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「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (13) 作.ありす 挿絵.東宮由依

第12幕 ドレスアップ作戦(Ⅰ):計画編

「んー、おいしい」
「クノさん、ご機嫌ですね」
「うん。蜂蜜の飴、おいしいよ。ヘルマにもあげる」
「ありがとうございます」

 あの後、熊のいた辺りを探してみたら、大きなミツバチの巣があった。
 本当に言い伝えの通りのご利益があったと、感心しながら火をおこし、薬草を焚いて煙でいぶし、蜂をおとなしくさせてから、蜜をたっぷりと採った。
 やっぱり煮詰めたら量は少なくなってしまったけれど、とっても甘い飴が出来た。
 熊の実は残念だったけど、クララの怪我もたいしたこと無かったし、蜜も採れたから差し引きすればプラスだ。
 でも熊が出たのも、クララが怪我したのも、私が蜂蜜を欲しがったのが原因かもしれないと思うと、クララにすまない気がした。

「ねぇ、ヘルマ。私にもっと女の子らしく振舞えるように、特訓してくれない?」
「あら、クノさんは十分に女の子らしいですよ」
「えーと、そういうんじゃなくて、なんていうか、その……大人の女性としてというか、なんていうか……」

 ヘルマの目が、まるで極上の獲物を見つけた狼のように光った。

「ついにそういう気持ちになってくれましたか!! 私はうれしいです。では早速買い物に行きましょう。武器が必要です! 女の武器が!」
「ぶ、武器って。それに今から? まだ役場あけたばっかりなのに……」
「クノさんがその気になったのですから、役場なんてどうでもいいことです。今日は臨時休業!」
「り、臨時休業って、そういえば前にも似たようなことが……」
「そうときまれば、早速出撃です! いざ、参りましょう! オトナの世界へ!」
「はぁ……。私、あんまりお金ないよ?」

 男だったときに貯めた貯金も多少はあったけど、いまは底を付きかけている。
 女の子って思った以上にお金がかかる。
 服だの下着だの、アクセサリだの、化粧品だのと……後ろ二つは買ってないけど。
 服は、クララの子供の頃のお下がりを着ていたからタダだけど、私の体の成長に伴って合わなくなりつつある。
 胸がきつくて腰周りがあまってしまい、ベルトをしても変なしわがよって、みっともないことになってしまう。
 それに何よりも全体に長さが足りない。スカートだって短めになって恥ずかしいし、出来れば体の線は出したくない。 
 といって、大き目のにしようとするとサイズが飛んでいて、腕がだぼだぼで腕まくりしないとならないし、ワンピースは裾を引きずりそうだった。
 でも新しい服を買うようなお金は今の私には無いから、大半は自分で繕い物をして何とか間に合わせてはいる。
 
 とは言いつつも、先日のピクニックで得た山の収穫は、思っても見ない臨時収入を生んでいた。
 商人としてのカンか、ハルは折りたたみ式の籠や麻袋をたくさん背嚢に持ってきていて、私たち四人は、両手いっぱい背中いっぱいの山の恵みを持ち帰ったのだ。

 でもまぁ、それはともかく、出来ればあんまり貯金を使いたくない。
 今は現金収入といっても、この村役場での僅かな給金だけが頼りだ。それは生活費に殆ど消えている。
 だからいざという時のために、とっておかなくちゃ。

 しかし今更、乗り気充分のヘルマに、やっぱりやめるとはいえないなぁ……。
 私は半ば引きずられるようにして、村で唯一の服屋につれてこられた。

「ヘルマ、ここってエルダの店じゃ?」
「そうですよ? 大人の女性を演出するのであれば、まずは服装から」

 ううぅ、ヘルマはエルダとクララの事知らないんだろうか?
 この手の噂には誰よりも鋭い情報網を持っている筈なのに……。
 それに、どうやら一昨日もクララはエルダに会いにきたらしいのだ。浮気は本人が否定しているが、私はそれを完全に信じたわけじゃない。
 だって、エルダは未亡人だけど、美人でしっとりとした雰囲気で、私とは正反対なんだから。
 それにクララとは日曜ミサの時とかでも、とても親密そうに見えるのだ。

「あら、珍しいですね、クノさん。いらっしゃい。ヘルマさんも、ようこそ」

 店の奥から、エルダが顔を出した。


「オトナっぽく見える服ですか? そうですねぇ……これなんかどうですか?」
「えー? これ? 胸元がこんなに空いてたら、その……、見えちゃわない? それにサイズが…」
「クノさん、これは?」

 ヘルマがどう見ても、人前では着れないような薄い布で出来たひらひらの服を見せた。

「ちょ、これ! 向こう側が透けて見えてるよ。こんなの着て歩けないよ」
「これは恋人と添い寝する時に身に付けるものですよ。これを着て色っぽく迫れば、どんな殿方も、イチコロですよ」
「わ、わたしにそんなことをしろと?」
「オトナのオンナになりたいって、言っていたじゃないですか」
「そういう意味で言ったんじゃない!」
「あら、結果は同じことですよ。でもその前に普段着る物も必要ですよね」
「だからそれを買いにきたんだってば」

 そんな私の抗議をヘルマは気にするまでもなく、店の中を見回した。
 するとヘルマが何かを見つけたように、店の奥にある仕立て場の中を指差した。

「あら? あの服は? あれなんか似合うんじゃないですか?」
「え? あ、あれは、売り物では…」
「エルダさんのですか? それにしてはサイズが合わないような……」
「わわわ、ヘルマ! ちょっと!」

 ヘルマは私の手をつかんで、強引に店の奥につかつかと入っていった。
 トルソーに着せられていた服には見覚えがあった
 私はそのドレスに触れた。
 間違いない。私にとっては忘れることの出来ないデザイン。

「こ、困ります! その服は、とある方からの頼まれ物で、今お渡しするわけには……」
「とある方? とは、カール司祭ではありませんか?」
「ええ。 あ、いえっ! ち、っちち違います!」
「ううん、これオーダーしたの、多分クララだよ」
「ど、どうしてわかったんです、クノさん!?  あ! いえち、違います」

 うそが下手なエルダは慌てて否定したけど、もう遅い。

「このドレスは、カール司祭がクノさんのために、オーダーしたものでしょう? そうですよね? ごまかしても無駄ですよ」

 ヘルマの容赦ない詰問が追い討ちをかける。

「ううう、黙っていてくださいって、本人の前で私はどう取り繕えばいいんでしょう?」

 半泣き顔のエルダが、私とヘルマの顔を交互に見た。

「ほぅ~。“本人の前”ということは、カール司祭はクノさんには知られないようにと、口止めをしていたということですね?」

 エルダははっと口元を抑えたが、遅きに失している。
 ヘルマの巧みな尋問から逃れるのは、普通の人間には無理だ。警察官か裁判官にでもなったほうが良い。

「お願いです! 私が話してしまったなんてことは絶対に! 司祭様になんて言い訳すれば……」
「そう、カール司祭はクノさんにはこのことを知られたくなかった。多分秘密にしておいて、クノさんを驚かせたかったのでしょう?」
「はい……そのとおりです」

 エルダは今にも泣き出しそうだった。彼女は敬虔な信者だ。日曜ミサでも熱心にお祈りを捧げている。
 そのエルダが司祭との約束を破ってしまったら、泣きたくもなるだろうな……。

「ヘルマ、もうその辺で……」
「だから、カールさんはこっそりと、エルダさんのお店に通う必要があったわけですよね?」

 振り向いた審問官の最後の質問は、エルダにではなく、私に向けられたものだった。
 ヘルマはきっと私がクララとエルダの事、誤解していたのを知っていたんだ。だから、こんなこと……。

   *―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*

「これなんかどうでしょう? ずっと東の方の国の民族衣装を真似たものですけど」
「なんか見たことないデザインの服だけど……」
「夜会用の服らしいですが、合わせてみます? ちょっと大きいですが、ワンピースですから前後のあわせの位置はずらして、下は切り落として祭ってしまえば、どんなサイズでも調節可能ですよ。それに、成長の早い子供……いえ、失礼。柔軟性の高い素材ですから、体にぴったり合わせられるかと……」
「うん。きれいな色だから、いいかも」
「じゃちょっと待っててください。直ぐサイズ合わせますから」

 エルダは店の奥にある作業台でサイズ直しを始めた。私の繕い物なんかとは比べ物にならない鮮やかな手つきで、見る見るうちに仕上げていった。さすがプロだ。女手ひとつで店を切り盛りしているだけのことはある。
 
「……こ、これ」
「ぴったりですね」
「あら、ほんとに」
「ぴったりどころか、これ! 体の線丸出し!」
「クノさん、実はものすごいセクシーな体なんですね。犯罪ですよ、幼い体にそのプロポーション」
「幼いは余計! こんなの恥ずかしすぎるよ、裾だって、第一なんでこんなに横のところ切れ込みが入ってるの? 下着まで見えちゃいそう」
「ちらちらと、見えそうで見えないところがいいんじゃないんですか?」
「胸元を強調するように、この穴の部分をもう少し深くしたほうが良いのかもしれませんね。せっかくほら、谷間だって出来てることですし」
「ちょ、揉むの止めて!」
「ネックレスがさらに胸元を目立たせてますね」
「ああ、そうだ。口紅を塗りましょう。確かこの服に合いそうな、明るい赤があったはず……」

 ヘルマどころかエルダまで、私を着飾らせることを楽しみ始めた。二人がかりじゃ、私も逃げようがない。
 エルダは裁ち落とした布で髪を結うリボンまで作って、髪型まで弄り始めた。

 ヘルマは自分が使わなくなったアクセサリを家に取りに戻ってまで、私の着こなしについてあれこれやり始めた。
 一時間以上もすったもんだした挙句、軽く化粧までさせられてようやく開放され、姿見の前に立たされた。

「失礼ながら、幼い天使のようだと普段は思っていましたが、こうまで変わるとは思いませんでした」
「“馬子にも衣装”ですね」
「いえ、聖典にも確かぴったりと来る御言葉が……」
「“産めよ殖やせよ、地に満ちよ”?」
「それ違う気がします……」
「恥ずかしいよぉ」
「大丈夫です。カールさんの前でだけ着ればいいじゃないですか」
「そうは言うけど……」
「サービスサービスぅ」
「それも違う」

 鏡を見ながら、クララの前だけとはいえ、こんな恥ずかしい格好をするのかと思うと、気が重かったが、逆にクララがどんな反応をするかを想像すると、なにやら楽しみな感じがしてきた。

「それで、これはいくらぐらい……?」

 異国のデザインとか言う、おそらく輸入品のこの服は高価に違いない。それに私にあわせてサイズ変更までしてしまったのだから、買い取らないわけにはいかないだろうなぁ……。

「そうですね。こんな感じでどうでしょう?」
「ええ? ホントはもっと高いんじゃ?」
「出入りの商人から在庫処分で一山いくらの中にあったものですから、これぐらいで結構ですよ。それとこの口紅と、夜のためにこちらもお付けします。」

 と、さっきヘルマが見せたスケスケの服。

「これはちょっと……」
「下に男物でもいいので、明るい色のシャツとスパッツをはけば、案外普通に着れますよ。腰のところは、リボンを2本使って両側から結べば、ふわふわめくれあがったりはしませんし」
「で、でもそれじゃ、ちゃんとお金払わなきゃ」
「これは長く在庫していたものですから、かまいません。それにこういうのを買うのは、この村ではヘルマさんぐらいでしょう」

 ちょっと意地悪な顔をしてヘルマを見た。でもヘルマは涼しい顔をしている。

「でも口紅は……」
「これは私の私物で売り物ではありません。お代は不要です」
「それじゃ悪いよ。それに私……、エルダとクララのこと、疑ってたんだ」
「疑う?」
「クララが隠れて、エルダのところに通ってたのは知っていたの。だから、クララがエルダと浮気しているんだと、思ったの」
「私と司祭様が?」

 落ち着いて良く考えたら、信仰篤いエルダが不倫などという罪を、犯すはずが無かった。
 自分勝手な誤解で、悩んでいたことが恥ずかしくなって、エルダに合わせる顔がないと思ったのだ。

「それは、私の罪でもありますね。司祭様の大切な天使様を、不安にさせてしまいました」
「そんな、私が勝手に誤解してただけで……」
「ではこれは教会、つまり司祭様とその代理でいらっしゃるクノさんへの供物と思ってください。私も、司祭様とクノさんがお幸せになれるのでしたら、ご協力は惜しみませんから……」

 そういうとエルダは跪いて目を閉じ、胸の前で手を組んだ。

「どうか、祝福を」

 信者は神と聖職者に供物を捧げ、聖職者は神の代理人として信者に祝福を与える。

「……多すぎず、少なすぎず、足りている物は、足らない者の為に……分ち合う心豊かなる者に、祝福あらんことを……」

 私は聖典に綴られている言葉を詠じながら胸に手を当て、指で空を切った。
 私だってクララの代理とはいえ、教会の人間の端くれのつもりだから、信者の捧げる祈りに、祝福を与える義務がある。

 エルダは私のヘタクソな祝福を受けて、閉じていた目を開くとにっこりと私に微笑みかけた。

「頑張って下さいね。私も応援していますから」
「ありがとう、エルダ」
「供物ですか。でも実際に司祭様に捧げられるのは、クノさんの貞操なんですけどね」
「ちょ、ヘルマ! せっかくの気分が台無し…」

<つづく>

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