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「カレーライス」 第四章(1) <18禁>

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第4章 葵:生きる理由
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(1)

 先生はワタシを解放してくれた。
 これからは先生と二人。
 夫婦みたいに……っていうのは、ちょっと気が引ける。
 仲の良い兄妹みたいな、二人ぼっちの家族みたいに、暮らしていければ良いなと、思っていた。
 ……妹?
 いつの間にか、ワタシは自分が女であることを、素直に受け入れるようになっていた。
 自分のこの体を毎日呪い続けていた筈なのに。
 ワタシは女の体が大嫌いだった。
 犯罪者の過去を持つ自分が大嫌いだった。

 でも、今はこの体であることがうれしい。

 どうしてうれしいんだろう?
 先生と一緒にいられるから?
 先生を愛せるから?
 先生に愛してもらえるから?

 きっとそうだ!

 ワタシは答えを見つけたと思った。間違っていてもいい。
 先生はワタシを開放してくれたのだから、ワタシはワタシのしたいようにしたい。
 先生に愛されたい。
 先生はどんな女の子が好きなんだろう?
 やっぱりかわいい子だよね。

 ワタシはことさら無邪気な女の子を演じるように、先生の周りを舞った。
 真っ白なかわいいワンピースを纏って、ひらひらと蝶の様に歩いた。
 先生の肩につかまり、耳元で感謝と愛の言葉を囁いた。

*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*


 ワタシって先生の何だろう?
 恋人って思ってくれたら、とても嬉しい!
 でも先生のワタシへの接し方って、なんだか小さい子にするのと、同じ感じがする。
 そりゃ、確かにカラダは小さいけれどさ……、胸だってあんまり無いし……。
 ううん、先生はそんなこと望んでない。
 じゃぁ、そうね……子供! は、ヘンだから、やっぱり妹かなぁ?
 先生のこと“おにいちゃん”って呼んだらどんな顔するかなぁ?
 でもそれで、嫌われちゃったりしたら悲しい。
 先生とワタシ、兄と妹って言うほど似ていないもん……。
 ううん……そうだ!

 “家族”

 先生とワタシは“家族”なんだわ。
 ワタシは先生と家族になったんだ。
 だからワタシはいやなことは全部忘れて、先生と新しい人生をはじめるの。
 家族だからワタシは、先生の子供でもあり、妹でもあり、妻……は恥ずかしいけど……。
 全部ひっくるめて、先生とワタシは家族になったの。

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「さ、お食べ。今日は葵の大好きなカレーライスだよ」

 先生がうれしそうに言う。別にカレーライスがそんなに好きなわけじゃないけれど……。
 でも……カレーの香りはいろんなことを思い出させる。
 つらくて悲しいことも、苦しくて死んでしまいたかったことも。
 でも、一番新しい思い出は先生のこと。
 これからはカレーの香りは、先生との思い出の香りにしたいな……。

 食卓には、皿に盛られたサフランライスと、銀のポットに注がれたカレールゥが載っていた。
 先生がこれを作ったの? それともどこかのデリバリーサービスかしら?
 ワタシはなんとなく皿の上のライスにポットのルゥを全部かけ、ぐちゃぐちゃにかきまぜはじめたところではっとした。
 先生の視線が固まってる。
 乏しいテーブルマナーの記憶によれば、これはかなり下品な行為だ。
 せっかく先生が用意してくれた、最上のカレーライスになんて事を!
 ワタシは自分のあまりの行為に泣きそうになった。
 それを見かねた先生は、うつむいたままべそをかいているワタシを、そっと抱き上げると膝に乗せ、手をとって言った。

 「こうやって混ぜて食べると、おいしいよね」

 先生は笑顔で、一緒に更に盛られたカレーライスを、ぐちゃぐちゃとかき混ぜてくれた。
 ワタシは恥ずかしさとうれしさで、頭が真っ白になってしまった。
 そして、まるで無垢の少女のように顔を赤くして、こんな事を言ってしまった。

「うん。ワタシ、毎日カレーが良いな」

 この時から、ぐちゃぐちゃにかき混ぜたカレーライスは、ワタシの大好物になった。
 そして先生は、一日に一回は必ず、カレーライスを用意してくれた。

*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*


 食事が終わって、ワタシは部屋に戻った。
 先生との楽しい時間が終わって、一人の時間。
 口の中にちょっと残ってる、カレーの味。ちょっと辛かったかな?
 まさか、黄色いのが、口の周りとかについていたりしないよね?
 ワタシはちょっと気になって、今さらながらだけど、鏡を見た。
 鏡には、もうすっかり見慣れた少女の顔が映っていた。
 不安そうな顔。何をそんなに怖がっているの?

 大きくて丸い瞳。紅いのはワタシの罪の証。
 腰まで届く長い髪。真っ白なのは罰の証。
 小さな体に、細く伸びた手足。傷痕と痣でいっぱいなのは、償いの証。

 見れば見るほど、辛い事を思い出し、悲しくなってくる。

 ワタシはいたたまれなくなり、毛布を被ってベッドにもぐりこむ。

 先生がこんなワタシを好きになってくれる筈が無い。

 男だったことは忘れられても、罪人だったことは隠せない。

 こんな醜いワタシを愛してくれる人なんか、どこにもいない。

 体を小さく丸めて、自分の犯した罪の重さに震え、償ってなお癒えない心の病に泣いていた。
 そしていつの間にか、ワタシは泣き疲れて眠っていた。

<つづく>

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