は能天気なヘルマの言葉に、脱力してしまった。
<つづく>
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