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星の海で(4) ~トイブルクのエミリア~
作.ありす
イラスト.東宵由依
(1)-------------------------------------------------------

「こんな小さな子を、ラヴァーズにしろとおっしゃるんですかっ!」
「落ち着きたまえ、カセラート准尉。小さいといっても、元犯罪者だよ」
「それにしたって!」
エミリアは、長椅子に寝かされている、十代前半といっていい容貌の少女を見つめた。
毛布にくるまれた小さな体。あどけない寝顔は、とても元重犯罪者には見えない。
それは元ラヴァーズであった彼女自身も、他人からはそう見えただろう。
「同情は無用。それがこの仕事の鉄則だ。君は何年教育係をやっているんだね?」
「それは、そうですが……。それで、この子の記憶のほうは?」
「“完全消去”、だそうだ」
「完全って……。それじゃ、何もわざわざラヴァーズなんかに! 養護施設なり養子の斡旋業者に回すなりすればいいじゃありませんか!」
「君も知っての通り、ラヴァーズ不足は慢性的でね」
「だからといって、記憶も無いこんな小さな少女をラヴァーズにするなんて、人権委員会に告発しますよ」
「君はまたそれか! 今は昔と違って、ラヴァーズの待遇も改善されている。軍規に従ってさえいれば、一定の補償だって受けられるし、所定の期間を勤めれば、退役保証金を払って、社会復帰だって可能だ」
「実際にそれが可能かは、各所属部隊の裁量任せではありませんか」
「だが、君だって現にラヴァーズの任を解かれ、正式に准尉としての階級と、身分の保証を得ているではないか」
「それは、そうですが……」
エミリアは准尉といっても名ばかりで、部下は一人もおらず、こうして送られてくるラヴァーズ候補を、軍務につけるための初期教育をするのが仕事だった。
トイブルク恒星系第5惑星駐屯基地(通称:トイブルク5) 第47教育隊トイブルク分駐隊 教育4班の班長。
それが“元ラヴァーズ”だった、エミリアの今の立場だった。
「これは命令だよ。エミリア・カセラート准尉。君は命令どおり、仕事をこなせばいいんだ」
「……判りました。カゼッラ少佐」
「下がってよろしい。ああその子も連れて行くように。おい! そこの、なんと言ったかな。ああ、そうだ、ヴァンデル士長。手伝ってやれ!」
「はい、少佐」
上官に呼ばれた若い兵は、長椅子に寝かされてぐっすりと眠っている少女を毛布ごと抱きかかえると、エミリアの横に立った。
「では、失礼します」
これ以上話を続けても、無意味だと悟ったエミリアは退室した。
自宅を兼ねた教育施設へ繋がる廊下を歩きながら、自分に付き従う若い兵士に尋ねた。
「ねぇ、ヴァン……士長だっけ?」
「ヴァンデル士長であります。准尉殿」
「あなた、こんな小さな女の子が抱ける?」
エミリアのストレートな質問に、ヴァンデル士長は面食らったが、上官の質問に答えないわけにもいかなかった。
「め、命令とあれば」
「バカねぇ。そう言うことを言っているんじゃないわ」
「自分としては、その、准尉殿のほうが、魅力的であります」
「ありがとう。でも、そうじゃなくて、なんて言ったらいいかしら。性欲の対象になるのかって事よ」
「性……いえ、自分はその、違いますが、世の中にはそういった趣味嗜好の者も、いると聞いています」
「ええ、それは私も重々承知しているわ。でも私が言いたいのは、それが倫理的に許されるのかって事よ」
「ラヴァーズなのですから、それは致し方ないのでは?」
「ああそうね。その通りだわっ!」
「す、すみません。准尉殿」
「何で謝るのよ」
エミリアは自分の不満をこの若い兵士にぶつけるのは、理不尽だとは判っていた。
だが一方の、ヴァンデル士長は戸惑いを隠せずにはいられなかった。
元ラヴァーズとはいえ、自分よりも軍歴も階級も、はるかに上の女性士官にどう接すべきか、経験があまりに不足していた。
「じ、自分はその……、准尉殿のご気分を害してしまったのではないかと……」
「ええ、そうよ。私は今ちょっと気分が良くないわ。でもそれはあなたのせいじゃない」
「は、はぁ……」
「あなた、女を抱いたことあるの?」
「え? いえ、自分はその……。恥ずかしながら、まだ……」
「そう。兵役に就く前に、彼女ぐらい作っておくべきだったわね」
「はぁ……しかし自分は、その……、そういうのは苦手でして……」
「だらしない男ねぇ」
「はっ。恐縮であります」
エミリアはくだらないことを言ってしまったと思いながら、萎縮するこの若い兵士に、八つ当たりしたことを反省した。
<つづく>
イラスト.東宵由依
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「こんな小さな子を、ラヴァーズにしろとおっしゃるんですかっ!」
「落ち着きたまえ、カセラート准尉。小さいといっても、元犯罪者だよ」
「それにしたって!」
エミリアは、長椅子に寝かされている、十代前半といっていい容貌の少女を見つめた。
毛布にくるまれた小さな体。あどけない寝顔は、とても元重犯罪者には見えない。
それは元ラヴァーズであった彼女自身も、他人からはそう見えただろう。
「同情は無用。それがこの仕事の鉄則だ。君は何年教育係をやっているんだね?」
「それは、そうですが……。それで、この子の記憶のほうは?」
「“完全消去”、だそうだ」
「完全って……。それじゃ、何もわざわざラヴァーズなんかに! 養護施設なり養子の斡旋業者に回すなりすればいいじゃありませんか!」
「君も知っての通り、ラヴァーズ不足は慢性的でね」
「だからといって、記憶も無いこんな小さな少女をラヴァーズにするなんて、人権委員会に告発しますよ」
「君はまたそれか! 今は昔と違って、ラヴァーズの待遇も改善されている。軍規に従ってさえいれば、一定の補償だって受けられるし、所定の期間を勤めれば、退役保証金を払って、社会復帰だって可能だ」
「実際にそれが可能かは、各所属部隊の裁量任せではありませんか」
「だが、君だって現にラヴァーズの任を解かれ、正式に准尉としての階級と、身分の保証を得ているではないか」
「それは、そうですが……」
エミリアは准尉といっても名ばかりで、部下は一人もおらず、こうして送られてくるラヴァーズ候補を、軍務につけるための初期教育をするのが仕事だった。
トイブルク恒星系第5惑星駐屯基地(通称:トイブルク5) 第47教育隊トイブルク分駐隊 教育4班の班長。
それが“元ラヴァーズ”だった、エミリアの今の立場だった。
「これは命令だよ。エミリア・カセラート准尉。君は命令どおり、仕事をこなせばいいんだ」
「……判りました。カゼッラ少佐」
「下がってよろしい。ああその子も連れて行くように。おい! そこの、なんと言ったかな。ああ、そうだ、ヴァンデル士長。手伝ってやれ!」
「はい、少佐」
上官に呼ばれた若い兵は、長椅子に寝かされてぐっすりと眠っている少女を毛布ごと抱きかかえると、エミリアの横に立った。
「では、失礼します」
これ以上話を続けても、無意味だと悟ったエミリアは退室した。
自宅を兼ねた教育施設へ繋がる廊下を歩きながら、自分に付き従う若い兵士に尋ねた。
「ねぇ、ヴァン……士長だっけ?」
「ヴァンデル士長であります。准尉殿」
「あなた、こんな小さな女の子が抱ける?」
エミリアのストレートな質問に、ヴァンデル士長は面食らったが、上官の質問に答えないわけにもいかなかった。
「め、命令とあれば」
「バカねぇ。そう言うことを言っているんじゃないわ」
「自分としては、その、准尉殿のほうが、魅力的であります」
「ありがとう。でも、そうじゃなくて、なんて言ったらいいかしら。性欲の対象になるのかって事よ」
「性……いえ、自分はその、違いますが、世の中にはそういった趣味嗜好の者も、いると聞いています」
「ええ、それは私も重々承知しているわ。でも私が言いたいのは、それが倫理的に許されるのかって事よ」
「ラヴァーズなのですから、それは致し方ないのでは?」
「ああそうね。その通りだわっ!」
「す、すみません。准尉殿」
「何で謝るのよ」
エミリアは自分の不満をこの若い兵士にぶつけるのは、理不尽だとは判っていた。
だが一方の、ヴァンデル士長は戸惑いを隠せずにはいられなかった。
元ラヴァーズとはいえ、自分よりも軍歴も階級も、はるかに上の女性士官にどう接すべきか、経験があまりに不足していた。
「じ、自分はその……、准尉殿のご気分を害してしまったのではないかと……」
「ええ、そうよ。私は今ちょっと気分が良くないわ。でもそれはあなたのせいじゃない」
「は、はぁ……」
「あなた、女を抱いたことあるの?」
「え? いえ、自分はその……。恥ずかしながら、まだ……」
「そう。兵役に就く前に、彼女ぐらい作っておくべきだったわね」
「はぁ……しかし自分は、その……、そういうのは苦手でして……」
「だらしない男ねぇ」
「はっ。恐縮であります」
エミリアはくだらないことを言ってしまったと思いながら、萎縮するこの若い兵士に、八つ当たりしたことを反省した。
<つづく>
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