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投稿TS小説 「Kleiner Engel des Priesters」 (そんな、おままごとみたいな……Ausserdem noch einmal) 前奏
作.ありす
キャラ設定&挿絵 東宮由依
前奏 逃亡、ハルさんとの旅
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もう帰れない。
私の生まれ育った修道院。
教会で過ごした聖歌隊での日々。
二度と帰ることの出来なくなった街。
私は帰るべき場所を失ってしまった。
忘れてしまいたい辛い出来事。
忌まわしいあの場所から少しでも離れたくて、私は行きずりの旅商人の手を掴んだ。
「ファリン、寒くないかい?」
「いえ、大丈夫です」
暦の上では春になったとはいえ、まだ冷たい風が草原に吹き付けていた。
「火の番は僕に任せて、少し寝るといい。ずっと歩き通しだったからね」
「ありがとうございます。でも、ラインハルト様だって……」
「“ハル” そう呼んでくれたほうがいいな。どこかの王侯貴族みたいな名前は照れるんだ」
「はい、ハル……さん」

私を助けてくれた命の恩人、ラインハルト・シュタインベルガー様。
住み慣れた教会から逃げ出し、右も左もわからない街で、私は途方にくれていた。運河に架かる橋の上で、どうして良いか判らないままに濁った水面を見つめていた私に、声をかけてくださった。
藁をも掴む思いで『助けてください』とお願いしたら、私の手を取り、逃げてくださった。
どうして逃げているのか、何から逃げているのか、私が誰なのか、何もお聞きにならなかった。
だからいくら感謝しても、したりない。
「明日には、荷馬車を預けてある街に着く。そうしたら、もう少し楽に旅ができるよ」
「はい、ありがとうございます」
「おやすみ、ファリン」
歩き通しで少し疲れたけれど、まだ体力には余裕がある。旅は初めてだけど、体は鍛えていたから。でもさすがに足が痛い。まめもできていたけど、今は我慢しなくては……。
ハルさんの荷馬車のある街につくと、一泊もせずにすぐに出発した。かなりの強行軍ではあるけれど、追っ手から逃れるためには出来るだけ早く、あの街から遠くへ離れたかった。
「ここから先は、馬車の旅だよ。もうあの街には戻れない。本当に、いいんだね?」
「はい。後悔はしていません」
私は短く切り落とした髪を撫でた。闇に輝くような長い金髪はとても目立つ。最初は染めようかとも思ったけれど、少しでも路銀の足しになればと思い、髪を売った。
黒いマントを羽織り、巡礼者の振りをして国境を越え、身分を謀って官吏をやり過ごした。
いつまでこんなことを続けていればいいのだろう?
私はどこへ行けばいいのだろう?
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
ハルさんとの旅を始めて10日目。荷馬車に乗り換えてから、いくつかの村や町で商売を続けながら、私たちは東へ東へと旅を続けていた。
「ハルさん、次はどこへ? ずっとこのまま、東への旅を続けるのですか?」
荷馬車に揺られながら、私はハルさんに尋ねた。
「うん、僕の生まれた村に寄ろうと思う」
「ハルさんの故郷?」
「ああ、デルリン村といってね。ここからだと北東に向かって約1ヶ月。そこから南東の方角へまた1ケ月。そこで馬車を降りて南の方角へ、険しい峠を2日越えると小さな街がある。そこからまた山道を歩いて、半日行ったところにあるんだ」
「ずいぶん遠いんですね。どんな村なんですか?」
「四方を山と谷に囲まれた、小さな田舎の村だよ。僕のいとこが住んでいる」
「いとこ?」
「うん。コンラート・シュタインベルガーといってね。まじめで面倒見のいい奴なんだ」
「そうなんですか」
「ああ、困っていることがあれば親身になってくれる。ファリンもきっと気に入ると思うよ」
「では、お会いするのが楽しみですね」
どんな方だろう? ハルさんみたいに背の高い人だろうか?
何しろ大恩人であるハルさんのいとこだそうだから、きっといい人に違いないと思った。
それに、ハルさんの生まれた村って、どんなところなのだろう?
街どころか教会の建物からすら、ほとんど出たことのなかった私には、どんな町や村であっても、驚きと発見の連続だった。それがハルさんの故郷ならば、なおさら私にとっては興味深い。
そして、そのデルリン村が私の人生に大きな転機をもたらすことなど、その時の私は想像もしていなかった。
<つづく>
キャラ設定&挿絵 東宮由依
前奏 逃亡、ハルさんとの旅
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もう帰れない。
私の生まれ育った修道院。
教会で過ごした聖歌隊での日々。
二度と帰ることの出来なくなった街。
私は帰るべき場所を失ってしまった。
忘れてしまいたい辛い出来事。
忌まわしいあの場所から少しでも離れたくて、私は行きずりの旅商人の手を掴んだ。
「ファリン、寒くないかい?」
「いえ、大丈夫です」
暦の上では春になったとはいえ、まだ冷たい風が草原に吹き付けていた。
「火の番は僕に任せて、少し寝るといい。ずっと歩き通しだったからね」
「ありがとうございます。でも、ラインハルト様だって……」
「“ハル” そう呼んでくれたほうがいいな。どこかの王侯貴族みたいな名前は照れるんだ」
「はい、ハル……さん」

私を助けてくれた命の恩人、ラインハルト・シュタインベルガー様。
住み慣れた教会から逃げ出し、右も左もわからない街で、私は途方にくれていた。運河に架かる橋の上で、どうして良いか判らないままに濁った水面を見つめていた私に、声をかけてくださった。
藁をも掴む思いで『助けてください』とお願いしたら、私の手を取り、逃げてくださった。
どうして逃げているのか、何から逃げているのか、私が誰なのか、何もお聞きにならなかった。
だからいくら感謝しても、したりない。
「明日には、荷馬車を預けてある街に着く。そうしたら、もう少し楽に旅ができるよ」
「はい、ありがとうございます」
「おやすみ、ファリン」
歩き通しで少し疲れたけれど、まだ体力には余裕がある。旅は初めてだけど、体は鍛えていたから。でもさすがに足が痛い。まめもできていたけど、今は我慢しなくては……。
ハルさんの荷馬車のある街につくと、一泊もせずにすぐに出発した。かなりの強行軍ではあるけれど、追っ手から逃れるためには出来るだけ早く、あの街から遠くへ離れたかった。
「ここから先は、馬車の旅だよ。もうあの街には戻れない。本当に、いいんだね?」
「はい。後悔はしていません」
私は短く切り落とした髪を撫でた。闇に輝くような長い金髪はとても目立つ。最初は染めようかとも思ったけれど、少しでも路銀の足しになればと思い、髪を売った。
黒いマントを羽織り、巡礼者の振りをして国境を越え、身分を謀って官吏をやり過ごした。
いつまでこんなことを続けていればいいのだろう?
私はどこへ行けばいいのだろう?
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
ハルさんとの旅を始めて10日目。荷馬車に乗り換えてから、いくつかの村や町で商売を続けながら、私たちは東へ東へと旅を続けていた。
「ハルさん、次はどこへ? ずっとこのまま、東への旅を続けるのですか?」
荷馬車に揺られながら、私はハルさんに尋ねた。
「うん、僕の生まれた村に寄ろうと思う」
「ハルさんの故郷?」
「ああ、デルリン村といってね。ここからだと北東に向かって約1ヶ月。そこから南東の方角へまた1ケ月。そこで馬車を降りて南の方角へ、険しい峠を2日越えると小さな街がある。そこからまた山道を歩いて、半日行ったところにあるんだ」
「ずいぶん遠いんですね。どんな村なんですか?」
「四方を山と谷に囲まれた、小さな田舎の村だよ。僕のいとこが住んでいる」
「いとこ?」
「うん。コンラート・シュタインベルガーといってね。まじめで面倒見のいい奴なんだ」
「そうなんですか」
「ああ、困っていることがあれば親身になってくれる。ファリンもきっと気に入ると思うよ」
「では、お会いするのが楽しみですね」
どんな方だろう? ハルさんみたいに背の高い人だろうか?
何しろ大恩人であるハルさんのいとこだそうだから、きっといい人に違いないと思った。
それに、ハルさんの生まれた村って、どんなところなのだろう?
街どころか教会の建物からすら、ほとんど出たことのなかった私には、どんな町や村であっても、驚きと発見の連続だった。それがハルさんの故郷ならば、なおさら私にとっては興味深い。
そして、そのデルリン村が私の人生に大きな転機をもたらすことなど、その時の私は想像もしていなかった。
<つづく>
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本編ではあまり書ききれなかった、ファリンの揺れる恋心に焦点を当てました。
本編同様、エロ成分が皆無ですが、しばらくお付き合いくださいませ。