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「カストラート」 (そんな、おままごとみたいな……Noch einmal) (終幕) 作.ありす 挿絵.東宮由依

終幕 二人の旅立ち


 そして、その日の夜、四人だけの秘密の結婚式をした。
 神様にも秘密だから、鐘は鳴らさなかった。

 私はカールがくれた、母様のドレスを着て式に臨んだ。
 ファリンのカストラートとしての最後の歌声は、とても素晴らしかった。
 カストラートが持つすべての音域を駆使して、いくつもの声音を使い分けた、ファリンにしかできない技法。
 ファリンが歌ったのは、エルダが教えてくれた、恋の歌。
 有名なカンタータの歌詞をちょっとだけ変えた、恋人に永遠の恋を約束する歌。
 ファリンの独唱が終わると、私たちは四人揃って合唱した。

    Sie sind meine Freude,
    (あなたは私の喜び)
    Meines Herzens Trost und Saft,
    (私の心を慰め潤す生命の君)
    Sie wehret allem Leide,       
    (あなたは諸々の禍いを防ぎ、)
    Er ist meines Lebens Kraft,
    (私の生きる力の源ととなる)
    Meiner Augen Lust und Sonne,  
    (あなたは私の目に映る、輝く太陽、)
    Meiner Seele Schatz und Wonne; 
    (そして魂の宝であり、拠り所となる)
    Darum laβ ich Sie nicht       
    (だから私はあなたを離さない)
    Aus dem Herzen und Gesicht.
  (私の魂と目をあなたに捧げる。)

 私はみんなと合唱して、初めてわかった。
 さっきファリンが使い分けた4つの声音は、私たち四人を意味してたのだということに。
 この歌は、私たち四人の誓いなんだ。


 そして、ファリンは薬を飲んで、女の子になった。


   *―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*―――*

「もう行ってしまうの? ハル」

 あわただしい収穫の季節が終わり、冬支度を始めた或る日の朝、ハルたちは村を発つのだと私たちに言った。
 聞けばもう旅支度を終えていて、昼前にはもう村を出発するのだという。

「うん、この村に長く留まっていれば、いずれまた人の噂にのって、広まってしまう。そうしたら、今度こそファリンを連れ戻そうとする人たちだって、ここへやってくるかもしれないからね」
「でも、もうファリンは……。それに……」
「私のことなら、ご心配なく」

 出会った時よりも少し幼く、でも私よりも年上に見える少女が言った。
 凛とした清らかさを感じさせる声だけれど、あの不思議な響きは失われていた。
 あの日以来、ファリンは日曜ミサで私と合唱することも無く、村人に好評だった父と母と姉妹の聖歌劇を、二人で演じることも無かった。
 私もハルもそのことを気遣ったけれど、ファリンははっきりといった。

「私にとって……、歌は生き甲斐でした。でも、それはあの声だったからではありません。私が歌わなくなったのは、カストラートだった私の最後の歌を、覚えていて欲しかったからです。それに私はもう、新しい生き方を見つけましたから」

 そう言ってファリンはハルを見た。ハルもファリンを見つめた。
 ファリンも私も、新しい自分の生き方を見つけた。
 だからもう、後悔はしない。

「この村は居心地が良すぎるからね。雪が降る前に南の方へ行こうと思う。それにファリンと二人で世界を旅して、もっとたくさんの珍しいものや、いろんな人たちに出会いたい」
「そうか……。元気でね、ハル、ファリン」
「カール司祭とお幸せに、クノさん」
「君たちの事は、ずいぶん気をもまされたけど。安心したよ。いい恋しているじゃないか。クノ、カール、幸せにね。またいつか会おう」

 ハルはそういって、手を振って旅立っていった。ファリンをつれて……。
 ハルとファリンは、私たちにとっても感謝してくれていたけど、私だってとても感謝している。
 二人には……いろいろ教えてもらった。
 きっとまたどこかの村の知らない誰かに、商品以上の価値のあるものをおまけに付けて、売り歩くんだろうな。

 あの商人たちが私たちに売ったのは、1枚の婚姻申請書。
 ただの紙切れだけど、それが意味するものはとても大きい。

「いっちゃったね……」
「ハルとファリン、幸せそうだったね。よかった」
「羨ましくない? クノ」
「ん、まぁね。でもね……」

 私は隣のカールを見上げた。
 別に言わなくても、判っているでしょう?
 でも、カールはちょっと意外なことを言った。

「ファリンはさ、クノの事好きだったって、知ってた?」
「うん……」
「そうか……」

 そっか、カールも知ってたんだ……。
 私がファリンに“カールと結婚する”って言った夜、ファリンは泣いていた。
 でもあの時は、ファリンはカストラートで、男の気持ちで私のことを好きになってくれたんだってことも、わかっていたつもりだった。

「私もついでに、男に戻して欲しかったなぁ」

 もちろん本気じゃない。
 だけどカールはファリンを女の子にするとき、私をハルに見張らせて別室に行き、絶対に近づけようとしなかった。
 何んだかんだ言って、カールはまだ不安なんだ。
 でもこれは今後、いろいろと交渉の材料に使えるかも?
 心の中でちょっと舌を出していると、カールは中腰になって私の手をとり、心配そうな顔で言った。

「僕のことが嫌いになったのかい? 僕は今のままのクノがいいな」

 カールは私の肩に手を回して抱き寄せ、キスをしようとした。
 ヘルマたちだって見ているって言うのに、まったく油断も隙もない。
 私が口紅を引くようになってからというもの、カールはキス魔になった。一日に4回は必ずしてる気がする。
 私は恥ずかしいからやめて欲しいんだけど、口紅を引くのはやめなかった。
 だって、エルダからもらった口紅はまだたくさん残っていて、使わなければもったいない。
 私は肩にまわされた手の甲をつねった。

「いたたたた! 酷いなぁ、クノ」
「ドサクサに紛れて調子に乗らないの!」

 私たちは相変わらず、スグリの実みたいなけんかと、柿の実みたいな仲直りを繰り返している。
 だってカールってば、ちょっと甘やかすと、子供みたいなことばかり言うんだもん。
 結婚したら、見た目どおりにカールに甘えてやろうと思っていた私の目論見は、完全に外れてしまった。

「ここは、『ワタシたちもファリンたちみたいになれたらいいね』って、キスのひとつぐらいする場面でしょうが」
「何を寝ぼけたことを……」
「つれないなぁ、せっかく夫婦になったというのに」
「まだ役場の受理は終わっていないけどね」

 そう、まだ役場の決済は終わっていない。処女が女性司祭になる条件なのに、叙階前に婚姻申請書を出せるわけが無い。それまでは、私が書類をとあるところに、大切にしまったまま。
 それとファリンが、『既成事実はともかく、最低でも1年は婚約期間を延長したほうがいいです。絶対にそうすべきです!』って、私に言い残していったからなんだけど、何か意味があるのかな?
 もしかして、ファリンの最後のやきもちなのかしら?
 けど、まだ恋人同士って言う関係もいいかもしれない。

「神様だって見逃してくれるさ、抱きしめてキスするぐらい、いいだろう?」
「そのふやけた根性叩きなおしてあげる! 目をつぶって、歯を食いしばりなさい!」

 まったく! もう司祭を辞めた気でいるんだから!
 私がこぶしを振り上げると、カールはしぶしぶ目をぎゅっと瞑った。


 振り上げた私の左手には、指輪が光っている。
 陽にかざすと薔薇色に輝く、不思議な指輪。


 私はカールの両頬に手を当てて自分に向かせ、目を閉じたままのカールの唇にキスをした。
 たまには、私からもキスさせてよ。
 びっくりした表情で私の顔を見つめるカールの顔は、でもとても嬉しそう。

「私だってカールのこと、大好きだよ」
終幕圧縮版


 照れ隠しにちょっとだけ拗ねた顔をして言ってから、とびきりの笑顔でカールに微笑んだ。
 私が悩みを振り切ることができたのも、カールの本当の気持ちを知ることが出来たのも、きっと……。
  
 ありがとう。ハル、ファリン。


(Das Ende)





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コメント

わちゃあ、間違えちゃいました。
修正しましたー。

最終回御礼

最後までお読みくださったみなさま、お付き合いありがとうございましたm(_ _)m
職業とジェンダーというテーマで、ひとつ書いてみたいなと思ったのがこの作品です。
結構悩みながら書いたので長くなってしまいましたが、ちょっとでも共感できる部分があれば、と思います。
本編ではファリンの恋心について、あまり書けなかったので、ファリン視点の姉妹編を準備中です。
もうしばらく、このエピソードにお付き合いください。

>あむぁいさま
東宮さんの挿絵が修正前のですよw

はー……。
はらはらさせられましたが、お互いに、きっといい形に終わってよかったです。
うん、さすがありすさんー。

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