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星の海で(5) 「ガールズ・トーク」 <1>
作.ありす
イラスト.東宵由依
星の海で(1)(2)(3)(4)
(1)-------------------------------------------------------
艦内時刻1700時。
アンドレア・ドリアの艦橋で、暇をもてあましていた当直士官の二人が、雑談をしていた。
「あー暇だなぁ。いくら完熟訓練を兼ねているからって、前線から500光年も離れたところで、通常航行ばっかりじゃ飽きてくるぜ」
「そういいなさんな。訓練が始まれば、また忙しくなる」
言われた士官は、ため息混じりにこう言った。
「“本日、天気晴朗なれど波高し”」
「なんだい、それ?」
「大昔、有名な提督が敵発見の報を受け、戦闘に先立って参謀に打電させた、言葉だそうだ」
「ふーん。それで、それが何か?」
「なんでもちっちゃな惑星の海で、吹きっ晒しの艦橋に立ったまま、波を被ってびしょ濡れになりながら、言ったそうだぜ?」
「本当か? それ」
「いや、漁師だったウチのじいさまがな」
「なんだそりゃ。だけど敵なんて、まだどこにも見えないぜ」
「いいじゃねえか、そんなこと。言ってみたかっただけだよ……」
当直士官たちの席からは少し離れ、一段高くなった副官席では、フランチェスカが次の戦闘訓練のプランを練っていた。
ふと人の気配を感じて顔をあげると、戦闘艦の艦橋には似つかわしくない、華やかな服装に身を包んだ女性が立っていた。
「大尉、すみません、お仕事中に」
「ああ、メリッサ。どうしたの? 艦橋に来るなんて。何の用?」
「今日って勤務は何時までですか? 少しお時間をいただけないかと」
「標準シフトだから1800時までよ。でもその後、ちょっと書類をまとめたいから、2000ぐらいになら、時間取れるわ」
「2000ですかぁ、うーん」
「ラヴァーズの業務に関する事なら、厚生班に話を通しておくけど?」
「いえ、そういうんじゃないんです。その、ラヴァーズ同士の親睦を深めたいなと思いまして。それで、もしよろしければ、大尉もいかがかと思いまして」
「うれしいけど、今は私、ラヴァーズじゃないし、お邪魔なんじゃ?」
「いえ、そういうきっちりしたもんじゃなくて、女性同士のちょっとした懇親会みたいなものでして……」
「そういうことなら、時間作るわ。勤務シフトは動かせないけど、1930には行けると思うわ。ちょっと遅いかしら?」
「いえ、大丈夫です。私たちも1900ぐらいからかな、と思っていましたので」
「じゃあ、私は1930時に。場所は?」
メリッサは周囲を見回してから、フランチェスカにぐっと近づき、小声で言った。
「Eブロック、レベル4デッキの第二整備室に」
「整備室? なんでそんなところで?」
「ええ、まぁそれはお楽しみって事で。それで、ちょっとお耳を」
「何?」
メリッサは慎重にもう一度あたりを伺ってから、更に小さな声で言った。
「着替えもお持ちください。それと殿方に悟られないように」
「判ったけど、何をするつもりなの?」
フランチェスカも声を潜めてメリッサに尋ねた。
しかし、メリッサはその問いには答えずに、口元に人差し指を当ててこう言った。
「それは来てからの、お楽しみです」
「なんだか良く判らないけど良いわ。差し入れ持って行くから、期待していて」
「ありがとうございます、大尉」
フランチェスカは軽く手を振りながら、艦橋を退出するメリッサを目で送ると、いきなり背後から声をかけられた。
「今晩、何かあるのか?」
「げっ! リッカルド、じゃない、提督! 盗み聞きは良くありませんよ!」
「聞くとも無しに聞こえたんだよ」
「提督のお席からは、ずいぶんと離れていますが?」
「いや、その、何。ちょっとトイレに行こうと思って通りかかったら……」
「トイレはこちらとは反対側の通路に出て、艦尾方向にまっすぐ行った、突き当たりの左舷側です」
「で、さっきの話だが……」
「女の子だけの話ですから、提督には関係ありませんよ」
「女の子、ねぇ……?」
「何か?」
「いや、何も。別に詳しく教えろなどとは言っていない。艦隊の最高責任者として、部下の安全及び秩序維持に“関心”があるだけだ」
「ご心配頂かなくても、危険な事は何もありませんし、クーデターを企んでいるわけでもありませんから、お構いなく」
「ところで、私もシフトが1800までなのだが……」
「ひとつ意見申し上げておきますが、将校たるものが下位の女性士官に対して、ストーカー行為をしたなどと言う醜聞は、艦隊全体の秩序に多大な影響があるのでは、無いでしょうか?」
「無論だ。そんな不届きな将官がいるのかね?」
「いえ、今のところは……」
「そうか、それは良かった」
「ええ、本当に、うふふ」
「ははは……」
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
1800時。
アンドレア・ドリアの艦載艇格納庫。Eブロックとも呼ばれるその端には、上下4層に渡って整備区画がある。ここでは艦載艇の修理・部品整備はもちろん、艦全体の装備についても高度な整備が行えるように、各機能毎に分かれた複数の区画があった。
その最下層、レベル4デッキと呼ばれるフロアの端には、大きな機械部品を丸ごと洗浄可能な耐腐蝕金属槽を備えた一室があった。
人体に有害な洗浄剤を使用することもあるため、緩衝のための前室を備えたその区画は、他の整備室とは異なり、「作業許可者以外立ち入り禁止」の大きなプレートがかかり、防護服を着た整備員が内側からロックできる機構を備えていた。
「亜里沙、こんな感じかしら?」
「ええ、エミリア姉さま、素敵ですわ。でも大丈夫なんでしょうか? こんなにお湯たくさん使って……」
亜里沙は金属製の大きな水槽に溜まって行く、大量の湯が発する湯気の熱気に、汗をにじませながら言った。
つい先ほどまで、亜里沙と一緒にその金属槽をスポンジで洗っていた、エミリアが答えた。
「その辺は抜かりないわ。環境班のローウェル中佐の許可済みよ。今朝、先行艦が2光年先に巨大な氷の塊が浮いているのを見つけたんですって、予定進路を変更して、艦隊の循環水を総入れ替えできるって、喜んでいたのよ」
「と言うことは、今は水を使い放題?」
「そ。あ、でもこれ内緒よ。これを知っているのは艦隊でもまだほんの数人。そこで班長を言いくるめて、お湯の大量使用を黙認させたんだから」
「エミリア姉さま、いったいどんな手で?」
「これよ、これ。女の武器❤」
金属槽を洗うために、大胆なデザインの水着に着替えていたエミリアは、その豊かな胸を強調するように、腕で持ち上げながらウィンクした。
「うわぁ……、悪女ですね」
「亜里沙ちゃん、ラヴァーズならこれぐらいの事は、覚えておいたほうが良いわ。せっかくの武器は使わなくちゃね」
「私にはまだ無理ですぅ」
「えみりあ、おっぱいおおきい! ありさ、おっぱいちいさい。えるざ、ぺたんこー!」
「わ、わたしだって、もっと大きくなります!」
「うふふ、子供の言う事に、ムキにならないの」
そこへ小さな袋をいくつも抱えた、メリッサがやってきた。
「石鹸とかシャンプー持ってきましたよ。準備の方はどうですか?」
「あ、メリッサ、どうだった? ジナステラ大尉も来て下さるって?」
「はい。ちょっと遅れるとはおっしゃっていましたけど、厨房に頼んで差し入れしてくださるって」
「それは楽しみね。お風呂パーティーだって伝えたの?」
「提督がこちらの様子を伺っていたので、はっきりとは言えなかったんですけど……」
「替えの下着とか、こちらで用意しておいたほうがいいかしら」
「あ、着替えは用意してくださいって伝えてあります」
「じゃ、タオルとかグルーミングセットね。それなら予備がたくさんあるわ」
「楽しみですね。お風呂」
「おふろー、おふろー」
<つづく>
イラスト.東宵由依
星の海で(1)(2)(3)(4)
(1)-------------------------------------------------------
艦内時刻1700時。
アンドレア・ドリアの艦橋で、暇をもてあましていた当直士官の二人が、雑談をしていた。
「あー暇だなぁ。いくら完熟訓練を兼ねているからって、前線から500光年も離れたところで、通常航行ばっかりじゃ飽きてくるぜ」
「そういいなさんな。訓練が始まれば、また忙しくなる」
言われた士官は、ため息混じりにこう言った。
「“本日、天気晴朗なれど波高し”」
「なんだい、それ?」
「大昔、有名な提督が敵発見の報を受け、戦闘に先立って参謀に打電させた、言葉だそうだ」
「ふーん。それで、それが何か?」
「なんでもちっちゃな惑星の海で、吹きっ晒しの艦橋に立ったまま、波を被ってびしょ濡れになりながら、言ったそうだぜ?」
「本当か? それ」
「いや、漁師だったウチのじいさまがな」
「なんだそりゃ。だけど敵なんて、まだどこにも見えないぜ」
「いいじゃねえか、そんなこと。言ってみたかっただけだよ……」
当直士官たちの席からは少し離れ、一段高くなった副官席では、フランチェスカが次の戦闘訓練のプランを練っていた。
ふと人の気配を感じて顔をあげると、戦闘艦の艦橋には似つかわしくない、華やかな服装に身を包んだ女性が立っていた。
「大尉、すみません、お仕事中に」
「ああ、メリッサ。どうしたの? 艦橋に来るなんて。何の用?」
「今日って勤務は何時までですか? 少しお時間をいただけないかと」
「標準シフトだから1800時までよ。でもその後、ちょっと書類をまとめたいから、2000ぐらいになら、時間取れるわ」
「2000ですかぁ、うーん」
「ラヴァーズの業務に関する事なら、厚生班に話を通しておくけど?」
「いえ、そういうんじゃないんです。その、ラヴァーズ同士の親睦を深めたいなと思いまして。それで、もしよろしければ、大尉もいかがかと思いまして」
「うれしいけど、今は私、ラヴァーズじゃないし、お邪魔なんじゃ?」
「いえ、そういうきっちりしたもんじゃなくて、女性同士のちょっとした懇親会みたいなものでして……」
「そういうことなら、時間作るわ。勤務シフトは動かせないけど、1930には行けると思うわ。ちょっと遅いかしら?」
「いえ、大丈夫です。私たちも1900ぐらいからかな、と思っていましたので」
「じゃあ、私は1930時に。場所は?」
メリッサは周囲を見回してから、フランチェスカにぐっと近づき、小声で言った。
「Eブロック、レベル4デッキの第二整備室に」
「整備室? なんでそんなところで?」
「ええ、まぁそれはお楽しみって事で。それで、ちょっとお耳を」
「何?」
メリッサは慎重にもう一度あたりを伺ってから、更に小さな声で言った。
「着替えもお持ちください。それと殿方に悟られないように」
「判ったけど、何をするつもりなの?」
フランチェスカも声を潜めてメリッサに尋ねた。
しかし、メリッサはその問いには答えずに、口元に人差し指を当ててこう言った。
「それは来てからの、お楽しみです」
「なんだか良く判らないけど良いわ。差し入れ持って行くから、期待していて」
「ありがとうございます、大尉」
フランチェスカは軽く手を振りながら、艦橋を退出するメリッサを目で送ると、いきなり背後から声をかけられた。
「今晩、何かあるのか?」
「げっ! リッカルド、じゃない、提督! 盗み聞きは良くありませんよ!」
「聞くとも無しに聞こえたんだよ」
「提督のお席からは、ずいぶんと離れていますが?」
「いや、その、何。ちょっとトイレに行こうと思って通りかかったら……」
「トイレはこちらとは反対側の通路に出て、艦尾方向にまっすぐ行った、突き当たりの左舷側です」
「で、さっきの話だが……」
「女の子だけの話ですから、提督には関係ありませんよ」
「女の子、ねぇ……?」
「何か?」
「いや、何も。別に詳しく教えろなどとは言っていない。艦隊の最高責任者として、部下の安全及び秩序維持に“関心”があるだけだ」
「ご心配頂かなくても、危険な事は何もありませんし、クーデターを企んでいるわけでもありませんから、お構いなく」
「ところで、私もシフトが1800までなのだが……」
「ひとつ意見申し上げておきますが、将校たるものが下位の女性士官に対して、ストーカー行為をしたなどと言う醜聞は、艦隊全体の秩序に多大な影響があるのでは、無いでしょうか?」
「無論だ。そんな不届きな将官がいるのかね?」
「いえ、今のところは……」
「そうか、それは良かった」
「ええ、本当に、うふふ」
「ははは……」
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
1800時。
アンドレア・ドリアの艦載艇格納庫。Eブロックとも呼ばれるその端には、上下4層に渡って整備区画がある。ここでは艦載艇の修理・部品整備はもちろん、艦全体の装備についても高度な整備が行えるように、各機能毎に分かれた複数の区画があった。
その最下層、レベル4デッキと呼ばれるフロアの端には、大きな機械部品を丸ごと洗浄可能な耐腐蝕金属槽を備えた一室があった。
人体に有害な洗浄剤を使用することもあるため、緩衝のための前室を備えたその区画は、他の整備室とは異なり、「作業許可者以外立ち入り禁止」の大きなプレートがかかり、防護服を着た整備員が内側からロックできる機構を備えていた。
「亜里沙、こんな感じかしら?」
「ええ、エミリア姉さま、素敵ですわ。でも大丈夫なんでしょうか? こんなにお湯たくさん使って……」
亜里沙は金属製の大きな水槽に溜まって行く、大量の湯が発する湯気の熱気に、汗をにじませながら言った。
つい先ほどまで、亜里沙と一緒にその金属槽をスポンジで洗っていた、エミリアが答えた。
「その辺は抜かりないわ。環境班のローウェル中佐の許可済みよ。今朝、先行艦が2光年先に巨大な氷の塊が浮いているのを見つけたんですって、予定進路を変更して、艦隊の循環水を総入れ替えできるって、喜んでいたのよ」
「と言うことは、今は水を使い放題?」
「そ。あ、でもこれ内緒よ。これを知っているのは艦隊でもまだほんの数人。そこで班長を言いくるめて、お湯の大量使用を黙認させたんだから」
「エミリア姉さま、いったいどんな手で?」
「これよ、これ。女の武器❤」
金属槽を洗うために、大胆なデザインの水着に着替えていたエミリアは、その豊かな胸を強調するように、腕で持ち上げながらウィンクした。
「うわぁ……、悪女ですね」
「亜里沙ちゃん、ラヴァーズならこれぐらいの事は、覚えておいたほうが良いわ。せっかくの武器は使わなくちゃね」
「私にはまだ無理ですぅ」
「えみりあ、おっぱいおおきい! ありさ、おっぱいちいさい。えるざ、ぺたんこー!」
「わ、わたしだって、もっと大きくなります!」
「うふふ、子供の言う事に、ムキにならないの」
そこへ小さな袋をいくつも抱えた、メリッサがやってきた。
「石鹸とかシャンプー持ってきましたよ。準備の方はどうですか?」
「あ、メリッサ、どうだった? ジナステラ大尉も来て下さるって?」
「はい。ちょっと遅れるとはおっしゃっていましたけど、厨房に頼んで差し入れしてくださるって」
「それは楽しみね。お風呂パーティーだって伝えたの?」
「提督がこちらの様子を伺っていたので、はっきりとは言えなかったんですけど……」
「替えの下着とか、こちらで用意しておいたほうがいいかしら」
「あ、着替えは用意してくださいって伝えてあります」
「じゃ、タオルとかグルーミングセットね。それなら予備がたくさんあるわ」
「楽しみですね。お風呂」
「おふろー、おふろー」
<つづく>
コメント
キャラとしてはフランチェスカが好きなので、また読めるのは嬉しいですね。
救いのない話も好きだけど、ほのぼのとした展開は心が和みます。
救いのない話も好きだけど、ほのぼのとした展開は心が和みます。
ああ、提督でしたね。
偉い人なんだなぁ……いや、悪い人じゃないけど。
偉い人なんだなぁ……いや、悪い人じゃないけど。
お久しぶりの「星の海で」。にぎやかな雰囲気がいいですね!エルザもしっかり女の子に、艦長も相変わらずダメ男に……
続きが楽しみです。
続きが楽しみです。
「星の海で」連載再開です。
今回はまぁ、いわゆるサービス回というわけでしてw
東宵さんのイラストに乞うご期待。
今回はまぁ、いわゆるサービス回というわけでしてw
東宵さんのイラストに乞うご期待。
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艦隊で行動しているので、旗艦には艦長よりも偉い、艦隊司令=提督が座乗しているのです。艦隊司令以下、参謀、情報幕僚、補給幕僚、人事幕僚などで艦隊幕僚本部を編成しています。
全体の用兵は、参謀であるフェラーリオが執っていますが、フランチェスカは司令副官として、戦術指揮や訓練計画の立案などに特化した役割を担当
しています。
軍事物の場合、ある程度役職と職域を決めておかないと、話がおかしくなるので、SS上に出てこない細かな設定も決めています。
>A.I.さん
>救いのない話
ワタシの場合、毎回のように芸風が変わるので、読んでる方も気が抜けないかもしれませんが、第5話はずっとこんな感じです。ご安心をw