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投稿TS小説 ドッペルゲンガーの悪夢(4) 作.黒い枕

「おい、放せ! 放ってっ!!」

―――突如として現われた『兄さん』に腕をつかまれ、あっという間に保健室を連れ出される『私』。
思考が停止すること数秒。ようやく再起動を果たした脳が発した命令で掴まれている腕を強引に振り払う。

「…………反抗的だな『ナオミ』は……」
「私の名前は『ナオミ』じゃないっつ!!」
「じゃあ、誰なんだい?」
「そ、それは………」

大声で、『黒崎 直輝』の名を叫びたい。だが、それは出来ない。
目覚めた時から『私』は『私』の名前すらも自由に名乗れないようにされていた。
犯人は目の前の『兄さん』なのは間違いない。
『兄さん』は『兄さん』ではないのだが、名前と同じく歪み曲がり頭に反映される。
違うと本質的に判りながら、思い通りに答えが出せない憤慨がじわりじわり心を濁す。
――――――――悔しい。 ただ純粋に。何もかもが、眼前の『兄さん』に支配されていることが。
そして、その支配から抜け出せない自分自身が。何よりも悔しくて仕方ない。

「……くっ…わ、『私』の名前、は…『黒崎 直美』だ……ってまたか……っ」
「あはは、ほら『ナオミ』で合ってるだろ?」
「だ、黙れ!! こ、これは『兄さん』のせいじゃないかっ!!」
「へぇー? 随分反抗的、……なんだね『ナオミ』は…」
「―――――――えっ?」

ガツンと、重い響きが耳に伝わってくる。
『兄さん』の腕が力強く壁を叩きつけた音だった。
『兄さん』は、そのまま覆いかぶさるように段々と近寄る。いくら女にされて身長が短くなったとはいえ『私』と『兄さん』との身長差は僅かなハズだった。
なのに、今の体勢ではさらに大きな背丈の差を感じ取られるようなモノだった。
理由はシンプル。
『私』自身が『兄さん』から感じる荒々しくも冷淡な空気に怖気づき腰は引けていたからだった。
腰を少し退けただけだというのに、それが何十倍にもなって現実に反映される。
負けたくないと―――――強く、強く思いながら条件反射で後退してしまう『私』の身体。
見上げているような姿勢になった状態が『私』の心に千万無量並みに溜まっていた恐怖心がダムの決壊のように漏れでてくる。

―――――これじゃあ、本当に女みたいじゃないか。
今の『私』には前進するしかなかった。 逃げ腰態勢そのものが『私』の心すらも女に変えていくようで、ただ無性に怖かったからだ。
だから逃げることも、避けることも出来ない。
肌に冷たい何かが流れ出したのをきめ細かくなった肌が感知した。
女は涙もろいとはよく聞くがここまでとは。 何回泣いただろう。
もしかしたら普通の女性よりも涙を出やすいように作られてしまったのかもしれない。
それとも、『私』が本心で泣きたい気持ちが我慢できなかったのが原因だったのか。
―――――――――――――真実は分からないが涙は止まらない。

「そんなに自分を偽ってつらくない?」
「な、なにを…………んんっ??!」

口が塞がれる。
ただし、今回はアノ不可思議な力ではなく、物理的な方法で行われた。―――口づけだ。
こともあろうに『兄さん』は『私』と口と口を重ね合わせてきた。
嫌悪感が噴出す、理解できない行動。
とにかく気持ちが悪く、突き放そう足掻くがまるで意味を成さない。
頭と腰周りに腕を素早く体を捕らえて離さない。 あの妙な能力を使われていないのにも関わらず、なすがままに翻弄されてしまう。
舌が潜り込んでくる。口の中で暴れる、暴れる、暴れまわる。 舌口同士が強く交じり合い、口内でダンスを催していく。

「…んんっ?!! んむっ、んんっ……ぷはっ!??」
「……ふう、いい感じ、いい感じ」

時に換算すれば数秒で終わった行為。
程度は軽いモノでもソレはまさしく『女』がされるような口づけ。
入れられたべろすらも『私』から男を容赦なく奪っていく、耐え難い現実。
接吻――――――たったそれだけなのに心と体が容易に融解され、ごちゃ混ぜに煮たされるような快感。
心は形に出来ないように破壊されていたが、体は至ってシンプルだった。
熱い。――――――熱い。――――――熱い…よお。
雄からの刺激に高揚感を隠さず汗が噴出してくる雌の身体が常時の数倍熱さを高めていく。
身体からジンワリと、伝わってくる軽やかでそれでいて情熱的な衝動。

ち、違う。違う――――――『私』は女じゃない。不可思議な感覚にがんじがらめされた頭脳。だが、それでも分かってしまう。分かってしまった。自分が、自分が―――――――

「女の気持ちになちゃったこと?」
「っ!? 『兄さん』、また心を………………っ!!」
「うん、読んだよ。 って言うか、恥じることじゃないじゃないか。
 だって『ナオミ』は女の子なんだから女の気持ちになるのは当たり前だろ?」

気付かれた。気付かれてしまった。
ただのキス。
それだけなのに疼きあがった女の身体に同調してしまった『私』の心。
それを『兄さん』に気付かれてしまった――――――。

「―――な、なんで…こんなことを……っ!」
「ん、もう、叫ぶ気力すらないのかな?」
「……くっ、煩い、黙れ馬鹿っ!!」

悔しいが『兄さん』の言うとおりだった。
今直も身体は火照りだした余熱が暴走して全体をはしゃぎ回って行く。
―――――この感じはなんなんだ。
男とは違い体全体が性感を喜んではしゃいでいるような感覚。
怒りに身を任せないと、意識をその快楽の放流に流され、どこまでもいってしまうような畏怖すら沸きだしてしまう未知の感覚。
この絶大なる快感の流動、これが女の身体………。

「……結局、お前は…ハァ、ハァ―――なん、なんだっ!?」
「何なのか………そんなの『俺』が分かるわけないじゃないか」
「はぁ―――っ?」

返される答えに『私』は熱い体をほんの一瞬、憤りを忘れて、呆けた。
何を言っているんだ『兄さん』は。
最初っから意味は分からない続きで今さらだろうが、それでも律儀にショックを受ける脳。

「『俺』は確かに人間にドッペルゲンガーと言われる存在だけども、それは人間が勝手に名付けた名称で自分自身で何者なのかが分からないんだ」
「………分からない?」
「そ、気付いたときには、君たちみたいに肉体を持ってるわけでもなく、まさに幽霊のように誰にも感知されずに世界をさ迷っていたんだ
―――――あの頃は本当に何も出来なかった。 ただキミたち人間を羨んで生きていく日々。
………だけども、ある日、そのもやもやとした感情が爆発した瞬間―――『俺』は自分の能力を発現させて、そして理解した。―――――自分の本質を」
「ほ、本質…………」
「そう『俺』の本質は『無』そのもの、ただ意識を持つ存在してはならない者―――――だからねっ」
「んんあぁっ………?!!」

電撃のような炎の刺激。
息すら出来ない程、身体が熱烈に扇ぎ立てて震え上がる。
原因は明確だった。
『私』の大きく熟成された乳房がまるで透明な手によって激しく歪められ撫で回されていたのだ。
大きく実った球体は中には何も入っていないように、変幻自在に蠢いては、凄まじい弾力で再び綺麗な形になっていく。
変わり、戻り、また変わり、また戻り、の無限地獄。
その度に喘ぎ声が熱を帯び、身体中に汗が纏まりつき始め、その内部の高温は容易く自分の思考をもまどろみの中へと誘われる。

「―――――他人から存在を奪うことでしか世界に干渉できない」
「……んん……ぁあ、ん……う…むんっ……ばぁうぅ……あっ……」

せめて喘ぎだけでも止めたくて震える唇を噛みつき手で何重にも塞いでいくもまるで意味がない。
胸が変形していくたびに血が滲んできた唇はいやらしい女の声を伝えてくる。
胸が元に戻る反動がくるたびに手は溜まらず、その力を緩めていく。

「そう、キミが生きてきた『黒崎 直輝』と言う存在を『俺』が横取りしたから『俺』は『黒崎 直輝』として生きられるんだ…………原理は分からないけど君たちの言う超現象の類だろうけど」
「くっは、ぁ………ん、……はぁ……ぁ……」
「ふふふ、そして『俺』は存在を取って代わるだけではなく人間を好き勝手変異させることが出来るんだ
………まぁ、こっちの方の能力は最初のころは使わなかったんだけどもね。現に今この廊下に人が来ないのも『俺』のお陰なんだよ」

だからか、『兄さん』は『私』にアレコレやってきたのか。幾ら何でも人がこんなにも来ないのは可笑しいと思っていたけども、そんなことも出来るなんて、化け物に他ならない。

「……くそっ……じゃあ、……な、何で『私』を……女…にしたんだ…っ」
「決まってるじゃないか、『俺』が―――――――――――楽しむためだよ」
「……んぁ…!?? ……ふ、ふざける……んんむっっ……?!」
「………ふふ、だって考えてご覧よ。 遥か昔から存在してきた『俺』だよ?悠久の時の中に生きてきたら一工夫した娯楽を楽しみにするのは当たり前じゃないか―――――それにキミはもう『俺』に存在を奪われたんだよ、もう君は『俺』のモノなんだ、モノ。 だから反抗したって無駄だよ」

―――――モノだと。
その時、『私』はようやく理解した。 女に変えた理由。
『兄さん』にとってもはや『黒崎 直輝』という存在は自分であり、『私』という存在はモノとしか思っていなかったんだ。それもオモチャという道具。
それが『黒崎 直美』という『兄さん』が作った、遊ぶだけの―――――モノ。
それが今の『私』―――――『黒崎 直美』なんだ。
逃げることも、拒絶することも最初から出来るわけがない。
『私』に変えられたときから………いや、あの教室で出会ってしまった瞬間から『私』は人間ではなく、ただの遊び道具。
―――――存在を奪われた『私』にとって、『兄さん』は文字通りの絶対の君臨者。

「……………あ、ああ……っ」

逃れられるわけがなかったのだ。
また、流れ出していた涙さえも『兄さん』の意思一つでどうにでもなる。
全てが許されない存在がどうして、逃げることが出来るのだろうか。
いつに間に止められた胸への攻撃も、それまで信じられないほど高熱に悩まされた身体が嘘のようにどうでもいいようになった。 心が凍りつくのを感じ取れる。

「理解してくれたのは嬉しいけど、諦めすぎちゃうのも、つまらないな」

心底。
心から漏れ出したであろう不満。 ,もちろん気遣って言った言葉ではない。 ゲームなんかで相手が弱すぎると興ざめしてしまう。
つまり、そう言ったニュアンス。
どこまでも『兄さん』は『黒崎 直美』で遊ばないと気がすまないのだ。

「う~ん、どうしようかなぁ~」

微笑を浮かべ、観察してくる。挙動、一つ一つに脅えだす心と体。
もはや、何も出来ない、考えられない。 ただ願うだけ。
気まぐれでもいい、奇跡でもいい、『兄さん』がこの『お遊び』に飽きて『私』を解放してくれるという儚い祈り。
この際、女のままでさえでもいいと思うほどの切なる心。

「よし、なら―――――」

ヒっ、という金切り声と共に強ばる身体。
今度はどんな目に合わされるという恐怖ではない。自分が本当に遊ばれるだけの存在であることをより深く理解されてしまうことに対する恐怖。
―――――人間の、『私』の尊厳が壊される恐れ。
動かない体と心が暗黒の未来を連想するのだが――――――。

「いたいた、直にナミちゃん―――っ!!」

――――――――思わぬところで助けが来た。
それは見知った少女のモノ。
もはや『私』の人生になくてはならない大切な思い人。
『私』たち、二人に纏わり付いていた空気を蹴散らす明るい声。
『兄さん』も声に主のほうに振り向き、『私』も釣られて廊下の向こうに焦点をあてる。

女の子に変えられる男の子 よるいち
イラスト.よるいち


「もう、直ったら、ナミちゃんを連れてきたらさっさと連れてきてよっ!! まったく」
「――――――――紅美」

制服を身に纏い、カバンを豪快に背負って可愛らしく憤慨している少女。
―――――――――――『私』の幼馴染兼恋人の『周防 紅美』が悠々として立っていた。

<つづく>

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