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「カレーライス」 終章 <18禁>
作.ダークアリス キャライラスト&挿絵:キリセ
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終章 カレーライス
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ワタシはうるさいメイドを手で追い払って、先生のお部屋に入った。
人工呼吸器の音が正常に作動している音がしていて、モニターをみると血圧も普段どおりで、脳波も正常の範囲内だった。
大好きな先生。
病に冒されていて、もうワタシを抱いて頭を撫でてはくれないけれど、ワタシは先生のことが大好き。
ずっといつまでも先生と二人で、静かで楽しくて、エッチな毎日を過ごしたかった。
でもワタシは……。それでもワタシは、今の自分に満足していた。
先生のおかげよ。
先生の乱れた前髪を掻きあげ、額にそっと唇を重ねると、先生が目を覚ました。
まぶたを開けて、ワタシの方を向いてくれたけど、開き切った瞳は、もうワタシを映してはいなかった。
「葵かい……、どうしたんだい? また、泣いているのかい?」
「ううん、先生。なんでもないの。ちょっと目にゴミが入っただけ。心配しないで」
「そうか……、それなら、いいんだ」
掠れた弱々しい声で先生が言う。
先生は何かを求めるように、左手を上げた。
ワタシは両手で先生の手をぎゅっと掴んだ。
やせ衰えて骨ばった手は、恐ろしいほどに冷たかった。
「先生、震えてるの? 寒いの? それともどこか痛むの?」
「ああ……。僕が、死んだ、後のことが……、心配、なんだ。もう……、葵の事を、守って、あげられなく、なる……」
「先生……」
震える途切れがちな声。ワタシは不安でいっぱいになる。
「僕が死んだ後……、葵が、どんな目に、あうのかと、思うと……、恐ろしくなる。死ぬのが……、怖いよ、葵……」
先生が死んだら、たぶんワタシはまた元の生活に逆戻り。
際限の無い、虐待の続く毎日に……。
「……葵は、生きているのが怖いわ、先生」
そういうと、先生はふっと笑うように微笑んで、手探りでワタシの頭を撫でてくれようとした。
けれどようやく持ち上がった右手は、力なくシーツをたたいて、先生はこん睡状態になった。
しばらくすると、モニターが耳をつんざく様な警告音を鳴らしたけれど、うるさいから直ぐに止めた。
全自動点滴装置から、間断なく投与され続ける薬のおかげで、先生は苦しまずに旅立ったみたいだった。
脳波を示すモニターは、どれほど目を凝らして見つめても、ずっとフラットなままだった。
心臓も動いていて、人工呼吸器が規則的な呼吸音を続けているけれど、先生が目覚めることは、もうないんだ……。
ワタシも、早く逝かなきゃ。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
「ああ、葵さん! やっと出てきてくれたのですね。先生は?」
葵さんは何も答えず、黙ったまま手を差し出した。
小さな白い手のひらには、透明のビンが握られていて、その中には赤いカプセルが二つ入っていた。
「何ですか?」
「特殊な感染症のカプセル。“殺人ウィルス”って言えば、判りやすいかしら」
「殺人……?」
「この中のウィルスに侵されると、体がどろどろに溶けて腐って、後には骨しか残らないの。ううん、骨もぼろぼろになって、細かく砕けてしまうんだって」
「そんな危険なもの! どこから?」
「先生の通っていた研究所からもらってきたの。手に入れるのは苦労したけど」
「確かにあそこには、世界中のあらゆる病原体が保管されているP4施設があるわ。でもだからって、そんな簡単には……」
「私みたいな女の子には、男は誰だって隙を作るわ。だって何をしても、罪に問われないんだもの」
そういって、葵さんは痣だらけの左の腕にはめられた、腕輪を撫でた。
「……何に、使うつもりなの?」
「飲むのよ。先生と、私とで」
「飲む? そんなことしたら!」
「先生と私は、どろどろに溶け合って、一緒になるの。かき混ぜたカレーライスみたいにね」
「何の為に? どうしてそんなこと!」
「私は先生の病気がもう治らないことは知ってた。苦しそうな先生を見るのは、つらかった。でも……、それももう終わりなの。 だって! 先生は……、先生はもう、……目を開けては、くれないから……」
葵さんはぐっとこらえるように、下を向いた。
先生が、お亡くなりになった?
私は葵さんの言葉に、衝撃を受けた。
「せ、先生は……、亡くなられたのですか?」
そう私が問い直すと、葵さんはきっ、と顔をあげて言った。
「病気なんかに先生は殺させない! 先生の病気が治らないのならば、私が先生を殺すわ。あのとき先生が私を壊してくれたように、私が先生を壊すの!」
「葵さん……」
「私がこの部屋の戸を閉めたら、72時間は戸をあけてはダメよ。でないと、生きたウィルスが外に漏れるわ。あなたもこの屋敷から、離れていたほうがいいわ」
「でも、そんな……。先生は葵さんの未来を、あんなに心配していらしたのに」
「前にも言ったでしょう? 私は過去も未来もいらない。だから先生との"現在(いま)”が無くなってしまった以上、何一つ未練はないわ」
「私は、私はどうすれば……?」
「あなたは、あなたの未来の心配だけをしなさい。もう誰にも、先生との時間を邪魔されたくないの」
「……」
私は葵さんに、何と言えば……何を言えば良いのか、わからなかった。
それでも何かを言わなくてはならないと、ぎゅっと唇をかみ締めて、葵さんを見た。
けれど私とは逆に、葵さんの表情には迷いがなく、穏やかだった。
「さようなら。あなたの作ってくれたカレーライス、嫌いじゃなかったわ」

そう言って葵さんは微笑むと、先生の部屋に入り、戸を閉めた。
最初で最後の、私に向けられた葵さんの笑顔。
無邪気そうに小首をかしげた仕草とは裏腹に、聖者のように悟りきった、悲しげな微笑。
数奇で過酷な人生を経た者だけが見せる、儚い笑顔……。
カチャリと言う内側から鍵のかかる音にはっとしたが、もう遅かった。
私にできることは、何も無かった。何もしてあげられなかった。
二人の最期を看取ることすら、許されなかった。
メイドのくせに、何一つできなかった自分が、悲しかった。
だから私は、誰にも邪魔されたくないと言ったあの子のために、部屋の戸は開けなかった。
私は僅かな身の回りのものだけをカバンに詰めて、屋敷を後にした。
そしてあてもなく、街を彷徨った。
冷たい風の吹く夜だった。
一人でとぼとぼと歩く私に、声をかける人もいた。
けれど、無視していると悪態をついて去っていった。
腕輪の無い私は、力ずくで襲われたりする事は無い。
見えない法の網に、私は守られているのだ。
偶然通りかかった、深夜営業のカレーショップに入った。
そして、あの子がいつもそうしていたように……
ルゥとライスをぐちゃぐちゃにかき混ぜて、泣きながら食べた。
<了>
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終章 カレーライス
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ワタシはうるさいメイドを手で追い払って、先生のお部屋に入った。
人工呼吸器の音が正常に作動している音がしていて、モニターをみると血圧も普段どおりで、脳波も正常の範囲内だった。
大好きな先生。
病に冒されていて、もうワタシを抱いて頭を撫でてはくれないけれど、ワタシは先生のことが大好き。
ずっといつまでも先生と二人で、静かで楽しくて、エッチな毎日を過ごしたかった。
でもワタシは……。それでもワタシは、今の自分に満足していた。
先生のおかげよ。
先生の乱れた前髪を掻きあげ、額にそっと唇を重ねると、先生が目を覚ました。
まぶたを開けて、ワタシの方を向いてくれたけど、開き切った瞳は、もうワタシを映してはいなかった。
「葵かい……、どうしたんだい? また、泣いているのかい?」
「ううん、先生。なんでもないの。ちょっと目にゴミが入っただけ。心配しないで」
「そうか……、それなら、いいんだ」
掠れた弱々しい声で先生が言う。
先生は何かを求めるように、左手を上げた。
ワタシは両手で先生の手をぎゅっと掴んだ。
やせ衰えて骨ばった手は、恐ろしいほどに冷たかった。
「先生、震えてるの? 寒いの? それともどこか痛むの?」
「ああ……。僕が、死んだ、後のことが……、心配、なんだ。もう……、葵の事を、守って、あげられなく、なる……」
「先生……」
震える途切れがちな声。ワタシは不安でいっぱいになる。
「僕が死んだ後……、葵が、どんな目に、あうのかと、思うと……、恐ろしくなる。死ぬのが……、怖いよ、葵……」
先生が死んだら、たぶんワタシはまた元の生活に逆戻り。
際限の無い、虐待の続く毎日に……。
「……葵は、生きているのが怖いわ、先生」
そういうと、先生はふっと笑うように微笑んで、手探りでワタシの頭を撫でてくれようとした。
けれどようやく持ち上がった右手は、力なくシーツをたたいて、先生はこん睡状態になった。
しばらくすると、モニターが耳をつんざく様な警告音を鳴らしたけれど、うるさいから直ぐに止めた。
全自動点滴装置から、間断なく投与され続ける薬のおかげで、先生は苦しまずに旅立ったみたいだった。
脳波を示すモニターは、どれほど目を凝らして見つめても、ずっとフラットなままだった。
心臓も動いていて、人工呼吸器が規則的な呼吸音を続けているけれど、先生が目覚めることは、もうないんだ……。
ワタシも、早く逝かなきゃ。
「ああ、葵さん! やっと出てきてくれたのですね。先生は?」
葵さんは何も答えず、黙ったまま手を差し出した。
小さな白い手のひらには、透明のビンが握られていて、その中には赤いカプセルが二つ入っていた。
「何ですか?」
「特殊な感染症のカプセル。“殺人ウィルス”って言えば、判りやすいかしら」
「殺人……?」
「この中のウィルスに侵されると、体がどろどろに溶けて腐って、後には骨しか残らないの。ううん、骨もぼろぼろになって、細かく砕けてしまうんだって」
「そんな危険なもの! どこから?」
「先生の通っていた研究所からもらってきたの。手に入れるのは苦労したけど」
「確かにあそこには、世界中のあらゆる病原体が保管されているP4施設があるわ。でもだからって、そんな簡単には……」
「私みたいな女の子には、男は誰だって隙を作るわ。だって何をしても、罪に問われないんだもの」
そういって、葵さんは痣だらけの左の腕にはめられた、腕輪を撫でた。
「……何に、使うつもりなの?」
「飲むのよ。先生と、私とで」
「飲む? そんなことしたら!」
「先生と私は、どろどろに溶け合って、一緒になるの。かき混ぜたカレーライスみたいにね」
「何の為に? どうしてそんなこと!」
「私は先生の病気がもう治らないことは知ってた。苦しそうな先生を見るのは、つらかった。でも……、それももう終わりなの。 だって! 先生は……、先生はもう、……目を開けては、くれないから……」
葵さんはぐっとこらえるように、下を向いた。
先生が、お亡くなりになった?
私は葵さんの言葉に、衝撃を受けた。
「せ、先生は……、亡くなられたのですか?」
そう私が問い直すと、葵さんはきっ、と顔をあげて言った。
「病気なんかに先生は殺させない! 先生の病気が治らないのならば、私が先生を殺すわ。あのとき先生が私を壊してくれたように、私が先生を壊すの!」
「葵さん……」
「私がこの部屋の戸を閉めたら、72時間は戸をあけてはダメよ。でないと、生きたウィルスが外に漏れるわ。あなたもこの屋敷から、離れていたほうがいいわ」
「でも、そんな……。先生は葵さんの未来を、あんなに心配していらしたのに」
「前にも言ったでしょう? 私は過去も未来もいらない。だから先生との"現在(いま)”が無くなってしまった以上、何一つ未練はないわ」
「私は、私はどうすれば……?」
「あなたは、あなたの未来の心配だけをしなさい。もう誰にも、先生との時間を邪魔されたくないの」
「……」
私は葵さんに、何と言えば……何を言えば良いのか、わからなかった。
それでも何かを言わなくてはならないと、ぎゅっと唇をかみ締めて、葵さんを見た。
けれど私とは逆に、葵さんの表情には迷いがなく、穏やかだった。
「さようなら。あなたの作ってくれたカレーライス、嫌いじゃなかったわ」

そう言って葵さんは微笑むと、先生の部屋に入り、戸を閉めた。
最初で最後の、私に向けられた葵さんの笑顔。
無邪気そうに小首をかしげた仕草とは裏腹に、聖者のように悟りきった、悲しげな微笑。
数奇で過酷な人生を経た者だけが見せる、儚い笑顔……。
カチャリと言う内側から鍵のかかる音にはっとしたが、もう遅かった。
私にできることは、何も無かった。何もしてあげられなかった。
二人の最期を看取ることすら、許されなかった。
メイドのくせに、何一つできなかった自分が、悲しかった。
だから私は、誰にも邪魔されたくないと言ったあの子のために、部屋の戸は開けなかった。
私は僅かな身の回りのものだけをカバンに詰めて、屋敷を後にした。
そしてあてもなく、街を彷徨った。
冷たい風の吹く夜だった。
一人でとぼとぼと歩く私に、声をかける人もいた。
けれど、無視していると悪態をついて去っていった。
腕輪の無い私は、力ずくで襲われたりする事は無い。
見えない法の網に、私は守られているのだ。
偶然通りかかった、深夜営業のカレーショップに入った。
そして、あの子がいつもそうしていたように……
ルゥとライスをぐちゃぐちゃにかき混ぜて、泣きながら食べた。
<了>
コメント
ハッピーエンドではなかったけど先生の優しすぎるところが最後までブレなくて安心した
かなり間延びしちゃいましたが、感想を下さった皆様、ありがとうございます。
拍手ページに感想を下さった方も、ありがとうございます。
ダークエンドな話はまだネタ帖に何編かあるので、いずれ発表できる形にしたいと思っています。
お仕事も年度末進行がやっとすんで、執筆活動に戻れそうです。
リハビリも兼ねて新掲示板の方に、ちょっとアレな話をアップしますので、良ければお付き合いください。
拍手ページに感想を下さった方も、ありがとうございます。
ダークエンドな話はまだネタ帖に何編かあるので、いずれ発表できる形にしたいと思っています。
お仕事も年度末進行がやっとすんで、執筆活動に戻れそうです。
リハビリも兼ねて新掲示板の方に、ちょっとアレな話をアップしますので、良ければお付き合いください。
クオリティタケェ・・・
あれ? 涙が止まりませんよ……
自分ではどうしようもない、悲しさ。
自分の思いを貫く頑固さ。
そして潔さ。
落とし所に納得しました。
やっぱり流石の、ありすクォリティ
自分の思いを貫く頑固さ。
そして潔さ。
落とし所に納得しました。
やっぱり流石の、ありすクォリティ
最初から読んでました。まずは無事に終わったことに安心(笑)
そしてお疲れ様です。
最後は幸せになるのかな~?っと思ってた自分撃沈・・・orz
そしてお疲れ様です。
最後は幸せになるのかな~?っと思ってた自分撃沈・・・orz
最終回御礼
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございますm(_ _)m
全29回、ベタテキストで200KB超。文庫本一冊分ぐらいの分量がありますので、最初からもう一度読んでくださる方は、お時間をよく確かめてw
ダークエンドってのはいくつか種類があるのですが、酷いとかムゴいとか言うのではなくて、純粋に悲しみだけを残して終わる結末が何とか書けないかなと思って、ラストをこう言う形にしてみました。私の意図どおりに受け取ってくださったかは、読者のみぞ知る……。
ところで、今年はずいぶんカレーライスを食べましたw
出張の連続で、ちょっと好き嫌いの多いワタシは、工場のメニューで何とか残さず食べられるのは、カレーライスぐらいで、それこそ、毎週何度と無く食べていましたね。でもぐちゃぐちゃ掻き混ぜたりはしてませんw
この小説は、そんな日常のストレスが原動力になっていますw
でも、宿泊先のホテルの近くにある、本格インド料理店のカレーとナンのセットには、ずいぶんと慰められました。
基本的にはカレー(ライスじゃなくて、ナンやターメリックorサフランライスで食べるのがベター)は大好きなのですが、ナンをおいしく焼いて出してくれるところを見つけるのに、いつも苦労します。ああ、もちろんラッシーやチャイは欠かせません。
次は多分、おバカな二人組みのハイテンションなギャグ話の予定です。
遂に、あの方とのコラボですw。
全29回、ベタテキストで200KB超。文庫本一冊分ぐらいの分量がありますので、最初からもう一度読んでくださる方は、お時間をよく確かめてw
ダークエンドってのはいくつか種類があるのですが、酷いとかムゴいとか言うのではなくて、純粋に悲しみだけを残して終わる結末が何とか書けないかなと思って、ラストをこう言う形にしてみました。私の意図どおりに受け取ってくださったかは、読者のみぞ知る……。
ところで、今年はずいぶんカレーライスを食べましたw
出張の連続で、ちょっと好き嫌いの多いワタシは、工場のメニューで何とか残さず食べられるのは、カレーライスぐらいで、それこそ、毎週何度と無く食べていましたね。でもぐちゃぐちゃ掻き混ぜたりはしてませんw
この小説は、そんな日常のストレスが原動力になっていますw
でも、宿泊先のホテルの近くにある、本格インド料理店のカレーとナンのセットには、ずいぶんと慰められました。
基本的にはカレー(ライスじゃなくて、ナンやターメリックorサフランライスで食べるのがベター)は大好きなのですが、ナンをおいしく焼いて出してくれるところを見つけるのに、いつも苦労します。ああ、もちろんラッシーやチャイは欠かせません。
次は多分、おバカな二人組みのハイテンションなギャグ話の予定です。
遂に、あの方とのコラボですw。
うぅ……、重い、私には重過ぎる。
しかし、練り込まれたシナリオは凄い
しかし、練り込まれたシナリオは凄い
えうー……ありすさん……
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